クリスとマリーとルーサーと 法と怒りと

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/01/15 22:00
完成日
2017/01/25 19:43

みんなの思い出

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オープニング

「だから! 俺は何も悪ぃことはしてねぇって言ってんだろ! 逃散者どもを『取り締まる』のも、その財産を『没収』すんのも、領主サマから正式に委託を受けた正当な『業務』だってーの!」
 落馬したところを捕らえられた、口髭が特徴的なその『賊』のリーダーが。枯草の地面に座らされた姿勢でこちらを見上げつつ、そう威勢よく抗議の声を上げた。
 それを聞かされた貴族の娘、クリスティーヌ・オードランは、その表情を慎重に隠しつつも、内心は困惑し切っていた。

 巡礼の旅の途中、とある縁から、大貴族ダフィールド侯爵家の四男坊ルーサーを屋敷に送り届けることとなったクリスとその侍女マリーは、助けたユグディラとの再会などを経て辿り着いた侯爵領でその『事情』と遭遇した。
 そこは、つい先年、スフィルト子爵家から侯爵家に『割譲』されたばかりの土地だった。その地の人々は新しい領主からひどい重税を課せられ、逃散する民が続出しており、侯爵家はそんな逃散者たちを取り締まる為、ごろつきや山賊紛いの者たちに彼らを取り締まる権限を与えていた。
 クリスたちもまた、とある逃散者の家族たちと同道している最中に、上記の『取り締まりグループ』2チームに『取り締まり』という名の襲撃を受け、護衛としてついていたハンターたちが返り討ちにしてこれを捕らえた。
 だが、彼らの言う通り──彼らは『法を犯しては』いなかった。……例え彼らのやっていることが、山賊たちと何ら変わらぬ非道であったとしても。

「ふんだ。子供に剣を突きつけるような奴、悪人以外の何物でもないじゃない!」
 マリーが『子分』を──その『剣を突きつけられた子供』であるルーサーを背に庇う様にしながら、口髭の男に反駁する。
 そのルーサーは蒼い顔をしたままじっと身体を震わせていた。それは剣先を間近に向けられた恐怖というよりも…… 実の父親がその様な悪辣な統治をしているのか、という恐れの方が強いのかもしれない。
「そうだ! そんな奴ら、さっさと首を刎ねてしまえばいい!」
 逃散者の家族たちから次々と同意の声が上がる。
「何の罪で?」
 それまで沈黙を貫いて来た、口髭の男とは別グループのリーダーが口を開いた。
 今にも『処刑』されかねない流れの中で、男は──男たちは落ち着き払っていた。そうだそうだ、と騒ぐ口髭の男に、少し黙れ、とギロリと睨む。
「取り締まりチームが逃散者たちを虐殺し、略奪を働いている? そこの犯罪者──逃散者たちの証言以外に証拠はあるのか? よしんば、その『噂話』が正しかったとて、他の連中はともかく、我々はそのようなことはしていない。今回も我々は正規の手続きを踏んで逃散者たちの引き渡しを求めた。誰も殺していないし、何も奪ってもいない」
「それはハンターさんたちにコテンパンに伸されたからでしょ? ハンターさんたちがいなければ……」
「仮定の話には付き合えない。我々は罪を犯していない」
 正論である。故にクリスは沈黙する。
「……ともかく、この場でやり取りをしていても埒が明きません。一先ず、近くの村に移動しましょう。彼らの身柄を引き渡し、判断は村の司直に委ねます」

 夕暮れ近くに辿り着いたその村は、割譲地域の他と同じく重税に喘いでいた。
 人々には活気というものがまるでなく、他者に対する関心も薄れていた。村を訪れたクリスたち気付いても、こちらをチラと見ただけで何のリアクションも起こさない。
 それが劇的な変化を見せたのは、同道していた逃散者の一人が「逃散者狩りの『山賊』どもを捕らえて来たぞ!」と叫んでからだった。
 その瞬間、『幽鬼』たちの瞳がギラリと輝いたような気がした。彼らは道を行くクリスらの周囲に次々と集まって来ると、縛られた賊たちを見て次々と罵声を浴びせ始めた。
「こいつら、侯爵の手先か!」
「吊るせ! 俺の従兄たちは奴らと同じ『山賊』どもに皆殺しにされたんだ!」
 寂寥の地に怒声の波が渦巻き、口髭の男が「ひぃ……!」と悲鳴を上げる。
 その様子に、村の人々はその老若男女を問わず、賊たちに石を投げつけ始めた。
「こらー! 貴様ら、止めんか、散れぃ! 散り失せろ!」
 道の先から走って来た恰幅の良い男が、使用人と思しき男たちと共に、彼らの間に割け入り、叫んだ。
 村人たちは構わず石を投げ続け……棒で追われてようやくその場を離れた。
 地面に唾を吐き、去っていく村人たち。それを睨んで見送りながら、その男──村長はクリスらに頭を下げた。
「申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが、今夜は家に泊まっていってくだされ」
 額に出来たたん瘤に顔をしかめながら言う村長──彼は侯爵家にいち早く恭順を示し、『徴税官』の派遣を逃れた男だった。この村のごたごた──と言っても大した事件もなかったのだが──に対する裁定権も、これまでと変わらず彼に与えられている。
「……この地で彼らを罪に問う事は難しいでしょうなぁ」
 とりあえず『賊』たちを地下の倉庫に押し込めて、クリスらに夕食を振る舞いながら。村長は眉根をひそめてそう言った。
「……あんな連中、村人たちに引き渡しちゃえばいいのに」
「マリー!」
 ポツリとマリーが呟いた瞬間、弾ける様にクリスが叫び、マリーはビクリと身を震わせた。
「マリー。それに、ルーサーも。……土地を治め、人々を治める貴族の子弟たる者は、特に弁えていなければなりません。人を裁くのは、人ではなく法であるべきです。彼らはこの地の領主が定めた法は犯していない」
「そんなの……そんなの納得いかない。絶対正しくないよ!」
「なら、村の人たちに法を犯させるのが正しいと?」
 クリスの言葉に声を詰まらせるマリー。
 わからない、とルーサーは首を振った。間違ったことをしたら罰するのが法じゃないの? なら、彼らのしている事は正しいの? 僕の父がここの人たちにしている事は?
「いいえ」
 クリスはきっぱりと言い切った。
 法とは正義ではない。社会の秩序を維持するものだ。故に、貴方たち貴族は弁えなければならない。正しくないことを罷り通せてしまう、そんな立場であるからこそ。自らを律し、社会正義と法との乖離を出来る限り小さくしていけるように──
「だったら、この地の正しさはどうするの? この地の間違いは誰が正すの?」
「……中央の──王都のしかるべき筋へこの件を報せます。この様な非道……許されるはずはありませんから」
 
「円卓会議にも参加するダフィールド侯爵家をどうこうできる力が、中央にあるとでも?」
 館の地下の倉庫の中で、『落ち着き払った男』が呟く。
「お頭」
 部下の一人が彼を呼んだ。
「館の外で松明の火が揺れています。村の連中、自分たちでここの何もかもにケリをつける腹を固めたようですぜ」

リプレイ本文

 村長の館で晩餐と言うにはあまりに質素な夕食を頂いている最中に、その報告はもたらされた。
「村人たちが館に押しかけています。賊どもを引き渡せ、と……」
「なんだと!?」
 顔面を蒼白にした村長は、しかし、客前であることを思い出し。どうにか取り繕った表情でクリスたちへと振り返る。
「ご心配なく。すぐに私が説得して参ります。皆様は館の地下へ。あそこが一番、安全です」
 矛盾したことを言いながら、そそくさとエントランスへ向かう村長。「ご心配ない……訳はないよね」と、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)は呟いた。
「確かに、夕方に出会った村人たちには、些か気が立っているような気配がありましたが、まさかここまでの事態になるとは……」
「助けになってやりたいとは思う。が、今回の『暴動』には理がない。村人たちはただ鬱憤を晴らしたいだけだ」
 嘆息するアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)に続いて、バリバリ頭を掻いてぼやくヴァイス(ka0364)。──ったく。坊主を実家に送り届けるだけのはずが、何とも面倒な事になったものだ。
「なんにせよ、現状を収める必要がありますし、私は村長についていきます」
 ナプキンで楚々と口元を拭ってヴァルナ=エリゴス(ka2651)が立ち上がり、手早く装具の点検を済ませつつ館の玄関へと向かう。
「僕も行く。僕は見ておかなければいけないんだ…… 貴族として。ベルムド・ダフィールドの息子として」
「ええっ!?」
 ルーサーの言葉に驚くマリー。思い詰めた様なその表情にマリーはムムム、と唸った後……「弟分が行くと言うのに、私が行かなくてどうするの!」と同行を決めてクリスを振り返る。
「あー、もう、仕方ねえですねぇ! おら、マリー! そうと決まれば私について来やがれです!」
「ルーサー、こちらへ。……クリスが認めた以上、行くのは構いませんが、玄関までです。決して私の傍から離れないように」
 クリスの目配せを受け、シレークス(ka0752)とサクラ・エルフリード(ka2598)の2人がルーサーとマリーの護衛についてヴァルナたちの後を追っていく。
 気を付けて、と彼らに声を掛けた後…… クリスは残ったハンターたちを振り返った。
「私は地下室へ向かいます。賊たちにも事態を報せませんと」
 クリスの言葉を受け、「……人の好いことだ」とメンカル(ka5338)がやれやれと立ち上がり。ヴァイスはその決断に異論も挟まず、クリスの先に立って地下室へ向かうべく食堂を退室していく。
「ひょっほ、まっふぇ……!」
 百々尻 うらら(ka6537)は残った料理を慌てて口の中へと放り込むと、口をモグモグさせながら食堂に向かってパンッと手を合わせ。「おひほうはまへひはっ!(ごちそうさまでした)」とゴンッとテーブルに頭をぶつけた。

 地下室には賊が閉じ込められているはずだった。だが、鍵は掛けられてはいなかった。
 賊たちはそこを自由に出入りしており、扉の前に立っていた見張りが特に驚いた様子もなく、ハンターたちのの到着を中にいる頭へ報せた。
「どういうことです?」
 と傍らの使用人に尋ねるアデリシア。使用人は震えながら頭を下げて白状した。
「お、お館様の命で最初から地下室の扉に鍵は掛けられていなかったのです」
 なんてこと、とアデリシアは聖印に魔除けの仕草をした。村長は最初から賊を罰する気などなかったのだ。それをすれば侯爵の法に、統治に逆らうことになってしまうから──
(村人たちには、村長がそうせざるを得ないと分かっていた? だから、無理矢理にでも身柄の拘束を……?)
 ハンターたちが地下室に入ると、賊の頭は落ち着き払った態度で「事態は承知している」と告げた。
(う~ん、どうもキナ臭いですよ~……)
 その頭の態度にうららはムゥと唸った。状況を知ってると賊は言った。なのに、この妙な余裕…… もしかして、何かを企んでいる? 既に逃亡の準備を進めているとか……?
「取り引きがしたい」
 賊の頭は言った。取引? とメンカルが片眉を吊り上げた。
「ああ。たとえお前たちがこのダフィールドの地で俺たちを司直に引き渡しても、俺たちの業務を妨害した罪で逆にお前たちが裁かれるのが関の山だ。……だが、反対に、侯爵家が『取り締まりの許可は与えたが、山賊紛いの活動など許していない』と全ての罪をこちらに被せて『尻尾切り』をしてくることもあり得る」
 滔々と、というよりは淡々と。そう告げる賊の頭。ルーエルは一歩引いた所で、その様子をジッと見ていた。
(……この頭も、彼の部下たちも、この状況を冷静に見渡せているようだ。その上で『交渉』を求めてきた)
 その時点で頭が切れる事は分かった。であれば、後はこの男がどんな人物なのか、契約は守るタイプなのか── 言語や仕草、会話の中から見極めたい。
「……つまり、侯爵領での裁判には双方共にリスクがある」
 そこで取引だ、と頭は言った。──自分たちも中央でなら、この地で起きているありとあらゆる事を証言する準備がある。代わりに、お前たちには俺たちをここから連れ出してほしいのだ、と──
「言いたい事はそれだけか?」
 賊の提案を聞いて、メンカルはフッと笑った。
「この場で交渉を持ち出す度胸はいい。が、俺はお前たちの言い分を聞く必要などないと思っている」
 メンカルは続ける。
「正直、お前たちは信用に値しない。交渉に応じて中央に行ったとしても、お前たちが本当の事を言う確証もない。……そもそも、俺たちには交渉に応じる利点がない。『お前たちが襲い掛かって来たので、正当に身を守っただけ』──俺たちはそう主張すればいいだけの話だからな」
「見解の相違だな。その言い分がこの地で通るとは思えない」
「お前たちは『逃散とは関係ない子供』に刃を向けたんだ。それだけでこちらの正当性は十分だと思うが?」
 子供に刃……? 賊の頭は小首を傾げた。
「それは口髭の男がやったことではないのか? 俺たちは承知していないが……」
「別のチーム? 関係ないな。俺たちからすれば同じ……?」
 そこでメンカルの言葉が止まった。そして、その視線が倉庫の中を彷徨った。
 ヴァイスも気づいた。
「口髭の男がいないな。……逃げたのか?」
「ええっ!? どこ行ったの? こんな状況下、外で孤立したら命が危ないよ!?」
 驚き、本気で心配するルーエルに、賊の頭は「一応、危険だ、と止めはした」と答えた。
「でも、あの男は勝手に逃げ出した。それ以上、止める義理も無いしな」
「そんなこと言って。あの男があちこちに火を点けて、その隙に全員がバラバラに逃げるつもりかも!」
 ハッと思いついたうららが、頭の男にギュッと眉根を潜めた表情(←精一杯睨んでいるつもりらしい)をして刀の柄に手を掛ける。
 ヴァイスは舌打ちをした。最悪、侯爵に今回の騒動を報告されて、この村ごと危険に陥る可能性もある……
「ともあれ、連行するにしても一人足りないのは点睛を欠きます。探すことにしましょう」
 その身を翻して軽やかに階段を駆け上り始めるアデリシア。ヴァイスもまたその場を皆に任せて、探索の為に後を追う……

 アデリシアは勝手口から庭へと出ると、預けている馬を取りに厩舎へ向かった。後を追うヴァイスも同じく。彼の相棒、柴犬のワンコもまた厩舎に預けられている。
「万が一を考えれば、まずは侯爵家の方角を最初に抑えるべきでしょうか……」
 呟くアデリシアの耳に聞こえてくる犬の鳴き声と馬の嘶き── そして、こっ、こら、大人しくしろ! という中年男の喚き声。
 ヴァイスは一気に加速した。気づいたその口髭の男──恐らく逃走用の馬を盗もうとしていたのだろう──が「げ!」と呻き、背中を見せて逃げようとする。
「闘いの精霊、戦乙女よ!」
 アデリシアが闇中に輝ける光の槍を生み出し、ザッと足を踏み締めて問答無用で投擲した。ヴァイスに追いつかれて応戦しようとした口髭の男は、だが、直後に光の槍に直撃され、光の鎖によって絡め捕られる。
「抵抗は止めろ。無意味だ」
 ヴァイスが剣先を走らせてその口髭を片方斬り飛ばしてやると、男はヒッ! と声を上げて応戦の意志をなくした。ヴァイスは分銅を引いてワイヤーを引き出すと、それで男の両腕を後ろ手に拘束。その身柄を確保する。
「「よくやった」わ」
 同時に、厩舎の愛犬と愛馬に向けて称賛を与えるヴァイスとアデリシア。一匹と一頭が誇らしげにそれに応えた。

 館の門を挟んで行われた村長と村人たちとの話し合いは、時を経ずに破綻した。
 理性を以って耐えるよう説く村長の言葉は届かなかった。農具を得物にここまで押しかけてきた時点で、村人たちは既に一線を越えていた。
「皆さん、落ち着いてください。私はヴァルナ=エリゴス。ハンターです」
「ハンター? よそ者が何の用だ?!」
 やっぱりそうなりますよね、と思いながら、ヴァルナは説得を諦めなかった。……村長は彼らのタガだ。外れてしまえば、後は反乱と言う名の感情の怒涛が、野火の如く周辺の村々へと広がっていくだろう。
「確かに私はよそ者です。村人の皆さんの気持ちが分かるとは言いません。でも、だからと言って、賊のしてきたことを『侯爵に許された業務だから』と見逃すつもりもありません」
 だったら引き渡せ、と叫ぶ人々に、ヴァルナは粘り強く語り続けた。
「村長殿も皆さんに無理をさせている現状を苦しく感じておられます。この地で起きている事は必ずしかるべき筋に伝えますので、今は私どもを信じてお引き取り下さい。今、賊たちを私刑に掛けても、罪に問われるのは皆さんになってしまいます。そうなれば侯爵はこの村を潰すでしょう。不穏分子が集まっている、とでも理由を付けて……」
「それがどうした!」
 ……ヴァルナは言葉を失った。既に彼らの忍耐は一線など軽く超えていたのだ。
 村人たちの手が鉄製の門へと掛かり、激しく前後に揺さぶられる。ヴァルナは村長の襟首を引き掴んで館へ逃げるよう声を発し……
 直後に押し倒される館の門。雪崩れ込んでくる群衆たち──
 瞬間、ヴァルナの背後で、何かが眩い光を発した。呆気に取られるヴァルナや村長、群衆たちの目の前で。覚醒して金ぴかに光ったシレークスがドシンと、二つの盾を地面にめり込ませるように突き立てる。
「双方、喧しいっ! このシスター・シレークスの話を聞きやがれ!」
 ばば~ん! と片手を腰に当てて、ポーズを決める破戒修道女。ルーサーとマリーに玄関から出ないよう言い聞かせていたサクラが、友人の派手な登場に眉間を指で揉みつつ。その傍らに並び立って村人たちに語り掛ける。
「賊たちに怒りをぶつけたところで、根本の解決にはなりませんよ? 生活は良くなりません。……『取締官』たちの行為に不満があるなら、ここを治める者に直接訴えてはどうですか?」
 シレークスを見てザワついていた村人たちが、サクラのその言葉に別の意味でザワつき始めた。
「そんなことができるのか……?」
 ふふん、とシレークスが笑った。
「こちらには大義名分があるのです。法も罪も犯さず堂々と、真正面から侯爵家に行きますですよ。武器も持たず、他領にも行かねーのならそれは逃散じゃねーです。旅行です」
「上訴、か……? 上訴と言う事か……?」
 ん……? と顔を見合わせるサクラとシレークス。だが、盛り上がった村人たちは気付かない。
「上訴だ……! 俺たちの困窮ぶりを侯爵に叩きつけてやるんだ!」


「で…… これからどうします?」
 どうにかあの場は収まり、明けて翌朝──
 朝食を取り終え、出発するべく庭先に集ったハンターたちは、アデリシアの言葉に互いに顔を見合わせた。
「行先は『中央』か『侯爵家』ってことになってるみたいだね。クリスさんは、村人たちが納得してくれる公平の場として『中央』を挙げたんだと思うけど……」
 なら、自分は『落ち着き払った男』の人とは取引をしてもいいと思う、とルーエルは意見を言った。それが取り引きの過程をジッと観察していた彼の判断だった。
「……私は、賊が自ら中央へ行くことを申し出たことに不信感を持っています。が、どちらに行くか、最終的な判断はクリスやルーサーにお任せします」
 最後の決断は委ねてクリスたちへと向き直るサクラ。あんな取引に乗る必要は微塵もねぇです、とシレークスが彼女らに呼び掛けた。
「クリス、マリー。大事な仕事を忘れてるんじゃねーですか?」
 元々、自分たちの仕事はルーサーを屋敷に送り届けることだったはずだ。なら、あくまでもその仕事をメインに……ついでに賊たちの無法を訴えればいい。
「問題は……侯爵家に行った場合、僕たちが逆に罪に問われかねない事か……」
「随分と厄介……というか、怪しい事態になってきましたね。果たして、このままルーサーさんをお連れして良いものか……」
 心配そうにルーサーの方を見やるルーエルとヴァルナ。……そう言えば、以前、ルーサーは襲撃を受けたこともあった。巻き込みたくはないが、侯爵家のお家事情とあれば避けられないか……
「いずれも相応のリスクがある。誰も彼も信用できない。ルーサーにはすまないが、侯爵家も、お前の父親も、だ」
 俯くルーサーに、メンカルは言葉を続けた。
「……法が常に正しい行いをしているとは限らないし、実際問題、正義と悪とは矛盾しない。……村長の行動は彼の正義に基づいていた。ただ、村人から見れば悪だった──要は視点の問題だ」
 もしかすると、お前の父親も自分なりの正義で動いているのかもしれない。もっとも、大多数の人間にとって、それは悪と呼ばれるものかもしれないが。
 顔を上げたルーサーから顔を背けて、出発の準備に去るメンカル。そんな彼を見送りながら、ヴァイスは微苦笑でルーサーの頭に手を乗せた。
「正直、一人のハンターにどうこうできる事態じゃない。……が、俺はクリスやルーサー、お前が望む手助けをするだけだ」
 ヴァイスの言葉に涙ぐみ、頭を下げるルーサー。そうですね、とヴァルナが微笑み、ルーエルが無言で頷いた。

 館を離れるハンターたち。アデリシアの愛馬の上には、ワイヤーでグルグル巻きにされた上で、逃げられないよう馬上に上げられた(片)口髭の男の姿。門の陰からそれを見た村の子供たちが笑い声を上げている。
 賊の男とその部下たちは、ハンターたちの決断を受け入れた──ただ一言、「正気か?」とだけ告げて。
「……中央でないと困る、何か都合が悪い事実があるのではないかと思ってますですよ。例えば、『正式に命を受けた集団から許可証を奪い取って悪用している質の悪い賊』がいる可能性もあるんじゃないかなー、とか」
 じったりとした笑顔(←人の悪い笑みのつもりらしい)で男に告げるうらら。
 饒舌だったはずの賊の頭が、ただの一言も返事をしなかった。

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参加者一覧


  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • 胃痛領主
    メンカル(ka5338
    人間(紅)|26才|男性|疾影士
  • ドジッ子
    百々尻 うらら(ka6537
    人間(蒼)|17才|女性|闘狩人

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ヴァイス・エリダヌス(ka0364
人間(クリムゾンウェスト)|31才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2017/01/14 22:30:53
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/01/12 00:58:21