ゲスト
(ka0000)
【アルカナ】 引き金に指をかける者
マスター:桐咲鈴華

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/01/20 07:30
- 完成日
- 2017/01/28 07:59
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
引き金を引いた。劈くような撃鉄の音の後、スコープの先の人物は頭を失って倒れ込む。
硝煙臭いがむせ返る程に充満した空間の中で、俺は再度遊底を引く。
この繰り返しだ。撃って殺し、撃って殺す。してきたことはそれだけだ。
戦争はいつだって、人の命を数値化しての比べ合い。国同士の争いにおいて、人命など使い捨ての道具でしかない。
そんな中を俺はずっと渡り歩き、国の理念とやらに貢献してきた。大層な理念に惑わされた俺が、やってる事は大規模な人殺しでしかないってことに気付くまで、そう時間はかからなかった。
スコープにまた、人の頭を捉える。引き金を引けば、今見ている人間の命は終わる。
その人間の辿ってきたこれまでの人生が、その瞬間をもって区切りとされる。
そこになんの感慨を持たなくなった俺の心は、もう既に死んでいるのかもしれねえな。
●
「……これは……」
エフィーリア・タロッキ(kz0077)は、届けられた報告書に目を剥く。彼女に届けられたのは、とある調査報告書。その内容の見出しには『The Death』という名前が記されていた。
彼女の見ている書類にはこう書かれている。超広範囲に渡って、大量の『鏡』が宙に浮かんでおり、接近した調査員が銃撃により重症を負ったとのことだ。
「……冗談ではありません、この範囲内全てが貴方の狩場とでも言うのですか……」
そうして観測された浮遊の鏡は、とある地点を中心に大規模に展開されており、その半径はゆうに1キロメートルを超えている。しかも、今もなおその半径を広げているという事らしい。
『The Death』は『アルカナ』の一体であり、スナイパーライフルを操る、狙撃手の歪虚だ。その狙撃銃だけでもかなりの長射程を誇る脅威の武装だが、彼の真骨頂は『宙に浮かぶ鏡を中継した曲射』にある。
鏡による銃弾の空間跳躍によって様々な距離・角度から狙撃を可能にする歪虚であり、そんなDeathが『鏡を広範囲に展開している』という事は、臨戦態勢が整っているという事に他ならない。
「……つまり、誘っているということ、ですか?」
この範囲は拡大し続けている上に、近づいた者が狙撃されていると聞く。自らの存在を誇示するようなやり方は、今まで狙撃による不意打ちで暗殺を仕掛けるまで、宙に浮かぶ鏡に悟らせなかった『Death』のやり口とは異質の事象だ。
その真意こそ掴めないものの、このような事件が起こっていてはこちらから動かざるを得ない。自らテリトリーに踏み込ませざるをえない、危険な誘い。
「……」
しかしエフィーリアの、タロッキの目的は、『アルカナ』の討滅にある。それが実際に被害を出していて、手をこまねいている訳には行かない。
Deathを討滅し、真意を探る為、エフィーリアは人員を募るのだった。
●
「……こんなもんかね、さて」
Deathは自らの獲物であるスナイパーライフルを手入れしながら、とある場所で一人ごちる。そこは開けた小高い丘の上。夜の闇には溶け込むとはいえ、身に纏うギリースーツは景色からはむしろ浮いてしまっている。
しかも、鏡の展開範囲も綺麗に円形であり、その中心点に自身がいることは明白。自らの存在を示す狙撃手がどこにいるだろうか。
それでもDeathは笑う。広範囲に展開した鏡は、自らの存在を示すと同時に、彼自身の武器でもある。ここまで広がった状態は、ただでさえ広い射程を誇る『Death』の攻撃手段が最高に充実している事を表している。
「希望を求め、絶望に抗い続ける人類。未来を憂い、絶望の前に破滅する事を望んだアルカナ。どっちが本当に人の未来を想ってんだろうな」
Deathは淡々と呟く。アルカナは人の未来には絶望しかないと説き、それぞれが人の滅亡の為に動いている。しかしDeathの口調に、そのような理念は感じられない。
どこか無機質な語調は誰にも届かない所で口から出ては消えてゆく。『殺すこと』しか知らないその目に、感情などなかった。
「善悪ってのは後に生き残った奴だけに決める権利があるもんさ。やろうぜハンター、戦いだ。勝てば官軍、負ければ賊軍。せいぜい競い合って殺し合おうや。死死死死」
聞く者のいない言葉は、空へと溶けて消えていった。
引き金を引いた。劈くような撃鉄の音の後、スコープの先の人物は頭を失って倒れ込む。
硝煙臭いがむせ返る程に充満した空間の中で、俺は再度遊底を引く。
この繰り返しだ。撃って殺し、撃って殺す。してきたことはそれだけだ。
戦争はいつだって、人の命を数値化しての比べ合い。国同士の争いにおいて、人命など使い捨ての道具でしかない。
そんな中を俺はずっと渡り歩き、国の理念とやらに貢献してきた。大層な理念に惑わされた俺が、やってる事は大規模な人殺しでしかないってことに気付くまで、そう時間はかからなかった。
スコープにまた、人の頭を捉える。引き金を引けば、今見ている人間の命は終わる。
その人間の辿ってきたこれまでの人生が、その瞬間をもって区切りとされる。
そこになんの感慨を持たなくなった俺の心は、もう既に死んでいるのかもしれねえな。
●
「……これは……」
エフィーリア・タロッキ(kz0077)は、届けられた報告書に目を剥く。彼女に届けられたのは、とある調査報告書。その内容の見出しには『The Death』という名前が記されていた。
彼女の見ている書類にはこう書かれている。超広範囲に渡って、大量の『鏡』が宙に浮かんでおり、接近した調査員が銃撃により重症を負ったとのことだ。
「……冗談ではありません、この範囲内全てが貴方の狩場とでも言うのですか……」
そうして観測された浮遊の鏡は、とある地点を中心に大規模に展開されており、その半径はゆうに1キロメートルを超えている。しかも、今もなおその半径を広げているという事らしい。
『The Death』は『アルカナ』の一体であり、スナイパーライフルを操る、狙撃手の歪虚だ。その狙撃銃だけでもかなりの長射程を誇る脅威の武装だが、彼の真骨頂は『宙に浮かぶ鏡を中継した曲射』にある。
鏡による銃弾の空間跳躍によって様々な距離・角度から狙撃を可能にする歪虚であり、そんなDeathが『鏡を広範囲に展開している』という事は、臨戦態勢が整っているという事に他ならない。
「……つまり、誘っているということ、ですか?」
この範囲は拡大し続けている上に、近づいた者が狙撃されていると聞く。自らの存在を誇示するようなやり方は、今まで狙撃による不意打ちで暗殺を仕掛けるまで、宙に浮かぶ鏡に悟らせなかった『Death』のやり口とは異質の事象だ。
その真意こそ掴めないものの、このような事件が起こっていてはこちらから動かざるを得ない。自らテリトリーに踏み込ませざるをえない、危険な誘い。
「……」
しかしエフィーリアの、タロッキの目的は、『アルカナ』の討滅にある。それが実際に被害を出していて、手をこまねいている訳には行かない。
Deathを討滅し、真意を探る為、エフィーリアは人員を募るのだった。
●
「……こんなもんかね、さて」
Deathは自らの獲物であるスナイパーライフルを手入れしながら、とある場所で一人ごちる。そこは開けた小高い丘の上。夜の闇には溶け込むとはいえ、身に纏うギリースーツは景色からはむしろ浮いてしまっている。
しかも、鏡の展開範囲も綺麗に円形であり、その中心点に自身がいることは明白。自らの存在を示す狙撃手がどこにいるだろうか。
それでもDeathは笑う。広範囲に展開した鏡は、自らの存在を示すと同時に、彼自身の武器でもある。ここまで広がった状態は、ただでさえ広い射程を誇る『Death』の攻撃手段が最高に充実している事を表している。
「希望を求め、絶望に抗い続ける人類。未来を憂い、絶望の前に破滅する事を望んだアルカナ。どっちが本当に人の未来を想ってんだろうな」
Deathは淡々と呟く。アルカナは人の未来には絶望しかないと説き、それぞれが人の滅亡の為に動いている。しかしDeathの口調に、そのような理念は感じられない。
どこか無機質な語調は誰にも届かない所で口から出ては消えてゆく。『殺すこと』しか知らないその目に、感情などなかった。
「善悪ってのは後に生き残った奴だけに決める権利があるもんさ。やろうぜハンター、戦いだ。勝てば官軍、負ければ賊軍。せいぜい競い合って殺し合おうや。死死死死」
聞く者のいない言葉は、空へと溶けて消えていった。
リプレイ本文
●独白
俺にも昔は理想があった。
守りたい家族もいたし、惚れた女も居た気がするな。人並みに青春を送ったし、ダチとバカやった事もある。
だがまぁ、戦争ってのは一人の人間の意思なんてもんとは無関係に起こっちまう。侵略だか、自衛だか、どんな理由にしたって俺は駆り出された訳だ。
死にたくない。最初はそう思って引き金を引いてた。しかしどうにも俺には願ってもなかった才能があったみたいでね。無数の戦場を生き延びていくにつれて、俺が放った弾丸で戦果が少しずつ傾いていったのにお偉いさんが気付くのはそう時間はかからなかった。
それからの俺は、生き延びる為でなく、一人でも多くを殺すために殺してきた。それが結果的に国が平和になると、守りたかった家族に惚れた女、バカやったダチを守れると信じ込まされて。
敵を殺して、殺して、殺してきた。
そんな俺が壊れちまっていたのを自覚したのはあの日だ。
殺した兵士の手から、家族の写真の入ったペンダントが落ちたのを見てしまった。
今まで俺が殺してきた命も、大切に思う奴が居たんだろう、そいつらにも人生があったんだろう。守りたいものがあったんだろう。
それを再認識した。自分がしてきた事はそれを摘み取る行為で、命を終わらせる行為だ。
けど一番驚いたのは、その事じゃない。
それを知ってなお動じることのなかった自分に、一番驚いた。
俺はそこに何の感慨も抱かなくなってた事に気付いた。摘み取った命が多すぎて、いつの間にか命の価値がえらく低くなっていたんだ。
結局俺はずっと故郷に帰される事はなかった。いや、帰る必要がないと考えてた。
俺が守りたかったものも、引き金を引けばそれで壊れる。それだけの存在だと思った時に、なんで守りたいかすらも消えてなくなってしまった。
命って、人生って、何なんだろうな。
俺は、本当に人だったのかね。
あるいは、本物の”死神”だったのかもしれないな。
●『死』へと歩み寄れ
鏡の結界突入直前。日は高いとはいえ、多くの木々に阻まれた森の中はやや薄暗く、じめっとした湿気が漂っている。
ハンター達は超長距離をエフィーリアを連れて通り抜ける策とし、エフィーリアの影武者を仕立てて狙いを分散させる方向で作戦を練る事にした。
背丈の近い、鞍馬 真(ka5819)、久瀬 ひふみ(ka6573)の二名が、エフィーリアと同じ服装に、ウィッグまで用意してエフィーリアに変装していた。
「背丈が近いから変装がしやすくて助かるね。これでいいかな」
「さて、変装はこんな感じかな……おっと、耳と尻尾はしまっておかないとね」
真は髪をまとめた上からウィッグを被り、ひふみは支障をきたすからと、覚醒時に現れる動物霊の幻影を消しておく。二人は背丈も同じであり、エフィーリアが同じ服を持っているお陰で同じ服を用意するのも難しくなかった。そんな二人を見て、エフィーリアは申し訳なさそうに頭を下げる。
「危険な役目を担わせて、申し訳ありません、真様、ひふみ様……」
「いいんだよ。それに、危険なのは君も同じだからね。少しでもこっちに注意が引ければいいんだけど」
申し訳なさそうに謝罪するエフィーリアに、真は答える。実際に彼女が集中して狙われた場合、ほぼ非戦闘員である彼女を守るのには一苦労だろう。的を分散させることによって防御の難易度を下げている。
「エフィよ、これを持っておくがよい」
「これは……?」
星輝 Amhran(ka0724)がエフィーリアにアブソーブシールドとデリンジャーYL1を手渡す。
「予備の武装じゃ。護身に無いよりはマシじゃろう? ワシには妹の代わりは出来んでの」
彼女の妹は以前『死神』の弾丸からエフィーリアを守り抜いた優秀な盾士であったが、星輝はどちらかというと攻撃と斥候に特化しており、妹のような専守防衛は得意でないということらしい。エフィーリアはそれらを受け取る。
「いいえ、ありがとうございます。貴方の存在もまた……私にとって頼るべくところです……」
「ならばよい。此度の戦も共に生き残るぞ」
にかっと笑み返した星輝にエフィーリアも微笑みで返す。渡された武装を構え、戦闘準備を行う。
「さてと、それじゃあ行こうかお嬢さん。何があっても、俺がきっちりエスコートするから安心してくれ」
「はい、ゼクス様。今回はお世話になりますね……」
ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529)がエフィーリアに促す。エフィーリアは頷き、班の分担が行われる。
「準備はできた、な? さて、作戦開始だ」
各班のトランシーバーの連結処理を終えたオウカ・レンヴォルト(ka0301)が、作戦開始の合図を告げる。
「ええ……皆様、行きましょう。此度もまた、皆で生きて帰る為に……」
まだ日の高い正午過ぎ、『死神(Death)』はスコープを覗いたまま、佇んでいる。
空間を中継する鏡を次々に覗き見ては、"結界"内に注意を巡らせている。そんな『死神』の目に、複数の人物が映った。『死神』は口角を吊り上げる。
「来やがったな、タロッキ。それにハンター。」
『死神』はスコープを覗き見、一行の様子を観察する。鏡の結界内に入ってきた集団はどうやら3手に分かれているようだ。的を絞らせない為に分散して来たという事が伺える。『死神』はそれらを交互に見比べては片眉をあげる。
「……死死死ッ、面白い事すんじゃねえの」
『死神』の狙いは侵入してきたエフィーリア・タロッキの狙撃だ。この大掛かりな結界も、彼女が此方へ来ざるを得ないように用意したものであり、アルカナを放っておけない、かつ秘術の使い手であるエフィーリアを確実に狙い撃つ為のものだ。
だがどうした事だ、3手に別れた集団には、それぞれがエフィーリア・タロッキと同じ格好をしている人物がいる。スコープの倍率を変えても、正確にどれがエフィーリアであるか、いまいち確信が持てない。
「囮作戦ねぇ、いい手だ。一人だけ狙えりゃいい簡単な仕事じゃあなくなっちまったな」
『死神』はバレルに手をかける。引き金に、指をかける。
「ま……なら一人ずつ殺していきゃいいだけだがな」
引き金が絞られ、甲高い発砲音と共に戦闘の火蓋が切って落とされた。
ハンターたちは森の中を慎重に進んでいく。目的は遥か遠方にて迎撃を行う『死神』の地点に到達することだ。班を3つにわけて撹乱しつつ、確実に近づく事が肝要。3つの班はそれぞれが大きく散開し、トランシーバーで連絡を取りながら進軍していく。
3班において、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が最前列に立ち、エフィーリアに扮したひふみを護衛するようにエヴァンス・カルヴィ(ka0639)が付き従い、トランシーバーを用いて星輝が他班と連絡を取り合っていた。
「この結界は真っ向勝負をかけてるっつー感じで嫌いじゃねえがなぁ」
ボルディアは視覚、聴覚、更には嗅覚に至るまでをマテリアルを働かせて感覚を研ぎ澄ませ、最前にて鏡の位置を索敵しながらルートを確保してゆく。中空に浮かぶ鏡はそれぞれが大きく間隔をあけながら不気味に浮遊しており、時折低空を漂ってはゆっくりと回転し、まるで監視衛星のようにこちらを索敵しているようだ。
ボルディアは手近にあった鏡に魔導拳銃を発砲、鏡の一つを粉砕する。
「よし、クリアだ。次行くぜ」
最前に立つがゆえにボルディアの動きは慎重だ。中空だけでなく、石を投げて進路に罠等がないかを確認し、徹底した安全確認でルートを確保してゆく。案の定、超低空を漂っていた鏡が木の影に隠れており、鏡から飛び出してきた弾丸が投げた石を粉砕したのをボルディアは目視した。
「捕捉されておるの。皆の者、気をつけい、彼奴の射程内に入っておるぞ」
星輝が注意を促し、ハンター達は警戒に気を引き締める。その次の瞬間、宙を浮かぶ鏡のうちの一つから殺気。
「っぶねぇ!」
反応したのはエヴァンスだ。鏡から飛び出した弾丸が、エフィーリアに扮したひふみを狙って飛んでくる。エヴァンスは盾を斜めに構え、受け流すように銃弾をいなす。銃弾は盾の表面を滑るように逸らされ、手近な木に着弾する。
エヴァンスの「怪我はねぇか」という確認に、ひふみは黙って頷く。エフィーリアに変装している以上は下手にコミュニケーションを取る訳にはいかず、短いやり取りを心がける。そんなやり取りも束の間、次々に銃弾が飛来してくる。
「舐めんじゃねえぞッ!」
エヴァンスは盾を構え、飛来する銃弾に対抗すべく腰を据える。飛んでくる弾丸は一方向からではなく、前方から飛んできたと思えば次は側面、上方と、三次元的に揺さぶられる。エヴァンスは立体的な感覚、そして持ち前の闘争本能の成せる『直感』を用いて盾を突き出し、また翻し、時に円を描くような動きで向かってくる脅威からひふみを守り続ける。
(焼夷弾や炸裂弾もある、まともに受けてらんねぇな)
過去の報告に受けていた弾丸には、単純な銃弾以上の破壊力を伴ったモノが多い。エヴァンスは極力それらの脅威も意識して、盾に『着弾』しないように受け流してそれらをいなしている。その意識は功を成し、流した銃弾が木に着弾して爆発し、地面を穿つ銃弾から火柱があがったりする。
「前に出るぞ! 火がついちまったら逃げ場が無くなる!」
ボルディアの声に従い、3班は前に進軍していく。
(……狙われるだけというのはストレスが溜まるね……)
エフィーリアのふりを続けるひふみは内心で、狙われ続け、守られるだけの状況に歯を食いしばる。エフィーリアに扮している以上、派手な迎撃行動を取れば変装がバレてしまう。エヴァンスの守りに頼り、自らも防衛行動も最低限に留めなければならない。ひふみは勝つためと自身に言い聞かせ、先を行くボルディアに、エヴァンスと共に追従する。
後方から、哨戒しつつ状況を俯瞰する星輝が、トランシーバーを用いて連絡を取る。
「こちら3班、現在こちらが攻撃を受けておる」
「了解、此方は未だ静かだ。今の内に『死神』無力化の為に接敵する……無事、か?」
トランシーバー越しに聞こえてくる星輝に、2班のオウカが応える。
『この程度なら守りきれよう、今の内に少しでも進むのじゃ』
星輝の応答を確認し、オウカは同班である、エフィーリアの影武者を務める真、そして護衛役を担うアニス・エリダヌス(ka2491)に指示を出す。
「進軍しよう、敵は現在3班と交戦中だ、少しでも距離を詰め、『死神』を追い詰めるぞ」
「わかりました。行きましょう」
オウカの進言にアニスが応える。3班を『死神』は集中して狙っているとはいえ、いつ此方を向くとは限らない。この班の護衛担当であるアニスは警戒を厳にして進んでいく。
「……!」
そしてその警戒は実を結ぶ事になる。咄嗟に出した聖なる盾が飛来した弾丸を弾き飛ばしたのだった。
「無事、ですか?」
アニスの問いかけに真は頷く。少しずつ鏡がこちらへ角度を合わせてきており、その動きは次の標的を見定めているかのようだった。
「クッ、此方が狙われ始めたか……来るぞ!」
オウカの声を皮切りに、次々と銃弾が飛来する。エフィーリアを模しているが故に派手な動きの出来ない真を庇うように、アニスが聖盾で弾丸を受け止める。
「っ!?」
弾丸を受けた途端、バチィ! と高圧電流が流れ込み、身体が一瞬硬直するアニス。その隙を狙うかのように横方向から更なる銃弾が飛来する。
「させん……!」
広げた混元傘を持って割り込んだオウカが、飛来した銃撃からアニスを守る。
「っ、ありがとうございます……こんな銃弾が来るなんて」
「電流弾、か。珍妙な弾を使う……」
集ってくる弾丸は勢いを増し、アニスの防御網を掻い潜り、真へと到達する。
「……!」
真はあえて銃弾を避けようとしない。たどたどしい動きで、まるで回避動作を『取り損ねる』ような動きだ。銃弾をその身に受け、よろめく。その様子に狙いやすいと判断したのか、鏡が積極的に真へと角度を合わせてくる。
(そうだ、こっちを狙え……!)
真はエフィーリアらしく振る舞う為、あえて不慣れな動きでエフィーリアの動きを模倣していた。結果としてエフィーリアと誤認したか、はたまた狙いやすいと判断したかは分からないが、敵の注意を引きつける事に成功する。当の真も、ドレスの内側に着込んだボディアーマーで銃弾を流すように身体をずらし、上手くダメージを軽減している。
「……この程度なら護りきれる。1班と3班はそのまま進んでくれ」
オウカはトランシーバーで他の班へと指示を出す。いかにもエフィーリアが狙われてるかのような口ぶりは、鏡を通して見ている『死神』へのアピールのようにも思えた。ハンター達は連携を伴い、徹底的に囮を誤認させる作戦を敢行するのだった。
2班が攻撃を受けている間、1班もまた歩を進める。森林地帯を進んでいくと、やがて木々が少なくなり、露出した岩肌に景観が変わってゆく。
こちらの班にはエフィーリア本人に対し、キャリコ・ビューイ(ka5044)、ロニ・カルディス(ka0551)、そしてゼクスが護衛についていた。
「よし、ここまで来れた……それにしても、奴は何を考えているんだ? 狙撃手が自らの存在をアピールするなど……」
「それだけ奴に有利な戦場であることは否定できない。逆に言えば、この布陣を敷かざるを得ない状況まで奴を追い詰めたということだろう」
キャリコの疑問に、ロニは自らの見解を述べる。狙撃手としては確かにおかしな状況だが、『死神』は特殊能力を持つ歪虚であり、この布陣は言うなれば彼の狩場だ。姿を晒すリスクを勘定に入れても、有利な状況であることに変わりはない。
「……あそこはやばそうだな。避けて通ろう」
「何かあったのか?」
進んでる途中、ゼクスがとあるポイントを指差す。折れた木に大きい岩が転がり、一見身を隠すには適した場所だと思われるが……。
「あからさまに隠れられそうな場所は標的も気を抜くもんだ。もし俺が同じ能力を持っているなら、カバーの広い障害物ほど死角を突く。通信を聞いてる感じでも、奴の狙いは狡猾だからな、安心できる所ほど警戒するべきだと思う」
「なるほどな。死角を突く戦い方か……言われてみれば理に適っている」
ロニが感心して頷く。ここまで大きく鏡を展開しているならば、ありとあらゆる射角、射線が存在する。鏡を破壊すればその射線は遮れるが、人間、安心を得ようとするほどに信頼性の高い手段を取るものだ。『死神』がその箇所に罠を敷いていない筈がないとゼクスは推測する。
「……あそこにあるのが邪魔だな。あれを壊せればあのカバーポイントに入れるかもしれん」
即席の点検鏡で視界を確保したキャリコが、近距離を漂う鏡を発見。魔導拳銃を構えて射撃する。銃撃が岩肌を跳弾し、目的の鏡を粉砕した。
キャリコが鏡を破壊したことで死角のなくなった箇所……大きな岩の影に4人は素早く移動し、エフィーリアを囲むように3人がそれぞれ盾を構える。漂う鏡は未だ前方に展開しており、3班と2班の誘導もあって漸く半分に差し掛かるかと言った所だ。
「…………」
「大丈夫か、お嬢さん」
「あ……ゼクス様、ええ……すみません」
エフィーリアの表情には疲労が浮かぶ。360°様々な方向から、常に狙われてるかもしれないというプレッシャーに苛まれながらの行軍だ。戦いに慣れていないエフィーリアの精神的な疲労は大きい。
「無理はするなよ。この作戦はお前が要だ。万全の状態で送り届ける為に俺達が居るのだから」
「はい、ロニ様……大丈夫です。ありがとうございます」
エフィーリアは大きく息を吸う。周囲から『死』に見られてる中、気持ちを落ち着ける為に、星輝から受け取ったデリンジャーを握りしめる。
(…………エニア……シェリル……)
胸の奥に、ぼうっと暖かな陽が灯るように感じた。このような過酷な戦場の中でも、彼女らの事を想う事で心が軽くなる。エフィーリアにとって、彼女らの存在はいつしかとても大きなものになっていたのだった。
(……必ず帰りますから……)
エフィーリアは決意を新たに、力の篭った瞳を開ける。
「……行きましょう、皆さん。私はもう……大丈夫です」
「了解だ。もう少し歩を進めるぞ」
言葉に応えてくれたキャリコが、点検鏡を覗き込みながらルートを算出している。ゼクスが自らの経験則をもとにポイントを割り出し、ロニが盾を用いてエフィーリアを徹底的にカバーする。これほど心強い仲間に囲まれ、エフィーリアの決意はより強固なものへとなっていく。
――――そんな心強い意識の片隅で、ぞわり、と、途轍もなく嫌な気配を、エフィーリアは感じた。
「…………あっ……!」
エフィーリアは虫の知らせにも似た予感にはっと顔を背ける。知覚してなかった背後の木の影から、光を反射する鏡が顔を出し……そして。
不気味に嗤う、『死神』の笑みを見た。
ガキィン! とアブソーブシールドに弾丸が着弾する。寸での所で、狙撃を避けられたのだった。
「野郎!」
キャリコが手にした二丁拳銃で素早く現れた鏡を破壊し、ロニがエフィーリアに駆け寄る。
「無事か?」
「はい……なんとか」
盾を通しての衝撃が大きく、ダメージを受けたエフィーリアをロニが治療する。そうしていると、宙を漂う鏡が少しずつこちらを向いてきたのだった。
「……それより、申し訳ありません、気づかれてしまったかもしれません」
「気にするな、遅かれ早かれ予想できた事だ……それよりも態勢を立て直せ、次が来るぞ」
続けざまに弾丸が飛び交ってくる。真っ先に矢面に立つロニは、ひたすらエフィーリアを鏡からの射線を遮るように立ち回る。足を踏みしめた強固な構えを取り、盾を構えるだけでなく、光の防御壁を形成してエフィーリアの背後へ配置。背後より飛来する弾丸をもカバーする。
しかしそれだけでカバーしきれる訳ではない。鏡は上空に多数浮かんでおり、それぞれが位置を変えて様々な角度から狙撃を可能にしてくる。キャリコは攻撃の瞬間に銃身にマテリアルを収束し、超速度の弾丸で鏡を貫いて破壊するが、それでもロニの防御をすり抜けてエフィーリアへと到達する弾丸が出てきた。
「っ!」
エフィーリアに向かった弾丸は、割り込んだゼクスの障壁によって弾き返されてかき消えた。爆発を伴う炸裂弾だったが、攻性防壁の衝撃によって相殺されたようだった。
「お嬢さん、怪我はないか? まだまだ多く飛んでくるぞ、気を引き締めていこう」
「はい……!」
●『死』へと走り迫れ
「報告、受け取った。聞こえるか星輝、敵がエフィーリアに勘付いた。強襲を仕掛ける、ぞ」
『あいや、承った! 攻撃が激化してくるじゃろうし、気を引き締めてかかるぞ!』
通信を切り、漂うように集合してくる鏡に向き直るオウカ。広域に展開していた鏡が、ハンター達の居る方角に集中してきたのだ。
「一班は半分以上進めたんだってな、上手く行った方か?」
「ええ……あとは突撃戦となりますね。弾幕を掻い潜って、『死神』を取り押さえに行きます……!」
降り注ぐ弾丸の雨を、聖盾で受け続けるアニスが答える。やがて2班も岩場へと差し掛かり、大きく開けた空には大量の鏡が待ち受けていた。
「長居は出来そうもないな、走るか」
「賛成だ」
空に浮かぶ鏡から鏡へ銃弾が飛び交い、様々な方向から迫る、弾丸の形をした『死』、真は身を大きく翻し、ドレスの内側に着込んだボディアーマーの上に弾丸を滑らせるように受け流して回避し、回転させた身体を素早く戻して銃を構え、射撃によって鏡を破壊。
しかし囮として引きつけている間、銃撃によって蓄積されたダメージで動きが鈍る。その隙を狙うかのように、鋭く飛来する弾丸が突き刺すような軌道で真へと迫った。
「させません!」
そこへ割って入ったのはアニスだ。盾を構え、その銃弾を弾き飛ばす。
「『死神』、貴方が死をもたらすならば……わたし達は、貴方に生を突きつけてみせましょう」
アニスは素早く態勢を立て直すと、真にフルリカバリーを行使する。暖かく、そして力強いマテリアルの癒しが、真の外傷をみるみるうちに治療していく。
「助かった、ありがとな」
「大丈夫です、このまま進軍しましょう」
身を奮い立たせ、そして心を癒やすアニスの声に、真とオウカは力強く頷き、応えるのだった。
「はは、どんどん攻撃が激しくなって来やがる! いいぜ『死神』、お前の狙撃が上か、俺の生存術が上か、勝負と行こうじゃねぇか!」
エヴァンスは続けざまに来る弾丸を退けつつ、烈しくなる戦闘に昂ぶりを感じていく。傍らのボルディアが銃で鏡を破壊して迎撃を行うも、降り注ぐ銃弾は衰える気配を見せず、たまらず岩の影に隠れる。
「流石にばれてしまったか……だが、これでやっと戦える!」
通信より聞こえてきた、エフィーリアの当たりをつけられた事実。ひふみは変装のためのローブを脱ぎ捨て、覚醒した肉体をもって宙に浮かぶ鏡に跳躍し、大斧を叩きつけて粉々に粉砕する。獰猛な動きで岩と岩の間を跳ね、あたりを飛び交う鏡をまとめて薙ぎ払い、咆哮する。
「良い勢いじゃのう、この分なら、婆の話し時間くらいはとれるかの?」
星輝は、懐より忍ばせておいた紙を取り出す。
「死神とのじゃれ合いもいいが、"上手く"やれよ、星輝」
「わかっておるわい、さて」
手裏剣にメモを挟み込み、近くを飛ぶ鏡に向かって投擲する。弧を描いて飛んだ手裏剣は正確無比に鏡へと突き刺さり、そのメモ紙が鏡側に垂れ出される。
「――――どうじゃ?」
そのメモには、『死神』へのメッセージが記されていた。
『汝ら、統べる者の意志に一つか?』
『その心、真に人を憂うが故か?』
そんな言葉のあとには、『YES』『NO』が記されていた。この鏡越しにいる存在への、問いかけだった。
「死死死死ッ! なーんだ急におかしな事をやってくると思ったら。そういや以前も居たな、このハンター、ククっ」
鏡越しに、明らかにこちらに問いかけて来ている言葉を確認し、『死神』は嗤う。
「なかなか面白いじゃねえの。戦いの最中に対話を試みてくる奴なんざ、昔はいなかったからなァ……ある意味、恐ろしい奴だな」
『死神』は笑うが、その目は笑っていない。
星輝の行動に怒った訳でも、心を動かされた訳でもない。
その目には最初から、感情と呼べるものがない。
『死神』にとって、戦いで相対した敵は殺すだけの存在だ。彼はそこに、感情や疑念を一切抱かない。そんな目で鏡越しの紙を睥睨している。
死を与える為の存在は、その銃で紙に描かれた文字を撃ち貫く。
「どっちも『No』さ。俺はただの傀儡、かといって強制されてるわけでもないがね」
『死神』は、懐から、一際大きな弾薬を取り出す。一見すればライフル弾のように見える弾丸だが、明らかに他の弾丸との規格があっていない。ずんぐりと黒い弾丸の表面には、刻みつけられたかのように『Death Scythe』という文字が掘られている。
「対広域殲滅用爆裂焼夷魔弾『デスサイズ』。さぁて、そろそろ頃合いだ。余裕も出てきたんならこいつでも喰らってけ。
――死神の鎌から逃れられるかい、ハンター共!」
そのあまりにも巨大な、本来入るはずもない大きさの弾丸は、まるで手品とでも見紛うかのように、スナイパーライフルへと装填された。
ぴたり、と銃撃の嵐が止む。
絶え間なく、多角的に飛んできていた弾丸が、なりを潜めた。
「なんだ、好機か? 今の内に進めるだけ距離を詰めておいた方が……」
「楽観的に考えるな、何か来る筈……」
至近距離での攻撃手段しか持ち得ないひふみは積極的に距離を詰めようとするが、突然出来た間隔に違和感を覚えるエヴァンス。
ぞわり、と背筋に予感が走る。何か来る。闘争を渇望し、絶望的状況だからこそ愉しむエヴァンスには、迫る脅威が直感となって己の本能を刺激してくる。
「……やべえのがくるぞ、気を引き締めろ!」
エヴァンスが叫ぶと同時に、宙空にあった鏡より、一際大きな弾丸が飛来。
次の瞬間、あらゆる音が消失した。
●『死』を乗り越えてゆけ
3班の居る方角で、大爆発が巻き起こった。立ち上るきのこ雲が、その破壊の壮絶さを表している。
もくもくと立ち上る熱を伴った煙を遠方に確認し、オウカがトランシーバーで呼びかける。
「3班! どうした、何があった。応答しろ、星輝!」
周波数が狂わされているからか、スピーカーからはザーザーとノイズが走るのみ。
「『死神』に、あんな隠し玉が……!」
遠く離れていても大気を震わす程の振動、計り知れない衝撃がここまで届いていた。
「無事だよな、あいつら……」
「死死死死、盛大な花火になっちまったなぁ」
スコープごしでなくても十分に目視できる巨大なきのこ雲を眺め、『死神』はわざとらしい笑い声をあげる。
本当は彼は、何ひとつ面白い事などない。愉快でもない。
『死』がそこに出来上がった事は、彼がこれまで積み上げてきたうちのほんの一握りでしかなく、その眼には何の感慨も宿ってはいない。
「さて、それじゃあ黒焦げの死体でも確認するかね……」
『死神』が、スコープを覗く。黒煙が立ち上るその場所に、一陣の風が吹き、煙が少しずつ晴れていき……。
「――――な」
『死神』の顔に、初めて。純粋な感情……驚きの表情が現れた。
「…………へへっ、どーよ、『死神』……お前にとっての”死神”は、見えたかよ……!」
そこに居たのは3班のメンバーだ。黒焦げではあるが、身体の各所が焼け焦げているだけであり、致命傷には至っていない。
剣を振り抜いたポーズのままニヤリと鏡に不敵な笑みを向けるエヴァンスの傍で、倒れ込んでいた星輝がハンドスプリングで飛び起きる。
「やれやれ……偶然の一致とはいえ、よくもまぁそんな莫迦な真似が出来たもんじゃのう」
「お前だっておかしな事しただろ! 偶然上手くいったからいいけどよ!」
星輝の悪態に、エヴァンスは軽い調子で返す。何が起きたか分からないといった表情で、『死神』はそこから眼を離せないでいた。
遡る事数刻前。
ワープゲートを介して出現した『デスサイズ』は、真っ直ぐ3班のもとへと飛来した。
明らかにあれは他の弾丸とは違う、誰もがそう確信しながらも、下手な迎撃行動を取る事が出来なかった。
そこで動いたのは、星輝だった。
彼女はいつの間にか鹵獲していた『鏡』の一枚を、その弾丸に向かって投げつけたのだった。
弾丸が『鏡』に当たると、再び銃弾が中継された。偶然合わせ鏡となった鏡同士は一度だけ銃弾を中継し、ほんの一瞬だけ着弾が遅れたのだった。
「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
エヴァンスは咄嗟に固有技術『魔刃解放』を発揮し、そこを目掛けて、必殺技である残火衝天を叩き込んだ。
飛来した衝撃波は空中で『デスサイズ』を切り裂き、空中で大爆発を引き起こしたのだった。
呆気にとられる『死神』が、その耳で足音を聞いたのはそう間もない時間だ。
見通しの良い丘の上に立つ『死神』のすぐ眼下に、4人のハンターが居る。キャリコ、ロニ、ゼクス。そして、エフィーリアの姿がそこにはあった。
「……捉えました」
「タロッキ――――!」
慌ててスナイパーライフルをそちらに向けようとする『死神』だが、構えようとする手をキャリコの高加速射撃で撃ち抜かれ、スナイパーライフルを落としてしまう。そうして距離を詰めたエフィーリアが、『死神』に向けて手を翳す。
「13番目の使徒……真なる姿を、ここに!―――『アテュ・コンシェンス』!」
エフィーリアの手から放たれた光が、『死神』の核を引き出した。
●行間
戦場を渡り歩く兵士がいた。
彼の眼にはもう、生死は映っていなかった。
彼の故郷は既にない。空襲で焼け去り、瓦礫の海と化していた。
彼の記憶は、そこから定かではなかった。命の価値を忘れてしまったのは、戦争によって守りたいものを失ってしまったのが原因だった。
殺して、殺して、殺していき、戦争に勝利すれば、国が守られると。護りたかったものを守れると信じて。
彼はひたすら、目的の為の手段として、命を奪い続けたのだった。
そうして彼はクリムゾンウェストに転移する。英雄によって見出された殺す為の腕は、変わらず『守る為』に振るわれる事になる。
その英雄もまた死んでしまった、守る事も出来ず、死んでしまった。
そうか、やはり自分には死が付き纏う。
死をひたすらに翳した奴は、命を奪う事しか出来ないんだと、そう自覚するしかなかった。
自分は、死を振り翳す事で何かを変えれたのだろうか。
その尽きない自問は、やがて植え付けられた負のマテリアルと驚くほどに親和性を見出したのだった。
●『死神』と呼ばれた者が描いたものは
「…………」
男はぼうっと虚空を眺めている。どこに想いを馳せているのか、はたまた、どこも見ていないのかは分からない。エフィーリアが横に退くと、近くにいたゼクスが一歩、歩み寄る。
「俺も人殺しだからな……お前の気持ちは何となく分かるさ」
ゼクスの言葉に、男は視線だけをゼクスに向ける。
「殺し過ぎたが故に、他者の死に何時しか何も感じなくなってる。殺す事が手段ではなく、目的になった時点でそうなってしまう。護る為に殺すのも、奪う為に殺すのも、結局は命の先にあるものを求めたが故の行動だ。他の命よりも優先するものがあるから、俺らは人殺しなんだろうな」
純白の拳銃をホルスターより引き抜き、撃鉄を起こす。ゼクスはそれを、男へと突きつけた。
「……だからよ。無意味に人を殺す為に引き金を引くのは……それで終わりにしようぜ」
丘に、短い銃声が響き渡った。
「…………」
”本当は見たいんじゃないのか、な?輝きを……”
身体が光となって消えてゆく中、男は、頭の中に流れ込んできた言葉を聞いていた。
”絶望も弱さも死も、受け入れ……進む先……”
それは暖かで、かつて自分が『死神』と揶揄した少女の声。
それに気付かされる。自分が本当に見たかったもの、護りたかったもの。
最期に彼は、夢を見た。
故郷に、家族に迎えられ、友人に背を叩かれ、愛しい人を抱きしめる。
叶うはずのなかった、けれど、どうしようもなくありふれた、幸福な夢を。
俺にも昔は理想があった。
守りたい家族もいたし、惚れた女も居た気がするな。人並みに青春を送ったし、ダチとバカやった事もある。
だがまぁ、戦争ってのは一人の人間の意思なんてもんとは無関係に起こっちまう。侵略だか、自衛だか、どんな理由にしたって俺は駆り出された訳だ。
死にたくない。最初はそう思って引き金を引いてた。しかしどうにも俺には願ってもなかった才能があったみたいでね。無数の戦場を生き延びていくにつれて、俺が放った弾丸で戦果が少しずつ傾いていったのにお偉いさんが気付くのはそう時間はかからなかった。
それからの俺は、生き延びる為でなく、一人でも多くを殺すために殺してきた。それが結果的に国が平和になると、守りたかった家族に惚れた女、バカやったダチを守れると信じ込まされて。
敵を殺して、殺して、殺してきた。
そんな俺が壊れちまっていたのを自覚したのはあの日だ。
殺した兵士の手から、家族の写真の入ったペンダントが落ちたのを見てしまった。
今まで俺が殺してきた命も、大切に思う奴が居たんだろう、そいつらにも人生があったんだろう。守りたいものがあったんだろう。
それを再認識した。自分がしてきた事はそれを摘み取る行為で、命を終わらせる行為だ。
けど一番驚いたのは、その事じゃない。
それを知ってなお動じることのなかった自分に、一番驚いた。
俺はそこに何の感慨も抱かなくなってた事に気付いた。摘み取った命が多すぎて、いつの間にか命の価値がえらく低くなっていたんだ。
結局俺はずっと故郷に帰される事はなかった。いや、帰る必要がないと考えてた。
俺が守りたかったものも、引き金を引けばそれで壊れる。それだけの存在だと思った時に、なんで守りたいかすらも消えてなくなってしまった。
命って、人生って、何なんだろうな。
俺は、本当に人だったのかね。
あるいは、本物の”死神”だったのかもしれないな。
●『死』へと歩み寄れ
鏡の結界突入直前。日は高いとはいえ、多くの木々に阻まれた森の中はやや薄暗く、じめっとした湿気が漂っている。
ハンター達は超長距離をエフィーリアを連れて通り抜ける策とし、エフィーリアの影武者を仕立てて狙いを分散させる方向で作戦を練る事にした。
背丈の近い、鞍馬 真(ka5819)、久瀬 ひふみ(ka6573)の二名が、エフィーリアと同じ服装に、ウィッグまで用意してエフィーリアに変装していた。
「背丈が近いから変装がしやすくて助かるね。これでいいかな」
「さて、変装はこんな感じかな……おっと、耳と尻尾はしまっておかないとね」
真は髪をまとめた上からウィッグを被り、ひふみは支障をきたすからと、覚醒時に現れる動物霊の幻影を消しておく。二人は背丈も同じであり、エフィーリアが同じ服を持っているお陰で同じ服を用意するのも難しくなかった。そんな二人を見て、エフィーリアは申し訳なさそうに頭を下げる。
「危険な役目を担わせて、申し訳ありません、真様、ひふみ様……」
「いいんだよ。それに、危険なのは君も同じだからね。少しでもこっちに注意が引ければいいんだけど」
申し訳なさそうに謝罪するエフィーリアに、真は答える。実際に彼女が集中して狙われた場合、ほぼ非戦闘員である彼女を守るのには一苦労だろう。的を分散させることによって防御の難易度を下げている。
「エフィよ、これを持っておくがよい」
「これは……?」
星輝 Amhran(ka0724)がエフィーリアにアブソーブシールドとデリンジャーYL1を手渡す。
「予備の武装じゃ。護身に無いよりはマシじゃろう? ワシには妹の代わりは出来んでの」
彼女の妹は以前『死神』の弾丸からエフィーリアを守り抜いた優秀な盾士であったが、星輝はどちらかというと攻撃と斥候に特化しており、妹のような専守防衛は得意でないということらしい。エフィーリアはそれらを受け取る。
「いいえ、ありがとうございます。貴方の存在もまた……私にとって頼るべくところです……」
「ならばよい。此度の戦も共に生き残るぞ」
にかっと笑み返した星輝にエフィーリアも微笑みで返す。渡された武装を構え、戦闘準備を行う。
「さてと、それじゃあ行こうかお嬢さん。何があっても、俺がきっちりエスコートするから安心してくれ」
「はい、ゼクス様。今回はお世話になりますね……」
ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529)がエフィーリアに促す。エフィーリアは頷き、班の分担が行われる。
「準備はできた、な? さて、作戦開始だ」
各班のトランシーバーの連結処理を終えたオウカ・レンヴォルト(ka0301)が、作戦開始の合図を告げる。
「ええ……皆様、行きましょう。此度もまた、皆で生きて帰る為に……」
まだ日の高い正午過ぎ、『死神(Death)』はスコープを覗いたまま、佇んでいる。
空間を中継する鏡を次々に覗き見ては、"結界"内に注意を巡らせている。そんな『死神』の目に、複数の人物が映った。『死神』は口角を吊り上げる。
「来やがったな、タロッキ。それにハンター。」
『死神』はスコープを覗き見、一行の様子を観察する。鏡の結界内に入ってきた集団はどうやら3手に分かれているようだ。的を絞らせない為に分散して来たという事が伺える。『死神』はそれらを交互に見比べては片眉をあげる。
「……死死死ッ、面白い事すんじゃねえの」
『死神』の狙いは侵入してきたエフィーリア・タロッキの狙撃だ。この大掛かりな結界も、彼女が此方へ来ざるを得ないように用意したものであり、アルカナを放っておけない、かつ秘術の使い手であるエフィーリアを確実に狙い撃つ為のものだ。
だがどうした事だ、3手に別れた集団には、それぞれがエフィーリア・タロッキと同じ格好をしている人物がいる。スコープの倍率を変えても、正確にどれがエフィーリアであるか、いまいち確信が持てない。
「囮作戦ねぇ、いい手だ。一人だけ狙えりゃいい簡単な仕事じゃあなくなっちまったな」
『死神』はバレルに手をかける。引き金に、指をかける。
「ま……なら一人ずつ殺していきゃいいだけだがな」
引き金が絞られ、甲高い発砲音と共に戦闘の火蓋が切って落とされた。
ハンターたちは森の中を慎重に進んでいく。目的は遥か遠方にて迎撃を行う『死神』の地点に到達することだ。班を3つにわけて撹乱しつつ、確実に近づく事が肝要。3つの班はそれぞれが大きく散開し、トランシーバーで連絡を取りながら進軍していく。
3班において、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が最前列に立ち、エフィーリアに扮したひふみを護衛するようにエヴァンス・カルヴィ(ka0639)が付き従い、トランシーバーを用いて星輝が他班と連絡を取り合っていた。
「この結界は真っ向勝負をかけてるっつー感じで嫌いじゃねえがなぁ」
ボルディアは視覚、聴覚、更には嗅覚に至るまでをマテリアルを働かせて感覚を研ぎ澄ませ、最前にて鏡の位置を索敵しながらルートを確保してゆく。中空に浮かぶ鏡はそれぞれが大きく間隔をあけながら不気味に浮遊しており、時折低空を漂ってはゆっくりと回転し、まるで監視衛星のようにこちらを索敵しているようだ。
ボルディアは手近にあった鏡に魔導拳銃を発砲、鏡の一つを粉砕する。
「よし、クリアだ。次行くぜ」
最前に立つがゆえにボルディアの動きは慎重だ。中空だけでなく、石を投げて進路に罠等がないかを確認し、徹底した安全確認でルートを確保してゆく。案の定、超低空を漂っていた鏡が木の影に隠れており、鏡から飛び出してきた弾丸が投げた石を粉砕したのをボルディアは目視した。
「捕捉されておるの。皆の者、気をつけい、彼奴の射程内に入っておるぞ」
星輝が注意を促し、ハンター達は警戒に気を引き締める。その次の瞬間、宙を浮かぶ鏡のうちの一つから殺気。
「っぶねぇ!」
反応したのはエヴァンスだ。鏡から飛び出した弾丸が、エフィーリアに扮したひふみを狙って飛んでくる。エヴァンスは盾を斜めに構え、受け流すように銃弾をいなす。銃弾は盾の表面を滑るように逸らされ、手近な木に着弾する。
エヴァンスの「怪我はねぇか」という確認に、ひふみは黙って頷く。エフィーリアに変装している以上は下手にコミュニケーションを取る訳にはいかず、短いやり取りを心がける。そんなやり取りも束の間、次々に銃弾が飛来してくる。
「舐めんじゃねえぞッ!」
エヴァンスは盾を構え、飛来する銃弾に対抗すべく腰を据える。飛んでくる弾丸は一方向からではなく、前方から飛んできたと思えば次は側面、上方と、三次元的に揺さぶられる。エヴァンスは立体的な感覚、そして持ち前の闘争本能の成せる『直感』を用いて盾を突き出し、また翻し、時に円を描くような動きで向かってくる脅威からひふみを守り続ける。
(焼夷弾や炸裂弾もある、まともに受けてらんねぇな)
過去の報告に受けていた弾丸には、単純な銃弾以上の破壊力を伴ったモノが多い。エヴァンスは極力それらの脅威も意識して、盾に『着弾』しないように受け流してそれらをいなしている。その意識は功を成し、流した銃弾が木に着弾して爆発し、地面を穿つ銃弾から火柱があがったりする。
「前に出るぞ! 火がついちまったら逃げ場が無くなる!」
ボルディアの声に従い、3班は前に進軍していく。
(……狙われるだけというのはストレスが溜まるね……)
エフィーリアのふりを続けるひふみは内心で、狙われ続け、守られるだけの状況に歯を食いしばる。エフィーリアに扮している以上、派手な迎撃行動を取れば変装がバレてしまう。エヴァンスの守りに頼り、自らも防衛行動も最低限に留めなければならない。ひふみは勝つためと自身に言い聞かせ、先を行くボルディアに、エヴァンスと共に追従する。
後方から、哨戒しつつ状況を俯瞰する星輝が、トランシーバーを用いて連絡を取る。
「こちら3班、現在こちらが攻撃を受けておる」
「了解、此方は未だ静かだ。今の内に『死神』無力化の為に接敵する……無事、か?」
トランシーバー越しに聞こえてくる星輝に、2班のオウカが応える。
『この程度なら守りきれよう、今の内に少しでも進むのじゃ』
星輝の応答を確認し、オウカは同班である、エフィーリアの影武者を務める真、そして護衛役を担うアニス・エリダヌス(ka2491)に指示を出す。
「進軍しよう、敵は現在3班と交戦中だ、少しでも距離を詰め、『死神』を追い詰めるぞ」
「わかりました。行きましょう」
オウカの進言にアニスが応える。3班を『死神』は集中して狙っているとはいえ、いつ此方を向くとは限らない。この班の護衛担当であるアニスは警戒を厳にして進んでいく。
「……!」
そしてその警戒は実を結ぶ事になる。咄嗟に出した聖なる盾が飛来した弾丸を弾き飛ばしたのだった。
「無事、ですか?」
アニスの問いかけに真は頷く。少しずつ鏡がこちらへ角度を合わせてきており、その動きは次の標的を見定めているかのようだった。
「クッ、此方が狙われ始めたか……来るぞ!」
オウカの声を皮切りに、次々と銃弾が飛来する。エフィーリアを模しているが故に派手な動きの出来ない真を庇うように、アニスが聖盾で弾丸を受け止める。
「っ!?」
弾丸を受けた途端、バチィ! と高圧電流が流れ込み、身体が一瞬硬直するアニス。その隙を狙うかのように横方向から更なる銃弾が飛来する。
「させん……!」
広げた混元傘を持って割り込んだオウカが、飛来した銃撃からアニスを守る。
「っ、ありがとうございます……こんな銃弾が来るなんて」
「電流弾、か。珍妙な弾を使う……」
集ってくる弾丸は勢いを増し、アニスの防御網を掻い潜り、真へと到達する。
「……!」
真はあえて銃弾を避けようとしない。たどたどしい動きで、まるで回避動作を『取り損ねる』ような動きだ。銃弾をその身に受け、よろめく。その様子に狙いやすいと判断したのか、鏡が積極的に真へと角度を合わせてくる。
(そうだ、こっちを狙え……!)
真はエフィーリアらしく振る舞う為、あえて不慣れな動きでエフィーリアの動きを模倣していた。結果としてエフィーリアと誤認したか、はたまた狙いやすいと判断したかは分からないが、敵の注意を引きつける事に成功する。当の真も、ドレスの内側に着込んだボディアーマーで銃弾を流すように身体をずらし、上手くダメージを軽減している。
「……この程度なら護りきれる。1班と3班はそのまま進んでくれ」
オウカはトランシーバーで他の班へと指示を出す。いかにもエフィーリアが狙われてるかのような口ぶりは、鏡を通して見ている『死神』へのアピールのようにも思えた。ハンター達は連携を伴い、徹底的に囮を誤認させる作戦を敢行するのだった。
2班が攻撃を受けている間、1班もまた歩を進める。森林地帯を進んでいくと、やがて木々が少なくなり、露出した岩肌に景観が変わってゆく。
こちらの班にはエフィーリア本人に対し、キャリコ・ビューイ(ka5044)、ロニ・カルディス(ka0551)、そしてゼクスが護衛についていた。
「よし、ここまで来れた……それにしても、奴は何を考えているんだ? 狙撃手が自らの存在をアピールするなど……」
「それだけ奴に有利な戦場であることは否定できない。逆に言えば、この布陣を敷かざるを得ない状況まで奴を追い詰めたということだろう」
キャリコの疑問に、ロニは自らの見解を述べる。狙撃手としては確かにおかしな状況だが、『死神』は特殊能力を持つ歪虚であり、この布陣は言うなれば彼の狩場だ。姿を晒すリスクを勘定に入れても、有利な状況であることに変わりはない。
「……あそこはやばそうだな。避けて通ろう」
「何かあったのか?」
進んでる途中、ゼクスがとあるポイントを指差す。折れた木に大きい岩が転がり、一見身を隠すには適した場所だと思われるが……。
「あからさまに隠れられそうな場所は標的も気を抜くもんだ。もし俺が同じ能力を持っているなら、カバーの広い障害物ほど死角を突く。通信を聞いてる感じでも、奴の狙いは狡猾だからな、安心できる所ほど警戒するべきだと思う」
「なるほどな。死角を突く戦い方か……言われてみれば理に適っている」
ロニが感心して頷く。ここまで大きく鏡を展開しているならば、ありとあらゆる射角、射線が存在する。鏡を破壊すればその射線は遮れるが、人間、安心を得ようとするほどに信頼性の高い手段を取るものだ。『死神』がその箇所に罠を敷いていない筈がないとゼクスは推測する。
「……あそこにあるのが邪魔だな。あれを壊せればあのカバーポイントに入れるかもしれん」
即席の点検鏡で視界を確保したキャリコが、近距離を漂う鏡を発見。魔導拳銃を構えて射撃する。銃撃が岩肌を跳弾し、目的の鏡を粉砕した。
キャリコが鏡を破壊したことで死角のなくなった箇所……大きな岩の影に4人は素早く移動し、エフィーリアを囲むように3人がそれぞれ盾を構える。漂う鏡は未だ前方に展開しており、3班と2班の誘導もあって漸く半分に差し掛かるかと言った所だ。
「…………」
「大丈夫か、お嬢さん」
「あ……ゼクス様、ええ……すみません」
エフィーリアの表情には疲労が浮かぶ。360°様々な方向から、常に狙われてるかもしれないというプレッシャーに苛まれながらの行軍だ。戦いに慣れていないエフィーリアの精神的な疲労は大きい。
「無理はするなよ。この作戦はお前が要だ。万全の状態で送り届ける為に俺達が居るのだから」
「はい、ロニ様……大丈夫です。ありがとうございます」
エフィーリアは大きく息を吸う。周囲から『死』に見られてる中、気持ちを落ち着ける為に、星輝から受け取ったデリンジャーを握りしめる。
(…………エニア……シェリル……)
胸の奥に、ぼうっと暖かな陽が灯るように感じた。このような過酷な戦場の中でも、彼女らの事を想う事で心が軽くなる。エフィーリアにとって、彼女らの存在はいつしかとても大きなものになっていたのだった。
(……必ず帰りますから……)
エフィーリアは決意を新たに、力の篭った瞳を開ける。
「……行きましょう、皆さん。私はもう……大丈夫です」
「了解だ。もう少し歩を進めるぞ」
言葉に応えてくれたキャリコが、点検鏡を覗き込みながらルートを算出している。ゼクスが自らの経験則をもとにポイントを割り出し、ロニが盾を用いてエフィーリアを徹底的にカバーする。これほど心強い仲間に囲まれ、エフィーリアの決意はより強固なものへとなっていく。
――――そんな心強い意識の片隅で、ぞわり、と、途轍もなく嫌な気配を、エフィーリアは感じた。
「…………あっ……!」
エフィーリアは虫の知らせにも似た予感にはっと顔を背ける。知覚してなかった背後の木の影から、光を反射する鏡が顔を出し……そして。
不気味に嗤う、『死神』の笑みを見た。
ガキィン! とアブソーブシールドに弾丸が着弾する。寸での所で、狙撃を避けられたのだった。
「野郎!」
キャリコが手にした二丁拳銃で素早く現れた鏡を破壊し、ロニがエフィーリアに駆け寄る。
「無事か?」
「はい……なんとか」
盾を通しての衝撃が大きく、ダメージを受けたエフィーリアをロニが治療する。そうしていると、宙を漂う鏡が少しずつこちらを向いてきたのだった。
「……それより、申し訳ありません、気づかれてしまったかもしれません」
「気にするな、遅かれ早かれ予想できた事だ……それよりも態勢を立て直せ、次が来るぞ」
続けざまに弾丸が飛び交ってくる。真っ先に矢面に立つロニは、ひたすらエフィーリアを鏡からの射線を遮るように立ち回る。足を踏みしめた強固な構えを取り、盾を構えるだけでなく、光の防御壁を形成してエフィーリアの背後へ配置。背後より飛来する弾丸をもカバーする。
しかしそれだけでカバーしきれる訳ではない。鏡は上空に多数浮かんでおり、それぞれが位置を変えて様々な角度から狙撃を可能にしてくる。キャリコは攻撃の瞬間に銃身にマテリアルを収束し、超速度の弾丸で鏡を貫いて破壊するが、それでもロニの防御をすり抜けてエフィーリアへと到達する弾丸が出てきた。
「っ!」
エフィーリアに向かった弾丸は、割り込んだゼクスの障壁によって弾き返されてかき消えた。爆発を伴う炸裂弾だったが、攻性防壁の衝撃によって相殺されたようだった。
「お嬢さん、怪我はないか? まだまだ多く飛んでくるぞ、気を引き締めていこう」
「はい……!」
●『死』へと走り迫れ
「報告、受け取った。聞こえるか星輝、敵がエフィーリアに勘付いた。強襲を仕掛ける、ぞ」
『あいや、承った! 攻撃が激化してくるじゃろうし、気を引き締めてかかるぞ!』
通信を切り、漂うように集合してくる鏡に向き直るオウカ。広域に展開していた鏡が、ハンター達の居る方角に集中してきたのだ。
「一班は半分以上進めたんだってな、上手く行った方か?」
「ええ……あとは突撃戦となりますね。弾幕を掻い潜って、『死神』を取り押さえに行きます……!」
降り注ぐ弾丸の雨を、聖盾で受け続けるアニスが答える。やがて2班も岩場へと差し掛かり、大きく開けた空には大量の鏡が待ち受けていた。
「長居は出来そうもないな、走るか」
「賛成だ」
空に浮かぶ鏡から鏡へ銃弾が飛び交い、様々な方向から迫る、弾丸の形をした『死』、真は身を大きく翻し、ドレスの内側に着込んだボディアーマーの上に弾丸を滑らせるように受け流して回避し、回転させた身体を素早く戻して銃を構え、射撃によって鏡を破壊。
しかし囮として引きつけている間、銃撃によって蓄積されたダメージで動きが鈍る。その隙を狙うかのように、鋭く飛来する弾丸が突き刺すような軌道で真へと迫った。
「させません!」
そこへ割って入ったのはアニスだ。盾を構え、その銃弾を弾き飛ばす。
「『死神』、貴方が死をもたらすならば……わたし達は、貴方に生を突きつけてみせましょう」
アニスは素早く態勢を立て直すと、真にフルリカバリーを行使する。暖かく、そして力強いマテリアルの癒しが、真の外傷をみるみるうちに治療していく。
「助かった、ありがとな」
「大丈夫です、このまま進軍しましょう」
身を奮い立たせ、そして心を癒やすアニスの声に、真とオウカは力強く頷き、応えるのだった。
「はは、どんどん攻撃が激しくなって来やがる! いいぜ『死神』、お前の狙撃が上か、俺の生存術が上か、勝負と行こうじゃねぇか!」
エヴァンスは続けざまに来る弾丸を退けつつ、烈しくなる戦闘に昂ぶりを感じていく。傍らのボルディアが銃で鏡を破壊して迎撃を行うも、降り注ぐ銃弾は衰える気配を見せず、たまらず岩の影に隠れる。
「流石にばれてしまったか……だが、これでやっと戦える!」
通信より聞こえてきた、エフィーリアの当たりをつけられた事実。ひふみは変装のためのローブを脱ぎ捨て、覚醒した肉体をもって宙に浮かぶ鏡に跳躍し、大斧を叩きつけて粉々に粉砕する。獰猛な動きで岩と岩の間を跳ね、あたりを飛び交う鏡をまとめて薙ぎ払い、咆哮する。
「良い勢いじゃのう、この分なら、婆の話し時間くらいはとれるかの?」
星輝は、懐より忍ばせておいた紙を取り出す。
「死神とのじゃれ合いもいいが、"上手く"やれよ、星輝」
「わかっておるわい、さて」
手裏剣にメモを挟み込み、近くを飛ぶ鏡に向かって投擲する。弧を描いて飛んだ手裏剣は正確無比に鏡へと突き刺さり、そのメモ紙が鏡側に垂れ出される。
「――――どうじゃ?」
そのメモには、『死神』へのメッセージが記されていた。
『汝ら、統べる者の意志に一つか?』
『その心、真に人を憂うが故か?』
そんな言葉のあとには、『YES』『NO』が記されていた。この鏡越しにいる存在への、問いかけだった。
「死死死死ッ! なーんだ急におかしな事をやってくると思ったら。そういや以前も居たな、このハンター、ククっ」
鏡越しに、明らかにこちらに問いかけて来ている言葉を確認し、『死神』は嗤う。
「なかなか面白いじゃねえの。戦いの最中に対話を試みてくる奴なんざ、昔はいなかったからなァ……ある意味、恐ろしい奴だな」
『死神』は笑うが、その目は笑っていない。
星輝の行動に怒った訳でも、心を動かされた訳でもない。
その目には最初から、感情と呼べるものがない。
『死神』にとって、戦いで相対した敵は殺すだけの存在だ。彼はそこに、感情や疑念を一切抱かない。そんな目で鏡越しの紙を睥睨している。
死を与える為の存在は、その銃で紙に描かれた文字を撃ち貫く。
「どっちも『No』さ。俺はただの傀儡、かといって強制されてるわけでもないがね」
『死神』は、懐から、一際大きな弾薬を取り出す。一見すればライフル弾のように見える弾丸だが、明らかに他の弾丸との規格があっていない。ずんぐりと黒い弾丸の表面には、刻みつけられたかのように『Death Scythe』という文字が掘られている。
「対広域殲滅用爆裂焼夷魔弾『デスサイズ』。さぁて、そろそろ頃合いだ。余裕も出てきたんならこいつでも喰らってけ。
――死神の鎌から逃れられるかい、ハンター共!」
そのあまりにも巨大な、本来入るはずもない大きさの弾丸は、まるで手品とでも見紛うかのように、スナイパーライフルへと装填された。
ぴたり、と銃撃の嵐が止む。
絶え間なく、多角的に飛んできていた弾丸が、なりを潜めた。
「なんだ、好機か? 今の内に進めるだけ距離を詰めておいた方が……」
「楽観的に考えるな、何か来る筈……」
至近距離での攻撃手段しか持ち得ないひふみは積極的に距離を詰めようとするが、突然出来た間隔に違和感を覚えるエヴァンス。
ぞわり、と背筋に予感が走る。何か来る。闘争を渇望し、絶望的状況だからこそ愉しむエヴァンスには、迫る脅威が直感となって己の本能を刺激してくる。
「……やべえのがくるぞ、気を引き締めろ!」
エヴァンスが叫ぶと同時に、宙空にあった鏡より、一際大きな弾丸が飛来。
次の瞬間、あらゆる音が消失した。
●『死』を乗り越えてゆけ
3班の居る方角で、大爆発が巻き起こった。立ち上るきのこ雲が、その破壊の壮絶さを表している。
もくもくと立ち上る熱を伴った煙を遠方に確認し、オウカがトランシーバーで呼びかける。
「3班! どうした、何があった。応答しろ、星輝!」
周波数が狂わされているからか、スピーカーからはザーザーとノイズが走るのみ。
「『死神』に、あんな隠し玉が……!」
遠く離れていても大気を震わす程の振動、計り知れない衝撃がここまで届いていた。
「無事だよな、あいつら……」
「死死死死、盛大な花火になっちまったなぁ」
スコープごしでなくても十分に目視できる巨大なきのこ雲を眺め、『死神』はわざとらしい笑い声をあげる。
本当は彼は、何ひとつ面白い事などない。愉快でもない。
『死』がそこに出来上がった事は、彼がこれまで積み上げてきたうちのほんの一握りでしかなく、その眼には何の感慨も宿ってはいない。
「さて、それじゃあ黒焦げの死体でも確認するかね……」
『死神』が、スコープを覗く。黒煙が立ち上るその場所に、一陣の風が吹き、煙が少しずつ晴れていき……。
「――――な」
『死神』の顔に、初めて。純粋な感情……驚きの表情が現れた。
「…………へへっ、どーよ、『死神』……お前にとっての”死神”は、見えたかよ……!」
そこに居たのは3班のメンバーだ。黒焦げではあるが、身体の各所が焼け焦げているだけであり、致命傷には至っていない。
剣を振り抜いたポーズのままニヤリと鏡に不敵な笑みを向けるエヴァンスの傍で、倒れ込んでいた星輝がハンドスプリングで飛び起きる。
「やれやれ……偶然の一致とはいえ、よくもまぁそんな莫迦な真似が出来たもんじゃのう」
「お前だっておかしな事しただろ! 偶然上手くいったからいいけどよ!」
星輝の悪態に、エヴァンスは軽い調子で返す。何が起きたか分からないといった表情で、『死神』はそこから眼を離せないでいた。
遡る事数刻前。
ワープゲートを介して出現した『デスサイズ』は、真っ直ぐ3班のもとへと飛来した。
明らかにあれは他の弾丸とは違う、誰もがそう確信しながらも、下手な迎撃行動を取る事が出来なかった。
そこで動いたのは、星輝だった。
彼女はいつの間にか鹵獲していた『鏡』の一枚を、その弾丸に向かって投げつけたのだった。
弾丸が『鏡』に当たると、再び銃弾が中継された。偶然合わせ鏡となった鏡同士は一度だけ銃弾を中継し、ほんの一瞬だけ着弾が遅れたのだった。
「お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
エヴァンスは咄嗟に固有技術『魔刃解放』を発揮し、そこを目掛けて、必殺技である残火衝天を叩き込んだ。
飛来した衝撃波は空中で『デスサイズ』を切り裂き、空中で大爆発を引き起こしたのだった。
呆気にとられる『死神』が、その耳で足音を聞いたのはそう間もない時間だ。
見通しの良い丘の上に立つ『死神』のすぐ眼下に、4人のハンターが居る。キャリコ、ロニ、ゼクス。そして、エフィーリアの姿がそこにはあった。
「……捉えました」
「タロッキ――――!」
慌ててスナイパーライフルをそちらに向けようとする『死神』だが、構えようとする手をキャリコの高加速射撃で撃ち抜かれ、スナイパーライフルを落としてしまう。そうして距離を詰めたエフィーリアが、『死神』に向けて手を翳す。
「13番目の使徒……真なる姿を、ここに!―――『アテュ・コンシェンス』!」
エフィーリアの手から放たれた光が、『死神』の核を引き出した。
●行間
戦場を渡り歩く兵士がいた。
彼の眼にはもう、生死は映っていなかった。
彼の故郷は既にない。空襲で焼け去り、瓦礫の海と化していた。
彼の記憶は、そこから定かではなかった。命の価値を忘れてしまったのは、戦争によって守りたいものを失ってしまったのが原因だった。
殺して、殺して、殺していき、戦争に勝利すれば、国が守られると。護りたかったものを守れると信じて。
彼はひたすら、目的の為の手段として、命を奪い続けたのだった。
そうして彼はクリムゾンウェストに転移する。英雄によって見出された殺す為の腕は、変わらず『守る為』に振るわれる事になる。
その英雄もまた死んでしまった、守る事も出来ず、死んでしまった。
そうか、やはり自分には死が付き纏う。
死をひたすらに翳した奴は、命を奪う事しか出来ないんだと、そう自覚するしかなかった。
自分は、死を振り翳す事で何かを変えれたのだろうか。
その尽きない自問は、やがて植え付けられた負のマテリアルと驚くほどに親和性を見出したのだった。
●『死神』と呼ばれた者が描いたものは
「…………」
男はぼうっと虚空を眺めている。どこに想いを馳せているのか、はたまた、どこも見ていないのかは分からない。エフィーリアが横に退くと、近くにいたゼクスが一歩、歩み寄る。
「俺も人殺しだからな……お前の気持ちは何となく分かるさ」
ゼクスの言葉に、男は視線だけをゼクスに向ける。
「殺し過ぎたが故に、他者の死に何時しか何も感じなくなってる。殺す事が手段ではなく、目的になった時点でそうなってしまう。護る為に殺すのも、奪う為に殺すのも、結局は命の先にあるものを求めたが故の行動だ。他の命よりも優先するものがあるから、俺らは人殺しなんだろうな」
純白の拳銃をホルスターより引き抜き、撃鉄を起こす。ゼクスはそれを、男へと突きつけた。
「……だからよ。無意味に人を殺す為に引き金を引くのは……それで終わりにしようぜ」
丘に、短い銃声が響き渡った。
「…………」
”本当は見たいんじゃないのか、な?輝きを……”
身体が光となって消えてゆく中、男は、頭の中に流れ込んできた言葉を聞いていた。
”絶望も弱さも死も、受け入れ……進む先……”
それは暖かで、かつて自分が『死神』と揶揄した少女の声。
それに気付かされる。自分が本当に見たかったもの、護りたかったもの。
最期に彼は、夢を見た。
故郷に、家族に迎えられ、友人に背を叩かれ、愛しい人を抱きしめる。
叶うはずのなかった、けれど、どうしようもなくありふれた、幸福な夢を。
依頼結果
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【質問卓】エフィーリアへの質問 ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529) 人間(リアルブルー)|25才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2017/01/17 02:33:35 |
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相談卓 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2017/01/20 06:00:14 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/01/18 10:11:39 |