『デュニクスから、あなた達へ』1

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/11/30 22:00
完成日
2016/12/14 06:13

このシナリオは3日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 王国西部、リベルタース地方。その中でもさらに北西に位置するデュニクスの郊外にある詰め所に、デュニクス騎士団の面々が揃っていた。

 ところで。デュニクス騎士団は、騎士団の名を冠してはいるが、実際には出向組織という趣が濃い。
 面々を見回してみよう。まず、主要な人物が三名。

 レヴィン。頭髪前線後退中の、当騎士団団長。なお、青の隊所属のれっきとした騎士であり、覚醒者である。クラスは疾影士。
 次いで、ポチョム。その体型はあまりに丸く、生活習慣病の気配は色濃いが、こちらも青の隊所属の騎士である。詳細は詳らかにはされていないが、どこぞの密偵であったという。彼も疾影士であり、その武技は壮烈の一言に尽きる。
 最後に、ヴィサン。痩身痩躯。黒尽くめの衣装を好む彼もまた青の隊所属の騎士であり、元密偵。さらには疾影士であるという。暗器を駆使した暗殺術や奇襲を得手とする。

 疾影士が三人。何がどうしてこうなったのかは定かではないが、時勢がそうさせたのだろう。青の隊の隊長と言えば、現在騎士団を束ねるゲオルギウスであるが――まぁ、厄介払いであることは、想像に難くない。

「……こ、困りました」
「困りましたな……」
 押し黙っていた中で、レヴィンが唐突に口を開いた。ポチョムも、厚い脂肪に覆われた顔を悲しげに曇らせている。
「……クク。とは言え、此処で顔を突き合わせていても仕方がない」
 ヴィサンがくつくつと嗤いながら呟けば、周りの面々も大きく肩を落とした。
 この場には、彼ら三人の他に、性別不詳のオネエ系交渉役キャシーに、元グラズヘイム・シュバリエの職人という経歴を持つ鍛冶担当――現在では刻令ゴーレムのヨリシロ作製を担う――ヴェルド、騎士団のハウスキーピングを一手に担う東方系のメイド、アプリに、御年六四を数える教練担当、加齢性難聴まっしぐらのボルクス、が居る。
 彼らに加えて、百余人を超える戦闘員を抱えたのが、今のデュニクス騎士団の面容である。
 彼らは一様に、懊悩していた。
 二年前には斜陽のただ中にあったデュニクスであるが、疎開に伴う人的流入や、その後の農地再建も加わり、復興の一途を辿っている。
 それでも、懊悩していたのだ。なぜか。

 彼らの前には、二つの手紙があった。
 一つは、蠟で封印されたと思しき手紙。もう一つが、質素な紙に、丁寧な筆跡でしたためられた、メモ紙。
 後者には。

『旅に出ます、探さないでください』
 とだけ、書かれていたのだった。



 その頃、手紙の主である女性――騎士団ではマリーベルで通している――は、なだらかな丘陵を歩いていた。細く艶やかな金髪を揺らし、碧眼には芯の強さが感じられる彼女は、一人、ではなかった。
 その後方に、ハンター達が続いている。更には。
「……なんだか、寂れたとこだねぇ」
 紅髪の鬼、アカシラ(kz0145)率いる、鬼たちの姿。
「周辺地域の情報を集めているうちに、見つけたんです」
 軍容というには少ないが、精鋭揃いである集団を背に、弾む息を整えながら言う少女の視線の先――丘陵の先には、岩肌が覗いていた。荒い岩山へと、徐々に勾配が強くなっていく。
「歴史を紐解いていくと、この地方には、デュニクス以外にも要所がありました。そのうちの一つが、此処です」
 遠目にも、それが見えた。その岩山には、明らかにひとの手が入っている。この丘陵にしてもそうだ。馬車の轍が確かに刻まれており、かつての往来を感じさせる。
 山肌の麓へ向かうように、直に、なだらかに降りていくようになった。丘陵を抉るように刻まれたそれは、次第に擂鉢のように広がりを見せていく。
「廃坑になって久しいんですが……」
 高所から見下ろすマリーベルは、周辺を見渡した。警戒の色が濃いのは――この場所が、それに足る危険地帯だからだ。
「今は、亜人達の住処になっています。最近では、歪虚達の進撃の余波で逃げ込んだ、という情報もあるようです」
 もし、その時の彼女の横顔を見るものがいれば、気づいたかもしれない。
 その表情には決意の色があった。しかし、同時に――後悔の色も、また。

「皆さんには、此処で私がすることに、協力していただきたいのです」



 結局、妙案は出てこなかった。そもそもが、家出同然に消えてしまったのは、力も智慧もない少女とは違う。確固たる実力をもった女性が、本気で消えた。ならば、それを探すことなど、土台無理――否、無意味な話だ。
 そこには、目的が在る筈なのだから。探し求めたとして、はいそうですか、と帰ってくるとは思えない。
 だから、今は彼女がこなしていた膨大な仕事を捌きながら、待つしかないのだ。
「……信じていますよ、“クラリィ”様」
 レヴィンは手元の手紙を眺めながら、そう呟くしか、なかった。



「改めての説明ですが、私達は坑道を進みます。内部の状況は不明です。亜人達の数も、実力も、明らかではない。ですが、私達はこの鉱山内にある、彼らの生活拠点の中枢までたどり着く必要があります」
 内容の重さに、ハンター達はその望外な報酬を理解したかもしれない。つまりは、確実な口止め料と、達成難度、其の双方が相まっての事だ、と。そこで、アカシラが口を開いた。
「アタシらも、かい?」
「いえ……アカシラさん達には、私達の退路の確保と、この場での拠点化をお願いします」
「それで、コイツらか」
 後方を仰ぎ見れば、Gnomeが二機。アカシラ達の手勢としては奇異な顔ぶれだったが、今回貸与された機体である。
「あなた方は各地で転戦していると伺ったので、こう言った仕事はお得意かな、と……」
「それは間違いじゃないさね。アタシらにとっちゃ、荒事も力仕事もそんなに変わりない、が……さて」
 周辺を検分するアカシラの目が、細められ、手勢のいくらかを呼び集めた。あまり時間を掛けられる仕事ではない、という判断か、瞬く間に幾人かが散っていく。
 その様をみて、マリーベルはハンター達に向き直った。
「これだけで安心できる情報ではありませんが、過日のベリアルの襲撃で、此処の亜人達も被害を受けているものと思われます。事実、彼らがベリアル配下の歪虚達を前に敗走した、という情報も。
 だから――この場にいるのは、戦力として目を見張る程の存在はいないか、ごく少数である、と予想されています。かつて『茨小鬼』が猛威を振るいましたが、その規模の存在では、まずありません」
 ただし、とマリーベルは言い添えた。
「戦闘は避けがたいですが、皆さんにお願いしたいのは、亜人達の、『無力化』です」
 心苦しそうではあるが、やはり、強い意志をもって、彼女はこう結んだ。

「治療が不可能な程度の攻撃は絶対に行ってはいけません。それが出来なければ、この依頼はキャンセルしてください」

リプレイ本文


 拠点作成を命じられたアカシラ達は配下の鬼を一人内部に降ろして警戒に当てつつ、外縁部にて作業に取り掛かっている。一方、すり鉢状に掘り下げられた、その最下面にある横穴の前でハンターとマリーベルは集合していた。
 輝羽・零次(ka5974)はマリーベルに手を差し出す。
「改めて。俺はレイジ。輝羽・零次だ。よろしくな。亜人相手のことも、心得たぜ」
「……ありがとうございます」
 参加の意志に、マリーベルとしては感謝の言葉を返すほかない。そんなマリーベルの様子を眺めるアルルベル・ベルベット(ka2730)の口元に、淡い吐息が落ちた。知人が単身で、秘密裏に出した依頼となれば、懸念を抱かない筈もない。
 それでもマリーベルの決意を感じた。だから、理由としては十分だった。
「共生している亜人たち……」
 アルルベルの傍らで、柏木 千春(ka3061)の呟きである。
 かつて本格的に利用されたとなれば、坑道にはそれなりの規模があろう。その中で、たしかに暮らしている一団を思う。
「私たちの生活を脅かす存在ならば退治も必要ですが……今回は、そうじゃない」
 “必要がない”ことは、千春にとっては重要なことだ。思いを抱き、屈折せずに済む余裕は。
「――どのような決意、意図かは気になりますが、ね。ですが、護るべき者には違いありません」
 鎧に身を包んだSerge・Dior(ka3569)。兜に覆われた視線は、マリーベルに注がれている。その声、その視線には非難の色はなかった。ただ、その意志が厚く、固められている。
 廃坑の入り口を見れば、一際目立つ陰がある。美亜・エルミナール(ka4055)の愛機であるヘイムダルが、入り口を塞ぐように立ち尽くしている。
「やっぱりヘイムダルじゃ入れそうもないか」
「入れたら楽だったのでしょうが……」
 一応、挑戦してみた美亜であるが、結果は無念に散った。狭霧 雷(ka5296)が慰めるように言うと、美亜はアリガト、と一言応じ、
「しゃーない、入り口に置いていくかぁ」
「お留守番、ですね」
 ぼんやりと立つヘイムダルに、どこか寂寞と愛嬌が漂うことに、雷は苦笑。そして、手元の拳銃にペイント弾を詰めながら、呟く。
「しかし、殺さず、ですか……なかなか難しい注文ですね。下手に強敵を相手にするよりも厄介かも……しれ……どうしたんですか?」
「は、はい?!」
 雷に話しかけられた叢雲 伊織(ka5091)は慌てて振り返る。頭上、外縁部をぼんやりと見つめていた様を怪訝に思ってのことだったが、慌てふためく様子に、
「調子でも、悪いのですか?」
「え、ええ? いやぁ、そんなこと無いですよ」
 曖昧な笑顔で遮った伊織は、自らの完璧なアルカイックスマイルの裏で安堵の息を吐き零す。
 まさか、言えようもない。
 アカシラの働く姿に思いを馳せていたなんてことは――。



 果たして、一同は坑道内へと足を踏み入れた。千春の計らいで、マリーベルはリリィに騎乗することとなった。多少は心得があるらしく騎乗する姿は様にはなっている。
「……まさか、幻獣の背に乗る機会があるとは思いませんでした」
 そういうマリーベルの、固くなっていた頬が緩められている。戦場に在るという恐怖が少しばかり和らいだようだ。この場には、マリーベルの直衛として残ったハンター達がいる。残りは先行し、状況確認を担っていた。

 先行したのは二人。雷と、ギルベルト(ka0764)。雷の表情は真剣そのものだが、大して、ギルベルトの表情は緩みきっていた。
 坑道内は、仄かに明るい。マテリアル鉱石の影響だろうか。
 余分な肉どころか骨と皮に近しい痩身のギルベルトのにやけ面が下方から照らされる様は不気味極まるが、本人は至って上機嫌である。
 この依頼、ギルベルトの心を擽るには十分に過ぎた。

 報酬。良し。
 キナ臭さ、良し。
 そして何より。

 ――マリちん、イイ感じだよねぇ。

 育ちが良さそうな外見も、端的な物言いも――何より、用意周到な手口が、良い。アカシラ一団を用意している点は、彼女の本質が知れて、大層、心地良い。

 容赦ない女性は、イイ。

 ぬふり、と邪悪な含み笑いをこぼしながら、仕事はきっちり抑えている。音を立てずに坑道を往く。
 すぐに、一つ拓けた場所に出た。壁の凹凸に合わせて、木板を合わせて作った戸棚があった。傍らに妖精アリスを浮かせた雷の視線と、頷きが届く。雷は超聴覚を使用している。ならばと手を掲げて合図をしたギルベルトは近づき、検分する。
「……へぇ、新しいじゃん」
 使用されてる木材に老朽の気配は無く、傷も少ない。
「ゴブリンやコボルトがいる割にはキレイですね――統率者がいる、ということでしょうか」
「腕っ節だけじゃあ、こーはいかなそーだねぇ」
 いよいよ、面倒に――面白く、なってきた。ギルベルトは片頬を釣り上げ、探索を続けた。


 残る面々のうち、美亜が援護が届く範囲で先行して遮蔽の影を探る。雷やギルベルトの索敵にケチをつけるわけではないが、備えとして、である。
 その後ろ、一団最前衛にはレイジが付いた。そのやや後方に千春が入り、セルジュはマリーベルの直衛。重装甲の二人が直近に付き、後方にはアルルベルが備えている。
 先行し、ダガーと銃を構えた美亜の構えは堂に入っている。本職、というと語弊はあるが、傭兵稼業の出であるから、だろうか。人の手は入っているものの、留意すべき箇所は非常に多い。
「RPGやってる気分だわ……」
 エンカウントの陰にある努力に思いを馳せながら、美亜の思いがぽつりと溢れた。彼女はそのまま振り返り、マリーベルへと向き直る。
「ところで、理由は説明してくれるのかな? それとも依頼料がその辺にも含まれてるなら聞かないけど」
「……お解りでしょうが、交渉のためです」
「……ふーん」
 含みのある物言いだった。理知的な依頼人が、“そこまで”しか告げないことを汲んで美亜は引き下がる。暖簾に腕押すような行為に時間をかけるつもりもない。
「……っと」
 そこで、前方から気配が沸いた。銃を向けて、すぐに気配の主に気づく。
(スターップ!)
 手を掲げて微かな声で告げるギルベルトと、雷であった。両手を上げた状態の雷が、押し殺した声で、告げた。

「前方に、ゴブリン2、ジャイアント1、コボルトが、2」



 伊織は弓を手に物陰から一団の様子を伺う。
「……物々しいですね」
 どこか、気配が張り詰めている。遮蔽に身を隠し弓を構える視線の先。
「やあ、ゴブリン諸君」
 平静な声色で、まず、アルルベルが往った。両手を掲げ、左手は無手。右手には――肉。
 肉、である。美しいサシが入った、赤身のそれ。
「ご機嫌、いかがだろうか」
 生肉を手に告げるアルルベルの表情はぴくりとも動かない。笑いもしなければ、怯えもしない。
 ――あれ、ひょっとしてこういう役回り、向いていないのでは……?
 いかんせん無表情な少女である。
 とはいえ、賽はすでに投げられてしまった。事実、この場において食材は亜人達が希求するところであるという予想がある。攻め手としては、間違っていない。
「や、争うつもりはないんだ。ただ、話がしてえ」
 零次が、前に出た。肉を出したアルルベルを指しつつ、自らも持参した食料品を出す。千春やセルジュも同じ備えをしていたため、そこに続いた。
 コボルドも、ゴブリンも、ジャイアントも、誰もがじっと食料品を見つめている。戸惑いと、疑念。そしてやはり、根深い警戒の気配が滲んでいる。
「できれば、そこを……っと!」
 その色を感じながら、それでもそう告げた零次は、転瞬、身体を捻った。猛突してきたコボルドを体を入れ替える形で回避。ゴブリンとジャイアントがすぐに続く。
「……ちっ、聞く耳なし、かよ!」
 乱戦に持ち込まれる前に、ハンター達も応じた。
「やはり、ユグディラとは違うな」
「殺してから奪うほうが簡単、ってヤツだねぇ!」
 無念、と告げるアルルベルに、ギルベルトは昂然と告げる。
 決裂というよりも、端から交渉に付く気配がない。自然と、戦闘へとなだれ込んでいく。
 吠え声をあげようとしていたコボルドに、アルルベルが放った機導術による電撃が走り、後方から、伊織の制圧射撃がゴブリンの眼球を掠めていく。
「ほら、怪我しちゃいますよ?」
 武門の出である伊織は、射撃を中てはしないが、容赦もしない。攻勢の厚みはそのまま、意気を挫く一手になる――かに思えたが、猛然と、向かってくる。
「リリィはそこで!」
 突貫してくるジャイアントに、真っ向から走りつつ、リーリーに向かって声を張り、千春。少女は重い鎧をなんともせず――更には、巨人の膂力を畏れるでもなく、飛んだ。
「――ごめんなさいっ!」
 振るわれた酒瓶は、当然の結果として破裂し、破滅的な音が洞内に響き渡る。
「グオォォォ……っ!?」
 もちろん痛打ではないが、驚嘆と眼の刺激に巨人の動きが鈍る。それでも、巨人は前に出た。
「……」
 零次は、その眼前に立ちはだかる。後方には、マリーベルと、彼女を背負う美亜がいる。退くわけにはいかない。
 気になるのは、退いても良いはずなのに、敢えて踏み込んできた亜人達のことだ。
「……根性は、あるんだな」
 致命傷は与えない程度に。その縛りは厄介極まるが、攻撃は遠慮なく迫る。
 交差は一瞬。瞬後には巨人の身体は体を乱し、宙を舞っていた。盲目していた巨人を投げることは、格闘士である零次にとっては容易い仕事だ。
「話を聞いてくださる様子は、ないですね……!」
 その空隙をついて突撃してくるゴブリンを、セルジュが身体を挟んで押しとどめる。
「……仕方ありませんね」
 短く呟いた雷は霊呪を発動。気迫に、ゴブリンの身体が軋むように固まった瞬間に、セルジュは踏み込んだ。
「――疾っ!」
 気迫と共に、刺突剣で、“薙ぎ”の一閃。剣の腹による一撃は、その膂力を持って衝力となって弾けた。
 混戦は、地力の差もあって瞬く間に形勢が決まっていく。加減のために時間は掛かったが、それでも、深手を追うことなく決着が付いた。




「あっれぇ、マリちん、こうゆーの興味あンの?」
「へっ?」
 ギルベルトの唐突な問いに、マリーベルの驚愕が返った。
「いや、ほら、ジッと見てたし? イイ趣味してるなってェ? 思ったりィ?」
 言いつつギルベルトが差し出したのはロープである。
「いや、それはヤバくねえか……」
「……?」
「ヒヒッ、イイ反応アリガトー!」
 巧みな技で亜人達を縛り上げながらの一言に零次は天を仰いでいたが、意味が分からないマリーベルは首を傾げるしかない。そんな様も、ギルベルトにとってはご褒美のようで、かなりのご機嫌ぶりである。
「……なんだか、微妙にやりにくくなりましたね」
「ノリ悪ィなー」
 兜の向こうの表情は伺えないが、セルジュの籠もった嘆息に、ギルベルトはさらに愉快そうに笑った。
「……で。縛り上げたのは良いけど、こいつらどうすんの?」
 周囲の警戒をしていた美亜が呆れつつ言えば、手元の肉を微かに哀愁を漂わせながら見つめていたアルルベルが、呟いた。
「アカシラ達に預けることは出来ないのだろうか?」
「その為に戻る、というのは得策ではないですね。……あまり、ご迷惑もおかけしたくないですし……」
「そうですね。彼女達の仕事は、業量は多いですから」
 端的な伊織の反論――最後だけは小声で告げられていたが――に、マリーベルは頷いた。
 その視線が、亜人達の怪我の状況を確認していた千春に流れる。視線に気づいた千春は柔らかく微笑んだ。
「……幸い、彼らには大きな怪我も無いようですし。先へ進みましょう」



 そこから先も、幾度か遭遇戦はあったものの、大禍なくやりすごす事が出来た。その功は、ハンター達の実力もあるが、斥候の存在が大きい。戦闘時に懸念となるマリーベルが、リリィの陰に隠れていられるのも、ハンター達の動きを阻害しない方向に働いた。
 それに。
「――広さの割に、閑散としているのも大きい、か」
「そうですね。脅威に屈しない程度には意気はありますが……」
「強くはないなりに、な」
 アルルベルの言葉は、ハンター達の実感を端的に示していた。心を挫く方向で武威を振るう伊織が続けば、零次は己の手に感触を問いかけるように、言う。
 投げかけた言葉よりも、亜人達には優先すべき何かがある、と感じていた。食材に気を取られはすれ、最終的には振り切って一様にハンター達に向かってくるのだ。
 説得は、現時点では無効と思わざるを得ない。

 沈思に耽りそうになった、その時のことだった。

「っべ、見つかっちったぜ……!」
 と、ギルベルトが駆けて戻ってきたのは。


「■■■ッ!」
「くっ……!」
 銃弾での応戦を選んだ分、雷の撤退が遅れた。ペイント弾では威嚇にならないどころか、足かせになる程の――明確なまでの、強敵。
 苛烈な踏み込みを見せた『ゴブリン』の蹴撃を、躱しきれない。防御の上から、洞窟の壁に弾き飛ばされる。
「無事ですか!」
「ありがとうございます!」
 まず、飛び込んできたのは伊織の射撃。ゴブリンの眼球をめがけて放たれた一撃で、動きが乱れた。その間に、態勢を立て直した雷は後退。代わりに、千春と零次、美亜、セルジュが前へ出る。最前は、千春。
「前方、他にも来ています!」
 視線の先には、更に数体のゴブリン達の姿がある。言いながら、眼前の亜人へと飛び込んでいく。これまでに見た個体よりも小柄だが、膂力で言えば巨人のそれに近しいことは見れば解る。
 だからこそ、まずは状況を整える。その為の前進だった――のだが。眼前で、気配が膨らんだ。それは、“亜人”の身にしては過大な、正のマテリアル。
 その気配を、千春は知っていた。
 ――茨小鬼……?!
「みなさん、気をつけてください! 強敵で……きゃっ!?」
 警句を放つ千春が、彼女にしては珍しい悲鳴を上げた。茨小鬼に接近された瞬後に、その視界が、ぐるりと巡ったのだ。ダメージこそないが酩酊感に前後不覚に陥る。
 追撃を警戒し、身体が強張る。
 だが、それをカバーする動きも、あったのだ。
「ダガー、パンチ!」
 言動はともかく、美亜が踏み込みながら放った一撃で亜人の注意が離れた。追撃を免れた千春は――追撃を受けたとしても痛打となったかは別として――立ち上がる。
「立てる?」「はい、ありがとうございます!」
 千春の返事を待たずに、美亜は後退。マリーベルの直衛が足りず、落ち着けば千春一人で支えられる、という判断の元だ。
 俯瞰する。セルジュと雷、ギルベルトが一体を。更に、もう一体に零次と伊織が当たっている。
「援護射撃を頼む……!」「はい!」
 強敵と見て声を張った零次に、伊織。距離は離れては居るが、伊織の手は、長い。すぐに、相手の動きを阻害する矢弾が放たれる。
「おォ……っ、あ、あれ?」
 その軌跡を追うように踏み込んだ零次――であったが。どうやら、用意していたスキルが、違ったらしく、不発に終わっていた。小鬼の身体から吹き上がった風に、身を切り裂かれる。
「マリーベルさん、実弾の許可を!」
 言いつつ、雷は装填を完了。セルジュが抱えている茨小鬼に照準を合わせている。逡巡するマリーベルに、美亜はぽつり、と一言を零す。
「機体があれば、楽だったかな」
 言いつつ、その援護に動こうとした。その時のことだった。

 ――待ちな。

 声が、落ちたのは。



 声に続いて現れた『それ』の身体はジャイアントと見紛う程に大きい――ゴブリン、であった。全体的に丸みを帯びていて、女性的な特徴はある――と言えば聞こえは良いが、あまりに、恰幅が良い。
 そいつは、ゴブリンらしい嗄れた声で、こう言った。
「ウチのコらも悪いが、アンタ達だって、悪い。そう思わないかい?」
 茨小鬼たちを引き下げ、ハンター達の前に身を晒しての言葉に、零次は我に返る。
「……着いた、のか?」
「おそらく、ですが」
 零次の言葉に、リリィの背から降りたマリーベルが応じた。少女は首領と思しきゴブリンに向け、確たる口調で、こう言ったのだ。
「貴女に、会いに来ました」
「兵隊を引き連れて、かい?」
 ――キナくさいね。
 反駁に似たゴブリンの言葉に、美亜は油断なく両手に得物を構えながら、奇しくも、侵入時のギルベルトと同じことを思った。茨小鬼を従える、大型の女ゴブリンと、そんな彼女に、用がある、という人間。
「……手土産もあるんです。手下の皆さんは、受け入れてはくださいませんでしたが」
 王国の護り手たらんとするセルジュは、それでも依頼主の意向を汲んで言いつつ食料品を差し出すと、「へえ……」と、女ゴブリンの表情が愉快げに変わった。随分と、人間らしい仕草である。
「上等な肉もあるぞ」
 アルルベルが、今度こそと畳み掛けるように言う様に、千春は微かに笑みを浮かべながら、続いた。
「あなた方は、歪虚に襲われたと聞いています。治療のお手伝いも出来ます。だから……話だけでも、聞いてくださいませんか?」



 こうして、ハンター達は無事にマリーベルを目的の場所まで送り届ける事が出来た。

 茨小鬼すらも含む亜人達の集団と、そこに用があるという、一人の少女。
 どこへ往くとも知れぬ、不安定な興り。

 ――その果てにある、“騒動”の始まりは、かく紡がれたのであった。

依頼結果

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MVP一覧

  • 猛毒の魔銀
    ギルベルトka0764
  • 光あれ
    柏木 千春ka3061

重体一覧

参加者一覧

  • 猛毒の魔銀
    ギルベルト(ka0764
    エルフ|22才|男性|疾影士
  • 真摯なるベルベット
    アルルベル・ベルベット(ka2730
    人間(紅)|15才|女性|機導師
  • 光あれ
    柏木 千春(ka3061
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    リリィ
    リリィ(ka3061unit001
    ユニット|幻獣
  • 盾の騎士
    Serge・Dior(ka3569
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 能力者
    美亜・エルミナール(ka4055
    人間(蒼)|20才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ヘイムダル ジーカスタム
    ヘイムダル GーCustom(ka4055unit001
    ユニット|魔導アーマー
  • 双星の兆矢
    叢雲 伊織(ka5091
    人間(紅)|14才|男性|猟撃士
  • 能力者
    狭霧 雷(ka5296
    人間(蒼)|27才|男性|霊闘士
  • 拳で語る男
    輝羽・零次(ka5974
    人間(蒼)|17才|男性|格闘士

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/11/27 23:31:26
アイコン 相談卓
柏木 千春(ka3061
人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/11/30 01:38:43