ゲスト
(ka0000)
王国北東山岳地帯 大湖の魚雷魚
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/10/07 09:00
- 完成日
- 2014/10/15 22:10
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
グラズヘイム王国王都イルダーナから街道を北東へと進み、古都アークエルスを更に越えた先に。王国で唯一とも言える山岳地帯が広がっている。
北東山岳地帯──地勢的には王国内でも辺境と呼べる地域であるが、山間にその威容を讃える大湖と、そこから流れる複数の大河の存在により、王国・同盟間における河川貿易の中継地として細々と生きながらえてきた。
海上貿易が盛んになって以降、交易路としての役目は殆ど奪われてしまったが、それでもまだ速さという点では湖上貿易がアドバンテージを維持している。
湖岸の街々もまた都市へと発展することはなかったが…… 山の端に沈む陽に真っ赤に染まった凪いだ湖上に、数隻の商船や漁船が浮かぶ姿を臨む古き街並は、商業港湾都市とはまた違った趣で旅人たちを迎えている……
●
湖や河川を進む船にとっても、他の海路や陸路と同様、危険が全くないということはありえない。
北東山岳地帯の治安は決して最悪というわけではないが、それも領主たちの治世が及ぶ範囲に限った話だ。人の手に余る獣や雑魔の襲撃の可能性は他の地と同様に存在するし、湖上を渡る船の安全確保は、基本的には船主たちの裁量に任せられている。
その為、大湖を渡る商船はハンターを雇っていることが多い。他の地域の『素人』ではなく、北東山岳地帯の支部に属する船上戦に長けた『専門家』たちだ。
多くの場合、雇われた彼等が剣を抜くことはない。彼等の存在はあくまでも保険である。いつもいつも獣に襲われるようならそもそも交易路としてなりたたない。
多くの場合── そう、多くの場合には、だ。脅威はこの湖に確かに存在するし、だからこそ彼等の存在がある──
「ギョライギョだ! ギョライギョが出たぞ!」
薄暗い曇天を衝くメインマストの先に設けられた見張り台── その見張り台から周囲の湖上を見渡していた見張り員が、甲板の船員たちに向かって急を報せる叫びを落とした。
ぶら提げられた手槌を掴み、慌てて半鐘を打ち鳴らす見張り員。湖上を渡る船たちからも同様に鐘の音が鳴り渡り── 甲板上に飛び出して来た熟練の護衛者たちは、湖面に目を凝らしながら、巨大魚を見つけた方角を報せるよう見張り員に向けて怒鳴った。
「どこだ、どこにいる!? さっさと報告しろ!」
「2時から3時方向にかけて! 進路は…… ああっ!? 本船への直撃コース!」
「衝突までの時間は!?」
「うわああああっ!」
使い物にならない見張りを見切り、自ら湖上へ目をやるハンターたち。目標はすぐに見つかった。というか、あまりに近すぎた。背びれで湖面を切り裂きながら、一直線に突進して来る巨大魚の影── すぐに舷側から離れ、何かに掴まるよう皆に叫ぶ。
衝撃── 鳴り響く激しい衝突音に、何かがバリバリと軋む音。船体がグラリと右舷へ傾き、その拍子に見張り員が悲鳴を上げながら湖面へと落下する。
船上にいる者たちに、それを顧みる余裕はなかった。反動で左舷へと揺れ戻る船に、木っ端の如く翻弄される。衝突の衝撃にひしゃげた板の隙間から勢いよく噴き出す湖水── 浸水を報せる船内からの声に、船員を手伝うよう指示を出しつつ、護衛者たちのリーダーは舵を握る船長の元へと揺れる船上を走り寄った。
「船長! 『捧げ物』を海に落とせ!」
「なんだと!?」
護衛リーダーの言葉に、船長は目をむき、睨みつけた。
「なぜ一部とは言え荷を捨てねばならん!? こういう時の為にお前たちを雇ったんだぞ!?」
「おたくらの間抜けな見張りのせいで、既に体当たりを一回、受けてしまった。この船のサイズじゃもうもたん。……安全な航海の為、『専門家』として雇い主に助言するのも我々の任務の内だ。だから、もう一度だけ忠告しておく。……今すぐ、『捧げ物』を湖に落とせ。急いだ方がいい。船と全ての荷を失うよりはマシだろう?」
リーダーの言葉を聞いても船長は逡巡していたが、体当たりを終え、左舷へと抜けた巨大魚の背びれが再びこちらへ大きく旋回し始めたのを見て、苦虫を噛み潰したような表情で部下に『捧げ物』を落とすよう命じた。
それまでのどんな命令よりも素直に、素早く応じる船員たち。食料の入った木箱の釘を鉄梃で引っこ抜き、舷側からいちにのさんっ、で湖面へと投下する。左舷から突撃態勢に入っていた巨大魚は…… 水中にばら撒かれた『餌』を感知し、船底方面へと沈降した。そのまま水中を何往復もして餌を口へと取り込む。巨大魚の興味が船から逸れたのを見て、船長はあからさまにホッとした息を吐いた。
「……助かった。だが、積荷の一部が……」
「ギョライギョ── 大湖に存在する巨大魚の一種だ。鉄槌の様な頑丈な頭を持ち、それを喫水下に思いっきり叩きつけることによって船を沈め、湖面に落ちた餌を食べる。名称の由来は不明。その習性から『ボトムノッカー』(船底を叩くもの)とも呼ばれる。あくまでも餌を得る為に船を沈めるので、こちらから『捧げ物』と呼ばれる餌を撒けばやり過ごせる場合が殆どだ。……最初から荷とは別に『捧げ物』を用意しておけばよかったものを。ケチった自業自得だ。……ギョライギョは雑食だが肉食を好むわけでもない。さあ、回頭して先ほど落ちた見張り員を救助してやるといい」
船長にそう言い捨てると、リーダーはその場を離れ、舷側から他の船たちの様子を窺った。
殆どの船がこの船と同様、『捧げ物』を投下して難を逃れたようだった。だが、その中にあって、未だギョライギョの攻撃を受け続けている船がいた。
「なにをしてやがる。さっさと『捧げ物』を落とせ……!」
心配そうにそちらへ目を凝らしながら、部下を呼んで船籍を確認させる。望遠鏡を手にした部下が、それをそちらへと向けた。──件の船の名は『大繁盛』号。王都の商人が所有する二本マストの中型船だ。
「『陸』(おか)の商人の持ち船か。さては俺たちを雇う金をケチったな」
大湖のことを良く知らぬ内陸の商人たちの中にありがちなことだった。恐らくギョライギョの習性も『捧げ物』を落とす風習も知らないに違いない。
リーダーは醒めた目で件の船を見やった。──湖上のことは自己責任。助ける義理はない。
「班長」
回頭を始めた船の上で、部下がリーダーを呼び止めた。件の船へと視線を戻す。見れば、『大繁盛』号の僚船と思しき船が救助に向かう所だった。湖面の巨大魚へ向けて、激しく銃撃を浴びせている。
「あれは……『陸』のハンターたちか?」
どうやら件の船たちにはハンターたちが乗り込んでいたらしい。自分たちを雇う金をケチる船主だ。恐らくは偶然だろう。
「なるほど。お手並み拝見といったところだな。こちらの見張りを助けた後でもし船が沈んでいたら、その時は命くらいは助けてやろう──」
北東山岳地帯──地勢的には王国内でも辺境と呼べる地域であるが、山間にその威容を讃える大湖と、そこから流れる複数の大河の存在により、王国・同盟間における河川貿易の中継地として細々と生きながらえてきた。
海上貿易が盛んになって以降、交易路としての役目は殆ど奪われてしまったが、それでもまだ速さという点では湖上貿易がアドバンテージを維持している。
湖岸の街々もまた都市へと発展することはなかったが…… 山の端に沈む陽に真っ赤に染まった凪いだ湖上に、数隻の商船や漁船が浮かぶ姿を臨む古き街並は、商業港湾都市とはまた違った趣で旅人たちを迎えている……
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湖や河川を進む船にとっても、他の海路や陸路と同様、危険が全くないということはありえない。
北東山岳地帯の治安は決して最悪というわけではないが、それも領主たちの治世が及ぶ範囲に限った話だ。人の手に余る獣や雑魔の襲撃の可能性は他の地と同様に存在するし、湖上を渡る船の安全確保は、基本的には船主たちの裁量に任せられている。
その為、大湖を渡る商船はハンターを雇っていることが多い。他の地域の『素人』ではなく、北東山岳地帯の支部に属する船上戦に長けた『専門家』たちだ。
多くの場合、雇われた彼等が剣を抜くことはない。彼等の存在はあくまでも保険である。いつもいつも獣に襲われるようならそもそも交易路としてなりたたない。
多くの場合── そう、多くの場合には、だ。脅威はこの湖に確かに存在するし、だからこそ彼等の存在がある──
「ギョライギョだ! ギョライギョが出たぞ!」
薄暗い曇天を衝くメインマストの先に設けられた見張り台── その見張り台から周囲の湖上を見渡していた見張り員が、甲板の船員たちに向かって急を報せる叫びを落とした。
ぶら提げられた手槌を掴み、慌てて半鐘を打ち鳴らす見張り員。湖上を渡る船たちからも同様に鐘の音が鳴り渡り── 甲板上に飛び出して来た熟練の護衛者たちは、湖面に目を凝らしながら、巨大魚を見つけた方角を報せるよう見張り員に向けて怒鳴った。
「どこだ、どこにいる!? さっさと報告しろ!」
「2時から3時方向にかけて! 進路は…… ああっ!? 本船への直撃コース!」
「衝突までの時間は!?」
「うわああああっ!」
使い物にならない見張りを見切り、自ら湖上へ目をやるハンターたち。目標はすぐに見つかった。というか、あまりに近すぎた。背びれで湖面を切り裂きながら、一直線に突進して来る巨大魚の影── すぐに舷側から離れ、何かに掴まるよう皆に叫ぶ。
衝撃── 鳴り響く激しい衝突音に、何かがバリバリと軋む音。船体がグラリと右舷へ傾き、その拍子に見張り員が悲鳴を上げながら湖面へと落下する。
船上にいる者たちに、それを顧みる余裕はなかった。反動で左舷へと揺れ戻る船に、木っ端の如く翻弄される。衝突の衝撃にひしゃげた板の隙間から勢いよく噴き出す湖水── 浸水を報せる船内からの声に、船員を手伝うよう指示を出しつつ、護衛者たちのリーダーは舵を握る船長の元へと揺れる船上を走り寄った。
「船長! 『捧げ物』を海に落とせ!」
「なんだと!?」
護衛リーダーの言葉に、船長は目をむき、睨みつけた。
「なぜ一部とは言え荷を捨てねばならん!? こういう時の為にお前たちを雇ったんだぞ!?」
「おたくらの間抜けな見張りのせいで、既に体当たりを一回、受けてしまった。この船のサイズじゃもうもたん。……安全な航海の為、『専門家』として雇い主に助言するのも我々の任務の内だ。だから、もう一度だけ忠告しておく。……今すぐ、『捧げ物』を湖に落とせ。急いだ方がいい。船と全ての荷を失うよりはマシだろう?」
リーダーの言葉を聞いても船長は逡巡していたが、体当たりを終え、左舷へと抜けた巨大魚の背びれが再びこちらへ大きく旋回し始めたのを見て、苦虫を噛み潰したような表情で部下に『捧げ物』を落とすよう命じた。
それまでのどんな命令よりも素直に、素早く応じる船員たち。食料の入った木箱の釘を鉄梃で引っこ抜き、舷側からいちにのさんっ、で湖面へと投下する。左舷から突撃態勢に入っていた巨大魚は…… 水中にばら撒かれた『餌』を感知し、船底方面へと沈降した。そのまま水中を何往復もして餌を口へと取り込む。巨大魚の興味が船から逸れたのを見て、船長はあからさまにホッとした息を吐いた。
「……助かった。だが、積荷の一部が……」
「ギョライギョ── 大湖に存在する巨大魚の一種だ。鉄槌の様な頑丈な頭を持ち、それを喫水下に思いっきり叩きつけることによって船を沈め、湖面に落ちた餌を食べる。名称の由来は不明。その習性から『ボトムノッカー』(船底を叩くもの)とも呼ばれる。あくまでも餌を得る為に船を沈めるので、こちらから『捧げ物』と呼ばれる餌を撒けばやり過ごせる場合が殆どだ。……最初から荷とは別に『捧げ物』を用意しておけばよかったものを。ケチった自業自得だ。……ギョライギョは雑食だが肉食を好むわけでもない。さあ、回頭して先ほど落ちた見張り員を救助してやるといい」
船長にそう言い捨てると、リーダーはその場を離れ、舷側から他の船たちの様子を窺った。
殆どの船がこの船と同様、『捧げ物』を投下して難を逃れたようだった。だが、その中にあって、未だギョライギョの攻撃を受け続けている船がいた。
「なにをしてやがる。さっさと『捧げ物』を落とせ……!」
心配そうにそちらへ目を凝らしながら、部下を呼んで船籍を確認させる。望遠鏡を手にした部下が、それをそちらへと向けた。──件の船の名は『大繁盛』号。王都の商人が所有する二本マストの中型船だ。
「『陸』(おか)の商人の持ち船か。さては俺たちを雇う金をケチったな」
大湖のことを良く知らぬ内陸の商人たちの中にありがちなことだった。恐らくギョライギョの習性も『捧げ物』を落とす風習も知らないに違いない。
リーダーは醒めた目で件の船を見やった。──湖上のことは自己責任。助ける義理はない。
「班長」
回頭を始めた船の上で、部下がリーダーを呼び止めた。件の船へと視線を戻す。見れば、『大繁盛』号の僚船と思しき船が救助に向かう所だった。湖面の巨大魚へ向けて、激しく銃撃を浴びせている。
「あれは……『陸』のハンターたちか?」
どうやら件の船たちにはハンターたちが乗り込んでいたらしい。自分たちを雇う金をケチる船主だ。恐らくは偶然だろう。
「なるほど。お手並み拝見といったところだな。こちらの見張りを助けた後でもし船が沈んでいたら、その時は命くらいは助けてやろう──」
リプレイ本文
「俺はただ、無性に海が見たくなっただけだったんだ……」
白波を蹴立てて進む『大繁盛』号の甲板上── アルト・ハーニー(ka0113)は湖上の風に前髪をそよがせながら、どこか遠い目をして呟いた。
フッと小さく息を吐き、シレークス(ka0752)を振り返る。そんな彼女の右手の中には、アルトが愛して止まない埴輪の姿── 左手には一本の頑丈なロープが握られており、その端はアルトの胴にぐりんぐりんと結び付けられている……
「クッ、この破戒聖職者! 愛しい埴輪を人質に取るとはなんと卑怯な!」
ギリ、と奥歯を噛み締め、アルトが抗議の声を上げる。目の前の破廉恥ドワーフの魂胆は読めていた。魚の気を逸らす囮として、水中に飛び込む役を自分に強要しようというのだ。
「いや、強要する必要もねーです。おめーは自主的に水に入りやがるのですから」
シレークスはしれっとした顔でそう言うとおもむろに腕を振り被り── 「取ってこーい!」と叫びながら、手中の埴輪を思いっきり上へ──湖へとぶん投げた。
「なんだってーっ!?」
驚愕しつつ、飛び出すアルト。空中で無事、埴輪を両手に捕らえてホッと安心したのも束の間。彼と埴輪は棚引く悲鳴と共に腹から湖面へ落下する。
そんな2人のやり取りに、エリシャ・カンナヴィ(ka0140)は一瞬、絶句したが、まぁ、落とされてたのは若い男だったし別にいいか、とすぐに頭を切り替えた。甲板を右往左往するばかりの船員たちを呼び止め、パパッと指示を出す。
「浸水対策、急ぎなさい! ほら、さっさと下におりて毛布や木材で穴を塞ぐ! 損傷が酷い箇所はマストの予備で塞いで防水! 多分、麻か何かだろうから十分使用に堪えるはず」
ただ船客として乗り合わせただけのお客様──しかも見た目子供(エルフだが)なエリシャの言葉に、困惑した様子を見せる船員たち。「早くなさい! 沈むわよ!」と再度、大声で尻を叩かれ、ようやく慌てて甲板の昇降口から船底へと下りて行く。
(この手の帆船なら隔壁構造になってるから早々には沈まないでしょうけど…… この分じゃ、あんまり悠長にもしてられないわね)
エリシャは呆れた。乗組員の練度はどうも十分とは言えないようだ。船主はあまりそちらに金と手間をかけてはいないらしい。
「ん~…… さっきまで静かだったのに、急に賑やかになっちゃった……」
エリシャがそんなことを考えていると、頭に帽子を被った夢路 まよい(ka1328)が眠そうな目を擦りながら部屋から出てきた。
エリシャの傍らまで進みながら、なにかあったの~? とあくび混じりに訊ねるまよいに、エリシャが「ん」と湖面を指差し…… 左舷側へ目をやるまよいの耳に、魚雷魚の旋回を知らせる見張りの叫び声が降って来る。
「よーするに、これ以上、あのお魚がぶつかってきたら危ないんだよね? なら……」
そう言ってまよいは舷門(タラップを掛ける場所。舷縁より高さが低い)まで歩を進めると、じぃー、と湖面に目を凝らしながら精神を集中し始めた。……船底をゴッツンゴッツン言わせる魚の頭。そのコッチンコッチンのお顔に私の魔法をぶつけたら、どんないい音鳴らしてくれるのかしら♪
「見つけた~」
のんびりと呟きながら手にした杖を振るい、宙に生み出したマテリアルの石礫を手早く湖面へ投射する。立て続けに放たれた礫弾は、白波蹴立てて迫る巨大魚の前面に着弾。水柱を上げつつ分厚い頭部に命中する。
恐らく、これまでは反撃を受けたことなど滅多になかったのだろう。驚いた魚雷魚はその針路を変え、直撃コースから一旦、離脱していく。
「近づいたら痛くて、遠かったら大丈夫…… って思ってもらえれば、牽制、ってやつになるかな?」
くるりんと杖を回しながら呟くまよい。
ピーンと張ったロープに引っ張られ水上まで上がって来たアルトが、引き摺られるようにしながら湖面を跳ねた。
「やれやれ。のんびり船旅もできないな」
そんな『大繁盛』号に続いて湖面を進む僚船、『天下の回り物』号の甲板── 攻撃を受ける僚船の様子を確認しながら、ロニ・カルディス(ka0551)は呟いた。
今、『天下の回り物』号は僚船を救うべく、その船足を速くしていた。風を孕み膨らむセイル── それを支えるマストと檣楼を見上げながら、ロニは手を貸す覚悟を固めた。……やれこれも精霊のお導きか。ハンターであるとはいえ、今の自分はただの船客に過ぎないのだが。
「いきなり大魚が出てきた時はびっくりしたけど、これも立派な冒険だよ!」
一方、時音 ざくろ(ka1250)はやる気いっぱいにその瞳を輝かせていた。冒険を心から愛するざくろにとっては、移動中の襲撃もまた降って湧いたごほうびだった。未知の巨大魚との遭遇── その幸運と精霊のお導きに、むしろ感謝したくなる。
「周囲の他の船は襲われる様子はないようですわね。……これは乗る船を間違えましたかしら」
そんな二人を半眼で溜め息混じりに見やりながら、ベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)は両の拳を腰に当てた。嘆息しつつ、だが、歩を進める。彼女にとって、傍観するという選択肢は最初から存在しなかった。ノブレス・オブリージュという価値観はベアトリスにとって既に己の一部と化していた。今回の件も本来は船員たちがプロとして解決せねばならぬ問題ではあったが、その手に余るというのなら、力持つ者として責を果たすのは当然のことだ。
「『大繁盛』号を襲っている敵の数は2体。まずは1匹、こちらに引き付けよう」
「では、わたくしが水中に入って、敵をひきつけられないか試してみますわ」
「助かる。なら、俺は檣楼(マストの見張り台)に登って逐一、状況を報告しよう」
手早く打ち合わせを終え、動き出すロニとベアトリス。船員たちに修理と水かきの準備をしておくよう要請しながら、ロニはマスト近くに張られた横静索(網状の縄梯子)を登り始め…… ベアトリスはロープをその身に巻いて、余り流されぬよう長さを調整。マストにそれを結びつける。
それまでずっと甲板の上に座り込んで何やら作業を続けていたJyu=Bee(ka1681)は、「できた!」と満面に笑みを浮かべて、満足そうに自分の作業の成果を掲げた。
それは、魚の干物を鰻の蒲焼の様に刺し通した矢であった。魚雷魚の襲撃が始まった時からずっと、Jyu=Beeは甲板に座ってこの矢を作り続けていたのだ。彼女にとって、僚船の救出に加わることは考えるまでもないことだった。──考えるんじゃない。感じろ。全ては侍ソウルの導くままに!
「弓はそこまで得意じゃないけど…… 大丈夫。ジュウベイちゃんに不可能はない!」
Jyu=Beeは出来たばかりの矢を手にぴょんと跳び起きると、船首楼へと駆け上がった。ざくろもまた巨大魚の動きを警戒すべく、船首楼へと駆け上がる──その動機は巨大魚をもっと間近で見たいというものではあるが。
船は既に『大繁盛』号から100mの距離にまで迫っていた。『大繁盛』号から距離を取った魚雷魚が1匹、再突撃の為にゆっくりと回頭しているのが見える。
「魚雷魚1、10時の方向! 左回りで『大繁盛』号へ向け回頭中!」
ロニからの報告に、Jyu=Beeは『干物付きの矢』を番え、そちらへ弓を引いた。己に何かを呟きながら狙いを定め…… くわっと目を見開き、矢を放つ。
最初に放った1本目の矢は…… へろっとバランスを崩し、あさっての場所に落ちて沈んだ。傍らで目を瞬かせるざくろ。Jyu=Beeはこほんと一つ咳払いをすると、とりあえず巨大魚の進路上へ適当に矢を飛ばす。
その餌に気づいたのか、進行する魚雷魚の背びれが一旦、ぷくりと湖に沈み…… 再び浮上したかと思うとこちらへと向かって進み出す。
「来た! 釣れた!」
「食いついたか。9時の方向、距離40!」
瞳を輝かせるざくろの叫びに呼応し、ロニが檣楼の上から真下のベアトリスに『プロテクション』の加護を送る。
「気休めにしかならないだろうが、持って行け」
ベアトリスは礼を返しつつ、機械を介して己のマテリアルを循環。運動能力を向上させると、舷門へと走り込んで一気に湖面へ飛び込んだ。
瞬間、取り巻く世界が変わる。湖水の圧と冷たさと、空気が泡立ち昇る音── ベアトリスの着水音に餌が撒かれたと勘違いした魚雷魚が、バラバラになった矢を吐き出しながら一直線に向かって来る。
(来ましたわね……!)
ベアトリスはシーマンズボウを引き絞って矢を放ち── だが、それを物ともせず、尾びれを振って加速する魚雷魚。ベアトリスは水中銃に持ち替えようとしたが、すぐに間に合わないと悟った。ロープを引いて合図を送りつつ、自らもロープを手繰って船上へ上がろうとする。
(間に合わない……!?)
直撃を覚悟しつつも目を閉じず、最後まで最善を尽くさんとするベアトリス。直前、甲板上のざくろが水中拳銃を撃ち捲くりながら舷門へと掛け戻り、もう片方の手でデバイスを操作してマテリアルを変換したエネルギーを湖面へ撃ち放つ。
飛び込んできた光条に驚いたのか、魚雷魚はその針路を変え、ベアトリスを掠めるようにしながら船底を潜り抜けて右舷へ抜けた。それを追い、絶対に沈めさせないもん! と左舷から右舷へリロードしながら走るざくろ。その間にロープを手繰り舷側に足を掛けたベアトリスが、「敵は!?」と檣楼のロニへと訊ねる。
ロニは湖面に目を凝らして魚雷魚の動きを追い…… ダメだ、と短い叫びを返した。船底を通り抜けた魚雷魚はそのままこちらに戻る事なく、再び『大繁盛』号の方へ旋回を始めていた。こちらには食いつかなかったのだ。
ロニの言葉を聞き、再び水中へと戻るベアトリス。はがゆいな、とロニは呟いた。檣楼は、戦場からあまりにも遠く感じられた。
右舷から一直線に突っ込んでくる魚雷魚の突撃を見やって。忙しく舷縁へ走り寄ったまよいは杖を振って魔法の石礫を投射した。
魚雷魚の堅い頭部に弾かれ、甲高い音と共に砕ける礫弾。それでも、まよいの顔には笑みが浮かぶ。着弾の水音と、頭と礫がぶつかる音が、まるで音楽の様に楽しげだったから。
「あー、もう、こうなったらやればいいのだろう、やれば!」
水中でどうにか姿勢を制御したアルトがなぜか用意していた水中銃を構え…… 直撃コースで突進して来る巨大魚へ狙いを定めた次の瞬間、ロープに引っ張られてごばっ、と息を吐いた。
「あいつの生命はわたくしが預かりやがります。少しは身体を張らねーと」
マストを支点にロープを引っ掛け、力点たるシレークスがアルトを回避させる為に全力で甲板上を走る。
「ちょ、待……」
「え?」
アルトの心の叫びを聞いた気がして足を止めるシレークス。直後、巨大魚の背びれがアルトのズボンに引っかかり。ピンッ、とロープが張ったと思った直後、甲高い悲鳴と共に宙を舞ったシレークスが湖水へ落っこちる。
「……マジですか」
甲板上で弓による牽制射を行っていたエリシャは、その光景を見るや視線を振り、落ちていたロープを自身に巻きつけた。その長さを水面につかない1mに調整して舷縁の上へと跳び乗って。そのまま懸垂降下の要領で跳び下り、船の舷側に足をつけ。左手でロープを保持したまま、突進して来るもう1匹へ向け右手の剣を湖面に振るう。
(……遠いっ!?)
刀身は、だが、目──急所には届かなかった。水中を行く魚雷魚はそのままエリシャ直下の喫水下を直撃。激しい破砕音と共に船が揺れ、エリシャは振り子の様にぶん回された。
敵がこちらに喰いつかない以上、こちらから近づいていくしかない── 『天下の回り物』号は敵の只中へ…… 即ち『大繁盛』号へ向け水上を突進した。
「ロープを!」
ロニが報せるタイミングに従い、併走する『大繁盛』号に幾本ものロープが投げかけられる。
「この手記に書かれていた、ご先祖様の知恵だもん!」
互いに引っ張り合う船員たちを見ながら、ざくろは接舷を待って両船の間に板を渡した。その間にも『大繁盛』号の昇降口からは大勢の船員たちが甲板へと這い出して来ていた。船底という閉鎖空間に響く破砕音── 逃げ遅れる恐怖に耐え切れず、ダメコンを放棄し逃げ出してきたのだ。
「逃げちゃダメ! 魚は仲間たちがなんとかするから、手伝って!」
それを見たJyu=Beeは渡された板を駆け抜け、『大繁盛』号へと渡った。逃げる船員に声を掛けつつ、昇降口の穴へと飛び込む。
最下層は既に膝上まで水が浸水していた。放置された布を掴み、押し込もうとする。だが、ハンターと言えども一人で浸水の圧力を押し返すことは出来ず…… と、そこへ恐怖を押し殺して戻って来た船員たちが木の棒を幾本も宛がい。Jyu=Beeは笑顔を返すと、板切れを隙間へ突っ込み、ハンマーで打ちつける……
ハンターや船員たちの奮戦にも関わらず、『大繁盛』号を取り巻く状況は好転しなかった。
2体の魚雷魚は完全に『大繁盛』号に狙いを定めていた。牽制射も既に大した効果はないと学習され、構わず突撃を仕掛けてくる。
絶望し、『船を捨てる』という考えが頭をもたげ始める船員たち── ふとざくろが何かを思い出し、こんな事を呟いた。
「そう言えば…… さっき、巨大魚が現れた時、周りの船が何かを湖に落としていたけど、あれってなんだったのかな?」
ロニもまたハッとした。周囲の船からは盛んに「『捧げ物』を落とせ」との信号が送られていたからだ。
「『捧げ物』とは何だ?」
下りてきたロニの問いに、荷は落とさん、と返す船長。乗っていた者たちはそれで大体の事情を察した。船長に詰め寄っていた船員たちが埒が明かないと船庫へ下り、命あっての物種とばかりに勝手に荷物を湖に放り込んでいく……
ようやく投下された『捧げ物』に満足したのか、魚雷魚は襲撃をやめるとその餌を満喫し、何事もなかったかのように湖の底へと去っていった。
「海が見たかっただけなのに…… やはり海は美女の多いビーチに限る。埴輪が多い海岸でも構わないが」
「んなもんはねぇです。っていうか海でなく湖」
濡れ鼠となったアルトとシレークスが毛布を被って歯の根を合わせ。そうこうしている内にどうにか港に入る。
「本来、私たちは乗客でしかないのよね。しかも、積荷を捨てたくないなんて無茶振りまでしてくれて……」
両の手の指を合わせ、にっこり笑って詰め寄るエリシャ。可愛く小首を傾げているのに、その笑顔がとても怖い。
交渉の結果、船代は無料ということになり、更に事後契約の形で依頼料が払われることになった。難易度分の色もつくらしい。
「まったく…… 貯め込もうというばかりで、使いどころというものを分かっていない方でしたわね」
心底呆れたと言った風情で、ベアトリスが呟いた。
白波を蹴立てて進む『大繁盛』号の甲板上── アルト・ハーニー(ka0113)は湖上の風に前髪をそよがせながら、どこか遠い目をして呟いた。
フッと小さく息を吐き、シレークス(ka0752)を振り返る。そんな彼女の右手の中には、アルトが愛して止まない埴輪の姿── 左手には一本の頑丈なロープが握られており、その端はアルトの胴にぐりんぐりんと結び付けられている……
「クッ、この破戒聖職者! 愛しい埴輪を人質に取るとはなんと卑怯な!」
ギリ、と奥歯を噛み締め、アルトが抗議の声を上げる。目の前の破廉恥ドワーフの魂胆は読めていた。魚の気を逸らす囮として、水中に飛び込む役を自分に強要しようというのだ。
「いや、強要する必要もねーです。おめーは自主的に水に入りやがるのですから」
シレークスはしれっとした顔でそう言うとおもむろに腕を振り被り── 「取ってこーい!」と叫びながら、手中の埴輪を思いっきり上へ──湖へとぶん投げた。
「なんだってーっ!?」
驚愕しつつ、飛び出すアルト。空中で無事、埴輪を両手に捕らえてホッと安心したのも束の間。彼と埴輪は棚引く悲鳴と共に腹から湖面へ落下する。
そんな2人のやり取りに、エリシャ・カンナヴィ(ka0140)は一瞬、絶句したが、まぁ、落とされてたのは若い男だったし別にいいか、とすぐに頭を切り替えた。甲板を右往左往するばかりの船員たちを呼び止め、パパッと指示を出す。
「浸水対策、急ぎなさい! ほら、さっさと下におりて毛布や木材で穴を塞ぐ! 損傷が酷い箇所はマストの予備で塞いで防水! 多分、麻か何かだろうから十分使用に堪えるはず」
ただ船客として乗り合わせただけのお客様──しかも見た目子供(エルフだが)なエリシャの言葉に、困惑した様子を見せる船員たち。「早くなさい! 沈むわよ!」と再度、大声で尻を叩かれ、ようやく慌てて甲板の昇降口から船底へと下りて行く。
(この手の帆船なら隔壁構造になってるから早々には沈まないでしょうけど…… この分じゃ、あんまり悠長にもしてられないわね)
エリシャは呆れた。乗組員の練度はどうも十分とは言えないようだ。船主はあまりそちらに金と手間をかけてはいないらしい。
「ん~…… さっきまで静かだったのに、急に賑やかになっちゃった……」
エリシャがそんなことを考えていると、頭に帽子を被った夢路 まよい(ka1328)が眠そうな目を擦りながら部屋から出てきた。
エリシャの傍らまで進みながら、なにかあったの~? とあくび混じりに訊ねるまよいに、エリシャが「ん」と湖面を指差し…… 左舷側へ目をやるまよいの耳に、魚雷魚の旋回を知らせる見張りの叫び声が降って来る。
「よーするに、これ以上、あのお魚がぶつかってきたら危ないんだよね? なら……」
そう言ってまよいは舷門(タラップを掛ける場所。舷縁より高さが低い)まで歩を進めると、じぃー、と湖面に目を凝らしながら精神を集中し始めた。……船底をゴッツンゴッツン言わせる魚の頭。そのコッチンコッチンのお顔に私の魔法をぶつけたら、どんないい音鳴らしてくれるのかしら♪
「見つけた~」
のんびりと呟きながら手にした杖を振るい、宙に生み出したマテリアルの石礫を手早く湖面へ投射する。立て続けに放たれた礫弾は、白波蹴立てて迫る巨大魚の前面に着弾。水柱を上げつつ分厚い頭部に命中する。
恐らく、これまでは反撃を受けたことなど滅多になかったのだろう。驚いた魚雷魚はその針路を変え、直撃コースから一旦、離脱していく。
「近づいたら痛くて、遠かったら大丈夫…… って思ってもらえれば、牽制、ってやつになるかな?」
くるりんと杖を回しながら呟くまよい。
ピーンと張ったロープに引っ張られ水上まで上がって来たアルトが、引き摺られるようにしながら湖面を跳ねた。
「やれやれ。のんびり船旅もできないな」
そんな『大繁盛』号に続いて湖面を進む僚船、『天下の回り物』号の甲板── 攻撃を受ける僚船の様子を確認しながら、ロニ・カルディス(ka0551)は呟いた。
今、『天下の回り物』号は僚船を救うべく、その船足を速くしていた。風を孕み膨らむセイル── それを支えるマストと檣楼を見上げながら、ロニは手を貸す覚悟を固めた。……やれこれも精霊のお導きか。ハンターであるとはいえ、今の自分はただの船客に過ぎないのだが。
「いきなり大魚が出てきた時はびっくりしたけど、これも立派な冒険だよ!」
一方、時音 ざくろ(ka1250)はやる気いっぱいにその瞳を輝かせていた。冒険を心から愛するざくろにとっては、移動中の襲撃もまた降って湧いたごほうびだった。未知の巨大魚との遭遇── その幸運と精霊のお導きに、むしろ感謝したくなる。
「周囲の他の船は襲われる様子はないようですわね。……これは乗る船を間違えましたかしら」
そんな二人を半眼で溜め息混じりに見やりながら、ベアトリス・ド・アヴェーヌ(ka0458)は両の拳を腰に当てた。嘆息しつつ、だが、歩を進める。彼女にとって、傍観するという選択肢は最初から存在しなかった。ノブレス・オブリージュという価値観はベアトリスにとって既に己の一部と化していた。今回の件も本来は船員たちがプロとして解決せねばならぬ問題ではあったが、その手に余るというのなら、力持つ者として責を果たすのは当然のことだ。
「『大繁盛』号を襲っている敵の数は2体。まずは1匹、こちらに引き付けよう」
「では、わたくしが水中に入って、敵をひきつけられないか試してみますわ」
「助かる。なら、俺は檣楼(マストの見張り台)に登って逐一、状況を報告しよう」
手早く打ち合わせを終え、動き出すロニとベアトリス。船員たちに修理と水かきの準備をしておくよう要請しながら、ロニはマスト近くに張られた横静索(網状の縄梯子)を登り始め…… ベアトリスはロープをその身に巻いて、余り流されぬよう長さを調整。マストにそれを結びつける。
それまでずっと甲板の上に座り込んで何やら作業を続けていたJyu=Bee(ka1681)は、「できた!」と満面に笑みを浮かべて、満足そうに自分の作業の成果を掲げた。
それは、魚の干物を鰻の蒲焼の様に刺し通した矢であった。魚雷魚の襲撃が始まった時からずっと、Jyu=Beeは甲板に座ってこの矢を作り続けていたのだ。彼女にとって、僚船の救出に加わることは考えるまでもないことだった。──考えるんじゃない。感じろ。全ては侍ソウルの導くままに!
「弓はそこまで得意じゃないけど…… 大丈夫。ジュウベイちゃんに不可能はない!」
Jyu=Beeは出来たばかりの矢を手にぴょんと跳び起きると、船首楼へと駆け上がった。ざくろもまた巨大魚の動きを警戒すべく、船首楼へと駆け上がる──その動機は巨大魚をもっと間近で見たいというものではあるが。
船は既に『大繁盛』号から100mの距離にまで迫っていた。『大繁盛』号から距離を取った魚雷魚が1匹、再突撃の為にゆっくりと回頭しているのが見える。
「魚雷魚1、10時の方向! 左回りで『大繁盛』号へ向け回頭中!」
ロニからの報告に、Jyu=Beeは『干物付きの矢』を番え、そちらへ弓を引いた。己に何かを呟きながら狙いを定め…… くわっと目を見開き、矢を放つ。
最初に放った1本目の矢は…… へろっとバランスを崩し、あさっての場所に落ちて沈んだ。傍らで目を瞬かせるざくろ。Jyu=Beeはこほんと一つ咳払いをすると、とりあえず巨大魚の進路上へ適当に矢を飛ばす。
その餌に気づいたのか、進行する魚雷魚の背びれが一旦、ぷくりと湖に沈み…… 再び浮上したかと思うとこちらへと向かって進み出す。
「来た! 釣れた!」
「食いついたか。9時の方向、距離40!」
瞳を輝かせるざくろの叫びに呼応し、ロニが檣楼の上から真下のベアトリスに『プロテクション』の加護を送る。
「気休めにしかならないだろうが、持って行け」
ベアトリスは礼を返しつつ、機械を介して己のマテリアルを循環。運動能力を向上させると、舷門へと走り込んで一気に湖面へ飛び込んだ。
瞬間、取り巻く世界が変わる。湖水の圧と冷たさと、空気が泡立ち昇る音── ベアトリスの着水音に餌が撒かれたと勘違いした魚雷魚が、バラバラになった矢を吐き出しながら一直線に向かって来る。
(来ましたわね……!)
ベアトリスはシーマンズボウを引き絞って矢を放ち── だが、それを物ともせず、尾びれを振って加速する魚雷魚。ベアトリスは水中銃に持ち替えようとしたが、すぐに間に合わないと悟った。ロープを引いて合図を送りつつ、自らもロープを手繰って船上へ上がろうとする。
(間に合わない……!?)
直撃を覚悟しつつも目を閉じず、最後まで最善を尽くさんとするベアトリス。直前、甲板上のざくろが水中拳銃を撃ち捲くりながら舷門へと掛け戻り、もう片方の手でデバイスを操作してマテリアルを変換したエネルギーを湖面へ撃ち放つ。
飛び込んできた光条に驚いたのか、魚雷魚はその針路を変え、ベアトリスを掠めるようにしながら船底を潜り抜けて右舷へ抜けた。それを追い、絶対に沈めさせないもん! と左舷から右舷へリロードしながら走るざくろ。その間にロープを手繰り舷側に足を掛けたベアトリスが、「敵は!?」と檣楼のロニへと訊ねる。
ロニは湖面に目を凝らして魚雷魚の動きを追い…… ダメだ、と短い叫びを返した。船底を通り抜けた魚雷魚はそのままこちらに戻る事なく、再び『大繁盛』号の方へ旋回を始めていた。こちらには食いつかなかったのだ。
ロニの言葉を聞き、再び水中へと戻るベアトリス。はがゆいな、とロニは呟いた。檣楼は、戦場からあまりにも遠く感じられた。
右舷から一直線に突っ込んでくる魚雷魚の突撃を見やって。忙しく舷縁へ走り寄ったまよいは杖を振って魔法の石礫を投射した。
魚雷魚の堅い頭部に弾かれ、甲高い音と共に砕ける礫弾。それでも、まよいの顔には笑みが浮かぶ。着弾の水音と、頭と礫がぶつかる音が、まるで音楽の様に楽しげだったから。
「あー、もう、こうなったらやればいいのだろう、やれば!」
水中でどうにか姿勢を制御したアルトがなぜか用意していた水中銃を構え…… 直撃コースで突進して来る巨大魚へ狙いを定めた次の瞬間、ロープに引っ張られてごばっ、と息を吐いた。
「あいつの生命はわたくしが預かりやがります。少しは身体を張らねーと」
マストを支点にロープを引っ掛け、力点たるシレークスがアルトを回避させる為に全力で甲板上を走る。
「ちょ、待……」
「え?」
アルトの心の叫びを聞いた気がして足を止めるシレークス。直後、巨大魚の背びれがアルトのズボンに引っかかり。ピンッ、とロープが張ったと思った直後、甲高い悲鳴と共に宙を舞ったシレークスが湖水へ落っこちる。
「……マジですか」
甲板上で弓による牽制射を行っていたエリシャは、その光景を見るや視線を振り、落ちていたロープを自身に巻きつけた。その長さを水面につかない1mに調整して舷縁の上へと跳び乗って。そのまま懸垂降下の要領で跳び下り、船の舷側に足をつけ。左手でロープを保持したまま、突進して来るもう1匹へ向け右手の剣を湖面に振るう。
(……遠いっ!?)
刀身は、だが、目──急所には届かなかった。水中を行く魚雷魚はそのままエリシャ直下の喫水下を直撃。激しい破砕音と共に船が揺れ、エリシャは振り子の様にぶん回された。
敵がこちらに喰いつかない以上、こちらから近づいていくしかない── 『天下の回り物』号は敵の只中へ…… 即ち『大繁盛』号へ向け水上を突進した。
「ロープを!」
ロニが報せるタイミングに従い、併走する『大繁盛』号に幾本ものロープが投げかけられる。
「この手記に書かれていた、ご先祖様の知恵だもん!」
互いに引っ張り合う船員たちを見ながら、ざくろは接舷を待って両船の間に板を渡した。その間にも『大繁盛』号の昇降口からは大勢の船員たちが甲板へと這い出して来ていた。船底という閉鎖空間に響く破砕音── 逃げ遅れる恐怖に耐え切れず、ダメコンを放棄し逃げ出してきたのだ。
「逃げちゃダメ! 魚は仲間たちがなんとかするから、手伝って!」
それを見たJyu=Beeは渡された板を駆け抜け、『大繁盛』号へと渡った。逃げる船員に声を掛けつつ、昇降口の穴へと飛び込む。
最下層は既に膝上まで水が浸水していた。放置された布を掴み、押し込もうとする。だが、ハンターと言えども一人で浸水の圧力を押し返すことは出来ず…… と、そこへ恐怖を押し殺して戻って来た船員たちが木の棒を幾本も宛がい。Jyu=Beeは笑顔を返すと、板切れを隙間へ突っ込み、ハンマーで打ちつける……
ハンターや船員たちの奮戦にも関わらず、『大繁盛』号を取り巻く状況は好転しなかった。
2体の魚雷魚は完全に『大繁盛』号に狙いを定めていた。牽制射も既に大した効果はないと学習され、構わず突撃を仕掛けてくる。
絶望し、『船を捨てる』という考えが頭をもたげ始める船員たち── ふとざくろが何かを思い出し、こんな事を呟いた。
「そう言えば…… さっき、巨大魚が現れた時、周りの船が何かを湖に落としていたけど、あれってなんだったのかな?」
ロニもまたハッとした。周囲の船からは盛んに「『捧げ物』を落とせ」との信号が送られていたからだ。
「『捧げ物』とは何だ?」
下りてきたロニの問いに、荷は落とさん、と返す船長。乗っていた者たちはそれで大体の事情を察した。船長に詰め寄っていた船員たちが埒が明かないと船庫へ下り、命あっての物種とばかりに勝手に荷物を湖に放り込んでいく……
ようやく投下された『捧げ物』に満足したのか、魚雷魚は襲撃をやめるとその餌を満喫し、何事もなかったかのように湖の底へと去っていった。
「海が見たかっただけなのに…… やはり海は美女の多いビーチに限る。埴輪が多い海岸でも構わないが」
「んなもんはねぇです。っていうか海でなく湖」
濡れ鼠となったアルトとシレークスが毛布を被って歯の根を合わせ。そうこうしている内にどうにか港に入る。
「本来、私たちは乗客でしかないのよね。しかも、積荷を捨てたくないなんて無茶振りまでしてくれて……」
両の手の指を合わせ、にっこり笑って詰め寄るエリシャ。可愛く小首を傾げているのに、その笑顔がとても怖い。
交渉の結果、船代は無料ということになり、更に事後契約の形で依頼料が払われることになった。難易度分の色もつくらしい。
「まったく…… 貯め込もうというばかりで、使いどころというものを分かっていない方でしたわね」
心底呆れたと言った風情で、ベアトリスが呟いた。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 4人 |
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 Jyu=Bee(ka1681) エルフ|15才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/10/06 23:04:13 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/01 22:45:25 |