ゲスト
(ka0000)
鋼の薔薇を君に
マスター:えーてる

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2014/10/10 07:30
- 完成日
- 2014/10/20 22:35
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
蒸気工場都市フマーレ。同盟領でも王国の程近くに位置するこの都市は、名の通り、同盟内部の工業を一手に引き受ける第二次産業の一大拠点だ。
工業都市というイメージとは裏腹に、煉瓦作りの街は清潔に保たれ、公害には都市全体で気を使っている。
とは言え、ヴァリオスに住む大商人の娘には釣り合わない土地である。
「ロレーヌ……良かったのかい、本当に」
彼が不安げにそう口にするのも、無理の無いことである。
「いいのよ、ジュスト。家のことなんて気にしないで」
ロレーヌはそれを分かっている。彼女は微笑んでそう口にした。
彫金師の青年ジュストが彼女と出会ったのは数ヶ月前のこと。きっかけは、ジュストの手がけた百合の銀細工を、ロレーヌが目にした時からだった。
その繊細な細工を彼女は大層気に入ったロレーヌは、ぜひともこれを作った職人が知りたいと、父の仕事にくっついてまでフマーレに来た。
そこで、その職人ジュストに出会い、恋に落ちた。
タガネと槌が打ち合わさり、ヤスリが表面を撫で、時には炎が鉄を炙る度、彼の手の中に花弁が生まれた。
優しげで何処か儚くも幼い印象を持つ彼の、その時の豹変ぶりときたら。
その指の角度の一つに命を掛けるような鬼気迫る挙動に、彼女は完全に魅せられてしまっていた。
ジュストもまた、自分の作品をこよなく愛してくれるロレーヌにすぐに惚れた。器量よく、商家として知恵もある。その楚々とした見かけによらず活動的だ。
そう、活動的すぎた。
「ううん……ここが私の家なの」
「ロレーヌ」
「帰りたくないわ。あなたと一緒にいたい」
駆け落ちである。
彼女は商家の立場をかなぐり捨て、持てるだけの私財を手に、彼の下へと走ったのだ。
「けど、お父さんにバレたら君が」
「大丈夫。私たちが会っていたことなんて、お父様は知らないわ。そりゃあ、貴族に嫁がせる予定だったんだから、カンカンでしょうけどね」
ロレーヌはクスクスと笑って、エプロンを身につけた。栗色のロングヘアがふわりと揺れた。
「さ、ご飯にしましょう?」
●
「今回の依頼は人探しです」
受付嬢イルムトラウトは言って、首にかかった髪を払った。結っていたセミロングの金髪は最近下ろすようになったらしい。
「フマーレの何処かに、とある商家の娘が家出をしたようです。名前は、ロレーヌとだけ伺っています」
どこの家の娘かは秘密ということらしい。あまり事を公にしたくはないということなのだろう。
ロレーヌという女性は、提示された人相書を見る限り、美しい落ち着いた雰囲気の女性だ。物凄く目立つというわけではないが、人目を引く外見である。
「彼女の住居を見つけ出し、件の商会の使いの方に報告をすれば依頼は完了です」
期限は一週間だ。フマーレを隅まで探しまわるとなると時間はかかる。焦らずじっくりやるべきだ。
「それと……これは裏付けのとれていない情報なのですが」
家出の日と同日、この人相に似た女性が乗合馬車から降りて、男性の元へ向かっていったという話だ。
真偽の程は不明だが、考慮する必要はあるだろう、とイルムは言った。理由なく家出をするはずもなく、それが身分違いの異性を原因とする、というのは突飛な発想ではない。
「一人の女性としましては、思うところも多々ありますが。……依頼は目標の滞在地点の発見と報告です。そこを違えることはソサエティの信用に関わります。勿論、その後どうなさるかは皆様次第です」
イルムは眼鏡のフレームを押し上げると、少し居住まいを正した。
「僭越ながら私も同行致します。商会の方との事務手続きはお任せください」
蒸気工場都市フマーレ。同盟領でも王国の程近くに位置するこの都市は、名の通り、同盟内部の工業を一手に引き受ける第二次産業の一大拠点だ。
工業都市というイメージとは裏腹に、煉瓦作りの街は清潔に保たれ、公害には都市全体で気を使っている。
とは言え、ヴァリオスに住む大商人の娘には釣り合わない土地である。
「ロレーヌ……良かったのかい、本当に」
彼が不安げにそう口にするのも、無理の無いことである。
「いいのよ、ジュスト。家のことなんて気にしないで」
ロレーヌはそれを分かっている。彼女は微笑んでそう口にした。
彫金師の青年ジュストが彼女と出会ったのは数ヶ月前のこと。きっかけは、ジュストの手がけた百合の銀細工を、ロレーヌが目にした時からだった。
その繊細な細工を彼女は大層気に入ったロレーヌは、ぜひともこれを作った職人が知りたいと、父の仕事にくっついてまでフマーレに来た。
そこで、その職人ジュストに出会い、恋に落ちた。
タガネと槌が打ち合わさり、ヤスリが表面を撫で、時には炎が鉄を炙る度、彼の手の中に花弁が生まれた。
優しげで何処か儚くも幼い印象を持つ彼の、その時の豹変ぶりときたら。
その指の角度の一つに命を掛けるような鬼気迫る挙動に、彼女は完全に魅せられてしまっていた。
ジュストもまた、自分の作品をこよなく愛してくれるロレーヌにすぐに惚れた。器量よく、商家として知恵もある。その楚々とした見かけによらず活動的だ。
そう、活動的すぎた。
「ううん……ここが私の家なの」
「ロレーヌ」
「帰りたくないわ。あなたと一緒にいたい」
駆け落ちである。
彼女は商家の立場をかなぐり捨て、持てるだけの私財を手に、彼の下へと走ったのだ。
「けど、お父さんにバレたら君が」
「大丈夫。私たちが会っていたことなんて、お父様は知らないわ。そりゃあ、貴族に嫁がせる予定だったんだから、カンカンでしょうけどね」
ロレーヌはクスクスと笑って、エプロンを身につけた。栗色のロングヘアがふわりと揺れた。
「さ、ご飯にしましょう?」
●
「今回の依頼は人探しです」
受付嬢イルムトラウトは言って、首にかかった髪を払った。結っていたセミロングの金髪は最近下ろすようになったらしい。
「フマーレの何処かに、とある商家の娘が家出をしたようです。名前は、ロレーヌとだけ伺っています」
どこの家の娘かは秘密ということらしい。あまり事を公にしたくはないということなのだろう。
ロレーヌという女性は、提示された人相書を見る限り、美しい落ち着いた雰囲気の女性だ。物凄く目立つというわけではないが、人目を引く外見である。
「彼女の住居を見つけ出し、件の商会の使いの方に報告をすれば依頼は完了です」
期限は一週間だ。フマーレを隅まで探しまわるとなると時間はかかる。焦らずじっくりやるべきだ。
「それと……これは裏付けのとれていない情報なのですが」
家出の日と同日、この人相に似た女性が乗合馬車から降りて、男性の元へ向かっていったという話だ。
真偽の程は不明だが、考慮する必要はあるだろう、とイルムは言った。理由なく家出をするはずもなく、それが身分違いの異性を原因とする、というのは突飛な発想ではない。
「一人の女性としましては、思うところも多々ありますが。……依頼は目標の滞在地点の発見と報告です。そこを違えることはソサエティの信用に関わります。勿論、その後どうなさるかは皆様次第です」
イルムは眼鏡のフレームを押し上げると、少し居住まいを正した。
「僭越ながら私も同行致します。商会の方との事務手続きはお任せください」
リプレイ本文
●
鈴胆 奈月(ka2802)は馬車の停留所に降り立った。
「さて、それじゃあ足取りをたどってみようか」
家出少女の捜索。何やら男性の影もちらつく依頼である。
「報告までが仕事。その後どうするかは僕らの自由、だな」
可能なら、後腐れがない方がいい。とは言えそのために何をするか決めるためにも、するべきことをしなければならない。
最初は件の情報提供者だ。
――ややあって、詳しい情報が得られた。
「確認しますけど、しばらくここでくつろいだあと、緑地の方に向かったんですね?」
「あぁ、そうだったよ。君の言った通りの女性だった」
馬車道で聞き込みをして三度目、具体的な情報が出てきた。停留所すぐに開かれた軽食店である。
壮年の店員に礼を言って、奈月は魔導短伝話を取り出した。有効半径は街に比べるとやや狭いが、十分届く。情報中継担当の上杉浩一(ka0969)に、奈月は連絡を入れた。
「もしもし、上杉さん? 目撃情報なんだけど、最初に緑地に向かったって。取り次いでくれるかな――」
「――ということらしいですよ」
上杉からの情報を聞いた仙道・宙(ka2134)は魔導短伝話を切ると、丁度戻ってきたテオバルト・グリム(ka1824)に連絡の内容を伝える。
二人はフマーレ北西部の緑地地域を探索していた。
「すると、二人で一度ここにきているわけか。常連の人をあたってみるのが良さそうだね」
宙は呟いて、視線を巡らせる。工業化著しいフマーレの緑化政策の一貫なのだろうこの地域は、都市のサイズに比べて然程広くはない。二人で調べるには少々手狭なくらいだ。
住宅街からも程近く、散歩のコースには向いているようだった。
方針を固めた二人は、道行く人に色々話を聞いて回った。宙が若いカップルから聞いた話が有力そうであった。
「あぁ、見たわよ。男のほうがロレーヌって呼んでたわ。買い物するとか言ってたわね」
「女の子可愛かったなぁ、胸が大きくて、金髪の美人さん……いてっ、いや、悪かった! 悪かったよ!」
平身低頭する男には悪いが、恋愛沙汰は手元の依頼で精一杯である。宙は苦笑いとともにその場を去った。
買い物ということは、恐らく商業区だろう。テオバルトも件の日に商業区へ向かう金髪のカップルを見たとのことで、おおよその情報はまとめた。
「やれやれ、他人の色恋にあえて首をつっこむなんてね。物好きな……嫌いではないけれどね」
宙は魔導短伝話を取り出した。ひとまず情報を伝えなければならない。
「ちょっと困った事になりそうだな。好きな人と結ばれるのが一番だと思うけど」
テオバルトは頭を掻いた。
「……まあそれはひとまず置いておこう。まずは見つける所からやらないとな。どんな結末になるにせよ」
商業区には、天竜寺 詩(ka0396)とマヘル・ハシバス(ka0440)が向かっている。
「大金持ちのお嬢さんが家出して男性の元へ、か。いわゆる恋の逃避行ってやつなのかな?」
詩は口元に指を当てて呟いた。手元には、証言を元に作った似顔絵がある。
「うちの家でやるお芝居でもそんなのあるけど」
「そして依頼の内容は発見までですか。連れ戻すのはハンターではなく自分たちでやるということなのでしょうね」
マヘルは眉をひそめた。
「自分の身元を隠すためなのでしょうけど……力ずくで連れ戻す気なのでしょうか」
ともかく、二人は調査を始めた。
商業区では、生活必需品を扱う店を対象に最近急に購入量が増えた客などに目星をつけて探したが、空振りが続く。
一方、飲み屋などの飲食店で情報収集を始めたところ、証言があった。
「先日から急に付き合いの悪くなった青年……名前はジュストさんと」
「ひとまず名前をあてに探しましょうか」
というわけで、ジュストという青年を探すことになった。
名前を出しながら暫く調査を続けると、意外な所から情報が出た。
アクセサリーショップである。
「取引先?」
「あぁ、うちに銀細工を入れてる奴が、ジュストっていう職人なんだが」
装飾品を扱うには少々似合わない、ガタイのいい店長だ。
「その工房、場所を詳しく教えてくれませんか」
「怪しいことじゃねぇんだよな?」
「犯罪とかじゃないから大丈夫だよ」
詩の言葉に男は頷いて、彼女たちに住所のメモを渡した。
地図と照らし合わせると、工業区の中央東部らしい。
「ひとまず連絡しよう」
「そうですね」
マヘルは魔導短伝話を取り出した。
情報を受け取った浩一は、おもむろに魔導短伝話を切った。
「どうじゃった?」
「件のお嬢さんの伴侶はジュストって名前かもしれん。ペアの名前がわかったのは僥倖だな」
イーリス・クルクベウ(ka0481)は頷いた。彼女は有事の時のために居住区の宿に待機している。浩一は一旦戻ってきた所だ。
ペットの猫がくつろぎだすのを突付いて起こし、浩一はイーリスに告げた。
「もう一度行ってみる。こういうのは脚で稼ぐに限る」
パルムがぴょこぴょこ机の上で踊り、猫は煩わしそうに顔を背けて浩一の前に出た。
「ふむ……しかし色事か。二人の仲を引き裂きたくはないのう」
「適当に誤魔化したら信用問題か。わざと失敗するのも手だが、報酬が出ねぇのは困る」
出掛かりの浩一の言葉にイーリスも頷く。
「やれやれ、話しが込み入ってきたのう」
宿を後にした浩一は、そのまま団地などの住宅密集区に出た。
年配の主婦を相手の聞き込みである。ロレーヌ、という名前を出しながら、
「リアルブルーから転移してきた時、恩を受けたのでそれを返したい。最近ここに来たと噂を聞いた」
という名目で色々調べている。そこに加えてジュストという名前を出すと、どうやらそれらしい証言は山ほど出てきた。
なんでも、人当たりのいい性格で人気だったらしい。最近女性を連れてきたと専らの噂だった。
「ジュストさんの家? どこだったかしらねぇ」
ただまぁ、他人の家の場所までいちいち覚えているほどではないらしい。それこそ近所にまで行かなければダメだろうな、と浩一は出勤ルートなどを目敏く記憶する。
「彼の勤務先とかは、分かりますかね」
と彼が聞くと、詩とマヘルが手に入れた情報と同じものが帰ってきた。
「で、ここが件の工房と」
「うん、住所も名前もあってる」
ライオット(ka2545)は呟いて、そこで顎をさすった。先程までは道行く人に聞き込みを続けていたが、如何せん工業区は広すぎて一人では対応しきれなかった。応援を呼んだ矢先の報告である。
応援に来た奈月とともに中へ乗り込み、ジュストという職人について尋ねた。
「ええ、確かにうちの職人ですが」
「今日はいらっしゃらないんですか?」
「彼は今日は休みをとっていますね……あの、何かあったんでしょうか」
「あぁ、別にやましいことじゃねえっすよ。知り合いが恩返ししたいってんでね」
という浩一の名目を流用すると、わりとあっさり住所は判明した。
感謝と共に、二人は一品ずつ彼の作品を買って行った。
「うん、いいものだね、これ」
奈月は満足気にそれを眺め、その横ではライオットが魔導短伝話を起動している。
「浩一か? あぁ、住所が分かった。頼む」
連絡を終えると、奈月はちょいちょいと道を指差した。その先はすぐ商業区だ。
「ちょっと息抜きしてかない?」
「お前さっきもしてなかったか?」
●
浩一は、イーリスたち説得組を連れて住所の通りの場所にやってきていた。
小さなアパートの一部屋が、二人の住まう場所だ。呼び鈴を鳴らすと、すぐ反応があった。
「はい、どちら様でしょうか」
「上杉浩一という。銀細工師のジュストと、そちらがロレーヌお嬢さんか?」
強張る青年の顔を見て、浩一は一つ頷いた。
「依頼は完了、と。後は任せた。好きにしてくれ」
「うむ、任せるがよい」
どんとイーリスは胸を叩き、それから不安げにこちらを見る二人に向き直った。
逃げられないと悟ったらしく、二人はハンターたちを居間に通した。浩一と、テオバルトや宙は暴力沙汰にだけはならないように注意しつつ、ひとまず家の外で待機している。
「わしらは確かに商会に雇われ、ロレーヌ嬢の居場所を探しておった……が、個人的にはそちらに協力したいと思うておる」
ソサエティの信用に関わらぬようにだが、というイーリスの言葉に二人は顔を見合わせた。
「無理矢理連れ戻さないんですか」
「ハンターへの依頼は、あくまで居場所の報告です。つまりあなたを連れ戻すのは、自分たちで、表に出ないように行うという事でしょうね。私達には商会の名前も伝えられていませんし」
マヘルの言葉に、ロレーヌは得心がいったと頷いた。
「元々どこかの貴族に嫁がせる予定でしたし、逃げられたと先方に気付かれるわけには、ってことかしら」
「『貴族に嫁がせる予定』って……本人の意思は無視か?」
小さく頷くロレーヌに、奈月は呆れたように頭を掻いた。
「当人達は『よくある話』なんて言ってる場合じゃないんだろうけども」
ライオットも苦笑いしか出てこない。
「一つ確認したいんだけど……ロレーヌさん」
「はい」
詩はじっとロレーヌの目を見た。
「商家の実家を出て彼と暮らしていくの、大変だと思う。その覚悟はあるの?」
ロレーヌは一も二もなく頷いた。
「家を抜け出してきた時から、ずっとしてます。私は好きな人といたい。結婚相手も、自分で選びます」
その言葉に、詩は一つ頷いた。
「ん、分かった。協力するよ、私。……でも私たちも仕事だから、報告はしなきゃいけない。すぐに向こうから人が来ると思う」
「そんな……」
詩の言葉にジュストは悲痛な顔をする。
「なんとか、なんとか見逃してはくださいませんか。逃げるのを手伝ってくれても……」
「構いませんが、そんな生活ずっと続かないと思いますよ」
というマヘルの言葉に、ジュストもロレーヌも俯くしかない。
「そこで本題じゃ」
イーリスは指を立てた。
「ジュストの職人としての腕を親に認めさせ、ロレーヌを正式に嫁に迎えたいとは思わんか?」
面食らった顔のジュストに、マヘルが続ける。
「商会にとっても二人の結婚には価値があるって示せば、交渉の余地はあるはずです。ジュストさんの商品の独占販売とか……」
「今持てる力とコネで最高の作品を作って見せ、親を説得するのじゃ」
ジュストは不安を隠せない顔で、彼らを見回した。
「それは……でも、失敗したら」
「ジュストや、ここは男の甲斐性の見せ所じゃぞ?」
イーリスの言葉に彼は声を詰まらせる。
「僕は行けると思うけどな」
奈月は買ってきたアクセサリーに視線を落とし、それから彼の顔を見た。
「自分の意思をはっきりと言葉にすればいい。その上で行動したなら、なるようになるだろうさ」
それでも彼はじっと自分の手を見つめていた。
その方を、ロレーヌがそっと叩く。
「あなたなら出来るわ。ジュスト、やってみましょう。逃げるのはその後でも出来るわ」
「ロレーヌ……」
「それに、公認になれば、安心して二人で散歩にいけるもの……」
ロレーヌは微笑んで、そっと胸元のブローチを撫でた。精緻極まりない銀細工だった。
その言葉に決心がついたらしく、ジュストは勢い良く立ち上がった。
「分かりました。やりましょう……全身全霊をかけて、作らせていただきます」
わっと歓声が上がった。
「よし! わしも手伝うぞ! 親方筋にも協力を仰いで総力戦じゃ!」
イーリスが拳を振り上げた。
「ジュストさん、私の故郷……リアルブルーの髪飾りとか、デザインの元になりそうな事、色々教えるよ」
「本当ですか?」
「私の故郷はリアルブルーの日本て国。うちはそこの伝統衣装やアクセサリをつけて踊りやお芝居をするんだよ」
任せておいてと詩は胸を張り、それからライオットに耳打ちした。
「ライオットさん、日本のデザインに知識があるって向こうに伝えてくれる?」
「珍しい知識を持ってるって価値をつけるわけね……いいぜ、伝えとく」
その様子を見て、奈月とマヘルは頷いた。
「なんとかなりそうですね」
「そうだね……後は彼ら次第だ。どうなるかな」
家の外にいた三人も、聞こえてくる声で状況を把握した。
「さて、俺は宿に帰るが、お前らは?」
「ダメだった時の保険でも掛けておくかな」
「緑地方面の逃走経路とか、色々調べておいたしね」
宙とテオバルトの答えを聞くと、浩一はぐっと伸びをしてその場を立ち去った。
●
数日かけて、ジュストは作品を一つ完成させた。
丁度、報告の日である。
ライオットとイーリスは、ジュストの完成させた作品を身につけて報告に赴いていた。
「ってわけで、住所はこれです。わりと人目につく位置なんで、やるなら穏便に行ったほうがいいでしょうね」
「ふむ。間違いないな?」
「ええ、名前をちゃんと確認してます」
商会の男は、ライオットが差し出したメモを受け取った。
その時、彼がしている腕輪に目が留まった。ライオットの装飾品の中でも、特段に優れたものであった。
勿論それは、ジュストが制作したものである。
「その腕輪は?」
「いやー、いい腕の職人さんと会いまして」
目論見通りに釣れたことにライオットとイーリスは安堵した。勿論それは顔に出さず、ライオットは飄々と続ける。
「ちなみに、お嬢さんは今、その人のところに」
男は視線をイーリスに向ける。彼女は誇示するように胸を張った。胸元のブローチに合わせてちょっとしたドレスを持ちだしている。
「……ふむ。いや、分かった。確認し次第、オフィスを通じて入金しよう」
という会話を最後に、二人はその場を去った。
「さて、依頼完了だが」
「好感触ではあった……んじゃろうか」
二人共、商人と腹芸出来るほどではない。が、まぁ興味を持たなかったわけではない、取っ掛かりは出来ただろう。
結局、最後は彼ら次第である。
●
――後日。オフィスに、手紙が一通届いた。
受付嬢イルムトラウトは内容を見て僅かに口元を緩めると、後輩に一言告げて席を立った。
「吉報ですね。皆さんと連絡をつけませんと」
手紙には、詩が教えた椿の模様と、結婚報告が綴られていた。
鈴胆 奈月(ka2802)は馬車の停留所に降り立った。
「さて、それじゃあ足取りをたどってみようか」
家出少女の捜索。何やら男性の影もちらつく依頼である。
「報告までが仕事。その後どうするかは僕らの自由、だな」
可能なら、後腐れがない方がいい。とは言えそのために何をするか決めるためにも、するべきことをしなければならない。
最初は件の情報提供者だ。
――ややあって、詳しい情報が得られた。
「確認しますけど、しばらくここでくつろいだあと、緑地の方に向かったんですね?」
「あぁ、そうだったよ。君の言った通りの女性だった」
馬車道で聞き込みをして三度目、具体的な情報が出てきた。停留所すぐに開かれた軽食店である。
壮年の店員に礼を言って、奈月は魔導短伝話を取り出した。有効半径は街に比べるとやや狭いが、十分届く。情報中継担当の上杉浩一(ka0969)に、奈月は連絡を入れた。
「もしもし、上杉さん? 目撃情報なんだけど、最初に緑地に向かったって。取り次いでくれるかな――」
「――ということらしいですよ」
上杉からの情報を聞いた仙道・宙(ka2134)は魔導短伝話を切ると、丁度戻ってきたテオバルト・グリム(ka1824)に連絡の内容を伝える。
二人はフマーレ北西部の緑地地域を探索していた。
「すると、二人で一度ここにきているわけか。常連の人をあたってみるのが良さそうだね」
宙は呟いて、視線を巡らせる。工業化著しいフマーレの緑化政策の一貫なのだろうこの地域は、都市のサイズに比べて然程広くはない。二人で調べるには少々手狭なくらいだ。
住宅街からも程近く、散歩のコースには向いているようだった。
方針を固めた二人は、道行く人に色々話を聞いて回った。宙が若いカップルから聞いた話が有力そうであった。
「あぁ、見たわよ。男のほうがロレーヌって呼んでたわ。買い物するとか言ってたわね」
「女の子可愛かったなぁ、胸が大きくて、金髪の美人さん……いてっ、いや、悪かった! 悪かったよ!」
平身低頭する男には悪いが、恋愛沙汰は手元の依頼で精一杯である。宙は苦笑いとともにその場を去った。
買い物ということは、恐らく商業区だろう。テオバルトも件の日に商業区へ向かう金髪のカップルを見たとのことで、おおよその情報はまとめた。
「やれやれ、他人の色恋にあえて首をつっこむなんてね。物好きな……嫌いではないけれどね」
宙は魔導短伝話を取り出した。ひとまず情報を伝えなければならない。
「ちょっと困った事になりそうだな。好きな人と結ばれるのが一番だと思うけど」
テオバルトは頭を掻いた。
「……まあそれはひとまず置いておこう。まずは見つける所からやらないとな。どんな結末になるにせよ」
商業区には、天竜寺 詩(ka0396)とマヘル・ハシバス(ka0440)が向かっている。
「大金持ちのお嬢さんが家出して男性の元へ、か。いわゆる恋の逃避行ってやつなのかな?」
詩は口元に指を当てて呟いた。手元には、証言を元に作った似顔絵がある。
「うちの家でやるお芝居でもそんなのあるけど」
「そして依頼の内容は発見までですか。連れ戻すのはハンターではなく自分たちでやるということなのでしょうね」
マヘルは眉をひそめた。
「自分の身元を隠すためなのでしょうけど……力ずくで連れ戻す気なのでしょうか」
ともかく、二人は調査を始めた。
商業区では、生活必需品を扱う店を対象に最近急に購入量が増えた客などに目星をつけて探したが、空振りが続く。
一方、飲み屋などの飲食店で情報収集を始めたところ、証言があった。
「先日から急に付き合いの悪くなった青年……名前はジュストさんと」
「ひとまず名前をあてに探しましょうか」
というわけで、ジュストという青年を探すことになった。
名前を出しながら暫く調査を続けると、意外な所から情報が出た。
アクセサリーショップである。
「取引先?」
「あぁ、うちに銀細工を入れてる奴が、ジュストっていう職人なんだが」
装飾品を扱うには少々似合わない、ガタイのいい店長だ。
「その工房、場所を詳しく教えてくれませんか」
「怪しいことじゃねぇんだよな?」
「犯罪とかじゃないから大丈夫だよ」
詩の言葉に男は頷いて、彼女たちに住所のメモを渡した。
地図と照らし合わせると、工業区の中央東部らしい。
「ひとまず連絡しよう」
「そうですね」
マヘルは魔導短伝話を取り出した。
情報を受け取った浩一は、おもむろに魔導短伝話を切った。
「どうじゃった?」
「件のお嬢さんの伴侶はジュストって名前かもしれん。ペアの名前がわかったのは僥倖だな」
イーリス・クルクベウ(ka0481)は頷いた。彼女は有事の時のために居住区の宿に待機している。浩一は一旦戻ってきた所だ。
ペットの猫がくつろぎだすのを突付いて起こし、浩一はイーリスに告げた。
「もう一度行ってみる。こういうのは脚で稼ぐに限る」
パルムがぴょこぴょこ机の上で踊り、猫は煩わしそうに顔を背けて浩一の前に出た。
「ふむ……しかし色事か。二人の仲を引き裂きたくはないのう」
「適当に誤魔化したら信用問題か。わざと失敗するのも手だが、報酬が出ねぇのは困る」
出掛かりの浩一の言葉にイーリスも頷く。
「やれやれ、話しが込み入ってきたのう」
宿を後にした浩一は、そのまま団地などの住宅密集区に出た。
年配の主婦を相手の聞き込みである。ロレーヌ、という名前を出しながら、
「リアルブルーから転移してきた時、恩を受けたのでそれを返したい。最近ここに来たと噂を聞いた」
という名目で色々調べている。そこに加えてジュストという名前を出すと、どうやらそれらしい証言は山ほど出てきた。
なんでも、人当たりのいい性格で人気だったらしい。最近女性を連れてきたと専らの噂だった。
「ジュストさんの家? どこだったかしらねぇ」
ただまぁ、他人の家の場所までいちいち覚えているほどではないらしい。それこそ近所にまで行かなければダメだろうな、と浩一は出勤ルートなどを目敏く記憶する。
「彼の勤務先とかは、分かりますかね」
と彼が聞くと、詩とマヘルが手に入れた情報と同じものが帰ってきた。
「で、ここが件の工房と」
「うん、住所も名前もあってる」
ライオット(ka2545)は呟いて、そこで顎をさすった。先程までは道行く人に聞き込みを続けていたが、如何せん工業区は広すぎて一人では対応しきれなかった。応援を呼んだ矢先の報告である。
応援に来た奈月とともに中へ乗り込み、ジュストという職人について尋ねた。
「ええ、確かにうちの職人ですが」
「今日はいらっしゃらないんですか?」
「彼は今日は休みをとっていますね……あの、何かあったんでしょうか」
「あぁ、別にやましいことじゃねえっすよ。知り合いが恩返ししたいってんでね」
という浩一の名目を流用すると、わりとあっさり住所は判明した。
感謝と共に、二人は一品ずつ彼の作品を買って行った。
「うん、いいものだね、これ」
奈月は満足気にそれを眺め、その横ではライオットが魔導短伝話を起動している。
「浩一か? あぁ、住所が分かった。頼む」
連絡を終えると、奈月はちょいちょいと道を指差した。その先はすぐ商業区だ。
「ちょっと息抜きしてかない?」
「お前さっきもしてなかったか?」
●
浩一は、イーリスたち説得組を連れて住所の通りの場所にやってきていた。
小さなアパートの一部屋が、二人の住まう場所だ。呼び鈴を鳴らすと、すぐ反応があった。
「はい、どちら様でしょうか」
「上杉浩一という。銀細工師のジュストと、そちらがロレーヌお嬢さんか?」
強張る青年の顔を見て、浩一は一つ頷いた。
「依頼は完了、と。後は任せた。好きにしてくれ」
「うむ、任せるがよい」
どんとイーリスは胸を叩き、それから不安げにこちらを見る二人に向き直った。
逃げられないと悟ったらしく、二人はハンターたちを居間に通した。浩一と、テオバルトや宙は暴力沙汰にだけはならないように注意しつつ、ひとまず家の外で待機している。
「わしらは確かに商会に雇われ、ロレーヌ嬢の居場所を探しておった……が、個人的にはそちらに協力したいと思うておる」
ソサエティの信用に関わらぬようにだが、というイーリスの言葉に二人は顔を見合わせた。
「無理矢理連れ戻さないんですか」
「ハンターへの依頼は、あくまで居場所の報告です。つまりあなたを連れ戻すのは、自分たちで、表に出ないように行うという事でしょうね。私達には商会の名前も伝えられていませんし」
マヘルの言葉に、ロレーヌは得心がいったと頷いた。
「元々どこかの貴族に嫁がせる予定でしたし、逃げられたと先方に気付かれるわけには、ってことかしら」
「『貴族に嫁がせる予定』って……本人の意思は無視か?」
小さく頷くロレーヌに、奈月は呆れたように頭を掻いた。
「当人達は『よくある話』なんて言ってる場合じゃないんだろうけども」
ライオットも苦笑いしか出てこない。
「一つ確認したいんだけど……ロレーヌさん」
「はい」
詩はじっとロレーヌの目を見た。
「商家の実家を出て彼と暮らしていくの、大変だと思う。その覚悟はあるの?」
ロレーヌは一も二もなく頷いた。
「家を抜け出してきた時から、ずっとしてます。私は好きな人といたい。結婚相手も、自分で選びます」
その言葉に、詩は一つ頷いた。
「ん、分かった。協力するよ、私。……でも私たちも仕事だから、報告はしなきゃいけない。すぐに向こうから人が来ると思う」
「そんな……」
詩の言葉にジュストは悲痛な顔をする。
「なんとか、なんとか見逃してはくださいませんか。逃げるのを手伝ってくれても……」
「構いませんが、そんな生活ずっと続かないと思いますよ」
というマヘルの言葉に、ジュストもロレーヌも俯くしかない。
「そこで本題じゃ」
イーリスは指を立てた。
「ジュストの職人としての腕を親に認めさせ、ロレーヌを正式に嫁に迎えたいとは思わんか?」
面食らった顔のジュストに、マヘルが続ける。
「商会にとっても二人の結婚には価値があるって示せば、交渉の余地はあるはずです。ジュストさんの商品の独占販売とか……」
「今持てる力とコネで最高の作品を作って見せ、親を説得するのじゃ」
ジュストは不安を隠せない顔で、彼らを見回した。
「それは……でも、失敗したら」
「ジュストや、ここは男の甲斐性の見せ所じゃぞ?」
イーリスの言葉に彼は声を詰まらせる。
「僕は行けると思うけどな」
奈月は買ってきたアクセサリーに視線を落とし、それから彼の顔を見た。
「自分の意思をはっきりと言葉にすればいい。その上で行動したなら、なるようになるだろうさ」
それでも彼はじっと自分の手を見つめていた。
その方を、ロレーヌがそっと叩く。
「あなたなら出来るわ。ジュスト、やってみましょう。逃げるのはその後でも出来るわ」
「ロレーヌ……」
「それに、公認になれば、安心して二人で散歩にいけるもの……」
ロレーヌは微笑んで、そっと胸元のブローチを撫でた。精緻極まりない銀細工だった。
その言葉に決心がついたらしく、ジュストは勢い良く立ち上がった。
「分かりました。やりましょう……全身全霊をかけて、作らせていただきます」
わっと歓声が上がった。
「よし! わしも手伝うぞ! 親方筋にも協力を仰いで総力戦じゃ!」
イーリスが拳を振り上げた。
「ジュストさん、私の故郷……リアルブルーの髪飾りとか、デザインの元になりそうな事、色々教えるよ」
「本当ですか?」
「私の故郷はリアルブルーの日本て国。うちはそこの伝統衣装やアクセサリをつけて踊りやお芝居をするんだよ」
任せておいてと詩は胸を張り、それからライオットに耳打ちした。
「ライオットさん、日本のデザインに知識があるって向こうに伝えてくれる?」
「珍しい知識を持ってるって価値をつけるわけね……いいぜ、伝えとく」
その様子を見て、奈月とマヘルは頷いた。
「なんとかなりそうですね」
「そうだね……後は彼ら次第だ。どうなるかな」
家の外にいた三人も、聞こえてくる声で状況を把握した。
「さて、俺は宿に帰るが、お前らは?」
「ダメだった時の保険でも掛けておくかな」
「緑地方面の逃走経路とか、色々調べておいたしね」
宙とテオバルトの答えを聞くと、浩一はぐっと伸びをしてその場を立ち去った。
●
数日かけて、ジュストは作品を一つ完成させた。
丁度、報告の日である。
ライオットとイーリスは、ジュストの完成させた作品を身につけて報告に赴いていた。
「ってわけで、住所はこれです。わりと人目につく位置なんで、やるなら穏便に行ったほうがいいでしょうね」
「ふむ。間違いないな?」
「ええ、名前をちゃんと確認してます」
商会の男は、ライオットが差し出したメモを受け取った。
その時、彼がしている腕輪に目が留まった。ライオットの装飾品の中でも、特段に優れたものであった。
勿論それは、ジュストが制作したものである。
「その腕輪は?」
「いやー、いい腕の職人さんと会いまして」
目論見通りに釣れたことにライオットとイーリスは安堵した。勿論それは顔に出さず、ライオットは飄々と続ける。
「ちなみに、お嬢さんは今、その人のところに」
男は視線をイーリスに向ける。彼女は誇示するように胸を張った。胸元のブローチに合わせてちょっとしたドレスを持ちだしている。
「……ふむ。いや、分かった。確認し次第、オフィスを通じて入金しよう」
という会話を最後に、二人はその場を去った。
「さて、依頼完了だが」
「好感触ではあった……んじゃろうか」
二人共、商人と腹芸出来るほどではない。が、まぁ興味を持たなかったわけではない、取っ掛かりは出来ただろう。
結局、最後は彼ら次第である。
●
――後日。オフィスに、手紙が一通届いた。
受付嬢イルムトラウトは内容を見て僅かに口元を緩めると、後輩に一言告げて席を立った。
「吉報ですね。皆さんと連絡をつけませんと」
手紙には、詩が教えた椿の模様と、結婚報告が綴られていた。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 上杉浩一(ka0969) 人間(リアルブルー)|45才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2014/10/10 03:26:39 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/04 01:24:29 |