ゲスト
(ka0000)
ワールドウェイク
マスター:藤山なないろ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2014/10/06 19:00
- 完成日
- 2014/10/19 23:00
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
◆ ワールドウェイク
「ねぇ、見て! ユエル様よ!」
グラズヘイム王国首都イルダーナ。第3街区の目抜き通りを、一際目立つ容姿の人物が歩いていた。
「素敵ね。差し入れを用意しておけばよかった!」
「あんたね……抜け駆けすると刺されるわよ」
背丈は160cm前後。腰元まで真っ直ぐ伸びた漆黒の髪は、陽の光で輝く輪を作り。紅玉石に似た大きな瞳を縁取る睫毛は長く、形の良い鼻筋の先、薄い唇は熟れた林檎のような赤をしている。陶器のような白い肌に自然な朱のさす頬は、まるで絵画のようでもあった。
だが、目を引くのは容姿だけではなく、その少女が身に纏う服装も然り。
清潔感のあるブレザーと、スカート。その意匠は王国内でも認知度の高い“ある学校の制服”。
「でも、珍しいわね。ユエル様が第3街区にいらっしゃるなんて」
「“王立学校”は第2だし、ユエル様は今第1の別邸で暮らしてるって聞いたわ」
「第1? 流石は名門グリムゲーテ家の嫡子……」
少女らの黄色い声は“本人”にきっちり聴こえているようだが、恐らくどうでもいいことなのだろう。
小さく溜息をついて、“ユエル”と呼ばれた少女は先を急いだ。
◇
王都第3街区の王国騎士団本部にて。
「失礼、エリオット騎士団長は」
突然の訪問者に、ロビーに控えていた騎士は首を傾げる。
「王立学校の生徒か? 生憎エリオット様はご多忙だ。いくら嬢ちゃんが美人でも、押しかけは感心しねえなぁ」
──正式名称、“グラズヘイム王立学校”。文字通り国が運用している教育機関で、王国最難関の入学試験を行う四年制の学校である。
文官・武官を問わず、王国の上級部門に仕官する為の最も一般的な登竜門で、高等以上の教育を行ういわば“エリート養成学校”だ。
そこを首席で卒業し、今では実技の特別講師を務めることもある騎士団長のエリオットには、時折男女問わず“熱心なファン”が訪れることもある。今回もその類だろうと、騎士は思ったのだろう。
「いえ、あの……」
そんな騎士の応対に困惑する少女目掛け、ロビーの奥から聴き馴染んだ声が届く。
「ユエル、待たせたか」
「お兄様! ご無沙汰しております。ご健在で何よりです」
「に、兄様!?」
驚きと同時に先の発言への後悔で背筋を寒くする騎士を背に、2人は仲睦まじく騎士団本部を後にして行った。
所変わってハンターズソサエティ、イルダーナ支部。
ハンターが行きかうこの場所に、王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインが制服に身を包んだ少女を伴ってやってきた。
「グラズヘイム王立学校、騎士科4年のユエル・グリムゲーテと申します。此度は、ハンターの皆様にご相談があり、こうして伺いました」
少女は愛想を振りまくでもなく、まるで本物の騎士のように凛とした表情で続けた。
「私は、王国西方に広がるグリム領を治めるグリムゲーテ家の長子です。この度、所用で一時帰郷することとなったのですが……」
「……グリムゲーテの家は、嫡子が16歳を迎えると正式な後継者として認められ、その証にある宝石を継承することになっている。ユエルがつい先日16歳を迎え、現当主から故郷への呼び出しがかかったんだ。だが、今は王国、特に西方を中心として歪虚の活動が活発になっている。ユエルの母親……俺の叔母にあたる人から、ユエルの帰郷に念の為護衛をつけたいと依頼があった」
エリオットの説明が途切れると、ユエルは小さなため息をついた。
「騎士科で戦いを学ぶ私が護衛頂くなど、我が身を恥じ入るばかり……。ですが、現在グリム領および王国西方はお兄様の仰るように治安維持に気が抜けない状況が続いております。我がグリムゲーテ家も私兵を抱えてはございますが、領内の警戒を下げてまで私の護送をするのは、領主の判断としては不適切と言えましょう。故に、皆様のお手を煩わせること、誠に申し訳なく存じますが……何とぞよろしくお願い申し上げます」
ユエルとハンターを乗せた馬車は、一路グリム領を目指した。
車内は静かで、暖かで、草原を吹く風が窓から差し込んで気持ちがいい。
思い出話を語るには十分に穏やかな時間、ユエルはこんなことをハンター達に漏らした。
「……我が家は、長らく子が私一人でした。今は歳の離れた幼い弟も居りますが、私が必要以上の扱いを受けていることは事実。父母の心遣いを過剰に感じることもあります」
気付けば馬車は既に目的のグリム領。町の賑わいは王都と比べるべくもないが、人々が穏やかに暮らしていることが解る。
見通す限りに広がる小麦畑は黄金に輝き、収穫に追われた人々が穂を狩り、纏め、担ぐ姿がそこかしこに伺える。
「何にもない所だ……って、驚きましたか?」
ユエルは、ここへ来て初めて笑顔を見せた。屈託のない年相応の笑顔は、あどけなさを伴っている。
「ここが、グラズヘイム王国グリム領。帝国のような最先端技術も、王都のような賑わいもありません。皆様にはさぞや退屈な場所に見えることでしょう。それでもここは……私の生まれ育った、愛すべき、守るべき故郷なのです」
◆ そして世界は目覚めを迎え
グリムゲーテ家の屋敷に到着してすぐ、ユエルは「両親へ挨拶に行く」と言ってハンターらと別れた。
残されたハンターたちは、少女の用件を待つ間、使用人に連れられ客間へ通された。
もてなしとばかりに出されたのは、アフタヌーンティーセット。淹れたての紅茶と添えられたスコーンやシフォンケーキは、バタークリームが添えられただけの質素なものに見えたが、それは誤解に終わった。
特にシフォンケーキから香り立つ小麦の上質な香りはとびきり優しく胸をみたし、口に含むと柔らかくとろけるように消える。相当に舌触りの良い小麦を使わねば、このようにはいかない。
この地の名産を知るに十分なもてなしであったと言えよう。
それからしばし、客間の外の廊下を勢いよく駆け抜ける足音が響き、ややあって邸の中が騒然とし始めた。
「ハンターの皆様、折り入ってご相談が……」
顔面蒼白で客間へ入ってきたのは、ユエルに似た面立ちの中年女性。
「領内に歪虚強襲の報せが、あって……む、娘が先程邸を飛び出していったのです……!」
ユエルの母らしき女性は、震える手で口元を覆っている。不安と焦燥で崩れ落ちそうな女性を支えるように、後ろから落ち付いた雰囲気の男性が現れた。男はハンター達に頭を下げると、こう切り出したのだ。
「目撃場所は、ここから南へ行った風車小屋の近くです。我々もすぐ私兵を上げて対応に向かう」
重苦しいため息をついて、男はこう呟く。
「あの場所は……息子エイルの遊び場だ。邸を探し回ったが、今、エイルがどこにもいない。もしかすると……」
男は、嘆きにも似た自身の声に気付いたのだろう。冷静さを取り戻すべく、一呼吸置いた。
「どうか、子供たちを救うため、この地を守るため、貴公らの力を貸して頂きたい……!」
「ねぇ、見て! ユエル様よ!」
グラズヘイム王国首都イルダーナ。第3街区の目抜き通りを、一際目立つ容姿の人物が歩いていた。
「素敵ね。差し入れを用意しておけばよかった!」
「あんたね……抜け駆けすると刺されるわよ」
背丈は160cm前後。腰元まで真っ直ぐ伸びた漆黒の髪は、陽の光で輝く輪を作り。紅玉石に似た大きな瞳を縁取る睫毛は長く、形の良い鼻筋の先、薄い唇は熟れた林檎のような赤をしている。陶器のような白い肌に自然な朱のさす頬は、まるで絵画のようでもあった。
だが、目を引くのは容姿だけではなく、その少女が身に纏う服装も然り。
清潔感のあるブレザーと、スカート。その意匠は王国内でも認知度の高い“ある学校の制服”。
「でも、珍しいわね。ユエル様が第3街区にいらっしゃるなんて」
「“王立学校”は第2だし、ユエル様は今第1の別邸で暮らしてるって聞いたわ」
「第1? 流石は名門グリムゲーテ家の嫡子……」
少女らの黄色い声は“本人”にきっちり聴こえているようだが、恐らくどうでもいいことなのだろう。
小さく溜息をついて、“ユエル”と呼ばれた少女は先を急いだ。
◇
王都第3街区の王国騎士団本部にて。
「失礼、エリオット騎士団長は」
突然の訪問者に、ロビーに控えていた騎士は首を傾げる。
「王立学校の生徒か? 生憎エリオット様はご多忙だ。いくら嬢ちゃんが美人でも、押しかけは感心しねえなぁ」
──正式名称、“グラズヘイム王立学校”。文字通り国が運用している教育機関で、王国最難関の入学試験を行う四年制の学校である。
文官・武官を問わず、王国の上級部門に仕官する為の最も一般的な登竜門で、高等以上の教育を行ういわば“エリート養成学校”だ。
そこを首席で卒業し、今では実技の特別講師を務めることもある騎士団長のエリオットには、時折男女問わず“熱心なファン”が訪れることもある。今回もその類だろうと、騎士は思ったのだろう。
「いえ、あの……」
そんな騎士の応対に困惑する少女目掛け、ロビーの奥から聴き馴染んだ声が届く。
「ユエル、待たせたか」
「お兄様! ご無沙汰しております。ご健在で何よりです」
「に、兄様!?」
驚きと同時に先の発言への後悔で背筋を寒くする騎士を背に、2人は仲睦まじく騎士団本部を後にして行った。
所変わってハンターズソサエティ、イルダーナ支部。
ハンターが行きかうこの場所に、王国騎士団長エリオット・ヴァレンタインが制服に身を包んだ少女を伴ってやってきた。
「グラズヘイム王立学校、騎士科4年のユエル・グリムゲーテと申します。此度は、ハンターの皆様にご相談があり、こうして伺いました」
少女は愛想を振りまくでもなく、まるで本物の騎士のように凛とした表情で続けた。
「私は、王国西方に広がるグリム領を治めるグリムゲーテ家の長子です。この度、所用で一時帰郷することとなったのですが……」
「……グリムゲーテの家は、嫡子が16歳を迎えると正式な後継者として認められ、その証にある宝石を継承することになっている。ユエルがつい先日16歳を迎え、現当主から故郷への呼び出しがかかったんだ。だが、今は王国、特に西方を中心として歪虚の活動が活発になっている。ユエルの母親……俺の叔母にあたる人から、ユエルの帰郷に念の為護衛をつけたいと依頼があった」
エリオットの説明が途切れると、ユエルは小さなため息をついた。
「騎士科で戦いを学ぶ私が護衛頂くなど、我が身を恥じ入るばかり……。ですが、現在グリム領および王国西方はお兄様の仰るように治安維持に気が抜けない状況が続いております。我がグリムゲーテ家も私兵を抱えてはございますが、領内の警戒を下げてまで私の護送をするのは、領主の判断としては不適切と言えましょう。故に、皆様のお手を煩わせること、誠に申し訳なく存じますが……何とぞよろしくお願い申し上げます」
ユエルとハンターを乗せた馬車は、一路グリム領を目指した。
車内は静かで、暖かで、草原を吹く風が窓から差し込んで気持ちがいい。
思い出話を語るには十分に穏やかな時間、ユエルはこんなことをハンター達に漏らした。
「……我が家は、長らく子が私一人でした。今は歳の離れた幼い弟も居りますが、私が必要以上の扱いを受けていることは事実。父母の心遣いを過剰に感じることもあります」
気付けば馬車は既に目的のグリム領。町の賑わいは王都と比べるべくもないが、人々が穏やかに暮らしていることが解る。
見通す限りに広がる小麦畑は黄金に輝き、収穫に追われた人々が穂を狩り、纏め、担ぐ姿がそこかしこに伺える。
「何にもない所だ……って、驚きましたか?」
ユエルは、ここへ来て初めて笑顔を見せた。屈託のない年相応の笑顔は、あどけなさを伴っている。
「ここが、グラズヘイム王国グリム領。帝国のような最先端技術も、王都のような賑わいもありません。皆様にはさぞや退屈な場所に見えることでしょう。それでもここは……私の生まれ育った、愛すべき、守るべき故郷なのです」
◆ そして世界は目覚めを迎え
グリムゲーテ家の屋敷に到着してすぐ、ユエルは「両親へ挨拶に行く」と言ってハンターらと別れた。
残されたハンターたちは、少女の用件を待つ間、使用人に連れられ客間へ通された。
もてなしとばかりに出されたのは、アフタヌーンティーセット。淹れたての紅茶と添えられたスコーンやシフォンケーキは、バタークリームが添えられただけの質素なものに見えたが、それは誤解に終わった。
特にシフォンケーキから香り立つ小麦の上質な香りはとびきり優しく胸をみたし、口に含むと柔らかくとろけるように消える。相当に舌触りの良い小麦を使わねば、このようにはいかない。
この地の名産を知るに十分なもてなしであったと言えよう。
それからしばし、客間の外の廊下を勢いよく駆け抜ける足音が響き、ややあって邸の中が騒然とし始めた。
「ハンターの皆様、折り入ってご相談が……」
顔面蒼白で客間へ入ってきたのは、ユエルに似た面立ちの中年女性。
「領内に歪虚強襲の報せが、あって……む、娘が先程邸を飛び出していったのです……!」
ユエルの母らしき女性は、震える手で口元を覆っている。不安と焦燥で崩れ落ちそうな女性を支えるように、後ろから落ち付いた雰囲気の男性が現れた。男はハンター達に頭を下げると、こう切り出したのだ。
「目撃場所は、ここから南へ行った風車小屋の近くです。我々もすぐ私兵を上げて対応に向かう」
重苦しいため息をついて、男はこう呟く。
「あの場所は……息子エイルの遊び場だ。邸を探し回ったが、今、エイルがどこにもいない。もしかすると……」
男は、嘆きにも似た自身の声に気付いたのだろう。冷静さを取り戻すべく、一呼吸置いた。
「どうか、子供たちを救うため、この地を守るため、貴公らの力を貸して頂きたい……!」
リプレイ本文
乗用馬を駆るラスティ(ka1400)のすぐ後ろ、同乗した誠堂 匠(ka2876)の鼓動は、早鐘を打っていた。
道行を少年に託し、瞳を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、ここへ訪れる際の事。
仲間が馬で進む中、少女と二人で過ごした馬車での時間。ユエルという少女は、たった一度だけ年相応に微笑んだ。
その笑顔が、今この時になってやけに鮮やかに思い返されることが恐ろしくもあった。
「もう、手の届く誰も死なせない」
まるで呪文のように念じたその言葉は、傍のラスティにすら聞こえることなく過ぎ去る景色の中に消えた。
ただ、少年には感じられていた。匠の手に、必要以上の力が籠っていたことを。
「ユエル・グリムゲーテ、か」
少女の名を口にしてみる。我に返ったのか、匠の手から力が緩んだ。それに気付いて少年は口の端を上げる。
「ったく、何の為に俺達が雇われたんだか。一声くらいかけてってくれてもバチは当たんねーだろうが」
憚る意図もないのに、吐いた嘆息は小さく消えた。
乗用馬に二人乗りした結果、ラスティと匠は他の面々よりやや遅れて到着。
現場では既に仲間が風車小屋の周囲を探索しており、匠が下馬したその時に、事態は動きだした。
「ユエルさん!」
クリスティア・オルトワール(ka0131)が声を上げた。
少女の指さす方角、収穫されたばかりの小麦の穂束の山の向こうに紛うことなき少女が居た。
ユエルと共に居たのは4人の子供たち。少女は子らに背を向け“何か”から庇うように立ちはだかっている。
あれは──
「……歪虚、か」
アシフ・セレンギル(ka1073)の瞳が、子供の向こうに拡がりゆく黒い染みのようなモノを捉えた。
「ただのお嬢様かと思ったが、結構イイ判断力と行動力を持ってるじゃねえか」
場の緊迫感と相反する軽快さで、文月 弥勒(ka0300)が笑う。
「面倒ではあるが、死なせるわけにもいかん」
煩わしげな声色で呟くと、アシフは仲間を見渡す。
されるように頷く落葉松 鶲(ka0588)は、手綱を強く握り締めた。
「あのように、真面目で優しい方が傷ついては……いけませんから」
●
全力前進する羊の群れに対抗するべく、ハンターらも乗用馬に跨り、駆けた。
唯一、匠だけがスキルを重ね、自らの足で全力移動する。
彼は、相乗りで馬の移動力が半減することを、到着する際に身をもって理解していたからだ。
「頼む、間に合ってくれっ……!」
その時、ある少女が声高に叫んだ。
「風車小屋の中へ走ってください!」
事前に当主に風車小屋の状態を確認していたクリスは、そこが避難先になり得ると判断していた。
“製粉”のために最新の設備が整った頑健な作りをしている──流石は小麦粉を特産品とするグリム領。
それを領主から聞き、なお一層の確信を得たのだろう。
クリスの声に振り返ったユエルは、そこで初めてハンターの存在に気付いたようだった。少女が大きく目を見開いたのも束の間。直ちに事態を理解すると、ハンターらの判断を信じ、子供たちに小屋への退避を促し始めた。
だが……歪虚の接近を前に、自らの足で退避できる子供ばかりではない。
4人の内、1人は足が竦んで動けずにおり、ユエルが意を決して抱きかかえた。走って行った3人にしても内1人は緊張からか途中で足を縺れさせて転倒。先頭を走っていた少年が、それに気付いて転んだ子供を助け起こしに戦場へ戻ってくる有り様だ。
こうして、たった10秒の間に位置関係が大きく変化した。当初一所に居た子供が、3か所に分散したのだ。
変わりゆく状況に柔軟に応じた結果、“ユエル達の前”を目指したラスティ、“乗用馬をユエルに貸す”ことを考慮した鶲、“ユエルらを相乗りさせる”ことを考えた弥勒の3人がユエルの元へ。子供を中心に作戦を思考したクリス、アシフ、匠が、ユエルの元から20mほど先で転倒した子らの元へ到達した。
現時点で、1人の子供が風車小屋へ退避を完了している──残る保護対象は、4名。
件の歪虚は、射程よりまだ遠くに位置しているが、確実に近づいて来るのは避けようのない事実。
子供らに内在していた焦りと恐怖が肥大する。だが……
「良く頑張ったね。もう大丈夫だ」
不安を拭ってやるように匠が笑いかける。青年は、そのまま子供を庇うように立ち、改めて歪虚へ目を向けた。押し寄せる殺意は誰の目にも明らかで、それをここに近づけることは許容できないとクリスティアも馬上で杖を掲げる。
「避難までの時間を稼ぎます。ですから……」
「解っている」
今この地点で使える乗用馬はアシフのものだけ。そして、子供の数は2人……自らが騎乗した上で2人を乗せるのは厳しい。ならばと、アシフは2人の子供を乗せ、馬の手綱を自らが引いて小屋へと退避を開始した。
他方、鶲は戦場を見渡しながら、思考を巡らせていた。羊型歪虚は弓を装備した者が5体ほど。
遮る物のない平地に1秒でも長く居ることの方が危険であると判断出来た。
「……戦線離脱より、近くの風車小屋へ避難する方が、正しい選択と言えそうです」
鶲は小さく息を吐き、馬を下りる。
ユエルが抱える少年は、可哀想なほどに震えていた。鶲は柔らかい表情で笑いかけ、暖かな手のひらで少年の頬を覆う。
「もう少しだけ、頑張りましょうね」
鶲の笑顔に包まれ、安堵感を得たのだろう。少年は、大人しく一度だけ頷く。それを見届けて、鶲はユエルに向き直った。
「ユエルさん、私の馬をお貸しします。これに乗って、急いで小屋へ退避を」
すべきことは明確だ。ユエルは鶲から手綱を譲り受けると、子供を馬の背に乗せ、自身も馬へ跨った。
鶲達のすぐ傍で既に下馬していたラスティは、退避の手配完了を確認すると流れるような動作で弓を引き絞り──
「こっちだ、羊野郎!」
──放った。
緩い弧を描いた矢の軌跡はまるで赤い彗星のように空を裂き、進む。狙うは、弓を持つ個体。弦を引いた少年の指先は微塵の迷いも無い。……矢は見事に命中。だが、それが猛反撃の始まりだった。
ラスティの攻撃の直後、未だ接近を続ける5つの個体とは別に、足をとめた個体が5つ。そいつらから一斉に矢が飛んできた。少年の挑発通り、彼めがけて放たれた斜線は5本。いずれもハンターらに言わせれば、大した精度ではない。武器を扱える程度とはいえ、所詮は獣型の歪虚。程度がしれているのだろうが……この場においてはその“稚拙さ”が逆に命取りになった。
ラスティを狙ったはずの矢の一本が、少年から大きく外れた。どこへ流れたかと言えば、ラスティの後方にいた“彼の乗用馬に命中”したのだ。乗用馬は、一際高い嘶きをあげ、大暴れを始める──これが、引鉄となった。
動物は人より感覚が鋭いと言われるが、“主人が一緒に居たからこそ、殺気に満ちた戦場もなんとか耐えていた”のだろう。一触即発の状態が、先の嘶きによって強烈に恐怖感を煽られた結果、瓦解した。ラスティの乗用馬の近くに居た鶲と弥勒の乗用馬も、堰を切ったように暴れ始めたのだ。
戦場で戦う為に特殊な訓練を積んだ軍馬ではなく、一同がこの場に連れてきたのは“ペット”として愛好される汎用の乗用馬。歪虚が未だ距離の離れた所に居たとはいえ、戦の訓練など受けていない彼らには荷が重すぎる役割だった。
弥勒の乗用馬は辛うじて“主人”が駆っていたことや、彼の経験や技巧で抑えつけられたようだが……
そう言えば、いま鶲の乗用馬に乗っていたのは誰だっただろうか?
少女の短い悲鳴の後、大きな音がした。それに気付き、アシフが退避させていた子供から悲痛な叫びが上がった。
「姉様ぁ!!」
アシフが眉根を寄せる。ユエルと子供が、暴れ馬から勢いよく振り落とされたのだ。
打ちどころが悪かったのか、大地に赤々とした血だまりが見える。
「……お前ら二人だけでも先に小屋に届ける」
「いやだ! 姉様が!」
涙声でアシフの肩を叩く少年を青年が静かに見返すと、ユエルを姉と呼んだ少年……エイルが彼の迫力に言葉を飲み込む。しかし次の瞬間、少年の瞳に映ったのは意外な光景だった。
「ユエルさん、意識はありますか?」
ユエル達からやや離れた場所に居たはずの匠が、瞬く間に少女らの元へ現れたのだ。
まるで、あの距離が一瞬でゼロになったかのようで、少年は魔法のような光景に思えたことだろう。
匠は最初に幼い子供を助け起こしたのだが、反応が得られなかった。呼吸は正常で外傷らしきものも見当たらない。恐らく、少女が落下時に子供を守るようにして落ちたのだろう。ただの気絶に済んだことに胸を撫で下ろす一方、ユエルの側頭部からは止め処なく血が流れ、少女の輪郭を赤く染めてゆく。
「……わた、し……?」
朦朧としているが、意識はあるようだ。
「姉様、よか…っ……」
「行くぞ」
「……うん」
目を開けた姉の姿を確認したからだろう。エイルはアシフの肩に叩きつけていた小さな拳を引っ込め、大人しく青年の退避誘導に従うこととした。
アシフは子供を連れて無事風車小屋へ到達。これで計3名の子供が退避を完了。残るは、2名。
乗用馬は、この時点で全て退避させることとした。
●ワールドウェイク
「身体を起こせますか? ここから退避しましょう」
鶲から程近い場所で落馬した少女らを助け起こす匠。一方で、相変わらず“連中”の射撃の腕は相当に悪いらしい。
「あ……匠、さん……!」
ユエルの意識が突如覚醒した。自らを抱き起こす青年の肩口から感じた衝撃。見ればそこには矢が突き立ち、暖かな血液が少女の頬に落ちてくる。
肩口の傷を押さえるように震える手で青年に触れる少女に、敢えて何でもない風に匠が首を振る。そこへ、投げかけられたのは、鶲の声。
「歪虚がここに到達するまであと10秒程度です。動けますか?」
応じるべく身体を起こしたユエルだが、立ちあがった拍子にぐらりと身体が傾いた。頭を打ち、平衡感覚が覚束ないのだろう。
しかし、そんな少女の体が突然宙に浮いた。
抱きかかえられたのだと気付くまでにさほど時間はかからなかった。
ユエルが見上げたそこには、弥勒の仮面がある。奥の表情を察することは出来ないが、届く声は強く揺ぎ無い。
「俺たちを動かすためにやったなら、てめえは誇っていい。だが、ガキどもを助けるためにやったなら、実力不足だ」
そのまま少年は、ユエルを抱えて足早に退避してゆく。入れ違うように風車小屋から帰還したアシフが子供の傍に膝をついた。
「意識は戻っていないのか。なら、そいつは俺が運ぶ」
胸に手をあて、心音がしっかりしていることを確認すると、アシフは最後の一人を軽々と抱え上げた。
残されたハンターは彼らを背にするように歪虚の群れへと相対する。
それから間もなく、歪虚がハンターらと正面衝突した──。
「弥勒、さん……申し訳、ありません」
走る少年の呼吸を感じながら、ユエルは先ほど言われたことを反芻していた。目的は、子供たちを助けることだった──だからこそ、突きつけられた“実力不足”の言葉に自らを省みていたのだろう。
既に少女らの先には、より軽い子供を抱えたアシフが風車小屋に到達。アシフは何を言うでもなく戦いを繰り広げる仲間の元へ足早に去ってゆく。それをじっと見送り、弥勒はユエルを抱えたまま風車小屋の前で振り返った。
「……見たいか?」
「え……?」
少女は、一瞬何を問われたのか理解できずにいた。だが、彼の言わんとしたことはすぐに察せられた。
「確かにここには帝国や王都が誇るようなものはありませんが……」
クリスティアの指先に集う赤々としたそれは、やがて炎として現化。少女の堅い意思を示すように燃え盛り、そして放たれた。
高火力の魔術が羊を頭から飲み込み、全てを焼き尽くすように消えてゆく。
「この風景、ここに住む人々の穏やかな生活にはそれらに勝るに劣らない価値がある筈です」
「確かに、この地を歪虚によって失えば少なからず王国にもダメージがあるだろう」
肯定の意を唱え、集中を終えたアシフが瞳を開ける。標的に捉えた歪虚、その黒影以外の全ての光景がこの地の豊かさを物語っていた。だからこそ、黄金色の景色に連中の姿は似つかわしくないと断じられた。
「それを思うに、この地を治める責務の重さは察するに余りある」
溜息一つ、アシフの掌の中で光のマテリアルが収束してゆく。つまり、この地を失わせてはならないと言うことだ。放たれた輝くエネルギーは正面の歪虚を穿ち抜けば、呪いめいた呻きが地を這う。応じるように、別の歪虚が突進を仕掛けた。跳ね返すのは、鶲。
過るのは先の少女の血に濡れた顔。自然、力の籠る両手で槍の柄を握り、敵の胴部に叩きつけた。上体を崩した歪虚に対し、返す手、槍の穂先で足を一閃。
「私も姉であるので気持ちはわかります、だから……」
薙ぎ払う先から光に溶けて消える歪虚の末路を見届けながら、鶲は再び槍を握り直す。
残り、5体。漸く半数。続く敵前衛に匠が相対する。鉄扇で受け止めた歪虚の剣は重い。だが、だからと言ってそれを許す訳にはいかなかった。
……未だに歪虚は怖い。
頭にちらつく、あの日の出来事。自分の目の届く範囲で、もう、何かが失われるのは嫌だから。
「だから、此処は通さない……絶対に、だ」
刹那、匠が受け止めていた剣の重みが霧散するように消えた。気付くと羊の頭部に矢が突き立っている。
無慈悲な引導を渡した張本人、ラスティは独り言ちる。
「黄昏に緋を穿つ、ってか」
けれど、その手は既に次の矢を番えている。間断なく放たれる矢は、残る歪虚へ向けられ──
「……あれが、ハンター」
少女は、ハンターの戦いを初めて目の当たりにし、心の底が震えた。
「戦いを学ぶならこれ以上の教材はない。ま、俺たちはてめえを守らなきゃならねえが……」
彼らの雄姿を夢中になって目で追っていた少女は、弥勒の声が落ちて来るまで自分が抱えられていることも忘れていたほどだ。だが、自分の立場を省みれば、今、少女は彼らの勝利を信じ、小屋に隠れて待つべきだろう。
しかしそこに、唸り声と地響きのような音が聞こえてきた。
後続の歪虚の群れ──ではない。グリムゲーテ家の私兵団だ。これで、勝利は約束されただろう。
「こういう状況だ。少しぐらいなら迷惑掛けても許すぜ」
「……!」
仮面の奥から届く視線が、漸くユエルと交差する。
「選ばせてやるよ。自分で考えて自分で答えを示せ」
そうして、“目覚め”は訪れた。
●黒き祀りの笛が鳴る
グリム領に現れた羊型歪虚の群れは、ハンターらにより迅速に討伐された。
だが、あれから数日と経たないうちに、王国で歪虚による大規模な同時多発事件が発生。
この事件もその予兆の一つだったのだろう。
少女は傷の回復を待ち、再び王都へと足を向けた。ある決意を胸に──。
道行を少年に託し、瞳を閉じる。瞼の裏に浮かぶのは、ここへ訪れる際の事。
仲間が馬で進む中、少女と二人で過ごした馬車での時間。ユエルという少女は、たった一度だけ年相応に微笑んだ。
その笑顔が、今この時になってやけに鮮やかに思い返されることが恐ろしくもあった。
「もう、手の届く誰も死なせない」
まるで呪文のように念じたその言葉は、傍のラスティにすら聞こえることなく過ぎ去る景色の中に消えた。
ただ、少年には感じられていた。匠の手に、必要以上の力が籠っていたことを。
「ユエル・グリムゲーテ、か」
少女の名を口にしてみる。我に返ったのか、匠の手から力が緩んだ。それに気付いて少年は口の端を上げる。
「ったく、何の為に俺達が雇われたんだか。一声くらいかけてってくれてもバチは当たんねーだろうが」
憚る意図もないのに、吐いた嘆息は小さく消えた。
乗用馬に二人乗りした結果、ラスティと匠は他の面々よりやや遅れて到着。
現場では既に仲間が風車小屋の周囲を探索しており、匠が下馬したその時に、事態は動きだした。
「ユエルさん!」
クリスティア・オルトワール(ka0131)が声を上げた。
少女の指さす方角、収穫されたばかりの小麦の穂束の山の向こうに紛うことなき少女が居た。
ユエルと共に居たのは4人の子供たち。少女は子らに背を向け“何か”から庇うように立ちはだかっている。
あれは──
「……歪虚、か」
アシフ・セレンギル(ka1073)の瞳が、子供の向こうに拡がりゆく黒い染みのようなモノを捉えた。
「ただのお嬢様かと思ったが、結構イイ判断力と行動力を持ってるじゃねえか」
場の緊迫感と相反する軽快さで、文月 弥勒(ka0300)が笑う。
「面倒ではあるが、死なせるわけにもいかん」
煩わしげな声色で呟くと、アシフは仲間を見渡す。
されるように頷く落葉松 鶲(ka0588)は、手綱を強く握り締めた。
「あのように、真面目で優しい方が傷ついては……いけませんから」
●
全力前進する羊の群れに対抗するべく、ハンターらも乗用馬に跨り、駆けた。
唯一、匠だけがスキルを重ね、自らの足で全力移動する。
彼は、相乗りで馬の移動力が半減することを、到着する際に身をもって理解していたからだ。
「頼む、間に合ってくれっ……!」
その時、ある少女が声高に叫んだ。
「風車小屋の中へ走ってください!」
事前に当主に風車小屋の状態を確認していたクリスは、そこが避難先になり得ると判断していた。
“製粉”のために最新の設備が整った頑健な作りをしている──流石は小麦粉を特産品とするグリム領。
それを領主から聞き、なお一層の確信を得たのだろう。
クリスの声に振り返ったユエルは、そこで初めてハンターの存在に気付いたようだった。少女が大きく目を見開いたのも束の間。直ちに事態を理解すると、ハンターらの判断を信じ、子供たちに小屋への退避を促し始めた。
だが……歪虚の接近を前に、自らの足で退避できる子供ばかりではない。
4人の内、1人は足が竦んで動けずにおり、ユエルが意を決して抱きかかえた。走って行った3人にしても内1人は緊張からか途中で足を縺れさせて転倒。先頭を走っていた少年が、それに気付いて転んだ子供を助け起こしに戦場へ戻ってくる有り様だ。
こうして、たった10秒の間に位置関係が大きく変化した。当初一所に居た子供が、3か所に分散したのだ。
変わりゆく状況に柔軟に応じた結果、“ユエル達の前”を目指したラスティ、“乗用馬をユエルに貸す”ことを考慮した鶲、“ユエルらを相乗りさせる”ことを考えた弥勒の3人がユエルの元へ。子供を中心に作戦を思考したクリス、アシフ、匠が、ユエルの元から20mほど先で転倒した子らの元へ到達した。
現時点で、1人の子供が風車小屋へ退避を完了している──残る保護対象は、4名。
件の歪虚は、射程よりまだ遠くに位置しているが、確実に近づいて来るのは避けようのない事実。
子供らに内在していた焦りと恐怖が肥大する。だが……
「良く頑張ったね。もう大丈夫だ」
不安を拭ってやるように匠が笑いかける。青年は、そのまま子供を庇うように立ち、改めて歪虚へ目を向けた。押し寄せる殺意は誰の目にも明らかで、それをここに近づけることは許容できないとクリスティアも馬上で杖を掲げる。
「避難までの時間を稼ぎます。ですから……」
「解っている」
今この地点で使える乗用馬はアシフのものだけ。そして、子供の数は2人……自らが騎乗した上で2人を乗せるのは厳しい。ならばと、アシフは2人の子供を乗せ、馬の手綱を自らが引いて小屋へと退避を開始した。
他方、鶲は戦場を見渡しながら、思考を巡らせていた。羊型歪虚は弓を装備した者が5体ほど。
遮る物のない平地に1秒でも長く居ることの方が危険であると判断出来た。
「……戦線離脱より、近くの風車小屋へ避難する方が、正しい選択と言えそうです」
鶲は小さく息を吐き、馬を下りる。
ユエルが抱える少年は、可哀想なほどに震えていた。鶲は柔らかい表情で笑いかけ、暖かな手のひらで少年の頬を覆う。
「もう少しだけ、頑張りましょうね」
鶲の笑顔に包まれ、安堵感を得たのだろう。少年は、大人しく一度だけ頷く。それを見届けて、鶲はユエルに向き直った。
「ユエルさん、私の馬をお貸しします。これに乗って、急いで小屋へ退避を」
すべきことは明確だ。ユエルは鶲から手綱を譲り受けると、子供を馬の背に乗せ、自身も馬へ跨った。
鶲達のすぐ傍で既に下馬していたラスティは、退避の手配完了を確認すると流れるような動作で弓を引き絞り──
「こっちだ、羊野郎!」
──放った。
緩い弧を描いた矢の軌跡はまるで赤い彗星のように空を裂き、進む。狙うは、弓を持つ個体。弦を引いた少年の指先は微塵の迷いも無い。……矢は見事に命中。だが、それが猛反撃の始まりだった。
ラスティの攻撃の直後、未だ接近を続ける5つの個体とは別に、足をとめた個体が5つ。そいつらから一斉に矢が飛んできた。少年の挑発通り、彼めがけて放たれた斜線は5本。いずれもハンターらに言わせれば、大した精度ではない。武器を扱える程度とはいえ、所詮は獣型の歪虚。程度がしれているのだろうが……この場においてはその“稚拙さ”が逆に命取りになった。
ラスティを狙ったはずの矢の一本が、少年から大きく外れた。どこへ流れたかと言えば、ラスティの後方にいた“彼の乗用馬に命中”したのだ。乗用馬は、一際高い嘶きをあげ、大暴れを始める──これが、引鉄となった。
動物は人より感覚が鋭いと言われるが、“主人が一緒に居たからこそ、殺気に満ちた戦場もなんとか耐えていた”のだろう。一触即発の状態が、先の嘶きによって強烈に恐怖感を煽られた結果、瓦解した。ラスティの乗用馬の近くに居た鶲と弥勒の乗用馬も、堰を切ったように暴れ始めたのだ。
戦場で戦う為に特殊な訓練を積んだ軍馬ではなく、一同がこの場に連れてきたのは“ペット”として愛好される汎用の乗用馬。歪虚が未だ距離の離れた所に居たとはいえ、戦の訓練など受けていない彼らには荷が重すぎる役割だった。
弥勒の乗用馬は辛うじて“主人”が駆っていたことや、彼の経験や技巧で抑えつけられたようだが……
そう言えば、いま鶲の乗用馬に乗っていたのは誰だっただろうか?
少女の短い悲鳴の後、大きな音がした。それに気付き、アシフが退避させていた子供から悲痛な叫びが上がった。
「姉様ぁ!!」
アシフが眉根を寄せる。ユエルと子供が、暴れ馬から勢いよく振り落とされたのだ。
打ちどころが悪かったのか、大地に赤々とした血だまりが見える。
「……お前ら二人だけでも先に小屋に届ける」
「いやだ! 姉様が!」
涙声でアシフの肩を叩く少年を青年が静かに見返すと、ユエルを姉と呼んだ少年……エイルが彼の迫力に言葉を飲み込む。しかし次の瞬間、少年の瞳に映ったのは意外な光景だった。
「ユエルさん、意識はありますか?」
ユエル達からやや離れた場所に居たはずの匠が、瞬く間に少女らの元へ現れたのだ。
まるで、あの距離が一瞬でゼロになったかのようで、少年は魔法のような光景に思えたことだろう。
匠は最初に幼い子供を助け起こしたのだが、反応が得られなかった。呼吸は正常で外傷らしきものも見当たらない。恐らく、少女が落下時に子供を守るようにして落ちたのだろう。ただの気絶に済んだことに胸を撫で下ろす一方、ユエルの側頭部からは止め処なく血が流れ、少女の輪郭を赤く染めてゆく。
「……わた、し……?」
朦朧としているが、意識はあるようだ。
「姉様、よか…っ……」
「行くぞ」
「……うん」
目を開けた姉の姿を確認したからだろう。エイルはアシフの肩に叩きつけていた小さな拳を引っ込め、大人しく青年の退避誘導に従うこととした。
アシフは子供を連れて無事風車小屋へ到達。これで計3名の子供が退避を完了。残るは、2名。
乗用馬は、この時点で全て退避させることとした。
●ワールドウェイク
「身体を起こせますか? ここから退避しましょう」
鶲から程近い場所で落馬した少女らを助け起こす匠。一方で、相変わらず“連中”の射撃の腕は相当に悪いらしい。
「あ……匠、さん……!」
ユエルの意識が突如覚醒した。自らを抱き起こす青年の肩口から感じた衝撃。見ればそこには矢が突き立ち、暖かな血液が少女の頬に落ちてくる。
肩口の傷を押さえるように震える手で青年に触れる少女に、敢えて何でもない風に匠が首を振る。そこへ、投げかけられたのは、鶲の声。
「歪虚がここに到達するまであと10秒程度です。動けますか?」
応じるべく身体を起こしたユエルだが、立ちあがった拍子にぐらりと身体が傾いた。頭を打ち、平衡感覚が覚束ないのだろう。
しかし、そんな少女の体が突然宙に浮いた。
抱きかかえられたのだと気付くまでにさほど時間はかからなかった。
ユエルが見上げたそこには、弥勒の仮面がある。奥の表情を察することは出来ないが、届く声は強く揺ぎ無い。
「俺たちを動かすためにやったなら、てめえは誇っていい。だが、ガキどもを助けるためにやったなら、実力不足だ」
そのまま少年は、ユエルを抱えて足早に退避してゆく。入れ違うように風車小屋から帰還したアシフが子供の傍に膝をついた。
「意識は戻っていないのか。なら、そいつは俺が運ぶ」
胸に手をあて、心音がしっかりしていることを確認すると、アシフは最後の一人を軽々と抱え上げた。
残されたハンターは彼らを背にするように歪虚の群れへと相対する。
それから間もなく、歪虚がハンターらと正面衝突した──。
「弥勒、さん……申し訳、ありません」
走る少年の呼吸を感じながら、ユエルは先ほど言われたことを反芻していた。目的は、子供たちを助けることだった──だからこそ、突きつけられた“実力不足”の言葉に自らを省みていたのだろう。
既に少女らの先には、より軽い子供を抱えたアシフが風車小屋に到達。アシフは何を言うでもなく戦いを繰り広げる仲間の元へ足早に去ってゆく。それをじっと見送り、弥勒はユエルを抱えたまま風車小屋の前で振り返った。
「……見たいか?」
「え……?」
少女は、一瞬何を問われたのか理解できずにいた。だが、彼の言わんとしたことはすぐに察せられた。
「確かにここには帝国や王都が誇るようなものはありませんが……」
クリスティアの指先に集う赤々としたそれは、やがて炎として現化。少女の堅い意思を示すように燃え盛り、そして放たれた。
高火力の魔術が羊を頭から飲み込み、全てを焼き尽くすように消えてゆく。
「この風景、ここに住む人々の穏やかな生活にはそれらに勝るに劣らない価値がある筈です」
「確かに、この地を歪虚によって失えば少なからず王国にもダメージがあるだろう」
肯定の意を唱え、集中を終えたアシフが瞳を開ける。標的に捉えた歪虚、その黒影以外の全ての光景がこの地の豊かさを物語っていた。だからこそ、黄金色の景色に連中の姿は似つかわしくないと断じられた。
「それを思うに、この地を治める責務の重さは察するに余りある」
溜息一つ、アシフの掌の中で光のマテリアルが収束してゆく。つまり、この地を失わせてはならないと言うことだ。放たれた輝くエネルギーは正面の歪虚を穿ち抜けば、呪いめいた呻きが地を這う。応じるように、別の歪虚が突進を仕掛けた。跳ね返すのは、鶲。
過るのは先の少女の血に濡れた顔。自然、力の籠る両手で槍の柄を握り、敵の胴部に叩きつけた。上体を崩した歪虚に対し、返す手、槍の穂先で足を一閃。
「私も姉であるので気持ちはわかります、だから……」
薙ぎ払う先から光に溶けて消える歪虚の末路を見届けながら、鶲は再び槍を握り直す。
残り、5体。漸く半数。続く敵前衛に匠が相対する。鉄扇で受け止めた歪虚の剣は重い。だが、だからと言ってそれを許す訳にはいかなかった。
……未だに歪虚は怖い。
頭にちらつく、あの日の出来事。自分の目の届く範囲で、もう、何かが失われるのは嫌だから。
「だから、此処は通さない……絶対に、だ」
刹那、匠が受け止めていた剣の重みが霧散するように消えた。気付くと羊の頭部に矢が突き立っている。
無慈悲な引導を渡した張本人、ラスティは独り言ちる。
「黄昏に緋を穿つ、ってか」
けれど、その手は既に次の矢を番えている。間断なく放たれる矢は、残る歪虚へ向けられ──
「……あれが、ハンター」
少女は、ハンターの戦いを初めて目の当たりにし、心の底が震えた。
「戦いを学ぶならこれ以上の教材はない。ま、俺たちはてめえを守らなきゃならねえが……」
彼らの雄姿を夢中になって目で追っていた少女は、弥勒の声が落ちて来るまで自分が抱えられていることも忘れていたほどだ。だが、自分の立場を省みれば、今、少女は彼らの勝利を信じ、小屋に隠れて待つべきだろう。
しかしそこに、唸り声と地響きのような音が聞こえてきた。
後続の歪虚の群れ──ではない。グリムゲーテ家の私兵団だ。これで、勝利は約束されただろう。
「こういう状況だ。少しぐらいなら迷惑掛けても許すぜ」
「……!」
仮面の奥から届く視線が、漸くユエルと交差する。
「選ばせてやるよ。自分で考えて自分で答えを示せ」
そうして、“目覚め”は訪れた。
●黒き祀りの笛が鳴る
グリム領に現れた羊型歪虚の群れは、ハンターらにより迅速に討伐された。
だが、あれから数日と経たないうちに、王国で歪虚による大規模な同時多発事件が発生。
この事件もその予兆の一つだったのだろう。
少女は傷の回復を待ち、再び王都へと足を向けた。ある決意を胸に──。
依頼結果
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サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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作戦相談 ラスティ(ka1400) 人間(リアルブルー)|20才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/10/06 18:07:31 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/02 09:06:38 |