ゲスト
(ka0000)
大きな少女と大きな狼
マスター:春野紅葉

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/01/18 07:30
- 完成日
- 2017/01/31 23:10
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●それは、少女には重いかもしれないけれど
「結局……私は、何も変えることが出来なかったってことですね」
ユリアは、何度目になるか分からない呟きを漏らした。ただでさえ身長と顔立ちもあって年齢よりも大人びて見えるというのに、愁いを帯びてやや俯いたようになった表情が、より一層その印象を強める。
目を閉じれば数日前のことを思い出す。雑魔の増産を行なう同郷の人々を捕えて、ハンターの方々と共に帰還したユリアがハンターオフィスに彼らを連れていくと、そこで待っていたのは10人ほどの帝国軍人だった。
その中で一番の上官に当たるという男性、トビアスはユリアにこう告げたのだ。
「ご苦労様でした。ハンターの皆さま。おかげでヴァルツァライヒの作戦を最悪な状況になる前に防ぐことが出来ました」
そう言った後、すぐにユリアたちが連れてきた3人もつれて、彼はどこか別の町へと移動していった。
そして今日、ユリアは再びこの町に来たトビアスから町の一角、祭りで使った跡地をそのままカフェに変えた店に呼び出されていた。
「もう、あの時にいた人は5人にも満たないんだ……」
待ちながら思い出されるのは、故郷から一緒に来た10人にも満たぬ大切な人達のこと。指折り数えればユリアを抜けば片手で足りてしまえる人数は、ユリアに何のためにここまで旅をしてきたのかと考えさせた。
「もう着てらっしゃいましたか、ユリアさん」
声に反応して立ち上がる。茶髪がかった20代後半の男性と、その隣に立つそれよりもやや若い女性。
「はっ、はい!トビアスさん」
「あっ、別に立ち上がらなくていいですよ……どうぞ、お座りください」
自らは椅子に座りながら、人懐っこく見える笑みを浮かべてトビアスが言う。その眼が笑っていないことに、ユリアは気付いていた。
「ユリアさん。うちの企画に賛同してこの町に来てくれて本当にありがとう。今回の一連の流れは君にはかわいそうな事をしたとこちらも思っているよ」
店員にコーヒーを頼みながら続けたトビアスは斜め後ろに立つ女性に何やら言葉をかける。女性がカバンから取り出した紙を受け取ると、それをユリアに向けて差し出してきた。「前の秘書はどうにも君達の話をどこかで聞きつけてから、今回の作戦を思いついて色々と策動したらしくてね? 分かりやすく言うと、君達は今回の事件の元凶だった」
数枚の紙をユリアに見せながら彼は笑みを絶やすことなく語り続ける。ユリアは視線を紙に落として読み進めながら、彼の言わんとすることを何となく理解しつつあった。
「まぁ、でも、今回の事件で君に責任を負わせるつもりはないんだ。君もどちらかというと被害者だからね。でも、今なお森にいるあの歪虚は潰さないといけない」
店員が持ってきたコーヒーに舌鼓をうって一呼吸置いたトビアスは、不意に笑みをおさめた。
「この町に関係する帝国の諸部署は総合してこう判断した。できることなら内々に済ませたい。分かるよね、意味」
「……私があの歪虚を討てと言う事ですね」
「まぁ、そういうことだよ。もちろん、君だけじゃなくてハンターの方々に協力を仰ぐべきだろうけど。アレを討つ仕事は君に委ねたい。君が討て。君がまいた種は、君が狩るべきだ。君は歪虚崇拝者ではないなら――出来るよね?」
「……はい」
歪虚崇拝者、その言葉を聞いた時、ユリアの胸に一瞬、ツェザールの事が思い出される。俯きそうになる顔を、崩れそうになる表情を、必死に整えて、声を出す。
「それで、あの大型歪虚を討伐したら、君達の歪虚崇拝の可能性は一切なしと見て僕たちは君達に対する一切の監視なんかをしないつもりでいる。君達は自由だ」
「自由……ですか?」
「そう、何をしてもいい。この町で暮らすのに限っては、だけどね。町長は代わる。その際には新しい町長に君のことを心配する必要はないと言っておくよ」
「ありがとう、ございます」
「乗ってくれるかい?」
小さく、ユリアは頷いた。トビアスが軽い調子で笑う声がして、立ち上がる音がした。
「ハンターオフィスにはこちらから討伐依頼を出しておくよ」
立ち去って行くトビアスらを見ながら、ユリアはその場で頭を下げ続けた。
●覚悟は決められたから
ユリアは家に帰ると、自室の机の上にずっと持ってきていた片手剣を置き、目を閉じて椅子に座り、剣に語り掛けていた。
「叔父さん……私、頑張ってみるね。怖いけど、ハンターの皆さんもいてくれるだろうから、きっと大丈夫だから」
思えば、何度死にかけただろう。その度に多くのハンターの人達に助けられた。何かが変わったとか、そう言ったことは特にない。けれど、何度も助けられた命で、為すべき責任があるならしないといけない。それは何となく思う。もうただの子供ではいられない。
「今度は、本当に死んじゃうかも……だけど」
思い出すのは荒野であったあの巨大な狼の雄叫び。あれを間近に感じながら倒さないといけない。想像するだけでゾッとした。
「力を貸してください。叔父さん」
そっと剣身を撫でる。手入れはしていても、ボロボロになっているように見える剣は、大切な形見だ。冷たい剣身を撫でていると、叔父に笑い掛けられたことを思い出せる。献身と対照的な温かい手。それを思い出すと、行ってこいと背中を押されるような気がした。
「もう、行かなきゃだよね」
剣を鞘に収めて、ひとつ深呼吸する。胸の奥がキュッとするような感覚。怖いというのとは少し違う。緊張しているような感覚に戸惑いながらも立ち上がった。
部屋を出ると、心配そうにこちらを見る母がいた。
「ユリアちゃん」
震える声でユリアの名を呼ぶ母をぎょっと抱きしめる。こんなに小さいなと、思った。まだ村を出てから数年も経っていない。どれだけこの人に無理をさせてしまったのだろうと思うと、胸がいっぱいになる。
「お母さん。行ってきます。きっと帰ってきます」
ユリアは出来る限り声を柔らかくして、詰まりそうになるのを必死にこらえながら、そう言い切った。
●戦いの幕を開こう
「今までの情報から、あの大型歪虚の咆哮にはある程度の影響力を持って小型の歪虚を従える能力があると思います。とはいえ、雑魔化した狼なんかの増殖は未然に防いだはずですから、咆哮に他の効果でもない限りは、ただの声です」
ユリアはハンターオフィスで集まったハンター達に解説をしていた。
「脚力は非常に強いですが、ハンターの方の射撃で恐らく、後ろ脚が傷ついているはずです。癒えてる可能性もなくはないですけど……多分、弱点になるでしょう。森であることも考慮すれば、逃げられる心配はあまりないと思います」
地図を広げながら、大型歪虚の代わりに用意した普通の狼の画像を使って、知っている限りの情報を提供する。
「私の知る限りの情報はここまでです。よろしくお願いします」
全ての解説を終えて、ユリアは一度、息を吐いた。
「結局……私は、何も変えることが出来なかったってことですね」
ユリアは、何度目になるか分からない呟きを漏らした。ただでさえ身長と顔立ちもあって年齢よりも大人びて見えるというのに、愁いを帯びてやや俯いたようになった表情が、より一層その印象を強める。
目を閉じれば数日前のことを思い出す。雑魔の増産を行なう同郷の人々を捕えて、ハンターの方々と共に帰還したユリアがハンターオフィスに彼らを連れていくと、そこで待っていたのは10人ほどの帝国軍人だった。
その中で一番の上官に当たるという男性、トビアスはユリアにこう告げたのだ。
「ご苦労様でした。ハンターの皆さま。おかげでヴァルツァライヒの作戦を最悪な状況になる前に防ぐことが出来ました」
そう言った後、すぐにユリアたちが連れてきた3人もつれて、彼はどこか別の町へと移動していった。
そして今日、ユリアは再びこの町に来たトビアスから町の一角、祭りで使った跡地をそのままカフェに変えた店に呼び出されていた。
「もう、あの時にいた人は5人にも満たないんだ……」
待ちながら思い出されるのは、故郷から一緒に来た10人にも満たぬ大切な人達のこと。指折り数えればユリアを抜けば片手で足りてしまえる人数は、ユリアに何のためにここまで旅をしてきたのかと考えさせた。
「もう着てらっしゃいましたか、ユリアさん」
声に反応して立ち上がる。茶髪がかった20代後半の男性と、その隣に立つそれよりもやや若い女性。
「はっ、はい!トビアスさん」
「あっ、別に立ち上がらなくていいですよ……どうぞ、お座りください」
自らは椅子に座りながら、人懐っこく見える笑みを浮かべてトビアスが言う。その眼が笑っていないことに、ユリアは気付いていた。
「ユリアさん。うちの企画に賛同してこの町に来てくれて本当にありがとう。今回の一連の流れは君にはかわいそうな事をしたとこちらも思っているよ」
店員にコーヒーを頼みながら続けたトビアスは斜め後ろに立つ女性に何やら言葉をかける。女性がカバンから取り出した紙を受け取ると、それをユリアに向けて差し出してきた。「前の秘書はどうにも君達の話をどこかで聞きつけてから、今回の作戦を思いついて色々と策動したらしくてね? 分かりやすく言うと、君達は今回の事件の元凶だった」
数枚の紙をユリアに見せながら彼は笑みを絶やすことなく語り続ける。ユリアは視線を紙に落として読み進めながら、彼の言わんとすることを何となく理解しつつあった。
「まぁ、でも、今回の事件で君に責任を負わせるつもりはないんだ。君もどちらかというと被害者だからね。でも、今なお森にいるあの歪虚は潰さないといけない」
店員が持ってきたコーヒーに舌鼓をうって一呼吸置いたトビアスは、不意に笑みをおさめた。
「この町に関係する帝国の諸部署は総合してこう判断した。できることなら内々に済ませたい。分かるよね、意味」
「……私があの歪虚を討てと言う事ですね」
「まぁ、そういうことだよ。もちろん、君だけじゃなくてハンターの方々に協力を仰ぐべきだろうけど。アレを討つ仕事は君に委ねたい。君が討て。君がまいた種は、君が狩るべきだ。君は歪虚崇拝者ではないなら――出来るよね?」
「……はい」
歪虚崇拝者、その言葉を聞いた時、ユリアの胸に一瞬、ツェザールの事が思い出される。俯きそうになる顔を、崩れそうになる表情を、必死に整えて、声を出す。
「それで、あの大型歪虚を討伐したら、君達の歪虚崇拝の可能性は一切なしと見て僕たちは君達に対する一切の監視なんかをしないつもりでいる。君達は自由だ」
「自由……ですか?」
「そう、何をしてもいい。この町で暮らすのに限っては、だけどね。町長は代わる。その際には新しい町長に君のことを心配する必要はないと言っておくよ」
「ありがとう、ございます」
「乗ってくれるかい?」
小さく、ユリアは頷いた。トビアスが軽い調子で笑う声がして、立ち上がる音がした。
「ハンターオフィスにはこちらから討伐依頼を出しておくよ」
立ち去って行くトビアスらを見ながら、ユリアはその場で頭を下げ続けた。
●覚悟は決められたから
ユリアは家に帰ると、自室の机の上にずっと持ってきていた片手剣を置き、目を閉じて椅子に座り、剣に語り掛けていた。
「叔父さん……私、頑張ってみるね。怖いけど、ハンターの皆さんもいてくれるだろうから、きっと大丈夫だから」
思えば、何度死にかけただろう。その度に多くのハンターの人達に助けられた。何かが変わったとか、そう言ったことは特にない。けれど、何度も助けられた命で、為すべき責任があるならしないといけない。それは何となく思う。もうただの子供ではいられない。
「今度は、本当に死んじゃうかも……だけど」
思い出すのは荒野であったあの巨大な狼の雄叫び。あれを間近に感じながら倒さないといけない。想像するだけでゾッとした。
「力を貸してください。叔父さん」
そっと剣身を撫でる。手入れはしていても、ボロボロになっているように見える剣は、大切な形見だ。冷たい剣身を撫でていると、叔父に笑い掛けられたことを思い出せる。献身と対照的な温かい手。それを思い出すと、行ってこいと背中を押されるような気がした。
「もう、行かなきゃだよね」
剣を鞘に収めて、ひとつ深呼吸する。胸の奥がキュッとするような感覚。怖いというのとは少し違う。緊張しているような感覚に戸惑いながらも立ち上がった。
部屋を出ると、心配そうにこちらを見る母がいた。
「ユリアちゃん」
震える声でユリアの名を呼ぶ母をぎょっと抱きしめる。こんなに小さいなと、思った。まだ村を出てから数年も経っていない。どれだけこの人に無理をさせてしまったのだろうと思うと、胸がいっぱいになる。
「お母さん。行ってきます。きっと帰ってきます」
ユリアは出来る限り声を柔らかくして、詰まりそうになるのを必死にこらえながら、そう言い切った。
●戦いの幕を開こう
「今までの情報から、あの大型歪虚の咆哮にはある程度の影響力を持って小型の歪虚を従える能力があると思います。とはいえ、雑魔化した狼なんかの増殖は未然に防いだはずですから、咆哮に他の効果でもない限りは、ただの声です」
ユリアはハンターオフィスで集まったハンター達に解説をしていた。
「脚力は非常に強いですが、ハンターの方の射撃で恐らく、後ろ脚が傷ついているはずです。癒えてる可能性もなくはないですけど……多分、弱点になるでしょう。森であることも考慮すれば、逃げられる心配はあまりないと思います」
地図を広げながら、大型歪虚の代わりに用意した普通の狼の画像を使って、知っている限りの情報を提供する。
「私の知る限りの情報はここまでです。よろしくお願いします」
全ての解説を終えて、ユリアは一度、息を吐いた。
リプレイ本文
●潜入前に
「久しぶりだね? ユーリヤちゃんだよっ」
ユーリヤ・ポルニツァ(ka5815)がユリアへと笑いかける。
「色々あったみたいだけど、行こう。おねーさんが力を貸してあげる!」
底抜けに明るく、いつも通り元気に。最後の戦いに挑む女の子にしてあげられる、自分の出来る最高の勇気づけだと信じて、少女はいつも通りの笑みを絶やさない。
「狼退治! ですなっ。レムさん達におまかせあれーってやつですよっ!」
レム・フィバート(ka6552)が朗らかに告げると、ユリアもつられるように笑っていた。
「レム・フィバートですよっ! よろしくー!」
「ユリアです。よろしくお願いします」
二人は自己紹介がてらか、そのまま少し話を始めた。
セレス・フュラー(ka6276)はその様子をやや離れたところから眺めていた。ユリアが視線に気づいて彼女の方に向くと、セレスは少しかぶりを振り、逆にユリアに問い掛ける。
「今回の大型狼……前に荒野で戦って、逃がした奴だよね?」
「はい、恐らくはそうだと思います」
「なら今度は逃がさないように、きっちり仕留めないとね」
「えぇっ! よろしくお願いします!」
少し離れた場所で玉兎 小夜(ka6009)もユリアを眺めていた。彼女から見ると、ユリアの様子はやや重い雰囲気を漂わせているように見える。
そんな静かな小夜がいる一方、今回の敵が狼型の歪虚であると知らされてからソティス=アストライア(ka6538)はやる気に満ちていた。自身も狼と名乗ることもあってか、殺意はある意味で今回の面々一ともいえた。
自己紹介が終わり、おおよその作戦も決まった頃、ハンター達はいよいよ森へ向けて町を離れていく。
●森の主、流れの狼
空が少しばかり蒼く塗られはじめた頃、草木の影から、開けた場所で眠る狼の姿を取る歪虚を、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)はじっと見つめていた。
「木々を倒して無理矢理に広場にしたのか?」
獣の周囲は自然に折れたとは思えぬへしゃげた木がいくつか倒れている。歪虚崇拝者によって開けられたのか、あるいは狼自体が無理矢理破壊したのかは分からないが、よほど大きく立ち回りでもしなければ、敵も味方も行動の制限が殆どなくて済む。
相手の動きを抑え込む場所を探そうにも、周囲を見る限り遮蔽物が多すぎて味方の連携も取りづらくなるのは目に見えていた。
「あそこで戦うしかないか」
そこまで観察すると、息を殺してその場を後にする。眠る歪虚は、こちらに気づいてないのか、あるいは気付いていても興味がないのか、そのまま眠っていた。
森の一角にてユリアは緊張した面持ちをして、胸元でぎゅっと両手を重ねるようにして握っていた。この一戦は自分を、そして村から着いて来た人たちを路頭に迷わせるかどうかの境目。自分でも分かるほどはっきりと緊張していた。
「ユリアちゃん……確かに、ユリアちゃんと村の方々の行く末を決める一戦になるかもしれませんけど……そんなに気負うことはありませんよ」
そう言って優しくなだめるように告げるのは火艶 静 (ka5731)だ。
「帝国軍人の人達が何を言おうと、ユリアちゃんが歪虚崇拝から脱却して新たな生き方を模索する村の人達に、新しい世界を齎したことに罪悪感を持つ必要はないんです」
微笑みを絶やさず、優しくそっとユリアの手を包む。その笑みが、暖かい手が、緊張がとけていく。
「ユリアちゃんがハンターになるなら歪虚との戦いはまず見てなさいって言いますねぇ。そうでないならおうちで戦果を待ってて下さいって言いたいですぅ、本当はぁ」
それに続くようにしてユリアに話しかけたのは星野 ハナ(ka5852)だ。
「ユリアちゃんは頑張ってますよぅ。私達は知ってますぅ。貴女の一歩が絶対無駄にならないように私達もお手伝いしますからぁ……今から怪我したり無理したりは駄目ですぅ、約束して下さいぃ」
「はい……お約束します」
「前衛に割り込んだら貴女を庇ってその人達が怪我することになりますぅ。私達は怪我込みで仕事ですけどぉ、それでユリアちゃんが哀しくなるのは見たくないですぅ」
「そう……ですね。私は多分、皆さんが怪我をしてしまうと辛くてたまらないと思います」
ユリアは目を閉じ弱弱しく頷いて、少し悲しげに表情を崩す。
「五体満足なまま、歪虚を打ち取ったと明るい報告をお母さんや村の仲間達に伝えるためにも決して無理はしちゃ駄目ですよ? それで……ユリアちゃんに渡しておきたい物があるんです」
続くように言った静が取り出したのは、取り回しの効く小さな盾、バックラーだった。それをユリアに手渡すと、少し頷いて見せる。
「本当はもう少し大きい方が守りが固いのですけど……重量が増して扱い難くては意味がないですからね。使って貰えますか?」
「ありがとうございます! なんだかいつも色々とお世話になってしまって……」
手に持ち、少し動かしてみながら、ユリアは嬉しそうに反面、申し訳なさそうに微笑みを浮かべる。
「いいえ。これも生きて帰る為ですよ」
そう静が返答すると、ユリアもはい、と笑いながら返す。
「消滅前に最後の反撃があると思いますけどぉ、狙い目はそこですねぇ。タイミングは教えますからぁ。ユリアちゃんはそこで攻撃をして下さいねぇ」
「分かりました……!」
腰に挿した短剣に触れながら、ユリアが頷いた。三人が話していると、ふと木々の間からアルトが姿を現わし、一同を集め、そのまま敵との状況を説明していく。
「ではとりあえずは事前に決めていた通り、私とユーリヤでファイアエンチャントをかけ、敵にウィンドガストをかける。その後に攻撃という形でいいか?」
ソティスの確認に一同が同意すると、いよいよ動き出す。
●開戦、強襲
アルトに続くような形で狼の場所までたどり着いたハンター達は、すぐさま陣形を整えた。肝心の狼は呑気なのか、あるいは気付いていないのかハンター達の方を見向きもせず眠りについている。
ソティスは攻撃手たる仲間達へ向けて魔法を唱えた。それに続くようにしてユーリヤも同じように魔法を唱える。前衛を務めるアルト、静、レム、小夜の4人の武器に炎が取り巻いていく。
それに続くようにして、風の加護を味方に与える魔法を狼に向けて放った。しかし輝く風は狼へと定着せず、そのままどこかへと四散していく。
「っ……、流石に厳しいか。だが構わん、焼き殺してくれる!」
狼の様子を見て小さくつぶやくと、自身の前方に魔法陣を展開し、青白い炎を纏った狼の姿を取るエネルギー体を召喚する。狼は口から火球を吐き狼に向けて発射すると、その場で霧散していく。火球が敵にぶつかると、少し顔を振りながら狼が目を開いた。
「ヴォーパルバニーは貫きて尚貫かん」
狼の挙動に対して、小さく、冷たく、小夜が呟く。抜き放たれた漆黒の巨大刀を構えて、呼吸を整える。
「これは引き掴む鉤爪。龍からは首を、勇士へは首を!」
黒の残像を残して刀が虚空を走り――気づいた時には狼の正面、その空間を丸々抉るように斬撃が放たれた。
小夜の側頭部に覚醒したことで生えた雪のように白いロップイヤーと、そこからうける愛らしい印象とは裏腹に、凄まじい鋭さを持った一撃を受けた瞬間、狼は痛みからか雄叫びを上げ立ち上がる。憤怒からか、猛る狼は目に着いたハンター達に向けて突っ込んでくる。
燃え盛る炎のようなオーラが一瞬、鳥を象り、全身と武器を覆っていく。いつの間にか髪を腰まで伸び、色もオーラと同じ赤へと変質させたアルトは、集中するほど、周囲に陽炎を産み出しながら、相手を観察し、間合いを確かめていく。
そして、狼との距離を見極めたかと思うと――次の瞬間には自身の残像さえ吹き飛ばさんばかり速度で駆けた。その上で、自身以外が取り残されたかのような高速の中、超重刀「ラティスムス」を抜き、狼とのすれ違いざまに切り刻む。確かな肉の感触を身に感じながら動きを緩めると、血飛沫が敵の右前足辺りを濡らすのが見えた。
駆け、こちらへと接近しつつあった敵がアルトの攻撃による痛みからか動きを止めた時、レムの準備は出来ていた。
「きほんほーしんその一! 真っすぐ行ってぶっ飛ばす!!」
練り上げられたマテリアルで自身を強化して、更に炎を纏う鉄拳を握り調子を確かめると、最短距離で真っ直ぐに、狼に向けて拳を放つ。拳は狼の右頬を抉るように叩きつけられる。一瞬よろめいたものの、狼は流石にまだ余裕があるようだった。
アルトが右足方面で高速移動を繰り返しながら攻撃し、静がそれを補佐しつつもユリアを護るように攻撃を重ね、小夜、ソティス、セレスの3人が弱点たる右側から攻撃していく。避けようとすればアルトやセレスが地面に向けて鞭を叩きつけ一瞬怯ませる。ハンター達の攻勢は完全な形になりつつあった。
●咆哮、森を揺らす
戦闘が続く中、幾つかの反撃を受けながらも、ハンター達の攻勢はほぼ揺るぎがない。
そんな時だった。不意に、狼が後ろに向けて跳躍して後退したかと思うと、小夜の方に顔を向ける。
大きく口を開くと、次の瞬間、まるで実際に重さがあるかのような重低音の雄叫びが小夜に襲い掛かる。ちょうど切りつけた直後、やや隙がある段階のそれに、僅かに動きを鈍らせる。そこにユーリヤが放った火の矢が狼に炸裂した。思わず狼が顔を背けると、それと同時に小夜の重みはかき消える。
「その口閉じてろ、この駄犬!」
明確な苛立ちを露わにした小夜の包帯を帯びた腕が狼の顎を捉えた。その衝撃で狼の身体がゆっくりと大地に倒れていく。そこに向けて、後衛の者達が放った炎の矢が突き立って行く。
もはや消える寸前の、ボロボロの姿になりながら、狼が再び立ち上がる。再度の雄叫び、一切の力さえ籠められていないその咆哮は、消滅寸前の獣の断末魔のよう。
「今回のケリをつけるためには、トドメは君がすべきだよ」
狼との間合いで刀を構えるアルトは、少しだけ視線を後ろのユリアへ向けて言った。
「ユリアちゃん!」
ユリアの背後から聞こえたハナの声。
「我々よりよほどユリアが適任だろう」
続くようにソティスが言う。
「はい……! ありがとうございます」
ユリアは言うと、真っ直ぐ狼の前へと歩み寄る。ぎらりとした獣の瞳に、心の奥から溢れそうになる恐怖に、思わず心臓が高鳴っていく。狼が再び口を開く。しかし、そこに飛来したコウモリ型の武器が狼の顔に爪や牙を突き立てると、それに震えるようにして閉口した。
それを見ながら深呼吸して――ユリアはまっすぐに剣を突きだした。紅蓮の焔に彩られた短剣は、狼の頭部に突き刺さると、火花を散らしながら、獣の身体を大地にひれ伏させた。狼の身体は、そのままやがて塵と化して消滅する。
「……終わったみたいだね。お疲れ様!」
ユーリヤが笑顔でユリアへと近づき、慈愛の籠った笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。本当に……皆さんのおかげです」
「よく頑張りましたねぇ、ユリアちゃん。これで少なくとも、今のユリアちゃんみたいに悲しい思いをする人が増えることはなくなりましたぁ」
そう言ってハナはぎゅっとユリアを抱きしめ、背中をぽむぽむと叩く。
「はいっ……、これで。終わりなんですよね」
「終わったけど、このまま森にいるよりも帰った方が良いと思うよ?」
ホッとして涙ぐむユリアが落ち着くまで待った後、レムがそう告げる。
「森の動物に襲われる可能性もなくはないだろうし、帰ってからの方が良いんじゃないかなーとあたしも思うよ」
セレスが同意すると、一同は立ち上がり、帰路についた。後には狼がたしかにそこにいた証拠ともいえるなぎ倒された木や抉り取れた大地があるのみ。いつか風化するまでは、そこで戦いがあった事はきっと訪れた者は気付くだろう。
●いつかまた
戦いを終わらせた一同が町に帰還すると、その日はハンターオフィスへの報告で終わった。町の行為でその日の晩を泊まらせてもらったハンター達は、翌日の朝、各々の元いた場所に帰るべく門の前にいた。
「皆さん、本当にありがとうございました!」
そういって頭を下げるユリアの表情は憑き物がとれたようにすっきりしていた。
「元気になったみたいですな!」
楽しそうに笑うレムに頷き、ユリアは微笑みを返す。
「もっとお話してみたかったです。今度は今回みたいに私が落ち込んでない時に……」
うんうんと頷くレムとそっと手を握る。
「けじめが付けられたようで何よりだ」
レムの隣に来たソティスの手には町で買った棒に刺さった甘味が握られている。
「はい。ありがとうございました……。そのデザート気に入ってもらえましたか?」
「ああ……この調子だと帰るころには食べ終わってしまいそうだが」
「元々一本に刺さってる量が少ないですから……もし良かったら、また来てください」
頷くソティスとも握手を交わすと、二人とその場でわかれる。
「ユリアちゃん……」
「はいっ」
聞きなれた声に振り返って、ユリアは笑う。
「幸せですか……?」
「今はちょっとだけ。まだまだしないといけないことは山積みですけど……その時は、もしよければ、またお手伝いをお願いします」
静の問いに答えるユリアの声は、どこか芯が通っているようだった。微笑みを浮かべて、しっかりとそう返す。彼女への感謝は言い切れない程ある。そっと数秒抱き合って、その場で別れた。
「ユリアちゃん。おはようございますぅ」
「おはようございます。今回もありがとうございました」
「元気になったみたいですねぇ。昨日も言いましたけどぉ。無理だけはしないでくださいねぇ?」
「はい……頑張ってみます」
二人は笑って、もう一度ハグをしあい、手を振りながらそっと別れた。
「ユリア」
「はっ、はいっ! アルトさんにもお世話になりました」
ぺこりと頭を下げる。
「いや、良いんだ。それよりも君に言っておきたい事があってね」
「言っておきたい事……ですか」
「ああ。……覚悟を決め、戦っていくことをお決めたのならば、自身の決断の一つ一つは背負っていかなきゃいけない。たとえそれがどんな結末だとしても」
「……はい。今は理解してます」
「でも自分が一人でもないことも忘れないで」
「……はいっ」
真剣なまなざしで語るアルトに対して、ユリアは大きく頷いた。
「セレスさん、ユーリヤさん、小夜さんもありがとうございました。もっとお話ししたかったです。いつでも来てください」
そこまで言うと、ユリアは一度、言葉を止めて、全員の方を見た。
「それにきっと、またハンターさんにお願いすることも出てくると思います。またいつか、もしよかったら力添え下さい」
そう言って笑うユリアの顔は、今日一番の輝きを放っているように見えた。
「久しぶりだね? ユーリヤちゃんだよっ」
ユーリヤ・ポルニツァ(ka5815)がユリアへと笑いかける。
「色々あったみたいだけど、行こう。おねーさんが力を貸してあげる!」
底抜けに明るく、いつも通り元気に。最後の戦いに挑む女の子にしてあげられる、自分の出来る最高の勇気づけだと信じて、少女はいつも通りの笑みを絶やさない。
「狼退治! ですなっ。レムさん達におまかせあれーってやつですよっ!」
レム・フィバート(ka6552)が朗らかに告げると、ユリアもつられるように笑っていた。
「レム・フィバートですよっ! よろしくー!」
「ユリアです。よろしくお願いします」
二人は自己紹介がてらか、そのまま少し話を始めた。
セレス・フュラー(ka6276)はその様子をやや離れたところから眺めていた。ユリアが視線に気づいて彼女の方に向くと、セレスは少しかぶりを振り、逆にユリアに問い掛ける。
「今回の大型狼……前に荒野で戦って、逃がした奴だよね?」
「はい、恐らくはそうだと思います」
「なら今度は逃がさないように、きっちり仕留めないとね」
「えぇっ! よろしくお願いします!」
少し離れた場所で玉兎 小夜(ka6009)もユリアを眺めていた。彼女から見ると、ユリアの様子はやや重い雰囲気を漂わせているように見える。
そんな静かな小夜がいる一方、今回の敵が狼型の歪虚であると知らされてからソティス=アストライア(ka6538)はやる気に満ちていた。自身も狼と名乗ることもあってか、殺意はある意味で今回の面々一ともいえた。
自己紹介が終わり、おおよその作戦も決まった頃、ハンター達はいよいよ森へ向けて町を離れていく。
●森の主、流れの狼
空が少しばかり蒼く塗られはじめた頃、草木の影から、開けた場所で眠る狼の姿を取る歪虚を、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)はじっと見つめていた。
「木々を倒して無理矢理に広場にしたのか?」
獣の周囲は自然に折れたとは思えぬへしゃげた木がいくつか倒れている。歪虚崇拝者によって開けられたのか、あるいは狼自体が無理矢理破壊したのかは分からないが、よほど大きく立ち回りでもしなければ、敵も味方も行動の制限が殆どなくて済む。
相手の動きを抑え込む場所を探そうにも、周囲を見る限り遮蔽物が多すぎて味方の連携も取りづらくなるのは目に見えていた。
「あそこで戦うしかないか」
そこまで観察すると、息を殺してその場を後にする。眠る歪虚は、こちらに気づいてないのか、あるいは気付いていても興味がないのか、そのまま眠っていた。
森の一角にてユリアは緊張した面持ちをして、胸元でぎゅっと両手を重ねるようにして握っていた。この一戦は自分を、そして村から着いて来た人たちを路頭に迷わせるかどうかの境目。自分でも分かるほどはっきりと緊張していた。
「ユリアちゃん……確かに、ユリアちゃんと村の方々の行く末を決める一戦になるかもしれませんけど……そんなに気負うことはありませんよ」
そう言って優しくなだめるように告げるのは火艶 静 (ka5731)だ。
「帝国軍人の人達が何を言おうと、ユリアちゃんが歪虚崇拝から脱却して新たな生き方を模索する村の人達に、新しい世界を齎したことに罪悪感を持つ必要はないんです」
微笑みを絶やさず、優しくそっとユリアの手を包む。その笑みが、暖かい手が、緊張がとけていく。
「ユリアちゃんがハンターになるなら歪虚との戦いはまず見てなさいって言いますねぇ。そうでないならおうちで戦果を待ってて下さいって言いたいですぅ、本当はぁ」
それに続くようにしてユリアに話しかけたのは星野 ハナ(ka5852)だ。
「ユリアちゃんは頑張ってますよぅ。私達は知ってますぅ。貴女の一歩が絶対無駄にならないように私達もお手伝いしますからぁ……今から怪我したり無理したりは駄目ですぅ、約束して下さいぃ」
「はい……お約束します」
「前衛に割り込んだら貴女を庇ってその人達が怪我することになりますぅ。私達は怪我込みで仕事ですけどぉ、それでユリアちゃんが哀しくなるのは見たくないですぅ」
「そう……ですね。私は多分、皆さんが怪我をしてしまうと辛くてたまらないと思います」
ユリアは目を閉じ弱弱しく頷いて、少し悲しげに表情を崩す。
「五体満足なまま、歪虚を打ち取ったと明るい報告をお母さんや村の仲間達に伝えるためにも決して無理はしちゃ駄目ですよ? それで……ユリアちゃんに渡しておきたい物があるんです」
続くように言った静が取り出したのは、取り回しの効く小さな盾、バックラーだった。それをユリアに手渡すと、少し頷いて見せる。
「本当はもう少し大きい方が守りが固いのですけど……重量が増して扱い難くては意味がないですからね。使って貰えますか?」
「ありがとうございます! なんだかいつも色々とお世話になってしまって……」
手に持ち、少し動かしてみながら、ユリアは嬉しそうに反面、申し訳なさそうに微笑みを浮かべる。
「いいえ。これも生きて帰る為ですよ」
そう静が返答すると、ユリアもはい、と笑いながら返す。
「消滅前に最後の反撃があると思いますけどぉ、狙い目はそこですねぇ。タイミングは教えますからぁ。ユリアちゃんはそこで攻撃をして下さいねぇ」
「分かりました……!」
腰に挿した短剣に触れながら、ユリアが頷いた。三人が話していると、ふと木々の間からアルトが姿を現わし、一同を集め、そのまま敵との状況を説明していく。
「ではとりあえずは事前に決めていた通り、私とユーリヤでファイアエンチャントをかけ、敵にウィンドガストをかける。その後に攻撃という形でいいか?」
ソティスの確認に一同が同意すると、いよいよ動き出す。
●開戦、強襲
アルトに続くような形で狼の場所までたどり着いたハンター達は、すぐさま陣形を整えた。肝心の狼は呑気なのか、あるいは気付いていないのかハンター達の方を見向きもせず眠りについている。
ソティスは攻撃手たる仲間達へ向けて魔法を唱えた。それに続くようにしてユーリヤも同じように魔法を唱える。前衛を務めるアルト、静、レム、小夜の4人の武器に炎が取り巻いていく。
それに続くようにして、風の加護を味方に与える魔法を狼に向けて放った。しかし輝く風は狼へと定着せず、そのままどこかへと四散していく。
「っ……、流石に厳しいか。だが構わん、焼き殺してくれる!」
狼の様子を見て小さくつぶやくと、自身の前方に魔法陣を展開し、青白い炎を纏った狼の姿を取るエネルギー体を召喚する。狼は口から火球を吐き狼に向けて発射すると、その場で霧散していく。火球が敵にぶつかると、少し顔を振りながら狼が目を開いた。
「ヴォーパルバニーは貫きて尚貫かん」
狼の挙動に対して、小さく、冷たく、小夜が呟く。抜き放たれた漆黒の巨大刀を構えて、呼吸を整える。
「これは引き掴む鉤爪。龍からは首を、勇士へは首を!」
黒の残像を残して刀が虚空を走り――気づいた時には狼の正面、その空間を丸々抉るように斬撃が放たれた。
小夜の側頭部に覚醒したことで生えた雪のように白いロップイヤーと、そこからうける愛らしい印象とは裏腹に、凄まじい鋭さを持った一撃を受けた瞬間、狼は痛みからか雄叫びを上げ立ち上がる。憤怒からか、猛る狼は目に着いたハンター達に向けて突っ込んでくる。
燃え盛る炎のようなオーラが一瞬、鳥を象り、全身と武器を覆っていく。いつの間にか髪を腰まで伸び、色もオーラと同じ赤へと変質させたアルトは、集中するほど、周囲に陽炎を産み出しながら、相手を観察し、間合いを確かめていく。
そして、狼との距離を見極めたかと思うと――次の瞬間には自身の残像さえ吹き飛ばさんばかり速度で駆けた。その上で、自身以外が取り残されたかのような高速の中、超重刀「ラティスムス」を抜き、狼とのすれ違いざまに切り刻む。確かな肉の感触を身に感じながら動きを緩めると、血飛沫が敵の右前足辺りを濡らすのが見えた。
駆け、こちらへと接近しつつあった敵がアルトの攻撃による痛みからか動きを止めた時、レムの準備は出来ていた。
「きほんほーしんその一! 真っすぐ行ってぶっ飛ばす!!」
練り上げられたマテリアルで自身を強化して、更に炎を纏う鉄拳を握り調子を確かめると、最短距離で真っ直ぐに、狼に向けて拳を放つ。拳は狼の右頬を抉るように叩きつけられる。一瞬よろめいたものの、狼は流石にまだ余裕があるようだった。
アルトが右足方面で高速移動を繰り返しながら攻撃し、静がそれを補佐しつつもユリアを護るように攻撃を重ね、小夜、ソティス、セレスの3人が弱点たる右側から攻撃していく。避けようとすればアルトやセレスが地面に向けて鞭を叩きつけ一瞬怯ませる。ハンター達の攻勢は完全な形になりつつあった。
●咆哮、森を揺らす
戦闘が続く中、幾つかの反撃を受けながらも、ハンター達の攻勢はほぼ揺るぎがない。
そんな時だった。不意に、狼が後ろに向けて跳躍して後退したかと思うと、小夜の方に顔を向ける。
大きく口を開くと、次の瞬間、まるで実際に重さがあるかのような重低音の雄叫びが小夜に襲い掛かる。ちょうど切りつけた直後、やや隙がある段階のそれに、僅かに動きを鈍らせる。そこにユーリヤが放った火の矢が狼に炸裂した。思わず狼が顔を背けると、それと同時に小夜の重みはかき消える。
「その口閉じてろ、この駄犬!」
明確な苛立ちを露わにした小夜の包帯を帯びた腕が狼の顎を捉えた。その衝撃で狼の身体がゆっくりと大地に倒れていく。そこに向けて、後衛の者達が放った炎の矢が突き立って行く。
もはや消える寸前の、ボロボロの姿になりながら、狼が再び立ち上がる。再度の雄叫び、一切の力さえ籠められていないその咆哮は、消滅寸前の獣の断末魔のよう。
「今回のケリをつけるためには、トドメは君がすべきだよ」
狼との間合いで刀を構えるアルトは、少しだけ視線を後ろのユリアへ向けて言った。
「ユリアちゃん!」
ユリアの背後から聞こえたハナの声。
「我々よりよほどユリアが適任だろう」
続くようにソティスが言う。
「はい……! ありがとうございます」
ユリアは言うと、真っ直ぐ狼の前へと歩み寄る。ぎらりとした獣の瞳に、心の奥から溢れそうになる恐怖に、思わず心臓が高鳴っていく。狼が再び口を開く。しかし、そこに飛来したコウモリ型の武器が狼の顔に爪や牙を突き立てると、それに震えるようにして閉口した。
それを見ながら深呼吸して――ユリアはまっすぐに剣を突きだした。紅蓮の焔に彩られた短剣は、狼の頭部に突き刺さると、火花を散らしながら、獣の身体を大地にひれ伏させた。狼の身体は、そのままやがて塵と化して消滅する。
「……終わったみたいだね。お疲れ様!」
ユーリヤが笑顔でユリアへと近づき、慈愛の籠った笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。本当に……皆さんのおかげです」
「よく頑張りましたねぇ、ユリアちゃん。これで少なくとも、今のユリアちゃんみたいに悲しい思いをする人が増えることはなくなりましたぁ」
そう言ってハナはぎゅっとユリアを抱きしめ、背中をぽむぽむと叩く。
「はいっ……、これで。終わりなんですよね」
「終わったけど、このまま森にいるよりも帰った方が良いと思うよ?」
ホッとして涙ぐむユリアが落ち着くまで待った後、レムがそう告げる。
「森の動物に襲われる可能性もなくはないだろうし、帰ってからの方が良いんじゃないかなーとあたしも思うよ」
セレスが同意すると、一同は立ち上がり、帰路についた。後には狼がたしかにそこにいた証拠ともいえるなぎ倒された木や抉り取れた大地があるのみ。いつか風化するまでは、そこで戦いがあった事はきっと訪れた者は気付くだろう。
●いつかまた
戦いを終わらせた一同が町に帰還すると、その日はハンターオフィスへの報告で終わった。町の行為でその日の晩を泊まらせてもらったハンター達は、翌日の朝、各々の元いた場所に帰るべく門の前にいた。
「皆さん、本当にありがとうございました!」
そういって頭を下げるユリアの表情は憑き物がとれたようにすっきりしていた。
「元気になったみたいですな!」
楽しそうに笑うレムに頷き、ユリアは微笑みを返す。
「もっとお話してみたかったです。今度は今回みたいに私が落ち込んでない時に……」
うんうんと頷くレムとそっと手を握る。
「けじめが付けられたようで何よりだ」
レムの隣に来たソティスの手には町で買った棒に刺さった甘味が握られている。
「はい。ありがとうございました……。そのデザート気に入ってもらえましたか?」
「ああ……この調子だと帰るころには食べ終わってしまいそうだが」
「元々一本に刺さってる量が少ないですから……もし良かったら、また来てください」
頷くソティスとも握手を交わすと、二人とその場でわかれる。
「ユリアちゃん……」
「はいっ」
聞きなれた声に振り返って、ユリアは笑う。
「幸せですか……?」
「今はちょっとだけ。まだまだしないといけないことは山積みですけど……その時は、もしよければ、またお手伝いをお願いします」
静の問いに答えるユリアの声は、どこか芯が通っているようだった。微笑みを浮かべて、しっかりとそう返す。彼女への感謝は言い切れない程ある。そっと数秒抱き合って、その場で別れた。
「ユリアちゃん。おはようございますぅ」
「おはようございます。今回もありがとうございました」
「元気になったみたいですねぇ。昨日も言いましたけどぉ。無理だけはしないでくださいねぇ?」
「はい……頑張ってみます」
二人は笑って、もう一度ハグをしあい、手を振りながらそっと別れた。
「ユリア」
「はっ、はいっ! アルトさんにもお世話になりました」
ぺこりと頭を下げる。
「いや、良いんだ。それよりも君に言っておきたい事があってね」
「言っておきたい事……ですか」
「ああ。……覚悟を決め、戦っていくことをお決めたのならば、自身の決断の一つ一つは背負っていかなきゃいけない。たとえそれがどんな結末だとしても」
「……はい。今は理解してます」
「でも自分が一人でもないことも忘れないで」
「……はいっ」
真剣なまなざしで語るアルトに対して、ユリアは大きく頷いた。
「セレスさん、ユーリヤさん、小夜さんもありがとうございました。もっとお話ししたかったです。いつでも来てください」
そこまで言うと、ユリアは一度、言葉を止めて、全員の方を見た。
「それにきっと、またハンターさんにお願いすることも出てくると思います。またいつか、もしよかったら力添え下さい」
そう言って笑うユリアの顔は、今日一番の輝きを放っているように見えた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/01/12 20:18:15 |
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作戦相談卓 玉兎 小夜(ka6009) 人間(リアルブルー)|17才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2017/01/17 13:36:33 |