【初夢】スチームパンク維新蒸気甲冑 冑氣

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • duplication
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
8日
締切
2017/01/13 19:00
完成日
2017/01/26 00:41

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

慶応四年 一月 京都南郊

 陣中に建つ、急拵えの武器蔵。鎮座するのは、一領の紅い甲冑。胸当てに椿を模す紋を描いた、鬼面の兜を持つ異相の甲冑だ。異とするのは、その面ばかりではない。何よりも埒外なのは、その大きさである。
 およそ、一丈。人の身に余る巨体。これを身に着ける事ができるのは、それこそ魑魅魍魎の類であろう。
 そう、これは人が『着る』事を想定した鎧に非ず。人間を『乗せる』為の機械(からくり)なのだ。
 機械とあらば当然、動力源が存在する。
 甲冑の背に背負われた、巨大な鋼鉄の釜。炎熱で水を蒸気へと変じさせ、その圧力をエネルギーへと昇華させる──これこそが、この機械仕掛けの動力源、十九世紀最大の発明、蒸気機関。
 つまりこの甲冑こそ、今や合戦の主役となった蒸気甲冑──冑氣(かぶき)。
「どうだ、調子は」
 肩当てに掛けた梯子を伝い、頭頂まで昇った技師が、今冑氣に乗り込んでいる者へと呼び掛ける。
「……問題、ありません」
 冑氣の開口部──兜繋がる胴が前へと倒れており、そこから操縦席が覗けた。ようやく人一人が納まる程の空間から返る声は、女のそれ。
 十八、九程の若い女。その名を、正宗鞘と言う。声には隠し切れない衰弱の調が宿っていた。無理もない。彼女の左腕を見遣れば、首から提げられた布によって吊られているのだ。
「ただ、一つお願いが」
「何だ?」
「神経接続を、手伝って貰えないでしょうか」
 冑氣は搭乗者──装手のうなじに、外科的手術によって取り付けられた脊髄プラグへ、伝達ケーブルを接続して運用される。装手の神経に走る信号を読み取り、機体内部の解析機関を仲介する事によって、冑氣の駆動系を操っているのである。
 伝達ケーブルを脊髄プラグに挿入する作業は、片手でも事足りる。だが、誰が彼女にそう言えよう。
「この腕では、それすらもままならないので」
 のっぺりと垂れた着物の右袖を、ただ、ひら──と揺らす彼女に。
 この戦が戦端を開いて間もない頃だ、彼女が右腕を斬り落とされたのは。
 熱と痛みにうなされていたのが昨日の事。昨夜まで、彼女は臥所に伏していたのだ。だが、その強行を留める事などできない。
 戦局はこちらに優勢。おそらく数日と経たぬ内に、この戦場の決着は付く。彼女が陣を出る理由は存在しない。だが、
「──私には、もうこれしか残されていないんです」
 彼女がそれを望んでいなかった。
「……わかった。じゃあ、繋ぐぞ?」
 技師がケーブルを握り、端子を挿入口に添える。
 強張る、正宗の肩。当然だ、これから彼女を襲う痛みを思えば。
 ケーブルを、端子に繋いだ──その瞬間、
「ぐっ、いぁぁあアァぁ────!」
 食い縛った女の頤から漏れる、壮絶な苦鳴。
 冑氣との神経接続の際、装手は苦痛に襲われる。血管を流れる血液の全てが、沸騰するかのような灼痛に。
「は……ぁ──」
 痛みの残滓に、肩で息をする正宗の痛々しい姿に、思わず技師が声を掛けようとすると、彼女は機先を制するように、朧な視線を向けた。
「危険、ですから、退避して下さい」
「──ああ、わかった」
 正宗は技師が離れるのを見届けると、開いた胴を閉じる。今やこの朱い冑氣は、文字通り彼女の思うがままだ。
 ブラスト音も高らかに、関節各所から白煙噴き出す、蒸気甲冑。軋む音を立て、武器蔵の門が開く。
『椿鬼(ツバキ)、出陣します』
 機体外部の拡声管から響く、正宗の声。
 装手の意を汲んだ真紅の冑氣、椿鬼が今、戦場へと馳せ参ず──!



 冑氣の装手は、兜に搭載されたカメラ・オブスクラによって、外界を認識する。ピンホールから取り込んだ外界の像を、特殊なレンズを通して眼球に直接投映する事により、鮮明な映像をリアルタイムに視る事ができるのだ。
 その視界に、正宗は一騎の冑氣を見咎める。
 その背を飾るは、一棹の御旗。赤地の布に、踊る金字は“誠”の一文字。
 ──新撰組。
 斬らなければならない、否、斬るべき敵──その筆頭。
 正宗は敵影を前に見据えて、猛進せよと、第二の躰、鋼の肢体へ命令を送った。
 背面の蒸気スラスタが圧縮蒸気を噴射し、生じる反発力を推進力に変え、脚絆に取り付けられた駆動輪が地を噛み奔る。
 迫る、紅い甲冑。それを視認した敵騎もまた、鞘より刀を引き抜き、椿鬼を迎え討つ構えを取った。否、また、というのは語弊である。確かに敵騎は、その御旗と共に掲げる『士道に背く間敷事』という信義に則って抜刀を果たしたが、対する椿鬼は、未だ刀身を晒してはいないのだから。
 刀はまだ鞘に納められたまま。そう、刀身は未だ鞘鳴りの産声を上げる事なく、解放の時を今か今かと待っていた。
 抜刀術。達人をして「近間の鉄砲」と称すそれは、しかしあくまでも虚を突く事を主眼に置いた、幻惑の技法でしかない。双方が鋼鉄の鎧甲冑に身を包む冑氣戦では、威力に欠ける。そう、尋常の抜刀術であれば、そうだったろう。だが、正宗がこの紅い冑氣を駆る時、鞘内より放たれる飛剣は、尋常の枠組みを超えるのだ。
 椿鬼の機速からして、彼我の間合いが互いの刃圏に至るまで、およそ三秒。がしかし次の刹那、

 ────!

 紅い鎧武者は、敵騎の眼前へと肉迫する。
 活殺流の歩法、縮地『彗星』。沈身から成る、浮身の妙技。下肢の支えを抜いたその一瞬、上肢は宙に浮き上がる。水面下に沈んだ物体が浮力を得るように。
 すなわちその一瞬のみ、総身に掛かる重みの枷は、零となる。
 故に、神速。
 武道の極みを、鉄の躰で再現する。これこそが冑氣に、神経接続による操縦システムが採用された、最大の理由である。
 装手の動揺を忠実に再現する敵の冑氣を刃圏に捉えた椿鬼の右籠手が、ようやく居合の所左を取った。しかし──空手。その掌中に柄はなく、肝心要の刀身は、未だ鞘に取り残されていた。
 背面の蒸気機関より伸びる樹脂製のチューブを経路とし、高圧蒸気が鞘内へと雪崩れ込む。
 満ちた蒸気に押し出された刀が、鞘鳴りの産声上げてその白刃を晒す。中空に撃ち出された刀の柄を、先んじて抜刀の所作を終えていた右籠手が掌握。
 剣速は露とて衰えず、切先が翻る──!

 活殺流納刀術『疾風』──火神・殺し手。

 刃鳴りを納める、金丁の音。甲冑に刻まれた裂傷から、血飛沫めいて噴き上げる蒸気の間欠泉。
 白煙に紅が混じるのは、幻影か。──いや、ただ酷薄なだけの現実だ。鞘内に納めたこの刃が断ったのは、鉄などではなく、血肉通った人間なのだから。
 そうだとしても──いや、そうであるからこそ。
「私にはもう、立ち止まる事など許されない」



 戊辰戦争。
 結末は言うまでもないだろう。この戦に勝者は居ない。護ろうとした者も、変えようとした者も等しく敗北し、そうして時代だけが勝ち残った。
 これは単なる零れ話だ。今更語る価値もない、敗北者達のユメの痕。それでも構わないのであれば、一つ語って聞かせよう。

リプレイ本文

慶応三年十二月四日 江戸 仏蘭西公使館

「どうでしたか、大尉」
 公使館として使用されている済海寺境内から出て来た一人の少女に、門前に待機していた青年が声を掛ける。彼女は、今月来日したばかりのフランス軍士官、エルバッハ・リオン(ka2434)。青年は彼女の副官である。
 何故年端もゆかぬ少女に大尉の役職が与えられているかと言えば、エルバッハが公爵家に出自を持つからだ。とは言え、彼女が直々に陸軍大臣より選抜され、近々予想されている幕府と倒幕派間との戦争において幕府軍の支援を任され来日した事を鑑みれば、ただ血筋のみで出世した七光りでない事は確かだろう。
「どうもこうもありませんよ。レオン=ロッシュ、彼は最早外交官としての本分を見失っています」
 レオン=ロッシュ。フランス公使の任に就いている男だ。
 本国より与えられた任はもう一つあった。幕府に対する外交の方針変更の旨を記した文書を、ロッシュ公使に届けるという、伝書鳩の代役である。
 近年、彼の外交姿勢は本国の意向を無視し、幕府への肩入れが過ぎる傾向にある。先程公使に渡した文書は、外交省が公使へ釘を刺そうとしたものだ。公使の反応を見る限り、その目的は空振りに終わったようだが。
「なんにせよ、役割は果たしました。今後は、本来の任務に専念するとしましょう」
「シャノワーヌ大尉の方はどうしますか?」
 シャルル=シャノワーヌ大尉。ロッシュ公使が一年前に招聘した、フランス軍事顧問団の長足る人物である。彼が率いる部隊は、幕府軍が結成した精鋭部隊──あくまで幕府軍の基準の上での話だが──の教練を行っていると聞く。
「捨て置きましょう」
 エルバッハはにべなく言い捨てた。「よろしいので?」と聞き改める部下に、「構いません」と頷く。
「先行させた間諜の報告を聞く限り、彼もまた公使と同族のようですから。下手に接触して、こちらの動きに干渉されては面倒です」
 そも、彼女に下された武力介入の任は正規のモノではない。記録には残らない、非公認任務である。タダでさえ英国との摩擦が懸念されている中、これ以上フランス名義の武力を表向きに介入させるのは上手くない。ロッシュ公使への伝令は、本来の任務のカモフラージュという意味も含んでいるのである。となれば、正規部隊である軍事顧問団と関わるのは避けておくのが得策だ。
 そうまでして本国が幕府軍の支援を行うのは、ひとえにこの極東の島国の植民地化を目論んでの事だろう。各国の注目が集まっているこの国を手中に納めた時の利点は、確かに大きい。
「それに我々の武力介入は、幕府軍の勝敗に関わらず一戦限りです。長期的に関わるわけではありませんから」
 確かに旨味はあれど、所詮は世界の中の一国でしかないというのも、また事実。現在、ナポレオン三世の統治である国内は、安定しているとは言い難い。他所の国にかまけている余裕も、そうあるわけではないのだ。
「大尉は、どうお考えですか? 幕府軍と佐幕派、彼らが実際に衝突したとして、どちらに軍配が上がるでしょうかね」
 世間話程度に振って来た副官の問いに、エルバッハは「さあ?」と大した関心のない声で応じた。
「極東の蛮族の行く末など、私の知った事ではありませんよ。精々、猿同士の縄張り争いで潰し合えば良い」
「左様で」とほくそ笑む副官を引き連れ、彼女は公使館を後にした。



慶応四年一月三日夜半 近江山中
 
 月明かりの下、生い茂る木々を倒しながら、行軍するのは、三騎の冑氣──いや、それは冑氣の雛型、南蛮より渡来したスチーム・スチール──SSである。
 人型の上肢に、履帯と呼ばれる不整地走破を目的とした走行器械を装備した、特殊なSSだ。下肢のみならず、左右の両腕、その肘部から先もまた人型を逸脱している。本来なら五指を生やす拳を備えている筈の前腕は、円環状に複数の銃身を束ねた銃火器──ガトリング銃へと代わっていた。
 これこそ、大村藩が英吉利製のSSを元に製造した、国産SS──多々良、だ。無論、ここまで人型から逸脱した代物を神経接続で操作しようものなら、装手に掛かる負担は尋常のそれではなく、多々良の操作システムはマスタースレイブを採用していた。多々良が、冑氣ではなくSSに区分される由縁である。
『なぜ、行き先が変わったんです?』
 隊列の中央を行く、多々良初号機のオペレーターにして、この小隊の長、大村藩藩士、熊上梅紅(メイム(ka2290))は、多々良弐号機の拡声管が発する能天気な声に思わず溜息を漏らした。
 弐号機のオペレーター足る楠蛙汰は、SSの操作技術に目を張る所はあるものの、些か物事の理解力に乏しいのが欠点だ。目的地変更の事情は説明した筈だが、右から左に流していたらしい。
「幕府軍の動きが想像以上に早いからと聞いたじゃないですか」
 参号機のオペレーター、青梅笑が 熊上の代わりに答える。彼女は名が体を表す通り、笑顔の似合う愛想の良い娘である。どちらも既に元服しているとは言え、まだまだ年若い少年少女だった。年長者足る熊上としては、指揮官と言うよりは、寺子屋で教鞭でも取っているかのように錯覚させられる。
 あの二人はそんな齢でもないか──そう苦笑し、緩みかけた心を引き締める意味も籠めて、行軍の行き先を変更した経緯を反芻する。
 元々、幕府軍の入京を阻止する為、大村藩の名藩士渡辺清左衛門率いる本隊と共に大津へ向かっていた熊上の隊は、先遣隊より大津へと接近しつつある敵勢を確認したという報を受け、急遽本隊と別れ、その行き先を伊勢方面より大津へと至る街道の狭間へと転進したのである。
 戦略上、大津を押さえておくのは必須と言えた。此度の幕府軍による京都攻め入りによって、倒幕派の結束が揺らぎつつある。ここで大津を掌握できさえすれば、倒幕派に付くべきかどうか決めあぐねている諸藩の離反も阻止できる事だろう。
 故に、幕府軍の進攻はここで食い止めなければならないのだ。
 胸の内でそう誓いつつ、逸る心から履帯を操作するレバーを握る拳に力の入る熊上を乗せ、日本製のSSは木々を押し倒しながら、道とも呼べぬ悪路を進み続けた。


一月四日未明 東海道 大津街道

 夜も白み始めた街道の中央に佇む多々良。その操縦席に身を納めながら、熊上は幕府軍の軍勢が姿を現すのを、今か今かと待ち続けていた。
 迎撃の策は、身も蓋もない言い方をすれば、単純極まりない。
 落とし穴、だ。直径二丈、深さはおよそ二尋。薄い木板を掛けて土を被せただけの簡素な代物であるとはいえ、幕府軍の動きに合わせて設けた事を鑑みれば、些か度が過ぎている。この突貫工作を可能足らしめたのは、熊上が乗る初号機のみに取り付けられたアームである。その先端には、円周にバケットが幾つも取り付けられたギアホイールを装備していた。
 ドイツ製の掘削機械を転用した装置である。アームは三本あり、その内の一本にギアホイールを装備しており、もう二本は掘り終えた円柱状の穴から自騎を持ち上げる為の物だ。
「来たね」
 見据える先、臼闇の中に、輪郭を保ったまま人影を大きくしたような影を複数見咎め、熊上は呟いた。その声に、道の半ばで胸中を占めていた焦心は、もうない。戦闘を前にして、熊上の心は寧ろ冷静になっていた。
 熊上は、多々良の背に装備した蒸気圧式の信号銃に連動するトリガーを引く。放たれた彩光弾が上空で弾け、明け方近くの薄くなった夜の帳を、赤と黄の光が引き裂いた。
 直後、二つの光を、轟音と共に閃いた白光が上塗りする──!
 多々良の両腕に備えたガトリング銃が、己が内に宿した暴力性を解き放ったのである。本来ならば手回しのクランクで回転する複列銃身が、蒸気圧によって駆動するピストンと連動して回り、嵐雨の如き弾時雨を、幕府軍の先頭を行く冑氣の集団へと迸らせたのだ。
 銃火に伴う白光と咆哮の発生源は、熊上が御する初号機のみにあらず。彩光弾の合図と、壱号機の発砲を確認した僚騎、街道の左右に待機していた弐号機と参号機が、敵陣へと十字砲火を浴びせる。
 手筈通り部下との連携が取れている事を確認した熊上は微かに笑み、ガトリング銃のトリガーから指を離す。次に幾つもあるレバーを巧みに操作し履帯を逆回転させて、自騎を後退させる。
 未だ左右からの十字砲火は止まぬまま。熊上が陣取る正面を活路と判じた敵の冑氣が、ブラスト音を響かせながら、壱号機目掛けて疾駆した。
 が、白煙をたなびかせ特攻した冑氣は、活路と見誤った死路の半ばで、地の下へと埋没する。
 先陣を切った味方の末路を見た敵陣が、止む無く足を止めた。目論見通り策に嵌り恰好の的と化した敵騎を、部下が放つ掃射が根こそぎに薙ぎ払う。
 着弾の火花散り、装甲を穿たれ鉄屑と化して逝く冑氣の群れ。しかしその只中から、一陣の鉄風が突き抜ける。
 蒸気機関の精水タンクの中身を全て費やさんとする程に蒸気スラスタを吹かし、足下の罠を跳び越えたのは、背に「會」の一字を飾る軍旗を差した冑氣。
 着地の衝撃を巧みな体捌きによって逃がすや否や、諸手に構えた大槍を構える。口金より噴出する蒸気の奔流を推進力とし、乾坤一擲の一撃を以って、己が敵である多々良を貫かんと邁進した。
 その蛮勇とも映る姿を、
「ああ、そうだろうとも」
 しかし、熊上は、勇壮なりと称える。
 會文字、つまりは会津藩。確かに敵なり。だが、彼らの信義、その忠義までをも、どうして否定できようか。
 熊上は、ガトリング銃のトリガーに指を掛けようともしなかった。元よりここまで懐に入られては、弾丸を浴びせようともその勢いまで削ぐ事はできない。良くて相討ち。ならば、今更何を躊躇する事がある。
 
 ────!

 二本のアームが、大槍の一刺を受け止める。構わず槍を押し込まんと口金の蒸気スラスタが噴出。徐々に装甲へ穂先が侵入して行く異音木霊す中、熊上は三本目のアーム、その先端に装備した掘削機械を駆動させた。
 直後、装甲を削られる鋼の悲鳴が、夜明けの空気を劈いた。
 尚も突き進む穂先が装甲を穿ち、操縦席にまで達する。
「っ……!」
 熊上自身の胸郭へ迫った時、途端に侵入が停止する。
 カメラ・オブスクラが網膜に映す光景の中に、操縦席を掘削ギアホイールに喰い千切られ機能を停止した冑氣と、その背の向こうに撤退して行く敵陣を見咎め、熊上は長い溜息を零した。


同日 鳥羽街道 富の森近辺

 街道沿いに流れる小川、その水面に激しい水飛沫が立った。
 脚絆を浅瀬に浸し、鋭角な軌道を描きながら旋回したのは、細身のシルエットを持つSS。フランス製の新型、ルーヴである。
 その見た目通り、高機動を最大の長所とするSSを駆るのは、エルバッハが率いる部隊。彼らは、その高機動を生かして対象と常に遠間の間合いを取りながら、装備した七連発銃で一方的に掃滅して行く。常に多対一に持ち込めるよう位置取りするそのやり方は、まさしく雌狼(ルーブ)の名の通り、狼の狩りに似た隙の無い戦術であった。
 また一騎、薩摩十字を胸に掲げた冑氣を仕留めたエルバッハ隊が、すぐさま次の獲物を囲もうと陣取りを変えようとした所で、彼らより離れた地点に、紅い尾を引く発煙弾が空高く上がった。
 すると、倒幕派の冑氣達が一斉に退き始めた。しかし隊の間には、より一層緊迫した空気が張り詰める。
 退却する敵騎の群れ、その流れを掻き分けるようにして、鬼面を被った紅い武者が進み出た。
「また奴か……!」
 それを見たエルバッハは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
 あの冑氣、あれは埒外だ。一瞬とは言え、ルーブの機動力を遥かに凌駕する謎のギミック。そして何より、あの飛剣。ここに至るまでの戦闘で、既に二人の部下が為す術なく喰われた。
 奥歯が軋る。手駒を二つ失くした事は、さして惜しくもない。別段チェスを指しているわけではないのだ。失った駒は補充すれば良い。だが、己の布陣がこうも容易く崩された事が、何より許し難い。
「調子に──」
 紅鎧が、他の機体を無視し、エルバッハの機体を見据えてまっしぐらに入り身する。エルバッハ隊の機体には、隊長騎と隊員騎とを区別する要素を、敢えて排してあった。敵に情報を与える事を、エルバッハが嫌ったからだ。にも関わらず、あの冑氣は初見の時から彼女のみを付け狙った。この島国の蛮族特有の嗅覚で、嗅ぎ付けているとでも言うのか。
「──乗るなぁ!」
 間合いが短い。七連発のライフルを放棄し、ピンファイヤ―式のフランス製リボルバー拳銃を引き抜いて、牽制目的の射撃を見舞う。
 鬼相の武者は、その疾駆の軌道を直角に捻じ曲げ、これを回避。馬鹿げている。装甲を削って堅さを犠牲にする事で、速さと迅さを獲得したルーブを嘲笑うかのように、あの冑氣は悠々とあのような真似をしてのける。
 軌道を変えた冑氣、その右籠手が鞘に納まる刀の柄へと掛かる。
 来る──!
 あの鞘内から放たれる刃閃は──稲妻の如し。回避する手段は絶無。しかし、稲妻であれば、他所へその被害を移す事が可能である。
 牽制射撃を放ちながら、エルバッハは部下が乗る機体の傍らへと、密かに移動していた。戦場を盤面として俯瞰し、敵味方問わず駒を操るのは、エルバッハの得手とする所だ。
 白刃が閃くその刹那、エルバッハが御するルーブは、唖然と立ち竦む部下の機体を掴み、己と冑氣、彼我の狭間へと引き込んだ。
 斬──という刃鳴りが、スケープゴートを両断する。
『またっ……、それが将のする事か!』
 冑氣の拡声管から発せられる、装手の怒号。だがエルバッハに取っては、獣の咆哮と何ら変わりなかった。
「なに言ってんのか、わかんないんですよっ……!」
 苛立ち混じりに叫びながら、機体を後方へと逃がす。逃がすまじと追う冑氣。
 しかしその時──合戦場に勝鬨の声が木霊した。
 声に振り仰げば、土手上の街道を走る、一文字三星──長州藩の家紋を胸に刻んだ冑氣が、カメラ・オブスクラの視界に映る。
 その背に差した棹の頂上でこれ見よがしにはためいているのは、錦の御旗。我らこそが官軍なりと謳う、倒幕派──否、新政府軍の勝利を示す旗である。
 それを見て取った冑氣が、刀を鞘に納める。次刃の備えでない事は、こちらに背を向けた事からすぐに知れた。
 エルバッハは今度こそ、自身の奥歯が砕ける音を聞いた。銃口を持ち上げようとして、思い留まる。
「……任務は完了しました。これより我が隊は、ウラガに戻り、港から本国へと帰還します」
 拡声管を通して部下達に告げたエルバッハは、ふと操縦桿を握る右手の震えに気が付くと、独り舌打ちを漏らした。



一月六日 京街道 橋本

 屋台骨だけを残して焼け落ちた宿。累々と並ぶ死体は、その殆どが戦仕度に身を整えたモノばかりだったが、中には逃げ遅れた町人と見られるモノもあり、ここは遊郭としても有名だったからか、女の遺骸もちらほらと眼に付いた。
 地獄の一丁目と化した宿場町。死の静寂に満ちたその大通りを、一騎の冑氣が行く。いや、その機体は、素直に冑氣と呼んで良いものか判然としない外見をしていた。
 武者鎧と、西洋甲冑を節操なく混ぜ合わせたかのような外見をしたその機体は、確かに神経接続の操縦システムを採用した、正真正銘の冑氣である。特異な外観から“継鬼(ツギ)”と名付けられたこの機体は、解析機関の仕様を決定づけるパンチカードを二種内蔵すると言う、異色の冑氣であった。
 一枚は白兵戦仕様。そしてもう一枚が、関流砲術を元にした火器管制システム。近遠の間合い、どちらにおいても戦えるように設計された冑氣である。当然、装手に掛かる負荷も相応に大きくなる。それもこの機体の解析機関は、装手と冑氣の仲立ちのみならず、寧ろ装手の脊髄へと戦術の骨子を刻み付ける仕様になっていた。
 装手を一個の部品として扱う冑氣。常軌を逸したその着想は、装手を使い捨てにする事によって実現された。
 今その犠牲者として、継鬼の腸に囚われているのは、寒村の農民だった男である。彼は端な報酬の為に藩主へ身を売り、継鬼の装手となる事を選んだのだ。
 彼は、虚ろな頭で何の目的もなく、戦火の痕を彷徨う。一戦限り──それが、継鬼の装手の寿命として言い渡されていた。おそらくここが、彼の死に場所。そうなる筈だった。
 唐突に、継鬼の足が止まる。
 カメラ・オブスクラより伝わる光景を、ただただ反射するのみだった瞳。そこに、僅かながら光が過った。

 その少女は、目の前でふと立ち止まった冑氣を、ゆっくりと仰ぎ見た。その瞳に、恐怖の色はない。どころかそこには、何ら感情の兆しというものが見受けられなかった。
 戦場の真っ只中独り取り残された事に対する嘆きも、唯一生き残った幸運を喜ぶ事もなく、ただ目の前の光景を鏡面のように切り取るだけの、人形然とした眼。
 親に疎まれ、食い扶持減らしと小銭稼ぎを兼ねて遊郭に売られた時も、彼女はそんな眼をしていた。
 彼女を買った雇い主は、果たして戦火を怖れて逃げたのだろうか。それとも焼け落ちた店の下敷きにでもなったのだろうか。有象無象の男達から慰み者にされ、ただただ牢の中で老いさばらえる生から解放されたというのに、彼女はなんら情を動かす事なく、ただその場に立ち尽くしていた。
 しかし何を思ったのか、少女は目の前に止まった冑氣の足下へと歩み寄った。
「痛い……ですか?」
 鋼鉄の膚に掌を当て、彼女は囁くように語り掛ける。冑氣が、微かに身じろいだ。
 僅かに逡巡するような気配を見せた後、冑氣の籠手が少女の元へゆっくりと伸びる。その動きは、火に怯える獣を思わせた。
 少女は、寄せられた腕、その五指に手を触れ、さすり始めた。母が子をあやすような、いや、女児が人形相手にままごとをするような──いや、寧ろ人形が人間の真似をするような、ぎこちない動き。
「こうすれば……、痛み、少し……和らぎます。あて、も……初めての時は、そうしました……から」
 そうしつつ、少女は冑氣の鬼相に穿たれた二つの穴を見詰めた。
「あては、浅黄 小夜(ka3062)と……言います。お兄はん……のお名前は、なんですか……?」
 いや、彼女はその奥にある、死に体に瀕した男の瞳を見通しながら問うた。
 冑氣の拡声管が『……オレハ』と、小さく振動する。
『……俺、は──トウド……そう、藤堂研司(ka0569)、だ。そうだよ、そう、だった。……よろしく、な? 小夜』
「……はい、よろしゅう、です」
 生まれて初めて、名を呼ばれた気がした。



八月二日日 二本松藩 二本松城

 破損著しい城の敷地内に、一丈超える甲冑が二つ鎮座していた。
 一騎は、紅い冑氣──椿鬼である。
 そしてもう一騎が、西洋風の流線的なフォルムと、和鎧の無骨な輪郭とを、どちらの美学も損なわずして配合したような外観の機体。装飾が一切施されておらず、地金を晒した装甲が、寧ろその洗練された外観を一層に引き立てている。
 この機体は、冑氣ともSSとも呼べぬ代物であった。操縦システムの主軸は、マスタースレイブ。しかし、一部の操作に神経接続を併用しているのだ。機体のオートバランサ、火器類の照準補佐などにのみ神経接続を適用し、操作性を向上すると共に、装手に掛かるニューロン・フィードバックを軽減した、新たな構想の機体。
 試製四式、蒸気鎧(スチーム・メイル)である。
「なぁ、あんた、何でまだこいつに乗ってんだ?」
 その設計者にして装手足る、新政府軍特務機動隊開発部所属の技術仕官、ソフィア=百合河(ソフィア =リリィホルム(ka2383))は椿鬼の蒸気機関を整備しながら、冑氣の傍らで手持ち無沙汰に立つ正宗に問い掛けた。
「もう、うちらの勝ちは決まったようなもんだろ?」
 新政府軍が錦の御旗を掲げてから三カ月。
 二月十二日。朝敵の誹りを逃れる為、江戸幕府将軍徳川慶喜は上野の富永寺に謹慎。
 四月十一日。江戸城は、勝海舟の英断により無血開城。本拠地を失った幕府軍は、幾度となく新政府軍と戦端を交え、その度に敗戦しながら、徐々に北へ北へと追いやられて行った。
 ここ二本松藩の居城もつい先日落城したばかりである。旧幕府軍の、敗色は濃厚。新政府軍の勝利は揺るぎのないモノと言って良い。
「あんたが無理する事ねえんじゃねぇの」
 ひらと揺れる正宗の右袖を見遣りながら、ソフィアは言った。正宗は、ついと彼女を見返す。その瞳には、決意と呼ぶにはあまりに痛々しい光が揺れていた。
「……そういう貴女は、何故冑氣に乗るんですか」
 彼女の問いに、ソフィアは作業の手を止め、腕を伸ばしながら「別にさ」と切り出した。
「ホントのとこ言えば、わたしは政府だの幕府だのは興味ねえんだ」
 正宗の視界の中で、銀灰色の髪が揺れる。煤の付いた頬は日本人特有の色味を帯びていながら、瞳の色は紫苑。
「見ての通り、わたしの中にゃ異邦の血が混じっててね。ようは、コイツらと同じなのさ」
 ソフィアは、冑氣の装甲を叩く。南蛮より伝わったSSを雛型にして造られたのが、冑氣である。
「だからわたしはコイツら弄って、コイツらに乗ってんだ。そうしてりゃ、何かがわかるような気がしてさぁ……、って、あんたから言わせりゃ、不実な動機かもしんないけどよ」
 作業用の手袋で頬を掻きながら苦笑するソフィア。
「いえ」と首を振り、正宗は彼女へ手拭を差し出した。
「私に貴女を詰る権利など……、私はただ、他に逃げ道を知らないだけだ」
 俯きながら呟くと、垂れた黒髪が彼女の瞳を覆う。やがて正宗は、右袖を翻して背を向けた。
「──そろそろ昼時です。食事を取ってきますので、休んでいてください」
 そう言い残して歩き去る正宗を見送るや、ソフィアは椿鬼を仰ぎ見て「難儀だねぇ」と呟く。
「戦う理由、か。……そういやアイツは、何考えてあんなツギハギに乗ってんだろうな」
 彼女は、ふと脳裏を過った不格好な冑氣──これまで何度か矛を交えた敵騎の装手、顔も知れぬ相手の事を思い浮べた。



八月二十日 会津藩 若松城城下

 城がそびえる丘陵の麓、開けた土地に敷設された兵舎の庭で旧式の火器を整備する年若い少年を見て、ふと小夜は呟く。
「なんで……あの人らは、戦うんやろか……」
「どうしたんだ、いきなり」
 彼女の傍らで握り飯を口へと運んでいた藤堂が、小柄な小夜を見下ろした。
「もう……勝ち目なんて、あらへんのに……、死ぬてわかってるいうに、なんで、逃げへんのやろか」
 その声は、ただ単純に疑問を口にしただけように感じられた。
 戦局について、正確に把握しているわけではない小夜からしても、最早旧幕府軍の劣勢は、立て直せる域でない事は明らかだった。何より誰も、旧幕府軍に与する人間達以外の誰もが、彼らの勝利を望んでいない。
 会津藩の民草は、征服者である筈の新政府軍を「官軍様」と称え、藩軍である筈の会津藩士達を「会賊」と罵る始末。最早、彼らに戦う意義があるのかどうか、疑問を覚えたとて無理からぬ話だ。
 拳よりも一回り大きい握り飯を食べ終えた藤堂は、指を舐めると「そうだなぁ」と思案するように唸った。
「俺も、侍の心なんてのはわかんないけどさ。背中に大事なモノ背負ってるから、背向けるわけにはいかないんじゃねえかな」
「……大事な、モノ」
 小夜は淡白な表情まま、藤堂の言葉を反芻する。
「小夜には、……わかんないか、な」
 どこか寂し気な表情を浮かべ、藤堂は黒髪を梳くようにして小夜の頭を撫でてやる。彼女は眼を細めながら自分から藤堂の掌に頭を擦り付けてきた。
 戦場で拾ってから妙に彼に懐いた少女を見下ろしながら、藤堂は故郷に残した家族に想いを馳せた。
 父に母に、そして妹。彼に取って大事なモノとは、まさにその家族。だがもう、彼らに会わせる顔はない。
 硬い黒髪は色が抜けて白髪に染まり、左の眼窩を覆う眼帯の下には、焦点の定まらなくなった眼球が納まっている。数カ月前とは、別人のような有様だ。装手を蝕む冑氣──継鬼に奇跡的に適合した藤堂ではあったが、それでも尚、払った代償は大きい。もう彼に残された時間はそう長くはあるまい。
 それに関して、藤堂に後悔はなかった。端から覚悟を決めていた事だ。寧ろ思っていた以上に長持ちしたくらいである。
 もし、悔いる事があるとすれば──
 己とは違う柔らかな手触り。靡く黒髪から覗く小夜のうなじには、冑氣の装手足る証である脊髄プラグが取り付けられている。
「……お兄はん?」
 思わず手を止めた藤堂を訝しむように、小首を傾げて彼を見上げる小夜。
「なんでもないよ」 
 彼女の視線とぶつかって、藤堂は取り繕うように微笑を浮かべる。それを見た小夜は、ふと押し黙ったかと思えば、藤堂の手を両手に取って頭の上から退けると、唐突に力一杯に引っ張った。
「っ……!」
 不意を突かれ、よろける藤堂。その頭を、小夜は小さな胸に抱き留める。
「大丈夫(だんない)、です。お兄はんは、あてが……ちゃんと、守うたります……から」
 頭をぽんぽんと叩きながら、小夜は心なし柔らかな声で囁いた。左眼を見開き、数秒されるがままになっていた藤堂は、やがて頭を抱き締める少女の手を振り解くと、反対に彼女の小さな頭を分厚い胸板に埋めさせた。
「馬鹿言ってんな。……俺より先に死んだりしたら、タダじゃおかねえぞ」
 藤堂の心臓の鼓動を聞きながら、小夜はただ「……はい」とだけ頷く。
 この音が消えてまうんはイヤやな……、そんな事を想いつつ。それが、彼女が戦う理由なのだと、そんな事をわかりもしないで。
 自分が今微笑んでいる事に、気付きもせずに。



八月二十三日 同所
「クソッ垂れ……! 敵の進軍が早過ぎらぁ! 十六橋を落とすって話はどうなったんだ!?」
 城下町から木霊す砲声が響く中、藤堂は怒鳴り立てながら、己の冑氣目掛けて突っ走る。
 新政府軍の電撃的な進軍は会津藩の予想を遥かに上回り、それを阻止せんとした会津藩は進路の要所足る十六橋の破壊工作を試みたが、あえなく失敗。こうして若松城は、ろくに戦闘準備もできぬまま、戦火に晒される事となったのである。
 藤堂は継鬼の下まで辿り着くや、装甲の凹凸を勢いのままに駆け上がって、展開した操縦席へと身体を滑り込ませた。
 すぐさま、項の脊髄プラグに継鬼の伝達ケーブルを直結する。
「ぐっ……、がぎぃがぁぁぁ……!」
 神経に直接焼き鏝を当てられた、いや、神経そのものが焼鉄に変じたかのような、想像を絶する激痛。それを耐え凌ぎながら、藤堂は左眼の眼帯を剥ぎ取った。死体のようだった眼が、にわかに生気を帯びる。
 開いた胴を閉じ、一瞬暗転した視界が、カメラ・オブスクラが転写する外界へと変わる。
「藤堂研司、継鬼、出るぞっ!」
 鬨の声を叫びながら、藤堂は冑氣を奔らせた。
 彼に遅れながら、小夜もまた量産型の冑氣──桜花へと乗り込んだ。
「うっ、く……!」
 神経接続に伴う灼痛に、片手で己が身体を抱きながら呻く。
「……お兄はん、を先に……なんて」
 痛みに霞む視界が、カメラ・オブスクラに切り変わる。痛みの残滓を振り払い、小夜は桜花を前進させ、視界の奥に映る継鬼の背を追った。


 大通りの真っ只中で、関流砲術特有の口径が太い大筒が吼える。
 砲弾を受けてひしゃげる、島津十字を飾った胸当て。だがまだ足りない。敵機の刀、その切先が天高く掲げられる。──示現流、蜻蛉の構え。
 まだ、まだあの中身を潰していない。継鬼は、大筒を太刀の柄に持ち替えた。
「がぁぁぁぁあぁぁ!」
 示現に対し、真正面から斬り込むなど愚の骨頂。だと言うのに、藤堂は獣性すら感じさせる咆哮を上げて、継鬼を突進させる。
 落ちる、雲耀──!
 継鬼の太刀、その刀身が半ばから折れ、宙を舞う。が、愚直な剣にその軌跡を逸らされた雲耀の一閃は、継鬼の兜、その左こめかみを砕くに終わった。
 藤堂の左眼が、割れた兜の奥から覗く。
 一の太刀は躱した。その瞬間を待ち構えていた継鬼の右籠手は、既に太刀の柄から離れ、その掌中に、樹脂製のチューブで背中の蒸気機関と繋がった杭撃ち銃の銃把を握り締めていた。
 歪んだ島津十字に、杭の先端を押し当て、そのトリガーを引き絞る。銃身足るシリンダーに蒸気が雪崩れ込み、杭と連結したピストンが押し出される。
 胸郭を貫いた衝撃に、島津の冑氣が痙攣。杭を引き抜くと、ただの鉄屑と化した冑氣が頽れた。

 地を揺らす重低音を聞きながら、小夜は桜花の操縦席の中で胸を撫で下ろした。が、直後、彼女の背筋をチリ──と焦燥が灼く。
 継鬼を狙う長銃の照準。それを、小夜は見るまでもなく感じ取った。
「お兄はんっ──!」
 考えるまでもなく、躰が動いていた。そうすればどうなるか、何もかも承知の上で。それでも尚──。

「なっ……!?」
 桜花から体当たりを受け、弾き飛ばされた継鬼。兜の亀裂から覗く左眼に、装甲の破片を巻き散らしながら倒れる桜花が映る。
「小夜、小夜っ!? チックショゥがぁ!」
 狙撃の発射元を探り、藤堂は大通りの向こうへとカメラ・オブスクラを向けた。
「テメェか、テメェがぁッ!」
 そこに、あの冑氣を見咎めた。

「厄介な方を仕留め損ねたか……」
 硝煙上げる長銃を構えた冑氣──蒸気鎧の操縦席で、ソフィアは舌打ちを漏らす。
「まぁ良い、残りは一騎だ。オラァ、猟犬共! ヤツの動きを止めな。気ぃ抜くんじゃねえぞ、こいつは鹿狩りと違うぜ!」
『……わかりました』
 呼び掛けに応じた二騎の僚機に乗る下級藩士。刀を掲げた冑氣が、左右に広がりながら例のツギハギの冑氣へと襲い掛かった。

「クソッ、邪魔なんだよテメェらっ……!」
 両翼から斬り込ん来る冑氣に阻まれ、継鬼は奥に陣取る和洋折衷型の機体へ攻めあぐねていた。
 ではまずはそちらからと標的を変えれば、それを察した二騎は再び左右に広がり、間隙から狙撃の銃撃が襲い来る。
 装甲を削られ、着弾の衝撃に揺さぶられながら、藤堂は歯噛みした。
 足りない。この布陣を突破するには、力が足りない。この二本の手では──もっと、もっと、
「……寄越せよ」
 ──俺の全部をくれてやっから、
「お前の全てを、俺に寄越せぇ!」

 ツギハギを覆う装甲の一部が弾け飛び、機体の周囲を白煙が包む。
「なんだぁ?」
 ソフィアは訝しむ声を上げた。
 次の瞬間、霧を裂いて現れたのは──
 半ばから折れた太刀を握る右籠手、杭撃ち銃を携える左籠手。そして、小太刀を突き出すもう一本の右籠手に、足許に転がる島津の冑氣が落とした刀を斬り上げるもう一本の左籠手。
「四本腕、だと……!?」
 否──。
 人体を逸脱した躰から放たれた尋常ならざる刀術に翻弄され、あえなく刃の侵入を許した二騎の冑氣が握る刀を、更に現れたもう二本の腕が奪い取る。
 六本腕を生やした冑氣。それを見たソフィアは、沸々と込み上げる笑声を抑え切れずにいた。
「なんだよ、そりゃぁ……。はっ、正気の沙汰じゃねえよ、そいつはよぉ!」
 ブラスト音を響かせながら肉迫するその威容は、六手を掲げる鬼神の如く。
「……そりゃま、しゃぁねえ、わな」
 六振りの得物に貫かれ、震える蒸気鎧。
 果たしてそれは、装手の断末魔の苦しみによるものか、それとも装手が、最期に呵々と哂ったからなのか。


 五感の全てが痛覚に変わったかのようだ。継鬼から降り立った藤堂は、もう痛みの強弱で五感より伝わる情報を認識していた。死に体の足は、より痛みの和らぐ方を求めて進む。
「……さ、よ」
 そうして彼は、展開した桜花の操縦席へと辿り着いた。
「お兄、はん」
 小夜の身体は、瀕死の藤堂でも抱き上げられる程に軽かった。それもそうだろう。彼女の体重は、元の三分の一程も、残ってはいなかったのだから。
 血糊で見る影もなくなった黒髪、彼女の小さな頭を、死に掛けた身体に残る力を振り絞って、強く胸に抱き寄せる。
「あぁ……、お兄、はんの、音……」
 消え入る小夜のか細い声。それに導かれるように、藤堂の意識も水底へと沈んで逝く。
「だんない、だんない……だ」
 子供をあやすように、頭を優しく叩きながら、藤堂もまた安らかに眠りへと落ちていった。



明治二年五月十一日 箱館 五稜郭

「まさかこんなとこまで、新政府軍に付き合う事になるとは思わなかったの」
 接岸した揚陸艦より降り立つSS──バケツ型の兜に、マントを羽織った、中世の十字軍騎士めいた恰好をした機体の操縦席で、宣教師を自称するディーナ・フェルミ(ka5843)は、溜息混じりに呟いた。
 所は蝦夷、日本の北端。時は既に戊辰にあらず、己巳にまでなっていた。だが、それもそろそろ潮時だろう。いや、とうに潮時など過ぎている。水かさは既に分水嶺を過ぎ、足許まで浸っている事は、旧幕府の藩士達とて自覚しているだろう。
 元は新政府軍のモノだった五稜郭を奪取したのは良いものの、最早彼らに防衛線を維持できる程の戦力は残されておらず、新政府軍の総攻撃を前に総崩れとなっていた。
「愚かしいにも程があるの。その心を信仰の道に繋げれば救われるのに、まったく理解できないの」
 布教の為、この日本を訪れたディーナではあるが、その道行は芳しくなかった。この十九世紀に、数世紀も昔の宣教スタイル──信じぬ者は人にあらずという考え方では、それも当然だろうが。
「まぁいいの。異教徒は殺しても良いって、主もそう仰られてるのっ!」
 騎士めいたSSがマントをはためかせ、疾駆する。直前まで立っていた場所へ、五稜郭に設置された旧幕府軍陣地から砲弾が飛来。
 度々上がる土柱を巧みに回避しつつ、SSが十字架状の銃身を持つ長銃を構える。
 十字線のレティクルに砲火を放つ大砲を捉えて、撃発。
 火薬に引火したのか、爆炎が膨れ上がる。SSは尚も疾走を止めず、その勢いのままに丘陵を駆け上がった。
 敵陣営に乗り込んだディーナは、カメラ・オブスクラを巡らせて索敵する。が、そこには、敵の冑氣の姿は見当たらなかった。
「呆れたの。ここまで疲弊しておいて、まだ歯向かうなんてどうかしてるの」
 退屈そうに呟くディーナ。その時、操縦席に微かな擦過音が響いて来た。その音に、彼女はついと視線を巡らせる。果たしてそこに見えたのは、硝煙上げる小銃を構える歩兵の姿。
「…………」
 彼女は無言のままSSを操り、長銃を振り上げた。
「ま、待て、待ってくれ、せ、せめて死ぬ時は刀で──」
 そして無言のままに、十字架状の銃身を歩兵の頭目掛けて振り下ろした。
 地面の染みと化した味方の末路を見た他の藩士達が、瞳に憤怒の焔を宿らせ、各々の武器をSSへと向ける。
「貴様に武士の情けはないのかっ!? 我らは虫けらかっ!?」
 その一人が吐いた言葉に、ディーナは首を傾げた。曲がりなりにも宣教師足る彼女の事、その言葉がわからなかったわけはない。だがしかし、彼女には彼の言っている事が理解できなかった。
「今更、何を当然の事を言ってるの? 異教徒が何十、何百、何千、何万、何億、何兆死のうが、知った事じゃないの」
 異教徒には、死を。生けし生けとし我が兄弟にこそ、栄えあれ。
 阿鼻叫喚の地獄絵図。かつて宗教改革の大義名分の下、幾つも繰り広げられたその中で、狂信者は今日も祈りを捧げる。

「AMEN(そうありますように)」


 この日、旧幕府軍の指揮を執っていた将の一人、土方歳三の死を契機にして戦局は新政府軍へと一方的に傾き、そしてこの七日後の五月十八日、榎本武揚らによって、旧幕府軍は降伏。
 戊辰戦争を経て、時代は明治となり、それより日本は明治政府によって統治される事となった。
 勝てば官軍と、人は言う。しかし、忘れてはならない。あの戦は、正義と正義が鎬を削っり合った死闘なのだと。散った命は、零れた刃片。ざくりざくりと、その上を踏み締める者達が築いた血道こそ、幕末というユメの痕。
 勝者が歴史を作る。それは認めよう。だが忘れる事なかれ。──歴史の基に、敗者在り。

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    パリス(ka0569unit002
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    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
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    刻令ゴーレム「Gnome」(ka2290unit001
    ユニット|ゴーレム
  • 大工房
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    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • ルル大学魔術師学部教授
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    エルフ|12才|女性|魔術師
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    スチールブル(ka2434unit002
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    人間(蒼)|16才|女性|魔術師
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ソフィア =リリィホルム(ka2383
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ドワーフ|14才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2017/01/12 23:00:13
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最終発言
2017/01/08 09:23:08
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/01/05 00:05:11