• 神森

【神森】森都を襲撃せし者たち

マスター:朝臣あむ

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/12/05 12:00
完成日
2016/12/13 15:36

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 森都『オプストハイム』。
 そこはエルフハイムの最奥に位置しする、エルフハイムの中枢たる場所。
 帝国第十師団隠密部隊「ソウルイーター」に所属するエゴと、師団長のゼナイド(kz0052)はハンターを伴ってその森都を目指していた。
「少し横道に逸れるのだよ。このまま進むとエルフ兵がいるからね」
 そう言って横道とは名ばかりの木の上に飛び上がる。そうして枝と枝を飛び進みながら進行すること数分。唐突にエゴの動きが止まった。
「如何したっスか?」
「……良くない兆候なのだよ」
 ぽつり、零したエゴにゼナイドが寄る。
「貴方も感じましたのね」
「残念だけれど動き出したようなのだよ。これで帝国とエルフハイムの戦争は避けられなくなったかもしれない」
 頷いたエゴは愁い気に視線を落とす。常に笑っている印象のあった彼女がこうして悲しみの表情を浮かべるのは珍しい。
 それに気付いたのだろう。ジュリが心配そうに顔を覗き込む。
「……大丈夫ッスか?」
「ああ、問題ないのだよ。ただ……同胞が幾らか死んだようなので、少し」
「同胞?」
 不思議そうに目を瞬くジュリに「あぁ」と納得の声が漏れる。
「ボクは耳こそ削ぎ落しているけれど、れっきとしたエルフなのだよ。故にこの森の精霊の動きも何となくだけれど理解できる……そう、精霊が言っているのだよ。力を使われたと。幾つもの命が失われたと」
 エゴが言うには大きな力を使う代償に、彼女と同じエルフが犠牲になったのだという。
「使われたのは浄化の法で間違いないのだよ。数多の犠牲を払って動く浄化の法……この感じだと1人や2人ではないだろうね。片手の数で済んでいればマシな方かな……」
「浄化の、法? それは浄化術とは違うッスか?」
「原理は同じなのだよ。違うのは変動力とでも言うべきかな……これから向かう場所で行われる浄化法は巫女の命で発動される。ボクもこの目で確かめるまでは信じられなかったのだけれど、気分の良いものではないのだよ」
「次の発動までに時間はありますの?」
「恐らくは。巫女や贄を用意する時間を考えれば、時間はあると思うのだよ」
 ならば。ゼナイドは言葉を括るとジュリに視線を寄越した。
「貴女は結界に戻りなさい」
「え」
「他の死神にエルフハイムの状況は報告してあります。直にハンターを中心とした援軍がこちらに到着するでしょう。ですが案内する者がいなければ彼らはオプストハイムに来ることはできませんわ」
 つまりゼナイドはジュリに援軍の道案内をお願いしたいらしい。
 そもそもジュリはエルフハイムの結界を壊すことなく除去する事が出来る。その特技はこれから来る仲間にも大きな手助けとなるだろう。
「わたくしたちが行うのは表立っては出来ない事ですの。それを成功に導く為にも賑やかしに動く者たちが必要ですのよ」
「ジュリには援軍をここまで誘導した上でエルフハイム側の注意を惹きつけて欲しいのだよ」
 森都はもう目と鼻の先らしい。
 ここで大きく暴れれば敵はそちらに意識を持っていかれるのは確実。そうなればこれからの行動に少なからず安全の文字が見え始めるはずだ。
「ジュリ、引き受けてくれるかい?」
 こんな風に真剣に頼まれて断れる筈もない。
 確かに頷く彼女にエゴは「ありがとう」と囁いて森都の方を向いた。そして何かを思い出したのだろう。
 ゆるりと唇を開き、こんな事を問いかけた。
「君は、昨今起きている拉致事件を知っているだろうか?」
 知る筈もない。何せジュリがいたのは第十師団の監獄だ。
 しかも彼女が所属するのは第三階層。第一階層や第二階層のようにアネリブーベ内に居住を許された囚人ではない。
 師団の監視下にあるアネリの塔に、任務時以外はいなければいけない籠の鳥状態なのだ。
「……知らないッス」
「では教えてあげるのだよ。今、世界では子供が複数姿を晦ましている。無理やり親元から離された者もいれば、元々親なんていなかった者もいる。子供たちは自分の意思でそこを離れた訳ではない。何者かが否応なしに連れ去ったのだよ……」
「まさかそれが……エルフハイム、ッスか?」
 エゴが関係のない話をする筈がない。
 答えに至ったジュリに頷きを向け、エゴは緩やかに背を向ける。ここから僅かに見える巨木で出来た塔が今回の目的地だ。
「連れ去られた子供はあそこにいる。ボクたちはあの塔へ行って子供たちを開放するのだよ。それがボクの……第十師団の目的なのだよ」
 塔には見張りを含め多くの敵がいるだろう。
 もしかしたら量産型浄化の器も、そして執行者と呼ばれる森の守護者もいるかもしれない。そうなれば戦闘は困難を極めるはずだ。
「ジュリ」
「なんッスか?」
「この闘いが終わったら君を正式にソウルイーターに招きたいと思っているのだよ」
 ジュリは元々ソウルイーターの試練の延長でこの場にいる。
 つまりこの闘いが最後の試練で、この試練を乗り越えたら彼女はソウルイーターの仲間入りと言う訳だ。
 これはエゴが願った事であり、ゼナイドも容認している事である。それでも何処か表情が優れない彼女にジュリの首が傾げられた。
「……生き残り給え。そう、何があっても生きるのだよ」
 エゴは囁くようにそう告げると塔へと向かった。
 塔は幾つもの樹が幹を絡ませた樹で、門の前には無数の兵が控えている。その数は目に見えるだけで6人。中にもそれ相応の人材が軒を連ねているに違いない。
 エゴはハンターを振り返ると、少しだけ躊躇う様子を見せて微笑した。
「容易な戦いではないのだけれど、それでもボクと一緒に来てくれるだろうか?」
 ここに来て向けられる問いに違和感を覚える。
 それでもここに集まった者達の意思は揺るがないようだった。彼らは各々の決意を口にして彼女に同行する旨を伝えてくる。
 それを耳にしてようやく彼女の顔に常の笑顔が戻った。
「ありがとう。……君達が弱いと言うのがボクの見解なのだけれど、頼りにしている。決して死ぬことのないよう、お願いするのだよ」

リプレイ本文

 幾つもの幹を重ねて出来た塔。その塔の入口へ向かう道中、Holmes(ka3813)は感心したように「ほう」っと息を吐いた。
「……いったいどれだけの時を重ねればこうなるのか。こんな時でもなければじっくりと観察したいほどだよ」
「本当ですね。すごく……すごく大きな樹です」
 そう声を零したのはアニス・エリダヌス(ka2491)だ。
 彼女は倒れた幹をヴァイスの手を借りて乗り越えると、思わずと言った様子で足を止めた。
 僅かな木漏れ日が落ちる中、青々とした葉が大地全体を覆っている。その光景はまるでおとぎ話のワンシーンであるかのように幻想的だ。
「ここに、子供達がいるんですよね……」
 そう言葉を紡ぐ彼女の手が胸の前で組まれる。
 目的さえ違えばただのおとぎ話で終わったのかもしれない。けれど今回の目的は捕らわれている子供達を開放するというものだ。単純におとぎ話の風景で終わらせる事は出来ない。
 愁い気に視線を落とした彼女を気遣うようにヴァイス(ka0364)の眉が下がった。
 内心穏やかでないのは彼も同じ。
 此度の騒動に心痛めていて、何としても子供達を救い出さなくてはと意気込んでいる。
「……共に守りましょう、未来を」
 いつの間に握り締めたのだろう。その手に重ねられる手にハッとする。
 そして自分が焦りすぎていることに気付くと、フッと笑みを零してアニスの顔を見詰めた。
 2人は出立の前に誓ったのだ。悲劇に終止符を、と。
 オルクスや浄化の器を中心としたエルフハイムの悲劇に終止符を打ち、人々の未来を守る。それが彼らの……浄化の器に関わった人達の願いだ。
「そうだな、アニス。皆で未来を守り……その先を一緒に歩いていこう」
 目的を違える事は出来ない。そう思い出させてくれた存在に優しい眼差しを向けると、唐突に咳払いが聞こえて来た。
「あー、こほん、こほーん。仲良きことはとてもよろしくて美しい事だけれど、場所とか状況を見てもらえると嬉しいのだよ。と言うか、独り身で悲しい想いをしているかもしれないその他大勢を気遣っても良いと思うのだよ。ねえ、諸君?」
「いや? 俺は微笑ましくて良いと思うが?」
 笑顔で割って入ったエゴに応えるアーサー・ホーガン(ka0471)はニンマリ笑って手を振って見せる。
 その様子に顔を真っ赤にした2人の手が離されると、「うーふーふー」と嫌な笑いがエゴから漏れた。
「うんうん、確かにアーサー君の言う通りだ。ああは言ったが、なぁに気にすることはないのさ。未来ある子供達を救う前に、未来を紡ぐであろう恋人達の逢瀬を見れたことは上々なのだよ」
「未来を紡ぐって……え、あの……」
「いや、俺たちは――」
「ヴァ~イスさ~ん? ここで否定するのは野暮ってもんじゃないですか~?」
「柚子っ!?」
 ニシシッと笑ってアニスの手を取った松瀬 柚子(ka4625)が「ね?」と同意を求めて彼女の顔を覗き込む。
「なんとも穏やかな時間じゃな。決戦前の一幕とは思えぬ賑わいじゃ」
 紅薔薇(ka4766)は歩きを再開させた一同を後方から眺めながら呟く。
 目的の大樹の塔の門はもう目の前だと言うのに、未だに敵の襲撃はない。おかげでこうした和やかな雰囲気が続いているのだが、はしゃぎ過ぎるのは良くない。
 J・D(ka3351)は注意深く周囲を窺ってから前を見ると、じゃれるようにアニスと歩く柚子へ言った。
「あまりからかってやるなよ。それとエゴ、あんたもだ」
「え、ボクもかい? それは心外な申し出だけれど、ボクと恋人達のおかげで君たちの緊張は解れただろう?」
 なら良いじゃないか。そう笑うエゴに音桐 奏(ka2951)が否を唱える。
「それを言うなら『恋人たちのおかげ』だけではないでしょうか。緊張していたのは貴女もですよね、エゴさん」
「ボクのどこが緊張しているというんだい? こんなに自然体だというのに」
「あ、ピッカーンっときちゃいましたっ! それ、さっき言ってた言葉ですよね?」
 くるっと踵を返して手を上げたルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)にエゴの眉があがる。
「『容易な戦いではないのだけれど、それでもボクと一緒に来てくれるだろうか?』って!」
 ああ、確かに。そう呟いたのは紅薔薇だ。
 彼女は前方を歩くエゴを見ながらスカートの裾を摘まむと、身軽な動作で邪魔な草を飛び越えた。
 そして着地しながら考察を重ねる。
「柚子殿が言うには、お主はこれまで問答無用にハンターを巻き込んで来たそうじゃな。だが先の言葉はそうではなかった……皆はそう言いたいのじゃろう」
 そう。最初の依頼はジュリの試験の護衛だった。にも拘らず、突然量産型浄化の器が襲撃してきて戦闘になり、あれよあれよとエルフハイムの騒動に巻き込まれたのだ。しかし今回は違う。
「はじめは騙されたー! って感じがなかったわけじゃないです。まあ、エゴさんにも何か事情があるとは思ってましたけど、戦闘に巻き込むのは結構強引で、私たちの意思は二の次みたいな。なのに何で今になってジュリさんを戦闘から外したり、私たちの意思を確認したりするのかなーとは思います」
「うむ。柚子殿の言う通りじゃ。今までのお主ではありえぬのじゃ。お主が誰かの身を案じて逃げ道を作るなど、な」
 紅薔薇の言葉にエゴの口から「やれやれ」と溜息が漏れる。
 そもそもエゴはハンターを力不足と評価している。
 ハンターはジュリを死神にする為に雇っただけの存在。だから彼らの意見はあってないようなもの。そして彼らが死のうが死ぬまいが、結果が叶えば良いとさえ思っていた。
 だが今の彼女の言動はその考えが変わったことを示す。
「エゴさん……大丈夫ですか?」
「君にそういう目で見られるのは好きではないのだよ、柚子」
 不意に名前を呼ばれてドキッとした。
 そしてそれが顔に出ていたのだろう。小さく笑ったエゴは「そうだね」と前置きをして、近くの枝を払った。
「ボクの君たちへの評価は変化したと言って良いだろう。特に柚子。ボクは君の姿を見て思ったのだよ。ハンターとは愚かで儚い生き物だとね」
 ハンターの強さにはムラがある。
 それは良くも悪くも彼らの強さは感情に左右されるということを現している。
 本来であれば不確定要素を生む感情は不要の産物だ。そして少し前のエゴならそれを好みはしなかっただろう。けれど不思議な事に彼女はそうした戦い方をするハンターに好印象を抱いた。
「知っているかい? ジュリは単細胞のおバカさんだけれど、とても強くボクにはない可能性を持っているのだよ。ボクはそんな彼女が好ましくて愛おしいと思っているし、そんな彼女に似ている君たちハンターも好ましくて愛おしいと思うのだよ。だから君達を生かす道を示した。それはボクが緊張していたとかそうでないとかの話ではない」
 わかるかい? そう笑う彼女にヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139)が呆れたように肩を竦めた。
「なんつーか、捻くれたガキだな」
「何を言うかな。言っておくけれど、ボクは君たちよりも遥かに年上で――あいたっ!」
「見た目はガキだろ」
 やれやれと手を擦る彼に、頭を抑えたエゴの恨めしそうな視線が向かう。が、そこまで騒いだところで誰もが口を噤んだ。
 ついに大樹の塔の入口傍まで到達したのだ。
「……さて、もう1度問う」
「その必要はねぇ。良いか? 俺は元々ガキを巻き込むのは本意じゃねぇ。それを踏まえた上で、俺にはこの騒動を終わらせて、普通の生活に帰してたやれる力があるんだよ。だったらその力を振るわねぇ理由がねぇ」
「そうなのです! どんな理由があったって子供を攫うなんて許せないのです! 正義のニンジャでプロカードゲーマーとしては、放っておけないんだからっ!」
 ぷんぷんっとヴォルフガングの言葉に同意するルンルンにエゴの口が閉ざされる。
 そして彼女が何かの感情を示す前に、アーサーが彼女の頭を叩いた。その仕草は「それ以上言うな」と言っているようで、何処か心地よい。
「俺は内輪の事情に立ち入るつもりはないんだが、成り行き上、な。とりあえず目標の子供達の奪還は付き合ってやるよ」
「ええ、アーサーさんの言う通りです。私の場合は救助任務は得意ではないですけど、やらなければならないと思っていますよ。この戦いの結末も観察したいですしね」
 そう穏やかに笑む奏は愛用のライフルを肩に担ぎ準備万端な様子を示す。
 幸いな事に門番は2人。ここを襲撃した後に兵が増える事は予想できるため安心はできないが、それでも塔に入るだけなら容易いだろう。
 そんな彼動揺に準備を整えたJが苦い様子で呟く。
「俺はこの前量産型浄化の器と戦った。あの時のくたばった後の散り様がまるで歪虚だ。どんな理由かは知らねえが、年端もいかねえがきんちょがあンな風に変えられッちまうのは捨て置けねえ」
 力を使い果たして塩のように消えた少女。感情のない幼子が無に消えてゆく姿は何度思い返しても気分の良いものではない。
 あの光景を消す為にもエルフハイムでの悲劇は終わらせるべきだ。
「ああ、ボクも皆の意見に同意だね。未来ある子供を攫って何をするのやら……浄化の法やら犠牲やらと、何ともまぁ耳障りな言葉からしてロクなものじゃあないのは確かみたいだ。なに、幼子を助けるのは老人の義務みたいなものさ。気にする必要はない」
 Holmesの考えは正しい。
 実際に浄化の法はロクでもない技術だ。その発端が今回のようなものでないにしろ、現実には多くの犠牲が出た。
 それこそ無関係の子供達が複数。
「無関係の人々や未来のある子供達の生命を奪わせてたまるかってんですよ! 何と言われようと私は助けますよ。子供達も、エゴさんも!」
 柚子は護るために出来る事を模索している。それはここ数日の間の戦闘でエゴにも伝わっている。だから彼女の言葉に嘘はないだろう。
「ああ……これがハンター……ゼナイド様、これはボクも『貴女』も敵わないかもしれないのだよ」
 言葉とは裏腹に誇らしげに笑うエゴは大鎌を取り出して振り下ろした。
「ではハンター諸君。ボクはどうすれば良いのかな?」
「ゼナイド殿とエゴ殿には内部をお願いするのじゃ。敵の数が判らん以上、こちらも戦力を集める必要があるからのう」
「了解したのだよ。死神の名において約束する。ボクは君達と塔の子供達を護ろう――帝国第十師団ソウルイーター所属エゴ、参る!」


 大樹の塔を囲うように存在する柵を抜ける唯一の門。そこを護る門番の顔が上がった。
「なんだ?」
 突然差した影に異変を感じただけだった。だが異変は兵の予想を遥かに越える。
「恨みはない。恨みはないが、そこを通してもらうのじゃ――」
 紅薔薇は九尾切と名付けた愛刀を掲げて囁く。
 その目に映るのは自らが出現させた巨大な白薔薇。彼女オリジナルの次元斬だ。
 門兵の頭上を覆った花弁から無数の花弁が舞い落ちる――否、舞い落ちるなどと生温いものではない。
 鋭利な刃物と化した花弁が兵を、大地を、立ち塞がるも全て斬り伏せようと降り注ぐ。その様は耽美な地獄絵だ。
「……今じゃ。門を抜け塔へ!」
 刃が降り切らぬ前に叫んだ紅薔薇に一行が走り出す。そして目的の塔の入口に差し掛かった所で奏の銃が火を噴いた。
「これは熱烈な歓迎ですね。容易に中に入る事も叶いませんか?」
「いや、ここはボクたちに任せたまえ。なに、この程度ならば問題ない。そもそもこれを排除しなければボクたちの安全は確保されないのだからね」
 Holmesは自らの身を塔の上から落ちてきた襲撃者と味方の間に擦り込ませると、渾身の力を込めて吹き飛ばした。
 見るからに手強そうな相手だが何処から来た? 視線を巡らせ、見付けたのは窓だ。
「悪くはない情報だね」
 クイッと上げた顎。構えた太刀に柚子が飛び出す。
「本当はあなた達も助けたい。でも、私にできるのは……!」
 襲撃者は量産された器だ。
 感情の篭らない目と躊躇いのない動きには嫌すぎる程の思い入れがある。柚子は一定間隔を保って駆け出したHolmesの動きを視界に自らも大地を蹴る。その姿に照準を合わせていたJが叫ぶ。
「あまり前に出るな!」
「わかってますっ!」
 寸前の所で攻撃を交わしながら塔の壁を蹴り上げて器の背後を取る。
「っ……私はもう、迷わない! 護るために、護りきるために戦うって決めたんです!」
 前方でHolmesが刃を薙ぐ。その動きに合わせて自身の刃を突き入れると、器の小さな体が悲鳴を上げるように捩られた。
 頬を伝う鮮血に柚子の顔に一瞬だが苦痛の色が覗く。それでも決意を固めて刃を引き抜くと、すぐさま彼女の傍から離れた。
「Holmesさん、みんなは?!」
「もう中に入ったよ。さあ、ボクたちも始めよう。これ以上の悲劇を起こさないために」
 膝を付き、白い粉へと還る器。その壮絶な散り方に帽子のツバを引くHolmes。そんな彼女の肩にそっと手を置き、ルンルンは塔を見上げた。


 塔の内部は思った以上に単純な造りとなっていた。
「これはデカイな……」
 入口から少し進んだ先にあった螺旋階段。それを見上げたアーサーの声にヴォルフガングが同意するように目を細める。
 螺旋階段は遥か上まで続いており、その所々に扉を設けている。
 一見しただけで巡回兵や扉を護る執行者の姿が見えるので、何処に何があるのか大体は理解できた。
「と言いますか、丸見えではありませんか。これ……」
 奏の言う通り、こちらから見えるという事は向こうからも見えるという事で――
「来ます!」
「予想通りだな!」
 アニスの声に前に出たヴァイスが武器を構える。そして刀身にオーラを纏わせたところで激しい衝突音が響いた。
「外でのことと言い、今と言い……熱烈な歓迎だなッ!」
 螺旋階段から飛び降りてきた刃を受け止めたヴァイスは、襲撃者に退場願おうと腹を蹴り上げる。
 そうして間合いを取りながら螺旋階段を背に立ち塞がると、攻撃を受け止めた衝撃に痺れる手を握り締めた。
「すまないが先に行っててくれ。こいつを倒した後で追い掛ける。アニスも、良いな?」
 襲撃者は見える範囲で2名。1名は螺旋階段から降りて来た相手で、もう1人は階段上で杖を構えている。
 どう考えても構図的には良くないが、だからと言って放っておく訳にもいかない。そもそも自分たちはこのような場所で足止めを食っている場合でもないのだ。
「すまぬな。上で待っておるのじゃ」
 次々と階段を駆け上がってゆく仲間を感じながら、ヴァイスは僅かに苦笑した。
「アニス、時間がない」
「……行けません」
 硬く言いながら盾を構えた彼女もここに残るつもりだ。
 その様子に目を細めると、ヴァイスは自身が纏う紅蓮のオーラを大きくして飛び出した。それは相手が飛び出したからに他ならない。
 ぶつかる刃。響く剣劇にアニスの顔が上がる。そして次の瞬間、彼女は意を決したように走り出した。
「私はあなたが勝つと信じています。だから、あなたの邪魔はさせない!」
 吹き込んで来た炎を盾だけで受け止める。
 その背後ではヴァイスが敵の足を止めているのを感じる。だからこそ退けない。
「っ……今度は、私が支えるんです!」
 チリチリと肌が焼け、盾からも熱が伝わってくる。それでも退かずにいると、次の一手を見舞うべく敵の杖が動くのが見えた。
「アニス、もういい! 退くんだ!!」
「嫌ですッ!!」
 自らには一切癒しを施さない彼女は目に見えて傷が増えている。しかもその傷は火傷。
 ヴァイスは苛立ちを抑えるように奥歯を噛み締めると、目の前の相手に意識を集中させた。散漫な集中力では敵を葬る事などできない。
「――終わらせる」
 細めた目に光が宿り、刃が纏うオーラが拡大する。そして双方が武器を構えたまま飛び出すと二本の軌跡が重なり――弾いた!
 よろける敵の体。それを追って踏み込むヴァイスの刃が敵の胴を貫く。
「くっ……」
 噴き上がる血に眉を顰めるも一瞬、ヴァイスはすぐさま刃を抜き取るとアニスの元に急いだ。
 もう何手目になるかわからない炎が放たれた。渦を巻いた赤い炎が螺旋階段から真っ直ぐアニスに向かう。
「アニス!!」
「――」
 アニスは衝撃に備えて目を瞑り、ヴァイスは彼女に必死に手を伸ばした。そして――

 ドォオンッ!!!

 大きな音が響き、静寂が訪れる。
「あ、れ……熱く、ない……?」
 目を開ければ、真横の床が黒く焼けている。どうやらヴァイスのおかけで炎を回避できたらしい。では今の音は、
「間一髪……って、何やらオイシイ展開になってるか?」
「いえ、どう見ても危機的状況を回避したようにしか見えませんが……」
 螺旋階段の上から聞こえた声に顔を上げる。
 そこにあったのはアーサーと奏、そして先に登った仲間の姿だ。
「魔術師は倒しましたので、ゆっくり上がってきてください」
 手を軽く上げて先を急ぐ奏にアニスの口から安堵の息が漏れる。それは彼女を覆いかぶさるようにして抱きしめていたヴァイスも同じだった。
「……無茶はしないでくれ」
 思わず漏れた声に、アニスの瞼が落ちる。
 こうして互いの無事を確認すると、2人は急いで階段を駆け上がり始めた。


 大樹の塔の外壁は木そのものだった。
 凹凸のある幹と、滑りやすい皮。時折、木に纏わりついた苔が足元を浚う上に掴まるところも少ない。控えめに言っても登り辛い場所だ。
 けれどそんな幹を、柚子だけは悠々と登っていた。
「思ったより楽に登れそう、っと……到着。どれどれ……?」
 柚子は壁歩きで外壁を登ると、先ほど器が落ちて来た部屋を覗き込んだ。
「うーん……敵が落ちて来たから何かあるのかと思ったけど……」
 結果は『はずれ』。無人の部屋を見回す彼女の耳に物音が響く。
「ニンジャストリング……は、意外と疲れるのです……」
 窓枠にしがみつく形で入って来たのはルンルンだ。
 彼女は2つのスラッシュアンカーを交互に使って登って来た口だ。
 結果、柚子よりは腕力や体力が必要になった訳だが、それでも登ってこれたのは素直にすごいと言えよう。
 彼女もまた柚子同様に部屋の中を見回すと、どこか残念な様子で首を傾げた。
「もっと上でしょうか?」
「たぶん、そうだと思います」
 ここは塔の3階部分にあたる。幹自体はもっと上まで伸びているし、中の螺旋階段とやらも更に上に伸びているだろう。
 つまり目的の子供たちはもっと上にいると考えて良い。
「ひとまずHolmesさんにロープを投げますね」
 そう言って階下に向けてロープを垂らす。するとJと共に様子を伺っていたHolmesがゆっくりと外壁を登って来た。
 彼女は当初、ショットアンカーを使って登る事を試みた。しかし登り始めた段階で重要な事に気付いてしまったのだ。
「……ふぅ。ボクとしたことが杭を打ち込んだ後、自分をどう支えて次を撃つか考え忘れるなんてね」
 ロープのおかげで登り切ったHolmesは、そう言って肩を落とした。
 その姿に柚子とルンルンが顔を見合わせるが、実際にはこうして外壁を登ってこれているので問題はない。
「えっと、Holmesさんにルンルンさん。ここから何かわかりますか?」
「ん、少し待ってくれたまえ。今確認してみよう」
 そう言って目を閉じた彼女の髪から大きな獣耳が見える。それがピクピクと探るように揺れると、彼女は「ふむ」と窓の外に身を乗り出した。
「柚子君。ここから見えるあの窓を目指すが良いだろう」
 Holmesが指差したのは今来た距離の倍はあろうかと言う距離にある窓だ。それにルンルンも同意する。
「ルンルン忍法ニンジャセンサーも言っているのです。ニンジャ感覚にも感有りです、って」
 双方ともに感覚は普通のハンター以上だ。
 Holmesに至っては嗅覚と聴覚がスキルのおかげでかなり研ぎ澄まされている。若干血生臭さに参りそうだ、と言う台詞も聞いたがそこは聞かなかった事にしておこう。
「それでは先に行きますね。見たところ、あの窓が最後の窓みたいですし、登り切ったらロープを垂らします」
「ああ、頼むよ。ルンルン君も無理でなければ共に上がってしまう方が良いだろう」
「お任せあれっ! ルンルンはニンジャストリングでばばーっといっちゃうんだから♪」
 2人は互いに登る方法こそ違うが、確実にHolmesが指差した部屋を目差している。その姿を少し羨ましく思いながら、Holmesの顔が顔を引っ込めた――と、その時だ。
「……この音は」
 ピクッと彼女の耳が揺れた。
 先ほどまでは聞こえなかった喧騒が階下から聞こえるのだ。
 身を乗り出し、今来た地上を見下ろす。そうして捉えたのは塔を囲むように展開する無数の影だ。
 影は地上で支援を行うJにも迫っている。
 彼は注意深く周囲の様子を伺い、無駄弾を撃つことなく敵を仕留めている。その冷静な様子は見ていて感嘆を漏らすが、あんなにも多くの敵を1人で始末しようなど、
「ん? 何かおかしい……あれだけの数がありながら、何故それ以上攻めて来ないのかね。何か見落として……あ、そうか! ジュリ君の援軍が来たのだね!」
 ここへ向かう途中で別れた第十師団の囚人兵。彼女は援軍を呼びに結界の傍へと向かった。つまりあの影の半数は味方と言う事になる。
「これは幸運に恵まれたと言っても過言ではないね」
 良く見ればJの周囲に敵は殆どいない。
 これならば彼自身も無事に任務を達成できるだろう。
 Holmesは安堵を胸に抱きながら塔上層部へ視線を向けると、垂らされるロープに気付いて手を伸ばした。
 

 螺旋階段を駆け上がりながら、紅薔薇は友との約束を思い返していた。
(これは妾の自己満足じゃ……そう、今だけは……)
 握り締めた刀は血に汚れていない。
 此度だけは――今回のエルフとの戦争に限っては、もう命を奪わないと友と約束したのだ。だから、
「そこを退くのじゃ!」
 活人剣を活用して斬り込んだ紅薔薇に器の1人がよろける。
 そこに更なる踏み込みを見せ、手に持つ武器を狙う。
「たああああっ!!」
 これはただの自己満足。そんなことはわかっている。わかっているからこそ――
「それ以上は危ないぜ」
 まるで彼女の決意を理解しているかのように踏み込んで来たのはアーサーだ。彼は迷う事無く器の腕を叩き落すと、容赦なく息の根を止めに掛かる。
 目の前で息を奪われ崩れてゆく器に紅薔薇の目が見開かれてゆく。
「……言っておくが、俺は躊躇わないぞ」
「っ……わかっておる。これは妾の問題じゃ。他の誰に強要できるはずもない」
 そう。誰かに強要するつもりはない。
 視線を逸らすように答えた彼女の頭をポンッと撫で、アーサーは前を進んだ。彼の前にはJから前衛を任されたエゴとゼナイドの姿がある。
 幸いと言うかなんというか、敵の不意打ちの殆どはこの2人が払ってくれている。ハッキリ言って人選成功と言ったところだ。
「にしても次から次に良く出てくるな。量産型浄化の器……いわゆる人型術具? ゲリラやテロリストが、薬漬けにした少年兵を使うようなもんか」
「まあ、似たようなものだね」
 駆けながら返事を寄越したエゴに「へぇ」と呟く。
 感情を持たず、闘う為だけに作られた存在。
 それを数多切りつけた証拠として、アーサー自身は既に血まみれだ。そんな彼を横目に、ふとゼナイドが問うた。
「慣れているように見えますけど、何も感じませんの?」
「あ? 別に。俺は、敵に情けをかけようと思うほど慈悲深くないんでな。憐れみはしても、あいつらの命の優先順位は高くねぇよ」
「貴方、随分と達観してますのね」
 そうゼナイドが称したところで新たな一団が階段を駆け下りてくるのが見えた。
「一網打尽のチャンスだぜ!」
 道を譲るように宙返ったアーサー。そんな彼と入れ替わるように前に出たヴォルフガングは、日本刀を構えると敵の動きを注意深く見守る。
 チャンスは一度。敵が自身の間合いに踏み込んだ瞬間だ。
「……鋭い一閃、避けれるか?」
 低く唸り刃を突き入れる。
 刹那、直線状に突き入れられた刃が団子のように敵を貫いた。
「ヴォルフガングさん、もれています」
「!」
 後方の1体だけ突き損ねた。
 味方の屍を斬り捨てて前に出る敵にカウンターを試みる。
「――チッ」
 寸前の所で交わされた。しかも回避して壁を蹴った挙句、その反動で一気に間合いを詰めて来た。
 これには彼の背筋も寒くなる。
 間近で光る刃は生命の危機を。舌なめずりする顔には不快感を。色々な感情が湧き上がる中、全てを注視していた傍観者が動いた。
「当てない様に撃ちますが、もしもの時は申し訳ありません」
 一切の躊躇を見せずに引き金を引いた奏は相手の回避行動を視野に入れて次の段階に入る。そして案の定、敵は回避行動を取った。
 銃弾を肩に受け、それでも退治者の命を奪おうとする姿は流石。けれどそれを許す事は出来ない。
「……思う所はありますが、今は確実に救えるモノを優先します」
 敵と同じく命を奪うことが正しいのかと問われると答えは否と出るかもしれない。それでも闘わなければ、命を奪わなければ救えない者もある。
 彼は軌道修正し、自分へ向かおうとする敵に引き金を引く。そして弾に怯む様子を見せたのを好機に、銃剣の刃を突き入れた。
 悲鳴すら上げずに崩れる存在。それが塩に還るのを確認して奏は前方で歩みを止めたヴォルフガングを見る。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっとな」
 彼は螺旋階段の下を覗き込むと、何かを考えるようにして上を向いた。
「エゴ、だったか。ちょっと良いか?」
「うん?」
 手招き、2つ3つ言葉を交わして階段を下りてゆく姿に首を傾げる。
「エゴさん、彼は……」
「ふふ、どうやら彼も面白い人種のようだ。こんな場所で気にすること自体がおかしいだろうに……でも、うん。とても好ましいのだよ」
 エゴはそう笑うと「行こう」と奏を促し、ヴォルフガングだけを残して階段を駆けて行った。


 コツンッ、コツンッ。
 窓ガラスを叩く小さな音に部屋の中にいた子供たちの目が動く。そして窓の外にある筈のない人影を見て声を上げそうになる。
「しー……っ」
 三者三様の「しーっ」が窓辺で披露された。
 これを受け、子供たちが慌てたように口を押えたのは言うまでもない。
 そして彼らは窓の外に現れた救世主の要請に従って窓を開けると、お穂を紅潮させ、瞳を輝かせて彼女たちを受け入れた。
「よく声を出さずにいられましたね。偉いですよ」
 駆け寄る子供たちを抱きしめて柚子が囁く。それに次いでルンルンも子供たちの頭を撫でる。
「他にも捉えられてる子がいるかとか、わかりますか?」
「誰かが連れていかれた、とかでも良いんだけど」
 もし他の階へ移動させられた子供がいたらそこも当たらなければいけない。だが子供たちから返って来た声はこうだ。
「お部屋からでた子はみんな外に連れていかれたよ……」
「だいじなおやくめ。って……」
 大事なお役目。その言葉に柚子の表情が一瞬だけ険しくなる。
 けれど直ぐに顔に笑顔を乗せると子供たちをぎゅっと抱きしめた。
「もう大丈夫。お姉ちゃん達が悪い奴ら全員とっちめて、ここから助けてあげるから。絶対に護るから、ね?」
 そのためにここに来たのだ。
 無茶と無謀を履き違える事はしない。それをして少し前に皆に迷惑をかけたばかりだ。今回は、今回こそはこの子たちを護るために闘わなければ。
 そう覚悟を決めてHolmesを振り返る。
「Holmesさん」
「ふむ? 君も食べるかい?」
「いえ、私は大丈夫です。それよりもこの人数だと全員を外から、って訳にはいきませんね。扉の向こうの様子とかわかりますか?」
 子供たちを安心させるために飴玉を配っていたHolmesは、柚子の声に耳を揺らすと扉の外の様子に耳を澄ませた。これにルンルンも同じように外へと注意を向ける。
 そうしてわかったのは扉の向こうに生命反応があるという事だ。
「注意して、たぶん2人……」
 子供の数は10を超えている。これだと当初予定に入れていた子供たちを背負って外壁を下ってゆくのは無理だろう。となると、この扉の向こうへ出て螺旋階段を下りて行くのが一番だが。
「エゴさんたちは今どこを――」

 バンッ!

 突然突き破るようにして放たれた扉に、3人が前に出る。
 ルンルンは符を構え、Holmesは直刀を、そして柚子は盾を持って最前列へ。そして転がり込んできた影に3者が飛び掛かろうとしたところでその声は聞こえた。
「ああ、君たちが一番乗りだったのか。なら作戦は成功と言っても過言ではないかな」
 クスリ。笑みと共に顔を覗かせたのはエゴだ。
 その後ろには若干直視できない見た目のアーサーと仲間たちの姿がある。アニスはヴァイスやアーサーの姿にハッとなると、2人を子供たちから見えない位置に隠して扉を大きく開けた。
「さあ、慌てないでみんなで階段を下りましょう」
 優しい声音と見えた部屋の外。それらに子供たちの中から歓声に近いざわめきが上がる。そして誰ともなしに外に出始めると、奏がある事に気付いた。
「おや、さっきまでこちらにあった遺体が……?」
「ああ、それはアレだよ。彼の功績だ」
 楽しそうに子供たちの脇を歩くエゴは、螺旋階段を真っ先に降りて行動するヴォルフガングを指した。
「まさか、彼がすべて?」
「これはなかなか、男気のある行動だね」
 奏同様に開花を見たHolmesが感心したように零す。
 そんな彼らの視界では、亡くなった敵の遺体を丁寧に運び出すヴォルフガングがあった。
 彼は手近な扉を開けては遺体を仕舞い、床に落ちている血痕があれば隠すように布を敷くなどの細工を施している。
「彼が言うには、全部終わった後の子供たちが傷が少しでも少なくあるように。とのことだよ」
 初めそのために傍を離れると聞いて驚いた。だが彼の気遣いは、きっと子供たちの未来には必要なものなのだろう。そう思ったからこそ、エゴは彼が仲間の元を離れるのを許可した。
 そしてその行動は功を制し、子供たちは大した混乱もなく階下まで降りてくることが出来た。
「今の子供で最後だな」
 安堵の息を零す男を見てエゴが呟く。
「君の望みはこれで終わりかい? 実はまだあるんだろう?」
 言ってごらん。そう楽し気に促す彼女に「はあ」っと大仰な溜息が漏れる。それでも願いは確かにある。
 子供たちの心を護るためにこれだけのことをした彼の事だ。無い訳がない。
 そして案の定聞こえてきた声に、エゴは嬉しそうに頬を紅潮させて「了解したのだよ」と承諾の言葉を返したのだった。

――数分後。
 隊を僅かに離れたエゴは第十師団の囚人兵に子供たちの保護を指示していた。
 これから彼らは然るべき施設へと送られ、その殆どは各々が元いた場所へと戻されることだろう。
「あ、そうそう。遺体をしまう時に偶然発見されたっていう維新派のエルフの皆さんは、オズワルド様とかその辺りの人たちの意見を聞いたうえで開放で良いと思うのだよ。流石にボクの一存で即解散、は出来そうもないからね」
 そう笑ったエゴの言うように、この騒動の最中に塔に捕らわれていた維新派のエルフが発見された。
 彼らは遺体を抱えて扉を開けたヴォルフガングに酷く動揺したらしく、エゴやゼナイドが顔を見せた折にもまだ蒼白の表情のままだった。
「気の毒だとは思うけれど、見付けてもらえて良かったと思うべきなのだよ」
 場合によってはこの騒動の後も塔に幽閉されていたかもしれない。それを考えればラッキー以外のなにものでもない。
 そう、どんな状況であれ発見は発見だ。喜ぶべき報告と言えるだろう。

 そしてそんな報告をするエゴから少し離れた位置で、Jは柚子の無事を確認して息を吐いていた。
「無事だったみてえだな」
「あ、Jさん。それはお互い様のセリフですよ」
「で、どうだった?」
「どうって。まあなんとか守れた、って感じですかね……うん」
 歯切れは悪いが柚子の顔は晴れやかだ。何か掴んだ。そう思えなくもない表情にJは安堵する。
(これで少しは視野が広がればいいんだが……まあ、期待はしないでおこうか)
 クイッと帽子のツバを引いて苦笑を滲ませた彼を柚子は知らない。

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MVP一覧

  • Stray DOG
    ヴォルフガング・エーヴァルトka0139
  • 唯一つ、その名を
    Holmeska3813
  • むなしい愛の夢を見る
    松瀬 柚子ka4625

重体一覧

参加者一覧

  • Stray DOG
    ヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139
    人間(紅)|28才|男性|闘狩人

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • 勝利の女神
    アニス・エリダヌス(ka2491
    エルフ|14才|女性|聖導士
  • 志の黒
    音桐 奏(ka2951
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士
  • 交渉人
    J・D(ka3351
    エルフ|26才|男性|猟撃士
  • 唯一つ、その名を
    Holmes(ka3813
    ドワーフ|8才|女性|霊闘士
  • むなしい愛の夢を見る
    松瀬 柚子(ka4625
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓~なぜなにゼナイドさん~
J・D(ka3351
エルフ|26才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2016/12/04 00:26:50
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/11/30 06:06:44
アイコン 未来を取り戻すために
アニス・エリダヌス(ka2491
エルフ|14才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/12/05 02:45:06