ゲスト
(ka0000)
死がふたりを分かつとも
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/10/03 19:00
- 完成日
- 2014/10/07 23:58
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「おい、兄ちゃんよ。ネタは上がってんだぞ、大人しくお嬢を渡すんだ」
「そうすりゃ命までは取らねぇ、ムショ送りもカンベンしてやる。
これも旦那様のお慈悲ってもんだ。分かったらさっさと――」
「嫌だ、彼女は渡さない!」
青年の声が、朽ちかけた屋敷の玄関ホールにこだまする。
革の棍棒を手にした便利屋ふたりはお互い顔を見合わせて、同時に肩をすぼめた。
「あのなぁ兄ちゃん。あんた自分が何やってんのか分かってっか?」
「ジェラルド、やっぱ無駄だぜ。コイツの頭がイカれてんのは承知の話だったろう?」
「……だな。紳士の時間は終わりだ」
玄関から上がろうとする便利屋に対し、腕を広げてその行く手を阻む青年。
青白い顔。こけた頬、黒い隈、血走った眼。
身体は痩せ細り、とてもではないが体格の良い便利屋たちへ立ち向かえる男には見えない。
だが青年は一歩も退かず、唇を噛み絞め、きっと相手を睨みつけた。
便利屋の片方、ジェラルドと呼ばれたほうは、躊躇なく棍棒を振るって青年を殴り倒す。
青年は埃まみれの床に這いつくばり、口から血と、折れた歯を吐きながら咳き込んだ。
「ヘラルド、お嬢を探せ。その間、俺はコイツのオツムを外科的に治療してやる」
「そいつぁ良い。運悪く手術が失敗したら、家ごと焼いちまえば世話ないぜ」
ヘラルドが家の奥へ進むのを見届けると、ジェラルドは青年の髪の毛を掴んで引き起こした。
青年が抵抗するも、便利屋の鍛え上げられた腕は簡単に彼を押さえ込んでしまう。
もう一発殴りつけようとジェラルドが拳を上げたところ、青年がか細い声で何事かを呟き始めた。
「僕は……」
「あ?」
「僕たちは……愛し合ってたんだ……誰にも……」
「けっ」
ジェラルドは固めた拳を顔面へ叩き込み、彼の鼻をへし折った。
そして流れ出した鼻血を擦りつけるように、青年の顔を掌で強く拭いながら、
「悪い血を流せば、少しは具合が良くなるかもな。え、この阿呆が」
「……誰にも……渡さない……アナベル」
「何をほざいてやがる。そのアナベルお嬢様に、テメェは何を――」
何をしたと思ってやがる、とジェラルドが言いかけた途端。
家の奥から悲鳴が上がり、顔面蒼白のヘラルドがこけつまろびつ、玄関ホールへ逃げ帰ってくる。
「じ、じ、ジェラルド! お、お嬢がいた……」
「だったらさっさと持って帰ってこい! 表の馬車に乗せるんだ! 今更死体くらいで何ビビって――」
ヘラルドが開け放しにしていた奥の扉から、ゆらり、とひとりの少女が現れる。
薄暗い家の中で、彼女の纏う白いドレスがぼんやりと光って見えた。
艶やかな長い黒髪と、驚くほど白い肌。整った目鼻立ちをしているが、眼は虚ろだ。
彼女はドレスの裾を引きずりながら、ふらふらとこちらへ歩いてくる。
ジェラルドは唖然とした。
「テメェ――」
思わず、自分の掌の下にあった青年の顔を覗き込む。青年は薄笑いを浮かべて、
「仕方ないな。人殺しは性に合わないんだけど」
「――お嬢に一体、何しやがった!」
●
「骨だ。骨を沢山集めて籠みたいに編んだ、デカいのが……いきなり天井から降って来やがった」
ヘラルドは、気つけにと渡されたショットグラスの中身を一口で呷ると、じっと俯いて自分の脚の間を見つめた。
逃げ帰ってきた便利屋の話に、仕事を依頼した執事長は鼻を鳴らしながらも手振りで続きを促した。
「……人間の骸骨だった。そいつはジェラルドを沢山の手で捕まえると……
ジェラルドは八つ裂きにされちまった。俺はビビっちまって、そのまま逃げて来た。
そうだよ、化け物だよ! あの野郎、用心棒代わりに化け物を飼ってやがったんだ! それに!」
「それに? 肝心の、お嬢様――のご遺体は、どうしたのですか?」
「それにお嬢だ! ……ホントに彼女、死んだんだよな?」
執事長が深々と頷き、答える。
肺病でした。医師ふたりが確かに立会い、死亡を確認し、葬儀を行って埋葬しました。
こともなげにそう言って、彼は自分の分の酒をグラスに注ぐ。
「きっとあの野郎はな、掘り返したお嬢の死体に魔法を使ったんだ! ありゃ、ゾンビってヤツだ……」
「エドガーの一族は代々、魔術師として有名な家系だったそうですからね。そういうこともあり得ましたか」
「魔術……あんた、そいつを知ってたなら何で、俺たちに……!」
「『化け物』を飼い馴らせるほど大した魔術師とは思わなかったものでね。
あの家の様子を見ても分かる通り、没落寸前というところでして。
大体、そのような術はどんなに優秀な魔術師でも危険で手に余るものとして、
個人で実行されることはまずない、と以前聞いたことがあります。
それが魔法生物を2体も……狂気の為せる業か、あるいは先祖が何か遺していたのかも分かりません。
しかし、我々の関心事はあくまで遺体を取り戻すことと、後の始末を綺麗につけること。
今度は化け物を相手出来るような専門家を、呼ぶこととしましょう」
執事長はズボンの皴を直して椅子から立ち上がると、卓上にあった鈴を鳴らして部下を呼んだ。
「御用ですか?」
「手空きの者に使いの用意をさせておけ。後で手紙を渡すから、それをハンターオフィスまで届けるようにな」
部下が下がると、俯いていたヘラルドが不意に顔を上げる。
「あんたら、化け物退治にハンターを使うのか。俺は……どうすりゃ良い?」
「何も。何もなさらずにいて結構です。
仕事は失敗しましたが、代金はご同僚のお見舞いとして約束通りお渡ししましょう」
「そりゃ、ありがたいが……あの野郎はジェラルドの仇だ。俺も――」
「お止しなさい。この事態は貴方の手には余る。ハンターに任せれば良い」
「れ、連中が仇を獲ってくれるのか?」
「あるいはね。ご同僚の遺体が回収出来れば、貴方にお渡しするよう手筈しますよ――
それではさようなら。くれぐれも他言は無用で」
ヘラルドは暇を出されてからもぐずぐずと居残っていたが、
執事長が彼に構わずハンターオフィスへの依頼状を書き始めたのを見ると、ようやく部屋を出ていった。
「おい、兄ちゃんよ。ネタは上がってんだぞ、大人しくお嬢を渡すんだ」
「そうすりゃ命までは取らねぇ、ムショ送りもカンベンしてやる。
これも旦那様のお慈悲ってもんだ。分かったらさっさと――」
「嫌だ、彼女は渡さない!」
青年の声が、朽ちかけた屋敷の玄関ホールにこだまする。
革の棍棒を手にした便利屋ふたりはお互い顔を見合わせて、同時に肩をすぼめた。
「あのなぁ兄ちゃん。あんた自分が何やってんのか分かってっか?」
「ジェラルド、やっぱ無駄だぜ。コイツの頭がイカれてんのは承知の話だったろう?」
「……だな。紳士の時間は終わりだ」
玄関から上がろうとする便利屋に対し、腕を広げてその行く手を阻む青年。
青白い顔。こけた頬、黒い隈、血走った眼。
身体は痩せ細り、とてもではないが体格の良い便利屋たちへ立ち向かえる男には見えない。
だが青年は一歩も退かず、唇を噛み絞め、きっと相手を睨みつけた。
便利屋の片方、ジェラルドと呼ばれたほうは、躊躇なく棍棒を振るって青年を殴り倒す。
青年は埃まみれの床に這いつくばり、口から血と、折れた歯を吐きながら咳き込んだ。
「ヘラルド、お嬢を探せ。その間、俺はコイツのオツムを外科的に治療してやる」
「そいつぁ良い。運悪く手術が失敗したら、家ごと焼いちまえば世話ないぜ」
ヘラルドが家の奥へ進むのを見届けると、ジェラルドは青年の髪の毛を掴んで引き起こした。
青年が抵抗するも、便利屋の鍛え上げられた腕は簡単に彼を押さえ込んでしまう。
もう一発殴りつけようとジェラルドが拳を上げたところ、青年がか細い声で何事かを呟き始めた。
「僕は……」
「あ?」
「僕たちは……愛し合ってたんだ……誰にも……」
「けっ」
ジェラルドは固めた拳を顔面へ叩き込み、彼の鼻をへし折った。
そして流れ出した鼻血を擦りつけるように、青年の顔を掌で強く拭いながら、
「悪い血を流せば、少しは具合が良くなるかもな。え、この阿呆が」
「……誰にも……渡さない……アナベル」
「何をほざいてやがる。そのアナベルお嬢様に、テメェは何を――」
何をしたと思ってやがる、とジェラルドが言いかけた途端。
家の奥から悲鳴が上がり、顔面蒼白のヘラルドがこけつまろびつ、玄関ホールへ逃げ帰ってくる。
「じ、じ、ジェラルド! お、お嬢がいた……」
「だったらさっさと持って帰ってこい! 表の馬車に乗せるんだ! 今更死体くらいで何ビビって――」
ヘラルドが開け放しにしていた奥の扉から、ゆらり、とひとりの少女が現れる。
薄暗い家の中で、彼女の纏う白いドレスがぼんやりと光って見えた。
艶やかな長い黒髪と、驚くほど白い肌。整った目鼻立ちをしているが、眼は虚ろだ。
彼女はドレスの裾を引きずりながら、ふらふらとこちらへ歩いてくる。
ジェラルドは唖然とした。
「テメェ――」
思わず、自分の掌の下にあった青年の顔を覗き込む。青年は薄笑いを浮かべて、
「仕方ないな。人殺しは性に合わないんだけど」
「――お嬢に一体、何しやがった!」
●
「骨だ。骨を沢山集めて籠みたいに編んだ、デカいのが……いきなり天井から降って来やがった」
ヘラルドは、気つけにと渡されたショットグラスの中身を一口で呷ると、じっと俯いて自分の脚の間を見つめた。
逃げ帰ってきた便利屋の話に、仕事を依頼した執事長は鼻を鳴らしながらも手振りで続きを促した。
「……人間の骸骨だった。そいつはジェラルドを沢山の手で捕まえると……
ジェラルドは八つ裂きにされちまった。俺はビビっちまって、そのまま逃げて来た。
そうだよ、化け物だよ! あの野郎、用心棒代わりに化け物を飼ってやがったんだ! それに!」
「それに? 肝心の、お嬢様――のご遺体は、どうしたのですか?」
「それにお嬢だ! ……ホントに彼女、死んだんだよな?」
執事長が深々と頷き、答える。
肺病でした。医師ふたりが確かに立会い、死亡を確認し、葬儀を行って埋葬しました。
こともなげにそう言って、彼は自分の分の酒をグラスに注ぐ。
「きっとあの野郎はな、掘り返したお嬢の死体に魔法を使ったんだ! ありゃ、ゾンビってヤツだ……」
「エドガーの一族は代々、魔術師として有名な家系だったそうですからね。そういうこともあり得ましたか」
「魔術……あんた、そいつを知ってたなら何で、俺たちに……!」
「『化け物』を飼い馴らせるほど大した魔術師とは思わなかったものでね。
あの家の様子を見ても分かる通り、没落寸前というところでして。
大体、そのような術はどんなに優秀な魔術師でも危険で手に余るものとして、
個人で実行されることはまずない、と以前聞いたことがあります。
それが魔法生物を2体も……狂気の為せる業か、あるいは先祖が何か遺していたのかも分かりません。
しかし、我々の関心事はあくまで遺体を取り戻すことと、後の始末を綺麗につけること。
今度は化け物を相手出来るような専門家を、呼ぶこととしましょう」
執事長はズボンの皴を直して椅子から立ち上がると、卓上にあった鈴を鳴らして部下を呼んだ。
「御用ですか?」
「手空きの者に使いの用意をさせておけ。後で手紙を渡すから、それをハンターオフィスまで届けるようにな」
部下が下がると、俯いていたヘラルドが不意に顔を上げる。
「あんたら、化け物退治にハンターを使うのか。俺は……どうすりゃ良い?」
「何も。何もなさらずにいて結構です。
仕事は失敗しましたが、代金はご同僚のお見舞いとして約束通りお渡ししましょう」
「そりゃ、ありがたいが……あの野郎はジェラルドの仇だ。俺も――」
「お止しなさい。この事態は貴方の手には余る。ハンターに任せれば良い」
「れ、連中が仇を獲ってくれるのか?」
「あるいはね。ご同僚の遺体が回収出来れば、貴方にお渡しするよう手筈しますよ――
それではさようなら。くれぐれも他言は無用で」
ヘラルドは暇を出されてからもぐずぐずと居残っていたが、
執事長が彼に構わずハンターオフィスへの依頼状を書き始めたのを見ると、ようやく部屋を出ていった。
リプレイ本文
●
「それで、何か役に立つようなことは分かったのかしら?」
揺れる馬車の中、沢城 葵(ka3114)は器用に爪の手入れをしながら尋ねた。
マルク・D・デメテール(ka0219)が肩をすぼめて、
「エドガーと付き合いのあった魔術師を探して、それとなく訊いてみた。
奴は由緒ある魔術師一族の末裔で……しかし落ちこぼれだったとさ。
先代が放蕩で金を使い果たして、財産もろくに残ってないらしい」
「となると、彼がどうやって魔法生物の使役に成功したのか気になるわね」
疑問を口にしたのはエルティア・ホープナー(ka0727)。
「便利屋のヘラルドの話は、依頼の際にオフィスが受けた手紙と同じだった。
歩くアナベルの死体と、大量の人骨を使った魔法生物……としか。
彼、言ってたわ。是非私たちにエドガーを殺して欲しいし、死ななかったら俺が殺す、とね」
「エドガーは……」
ヴィーナ・ストレアル(ka1501)が口を開く。
彼女は八原 篝(ka3104)と共に依頼主に会い、生前のアナベルについて情報を求めていた。
「……以前は一応、まともな男ではあったようですね。アナベル――死因は単なる病気だったそうですが、
何処かの夜会で彼と知り合って、手紙をやり取りしたり、時折は逢引きもしていたらしくて」
「それが、恋人に先立たれて気が狂ったとぉ?」
拳銃の弾倉に弾を込めつつ、間延びした口調で割り込むのはエリセル・ゼノル・グールドーラ(ka2087)。
「アナベルの両親は元より交際に反対していたようです。
彼女の死に目にエドガーを立ち会わせなかったとか。今となっては、それも当然の判断と思えますけど」
「裏回りの3人は、ここらで降りようか」
御者を務めていた篝が言う。依頼主から馬車を借り受けたのも彼女だった。
用意されたのは、如何にもありふれた外見の辻馬車一台。
馬の足が止まると、ヴィーナが交替で御者台に就いた。馬車を降りかけたマルクが軽口を飛ばす。
「御者にしちゃ顔が良すぎて、怪しまれないかね」
「恋人以外の女性に気を留めるような性格なら、こんな事件は起こさなかったんじゃないでしょうか?」
「一理ある」
「あ~待って頂戴。今後のことだけど、何か作戦変更したい理由のある人、いる?」
葵が念押しに確かめた。一同、首を横に振る。葵はひとり頷いて、
「じゃ、後は手筈通りに」
●
(ふーん。元は結構イイ男だったみたいだけど、これじゃ病弱過ぎてねぇ。
それにこの匂い……死臭ってヤツかしら)
家の奥から現れたエドガーは、ひどく痩せ細った、顔色の悪い男だった。
目元に黒々とクマが出来ていて、鼻や口元には便利屋に殴られたらしき痕も残っている。
玄関口に上がった葵とエルティアは努めて笑顔を繕い、脇に控えるヴィーナも恭しく一礼をする。
「……何の用です?」
「魔術師協会のほうから来ました、沢城とホープナーと申します。ヨロシク~」
(方角的にはウソは言ってない)
愛想良く答える葵をエドガーが充血した眼でじろりと見回すが、葵の笑顔は崩れない。
「貴方が最近、死体を使った魔法生物作成に単独で成功した、と噂で聞きまして」
「本当だとしたら、素晴らしい技術だわ。是非お話を訊かせて頂きたいの」
エルティアが合いの手を入れて、会話を進める。
エドガーは虚ろな表情のまま、ろくに相槌もしない。
ふと、家の裏手のほうから小さな物音がした。エドガーが咄嗟に振り返る。
エルティアの手は思わずスカートの隠し武器に延びるが、
(裏口の3人が行動中ね。もう少し時間を稼げるかしら)
「協会には! 貴方の魔術に関連するかも知れない資料が存在しているわ。
作成された魔法生物の延命と、歪虚化を防ぐ方法よ。必要ではないかしら?」
「そうそう! あたしたち、貴方との共同研究を考えてるのよ。お互い得る物の多い話よ!
このボロ屋じゃ……あらいけない、失礼、え~、貴方のカワイイ魔法生物ちゃんもこのままだと可哀想でしょ?」
彼の気を引こうと言葉を継ぐふたり。物音は止み、エドガーも視線を戻す。
一方、ヴィーナはそれとなく周囲を警戒し、何処かに隠れている筈のスケルトンの気配を探した。
吹き抜けの、高い天井を見上げる。大きな梁の陰に何か――
●
(ごめんなさいですぅ!)
窓からの侵入には無事成功したものの、
外見以上に劣化した床材がエリセルの足元で割れて、軋みを上げる。
続くマルクと共に、動かず様子をうかがった――
玄関の会話が微かに聴こえてきた。表の3人がエドガーを上手く引き留めてくれたようだ。
篝は銃を構えつつ、屋敷の裏手で待機している。
ふたりは1階をひと部屋ずつ、堅実に調べていった。
変わった物は見当たらない。家具が綺麗に位置を整えられたまま埃を被っている。
(流石は狂気の魔術師の根城、生活感のない家ですねぇ)
やがて鍵のかかった一室を発見し、エリセルが開錠に取りかかる。
音を立てぬよう、慎重に。その間、マルクが彼女の背後を守っている。
鍵が開くと、ふたりは扉の隙間からそっと覗いた。
白いドレスを着た少女が、ベッドに腰かけている。マルクが中へ入った。
(アナベルで間違いない。けどよ、こりゃ全くのでくの坊だぜ)
美しい少女だった。しかし、人間離れした白さに所々死斑の浮いた肌と、
何の光をも捉えていない真っ黒な瞳は、彼女が最早歩く死体でしかないことを見る者に告げていた。
アナベルは、ふたりの侵入者に気づいた素振りも見せず、座ったまま身じろぎひとつしない。
マルクはそっと用意したロープを取り出し、彼女の細い身体に巻きつける。
抵抗はなく、そのまま腕を縛りおおせた。
口にもロープを噛ませておこうとしたところ、アナベルの指が不意に蠢く。
単なる指遊び? 何らかの肉体的反射? あるいは――
マルクは一旦手を止めると、提げていた投擲用のナイフを鞘から抜いた。
●
虚ろだったエドガーの顔に、何か奇妙な表情がさっと過った。
「……お前たち、アナベルに何をした」
葵はバレた、と判断し、袖口に仕込んだデリンジャーを手中へ落とす。
エルティアも、スカートの飾りひだに隠しておいた剣を取る。エドガーの身振り――
「……下がって!」
ヴィーナの一喝に、葵とエルティアは半歩下がった。
ほとんど同時に、折り重なった人骨と武器の小山が、ふたりのすぐ目の前へ落ちてくる。
複雑に組まれた骨格は瞬時に展開され、一体の怪物となる。
5つの髑髏が頂点で輪になり、空っぽの眼窩で周囲を睥睨する。
「ギャー、何これキモイっ!」
エドガーに向けられた筈の葵の狙いは、突如現れた合体スケルトンの体躯に阻まれてしまった。
反射的に発砲するも、スケルトンに当たって骨の破片を散らしたのみだった。
エドガーは一目散に家の奥へと走っていく。
追おうにも、スケルトンの無数の手足と武器が行く手を塞いでしまっている。
(姫が囚われた塔を守るドラゴン、ってところね……!)
渾身の踏み込みと共に、波打つような独特の形の刀身を持ったエルティアのサーベルがスケルトンを打つ。
ところが、攻撃はスケルトンの腕の内2本がそれぞれ構えた丸盾に受け止められてしまった。
盾は一撃を受け流すと、エルティアを殴打し転倒させる。
彼女を助けるべく、ヴィーナもフレイルを振りかぶる。
●
エドガーが部屋へ飛び込んできたとき、マルクはアナベルを拘束し終えたところだった。
彼女を背後のエリセルへ押しやると、手近な机を掩体に取りつつ、予め抜いておいたナイフを投げつける。
対するエドガーの手には、小さく削られた木のワンド。
投擲されたナイフと、魔法のかまいたちが空中で交錯する。
「死体を外へ出せ……っ!?」
「アナベルっ!」
かまいたちが机を軽々と吹き飛ばし、その後ろに隠れていたマルクの脇腹を切り裂く。
一方、彼の放ったナイフもエドガーの肩に突き刺さる。
「お、大人しくして欲しいですぅ!」
エリセルは、エドガーの言葉に反応してもがき出すアナベルへ更にシーツを被せた。
彼女を抱えたままでは戦えない。まずは部屋の外に移動しようと、閉まりかけの扉を後ろでに開いた。
と、その扉から、異変を察知した篝が拳銃を構えて現れる。
「止めなさい!」
エドガーのワンドが篝を狙うも、すぐ隣に簀巻きにされたアナベルがいた為か、魔法は発動されなかった。
篝が引き金を引く。
(ここで、殺す? ……いや)
放たれた銃弾は、エドガーの頭上を掠めて背後の壁に穴を穿った。
エドガーは身を屈めて回り込み、反撃より先にアナベルを外して3人を狙える射線を確保しようとする。
●
スケルトンはエルティアに覆いかぶさるように前進し、倒れたままの彼女を襲った。
(このままでは避けられない!)
それでも、サーベルとダガーの二刀流で何とか防御するエルティア。
外された攻撃が、腐りかけた床材に音を立てて突き刺さる。
「この人から離れなさい……!」
ヴィーナのフレイルがスケルトンの骨格の一部を破壊する。
反撃をかわすと、同時に彼女の後ろに下がっていた葵が、マジックアローを撃った。
仰向けになったエルティアの顔面へ、砕けた骨片がばらばらと降り注ぐ。
スケルトンは複数の腕を使って、エルティアとヴィーナを同時に相手取っている。
しかし身体の大きさもあり、この距離で3人の攻撃を避けることは出来ない。
(押し切る!)
ヴィーナはフレイルの鎖でスケルトンの腕一本を絡め取り、そのままへし折った。
横合いから飛んできたシールドバッシュが、彼女の右肩を殴って転ばせる。
自らを傷つけぬようわざとフレイルの柄から手を離し、鎖でスケルトンの腕にぶら下げておく。
その上で見事な受け身を取って、すぐさま立ち上がるヴィーナ。
エルティアも左右に転がりながら、突き立てられる剣と槍をかわす。
脚の隙間を縫って、遂にスケルトンの足元から這い出ると気合一閃、盾持ちの腕を2本ともサーベルで切断した。
次いで葵のマジックアローが、フレイルの巻きついた腕を付け根から撃って落とした。
ヴィーナは、落下したフレイルをすかさずキャッチすると、
「――!」
●
銃を捨てての、篝のタックル。エドガーは反撃も間に合わず押し倒される。
「無茶しやがる」
マルクは素早くエドガーの脇に寄り、彼の指ごとワンドを踏み砕いた。
エドガーが苦痛に声を漏らす。ふたりがかりで、そのまま彼の手足を拘束した。
「玄関のほうも静かになりましたねぇ……スケルトン、見損ねたかなぁ」
「こいつ、他に術具は……持ってねぇな。俺が様子を見てくる。アナベルと、この馬鹿野郎を見張っててくれ」
マルクが部屋を出て玄関へ向かうと、篝は縛られ床に突っ伏したエドガーへ尋ねた。
「……あんなことをして、それでもあの子を愛していたとでも言うつもり?」
「僕を殺さないのか」
「それを決める権利は、あんたにはないわね」
「まぁ良いさ。どっちにしろ同じことだから」
篝の顔が、沸き上がる怒りに火照った。
「ふざけたこと言ってんじゃ……!」
「そういう術なんだ。僕自身の生命力を注ぎ込んで、死体を動かす。
先に作ったスケルトンはかなり上手く行ったんだがね、自分の腕を過信してたよ。
もしかしたら彼女の魂をも取り戻せるんじゃないかと……だが、儀式は失敗した。
挙句に僕の余命もいくばくかってところだ」
「……結果があの操り人形ね。そんなの、彼女を貶めるだけだとは思わなかったの?」
「だからと言って」
エドガーの目が篝の肩越しに、エリセルに捕らえられたアナベルの姿を探した。
彼女の顔かたちはシーツに巻かれていて、見えない。
「アナベルをこの手で『殺す』勇気は遂に出なかった。
だったらせめて、僕が死ぬまでの間だけでも彼女の顔を忘れないでいたくてね」
「……立ちなさい」
●
アナベルの遺体はまだ動き続けていたが、その力は弱々しく、
自力で拘束を解いたり、自身の身体をひどく傷つけたりする恐れはなさそうだった。
葵とヴィーナが簀巻きのままの彼女を、スケルトンの残骸が散らばる玄関まで運び出した。
「あー重い。あたしの細腕に何させてんの」
「マルクさんが負傷して、力仕事出来る男手は葵さんだけなんですよ?」
「身体は兎も角、心はオンナなのよ!」
篝から簡単な手当てを受けたエドガーは、先に馬車へと押し込まれる。
「眠り姫は貰っていくわよ。彼女はもう、二度と目を醒まさない」
そう告げるエルティアに、彼は微笑み、
「そのようだ。魔術師などと名乗ってはいても、人ひとり生き返らせることが出来ないとは虚しいものだな」
「かなりややこしい魔術を使ったみたいですけどねぇ」
家探しを終えたエリセルが、エドガーの背中を見送りつつ呟く。
――儀式は2階で行われたらしい。
エリセルが見つけたのは、壁中に書き殴られた判読不能の呪文と魔法陣。
散乱した書物も暗号と、狂気の術者による大量の走り書きに埋め尽くされて読めたものではない。
便利屋ジェラルドの遺体は、木箱に詰められて物置に放置されていた。
「やぁ、無事に終わったようですな。助かりましたよ」
どうやって嗅ぎつけたのか、依頼主の執事長が馬車で現れる。
彼と共に、人相の悪い黒マントの男たちが何人も、家の前へ降りてきた。
エルティアが自分たちの馬車から降りて応対する。
「エドガーから先に、お借りした馬車で運ぶつもりだったのですが」
「では、馬車の返却ついでに彼ごとこちらで引き取りましょう。
念の為、貴方がたには遺体のほうを街まで護送して頂きたい。
途中で問題が生じなければ、街の前で解散と致します」
「エドガーの今後の処遇は、どうされるおつもりですか」
尋ねたのは篝。暗い目で、エドガーを乗せたほうの馬車と執事長を交互に見やる。
曖昧に微笑む執事長に対し、詰問しかけたところへ、
「良いぜ、連れていけ。ただ、こっちにまで後々面倒がかかるような真似はしてくれるなよ」
そう言って、マルクが篝の肩に手を置いた。
「その点はくれぐれも注意しましょう……お互いにね。
この場の始末は私どもの人間が済ませます。それでは、さようなら」
執事長と彼の連れてきた男たち数人が、ハンターの使っていた馬車へ乗り移った。
今しがた執事長が乗ってきたほうにアナベルを積んで帰れ、ということだ。
そちらの馬車では御者が、アナベルとハンターたちの乗車をじっと待っている。
エドガーを乗せて走り出す馬車を、篝は見送る。
彼は何処へ運ばれていくのか――
「奴はもう死人同然だ、恋人と同じにな。今更どうしようもないことは分かってんだろ」
「……」
ハンターたちは後に、エドガーの屋敷が火事で全焼したことを風の便りで聞いた。
焼け跡からは誰の遺体も、何も出てはこなかったそうだ。
エドガーの行方は、杳として知れない。
「それで、何か役に立つようなことは分かったのかしら?」
揺れる馬車の中、沢城 葵(ka3114)は器用に爪の手入れをしながら尋ねた。
マルク・D・デメテール(ka0219)が肩をすぼめて、
「エドガーと付き合いのあった魔術師を探して、それとなく訊いてみた。
奴は由緒ある魔術師一族の末裔で……しかし落ちこぼれだったとさ。
先代が放蕩で金を使い果たして、財産もろくに残ってないらしい」
「となると、彼がどうやって魔法生物の使役に成功したのか気になるわね」
疑問を口にしたのはエルティア・ホープナー(ka0727)。
「便利屋のヘラルドの話は、依頼の際にオフィスが受けた手紙と同じだった。
歩くアナベルの死体と、大量の人骨を使った魔法生物……としか。
彼、言ってたわ。是非私たちにエドガーを殺して欲しいし、死ななかったら俺が殺す、とね」
「エドガーは……」
ヴィーナ・ストレアル(ka1501)が口を開く。
彼女は八原 篝(ka3104)と共に依頼主に会い、生前のアナベルについて情報を求めていた。
「……以前は一応、まともな男ではあったようですね。アナベル――死因は単なる病気だったそうですが、
何処かの夜会で彼と知り合って、手紙をやり取りしたり、時折は逢引きもしていたらしくて」
「それが、恋人に先立たれて気が狂ったとぉ?」
拳銃の弾倉に弾を込めつつ、間延びした口調で割り込むのはエリセル・ゼノル・グールドーラ(ka2087)。
「アナベルの両親は元より交際に反対していたようです。
彼女の死に目にエドガーを立ち会わせなかったとか。今となっては、それも当然の判断と思えますけど」
「裏回りの3人は、ここらで降りようか」
御者を務めていた篝が言う。依頼主から馬車を借り受けたのも彼女だった。
用意されたのは、如何にもありふれた外見の辻馬車一台。
馬の足が止まると、ヴィーナが交替で御者台に就いた。馬車を降りかけたマルクが軽口を飛ばす。
「御者にしちゃ顔が良すぎて、怪しまれないかね」
「恋人以外の女性に気を留めるような性格なら、こんな事件は起こさなかったんじゃないでしょうか?」
「一理ある」
「あ~待って頂戴。今後のことだけど、何か作戦変更したい理由のある人、いる?」
葵が念押しに確かめた。一同、首を横に振る。葵はひとり頷いて、
「じゃ、後は手筈通りに」
●
(ふーん。元は結構イイ男だったみたいだけど、これじゃ病弱過ぎてねぇ。
それにこの匂い……死臭ってヤツかしら)
家の奥から現れたエドガーは、ひどく痩せ細った、顔色の悪い男だった。
目元に黒々とクマが出来ていて、鼻や口元には便利屋に殴られたらしき痕も残っている。
玄関口に上がった葵とエルティアは努めて笑顔を繕い、脇に控えるヴィーナも恭しく一礼をする。
「……何の用です?」
「魔術師協会のほうから来ました、沢城とホープナーと申します。ヨロシク~」
(方角的にはウソは言ってない)
愛想良く答える葵をエドガーが充血した眼でじろりと見回すが、葵の笑顔は崩れない。
「貴方が最近、死体を使った魔法生物作成に単独で成功した、と噂で聞きまして」
「本当だとしたら、素晴らしい技術だわ。是非お話を訊かせて頂きたいの」
エルティアが合いの手を入れて、会話を進める。
エドガーは虚ろな表情のまま、ろくに相槌もしない。
ふと、家の裏手のほうから小さな物音がした。エドガーが咄嗟に振り返る。
エルティアの手は思わずスカートの隠し武器に延びるが、
(裏口の3人が行動中ね。もう少し時間を稼げるかしら)
「協会には! 貴方の魔術に関連するかも知れない資料が存在しているわ。
作成された魔法生物の延命と、歪虚化を防ぐ方法よ。必要ではないかしら?」
「そうそう! あたしたち、貴方との共同研究を考えてるのよ。お互い得る物の多い話よ!
このボロ屋じゃ……あらいけない、失礼、え~、貴方のカワイイ魔法生物ちゃんもこのままだと可哀想でしょ?」
彼の気を引こうと言葉を継ぐふたり。物音は止み、エドガーも視線を戻す。
一方、ヴィーナはそれとなく周囲を警戒し、何処かに隠れている筈のスケルトンの気配を探した。
吹き抜けの、高い天井を見上げる。大きな梁の陰に何か――
●
(ごめんなさいですぅ!)
窓からの侵入には無事成功したものの、
外見以上に劣化した床材がエリセルの足元で割れて、軋みを上げる。
続くマルクと共に、動かず様子をうかがった――
玄関の会話が微かに聴こえてきた。表の3人がエドガーを上手く引き留めてくれたようだ。
篝は銃を構えつつ、屋敷の裏手で待機している。
ふたりは1階をひと部屋ずつ、堅実に調べていった。
変わった物は見当たらない。家具が綺麗に位置を整えられたまま埃を被っている。
(流石は狂気の魔術師の根城、生活感のない家ですねぇ)
やがて鍵のかかった一室を発見し、エリセルが開錠に取りかかる。
音を立てぬよう、慎重に。その間、マルクが彼女の背後を守っている。
鍵が開くと、ふたりは扉の隙間からそっと覗いた。
白いドレスを着た少女が、ベッドに腰かけている。マルクが中へ入った。
(アナベルで間違いない。けどよ、こりゃ全くのでくの坊だぜ)
美しい少女だった。しかし、人間離れした白さに所々死斑の浮いた肌と、
何の光をも捉えていない真っ黒な瞳は、彼女が最早歩く死体でしかないことを見る者に告げていた。
アナベルは、ふたりの侵入者に気づいた素振りも見せず、座ったまま身じろぎひとつしない。
マルクはそっと用意したロープを取り出し、彼女の細い身体に巻きつける。
抵抗はなく、そのまま腕を縛りおおせた。
口にもロープを噛ませておこうとしたところ、アナベルの指が不意に蠢く。
単なる指遊び? 何らかの肉体的反射? あるいは――
マルクは一旦手を止めると、提げていた投擲用のナイフを鞘から抜いた。
●
虚ろだったエドガーの顔に、何か奇妙な表情がさっと過った。
「……お前たち、アナベルに何をした」
葵はバレた、と判断し、袖口に仕込んだデリンジャーを手中へ落とす。
エルティアも、スカートの飾りひだに隠しておいた剣を取る。エドガーの身振り――
「……下がって!」
ヴィーナの一喝に、葵とエルティアは半歩下がった。
ほとんど同時に、折り重なった人骨と武器の小山が、ふたりのすぐ目の前へ落ちてくる。
複雑に組まれた骨格は瞬時に展開され、一体の怪物となる。
5つの髑髏が頂点で輪になり、空っぽの眼窩で周囲を睥睨する。
「ギャー、何これキモイっ!」
エドガーに向けられた筈の葵の狙いは、突如現れた合体スケルトンの体躯に阻まれてしまった。
反射的に発砲するも、スケルトンに当たって骨の破片を散らしたのみだった。
エドガーは一目散に家の奥へと走っていく。
追おうにも、スケルトンの無数の手足と武器が行く手を塞いでしまっている。
(姫が囚われた塔を守るドラゴン、ってところね……!)
渾身の踏み込みと共に、波打つような独特の形の刀身を持ったエルティアのサーベルがスケルトンを打つ。
ところが、攻撃はスケルトンの腕の内2本がそれぞれ構えた丸盾に受け止められてしまった。
盾は一撃を受け流すと、エルティアを殴打し転倒させる。
彼女を助けるべく、ヴィーナもフレイルを振りかぶる。
●
エドガーが部屋へ飛び込んできたとき、マルクはアナベルを拘束し終えたところだった。
彼女を背後のエリセルへ押しやると、手近な机を掩体に取りつつ、予め抜いておいたナイフを投げつける。
対するエドガーの手には、小さく削られた木のワンド。
投擲されたナイフと、魔法のかまいたちが空中で交錯する。
「死体を外へ出せ……っ!?」
「アナベルっ!」
かまいたちが机を軽々と吹き飛ばし、その後ろに隠れていたマルクの脇腹を切り裂く。
一方、彼の放ったナイフもエドガーの肩に突き刺さる。
「お、大人しくして欲しいですぅ!」
エリセルは、エドガーの言葉に反応してもがき出すアナベルへ更にシーツを被せた。
彼女を抱えたままでは戦えない。まずは部屋の外に移動しようと、閉まりかけの扉を後ろでに開いた。
と、その扉から、異変を察知した篝が拳銃を構えて現れる。
「止めなさい!」
エドガーのワンドが篝を狙うも、すぐ隣に簀巻きにされたアナベルがいた為か、魔法は発動されなかった。
篝が引き金を引く。
(ここで、殺す? ……いや)
放たれた銃弾は、エドガーの頭上を掠めて背後の壁に穴を穿った。
エドガーは身を屈めて回り込み、反撃より先にアナベルを外して3人を狙える射線を確保しようとする。
●
スケルトンはエルティアに覆いかぶさるように前進し、倒れたままの彼女を襲った。
(このままでは避けられない!)
それでも、サーベルとダガーの二刀流で何とか防御するエルティア。
外された攻撃が、腐りかけた床材に音を立てて突き刺さる。
「この人から離れなさい……!」
ヴィーナのフレイルがスケルトンの骨格の一部を破壊する。
反撃をかわすと、同時に彼女の後ろに下がっていた葵が、マジックアローを撃った。
仰向けになったエルティアの顔面へ、砕けた骨片がばらばらと降り注ぐ。
スケルトンは複数の腕を使って、エルティアとヴィーナを同時に相手取っている。
しかし身体の大きさもあり、この距離で3人の攻撃を避けることは出来ない。
(押し切る!)
ヴィーナはフレイルの鎖でスケルトンの腕一本を絡め取り、そのままへし折った。
横合いから飛んできたシールドバッシュが、彼女の右肩を殴って転ばせる。
自らを傷つけぬようわざとフレイルの柄から手を離し、鎖でスケルトンの腕にぶら下げておく。
その上で見事な受け身を取って、すぐさま立ち上がるヴィーナ。
エルティアも左右に転がりながら、突き立てられる剣と槍をかわす。
脚の隙間を縫って、遂にスケルトンの足元から這い出ると気合一閃、盾持ちの腕を2本ともサーベルで切断した。
次いで葵のマジックアローが、フレイルの巻きついた腕を付け根から撃って落とした。
ヴィーナは、落下したフレイルをすかさずキャッチすると、
「――!」
●
銃を捨てての、篝のタックル。エドガーは反撃も間に合わず押し倒される。
「無茶しやがる」
マルクは素早くエドガーの脇に寄り、彼の指ごとワンドを踏み砕いた。
エドガーが苦痛に声を漏らす。ふたりがかりで、そのまま彼の手足を拘束した。
「玄関のほうも静かになりましたねぇ……スケルトン、見損ねたかなぁ」
「こいつ、他に術具は……持ってねぇな。俺が様子を見てくる。アナベルと、この馬鹿野郎を見張っててくれ」
マルクが部屋を出て玄関へ向かうと、篝は縛られ床に突っ伏したエドガーへ尋ねた。
「……あんなことをして、それでもあの子を愛していたとでも言うつもり?」
「僕を殺さないのか」
「それを決める権利は、あんたにはないわね」
「まぁ良いさ。どっちにしろ同じことだから」
篝の顔が、沸き上がる怒りに火照った。
「ふざけたこと言ってんじゃ……!」
「そういう術なんだ。僕自身の生命力を注ぎ込んで、死体を動かす。
先に作ったスケルトンはかなり上手く行ったんだがね、自分の腕を過信してたよ。
もしかしたら彼女の魂をも取り戻せるんじゃないかと……だが、儀式は失敗した。
挙句に僕の余命もいくばくかってところだ」
「……結果があの操り人形ね。そんなの、彼女を貶めるだけだとは思わなかったの?」
「だからと言って」
エドガーの目が篝の肩越しに、エリセルに捕らえられたアナベルの姿を探した。
彼女の顔かたちはシーツに巻かれていて、見えない。
「アナベルをこの手で『殺す』勇気は遂に出なかった。
だったらせめて、僕が死ぬまでの間だけでも彼女の顔を忘れないでいたくてね」
「……立ちなさい」
●
アナベルの遺体はまだ動き続けていたが、その力は弱々しく、
自力で拘束を解いたり、自身の身体をひどく傷つけたりする恐れはなさそうだった。
葵とヴィーナが簀巻きのままの彼女を、スケルトンの残骸が散らばる玄関まで運び出した。
「あー重い。あたしの細腕に何させてんの」
「マルクさんが負傷して、力仕事出来る男手は葵さんだけなんですよ?」
「身体は兎も角、心はオンナなのよ!」
篝から簡単な手当てを受けたエドガーは、先に馬車へと押し込まれる。
「眠り姫は貰っていくわよ。彼女はもう、二度と目を醒まさない」
そう告げるエルティアに、彼は微笑み、
「そのようだ。魔術師などと名乗ってはいても、人ひとり生き返らせることが出来ないとは虚しいものだな」
「かなりややこしい魔術を使ったみたいですけどねぇ」
家探しを終えたエリセルが、エドガーの背中を見送りつつ呟く。
――儀式は2階で行われたらしい。
エリセルが見つけたのは、壁中に書き殴られた判読不能の呪文と魔法陣。
散乱した書物も暗号と、狂気の術者による大量の走り書きに埋め尽くされて読めたものではない。
便利屋ジェラルドの遺体は、木箱に詰められて物置に放置されていた。
「やぁ、無事に終わったようですな。助かりましたよ」
どうやって嗅ぎつけたのか、依頼主の執事長が馬車で現れる。
彼と共に、人相の悪い黒マントの男たちが何人も、家の前へ降りてきた。
エルティアが自分たちの馬車から降りて応対する。
「エドガーから先に、お借りした馬車で運ぶつもりだったのですが」
「では、馬車の返却ついでに彼ごとこちらで引き取りましょう。
念の為、貴方がたには遺体のほうを街まで護送して頂きたい。
途中で問題が生じなければ、街の前で解散と致します」
「エドガーの今後の処遇は、どうされるおつもりですか」
尋ねたのは篝。暗い目で、エドガーを乗せたほうの馬車と執事長を交互に見やる。
曖昧に微笑む執事長に対し、詰問しかけたところへ、
「良いぜ、連れていけ。ただ、こっちにまで後々面倒がかかるような真似はしてくれるなよ」
そう言って、マルクが篝の肩に手を置いた。
「その点はくれぐれも注意しましょう……お互いにね。
この場の始末は私どもの人間が済ませます。それでは、さようなら」
執事長と彼の連れてきた男たち数人が、ハンターの使っていた馬車へ乗り移った。
今しがた執事長が乗ってきたほうにアナベルを積んで帰れ、ということだ。
そちらの馬車では御者が、アナベルとハンターたちの乗車をじっと待っている。
エドガーを乗せて走り出す馬車を、篝は見送る。
彼は何処へ運ばれていくのか――
「奴はもう死人同然だ、恋人と同じにな。今更どうしようもないことは分かってんだろ」
「……」
ハンターたちは後に、エドガーの屋敷が火事で全焼したことを風の便りで聞いた。
焼け跡からは誰の遺体も、何も出てはこなかったそうだ。
エドガーの行方は、杳として知れない。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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作戦相談 沢城 葵(ka3114) 人間(リアルブルー)|28才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2014/10/03 07:08:11 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/09/28 19:19:51 |