ゲスト
(ka0000)
【神森】 冬が来る前に
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/12/05 19:00
- 完成日
- 2016/12/18 19:09
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●マインハーゲン フランツの私室にて
「……もう我々は負けたのだというのに」
フランツ・フォルスター(kz0132)が手にした書類。それはエルフハイムと帝国軍の争いに乗じて煽動する過激派の記事だった。
『現帝国が無理な北伐遠征などを繰り返し、徒に国と民を疲弊させているのは誰の目にも明らかである。
優先すべきエルフ達との関係改善を後回しにし、以前より噂されていたエルフハイム砲を突きつけられ、ようやく事態の深刻さに気付くなどという無能ぶり。
これが我らから国を簒奪し、偉大なるブンドルフ皇帝を弑するだけでなく、「腐敗帝」なる不名誉な諡を付けた連中の末路とは何と情けないことか!
今こそ我々はヴルツァライヒとして革命を起こすときでは無いのか!!』
記事製作者の部分に旧帝国軍上層部で見た名前を見つけ、フランツは深い溜息を吐いた。
フランツは記事を折って机の上に置くと、眼鏡を外し、眉間を親指で揉みこむ。
ヴルツァライヒ=旧帝国派閥、と一言で片付けるのは容易い。
だがその実は旧帝国に属していた貴族や軍閥、現体勢になってから不満を抱えている者などの有象無象が混ざり合い、その実体はどんどんと掴みづらくなっている。
下手をすれば三軒隣の家がヴルツァライヒに賛同している、何てことが有り得る程だ。
人々の小さな不満や不安を吸い上げ、ヴルツァライヒに賛同すれば救われる……というような、半分宗教じみた勧誘まであると聞いた時には、フランツは苦虫を噛み潰したような顔となったものだ。
もちろんその全ての人々が暴動などを起こす過激思想に傾倒している訳では無い。
元々穏健派、と呼ばれるヴルツァライヒも存在する。
要するに確かに旧帝国派閥に属してはいるが、戦いに疲れ、国家転覆を謀る・革命を起こす、等という気力も財力も無く、いざというときに甘い汁を吸えたら嬉しいなぁ、ぐらいの毒にも薬にもならない者達だ。
――その筆頭と噂されていたのがフランツ自身だったりもするのだが、クリームヒルトが弱者の為に立ち上がったことによりそのサポートに回ったことで、周囲は大きくざわめいた。
その結果。
「……あの者は如何しましょう?」
紳士然とした壮年貴族が思案するフランツに声を掛けた。
眼鏡をかけ直し、顔を上げる。男の横にはどこから見ても“ザ・暗殺者”といった男が気絶している。
「……不法侵入で軍に引き渡すしかないかのぅ」
「依頼主を聞き出す必要は?」
「まぁ、この身なりであるし……恐らく捨て駒じゃろう。大したことは聞けぬよ」
「畏まりました」
深々と礼をした男は、ひょいと暗殺者を担ぎ上げ部屋を出て行く。
静かに閉まった扉を見て、ほぅ、と溜息を吐く。
もう初雪が降ったというのに。
間もなく雪に埋まるこの“辺境”の地までわざわざ暗殺者を送り込んでくるとは、中々無謀ではあるが、そこまでの行動力がある者というのも限られてくる。
雪に閉ざされてしまえば恐らく春までは安全ではあるのであろうが、身動きが取れないというのはフランツもまた同じである。
「……また面倒な事になったのぅ……」
緩やかに首を振って、窓の外を見る。
分厚い雲が敷き詰めたどんよりとした鉛色の空。今にも雪が降り出しそうである。
フランツはベルを鳴らし、日雇いの女中を書斎へと呼び入れたのだった。
●帝都 ハンターオフィスにて
「……というわけでの。わしが村におると民に迷惑がかかるかもしれんので、暫くこちらに留まることにしたんじゃ。宜しく頼むの」
「……あー、えーと。物件がすぐに見つかって良かったですね……」
ハンターオフィスの説明係の女性は、すっかり顔なじみとなったフランツの話しにどう相づちを打ったものかと困惑しつつ頷いた。
「それでの、本題じゃが……このケヴィン・プロイスという男が恐らく近日中に騒動を起こす」
フランツは件の記事を彼女に見せ、指先で記者名を叩いた。
「プロイス家は旧帝国時代に代々騎士の称号を貰っておった、根っからの軍人貴族じゃった。革命当時の家長は既に亡くなり、その息子も革命で死んでおる。よって爵位も剥奪。残った遺族は息子の嫁とその子ども……このケヴィンなる人物じゃな、は、現在エルフハイムからほど近いルフトという町で製糸工場を経営しておるが……まぁ自転車操業のような有様じゃの」
人を雇い、自分達は『経営者』として彼らを使うことで利益を吸い上げている状態だが、元々がプライドの高い軍閥貴族。元領民、という思いがある限り、彼らが自ら頭を下げて頼むということが出来るとも思えない。
恐らく行く宛のない人々を囲い働かせているのだろうと思うが、軍に目を付けられない程度のギリギリのラインを維持してきたのだろう。
「ハンター皆さんには申し訳無いが、暫しこの町を見張って貰えないか頼んでは貰えないかの? 先日ついにこの隣町でエルフと軍の衝突があったと言うしのぅ」
「あぁ、その町でしたら、丁度軍から哨戒の依頼があったところですね。近隣の村からも何度か“空を飛ぶ巨大生物”が目撃されています」
その言葉にフランツは片眉を跳ね上げた。
「……いかんな。わしが予想しておったより最悪のケースかもしれん。剣機が絡んでおる可能性がある」
「……軍もその可能性を示唆していました」
「その依頼にわしからの情報を載せて提示をしておいておくれ。……なるべく無辜の民への被害を減らしたい」
「わかりました」
●ルフト町 製糸工場内
「今こそ無能な皇帝に、我々の力を示す時ぞ!」
今や製糸工場の機械は全て止まり、その周囲にはその従業員と決起に賛同した者とですし詰め状態となっていた。
声高らかに人々を鼓舞する男はまだ30手前の若い男だ。多感な思春期に革命が起き、人生を狂わされた男。彼の熱意と張りのあるバリトンは不思議なカリスマ性を発揮し、人々は拳を挙げて彼の一言一句に賛同する。
「長きにわたり虐げられ、今さらに侵略を受けたエルフ達は怒り、帝国軍との戦いを始めている。それに、我々はエルフの味方として馳せ参じるのだ! 彼らと共に帝国を倒す! それこそが正義で有り、エルフ達と共に勝利を収め、革命を起こすのだ!!」
わぁと、人々が拳を挙げ賛同の声を上げる。
その様子を隅から誇らしげに見つめる美しい女の姿があった。彼女の名はリンダ。ケヴィンの実母である。
艶然と微笑む彼女は年齢不詳の美しさを纏い、その身体から漂う近寄りがたい雰囲気が、さらに彼女にミステリアスな魅力を感じさせる。
「……いい子ね、ケヴィン。あとでご褒美をあげましょう」
赤い舌で紅い唇を舐め、リンダはその場を後にする。
奇妙な興奮と熱気がルフトの町を覆い始めていた。
その一部始終を教会の十字架の上に留まった1羽の大鴉が見つめていた。
「……もう我々は負けたのだというのに」
フランツ・フォルスター(kz0132)が手にした書類。それはエルフハイムと帝国軍の争いに乗じて煽動する過激派の記事だった。
『現帝国が無理な北伐遠征などを繰り返し、徒に国と民を疲弊させているのは誰の目にも明らかである。
優先すべきエルフ達との関係改善を後回しにし、以前より噂されていたエルフハイム砲を突きつけられ、ようやく事態の深刻さに気付くなどという無能ぶり。
これが我らから国を簒奪し、偉大なるブンドルフ皇帝を弑するだけでなく、「腐敗帝」なる不名誉な諡を付けた連中の末路とは何と情けないことか!
今こそ我々はヴルツァライヒとして革命を起こすときでは無いのか!!』
記事製作者の部分に旧帝国軍上層部で見た名前を見つけ、フランツは深い溜息を吐いた。
フランツは記事を折って机の上に置くと、眼鏡を外し、眉間を親指で揉みこむ。
ヴルツァライヒ=旧帝国派閥、と一言で片付けるのは容易い。
だがその実は旧帝国に属していた貴族や軍閥、現体勢になってから不満を抱えている者などの有象無象が混ざり合い、その実体はどんどんと掴みづらくなっている。
下手をすれば三軒隣の家がヴルツァライヒに賛同している、何てことが有り得る程だ。
人々の小さな不満や不安を吸い上げ、ヴルツァライヒに賛同すれば救われる……というような、半分宗教じみた勧誘まであると聞いた時には、フランツは苦虫を噛み潰したような顔となったものだ。
もちろんその全ての人々が暴動などを起こす過激思想に傾倒している訳では無い。
元々穏健派、と呼ばれるヴルツァライヒも存在する。
要するに確かに旧帝国派閥に属してはいるが、戦いに疲れ、国家転覆を謀る・革命を起こす、等という気力も財力も無く、いざというときに甘い汁を吸えたら嬉しいなぁ、ぐらいの毒にも薬にもならない者達だ。
――その筆頭と噂されていたのがフランツ自身だったりもするのだが、クリームヒルトが弱者の為に立ち上がったことによりそのサポートに回ったことで、周囲は大きくざわめいた。
その結果。
「……あの者は如何しましょう?」
紳士然とした壮年貴族が思案するフランツに声を掛けた。
眼鏡をかけ直し、顔を上げる。男の横にはどこから見ても“ザ・暗殺者”といった男が気絶している。
「……不法侵入で軍に引き渡すしかないかのぅ」
「依頼主を聞き出す必要は?」
「まぁ、この身なりであるし……恐らく捨て駒じゃろう。大したことは聞けぬよ」
「畏まりました」
深々と礼をした男は、ひょいと暗殺者を担ぎ上げ部屋を出て行く。
静かに閉まった扉を見て、ほぅ、と溜息を吐く。
もう初雪が降ったというのに。
間もなく雪に埋まるこの“辺境”の地までわざわざ暗殺者を送り込んでくるとは、中々無謀ではあるが、そこまでの行動力がある者というのも限られてくる。
雪に閉ざされてしまえば恐らく春までは安全ではあるのであろうが、身動きが取れないというのはフランツもまた同じである。
「……また面倒な事になったのぅ……」
緩やかに首を振って、窓の外を見る。
分厚い雲が敷き詰めたどんよりとした鉛色の空。今にも雪が降り出しそうである。
フランツはベルを鳴らし、日雇いの女中を書斎へと呼び入れたのだった。
●帝都 ハンターオフィスにて
「……というわけでの。わしが村におると民に迷惑がかかるかもしれんので、暫くこちらに留まることにしたんじゃ。宜しく頼むの」
「……あー、えーと。物件がすぐに見つかって良かったですね……」
ハンターオフィスの説明係の女性は、すっかり顔なじみとなったフランツの話しにどう相づちを打ったものかと困惑しつつ頷いた。
「それでの、本題じゃが……このケヴィン・プロイスという男が恐らく近日中に騒動を起こす」
フランツは件の記事を彼女に見せ、指先で記者名を叩いた。
「プロイス家は旧帝国時代に代々騎士の称号を貰っておった、根っからの軍人貴族じゃった。革命当時の家長は既に亡くなり、その息子も革命で死んでおる。よって爵位も剥奪。残った遺族は息子の嫁とその子ども……このケヴィンなる人物じゃな、は、現在エルフハイムからほど近いルフトという町で製糸工場を経営しておるが……まぁ自転車操業のような有様じゃの」
人を雇い、自分達は『経営者』として彼らを使うことで利益を吸い上げている状態だが、元々がプライドの高い軍閥貴族。元領民、という思いがある限り、彼らが自ら頭を下げて頼むということが出来るとも思えない。
恐らく行く宛のない人々を囲い働かせているのだろうと思うが、軍に目を付けられない程度のギリギリのラインを維持してきたのだろう。
「ハンター皆さんには申し訳無いが、暫しこの町を見張って貰えないか頼んでは貰えないかの? 先日ついにこの隣町でエルフと軍の衝突があったと言うしのぅ」
「あぁ、その町でしたら、丁度軍から哨戒の依頼があったところですね。近隣の村からも何度か“空を飛ぶ巨大生物”が目撃されています」
その言葉にフランツは片眉を跳ね上げた。
「……いかんな。わしが予想しておったより最悪のケースかもしれん。剣機が絡んでおる可能性がある」
「……軍もその可能性を示唆していました」
「その依頼にわしからの情報を載せて提示をしておいておくれ。……なるべく無辜の民への被害を減らしたい」
「わかりました」
●ルフト町 製糸工場内
「今こそ無能な皇帝に、我々の力を示す時ぞ!」
今や製糸工場の機械は全て止まり、その周囲にはその従業員と決起に賛同した者とですし詰め状態となっていた。
声高らかに人々を鼓舞する男はまだ30手前の若い男だ。多感な思春期に革命が起き、人生を狂わされた男。彼の熱意と張りのあるバリトンは不思議なカリスマ性を発揮し、人々は拳を挙げて彼の一言一句に賛同する。
「長きにわたり虐げられ、今さらに侵略を受けたエルフ達は怒り、帝国軍との戦いを始めている。それに、我々はエルフの味方として馳せ参じるのだ! 彼らと共に帝国を倒す! それこそが正義で有り、エルフ達と共に勝利を収め、革命を起こすのだ!!」
わぁと、人々が拳を挙げ賛同の声を上げる。
その様子を隅から誇らしげに見つめる美しい女の姿があった。彼女の名はリンダ。ケヴィンの実母である。
艶然と微笑む彼女は年齢不詳の美しさを纏い、その身体から漂う近寄りがたい雰囲気が、さらに彼女にミステリアスな魅力を感じさせる。
「……いい子ね、ケヴィン。あとでご褒美をあげましょう」
赤い舌で紅い唇を舐め、リンダはその場を後にする。
奇妙な興奮と熱気がルフトの町を覆い始めていた。
その一部始終を教会の十字架の上に留まった1羽の大鴉が見つめていた。
リプレイ本文
●
アリア・セリウス(ka6424)は知っていた。
明日の来ない夜があることを。
死という無明の闇は音もなく忍び寄り、破滅へと誘うことを。
(ええ、知っているわ、抗う力を持たない人々のことを)
だからこそ刃に誓った。『闇を切り払う月光として』誰の夢を成す剣としてあることを。
アリアが陽も沈もうという頃に辿り着いたこの町は、陽が落ちれば月と家々の窓から溢れる暖かな明かり以外に光源も無いような暗い町だった。
ゆえに、異様だとアリアは思った。
「誰もいないの……?」
それとなく町で聞き込んだ話では幾人かの使用人を抱えている元貴族の立派なお屋敷、とのことだった。
だが、豪邸とも言えるプロイス家からは、灯り一つ灯らず、人の気配がまるでしない。
どこかの木に鴉の巣があるのか。時折鳴き声が聞こえるのが更に不気味さを助長する。
軽く押した門は錆びついているのか、軋んだ音を立てながらゆるりと開いた。
暫し思案した後、アリアは愛馬を傍の茂みへと隠し、単身屋敷の中へと侵入した。
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は耳を隠して陽が沈む前に町に入ると、町に唯一の宿兼酒場で“修行中の聖職者”として帝国各地を行脚しているのだと騙り情報収集に努めていた。
女将の話しではこの町はそこそこにエルフハイムに近いこともあり、森を出たエルフ達が立ち寄ることも多かったらしい。
「軍とエルフがやたら最近睨み合ってるって言うじゃ無いか。ホント、皇帝陛下は何をやっているんだか……ここだけの話しだけどね。ここ一番の金持ちの坊ちゃんが、“エルフを救う”なんて運動始めちまってるんで、お客さんも巻き込まれる前に早く他の町に行った方がいいよ」
「エルフを救う、ネェ」
注文したブドウジュースとチーズを置き、言うだけ言って去って行った女将の後ろ姿に、ぽつりとアルヴィンは呟いた。
「助けてクレと頼んだ覚えは無いのダケレドも、ヒトは面白いモノダネ?」
一切れチーズを指で摘んで頬張ると、自身がエルフである事はあまり公にしない方が良さそうだと指を舐めながら結論を出した。
「……そうですか、わかりました。私達ももうすぐそちらへ向かいます」
「なんだって?」
アルヴィンとの通話を切ったエステル・クレティエ(ka3783)へ劉 厳靖(ka4574)が問う。
「宿泊客、私達しかいないらしいので、下手に酒場に入り浸るよりは後ほど部屋に集合した方がいいだろうとの事でした」
「っかー。酒場が一件しか無いとかしけてんなぁ」
「でも情報交換はしやすくなりますから。……自警団の人達が親切な人達でよかったですね」
町に着き、最初に見つけたのが自警団の詰所だったので宿屋の場所を訊ねるついでにこの町についての情報収集も済ませた二人だった。
「しっかし、陽が沈むと本当に真っ暗だな、この町」
陽が落ちてから外灯も無い道には二人以外に人の姿はない。
「代わりに、月明かりが映えますね」
LEDライトで道を照らすエステルの視線を追って見上げれば、膨らみを帯びた月が西の空に見えた。
「……何も起こらなきゃいいんだけどな」
「え?」
劉の呟きは木枯らしに巻き込まれ、エステルの耳に届く事は無かった。
「何か、異様」
「……あぁ」
ジュード・エアハート(ka0410)の呟きに、エアルドフリス(ka1856)も唸るように低く同意する。
メインストリートを越えると本当に点在する住居以外の灯りが無い町で、そんな町の中央にあるとはいえ、その製糸工場だけが煌々と灯りを灯していた。
その不自然な明るさは、中にいる人々の熱量以上の禍々しさを秘めているような気がして、ジュードは柳眉を寄せる。
「暴動とか……え?」
肌が粟立つような不快感にジュードは思わず空を見上げた。
雲のない冬の星空に一際明るい白い月が浮かんでる。
その星が、一瞬影に隠れた。
「リンドヴルム!?」
「工場に向かって……いけない!」
巨大な双頭の竜が脚に掴んでいたコンテナを空中で放す。
コンテナは派手な音を立てて工場の屋根を突き破って落ちた。
リンドヴルムの接近に気付いたのはジュード達だけではなかった。
工場へと向かっていたコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)はその接近に気付くやいなやフロガピレインを構え、引き金を引く。
その銃弾は確かに皮翼を貫いたが、墜落させる程のダメージには至らない。
「エルフが戦いを求めてる、ね……随分と乗じたもんだ」
工場付近に廃小屋や空井戸が無いか調べていた央崎 枢(ka5153)もリンドヴルムの接近に気付き、直ぐ様工場へと龍雲を走らせた。
そして最も工場に近いところにいたルイトガルト・レーデル(ka6356)はコンテナが墜落した直後に、通用口から中へと飛び込んだ。
しかし工場内は既に阿鼻叫喚の渦中にあった。
ほぼ工場中央に落ちて壊れたコンテナからは剣機ゾンビ――何故かその全てが一目で“エルフ”だとわかる尖った耳をしている――が這いだし、一足先に飛び出した吸血蝙蝠達が周囲の一般人を襲っている。
コンテナの下敷きになって絶命している者、息がある者、彼らを見て腰を抜かしている者、何が起こったのか理解が追いつかず呆然としている者……そんな中、通用口を開け入ってきたルイトガルトを見た者は、悲鳴を上げると一斉に通用口を目がけて走り寄ってきた。
「ぐっ!」
ルイトガルトはその人波に逆らうように、縫うように工場内へと歩を進め、飛び掛かって来た蝙蝠をディモルダクスで斬り伏せた。
先に町に入っている仲間や別の場所をさらっている仲間に応援を要請したかったが、生憎と連絡道具を持ち合わせていない。
リンドヴルムか、この騒ぎに気付いて駆けつけてくれる事を信じ、武器を構えるしか無かった。
●
コーネリアと枢が、工場の通用口前に来たときには、既に逃げ出そうとする人達で出入口は酷い有様だった。
声を掛けようにも、ここまでパニックを起こしていると多勢に無勢で聞く耳すら持って貰えない。
「一体中で何が……!?」
「うーん、通用口カラは入れそうにないネ」
工場を見ておこうと近くまで来ていたアルヴィンもまた、二人に追いつくと周囲を見回し、浄化とパニックの解除を試みるが負のマテリアル由来の混乱では無い為人々のパニックは収まらなかった。
混乱が続く通用口、その横の鉄の扉は巨大で、この暗がりの中では外からどうやって開けるのかコーネリアには仕組みがわからない。
「コーネリアさん、こっち!」
枢はコーネリアを呼び寄せ、西側へ回り込むとガラス窓を叩き割った。
そして隙間からスローイングカードを投げ込むと、ガラスをかち割りながらチェイシングスローで一気に内部へと侵入した。
(困る。本当に困るのだ)
銀の髪をなびかせ剣を振るいながらルイトガルトは眉間に深々と溝を刻んでいた。
(革命を起こして、それからどうする? 群雄割拠か? 衆愚政治か?)
恐怖に腰が抜けた男に向かって吸血蝙蝠達が一気に集っていく。それを剣で振り払い、後ろ手に庇う。
(所詮は無能の為す事とは言え……この馬鹿踊り、広がりきる前に終幕させねばならないな)
ルイトガルトが背を向けている剣機に向かい、剣を突き立てた。この剣機達は少し変わっていた。その特異性が、更にルイトガルトの眉間のしわを深める。
もとよりゾンビには痛覚が無い。ゆえに痛みで怯むことも、人ならば急所となる部分を破壊してもなかなか活動を停止しない。
だが、ハンターが攻撃をしても無視をして、一般人への攻撃を優先するというその性質。また、二体一組で行動し、片割れが行動不能になると、三位一体となって襲っていく。これらの目的がわからない。わからないから気持ちが悪い。
その時、ガラスの割れる音が周囲に響いた。
更に新手かと忌々しく振り向いたルイトガルトの横に飛び降りてきたのは枢だ。
「え? 何? どういう状況?」
「吸血蝙蝠と剣機ゾンビだ。一般人ばかりを狙っている」
「ケヴィンは?」
枢の後を追って窓から入ってきたコーネリアが蝙蝠を撃ちながら問う。
「わからない。何しろこの状況からスタートだ」
狭くは無い工場内だが、背の高い製糸用の機械が並び、視界は悪い。剣機達に襲われ人々の悲鳴と怒声が響き続け、それが更に混乱と恐慌の呼び水となっている。顔も知らぬケヴィンがどさくさに紛れて外に出たのか、それともまだこの中にいるのか。生きているのか死んでいるのかすらわからない。
内部からみた通用口付近は外から見ていた時よりも悲惨だった。パニックを起こした人々は通用口に殺到し、我先にと押し合いへし合い奪い合い割り混み合うという状態。何しろその背後から剣機達が迫っているのだから、無理も無い。
「マズは、剣機を倒してカラ、カナ?」
アルヴィンがヒーリングスフィアで周囲の一般人ごと癒やす。枢がガラティンを構え、剣機へと向かう。それに頷き、ルイトガルトも同じ個体へと一気に間合いを詰めて貫く。コーネリアもまた真紅のコートを翻し弾丸の雨を降らせると、人々に群がる剣機達を狙い撃った。
「責任者は? 中?」
「落ち着いて、我々はハンターだ」
工場の外へと逃げ出してきた男を捕まえてジュードとエアルドフリスが問う。
「し、知らない……! と、突然、え、エルフが、俺達を襲ってきたんだ……っ!!」
引きつるような悲鳴を上げ、転がるように男はジュードの腕を振り切り走り去っていく。
「こいつらはここで俺たちが食い止めるから皆は家へ! 家の外へ出ちゃダメだよ! 大丈夫、俺達が守るから落ち着いて!!」
ジュードが声を張り上げ、逃げ出してきた男達へと声を掛ける。その時、ガラスの割れる派手な音が二人の耳にも届いた。
「こいつぁ非常事態じゃあないか」
「エルフが襲うって……エアさん、急ごう!」
二人は割れた音のした西側へと走った。
アリアはエステルからの連絡に「わかったわ」と短く返答すると通信を切った。
正面玄関から堂々とノックをして扉を開け、プロイス邸へと入っていたアリアはその“何もない空間”を再度見回す。
普通なら、あるはずの調度品も壁に掛けられていたと思われる絵画も、天井から吊されていたはずのシャンデリアも無く、がらんどうの玄関ホールにアリアは立っていた。
頼りなく揺れるランタンの灯りだけを頼りに、アリアは屋敷の奥へと足を進めた。
●
「……何だ、これは」
ルイトガルトが剣機の背後から刀を突き刺し、その後頚部に5cm四方ほどの黒い石が埋め込まれているのを見つけ、刀を引き抜くと同時に銃床でそこを叩き砕いた。
それは剣機が塵へ還ると同時に石も消失するのを見て、他の剣機にも目を向ける。
そのルイトガルトの目の前を氷の蛇が駆け抜け剣機の腕に噛みつき、周囲に敵だけを穿つ銀の雨が降る。
「……予想以上に最悪だ」
「遅くなってゴメン」
「ルールー、ハーティ!」
エアルドフリスとジュードもまた窓から工場内へ入ると、中と外の混乱を見たエアルドフリスが青灰の瞳を眇めた。
「あのでっかい扉は開かないの?」
「わからん。そもそも人が多くて近づけん」
ジュードの問いにリロードしながらコーネリアが答える。
「この剣機変なんだ! 俺達を相手にするより、人を殺す方を優先しやがる」
枢の言葉にエアルドフリスが片眉を跳ね上げる。
「……命令が徹底されているのか」
「こっちは私と枢、ルイトガルトで何とかなる。だが、奥が手付かずだ。ケヴィンもそっちにいるかもしれん」
「わかった、行こうエアさん」
コーネリアの声にジュードとエアルドフリスは頷くと、工場の奥へと駆け出した。
「僕はコッチ。みんな癒やすカラネ!」
剣機に傷付けられた人々をアルヴィンは癒やし、冷静さを取り戻した人から、通用口ではなく窓から逃げる様に誘導していく。
奥にも二体一対となった剣機達が逃げ遅れた人々を傷付けていた。
その負のマテリアルの矢を撃たせまいと、ジュードが青霜で一体の動きを凍り付かせつつ、更に奥へと走る。
工場の最奥、そこは木箱が置かれ、他より床が一段高くなっている。
その端で、数人の男達を背に庇いながら剣を振るっている真っ青なマントに豪奢な全身鎧姿の30代ぐらいと思われる男がいた。
「……あれ、かな、ケヴィンって」
「過去に執着する者は居なくならんなぁ」
こんな状況でなければもうちょっと微笑ましく見守ることも出来たかも知れなかったが、今は少しの時間も惜しい。
ジュードとエアルドフリスは頷き合うとケヴィンと思われる男を襲っている剣機二体へと襲いかかった。
「こちらへ! 足元に気を付けて」
エステルと劉は逃げ出す人々に声を掛けながら、ようやく工場へと辿り着いた。
自警団に避難や対応、治療の協力を要請し、また上空に再びリンドヴルムの影が見えないか確認しながら駆けてきた二人は、窓から列をなして逃げ出してくる人々を見て、その窓へと近寄る。
だが、途切れることの無い人の列に二人は反対側へと周り、新たに窓を叩き割って中へと入った。
「エステル! 厳靖さん!」
二人の姿を見て、枢が嬉しそうに声を上げた。
「手伝ってくれ! 蝙蝠が」
剣機は何とか倒せたものの、たらふく人の血を飲んだ蝙蝠達が天井に開いた穴から外へと出ようと舞い上がるのを、ルイトガルトとコーネリアの銃撃と枢の広角投射で抑えていたところだった。
「何だ? 蝙蝠??? もう逃げ出したら追わずにいてもいいんじゃ……」
「追わずどうする? 追跡する術があるのならいいが、そうじゃないだろう!?」
稲妻の如き閃光がコーネリアから迸る。
「へいへい……じゃぁちょっとやってみますか」
体内のマテリアルを燃やした劉が機械の上に登りヴァルプリスを大きく振り上げると
「っうわ!?」
劉目がけて20体弱の蝙蝠が一斉にまとわりついた。
「やった! 厳靖さん流石!」
「動くなよ、誤射しても責任は取らんぞ」
「痛い! イタタタタっ! 蝙蝠の牙と爪、地味にシャレにならな、イタッ!」
「厳靖さん、頑張って下さい!」
「っく。的が小さくて当たりにくいな」
「こわっ! 待って、俺ごと切るなよっ!?」
「動くな、斬るぞ!」
「どうしよう……ブリザードで一気に纏めて……」
「待って、エステルちゃん待って?! それ俺も巻き込まれるからやーめーてぇー!!」
「大丈夫ダヨ! ちゃんと死ぬ前に僕が回復シテあげるカラ!」
「それ全然大丈夫じゃねぇっ!!」
●
アリアが工場に着いた時、既に工場内にはがんじがらめにされ床に転がされたケヴィンと8人のハンターしかいなかった。
「遅くなりました」
「アリアさん……! 無事で良かったです」
エステルの安堵した微笑みに目を伏せながら詫びると、ケヴィンの前に膝を付いてしゃがみ込み、視線を合わせた。
「あなたが、ケヴィン・プロイスで間違いない?」
「……あぁ」
「あなたの自宅と思われる屋敷に行ってきたわ」
ぎくり、とケヴィンの表情がこわばった。
「この工場の経営難に伴い、あの屋敷も既に抵当に入っているわね?」
アリアの言葉に一同が驚いてケヴィンを見る。
「屋敷の中には調度品の類いはもうほとんど残ってなかった。そして書斎の机の引き出しには、借用書が詰め込まれていたわ」
ケヴィンの顔がガクリと項垂れる。
「それから一番奥の浴室、あそこで人を殺したわね」
「!?」
「何だって!?」
ハンター達が一斉にどよめき、ケヴィンを見るが、ケヴィンは目を真ん丸に見開いて首を横に振って否定した。
「な、何の事だ……!? そんなことするわけがないっ!」
アリアが見た浴室は一面血で染まっていた。遺体こそなかったが、落ちていた髪の毛などから複数人がその場で殺されたことは間違いない。そうアリアは確信していた。
「では、あなたの家にいた使用人達はどうしたの?」
「彼らには……ママンが暇を出した」
“ママン”という言葉に幾人かが身悶えたが、アリアはそれを視線だけで封じさせた。
「去るとこを見たの?」
「いや……」
「……浴室には酷い負のマテリアルの残滓が澱んでいたわ。あなた、最近家に帰った?」
ゴクリと生唾を飲み込み、ケヴィンは小さく首を横に振った。
「そうよね。少なくとも覚醒者ならあの負のマテリアルに気付かないはずがないもの……この暴動を起こそうと最初に思いついたのは、あなた?」
「……いや……で、でも、ママンが言ったんだ! プロイス家は代々正しいことをして騎士の称号を頂いてきた家柄だから、自分の正義に従って生きなければならないって……!」
その言葉にアリアは溜息を吐いて首を振って一同を見た。
「恐らく、彼の母親が全ての引き金。剣機とどんな取引をしたのかわからないけど……エルフに見立てた剣機に襲わせてエルフへの悪感情を煽り、死体の山を築くのが目的だった可能性があるわ」
アリアの言葉に一同は静まり返った。
「歪虚め……」
ギリリとコーネリアがその拳を強く握る横で、ルイトガルトはあまりにお粗末な“革命ごっこ”の顛末に溜息を吐いた。
だが、まだ終わっていない。
剣機が絡み、糸を引いた者が野放しなのだ。
一気に場の温度が下がった気がして枢は思わず身震いした。
外は凍てつくような冬の風が吹き荒び、白い月が煌々と町を帝都を照らしていた。
アリア・セリウス(ka6424)は知っていた。
明日の来ない夜があることを。
死という無明の闇は音もなく忍び寄り、破滅へと誘うことを。
(ええ、知っているわ、抗う力を持たない人々のことを)
だからこそ刃に誓った。『闇を切り払う月光として』誰の夢を成す剣としてあることを。
アリアが陽も沈もうという頃に辿り着いたこの町は、陽が落ちれば月と家々の窓から溢れる暖かな明かり以外に光源も無いような暗い町だった。
ゆえに、異様だとアリアは思った。
「誰もいないの……?」
それとなく町で聞き込んだ話では幾人かの使用人を抱えている元貴族の立派なお屋敷、とのことだった。
だが、豪邸とも言えるプロイス家からは、灯り一つ灯らず、人の気配がまるでしない。
どこかの木に鴉の巣があるのか。時折鳴き声が聞こえるのが更に不気味さを助長する。
軽く押した門は錆びついているのか、軋んだ音を立てながらゆるりと開いた。
暫し思案した後、アリアは愛馬を傍の茂みへと隠し、単身屋敷の中へと侵入した。
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は耳を隠して陽が沈む前に町に入ると、町に唯一の宿兼酒場で“修行中の聖職者”として帝国各地を行脚しているのだと騙り情報収集に努めていた。
女将の話しではこの町はそこそこにエルフハイムに近いこともあり、森を出たエルフ達が立ち寄ることも多かったらしい。
「軍とエルフがやたら最近睨み合ってるって言うじゃ無いか。ホント、皇帝陛下は何をやっているんだか……ここだけの話しだけどね。ここ一番の金持ちの坊ちゃんが、“エルフを救う”なんて運動始めちまってるんで、お客さんも巻き込まれる前に早く他の町に行った方がいいよ」
「エルフを救う、ネェ」
注文したブドウジュースとチーズを置き、言うだけ言って去って行った女将の後ろ姿に、ぽつりとアルヴィンは呟いた。
「助けてクレと頼んだ覚えは無いのダケレドも、ヒトは面白いモノダネ?」
一切れチーズを指で摘んで頬張ると、自身がエルフである事はあまり公にしない方が良さそうだと指を舐めながら結論を出した。
「……そうですか、わかりました。私達ももうすぐそちらへ向かいます」
「なんだって?」
アルヴィンとの通話を切ったエステル・クレティエ(ka3783)へ劉 厳靖(ka4574)が問う。
「宿泊客、私達しかいないらしいので、下手に酒場に入り浸るよりは後ほど部屋に集合した方がいいだろうとの事でした」
「っかー。酒場が一件しか無いとかしけてんなぁ」
「でも情報交換はしやすくなりますから。……自警団の人達が親切な人達でよかったですね」
町に着き、最初に見つけたのが自警団の詰所だったので宿屋の場所を訊ねるついでにこの町についての情報収集も済ませた二人だった。
「しっかし、陽が沈むと本当に真っ暗だな、この町」
陽が落ちてから外灯も無い道には二人以外に人の姿はない。
「代わりに、月明かりが映えますね」
LEDライトで道を照らすエステルの視線を追って見上げれば、膨らみを帯びた月が西の空に見えた。
「……何も起こらなきゃいいんだけどな」
「え?」
劉の呟きは木枯らしに巻き込まれ、エステルの耳に届く事は無かった。
「何か、異様」
「……あぁ」
ジュード・エアハート(ka0410)の呟きに、エアルドフリス(ka1856)も唸るように低く同意する。
メインストリートを越えると本当に点在する住居以外の灯りが無い町で、そんな町の中央にあるとはいえ、その製糸工場だけが煌々と灯りを灯していた。
その不自然な明るさは、中にいる人々の熱量以上の禍々しさを秘めているような気がして、ジュードは柳眉を寄せる。
「暴動とか……え?」
肌が粟立つような不快感にジュードは思わず空を見上げた。
雲のない冬の星空に一際明るい白い月が浮かんでる。
その星が、一瞬影に隠れた。
「リンドヴルム!?」
「工場に向かって……いけない!」
巨大な双頭の竜が脚に掴んでいたコンテナを空中で放す。
コンテナは派手な音を立てて工場の屋根を突き破って落ちた。
リンドヴルムの接近に気付いたのはジュード達だけではなかった。
工場へと向かっていたコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)はその接近に気付くやいなやフロガピレインを構え、引き金を引く。
その銃弾は確かに皮翼を貫いたが、墜落させる程のダメージには至らない。
「エルフが戦いを求めてる、ね……随分と乗じたもんだ」
工場付近に廃小屋や空井戸が無いか調べていた央崎 枢(ka5153)もリンドヴルムの接近に気付き、直ぐ様工場へと龍雲を走らせた。
そして最も工場に近いところにいたルイトガルト・レーデル(ka6356)はコンテナが墜落した直後に、通用口から中へと飛び込んだ。
しかし工場内は既に阿鼻叫喚の渦中にあった。
ほぼ工場中央に落ちて壊れたコンテナからは剣機ゾンビ――何故かその全てが一目で“エルフ”だとわかる尖った耳をしている――が這いだし、一足先に飛び出した吸血蝙蝠達が周囲の一般人を襲っている。
コンテナの下敷きになって絶命している者、息がある者、彼らを見て腰を抜かしている者、何が起こったのか理解が追いつかず呆然としている者……そんな中、通用口を開け入ってきたルイトガルトを見た者は、悲鳴を上げると一斉に通用口を目がけて走り寄ってきた。
「ぐっ!」
ルイトガルトはその人波に逆らうように、縫うように工場内へと歩を進め、飛び掛かって来た蝙蝠をディモルダクスで斬り伏せた。
先に町に入っている仲間や別の場所をさらっている仲間に応援を要請したかったが、生憎と連絡道具を持ち合わせていない。
リンドヴルムか、この騒ぎに気付いて駆けつけてくれる事を信じ、武器を構えるしか無かった。
●
コーネリアと枢が、工場の通用口前に来たときには、既に逃げ出そうとする人達で出入口は酷い有様だった。
声を掛けようにも、ここまでパニックを起こしていると多勢に無勢で聞く耳すら持って貰えない。
「一体中で何が……!?」
「うーん、通用口カラは入れそうにないネ」
工場を見ておこうと近くまで来ていたアルヴィンもまた、二人に追いつくと周囲を見回し、浄化とパニックの解除を試みるが負のマテリアル由来の混乱では無い為人々のパニックは収まらなかった。
混乱が続く通用口、その横の鉄の扉は巨大で、この暗がりの中では外からどうやって開けるのかコーネリアには仕組みがわからない。
「コーネリアさん、こっち!」
枢はコーネリアを呼び寄せ、西側へ回り込むとガラス窓を叩き割った。
そして隙間からスローイングカードを投げ込むと、ガラスをかち割りながらチェイシングスローで一気に内部へと侵入した。
(困る。本当に困るのだ)
銀の髪をなびかせ剣を振るいながらルイトガルトは眉間に深々と溝を刻んでいた。
(革命を起こして、それからどうする? 群雄割拠か? 衆愚政治か?)
恐怖に腰が抜けた男に向かって吸血蝙蝠達が一気に集っていく。それを剣で振り払い、後ろ手に庇う。
(所詮は無能の為す事とは言え……この馬鹿踊り、広がりきる前に終幕させねばならないな)
ルイトガルトが背を向けている剣機に向かい、剣を突き立てた。この剣機達は少し変わっていた。その特異性が、更にルイトガルトの眉間のしわを深める。
もとよりゾンビには痛覚が無い。ゆえに痛みで怯むことも、人ならば急所となる部分を破壊してもなかなか活動を停止しない。
だが、ハンターが攻撃をしても無視をして、一般人への攻撃を優先するというその性質。また、二体一組で行動し、片割れが行動不能になると、三位一体となって襲っていく。これらの目的がわからない。わからないから気持ちが悪い。
その時、ガラスの割れる音が周囲に響いた。
更に新手かと忌々しく振り向いたルイトガルトの横に飛び降りてきたのは枢だ。
「え? 何? どういう状況?」
「吸血蝙蝠と剣機ゾンビだ。一般人ばかりを狙っている」
「ケヴィンは?」
枢の後を追って窓から入ってきたコーネリアが蝙蝠を撃ちながら問う。
「わからない。何しろこの状況からスタートだ」
狭くは無い工場内だが、背の高い製糸用の機械が並び、視界は悪い。剣機達に襲われ人々の悲鳴と怒声が響き続け、それが更に混乱と恐慌の呼び水となっている。顔も知らぬケヴィンがどさくさに紛れて外に出たのか、それともまだこの中にいるのか。生きているのか死んでいるのかすらわからない。
内部からみた通用口付近は外から見ていた時よりも悲惨だった。パニックを起こした人々は通用口に殺到し、我先にと押し合いへし合い奪い合い割り混み合うという状態。何しろその背後から剣機達が迫っているのだから、無理も無い。
「マズは、剣機を倒してカラ、カナ?」
アルヴィンがヒーリングスフィアで周囲の一般人ごと癒やす。枢がガラティンを構え、剣機へと向かう。それに頷き、ルイトガルトも同じ個体へと一気に間合いを詰めて貫く。コーネリアもまた真紅のコートを翻し弾丸の雨を降らせると、人々に群がる剣機達を狙い撃った。
「責任者は? 中?」
「落ち着いて、我々はハンターだ」
工場の外へと逃げ出してきた男を捕まえてジュードとエアルドフリスが問う。
「し、知らない……! と、突然、え、エルフが、俺達を襲ってきたんだ……っ!!」
引きつるような悲鳴を上げ、転がるように男はジュードの腕を振り切り走り去っていく。
「こいつらはここで俺たちが食い止めるから皆は家へ! 家の外へ出ちゃダメだよ! 大丈夫、俺達が守るから落ち着いて!!」
ジュードが声を張り上げ、逃げ出してきた男達へと声を掛ける。その時、ガラスの割れる派手な音が二人の耳にも届いた。
「こいつぁ非常事態じゃあないか」
「エルフが襲うって……エアさん、急ごう!」
二人は割れた音のした西側へと走った。
アリアはエステルからの連絡に「わかったわ」と短く返答すると通信を切った。
正面玄関から堂々とノックをして扉を開け、プロイス邸へと入っていたアリアはその“何もない空間”を再度見回す。
普通なら、あるはずの調度品も壁に掛けられていたと思われる絵画も、天井から吊されていたはずのシャンデリアも無く、がらんどうの玄関ホールにアリアは立っていた。
頼りなく揺れるランタンの灯りだけを頼りに、アリアは屋敷の奥へと足を進めた。
●
「……何だ、これは」
ルイトガルトが剣機の背後から刀を突き刺し、その後頚部に5cm四方ほどの黒い石が埋め込まれているのを見つけ、刀を引き抜くと同時に銃床でそこを叩き砕いた。
それは剣機が塵へ還ると同時に石も消失するのを見て、他の剣機にも目を向ける。
そのルイトガルトの目の前を氷の蛇が駆け抜け剣機の腕に噛みつき、周囲に敵だけを穿つ銀の雨が降る。
「……予想以上に最悪だ」
「遅くなってゴメン」
「ルールー、ハーティ!」
エアルドフリスとジュードもまた窓から工場内へ入ると、中と外の混乱を見たエアルドフリスが青灰の瞳を眇めた。
「あのでっかい扉は開かないの?」
「わからん。そもそも人が多くて近づけん」
ジュードの問いにリロードしながらコーネリアが答える。
「この剣機変なんだ! 俺達を相手にするより、人を殺す方を優先しやがる」
枢の言葉にエアルドフリスが片眉を跳ね上げる。
「……命令が徹底されているのか」
「こっちは私と枢、ルイトガルトで何とかなる。だが、奥が手付かずだ。ケヴィンもそっちにいるかもしれん」
「わかった、行こうエアさん」
コーネリアの声にジュードとエアルドフリスは頷くと、工場の奥へと駆け出した。
「僕はコッチ。みんな癒やすカラネ!」
剣機に傷付けられた人々をアルヴィンは癒やし、冷静さを取り戻した人から、通用口ではなく窓から逃げる様に誘導していく。
奥にも二体一対となった剣機達が逃げ遅れた人々を傷付けていた。
その負のマテリアルの矢を撃たせまいと、ジュードが青霜で一体の動きを凍り付かせつつ、更に奥へと走る。
工場の最奥、そこは木箱が置かれ、他より床が一段高くなっている。
その端で、数人の男達を背に庇いながら剣を振るっている真っ青なマントに豪奢な全身鎧姿の30代ぐらいと思われる男がいた。
「……あれ、かな、ケヴィンって」
「過去に執着する者は居なくならんなぁ」
こんな状況でなければもうちょっと微笑ましく見守ることも出来たかも知れなかったが、今は少しの時間も惜しい。
ジュードとエアルドフリスは頷き合うとケヴィンと思われる男を襲っている剣機二体へと襲いかかった。
「こちらへ! 足元に気を付けて」
エステルと劉は逃げ出す人々に声を掛けながら、ようやく工場へと辿り着いた。
自警団に避難や対応、治療の協力を要請し、また上空に再びリンドヴルムの影が見えないか確認しながら駆けてきた二人は、窓から列をなして逃げ出してくる人々を見て、その窓へと近寄る。
だが、途切れることの無い人の列に二人は反対側へと周り、新たに窓を叩き割って中へと入った。
「エステル! 厳靖さん!」
二人の姿を見て、枢が嬉しそうに声を上げた。
「手伝ってくれ! 蝙蝠が」
剣機は何とか倒せたものの、たらふく人の血を飲んだ蝙蝠達が天井に開いた穴から外へと出ようと舞い上がるのを、ルイトガルトとコーネリアの銃撃と枢の広角投射で抑えていたところだった。
「何だ? 蝙蝠??? もう逃げ出したら追わずにいてもいいんじゃ……」
「追わずどうする? 追跡する術があるのならいいが、そうじゃないだろう!?」
稲妻の如き閃光がコーネリアから迸る。
「へいへい……じゃぁちょっとやってみますか」
体内のマテリアルを燃やした劉が機械の上に登りヴァルプリスを大きく振り上げると
「っうわ!?」
劉目がけて20体弱の蝙蝠が一斉にまとわりついた。
「やった! 厳靖さん流石!」
「動くなよ、誤射しても責任は取らんぞ」
「痛い! イタタタタっ! 蝙蝠の牙と爪、地味にシャレにならな、イタッ!」
「厳靖さん、頑張って下さい!」
「っく。的が小さくて当たりにくいな」
「こわっ! 待って、俺ごと切るなよっ!?」
「動くな、斬るぞ!」
「どうしよう……ブリザードで一気に纏めて……」
「待って、エステルちゃん待って?! それ俺も巻き込まれるからやーめーてぇー!!」
「大丈夫ダヨ! ちゃんと死ぬ前に僕が回復シテあげるカラ!」
「それ全然大丈夫じゃねぇっ!!」
●
アリアが工場に着いた時、既に工場内にはがんじがらめにされ床に転がされたケヴィンと8人のハンターしかいなかった。
「遅くなりました」
「アリアさん……! 無事で良かったです」
エステルの安堵した微笑みに目を伏せながら詫びると、ケヴィンの前に膝を付いてしゃがみ込み、視線を合わせた。
「あなたが、ケヴィン・プロイスで間違いない?」
「……あぁ」
「あなたの自宅と思われる屋敷に行ってきたわ」
ぎくり、とケヴィンの表情がこわばった。
「この工場の経営難に伴い、あの屋敷も既に抵当に入っているわね?」
アリアの言葉に一同が驚いてケヴィンを見る。
「屋敷の中には調度品の類いはもうほとんど残ってなかった。そして書斎の机の引き出しには、借用書が詰め込まれていたわ」
ケヴィンの顔がガクリと項垂れる。
「それから一番奥の浴室、あそこで人を殺したわね」
「!?」
「何だって!?」
ハンター達が一斉にどよめき、ケヴィンを見るが、ケヴィンは目を真ん丸に見開いて首を横に振って否定した。
「な、何の事だ……!? そんなことするわけがないっ!」
アリアが見た浴室は一面血で染まっていた。遺体こそなかったが、落ちていた髪の毛などから複数人がその場で殺されたことは間違いない。そうアリアは確信していた。
「では、あなたの家にいた使用人達はどうしたの?」
「彼らには……ママンが暇を出した」
“ママン”という言葉に幾人かが身悶えたが、アリアはそれを視線だけで封じさせた。
「去るとこを見たの?」
「いや……」
「……浴室には酷い負のマテリアルの残滓が澱んでいたわ。あなた、最近家に帰った?」
ゴクリと生唾を飲み込み、ケヴィンは小さく首を横に振った。
「そうよね。少なくとも覚醒者ならあの負のマテリアルに気付かないはずがないもの……この暴動を起こそうと最初に思いついたのは、あなた?」
「……いや……で、でも、ママンが言ったんだ! プロイス家は代々正しいことをして騎士の称号を頂いてきた家柄だから、自分の正義に従って生きなければならないって……!」
その言葉にアリアは溜息を吐いて首を振って一同を見た。
「恐らく、彼の母親が全ての引き金。剣機とどんな取引をしたのかわからないけど……エルフに見立てた剣機に襲わせてエルフへの悪感情を煽り、死体の山を築くのが目的だった可能性があるわ」
アリアの言葉に一同は静まり返った。
「歪虚め……」
ギリリとコーネリアがその拳を強く握る横で、ルイトガルトはあまりにお粗末な“革命ごっこ”の顛末に溜息を吐いた。
だが、まだ終わっていない。
剣機が絡み、糸を引いた者が野放しなのだ。
一気に場の温度が下がった気がして枢は思わず身震いした。
外は凍てつくような冬の風が吹き荒び、白い月が煌々と町を帝都を照らしていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
質問卓 ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/12/05 01:23:11 |
|
![]() |
相談卓 ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/12/05 18:50:17 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/12/02 20:48:01 |