【アルカナ】 秩序・均衡・人の想い

マスター:桐咲鈴華

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/11/24 09:00
完成日
2016/12/02 06:25

みんなの思い出? もっと見る

-

オープニング



 判決を言い渡した。有罪であると。

 自分は罪を処断する存在であった。罪に対しては罰を与えてきた。
 規律とは弱者を守るために存在し、秩序とは悪を裁く為に存在する。

 それを信じ、自分はこの道を志した、その筈だった。


 しかし蓋を開けてみればどうだ。眼前に引き渡されたのは、また弱者ばかりだった。
 飢えの為に盗みをせざるを得なかった少年、自殺に追い込まれた家族の復讐の為に殺人を犯した少女、
 本来、守られるべき弱者達が、法を犯したが為に自分の眼の前へと突き出されてくる。

 自分はそれらを裁き続けた。法は多くの人々を守るが為のものであり、絶対の存在でなければ意味がない。
 感情によって動くようなものは絶対ではないからだ。

 そんな自分の前に最後に引き渡されたのは、自分の息子。
 罪状は、不慮の事故による国家反逆罪。

 自分の槌を持った手は、動くことはなかった……。




 アルカナとの戦いは既に3度に渡り、うち3体のアルカナを完全討伐してきたハンター達。此度もまた、タロッキ族の代表者であるエフィーリア・タロッキ(kz0077)がハンター達を呼び集めていた。
「皆さん……今回もお集まりいただき、ありがとうございます。……新たに、『Justice』の居場所が判明しました……」

 『アルカナ-The Justice』。天秤の形をした無機質な歪虚であり、ハンター達の精神に直接干渉してくる厄介な特殊能力を持っている。しかし、それ故に撃退する方法も、精神的干渉を跳ね除ける事に集約されており、それ以外の方法で彼奴に干渉することはできないとされている。

「彼、Justiceの事も手記に詳しく乗っていました。生前、裁判長であった彼は規律と法を重んじ、いかなる犯罪にも酌量することなく懲罰を下していたそうです。しかしその実、正義感に溢れていた彼は、法の穴をくぐって行われる犯罪は裁けず、逆に悲痛な境遇から来る犯罪を裁き続けていた事に、いつも苦悩していたとされています」

 タロッキの英雄の残した手記。かつて『ファンタズマ』と呼ばれた、歪虚と戦った英雄たち。その境遇は様々であったとされ、歪虚との戦いが起こる前についていた職業や、その苦悩に至るまでもが事細かに記されていた。

「……そうして、彼が最後に裁いたのは、偶然場に居合わせたが為に要人の密会に遭遇してしまい、『国家反逆罪』を言い渡された、自身の息子だったとされています。その裁定を最後に彼は要職を降りた、と書いてあります……」

 その悲痛なる苦悩は、エフィーリアの口から居合わせたハンター達へと語られる。手記に記された内容は、アルカナのかつての人の姿と、その時の苦悩。英雄はかつての自分たちの仲間を未来へと託す為、主観に基づきながらも英雄たちの情報を事細かに記しておいたとされている。

「……Justiceは、どこに出るかわからない神出鬼没の歪虚でしたが、今回、漸くその尻尾を掴めました。とある辺境の遺跡に出現するのではないか、と推測されます」

 エフィーリアは地図を取り出し、ポイントを指摘する。辺境にある、巨大な広場のような外観をした遺跡はタロッキの集落から離れた位置にこそ存在するが、ルートが確立されている以上、訪れる事に支障はない。

「……今回も私は同行しますが、敵の性質上、どんなことが起こるかは分かりません。皆様にご負担をおかけすることになるかもしれませんが……どうか、お力をお貸し頂けないでしょうか」





 周囲を外壁に囲われた広場の中、天秤は静かに傾く。
 金色の天秤は鈍く光り輝き、白い剣と黒い剣をそれぞれの秤に乗せ、鎮座している。

 『――法・秩序・規律。守るべきは規範。破るは悪。人の感情、此もまた悪』

 そこから発される金属音は、人の声のような周波で響き渡る。意味を持つような空気の震動は、どこか独白めいた様子を印象づける。

『――悪は滅せよ、慈悲、酌量、不要也。手心、同情、感情が隙を産み、悪を生む、なれば』

 その響きは、どこか。自分に言い聞かせているようにも感じられた。

リプレイ本文

●独白

 私が正義を成さねば、誰が法を守るというのか。

 広く、荘厳な場所にて、私は木槌を打つ。
 法とは絶対の規範。法を守るが故に、人は守られる。人が人である為の規則であり、法を犯した者は須らく人を逸脱した獣。本能と欲望に囚われた者は必ず他人に害を成す。
 人の欲は抜き放たれた刃。理性は鞘。刃は容易く他人を傷つけ、危険な刃は暴力に折られる。それ故に刃が晒される事のないよう、鞘を繋いでおくのが法だ。

 私は木槌を打つ。
 法とは絶対でなければならず、個人の感情で揺れるものであってはならない。
 単一の酌量で動き、例外を認めてしまえば、人は何を守って生きれば良いか分からなくなる。法の番人である自分は決して揺れてはならないのだ。

 私は木槌を打つ。
 そうして自分が裁いて来たのは誰だ? 真に罪を犯した者も、権力と金銭で釈放され、生きる為に罪を成さなければならなかった者は未だに檻の中にいる。
 弱者を法は救う事はなく、強者や狡猾な者は隙間を通してしまう。法が守っているのは、守られる必要のない者ばかりではないか? そんな気持ちに揺れ動く。

 私は木槌をあげる。
 自分の誇りが、目の前に罪状を下げて現れて。
 私の正義がどこを向いていたのか、遂にわからなくなってしまった。


●調停を見定める金の秤

 エフィーリア・タロッキ(kz0077)は、ハンター達を連れて、とある遺跡を訪れる。辺境の空の下、石造りの段差がぐるりと中央を取り囲み、中央には大きな台座が備え付けられているそこは、闘技場か、法廷のような雰囲気を匂わせる。
「……ここに、『正義(Justice)』がいるとのことです。皆さん、警戒を……」
 エフィーリアはハンター達に注意を促す。『正義』がいつ憑依してくるかわからない為、ハンター達は互いに離れるように布陣、互いの行動に注意を払う。
「このアルカナと戦う為には憑依されなきゃいけない……っていうのも、もどかしい話だよね」
 十色 エニア(ka0370)は呟く。『正義』は敵対する者の半数に憑依し、同士討ちを狙ってくる歪虚だ。その性質上、憑依を防ぐ手立てはなく、また、物理攻撃が通用しない為に討伐には『憑依された対象を撃破または憑依を引き剥がす』しかない為、どうあっても憑依されることは前提になってしまう。誰が憑依されるかは不明だが、それでも確実に意識を乗っ取られてしまう可能性があることには薄ら寒い恐怖を覚える。
「『正義』……。法の番人というべき存在だったと聞きます。何故、歪虚になって、そんな能力を得てしまったのでしょうか……」
 和泉 澪(ka4070)は疑問を漏らす。『正義』の生前は裁判長、法の番人たる存在だったということは手記の内容より読み取れる。その葛藤を付け込まれ、歪虚に堕ちてしまったのだろうか、と思いを巡らせた。澪は過去に交戦したアルカナもまた、同じように心に闇を抱えていた事を思い出す。
 その事を近くで聞いていたグリムバルド・グリーンウッド(ka4409)も物思いに耽る。
「番人故の重責……罪の重さ……か」
 生前に彼が行った行動に思いを馳せる。もし自分がその場に居たら、果たして正しく事を成せたか……いや、そもそも、何が正しかったのか? という事を考える。
「どうあれ、きっと酷く苦しんでいたのでしょう……早く、苦しみから開放してあげたいものです」
 閏(ka5673)も同じくして、アルカナ『正義』の早急な討滅を望む。手記に書かれていた彼が抱えていた苦悩は、タロッキの英雄視点からみても壮絶なものであったことが伺える。それ故に現在の歪虚としてのあり方は、その苦悩故のものだと考えていた。


 ヒィィィィン……

「…………この音は」
 静寂の中に、鈍く金属音が響き渡る。テノール(ka5676)は事前に聞いていた音だと察知し、臨戦態勢へと入った。
「この音……『正義』のものじゃな、ふむ」
 星輝 Amhran(ka0724)は自身の身体の調子を見る。手を握り、刀の柄に指を這わせ、自身の身体の感触を確かめる。
「かか、どうやら今回も憑依はされんかったらしい、ワシは嫌われておるのう♪」
「と、なると……」
 星輝は『正義』の憑依対象でなかった事をどこか嬉しそうに呟く。前回も彼女は憑依を免れており、『正義』との相性の悪さがあったのかもしれない。テノールはそんな様子の星輝と、エフィーリア、そしてもう一人、異変を察知したルイトガルト・レーデル(ka6356)が、他の4人に対して装備を構えている事を見、今回の『憑依』対象を察知した。
「なるほど……これが憑依か」
 ルイトガルトは竜尾刀を構え、3人の前に出て前衛に立つ。先程の様子とは打って変わり、殺気を放って相対する4人。エニア、澪、グリムバルド、閏の4人はそれぞれが武器を構えている。
「……っ、『正義』……来ましたか……」
 その4人の様子を見て、エフィーリアは狼狽する。過去に数度、『正義』の能力を見聞きしてきてはいるが、実際に信頼していたハンター達が憑依され、敵に回るという事象には、やはり抵抗を感じずにはいられない。
「エフィや、構えよ! この状況ではヌシも戦いに巻き込まれようぞ!」
 星輝に叱咤され、はっと我に返ったエフィーリアは、星の雫の腕輪にマテリアルを巡らせる。
(さて、頭数は同じだが、エフィーリアさんは戦闘には不慣れ……。こいつら相手に、切り抜けられるか……?)


 ハンター達の頭上、金色の天秤は遺跡の中央にて浮かぶ。白と黒の剣を秤に載せた天秤は、目にあたる器官もないのにまるで睥睨するように、下のハンター達を見る。

『――均衡、調停。和を乱す因子の裁定』

 響き渡る金属音は、まるで人の声のような音階をもって、誰の耳にも届かぬ空気中に霧散する。

『――――正義に感情など、不要。断罪の刃を鈍らせる想い等、不要――――』

 その金属音は無機質に、されど確かな意思を感じる響きで、虚空へと溶けて消えていった。その天秤の身体と共に……。


●ハンター対ハンター

「術士揃い踏みとは厄介じゃのう……テノールにルイトガルト、エフィも用心せい」
「ああ……エフィーリアさんは俺の後ろに」
「すみません、ありがとうございます……」
 星輝が注意を呼びかけ、テノールはエフィーリアを庇うように一歩前に出る。前衛に立つルイトガルトは刀を構えて4人と相対し、刀を構えて4人へと襲いかかった。
「敵対者は術士、先手を取る……」
 水平に構えた刀を突き出し、風のように突撃するルイトガルト。狙うはその武器。先手必勝を取り、武器を叩き落とせばいかな火力をもっていても無効化できるからだ。
 そんなルイトガルトの前に一番に立ち塞がったのはエニアだ。ルイトガルトは意に介さずに、大鎌を携えるその手を狙って斬撃を繰り出す。
「魔術師が接近戦を出来ないと思った?」
 エニアは素早く鎌を引き、手首を起点に回転させる軌跡で鎌を切り上げる。竜尾刀を巻き込むように振り上げられて無防備になったルイトガルトの胸元に手を差し出し、水弾を放つ。対するルイトガルトは素早く身体を翻し、巻き上げられた刀の動きに逆らうことなく斜め上方向に跳躍して水塊を回避した。
「成程、腕に覚えのある動きだな」
「こっちの方も忘れてくれるなよ……っと!」
 続けてエニアの背後に控えていたグリムバルドが魔導符剣を振るい、機導術による砲撃を行ってくる。続けざまに放たれる魔法攻撃にルイトガルトの体力が削られ、じりじりと後退させられてゆく。
「そこじゃ!」
「おっ……と」
 しかしそこへ、弧を描くような軌跡で手裏剣が飛来する。星輝が投擲した手裏剣をグリムバルドは回避し、砲撃を中断させられる。星輝はにやりと笑みを零しつつ
「さあ、己が心の如何に強きかを、彼奴めに知らしめよ! それまでワシが遊んでやろう!」
星輝は強く一歩踏み込み覚醒。漆黒のオーラを纏うと同時に、その身体の動きが加速する。黒い龍を彷彿とさせるオーラを置き去りにして速度を引き上げた星輝は、鋭い踏み込みを行いつつ刀を抜き放ち、グリムバルドに斬りかかる。対するグリムバルドもまた魔導符剣を翻して刀を受け止める。切り抜けていく星輝は逆側で地面を蹴って跳ぶようにグリムバルドに再度襲いかかり、身体全体を使った素早い切り返しの連続攻撃で彼を追い詰めてゆく。
「くっ」
 堪らずグリムバルドは雷撃を伴った障壁を展開し、迸る斥力をもって食らいつく星輝を弾き飛ばす。そんなグリムバルドの背後より、距離を離された星輝を追うように複数の符が飛び、繋ぎ合わさって雷撃を形成、一筋の稲光が星輝を襲う。
「支援攻撃があること、お忘れなきよう」
 閏の放った雷光の符もなんとかいなし、後退する星輝と入れ替わるようにルイトガルトが再び切り込んでゆく。閏は符を周囲にばらまくと、符が次々、鴉のような黒い鳥に変わり、ルイトガルトの振るう刀の攻撃と相殺しては消えてゆく。なんとか隙間を縫って攻撃しようとするルイトガルトだったが、黒い鳥の護符に阻まれて勢いの弱まった攻撃を、閏は雅な動作で飄々と躱してゆく。
 ルイトガルトが閏に注力しているそこへ、風が吹き抜ける。いや、風のように突き抜けた澪が、鋭い速度を伴ってルイトガルトを斬りつけた。
「ぐっ……」
 刀を握り直して澪を攻撃しようとするも、黒い鳥に阻まれた攻撃では満足に攻撃できず、澪は既にその場を離脱する。
「……見事な腕前に連携だ……だからこそ、その腕が斯様に扱われている事が口惜しいな……」
 彼らは『正義』によって操られているに過ぎず、しかしその連携によって確実にルイトガルトを追い詰めてゆく。『正義』の能力は単純に自我を奪うのではなく、その意思を『敵対する方向性』へと誘導するものだ、故に彼らはハンターとしての連携力をそのままに、敵対行動を取るよう仕向けられている。ルイトガルトの目にはその姿が、まるで自らの矜持を歪め、穢されているかのように映る。
「ルイトガルトさん、その防護を吹き飛ばす! 気をつけてくれ!」
 エフィーリアの近くに立ちつつ、やや前線から離れていたテノールが、腰を低く落として拳を振りかぶり、踏み込みと同時に振り抜く。体内で練り上げたマテリアルが拳圧に宿り、巨大な波動となって直線状に突き進んでゆく。
「く……」
「助かる、これなら……」
 拳圧は閏や澪本人にこそ当たらなかったが、閏の周囲を取り巻いていた黒い鳥をまとめてなぎ倒して霧散させる。防護結界がなくなった閏は下がろうとするが、電光石火の如き速度を伴ったルイトガルトの足さばきがその逃げ道を塞ぐ。
「貴様達の未来は、この場で潰えてなるものか。目を覚ませ……!」
 竜尾刀が分解し、鞭状へと変化すると、ルイトガルトはそれを巧みに操って閏を拘束する。『正義』に抗う為の、激励を呼びかけながら。
「あーぁ、ひとり捕まっちゃったかぁ、仕方ないなぁ」
 エニアはその場に立ち止まり、マテリアルエネルギーを収束させる。複雑な詠唱をもって魔力を織り成し、収束力を高めている。
「ぬ、エニアめ、厄介な魔法を……させる訳には行くまいでの!」
 それに気づいた星輝は素早く手裏剣を投擲、マテリアルによって手裏剣と自身を紐付け、手裏剣に引っ張られるようにして加速、エニアへと急速接近する。しかし、その前にグリムバルドが立ち塞がる。
「そうはさせねえっ」
 グリムバルドは手中に光の剣を形成し、手裏剣ごと星輝を薙ぎ払う。弾き飛ばされた手裏剣に引っ張られるように星輝もやや体勢を崩すが、持ち前の機敏さと体幹で強引に立て直し、眼前のグリムバルドと相対する。
「やはり一番に無力化しておくべきはヌシじゃったようじゃの……!」
 グリムバルドは機導剣を生成して攻撃を行う。上昇した火力によって攻撃を行われ、星輝は後退するが……。
「……じゃが、正直な太刀筋というものは得てして搦手には弱いものよ、ワシが張り巡らせた布石には気づいておったかのぅ?」
 星輝は後退し、ふと、地面に落ちていた鋼糸の一つを摘み上げる。グリムバルドが周囲を見ると、周囲には鋼糸が網状に垂らし落とされているのに気づいた。
「騙しの手品、というやつじゃ!」
 気付いた時既に遅し、星輝はマテリアルを爆発的に放出し、地面に張り巡らせた鋼糸をまとめて巻き上げる。網によって巻き上げられた鋼糸は多方向からグリムバルドを拘束する。
「今じゃ、エニアを……」
 無力化したグリムバルドを横目に素早くエニアに視線を戻そうとした星輝だったが、咄嗟に身体を翻して背後からの攻撃を回避する。回避しきれない斬撃は星輝の肌をやや深く斬りつける。一撃離脱を繰り返していた澪が、隙を見せた星輝に鋭く攻撃を行ったのだった。
「……く、流石に数の利は簡単には覆せんか……!」
 星輝は歯噛みし、澪と相対する。視界の端から、準備詠唱をしていたエニアが消えていた事に気付いたのは、やや数秒遅れての事だった。


「皆さん……」
 やや後方、ハンター同士の戦いを心苦しそうな目で見守るエフィーリア。
 ルイトガルトが閏を、星輝がグリムバルドをそれぞれ拘束したは良いが、手札を切った後に動き回る澪の無力化に手間取っているように見えた。
 やがて彼女の前に、巨大な妖精の翅を伴った一人のハンターが、無機質な瞳でエフィーリアを捉えつつ現れる。
「エニア……!」
 無数のマテリアルエネルギーを収束させた妖精の翅に魔力が巡り、翳された手に収束する。
「危ない!」
 テノールは素早くエフィーリアの前に立ち塞がり、身体を張って彼女を庇う。エニアの手から放たれた水弾は先程よりも強大で、まるで砲撃のような威力をもってテノールに直撃する。
「おおおおぉッ!」
 テノールは気迫によりダメージを堪え、気孔を巡らせてダメージを転換する。尋常ではないダメージは常人ならば一撃で意識を持っていかれかねないものであったが、結果としてダメージは大きく軽減できた。しかし大きく体勢を崩されてしまったテノールの懐を抜けてエニアはエフィーリアへと迫る。
「エフィーリアさん!」
 テノールが叫ぶ。エニアは鎌を振り上げ、エフィーリアへと振り下ろす。
「大丈夫です……」
 対してエフィーリアは、静かに呟く。無機質なエニアの瞳を、信じるように真っ直ぐに見つめる。

「……信じています、エニア」

 その言葉と共にエフィーリアの首の僅か手前で、鎌がびたりと止まる。かたかたと震える腕が鎌を揺らし、その場で硬直する何かと何かが拮抗するかのように。
「……それだけは、許さない……から……」
 エニアは絞り出すような声でそう言うと、魔鎌ヴァナディースを手放し、それをエフィーリアはキャッチする。エフィーリアは目の前で硬直するエニアの身体を、そっと抱き寄せる。
「エニア……戻ってきて下さい……」
 エフィーリアの声が、エニアの耳に届く。エニアの意識の底に、その声は深く落ちていく……。


『――――綻び、弛緩。法への抗い、愚かな……』
 憑依者達の意識の深層、金色の天秤は呟くように金属音を響かせる。外界からの干渉で宿主の意識が揺れた事を感知し、抵抗を感じていた。
「わたしの身体、使い心地はどうだった?」
 その天秤の傍に、宿主の意識が現れる。エニアは冗談めいた口調で天秤――『正義』に語りかけるが、その実身体を勝手に動かされた事に苛立ちを隠せない。
「よくもまあ、“拘束”がニガテなわたしに好き勝手してくれたよね? 元裁判長だっていうなら、大層に掲げる罪と罰とやらを教えてよ? 折角、言葉が喋れる状態なんだし」
 エニアは眼前の天秤に、強く詰め寄る。強い意思の力が、眼前の天秤を後退させる。
「……これ以上、手の届く位置にいる人を失うなんて御免なんだから! さっさと……出てけ!」
 エニアの意識は叫び、『正義』を跳ね除けた。

 エニアが憑依を振り払った事により、他の表意者達の憑依にも綻びが生じる。
「これが……憑依されたということですか……」
 意識の奥底で、澪は外界の様子を察知する。事前に聞いていた『正義』の憑依対象に選択され、漸く真の意識を覚醒させた澪は、深層意識の中で振り返る。透明の膜に覆われた向こう側に、金色の天秤が佇んでいるのが見える。
 澪は足を踏み出す。その天秤に向かい、透明な膜を、意思の力を持って押し始める。
「あなたは、なぜ法も規律も無い今でも、そうあり続けるのですか? 貴方が守っていた法は、既にここにはありません、何が貴方を、そうさせるのですか?」
 問い詰める澪、『正義』は何も応えない。それでも澪は、歩みを止めることはない。
「『正義』、確かに貴方の言うように、秩序や均衡を保つことは素晴らしい事です。それ故に守られてきた人も大勢居たでしょう……けれど、今の貴方は秩序を保つ事で多くの人達を害そうとしています。そんな今の貴方に、負ける訳にはいきません!」
 澪は更に踏み出し、透明な膜に体全体を埋める、膜は大きく歪曲し、やがて澪の手が膜の逆側に貫通し始め、澪は殊更に意思を込めて叫ぶ。
「私は、生きて故郷へ帰るんです! 私の『正義』は、命ある限り、生きる事を諦めないっ!」
 強い意思を伴った叫びは、その膜を押し通り、眼前に迫った金の天秤を突き飛ばして意識の彼方へと追いやった。


「……さて、少し話をしましょうか『正義』?」
 閏は自らの意識の底で、『正義』に出会う。『正義』の展開する、意識の障壁の前にゆったりと座り込むと、ガラス越しに会話するかのように閏は言葉を続ける。
「俺にもね、息子……の、ような存在がいます。肉親を裁かなければいけないこと、それがどれだけ辛く悲しいことか……想像したくもありません。俺には、きっとできないでしょう」
 障壁越しの金の天秤は応えず、鈍い金属音を響かせ続けている。構わず、閏は続けた。
「あなたが最終的に、息子さんにどんな裁定を下したかまでは、知らされていません。けれど、その葛藤がどれだけ辛いものだったのかは想像に難くはありません」
 『正義』は応えない。しかし、その場に居辛そうに、金属音を響かせている。それ以上は聞きたくないと言わんばかりの、弱々しい金属音だった。
「……ですから、もう悩まなくてもいいんですよ、苦しまなくていいんです。貴方の判決は確かに後世に繋がっている、ならば……」
 閏が言い終わる前に、『正義』の姿は消えていた。『正義』にとって閏の言葉は、あまりにも眩しすぎたのかもしれなかった。


「……アンタの重責は、俺には想像することしか出来ないが、途方もない重さだってことは解る」
 グリムバルドは、檻のような細く頑丈な意識の障壁に取り囲まれながら、その向こう側にいる『正義』へと言葉を投げかける。憑依が弱まった事で本来の意識が覚醒し、深層意識の中で彼らは相対することができたのだった。
「守りたかったものを守れず……それでも、多くの人の為に頑張った凄い人だと思う。けれど」
 意識の鉄格子に拳を打ち付け、グリムバルドは言い放つ。
「法は、ルールは絶対だ。けれど、完璧な存在じゃあない。必ずどこかに歪みが出るし、穴も生じる。それは『人』が人として、感情を持って生きる生き物である以上、絶対に起こり得る事なんだ」
 続けて拳を打ち続ける。硬い格子はグリムバルドの拳を傷つけるが、彼は躊躇うことなく意識の鉄格子を掴む。
「だから判決の為の『アンタ』が居たんじゃないか、法を補う為、より正しい罪の重さに量り直す為に、『アンタ』はそこにいたんじゃないか、アンタには、それが出来たんじゃないか」
 鉄格子を掴み、目一杯の力を込めて左右へと引っ張る。
「アンタは心が、感情が不要と断じたけれど、それこそが大事なものなんだ! 正義も、悪も、人の心から生まれたものだ! 自分がより正しいと思う道を選べば、もっと良い未来があったと……俺はそう信じてる、だから!」
 グリムバルドは、意識の鉄格子をこじ開ける、歪んだ鉄格子はガラガラと崩壊して消え、グリムバルドは『正義』の元へと駆けていく。

「――だから今、俺も、自分が正しいと思う道を行くぜ!」
 『正義』の支配を振り払い、意識の優先権を勝ち取った。



「……はっ」
「気付きました、エニア?」
 エフィーリアの腕の中、エニアがはっと目を覚ます。
「うん、大丈夫。わたしは しょうきに もどった!」 
「……本当に大丈夫です?」
 大丈夫じゃない人の常套句に思わず訝しげに見やるエフィーリア。
「……っていうか、ぇと……そろそろ、離してくれると嬉しいなー、なんて……」
「え? ……あ、す、すすすすみません……!」
 抱きしめていたエニアを、はっと気づいて慌てて離すエフィーリア、戦闘中に何を、と自分の赤くなる顔を必死に抑える。周囲を見渡し、グリムバルドや澪、閏も我を取り戻し、そして『正義』の実体が現れたのを確認し、臨戦態勢を取る。

「現れたね、いける? エフィーリア」
「……はい、いけます、皆さん、続いてください!」

 エフィーリアは駆け出し、半透明に薄まっている金の天秤へと手を掲げる。

「11番目の使徒……真なる姿をここに!―――『アテュ・コンシェンス』!」

 エフィーリアの手から放たれた光りが、遺跡を、金の天秤を、ハンター達を包み込み、そして……。



●行間

 ハンター達の意識の中に、法廷に立つ人物の姿が映る。

 顰めた顔は、今まで何人もの人間を見てきたが故のものか、酷く寂れて、疲れていた。
 判決の木槌を振り下ろし、裁いた相手。彼の判決は平等だった。

 しかし、彼の判決の後、大量の釈放金で再び世に出回る殺人犯や、
 不慮の事故を犯し、二度と牢屋から出られなくなった一般人の姿を見ては、彼は迷うように頭を抱えている。

 本当に自分が守るべきものは、法なのかと。
 自らを叱咤して、また彼は法廷に立つ。平和を守る為、守らねばならない規則に疑問を持ってはいけないと自らを鼓舞する。

 その矢先、自らの息子が謂れのない罪を申し立てられているのを見た彼は、
 その日から、判決の木槌を握ることはなくなった。


 場面は変わり、クリムゾンウェストのとある川。
 血に塗れて横たわる彼は、遠くの方で燃え盛る街を見た。



 結局、自分は何一つ、守る事が出来なかったと……悲しみに暮れ、失意の中に沈んでいた。


 そうして、彼は願った。次にもし、生まれ変わるならば。
 誰かを守る為に、何かを守る為に、こんなにも悲しまなくて済む世界を欲したのだった。


 結果として。

 彼は、全ての感情を否定し、『法』によって縛る存在に生まれ変わったのだった。




●天秤が傾く時

 金の天秤は、黒い剣の方に急激に傾き、そして不快な耳鳴りを戦場全域に響き渡らせる。
 あまりの音響にハンター達は耳を塞ぎ、頭が割れそうになる圧力に耐える。

『――――静粛に……静粛に。静粛に、静粛に静粛に静粛に! 不要な感情は捨てよ、其、不和の始まり、争いの始まり!』

 響き渡る金属音は人の声のように意味を含んだものとなり、ハンター達の脳を直接揺さぶる。

『正義、揺るがぬ者……正しき者! 感情、欲と驕りを増長せし。罪成し得るものとなる!』

 それは『正義』の叫び。感情こそ人の業であり、争いを増長するものであると彼は訴える。
 しかしハンター達は怯まない。一番に前に出たのはテノールだった。
「正義の道一筋を突き進むのでは、俺達は誰一人、救いに出会う事はない。リアルブルーの詩人の言葉だ」
 物理的破壊力を伴って来る音の圧力に金剛不壊で対抗し、あえて逆らって踏み出してゆく。
「確かに起立や法を守る事は大事だ、だが、それが完璧だと誰が言った。弱者を救いたかったならば、その規律をさらによくするために戦うべきだったんじゃないのか、『正義』!」
 強引に詰め寄ったテノールは、マテリアルを練り上げ、目にも止まらぬ速さの連撃を放ち、天秤を打撃する。天秤の黄金の金属体にヒビが入る。

『其こそ、傲慢! 正義、個人による善悪観で測る事、有り得ぬ! 自らの裁量等、個人感情の尺等、不要也!』

 テノールめがけて強烈な圧力が爆発するが、背後から飛び込んできた黒い鳥の式神がその圧力と相殺する。
「貴方は十分酷く悲しみ、苦しんだ。ですから…後は幸せになるだけです」
 閏は涙を流しながら、守護の符を飛ばしてテノールを、仲間たちを援護する。多くの黒い鳥はハンター達を圧力から守り、活路を拓く。

「……『正義』か。私は貴様の正義に対する苦悩を是としよう。法に対する、かつての憂悶を是としよう、貴様の過去を是としよう。総て、到底。理解できぬが、是としよう。だが」
 ルイトガルトは刀を構える。式神に守られつつ、自らも音の爆撃を回避しながら、鋭いステップと共に踏み込んでゆく。
「歪虚となって果てた……この一点のみ、否としよう。人は完璧ではないし、其れが作った法もまた完璧ではない。完璧さを妄信し、杓子定規に裁いたが故が貴様の悲劇だ。感傷は、感情は、時と場合によって必要だ」
 天秤は音の膜を張り、圧力によってルイトガルトを押し返そうとする。しかしルイトガルトはこれを意に介する事もなく回避し、回り込むような軌跡を伴って斬撃を叩き込む。
「そうだ、貴様の在り方と苦悩は間違いなどではない。人としての感傷が本当に要らぬのは、最期を看取る我らだけで良いのだ、裁判官殿」
 ルイトガルトは意味深な事を口ずさみながら、絶えず攻撃を繰り返してゆく。核が引き出されたとはいえ、既に憑依者達の抵抗によって押し返された『正義』の耐久性はさほどではない。身体の随所にヒビが入り、ボロボロと崩れ去ってゆく。
「仕返しだ、思いきり攻撃させてもらうぜ」
「Сбор феи……わたしも、大事なものを傷つけさせられそうになって、黙ってる程……優しくないよ!」
 グリムバルドが光の剣を携えて『正義』へと切りかかり、巨大な翅を展開したエニアが強烈な水弾を『正義』へと放つ。
 『正義』は堪らず浮遊を始め、拙い飛行で空へと逃走を開始する。

『――否、否……然すれば、我、如何なる、規範を守りし――』


「正義とは良くも悪くも己が信念なのじゃ! その在り方は人によって違おう!」
 そんな天秤へ手裏剣が投げられ、それを追うように星輝が飛来する。
「自らの正しいと思うものまで、法になぞらえて考えるからそのように思い悩む事になるのじゃ! 疾く逝ぬがよい、そしてゆっくりと眠り、休むがよい!」
 迸る斬撃が『正義』を切り裂く。今の一撃が決定打になったか、その身体の自壊が止まる事はなかった。

「あなたは何も間違っていません。正義と悪は表裏一体……天秤のように僅かな重みで簡単に変わるのです」
 そんな『正義』へ、澪が歩み寄る。もはや攻撃と呼べる攻撃すら出来ない天秤の傍へ近寄ってゆく。
「ですが、あなたは"正義"を貫き通した。自分の正しいと思う事を信じて……息子さんの為に涙を流せる、心に正義を持った人でした」
 傾いた天秤は、いつの間にか元に戻っている。黒い剣は既に消え、白い剣も崩れ落ちそうになりつつ、形が残っていた。
「私もあなたのように、正義を貫き通すと、この剣に誓いましょう。もう、ゆっくり休んでください」
 その白い剣を手に取り、そして『正義』は完全に破壊された。




 『正義』であった彼は嘗ての事を想うかのような顔をしていた。崩れ去る身体が、粉になり、風に撒かれた時、ハンター達は確かにその姿を見た。
 粉塵はやがて光の粒となり、天へと昇ってゆく。
 彼が答えを得たかはわからない。だが、その顔はどこか、次なる目標が決まったかのような、満ち足りた表情をしていたことだけが、ハンター達の心に残ったのだった。

「一人で抱え込み過ぎな人……だったね」
「もし生まれ変わったら、一緒におにぎりでも食べましょう。『正義』」

 ハンター達に見送られ、正義の代行者は空へと還ってゆくのだった。

依頼結果

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MVP一覧

  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhranka0724
  • Centuria
    和泉 澪ka4070
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッドka4409

重体一覧

参加者一覧

  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhran(ka0724
    エルフ|10才|女性|疾影士
  • Centuria
    和泉 澪(ka4070
    人間(蒼)|19才|女性|疾影士
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • 招雷鬼
    閏(ka5673
    鬼|34才|男性|符術師
  • ―絶対零度―
    テノール(ka5676
    人間(紅)|26才|男性|格闘士
  • 戦場に疾る銀黒
    ルイトガルト・レーデル(ka6356
    人間(紅)|21才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【質問卓】教えて、エフィーリア
十色・T・ エニア(ka0370
人間(リアルブルー)|15才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/11/21 20:50:33
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/11/19 22:52:52
アイコン 【憑依対象確定】
エフィーリア・タロッキ(kz0077
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
アイコン 相談卓
和泉 澪(ka4070
人間(リアルブルー)|19才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/11/23 16:21:36