ゲスト
(ka0000)
水底に潜むもの
マスター:CESSNA

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/01/16 15:00
- 完成日
- 2017/01/23 22:22
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
霧深い山間の寒村に、深い森に囲われた池があった。村の重要な水源である。そこに、1匹の雑魔が住み着いてしまったという。
雑魔の姿が見かけられるようになったのは、1カ月前の嵐の日からである。雑魔はどこからともなくやって来て、池の中に潜り込み、たびたび子供たちや釣り人に襲いかかるようになった。
依頼人の釣り人は、村人全員から掻き集めてきた依頼金を手に、ハンターオフィスを訪れた。
「……池と同じ、緑色の、半漁人みたいなヤツなんです。そんなに大きくは無いんですが、それでも12、3歳の男の子ぐらいはありましたよ。
ひどく不細工な顔で、口が横に大きく裂けていて、そこにズラッと、おっかない牙が並んでいました。陸に上がると、背筋の曲がった珍妙な姿で歩くんですけれど、水中に入ると、これが途轍もなく素早くて、凶暴で。とても私らじゃ手に負えないってことで、ここへ依頼に来たんです」
釣り人は連れのまだ幼い娘の頭を撫でつつ、訴えを続けた。
「そいつは子供を襲うんです。幸い、まだ死人こそ出ていないものの、普段から池で遊んでいた子供たちは皆、池に引きずり込まれそうになって怖い思いをしてます。
ヤツはふいに水面へ現れて、ガバリと飛び上がって、身体を掴んでこようとするんです。他に何にも無い、つまらない村の唯一の遊び場でしたのに、ヤツのせいでもう誰も池へ遊びになんて行きません。
……そんな折に、ついに人が捕まってしまう事件がありました。先日、私と娘と、飼い犬のポロとで、例の池へ釣りに行ったんですが、その時に悲劇は起こったんです。
もちろん私だって、釣りに行く危険は承知でした。ですが、何ぶん別の釣り場まではかなり距離がありまして。結局、あの池に生活を頼らざるを得なかったんです。特に、今年は先月の嵐で畑がひどくやられちまったもんで、他に食べ物を得る手段が無くて……。娘には来るなと言ったんですが、ポロと一緒なら大丈夫と聞かなくて」
視線を向けられると、釣り人の娘は興奮した調子で話に割り込んできた。
「ポロは、強いワンちゃんなのよ! 『ちょっと』乱暴者だけど、パパや私のことを、すごく大切にしてくれるんだもん! あの時だって、ポロがいなかったらパパは……」
釣り人は逸る娘を「ああ、ああ」と宥めると、静々と話を引き継いだ。
「そうなんです。実は、襲われたのはこの私なんです。
私はあの時、釣りが非常に調子良くいってまして、完全に油断していました。ヤツはフッといきなり水際に寄って来たかと思うと、一気に飛び出してきて、私に襲い掛かってきました。……いや、本当は私ではなく、傍らの娘を狙ったのでしょうが、咄嗟に庇ったんです。
ヤツは私の足を掴むと、物凄い力で水中へ引きずり込もうとしました。その時に垣間見た、あの禍々しい目つき、歯並び。生臭さ。もう一生、忘れられないでしょう。私は岸辺の岩にしがみつき、必死で抵抗しましたが、全く敵いませんでした。そして……そして……もうダメだと諦めかけた、まさにその時、ポロが駆けつけてきたんです。
娘も言っていましたが、ポロはとんでもない暴れん坊でして。いつもは、ほとほと手を焼いているんですが、この時ばかりは本当に助かりました。ポロは威勢良く吠え立てながら、果敢にヤツへ突撃していきました。ヤツは襲ってくるポロを認めるなり、途端に顔色を変えて、全速力で池の底へ逃げていきました。それで……私は何とか命拾いをし、ここにいるというわけなんです」
釣り人は思い出して気分が悪くなったのか、沈んだ面持ちで溜息を吐いた。
「すみません。大の男が、情けない……。けれど、村の連中も大概同じような具合で参っちまってます。
雨の日にはアイツが子供を求めて村へ来る、なんて噂もあって。雨が降ると、誰もが家の中に閉じこもってガタガタ震えてるんです。実際に、雨上がりに村から池へと続く道の途中で、ヤツの足跡を見たっていう人もいます。これから雨が増える季節だってのに、これじゃあ、もう、どうしたらいいのか……」
娘は項垂れる父親を心配そうに見上げると、何か覚悟した様子で、力強く担当の者に訴えた。
「あの……私からも、お願いします! もしお金が足りなければ、私のお小遣いも全部払います!
ハンターさんたちに、絶対に、あの悪いヤツをやっつけてもらいたいんです! また皆で安心して遊べるように……パパや村の人たちが、たくさんお魚を取れるように……お池を、守ってほしいんです! ポロも、私も、お手伝いできることは何でもします!」
受付は釣り人親子が差し出した、決して多くは無いが、ずっしりと重みのある依頼金を受け取り、優しく頷いた。
「わかりました。きっと、応じてくださるハンターがいらっしゃいますよ!」
雑魔の姿が見かけられるようになったのは、1カ月前の嵐の日からである。雑魔はどこからともなくやって来て、池の中に潜り込み、たびたび子供たちや釣り人に襲いかかるようになった。
依頼人の釣り人は、村人全員から掻き集めてきた依頼金を手に、ハンターオフィスを訪れた。
「……池と同じ、緑色の、半漁人みたいなヤツなんです。そんなに大きくは無いんですが、それでも12、3歳の男の子ぐらいはありましたよ。
ひどく不細工な顔で、口が横に大きく裂けていて、そこにズラッと、おっかない牙が並んでいました。陸に上がると、背筋の曲がった珍妙な姿で歩くんですけれど、水中に入ると、これが途轍もなく素早くて、凶暴で。とても私らじゃ手に負えないってことで、ここへ依頼に来たんです」
釣り人は連れのまだ幼い娘の頭を撫でつつ、訴えを続けた。
「そいつは子供を襲うんです。幸い、まだ死人こそ出ていないものの、普段から池で遊んでいた子供たちは皆、池に引きずり込まれそうになって怖い思いをしてます。
ヤツはふいに水面へ現れて、ガバリと飛び上がって、身体を掴んでこようとするんです。他に何にも無い、つまらない村の唯一の遊び場でしたのに、ヤツのせいでもう誰も池へ遊びになんて行きません。
……そんな折に、ついに人が捕まってしまう事件がありました。先日、私と娘と、飼い犬のポロとで、例の池へ釣りに行ったんですが、その時に悲劇は起こったんです。
もちろん私だって、釣りに行く危険は承知でした。ですが、何ぶん別の釣り場まではかなり距離がありまして。結局、あの池に生活を頼らざるを得なかったんです。特に、今年は先月の嵐で畑がひどくやられちまったもんで、他に食べ物を得る手段が無くて……。娘には来るなと言ったんですが、ポロと一緒なら大丈夫と聞かなくて」
視線を向けられると、釣り人の娘は興奮した調子で話に割り込んできた。
「ポロは、強いワンちゃんなのよ! 『ちょっと』乱暴者だけど、パパや私のことを、すごく大切にしてくれるんだもん! あの時だって、ポロがいなかったらパパは……」
釣り人は逸る娘を「ああ、ああ」と宥めると、静々と話を引き継いだ。
「そうなんです。実は、襲われたのはこの私なんです。
私はあの時、釣りが非常に調子良くいってまして、完全に油断していました。ヤツはフッといきなり水際に寄って来たかと思うと、一気に飛び出してきて、私に襲い掛かってきました。……いや、本当は私ではなく、傍らの娘を狙ったのでしょうが、咄嗟に庇ったんです。
ヤツは私の足を掴むと、物凄い力で水中へ引きずり込もうとしました。その時に垣間見た、あの禍々しい目つき、歯並び。生臭さ。もう一生、忘れられないでしょう。私は岸辺の岩にしがみつき、必死で抵抗しましたが、全く敵いませんでした。そして……そして……もうダメだと諦めかけた、まさにその時、ポロが駆けつけてきたんです。
娘も言っていましたが、ポロはとんでもない暴れん坊でして。いつもは、ほとほと手を焼いているんですが、この時ばかりは本当に助かりました。ポロは威勢良く吠え立てながら、果敢にヤツへ突撃していきました。ヤツは襲ってくるポロを認めるなり、途端に顔色を変えて、全速力で池の底へ逃げていきました。それで……私は何とか命拾いをし、ここにいるというわけなんです」
釣り人は思い出して気分が悪くなったのか、沈んだ面持ちで溜息を吐いた。
「すみません。大の男が、情けない……。けれど、村の連中も大概同じような具合で参っちまってます。
雨の日にはアイツが子供を求めて村へ来る、なんて噂もあって。雨が降ると、誰もが家の中に閉じこもってガタガタ震えてるんです。実際に、雨上がりに村から池へと続く道の途中で、ヤツの足跡を見たっていう人もいます。これから雨が増える季節だってのに、これじゃあ、もう、どうしたらいいのか……」
娘は項垂れる父親を心配そうに見上げると、何か覚悟した様子で、力強く担当の者に訴えた。
「あの……私からも、お願いします! もしお金が足りなければ、私のお小遣いも全部払います!
ハンターさんたちに、絶対に、あの悪いヤツをやっつけてもらいたいんです! また皆で安心して遊べるように……パパや村の人たちが、たくさんお魚を取れるように……お池を、守ってほしいんです! ポロも、私も、お手伝いできることは何でもします!」
受付は釣り人親子が差し出した、決して多くは無いが、ずっしりと重みのある依頼金を受け取り、優しく頷いた。
「わかりました。きっと、応じてくださるハンターがいらっしゃいますよ!」
リプレイ本文
●曇天の下で
「なかなか降りませんねぇ……」
厚ぼったい雲に覆われた空を仰ぎ、和泉 澪(ka4070)が呟いた。雑魔討伐のために赴いた村は、この時期は雨がちということであったが、そのためにかえって降り始める確実なタイミングを計るのは容易で無かった。
澪と共に、現場の池周辺の事前調査に来たカーミン・S・フィールズ(ka1559)は、気難しい顔で溜息を吐いた。
「まっ、仕方ないわね。ちょっと足場は悪くなるかもだけど、そこは今集めた地形の情報でカバーしましょ。……ってか、それよりもー……」
カーミンはさらに顔を顰め、足下を見やった。
「このポロの方が、予想外だわ! こんなに可愛い女の子が村に来て、興奮するのは仕方ないとしても、何て激しい動きなの! こんな森の中で、一体何がそんなに面白いのよ!? 敵がいる気配もないってのに……」
息つく暇もなく、あっちへこっちへ落ち着きなく動き回る依頼者の飼い犬を何とかクレマチスで制御しながら、カーミンは口を尖らせた。狂暴さは聞いた程でも無く、人には噛み付かず、撫でれば尻尾も振るのだが、どうにも興味を惹ききることができなかったのだった。
「きっと、近くに雌の野良犬でもいるんでございやしょう。ともあれ、湿っぽくて冷えるっすね。風邪ひかねえうちに、とっとと終わらせやしょうぜ」
風祭 剣斗(ka6696)が、時代劇がかって大袈裟に腕をさすった。その手元の調査メモには、戦闘に向きそうな水辺や、姿を隠しやすい場所についての情報が、きちんと記されていた。村で待機しているリュラ=H=アズライト(ka0304)から頼まれていた土も、抜かりなく懐に入っている。
カーミンは傍らを歩く、道案内役の依頼主の娘のエレナを見下ろして言った。
「ごめんねー。この子の扱い方、どうにか伝授してあげたかったんだけど、思ったよりも長期戦になっちゃいそう。もう少し滞在が長ければ、いけそうなんだけどなー」
エレナは首を振り、ニコニコしながら応えた。
「ううん。ポロと仲良くしてくれただけで嬉しいよ、お姉ちゃん。やっぱりハンターさんってすごいんだね。ハーネスも無しに、ポロがこんなに知らない人の近くにいるのなんて、初めて見たよ!」
ハンター達は顔を見合わせ、肩をすくめた。
一方、村ではリュラとブラウ(ka4809)が、村人との交渉に当たっていた。
村人は二人のあまりに可憐な姿に、初めは驚きと戸惑いを隠せなかったものの、話すうちに、見目は幼くとも十分に戦い慣れたハンターだとわかって安堵した。
「わかりました。そしたら、ぜひこの魚と釣り具を持って行ってください。さっき調べものへ出て行った、白い狼を連れたお兄さんにも、色々と親身に相談に乗って頂きましたし、いくらでも気にせずに使ってください」
ブラウはまだほんのりと血の香りが漂う、新鮮な魚をたっぷり受け取ると、あどけなく微笑んだ。
「ありがとう。きっと、いい漁になるわ」
リュラは話す間も、油断なく外の様子に神経を研ぎ澄ませ、雨の気配を探っていた。蛙の鳴き声が先程よりもよく聞こえてくる。風向きも微かに変わった。
「そろそろ降る……かな……」
ちょうど調査組が戻ってくる頃だし、揃い次第すぐに出発してもいいかもしれない。考えつつリュラは、道の先から猛烈な勢いで迫ってくるソウルウルフと金目(ka6190)、依頼人、そしてその後ろから駆けてくる、血走った目の一匹の獣に目を見張った。
話は少し遡る。
金目は依頼人を案内役として、連れの雌のソウルウルフ「オルさん」と共に、現場の池とは別方面へ調査に出ていた。村人から話を聞いた際、そもそも雑魔がどこから来たのか、もう一つの釣り場へも移動するんじゃないかと不安がる声が多かったため、より広域的に情報を集めようと思ったのだった。
金目は、ポロとオルさんが顔を合わせないよう、戻る時には先にポロの帰宅を確かめてから、別の家にオルさんを滞在させる手筈であった。いかに暴れん坊の犬とはいえ、遭遇しさえしなければと依頼人も思っていた。
だが、運命は二匹が擦れ違うことを許さなかった。否、生まれてこの方、同胞もなく、ずっと孤独に生きてきたポロの心の渇きが、運命を逃さなかったという方が正確だった。
ポロは麗しいオルさんを木立越しに見た瞬間……それは奇しくも、カーミンが扱い方のコツを伝えるため、リードをエレナに渡そうとした瞬間であった……一目散に走り出し、オルさん達を追いかけ出したのだった。
「コラー! 待ちなさぁーい!」
カーミンの叫び声が森に響く。だがポロは、まっしぐらにオルさんを追った。オルさんはしなやかに、軽やかに、迷惑そうに逃げていく。二匹はあっという間に、金目と依頼人をも置き去りにした。
「ああ! すみません!」
依頼人が半泣きになりながら犬を追っていく。こうなったらと、カーミンと金目がスキルを発動させかけた、その時だった。鋭く、正確な射線で投擲された手裏剣が、ポロの進路をストトッと小気味良く阻んだ。ポロが思わず足を止め、狼狽える。手裏剣が飛んできた方角には、穏やかな笑顔を湛えた澪の姿があった。
「……ダメだよ?」
重々しい言葉に誰もが静まり返る。やがてポロは人々に取り押さえられ、家へと連行された。
●冷たい雨を浴びて
その後、ハンター達はリュラ達の天候予測に従い、集めてきた情報を元に早速作戦を練った。
「じゃあ、当初の予定通り、私とリュラが囮役ね」
ブラウが魚の入った籠を、小柄な身体に抱えて言った。
リュラは剣斗から貰った現場周辺の土のサンプルから、足場の状況を判断した。
「やっぱり……結構、滑りそう……気を付けて」
一同が頷く。次いで、囮役以外が身を隠すポイントについても打ち合わせた。
「ジェットブーツがある金目さんが池の近くを、俺とカーミンさんが、反対側の道沿いの茂みを担当するって具合でどうでござんすかね? 澪さんは、逃げてきたブラウさんとスイッチしやすいように、この辺でございやしょうか?」
剣斗の提案に、各人が同意した。
「はい、良いと思います。その場所ならば、木々が密に茂っているので、ぬかるむ心配もありませんし、一気に間合いを詰めるには好都合です」
「私も賛成。スキルで、余裕で補助できる範囲だわ」
「僕も了解です。折角釣り上げた獲物を、池に戻す話はない。池に影が映らないよう、留意しなくては」
それからふと、金目は言葉を継いだ。
「そうだ。オルさんは、どうしようか? 力にはなってくれるだろうけど、相手を警戒させてしまうかもしれない」
ポロはハンター達の話を聞くエレナと依頼人の隣で、柱に繋がれてションボリとしている。
エレナがポロの気持ちを代弁するように、やや遠慮がちに頼んだ。
「あの……もしよければ、オルちゃんも村に置いて行ってはくれませんか? 絶対に、絶対に、お怪我はさせませんから……」
金目は離れた所で控えているオルさんに目配せし、彼女の意図を汲んでか、柔らかく答えた。
「わかったよ。……それじゃあ、オルさんには村を守ってもらうことにしようか」
エレナの顔がパッと明るくなる。
ハンター達は段取りが決まると、いよいよ雑魔討伐に乗り出した。出かけに、カーミンがポロに近付いていって、そっと囁いた。
「ポロ、もう多くは言わないわ。だけど、あなたがどんなに分からず屋だとしても、これだけは胸に刻みなさい。……あなたの役目は、エレナと、村と、彼女を、守ること。いいわね?」
ポロは真っ直ぐにカーミンを見つめ返し、一度だけ、力強く吠えた。
ポツポツと雲から雨が零れ始める。
見事なまでにあえかな少女になりきったブラウが、頼りない足取りで池の周りをうろついていた。
「お父さんに美味しいお魚を釣ってきてあげないとっ」
あちこちで注意深く池を覗き込みながら、あざとく声を響かせるブラウ。リュラは彼女からちょっと距離を置いて、後をついていった。頭の中では何度も、戦闘のシミュレーションが繰り返されている。物陰に潜んでいるハンター達は、じっとうずくまって機会を窺っていた。
段々と雨足が強くなっていく。
やがてブラウが、おもむろに釣り糸を垂らした。敵影を発見したのだ。雨が泥の匂いをじわじわと強める中、ブラウは時々餌の魚を変えながら、影が寄ってくるのを辛抱強く待った。
次第に近付いてくるほのかな生臭い匂いに、ブラウは無言でリュラに合図を送った。応じたリュラはそれとなく場を離れると、敵の到来を仕草で周囲に知らせつつ、地を駆けるものを発動させた。
水面が揺れ、影が迫ってくる。鱗に覆われた緑色の身体が、ブラウの瞳にハッキリと映った。
鋭利な牙が並んだ口を大きく開け、雑魔が池から躍り出た刹那、ブラウは大声で叫んだ。
「キャアアッ!!! 助けてー!!!」
恐怖に染まった哀れな子供の叫びだと、誰もがつい騙されそうになった。
雑魔が腕を振り上げ、ブラウを池の底まで叩き落とさんばかりの強力な一撃を放つ。ブラウは怯えた表情を演じたまま、護身用のアクセサリで上手く攻撃を受け流した。勢い余った敵の腕が魚の籠にぶつかり、魚が大量に宙に舞い飛ぶ。
その魚をよぎって、リュラの影が敵に被さった。雑魔が気を取られた一瞬の隙を突いて、ブラウが逃げる。リュラは相手が繰り出した反撃を素早く回避すると、予めシミュレーションで押さえておいた、味方の射線を遮らない、陽動に適したポイントへ身を引いた。
間髪入れず、身を隠していたハンター達が動く。澪がチェイシングスローで一気に敵との距離を詰めるのと同時に、金目がジェットブーツで雑魔と池の間に滑り込んだ。退路を断たれた雑魔は、だが、焦りながらも間一髪で澪の攻撃を躱した。
猛攻はなおも続く。カーミンの鋼の鞭が飛び、剣斗の風を纏った槍が空を貫く。雑魔は文字通り、刃の雨の中を転がるようにして、何とか攻撃をいなし続けた。とはいえ、負った傷は決して浅くはない。特に脇の辺りは鱗が薄いようで、必死でかばっている様子が明らかだった。
そのうちにブラウが体勢を完全に整えた。浮かんだ表情はすでに、か弱い少女のそれとはかけ離れている。覚醒した彼女のスカートの裾からは、四本の手の様な幻影が伸びていた。
ブラウは雑魔に、ごく落ち着いた調子で呼びかけた。
「貴方、とってもいい香りがするのね。……でも斬り付けたらもっといい香りがするんじゃない?」
言うが早いか、ブラウは疾風剣で相手に突撃した。雑魔の鱗が血飛沫と共に飛び散る。よろける雑魔を横目に、ブラウは不留一歩で残心を取る。交代に、澪が鋭く踏み込んだ。
「次こそは、逃がしませんよっ! 鳴隼一刀流・隼風刃!」
雑魔が派手に斬撃を食らう。崩れた拍子に、脇が大きく開いたかに見えた。
「……今よ、弱点を!」
ブラウの掛け声に、真っ先にリュラが動いた。
「ロックオン、逃がさない……」
筋力充填で強化された槍の一閃が、今、己を貫かんとしている……。追い詰められた雑魔は、土壇場で、彼自身すらも知らなかった膂力を捻り出した。
天をもつんざくような、けたたましい鳴き声をあげ、雑魔は破れかぶれの反撃を放った。それは頭突きとも、突進とも取れぬ、捨て身のタックルであった。
「くっ……!」
咄嗟に受けに転じ、直撃は避けたものの、リュラはかなりの勢いで吹っ飛ばされ、木に衝突した。雑魔は目をギラつかせ、池へ飛び込もうと走った。カーミンの毒の手裏剣を浴びつつも、背後から澪が超高速で迫ってきていることを知りつつも、恐怖と狂気に駆られた彼は構わず走った。だが。
「行かせないよ」
金目の攻性防壁が眼前に立ちはだかった。雑魔は目の当たりにした途端、まるで冷たい雨が、一気に身体に染み透るような絶望を感じた。彼は吐き気を催した。たらふく食べた魚が、胃の中で跳ねまわっているような不快感が襲う。無意識に首だけで振り返ると、武器を構えたカーミンが目に入った。その後ろには、同じく槍を携えた剣斗がいる。澪の無慈悲な刃が、もうすぐ己を一直線に貫くだろう。
「グ……ゲッ……」
雑魔は低くくぐもった、妙なうめき声を漏らした。カーミンが蒼ざめ、直感的に、悲鳴を上げて屈んだ。
「キャアアッー!!!」
「うわぁああー!!! 何で避けるんでやんすかぁああ!!!」
雑魔から盛大な勢いで噴出した、尋常でなく生臭い吐瀉物が、光線の如き水鉄砲となって、しゃがんだカーミンを飛び越え、剣斗にかかった。飛び散った飛沫が、カーミンの髪にもかかる。わずか数滴でもおぞましい匂いだった。
完全なるパニック状態に陥るカーミンと剣斗。眼前で起こった悲劇に、呆然とする金目とリュラ。澪は勢いを殺すことなく、雑魔に止めを刺した。
刃を伝って、血と雨がツツと静かに混じり合う。嘔吐物から湧き立つ異様な臭気と、池の素朴な泥臭さと、何より深い霧の静寂と相まって、戦場には一種奇妙な、感傷的とさえ言える雰囲気に浸されていた。
全体を見ていたブラウが一言、うっとりとこぼした。
「ああ、忘れられない匂いになりそうね……」
●晴れる日が来る
「よく村を守りきってくれたわね、ポロ! 偉いわ!」
カーミンがわしわしとポロを撫でた。最後の攻撃を受けたことが余程ショックだったのか、どこか自棄気味のハイテンションであった。金目はポロの近くで、案外寛いだ様子を見せているオルさんに、
「特に、何事もありませんでしたか?」
と、丁寧に声をかけた。オルさんはようやく子守りを終えたといった表情で、黙って金目を見返した。
エレナはそんな二人と二匹の元に駆け寄ってくると、興奮した様子で、彼らがいかに勇敢に、協力して村を警護したかを語った。
「やっぱり、ハンターさんってすごいなぁ……憧れちゃうよ」
エレナは純粋な、輝く眼差しで二人を見上げていた。そうして、彼女は紙に包んだ何かを取り出すと、二人に差し出した。
「これね、私が作ったんです。美味しい魚の干物だよ。ポロと遊んでくれた、お礼です。カーミンお姉ちゃんにと、オルちゃんは食べるかわからないから、お兄さんに渡しておきます。あと……」
二人に干物を渡した後、少し匂いに顔を顰めながら、エレナは剣斗に近付いた。
「お兄ちゃんにも、あげます。あの……元気出してください」
剣斗は薄ら笑いを浮かべつつ、
「ありがとうごぜえやす」
とだけ言った。本当は魚の匂いなんてもう御免だったが、無理にでも笑わなければ、永遠に心は晴れないと気を強く持った。ついでの報酬としては、上質な干物でもある。
澪とリュラ、ブラウは、少し日の差してきた空を見上げて、明日は洗濯日和だねと予測を一致させた。
予報通り晴れ渡った翌日、雑魔のいなくなった平和な池に、子供たちの遊ぶ元気良い声が響いていた。
「なかなか降りませんねぇ……」
厚ぼったい雲に覆われた空を仰ぎ、和泉 澪(ka4070)が呟いた。雑魔討伐のために赴いた村は、この時期は雨がちということであったが、そのためにかえって降り始める確実なタイミングを計るのは容易で無かった。
澪と共に、現場の池周辺の事前調査に来たカーミン・S・フィールズ(ka1559)は、気難しい顔で溜息を吐いた。
「まっ、仕方ないわね。ちょっと足場は悪くなるかもだけど、そこは今集めた地形の情報でカバーしましょ。……ってか、それよりもー……」
カーミンはさらに顔を顰め、足下を見やった。
「このポロの方が、予想外だわ! こんなに可愛い女の子が村に来て、興奮するのは仕方ないとしても、何て激しい動きなの! こんな森の中で、一体何がそんなに面白いのよ!? 敵がいる気配もないってのに……」
息つく暇もなく、あっちへこっちへ落ち着きなく動き回る依頼者の飼い犬を何とかクレマチスで制御しながら、カーミンは口を尖らせた。狂暴さは聞いた程でも無く、人には噛み付かず、撫でれば尻尾も振るのだが、どうにも興味を惹ききることができなかったのだった。
「きっと、近くに雌の野良犬でもいるんでございやしょう。ともあれ、湿っぽくて冷えるっすね。風邪ひかねえうちに、とっとと終わらせやしょうぜ」
風祭 剣斗(ka6696)が、時代劇がかって大袈裟に腕をさすった。その手元の調査メモには、戦闘に向きそうな水辺や、姿を隠しやすい場所についての情報が、きちんと記されていた。村で待機しているリュラ=H=アズライト(ka0304)から頼まれていた土も、抜かりなく懐に入っている。
カーミンは傍らを歩く、道案内役の依頼主の娘のエレナを見下ろして言った。
「ごめんねー。この子の扱い方、どうにか伝授してあげたかったんだけど、思ったよりも長期戦になっちゃいそう。もう少し滞在が長ければ、いけそうなんだけどなー」
エレナは首を振り、ニコニコしながら応えた。
「ううん。ポロと仲良くしてくれただけで嬉しいよ、お姉ちゃん。やっぱりハンターさんってすごいんだね。ハーネスも無しに、ポロがこんなに知らない人の近くにいるのなんて、初めて見たよ!」
ハンター達は顔を見合わせ、肩をすくめた。
一方、村ではリュラとブラウ(ka4809)が、村人との交渉に当たっていた。
村人は二人のあまりに可憐な姿に、初めは驚きと戸惑いを隠せなかったものの、話すうちに、見目は幼くとも十分に戦い慣れたハンターだとわかって安堵した。
「わかりました。そしたら、ぜひこの魚と釣り具を持って行ってください。さっき調べものへ出て行った、白い狼を連れたお兄さんにも、色々と親身に相談に乗って頂きましたし、いくらでも気にせずに使ってください」
ブラウはまだほんのりと血の香りが漂う、新鮮な魚をたっぷり受け取ると、あどけなく微笑んだ。
「ありがとう。きっと、いい漁になるわ」
リュラは話す間も、油断なく外の様子に神経を研ぎ澄ませ、雨の気配を探っていた。蛙の鳴き声が先程よりもよく聞こえてくる。風向きも微かに変わった。
「そろそろ降る……かな……」
ちょうど調査組が戻ってくる頃だし、揃い次第すぐに出発してもいいかもしれない。考えつつリュラは、道の先から猛烈な勢いで迫ってくるソウルウルフと金目(ka6190)、依頼人、そしてその後ろから駆けてくる、血走った目の一匹の獣に目を見張った。
話は少し遡る。
金目は依頼人を案内役として、連れの雌のソウルウルフ「オルさん」と共に、現場の池とは別方面へ調査に出ていた。村人から話を聞いた際、そもそも雑魔がどこから来たのか、もう一つの釣り場へも移動するんじゃないかと不安がる声が多かったため、より広域的に情報を集めようと思ったのだった。
金目は、ポロとオルさんが顔を合わせないよう、戻る時には先にポロの帰宅を確かめてから、別の家にオルさんを滞在させる手筈であった。いかに暴れん坊の犬とはいえ、遭遇しさえしなければと依頼人も思っていた。
だが、運命は二匹が擦れ違うことを許さなかった。否、生まれてこの方、同胞もなく、ずっと孤独に生きてきたポロの心の渇きが、運命を逃さなかったという方が正確だった。
ポロは麗しいオルさんを木立越しに見た瞬間……それは奇しくも、カーミンが扱い方のコツを伝えるため、リードをエレナに渡そうとした瞬間であった……一目散に走り出し、オルさん達を追いかけ出したのだった。
「コラー! 待ちなさぁーい!」
カーミンの叫び声が森に響く。だがポロは、まっしぐらにオルさんを追った。オルさんはしなやかに、軽やかに、迷惑そうに逃げていく。二匹はあっという間に、金目と依頼人をも置き去りにした。
「ああ! すみません!」
依頼人が半泣きになりながら犬を追っていく。こうなったらと、カーミンと金目がスキルを発動させかけた、その時だった。鋭く、正確な射線で投擲された手裏剣が、ポロの進路をストトッと小気味良く阻んだ。ポロが思わず足を止め、狼狽える。手裏剣が飛んできた方角には、穏やかな笑顔を湛えた澪の姿があった。
「……ダメだよ?」
重々しい言葉に誰もが静まり返る。やがてポロは人々に取り押さえられ、家へと連行された。
●冷たい雨を浴びて
その後、ハンター達はリュラ達の天候予測に従い、集めてきた情報を元に早速作戦を練った。
「じゃあ、当初の予定通り、私とリュラが囮役ね」
ブラウが魚の入った籠を、小柄な身体に抱えて言った。
リュラは剣斗から貰った現場周辺の土のサンプルから、足場の状況を判断した。
「やっぱり……結構、滑りそう……気を付けて」
一同が頷く。次いで、囮役以外が身を隠すポイントについても打ち合わせた。
「ジェットブーツがある金目さんが池の近くを、俺とカーミンさんが、反対側の道沿いの茂みを担当するって具合でどうでござんすかね? 澪さんは、逃げてきたブラウさんとスイッチしやすいように、この辺でございやしょうか?」
剣斗の提案に、各人が同意した。
「はい、良いと思います。その場所ならば、木々が密に茂っているので、ぬかるむ心配もありませんし、一気に間合いを詰めるには好都合です」
「私も賛成。スキルで、余裕で補助できる範囲だわ」
「僕も了解です。折角釣り上げた獲物を、池に戻す話はない。池に影が映らないよう、留意しなくては」
それからふと、金目は言葉を継いだ。
「そうだ。オルさんは、どうしようか? 力にはなってくれるだろうけど、相手を警戒させてしまうかもしれない」
ポロはハンター達の話を聞くエレナと依頼人の隣で、柱に繋がれてションボリとしている。
エレナがポロの気持ちを代弁するように、やや遠慮がちに頼んだ。
「あの……もしよければ、オルちゃんも村に置いて行ってはくれませんか? 絶対に、絶対に、お怪我はさせませんから……」
金目は離れた所で控えているオルさんに目配せし、彼女の意図を汲んでか、柔らかく答えた。
「わかったよ。……それじゃあ、オルさんには村を守ってもらうことにしようか」
エレナの顔がパッと明るくなる。
ハンター達は段取りが決まると、いよいよ雑魔討伐に乗り出した。出かけに、カーミンがポロに近付いていって、そっと囁いた。
「ポロ、もう多くは言わないわ。だけど、あなたがどんなに分からず屋だとしても、これだけは胸に刻みなさい。……あなたの役目は、エレナと、村と、彼女を、守ること。いいわね?」
ポロは真っ直ぐにカーミンを見つめ返し、一度だけ、力強く吠えた。
ポツポツと雲から雨が零れ始める。
見事なまでにあえかな少女になりきったブラウが、頼りない足取りで池の周りをうろついていた。
「お父さんに美味しいお魚を釣ってきてあげないとっ」
あちこちで注意深く池を覗き込みながら、あざとく声を響かせるブラウ。リュラは彼女からちょっと距離を置いて、後をついていった。頭の中では何度も、戦闘のシミュレーションが繰り返されている。物陰に潜んでいるハンター達は、じっとうずくまって機会を窺っていた。
段々と雨足が強くなっていく。
やがてブラウが、おもむろに釣り糸を垂らした。敵影を発見したのだ。雨が泥の匂いをじわじわと強める中、ブラウは時々餌の魚を変えながら、影が寄ってくるのを辛抱強く待った。
次第に近付いてくるほのかな生臭い匂いに、ブラウは無言でリュラに合図を送った。応じたリュラはそれとなく場を離れると、敵の到来を仕草で周囲に知らせつつ、地を駆けるものを発動させた。
水面が揺れ、影が迫ってくる。鱗に覆われた緑色の身体が、ブラウの瞳にハッキリと映った。
鋭利な牙が並んだ口を大きく開け、雑魔が池から躍り出た刹那、ブラウは大声で叫んだ。
「キャアアッ!!! 助けてー!!!」
恐怖に染まった哀れな子供の叫びだと、誰もがつい騙されそうになった。
雑魔が腕を振り上げ、ブラウを池の底まで叩き落とさんばかりの強力な一撃を放つ。ブラウは怯えた表情を演じたまま、護身用のアクセサリで上手く攻撃を受け流した。勢い余った敵の腕が魚の籠にぶつかり、魚が大量に宙に舞い飛ぶ。
その魚をよぎって、リュラの影が敵に被さった。雑魔が気を取られた一瞬の隙を突いて、ブラウが逃げる。リュラは相手が繰り出した反撃を素早く回避すると、予めシミュレーションで押さえておいた、味方の射線を遮らない、陽動に適したポイントへ身を引いた。
間髪入れず、身を隠していたハンター達が動く。澪がチェイシングスローで一気に敵との距離を詰めるのと同時に、金目がジェットブーツで雑魔と池の間に滑り込んだ。退路を断たれた雑魔は、だが、焦りながらも間一髪で澪の攻撃を躱した。
猛攻はなおも続く。カーミンの鋼の鞭が飛び、剣斗の風を纏った槍が空を貫く。雑魔は文字通り、刃の雨の中を転がるようにして、何とか攻撃をいなし続けた。とはいえ、負った傷は決して浅くはない。特に脇の辺りは鱗が薄いようで、必死でかばっている様子が明らかだった。
そのうちにブラウが体勢を完全に整えた。浮かんだ表情はすでに、か弱い少女のそれとはかけ離れている。覚醒した彼女のスカートの裾からは、四本の手の様な幻影が伸びていた。
ブラウは雑魔に、ごく落ち着いた調子で呼びかけた。
「貴方、とってもいい香りがするのね。……でも斬り付けたらもっといい香りがするんじゃない?」
言うが早いか、ブラウは疾風剣で相手に突撃した。雑魔の鱗が血飛沫と共に飛び散る。よろける雑魔を横目に、ブラウは不留一歩で残心を取る。交代に、澪が鋭く踏み込んだ。
「次こそは、逃がしませんよっ! 鳴隼一刀流・隼風刃!」
雑魔が派手に斬撃を食らう。崩れた拍子に、脇が大きく開いたかに見えた。
「……今よ、弱点を!」
ブラウの掛け声に、真っ先にリュラが動いた。
「ロックオン、逃がさない……」
筋力充填で強化された槍の一閃が、今、己を貫かんとしている……。追い詰められた雑魔は、土壇場で、彼自身すらも知らなかった膂力を捻り出した。
天をもつんざくような、けたたましい鳴き声をあげ、雑魔は破れかぶれの反撃を放った。それは頭突きとも、突進とも取れぬ、捨て身のタックルであった。
「くっ……!」
咄嗟に受けに転じ、直撃は避けたものの、リュラはかなりの勢いで吹っ飛ばされ、木に衝突した。雑魔は目をギラつかせ、池へ飛び込もうと走った。カーミンの毒の手裏剣を浴びつつも、背後から澪が超高速で迫ってきていることを知りつつも、恐怖と狂気に駆られた彼は構わず走った。だが。
「行かせないよ」
金目の攻性防壁が眼前に立ちはだかった。雑魔は目の当たりにした途端、まるで冷たい雨が、一気に身体に染み透るような絶望を感じた。彼は吐き気を催した。たらふく食べた魚が、胃の中で跳ねまわっているような不快感が襲う。無意識に首だけで振り返ると、武器を構えたカーミンが目に入った。その後ろには、同じく槍を携えた剣斗がいる。澪の無慈悲な刃が、もうすぐ己を一直線に貫くだろう。
「グ……ゲッ……」
雑魔は低くくぐもった、妙なうめき声を漏らした。カーミンが蒼ざめ、直感的に、悲鳴を上げて屈んだ。
「キャアアッー!!!」
「うわぁああー!!! 何で避けるんでやんすかぁああ!!!」
雑魔から盛大な勢いで噴出した、尋常でなく生臭い吐瀉物が、光線の如き水鉄砲となって、しゃがんだカーミンを飛び越え、剣斗にかかった。飛び散った飛沫が、カーミンの髪にもかかる。わずか数滴でもおぞましい匂いだった。
完全なるパニック状態に陥るカーミンと剣斗。眼前で起こった悲劇に、呆然とする金目とリュラ。澪は勢いを殺すことなく、雑魔に止めを刺した。
刃を伝って、血と雨がツツと静かに混じり合う。嘔吐物から湧き立つ異様な臭気と、池の素朴な泥臭さと、何より深い霧の静寂と相まって、戦場には一種奇妙な、感傷的とさえ言える雰囲気に浸されていた。
全体を見ていたブラウが一言、うっとりとこぼした。
「ああ、忘れられない匂いになりそうね……」
●晴れる日が来る
「よく村を守りきってくれたわね、ポロ! 偉いわ!」
カーミンがわしわしとポロを撫でた。最後の攻撃を受けたことが余程ショックだったのか、どこか自棄気味のハイテンションであった。金目はポロの近くで、案外寛いだ様子を見せているオルさんに、
「特に、何事もありませんでしたか?」
と、丁寧に声をかけた。オルさんはようやく子守りを終えたといった表情で、黙って金目を見返した。
エレナはそんな二人と二匹の元に駆け寄ってくると、興奮した様子で、彼らがいかに勇敢に、協力して村を警護したかを語った。
「やっぱり、ハンターさんってすごいなぁ……憧れちゃうよ」
エレナは純粋な、輝く眼差しで二人を見上げていた。そうして、彼女は紙に包んだ何かを取り出すと、二人に差し出した。
「これね、私が作ったんです。美味しい魚の干物だよ。ポロと遊んでくれた、お礼です。カーミンお姉ちゃんにと、オルちゃんは食べるかわからないから、お兄さんに渡しておきます。あと……」
二人に干物を渡した後、少し匂いに顔を顰めながら、エレナは剣斗に近付いた。
「お兄ちゃんにも、あげます。あの……元気出してください」
剣斗は薄ら笑いを浮かべつつ、
「ありがとうごぜえやす」
とだけ言った。本当は魚の匂いなんてもう御免だったが、無理にでも笑わなければ、永遠に心は晴れないと気を強く持った。ついでの報酬としては、上質な干物でもある。
澪とリュラ、ブラウは、少し日の差してきた空を見上げて、明日は洗濯日和だねと予測を一致させた。
予報通り晴れ渡った翌日、雑魔のいなくなった平和な池に、子供たちの遊ぶ元気良い声が響いていた。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
---|
面白かった! | 4人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/01/12 10:54:32 |
|
![]() |
水底から出てきなさい! カーミン・S・フィールズ(ka1559) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/01/15 22:45:14 |