ゲスト
(ka0000)
想いの集うところ
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/12/05 12:00
- 完成日
- 2016/12/11 20:11
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「ユルサネェ…… ユルサネェ……」
これは何の死体だったろう。
墓場を荒らしたものだったか、エルフと人間の諍いを両方潰して手に入れたものだったか、村を潰して食らいつくしたものだったか。
割と苦労して集めたものだった気もするが、もうそんなものには興味なかった。
死体の腕で別なる死体の腹部を貫き、数本の腕をよじって一つの綱にしては別なる頭にねじ込む。空いた隙間には腐肉と汁に反応する爆弾を山ほどねじ込む。
「コンナンジャア タリネェ」
死体なんてただのモノだ。依代になったものが壊れようが何しようが気にしたことなかった。どうせそれで悲しむのは死体の関係者だけだ。
だが、前回は違った。
「このワシヲ 傷ツケタコト 絶対ユルシャシネェ……!!!」
痛みを感じた事自体、長らく忘れていたことだ。
それを思い出されたナイフの一撃は強い衝撃をファルバウティにもたらした。取り乱したのも思い返せば羞恥と怒りに満ちさせるに十分だった。
「ゼェンブ テメエラノ セイジャ」
いったい何人殺したか。
死者をどれだけ冒涜したか。
生きたまま連れてきてしまった人間には胃が破裂するまで同族の肉を食わせて壊してやった。今は立派な要石だ。
「ワシヲ恥ヲカカサナキャア コイツラハ普通ニ死ネタンジャ フェヘヘヘ」
そうだ。苦悩するがいい。
悲しみもせずバラバラにすればいい。
どちらにしたって苦しむのは人間だ。同族同士で恨みあって咬みつけ合えばいい。
「ケケケケ フヒャヒャヒャ!!!」
仕込めるものは全部仕込んでやる。
目ん玉を雨のようにふらせて、泥流のような髪を口に押し込んでやる。身動きできなくなったら爪一枚剥いで、骨一本ずつ砕いて。スィアリのように生きたままゾンビにしてやる。
仲間に殺してと哀願させてやる。
ファルバウティは笑いながら、怒りながら、死体を弄び続けた。
●
ガルカヌンクの大地が揺れると同時に、冷たい夜風がクリームヒルトの髪を巻き上げた。
「ファルバウティ……」
その歪虚が戻ってくるのは分かっていた。
あれの一番の死体貯蔵庫である場所でもあり、恐らく人をいたぶる為の活動拠点であったはずだ。そして仇敵のボラ族がいること。ファルバウティの身体を傷つけた人間達が集っているとなれば、真正面からでも潰しにかかってくるのは今までの報告書から見る人物像からも容易に想像できた。
「ファ ファ ファ」
その姿は、人玉だった。
死体で作られた巨大な塊。何百という死体が複雑に絡み合い、方々から伸びた手、脚が蠢いては転がり、ガルカヌンクの建物を押しつぶす球体。
そちらから吹く風は生臭く、精霊の加護のないクリームヒルトにはそれだけで視界がぼやけるくらいの眩暈に苛まされる。
だが、それだけで膝をつくわけにはいかない。
「こっちだって用があるのよ。ファルバウティ」
帝国の地方産業を盛り上げようとしていた羊飼いの親子、そして村を潰したのはこのファルバウティだ。
クリームヒルトの呟きに、テミスは少しだけ顔を俯かせた。
「カカ様のかたきです」
隣に並んだのはまだ3才の族長、ウル。彼の母親であるスィアリが歪虚になったのも。
ゾールも愛用の棍棒を担いでウルの傍らに立った。そしてレイアも。
「アウグスト様もあのような歪虚とつながらなければ、ブリュンヒルデなどに惑わされることもなかったのにな」
「あたしが左遷されることもね」
ベント伯とメルツェーデスもそれぞれに武器を構える。この地にいれば非覚醒者とてファルバウティの襲撃に巻き込まれない確証はない。
それに縁故は彼らにだってある。
「師匠の役割はもう終わりさ。後はオレが引き継ぐよ」
そしてロッカはにやりと笑う。ガルカヌンクの建物の屋上から円形の線路をまたぎ侵入してくるファルバウティを見やる。
「全部は今日の為、ってね」
アミィもまたにやりと笑い、雇ったハンターが準備を終えているのを確認するとクリームヒルトの横にそっとかしづく。
「さあ、お姫様。ご命令を」
「私たちの想いを一つにして討ちます。敵の名は、ファルバウティ!!」
想いが今集い、戦いが始まる。
「ユルサネェ…… ユルサネェ……」
これは何の死体だったろう。
墓場を荒らしたものだったか、エルフと人間の諍いを両方潰して手に入れたものだったか、村を潰して食らいつくしたものだったか。
割と苦労して集めたものだった気もするが、もうそんなものには興味なかった。
死体の腕で別なる死体の腹部を貫き、数本の腕をよじって一つの綱にしては別なる頭にねじ込む。空いた隙間には腐肉と汁に反応する爆弾を山ほどねじ込む。
「コンナンジャア タリネェ」
死体なんてただのモノだ。依代になったものが壊れようが何しようが気にしたことなかった。どうせそれで悲しむのは死体の関係者だけだ。
だが、前回は違った。
「このワシヲ 傷ツケタコト 絶対ユルシャシネェ……!!!」
痛みを感じた事自体、長らく忘れていたことだ。
それを思い出されたナイフの一撃は強い衝撃をファルバウティにもたらした。取り乱したのも思い返せば羞恥と怒りに満ちさせるに十分だった。
「ゼェンブ テメエラノ セイジャ」
いったい何人殺したか。
死者をどれだけ冒涜したか。
生きたまま連れてきてしまった人間には胃が破裂するまで同族の肉を食わせて壊してやった。今は立派な要石だ。
「ワシヲ恥ヲカカサナキャア コイツラハ普通ニ死ネタンジャ フェヘヘヘ」
そうだ。苦悩するがいい。
悲しみもせずバラバラにすればいい。
どちらにしたって苦しむのは人間だ。同族同士で恨みあって咬みつけ合えばいい。
「ケケケケ フヒャヒャヒャ!!!」
仕込めるものは全部仕込んでやる。
目ん玉を雨のようにふらせて、泥流のような髪を口に押し込んでやる。身動きできなくなったら爪一枚剥いで、骨一本ずつ砕いて。スィアリのように生きたままゾンビにしてやる。
仲間に殺してと哀願させてやる。
ファルバウティは笑いながら、怒りながら、死体を弄び続けた。
●
ガルカヌンクの大地が揺れると同時に、冷たい夜風がクリームヒルトの髪を巻き上げた。
「ファルバウティ……」
その歪虚が戻ってくるのは分かっていた。
あれの一番の死体貯蔵庫である場所でもあり、恐らく人をいたぶる為の活動拠点であったはずだ。そして仇敵のボラ族がいること。ファルバウティの身体を傷つけた人間達が集っているとなれば、真正面からでも潰しにかかってくるのは今までの報告書から見る人物像からも容易に想像できた。
「ファ ファ ファ」
その姿は、人玉だった。
死体で作られた巨大な塊。何百という死体が複雑に絡み合い、方々から伸びた手、脚が蠢いては転がり、ガルカヌンクの建物を押しつぶす球体。
そちらから吹く風は生臭く、精霊の加護のないクリームヒルトにはそれだけで視界がぼやけるくらいの眩暈に苛まされる。
だが、それだけで膝をつくわけにはいかない。
「こっちだって用があるのよ。ファルバウティ」
帝国の地方産業を盛り上げようとしていた羊飼いの親子、そして村を潰したのはこのファルバウティだ。
クリームヒルトの呟きに、テミスは少しだけ顔を俯かせた。
「カカ様のかたきです」
隣に並んだのはまだ3才の族長、ウル。彼の母親であるスィアリが歪虚になったのも。
ゾールも愛用の棍棒を担いでウルの傍らに立った。そしてレイアも。
「アウグスト様もあのような歪虚とつながらなければ、ブリュンヒルデなどに惑わされることもなかったのにな」
「あたしが左遷されることもね」
ベント伯とメルツェーデスもそれぞれに武器を構える。この地にいれば非覚醒者とてファルバウティの襲撃に巻き込まれない確証はない。
それに縁故は彼らにだってある。
「師匠の役割はもう終わりさ。後はオレが引き継ぐよ」
そしてロッカはにやりと笑う。ガルカヌンクの建物の屋上から円形の線路をまたぎ侵入してくるファルバウティを見やる。
「全部は今日の為、ってね」
アミィもまたにやりと笑い、雇ったハンターが準備を終えているのを確認するとクリームヒルトの横にそっとかしづく。
「さあ、お姫様。ご命令を」
「私たちの想いを一つにして討ちます。敵の名は、ファルバウティ!!」
想いが今集い、戦いが始まる。
リプレイ本文
●
「よし、良く言った。お前の分まで叩きつけてやるよ」
リュー・グランフェスト(ka2419)は魔導バイクに飛び乗ると、クリームヒルトに振り返って親指を立てると、クリームヒルトは静かに頷いた。
「アミィはヒルトちゃんの事任せたっすよ」
「OKOK。任せときなよ。ファルバウティには指一本触れさせやしないよ」
続いて無限 馨(ka0544)の言葉にアミィがにんまりと笑い、彼を送り出す。そして一人、また一人とそれぞれの持ち場に移動していく最後に高瀬 未悠(ka3199)がクリームヒルトをそっと抱きしめた。
「近くで守れなくてごめんなさいね。行ってくるわ。私の大事なお姫様」
「はい……無事に帰ってきてね」
そして未悠もバイクで走り出していった後、クリームヒルトはそっと胸に拳をおいて見送る様子にロッカが声をかけた。
「クリームヒルト様ってすごいね。大人気じゃん」
「私を通してこの帝国の大地を、人々の命を愛してくれているんだと思うわ」
ロッカに視線を向けてクリームヒルトは言った。
だけど、どうしてもその瞳は正直になれない。ロッカはまじまじとその眼を覗き込んだ。
「本当は……戦いたいんだね」
「もちろんよ。覚醒者なら、肩を並べて戦えるなら、どんなに良かったか。でもこれは適材適所。私にしかできないこともあるわ。私は彼らの気持ちを受け止める。あの死体の塊の中にいる、私の臣民の想いも受け継ぐ」
クリームヒルトの言葉を遮るようにして、ロッカは短剣を差し出した鞘に納めた側を手にして、柄を差し出しているということは使えということだろうか。
「クリームヒルト様こそ想いの集うところ、まほろばだ。この剣を持って待っていて。きっとその夢をかなえて見せる」
ロッカはニコリと笑った。
●
「よく来たね、ファルバウティ。探す手間が省けたし、歓迎する準備も整ってる。飛んで火に入る夏の虫、だよ」
アーシュラ・クリオール(ka0226)はディファレンスエンジンを構え、ジェットブーツで大きく月夜に飛翔した。
暗い大地を引き裂く巨大な球体が、仲間達の光、ガルカヌンクの街灯りによって影だけが浮かび上がるのが見える。
「スィアリ様の仇、ボラ族の未来のため、ここで終わらせてやる!」
大地に注がれる月光のように、裂光が降り注いだ。
それが開戦の合図だった。
「人の命を弄ぶものを存在させてはいけないの。絶対消滅させてあげるの!」
全力で漕いだ後、慣性に従い疾走するママチャリの上で、ディーナ・フェルミ(ka5843)は腕を突き上げると光の輪を生み出した。それは波のように広がり、ファルバウィの球塊を揺らした。
「アア? 汚レモシラヌ小娘ガヌカスナヨ。テメェモ命ヲソノ口ニネジコマナキャ生キラレネェクセニヨ」
光の衝撃は球塊全体をわずかに揺らし、構成する人間をそのまま消し飛ばしたものの、まるで影響は感じられなかった。
どちみちそんなすぐに倒せる相手ではないことはディーナもわかっている。今は気を惹ければそれでいい。ディーナは再びママチャリのペダルに力を入れて踏みしめ、ファルバウティの圧力から逃れるように走る。
「そんなことはないの。命はいただかなきゃ生きてはいけないもの」
「ワシモソウジャ。コウシテ残酷ナコトシテ 暗イ感情ヲワキアゲサセテ 食ベル」
ぐちゃっ。
疾走するママチャリの行く手に臓物の混じったヘドが降り落ち、ディーナは慌ててブレーキを掴んだが勢いは殺しきれずスリップし、膝から突っ込むようにしてヘドに半身を埋めた。
「ち、が……う」
負のマテリアルで眩暈がする。気丈ににらみつけるディーナでも、皮膚が急激にかゆみを覚えるのと同時に、心にも掻痒感を覚える。何が正しい? 命ってなんだっけ? 持ちなれない武器と、扱いなれた調理用ナイフと違いって、なんだっけ。癒したいと思うこの気持ちは……武器を握った際にやむなしと思う違和感は、自分の、罪障を覆い隠す言い訳だったっけ? ワタシハ 歪虚ト オ ナ ジ?
球体が近づくがディーナは茫洋とそれを眺めるしかできなかった。
影がディーナを覆っていく。視界が真っ暗になる。
「答えは否だ」
その目の前で肉塊が嵐のように舞ったかと思えば、リュカ(ka3828)の凛とした声が響き、ディーナは薄れかけた意識を取り戻した。
「生きるのが我々生命の、大地に生きるヒトの、意志だからだ」
目の前の影はファルバウティのものではなかった。土壁だ。
そしてその上に月影の煌めきを受けて輝く鎧と盾を持つものこそがリュカだった。
「そちらが生を食らったとして何を生み出す? 何も生み出さない。だから全力で生きあがくのだよ連なる命のひとかけらとして……」
リュカはそのまま盾で圧殺してくるファルバウティをしのぐと、もう片手で拳銃を引き抜き接地している手足を悉く吹き飛ばした。いくら巨大で意志通りに転がるといっても、接地しているのはわずかな部位だ。そこを崩せば……。
「ヌ ググ……」
多少はずれる。
勢いを殺せないファルバウティはディーナを庇う土壁をかすめて通り過ぎて行った。
「あ、ありがとうなの……」
「礼は……辺境の先人にするように。私もついこないだまで迷っていたところなんだ」
リュカはくすりと笑うと、大槍ミストルティンに持ちかえ走った。
「マダダァ。死ノウゼ。ミィンナ仲良クヨォ」
そんな言葉と同時に噴出音が聞こえた。構成する死体をミサイルとして使ったのだろう。
「頼んだぞ」
「はーい、お任せですわっ」
リュカが走り出すと同時に、降り落ちてくる死体の数々が途端に白い霧に呑まれて消え去る。土壁をつくったチョココ(ka2449)が元気よく手を上げ、ディーナを助け起こした。
「わたくし、むずかしー問題はわかりませんの。でも言えるのは……ゾンビまみれは気持ち悪いですの。それで十分ですわ。ぱーるぱるっ!」
その掛け声と同時に、白い霧の中で弾ける音がしたかと思うと、輝く塵が月影に照らされ舞っていく。
「ウヌヌヌヌ。クソガ、クソガァっ」
ファルバウティはリュカを追いかけて全力で進む。建物などの障害物もみな蹂躙して。破片が肉に刻まれ、自分を構成する肉体が血塗れになろうとファルバウティは恐ろしい勢いでリュカを飲み込もうとした。
「汚泥に満ちた奴に言われたくないよね。それ。その汚い言葉も、身体も、ぜーんぶ終わりにしよう。なんてったって女王様がご不快でいらっしゃる」
それを待ち構えるようにして建物の上にいた南條 真水(ka2377)は歌うようにして言うと、両腕を振るいあげた。
「それにこれすら終わらせられないとなれば……何のための案内人なんだってなるよね……がんばれ、南條さん」
ふと真水の脳裏に、リアルブルーにいた南條真水が映し出される。暗く俯いていて……。小さな籠の中でただ一人。
「ああっ。クソ! 余計なものを思い出させやがって」
悪態をついた真水は飛び降りざまに女王の処刑バサミ、アイルクロノを展開し、落下する勢いと重ねあわせてファルバウティを一刀両断に切り伏していく。
「アガガカ ヒャハハァ!!」
切り伏したハサミの痕は塵芥となり、落雷を受けて裂かれた木のように肉と骨がメリメリと音を立てて塊が分かたれる。数十体分くらいの塊を失ったにもかかわらずファルバウティは笑っていた。傷つけられても笑う歪虚はタチが悪い。精霊のチェシャ猫が不機嫌そうに囁いた瞬間。
「!」
塊の裂け目から炎があふれ出して真水を弾き飛ばした。
「オワリ? オワラネェヨ! 人間ノ数ダケ絶望サセルンジャ! テメェラ役目ニオシツブサレチマエ」
「大丈夫っすか」
壁に激突する瞬間、不意に現れた無限が真水を受け止めて真水に尋ねた。
「なんだったんだよ、今の」
「爆薬っすよ。身体に仕込んでるみたいっす。威力が大きいほどに反発力が高まって中距離でも届いてしまうっぽいっすね」
「今度は反発力で自壊させてやる」
苛立った様子で真水はありがとうの一つだけ小さく投げると、そのままファルバウティの前面に向かって走り出した。
「にしても役目に押しつぶされちまえ……すか。精霊の時のファルバウティもきっとそうだったんだろうすね……」
歪虚に堕ちる前と後、それは決定的に違えども、似通っている部分は多い。行動基準は特に死の直前の意志に左右される。ブリュンヒルデ、スィアリと見て来て、無限はなんとなく気づいていた。あれも元は封印を司る精霊……。恐らく手に負えないものの封印をただ一人任され、徐々に狂気に陥ったのだろう。役目を果たさんが故に。
「残念っすけど、俺たちにできることは……殺すことでしか解放できないんすよ」
無限は空に向かって跳び立ち、建物の壁を二つ、そしてファルバウティが蹂躙して、跳ね上がった壁の欠片を足場に次々と空高く舞い上がりつつ、ジルベルリヒトを構えると、一転、球体に光の槍を叩きこんだ。
「いくっす!」
落下速度に自らの脚力を加えた一撃で球体がへしゃげ、炎が溢れ出ると同時に、死体が一斉に無限を掴もうとする。
「まだ誘導中だ。手加減しろ」
死体の群れに朱線が走ったかと思うと、その線を境に死体はバラバラになって宙を舞う。その攻撃がアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の姿と声を認識できたのは、同じ高速空間で動き回る無限くらいなものであった。
アルトは残影と共に放つ手裏剣から紅糸の軌跡を生み出した。天地四方にくまなく張られた糸の結界は、ファルバウティの身体も貫く。
次の瞬間にはそれらが一斉に火を噴いた。反発火薬による爆発が糸に沿って遅れて火を噴くが、そこにアルトはいない。まるで自分の火力で身体を焼き切られるようにしてファルバウティはズタズタに切り裂かれていく。
「アアアア ハエドモガァ」
ファルバウティは身もだえした。どれだけ高速でもマテリアルは永遠ではないし、酷使する脚の筋肉は連続運動には耐えられない。そこを狙った一撃で会ったが、アルトは紅の瞳で冷ややかに人間の姿をしたミサイルがファルバウティの中から頭を除かせても一瞥くれるだけであった。動く必要などないのだ。
飛び立つ前に黒い影が人間の頭を叩き潰し、内部で爆発が起こった。
影は、未悠だった。
「みんな守りたいものがあったのよ……生活を、小さな幸せを……それがどんなに汚れていても! 生きたかった!」
死体がへしゃげ爆風だけが頬を切り裂いたとしても未悠の瞳はまっすぐ死体のその向こうを見つめていた。
「それがなんであんたの鎧なんかになってるのよ」
「ミユゥ~。ヒャーハハハハ、イイダロウ、コノ鎧。知ッタ顔ハナイカナァ」
!
先のミサイルのように肉の隙間から人間の頭が見えると、未悠の手は一瞬止まった。
スィアリが女性の訴えに応じて襲った村の……父親か。
「コノ前ハ守ッタノニナァ。残念ダナァ」
「だから言ってるのよ。それが許しがたいって」
月を背に、未悠の眼は真紅に輝いた。
そしてそのまま、槍で刺し抜くとわずかに残った腐汁塗れの血が未悠の腕を濡らした。
「お前はいつもそうね。命を奪って、はべらせて。仮初の玉座に座って何様のつもり? 孤独な卑怯者」
そんな未悠の腕が黒く染まる。耳と尻尾だけの覚醒の変化では止まらない。
腕も髪も瞳も。獣となりて月影の夜よりも黒に染まりゆく。
「思いやれる心がほんの少しでもあれば、そんなことやろうと思わなかったでしょうね……」
その言葉と同時に、突き立てた槍から、断裂する音が小刻みに響き渡る。
「人は想いあうことで強くなること、教えてあげる」
死肉がはじけ飛ぶが、緑の風が未悠を守りそして、歌うような波動がファルバウティを大きく揺らした。
小さな爆発のようにして起こった一撃にファルバウティの球体は大きく震えた。
「人の命を、想いを、穢すんじゃない!!!!」
爆発は全身に及んだ。
「ヌヌヌ ヌガァ 結束ガハズレル……ミユウミユウユミユウユミユウ!!!!!」
ファルバウティの確固とした球体はまるでスライムのような不定形に変質していった。死体同士をつなげ併せていた部位が振動で破壊されたのだろう。
それでもファルバウティは未悠を包み込み、そのまま波のようにして前に進みながら、未悠を飲み込もうとした。だが、それもまるで凍り付いたように動かなくなる。
「包囲網到達……浄化刃展開」
クレール・ディンセルフ(ka0586)の言葉と共にファルバウティの周りに輝く刃がいくつも浮かんでいた。
刃の主はゴーグルを下ろすと、刃のない柄だけの剣を前にした。
その瞬間、空間の輝きは結集し、腐肉を貫き未悠を奪い返した。
「あの日からの奇縁、決着をつけよう」
ゴーグルの向こうから輝く瞳の光が漏れると同時に、左手から真っ赤な竜の紋章と、柄だけだったそれに光の刃が灯る。
「竜の紋章剣士、クレール・ディンゼルフ! 参る!!」
●
「すぐ癒すなの」
ディーナは助け出された未悠にフルリカバリーをかけると彼女は腐汁を吐き出すと、ディーナの手を握った。
「ディーナ、あなたは大丈夫なの?」
腐汁にやられて意識を奪われかけていたディーナのことを未悠は気づいていた。だが、その決然とした顔に先ほどの茫洋とした感じはみられない。
クレールの浄化刃でマテリアル障害を取り除くことができたのだろうと安堵すると未悠はすぐさまファルバウティに視線を寄せた。
「核……多分、私のいた辺りにあるわ」
ディーナはすぐさま未悠の飲み込まれた位置を確認したが、死体の塊は流動的に動き、どれが核なのかは判別はつかない。
「どんなやつだったの?」
「太った人間……それこそ球体のような体型だったわ。要石らしい何人からも腕や脚やら頭からをつなげられていた。そこだけ瘴気の濃さが違ったから間違いないと思うわ。連絡は……可能なら、『花婿』と言えば何人かは分かるはずよ」
「はな、むこ……?」
ディーナは一瞬キョトンとしたが、それはきっとわかる人にはわかるキーワードなのだろう。すぐさま頷いて立ち上がったが、ディーナは悩んだ。
ファルバウティの全長は30mオーバー。それを取り巻くように戦う仲間達は実際もっと離れた位置に分散しているし建物などの障害も多い。その上先ほどから爆裂音だの銃声、剣戟だのとともかく音は伝わりにくい。合図は取り決めていたが、今はまだ不確定情報。
「パルム!」
ディーナは自分のパルムを呼び寄せると、囁いた。
「お願いなの。伝えて……」
パルムはにこりと愛らしく笑うと、勢いよく飛び立っていった。
そして自分ができることは……。
ディーナは槍を握り、立ち上がった。
「案内してくださいなの。『目印』をつけるのよ」
「怪我するのは慣れているわ、もう一度行ってくる」
未悠から見ればディーナは愛らしく、自分以上に献身慈愛の精神に包まれている気がした。彼女をあの血と穢れに満ちた死体の山を近づけさせるのは気が引けたが、ディーナの一言でその想いは覆った。
「人が傷つくのはイヤなの」
「……ふふ、そうね」
守られるだけのお姫様じゃいや。
そう言って飛び出した自分を思い出す。
「行きましょうか」
「はいなの♪」
そして二人は息を合わせると駆けだしていった。
「そっか……そこか」
「了解だ」
ディーナのパルムからメッセージを受け取った二人は、飛び込んでいく白と黒の軌跡を見つめた。
場所はファルバウティを挟んで正反対の位置。
それでもクレールとリューは、不思議と真横にいるような感覚で、ゆっくりと武器を構える。
「こんな時の為に残しておいた大技だよ」
「まさかこんな風にやるとは思わなかったな。だけど、アレしかねぇな」
クレールの左手にぼんやりと浮かび上がる炎の紋章。
リューの右手に煌々と浮かぶ光輝の紋章。
それぞれがカリスマリス、未来とうたれた自らの得物にそのマテリアルの輝きが写ると、闇を切り裂くような膨大なマテリアルの奔流が武器から吹きあがり始めた。
「全てを焼き払う竜の息吹っ」
「全てを貫く集いし想いっ」
二人は同時に走り出した。まだ結束の統制が戻せないファルバウティはまるで液体のようにさざめくも、両端から走る光を睨みつけて唸るくらいしかできなかった。
「クソヤロウドモガァ、くれぇぇぇる、リュュュュュウ」
それでも、それでもだ。ファルバウティは笑っていた。
勢いが強ければ強いほど反発の火力は強まる。どんな必殺の一撃だろうと耐えうる生命力の塊なのだ。自らの力で吹き飛ばされるがいい。
「アヒャヒャヒャ ヒャーッヒャヒャヒャ!」
狂気に満ちた笑いの中に二人は同時に吼えたけた。
「「紋・章・剣!!!!」」
爆発が起こった。二人の攻撃よりも前に膨大なマテリアルの圧力で勝手に反発が始まる。その爆炎と光をも飲みこみ、天をも貫き、巨大なファルバウティすら上回る光の刃が左右から生まれた。
源流は同じ。二人の両親がそれぞれ授かった力、紋章剣。機導士に、そして闘狩人により最適な技へと琢磨されたその技が、時を空間を超えて相見えた。
ファルバウティを討つ、その目的のために。
「「うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!!」」
巨大な塊が、分断された。
反発による爆発はまるで火山の噴火のように勢いづき、ファルバウティ自らの身を大きく削り飛ばし、クレールもリューも飲み込んで全てが紅蓮に染まる。
「アリエン アリェエエエン!!!」
「ありえない? こんな悪い夢のど真ん中にいるキミがそんなこと言うだなんて、ちょっと驚き」
連続爆発で真っ赤に染まる中でファルバウティの声が響いたのを真水は眼鏡をキラリと輝かせて笑った。マテリアルでできた鍵が真水の背後の深淵の中でくるりと回転すると渦が生まれる
「核は下の方だね。じゃあ、そのスマートになってようやくできた首はいらないだろ」
光の翼が生えた靴で、波動でたわむ空気を蹴ると真水はまっすぐファルバウティの上部に狙いを定めた。
銀の腕から再び炎が迸ると同時に、それは生き物のようにしてうねり、豊満で真っ赤なドレスの女性に姿を変える。
「ほうら怒ったハートのクィーン自らのご出陣」
核心に近い部分を女王は掴んだかと思うと、左腕がギロチンに書き変わる。
「首を刎ねて……オシマイっ♪」
「アアアアアア゛ア゛ア゛アア゛ア゛っ」
ぶちんっ。
跳ね上がった塊にあわせて、魔導列車からアミィが使う大砲が命中し、爆発四散する。
「ワシノ カラダガァァァ。シネっシネッ。キザンダ死体ニ オシツブサレテ!」
「学習能力がないらしいな。ありがたい敵だ」
夜の空間に鮮やかな紅糸が張り巡らされると同時に、それらは真水に降りかかることなくその場で爆発し、牡丹のような紅蓮の華を次々咲かせる。
そしてアルトははじけ飛ぶ肉塊を踏み台にして、高くまで跳びあがり安全区域の建物まで移動を終えて、そっと着地すると同時に刃についた血と脂を拭きとった。
「アアアアアア。ワシノ命 ワシノ身体 ワタシノ下僕 ワシノ武器。キサマキサマ赤毛ェェ」
「害悪だな、まさしく」
肉体の一部を分離させてアルトに飛ばそうとした爆弾がミストルティンによる薙ぎ払いでまとめて吹き飛んだ。
リュカは燃えるような瞳を向けて槍を構えなおした。
「ドブネズミィィィィ。ソンナ大層ナ格好シヤガッテ」
「そう、ドブネズミだ。生き足掻くのが得意なネズミだよ」
爆発がリュカに向き、腐汁がリュカの身体に浴びせられられるが、一つも臆さず、金属の鎧に守られたリュカにはほとんど傷もつけられない。
「習わしでね。今までは金属類は忌んできた。それは失われた部族と私をつなぐ、大地と共に生きる為に必要なことだったんだ。だが、それも生きる為だ。貴様のような……」
リュカは体当たりをするようにしてチャージアタックをかけて、そのまま死肉の塊を貫き押し留めたまま、どれかもわからない核に向かって呟く。
「貴様のような害悪を討つためなら、皆で生きる為なら……それも厭わない」
死体の塊はすっかり小さくなってしまっていた。50にも満たないだろう。それに向かって全体重、鎧の重みも使ってファルバウティが身動きするのを全力で食い止める。
「生キルナンテ マヤカシジャア 脳ニナガレル微細ナ電流ガミセル 幻ジャヨオ」
「もし幻だとしても、想いがつながるという確信が互いにあるんだとしたら、それはやっぱり生きるってことっすよ」
心を惑わせようとするファルバウティの背後から無限が突如姿を現したかと光の槍がファルバウティをえぐった。
「アガっ」
両端から串刺しにされたファルバウティにゾールの雷光が、レイアのファイアボールがねじ込まれ、大きく揺らいだ。
「コワッパ ドモガァァァァ」
ファルバウティが吼えると同時に、分断された塊の中からミサイルが一斉に噴出され、残った死体がバクハツを始める。
空を埋め尽くす黒い塊に、一同は空を見上げるしかできなかった。
「陰に隠れてください!!」
クリームヒルトの前に魔導アーマーに騎乗したメルツェーデスが盾になるようにして立ちはだかったが、実際それでどれだけ防げるか。
だが、一瞬、夜が白んじるばかりの光が空を覆ったかと思うと、塊は炭になってばらばらと落ちるだけだった。
「その言葉、無智の至り」
「カカ様……」
ウルの一言で、アーシュラは一瞬だけ町の奥、山側に目をやった。
そう言えばファルバウティを討つと言っていた……歪虚スィアリだ。
「スィアリ、チョウドイイトコロニキタ。コッチニ……」
「スィアリに憑依されると厄介よ。近づけさせないで!」
「行ってくる!」
未悠の言葉にウルが走っていく。
「さあお外はも少しですの。中心まで、とどくですのーーーっ」
チョココがそんな隙にブリザードを呼び出し、ファルバウティの表面を凍てつかし、
「不浄から解き放ちたまえっ!」
ディーナのセイクリッドフラッシュによって凍てついた部分が光の塵となって消えていく。
その中に未悠が飛び込み、肉塊をえぐるようにして突き進む。
「アーシュラ、ここよっっ」
拒絶をしめすしおれたカーネーションを胸に付けた青年。
血で真っ赤に染まった服は上等だった。
だが、そこが一番臭い。誰よりも何よりも一番負のマテリアルに染まっていた。そこを押し広げようとすると、全力で抵抗され、開いた死体が閉じて行こうとするのも彼女の推察していた通りだ。
「そこか……」
アーシュラはディファレンスエンジンをおろし、小さな槍を取り出した。
ボラ族の至宝。
みんなの血を捧げた想いのたくされた力。
雷鳴と共に、マイステイルが光を放つ。
「スィアリ様の為、ボラ族の未来の為……」
ふわりと浮くようにして、アーシュラの靴が大地を離れる。
それと同時にマイステイルがマテリアルの流入を受けて巨大になる。
「そして全ての終わりの為に、全ての始まりの為に!!!」
「アアア アアアア!!!!? ソイツハァァァァ」
ファルバウティは絶叫したが、リュカと無限の槍が食い込み身動きはできない。血まみれになりながらもこじ開け続ける未悠の腕を振り払って閉じることもできない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
肉塊が、貫かれた。
絶叫と、何かがきしみ削れる音が盛大に響く。
「風は 何者にも縛られない。邪魔させない」
●
「倒した……?」
「いや……」
見上げるばかりに巨大だった球塊は闇に紛れすっかり静まり返っていた。
負のマテリアルが持つ胸の悪くなるような空気はまだ消えてはおらず、アルトが注意深く死肉の山を見渡し、刀でそれを引きずる。
「!」
「爆弾だ。ゾンビによくありがちな自爆が来る」
「まったく。最後の最後までしつこいなぁ。あれ元が精霊だっても、きっと崇める人いなかったんじゃないかな」
真水はニヒルな笑いを漏らして死体の山の上をリフレアで飛んで眺めた。町の中央部分はほとんど死体の山だ。
「目覚めたらどうせ一人だってのに。道連れなんてね」
「どうしよう。チョココ、ブリザードで……」
「う゛ぅ~、ちょっと広範囲すぎますし、ブリザードで爆発は完全に凍結できませんもの。連鎖すれば結局同じですわ」
アーシュラの問いかけにチョココはうなだれて首を振った。
「……でもこのままじゃあ」
今日集まったハンターなら爆発程度は耐えられるかもしれない。しかしクリームヒルトのような一般人もここには数多くいる。彼女達を庇ったとしても生き残れるかどうかわからないし、全員を庇えるほどの人数もいない。しかし逃げる程の余裕もない。入り口には歪虚スィアリがいて通してくれるかどうかも怪しいのだから。
「大丈夫さ、こりオレの最強の剣があればね」
そんな中、ひときわ明るい、いつも通りの笑顔のロッカがまるでこれから芸を披露するかのように大仰に腕を広げると、皆の耳目を集めた。その傍にはクリームヒルトがいる。
「見なよ。これがファルバウティの本来の姿さ」
皆が目を落とす場所の前でロッカがクリームヒルトを手招きして、指を指し示した。
そこには鎖の模様をした蛇が一匹、太った死体の中でとぐろを巻いていた。
「これがファルバウティ?」
「そう蛇の精霊なんだ。刃に宿る神、リアルブルーのどこかでは夜刀神ともいうらしいね。帝国が亜人たちを征服して消えていった精霊の一つさ。実のところ別の歪虚を封印するように崇める亜人からの無茶ぶりに応えて、徐々に同化していったって訳。マイステイルの一撃で霊体が削れてなくなったから、その残骸だけど」
「そんな話は後でもいいだろう」
アルトが話の割り込むように背後から感じる強大な歪虚の気配に視線をよこして話しかけたが、ロッカはくすりと笑うと首を振った。
「クリームヒルト様がみんなを救うというなら、剣を突き立てると良い。その剣はファルバウティを生け贄にして完成する。そうすればこのガルカヌンクにいる人間、覚醒者も非覚醒者もまとめて守るような力が手に入る」
「そんな事が本当に可能なのか?」
リューは眉をひそめた。
街を覆いつくすような爆弾の誘爆からどうやって剣一本で全員を救うというのか。
どうもきな臭い匂いしかしない。
そう、歪虚の口車にのせられているような。
「これはクリームヒルト様しかできない。みんなの命を背負って立てる人でないとできないんだ」
「それしか方法ないなら」
「待って」
未悠が身を乗り出したが、クリームヒルトの視線がそれを制した。優しい眼、決意に満ちた目。
クリームヒルトはロッカから受け取った短剣に祈りの言葉を呟いてそのまま両手で、ファルバウティを刺し貫いた。
その瞬間。
「!!!?」
街の外縁部が波だったと同時に負のマテリアルが消えていく。
辺りは済んだ冬の冷たい空気に戻っていくが、クリームヒルトの手にする短剣からはそれが消えなかった。
周りの死体が泥のようになって短剣に吸い込まれていく極端なマテリアルの流れに、誰もが前後不覚のめまいを覚える。
「これは……マイステイルと同じ!?」
クレールはすぐさま気が付いた。あの短剣はマイステイルを作る時に捧げられていた短剣だ。
そして血を乾いた砂が水を吸うようにして消えていくような現象はマイステイルを打った時と全く同じ。
「ははは、そう言えばちゃんと話してなかったね。鍛冶の事。ファルバウティが教えてくれたのはレーヴァの作り方さ。技術もさることながら、血を捧げることで切れ味が増す剣の作り方なんだよ。実際に作ってみてわかったんだけど、実際血なんてどうでもいいんだ。要はマテリアルが切れ味、破壊力を構成しているってことにね。機導剣と要領は同じさ」
泥になったのは周りの死体だけでない。負のマテリアルそのものだ。
渦を巻くようにして、それは広がり周りの死体を全て、爆薬ごと取り込んでいく。
「クリームヒルト!!!」
リューが手を差し伸べたが、指先が焼け溶けるような感触をもって思わず手を引いた。これは龍園の奥、最果ての地にあったマテリアルの奔流に近い。触れただけで身体がもっていかれそうになる。
「大丈夫、いきなり壊れたら困るもの。マテリアル整流装置がギリギリまで留めてくれるさ。そう、普通の人間じゃ受け止めきれずに崩壊しちゃうんだよ。器すら溶かす最強の酸みたいなものさ。オレの最強武器は使う人間も選ばなくちゃいけなかった。それが見当たらなくてさー。ウルをベースにしようかとも思ったんだけど。もっといい人みつけちゃったんだよね」
「ロッカ……!」
テミスが動いた。一瞬でガンホルダーから銃を引き抜くとロッカの頭を打ちぬいた。
「あはは、無理さ。何のために……鉄道計画の手伝いをしたと思ってるんだよ」
こめかみを一撃で抜かれ眼球が衝撃でつぶれても、ロッカは普通にしゃべり続けた。
「マイステイルで魔法陣による錬成しただろ? 仕組みは同じさ……線路を使って巨大な魔法陣を作ったんだぁ。そしてここは中心。もうスタートすれば誰も止められはしないよ。ここにある血、いや、負のマテリアルを吸いつくしてそいつは完成さ。あははは、そしてクリームヒルト様ってば、数多の想いも背負って生きていける人間。理想だよ。オレの最強武器として……意志と遺志に翻弄されるヒメサマ。復讐姫クリ ーム ヒル と。それがオレの武器の名前……」
ロッカはそのままことり、と地面に突っ伏した。そのままロッカもどろりと溶けると、クリームヒルトに吸い寄せられていく。
「クリームヒルトっ」
「姫様っ」
「クリームヒルトぉ!!!」
叫んでも、クリームヒルトは答えられなかった。
マテリアルの渦は怨嗟の声に包まれていた。膨大な泥が身に流れ、少しずつ闇の鎧がクリームヒルトの白い肌を覆っていく。質素なドレスは闇色のレースが翻り、プラチナブロンドの髪もまだらになって広がっていく。
「このままいたら私達も取り込まれるかもしれません。一度町の外にっ」
呆然とするしかない皆にテミスが叫んだ。
「でも」
「でもじゃありません。戦いは連携ですっ。この傷ついた体で、疲れ切った状態で、何の作戦もなくしてどうやって姫様を助けるんですかっ。体勢を立て直すのが優先ですっ。希望を捨てるんじゃありません。姫様の願いを無碍にしない為にも、絶対に助ける為にも!!!」
何とか触れられないかと渦の波に手を出そうとしている無限にテミスが叱咤した。
「姫様を助けるために、想いを集いましょう!!」
テミスはそうして汚泥の外に押し出すと、懐からオルゴールを取り出して、そっとクリームヒルトの足元に開けておいた。
「♪夢 希望 朝がくる度やってくる……昨日までの悪夢から覚めたのだから」
小さな一章節を贈ると、テミスは皆と共に走り出した。
「よし、良く言った。お前の分まで叩きつけてやるよ」
リュー・グランフェスト(ka2419)は魔導バイクに飛び乗ると、クリームヒルトに振り返って親指を立てると、クリームヒルトは静かに頷いた。
「アミィはヒルトちゃんの事任せたっすよ」
「OKOK。任せときなよ。ファルバウティには指一本触れさせやしないよ」
続いて無限 馨(ka0544)の言葉にアミィがにんまりと笑い、彼を送り出す。そして一人、また一人とそれぞれの持ち場に移動していく最後に高瀬 未悠(ka3199)がクリームヒルトをそっと抱きしめた。
「近くで守れなくてごめんなさいね。行ってくるわ。私の大事なお姫様」
「はい……無事に帰ってきてね」
そして未悠もバイクで走り出していった後、クリームヒルトはそっと胸に拳をおいて見送る様子にロッカが声をかけた。
「クリームヒルト様ってすごいね。大人気じゃん」
「私を通してこの帝国の大地を、人々の命を愛してくれているんだと思うわ」
ロッカに視線を向けてクリームヒルトは言った。
だけど、どうしてもその瞳は正直になれない。ロッカはまじまじとその眼を覗き込んだ。
「本当は……戦いたいんだね」
「もちろんよ。覚醒者なら、肩を並べて戦えるなら、どんなに良かったか。でもこれは適材適所。私にしかできないこともあるわ。私は彼らの気持ちを受け止める。あの死体の塊の中にいる、私の臣民の想いも受け継ぐ」
クリームヒルトの言葉を遮るようにして、ロッカは短剣を差し出した鞘に納めた側を手にして、柄を差し出しているということは使えということだろうか。
「クリームヒルト様こそ想いの集うところ、まほろばだ。この剣を持って待っていて。きっとその夢をかなえて見せる」
ロッカはニコリと笑った。
●
「よく来たね、ファルバウティ。探す手間が省けたし、歓迎する準備も整ってる。飛んで火に入る夏の虫、だよ」
アーシュラ・クリオール(ka0226)はディファレンスエンジンを構え、ジェットブーツで大きく月夜に飛翔した。
暗い大地を引き裂く巨大な球体が、仲間達の光、ガルカヌンクの街灯りによって影だけが浮かび上がるのが見える。
「スィアリ様の仇、ボラ族の未来のため、ここで終わらせてやる!」
大地に注がれる月光のように、裂光が降り注いだ。
それが開戦の合図だった。
「人の命を弄ぶものを存在させてはいけないの。絶対消滅させてあげるの!」
全力で漕いだ後、慣性に従い疾走するママチャリの上で、ディーナ・フェルミ(ka5843)は腕を突き上げると光の輪を生み出した。それは波のように広がり、ファルバウィの球塊を揺らした。
「アア? 汚レモシラヌ小娘ガヌカスナヨ。テメェモ命ヲソノ口ニネジコマナキャ生キラレネェクセニヨ」
光の衝撃は球塊全体をわずかに揺らし、構成する人間をそのまま消し飛ばしたものの、まるで影響は感じられなかった。
どちみちそんなすぐに倒せる相手ではないことはディーナもわかっている。今は気を惹ければそれでいい。ディーナは再びママチャリのペダルに力を入れて踏みしめ、ファルバウティの圧力から逃れるように走る。
「そんなことはないの。命はいただかなきゃ生きてはいけないもの」
「ワシモソウジャ。コウシテ残酷ナコトシテ 暗イ感情ヲワキアゲサセテ 食ベル」
ぐちゃっ。
疾走するママチャリの行く手に臓物の混じったヘドが降り落ち、ディーナは慌ててブレーキを掴んだが勢いは殺しきれずスリップし、膝から突っ込むようにしてヘドに半身を埋めた。
「ち、が……う」
負のマテリアルで眩暈がする。気丈ににらみつけるディーナでも、皮膚が急激にかゆみを覚えるのと同時に、心にも掻痒感を覚える。何が正しい? 命ってなんだっけ? 持ちなれない武器と、扱いなれた調理用ナイフと違いって、なんだっけ。癒したいと思うこの気持ちは……武器を握った際にやむなしと思う違和感は、自分の、罪障を覆い隠す言い訳だったっけ? ワタシハ 歪虚ト オ ナ ジ?
球体が近づくがディーナは茫洋とそれを眺めるしかできなかった。
影がディーナを覆っていく。視界が真っ暗になる。
「答えは否だ」
その目の前で肉塊が嵐のように舞ったかと思えば、リュカ(ka3828)の凛とした声が響き、ディーナは薄れかけた意識を取り戻した。
「生きるのが我々生命の、大地に生きるヒトの、意志だからだ」
目の前の影はファルバウティのものではなかった。土壁だ。
そしてその上に月影の煌めきを受けて輝く鎧と盾を持つものこそがリュカだった。
「そちらが生を食らったとして何を生み出す? 何も生み出さない。だから全力で生きあがくのだよ連なる命のひとかけらとして……」
リュカはそのまま盾で圧殺してくるファルバウティをしのぐと、もう片手で拳銃を引き抜き接地している手足を悉く吹き飛ばした。いくら巨大で意志通りに転がるといっても、接地しているのはわずかな部位だ。そこを崩せば……。
「ヌ ググ……」
多少はずれる。
勢いを殺せないファルバウティはディーナを庇う土壁をかすめて通り過ぎて行った。
「あ、ありがとうなの……」
「礼は……辺境の先人にするように。私もついこないだまで迷っていたところなんだ」
リュカはくすりと笑うと、大槍ミストルティンに持ちかえ走った。
「マダダァ。死ノウゼ。ミィンナ仲良クヨォ」
そんな言葉と同時に噴出音が聞こえた。構成する死体をミサイルとして使ったのだろう。
「頼んだぞ」
「はーい、お任せですわっ」
リュカが走り出すと同時に、降り落ちてくる死体の数々が途端に白い霧に呑まれて消え去る。土壁をつくったチョココ(ka2449)が元気よく手を上げ、ディーナを助け起こした。
「わたくし、むずかしー問題はわかりませんの。でも言えるのは……ゾンビまみれは気持ち悪いですの。それで十分ですわ。ぱーるぱるっ!」
その掛け声と同時に、白い霧の中で弾ける音がしたかと思うと、輝く塵が月影に照らされ舞っていく。
「ウヌヌヌヌ。クソガ、クソガァっ」
ファルバウティはリュカを追いかけて全力で進む。建物などの障害物もみな蹂躙して。破片が肉に刻まれ、自分を構成する肉体が血塗れになろうとファルバウティは恐ろしい勢いでリュカを飲み込もうとした。
「汚泥に満ちた奴に言われたくないよね。それ。その汚い言葉も、身体も、ぜーんぶ終わりにしよう。なんてったって女王様がご不快でいらっしゃる」
それを待ち構えるようにして建物の上にいた南條 真水(ka2377)は歌うようにして言うと、両腕を振るいあげた。
「それにこれすら終わらせられないとなれば……何のための案内人なんだってなるよね……がんばれ、南條さん」
ふと真水の脳裏に、リアルブルーにいた南條真水が映し出される。暗く俯いていて……。小さな籠の中でただ一人。
「ああっ。クソ! 余計なものを思い出させやがって」
悪態をついた真水は飛び降りざまに女王の処刑バサミ、アイルクロノを展開し、落下する勢いと重ねあわせてファルバウティを一刀両断に切り伏していく。
「アガガカ ヒャハハァ!!」
切り伏したハサミの痕は塵芥となり、落雷を受けて裂かれた木のように肉と骨がメリメリと音を立てて塊が分かたれる。数十体分くらいの塊を失ったにもかかわらずファルバウティは笑っていた。傷つけられても笑う歪虚はタチが悪い。精霊のチェシャ猫が不機嫌そうに囁いた瞬間。
「!」
塊の裂け目から炎があふれ出して真水を弾き飛ばした。
「オワリ? オワラネェヨ! 人間ノ数ダケ絶望サセルンジャ! テメェラ役目ニオシツブサレチマエ」
「大丈夫っすか」
壁に激突する瞬間、不意に現れた無限が真水を受け止めて真水に尋ねた。
「なんだったんだよ、今の」
「爆薬っすよ。身体に仕込んでるみたいっす。威力が大きいほどに反発力が高まって中距離でも届いてしまうっぽいっすね」
「今度は反発力で自壊させてやる」
苛立った様子で真水はありがとうの一つだけ小さく投げると、そのままファルバウティの前面に向かって走り出した。
「にしても役目に押しつぶされちまえ……すか。精霊の時のファルバウティもきっとそうだったんだろうすね……」
歪虚に堕ちる前と後、それは決定的に違えども、似通っている部分は多い。行動基準は特に死の直前の意志に左右される。ブリュンヒルデ、スィアリと見て来て、無限はなんとなく気づいていた。あれも元は封印を司る精霊……。恐らく手に負えないものの封印をただ一人任され、徐々に狂気に陥ったのだろう。役目を果たさんが故に。
「残念っすけど、俺たちにできることは……殺すことでしか解放できないんすよ」
無限は空に向かって跳び立ち、建物の壁を二つ、そしてファルバウティが蹂躙して、跳ね上がった壁の欠片を足場に次々と空高く舞い上がりつつ、ジルベルリヒトを構えると、一転、球体に光の槍を叩きこんだ。
「いくっす!」
落下速度に自らの脚力を加えた一撃で球体がへしゃげ、炎が溢れ出ると同時に、死体が一斉に無限を掴もうとする。
「まだ誘導中だ。手加減しろ」
死体の群れに朱線が走ったかと思うと、その線を境に死体はバラバラになって宙を舞う。その攻撃がアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の姿と声を認識できたのは、同じ高速空間で動き回る無限くらいなものであった。
アルトは残影と共に放つ手裏剣から紅糸の軌跡を生み出した。天地四方にくまなく張られた糸の結界は、ファルバウティの身体も貫く。
次の瞬間にはそれらが一斉に火を噴いた。反発火薬による爆発が糸に沿って遅れて火を噴くが、そこにアルトはいない。まるで自分の火力で身体を焼き切られるようにしてファルバウティはズタズタに切り裂かれていく。
「アアアア ハエドモガァ」
ファルバウティは身もだえした。どれだけ高速でもマテリアルは永遠ではないし、酷使する脚の筋肉は連続運動には耐えられない。そこを狙った一撃で会ったが、アルトは紅の瞳で冷ややかに人間の姿をしたミサイルがファルバウティの中から頭を除かせても一瞥くれるだけであった。動く必要などないのだ。
飛び立つ前に黒い影が人間の頭を叩き潰し、内部で爆発が起こった。
影は、未悠だった。
「みんな守りたいものがあったのよ……生活を、小さな幸せを……それがどんなに汚れていても! 生きたかった!」
死体がへしゃげ爆風だけが頬を切り裂いたとしても未悠の瞳はまっすぐ死体のその向こうを見つめていた。
「それがなんであんたの鎧なんかになってるのよ」
「ミユゥ~。ヒャーハハハハ、イイダロウ、コノ鎧。知ッタ顔ハナイカナァ」
!
先のミサイルのように肉の隙間から人間の頭が見えると、未悠の手は一瞬止まった。
スィアリが女性の訴えに応じて襲った村の……父親か。
「コノ前ハ守ッタノニナァ。残念ダナァ」
「だから言ってるのよ。それが許しがたいって」
月を背に、未悠の眼は真紅に輝いた。
そしてそのまま、槍で刺し抜くとわずかに残った腐汁塗れの血が未悠の腕を濡らした。
「お前はいつもそうね。命を奪って、はべらせて。仮初の玉座に座って何様のつもり? 孤独な卑怯者」
そんな未悠の腕が黒く染まる。耳と尻尾だけの覚醒の変化では止まらない。
腕も髪も瞳も。獣となりて月影の夜よりも黒に染まりゆく。
「思いやれる心がほんの少しでもあれば、そんなことやろうと思わなかったでしょうね……」
その言葉と同時に、突き立てた槍から、断裂する音が小刻みに響き渡る。
「人は想いあうことで強くなること、教えてあげる」
死肉がはじけ飛ぶが、緑の風が未悠を守りそして、歌うような波動がファルバウティを大きく揺らした。
小さな爆発のようにして起こった一撃にファルバウティの球体は大きく震えた。
「人の命を、想いを、穢すんじゃない!!!!」
爆発は全身に及んだ。
「ヌヌヌ ヌガァ 結束ガハズレル……ミユウミユウユミユウユミユウ!!!!!」
ファルバウティの確固とした球体はまるでスライムのような不定形に変質していった。死体同士をつなげ併せていた部位が振動で破壊されたのだろう。
それでもファルバウティは未悠を包み込み、そのまま波のようにして前に進みながら、未悠を飲み込もうとした。だが、それもまるで凍り付いたように動かなくなる。
「包囲網到達……浄化刃展開」
クレール・ディンセルフ(ka0586)の言葉と共にファルバウティの周りに輝く刃がいくつも浮かんでいた。
刃の主はゴーグルを下ろすと、刃のない柄だけの剣を前にした。
その瞬間、空間の輝きは結集し、腐肉を貫き未悠を奪い返した。
「あの日からの奇縁、決着をつけよう」
ゴーグルの向こうから輝く瞳の光が漏れると同時に、左手から真っ赤な竜の紋章と、柄だけだったそれに光の刃が灯る。
「竜の紋章剣士、クレール・ディンゼルフ! 参る!!」
●
「すぐ癒すなの」
ディーナは助け出された未悠にフルリカバリーをかけると彼女は腐汁を吐き出すと、ディーナの手を握った。
「ディーナ、あなたは大丈夫なの?」
腐汁にやられて意識を奪われかけていたディーナのことを未悠は気づいていた。だが、その決然とした顔に先ほどの茫洋とした感じはみられない。
クレールの浄化刃でマテリアル障害を取り除くことができたのだろうと安堵すると未悠はすぐさまファルバウティに視線を寄せた。
「核……多分、私のいた辺りにあるわ」
ディーナはすぐさま未悠の飲み込まれた位置を確認したが、死体の塊は流動的に動き、どれが核なのかは判別はつかない。
「どんなやつだったの?」
「太った人間……それこそ球体のような体型だったわ。要石らしい何人からも腕や脚やら頭からをつなげられていた。そこだけ瘴気の濃さが違ったから間違いないと思うわ。連絡は……可能なら、『花婿』と言えば何人かは分かるはずよ」
「はな、むこ……?」
ディーナは一瞬キョトンとしたが、それはきっとわかる人にはわかるキーワードなのだろう。すぐさま頷いて立ち上がったが、ディーナは悩んだ。
ファルバウティの全長は30mオーバー。それを取り巻くように戦う仲間達は実際もっと離れた位置に分散しているし建物などの障害も多い。その上先ほどから爆裂音だの銃声、剣戟だのとともかく音は伝わりにくい。合図は取り決めていたが、今はまだ不確定情報。
「パルム!」
ディーナは自分のパルムを呼び寄せると、囁いた。
「お願いなの。伝えて……」
パルムはにこりと愛らしく笑うと、勢いよく飛び立っていった。
そして自分ができることは……。
ディーナは槍を握り、立ち上がった。
「案内してくださいなの。『目印』をつけるのよ」
「怪我するのは慣れているわ、もう一度行ってくる」
未悠から見ればディーナは愛らしく、自分以上に献身慈愛の精神に包まれている気がした。彼女をあの血と穢れに満ちた死体の山を近づけさせるのは気が引けたが、ディーナの一言でその想いは覆った。
「人が傷つくのはイヤなの」
「……ふふ、そうね」
守られるだけのお姫様じゃいや。
そう言って飛び出した自分を思い出す。
「行きましょうか」
「はいなの♪」
そして二人は息を合わせると駆けだしていった。
「そっか……そこか」
「了解だ」
ディーナのパルムからメッセージを受け取った二人は、飛び込んでいく白と黒の軌跡を見つめた。
場所はファルバウティを挟んで正反対の位置。
それでもクレールとリューは、不思議と真横にいるような感覚で、ゆっくりと武器を構える。
「こんな時の為に残しておいた大技だよ」
「まさかこんな風にやるとは思わなかったな。だけど、アレしかねぇな」
クレールの左手にぼんやりと浮かび上がる炎の紋章。
リューの右手に煌々と浮かぶ光輝の紋章。
それぞれがカリスマリス、未来とうたれた自らの得物にそのマテリアルの輝きが写ると、闇を切り裂くような膨大なマテリアルの奔流が武器から吹きあがり始めた。
「全てを焼き払う竜の息吹っ」
「全てを貫く集いし想いっ」
二人は同時に走り出した。まだ結束の統制が戻せないファルバウティはまるで液体のようにさざめくも、両端から走る光を睨みつけて唸るくらいしかできなかった。
「クソヤロウドモガァ、くれぇぇぇる、リュュュュュウ」
それでも、それでもだ。ファルバウティは笑っていた。
勢いが強ければ強いほど反発の火力は強まる。どんな必殺の一撃だろうと耐えうる生命力の塊なのだ。自らの力で吹き飛ばされるがいい。
「アヒャヒャヒャ ヒャーッヒャヒャヒャ!」
狂気に満ちた笑いの中に二人は同時に吼えたけた。
「「紋・章・剣!!!!」」
爆発が起こった。二人の攻撃よりも前に膨大なマテリアルの圧力で勝手に反発が始まる。その爆炎と光をも飲みこみ、天をも貫き、巨大なファルバウティすら上回る光の刃が左右から生まれた。
源流は同じ。二人の両親がそれぞれ授かった力、紋章剣。機導士に、そして闘狩人により最適な技へと琢磨されたその技が、時を空間を超えて相見えた。
ファルバウティを討つ、その目的のために。
「「うぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!!!」」
巨大な塊が、分断された。
反発による爆発はまるで火山の噴火のように勢いづき、ファルバウティ自らの身を大きく削り飛ばし、クレールもリューも飲み込んで全てが紅蓮に染まる。
「アリエン アリェエエエン!!!」
「ありえない? こんな悪い夢のど真ん中にいるキミがそんなこと言うだなんて、ちょっと驚き」
連続爆発で真っ赤に染まる中でファルバウティの声が響いたのを真水は眼鏡をキラリと輝かせて笑った。マテリアルでできた鍵が真水の背後の深淵の中でくるりと回転すると渦が生まれる
「核は下の方だね。じゃあ、そのスマートになってようやくできた首はいらないだろ」
光の翼が生えた靴で、波動でたわむ空気を蹴ると真水はまっすぐファルバウティの上部に狙いを定めた。
銀の腕から再び炎が迸ると同時に、それは生き物のようにしてうねり、豊満で真っ赤なドレスの女性に姿を変える。
「ほうら怒ったハートのクィーン自らのご出陣」
核心に近い部分を女王は掴んだかと思うと、左腕がギロチンに書き変わる。
「首を刎ねて……オシマイっ♪」
「アアアアアア゛ア゛ア゛アア゛ア゛っ」
ぶちんっ。
跳ね上がった塊にあわせて、魔導列車からアミィが使う大砲が命中し、爆発四散する。
「ワシノ カラダガァァァ。シネっシネッ。キザンダ死体ニ オシツブサレテ!」
「学習能力がないらしいな。ありがたい敵だ」
夜の空間に鮮やかな紅糸が張り巡らされると同時に、それらは真水に降りかかることなくその場で爆発し、牡丹のような紅蓮の華を次々咲かせる。
そしてアルトははじけ飛ぶ肉塊を踏み台にして、高くまで跳びあがり安全区域の建物まで移動を終えて、そっと着地すると同時に刃についた血と脂を拭きとった。
「アアアアアア。ワシノ命 ワシノ身体 ワタシノ下僕 ワシノ武器。キサマキサマ赤毛ェェ」
「害悪だな、まさしく」
肉体の一部を分離させてアルトに飛ばそうとした爆弾がミストルティンによる薙ぎ払いでまとめて吹き飛んだ。
リュカは燃えるような瞳を向けて槍を構えなおした。
「ドブネズミィィィィ。ソンナ大層ナ格好シヤガッテ」
「そう、ドブネズミだ。生き足掻くのが得意なネズミだよ」
爆発がリュカに向き、腐汁がリュカの身体に浴びせられられるが、一つも臆さず、金属の鎧に守られたリュカにはほとんど傷もつけられない。
「習わしでね。今までは金属類は忌んできた。それは失われた部族と私をつなぐ、大地と共に生きる為に必要なことだったんだ。だが、それも生きる為だ。貴様のような……」
リュカは体当たりをするようにしてチャージアタックをかけて、そのまま死肉の塊を貫き押し留めたまま、どれかもわからない核に向かって呟く。
「貴様のような害悪を討つためなら、皆で生きる為なら……それも厭わない」
死体の塊はすっかり小さくなってしまっていた。50にも満たないだろう。それに向かって全体重、鎧の重みも使ってファルバウティが身動きするのを全力で食い止める。
「生キルナンテ マヤカシジャア 脳ニナガレル微細ナ電流ガミセル 幻ジャヨオ」
「もし幻だとしても、想いがつながるという確信が互いにあるんだとしたら、それはやっぱり生きるってことっすよ」
心を惑わせようとするファルバウティの背後から無限が突如姿を現したかと光の槍がファルバウティをえぐった。
「アガっ」
両端から串刺しにされたファルバウティにゾールの雷光が、レイアのファイアボールがねじ込まれ、大きく揺らいだ。
「コワッパ ドモガァァァァ」
ファルバウティが吼えると同時に、分断された塊の中からミサイルが一斉に噴出され、残った死体がバクハツを始める。
空を埋め尽くす黒い塊に、一同は空を見上げるしかできなかった。
「陰に隠れてください!!」
クリームヒルトの前に魔導アーマーに騎乗したメルツェーデスが盾になるようにして立ちはだかったが、実際それでどれだけ防げるか。
だが、一瞬、夜が白んじるばかりの光が空を覆ったかと思うと、塊は炭になってばらばらと落ちるだけだった。
「その言葉、無智の至り」
「カカ様……」
ウルの一言で、アーシュラは一瞬だけ町の奥、山側に目をやった。
そう言えばファルバウティを討つと言っていた……歪虚スィアリだ。
「スィアリ、チョウドイイトコロニキタ。コッチニ……」
「スィアリに憑依されると厄介よ。近づけさせないで!」
「行ってくる!」
未悠の言葉にウルが走っていく。
「さあお外はも少しですの。中心まで、とどくですのーーーっ」
チョココがそんな隙にブリザードを呼び出し、ファルバウティの表面を凍てつかし、
「不浄から解き放ちたまえっ!」
ディーナのセイクリッドフラッシュによって凍てついた部分が光の塵となって消えていく。
その中に未悠が飛び込み、肉塊をえぐるようにして突き進む。
「アーシュラ、ここよっっ」
拒絶をしめすしおれたカーネーションを胸に付けた青年。
血で真っ赤に染まった服は上等だった。
だが、そこが一番臭い。誰よりも何よりも一番負のマテリアルに染まっていた。そこを押し広げようとすると、全力で抵抗され、開いた死体が閉じて行こうとするのも彼女の推察していた通りだ。
「そこか……」
アーシュラはディファレンスエンジンをおろし、小さな槍を取り出した。
ボラ族の至宝。
みんなの血を捧げた想いのたくされた力。
雷鳴と共に、マイステイルが光を放つ。
「スィアリ様の為、ボラ族の未来の為……」
ふわりと浮くようにして、アーシュラの靴が大地を離れる。
それと同時にマイステイルがマテリアルの流入を受けて巨大になる。
「そして全ての終わりの為に、全ての始まりの為に!!!」
「アアア アアアア!!!!? ソイツハァァァァ」
ファルバウティは絶叫したが、リュカと無限の槍が食い込み身動きはできない。血まみれになりながらもこじ開け続ける未悠の腕を振り払って閉じることもできない。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
肉塊が、貫かれた。
絶叫と、何かがきしみ削れる音が盛大に響く。
「風は 何者にも縛られない。邪魔させない」
●
「倒した……?」
「いや……」
見上げるばかりに巨大だった球塊は闇に紛れすっかり静まり返っていた。
負のマテリアルが持つ胸の悪くなるような空気はまだ消えてはおらず、アルトが注意深く死肉の山を見渡し、刀でそれを引きずる。
「!」
「爆弾だ。ゾンビによくありがちな自爆が来る」
「まったく。最後の最後までしつこいなぁ。あれ元が精霊だっても、きっと崇める人いなかったんじゃないかな」
真水はニヒルな笑いを漏らして死体の山の上をリフレアで飛んで眺めた。町の中央部分はほとんど死体の山だ。
「目覚めたらどうせ一人だってのに。道連れなんてね」
「どうしよう。チョココ、ブリザードで……」
「う゛ぅ~、ちょっと広範囲すぎますし、ブリザードで爆発は完全に凍結できませんもの。連鎖すれば結局同じですわ」
アーシュラの問いかけにチョココはうなだれて首を振った。
「……でもこのままじゃあ」
今日集まったハンターなら爆発程度は耐えられるかもしれない。しかしクリームヒルトのような一般人もここには数多くいる。彼女達を庇ったとしても生き残れるかどうかわからないし、全員を庇えるほどの人数もいない。しかし逃げる程の余裕もない。入り口には歪虚スィアリがいて通してくれるかどうかも怪しいのだから。
「大丈夫さ、こりオレの最強の剣があればね」
そんな中、ひときわ明るい、いつも通りの笑顔のロッカがまるでこれから芸を披露するかのように大仰に腕を広げると、皆の耳目を集めた。その傍にはクリームヒルトがいる。
「見なよ。これがファルバウティの本来の姿さ」
皆が目を落とす場所の前でロッカがクリームヒルトを手招きして、指を指し示した。
そこには鎖の模様をした蛇が一匹、太った死体の中でとぐろを巻いていた。
「これがファルバウティ?」
「そう蛇の精霊なんだ。刃に宿る神、リアルブルーのどこかでは夜刀神ともいうらしいね。帝国が亜人たちを征服して消えていった精霊の一つさ。実のところ別の歪虚を封印するように崇める亜人からの無茶ぶりに応えて、徐々に同化していったって訳。マイステイルの一撃で霊体が削れてなくなったから、その残骸だけど」
「そんな話は後でもいいだろう」
アルトが話の割り込むように背後から感じる強大な歪虚の気配に視線をよこして話しかけたが、ロッカはくすりと笑うと首を振った。
「クリームヒルト様がみんなを救うというなら、剣を突き立てると良い。その剣はファルバウティを生け贄にして完成する。そうすればこのガルカヌンクにいる人間、覚醒者も非覚醒者もまとめて守るような力が手に入る」
「そんな事が本当に可能なのか?」
リューは眉をひそめた。
街を覆いつくすような爆弾の誘爆からどうやって剣一本で全員を救うというのか。
どうもきな臭い匂いしかしない。
そう、歪虚の口車にのせられているような。
「これはクリームヒルト様しかできない。みんなの命を背負って立てる人でないとできないんだ」
「それしか方法ないなら」
「待って」
未悠が身を乗り出したが、クリームヒルトの視線がそれを制した。優しい眼、決意に満ちた目。
クリームヒルトはロッカから受け取った短剣に祈りの言葉を呟いてそのまま両手で、ファルバウティを刺し貫いた。
その瞬間。
「!!!?」
街の外縁部が波だったと同時に負のマテリアルが消えていく。
辺りは済んだ冬の冷たい空気に戻っていくが、クリームヒルトの手にする短剣からはそれが消えなかった。
周りの死体が泥のようになって短剣に吸い込まれていく極端なマテリアルの流れに、誰もが前後不覚のめまいを覚える。
「これは……マイステイルと同じ!?」
クレールはすぐさま気が付いた。あの短剣はマイステイルを作る時に捧げられていた短剣だ。
そして血を乾いた砂が水を吸うようにして消えていくような現象はマイステイルを打った時と全く同じ。
「ははは、そう言えばちゃんと話してなかったね。鍛冶の事。ファルバウティが教えてくれたのはレーヴァの作り方さ。技術もさることながら、血を捧げることで切れ味が増す剣の作り方なんだよ。実際に作ってみてわかったんだけど、実際血なんてどうでもいいんだ。要はマテリアルが切れ味、破壊力を構成しているってことにね。機導剣と要領は同じさ」
泥になったのは周りの死体だけでない。負のマテリアルそのものだ。
渦を巻くようにして、それは広がり周りの死体を全て、爆薬ごと取り込んでいく。
「クリームヒルト!!!」
リューが手を差し伸べたが、指先が焼け溶けるような感触をもって思わず手を引いた。これは龍園の奥、最果ての地にあったマテリアルの奔流に近い。触れただけで身体がもっていかれそうになる。
「大丈夫、いきなり壊れたら困るもの。マテリアル整流装置がギリギリまで留めてくれるさ。そう、普通の人間じゃ受け止めきれずに崩壊しちゃうんだよ。器すら溶かす最強の酸みたいなものさ。オレの最強武器は使う人間も選ばなくちゃいけなかった。それが見当たらなくてさー。ウルをベースにしようかとも思ったんだけど。もっといい人みつけちゃったんだよね」
「ロッカ……!」
テミスが動いた。一瞬でガンホルダーから銃を引き抜くとロッカの頭を打ちぬいた。
「あはは、無理さ。何のために……鉄道計画の手伝いをしたと思ってるんだよ」
こめかみを一撃で抜かれ眼球が衝撃でつぶれても、ロッカは普通にしゃべり続けた。
「マイステイルで魔法陣による錬成しただろ? 仕組みは同じさ……線路を使って巨大な魔法陣を作ったんだぁ。そしてここは中心。もうスタートすれば誰も止められはしないよ。ここにある血、いや、負のマテリアルを吸いつくしてそいつは完成さ。あははは、そしてクリームヒルト様ってば、数多の想いも背負って生きていける人間。理想だよ。オレの最強武器として……意志と遺志に翻弄されるヒメサマ。復讐姫クリ ーム ヒル と。それがオレの武器の名前……」
ロッカはそのままことり、と地面に突っ伏した。そのままロッカもどろりと溶けると、クリームヒルトに吸い寄せられていく。
「クリームヒルトっ」
「姫様っ」
「クリームヒルトぉ!!!」
叫んでも、クリームヒルトは答えられなかった。
マテリアルの渦は怨嗟の声に包まれていた。膨大な泥が身に流れ、少しずつ闇の鎧がクリームヒルトの白い肌を覆っていく。質素なドレスは闇色のレースが翻り、プラチナブロンドの髪もまだらになって広がっていく。
「このままいたら私達も取り込まれるかもしれません。一度町の外にっ」
呆然とするしかない皆にテミスが叫んだ。
「でも」
「でもじゃありません。戦いは連携ですっ。この傷ついた体で、疲れ切った状態で、何の作戦もなくしてどうやって姫様を助けるんですかっ。体勢を立て直すのが優先ですっ。希望を捨てるんじゃありません。姫様の願いを無碍にしない為にも、絶対に助ける為にも!!!」
何とか触れられないかと渦の波に手を出そうとしている無限にテミスが叱咤した。
「姫様を助けるために、想いを集いましょう!!」
テミスはそうして汚泥の外に押し出すと、懐からオルゴールを取り出して、そっとクリームヒルトの足元に開けておいた。
「♪夢 希望 朝がくる度やってくる……昨日までの悪夢から覚めたのだから」
小さな一章節を贈ると、テミスは皆と共に走り出した。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
決戦前の作戦相談卓 クレール・ディンセルフ(ka0586) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2016/12/04 22:23:39 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/11/30 22:44:11 |