ゲスト
(ka0000)
珈琲サロンとぱぁずの新装開店
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/10/08 07:30
- 完成日
- 2014/10/16 10:04
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
あら、いらっしゃい。
初めまして……常連さんかしら?
ごめんなさい、お祖父ちゃん――店長、怪我で寝込んだ勢いで……
隠居しちゃって。
●
工場都市フマーレ、商業区の大通りの端に店を構える珈琲サロンとぱぁずの朝は早い。
日の出と共に働き始める職人や商人に珈琲を振る舞うのだから、とても早い。
ユリアは暗い内に身支度を調えて、エプロンを着け、朝日を眺めながら店を開ける。
出勤してきたローレンツが一番に入れた珈琲を飲みながら、その日の最初の客を待つのが日課。
朝とブランチの客が引くと、ユリアがネルを取り出した。ローレンツがぎょっとした目を向けて、丸眼鏡のブリッジを忙しなく上下させている。
「どうぞ、休憩しましょう」
「ユリア君……また腕を下げたね」
「ふふ、ありがとうございます」
「褒めてないよ。全然まったく褒めてないよ――クッキーも焼ける、ケーキも焼ける、どうしてコーヒーだけこんなに……こんなに――店長が泣くよ」
「お祖父ちゃん、私のコーヒー飲まないですから」
ユリアは黒いワンピースの裾を翻し棚に飾ったゴーグルを磨く。
祖父とユリアが生まれる前に他界した祖母の趣味でファンシーに誂えた店内に不似合いなそれは、ユリアの夫の形見だった。
「店長はどうしてるんだ」
「どうもこうも。過ぎるくらい元気ですよ。早く戻ってくれば良いのに」
自分で入れた珈琲は嫌い、そう笑ってユリアは飲み残しをシンクに流した。
●
からんころんと来客を告げるベルが鳴った。
青い顔をした商人だった。
質の良いシャツにトラウザーズをサスで吊っている。腕に抱えたジャケットも恐らく名のあるテーラーの物だろう。しかし、その割には土埃に汚れていた。
「いらっしゃい」
ユリアがネルを洗って、ローレンツが豆を量る。
客が葉巻に火を灯した。その燐寸がいつまでも燃えていたのでユリアが灰皿を差し出して尋ねる。
「どうかなさいました?」
その客は灰皿に燐寸も、葉巻も消しながら頭を抱えた。
「荷が……奪われてしまったんだ」
彼は、ヴァリオスで宝石を広く扱う商人がフマーレの商業区に出した支店の、雇われ店長だという。注文を受けて製作したオーダーメードから、新しく売り出すレディーメードまで、幾つもの商品を梱包し運んでいたところを数匹の雑魔に襲われた。
襤褸ながらも鎧めいた衣服を纏い、棍棒を振り回す雑魔達から命からがらに逃げ出して、偶然通りかかった別の商家の馬車に拾われて。ひとまず任されている店のある街へ帰ってきたのが、つい今し方。
これから主人に報告のためヴァリオスへ取って返すと思うと、遣り切れない。深々と溜息を吐いた。
「そういえば……ユリア君を助けてくれたのは、ハンターオフィスの人だったね」
「オフィスの人じゃなくて、ハンターさんって言うんですよ」
取り返して貰えるだろうか、と客のくぼんだ目に僅かに光が戻る。
先ずは相談してみないと。ユリアは奥のテーブルへ地図を広げた。
「襲われたのは、どの辺り?」
客の男は震える指で一点を指した。
あら、いらっしゃい。
初めまして……常連さんかしら?
ごめんなさい、お祖父ちゃん――店長、怪我で寝込んだ勢いで……
隠居しちゃって。
●
工場都市フマーレ、商業区の大通りの端に店を構える珈琲サロンとぱぁずの朝は早い。
日の出と共に働き始める職人や商人に珈琲を振る舞うのだから、とても早い。
ユリアは暗い内に身支度を調えて、エプロンを着け、朝日を眺めながら店を開ける。
出勤してきたローレンツが一番に入れた珈琲を飲みながら、その日の最初の客を待つのが日課。
朝とブランチの客が引くと、ユリアがネルを取り出した。ローレンツがぎょっとした目を向けて、丸眼鏡のブリッジを忙しなく上下させている。
「どうぞ、休憩しましょう」
「ユリア君……また腕を下げたね」
「ふふ、ありがとうございます」
「褒めてないよ。全然まったく褒めてないよ――クッキーも焼ける、ケーキも焼ける、どうしてコーヒーだけこんなに……こんなに――店長が泣くよ」
「お祖父ちゃん、私のコーヒー飲まないですから」
ユリアは黒いワンピースの裾を翻し棚に飾ったゴーグルを磨く。
祖父とユリアが生まれる前に他界した祖母の趣味でファンシーに誂えた店内に不似合いなそれは、ユリアの夫の形見だった。
「店長はどうしてるんだ」
「どうもこうも。過ぎるくらい元気ですよ。早く戻ってくれば良いのに」
自分で入れた珈琲は嫌い、そう笑ってユリアは飲み残しをシンクに流した。
●
からんころんと来客を告げるベルが鳴った。
青い顔をした商人だった。
質の良いシャツにトラウザーズをサスで吊っている。腕に抱えたジャケットも恐らく名のあるテーラーの物だろう。しかし、その割には土埃に汚れていた。
「いらっしゃい」
ユリアがネルを洗って、ローレンツが豆を量る。
客が葉巻に火を灯した。その燐寸がいつまでも燃えていたのでユリアが灰皿を差し出して尋ねる。
「どうかなさいました?」
その客は灰皿に燐寸も、葉巻も消しながら頭を抱えた。
「荷が……奪われてしまったんだ」
彼は、ヴァリオスで宝石を広く扱う商人がフマーレの商業区に出した支店の、雇われ店長だという。注文を受けて製作したオーダーメードから、新しく売り出すレディーメードまで、幾つもの商品を梱包し運んでいたところを数匹の雑魔に襲われた。
襤褸ながらも鎧めいた衣服を纏い、棍棒を振り回す雑魔達から命からがらに逃げ出して、偶然通りかかった別の商家の馬車に拾われて。ひとまず任されている店のある街へ帰ってきたのが、つい今し方。
これから主人に報告のためヴァリオスへ取って返すと思うと、遣り切れない。深々と溜息を吐いた。
「そういえば……ユリア君を助けてくれたのは、ハンターオフィスの人だったね」
「オフィスの人じゃなくて、ハンターさんって言うんですよ」
取り返して貰えるだろうか、と客のくぼんだ目に僅かに光が戻る。
先ずは相談してみないと。ユリアは奥のテーブルへ地図を広げた。
「襲われたのは、どの辺り?」
客の男は震える指で一点を指した。
リプレイ本文
●
ハンター達が足を止めたのは、街道を大分進んだ森の近く。更に先を覗えば、荷馬車だったであろう残骸が見えた。
あの辺りか、体を斜に首を傾がせてヤナギ・エリューナク(ka0265)は依頼人から聞いた状況を思い出す。
「炙り出すか」
ライナス・ブラッドリー(ka0360)がひとり、得物を隠して前に出た。
旅人装う巨躯が、残骸の脇を行く。天を仰ぐ車輪が、流れる風に虚しく回され、破れた幌が靡かせていた。その傍らに馬の骸が1頭分、腑まで食い散らかされ、所々白い骨をさらしている。散らかった荷は、ライナスの掌に乗る程の大きさの箱が幾つか。森まで続くその脇を平行に走る轍が走り抜けている。
ここで襲われ、その身一つで街まで逃れたのだろう。暴れたような蹄の後が、依頼人を乗せてきた商人の慌てぶりを語るようだ。
散らかる荷の先は暗い森。ハンター達の覗う先、茂みは風の所為だけでは無い様子でざわめいている。
先ずは片付けようと、柊 真司(ka0705)が言う。
「荷がちらばったままじゃ戦闘になった時に邪魔になるし、最悪破損させちまう可能性があるからな」
坂斎 しずる(ka2868)が慎重にと制して、残骸の回りを確かめてから素早く駆け寄る。
月(ka3244)も弓を握り、見回しながら近付いていく。
「むむ、足跡でござるな!」
ミィリア(ka2689)が指したいくつかの足跡は茂みから道へ向かい、残骸の中に消えて、茂みへと戻っている。
茂みがまた騒いだ。
●
茂みの中をライナスが進み、ヤナギも少し離れて様子を覗う。
近づく気配が無い事を確かめて、ヤナギは1本の木の幹に手を掛けた。樹皮を蹴り散らし、次々と枝に掴まりながら、揺らぐ視界を正確に捉えて上っていく。背丈を超えた辺りに張り出す丈夫そうな枝に立つと、周囲を見回した。
ここから先へ進むと射線に数メートルごとに木が重なってこれは使えない。近くの数本を見遣れば、手足を伸ばせばその枝を掴むことはできそうだ。
「いくゼ? なァ、ライナスのおっさん」
煽れば、ライナスも樹上で猟銃を構えている。
「此方から仕掛けるか……っ」
ライナスがリアサイトから木々の根元、茂みの影を覗く。丈の長い草を揺らして現れたゴブリンの手の先、握られた棍棒がヤナギの上った木を狙う。
タン、と銃口から硝煙が上った。
ゴブリンはその場に縫い止められたように挙動を止めた。
「やるねェ、俺もちょいとおちょくってやるかねェ」
「次は確実に当てるか」
ヤナギがピストルを茂みに向ける。銃弾が落ちると別のゴブリンが逃げるように飛び出してきた。樹上で身体を支えながら、動く的は狙いにくいのか、猟銃の銃弾を受けてもそれはまだ逃げ惑っている。
その音に驚いたのかもう1匹、また1匹と現れてきた。
追い立てられるように出てきたゴブリンの内の3匹が道の方へ、残りの4匹が森の奥へと走り出した。
ヤナギとライナスは互いに一度視線を交わすと、次の枝に手を伸ばす。ヤナギは身軽に飛び移り、ライナスもその巨躯を収める枝を見つけられたのか、さほど木を揺らさずに樹上を移動する。
「追う……か?」
ライナスがフレームを叩いて逃げたゴブリンをリアサイトから覗く。そこへヤナギが放った鉛玉が落ちて、弾かれたように1匹が逆走してきた。
「行ったゼ」
「任せろ」
向かってくる敵の頭に据える照星、マテリアルを巡らせ力強く放たれた銃弾はその頭を庇った腕と棍棒を弾き飛ばす。高く吹き上がる血が茂みを赤黒く濡らす。
「――俺も、――お見舞いしてやるかァ?」
振り返り、枝を蹴って飛び降りる。マテリアルを迸らせて滑らかに鋭く叩き付ける剣が、木漏れ日を受けて白く煌めく。残る頭と胴とを深く切り込む刃が切り離した。
ヤナギが刀身の血を振り払いながら樹上を見上げる。
ライナスは森の奥へと走ったゴブリンを探すように目を眇めた。ヤナギもその足音に耳を澄ませた。
逃げたわけでは、無いらしい。
道に散らかっていた箱を避けて、茂みの中に散らかっていた箱も避けて戦う空間を確保する。荷は集めると抱えきれない程の小さな山になった。
「この量を持ってくとなると一苦労だな」
柊は足下からもう一つ箱を積んで溜息を吐く。
走ってくる軽い足音。ゴブリンのそれを聞いた。
隣で荷を抱えてきたミィリアも、その音に合わせ、隠した二の腕からマテリアルの熱を巡らせ、柄を握る。
「機導剣、アクティブ……」
柊は踵を返し、積み上げた荷から距離を取って、音の近付いてくる茂みを睨む。
木漏れ日の当たるゴーグルが光を走らせ、構える剣がマテリアルのエネルギーを纏う。
その一閃、飛び出してきたゴブリンを光の剣が貫いた。
振り上げた棍棒を下ろし、それを杖代わりに身を支えながら、ゴブリンは濁った咆哮を上げる。その声に煽られるようにざわめく茂みへミィリアも一歩前へ出て剣を向ける。
「おサムライさん見習いのミィリア、参るでござる!」
斬り飛ばされた葉が舞い上がる中、更に2匹のゴブリンが現れた。
2匹は棍棒を振り上げて柊とミィリアに振り下ろした。2人がそれを躱すのを深手を負った1匹が濁った瞳で眺めている。もう一度、今度は2匹ともミィリアに左右から同時に棍棒を向けた。
「は、挟まれちゃった、でござるっ」
しかし棍棒は、光の壁に弾かれた。ミィリアの首位に光の粒子が舞い上がって霧散する。
「俺の仲間に手を出すんじゃねぇ――これでもくらいやがれ!」
ミィリアに向けた手を引き、柊は再び剣へ光を纏わせる。
「仲間がいるでござる……今度はガッチリ防御でござる!」
盾を構え直し、地面を踏みしめる。敵が隙を見せるまで、耐えてやるのでござる、と桃色の瞳が真っ直ぐに見据える。
その時、棍棒を構える2匹のゴブリンへ、2人の背後から銃弾と矢が飛んできた。
仲間から放たれたその機に、柊は光り輝く一閃を叩き込み、ミィリアはマテリアルを込めて切りつけた。
2匹とも赤黒い血を地面に染み込ませて倒れる傍ら、先に腹を抉られた手負いのゴブリンが濁った声で嗤った。血を浴びた棍棒を振り上げると、2人へ向かって飛び掛かってきた。
「隙有りでござる」
「いい加減に、くたばりやがれ!」
その棍棒をミィリアが確実に盾に受け止めていなし、攻勢に転じると柊とミィリア、2人の剣がゴブリンを切り裂いた。
転がった三つの屍、しかし。
少し離れた辺り、茂みがざわめく。
近くにゴブリンの姿は見当たらない。茂みへ数歩踏み込んだ辺りでオールジーは足を止める。少し先で柊とミィリアが荷を片付けて、ヤナギとライナスは更に先の樹上で構えている。
銃声が聞こえた。
「出てきてくれるかしら?」
ライナスの猟銃の音だと、坂斎は自身の銃を取る。銃床を肩に、グリップを握りマガジンを叩いて装填を確かめる。黒曜石の艶やかな瞳が鮮やかに赤みを帯びて血の色に変わる。もう一発銃声を聞く。舌先が唇を舐めて口角が吊り上がる。
「射る 出て くるか?」
オールジーが弓を引く。茂みに向かい矢が一筋突き抜けていくが、それがゴブリンを射抜く様子は無い。
次の矢を番えると、その頬に赤い化粧が浮かんだ。
引き絞る弓の先、矢尻が透き通った緑の幻影を揺らめかせ、その切っ先をいっそう鋭く際立たせる。
ゴブリンの足跡を踏んだ。2人の背後には丁度、荷馬車の残骸がある。
いっそう警戒しながら周囲へ切っ先を、銃口を向ける。
前衛で戦闘が始まった。ミィリアが囲まれていることが、茂みの中からも見える。
「助ける ゴブリン 減らす」
「この先に、棲み家でも有るのかしら……案内して欲しいわね」
オールジーの矢がゴブリンの1匹の脚を掠め、坂斎の銃弾がもう1匹の足を地面へ縫い止めた。
前線の3匹が倒れると2人は足跡を追う。
それぞれ警戒しながら進む数歩、しかし聞こえた足音は想像よりも近付いていた。
「……案内してくれるって感じではなさそうね」
「逃がす よくない! 戦う」
坂斎が茂みへ銃弾を放つ。僅かな動きを捉えて放たれた銃弾は、ゴブリンの体に掠めたが、その動きを止めることは無かった。
射程を保とうと下がりながらオールジーも矢を放つ。マテリアルが伝わったその矢は、淡い緑の軌跡を残して茂みの中を貫いた。
茂みから、脇に裂傷を得たゴブリンと肩に矢を突き立ててまま纏う襤褸を赤黒く染めるゴブリンが現れ、その後ろからもう1匹、無傷なものが現れた。
3匹のゴブリンが一斉に飛び掛かってくる。
坂斎はその混紡の一撃を腹に受けた。鎧越しの痛みは軽いが衝撃が重く、気を取られたところに脚へと叩き込まれて姿勢が崩れる。
オールジーも脇腹に振り下ろされた一撃を耐えながら、弓を握り締めた。
片膝で草を踏みながら深手を負った1匹を狙う。痛みに逸れる思考を補うようにマテリアルが感覚を研ぎ澄ませ、放たれた銃弾がゴブリンの腹を打ち抜き、地面へ仰向けに倒した。
弓を構えてオールジーが走り、ゴブリンがそれを追う。
射程のぎりぎりで放った矢はゴブリンの腕に辺り棍棒を落とさせた。それを拾う隙に矢を番え、マテリアルの力を込めてもう一撃放った。
残った1匹が棍棒を握って唸る。
「お待たせでござる!」
「2人とも、無事か!」
ミィリアと柊が前線から駆け戻り、
「そいつで終いか」
「最後はどうしてやろうかねェ」
ライナスとヤナギも木を降りてきた。
得物を下ろし、マテリアルを巡らせて傷を癒やす。まだもう少し動かなくてはならないから。
しかし、ゴブリンの足跡を追ったが棲み家のようなものは見付からない、途中まで運ばれて捨てられた荷と、こじ開けられた中身が幾つか転がるばかりだった。
リストを照会しながらハンター達は荷を確かめていく。箱に貼られたラベルを確認して、1つずつ道の隅へ積んでいった。
「……草の中にもまだ落ちてるでござる。拾ってくるでござるー」
ミィリアが少し離れた茂みの中から獅子と花をあしらった歪なカメオを拾い上げた。
それはリストの末尾、走り書きされた番号の無い品だった。
●
珈琲の香りが満ちる店内。ハンター達を送り出した依頼人はまだ沈んだ顔で項垂れていた。
「そんなに心配?」
「……いや……しかし……いや……」
「そういえば、荷物、結構嵩張るんでしたっけ? ハンターさん達、馬車も借りずに行ってしまいましたよ」
ユリアはグラスを磨きながら微笑んだ。迎えに行って差し上げたら、と。
「きっと困っていると思いますよ。あなたがここまで運ぼうとした沢山の商品を抱えて」
依頼人は店を出る。看板を振り返りながら何度も首を揺らした。
依頼人の馬車がハンター達と行き合ったのは日も暮れかけた道の途中だった。
ユリアの言葉通り、積み荷の全てを回収し、それぞれが抱えられるだけ抱えて街道を歩いていた。
依頼人は安堵の息を吐いた。6人が乗れるくらいに、大きめの馬車を借りていてよかったと。
「全部 取り戻した! 持ち主 返す! それが 当然 当たり前!」
顔が隠れる程積み上げた箱を支えながらオールジーがにこりと笑った。
幌の中へ荷を移して、ハンター達も乗り込んだ。
ミィリアがリストを返しながらブローチ――獅子と花をあしらった――を差し出した。
「これは、箱が見付からなかったでござる」
泥を拭われたブローチは、しかし、商品にはならないだろうほど、傷がついていた。
依頼人はミィリアの手からそれを特別大切そうに受け取った。
「よく見つけてくれたね」
依頼人は馬車を走らせながら語った。そのブローチは職人を目指して家を出た息子が最初に作ったもので商品では無いと。彼の作品は箱の中、これから店に並ぶ商品の中にも何点か有るが、これが一番気に入っていると。
「助かったよ。首にされずに済んだ。皆さんの送り先はあの店で良いかな? 休んでいかれるなら、私の名前で付けておいてほしい。
――それじゃあ、また……もう二度と、こんな事故には遭いたくないけれど」
からんころん、珈琲サロンとぱぁずの呼び鈴が鳴る。
ハンター達が足を止めたのは、街道を大分進んだ森の近く。更に先を覗えば、荷馬車だったであろう残骸が見えた。
あの辺りか、体を斜に首を傾がせてヤナギ・エリューナク(ka0265)は依頼人から聞いた状況を思い出す。
「炙り出すか」
ライナス・ブラッドリー(ka0360)がひとり、得物を隠して前に出た。
旅人装う巨躯が、残骸の脇を行く。天を仰ぐ車輪が、流れる風に虚しく回され、破れた幌が靡かせていた。その傍らに馬の骸が1頭分、腑まで食い散らかされ、所々白い骨をさらしている。散らかった荷は、ライナスの掌に乗る程の大きさの箱が幾つか。森まで続くその脇を平行に走る轍が走り抜けている。
ここで襲われ、その身一つで街まで逃れたのだろう。暴れたような蹄の後が、依頼人を乗せてきた商人の慌てぶりを語るようだ。
散らかる荷の先は暗い森。ハンター達の覗う先、茂みは風の所為だけでは無い様子でざわめいている。
先ずは片付けようと、柊 真司(ka0705)が言う。
「荷がちらばったままじゃ戦闘になった時に邪魔になるし、最悪破損させちまう可能性があるからな」
坂斎 しずる(ka2868)が慎重にと制して、残骸の回りを確かめてから素早く駆け寄る。
月(ka3244)も弓を握り、見回しながら近付いていく。
「むむ、足跡でござるな!」
ミィリア(ka2689)が指したいくつかの足跡は茂みから道へ向かい、残骸の中に消えて、茂みへと戻っている。
茂みがまた騒いだ。
●
茂みの中をライナスが進み、ヤナギも少し離れて様子を覗う。
近づく気配が無い事を確かめて、ヤナギは1本の木の幹に手を掛けた。樹皮を蹴り散らし、次々と枝に掴まりながら、揺らぐ視界を正確に捉えて上っていく。背丈を超えた辺りに張り出す丈夫そうな枝に立つと、周囲を見回した。
ここから先へ進むと射線に数メートルごとに木が重なってこれは使えない。近くの数本を見遣れば、手足を伸ばせばその枝を掴むことはできそうだ。
「いくゼ? なァ、ライナスのおっさん」
煽れば、ライナスも樹上で猟銃を構えている。
「此方から仕掛けるか……っ」
ライナスがリアサイトから木々の根元、茂みの影を覗く。丈の長い草を揺らして現れたゴブリンの手の先、握られた棍棒がヤナギの上った木を狙う。
タン、と銃口から硝煙が上った。
ゴブリンはその場に縫い止められたように挙動を止めた。
「やるねェ、俺もちょいとおちょくってやるかねェ」
「次は確実に当てるか」
ヤナギがピストルを茂みに向ける。銃弾が落ちると別のゴブリンが逃げるように飛び出してきた。樹上で身体を支えながら、動く的は狙いにくいのか、猟銃の銃弾を受けてもそれはまだ逃げ惑っている。
その音に驚いたのかもう1匹、また1匹と現れてきた。
追い立てられるように出てきたゴブリンの内の3匹が道の方へ、残りの4匹が森の奥へと走り出した。
ヤナギとライナスは互いに一度視線を交わすと、次の枝に手を伸ばす。ヤナギは身軽に飛び移り、ライナスもその巨躯を収める枝を見つけられたのか、さほど木を揺らさずに樹上を移動する。
「追う……か?」
ライナスがフレームを叩いて逃げたゴブリンをリアサイトから覗く。そこへヤナギが放った鉛玉が落ちて、弾かれたように1匹が逆走してきた。
「行ったゼ」
「任せろ」
向かってくる敵の頭に据える照星、マテリアルを巡らせ力強く放たれた銃弾はその頭を庇った腕と棍棒を弾き飛ばす。高く吹き上がる血が茂みを赤黒く濡らす。
「――俺も、――お見舞いしてやるかァ?」
振り返り、枝を蹴って飛び降りる。マテリアルを迸らせて滑らかに鋭く叩き付ける剣が、木漏れ日を受けて白く煌めく。残る頭と胴とを深く切り込む刃が切り離した。
ヤナギが刀身の血を振り払いながら樹上を見上げる。
ライナスは森の奥へと走ったゴブリンを探すように目を眇めた。ヤナギもその足音に耳を澄ませた。
逃げたわけでは、無いらしい。
道に散らかっていた箱を避けて、茂みの中に散らかっていた箱も避けて戦う空間を確保する。荷は集めると抱えきれない程の小さな山になった。
「この量を持ってくとなると一苦労だな」
柊は足下からもう一つ箱を積んで溜息を吐く。
走ってくる軽い足音。ゴブリンのそれを聞いた。
隣で荷を抱えてきたミィリアも、その音に合わせ、隠した二の腕からマテリアルの熱を巡らせ、柄を握る。
「機導剣、アクティブ……」
柊は踵を返し、積み上げた荷から距離を取って、音の近付いてくる茂みを睨む。
木漏れ日の当たるゴーグルが光を走らせ、構える剣がマテリアルのエネルギーを纏う。
その一閃、飛び出してきたゴブリンを光の剣が貫いた。
振り上げた棍棒を下ろし、それを杖代わりに身を支えながら、ゴブリンは濁った咆哮を上げる。その声に煽られるようにざわめく茂みへミィリアも一歩前へ出て剣を向ける。
「おサムライさん見習いのミィリア、参るでござる!」
斬り飛ばされた葉が舞い上がる中、更に2匹のゴブリンが現れた。
2匹は棍棒を振り上げて柊とミィリアに振り下ろした。2人がそれを躱すのを深手を負った1匹が濁った瞳で眺めている。もう一度、今度は2匹ともミィリアに左右から同時に棍棒を向けた。
「は、挟まれちゃった、でござるっ」
しかし棍棒は、光の壁に弾かれた。ミィリアの首位に光の粒子が舞い上がって霧散する。
「俺の仲間に手を出すんじゃねぇ――これでもくらいやがれ!」
ミィリアに向けた手を引き、柊は再び剣へ光を纏わせる。
「仲間がいるでござる……今度はガッチリ防御でござる!」
盾を構え直し、地面を踏みしめる。敵が隙を見せるまで、耐えてやるのでござる、と桃色の瞳が真っ直ぐに見据える。
その時、棍棒を構える2匹のゴブリンへ、2人の背後から銃弾と矢が飛んできた。
仲間から放たれたその機に、柊は光り輝く一閃を叩き込み、ミィリアはマテリアルを込めて切りつけた。
2匹とも赤黒い血を地面に染み込ませて倒れる傍ら、先に腹を抉られた手負いのゴブリンが濁った声で嗤った。血を浴びた棍棒を振り上げると、2人へ向かって飛び掛かってきた。
「隙有りでござる」
「いい加減に、くたばりやがれ!」
その棍棒をミィリアが確実に盾に受け止めていなし、攻勢に転じると柊とミィリア、2人の剣がゴブリンを切り裂いた。
転がった三つの屍、しかし。
少し離れた辺り、茂みがざわめく。
近くにゴブリンの姿は見当たらない。茂みへ数歩踏み込んだ辺りでオールジーは足を止める。少し先で柊とミィリアが荷を片付けて、ヤナギとライナスは更に先の樹上で構えている。
銃声が聞こえた。
「出てきてくれるかしら?」
ライナスの猟銃の音だと、坂斎は自身の銃を取る。銃床を肩に、グリップを握りマガジンを叩いて装填を確かめる。黒曜石の艶やかな瞳が鮮やかに赤みを帯びて血の色に変わる。もう一発銃声を聞く。舌先が唇を舐めて口角が吊り上がる。
「射る 出て くるか?」
オールジーが弓を引く。茂みに向かい矢が一筋突き抜けていくが、それがゴブリンを射抜く様子は無い。
次の矢を番えると、その頬に赤い化粧が浮かんだ。
引き絞る弓の先、矢尻が透き通った緑の幻影を揺らめかせ、その切っ先をいっそう鋭く際立たせる。
ゴブリンの足跡を踏んだ。2人の背後には丁度、荷馬車の残骸がある。
いっそう警戒しながら周囲へ切っ先を、銃口を向ける。
前衛で戦闘が始まった。ミィリアが囲まれていることが、茂みの中からも見える。
「助ける ゴブリン 減らす」
「この先に、棲み家でも有るのかしら……案内して欲しいわね」
オールジーの矢がゴブリンの1匹の脚を掠め、坂斎の銃弾がもう1匹の足を地面へ縫い止めた。
前線の3匹が倒れると2人は足跡を追う。
それぞれ警戒しながら進む数歩、しかし聞こえた足音は想像よりも近付いていた。
「……案内してくれるって感じではなさそうね」
「逃がす よくない! 戦う」
坂斎が茂みへ銃弾を放つ。僅かな動きを捉えて放たれた銃弾は、ゴブリンの体に掠めたが、その動きを止めることは無かった。
射程を保とうと下がりながらオールジーも矢を放つ。マテリアルが伝わったその矢は、淡い緑の軌跡を残して茂みの中を貫いた。
茂みから、脇に裂傷を得たゴブリンと肩に矢を突き立ててまま纏う襤褸を赤黒く染めるゴブリンが現れ、その後ろからもう1匹、無傷なものが現れた。
3匹のゴブリンが一斉に飛び掛かってくる。
坂斎はその混紡の一撃を腹に受けた。鎧越しの痛みは軽いが衝撃が重く、気を取られたところに脚へと叩き込まれて姿勢が崩れる。
オールジーも脇腹に振り下ろされた一撃を耐えながら、弓を握り締めた。
片膝で草を踏みながら深手を負った1匹を狙う。痛みに逸れる思考を補うようにマテリアルが感覚を研ぎ澄ませ、放たれた銃弾がゴブリンの腹を打ち抜き、地面へ仰向けに倒した。
弓を構えてオールジーが走り、ゴブリンがそれを追う。
射程のぎりぎりで放った矢はゴブリンの腕に辺り棍棒を落とさせた。それを拾う隙に矢を番え、マテリアルの力を込めてもう一撃放った。
残った1匹が棍棒を握って唸る。
「お待たせでござる!」
「2人とも、無事か!」
ミィリアと柊が前線から駆け戻り、
「そいつで終いか」
「最後はどうしてやろうかねェ」
ライナスとヤナギも木を降りてきた。
得物を下ろし、マテリアルを巡らせて傷を癒やす。まだもう少し動かなくてはならないから。
しかし、ゴブリンの足跡を追ったが棲み家のようなものは見付からない、途中まで運ばれて捨てられた荷と、こじ開けられた中身が幾つか転がるばかりだった。
リストを照会しながらハンター達は荷を確かめていく。箱に貼られたラベルを確認して、1つずつ道の隅へ積んでいった。
「……草の中にもまだ落ちてるでござる。拾ってくるでござるー」
ミィリアが少し離れた茂みの中から獅子と花をあしらった歪なカメオを拾い上げた。
それはリストの末尾、走り書きされた番号の無い品だった。
●
珈琲の香りが満ちる店内。ハンター達を送り出した依頼人はまだ沈んだ顔で項垂れていた。
「そんなに心配?」
「……いや……しかし……いや……」
「そういえば、荷物、結構嵩張るんでしたっけ? ハンターさん達、馬車も借りずに行ってしまいましたよ」
ユリアはグラスを磨きながら微笑んだ。迎えに行って差し上げたら、と。
「きっと困っていると思いますよ。あなたがここまで運ぼうとした沢山の商品を抱えて」
依頼人は店を出る。看板を振り返りながら何度も首を揺らした。
依頼人の馬車がハンター達と行き合ったのは日も暮れかけた道の途中だった。
ユリアの言葉通り、積み荷の全てを回収し、それぞれが抱えられるだけ抱えて街道を歩いていた。
依頼人は安堵の息を吐いた。6人が乗れるくらいに、大きめの馬車を借りていてよかったと。
「全部 取り戻した! 持ち主 返す! それが 当然 当たり前!」
顔が隠れる程積み上げた箱を支えながらオールジーがにこりと笑った。
幌の中へ荷を移して、ハンター達も乗り込んだ。
ミィリアがリストを返しながらブローチ――獅子と花をあしらった――を差し出した。
「これは、箱が見付からなかったでござる」
泥を拭われたブローチは、しかし、商品にはならないだろうほど、傷がついていた。
依頼人はミィリアの手からそれを特別大切そうに受け取った。
「よく見つけてくれたね」
依頼人は馬車を走らせながら語った。そのブローチは職人を目指して家を出た息子が最初に作ったもので商品では無いと。彼の作品は箱の中、これから店に並ぶ商品の中にも何点か有るが、これが一番気に入っていると。
「助かったよ。首にされずに済んだ。皆さんの送り先はあの店で良いかな? 休んでいかれるなら、私の名前で付けておいてほしい。
――それじゃあ、また……もう二度と、こんな事故には遭いたくないけれど」
からんころん、珈琲サロンとぱぁずの呼び鈴が鳴る。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 5人 |
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MVP一覧
- 春霞桜花
ミィリア(ka2689)
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依頼相談掲示板 | |||
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作戦相談卓 ミィリア(ka2689) ドワーフ|12才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/10/07 23:08:52 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/04 00:58:56 |