Old man was said

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
4日
締切
2016/12/10 07:30
完成日
2016/12/22 03:02

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 街道傍にある、平原。晴天の下に、幾つか天幕が並んでいる。それは、とある隊商が仮の塒として建てた物だった。
 寄り添う天幕の内、他の物と比べて、造りがやたら原始的な物がある。
 その天幕の中には、三人の男が屯していた。
「勿論、護衛の依頼をまっとうするに不服はないが──」
 そう口を開いたのは、三人の内が一人、バリー=ランズダウン。その傍らで、天幕の内に漂う香の匂いに辟易した表情を浮かべているのは、キャロル=クルックシャンクだ。
「──本当に、当てになるのか?」
 そして、訝しむ顔をしながらバリーが問いを向けた、褐色の肌持つ一人の老人──彼が、三人目だ。
 香を焚く火の前に座すその老人は、ゆらゆらと揺れる焚火から、徐に視線を上げた。
「……当て、とは?」
 発した語調は問いの体裁を取ってはいたものの、バリーを見据える鳶色の瞳は、何もかもを見透かしているようでもあった。
「この隊商が、この先で盗賊に襲われるっていう、おたくの憶測が、だ。──ここいらは、クリーンな道だと聞いていたんだがね」
「──憶測ではない。星がそう囁いたのだ」
 碧眼で以って見返すバリーの応答に、老人は緩やかに首を振った。
「ああ、そうだったな、爺さん。けどな、星占いなんざ知らねえよ。こっちは算盤弾いて出した答えを聞かなけりゃ納得できねぇって言ってんだ」
 その緩慢な所作を見て、焚香の匂いに苛立ち募らせていたキャロルが、老人に喰って掛かる。「……算盤弾いて動いた事があるのか?」というバリーの呟きに取り合う気はないらしい。
「勘違いしておるな、渡り人よ」
 老人は言った。
「儂は、星に問うただけだ。そして、星が応えただけだ」
「話にならねぇ……」「お主に聞く耳の持ち合わせないからだろうて」
「この隊商はおたくの言葉を鵜呑みにして正式にハンターを雇ったらしいが、生憎俺達は、おたくの言う通り余所者だ。こっちの風習には少しばかり付いて行けない時もある。根拠もなしに、余計に神経張り詰めて旅はしたくないのさ」
 老人が、ただの吐息と聞き違えそうな笑声を漏らす。
「根拠を示せと言うか……。はてさて、難儀な事を」
「難しいのか?」「そうさの。何故林檎は赤いのか、それを説けと言うとるようなもんだ」
 ふむぅ、と焚火を見詰め思慮に耽る老人。やがて彼は顔を上げると、
「──では、渡り人よ。代わりにお主らの星の巡りを示して、それを根拠とするというのはどうか」
「それはつまり、俺達を、その、占うってわけか?」
「まぁ、その解釈で納得し易いのなら、それで良い」
 老人は眉を竦めてみせると、天幕の天井へと鳶色の視線を向ける。
「……何やってんだ、爺さん」
「星を視ておる」
「……外は馬鹿が付くほどのカンカン照りだ。星なんざ見えてたまっかよ」
「それはお主が、目蓋を開いておらんからだ」
 老人は、やはり天井に眼を釘付けにしたまま応える。その眼は、天井を見ているようで、何も視ておらず。何も視ていないようで、全てを観ているかのようだ。
 やがて、老人は言った。
「……蛇、か」
 それを聞くや、キャロルは鼻で哂ってみせた。
「……バッカばかしい。さんざ勿体付けておいて、初めに言う事がそれかよ。そこいらのガキでも、それっくらいのハッタリはかますだろうぜ」
 だが、老人は構わずに、また口を開く。
「……報復、か──」
「「ッ…………」」
 風音のように微かな老人の囁きに、キャロルとバリーは身を強張らせた。
 天井を見据えていた両眼を下げ、老人は二人をその瞳に映しながら続けて言った。
「──それとも、復讐か……?」
 薪が、爆ぜる──。
「知った風な口利いてんなよ、……爺さん」
 老人を睨み付けるキャロルの瞳の中で焔が揺らめく。そこに宿る険は、最早照星を覗く時のそれと変わりなかった。
「星が、そう応えたのだ。お主らの星が、な」
 反面、その視線に晒された老人の瞳に映る火は、静かに凪いでいる。
「お主らの星は、もう一つ、別の星と繋がっておる。酷く深く、な。これまで視て来た中でも一等昏い、凶つ星だ。熱く、それでいて凍えた……まるで、熱毒孕む蛇の膚のような」
「……御老体、回りくどい冗談は好かないぜ。誰しもそうだろうが、今の俺達は尚更な」
 静かな口調を保ち、口を挟むバリー。だが、その声に含まれた低い響きまでは隠せない。
 老人は言った。
「……お主らはまるで、風切り羽根を失くした鷹と鷲のようだ。──蛇に喰い千切られたか、それとも自ずと噛み千切ったか」
「……黙れよ」
「復讐は、何も生み出さんとは言わん。それで開ける道というのも、ままあるだろうて。……だが一度道を違えれば、そこに広がっておるのは奈落の深淵。そういう修羅の通り道だ」
「黙ってろよ、爺さん……!」
 とうとう耐え兼ねたキャロルが、老人の胸倉を掴み上げた。
「──御老体」彼を諌めようともせず、その背後に立つバリーが、眼光を老人に突き刺す。
「……俺達が望んでるのは、報復(avenge)でも復讐(revenge)でもない。ただ……、ただケジメってやつをツケに行くだけだ」
 老人は言った。鳶色の瞳で以って、しかと二人を見据えながら。
「……星は、いや──お主らの眼は、そうは言っておらんよ」
「ッ──」
 その言葉に、更に何事か口にしかけたキャロルは、しかし──
 なぁう──。
「ハンターの人達が到着したらしいけど、どう、す……どうしたの?」
 猫の鳴声と、それに遅れ、垂れ幕を捲りながら天幕の内に入って来たラウラ=フアネーレの声を聞くや、吐き出しかけた言葉を呑み込んだ。
「……なんでもねえよ」
 老人の胸倉から手を離して立ち上がったキャロルは「なんでもないってことは──」と立ち塞がるラウラを押し退け、天幕の外へと出て行った。
「バリー、なにが──」「すまないなラウラ、わざわざ伝言させて」
 続いてバリーも、いつになく物言わせない態度でそう告げると、キャロルの後を追った。彼らが出て行った垂れ幕を、揺れる眼差しで見遣ったラウラは、はっとして老人の方を振り返った。
「ごめんなさい、おじいさま」
「いや構わんよ、お嬢ちゃん。儂も少々口が過ぎ──」
 老人の胸元、着衣の乱れを直そうとする少女──その緑眼を見た老人は、鳶色の眼を見張る。
 老人は、言った。
「……蛇よ、この獅子の魂持つ子兎までも呑み込もうというか」
 初めて、動揺を孕んだ声音で以って。
「蛇?」首を傾げるラウラに、我に返った老人は、次の瞬間に茫洋とした笑みを浮かべていた。
「いやなに、独り言だて。どうにも、老いると多くなっていかんの」
「……ふぅん、そ」
 納得したのかしてないのか、なにやら曖昧に頷くと、ラウラは「じゃ、わたしも行くね」と黒猫と共に天幕を飛び出して行った。
 それを見送った老人は、ふと独りごちる。
 ──星の巡りは変えられぬ。だがせめて、明け星よせめて、あの光を見放してくれるな。

リプレイ本文

 天幕の並ぶ仮宿場、その中心地に集うハンター達。その内の一人、積まれた木箱に背を預けた青年──カッツ・ランツクネヒト(ka5177)は、歩み寄るキャロルとバリーに気付くや手を挙げて迎える。
「よ、旦那がた。しばらくぶり」
「……しばらく顔見ねえと思ったら、くたばったんじゃなかったんだな」
 それを見たキャロルが、鼻を鳴らして応じる。
「ご覧の通りさ、お蔭様でピンシャンしてる。──そういう旦那は、妙に湿気た顔してどうしちまったよ?」
「……無駄口叩いてねぇで、仕度しろ。じきにここ畳んで発つんだからよ」
 掌を振りながら、脇を過ぎるキャロル。カッツは、その背に訝しんだ視線を送る。常からそう愛想の良い男ではなかったが、果たして彼は、他愛のない冗句にまですげない態度を取る性質だっただろうか。
「ま、今回もよろしく頼む」
 バリーもまた、一言だけ残してキャロルの後へと続く。相棒の態度を、なんら弁解する事もないままに。
 カッツは肩を竦め、遠退く二人の背を見送った。
「……そりゃま、色々あるよな」
 
「あら、ラウラ。お疲れさま、御二人ならさきほど──どうかしたの?」
 ワンピースドレスのスカートに皴が寄らないよう、淑やかに木箱の上へ腰掛けた女性──ユリシウス(ka5002)は、黒猫を後ろに連れながら、伝言役を務めて戻って来たラウラを見咎めるや、その浮かない顔を覗き込んだ。
「そう言えば、あの御二人の様子も変でしたね。何かあったのかしら」
 箱型馬車のハーネスを白馬と黒馬に取り付けている二人を見遣って、彼女は顎に手を添える。とその傍らで、ラウラが「……わかんない」と呟きを漏らした。
「わかんないけど、二人とも、恐い顔、してた……」
「ラウラ?」俯く少女に視線を戻すユリシウス。
「前にもあったの……、二人があんな顔したこと。──けど、なんにも言わない。わたしには、なんにも教えてくれない……」
 消え入りそうな声で呟く、ラウラ。
 にゃあ。その足下で尻尾を揺らしていたルーナが、ふと鳴声を上げた。その蒼月の瞳は、ラウラではなく、ユリシウスを見詰めている。それを悟ったユリシウスは、黒猫に微笑み返すと、木箱から立ち上がってラウラの傍に歩み寄った。
 姿勢を下げ、優し気な微笑を口許に湛えながら、揺れるエメラルドグリーンの瞳に、同じ色合いを宿した瞳を合わせる。
「ほぅら、そんな顔してると、折角の可愛い顔が台無しよ?」
 と不意に、ユリシウスはラウラの両頬を優しく摘んだ。
「ひゃ、ひゃにひゅるひょ……?」
 頬を摘ままれたまま、困惑の声を上げるラウラ。ユリシウスは、また彼女に微笑み掛けると、頬から指を離して、柔らかな赤毛の髪を生やす小さな頭を抱き寄せた。
「お、おねえさん……?」
 ユリシウスは、益々声に困惑の調を宿らせるラウラの耳元に唇を寄せる。
「貴女がそんな顔をしていたら、わたくしまで悲しくなるわ。ですから何かあったら、迷わずわたくし達を頼って頂戴な」
 言葉を終えると、小さい肩に手を添えてラウラを胸から離し、悪戯気な浮かべてみせた。
「そうしないと、もう一度おしおきよ?」
 それを見たラウラは、「──う、うん」一瞬呆気に取られた表情を浮かべたものの、段々と顔を綻ばせる。
「うん、わかった。ありがと、おねえさん♪」
 彼女はユリシウスに礼を告げると、「ちょっと、わたし馬車の準備手伝ってくるね」キャロル達の方へと駆けて行った。
 なぁう。足許から聞こえたルーナの鳴声に「あら」と微笑み返す、ユリシウス。
「どういたしまして」
 淑女の微笑に、黒猫はすまし顔で尻尾を揺らしてみせた。


「──お主も儂の言葉を疑っておる手合いか、渡り人よ」
 老人は火の前に座しながら、今しがた垂れ幕を開いて天幕の中へ訪れて来た女──フォークス(ka0570)へと語り掛けた。
「……ま、そんなトコさ」
 機先を制される形になったフォークスは、頬を掻きながら応じる。
「なんせ、星占いなんぞに縁がなかったもんデネ。お星サマのお告げとやらに耳傾けて万事上手く行くんなら、世の中苦労はしないよ」
 そうじゃないかい、ジイさん? と首を傾がすフォークス。対する老人は、そこでようやく目前の火から視線を上げて、彼女を見遣った。
 老人は言った。
「──これまでに、一度でも人の言葉へ耳を傾けた事があるかのような口振りだ」
「……吹くじゃないか、ジジィ。なら言ってみなよ。なにがわかるってんだぃ、アンタにさ」
 フォークスは、その場に膝を曲げてしゃがみ込み、緑眼で以って鳶色の瞳を睨む。
 狭間で燃える焚香の火が、双方の瞳に映り込む。
 老人は言った。
「……まるで、犬のようだ」
 それを聞いたフォークスは、「なにを今更」と嘲笑を浮かべる。
「犬っころ(war dog)──その手の言葉は聞き飽きたよ」
 嘲笑──自嘲の調を含んだ笑みを浮かべるフォークスに、「違う」と老人は返した。
 そして、老人は言った。
「お主は、狼に成り切れなかった犬。いつまでも同じ所を只管に回り続ける、尾の千切れた犬。……失くした尾を探しても、辿り着く事はない」
 舌打ち、一つ。
「……別にあたいは、死に場所探してるわけじゃないよ」
 それまで、口許に貼り付いていた歪みが失せる。
「そうだろうとも。お主は何より生にしがみ付いて来た。だがそもそも──、本当の生を歩んでおらん者に、本当の死はやって来ない」
「本当? なんだいソリャ。あんたにゃワカンのかい、そのホントウってのが」
 鼻で哂うフォークスに、老人はゆるりと首を横に振った。
「わからぬ……、誰しも。それをわかろうと足掻く道が、本当の生だからだ」
 舌打ちが、また──一つ。
「……話になんないよ」「だからそう言った」
「その回りくどい御託聞かされんのは、もぅ沢山だ」
 垂れ布を捲り、天幕の外へと出る、フォークス。その背に向けて、老人は言った。
「──塞がった手で、耳を塞ぐ事はできんよ」

「よ、噂の爺さまはどう──」
 リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は、老人が居座る天幕へ向かう道すがら、天幕から顔を出したフォークスを見咎め声を掛けようとしたものの、今にも手近な物を蹴り飛ばさんといった剣幕で「Old Fart !!」と叫ぶ彼女に、上げかけた手を下ろした。
 遠ざかるフォークスを見送って、リカルドは肩を竦める。
「……ま、とんでもない御仁だって事は確からしい」
 そう言いながらも、彼は何ら躊躇する事はなく、さも気楽そうに天幕の垂れ布を捲った。
「おーい、爺さんよ。そろそろ、ここ発つって話だぜ?」
 垂れ幕を潜り、天幕の内に居る老人へ呼び掛ける。
「この天幕、全部こっちで片してやるから、外出ててくれないか?」
「ふぅむ、すまんな。今出ると──」
 リカルドの声に顔を上げた老人は、彼の顔を見るや、僅かの間、動きを止めた。
「どしたい、爺さん。俺の顔に何か付いてんのか? これでも職業柄、身なりには気ぃ遣ってんだがね」
「──奇妙な星を持っておるな、渡り人よ」
 軽口を寄越すリカルドを、老人は眉を顰め見詰める。
「奇妙? やめてくれよ。こんなそこいらに転がってるような顔捕まえて」
 勘弁してくれと言わんばかりに手を振る、リカルド。
 しかしそれには取り合わず、老人は言った。
「日蝕、か──」
 真っ直ぐと伸びる一筋の昇煙が、ほんの一間、僅か刹那だけ、その形を歪ませた。 
「──いや、一方が塗り潰されておるわけではない。ここまで二つの星が重なっているのを視るのは、初めての事だ」
「一人合点してんなよ、爺さん。こっちは置いてけぼり喰らって、何の事やらさっぱりだ」
 肩を竦めるリカルドに、老人は片方の眉を竦めてみせた。
「自分で気付いておらんわけはなかろうよ。二つの星は、もう既にどちらがどちらか、見分けの付け難い程に融けておる。……もう、鏡面を覗くのも辛かろう」
「さてね。言ったろ? これでも身だしなみには気ぃ遣ってるって。鏡は毎朝見てるが、俺の朝はすこぶる快調さ」
 碧眼の奥まで視通さんとする鳶色の瞳を受けて、しかしリカルドは、尚も涼やかな笑みを浮かべてみせた。
「……良いのか?」問い掛ける老人に、リカルドは無言のまま肩を竦める。「……ならばこれ以上、何も言うまい」
 そう告げて、老人は立ち上がる。老体にも関わらず、その所作には力強さがあった。
「では、後は頼むぞ、渡り人」
 リカルドの前を通り、天幕の外へと出る老人。それを見送ったリカルドは、ふと呟いた。
「……まったく、驚かされたのはこっちの方だよ」
 ──誰に、向けるともなしに。


 天幕を全て片付け終え、出発した行商。その殿を行くのは、バリーが御者を務める、箱型馬車。
「ねぇねぇねぇ、スピリチュアルなおじいちゃん。先生って呼んでも良いですか!」
 その車内から、轍の音にも勝るかしましい声が漏れる。
「好きにすると良い、渡り人の娘よ」
「あ、またぁ! 私の名前は、宵待 サクラ(ka5561)って、さっき言ったじゃないですか、先生!」
 畳んだ仮宿場を出発してからこれまで、星詠みの老人へ頻りに付き纏っているのは、一人の少女──宵待である。その瞳の輝きを見るに、どうやら彼を慕っているらしい。
「……して、サクラよ。今度は何用だ?」
 やや辟易したような声音で、宵待に応じる老人。
「えっと……、とりあえず握手してください!」「……それはさっき済ませた」
「じゃぁじゃぁじゃぁ、心の眼ってどうやったら開きますか?」「なんだその、心の眼とは……」
 溜息零す老人を他所に、宵待はやおら眼を閉じて、何やら瞑想の真似事を始める。
「うーん……、えーと、この風に漂うしめっとした匂い──」何事か呟き始めたかと思えば、唐突に眼を見開いて「ずばり、夜半に雨がぱらつくでしょう!」
 静まり返る車内。情けとばかりに、「そうか……」と老人は言った。
 その声音から呆れられているのを悟ったのか、宵待は「うぐぐ……」と唸る。
「私もお星さまが視たいんですよぉ。お願いですから、どうすれば心の眼が開くのか教えてくださいよぉ……!」
 老人の服の袖を引っ張り泣き付く、宵待。とその時──

 ────!

 床板を激しく打つ音に「うわわ!?」と宵待は、大きく肩を震わせる。すわ、敵襲かと身構えた彼女が音源を見遣れば、そこに居たのは一匹の黒猫──言わずと知れたキャットクイーン、ルーナであった。その蒼月宿す視線に晒され、宵待はたじたじと身を引く。
「そ、その、ごめんね? 猫ちゃ──うひゃぅっ」
 激しく床を打つ、長くしなやかな尾。再び、びくりと肩を震わせた宵待は、今度こそ深々と、椿の花簪を差した頭を下げる。
「ご、ごめんなさいでしたーっ! どうか、どうかお慈悲を……」
 完璧な、ジャパニーズ・ドゲザスタイルであった。気分はお白洲裁きと言った所だろうか。
 ふにゃりと、恐怖に震える頭の上に置かれる、肉球の温もり。その柔らかな感触を感じ取った宵待は「お、お代官さま……!」と感激に震える声を漏ら、面を上げる。が、そこにルーナの姿はなく、
「おお、助かりましたぞ、魔女殿」
 彼女は、いつの間にやら老人の膝元に腰を下ろしていた。
「せ、先生を椅子代わりに……! 何者なの、この猫ちゃんは……!」
 驚愕に打ち震える、宵待。
「なんだかよくわからないけど、おじいさまはルーナのこと、魔女って呼んで敬ってるの」
 その背に掛かる、ラウラの声。
「うぅ、ルーナって言うんだ、あの猫ちゃ──ううん、猫師匠は」
 先生の先生、だから師匠、という事らしい。
 ともあれ彼女の次の興味は、ラウラの膝の上で丸くなっている虎縞の猫に移ったようだ。うずうずとした様子は、全く隠し切れてはいない。
「ね、ねえ、ラウラちゃん。この猫ちゃんは、なんていう名前なの?」
「この子はねぇ、トードーのとこのネコで、サクラと同じ名前よ」
「私とおんなじ……。そっかぁ、じゃあ君もサクラって言うんだねぇ」
 手を差し出して「よろしくね、サクラ」と宵待が語り掛ける。虎猫は、ふんふんと鼻をヒク付かせたかと思うと、身を起こして、彼女の指先を舐め返した。
「ふわぁ、ラ、ラウラちゃん……! 今この子、指、指ぃ……!?」
「うん、すごく嬉しいっていうのは伝わるから、落ち着いて?」
 感動のあまり言語野に支障を来す宵待を、頷き返しながら宥めるラウラ。彼女は、膝の上の虎猫──桜の背を撫でて「そっちに行ってあげて?」と囁き掛ける。
 桜は、にゃお──と返すと、ラウラの膝から宵待の膝へ飛び移った。
「ふわぁ……!」と、宵待の口から漏れる、感歎の溜息。すると──
「あ、いいないいな! 私も猫さん膝に乗っけたい!」
 そう言って、ラウラの肩越しに、彼女の背後から顔を覗かせたのは、宵待に負けず劣らず活発な印象を見る者に与える少女──レム・フィバート(ka6552)である。
 白いキャスケットの下から垂れ下がる、柔らかなブロンド。「わぷ」顔に掛かったそれを掻き分け、ラウラはレムの顔を非難がましく見上げる。
「レムはさっきまで、サクラのイヌ達と遊んでたでしょ」
 対するレムは、「にししっ♪」と、何処か少年的な笑みを浮かべてみせる。
「イイじゃん、イイじゃん。ほら、ロクロー君も猫と一緒に遊びたいってさ。ねー?」
 レムは、つい先程まで戯れていた柴犬──六郎を抱き抱えて、笑い掛ける。もう一匹の柴犬──九郎はと言えば、我関せずと言った風情で、欠伸を漏らしていた。
「あれ? マックスは何処行ったの?」
 ふと、この馬車に乗り合わせたシェパード犬──マックスの姿が見当たらない事に気付いたラウラは、首を巡らし、彼を探す。と、黒犬は何処か悲し気な表情を浮かべて、馬車の隅に伏せっていた。
「どうしたの、マックス」ラウラが傍に寄ると、パタリと、マックスは尻尾を力なく動かして応じる。それを見遣ったレムが、「ああ、その子なら」と、レムが物言えぬ彼の代わりに口を挟んだ。
「さっきルーナさんと、にゃあにゃあワンワンやってたと思ったら、それからずっとしょげちゃってるんだよ」
 なんでだろね? と首を傾げるレムに、ラウラは悟り切った表情を浮かべて、「ごめんね、マックス」と、シェパードの額を優しく撫でてやった。



 先頭を行く、二頭牽きの幌付き四輪馬車。御者台には、馬の轡に繋いだ手綱を取る若い商人と、もう一人、裾に旅塵を付けたローブを身に纏う者が腰掛けていた。目深に被ったフードに隠れ、その面貌は窺い知れない。
「おーい」轍の進む先に、手を振り上げながら立ち塞がる男が一人。彼の背後には、別に二人の男が立っている。
 手綱を取る御者は彼らを眺め回し、一見するに武装していない事を確認すると、手綱を引いて馬車を停めた。
「どうしたね?」
 御者が尋ねると、道端にある車輪の壊れた馬車を男が顎で指す。
「ご覧の有り様でね。足がなくなっちまった。そこで物は相談なんだが──」
 友好的な笑みを口許に貼り付けながら、彼は右手を懐に差しんだ。一転──
「──積荷ごと、馬車を置いて行きな!」
 口端を悪しく歪ませながら、懐からポケットピストルを引き抜く。掌に納まる程の銃を、男はすぐさま御者に突き付け──

 BAANG!!

 吼え猛る、銃声。
 その音、そして閃烈なマズルフラッシュは、到底.二二口径の物などではなく、通常の弾薬ですら有り得ない。それは、下顎から上が消し飛んだ、男の無惨極まる死に様を見ても明らかだ。
 強装弾を放ったリボルバーを握るのは、ローブの内より突き出した、小麦色の腕。
 唐突な反撃に立ち竦む、残りの強盗二人を他所に、対の手がローブの襟を掴み、手ずから衣装を剥ぎ取った。

 宙を踊り、はためく布切れ──

 その内から現れ足るは、口端に煙草を咥えた、フォークス。紫煙を燻らせながら、彼女は右手を振り回す。
 折り畳み式のフォアグリップに、伸縮式の銃床──携帯性を高めた、アサルトライフル。
 布切れが男達の視界を封じた一間に持ち替えた右手の得物が、愚かで哀れな獲物達の網膜に、連なる銃火を灼き付ける。

 BRATATATA──!!

 フルオート射撃の洗礼を受け、屑肉と化す強盗達。
「あんがとさん。──お陰で少しは、スカッとしたよ」
 骸沈む血溜まりに、フォークスは吸殻を吐き捨てた。彼女は、凄惨な光景に固まる御者へと、自動小銃のアクセサリを展開して戦闘体勢を整えながら、声を掛ける。
「ホラ、いつまでも呆けてんじゃないよ」
 セレクタをAUTOからSEMIに戻し、構えた自動小銃の銃口を、街道の左右を挟む起伏へと交互に向ける。──蹄鉄と轍の音を響かせる、丘陵の向こうへと。
「団体サマのお着きダ。ぼさっとしてないで、馬車を出しな!」


 拍車を掛けられ、急発進し速度を上げて行く隊商。その殿を務める箱型馬車へと、騎馬の群れが徐々に肉迫して行く。
 とうとう、銃の射的圏内に馬車を捉えると、蹄を蹴る馬の鞍に乗った強盗達は、皆一様に己が得物の銃口を、前を走る獲物の尻へと向けた。その時──

 ────!

 馬車の後部に設えられた後部扉が、勢い良く開かれる。
「ようこそお出で下さいました、お集まりの紳士がた」
 開かれた扉の奥に発つ淑女──ユリシウスは、スカートを摘まみ上げると、強盗達に向けて一礼する。楚々とした振舞いの後、彼女は己が前に鎮座する、大きなシルエットに被さった一枚布を、一気に剥ぎ取った。

 捲れ上がる、布端──

 銃身を円環状に束ねた殺戮器械──ガトリング銃が現れ出る。
「それでは早速、心ばかりの祝砲を」
 ユリシウスは、その細腕でクランクを握り締めるや、一思いに力を籠めた。

 ────────。

 響き渡るその音を、果たして誰が、銃火の吼え声だと思うだろうか。
 射手のマテリアルを帯びた銃身が発するその音色に、敢えて名を付けるとするなら、静謐。
 放たれた鉛弾が咲かせる花もまた、毒々しい血飛沫の花弁を散らす彼岸花ではなく──氷の精を宿した、雪月華。
 陽光を受けて輝く、絶対零度の徒花。その在りようは残酷ながら、しかし──
「キレイ……」
 流血を厭う、当たり前の少女がその光景に魅せられ、思わず呟きを漏らす。それを聞き咎めたユリシウスは「ルーナ」と、傍らの黒猫を呼んだ。
 するとルーナは、今しがたガトリング銃から剥がされた布を口に咥えて、ラウラに飛び掛かり「うわ!?」その頭へと覆い被せる。
 美しかろうと、所詮それは──死出の華。幼き少女に、おいそれと見せて良いモノではない。
 ガトリング銃が沈黙し、複列銃身が空回る。
 ユリシウスは、空になった弾倉を抜き取ると「ありがとう、マックス」傍らに控えたシェパードが咥えた予備弾倉を受け取った。マガジンイントレットに弾倉を差し込み、叩いて押し込む。
「──それではもう一つ、綺麗な華を咲かせましょう」
 


 強盗達を乗せた、二頭牽きの四輪馬車。その御者の頭を、リーリーの健脚が踏み砕く。若草色の羽毛を羽ばたかせ、更に天高く飛翔する、リーリー。
「チックショゥめ……!」
 傍らに居た御者の仇、その姿を追わんと、銃口と共に上空を仰ぎ見た男は、鞍上から身を投げ出す人影を見咎めた。
 マズルフラッシュが閃き、その威容を照らす。
 着流しの袖と裾をはためかし、刃を引っ提げるその姿は、さながら凶鳥の如く。
 閃光を瞬かせるリボルバーより吐き出された弾丸が、人影の肩口を掠める。
 パッと散る、紅い華。
 しかし、真っ逆さまに落ちる銀光は、一寸足りと狙い過つ事なく、ただ一直線に眼下の獲物を貫き通した。
 ずぶりと、男のうなじから突き出る、刀の切先。
 男の口腔を貫いた刀の柄を握るのは、湖面の如き瞳で以って、今まさに事切れて逝く男の瞳孔が開く様を見詰める剣士──連城 壮介(ka4765)である。
 彼は柄頭を押し込む右手を柄に這わせると、左手を刀身の峰に添えて、呼気を吐き出しながら一息に斬り上げた──!
 上顎から上を真っ二つに断ち、ケチの付けようのない死人を仕立てた連城は、血に塗れた刀身を眼光の前に翳して、残敵へと告げる。
「──よしなに」
 刀身に鈍く反射する静かな蒼い殺意に、強盗達は居竦まれた。
 寝かした刀身が、ゆるりと持ち合がる様を見て、彼らはようやく己が手に握った銃の重さを思い出す。──連城を睨み付ける、二つの殺眼。
 撃発に先んじて、連城は今しがた仕留めた骸の胸倉を掴んで、体幹の捻りを利用し、銃口と己、彼我の狭間に投げ込んだ。
 遅れて吼える、二つの銃口。放たれし凶弾が、仲間の骸を喰い破る。動揺を押し隠す舌打ちを発し、硝煙上げる銃口を逸らす強盗達。
 直後──宙を踊る骸が、真っ二つに割れた。切断面から零れ落ちる血と臓物の雨を浴び、強盗達は視界を奪われる。
 その片割れの胸倉を掴むのは、連城の左腕。そしてその対の手には、強盗の首筋に添えられた刀身の柄が握られていた。
「──良い眠りを」
 刃が奔り、血飛沫が咲く。
 事切れた骸が頽れる。骸が荷台の床に沈む小さな音と共に──連城は、傍らで撃鉄が起きる音を聞いた。
「そこまでだ、この──」
 だが連城は、振り向くその前に、こめかみに突き付けられた殺意が消失するのを感じ取る。
 未だ蠢く心臓の脈動に合わせて、噴き上げる紅い噴水。平らになった肩の稜線の向こうに、若草色の羽に血濡れた刃を備える相棒の姿を見咎め、連城はその鞍上へと飛び乗った。
「助かったよ、春嵐」
 柔らかな笑みを浮かべながら、連城が首筋を撫でると、若草色のリーリ―──春蘭は彼の方へと首を巡らし、案じるような声を上げた。
「大丈夫だよ、これくらい」
 連城は肩の傷と、そして新たに脇腹を掠める銃創を見遣り、苦笑を零す。
「じゃあ、次に行こうか」
 一声掛けて手綱を捌くと、春嵐は勢い良く駆け出した。
 後方へと流れて行く風の音に、連城はそっと呟きを乗せる。
「──次は、もう少し肉付きの良い盾を選ばないといけませんねぇ」


 地を噛み回る、双輪。風を切り走るモトクロスバイク。
 逆風にはためく、軍用コート。その右前身頃が、扇状に翻る。
 右のショルダーホルスターより、バイクの操縦者が左手で引き抜いたのは、長銃身の自動拳銃。 
 彼は右手でアクセルグリップを捻ったまま、自動拳銃の銃口を正面へと向ける。
 照星を覗く、ミラーシェード。その表面に、バイクの前を走る騎馬と、その騎手が映り込む。人工物に遮られたその眼光は、しかし、たとえ遮蔽物がなくとも同じ事だっただろう。ミラーシェードの内に潜む碧眼は、照星を覗くその時、一切の感情を排するのだから。
 彼こそは、エリミネーター(ka5158)。掃除人の忌み名を持つ男である。
 故に彼は、照準に獲物を捉えたその瞬間に、何の呵責もなく銃爪を引いた。ライフリングをなぞり、横回転を加えられた弾丸が銃口から射出。 撃発の反動で跳ねる、銃口エジェクター・ポートより空薬莢が排莢される。
 押し殺した慙愧の念が甦るのは、いつもこの時だ。そして、後方へスライドした遊底が前進し、薬室へ新たな弾薬が装填されたその刹那に、また心の熱は零になる。
 幾度、この作業を繰り返した事か。数えるのは、とうの昔に止めた。河原に石を積んだ所で、何がどうなるというものでもないのだから。
 ミラシェードに.三五七マグナムを受けて落馬する騎手の姿が映り込む。
 ずた袋のようになりながら地を転がる骸が、疾走する車体の脇を過ぎる。直後、エリミネーターは体幹を傾け、車体を左へと躱した。

 BRATATATA──!!

 遅れて轟く、連なる銃声。
 右へ左へと車体を振り、後方に迫る馬車より放たれる一斉射撃を躱す。
 サイドミラーを見遣りながら、後ろ手に拳銃を構える、エリミネーター。彼は、一斉射撃が止まったその隙を見逃さず、鏡に映る像を頼りに、銃爪を引き絞った。
 弾倉の中身を全て、馬車の車上へと放り込む。
 鏡面に映る車上から、賊共が全て消えると同時に、ホールドオープン。マガジンリリースを押し込み、空弾倉を排出。銃身を咥えながら予備弾倉をイントレットに差し、顎で遊底を引く。

 ──弾丸が、薬室に装填。

 殺人機械としての機能を取り戻したエリミネーターは、右手を捻り、魔導エンジンのスロットルを解放する。
 魔導エンジンが生み出したトルクに従い、機械仕掛けの騎馬が双輪の馬脚を蹴り上げた。


 魔導トラックのハンドルを握る宮前 怜(ka3256)は、サイドミラー映る二輪馬車を見て、首元のネクタイを緩めた。
 車内のルームミラーに、うっすらとシニカルな笑みが映る。と──宮前は、突如ブレーキを踏み抜いた。
 前輪がロックし、土煙を上げながら、車体が急減速──!
 更に彼は、ハンドルを切りながら、サイドブレーキを上げる。当然、ステアリングの制御を振り払って、車体はスピン。後輪が地に轍を刻みながら、車体の前後が反転する。
 スピンの最中、宮前は巧みにシフトレバーを操作し、ギアをトップからバックにチェンジ。ハンドルを操り、旋回状態を立て直すと、足の位置をアクセルに入れ替えて、また限界まで踏み込んだ。
 慣性の力に、再びエンジントルクが加わり、トラックはバックギアのまま、勢い良く走る。
 見るも鮮やかなカーアクションに、唖然とする強盗達。宮前は、窓からカービンライフルを突き出すと、変わらぬ笑みと共に銃口を向けて、銃爪を引き絞った。
 排莢された真鍮の輝きが、車体の前方へと流れて行く。
 弾丸の応酬を受けて、死のダンスを披露する強盗達。その演出家にして、ただ一人の観客である宮前は、やはり皮肉気な笑みを口許に貼り付けたまま見届けると、再び巧みな運転で車体の状態を戻し、隊商の傍へとトラックを寄せた。


 隊商の馬車を挟んで、宮前の対面に位置を走る魔導トラック。そのハンドルを握る
 藤堂研司(ka0569)は、車体の前を塞ぐ強盗達へ、口許に貼り付けた陽気な笑みを向ける。
「ハッハー♪ 観念しやがれ、このクソ袋共!」
 しかしその眼光は鋭く、恰好の獲物を眼下に納める猛禽を思わせた。
 藤堂は、ハンドルを右へ左へと操った。出鱈目なステアリングに、タイヤが滑り、車体のフロントが激しく左右へと乱れる。
「ほぅれ♪ 中身丸ごと、撒き散らせ!」
 
 BRATATATA──!!

 魔導トラックに備え付けられたマシンガンが轟然と吼え立てる。
 放熱ジャケットを被った銃身より放たれるのは、篠突く弾丸の雨。降り注ぐ雨に叩かれ、賊達は人間がまさに肉の詰まった糞袋である事実を、その身を以って思い知ら去られる事となった。
 血と臓物を敷き詰めた絨毯の上を、魔導トラックが突き抜ける。が──サイドミラーに未だ動く人影を見咎めた藤堂は、ブレーキを踏み抜きながら、ハンドルを切った。
 後輪で轍を刻みながら、横滑りして停車するトラック。朦々と上がる土煙。
 紅い絨毯の上に一人立つ強盗は、右腰のホルスターに手を伸ばし、リボルバーを引き抜いた。抜銃と同時にコッキングを果たした男は、腰溜めに構える銃の先端を向けた先、土煙から、ズッ──と突き出た、ソレを見た。
 旧時代の火器を思わす、大口径の筒先を。

「──ブッ散れ」

 轟──と吼える、砲口。
 撃ち出された砲弾が、男の上肢を血霧に変える。
 ♪────。
 己が名を冠する大筒の威力に、藤堂は上機嫌に口笛を吹いた。
『トードー、トードー?』車外に降り立った藤堂は、車内にから聞こえる少女の声に「おっとっと」と、その音源である無線機を手に取った。
「はいはい、こちら藤堂。どうぞー」
『あ、出た出た。トードーのトラックが急に停まったから、何かあったのかって、バリーが』
「ああ、ごめんごめん。そっちは大丈夫?」無線機に応じながら、藤堂は再び車外に降り、積み上げた骸の山の方へと歩き出した。
『──うん、こっちは大丈夫だって』
「そっか。そんならこっちも野暮用片付けたら戻るって、バリーさんに言っといて」
 鉄錆の臭いと、生温かな熱気漂う場所に立ち、辺りを見渡す。
『わかった。……気を付けてね』
 少女の不安そうな声に「アイアイサ~」と、おどけて応じると、彼は無線機を仕舞った。
「──っと、見っかった見っかった」
 藤堂はあちらこちらに散らばった骸の中に、ようやく目当てのモノを見付けると、ソレに駆け寄る。
 走り寄る藤堂に、「ヒィ……!」と腰の抜けたまま後退ろうとするその男は、穴も空いてなければ、何処か欠けた所も見当たらない。どうやら運良く──と言って良いのかはともかく、藤堂に取っては都合良く、弾雨に晒されながら一発足りとも当たらなかったらしい。
 唯一の生存者に、藤堂はとても朗らかな笑みを向ける。
「やぁ、おめっとさん♪」
 この酸鼻極まる場には不釣合いな、ヒドく朗らかな笑みを。


 地に轍を刻みながら滑る後輪。見るも鮮やかなスピンターンを決める、魔導バイク。
 その騎手たるリカルドは、左手に握ったマチェットに遠心力を乗せて、強盗が跨る騎馬の足を断ち斬った。
 苦痛の嘶きを上げて、頽れる馬。その鞍上から、強盗が地に投げ落とされる。
 強盗が体勢を立て直そうとするよりも早く、リカルドはその胴に二発、そしてトドメの一発を頭に叩き込んだ。
 銃口を向ける先とは別に、紅と蒼──異色虹彩の双眼を周囲に巡らせたリカルドは、既に己の他に立つ者が居ない事を確認すると、アクセルグリップを捻ろうと──した所で、倒れた馬が漏らす、苦し気な息の音を聞き咎める。
「悪いな。ま、きちんと始末は付けてやるよ」
 呟きながら、リカルドは馬の頭へと銃口を向けた。そのまま、何ら心を動かす事なく銃爪を絞ろうとして、彼は照星の奥に、灯の消えかけた馬の瞳を覗いた。──その表面に映り込む、己の姿身を。
 
 ────────、

 途端、片目へ映る景色にノイズが走るような違和感を感じ、彼は左手でその眼を覆った。身体をくの字に折り曲げる。
 込み上げる衝動を抑えるのに、そう時間は掛からなかった。だが顔を上げた時、既に馬の息は絶えていた。
 それでも尚、馬の瞳に向けて銃口を向けようとして──思い留まる。
 …………。
 リカルドは無言のままに、魔導バイクを走らせた。


 BAANG!
  BAANG!
   BAANG!

 轟く銃声は、数えて三度。
 腕を突き出し、照準を右から左へ奔らせるその薙ぎ撃ちは、ファニングの常道からは完全に外れていた。しかし、放たれた銃弾は、狙い過たずして二輪馬車の車上に座す二人の強盗を喰い破る。
「な、なんで当たるの……!?」
 箱型馬車の屋根に立つレムが、驚愕の声を漏らす。彼女のデリンジャーは、幾度銃声を発しようとも、放たれた銃弾が役目を全うする事はなかった。
 リボルバーの再装填を行いながら、キャロルがレムの声に応じる。
「一々狙って撃つから当たらねぇんだよ」
「狙わないと当たらないじゃん!」
 納得いかないと喚くレムに、顔を顰めるキャロル。
 彼は足裏に伝わる振動とは別に、接近して来る轍の音を聞き咎めると「ほれ、お前らの出番だぜ」顎をしゃくってみせた。
「え?」レムが示された方を見遣ると、強盗達を乗せた四輪馬車が、土煙を上げながら彼女らが乗る馬車へと近付きつつあった。荷台に立つ強盗の一人が、その手に握るショットガンの筒先をこちらに向ける。が、銃爪を絞る人差し指に先んじて、

 ────!

 上空より落ちる一筋の斬線が、銃把を握る腕を斬り落とした。
「がぁ……!」
 切り株を掲げ、苦痛を迸らせる男。「野太い声上げなさんなよ」震えるその喉元に、錐に似た刀身が突き刺さる。
「死ぬときくらい、静かにさっくりと逝くもんさ」
 錐状の短剣を引き抜いたカッツは、倒れ逝く骸に吐き捨てた。両手に握る二振りの短剣を構え直し、周囲の敵に切先を向ける。と──
 銃声と共に彼の左肩を、軽い衝撃が射抜いた。
 直後、肩を突き抜ける灼痛に、「ヘマった……!」カッツは呻き声を漏らす。彼は、更なるコッキングの音を聞き咎める。直後──

「ちょっと待ったぁ──!」
 気を吐きながら、レムが馬車の屋根から飛び立った。

 組み合わせた両拳に落下の勢いを乗せ、馬車目掛けて鉄槌の如く振り下ろす。
「ししょーっ直伝(ウソだけど)──レムさんハンマーッ!」
 調息によって練り上げた気を乗せた拳鎚は、見るからにガタの来ている馬車を、木端微塵に砕く。
 足場が粉砕し、強盗達は宙に投げ出される。だがそれは、馬車を破壊した張本人であるレムとて同じ事。落下の衝撃に備え身構えた彼女は、しかし次の瞬間、自分が硬い地面ではなく、蹄鉄の音刻む騎馬の背に乗っている事に気が付いた。
「大丈夫?」と鞍の上に跨った宵待が振り返る。鞍に備え付けた鞘に、太刀を納刀する彼女の背へ「ぉぉ、ありがとう!」とレムは抱き着いた。
「なぁ旦那、俺にも大丈夫? って聞いてくんね?」
 足場が崩れる直前に、馬車の屋上へ逃れていたカッツは、肩の銃創を押さえてその場にへたり込みながら、キャロルを見上げる。
「安心しろよ、弾は抜けてる。隊商ん中に、医者が居たから、後で縫って貰うこったな」
「……消毒すんのかね、やっぱ」肩に開いたトンネルを見遣って、顔を顰めるカッツに「そりゃするだろ。……死ぬ程痛てぇぞ」口許に笑みを浮かべるキャロル。
 返答を聞いて溜息を零したカッツは「ま、連中に比べりゃマシか」と、逃げ去って行く強盗達の背を眺めた。その数は、両手の指にも満たない。
 引き際を悟るのが、些か以上に遅過ぎたらしい。

 藤堂の魔導トラック、その幌付荷台。
「オイ今、ワイルドバンチっつったのか……!?」
 藤堂が捕縛して来た強盗へ、険相露に詰問する。彼は、誰が今回の強盗行為を手引きしたのかという尋問に対する強盗の返答を聞くや、強盗の胸倉を掴み上げたのだ。
「テメエ、奴に会ったのか!? ギャレットに、ギャレット=コルトハートに!」
「し、知らねえよ……。お、おれ達に話持ち掛けて来たのは、刀を持った白人だった」
 息苦しそうに答える強盗、その返答を耳にしたキャロルは、更に眼を見開いた。その傍らに立つバリーが強盗に問う。「髪はダークブラウンで、瞳は蒼かったか?」
「あ、ああ。それに、和装にコートを羽織ってた」
「間違いない、奴だ」
 重々しく頷くバリー。キャロルは、強盗から乱暴に手を離すと、荷台を後にしようとした。とその背に、「そ、そうだ」と強盗の震える声が掛かる。
「あいつはこう言ってた。壁の穴によろしく、って」
「……そうかい。じゃ、奴にゃこう伝えな」

 BAANG……!

 銃声が木霊し、強盗の耳を裂いた銃弾が、幌に穴を開ける。「ちょ……!」っと血相を変える、藤堂。
 硝煙上げるリボルバーをホルスターに仕舞うと、キャロルは今度こそ荷台を後にした。
「……悪いな、後で弁償する」と藤堂に詫びを入れながら、バリーも彼の後に続く。
 幌に空いた銃痕を見詰め、その場に尋問役として居合わせたエリミネーターは呟きを漏らす。
「……壁の穴(Hole in the wall)、か」



 夜空の下、揺らめく焚火。
 煌々と輝く火に照らされるのは、地に座した老人の面貌。彼は不意に、面差しを上げる。
「怪我の具合は良いのか?」
「んー? ま、これくらいは軽いモンさ」
 老人の問いに適当に応じたのは、カッツである。彼は焚火の周囲を取り囲むようにして設置された丸太の上へ腰掛けた。
「なぁ、ジイサン。あんた、他人の星が見えるんだよな」
 腰を下ろすや否や、彼は開口一番に、そう問うた。
「死人の星は視えぬ。星は、生きとし生ける者と共にあり、死と共に流れ落ちる。故に、死人の星は視えぬ」
 老人の返答に、カッツは眼を見開き、「……たまげたね。人の心まで読めるのか?」思わず呟きを漏らした。
 いいやと、老人はかぶりを振る。
「自ずと問う者は皆、お主のように死人の星を知りたがろうとする。死人の遺志を視ようとする」
 だが──と、老人は言った。
「死人は何も思わぬ。死人は何も告げぬ。死人の言葉を聞いたとしても、それは生者の執着に過ぎぬ」
 お主は何を聞いたと、老人は言った。
「……昔、女が居た。惚れてた、んだろうな。あっちはどうだか知らないが、たぶん弟分としか思われてなかった。で、死に際にアイツは言ったんだよ」

 ──死なないで。
  燃え盛る火の中、彼女はそう言った。

「……無茶言うなってんだよなぁ。人間生きてりゃ、いつか死ぬってのに」
 苦笑を浮かべる、カッツ。
 老人は言った。
「死なぬと言う事、生きると言う事。それらは決して交わらぬ。死という終わりがあって初めて、生は始まる。ゆめ忘れるな」
「……一応、わかってるつもりなんだがね」
 これでも──と、カッツは零す。とその時「あ、こんな所に居た」と少女の声がその背に掛かる。
 振り返った先に居たのは、ラウラ。そして、背に盆を乗せたマックスだった。ラウラは盆の上から紙包みを取り、老人に手渡した。
「何だ、これは」
「ハンバーガーって言うんだって。トードーが作ったの」
 老人は唸りながら、紙包みを開く。パンズの間に野菜と肉を挟んだ料理が現れた。おもむろに一口齧った老人は、眉の根を上げて「……美味い」と呟いた。
「なぁ、ラウラ嬢、俺の分は?」と問うカッツに、ラウラは手に提げた薬箱を掲げてみせた「カッツは、怪我の包帯取り換えてからね」
「なあに、そんくらいなら一人でもできるさ。もう大して痛みもないしな」
 肩を指差すラウラに、抗弁を垂れるカッツ。しかしラウラは耳を傾けず、無言のまま彼の傍に歩み寄ると、その左肩を躊躇なくはたいた。「ッ……!?」カッツは声にならない悲鳴を上げて、その場に蹲る。
「い、いきなりなにを──」
「……ウソツキ」
 痛みに震える声に非難がましい響きを籠めて、のっそりと顔を上げたカッツは、焚火の灯りを反射して揺らめく、エメラルドグリーンの瞳と行き合った。
 そう言えばと、思い出す。約束と言うなら、他にもあった。

 ──絶対に帰ってきて。

 揃いも揃って無理難題ばかり。絶対なんてものにはお目が掛かった事はないというのに。昔も今も、女難の相には事欠かないらしい。まったく、因果な星の下に生まれたものだ。

 溜息零し、口許に苦笑を浮かべながら、カッツは右手を上げ「降参だ」と告げる。
「仰せのままに従いますよ──お姫様」

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    リカルド=フェアバーン(ka0356
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人
  • 龍盟の戦士
    藤堂研司(ka0569
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ケンチャンキッチンザトラック
    研ちゃんキッチン・ザ・トラック(ka0569unit001
    ユニット|車両
  • SUPERBIA
    フォークス(ka0570
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • 奈落への案内人
    宮前 怜(ka3256
    人間(蒼)|32才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka3256unit001
    ユニット|車両
  • 三千世界の鴉を殺し
    連城 壮介(ka4765
    人間(紅)|18才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    シュンラン
    春嵐(ka4765unit001
    ユニット|幻獣
  • 淑やかなる令嬢
    ユリシウス(ka5002
    人間(紅)|18才|女性|猟撃士
  • クールガイ
    エリミネーター(ka5158
    人間(蒼)|35才|男性|猟撃士
  • この手で救えるものの為に
    カッツ・ランツクネヒト(ka5177
    人間(紅)|17才|男性|疾影士
  • イコニアの騎士
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    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
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    人間(紅)|17才|女性|格闘士

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フォークス(ka0570
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2016/12/10 01:57:17
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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最終発言
2016/12/06 16:07:04