ゲスト
(ka0000)
【CF】あの鐘の音をあなたと
マスター:猫又ものと
みんなの思い出? もっと見る
オープニング
叶わぬ想い。
それは十分理解している。
それでも願わずには居られない。
あの人と――ほんの一時で良い、共に夜を過ごせれば……。
●
冒険都市リゼリオにも冬の足音が近づいている。
朝の冷え込みは徐々に厳しく、潮風に冷気が乗る頃には『あのイベント』の空気が街を支配し始める。
「ねぇ……もうすぐ聖輝節だよね?」
大きな通りの一つ、ルイーヨ通りでラキ(kz0002)は思い出したように篠原 神薙(kz0001)へ問いかけた。
「聖輝節? なんだっけ?」
「もう! 去年も話したじゃない。リアルブルーでいうとクリスマスだっけ?」
「ああ、クリスマス!」
神薙が忘れていても不思議ではない。
北伐から始まり、各方面で探索されたヴォイドゲートの攻防は今も続いている。各地で獅子奮迅するは他のハンターも一緒。激戦続き毎日で、聖輝節の事をすっかり忘れていても仕方が無い。
「もう、そういう季節なんだね」
視線を空に向けて時間の早さを噛みしめる神薙。
それに対してラキは少々ご機嫌ナナメだ。
「そういうイベントを大事にするのはパートナーの絆にとって大事じゃない? いくら忙しくても忘れるなんて」
「ご、ごめん」
頬を膨らませるラキの横で、神薙は謝る他なかった。
謝って済むものではないと分かっているが、それ以外の術を思い付かなかったからだ。「そんな調子じゃ、大事な人と一緒に教会の鐘は聞けないわよ?」
「え? 何、その教会の鐘って……」
「ああ、カナギは知らなかったんだ。『モノトーンの潮鐘』の言い伝え」
そう言ったラキは、神薙に『ある伝説』を話し始めた。
教会の鐘――このリゼリオ郊外には恋人達に有名な教会が存在する。
モノトーン教会にある鐘は聖輝節の夜に鳴らされる決まりがあるのだが、その鐘を二人きりで聞いた恋人は永遠の愛を約束される言い伝えがあるのだ。
その昔、結婚を前にした男女がふとしたミスから指輪を海へ落としてしまった。
女性が母親から譲り受けた指輪を落とした男性は女性にお詫びをするが、女性は『海の神様の前で結婚を誓ったと思って諦める』と男性を慰めた。
二人は指輪だけでは海の神様も困るだろうと祝い酒やブーケも海に流す。すると、重いはずの鐘が海から浮かび上がってきた。鐘を調べると中には落としたはずの指輪。二人は指輪を取り戻すと同時にお互いの愛を確かめ合う事ができたという。
「へぇ、そんな伝説があるんだね」
「そう。だから、このリゼリオはピースホライズンに負けないぐらい聖輝節は盛大に行われるの。すっごい大勢の人がやってくるんだから。
それに――教会の鐘を聞きに来るカップル達も、ね」
奇しくも今年はピースホライズン周辺が戦場となっている。
この為、多くの市民がリゼリオへ押し寄せる事は目に見えている。既に周辺の商店では聖輝節用のグッズや食材の販売を準備し始めている。
戦続きで暗い雰囲気を吹き飛ばそうと今年は盛大に行われる手筈のようだ。
「でも、その伝説が本当だとしたらロマンチックだよね」
「そうね。でも、正直カップル達はその伝説が本当でも嘘でもどっちでもいいの」
「え? そうなの?」
「当たり前じゃない。もう、カナギったら……」
ラキは神薙の鈍さにため息をついた。
正直、この伝説が本当か嘘か。
それは恋人達にも分からない。
ただ、大切なのはその鐘が鳴り響く時、傍らに愛する者がいるかどうかだ。
愛を確かめ合う日――聖輝節の到来は、もう間もなくだ。
●あの鐘の音をあなたと
「モノトーンの潮鐘、素敵な伝承ですー」
うっとりとため息をつくのはハンターオフィス職員のイソラ。
――ああ、どこかにいい人いないですかね。
どこかの国の王子様とか。
腕っぷしの強いハンターさんでもいいなあ……。
「……あのさ。全部、声に出てるよ」
「はわぁ!?」
脳内を流れる煩悩垂れ流しの彼女に、目を伏せながらツッコむハンター。
イソラは耳まで赤くなってアワアワと慌てる。
「わ、忘れてください。今の話は忘却の彼方へ投げ捨ててくださいっ」
「はいはい、分かった分かった。で、そのモノトーンの潮鐘がどうしたって?」
「そうそう。そうです、モノトーンの潮鐘。皆さん、リゼリオのモノトーン教会には、潮鐘にまつわる伝説があるんですが、ご存知ですか?」
「ええと、確か聖輝節の夜に鳴らされるモノトーン教会の鐘を音を二人きりで聞いた恋人は永遠の愛を約束される……でしたっけ?」
「それもそうなんですが! それだけじゃないんですよー!」
イソラの言葉に、首を傾げる開拓者達。
彼女はにっこりと笑って話し始める。
永遠の愛を約束するというモノトーン教会の鐘。
その鐘が月明かりに照らされ、美しく輝く夜。
想い人と共に教会で、想いのこもった贈り物を贈り合うと、精霊の祝福を受けてより絆が深まるのだそうだ。
「月明りに照らされた教会は、とても綺麗だそうですよ~。もうすぐ満月ですし、皆さんも行っていらしたらどうですか? 気になる人とか、恋人とかと一緒に行くといいことあるかもですよ!」
目をキラキラさせながら続けたイソラ。
開拓者達は、その言葉にちょっと考えて……頷き、出立の準備を始める。
そんな彼らの脳裏には、想い人の顔が浮かんでいた。
それは十分理解している。
それでも願わずには居られない。
あの人と――ほんの一時で良い、共に夜を過ごせれば……。
●
冒険都市リゼリオにも冬の足音が近づいている。
朝の冷え込みは徐々に厳しく、潮風に冷気が乗る頃には『あのイベント』の空気が街を支配し始める。
「ねぇ……もうすぐ聖輝節だよね?」
大きな通りの一つ、ルイーヨ通りでラキ(kz0002)は思い出したように篠原 神薙(kz0001)へ問いかけた。
「聖輝節? なんだっけ?」
「もう! 去年も話したじゃない。リアルブルーでいうとクリスマスだっけ?」
「ああ、クリスマス!」
神薙が忘れていても不思議ではない。
北伐から始まり、各方面で探索されたヴォイドゲートの攻防は今も続いている。各地で獅子奮迅するは他のハンターも一緒。激戦続き毎日で、聖輝節の事をすっかり忘れていても仕方が無い。
「もう、そういう季節なんだね」
視線を空に向けて時間の早さを噛みしめる神薙。
それに対してラキは少々ご機嫌ナナメだ。
「そういうイベントを大事にするのはパートナーの絆にとって大事じゃない? いくら忙しくても忘れるなんて」
「ご、ごめん」
頬を膨らませるラキの横で、神薙は謝る他なかった。
謝って済むものではないと分かっているが、それ以外の術を思い付かなかったからだ。「そんな調子じゃ、大事な人と一緒に教会の鐘は聞けないわよ?」
「え? 何、その教会の鐘って……」
「ああ、カナギは知らなかったんだ。『モノトーンの潮鐘』の言い伝え」
そう言ったラキは、神薙に『ある伝説』を話し始めた。
教会の鐘――このリゼリオ郊外には恋人達に有名な教会が存在する。
モノトーン教会にある鐘は聖輝節の夜に鳴らされる決まりがあるのだが、その鐘を二人きりで聞いた恋人は永遠の愛を約束される言い伝えがあるのだ。
その昔、結婚を前にした男女がふとしたミスから指輪を海へ落としてしまった。
女性が母親から譲り受けた指輪を落とした男性は女性にお詫びをするが、女性は『海の神様の前で結婚を誓ったと思って諦める』と男性を慰めた。
二人は指輪だけでは海の神様も困るだろうと祝い酒やブーケも海に流す。すると、重いはずの鐘が海から浮かび上がってきた。鐘を調べると中には落としたはずの指輪。二人は指輪を取り戻すと同時にお互いの愛を確かめ合う事ができたという。
「へぇ、そんな伝説があるんだね」
「そう。だから、このリゼリオはピースホライズンに負けないぐらい聖輝節は盛大に行われるの。すっごい大勢の人がやってくるんだから。
それに――教会の鐘を聞きに来るカップル達も、ね」
奇しくも今年はピースホライズン周辺が戦場となっている。
この為、多くの市民がリゼリオへ押し寄せる事は目に見えている。既に周辺の商店では聖輝節用のグッズや食材の販売を準備し始めている。
戦続きで暗い雰囲気を吹き飛ばそうと今年は盛大に行われる手筈のようだ。
「でも、その伝説が本当だとしたらロマンチックだよね」
「そうね。でも、正直カップル達はその伝説が本当でも嘘でもどっちでもいいの」
「え? そうなの?」
「当たり前じゃない。もう、カナギったら……」
ラキは神薙の鈍さにため息をついた。
正直、この伝説が本当か嘘か。
それは恋人達にも分からない。
ただ、大切なのはその鐘が鳴り響く時、傍らに愛する者がいるかどうかだ。
愛を確かめ合う日――聖輝節の到来は、もう間もなくだ。
●あの鐘の音をあなたと
「モノトーンの潮鐘、素敵な伝承ですー」
うっとりとため息をつくのはハンターオフィス職員のイソラ。
――ああ、どこかにいい人いないですかね。
どこかの国の王子様とか。
腕っぷしの強いハンターさんでもいいなあ……。
「……あのさ。全部、声に出てるよ」
「はわぁ!?」
脳内を流れる煩悩垂れ流しの彼女に、目を伏せながらツッコむハンター。
イソラは耳まで赤くなってアワアワと慌てる。
「わ、忘れてください。今の話は忘却の彼方へ投げ捨ててくださいっ」
「はいはい、分かった分かった。で、そのモノトーンの潮鐘がどうしたって?」
「そうそう。そうです、モノトーンの潮鐘。皆さん、リゼリオのモノトーン教会には、潮鐘にまつわる伝説があるんですが、ご存知ですか?」
「ええと、確か聖輝節の夜に鳴らされるモノトーン教会の鐘を音を二人きりで聞いた恋人は永遠の愛を約束される……でしたっけ?」
「それもそうなんですが! それだけじゃないんですよー!」
イソラの言葉に、首を傾げる開拓者達。
彼女はにっこりと笑って話し始める。
永遠の愛を約束するというモノトーン教会の鐘。
その鐘が月明かりに照らされ、美しく輝く夜。
想い人と共に教会で、想いのこもった贈り物を贈り合うと、精霊の祝福を受けてより絆が深まるのだそうだ。
「月明りに照らされた教会は、とても綺麗だそうですよ~。もうすぐ満月ですし、皆さんも行っていらしたらどうですか? 気になる人とか、恋人とかと一緒に行くといいことあるかもですよ!」
目をキラキラさせながら続けたイソラ。
開拓者達は、その言葉にちょっと考えて……頷き、出立の準備を始める。
そんな彼らの脳裏には、想い人の顔が浮かんでいた。
リプレイ本文
「すっかりクリスマスムードだね」
「そうだな。こちらでは聖輝節と言うんだったか」
「うん。……日本食のお店、見つかって良かったね。味も良かったし」
「そうだな。久しぶりに実家に戻った気分になった。ざくろサンタの力かな」
「えっ? サンタ? ざくろが?」
「ああ、赤いコートを着ているだろう。まるでサンタのようだと思っていたんだ」
くすくすと笑う白山 菊理(ka4305)に首を傾げつつ己の服に目を落とす時音 ざくろ(ka1250)。そういえば、今日はお気に入りの赤いコートを着て来ていた。
真っ白いコートの菊理が雪の妖精のようで、目が覚める程に綺麗で……自分の恰好などすっかり忘却の彼方だったのだけれど。
宵闇が迫る街を、2人で手を繋いで歩く。
あちこちに灯りが点り、目の前の教会も柔らかな光に包まれていて、菊理が目を細める。
「ここがモノトーン教会か。思ったより小さいんだな」
「でも、暖かな感じがするね」
「そうだな……」
暖かな感じがするのは、きっとこの人と一緒に見ているからだろう。
そんなことを考えていた菊理。隣のざくろが思い出したようにポケットを探る。
「菊理。これ、ざくろからプレゼントだよ。左手出して?」
言われるがままに手を差し出した彼女。その手の薬指に収まったのは、ビーズと天然石の白い雛菊があしらわれた指輪で……思わぬ贈り物に、菊理は目を丸くする。
「指輪じゃないか……! いいのか?」
「うん。菊理の為に作って来たんだよ。サイズぴったりで良かった」
「ありがとう、ざくろ。私のプレゼントじゃ釣り合いが取れないかな……。これ、私から」
「え、いいの!? 開けてもいい!?」
「勿論だ」
渡された可愛らしい小包に目を輝かせるざくろ。
もどかしげに袋を外すと、中から紺と白が基調の上品な柄のマフラーが顔を出して……彼は満面の笑みを浮かべるといそいそとそれを身に着ける。
「わあ……! すごいお洒落だし暖かい! どうかな。似合う?」
「ああ、とても。似合うとは思っていたんだが予想通りだった」
「これ、もしかして菊理の手作り……?」
「そうだ。……長く編みすぎてしまったな。もし何だったら調整しよう」
「え。いいよ、このままで。ほら。2人で首に巻けるし!」
「えっ。ちょっ、ざくろ……?」
引き寄せられ、あっと言う間にマフラーに包まれた菊理。否応なしに密着する結果となって少し慌てたが……幸い、ここには自分達しかいない。
隣のざくろと、首のマフラーが暖かくて彼女は小さくため息をつく。
「……暖かいな」
「うん。体温と愛の力でダブルだからね!」
「もう、そんな事ばかり言って……」
「嘘じゃないよ」
「分かってる。素敵なプレゼントをありがとう」
「こちらこそ」
不意に聞こえてきた鐘の音。高らかなその音を、寄り添いながら聞いて――。
――菊理がリアルブルーにいた頃は、厳格な家庭に育った為かあまり自由がなかった。
だから、ここに来て得た解放感は何にも替えがたかったし、何かに縛られる気などなかったのに……。
――ざくろもそう。いつの間にか、隣に咲く白菊に心を奪われていた。
菊理、と。愛しい人の名を囁くざくろ。振り返る彼女。
そのまま2人の影が重なる。
「……菊理」
「ん?」
「この後って予定ある? 出来れば朝まで一緒にいたいんだけど……」
「朝までとは大きく出たな」
菊理に唇をつつかれ、頬を染めるざくろ。
このまま移動するのも構わないけれど。
まだ鐘は鳴っているし。もう少しこうしていたい――。
2人は微笑み合うと、もう一度優しく唇を重ねて……。
「この続きは部屋で……な?」
菊理の溶けるような囁き。ざくろは頷きつつ、耳まで赤くなった。
「……これが俺の真実。ごめんね、気持ち悪いよね」
「ううん! そんな事はないのじゃ。ヨルガはヨルガじゃ。何も変わらぬ」
しゅんとしているヨルムガンド・D・アルバ(ka5168)に笑顔を返すヴィルマ・ネーベル(ka2549)。
――2人が恋人と呼ばれる関係になったのは夏の終わり。
過去に彼女の目を抉り取ろうとした者がいたと聞かされたヨルムガンドは衝撃を受けた。
彼女を守らなきゃ……そんな使命感からヴィルマの家に転がり込んで――。
使命感があったのは本当だけれど――本当は彼女の瞳を誰にも取られたくなかっただけだ。
俺は『眼球性愛者』だから。君の『瞳』が好きなんだ……。
そう告げられても、ヴィルマの心に嫌悪感は生まれなかった。
彼女はその時初めて、自分の瞳に心から感謝した。
変な歪虚を引き寄せるものでしかなかった忌まわしい器を、彼は美しいと言ってくれる。
この瞳を持っていたから、彼に愛して貰えた――。
瞳への感情も、隠しておく事だって出来たはずなのに正直に話してくれた。
そこに誠意を感じたし、この人はあの雑魔とは違う。素直にそう信じる事が出来た。
それがきっかけだったとしても。これから自分を全部好きになってもらえば良い。
自分が真っ直ぐにこの人を愛していけば良い――。
その想いは秘めたまま、ヴィルマはヨルムガンドの手をそっと握る。
「そなたの秘密を教えて貰って我が教えぬのも不公平じゃ。……対して意味もないが、我の秘密を教えるのじゃ」
背の高い彼に合わせて、背伸びして耳打ちするヴィルマ。ようやくヨルムガンドに笑顔が戻る。
「ヴィルマ・――か。いい名前だね」
「ありがとう。皆を置いて逃げた我が名乗る資格の無い家名じゃがな。そなたにだけは知って欲しかった」
「ヴィルマはヴィルマだよ。何も変わらない」
「その言葉を返されるとは思わなんだ」
むう、と唸るヴィルマにくすりと笑う彼。懐から出したペンダントをそっとヴィルマの細い首にかける。
「はい、これプレゼント。ホープダイヤモンドだよ」
彼女の胸に灯る希望の光。この輝きにも勝るヴィルマの煌めく蒼い瞳。それが今、自分だけを映している。そう考えるだけで嬉しくなる。
「……綺麗なのじゃ。ありがとうヨルガ。黒猫の帽子ピンといい、おぬしは良く我の趣味を掴んでおるな」
「そうかい?」
「うむ。我からのプレゼントは……ちょっと、聞いておるのか?」
瞼に優しく唇が触れて、恥ずかしそうに頬を染めるヴィルマ。
遠くから聞こえる鐘の音。
――ずっとずっと、このまま2人でいられたら……。
ヨルムガンドの抱擁におずおずと応える彼女。
彼の大好きなリボンの飾りがついたタエニアリングを渡すのは、もう少し先になりそうだ。
「あれあれ? こんな人気のない所で何をするつもりですか? ご主人様」
「何って話に来たんだけど……どっか連れ込んであげようか? ん?」
「きゃー! こわーい!」
ジト目を向けて来る玉兎 小夜(ka6009)をくすくす笑いながらからかう遠藤・恵(ka3940)。
お互いを信頼しているからこそ出る軽口。
――それにしても、今日の小夜はどうしたんだろう。
黒いスーツだなんて……似合っているけれど珍しい。何だかそわそわしているような気もするし。
釣られてドキドキしてしまい、目が泳ぐ恵。小夜はこほん、と咳ばらいをするとちらりと彼女を見る。
「恵。こんな曖昧兎と一緒にいてくれてありがとうね」
「……曖昧兎って誰の事?」
「私に決まってるでしょ」
ため息をつく小夜。
――自分は所詮紛い物だ。
今の自分は記憶をなくした己が、生きるために作り出した自我。
本当の自分は自分も知らない。自分ではない自分――。
「そんな私を好きになって、一緒にいてくれて……本当に感謝してる」
「そんな事関係ないよ。偽者でも本物でも私にとっての兎さんは目の前にいる人だけだし」
うふふと笑う恵。
小夜が唯一覚えていたのは確実に敵を屠る方法だけ。
そんな恐ろしい存在である自分を、『目の前にいる小夜』が唯一だと。
過去があってもなくてもかけがえのない人だと言ってくれる。
虚ろな自分を全て受け入れてくれた恵に惹かれるのは自然の事だったのかもしれない。
「これからもずっと一緒に居たいんだ。……恵の今から先を下さい。代わりに、私をあげる」
指輪を差し出して、頭を垂れる小夜。突然の事に、恵は目を丸くしたまま固まる。
「……これは、不意打ちすぎですよぅ」
恵の口からようやく出て来た言葉。
望んでいた筈の展開。何時かは、と予想していたはずの状況。
ブラコンと自他ともに認めてきた自分が、兄より好きになる人ができるなんて思わなかったけれど。
一生この人の隣を歩いていく。
心はとっくに決まっていた。
それなのに。胸の奥が熱くて、くすぐったくて、言葉が出ない。
沢山の気持ちが溢れてきてるのに、何一つ言葉にならない――。
続く沈黙。それを、拒否する言葉を探していると受け取ったのか赤い瞳を揺らす小夜。
その不安を早く取り除いてあげたくて……恵は必死に背伸びをして、愛しい兎の頬に唇を押し当てる。
「大好き!」
「うわあああん! 恵! 私もだよおお!!」
小夜に腰を引き寄せられて、必死に抱き返す恵。
この喜びと幸福感が、鼓動を通じて伝わるといい。
上手く言葉にできない分は、時間をかけて、少しずつ伝えて行こう。
――共に生きる時間はまだ始まったばかりなのだから。
2人を祝福するように、鐘の音が響いた。
夜の教会は静かに、ただただ鐘の音だけが鳴り響く。
誰もいない教会を、八雲 奏(ka4074)と久延毘 大二郎(ka1771)が寄り添って歩いていた。
「綺麗ですね……。今年もこうして一緒に過ごせて幸せです♪」
「ああ。……今年も色々あったもんだ」
「毘古ちゃんにとって、今年はどんな一年でしたか?」
「そうだな……。一番の収穫は竜奏作戦の折に青龍氏との面会が叶った事かな」
教会の仄かな灯りを見つめて、しみじみと呟く大二郎。
青龍に会い、話した事で様々な事を知った。
それは同時に、彼がこの世界に抱いていた推論が、概ね予想通りである事が証明されて――。
「氏の話を聞いて、肩の荷が下りたような気がするよ。……私の成すべき夢が叶ったんだ」
微笑む奏。ふと大二郎は真顔になって彼女を見る。
「君は覚えているだろうか。例の約束を」
「はい。どちらかが夢を叶えたら、一緒に住むって……」
「……やっと、その時が来たのだと思っている。奏、君さえ良ければ……私と一緒に暮らそう」
「……凄く、すっごく嬉しいです♪ でも……一緒には暮らせても、私にはまだ巫女のお役目がありますから」
目をキラキラとさせたかと思ったら、瞬時にしょんぼりとする奏。
彼女は神に仕える巫女だ。
巫女というのは神の嫁、もしくは神の娘として扱われる事が多い。
それ故、神の許しなくして婚姻は出来ない。
彼女の説明に大二郎はむう、と唸る。
「ですから、毘古ちゃんサンタさんにお願いがあります!」
「それは一緒に暮らす事と関係があるのか?」
「大ありです! 私、あの邪神の腕が欲しいです♪ あれを倒して捧げれば、神様も婚姻を許して下さるはずです!」
「邪神……!? また随分と難しい物を……」
大二郎の眼鏡越しの目が大きく見開かれているのを見てくすくす笑う奏。
――ふふ。一緒に暮らすなら、少し制限を付けませんと。
毘古ちゃんも男の子ですからね……。まあ、こんな事しなくても奥手ですけど。
でも、格好良い毘古ちゃんも見たいし……。
「だが、不可能だ、とは口が裂けても言えないな。分かったよ。赤くも髭もないサンタではあるが、必ず贈り届けよう」
「期待してます。私もがんばりますから」
小悪魔のような考えを億尾にも出さず、深く微笑む奏。
既に邪神を倒す算段を立て始めている彼を見上げる。
「毘古ちゃん。帰りにお買い物に寄りましょう。一緒に住むなら食器や、お風呂用品も揃えたいですよね♪」
「ああ、そうだな。色々と準備を……って、ちょ、ちょっと待って。風呂用品もって事は……!!」
慌てる大二郎の手を引いて歩き出す奏。
彼女との新生活の事で、彼の頭の中の邪神打倒計画はすっかり吹き飛んでしまったようだった。
「おー? アーくんからただのお出かけのお誘いとは珍しいですなっ」
「うん。たまには名所巡りもいいかなって」
「ほうほう、名所! どこへ行くのですかなっ?」
「モノトーン教会って知ってる? 何か謂れがあるらしいんだけど」
「……知ってるけど、私と一緒に行こうなんて……そうか。アーくん独り身だもんね。よし、よかろう! レムさんが付き合ってあげよう!!」
元気に待ち合わせの場所に現れたレム・フィバート(ka6552)。
彼女にバシバシと背中を叩かれて、アーク・フォーサイス(ka6568)は苦笑を返す。
レムは子供の頃からいつもこうだ。
明るくて元気で人懐っこくて、鉄砲玉のように突っ走っていく。
無口で人と話すのが苦手な自分とは正反対で……色々助けられて来たし、その明るさに癒されて来た。
彼女がいてくれて良かったといつも思っている。
本人には恥ずかしくてとても言えないけれど。
「……本当にカップルだらけだね」
「そりゃそうでしょ。あのモノトーン教会だもん」
「えっ。もしかしてここの謂れって……」
「そうよー。カップルが永遠の愛を誓っちゃう系よー」
「わあっ! ごめんレム!」
「あー。いーっていーって。私も独り身だし気にしないー」
ひらひらと手を振るレム。独り身と聞いて、何となく安心してしまうのは何故だろう。
彼女はじーっとアークを見つめると、小首を傾げる。
「……アーくん、何かあった?」
「えっ。何で?」
「ううん。何か暗いなーと思って。言いたくないならいいんだ! 折角のせ、せーきさい? 聖輝節か! なんだからーこーパーッと明るく行こう、ぜ!」
にぱっと笑うレム。
――どうして彼女には分かってしまうのだろう。
ずっと一緒に過ごしてきたからこそ、弱音を吐きたくないのに。
考えとは裏腹に、手を伸ばすアーク。
彼女の背に腕を回して、無言で肩に顔を埋める。
――師匠に憧れてハンターになったけど、やっぱりまだまだで。
力が足りなくて……もっと強くなりたいと思う。誰かを守れるくらい、強く……。
「……君は、強いよ」
「……レム?」
「だって、夢を持ってるじゃない。それを叶えるまではそりゃあ色々あると思うけど、アーくんなら大丈夫」
「俺何も言ってないし。そう思う根拠は何?」
「んー。アーくんの事は良く知ってるから、かな! へへー、レムさんは応援するぜぃ♪」
当たり前のように言う彼女。
その一言で、重かった肩が軽くなったような気がして――。
……ああ、レムには勝てないなぁ。
「よしよし。泣くな! 男だろ!」
「泣いてないよ!」
「はいはい。折角だし写真撮ろうぜ!」
頭をわしわしと撫でられて、言い返すアーク。
言われるがままに手を引かれて歩き出した。
浮かぶ満月に照らされる教会。
鐘の音が全てを祝福するように鳴り響く。
「そうだな。こちらでは聖輝節と言うんだったか」
「うん。……日本食のお店、見つかって良かったね。味も良かったし」
「そうだな。久しぶりに実家に戻った気分になった。ざくろサンタの力かな」
「えっ? サンタ? ざくろが?」
「ああ、赤いコートを着ているだろう。まるでサンタのようだと思っていたんだ」
くすくすと笑う白山 菊理(ka4305)に首を傾げつつ己の服に目を落とす時音 ざくろ(ka1250)。そういえば、今日はお気に入りの赤いコートを着て来ていた。
真っ白いコートの菊理が雪の妖精のようで、目が覚める程に綺麗で……自分の恰好などすっかり忘却の彼方だったのだけれど。
宵闇が迫る街を、2人で手を繋いで歩く。
あちこちに灯りが点り、目の前の教会も柔らかな光に包まれていて、菊理が目を細める。
「ここがモノトーン教会か。思ったより小さいんだな」
「でも、暖かな感じがするね」
「そうだな……」
暖かな感じがするのは、きっとこの人と一緒に見ているからだろう。
そんなことを考えていた菊理。隣のざくろが思い出したようにポケットを探る。
「菊理。これ、ざくろからプレゼントだよ。左手出して?」
言われるがままに手を差し出した彼女。その手の薬指に収まったのは、ビーズと天然石の白い雛菊があしらわれた指輪で……思わぬ贈り物に、菊理は目を丸くする。
「指輪じゃないか……! いいのか?」
「うん。菊理の為に作って来たんだよ。サイズぴったりで良かった」
「ありがとう、ざくろ。私のプレゼントじゃ釣り合いが取れないかな……。これ、私から」
「え、いいの!? 開けてもいい!?」
「勿論だ」
渡された可愛らしい小包に目を輝かせるざくろ。
もどかしげに袋を外すと、中から紺と白が基調の上品な柄のマフラーが顔を出して……彼は満面の笑みを浮かべるといそいそとそれを身に着ける。
「わあ……! すごいお洒落だし暖かい! どうかな。似合う?」
「ああ、とても。似合うとは思っていたんだが予想通りだった」
「これ、もしかして菊理の手作り……?」
「そうだ。……長く編みすぎてしまったな。もし何だったら調整しよう」
「え。いいよ、このままで。ほら。2人で首に巻けるし!」
「えっ。ちょっ、ざくろ……?」
引き寄せられ、あっと言う間にマフラーに包まれた菊理。否応なしに密着する結果となって少し慌てたが……幸い、ここには自分達しかいない。
隣のざくろと、首のマフラーが暖かくて彼女は小さくため息をつく。
「……暖かいな」
「うん。体温と愛の力でダブルだからね!」
「もう、そんな事ばかり言って……」
「嘘じゃないよ」
「分かってる。素敵なプレゼントをありがとう」
「こちらこそ」
不意に聞こえてきた鐘の音。高らかなその音を、寄り添いながら聞いて――。
――菊理がリアルブルーにいた頃は、厳格な家庭に育った為かあまり自由がなかった。
だから、ここに来て得た解放感は何にも替えがたかったし、何かに縛られる気などなかったのに……。
――ざくろもそう。いつの間にか、隣に咲く白菊に心を奪われていた。
菊理、と。愛しい人の名を囁くざくろ。振り返る彼女。
そのまま2人の影が重なる。
「……菊理」
「ん?」
「この後って予定ある? 出来れば朝まで一緒にいたいんだけど……」
「朝までとは大きく出たな」
菊理に唇をつつかれ、頬を染めるざくろ。
このまま移動するのも構わないけれど。
まだ鐘は鳴っているし。もう少しこうしていたい――。
2人は微笑み合うと、もう一度優しく唇を重ねて……。
「この続きは部屋で……な?」
菊理の溶けるような囁き。ざくろは頷きつつ、耳まで赤くなった。
「……これが俺の真実。ごめんね、気持ち悪いよね」
「ううん! そんな事はないのじゃ。ヨルガはヨルガじゃ。何も変わらぬ」
しゅんとしているヨルムガンド・D・アルバ(ka5168)に笑顔を返すヴィルマ・ネーベル(ka2549)。
――2人が恋人と呼ばれる関係になったのは夏の終わり。
過去に彼女の目を抉り取ろうとした者がいたと聞かされたヨルムガンドは衝撃を受けた。
彼女を守らなきゃ……そんな使命感からヴィルマの家に転がり込んで――。
使命感があったのは本当だけれど――本当は彼女の瞳を誰にも取られたくなかっただけだ。
俺は『眼球性愛者』だから。君の『瞳』が好きなんだ……。
そう告げられても、ヴィルマの心に嫌悪感は生まれなかった。
彼女はその時初めて、自分の瞳に心から感謝した。
変な歪虚を引き寄せるものでしかなかった忌まわしい器を、彼は美しいと言ってくれる。
この瞳を持っていたから、彼に愛して貰えた――。
瞳への感情も、隠しておく事だって出来たはずなのに正直に話してくれた。
そこに誠意を感じたし、この人はあの雑魔とは違う。素直にそう信じる事が出来た。
それがきっかけだったとしても。これから自分を全部好きになってもらえば良い。
自分が真っ直ぐにこの人を愛していけば良い――。
その想いは秘めたまま、ヴィルマはヨルムガンドの手をそっと握る。
「そなたの秘密を教えて貰って我が教えぬのも不公平じゃ。……対して意味もないが、我の秘密を教えるのじゃ」
背の高い彼に合わせて、背伸びして耳打ちするヴィルマ。ようやくヨルムガンドに笑顔が戻る。
「ヴィルマ・――か。いい名前だね」
「ありがとう。皆を置いて逃げた我が名乗る資格の無い家名じゃがな。そなたにだけは知って欲しかった」
「ヴィルマはヴィルマだよ。何も変わらない」
「その言葉を返されるとは思わなんだ」
むう、と唸るヴィルマにくすりと笑う彼。懐から出したペンダントをそっとヴィルマの細い首にかける。
「はい、これプレゼント。ホープダイヤモンドだよ」
彼女の胸に灯る希望の光。この輝きにも勝るヴィルマの煌めく蒼い瞳。それが今、自分だけを映している。そう考えるだけで嬉しくなる。
「……綺麗なのじゃ。ありがとうヨルガ。黒猫の帽子ピンといい、おぬしは良く我の趣味を掴んでおるな」
「そうかい?」
「うむ。我からのプレゼントは……ちょっと、聞いておるのか?」
瞼に優しく唇が触れて、恥ずかしそうに頬を染めるヴィルマ。
遠くから聞こえる鐘の音。
――ずっとずっと、このまま2人でいられたら……。
ヨルムガンドの抱擁におずおずと応える彼女。
彼の大好きなリボンの飾りがついたタエニアリングを渡すのは、もう少し先になりそうだ。
「あれあれ? こんな人気のない所で何をするつもりですか? ご主人様」
「何って話に来たんだけど……どっか連れ込んであげようか? ん?」
「きゃー! こわーい!」
ジト目を向けて来る玉兎 小夜(ka6009)をくすくす笑いながらからかう遠藤・恵(ka3940)。
お互いを信頼しているからこそ出る軽口。
――それにしても、今日の小夜はどうしたんだろう。
黒いスーツだなんて……似合っているけれど珍しい。何だかそわそわしているような気もするし。
釣られてドキドキしてしまい、目が泳ぐ恵。小夜はこほん、と咳ばらいをするとちらりと彼女を見る。
「恵。こんな曖昧兎と一緒にいてくれてありがとうね」
「……曖昧兎って誰の事?」
「私に決まってるでしょ」
ため息をつく小夜。
――自分は所詮紛い物だ。
今の自分は記憶をなくした己が、生きるために作り出した自我。
本当の自分は自分も知らない。自分ではない自分――。
「そんな私を好きになって、一緒にいてくれて……本当に感謝してる」
「そんな事関係ないよ。偽者でも本物でも私にとっての兎さんは目の前にいる人だけだし」
うふふと笑う恵。
小夜が唯一覚えていたのは確実に敵を屠る方法だけ。
そんな恐ろしい存在である自分を、『目の前にいる小夜』が唯一だと。
過去があってもなくてもかけがえのない人だと言ってくれる。
虚ろな自分を全て受け入れてくれた恵に惹かれるのは自然の事だったのかもしれない。
「これからもずっと一緒に居たいんだ。……恵の今から先を下さい。代わりに、私をあげる」
指輪を差し出して、頭を垂れる小夜。突然の事に、恵は目を丸くしたまま固まる。
「……これは、不意打ちすぎですよぅ」
恵の口からようやく出て来た言葉。
望んでいた筈の展開。何時かは、と予想していたはずの状況。
ブラコンと自他ともに認めてきた自分が、兄より好きになる人ができるなんて思わなかったけれど。
一生この人の隣を歩いていく。
心はとっくに決まっていた。
それなのに。胸の奥が熱くて、くすぐったくて、言葉が出ない。
沢山の気持ちが溢れてきてるのに、何一つ言葉にならない――。
続く沈黙。それを、拒否する言葉を探していると受け取ったのか赤い瞳を揺らす小夜。
その不安を早く取り除いてあげたくて……恵は必死に背伸びをして、愛しい兎の頬に唇を押し当てる。
「大好き!」
「うわあああん! 恵! 私もだよおお!!」
小夜に腰を引き寄せられて、必死に抱き返す恵。
この喜びと幸福感が、鼓動を通じて伝わるといい。
上手く言葉にできない分は、時間をかけて、少しずつ伝えて行こう。
――共に生きる時間はまだ始まったばかりなのだから。
2人を祝福するように、鐘の音が響いた。
夜の教会は静かに、ただただ鐘の音だけが鳴り響く。
誰もいない教会を、八雲 奏(ka4074)と久延毘 大二郎(ka1771)が寄り添って歩いていた。
「綺麗ですね……。今年もこうして一緒に過ごせて幸せです♪」
「ああ。……今年も色々あったもんだ」
「毘古ちゃんにとって、今年はどんな一年でしたか?」
「そうだな……。一番の収穫は竜奏作戦の折に青龍氏との面会が叶った事かな」
教会の仄かな灯りを見つめて、しみじみと呟く大二郎。
青龍に会い、話した事で様々な事を知った。
それは同時に、彼がこの世界に抱いていた推論が、概ね予想通りである事が証明されて――。
「氏の話を聞いて、肩の荷が下りたような気がするよ。……私の成すべき夢が叶ったんだ」
微笑む奏。ふと大二郎は真顔になって彼女を見る。
「君は覚えているだろうか。例の約束を」
「はい。どちらかが夢を叶えたら、一緒に住むって……」
「……やっと、その時が来たのだと思っている。奏、君さえ良ければ……私と一緒に暮らそう」
「……凄く、すっごく嬉しいです♪ でも……一緒には暮らせても、私にはまだ巫女のお役目がありますから」
目をキラキラとさせたかと思ったら、瞬時にしょんぼりとする奏。
彼女は神に仕える巫女だ。
巫女というのは神の嫁、もしくは神の娘として扱われる事が多い。
それ故、神の許しなくして婚姻は出来ない。
彼女の説明に大二郎はむう、と唸る。
「ですから、毘古ちゃんサンタさんにお願いがあります!」
「それは一緒に暮らす事と関係があるのか?」
「大ありです! 私、あの邪神の腕が欲しいです♪ あれを倒して捧げれば、神様も婚姻を許して下さるはずです!」
「邪神……!? また随分と難しい物を……」
大二郎の眼鏡越しの目が大きく見開かれているのを見てくすくす笑う奏。
――ふふ。一緒に暮らすなら、少し制限を付けませんと。
毘古ちゃんも男の子ですからね……。まあ、こんな事しなくても奥手ですけど。
でも、格好良い毘古ちゃんも見たいし……。
「だが、不可能だ、とは口が裂けても言えないな。分かったよ。赤くも髭もないサンタではあるが、必ず贈り届けよう」
「期待してます。私もがんばりますから」
小悪魔のような考えを億尾にも出さず、深く微笑む奏。
既に邪神を倒す算段を立て始めている彼を見上げる。
「毘古ちゃん。帰りにお買い物に寄りましょう。一緒に住むなら食器や、お風呂用品も揃えたいですよね♪」
「ああ、そうだな。色々と準備を……って、ちょ、ちょっと待って。風呂用品もって事は……!!」
慌てる大二郎の手を引いて歩き出す奏。
彼女との新生活の事で、彼の頭の中の邪神打倒計画はすっかり吹き飛んでしまったようだった。
「おー? アーくんからただのお出かけのお誘いとは珍しいですなっ」
「うん。たまには名所巡りもいいかなって」
「ほうほう、名所! どこへ行くのですかなっ?」
「モノトーン教会って知ってる? 何か謂れがあるらしいんだけど」
「……知ってるけど、私と一緒に行こうなんて……そうか。アーくん独り身だもんね。よし、よかろう! レムさんが付き合ってあげよう!!」
元気に待ち合わせの場所に現れたレム・フィバート(ka6552)。
彼女にバシバシと背中を叩かれて、アーク・フォーサイス(ka6568)は苦笑を返す。
レムは子供の頃からいつもこうだ。
明るくて元気で人懐っこくて、鉄砲玉のように突っ走っていく。
無口で人と話すのが苦手な自分とは正反対で……色々助けられて来たし、その明るさに癒されて来た。
彼女がいてくれて良かったといつも思っている。
本人には恥ずかしくてとても言えないけれど。
「……本当にカップルだらけだね」
「そりゃそうでしょ。あのモノトーン教会だもん」
「えっ。もしかしてここの謂れって……」
「そうよー。カップルが永遠の愛を誓っちゃう系よー」
「わあっ! ごめんレム!」
「あー。いーっていーって。私も独り身だし気にしないー」
ひらひらと手を振るレム。独り身と聞いて、何となく安心してしまうのは何故だろう。
彼女はじーっとアークを見つめると、小首を傾げる。
「……アーくん、何かあった?」
「えっ。何で?」
「ううん。何か暗いなーと思って。言いたくないならいいんだ! 折角のせ、せーきさい? 聖輝節か! なんだからーこーパーッと明るく行こう、ぜ!」
にぱっと笑うレム。
――どうして彼女には分かってしまうのだろう。
ずっと一緒に過ごしてきたからこそ、弱音を吐きたくないのに。
考えとは裏腹に、手を伸ばすアーク。
彼女の背に腕を回して、無言で肩に顔を埋める。
――師匠に憧れてハンターになったけど、やっぱりまだまだで。
力が足りなくて……もっと強くなりたいと思う。誰かを守れるくらい、強く……。
「……君は、強いよ」
「……レム?」
「だって、夢を持ってるじゃない。それを叶えるまではそりゃあ色々あると思うけど、アーくんなら大丈夫」
「俺何も言ってないし。そう思う根拠は何?」
「んー。アーくんの事は良く知ってるから、かな! へへー、レムさんは応援するぜぃ♪」
当たり前のように言う彼女。
その一言で、重かった肩が軽くなったような気がして――。
……ああ、レムには勝てないなぁ。
「よしよし。泣くな! 男だろ!」
「泣いてないよ!」
「はいはい。折角だし写真撮ろうぜ!」
頭をわしわしと撫でられて、言い返すアーク。
言われるがままに手を引かれて歩き出した。
浮かぶ満月に照らされる教会。
鐘の音が全てを祝福するように鳴り響く。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/12/22 20:03:06 |