ゲスト
(ka0000)
君に贈るスノードロップ
マスター:鹿野やいと

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~4人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/10/08 07:30
- 完成日
- 2014/10/16 00:45
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
■退廃の街で
その建物はポルトワールに広がるダウンタウンの比較的治安の良い場所にあった。比較的良いとは行っても、命を取るほどの重犯罪は少ないという程度である。大人も子供も「命は取らない」からとそれ以外の物を取ることには良心の呵責が無い。建物の2階の窓から見下ろせば食料の配給目当ての浮浪者達が、いたるところで蹲っている。
「市長もバカなことしたもんだぜ。仕事しないで飯が食えるってんなら、こうなるに決まってるだろうに」
愚痴るように言って髭面の男は木窓を閉める。窓を閉めると太陽の光はほとんどが遮られ、室内は日中だというのに薄暗くなった。
「ヴァネッサだけならまだ良かった。賊は賊でしかない以上勢力なんぞ知れている。
配給だけでもまだなんぼかマシだった。浮浪者に恩を着せられる。……話がそれちまったな」
男は部屋の唯一の家具であるテーブルとセットの椅子に腰掛ける。頭がM字に後退した髭面で40絡みのこの男は、海軍のギオマル中尉。今回の依頼者だ。
「最近、ここらで金貸しや女衒やら、金回りの良いヤクザ者が相次いで殺される事件が起きてる。今月は分かるだけでも3件。3人とも殺されて死体を川に投げ込まれた挙句、持ってた金は全部取られていた。その金貸しや女衒の親分どもはカンカンになって犯人探しをしてる」
今度の仕事はその暗殺者を見つけることか? ハンターの質問に、依頼人は首を横に振った。
「暗殺者の名前はセリア。一時期どこかの子飼いで暗殺者をやってたらしい。そいつが今何故強盗殺人なんぞをやってるのかはわからんが、殺しに自分の美学やら目的やらを意識してる人間は話が通じる。海軍としてはそういう人間は、捕まえて裁くよりはスカウトしたいと考えていてな。その為に彼女を揺さぶるための情報が欲しい。何を大事にしていているのか。何がしたいのか。そう言ったより詳細な情報が知りたい」
なぜ、今更我々に? ハンターは聞いた。そこまで自分で調べたのなら残りも自分で調べられるはずだ。
「相手は覚醒者だ。いざという時に強硬手段を取れるようにするためでもあるが、さっきも言った通り恨みに思ってる連中が多い。鉄火場からでも帰ってこれる戦闘力のある調査員が欲しいのさ。こっちの事情もあるから他に何人どんな諜報員が居るかは明かせないが、俺から情報は共有できるようにする。海軍としての俸給や支度金、減刑の措置は約束できるが…、説得できそうにないと思ったら、そん時は他の犯罪者と同じだ。捕まえろ」
使えるものは使うが使えないなら未練は無い。彼の興味はその一点。そして捕縛が叶わないなら殺害も躊躇わないだろう。
「しばらく俺と俺の部下はここを拠点にする。何かあったらここに戻ってきてくれ」
ギオマルはにやりと笑う。その笑い方はどうにも悪意が見え隠れして、まるで海賊の首領のようにも見えた。ハンター達はその様子に一抹の苦い感情を覚えながらも、ハンター協会の正式な依頼であることを思い、黙って話を受けることにした。
■仮初の聖域
教会があるのは貧民街となったダウンタウンでも治安の良くない地域だった。義賊ヴァネッサの影響力が強い地域ではあったが殺人も少なくない。軍警も近寄らないここでは、頼みになるのはヤクザ者達の作る限定的な治安しかなかった。だというのにその教会の周囲は妙に静かで、古ぼけた壁の中から講話を行う司祭の声が朗々と響いていた。
「決断は自身によってのみなされ、その責任や結果は自身に還ります。人の世にある法や道徳などの慣習がどんな時も常に正しいわけではありません」
セリアは教会のレンガの壁に背を預けて座りこみ、その声をじっと聞いていた。
「法や道徳に沿うことで損をすることもあるでしょう。この街では特にそうだったと思います。であるからこそ、みなさんの心を信じてください」
日曜礼拝は今日も滞りなく進んでいる。1時間程度のスケジュールが終わると、礼拝に来た信者達が和やかに雑談しながら退出していく。その光景を、司祭のジーニアスは最後尾から見守っていた。
大きな身体にしなやかな筋肉、短く切った茶髪が特徴的で、顔の作りは少々硬く四角いものの、それがかえって笑顔を作った時に柔らかさを強く感じさせた。
やがて司祭は全ての信徒を見送ると、自然な振る舞いでセリアがいつも佇んでいる場所へと顔を向ける。セリアはローブで服と身体を隠した。殺しに使う仕事着は相手の油断を誘うために色気のきつい別の仕事を想起させるような服で、ふとももや腹部は露出され、胸も強調されている。この場に相応しい服ではない。しかし司祭はそんなことに一向に頓着せず、変わらぬ笑みを彼女に向けていた。
「こんにちは、セリアさん。お茶でも飲んでいきませんか?」
「いえ……私は……結構です」
いつもと同じ言葉。礼拝堂の中に入ろうとしないセリアに、司祭はいつもと同じ言葉を掛ける。
拒絶された司祭は少し寂しそうな顔をするが、それ以上その話題には触れなかった。
「外はそろそろ肌寒いでしょう。礼拝堂の席は空いています。中に入っていただいても良いのですよ」
「司祭様、私は……お金のために良くないことをしています。だから私は…」
セリアは迫られたわけでもないのに後ずさった。自分はその礼拝堂に入る資格がない。そこには自分を恨みに思う者も居る。余計な騒乱を生むだろう。
「セリアさん。神はいつも貴方を見ておられます。心から祈れば神はその罪をお赦しになるでしょう。そして、祈りを捧げるのに場所や時間は重要ではありません。
以前、貴方はそのお金で恵まれない子供達に本を買い、服を買い、心を豊かにしました。食べ物だけで人は生きているのではないと、大切なことを身をもって教えてくれたのです。お金の出自等、誰が問いましょうか」
それが人の命を奪って得た金だと知れば、この司祭はどう思うだろうか。もしかしたらそれさえも笑顔で聞いてくれるかもしれない。そんな深い慈愛を彼に感じていた。
司祭はこのゴミためには勿体無い人格者だった。教義を振りかざすことも、清く正しい人の道を押し付けることもない。どうしようもない今を認め、苦しみ足掻く自分を受け入れてくれる。この司祭を慕って孤児のみならず、ヤクザ者まで熱心に礼拝に通うのも頷ける話だと思った。
セリアは何も言わず、頭を下げて教会を後にした。司祭のまっすぐな目で見つめられることに耐えられなくなった。
結局自分は、人を殺す事しか能がない。多くの母親が誰でもするような家事の仕方もまるで知らない。けどこの街ではお金が手に入ることが正しいことだ。だから私は、決して間違っていない。セリアは表情を隠すようにフードを被ると、昼なお薄暗い路地の中へと姿を消して行った。
その建物はポルトワールに広がるダウンタウンの比較的治安の良い場所にあった。比較的良いとは行っても、命を取るほどの重犯罪は少ないという程度である。大人も子供も「命は取らない」からとそれ以外の物を取ることには良心の呵責が無い。建物の2階の窓から見下ろせば食料の配給目当ての浮浪者達が、いたるところで蹲っている。
「市長もバカなことしたもんだぜ。仕事しないで飯が食えるってんなら、こうなるに決まってるだろうに」
愚痴るように言って髭面の男は木窓を閉める。窓を閉めると太陽の光はほとんどが遮られ、室内は日中だというのに薄暗くなった。
「ヴァネッサだけならまだ良かった。賊は賊でしかない以上勢力なんぞ知れている。
配給だけでもまだなんぼかマシだった。浮浪者に恩を着せられる。……話がそれちまったな」
男は部屋の唯一の家具であるテーブルとセットの椅子に腰掛ける。頭がM字に後退した髭面で40絡みのこの男は、海軍のギオマル中尉。今回の依頼者だ。
「最近、ここらで金貸しや女衒やら、金回りの良いヤクザ者が相次いで殺される事件が起きてる。今月は分かるだけでも3件。3人とも殺されて死体を川に投げ込まれた挙句、持ってた金は全部取られていた。その金貸しや女衒の親分どもはカンカンになって犯人探しをしてる」
今度の仕事はその暗殺者を見つけることか? ハンターの質問に、依頼人は首を横に振った。
「暗殺者の名前はセリア。一時期どこかの子飼いで暗殺者をやってたらしい。そいつが今何故強盗殺人なんぞをやってるのかはわからんが、殺しに自分の美学やら目的やらを意識してる人間は話が通じる。海軍としてはそういう人間は、捕まえて裁くよりはスカウトしたいと考えていてな。その為に彼女を揺さぶるための情報が欲しい。何を大事にしていているのか。何がしたいのか。そう言ったより詳細な情報が知りたい」
なぜ、今更我々に? ハンターは聞いた。そこまで自分で調べたのなら残りも自分で調べられるはずだ。
「相手は覚醒者だ。いざという時に強硬手段を取れるようにするためでもあるが、さっきも言った通り恨みに思ってる連中が多い。鉄火場からでも帰ってこれる戦闘力のある調査員が欲しいのさ。こっちの事情もあるから他に何人どんな諜報員が居るかは明かせないが、俺から情報は共有できるようにする。海軍としての俸給や支度金、減刑の措置は約束できるが…、説得できそうにないと思ったら、そん時は他の犯罪者と同じだ。捕まえろ」
使えるものは使うが使えないなら未練は無い。彼の興味はその一点。そして捕縛が叶わないなら殺害も躊躇わないだろう。
「しばらく俺と俺の部下はここを拠点にする。何かあったらここに戻ってきてくれ」
ギオマルはにやりと笑う。その笑い方はどうにも悪意が見え隠れして、まるで海賊の首領のようにも見えた。ハンター達はその様子に一抹の苦い感情を覚えながらも、ハンター協会の正式な依頼であることを思い、黙って話を受けることにした。
■仮初の聖域
教会があるのは貧民街となったダウンタウンでも治安の良くない地域だった。義賊ヴァネッサの影響力が強い地域ではあったが殺人も少なくない。軍警も近寄らないここでは、頼みになるのはヤクザ者達の作る限定的な治安しかなかった。だというのにその教会の周囲は妙に静かで、古ぼけた壁の中から講話を行う司祭の声が朗々と響いていた。
「決断は自身によってのみなされ、その責任や結果は自身に還ります。人の世にある法や道徳などの慣習がどんな時も常に正しいわけではありません」
セリアは教会のレンガの壁に背を預けて座りこみ、その声をじっと聞いていた。
「法や道徳に沿うことで損をすることもあるでしょう。この街では特にそうだったと思います。であるからこそ、みなさんの心を信じてください」
日曜礼拝は今日も滞りなく進んでいる。1時間程度のスケジュールが終わると、礼拝に来た信者達が和やかに雑談しながら退出していく。その光景を、司祭のジーニアスは最後尾から見守っていた。
大きな身体にしなやかな筋肉、短く切った茶髪が特徴的で、顔の作りは少々硬く四角いものの、それがかえって笑顔を作った時に柔らかさを強く感じさせた。
やがて司祭は全ての信徒を見送ると、自然な振る舞いでセリアがいつも佇んでいる場所へと顔を向ける。セリアはローブで服と身体を隠した。殺しに使う仕事着は相手の油断を誘うために色気のきつい別の仕事を想起させるような服で、ふとももや腹部は露出され、胸も強調されている。この場に相応しい服ではない。しかし司祭はそんなことに一向に頓着せず、変わらぬ笑みを彼女に向けていた。
「こんにちは、セリアさん。お茶でも飲んでいきませんか?」
「いえ……私は……結構です」
いつもと同じ言葉。礼拝堂の中に入ろうとしないセリアに、司祭はいつもと同じ言葉を掛ける。
拒絶された司祭は少し寂しそうな顔をするが、それ以上その話題には触れなかった。
「外はそろそろ肌寒いでしょう。礼拝堂の席は空いています。中に入っていただいても良いのですよ」
「司祭様、私は……お金のために良くないことをしています。だから私は…」
セリアは迫られたわけでもないのに後ずさった。自分はその礼拝堂に入る資格がない。そこには自分を恨みに思う者も居る。余計な騒乱を生むだろう。
「セリアさん。神はいつも貴方を見ておられます。心から祈れば神はその罪をお赦しになるでしょう。そして、祈りを捧げるのに場所や時間は重要ではありません。
以前、貴方はそのお金で恵まれない子供達に本を買い、服を買い、心を豊かにしました。食べ物だけで人は生きているのではないと、大切なことを身をもって教えてくれたのです。お金の出自等、誰が問いましょうか」
それが人の命を奪って得た金だと知れば、この司祭はどう思うだろうか。もしかしたらそれさえも笑顔で聞いてくれるかもしれない。そんな深い慈愛を彼に感じていた。
司祭はこのゴミためには勿体無い人格者だった。教義を振りかざすことも、清く正しい人の道を押し付けることもない。どうしようもない今を認め、苦しみ足掻く自分を受け入れてくれる。この司祭を慕って孤児のみならず、ヤクザ者まで熱心に礼拝に通うのも頷ける話だと思った。
セリアは何も言わず、頭を下げて教会を後にした。司祭のまっすぐな目で見つめられることに耐えられなくなった。
結局自分は、人を殺す事しか能がない。多くの母親が誰でもするような家事の仕方もまるで知らない。けどこの街ではお金が手に入ることが正しいことだ。だから私は、決して間違っていない。セリアは表情を隠すようにフードを被ると、昼なお薄暗い路地の中へと姿を消して行った。
リプレイ本文
■正悪の区別
ジーニアスの孤児院は、教会に隣接した空き家を利用して運営されていた。ほとんどが長屋のような平屋の集合住宅で、隙間だらけの塀の中を子供達が走り回っている。
院長を兼ねるジーニアスは、年輩の子供達と共に草刈の最中であった。
「彼女はこちらへはほとんど顔を出しません」
子供と一緒に汗をかく司祭はこともなげに、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)に答える。少々当てが外れたとルーエルは苦い顔をする。孤児院との関わり方で彼女の人格が垣間見えると思ったのだが。
「彼女は他でも同じようなことを?」
同じく孤児院に回っていたジェールトヴァ(ka3098)が周囲を見渡しながら言う。不思議と静かな地区だ。この静かさは、一体誰によって作られているのか。ジェールトヴァは一つの疑念を持っていた。それがセリアによって整えられたのではないかと。しかし殺しの話は周辺で聞く事はなかった。
「そのような話は聞かないですね」
ジーニアスの腕には幾つもの刀傷があった。仮説が間違っていたなら可能性はもう片方。シュネー・シュヴァルツ(ka0352)の言葉が思い浮かぶ。司祭を疑うべきではないのかと。
(住む街に適応したのか。あるいは街を作り変えたのか)
少なくとも、ジェールトヴァにはそこは大きな問題ではなかった。悪徳の街には悪徳の街のルールがある。安易に暴力を咎めることはできない。
「あれは、貴方がたのお知り合いですか?」
顔を上げた司祭につられ、2人は教会を見る。教会の入り口にはシュネーとユージーン・L・ローランド(ka1810)の姿があった。海軍で確認を済ませると言っていたが、事の他早く済んだらしい。
ジーニアスは子供達に後のことを指示すると、ボロ布で汗をぬぐい、司祭の服を羽織った。
「見学であればご自由にどうぞ」
司祭は一礼し、ゆったりした動作で教会のほうに戻っていく。取り残されたルーエルは、ジェールトヴァに視線を送った。
「ジェールトヴァさんは、彼女の行動を仕方ないと思うのですか?」
「殺しを良いとは思わないよ。でもね…」
ジェールトヴァは眩しいものを見るように目を細め、元気に走り回る子供達を見ていた。
「どんな事にも理由がある。その理由を取り除かず、目の前のことだけを変えたとしても、必ずまた同じ事が起きる。彼女は理性的だと聞く。であるならば、嘘の重さがわかるはずだ」
「じゃあなんで、こんなこと……」
彼女を真似、子供達が同じように殺しに手を染めることは正しいことじゃない。それが分かっているのに、どうして人を殺し続けるのか。孤児のことを思うなら、率先して範を垂れるべきは彼女なのに。ルーエルはもどかしさで、拳を握り締めた。
「それがわからない限りは、どんなに正しいことも受け入れては貰えないだろうね」
ジェールトヴァは諭すような口調で、けれども遠くを見ながら呟く。子供達に向かい歩き出したジェールトヴァを、ルーエルは慌てて追った。
イオ・アル・レサート(ka0392)と トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)は、周辺でまだマシな経営を続ける酒場に訪れていた。交渉相手の周辺情報を押さえておけば交渉を有利に運べるかもしれない。イオと時間をずらして酒場に入ったトライフは早速、カウンターで飲んでいるやくざ者に声をかけた。
「景気はどうだい?」
「食うには困ってねえよ」
それは食糧配給のある街では、意味のない会話だ。見ない顔に少々警戒するヤクザ者だったが、トライフが2人分の酒を頼んだのを見て警戒を僅かに緩めた。
「最近騒がしいって聞いてね。冬になる前に小遣い稼ぎがしたくなったんだ。何か知らないか?」
「例の暗殺者か?」
「そうだ。怖い親分が暗殺者とやらを追ってるんだろ? 情報に賞金を出してるんなら首を突っ込むのもありかと思ってな」
トライフは下卑た笑みをわざと作ってみせる。この界隈に多い、強者に媚び弱者を虐げる輩を真似て。ヤクザ者は少々戸惑いながらも警戒心を消し、考え込むように刀傷のある顎に手をやった。
「賞金は出てるぜ。……つってもなぁ。さっぱり情報が無いんだ」
「……は?」
断言する男に、トライフはうっかり間抜けな声をだしてしまった。
テーブル席で用心棒らしい集団に話しかけたイオも、まったく同じ程度の情報しか集まらなかった。
「別に隠してるわけじゃないんだ。本当だって」
「嘘。だってあんなに騒ぎになってるのよ? 私、怖くて夜も眠れないのに…」
身体を密着させ科を作るイオに、ガタイの良い用心棒は鼻の下を伸ばしている。それでもなお抵抗して知らない振りをしている、という様子ではなかった。
「本当だよ。親分連中が探し回ってるけど、何もわかってないんだ」
男の視線はイオの胸元へ注がれている。さらには手もそこへ伸びようとするが、素早い動きでイオはその手を封じる。
「ダメよ。続きはお店でって話でしょ?」
「あ、ああ……」
目の前の男は欲望に忠実で判断力も鈍っていたが、言葉の外の意味に気付いて縮こまる。すなわち「私の親分は怖くないのか」である。とはいえ、何も無しでは彼らもよからぬ事を考える。イオは密着していた彼にだけわかるように、店の名刺を渡した。
「サービスしてあげるから……ね?」
目に見えて喜ぶ男だったが、1週間もすればそれが偽物とわかるだろう。このやり取りの間、他の用心棒達も困った顔をしていると言う事は、本当に何もわかっていないのだろう。2人は店を変え、相手を変えて同じように調査を続けたが、この時と同じ反応しか返ってこない。彼女が海軍に移籍するにあたり、報復を心配する必要はなさそうだった。しかしこうなると、別の疑問が浮かんでくる。
(そんな相手を、ギオマル達はよく見つけたわね)
それを情報収集能力の高さと片付けるには少々無理がある。トライフとイオは互いにこそりと視線をかわすと、時間差で店を後にした。
■隠された泥
シュネーと共に来たユージーンはジーニアスへ事の次第を説明した。ギオマルの出した条件のことや、正式な依頼としてそれが保証されていることも含めて。司祭は驚く様子もなく、何も言わずにその話をじっと聞いていた。
「――それでジーニアス司祭には、協力をお願いしたいのです」
「何を、でしょうか?」
その答え方の冷淡さに、シュネーは何かがおかしいと違和感を覚えた。それが何かわからぬまま、話は続いていく。
「エクラ教の教義では、歪虚討伐は最優先事項。セリアさんが覚醒者としての役目を果たせるようにです。一つは説得の場所の提供を。もう一つは、その力を持ちながら上手く生かせていないセリアさんへ「許し」を与えて上げてほしいのです。子供達の様子をゆっくり見る機会もあれば、きっと正しい道へと戻ることができます」
「……………」
司祭はしばらく返事をしなかった。返事と代わりといわんばかりに、ユージーンを正面から見つめている。
「……ジーニアス司祭?」
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。悩みに寄り添い、心に安寧をもたらすことが宗教の本義。許しを与えるのは司祭ではなく、軍と裁判官の仕事です」
「ですが、彼女の行いをそのままにして良いはずが――」
ユージーンの言葉を手で遮り、シュネーはジーニアスの目を見つめ返す。その視線は泉のように澄んでいるように見えて、その実奥底に深い泥がわだかまっていた。
「……彼女が何をしているか、本当は知っていたんですか?」
「ええ、知っていました。彼女を見てすぐにわかりました」
驚くユージーンと「やっぱり」と苦い顔をするシュネー。シュネーは更に言葉を続ける。
「それでも彼女に変わらずいてくれてるのなら……どうして?」
「それを裁く事、咎める事が私の役目ではないからです」
ジーニアスは窓の側により、庭を走る子供達に視線をやった。
「私がそうしなさいといえば、彼女はそうするでしょう。ですが、そんな選択に意味はないのです」
振り返ったジーニアスは、逆光で表情が見えない。
「もしそれが彼女にとって最善と信じるなら、脅して従わせれば良い。言葉を変え、大義名分を整え、それで貴方がたの良心が痛まぬというのなら、私は止める気はありません。孤児や私を人質に目的を達成されると良い」
朗々と響く声は、まるで地獄から届いているかのような重さだった。
「それは、彼女が捕縛されることになってもですか?」
「構いません。それが貴方がたの仕事でしょう」
明確な拒否であった。ユージーンはここで気付く。目の前の人間が、司祭の皮を被っているだけの別の何かだと。彼の言葉は丁寧に装飾されてはいるが、その実体は【法と秩序の否定】、そして【無制限の自由の礼賛】。であれば、これ以上の協力は望めないだろう。
しかし拒否されたところで、彼らの行動は変わる予定はない。元から相談するまでもなく、誰もが最後の手段として脅迫を念頭に入れていた。だが教会の協力が無ければ、彼女を納得させることはできない。脅迫して目的を達成しても、二度と彼女の信頼を得ることはできないだろう。そしてそれは間違いなく、彼女の不幸の延長線上だ。
子供達の声だけが響く中、ささやかな石畳の道を軽快に走る音が聞こえた。その音は徐々に近づき、彼女はドアを勢い良く開け放った。
「みなさま、お揃いでございましょうか!」
メリル・E・ベッドフォード(ka2399)だった。司祭も驚いてそちらを見る。
「司祭様、一つお願いを聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「お願いの中身次第ですね」
ジーニアスはまた元の笑顔でメリルに答える。やりとりを終えたシュネーとユージーンには、それが分厚い仮面だと今更ながらに理解してしまった。
静架(ka0387)は単独で、セリアの個人情報の収集に向かった。女性という弱い存在が住める場所は狭いだろうと当たりをつけ、おおよその住所を特定することもできた。井戸端会議をする女性達に混じり、彼女の普段の生活に関する集めた。
しかしそこまでだった。静架の技量が低いわけではないが、セリアはこの道に特化した人物だ。おまけにこの近辺の地理に詳しく、クラス特性も隠密向き。そして何より余所者の静架は目立つ彼女が利用したネットワークにより、彼女の存在もまた噂として拡散していた。更なる接触を予定していた静架だったが、警戒したセリアとの戦闘が懸念されるに至り、撤退を余儀なくされた。
セリアの警戒は厚い。それがわかっただけでも僥倖ではあった。これまで尻尾を掴ませなかったことでもそれは容易にわかる。誰もが彼女に言い分があったが、多数で向かえば説得以前に逃げられるの目に見えている。交渉の席に持ち込むには少人数で向かうのは絶対条件だ。加えて交渉する人物は警戒されずに彼女の懐に入り込む必要がある。これにより交渉に参加しない者は遠巻きに交渉の場を包囲するのみとした。
また、多くのメンバーが同意するように脅迫は最後の手段とした。司祭の教義に賛否はあるにせよ、一言でも司祭や孤児の事を切り出せば、これは脅迫と取られても仕方がない。個人の情報は見知らぬ者が切り出すには危険な話題だ。彼女はそれを守る手段が、限定的にしか振るえない彼女自身の暴力以外になく、そしてこちらの善意と悪意をはかる手段が無い。この街で治安に関われない海軍の言葉は、例え真実でも担保にならない。
以上が調査と司祭との話し合いの結果に達した交渉に必要な条件だ。この条件を満たす提案を出来たものは、メンバーでたった一人しかいなかった。
■たった一つ、大事なこと
夜の酒場に変な客が来ていた。見ない顔、以前に雰囲気が違う。きっと良いところの出なのだろうとすぐにわかった。わざわざこんなところで酒なんて飲まなくても良いのに、と思いながらもセリアは営業スマイルで接客を続けていた。メリルと名乗った彼女はあっけらかんとした人柄で、突飛な事を良く言う客だった。だからその日も、その突飛な言葉が遂に行動になったかとまず呆れた。
「メリルさん、その服……」
「はい。今日はお忙しいセリア様の為に、出張礼拝堂として罷り越しました」
メリルはぶかぶかの司祭の服をベルトで締め、無理矢理自分の体型に合わせている。夜遅く閉店間際で他に客は居ない。もしもう少し早い時間なら、奥の部屋に引っ張り込んだところだ。司祭の衣装には金目の物もある。強盗にあっては寝覚めが悪い。
そこまで考え、セリアは気付く。薄暗くてよくわからなかったが、その服は普段ジーニアスが着ている物に間違いなかった。
「………どういうことですか?」
「どうもこうもありません。今日はジーニアス司祭の名代としてまいっております」
頭がくらくらした。わけが分からない。最近現れた不審者に繋がるのかもと思ったが、ジーニアスの服がそれを否定する。セリアが混乱する合間にも、メリルはランタンの火をつける。後ろでは見ない顔の老エルフが木窓を閉めて回っていた。
「私、司祭ではありませんので祈りの聖句もうろ覚えではございますが、祈りを捧げるのに時間や場所は重要ではございません。そして、司祭も主催者でしかないのです。祈りとは、その人の内に生まれるもの。与えられるものではありません」
セリアははっとした。それは途中から、ジーニアス司祭の言葉だった。だから本当に、彼女は名代として来たのだ。
共にいた老エルフ――ジェールトヴァはそっとセリアの肩を叩く。
「ジーニアス司祭はすべてを知っておられます。貴方の悩みも。ですから、何も隠し立てせずとも良いのですよ」
「セリア様のその後ろめたさは、貴方様一人が抱えるべきものではございません。それは本来、この街が、軍が、抱えるべき責任でございます。上の連中の馬鹿を民が被る謂れなどございませんのに……ね」
似ても似つかないのに、セリアにはメリルの顔にジーニアスの面影が映ったように見えた。
セリアは、自身の身の上を思う。変わりたいと願った。けど、それが遠い望みだとも知っていた。孤児達には自分のようになってほしくなかった。けど、自分では何も教えられなかった。ジーニアスがこの街を変える助けになりたかった。けど、今更素直になれるはずもなかった。
「セリア様。お祈り、いたしますか?」
「……はい」
ジェールトヴァはセリアが足を汚さぬように布を引く。セリアは教会で皆がそうするように、その場で両膝をつき胸の前で手を組んだ。目を瞑って何を思ったのか。周囲からそれはわからずとも、穏やかな心で居ることはよくわかった。
何が正しいか、何が間違っているかではない。そんな事は彼女が一番良く理解している。だからと言って、自分の行いを肯定して欲しいわけではない。そうするしかなかったとしても、望んだ生き方では決して無い。だからただ顧みて認めることさえ出来れば、それだけで彼女は正道に戻ることができる。司祭が衣装の貸し出しを二つ返事で了承したのは、その機会を作る事に意味を見出したからだ。答えを与えることではなく、選択肢を与えることにこそ、彼にとって価値がある。祈りとは、内なる神との対話。自分を赦すための通過儀礼。善意も悪意も等しく人を縛るしがらみであり、自由な心を妨げる。ゆえに許しとは人の意思で与えるものではなく、内なる神より得るもの。
祈りを終えたセリアはそっと目を開き、メリルを見上げた。
「メリルさん」
「はい。どうか致しましたか?」
「司祭様は、本当に全て知っておられたのですか?」
「はい。司祭様は全て御承知の上でございました。貴方が、人を殺してお金を得たことも」
薄々予想していたのか、セリアは驚くことはなかった。
「司祭様は、私にどうせよと?」
「それは貴方自身が決めること、と仰っていました」
「私が……」
メリルの言葉にセリアは戸惑う。何をしたら良いかわからない。しかし、束縛されているという気の重さがない。今しがた得た心の自由にこそ戸惑っていた。
「人間、誰だって瑕がある。聖人君主なんて存在しない。人生に正解も不正解もない。誰かのために悩み苦しんだ時間こそが尊いのです」
ジェールトヴァの言葉は重い。しかし、その重さをセリアは苦痛と思わなかった。セリアが言葉を飲み込んだのを見計らい、メリルは一枚の紙を取り出した。
「時にセリア様。貴方様に最適な公務員の求人がこちらにございます。お話を聞いていただけませんか?」
「……わかりました。話を聞かせてください」
顔を上げたセリアは、晴れ晴れとした表情をしていた。
2週間後、ハンターズソサエティからハンター宛に報酬が支払われていた。申し送りは何もなかったが、書かれた報酬の額面から、海軍が結果に満足した事は容易にわかった。
ジーニアスの孤児院は、教会に隣接した空き家を利用して運営されていた。ほとんどが長屋のような平屋の集合住宅で、隙間だらけの塀の中を子供達が走り回っている。
院長を兼ねるジーニアスは、年輩の子供達と共に草刈の最中であった。
「彼女はこちらへはほとんど顔を出しません」
子供と一緒に汗をかく司祭はこともなげに、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)に答える。少々当てが外れたとルーエルは苦い顔をする。孤児院との関わり方で彼女の人格が垣間見えると思ったのだが。
「彼女は他でも同じようなことを?」
同じく孤児院に回っていたジェールトヴァ(ka3098)が周囲を見渡しながら言う。不思議と静かな地区だ。この静かさは、一体誰によって作られているのか。ジェールトヴァは一つの疑念を持っていた。それがセリアによって整えられたのではないかと。しかし殺しの話は周辺で聞く事はなかった。
「そのような話は聞かないですね」
ジーニアスの腕には幾つもの刀傷があった。仮説が間違っていたなら可能性はもう片方。シュネー・シュヴァルツ(ka0352)の言葉が思い浮かぶ。司祭を疑うべきではないのかと。
(住む街に適応したのか。あるいは街を作り変えたのか)
少なくとも、ジェールトヴァにはそこは大きな問題ではなかった。悪徳の街には悪徳の街のルールがある。安易に暴力を咎めることはできない。
「あれは、貴方がたのお知り合いですか?」
顔を上げた司祭につられ、2人は教会を見る。教会の入り口にはシュネーとユージーン・L・ローランド(ka1810)の姿があった。海軍で確認を済ませると言っていたが、事の他早く済んだらしい。
ジーニアスは子供達に後のことを指示すると、ボロ布で汗をぬぐい、司祭の服を羽織った。
「見学であればご自由にどうぞ」
司祭は一礼し、ゆったりした動作で教会のほうに戻っていく。取り残されたルーエルは、ジェールトヴァに視線を送った。
「ジェールトヴァさんは、彼女の行動を仕方ないと思うのですか?」
「殺しを良いとは思わないよ。でもね…」
ジェールトヴァは眩しいものを見るように目を細め、元気に走り回る子供達を見ていた。
「どんな事にも理由がある。その理由を取り除かず、目の前のことだけを変えたとしても、必ずまた同じ事が起きる。彼女は理性的だと聞く。であるならば、嘘の重さがわかるはずだ」
「じゃあなんで、こんなこと……」
彼女を真似、子供達が同じように殺しに手を染めることは正しいことじゃない。それが分かっているのに、どうして人を殺し続けるのか。孤児のことを思うなら、率先して範を垂れるべきは彼女なのに。ルーエルはもどかしさで、拳を握り締めた。
「それがわからない限りは、どんなに正しいことも受け入れては貰えないだろうね」
ジェールトヴァは諭すような口調で、けれども遠くを見ながら呟く。子供達に向かい歩き出したジェールトヴァを、ルーエルは慌てて追った。
イオ・アル・レサート(ka0392)と トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)は、周辺でまだマシな経営を続ける酒場に訪れていた。交渉相手の周辺情報を押さえておけば交渉を有利に運べるかもしれない。イオと時間をずらして酒場に入ったトライフは早速、カウンターで飲んでいるやくざ者に声をかけた。
「景気はどうだい?」
「食うには困ってねえよ」
それは食糧配給のある街では、意味のない会話だ。見ない顔に少々警戒するヤクザ者だったが、トライフが2人分の酒を頼んだのを見て警戒を僅かに緩めた。
「最近騒がしいって聞いてね。冬になる前に小遣い稼ぎがしたくなったんだ。何か知らないか?」
「例の暗殺者か?」
「そうだ。怖い親分が暗殺者とやらを追ってるんだろ? 情報に賞金を出してるんなら首を突っ込むのもありかと思ってな」
トライフは下卑た笑みをわざと作ってみせる。この界隈に多い、強者に媚び弱者を虐げる輩を真似て。ヤクザ者は少々戸惑いながらも警戒心を消し、考え込むように刀傷のある顎に手をやった。
「賞金は出てるぜ。……つってもなぁ。さっぱり情報が無いんだ」
「……は?」
断言する男に、トライフはうっかり間抜けな声をだしてしまった。
テーブル席で用心棒らしい集団に話しかけたイオも、まったく同じ程度の情報しか集まらなかった。
「別に隠してるわけじゃないんだ。本当だって」
「嘘。だってあんなに騒ぎになってるのよ? 私、怖くて夜も眠れないのに…」
身体を密着させ科を作るイオに、ガタイの良い用心棒は鼻の下を伸ばしている。それでもなお抵抗して知らない振りをしている、という様子ではなかった。
「本当だよ。親分連中が探し回ってるけど、何もわかってないんだ」
男の視線はイオの胸元へ注がれている。さらには手もそこへ伸びようとするが、素早い動きでイオはその手を封じる。
「ダメよ。続きはお店でって話でしょ?」
「あ、ああ……」
目の前の男は欲望に忠実で判断力も鈍っていたが、言葉の外の意味に気付いて縮こまる。すなわち「私の親分は怖くないのか」である。とはいえ、何も無しでは彼らもよからぬ事を考える。イオは密着していた彼にだけわかるように、店の名刺を渡した。
「サービスしてあげるから……ね?」
目に見えて喜ぶ男だったが、1週間もすればそれが偽物とわかるだろう。このやり取りの間、他の用心棒達も困った顔をしていると言う事は、本当に何もわかっていないのだろう。2人は店を変え、相手を変えて同じように調査を続けたが、この時と同じ反応しか返ってこない。彼女が海軍に移籍するにあたり、報復を心配する必要はなさそうだった。しかしこうなると、別の疑問が浮かんでくる。
(そんな相手を、ギオマル達はよく見つけたわね)
それを情報収集能力の高さと片付けるには少々無理がある。トライフとイオは互いにこそりと視線をかわすと、時間差で店を後にした。
■隠された泥
シュネーと共に来たユージーンはジーニアスへ事の次第を説明した。ギオマルの出した条件のことや、正式な依頼としてそれが保証されていることも含めて。司祭は驚く様子もなく、何も言わずにその話をじっと聞いていた。
「――それでジーニアス司祭には、協力をお願いしたいのです」
「何を、でしょうか?」
その答え方の冷淡さに、シュネーは何かがおかしいと違和感を覚えた。それが何かわからぬまま、話は続いていく。
「エクラ教の教義では、歪虚討伐は最優先事項。セリアさんが覚醒者としての役目を果たせるようにです。一つは説得の場所の提供を。もう一つは、その力を持ちながら上手く生かせていないセリアさんへ「許し」を与えて上げてほしいのです。子供達の様子をゆっくり見る機会もあれば、きっと正しい道へと戻ることができます」
「……………」
司祭はしばらく返事をしなかった。返事と代わりといわんばかりに、ユージーンを正面から見つめている。
「……ジーニアス司祭?」
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。悩みに寄り添い、心に安寧をもたらすことが宗教の本義。許しを与えるのは司祭ではなく、軍と裁判官の仕事です」
「ですが、彼女の行いをそのままにして良いはずが――」
ユージーンの言葉を手で遮り、シュネーはジーニアスの目を見つめ返す。その視線は泉のように澄んでいるように見えて、その実奥底に深い泥がわだかまっていた。
「……彼女が何をしているか、本当は知っていたんですか?」
「ええ、知っていました。彼女を見てすぐにわかりました」
驚くユージーンと「やっぱり」と苦い顔をするシュネー。シュネーは更に言葉を続ける。
「それでも彼女に変わらずいてくれてるのなら……どうして?」
「それを裁く事、咎める事が私の役目ではないからです」
ジーニアスは窓の側により、庭を走る子供達に視線をやった。
「私がそうしなさいといえば、彼女はそうするでしょう。ですが、そんな選択に意味はないのです」
振り返ったジーニアスは、逆光で表情が見えない。
「もしそれが彼女にとって最善と信じるなら、脅して従わせれば良い。言葉を変え、大義名分を整え、それで貴方がたの良心が痛まぬというのなら、私は止める気はありません。孤児や私を人質に目的を達成されると良い」
朗々と響く声は、まるで地獄から届いているかのような重さだった。
「それは、彼女が捕縛されることになってもですか?」
「構いません。それが貴方がたの仕事でしょう」
明確な拒否であった。ユージーンはここで気付く。目の前の人間が、司祭の皮を被っているだけの別の何かだと。彼の言葉は丁寧に装飾されてはいるが、その実体は【法と秩序の否定】、そして【無制限の自由の礼賛】。であれば、これ以上の協力は望めないだろう。
しかし拒否されたところで、彼らの行動は変わる予定はない。元から相談するまでもなく、誰もが最後の手段として脅迫を念頭に入れていた。だが教会の協力が無ければ、彼女を納得させることはできない。脅迫して目的を達成しても、二度と彼女の信頼を得ることはできないだろう。そしてそれは間違いなく、彼女の不幸の延長線上だ。
子供達の声だけが響く中、ささやかな石畳の道を軽快に走る音が聞こえた。その音は徐々に近づき、彼女はドアを勢い良く開け放った。
「みなさま、お揃いでございましょうか!」
メリル・E・ベッドフォード(ka2399)だった。司祭も驚いてそちらを見る。
「司祭様、一つお願いを聞いていただいてもよろしいでしょうか?」
「お願いの中身次第ですね」
ジーニアスはまた元の笑顔でメリルに答える。やりとりを終えたシュネーとユージーンには、それが分厚い仮面だと今更ながらに理解してしまった。
静架(ka0387)は単独で、セリアの個人情報の収集に向かった。女性という弱い存在が住める場所は狭いだろうと当たりをつけ、おおよその住所を特定することもできた。井戸端会議をする女性達に混じり、彼女の普段の生活に関する集めた。
しかしそこまでだった。静架の技量が低いわけではないが、セリアはこの道に特化した人物だ。おまけにこの近辺の地理に詳しく、クラス特性も隠密向き。そして何より余所者の静架は目立つ彼女が利用したネットワークにより、彼女の存在もまた噂として拡散していた。更なる接触を予定していた静架だったが、警戒したセリアとの戦闘が懸念されるに至り、撤退を余儀なくされた。
セリアの警戒は厚い。それがわかっただけでも僥倖ではあった。これまで尻尾を掴ませなかったことでもそれは容易にわかる。誰もが彼女に言い分があったが、多数で向かえば説得以前に逃げられるの目に見えている。交渉の席に持ち込むには少人数で向かうのは絶対条件だ。加えて交渉する人物は警戒されずに彼女の懐に入り込む必要がある。これにより交渉に参加しない者は遠巻きに交渉の場を包囲するのみとした。
また、多くのメンバーが同意するように脅迫は最後の手段とした。司祭の教義に賛否はあるにせよ、一言でも司祭や孤児の事を切り出せば、これは脅迫と取られても仕方がない。個人の情報は見知らぬ者が切り出すには危険な話題だ。彼女はそれを守る手段が、限定的にしか振るえない彼女自身の暴力以外になく、そしてこちらの善意と悪意をはかる手段が無い。この街で治安に関われない海軍の言葉は、例え真実でも担保にならない。
以上が調査と司祭との話し合いの結果に達した交渉に必要な条件だ。この条件を満たす提案を出来たものは、メンバーでたった一人しかいなかった。
■たった一つ、大事なこと
夜の酒場に変な客が来ていた。見ない顔、以前に雰囲気が違う。きっと良いところの出なのだろうとすぐにわかった。わざわざこんなところで酒なんて飲まなくても良いのに、と思いながらもセリアは営業スマイルで接客を続けていた。メリルと名乗った彼女はあっけらかんとした人柄で、突飛な事を良く言う客だった。だからその日も、その突飛な言葉が遂に行動になったかとまず呆れた。
「メリルさん、その服……」
「はい。今日はお忙しいセリア様の為に、出張礼拝堂として罷り越しました」
メリルはぶかぶかの司祭の服をベルトで締め、無理矢理自分の体型に合わせている。夜遅く閉店間際で他に客は居ない。もしもう少し早い時間なら、奥の部屋に引っ張り込んだところだ。司祭の衣装には金目の物もある。強盗にあっては寝覚めが悪い。
そこまで考え、セリアは気付く。薄暗くてよくわからなかったが、その服は普段ジーニアスが着ている物に間違いなかった。
「………どういうことですか?」
「どうもこうもありません。今日はジーニアス司祭の名代としてまいっております」
頭がくらくらした。わけが分からない。最近現れた不審者に繋がるのかもと思ったが、ジーニアスの服がそれを否定する。セリアが混乱する合間にも、メリルはランタンの火をつける。後ろでは見ない顔の老エルフが木窓を閉めて回っていた。
「私、司祭ではありませんので祈りの聖句もうろ覚えではございますが、祈りを捧げるのに時間や場所は重要ではございません。そして、司祭も主催者でしかないのです。祈りとは、その人の内に生まれるもの。与えられるものではありません」
セリアははっとした。それは途中から、ジーニアス司祭の言葉だった。だから本当に、彼女は名代として来たのだ。
共にいた老エルフ――ジェールトヴァはそっとセリアの肩を叩く。
「ジーニアス司祭はすべてを知っておられます。貴方の悩みも。ですから、何も隠し立てせずとも良いのですよ」
「セリア様のその後ろめたさは、貴方様一人が抱えるべきものではございません。それは本来、この街が、軍が、抱えるべき責任でございます。上の連中の馬鹿を民が被る謂れなどございませんのに……ね」
似ても似つかないのに、セリアにはメリルの顔にジーニアスの面影が映ったように見えた。
セリアは、自身の身の上を思う。変わりたいと願った。けど、それが遠い望みだとも知っていた。孤児達には自分のようになってほしくなかった。けど、自分では何も教えられなかった。ジーニアスがこの街を変える助けになりたかった。けど、今更素直になれるはずもなかった。
「セリア様。お祈り、いたしますか?」
「……はい」
ジェールトヴァはセリアが足を汚さぬように布を引く。セリアは教会で皆がそうするように、その場で両膝をつき胸の前で手を組んだ。目を瞑って何を思ったのか。周囲からそれはわからずとも、穏やかな心で居ることはよくわかった。
何が正しいか、何が間違っているかではない。そんな事は彼女が一番良く理解している。だからと言って、自分の行いを肯定して欲しいわけではない。そうするしかなかったとしても、望んだ生き方では決して無い。だからただ顧みて認めることさえ出来れば、それだけで彼女は正道に戻ることができる。司祭が衣装の貸し出しを二つ返事で了承したのは、その機会を作る事に意味を見出したからだ。答えを与えることではなく、選択肢を与えることにこそ、彼にとって価値がある。祈りとは、内なる神との対話。自分を赦すための通過儀礼。善意も悪意も等しく人を縛るしがらみであり、自由な心を妨げる。ゆえに許しとは人の意思で与えるものではなく、内なる神より得るもの。
祈りを終えたセリアはそっと目を開き、メリルを見上げた。
「メリルさん」
「はい。どうか致しましたか?」
「司祭様は、本当に全て知っておられたのですか?」
「はい。司祭様は全て御承知の上でございました。貴方が、人を殺してお金を得たことも」
薄々予想していたのか、セリアは驚くことはなかった。
「司祭様は、私にどうせよと?」
「それは貴方自身が決めること、と仰っていました」
「私が……」
メリルの言葉にセリアは戸惑う。何をしたら良いかわからない。しかし、束縛されているという気の重さがない。今しがた得た心の自由にこそ戸惑っていた。
「人間、誰だって瑕がある。聖人君主なんて存在しない。人生に正解も不正解もない。誰かのために悩み苦しんだ時間こそが尊いのです」
ジェールトヴァの言葉は重い。しかし、その重さをセリアは苦痛と思わなかった。セリアが言葉を飲み込んだのを見計らい、メリルは一枚の紙を取り出した。
「時にセリア様。貴方様に最適な公務員の求人がこちらにございます。お話を聞いていただけませんか?」
「……わかりました。話を聞かせてください」
顔を上げたセリアは、晴れ晴れとした表情をしていた。
2週間後、ハンターズソサエティからハンター宛に報酬が支払われていた。申し送りは何もなかったが、書かれた報酬の額面から、海軍が結果に満足した事は容易にわかった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/04 20:27:08 |
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相談卓 ルーエル・ゼクシディア(ka2473) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2014/10/08 02:00:55 |