ゲスト
(ka0000)
王都第七街区 マリアンヌ教会の聖輝祭
マスター:柏木雄馬
オープニング
わたしの名まえは『ゆーな・しゃんてぃ』です。『おうと』の『だい七がいく』の『こじいん』で、ゆーとお兄ちゃんや、ほかのお兄ちゃんお姉ちゃん、弟や妹たちといっしょにくらしています。
毎日、みんなと、『せいれいさま』においのりをささげたり、おべんきょうしたり、おそうじしたり、かけっこしたり、かくれんぼしたりしてあそんでいます。
『こじいん』のマリアンヌ先生や、サキ先生や、カァナ先生は、いつもにこにこしていてやさしいから大スキです。でも、おこるととてもこわいです。サキ先生は、わたしたちがわるい事をするとすぐどなったりたたいたりしますが、あやまるとすぐにゆるしてくれます。マリアンヌ先生とカァナ先生はたたきませんが、わたしたちがはんせいするまでけっしてゆるしてくれません。だけど、先生たちは、わたしたちがわるいことをしなければおこらないので、わたしたちはやっぱり先生たちのことが大スキです。
『こじいん』には、時どき、ご近じょのおじさんやおばさんや、『はんたぁ』のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちが『こじいん』のお手つだいに来てくれます。おじさんやおばさんや『はんたぁ』のみなさんはすごいです。みなさんが来ると『きょうかい(教会)』のたてものが大きくなったり、直ったりします。新しいあそび場を作ってくれたり、いっしょにあそんでくれたりします。とてもとても楽しいです。
『きょうかい』の『おまつり』の時には、ご近じょのおじいさんやおばあさんたちも来ます。いつもはケガやびょう気で来れないそうですが、『おまつり』の日はがんばって『きょうかい』に来るそうです。その日はわたしたちといっしょに『せいれいさま』においのりをささげたり、ごはんをいっしょに食べたりします。そして、『はんたぁ』のお兄さんやお姉さんたちといっしょに遊んだりします。歌を歌ったり、がっきのえんそうをしてくれたりしてくれたおかえしに、わたしたちがげき(劇)をえんじる(演じる)と、みんながはく手してくれます。はく手してもらうと、わたしは何だかキューっとなって、はずかしくなってしまいますが、一生けんめいれんしゅうしたので、うれしくなります。
おまつりが終わってみんなが帰る時間になると、わたしたちはお見送りをします。その時、おじいさんとおばあさんの中にはないて(泣いて)しまう人もいます。そんなおじいさんやおばあさんを見ると、わたしもかなしくなってないてしまいます。
後でおかたづけの時間に、ないていたおじいさんやおばあさんたちは、みんなでこの町ににげて来る時に、子どもや、まごをなくした人たちだ、と先生が教えてくれました。わたしたちにもお父さんやお母さんがいません。おんなじだと思ったら、わたしはまたないてしまいました。そうしたら、先生がギュッとだきしめてくれました。すると、気づいたみんなが集まって来て、わたしばかりずるい、と言いました。先生は集まって来たみんなをまとめてギュッとしました。そうしてみんなで泣きました。
わたしたちにはお父さんもお母さんもいません。時どき、かなしくなるけれど、みんながいるのでさびしくはありません。
この間、先生たちから、ことしも『せいきさい』(聖輝祭)のおまつりをやると聞いて、みんなでよろこびの声を上げました。
またおじいさんやおばあさん、お手つだいのおじさんやおばさん、『はんたぁ』のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちのみんなに会う事が今から楽しみです。
●
ホロウレイドの戦いで故郷を失った人々が辿り着いた、王都の外の避難民街。通称、『第七街区』── ジョアニスという名のその小さな教会は、王都第六城壁南門にほど近い『ドゥブレー地区』と呼ばれるエリアにあった。
ジョアニス・エルフェ──かつて、地獄の様な有様となったリベルタースからの苛酷な逃避行にあって、皆を励まし、希望を与え続けた聖職者の名を借り、名付けられた。聖職者は王都への途上、病により命を落としたが、娘のシスター・マリアンヌが父に代わり、絶望に沈む人々の信仰の導き手を担って人々を導いた。
王都に辿り着いたばかりの頃。城門の中に入れてもらえなかった人々がとりあえず雨風を凌げる程度のバラックを住処として作った後で、最初に作ったのがこのジョアニス教会だった。貧しかった人々が協力し、むしろ自分たちの住まいよりも立派な教会をかの地に建てた。小さく、みすぼらしく、ささやかな。王都の丘の上に立つ大聖堂と見比べれば、教会と呼ぶのもおこがましい掘っ立て小屋── だが、それは他に縋るもののなかった人々の、確かに希望であったのだ。
その想いに、マリアンヌも応えた。彼女は王都の役人ではなく、第六街区の教会を通じて、聖堂教会上部へ掛け合った。その頃から『第七街区』(当時はその通称すら無かったが)に対する食料の配給は行われていたが、質・量ともに十分なものではなかった。マリアンヌは自身の名で難民たちの惨状をエクラ教信者に広く訴え、その影響力を以って配給の質的向上を求めた。同時に彼女は、配給を受け入れる『第七街区』側の態勢も整えた。これまでは配給場が飢えた暴徒に襲われるといった事件がしばしば頻発していたのだが、マリアンヌは(自身の影響力が及ぶ限りにおいて)その様な状況を戒めた。
彼女は教会の敷地を食料の配給場として提供すると、自ら労苦を厭わず配給作業を行った。不平不満を言うばかりであった人々も、その姿を見て自ら作業を手伝うようになった。
やがて、食料の配給が安定し、公共事業として第七城壁の建設が決まると、人々はようやく自らの足で立ち上がり始めた。
黒大公ベリアルの王都襲撃により第七街区が灰燼に帰しても、挫けずに再び復興を目指してまた家を建て始めた。
そして、今。王都に治安維持を『委託』された『地域の実力者』の名を取って『ドゥブレー地区』と呼ばれるその一角は、城壁建築に加えて新たに上水道整備という公共事業を迎えて、ようやく経済活動が回り始めていた。
教会も、立派になった。が、訪れる人は少なくなった。
「自分たちの生活に余裕が出来れば、信仰も無用の長物ということなのかね?」
会堂のベンチに座ったドニ・ドゥブレーが中折れ帽を脱ぎながら。祭壇の前で一人で祈りを捧げ終えたマリアンヌにそう声を掛ける。
「あら。皆さん、今でも週に一度の礼拝には欠かさず顔を見せてくださいますし。例えば、あなたのような人でも、食事の前には精霊様に祈りを捧げているでしょう?」
それでいい、とマリアンヌは答えた。
それに、と付け加える。人々が救いが必要ないくらい、苦悶せずに生きていけるようになったのならば。それこそが私と貴方の最大の功績なのだから、と。
「今年も、この教会で聖輝節のお祭りをやります。……未だ救われぬ子供たちや人々の為に」
毎日、みんなと、『せいれいさま』においのりをささげたり、おべんきょうしたり、おそうじしたり、かけっこしたり、かくれんぼしたりしてあそんでいます。
『こじいん』のマリアンヌ先生や、サキ先生や、カァナ先生は、いつもにこにこしていてやさしいから大スキです。でも、おこるととてもこわいです。サキ先生は、わたしたちがわるい事をするとすぐどなったりたたいたりしますが、あやまるとすぐにゆるしてくれます。マリアンヌ先生とカァナ先生はたたきませんが、わたしたちがはんせいするまでけっしてゆるしてくれません。だけど、先生たちは、わたしたちがわるいことをしなければおこらないので、わたしたちはやっぱり先生たちのことが大スキです。
『こじいん』には、時どき、ご近じょのおじさんやおばさんや、『はんたぁ』のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちが『こじいん』のお手つだいに来てくれます。おじさんやおばさんや『はんたぁ』のみなさんはすごいです。みなさんが来ると『きょうかい(教会)』のたてものが大きくなったり、直ったりします。新しいあそび場を作ってくれたり、いっしょにあそんでくれたりします。とてもとても楽しいです。
『きょうかい』の『おまつり』の時には、ご近じょのおじいさんやおばあさんたちも来ます。いつもはケガやびょう気で来れないそうですが、『おまつり』の日はがんばって『きょうかい』に来るそうです。その日はわたしたちといっしょに『せいれいさま』においのりをささげたり、ごはんをいっしょに食べたりします。そして、『はんたぁ』のお兄さんやお姉さんたちといっしょに遊んだりします。歌を歌ったり、がっきのえんそうをしてくれたりしてくれたおかえしに、わたしたちがげき(劇)をえんじる(演じる)と、みんながはく手してくれます。はく手してもらうと、わたしは何だかキューっとなって、はずかしくなってしまいますが、一生けんめいれんしゅうしたので、うれしくなります。
おまつりが終わってみんなが帰る時間になると、わたしたちはお見送りをします。その時、おじいさんとおばあさんの中にはないて(泣いて)しまう人もいます。そんなおじいさんやおばあさんを見ると、わたしもかなしくなってないてしまいます。
後でおかたづけの時間に、ないていたおじいさんやおばあさんたちは、みんなでこの町ににげて来る時に、子どもや、まごをなくした人たちだ、と先生が教えてくれました。わたしたちにもお父さんやお母さんがいません。おんなじだと思ったら、わたしはまたないてしまいました。そうしたら、先生がギュッとだきしめてくれました。すると、気づいたみんなが集まって来て、わたしばかりずるい、と言いました。先生は集まって来たみんなをまとめてギュッとしました。そうしてみんなで泣きました。
わたしたちにはお父さんもお母さんもいません。時どき、かなしくなるけれど、みんながいるのでさびしくはありません。
この間、先生たちから、ことしも『せいきさい』(聖輝祭)のおまつりをやると聞いて、みんなでよろこびの声を上げました。
またおじいさんやおばあさん、お手つだいのおじさんやおばさん、『はんたぁ』のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちのみんなに会う事が今から楽しみです。
●
ホロウレイドの戦いで故郷を失った人々が辿り着いた、王都の外の避難民街。通称、『第七街区』── ジョアニスという名のその小さな教会は、王都第六城壁南門にほど近い『ドゥブレー地区』と呼ばれるエリアにあった。
ジョアニス・エルフェ──かつて、地獄の様な有様となったリベルタースからの苛酷な逃避行にあって、皆を励まし、希望を与え続けた聖職者の名を借り、名付けられた。聖職者は王都への途上、病により命を落としたが、娘のシスター・マリアンヌが父に代わり、絶望に沈む人々の信仰の導き手を担って人々を導いた。
王都に辿り着いたばかりの頃。城門の中に入れてもらえなかった人々がとりあえず雨風を凌げる程度のバラックを住処として作った後で、最初に作ったのがこのジョアニス教会だった。貧しかった人々が協力し、むしろ自分たちの住まいよりも立派な教会をかの地に建てた。小さく、みすぼらしく、ささやかな。王都の丘の上に立つ大聖堂と見比べれば、教会と呼ぶのもおこがましい掘っ立て小屋── だが、それは他に縋るもののなかった人々の、確かに希望であったのだ。
その想いに、マリアンヌも応えた。彼女は王都の役人ではなく、第六街区の教会を通じて、聖堂教会上部へ掛け合った。その頃から『第七街区』(当時はその通称すら無かったが)に対する食料の配給は行われていたが、質・量ともに十分なものではなかった。マリアンヌは自身の名で難民たちの惨状をエクラ教信者に広く訴え、その影響力を以って配給の質的向上を求めた。同時に彼女は、配給を受け入れる『第七街区』側の態勢も整えた。これまでは配給場が飢えた暴徒に襲われるといった事件がしばしば頻発していたのだが、マリアンヌは(自身の影響力が及ぶ限りにおいて)その様な状況を戒めた。
彼女は教会の敷地を食料の配給場として提供すると、自ら労苦を厭わず配給作業を行った。不平不満を言うばかりであった人々も、その姿を見て自ら作業を手伝うようになった。
やがて、食料の配給が安定し、公共事業として第七城壁の建設が決まると、人々はようやく自らの足で立ち上がり始めた。
黒大公ベリアルの王都襲撃により第七街区が灰燼に帰しても、挫けずに再び復興を目指してまた家を建て始めた。
そして、今。王都に治安維持を『委託』された『地域の実力者』の名を取って『ドゥブレー地区』と呼ばれるその一角は、城壁建築に加えて新たに上水道整備という公共事業を迎えて、ようやく経済活動が回り始めていた。
教会も、立派になった。が、訪れる人は少なくなった。
「自分たちの生活に余裕が出来れば、信仰も無用の長物ということなのかね?」
会堂のベンチに座ったドニ・ドゥブレーが中折れ帽を脱ぎながら。祭壇の前で一人で祈りを捧げ終えたマリアンヌにそう声を掛ける。
「あら。皆さん、今でも週に一度の礼拝には欠かさず顔を見せてくださいますし。例えば、あなたのような人でも、食事の前には精霊様に祈りを捧げているでしょう?」
それでいい、とマリアンヌは答えた。
それに、と付け加える。人々が救いが必要ないくらい、苦悶せずに生きていけるようになったのならば。それこそが私と貴方の最大の功績なのだから、と。
「今年も、この教会で聖輝節のお祭りをやります。……未だ救われぬ子供たちや人々の為に」
リプレイ本文
教会の聖輝祭を手伝うべく王都の転移門を抜けたハンターたちは、第六城壁南門を抜けてドゥブレー地区へと入った。
個人商店の建ち並ぶ狭い目抜き通りは、王都にも負けないくらいの人出と賑わいを見せていた。
「結構、人が集まるんだね。難民街だと聞いていたけど……」
「俺様は嫌いじゃないぜ? 貧乏臭えが、活気はある」
流れる人込みの只中で驚くルーエル・ゼクシディア(ka2473)の横で。ジャック・J・グリーヴ(ka1305)が豪快な笑みを浮かべてみせる。
「……表通り(広小路)の方で、商人連合が聖輝節の大売り出しをやっているんだ。それに負けてはいられないと、ここの地元商人たちも大盤振る舞いを始めたわけだ」
その声の主の顔を見て、J・D(ka3351)と松瀬 柚子(ka4625)、クルス(ka3922)の3人はそれぞれ挨拶を返した。声の主はドニ・ドゥブレー。この辺りの『地域の実力者』であり、3人にとっては、かつて受けた依頼の依頼主でもあった。
「ノーサム商会か……いつかのヤマを思い出すぜ」
「あの時、私が連中の尾を確りと掴めていれば……」
苦い思いで告げるJ・Dと柚子に、ドニは、気にすんな、とひらひら手を振った。実際、あれ以来、商人が襲撃されることはなくなっていた。それだけでもドニには御の字だ。
「お前たちは最善を尽くしたさ。実行犯たちを捕まえ、そのアジトまで突き止めた。その後の事は不可抗力だ。まさか連中が火付けまでしようとは、普通、思いもよらねぇさ」
そう何でもかんでも背負い込むもんじゃねぇぜ──? ドニの言葉に、柚子は誰にも聞こえぬくらい小さく舌打ちをした。──背負い込みますよ。過ぎてしまったことは変えられない。でも、絶対に忘れない。次こそは、全てを守る為に……!
「……でも、そうですね。今は少しでも皆がみんなが元気になる為のお手伝いをしなきゃですねっ! 手伝い片付けなんのその! 率先して頑張っちゃいますよぅ!」
一転、(手慣れた調子で)表情を切り替えた柚子が笑顔で振り返る。
だな、とJ・Dが呟いた。前の仕事がどうあれ、今は今の仕事をやるまでだ。
「とは言え、こちとらは余興になるような芸をしらねぇからな……裏方仕事を引き受けるか。喧嘩やごろつきが出ねえ保証もねえし、万が一に目を光らせておくのも仕事の内だ」
J・Dの言葉を聞いて、クルスもまた自分もそうだと頷いた。
「俺もそういう派手な出し物とか考えるの苦手でさ…… 準備くらいだったらいくらでも付き合ってやるんだが。……うちもボロ孤児院だったからな。ある程度の大工仕事なら出来る」
「……孤児院の出身か」
「ああ。俺もぶったたかれながら育った口さ」
雑多な、だが活気に溢れた商店街を抜け。そこでドニが別れを告げた。
「これから広小路の方にも顔を出さなきゃならん…… 祭りの成功を祈っている。シスターにもよろしく伝えておいてくれ」
お付きの若いのと共に大通り方面へと曲がるドニ。そのコートの袖を、追いかけて来た星野 ハナ(ka5852)が「待ってくださ~い!」と摘んで引いた。
「これから商人様たちの所へ行くんですよねぇ? だったら私も連れて行ってくださぁい」
甘ったるい声音と表情で、可愛らしくお願いポーズを取るハナ。ドニは一瞬、絶句した後……一応、用件を訊いてみた。
「私ぃ、明るさってぇ、復興の目安だと思うんですよぉ? 闇を退ける力強さとぉ、身に染み入る暖かさ…… 何より、明かりを焚けるだけの『余裕』があるってことじゃあないですかぁ?」
「……で?」
「だからぁ、教会のお祭りでも、夜を明るくしたいんですよぉ。その為のランプと油を商人様たちに寄付してもらいたいんですよぉ」
ふむ、とドニは考えた。油を扱っている商人にも何人か心当たりがあった。
「で、いかほど入用なんだ?」
「はい、会場全体を照らせる数のランプとぉ……」
「……何?」
「油、6時間分」
「(ブーッ!)」
ドニは思わず飲みかけの茶(?)を噴き出した。
「あ、アホ抜かせ! そんだけ大量のランプと油、あのガメつい商人どもが何の見返りもなしに出してくれるわけないだろ?!」
「寄付してくださった商会さまのお名前はどどーんと会場で宣伝しておきますからぁー。ご協力お願いしますよぉ、ドニえも~ん!」
「!」
なるほど、それなら……
ドニはハナを見返した。『それ』の持つ価値を理解できる商人も、何人かはいるかもしれない。
「……ついて来い。商人たちに話だけは通してやる」
その言葉にハナはきょとんとした顔をして…… にぱっと笑顔を浮かべると、わ~い、とその後をついていった。
ドニ達と別れた後、目抜き通りを抜けて暫し── 質素な住宅が並ぶ閑静な一角にジョアニス教会はあった。
地面剥き出しの円形広場に面した教会の脇を回り、小川に沿って奥へと抜けた裏手に孤児院の敷地があり。祭りの会場となる広い庭には既に近所の人たちが集まり、ステージやら屋台やらの設営準備に掛かっていた。
勝手知ったる何とやら──何度かここを訪れたことのあるシレークス(ka0752)が迷うことなく門を抜け、扉が開け放たれたままの裏口から教会へと入っていった。いいのかな~……と冷や汗を垂らすルーエルをよそに、サクラ・エルフリード(ka2598)もまた堂々と後へと続く。
「シスター! シスター・マリアンヌ! この流浪の修道女、シレークスが手伝いに来ましたですよ!」
大きな声で二度呼びかけると、奥からマリアンヌが顔を出した。気付いた子供たちの幾人かが他の皆に先んじて、顔見知りのシレークスの所に集まってきゃっきゃと纏わりつく。
「あ、シレークスさんにサクラさん。今回もお手伝いいただけるのですね」
助かります、と2人に頭を下げるマリアンヌ。折り目正しさの下に隠された疲労がその表情の下に微かに透ける。
「……子供。また増えやがったみたいですね」
「ええ。この前のテスカ教徒の王都襲撃の際に……」
柱の陰からこちらを見つめる見慣れぬ顔を見やりながら、シレークスはそちらに手を振った。それでもはにかむ子供たちには、こちらから「捕まえちまうぞー!」と迎えに行った。
(聖堂教会の問題児、などと自認しておきながら、なんだかんだ言って子供好きなんですよね)
その光景を見守りながら、澄まし顔でサクラが呟く。
「おら、サクラ。おめーもキリキリ働きやがるです。子供たちは待ってはくれねーですよ! ……マリアンヌ! このわたくしが来たからには安心して頼ってほしいのですよ。体力なら有り余ってるんで、存分にお手伝いさせていただきやがります!」
そう力こぶで請け負いながら、子供たちを纏わりつかせすつ子供部屋へと突入していくシレークス。途端に、部屋の中からキャー! と子供たちの歓声と悲鳴(?)が上がる。
サクラはシレークスの言葉に「了解してます」と澄まし顔のまま呟くと、懐から取り出した猫耳カチューシャを装着して彼女の後について行った。
「あのー、僕もお手伝いに来たんですけど……」
一方、力仕事を手伝うべく、外で体格のいいおじさんにそう声を掛けたルーエルは……炊事場へと案内されていた。
「お前の担当はここだ、お嬢ちゃん」
「いえっ、そのっ……!(僕はお嬢ちゃんじゃないんですけど……!)」
「なんだ、お前さん、料理できないのか?」
「いえっ、出来ますけどもっ……!」
その頃、J・Dと柚子の二人は、不審な人物がいないか周囲のパトロールに出て。
明日、会場で屋台を出すことに決めていたジュード・エアハート(ka0410)は、集積場に行って木材を分けてもらうと、釘ととんかち片手に自身の屋台を組み上げ始めた。
今回の祭りで唯一、プロとして呼ばれた手品師、札抜 シロ(ka6328)は、荷物を置く間もなく製作途中のステージに上がって諸々確認作業を始め。
荷運び用に馬を連れて来たクルスは、だが、すぐに子供らに気付かれて……作業が出来ずに難儀していたりする。
そんな諸々の光景を梯子の上から見下ろしながら、エルバッハ・リオン(ka2434)は己の作業の手を止めた。おじさんたちの手で滑車によって釣り上げられたステージの看板を、柱に打ち付け終えたところだった。
「お疲れさん、嬢ちゃん! そろそろ飯時だな…… 昼飯に合わせて休憩を取るから、いつ頃になりそうか女たちに聞いてきてくれ」
「はい」
エルは木製の脚立を下りると、親方(?)に返事をして飯焚き場へと足を向けた。
(……皆、活き活きと作業をするものですね)
設営作業の続く会場を見渡し、エルが小さな感慨を抱く。
お金が入るわけではない、しんどい重労働にも関わらず。額に汗して働く男たちの表情は皆、明るかった。作業の不手際を責める怒鳴り声の合間に聞こえてくる、豪快な笑い声── 皆、どことなく楽しそうだ。
「飯の時間? ああ、もうちょいかかると男どもには伝えておくれ。何せ量が半端じゃないからね」
それは到着した飯焚き場の女たちも同じだった。いくつもの大鍋に火をかけ、山の様な食材を切り分け……目の回るような忙しさの只中にあって、奥様と娘さんたち(とルーエル)の表情は活き活きしている。
(教会のお祭り──皆の気持ちを明るくする為には、やはりこういったことも必要なんですね)
エルは腕まくりをすると自ら手伝いを申し出た。
「ありがたい。じゃあ、切り分けた食材を鍋へと運んで! ……でも、いいのかい? 男どもに時間を報せなくて」
「はい。あっちはあっちで……随分と楽しそうにしてましたので」
日没と共に作業は終わった。完成した会場を満足そうに見やりながら、ご近所さんたちがまた明日、と挨拶をして帰っていく。
「さあ、次は何を手伝いやがりますか?! 荷運びでも、大鍋を掻きまわすのでも!」
「こ、子供たちの遊び相手を……」
準備作業が終わっても、シスターたちは忙しそうだった。聖輝節のイブは一晩中、礼拝に訪れる信徒たちの為に教会の扉は開かれる。
「ちゃんと休んでくださいね」
言い置き、サクラはシレークスと共に、昼間仲良くなった子供たちの所へと戻っていった。
子供部屋の子供たちは、祭りの前の興奮状態にあった。
「ほらほら、今からそんなんじゃ、肝心の聖輝祭を楽しめなくなりますよ。わたくしが今から面白い話を聞かせてあげます」
そう言って、シレークスは自分たちがこれまで経験して来た冒険譚を、傍らにいるサクラをドジっ子に仕立てて(サクラ「!?」)語り始めた。
話を聞き入ったのは主に男の子で、人気のあったのは、様々な『怪獣』が出る卵取りの冒険とユグディラもの。この教会には妖猫の王子の冒険譚を描いた絵本があり、ここでは妖猫は人気者だ。
女の子の多くは夕方過ぎに戻って来たハナと一緒に、明日のお祭りの来場者用のプログラムカード作りに携わっていた。
「わたし、ねこにゃんを描く~!」
「わたしはうさぴょん~」
白墨を手に黒板ノートへガリガリとお絵描きを始める女の子たち。ハナは「うんうん、可愛いねぇー♪」と褒めながら、それをプログラムの文字を囲む周りの部分のデザインとして取り入れていった。
「今こそ腐女子の手腕の見せ所ですぅ」
ペロリと舌を出しながらペンを走らせ、子供たちの絵が出来上がる度に、あーでもない、こーでもない、とデザインを変えていく。最終的には幾つか出来上がったデザインを子供たちの多数決で決定し。更に出て来た意見を反映しつつ、決定稿を完成させていく……
「さて、夜になりましたね!」
普段、寝る時間になっても、子供たちはまったく眠くなる気配を見せなかった。
柚子は子供部屋に焚かれた蝋燭の本数を減らして光量を下げると、部屋の真ん中に進み出て、そこにスタンドマイクを立てた。そして、子供たちが自身に注目するのを待って…… コホン、という咳払いの後、きらりんとした笑顔と共に子供たちへ呼びかけた。
「さあ、みんな! 皆でお歌を歌いましょう!」
瞬間、ワッと沸く子供たち。何を歌うの? という問いに、何を歌おう? と訊き返し。やんややんやと上げられる曲の中からまずテンポのいい派手なクリスマスっぽい曲を選ぶと、アコーディオンの伴奏と共に皆と一緒に歌い出す。
そして、時間の経過と共に、曲調を段々おとなしめのものに変えていき…… 最後はバラードから子守歌へと転調させた。更に、あらかじめそのタイミングを待っていたジュードが竪琴を鳴らしながらそこに加わり、柚子と優しいハーモニーを奏で始める。
歌い疲れた子供たちが徐々にコクリ、コクリと脱落し始め…… そういった子供たちを、ルーエルやサクラたちが寝室へと連れて行く。
やがて、起きている子供は数人になり、歌の会はお開きとなった。残った子たちが他の子を起こさぬよう、シレークスが別室で残った彼らが眠くなるまでお話に付き合う。
そんな彼らについていかず、一人ポツリと残った女の子に、寝室から戻って来たルーエルが気が付いた。……確か、明日の劇で主役を務める女の子だった。
「……明日、ちゃんとやれるかな?」
不安そうに零す女の子をルーエルは励ました。
「心細くなった時は…… 親身になってくれる人を頼るといいよ。自分を見てくれている人がいると、どんなに大変な状況でも頑張れちゃうんだよね」
明日の劇を、君は誰に見てもらいたい? ルーエルが訊ねると、女の子は「お父さんと、お母さん……」と顔を俯かせ、涙ぐんだ。
ルーエルは女の子を抱き寄せると、そっと頭を撫でつつ謝った。
「……きっと見ていてくれてるよ。お空の上から、君の事を。だって、明日は聖輝節。しかも、我が子の晴れ舞台なんだから」
いや、聖輝節だけでなく。いつも。いつまでも君の事を。
「主も……愛する人も、きっと見守ってくれている。だから、明日は素敵なお祭りにしよう」
深夜、未明── まだ夜明けの兆しもないその時間に、あらかじめ早く就寝していたJ・Dがパチリと目を覚ました。
寝ている皆を起こさぬよう、音を立てずに部屋を出る。
まだ明かりの点いた部屋の前を通り過ぎ──その部屋の中には、プログラム作りを進めるハナがいた。
「完徹、どんと来いですぅ!」
普段の可愛げな格好もどこへやら。タオルを額に巻いて栄養ドリンクをグイと飲み。完成した最終稿をペンでロウ紙へカリカリと写し取っていく。(……ガリ版とか今の若い子は知ってるかなぁ)
……そっと建物を出たJ・Dは、同じく夜中の見回りを担当するクルスと合流して敷地の巡回を始めた。
少し歩くと、離れた建物の陰──満天の星明りの下に、腰を下ろしたエルの姿があった。
彼女は四弦黒琵琶を抱き、静かに音をつま弾いていた。
「エルバッハか。こんな所で、何を?」
「明日、弾き歌いをするので、隠れて練習を。事前に子供たちに聞かれてしまうと、当日、楽しめなくなってしまうので」
「僕も。シロさんがステージで使う小道具作りを手伝っているです」
エルの近くにはジュードとシロもいた。2人は、皆から提供されたお菓子や文房具などのプレゼントを、赤いブーツを模した入れ物へと詰めていた。
「なぁに? マジックは修練と手間暇根性なのよ? 誰かを笑顔にする魔法を使うのにマテリアルは必要ないんだから」
シロの言葉に、違いないと顔を見合わせるJ・Dとクルス。
そのクルスの視線が「ん?」と奥へと流れ……建物の陰からこちらを見ていた幼い顔が二つ、慌てて引っ込んだ。
「あ、こら。部屋を抜け出してきやがったな」
「まあまあ」
その子らを部屋に戻さんと前に出かけたクルスを、J・Dがやんわり止めた。クルスはふぅ、と息を吐いた。……まあ、思えば自分だって、夜中に孤児院の部屋を抜け出したことはある。
「祭りの夜くらいは説教はしないでおくさ。……よし、怒らないからこっちに出てきな」
「おっかねえ夢でも見たンかい? こっちへ来てみな。空気が澄んでいてお星さまがよく見えらあ」
クルスとJ・Dが声を掛けると、建物の陰に引っ込んでいた顔がひょこりと戻って来た。
それでもその場でもじもじしたまま出てこないよく似た2人(兄妹だろうか)に、J・Dはそうかと呟いた。
「悪夢よりもこちとらの帽子と色眼鏡がおっかねえってかい。そりゃァ仕方ねえ」
J・Dは帽子を脱ぐと、そこに外したサングラスを入れた。……彼の素顔を見るのは、仲間たちも初めてだった。彼は目が光に弱く、常にサングラスを外さなかった。
「そら、これで平気さ」
J・Dがおどけて肩を竦めると、子供たちは頷き合って、とことことこちらへ歩いて来た。
女の子の方はエルに歩み寄り、その耳を指差して「えるふさん」と呟いた。
「ふふっ、そうよ。見つかっちゃったわね。でも、曲の事はみんなに黙っていてね。内緒よ?」
琵琶を傍らに置いて、女の子を膝に乗せるエル。その後ろではジュードとエルが慌ててプレゼントを白い袋へ隠す。
男の子はJ・Dに歩み寄り、その銃をじっと見つめていた。
「こんなモンにゃァ縁がねえのが一等良い人生さ。お前ェさんはそういう道を歩くンだぜ」
「でも、僕は……皆を守れる力が欲しい」
「守り様にも色々あらァな。まっとうに生きていくなら、銃や剣よりもペンや算盤の方が強ェのさ」
J・Dはそう言うと、男の子に空を見るよう促した。光の粒を撒いた様な星降る空に、男の子はわあ、と声を上げた。
「いいか。夜っていってもただ暗いだけじゃねえ。たとえ真っ暗に思えても、見上げりゃこうして星々が輝いていやがる……」
そこから少し離れた場所で── J・Dが建物を抜け出すのを見てついてきた柚子が。優しく子供を諭す彼の姿を陰から見聞きして、優し気な笑顔を浮かべていた。
(ふふっ。Jさん、何というか……本当、優しい人ですね)
その事実が、何か嬉しい。嬉しくて、自然と笑みが零れてしまう。
(でも、Jさんの素顔、初めて見た…… ……。も、もう! なんだって顔が熱くなってるんですかねっ……!)
火照った頬を両手で挟んで、心臓をドキドキさせていた柚子が…… 教会の門を抜けてふらふらと侵入してくる何者かに気が付いた。
瞬間、表情を引き締めて、男の背後に回る柚子。後ろから肩を掴み、振り返ったところを投げ飛ばす。
抵抗はなかった。柚子は何者かと誰何した。
「お、俺だ……」
男は南護 炎(ka6651)だった。なんだか知らないが酷く疲れている。
「南護さん!? こんな時間に、なんで……」
「……明日の、いや、もう今日か…… 今日の祭りで使うもち米を、リゼリオの伝手を通じて集めてたら、こんな時間に……」
手を借りて立ち上がり、抱えた麻袋を見せて。
「台所はどこだ……? (もう夜が明けるけど)もち米を一晩水に浸けておかないと……」
●
そうして祭り当日の夜が明けた。
台所の朝は早い。ハナは誰よりも早くそこに立つと、鍋に湯沸かし、フライパンに油を引いて。小さく可愛いチポラタソーセージのベーコン巻きに、リーシブーロ(幸運のミルク粥)、ドライフルーツとひき肉を詰めたミンスパイを作ると、その余った生地でもみの木にも飾れるオーナメントクッキーまで手早く準備した。
「数的には、クッキーの余った部分でミンスパイって感じですけどぉ、そこは気にしたら負けですぅ」
そう言うハナは、プログラム作りで一睡もしていない。なぜそこまで、という問いに、一日くらいじゃ徹夜じゃないです、とかぶつぶつ言いつつ、にっこりと笑って見せた。
「子供たちが大きくなってからぁ、今日この日が楽しい日だったって懐かしく思い出せる行事にしたいんですぅ。例え来年、私たちが手伝えなかったとしても続けていける、この教会の『伝統』になるようなぁ…… そんなお手伝いをしたいんですよねぇ」
「皆さん、今日は何の出し物をするんですか?」
朝食を終えて会場に向かいながら、ルーエルが皆に尋ねる。
「俺はリアルブルーの風習で祭りを盛り上げるつもりだ!」
そう言って大きな臼と、数本の杵(子供でも持てるような小さなサイズ)を掲げて見せる炎。あの後、様々な準備をしてまったく寝ていないはずだが、まるで疲れた様子がない。
「屋台には蒸篭を設置し、醤油ときな粉と大根おろしの準備も出来た! これも皆が教えてくれた伝手を頼って手に入れられた賜物だな! あとは、まあ……もち米を水に浸けるのが遅かったので、祭りの前半、まるですること無いのが難点だが」
そんな炎の傍らでは、ジャックが一人、燃えている。
「さぁて、俺様が聖輝節を盛り上げてやるとするか。最ッ高の輝きを平民共に魅せてやるぜ……!」
「えっと、具体的には……?」
「おう、そこだ! 俺様も最高の輝きとは何かを考えたワケよ、0.5秒くらいな。そして、閃いた! 最高の輝きを放つモノ……そりゃあ俺様だってな!」
「……は?」
「そう、俺様の……筋☆肉だ!」
じゃき~ん! とポージングを決めつつ、叫ぶジャック。顎を落としたルーエルが、驚いたか、と訊ねられ。驚いたかと問われれば、確かに驚きはしましたが……
「そうと決まれば出し物の準備だ! 準備と言っても筋肉だからな。やることはトレーニングだ! 腹筋背筋腕立て等の基礎的なモンから、キレを見せる為の諸々のポージングを…… おっと、イメトレも大事だよな。最高の輝き、最高の筋肉をイメージだ、イメージ……」
組んだ膝に肘を乗せ、そのままのポーズで動かなくなるジャック。「アレなーに?」と訪ねてくる子供たちを、シレークスが「見ちゃいけません」と遠ざける。
「そう言うルーエルはいったい何を?」
サクラに問われて、ルーエルはんー、と小首を傾げた。
「社交ダンス……は無理でしょうね。みんなで歌うのなら参加したいですね。歌うのは好きだし、聖導士として聖歌もばっちりですしね」
「サクラも伴奏で出てみたらどーですか。いつも練習してやがるじゃないですか」
シレークスの言葉に、はあっ!? ときょどってみせるサクラ。何であなたが知ってますか。ずっと隠れて練習してきたのに!
両手をぶんぶん振って断るサクラ。しかし、すぐに子供たちにせがまれ、意を決する。
「むぅ…… あまり人前ではやりたくないのですけど…… きょ、今日は頑張ってみます」
けど、まさか一番手だったとは。
ガチガチに緊張し、右手と右足を同時に繰り出しながらステージへと上がったサクラに対して、満場の観客たちから拍手と声援が送られる。
中央に立ち、観客に一礼してマイクにゴンッと額をぶつけた。湧き起る爆笑に顔を真っ赤にしつつ…… 切り替え、集中したサクラがフルートを唇の下に当て、柔らかな旋律でもってステージの開始を告げる。
その音楽をBGMに、白を基調としたお揃いの服を着た子供たちが入場。台に乗って二段の横列に並ぶ。
一礼したサクラが今度は椅子に座ってハープを構え…… つま弾かれたその音を伴奏に、天使の様な歌声で聖歌を歌い始める子供たち。その中には同じ格好をしたルーエルもいて、(我ながらまったく違和感がないけれどっ!)と歌いながら苦笑していたり。
「はふぅー! は、恥ずかしかったのです……! あまりうまくなかったと思いますけど、何とかなったでしょうかね」
舞台を下りてホッと息を吐くサクラ。それを拍手で迎えたシレークスが、だが、「まだ出番は終わりじゃねーです」とニンマリ笑う……
「みんなぁー! こーにゃにゃーちわー♪ さあ、甘い物が食べたい子はこっちに集まってにゃー!」
その頃、出店の屋台が並ぶ一角では、ゆぐにゃん(まるごとユグディラ)の着ぐるみを着たジュードが、子供たちに呼び込みを掛けていた。
彼(彼女ではない)の屋台は綿飴屋さん。雪みたいにふわふわなコットンキャンディが、店先で陽光を受けキラキラと輝いている。
「普通の真っ白のやつだけじゃないよー。ほんのりピンクのイチゴ味や、黄色のはちみつれもん味……こっちの薄紫色のは葡萄味!」
「わあー、きれいー!」
「そのもふもふかわいー!」
集まって来た子供たちににっこりと笑い掛けて。自作の綿菓子機にザラメを入れて、木の棒に絡めてく~るくる…… 雲が出来たら星みたいな金平糖を振りかけて……はいっ! 聖輝節仕様のコットンキャンディの完成、完成~!
「わあ~!」
魔法でも見たかのようなキラキラとした瞳で、いそいそと財布からお小遣いを取り出そうとする子供たち。
ジュードはそれを止めて、お代は不要! と胸を張った。
「ゆぐにゃんは子供たちの笑顔が見られればそれで満足なのさ! それに……今日は聖輝節のお祭りじゃないか!」
だから、みんなに良いことあるように! ジュードは綿菓子のおまけに手作りのお守りも一緒に渡した。綺麗な貝殻とガラス玉で作られたそれをキラキラと陽光に透かし、綺麗~! と感嘆した子供たちが、ありがとう、とジュードに礼を言う。
J・Dと柚子の二人が祭り会場の見回りに入る。その腕には巡回者用の腕章──ハナが昨晩、ついでに作っておいたものだ。
なんとなく嬉恥ずかしな気分の柚子と対照的に、淡々と警戒の視線を振るJ・D。何か今日は様子が違うな、との彼の言葉に、柚子はあはは、と珍しく歯切れが悪い。
「お、クルスじゃないか。何やってんだ、こんな所で……」
花壇に囲まれた教会の中庭に来た時に、J・Dがクルスを見つけた。
彼は自身の馬を曳いて、教会の中庭をグルグルと回っていた。その馬の背には子供が2人乗り、高ーい、ときゃっきゃっはしゃいで喜んでいる。
「……大がかりな物を運搬するのに必要かもしれないから、馬、連れて来たんだが……」
だが、すぐに子供たちに見つかり、「馬だ!」「お馬さんだ……!」と子供たちがワラワラと寄って来て…… 思った以上の大反響に、昨日の時点でもう荷運びの仕事はできなくなっていた。
「余りに子供たちが集まって来るから…… 今日はこうして二人ずつ乗せて中庭を歩かせることにしたんだ」
ムスッとした表情で、愛馬の手綱を手に、クルス。だが、一見、ぶっきらぼうに見えて、クルスの子供たちへの対応は親切だった。
「さて、じゃあ、次の子は……」
自分の番が来たにも関わらず、直前になって馬の巨体に怯えて尻込みする女の子。クルスはしゃがんで子供と同じ目線になると、自然な笑顔で微笑みかけた。
「大丈夫だ。こう見えて大人しい動物だ」
そう言って抱え上げ、馬の顔の傍に連れて行ってやり。優しい目をしているだろう? と語りかける。──乗りたくてここまで来たのだろう? こんな機会は滅多にあるもんじゃない。怖いと逃げるのは構わないが、後で後悔しないと自分に言えるか?
「もし怪我をした時は、すぐに俺が痛いの痛いの飛んでけしてやる」
「……ホント?」
覚悟を決めて頷く子供を、鞍の上に乗せてやるクルス。
「ああ、ホントだ。……ただし、先生に説教されて叩かれてもそれは直してやれねえからな。そこだけは覚悟しとけよ」
その頃、舞台では、エルの琵琶の演奏が始まっていた。
べべんっ、という単音がなり、エルの透明感のある声が切々と歌を紡ぎ始める。
「……珍しい音と歌い方だなぁ」
「東方の楽器であるらしい」
ざわつく観客たち。王国では見かけるのも珍しいエルフという種が、異国の楽器を手に異国の歌を歌っている── 彼らにとってはそれだけでも神秘的な出来事だ。
感嘆の息を吐く観客たちの前で、エルの演奏が熱を帯びて来た。べべんべんべんと盛り上がる演奏。やがて16ビートもかくやというばち捌きに聞き手のボルテージも上がり続け、そのテンションに合わせるようにエルの身体も激しく揺れる。
やがて、べべん、と単音を発して、独演は終了すると、歓声と拍手が沸き起こった。
熱を帯びた身体から汗が湯気となって立ち昇り──ほつれた髪を払いながら立ち上がったエルが襟を正し、観客たちに一礼してステージを下りていく……
その熱狂も冷めやらぬ中──次の演者が、際どいブーメランパンツ一丁のジャックが舞台に上がっ来た。そして、何の前振りもなく、俺様の筋肉を見ろォ! と。すっかり出来上がって汗に光る身体で力強くポージングを決める。
「あ、あれはなんだ……」
「あれも東方や異世界の文化なのか?」
違います。彼はあなたたちと同じクリムゾンウェストの人間です。
そんな観客たちの戸惑いをよそに、ポージングを続けるジャック。そこへ「筋肉なら俺も負けん!」と炎が(もち米がうるくまで暇だったのだ)ステージに上がって服を脱ぎ、見事に完成した細マッチョな身体を存分に見せつけ始めた。
それを機として、会場の力自慢たちが次々と壇上に上がって己の筋肉を見せつけ始めた。盛り上がる筋肉たち。火照った身体から上気する汗──げんなりとした観客たちから上がるまばらな拍手をよそに、子供たちと一部おばさま方(と一部のおにいさんたち)から熱烈な歓声が上がり、ある意味、大盛況で終わる。
「皆、俺様の至高の筋肉美を前に声もないようだったな!」
高笑いをするジャックと炎。見てはいけませんとシレークスが子供たちの視線を逸らす。
「こっ、この空気をどうしろと……!」
続けて舞台に上がるのは、唯一、プロとして舞台に上がるシロだった。
(ああっ、エルさんの直後だったら良かったのに……! でも、私もプロの端くれ……! 負けるわけにはいかないわっ!)
シロは急遽スタッフと話し合って演出を変更した。途中で使うはずだった火薬を冒頭の登場シーンに回す。
パーン! という派手な音と飛び交うテープの中を、サンタっぽいレオタードを来たシロが元気よく舞台へと飛び出した。どよめく、観客。湧き起る歓声。掴みの好感触に気を取り直したシロが(ふふっ、お子様たちにはちょっと目の毒かな?)と自身の網タイツ姿を振り返って舌を出す。
ステッキをクルリと振って、笑顔でステップを刻んで愛嬌を振り撒くシロ。その間に大きな白い袋を背負ったアシスタント──ミニスカサンタという格好から急遽、シレークスに推薦されたサクラ──が、そんなシロに荷物を渡し、そそくさと舞台から捌ける。
シロは無言のままジェスチャーのみで、これなあに? とステージ下の子供たちに尋ねた。プレゼントー! と元気よく答える子供たちにうんうんと頷いて袋の中に手を突っ込み…… あれ? と言った表情で手の平を口に当て。空っぽの袋の中身を観客席に向けて広げ、やっちゃった、テヘペロなジェスチャーで自分の頭をコツンとする。
湧き起る子供たちのブーイングをシロが慌てなさんなとばかりに手で制し。魔法をかける仕草の後、サンタ袋に手を突っ込む。
鳴り響くドラムロール。ニヤリと笑ったシロが腕を袋から引っこ抜くと、その手には赤いブーツを模したプレゼント! おぉー、という大人たちのどよめきと「!?」と目を擦る子供たち。ジャジャーン! という効果音と共に、袋の中から次々とプレゼントを取り出し始めたシロが、ステージをぴょんと飛び下りて子供たちに配っていく……
夕方──日が落ちかけて、会場のランプに火が入った。
柔らかな炎の灯りに照らされる中、会場の中央部にテーブルが並べられ、打ち上げを兼ねた夕食会が始まる。
その余興の一つとして──先の舞台登場以来、上半身裸のままだった炎が登場し。会場の中央まで担ぎ上げて来た臼に水を張り、そこに水切りしたもち米を入れた。(裸なのに)襷をササッと掛けて、水桶に浸かった杵を取り。まずは見本とばかりにべたん、べたんと餅つきをやってみせる。
「よーし、みんな! 俺が教えた通りに餅をつくんだ!」
最初に並んでいた子に杵を持たせ。自身は相の手としてお餅を返す。ふらつく子供に飛ぶ笑いと声援。大丈夫だ、との炎の励ましに頷いて、子供が杵が振り下ろした瞬間、大人たちから喝采が飛ぶ。
そうしてついたお餅は、一口大の大きさに千切って、砂糖を混ぜた醤油やきな粉、大根おろしの辛味餅として次々と皆へと振る舞った。
「さあ、みんな、よく噛んで食べるんだぞ~!」
皆にそう呼びかけながら、自身は次のつき手の杵取りに入る炎。もち米の量が十分でない為、一人当たりの餅の量は少ないが、子供やお年寄りにはそちらの方が食べやすかろう。
「のびる~!」
きゃっきゃっとはしゃぐ子供たちに、食べ物で遊ぶなよお! と笑う炎。
後々、この時のお餅が『教会の祭りで、どこの商店も仕入れられなかった珍しい食べ物が出た』と話題なるのだが……それはまた、別のお話。
●
祭りが終わる。
三々五々、帰っていく近所の人たち。子供たちは食事が終わった皿を食堂の洗い場へと運び、順次片づけを済ませていく。
その間、エルはまだお手伝いも出来ないくらい小さな子供たちを相手に、魔法の実演を行い、泥水を真水に変えたり、子供たちの周囲に纏わせた風に葉っぱを舞わせたりしていたが、はしゃぎ疲れた子供たちはすぐに目を擦り始めた。
「もうおねむですか。仕方がないですね」
エルはサクラやルーエルと共に眠くなった子供たちを部屋へと送った。
小さい子──即ち、最近、孤児院に預けられた子供たちだ。ベッドの中で眠りながら両親を呼ぶ子供の目の端に浮かぶ涙──それをジュードは、そっと指先で拭ってやった。
ポンポンと布団を叩きながら、子守歌を歌ってあげるハナ。サクラはそっと泣いてる子を抱き締めると、その子が落ち着くまでずっと頭を撫でてやった……
「……思えば僕も母はいない。でも、この子たちに比べれば全然、恵まれていた……」
眠った子供たちを見ながら、ルーエル。ジュードがそれにそっと頷く。
「大切な人を、日常を失ってしまった悲しみと虚しさを俺も知っている…… だから、今はただその寂しさを一時でも忘れられるように。また明日を生きていく糧が少しでも得られるように」
「皆、良い子でやがります。これもシスター・マリアンヌの人柄故なのです」
シレークスの言葉に、クルスは複雑な顔をした。──確かに、ここはとても暖かい場所だけど……いずれ、子供たちはここで貰った暖かさを供に抱いて、世間の荒波に漕ぎ出さねばならない。
「まあ、飯を食ってもまた腹は減るが、今日の糧は消えずに明日の糧になってるってことで」
クルスの言葉に、ルーエルが頷く。いつか大人になった時に、こうした時の記憶が楽しい思い出として心に残り、明日へ進む力となりますように。
「願わくば、この子たちの行く末に、苦難以上の幸せがありますように」
ジュードの祈りに、シロが続けた。
「そう、今の君たちは元気づけられる立場だけど、いつか誰かを元気づけられるようになりなさい。だって、誰かを笑顔にする魔法は、ハンターでなくたって誰にでも使えるものなのだから」
個人商店の建ち並ぶ狭い目抜き通りは、王都にも負けないくらいの人出と賑わいを見せていた。
「結構、人が集まるんだね。難民街だと聞いていたけど……」
「俺様は嫌いじゃないぜ? 貧乏臭えが、活気はある」
流れる人込みの只中で驚くルーエル・ゼクシディア(ka2473)の横で。ジャック・J・グリーヴ(ka1305)が豪快な笑みを浮かべてみせる。
「……表通り(広小路)の方で、商人連合が聖輝節の大売り出しをやっているんだ。それに負けてはいられないと、ここの地元商人たちも大盤振る舞いを始めたわけだ」
その声の主の顔を見て、J・D(ka3351)と松瀬 柚子(ka4625)、クルス(ka3922)の3人はそれぞれ挨拶を返した。声の主はドニ・ドゥブレー。この辺りの『地域の実力者』であり、3人にとっては、かつて受けた依頼の依頼主でもあった。
「ノーサム商会か……いつかのヤマを思い出すぜ」
「あの時、私が連中の尾を確りと掴めていれば……」
苦い思いで告げるJ・Dと柚子に、ドニは、気にすんな、とひらひら手を振った。実際、あれ以来、商人が襲撃されることはなくなっていた。それだけでもドニには御の字だ。
「お前たちは最善を尽くしたさ。実行犯たちを捕まえ、そのアジトまで突き止めた。その後の事は不可抗力だ。まさか連中が火付けまでしようとは、普通、思いもよらねぇさ」
そう何でもかんでも背負い込むもんじゃねぇぜ──? ドニの言葉に、柚子は誰にも聞こえぬくらい小さく舌打ちをした。──背負い込みますよ。過ぎてしまったことは変えられない。でも、絶対に忘れない。次こそは、全てを守る為に……!
「……でも、そうですね。今は少しでも皆がみんなが元気になる為のお手伝いをしなきゃですねっ! 手伝い片付けなんのその! 率先して頑張っちゃいますよぅ!」
一転、(手慣れた調子で)表情を切り替えた柚子が笑顔で振り返る。
だな、とJ・Dが呟いた。前の仕事がどうあれ、今は今の仕事をやるまでだ。
「とは言え、こちとらは余興になるような芸をしらねぇからな……裏方仕事を引き受けるか。喧嘩やごろつきが出ねえ保証もねえし、万が一に目を光らせておくのも仕事の内だ」
J・Dの言葉を聞いて、クルスもまた自分もそうだと頷いた。
「俺もそういう派手な出し物とか考えるの苦手でさ…… 準備くらいだったらいくらでも付き合ってやるんだが。……うちもボロ孤児院だったからな。ある程度の大工仕事なら出来る」
「……孤児院の出身か」
「ああ。俺もぶったたかれながら育った口さ」
雑多な、だが活気に溢れた商店街を抜け。そこでドニが別れを告げた。
「これから広小路の方にも顔を出さなきゃならん…… 祭りの成功を祈っている。シスターにもよろしく伝えておいてくれ」
お付きの若いのと共に大通り方面へと曲がるドニ。そのコートの袖を、追いかけて来た星野 ハナ(ka5852)が「待ってくださ~い!」と摘んで引いた。
「これから商人様たちの所へ行くんですよねぇ? だったら私も連れて行ってくださぁい」
甘ったるい声音と表情で、可愛らしくお願いポーズを取るハナ。ドニは一瞬、絶句した後……一応、用件を訊いてみた。
「私ぃ、明るさってぇ、復興の目安だと思うんですよぉ? 闇を退ける力強さとぉ、身に染み入る暖かさ…… 何より、明かりを焚けるだけの『余裕』があるってことじゃあないですかぁ?」
「……で?」
「だからぁ、教会のお祭りでも、夜を明るくしたいんですよぉ。その為のランプと油を商人様たちに寄付してもらいたいんですよぉ」
ふむ、とドニは考えた。油を扱っている商人にも何人か心当たりがあった。
「で、いかほど入用なんだ?」
「はい、会場全体を照らせる数のランプとぉ……」
「……何?」
「油、6時間分」
「(ブーッ!)」
ドニは思わず飲みかけの茶(?)を噴き出した。
「あ、アホ抜かせ! そんだけ大量のランプと油、あのガメつい商人どもが何の見返りもなしに出してくれるわけないだろ?!」
「寄付してくださった商会さまのお名前はどどーんと会場で宣伝しておきますからぁー。ご協力お願いしますよぉ、ドニえも~ん!」
「!」
なるほど、それなら……
ドニはハナを見返した。『それ』の持つ価値を理解できる商人も、何人かはいるかもしれない。
「……ついて来い。商人たちに話だけは通してやる」
その言葉にハナはきょとんとした顔をして…… にぱっと笑顔を浮かべると、わ~い、とその後をついていった。
ドニ達と別れた後、目抜き通りを抜けて暫し── 質素な住宅が並ぶ閑静な一角にジョアニス教会はあった。
地面剥き出しの円形広場に面した教会の脇を回り、小川に沿って奥へと抜けた裏手に孤児院の敷地があり。祭りの会場となる広い庭には既に近所の人たちが集まり、ステージやら屋台やらの設営準備に掛かっていた。
勝手知ったる何とやら──何度かここを訪れたことのあるシレークス(ka0752)が迷うことなく門を抜け、扉が開け放たれたままの裏口から教会へと入っていった。いいのかな~……と冷や汗を垂らすルーエルをよそに、サクラ・エルフリード(ka2598)もまた堂々と後へと続く。
「シスター! シスター・マリアンヌ! この流浪の修道女、シレークスが手伝いに来ましたですよ!」
大きな声で二度呼びかけると、奥からマリアンヌが顔を出した。気付いた子供たちの幾人かが他の皆に先んじて、顔見知りのシレークスの所に集まってきゃっきゃと纏わりつく。
「あ、シレークスさんにサクラさん。今回もお手伝いいただけるのですね」
助かります、と2人に頭を下げるマリアンヌ。折り目正しさの下に隠された疲労がその表情の下に微かに透ける。
「……子供。また増えやがったみたいですね」
「ええ。この前のテスカ教徒の王都襲撃の際に……」
柱の陰からこちらを見つめる見慣れぬ顔を見やりながら、シレークスはそちらに手を振った。それでもはにかむ子供たちには、こちらから「捕まえちまうぞー!」と迎えに行った。
(聖堂教会の問題児、などと自認しておきながら、なんだかんだ言って子供好きなんですよね)
その光景を見守りながら、澄まし顔でサクラが呟く。
「おら、サクラ。おめーもキリキリ働きやがるです。子供たちは待ってはくれねーですよ! ……マリアンヌ! このわたくしが来たからには安心して頼ってほしいのですよ。体力なら有り余ってるんで、存分にお手伝いさせていただきやがります!」
そう力こぶで請け負いながら、子供たちを纏わりつかせすつ子供部屋へと突入していくシレークス。途端に、部屋の中からキャー! と子供たちの歓声と悲鳴(?)が上がる。
サクラはシレークスの言葉に「了解してます」と澄まし顔のまま呟くと、懐から取り出した猫耳カチューシャを装着して彼女の後について行った。
「あのー、僕もお手伝いに来たんですけど……」
一方、力仕事を手伝うべく、外で体格のいいおじさんにそう声を掛けたルーエルは……炊事場へと案内されていた。
「お前の担当はここだ、お嬢ちゃん」
「いえっ、そのっ……!(僕はお嬢ちゃんじゃないんですけど……!)」
「なんだ、お前さん、料理できないのか?」
「いえっ、出来ますけどもっ……!」
その頃、J・Dと柚子の二人は、不審な人物がいないか周囲のパトロールに出て。
明日、会場で屋台を出すことに決めていたジュード・エアハート(ka0410)は、集積場に行って木材を分けてもらうと、釘ととんかち片手に自身の屋台を組み上げ始めた。
今回の祭りで唯一、プロとして呼ばれた手品師、札抜 シロ(ka6328)は、荷物を置く間もなく製作途中のステージに上がって諸々確認作業を始め。
荷運び用に馬を連れて来たクルスは、だが、すぐに子供らに気付かれて……作業が出来ずに難儀していたりする。
そんな諸々の光景を梯子の上から見下ろしながら、エルバッハ・リオン(ka2434)は己の作業の手を止めた。おじさんたちの手で滑車によって釣り上げられたステージの看板を、柱に打ち付け終えたところだった。
「お疲れさん、嬢ちゃん! そろそろ飯時だな…… 昼飯に合わせて休憩を取るから、いつ頃になりそうか女たちに聞いてきてくれ」
「はい」
エルは木製の脚立を下りると、親方(?)に返事をして飯焚き場へと足を向けた。
(……皆、活き活きと作業をするものですね)
設営作業の続く会場を見渡し、エルが小さな感慨を抱く。
お金が入るわけではない、しんどい重労働にも関わらず。額に汗して働く男たちの表情は皆、明るかった。作業の不手際を責める怒鳴り声の合間に聞こえてくる、豪快な笑い声── 皆、どことなく楽しそうだ。
「飯の時間? ああ、もうちょいかかると男どもには伝えておくれ。何せ量が半端じゃないからね」
それは到着した飯焚き場の女たちも同じだった。いくつもの大鍋に火をかけ、山の様な食材を切り分け……目の回るような忙しさの只中にあって、奥様と娘さんたち(とルーエル)の表情は活き活きしている。
(教会のお祭り──皆の気持ちを明るくする為には、やはりこういったことも必要なんですね)
エルは腕まくりをすると自ら手伝いを申し出た。
「ありがたい。じゃあ、切り分けた食材を鍋へと運んで! ……でも、いいのかい? 男どもに時間を報せなくて」
「はい。あっちはあっちで……随分と楽しそうにしてましたので」
日没と共に作業は終わった。完成した会場を満足そうに見やりながら、ご近所さんたちがまた明日、と挨拶をして帰っていく。
「さあ、次は何を手伝いやがりますか?! 荷運びでも、大鍋を掻きまわすのでも!」
「こ、子供たちの遊び相手を……」
準備作業が終わっても、シスターたちは忙しそうだった。聖輝節のイブは一晩中、礼拝に訪れる信徒たちの為に教会の扉は開かれる。
「ちゃんと休んでくださいね」
言い置き、サクラはシレークスと共に、昼間仲良くなった子供たちの所へと戻っていった。
子供部屋の子供たちは、祭りの前の興奮状態にあった。
「ほらほら、今からそんなんじゃ、肝心の聖輝祭を楽しめなくなりますよ。わたくしが今から面白い話を聞かせてあげます」
そう言って、シレークスは自分たちがこれまで経験して来た冒険譚を、傍らにいるサクラをドジっ子に仕立てて(サクラ「!?」)語り始めた。
話を聞き入ったのは主に男の子で、人気のあったのは、様々な『怪獣』が出る卵取りの冒険とユグディラもの。この教会には妖猫の王子の冒険譚を描いた絵本があり、ここでは妖猫は人気者だ。
女の子の多くは夕方過ぎに戻って来たハナと一緒に、明日のお祭りの来場者用のプログラムカード作りに携わっていた。
「わたし、ねこにゃんを描く~!」
「わたしはうさぴょん~」
白墨を手に黒板ノートへガリガリとお絵描きを始める女の子たち。ハナは「うんうん、可愛いねぇー♪」と褒めながら、それをプログラムの文字を囲む周りの部分のデザインとして取り入れていった。
「今こそ腐女子の手腕の見せ所ですぅ」
ペロリと舌を出しながらペンを走らせ、子供たちの絵が出来上がる度に、あーでもない、こーでもない、とデザインを変えていく。最終的には幾つか出来上がったデザインを子供たちの多数決で決定し。更に出て来た意見を反映しつつ、決定稿を完成させていく……
「さて、夜になりましたね!」
普段、寝る時間になっても、子供たちはまったく眠くなる気配を見せなかった。
柚子は子供部屋に焚かれた蝋燭の本数を減らして光量を下げると、部屋の真ん中に進み出て、そこにスタンドマイクを立てた。そして、子供たちが自身に注目するのを待って…… コホン、という咳払いの後、きらりんとした笑顔と共に子供たちへ呼びかけた。
「さあ、みんな! 皆でお歌を歌いましょう!」
瞬間、ワッと沸く子供たち。何を歌うの? という問いに、何を歌おう? と訊き返し。やんややんやと上げられる曲の中からまずテンポのいい派手なクリスマスっぽい曲を選ぶと、アコーディオンの伴奏と共に皆と一緒に歌い出す。
そして、時間の経過と共に、曲調を段々おとなしめのものに変えていき…… 最後はバラードから子守歌へと転調させた。更に、あらかじめそのタイミングを待っていたジュードが竪琴を鳴らしながらそこに加わり、柚子と優しいハーモニーを奏で始める。
歌い疲れた子供たちが徐々にコクリ、コクリと脱落し始め…… そういった子供たちを、ルーエルやサクラたちが寝室へと連れて行く。
やがて、起きている子供は数人になり、歌の会はお開きとなった。残った子たちが他の子を起こさぬよう、シレークスが別室で残った彼らが眠くなるまでお話に付き合う。
そんな彼らについていかず、一人ポツリと残った女の子に、寝室から戻って来たルーエルが気が付いた。……確か、明日の劇で主役を務める女の子だった。
「……明日、ちゃんとやれるかな?」
不安そうに零す女の子をルーエルは励ました。
「心細くなった時は…… 親身になってくれる人を頼るといいよ。自分を見てくれている人がいると、どんなに大変な状況でも頑張れちゃうんだよね」
明日の劇を、君は誰に見てもらいたい? ルーエルが訊ねると、女の子は「お父さんと、お母さん……」と顔を俯かせ、涙ぐんだ。
ルーエルは女の子を抱き寄せると、そっと頭を撫でつつ謝った。
「……きっと見ていてくれてるよ。お空の上から、君の事を。だって、明日は聖輝節。しかも、我が子の晴れ舞台なんだから」
いや、聖輝節だけでなく。いつも。いつまでも君の事を。
「主も……愛する人も、きっと見守ってくれている。だから、明日は素敵なお祭りにしよう」
深夜、未明── まだ夜明けの兆しもないその時間に、あらかじめ早く就寝していたJ・Dがパチリと目を覚ました。
寝ている皆を起こさぬよう、音を立てずに部屋を出る。
まだ明かりの点いた部屋の前を通り過ぎ──その部屋の中には、プログラム作りを進めるハナがいた。
「完徹、どんと来いですぅ!」
普段の可愛げな格好もどこへやら。タオルを額に巻いて栄養ドリンクをグイと飲み。完成した最終稿をペンでロウ紙へカリカリと写し取っていく。(……ガリ版とか今の若い子は知ってるかなぁ)
……そっと建物を出たJ・Dは、同じく夜中の見回りを担当するクルスと合流して敷地の巡回を始めた。
少し歩くと、離れた建物の陰──満天の星明りの下に、腰を下ろしたエルの姿があった。
彼女は四弦黒琵琶を抱き、静かに音をつま弾いていた。
「エルバッハか。こんな所で、何を?」
「明日、弾き歌いをするので、隠れて練習を。事前に子供たちに聞かれてしまうと、当日、楽しめなくなってしまうので」
「僕も。シロさんがステージで使う小道具作りを手伝っているです」
エルの近くにはジュードとシロもいた。2人は、皆から提供されたお菓子や文房具などのプレゼントを、赤いブーツを模した入れ物へと詰めていた。
「なぁに? マジックは修練と手間暇根性なのよ? 誰かを笑顔にする魔法を使うのにマテリアルは必要ないんだから」
シロの言葉に、違いないと顔を見合わせるJ・Dとクルス。
そのクルスの視線が「ん?」と奥へと流れ……建物の陰からこちらを見ていた幼い顔が二つ、慌てて引っ込んだ。
「あ、こら。部屋を抜け出してきやがったな」
「まあまあ」
その子らを部屋に戻さんと前に出かけたクルスを、J・Dがやんわり止めた。クルスはふぅ、と息を吐いた。……まあ、思えば自分だって、夜中に孤児院の部屋を抜け出したことはある。
「祭りの夜くらいは説教はしないでおくさ。……よし、怒らないからこっちに出てきな」
「おっかねえ夢でも見たンかい? こっちへ来てみな。空気が澄んでいてお星さまがよく見えらあ」
クルスとJ・Dが声を掛けると、建物の陰に引っ込んでいた顔がひょこりと戻って来た。
それでもその場でもじもじしたまま出てこないよく似た2人(兄妹だろうか)に、J・Dはそうかと呟いた。
「悪夢よりもこちとらの帽子と色眼鏡がおっかねえってかい。そりゃァ仕方ねえ」
J・Dは帽子を脱ぐと、そこに外したサングラスを入れた。……彼の素顔を見るのは、仲間たちも初めてだった。彼は目が光に弱く、常にサングラスを外さなかった。
「そら、これで平気さ」
J・Dがおどけて肩を竦めると、子供たちは頷き合って、とことことこちらへ歩いて来た。
女の子の方はエルに歩み寄り、その耳を指差して「えるふさん」と呟いた。
「ふふっ、そうよ。見つかっちゃったわね。でも、曲の事はみんなに黙っていてね。内緒よ?」
琵琶を傍らに置いて、女の子を膝に乗せるエル。その後ろではジュードとエルが慌ててプレゼントを白い袋へ隠す。
男の子はJ・Dに歩み寄り、その銃をじっと見つめていた。
「こんなモンにゃァ縁がねえのが一等良い人生さ。お前ェさんはそういう道を歩くンだぜ」
「でも、僕は……皆を守れる力が欲しい」
「守り様にも色々あらァな。まっとうに生きていくなら、銃や剣よりもペンや算盤の方が強ェのさ」
J・Dはそう言うと、男の子に空を見るよう促した。光の粒を撒いた様な星降る空に、男の子はわあ、と声を上げた。
「いいか。夜っていってもただ暗いだけじゃねえ。たとえ真っ暗に思えても、見上げりゃこうして星々が輝いていやがる……」
そこから少し離れた場所で── J・Dが建物を抜け出すのを見てついてきた柚子が。優しく子供を諭す彼の姿を陰から見聞きして、優し気な笑顔を浮かべていた。
(ふふっ。Jさん、何というか……本当、優しい人ですね)
その事実が、何か嬉しい。嬉しくて、自然と笑みが零れてしまう。
(でも、Jさんの素顔、初めて見た…… ……。も、もう! なんだって顔が熱くなってるんですかねっ……!)
火照った頬を両手で挟んで、心臓をドキドキさせていた柚子が…… 教会の門を抜けてふらふらと侵入してくる何者かに気が付いた。
瞬間、表情を引き締めて、男の背後に回る柚子。後ろから肩を掴み、振り返ったところを投げ飛ばす。
抵抗はなかった。柚子は何者かと誰何した。
「お、俺だ……」
男は南護 炎(ka6651)だった。なんだか知らないが酷く疲れている。
「南護さん!? こんな時間に、なんで……」
「……明日の、いや、もう今日か…… 今日の祭りで使うもち米を、リゼリオの伝手を通じて集めてたら、こんな時間に……」
手を借りて立ち上がり、抱えた麻袋を見せて。
「台所はどこだ……? (もう夜が明けるけど)もち米を一晩水に浸けておかないと……」
●
そうして祭り当日の夜が明けた。
台所の朝は早い。ハナは誰よりも早くそこに立つと、鍋に湯沸かし、フライパンに油を引いて。小さく可愛いチポラタソーセージのベーコン巻きに、リーシブーロ(幸運のミルク粥)、ドライフルーツとひき肉を詰めたミンスパイを作ると、その余った生地でもみの木にも飾れるオーナメントクッキーまで手早く準備した。
「数的には、クッキーの余った部分でミンスパイって感じですけどぉ、そこは気にしたら負けですぅ」
そう言うハナは、プログラム作りで一睡もしていない。なぜそこまで、という問いに、一日くらいじゃ徹夜じゃないです、とかぶつぶつ言いつつ、にっこりと笑って見せた。
「子供たちが大きくなってからぁ、今日この日が楽しい日だったって懐かしく思い出せる行事にしたいんですぅ。例え来年、私たちが手伝えなかったとしても続けていける、この教会の『伝統』になるようなぁ…… そんなお手伝いをしたいんですよねぇ」
「皆さん、今日は何の出し物をするんですか?」
朝食を終えて会場に向かいながら、ルーエルが皆に尋ねる。
「俺はリアルブルーの風習で祭りを盛り上げるつもりだ!」
そう言って大きな臼と、数本の杵(子供でも持てるような小さなサイズ)を掲げて見せる炎。あの後、様々な準備をしてまったく寝ていないはずだが、まるで疲れた様子がない。
「屋台には蒸篭を設置し、醤油ときな粉と大根おろしの準備も出来た! これも皆が教えてくれた伝手を頼って手に入れられた賜物だな! あとは、まあ……もち米を水に浸けるのが遅かったので、祭りの前半、まるですること無いのが難点だが」
そんな炎の傍らでは、ジャックが一人、燃えている。
「さぁて、俺様が聖輝節を盛り上げてやるとするか。最ッ高の輝きを平民共に魅せてやるぜ……!」
「えっと、具体的には……?」
「おう、そこだ! 俺様も最高の輝きとは何かを考えたワケよ、0.5秒くらいな。そして、閃いた! 最高の輝きを放つモノ……そりゃあ俺様だってな!」
「……は?」
「そう、俺様の……筋☆肉だ!」
じゃき~ん! とポージングを決めつつ、叫ぶジャック。顎を落としたルーエルが、驚いたか、と訊ねられ。驚いたかと問われれば、確かに驚きはしましたが……
「そうと決まれば出し物の準備だ! 準備と言っても筋肉だからな。やることはトレーニングだ! 腹筋背筋腕立て等の基礎的なモンから、キレを見せる為の諸々のポージングを…… おっと、イメトレも大事だよな。最高の輝き、最高の筋肉をイメージだ、イメージ……」
組んだ膝に肘を乗せ、そのままのポーズで動かなくなるジャック。「アレなーに?」と訪ねてくる子供たちを、シレークスが「見ちゃいけません」と遠ざける。
「そう言うルーエルはいったい何を?」
サクラに問われて、ルーエルはんー、と小首を傾げた。
「社交ダンス……は無理でしょうね。みんなで歌うのなら参加したいですね。歌うのは好きだし、聖導士として聖歌もばっちりですしね」
「サクラも伴奏で出てみたらどーですか。いつも練習してやがるじゃないですか」
シレークスの言葉に、はあっ!? ときょどってみせるサクラ。何であなたが知ってますか。ずっと隠れて練習してきたのに!
両手をぶんぶん振って断るサクラ。しかし、すぐに子供たちにせがまれ、意を決する。
「むぅ…… あまり人前ではやりたくないのですけど…… きょ、今日は頑張ってみます」
けど、まさか一番手だったとは。
ガチガチに緊張し、右手と右足を同時に繰り出しながらステージへと上がったサクラに対して、満場の観客たちから拍手と声援が送られる。
中央に立ち、観客に一礼してマイクにゴンッと額をぶつけた。湧き起る爆笑に顔を真っ赤にしつつ…… 切り替え、集中したサクラがフルートを唇の下に当て、柔らかな旋律でもってステージの開始を告げる。
その音楽をBGMに、白を基調としたお揃いの服を着た子供たちが入場。台に乗って二段の横列に並ぶ。
一礼したサクラが今度は椅子に座ってハープを構え…… つま弾かれたその音を伴奏に、天使の様な歌声で聖歌を歌い始める子供たち。その中には同じ格好をしたルーエルもいて、(我ながらまったく違和感がないけれどっ!)と歌いながら苦笑していたり。
「はふぅー! は、恥ずかしかったのです……! あまりうまくなかったと思いますけど、何とかなったでしょうかね」
舞台を下りてホッと息を吐くサクラ。それを拍手で迎えたシレークスが、だが、「まだ出番は終わりじゃねーです」とニンマリ笑う……
「みんなぁー! こーにゃにゃーちわー♪ さあ、甘い物が食べたい子はこっちに集まってにゃー!」
その頃、出店の屋台が並ぶ一角では、ゆぐにゃん(まるごとユグディラ)の着ぐるみを着たジュードが、子供たちに呼び込みを掛けていた。
彼(彼女ではない)の屋台は綿飴屋さん。雪みたいにふわふわなコットンキャンディが、店先で陽光を受けキラキラと輝いている。
「普通の真っ白のやつだけじゃないよー。ほんのりピンクのイチゴ味や、黄色のはちみつれもん味……こっちの薄紫色のは葡萄味!」
「わあー、きれいー!」
「そのもふもふかわいー!」
集まって来た子供たちににっこりと笑い掛けて。自作の綿菓子機にザラメを入れて、木の棒に絡めてく~るくる…… 雲が出来たら星みたいな金平糖を振りかけて……はいっ! 聖輝節仕様のコットンキャンディの完成、完成~!
「わあ~!」
魔法でも見たかのようなキラキラとした瞳で、いそいそと財布からお小遣いを取り出そうとする子供たち。
ジュードはそれを止めて、お代は不要! と胸を張った。
「ゆぐにゃんは子供たちの笑顔が見られればそれで満足なのさ! それに……今日は聖輝節のお祭りじゃないか!」
だから、みんなに良いことあるように! ジュードは綿菓子のおまけに手作りのお守りも一緒に渡した。綺麗な貝殻とガラス玉で作られたそれをキラキラと陽光に透かし、綺麗~! と感嘆した子供たちが、ありがとう、とジュードに礼を言う。
J・Dと柚子の二人が祭り会場の見回りに入る。その腕には巡回者用の腕章──ハナが昨晩、ついでに作っておいたものだ。
なんとなく嬉恥ずかしな気分の柚子と対照的に、淡々と警戒の視線を振るJ・D。何か今日は様子が違うな、との彼の言葉に、柚子はあはは、と珍しく歯切れが悪い。
「お、クルスじゃないか。何やってんだ、こんな所で……」
花壇に囲まれた教会の中庭に来た時に、J・Dがクルスを見つけた。
彼は自身の馬を曳いて、教会の中庭をグルグルと回っていた。その馬の背には子供が2人乗り、高ーい、ときゃっきゃっはしゃいで喜んでいる。
「……大がかりな物を運搬するのに必要かもしれないから、馬、連れて来たんだが……」
だが、すぐに子供たちに見つかり、「馬だ!」「お馬さんだ……!」と子供たちがワラワラと寄って来て…… 思った以上の大反響に、昨日の時点でもう荷運びの仕事はできなくなっていた。
「余りに子供たちが集まって来るから…… 今日はこうして二人ずつ乗せて中庭を歩かせることにしたんだ」
ムスッとした表情で、愛馬の手綱を手に、クルス。だが、一見、ぶっきらぼうに見えて、クルスの子供たちへの対応は親切だった。
「さて、じゃあ、次の子は……」
自分の番が来たにも関わらず、直前になって馬の巨体に怯えて尻込みする女の子。クルスはしゃがんで子供と同じ目線になると、自然な笑顔で微笑みかけた。
「大丈夫だ。こう見えて大人しい動物だ」
そう言って抱え上げ、馬の顔の傍に連れて行ってやり。優しい目をしているだろう? と語りかける。──乗りたくてここまで来たのだろう? こんな機会は滅多にあるもんじゃない。怖いと逃げるのは構わないが、後で後悔しないと自分に言えるか?
「もし怪我をした時は、すぐに俺が痛いの痛いの飛んでけしてやる」
「……ホント?」
覚悟を決めて頷く子供を、鞍の上に乗せてやるクルス。
「ああ、ホントだ。……ただし、先生に説教されて叩かれてもそれは直してやれねえからな。そこだけは覚悟しとけよ」
その頃、舞台では、エルの琵琶の演奏が始まっていた。
べべんっ、という単音がなり、エルの透明感のある声が切々と歌を紡ぎ始める。
「……珍しい音と歌い方だなぁ」
「東方の楽器であるらしい」
ざわつく観客たち。王国では見かけるのも珍しいエルフという種が、異国の楽器を手に異国の歌を歌っている── 彼らにとってはそれだけでも神秘的な出来事だ。
感嘆の息を吐く観客たちの前で、エルの演奏が熱を帯びて来た。べべんべんべんと盛り上がる演奏。やがて16ビートもかくやというばち捌きに聞き手のボルテージも上がり続け、そのテンションに合わせるようにエルの身体も激しく揺れる。
やがて、べべん、と単音を発して、独演は終了すると、歓声と拍手が沸き起こった。
熱を帯びた身体から汗が湯気となって立ち昇り──ほつれた髪を払いながら立ち上がったエルが襟を正し、観客たちに一礼してステージを下りていく……
その熱狂も冷めやらぬ中──次の演者が、際どいブーメランパンツ一丁のジャックが舞台に上がっ来た。そして、何の前振りもなく、俺様の筋肉を見ろォ! と。すっかり出来上がって汗に光る身体で力強くポージングを決める。
「あ、あれはなんだ……」
「あれも東方や異世界の文化なのか?」
違います。彼はあなたたちと同じクリムゾンウェストの人間です。
そんな観客たちの戸惑いをよそに、ポージングを続けるジャック。そこへ「筋肉なら俺も負けん!」と炎が(もち米がうるくまで暇だったのだ)ステージに上がって服を脱ぎ、見事に完成した細マッチョな身体を存分に見せつけ始めた。
それを機として、会場の力自慢たちが次々と壇上に上がって己の筋肉を見せつけ始めた。盛り上がる筋肉たち。火照った身体から上気する汗──げんなりとした観客たちから上がるまばらな拍手をよそに、子供たちと一部おばさま方(と一部のおにいさんたち)から熱烈な歓声が上がり、ある意味、大盛況で終わる。
「皆、俺様の至高の筋肉美を前に声もないようだったな!」
高笑いをするジャックと炎。見てはいけませんとシレークスが子供たちの視線を逸らす。
「こっ、この空気をどうしろと……!」
続けて舞台に上がるのは、唯一、プロとして舞台に上がるシロだった。
(ああっ、エルさんの直後だったら良かったのに……! でも、私もプロの端くれ……! 負けるわけにはいかないわっ!)
シロは急遽スタッフと話し合って演出を変更した。途中で使うはずだった火薬を冒頭の登場シーンに回す。
パーン! という派手な音と飛び交うテープの中を、サンタっぽいレオタードを来たシロが元気よく舞台へと飛び出した。どよめく、観客。湧き起る歓声。掴みの好感触に気を取り直したシロが(ふふっ、お子様たちにはちょっと目の毒かな?)と自身の網タイツ姿を振り返って舌を出す。
ステッキをクルリと振って、笑顔でステップを刻んで愛嬌を振り撒くシロ。その間に大きな白い袋を背負ったアシスタント──ミニスカサンタという格好から急遽、シレークスに推薦されたサクラ──が、そんなシロに荷物を渡し、そそくさと舞台から捌ける。
シロは無言のままジェスチャーのみで、これなあに? とステージ下の子供たちに尋ねた。プレゼントー! と元気よく答える子供たちにうんうんと頷いて袋の中に手を突っ込み…… あれ? と言った表情で手の平を口に当て。空っぽの袋の中身を観客席に向けて広げ、やっちゃった、テヘペロなジェスチャーで自分の頭をコツンとする。
湧き起る子供たちのブーイングをシロが慌てなさんなとばかりに手で制し。魔法をかける仕草の後、サンタ袋に手を突っ込む。
鳴り響くドラムロール。ニヤリと笑ったシロが腕を袋から引っこ抜くと、その手には赤いブーツを模したプレゼント! おぉー、という大人たちのどよめきと「!?」と目を擦る子供たち。ジャジャーン! という効果音と共に、袋の中から次々とプレゼントを取り出し始めたシロが、ステージをぴょんと飛び下りて子供たちに配っていく……
夕方──日が落ちかけて、会場のランプに火が入った。
柔らかな炎の灯りに照らされる中、会場の中央部にテーブルが並べられ、打ち上げを兼ねた夕食会が始まる。
その余興の一つとして──先の舞台登場以来、上半身裸のままだった炎が登場し。会場の中央まで担ぎ上げて来た臼に水を張り、そこに水切りしたもち米を入れた。(裸なのに)襷をササッと掛けて、水桶に浸かった杵を取り。まずは見本とばかりにべたん、べたんと餅つきをやってみせる。
「よーし、みんな! 俺が教えた通りに餅をつくんだ!」
最初に並んでいた子に杵を持たせ。自身は相の手としてお餅を返す。ふらつく子供に飛ぶ笑いと声援。大丈夫だ、との炎の励ましに頷いて、子供が杵が振り下ろした瞬間、大人たちから喝采が飛ぶ。
そうしてついたお餅は、一口大の大きさに千切って、砂糖を混ぜた醤油やきな粉、大根おろしの辛味餅として次々と皆へと振る舞った。
「さあ、みんな、よく噛んで食べるんだぞ~!」
皆にそう呼びかけながら、自身は次のつき手の杵取りに入る炎。もち米の量が十分でない為、一人当たりの餅の量は少ないが、子供やお年寄りにはそちらの方が食べやすかろう。
「のびる~!」
きゃっきゃっとはしゃぐ子供たちに、食べ物で遊ぶなよお! と笑う炎。
後々、この時のお餅が『教会の祭りで、どこの商店も仕入れられなかった珍しい食べ物が出た』と話題なるのだが……それはまた、別のお話。
●
祭りが終わる。
三々五々、帰っていく近所の人たち。子供たちは食事が終わった皿を食堂の洗い場へと運び、順次片づけを済ませていく。
その間、エルはまだお手伝いも出来ないくらい小さな子供たちを相手に、魔法の実演を行い、泥水を真水に変えたり、子供たちの周囲に纏わせた風に葉っぱを舞わせたりしていたが、はしゃぎ疲れた子供たちはすぐに目を擦り始めた。
「もうおねむですか。仕方がないですね」
エルはサクラやルーエルと共に眠くなった子供たちを部屋へと送った。
小さい子──即ち、最近、孤児院に預けられた子供たちだ。ベッドの中で眠りながら両親を呼ぶ子供の目の端に浮かぶ涙──それをジュードは、そっと指先で拭ってやった。
ポンポンと布団を叩きながら、子守歌を歌ってあげるハナ。サクラはそっと泣いてる子を抱き締めると、その子が落ち着くまでずっと頭を撫でてやった……
「……思えば僕も母はいない。でも、この子たちに比べれば全然、恵まれていた……」
眠った子供たちを見ながら、ルーエル。ジュードがそれにそっと頷く。
「大切な人を、日常を失ってしまった悲しみと虚しさを俺も知っている…… だから、今はただその寂しさを一時でも忘れられるように。また明日を生きていく糧が少しでも得られるように」
「皆、良い子でやがります。これもシスター・マリアンヌの人柄故なのです」
シレークスの言葉に、クルスは複雑な顔をした。──確かに、ここはとても暖かい場所だけど……いずれ、子供たちはここで貰った暖かさを供に抱いて、世間の荒波に漕ぎ出さねばならない。
「まあ、飯を食ってもまた腹は減るが、今日の糧は消えずに明日の糧になってるってことで」
クルスの言葉に、ルーエルが頷く。いつか大人になった時に、こうした時の記憶が楽しい思い出として心に残り、明日へ進む力となりますように。
「願わくば、この子たちの行く末に、苦難以上の幸せがありますように」
ジュードの祈りに、シロが続けた。
「そう、今の君たちは元気づけられる立場だけど、いつか誰かを元気づけられるようになりなさい。だって、誰かを笑顔にする魔法は、ハンターでなくたって誰にでも使えるものなのだから」
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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面白かった! | 7人 |
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依頼相談掲示板 | |||
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お祭りの相談 ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/12/29 14:00:26 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/12/26 00:45:32 |