前衛陣地、奪還(という名の……)

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/01/24 19:00
完成日
2017/02/01 07:41

みんなの思い出

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オープニング

 抜ける様な蒼い空の下、どこまでも広がる枯草の草原を吹き渡る風に乗って── どこか遠くから、遠雷の如く。鈍く、重々しい音が周囲に響き渡っていた。
 大砲をつるべ撃ちにした様な、連続した発砲音。龍が咆哮するかの如く空気を震わせる重低音── 紅き世界の者には聞き慣れぬそれらのサウンドは、この空の如き『蒼き世界』より来訪せし異界の巨人『CAM』が30mm砲を連射し、スラスターからマテリアルを推進剤として吐き出す音だった。どこか近くの戦場で、からくりで出来た人の化身が空と大地を駆け抜け、敵を駆逐していく軍楽だ。

 王国西方リベルタース地方── この地は現在、グラズヘイム王国・ハルトフォート砦の兵力が大きく展開し、羊型歪虚に対する大規模な残党狩りが行われていた。
 ここより南方、港町ガンナ・エントラータ郊外にて行われた黒大公ベリアルとの戦い──その決戦に、マーロウ大公率いる王国軍は勝利した。その際、黒大公が率いた羊型歪虚も、生き残りの多くは逃げ出した主を追って、ここ、リベルタースに辿り着いた。
 事ここに至っても、羊たちは健気に彼らの主を追い続けた。再起の目があると信じているのか、或いは、主に殉じようというのか…… それは歪虚ならざる人の身には分からない。
 ただ、人類には、彼らを主の元へ帰す気など毛頭なかった。
 黒大公ベリアルは、王国と王女殿下が受けた屈辱の象徴だった。ホロウレイドの戦いでは国王を初め多くの騎士が討ち取られ。先年には王権の象徴たる王都イルダーナが襲撃され、王国1000年の歴史の中でただの一度も敵手に塗れることのなかった白亜の城壁が抜かれた。
 王国軍の前にそびえる、圧迫の高き壁──それがベリアルという存在だった。
 だが、その一端が、崩れた。黒大公は敗走し、その軍勢は散り散りになって、このリベルタースに逃げてきた。
 ハルトフォート砦の王国軍は勇んで軍を展開した。
 砦に駐屯する兵力は、ハルトフォートとこの地を固守する為、先の決戦に参加することはできなかった。今回の追い打ちは、その鬱憤を晴らす機会であった。更に言えば、彼らが守るこのリベルタースの大地は、ホロウレイドの戦いの舞台であり……国土を、このリベルタースの大地の大半を失陥する端緒となった地でもあった。
 故に、黒大公はこの地、この時、我らの手によって討たねばならぬ。
 喪われた大地を人の手に── 故郷を我らの手に、取り戻さねばならぬ。

 ……リベルタースに展開した王国軍兵士の想いを大まかに表現するとしたら、概ねそのようなものであっただろう。
 とは言え、全ての兵士がその様な気分であったかといえば、無論、その様なことはなく。例えば、砦の一員として属し、普段、西の海岸線で歪虚本拠地イスルダ島を監視している一分隊、ジャスパー・ダービーとその部下たちからすれば、今からこの場で行われようとしている戦いも、これまで歪虚を相手に戦ってきた普通の戦闘となんら変わりはない。
「右翼配置の義勇兵、前進を開始しました。……明らかな命令違反です」
 部下の一人、『臆病者の』ルイ・セルトンの報告に、ジャスパーは大きく舌を打った。
 今、自分の隊の右前方を正面へ──ベリアル上陸に際して放棄した前衛陣地。即ち、俺ら『防人』たちの古巣の跡──進んでいく民兵の一団は、大公マーロウの手によって送り込まれた義勇兵たちだった。そのほぼ全てがリベルタースの出身者で占めており、有り余るその戦意から今回の様な命令違反が起きるかもしれない事が、正規軍人たちに危惧されていた。
「どうします?」
 不安そうな顔を向けてくる若い部下に、ほっとけ。と投げやりに放言しつつ、舶来物の双眼鏡でジッと陣地に目を凝らす。
 どうせ無人、と高を括って前進を始めた『素人』たちは、案の定、陣地からの射撃によってただ一撃で蹴散らされた。羊型歪虚は飛び道具を持たぬと思い込んでいたのだろう。予想外の攻撃に這う這うの態で逃げ戻ってくる。
「……角をパチンコ代わりにしている羊が塹壕にいる。射手とパチンコ役、2人1組で計4人。銃座が2つと考えれば、どうやら敵勢は多くない」
「……本当ですか? 他の方面を守る『銃座』たちもいて、攻撃を始めた途端、こっちに駆けつけて来るってことは……?」
「来るだろうな。屋根の上の高所ではなく塹壕に潜んでいたということは、身を隠す以外に左右への移動も計算に入れてのことだろう。……ということは、やっぱり敵の数は多くない。十分な戦力があるなら、最初から有利な高所に(或いは両方に)銃座を敷く」
 逃げて来る義勇兵たちを他隊に任せっきりで、陣地を見ながら議論を交わすジャスパーとロイ。この若い部下は臆病であるが故に、あらゆる危険性──突拍子もない可能性まで──を言葉に羅列する癖の様なものがあった。一人の戦士としては頼りないことこの上ないが、状況を整理する時には役に立つ。
「数が少ない…… だったらぁ、さっさと突撃してさっさと片付けちゃいましょうよぉー。一刻も早くぅ、ミケちゃんとトラちゃんを助け出さないとぉ」
 一方、呑気な口調でのんびりと意見具申(というほど立派なものでもない)をしてきたのは、部下の女兵士、ノエラ・ソヌラ。のんびり屋……というより、頭のネジが1本、緩んでいるような女であるが、剣の腕(だけ)なら隊で並ぶもののない使い手であるという現実がなんともはや…… ちなみに、彼女の言うミケとトラと言うのは、彼女が撤収時に宿舎に忘れてきたぬいぐるみの名前である。故に、彼女が具申した『一刻も早い救出作戦』の実施は当然、却下する。
「でも、数が少ないと言っても、それは『銃座』に限った話ですよね? 陣地の中には大量に近接戦型が溢れている可能性も…… それに、他所から集まってくれば、ここの正面の銃座も数は揃うんですよね?」
「……まあ、な。合理的に考えれば、その様な可能性は低いはずだが……」
「えぇーっ!? そんなんなったら面倒くさいぃー」
 ロイとのやり取りに、ノエラが口を挟んで不満を漏らす。
「あ。だったら、あのCAMとかいう巨人に陣地ごとどっかーんしてもらいましょうよぅ」
「お前な。あれ、俺たちの寝床だぞ? あんなデカブツに戦わせたら、何もかも瓦礫の山だぞ」
「いぃじゃないですか。きれいさっぱり」
「……お前のミケちゃんとトラちゃんとやらもきれいさっぱりになっちまうぞ?」
「あ、うそうそ。うそですごめんなさい」

 一方、前衛陣地──
 塹壕に籠った『銃座』たる羊たちは、前方の敵と後方を交互に見やりながら、困ったように呟いていた。
「あいつら、いったいどうしてしまったメェ? せっかくここまで来たというのに……」
「戦う気のない奴らはほっとくメェ…… 今はどうやってこの場を切り抜けるかメェ……!」

リプレイ本文

 王国西部リベルタース地方、某前衛陣地東──
 義勇兵たちが独断専行した先の戦い以降、現場には戦場とは思えぬ平穏な空気が漂っていた。
 陣地を警戒監視する一隊を残し、昼食を取り始める兵隊たち── そんな人間たちの様子を、塹壕の中から落ち着かない様子で見張り続ける羊型歪虚たちの視線の先で、ハンターたちもまたのんびりとした様子を見せていた。
「ベリアルたあ、いつかの王都侵攻以来に聞いた名だ。まだ生きていやがったたァ生き意地汚ェ野郎だぜ」
「羊さんたらまだ元気だったのねえ。そろそろ落ち目かと思っていたけど。ふふ、酒の肴程度の話題にはなるかしら」
 食事の終わった後、地面に座って時間潰しのカードをしながら、猟撃士のJ・D(ka3351)とケイ(ka4032)がポーカーフェイスで羊たちの方を見やり、呟いた。
 数か月前、大群を擁して上陸してきた歪虚ベリアルと羊たちは、しかし、王国軍との決戦に敗れ、今や敗残の群れと化していた。散り散りになり、バラバラになり、目の前の陣地にも、恐らく、僅かな数しか残っていない。
「ちゃっちゃと陣地をダッシュして超絶大成功! ……ってしたいとこですけれど」
 既にカードに敗退し、思わず宙に放り投げた自分のカードをせっせと拾い集めながら、松瀬 柚子(ka4625)が陣地の方を見やりながら「んー……」とその小首を傾げる。
「……なーんか、きな臭いっていうか…………ヤな予感、するんですよねぇ」
 呟く柚子の頭にポンと手を乗せ、「だから事前に入念な準備をするんだろう」とニヒルに笑い掛けるJ・D。その言葉に応じたわけではなかろうが、上空から陣地の様子を観察していた桜型妖精のあんずちゃんがクルリと背後を振り返った。
 その視線が、何本もの細い丸太を担いだ兵隊たち──ハンターたちの要請を受け、近くの林から切り出してきたのだ──の姿を捉える。『ファミリアズアイ』によってその視覚を共有していたメイム(ka2290)が小隊長ジャスパーにそれを報せ、兵たちに休憩時間の終わりを告げた。
「敵は陣地の東西南北に羊を4匹ずつ配置しているよ。正面の塹壕には間隔を開けて『銃座』が2つ。迅速に撃破するなら、二手に分かれた方が早いと思う」
 またここでも大工仕事をする羽目になろうとは──そんな事を呟きながら、兵たちに交じって丸太に斧を振り下ろすクルス(ka3922)らを背景に。メイムが各小隊の長たちへ、確認し得た情報を元に今後の方針の意見具申する。
「陣地の中に敵影は?」
「人影(羊影?)がちらほら見えたけど、殆ど誰の姿もなかった。……あまりに数が少なすぎるというのには同意だよ。ルイさんの言うように屋内に隠れている可能性もあるけど……」
「ともかく、やってみなくちゃ始まらない、か……」
 ジャスパーの言葉に、『騎士』ユナイテル・キングスコート(ka3458)が頷いた。何にせよ、陣地を取り返すにはまず、あの『銃座』たちをなんとかしなければならない。
「敵は寡兵なりと言えど頑強です。ここは一気に叩きましょう」
 策が決まる。こちらは全小隊をもって敵の一辺に対して正面から攻撃を仕掛ける。一気に正面の塹壕を制圧し、そこを足掛かりに陣地内への突破口を啓開する──
「こっちも終わったぜ」
 ほぼ同時に、後ろで作業を終えたクラン・クィールス(ka6605)がメイムたちに声を掛ける。彼らが組み上げていたものは、切った丸太をロープで繋ぎ合わせた筏状の『盾』だった。攻撃を仕掛ける時には、これを前面に押し出して陣地へ接近していく事になる。
「では、ちゃっちゃと始めるか。始めなければいつまで経っても終わりもしねぇ」
 ジャスパーの言葉に緊張を隠して笑いながら隊長たちが兵たちの元へと散っていく。
 ノエラが一人、珍しく悲痛な面持ちで、ギュッと拳を握り締めた。
「ミケちゃん、トラちゃん…… 絶対に助け出してあげるからね……!」
 そんなノエラを、時音 ざくろ(ka1250)は沈痛な面持ちで痛まし気に見つめた。そして、傍らのサクラ・エルフリード(ka2598)に話し掛けた。
「……ノエラさん、とても大切な宝物──かけがえのない『相棒』たちをあの陣地に残して来たんだってさ」
「……え?」
「……行こう、サクラ。絶対にあの陣地を取り返すんだ。そして、彼女の相棒たちを彼女の元へ帰すんだ。その結末がどんなに悲しい結果に終わろうとも……!」
「……はぁ」
 その瞳に静かに闘志を滾らせるざくろを見やって、サクラは静かに考え込んだ。……確かに、人の価値観は人それぞれですからね。他人の『大事』を取り返す為に命を懸けるというのも、またざくろさんらしい話かもしれません。

 陣地の東に兵たちが展開を開始した。
 塹壕に籠る2つの『銃座』、それぞれの正面に『丸太盾』を前面に掲げた歩兵が役一個小隊ずつ。その中間後方に弓を扱える兵たちを纏めて配置する。
 猟撃士たるケイとJ・Dがそれぞれ左右の隊に別れ。バイク乗りのざくろとクラン、騎乗するサクラとユナイテル、メイムと、徒歩の柚子らもそれぞれに。
「迷える羊を導くのも聖職者たる……って、人間相手限定なんだよな、これ。……しょうがねえったらねえけど」
 回復役として一隊に同行するクルスが羊を見て苦笑しながら…… 同じく回復役の聖導士として別の隊につく羊谷 めい(ka0669)にふと気付いて、笑い掛ける。
「羊……羊か…… そう言えば、お前とお揃いだな、あの歪虚」
「お揃いでは、ないです……」
 熾天使を象った六翼の盾の陰に隠れるようにしながら、おどおどと答えつつ。やはりおどおどとした態度で、めいが自分が回復と防御を担当する兵たちの前へと進み出る。
「おいおい、大丈夫か、嬢ちゃん?」
 丸太の盾の陰から、ベテランと思しき中年の兵が声を掛けてきた。
「……大丈夫です。これでも、覚醒者ですから……! ……一応」
 そうこうしている内に、隊長たちから接敵前進始め、の号令が下された。めいもまた盾を──盾だけを掲げて、他のハンターたちと共に兵たちの前に立って歩き始めた。
 塹壕からめぇめぇ鳴き声が響き、慌ててじゃんけんらしきもの(だから蹄でどうやって)で役割を決めた羊たちが、角をパチンコ代わりに礫に魔力を込めて放ってくる。だが、明らかに彼我の距離が遠く、まともに兵たちには当たらない。
「ひゃっ!?」
 その内の一弾が、偶然、めいの盾に当たって弾けた。ピュンッ! という音の直後、ガンッ! と盾に衝撃が来た。
(い、痛そうなパチンコです……!)
「大丈夫か?」
「大丈夫です。痛そうだけど、怖くはないです」
 めいの身を案じるおっちゃんに毅然と返して、怯まず前へと歩き続ける。
(そろそろ羊の角パチンコが当たり始める頃合いね……!)
 敵の攻撃の有効射程をそう判じて、メイムは左右のJ・Dとケイに視線を送った。2人は頷くと5本セットになった発煙手榴弾から一つを取り出し、ピンを抜いて点火してからそれを前方へと投げ放った。シュッ! と煙を吐きながら地面を跳ね転がる発煙手榴弾。噴き出した煙が風に乗って周囲へ棚引き、彼我の間の視界を塞ぐ。
「駆け足!」
 号令に従い、歩速を上げる歩兵たち。煙を吐き続ける手榴弾の元へと辿り着いたJ・Dとケイが2つ目の煙幕手榴弾を再び前方へと投擲する。
 目標となる歩兵たちの姿を隠されて、羊たちは狙いも定めずに煙の中へ向け礫を乱射し始めた。すぐ耳元を掠め飛ぶピュンッ! という空気を切り裂く鋭い音── 幾つもの礫弾が盾や丸太盾に弾け。幾弾かはそれらの隙間を抜けて兵たちを地面へ打ち倒す。
「……っ!」
 めいとクルスは即座に『ヒーリングスフィア』を使って負傷者たちの傷を癒した。振るわれたマテリアルが倒れた負傷兵たちへと達し、柔らかな光となってその傷を癒していく。
「負傷者は後ろへ! 後列! 代わって前に出るんだ。盾の壁に隙間を作るな!」
 クルスの指示が隊長を介して兵たちへと伝えられる。めいは一つ頷いた。応じておっちゃんが片手を上げた。……彼は先の羊の射撃で撃たれた兵の一人だった。どうやら祈りは届いたようで、片足を引きずりながら後列へと下がっていった。彼女は目を閉じて己の中のマテリアルを見つめ直し、改めてその力に感謝した。──戦う、ではなく、守り、癒す。それがわたしの在り方だから。
「弓隊!」
 やがて、塹壕が兵たちが持つ弓の射程に入る。幾重に重なる煙幕の帳の中、馬上のユナイテルが中央後方の弓兵たちに呼びかけた。
 同時に、兵たちが足を止め、弓の弦に矢を番えて斜めに構えた。
「……放てぇ!」
 ユナイテルの号令と共に放たれる矢の一斉射撃。的が動いている敵と違い、こちらは煙幕があっても固定目標である塹壕の位置と距離は把握している。煙幕の向こうから、正面の塹壕に向かって矢の雨が降り注ぎ。個を狙わずエリアを対象とした面制圧射撃により羊たちからの応射が弱くなる。
「今だ。総員、一気呵成に突撃!」
 馬上にて抜刀したユナイテルがその剣を前方へと振り下ろし。兵たちが喚声と共に全力で前へと走り出す。
 同時に、ケイは待機させておいた5人の弓兵に、煙幕手榴弾を括りつけた矢を一斉に放たせた。もうもうと煙を吐き出しながら、パラパラと塹壕周辺に落下する矢つきの煙幕弾。周囲を丸まる煙に包まれ、呑み込まれた『銃座』の羊たちが、射撃体勢を解除して慌ててその場を離れようとする。
「横だメェ! 塹壕を横へと抜けて視界と射線を確保するメェ!」
「ちょ、待つメェ! 煙で何も……」
 不良視界の中、後続する1体が逸れた。塹壕周りの煙から逃れて離れた場所へと這い出てきた先の1体へ向けて、魔導小銃を構えたケイが煙幕の薄帳の中から立て続けの速射で制圧射撃を浴びせ掛け。続けて、魔導バイクの爆音と共に煙幕を抜け出たクランが羊へ向けて疾走し。羊が体勢を整える間もあらばこそ、引き抜いた莫邪宝剣に光の粒子を集めて刃と成し、すれ違いざまにそれを真横に振るって斬撃。羊の首を斬り飛ばす。
 同時に、もう一方の銃座に対しては、J・Dが煙の中から飛び出して(カメラ的には西○警察的スローモーションで)横っ跳びしながら、両手で構えた枯れた風情のリボルバーを立て続けに撃ち放って『銃座』の射手を仰け反らせ。直後、騎馬のサクラと共に魔導バイクで突っ込んで来たざくろが、己の眼前にマテリアルの三角形を描き出す。
「アーマードライブ魔力フル収束…… くらえ必殺、デルタエンド!」
 その三角形の頂点から発せられた光の槍が、銃座の羊2体を貫いた。更に後輪を滑らせつつ塹壕間際を横切りながら、「さらに超熱線、拡散ヒートレイ!」と、掴んだ懐中時計を媒介にして生じせしめた赤白い熱線を放ち、眼下の塹壕内を上から薙ぎ払う。
 生き残った1体が塹壕から前へ──背後は木の柵があったからだ──と飛び出し、直後、サクラが馬上から投擲した魔槍によって貫かれ。J・Dたちが受け持っていた羊たちは全滅する。
 ケイ側、残る1体を探して煙の中へと分け入るめいとユナイテル。瞬間、煙の中から突き出された槍の穂先をめいが盾で受け止める。
(……槍!)
 盾しか持たず焦るめいの傍らから。反撃の槍を突き出した兵たちがその一体を槍衾にして止めを刺した。
 よくやった、と褒めるユナイテル。ありがとうございます、とホッと息を吐くめい。「敵増援、左方!」とのケイの警告の声がして。同時に、ケイが即座にそちらへ発煙手榴弾を投擲した。角パチンコを放とうとしていた羊(南側配置だった)の狼狽え弾がすぐ近くを掠めながら。後方から追いついて来た柚子がそちらへキラリと星形手裏剣を投擲。射手の腕に命中させつつ、抜刀しながら体当たり。敵の射撃体勢を崩しつつ、馬乗りになった羊に何度も降魔刀を振り下ろす……
「正面の塹壕を確保!」
 それまで盾にしていた丸太を塹壕の上へと掛け渡し、陣地の外縁へと取り付く兵たち。クルス「重傷者はいないか!?」と叫びながら塹壕沿いに各隊を横断。負傷者を集め、治療を始める……
 メイムは兵たちの先頭に立って真っ先に木の柵へ辿り着くと、透明な鎚頭の美しい巨大な戦闘用ハンマーを振り被ると、それを柵へと振り下ろした。北側、そして西側に配置されていたはずの羊たちは、(「だって、あいつら根性無いから」というメイムの予測通り)余りにも早く東側の銃座2つが潰されたことで、早々に陣地を捨て西へと逃げ出していた。
「むしろ良い逃げっぷりと褒めるべきかもしれない」
「……おいおい、その柵、後で俺たち(兵隊)が直すんだぞ?」
 すっかり戦闘も終わった調子で軽口を叩くルイとジャスパー。
「油断しないで。まだ陣地内を制圧したわけじゃないしね。これで終わったわけじゃないよ」
「でも、連中、根性無いんだろ? だったら今頃尻に帆かけて……」
 言いかけたジャスパーの言葉が、ふと止まり。そんな彼らをよそにガンガンと柵を殴って陣地内部への突入口を啓開していたメイムもまた、その奇妙な静寂に手を止め、顔を上げる。
 ジャスパーやルイの視線の先、陣地の中から── ぼぅ、っと立ち尽くした2体の羊が、虚ろな目でジッとこちらを見つめていた。
 いや、その内の1体は確かに羊と言えるかどうか…… なぜなら、その個体には全身の毛が(まるでむしり取られたかの如く)存在してなかったからだ。
 もう一体の羊の方も、外見はそれまで見てきた羊と変わらないのだが…… 歪虚にこう言うのもなんだが、本来の羊たちが備えている愛嬌というものがまるで感じられない。
「なっ、何なんですか、あの個体は。何か今までの羊たちと大分違って…… 何かこう、気持ち悪いです……」
「えと、本当に羊さん……ですか、あれ……? なんだか他の羊さんたちとは違うような……?」
 直視することすら憚られる様な、そんな得体の知れなさに、サクラとめいが眉をひそめ、顔を背ける。
「不逞の歪虚に告ぐ! 勝敗は決した。命が惜しくば逃げ去るがいい!」
 堂々と馬上から呼びかけるユナイテル。その言葉を聞いているのかいないのか、気にした様子も見せずにヒタヒタとこちらへ歩き始める羊(?)たち。
 違和感。カツカツと言う蹄の音がしない。羊たちの足元へと視線を落とす。──歪虚だから、血は流さない。だが、人型羊には確かにあったはずのその蹄部分は確かに……何かに引き千切られたかのように『もげて』いる──!
 次の瞬間、ヒタッ! と地を蹴る音がして── 直後、ダァンッ! と目の前の柵に何かがぶつかった。それが今まで見ていた羊だと気づくのには時間が掛かった。
 羊たちは無言のまま、その形相を大きく変えていた。狼もかくやというほど鋭い歯がサメの如く幾重にも生えた口を大きく開き、木の柵へと噛り付く羊たち。その顎は完全に外れ……というか引き千切られ、あり得ない程の大きさで木の柵を一撃ごとに噛み砕いていた。
「この羊……? 様子が……!? 分隊、密集隊形! ……突き出せェ!」
 ユナイテルの指示が飛び、柵越しに槍衾が敵へと突き入れられる。だが、それでも敵は止まらず……やがて、その膂力だけで柵を──馬の突撃も防げるそれを押し崩しにかかる2匹。慌てて後退する兵たちの中で、逆に前に出るハンターたち。その跳躍に押し倒されながらも盾でその『噛みつき』を防ぐめいとユナイテル。その間にメイムとクラン、サクラとが思いっきり得物を振るい、突き出して…… 槍の穂先だらけとなった2体がようやくその動きを止める。
「どうした、何があった……って、うわっ!?」
「サクラ、無事!?」
 慌てて駆けつけて来て、その有様に驚くクルスとざくろ。メイムは上空のあんずと再び視界を繋げると、上空から陣地の様子を再び確認する。
「どうにもおかしな様子だったな。塹壕にいた連中とは知性も外見も違う……」
「中はいったいどうなっているのでしょう……? もしかしてまだこっそり隠れてたりするかも……です?」
 呟くクランに続けて、めい。恐怖の後で知人を見かけてホッとしたのか、その表情には少し血の気が戻っていた。
「……他に動く個体はない、よ。でも、やっぱり『建物の中には潜んでいるかもしれない』」
 あんずとの視界の接続を切ったメイムが振り返ってそう告げる。『それ』を確認しなければ、前衛陣地の奪還はならない。
「まずは覚醒者を中心に少数で中の様子を確認してこよう。……ノエラさんには『宝物』の回収のチャンスをあげるね! と言うわけで、ジャスパーさんとこの小隊はあたしらと一緒に中に侵入。宿舎の案内をお願いするね!」
 にっこりと笑い掛けるメイムに「マジか」とげんなり顔を見せるジャスパーとルイ。ノエラだけがありがとうございますぅ! と感激し、ざくろがよかったね、と涙ぐむ……


 陣地をグルリと囲む木の柵はそのままに、一か所だけ──先の羊(?)2匹に破られた箇所だ──を破壊して突破口として啓開した。
 そこから陣地内の安全を確認するべく、斥候隊を送り込む。
 最初に中へ侵入するのは、覚醒者とジャスパーの分隊のみ。残りは後詰として陣地外縁部に待機しつつ、万一の場合はその退却を支援する。
 ハンターたちの中で突入組は、メイム、ユナイテル、ざくろ、サクラ、めい、クラン、柚子の7名。射手であるJ・Dとケイ、それと回復役のクリスは柵の外で待機する。
「悪いけど私は単独で調査させてもらうね! 集団だと気配を消してもやっぱり敵に見つかり易くなっちゃうし!」
「おい、柚子。おめえまたそんな無茶を……」
「あはは。私は大丈夫だよ、J・Dさん♪ むしろ大勢でいる方がよっぽど危ないかもしれないよ!」
 そう言うや否や皆からスッと離れ、建物の陰に気配を消す柚子。J・Dがポリポリと頭を掻き、メイムに目配せをしてよろしく頼む。

 馬やバイクから降りたサクラとざくろが先頭に立ち、互いを支援する態勢を取りつつ柵沿いに近場の建物へと向かう。
「まずは兵舎を調べてみたいところだな。陣地が奪われた後、アイツらがここを私物化していたのなら、アイツらの生活の跡や何かが記された日誌なんかが残っているかもしれない」
 クランの言葉に頷きながら、ざくろがノエラを振り返り、訊く。
「ノエラさん。あなたたちの兵舎は……」
「ん~? 女性用だから一番奥~」
 寄りにも寄って、と肩を落とすサクラに、これも冒険! とざくろは笑い。ふと、視線を感じて慌てて振り返る。
「い、今、あそこ……影が、動いた……?」
「影? どこです? ほら! あのまっ、窓に! 窓の所に!」
「落ち着いてください、ざくろさん。ここの建物は全部木窓……?」
 そう言い掛けて言葉を失うサクラ。ざくろが指差す先は窓枠だけで、肝心の木窓は下の地面に落ちていた。
「何かが……動いた……?」
「あぁ~、あそこが私たちの兵舎ですよぅ」
 どこまでも呑気なノエラの声。サクラはメイと顔を見合わせた。
「何かホラーな展開…… そろそろ撤退した方が…… べっ、別に怖いからというわけではないですよっ!?」
「激しく同感ですがそういうわけにも…… やっぱり安全確認はしなければいけませんし……」
 ……行くか。行きましょぉ~! とクランとノエラが淡々と進み出し。ざくろもまたドキドキしながら「冒険、冒険!」と後に続く。
 実際に件の兵舎の前に行くと、恐怖を紛らせる為の弛緩した空気もハンターたちから無くなった。一人が件の窓跡から内部の様子を伺いつつ……扉の両脇に立ち、手信号で突入のタイミングを計る。
(3、2、1、今!)
 扉を蹴り開けると同時に盾を構えたざくろが飛び込み。攻撃役のメイムとサクラ、クランとが後に続く。
 最後に室内へと入っためいは、舞い上がった埃と暗さに一瞬、その目を瞬かせた。こうも暗くてはカメラが……とざくろが言って灯りをつけることを提案し。めいが備え付けのランプに火を入れ、それをクランへと手渡す。
 クランはそれを手にしたまま無造作に背後を振り返り。揺れる炎に照らされた広い室内の中に、ぼんやりと獣の顔が浮かび上がる……!
「ひゃああぁぁ……!!!???」
「きゃああぁぁ♪」
 恐怖に腰を抜かしたり、慌てて武器を構えたり── そんなハンターたちの悲鳴の中で、一人だけ性質の違う悲鳴が響いた。ノエラだ。彼女は闇の中に浮かび上がった獣の顔に向かって走り寄ると、ベッドにダイブしながら(その獣の顔はベッドの上にあったのだ)両脇にそれを抱え込んだ。
「ミケちゃん、トラちゃん! よかった無事だったのですねぇ~!!!」
 ネコ科っぽい何か(よくわからない)の大きなぬいぐるみを思いっきり抱き締めながら、ノエラが両者の『無事』と再会を喜び、涙ぐむ。
「……え? 相棒って……ぬいぐるみ? ぬいぐるみなの? 生き物でなく?」
「知らなかったのですか?」
 その事実に呆然とするざくろに淡々とサクラが訊く。
「……闇中に浮かび上がるぬいぐるみに驚いて悲鳴、か。お約束だな」
「クランさんは……怖くはなかったのですか?」
「……俺には、人間の方がよっぽど怖い」
 クランは肩を竦めると、早速、兵舎の調査を開始した。と言っても、見るべきものは殆どなかった。──ランプの明かりに浮かび上がる、敷居のない、幾つものベッドの並んだ広い部屋。よほど慌てて退避したのだろう。兵舎の中には女兵士たちがここで寝起きをしていた生活感がそのままの状態で残されており…… 歪虚がいた痕跡はどこにもなかった。
(どういうことだ……? 兵舎には歪虚が入り込んでいなかったのか?)
 もしかしたら、最初からこの陣地に歪虚はそんなに数がいなかったのかもしれない。そう思い掛けた時。クランは闇の中に浮かび上がるもう一体の『ぬいぐるみ』に気付いて頬を引きつらせた。
「なぁ、ノエル。あんた、ヒツジのぬいぐるみも持っていたりは……しないよな?」
 ピタリと動きを止めたハンターたちの、視線がクランのそれと重なる。
 ランプの明かりに照らし出されたその『羊のぬいぐるみ』が…… Sygyaaaaa……! とその大口を開いて、飛び出した。

 一方、単独行動を取り探索に当たっていた柚子は、皆とは逆回りで陣地内の調査に当たっていた。
 低い姿勢で素早く建物の陰から陰へと走り渡りながら、それらが無人であることを確認しつつ進んでいく。
 避難に際して馬は連れ出しただろうから、厩舎は当然空っぽだったが……藁や飼葉、馬糞の類まで残っておらず。疑問には思ったもののその場には他に何もなく……
 屋根の上から、誰もいない陣地の広い大地を見渡し……怖いぐらいの静寂に眉を寄せた後、音もなく地面へ着地し、土を撫でる。
(地面には、何か大勢のものがこの陣地に入っていた痕跡が残されている…… 蹄ではない、何者かの足跡が)
 それだけの戦力がいれば、こうも静かなわけがない。それとも、もうこの場を離れてどこかに移動した跡なのか……?
 柔らかい風がそよと柚子の髪を浚い── キィ、という微かな音が鼓膜に触れた。
 降魔刀を構えて振り返る。……視線の先で、建物の開け放ちにされた扉が風に吹かれて揺れていた。
(あれは……倉庫? 陣地を放棄するに際して、全ての物資を持ち出せはしなかったろうけど……)
 時が過ぎる。柚子の足は動かない。恐怖ではなくある種の予感が柚子をそちらに向かわせるのを躊躇わせた。
 意を決して足を前に出し、音も無く倉庫入り口へと走り寄り……そっと中の様子を伺う。
「……っ!」
 思わず声が漏れそうになるのをどうにか柚子は押さえ込んだ。
 倉庫の中には、あの異様な、『蹄のない羊』たちが無数にひしめき合っていた。何をするでもなくただぼぅっとどこかを見上げ、ただじっとそこに立ち尽くしている……
(倉庫に残されていた食料──正のマテリアルに惹かれて集まった? でも、そんなものとっくに無くなった今もどうしてあんな……)
 その時、遠く兵舎の方から悲鳴なようなものが響いて来た。瞬間、羊(……なのか?)たちの頭がぐりんと倉庫入り口の方を向いた。
 柚子は弾ける様にその場を離れた。あまりに数が多すぎた。即座に背を向け、離脱に入る。追いつかれたら終わりだ。こんなだだっ広い所じゃ包囲されて袋叩きにされて終わる。
 十分に距離を取ってから、一度、背後を振り返る。
 ──倉庫の入り口から、数えるのも嫌になるくらい多くの羊たちがぞろぞろ外へと歩き出て来ていた。先程覗いた一つだけでなく、全ての倉庫のそこかしこから。
 彼らは皆、悲鳴がした兵舎へ向かっていた。柚子は口笛を吹いて兵舎の味方に警告を発すると同時に、その音で羊たちの半数を引きつけて突入口へと駆け戻る……

 広い兵舎も戦うには狭い。
 飛び出して来た羊は、クランが振るった得物を飛び越え、その背後のサクラへ襲い掛かった。
 応戦の構えを取った直後──すぐ傍らのベッドが宙へと跳ね上がり。みゃあ! と悲鳴を上げたサクラが、両手に張り渡したワイヤーで咄嗟にそのおろし金の様に歯が生えた羊の口中を受け凌ぐ。
(じ、地獄のトレーニングが役に立ちました……! が!)
 ベッド上を跳ね、側面から駆け寄る最初の羊。もう1匹を抑えるのに手一杯なサクラに対応する余裕はない。
「サクラ!」
 瞬間、ざくろが身を挺して両者の間に割り込んだ。羊はダボハゼの如く新たに現れた得物に喰いつき、鎧のない剥き出しの『急所』へその牙を沈ませる。ざくろの呻きとサクラの悲鳴。野郎、とクルスがざくろに喰いついた1匹を背後から光の刃を振り下ろし。身体ごと突っ込んで来ためいが、サクラのワイヤーを噛み千切ったもう1体を盾でもって押し返し、体勢の崩れたところをサクラが槍で何度も突き入れる。
「ざくろさん!」
「大丈夫…… 何があっても絶対、一緒にこの場を切り抜けよう」
 駆け寄っためいが床に膝をついて回復する横で。倒れたざくろが涙目のサクラを励ます様に声を掛ける。
 外から聞こえてくる柚子の警笛── ざくろに肩を貸して兵舎を出たさくらたちの目に、倉庫から大勢の──あまりにも多くの羊(?)たちが、こちらへ向かって来るのが見えて……

「ごめん、Jさん! こっちに羊たちを連れて来ちゃった!」
 無事に突入口へと帰還し終えた柚子が、荒い息を吐きながらJ・Dに詫びを入れる。
 J・Dはその無事を喜びながら、眉をひそめて陣地内を見た。……柚子が羊たちを連れてきたことにより、兵舎へ向かった味方の退路は失われた。しかし、そうするより他はなかった。それをしなければ、味方は圧倒的多数の羊たちに襲われ、この突入口に到達し得ることもなく一合で揉み潰されていただろう。
「兵舎に向かったみんなは……?」
「まだ陣地の中──この柵の向こう側だ。開けるしかあるめえな。新たな突破口を。いや、この場合は脱出口を、か?」
 J・Dはケイを見やった。
 ケイは無言で承知したと頷くと、小隊一つに仲間たちを助けに行く旨、指示を飛ばした。
「回復役もいるだろ。先に行くぜ……!」
 あらかた重傷者の治療を終えたクルスが走りながら馬へと飛び乗り、塹壕沿いを兵舎側へと急行するべく拍車を掛ける……
 J・Dは、残る1小隊と共にその場に残った。正面の敵からこの突入口を守る者が必要だったからだ。
「丸太の盾で入り口を塞ぎなあ。攻撃はその後ろから矢の雨降らしな。槍は柵の隙間からチクチク突く。無理はしねえこと」
 破れた柵の隙間に簡易な壁が築かれる。敵の存在を感じて押し寄せて来る羊たち。私も、と加わる柚子に頷き返しながら、J・Dは迎撃の指示を出しつつ、マテリアルを込めた銃弾でもって稲妻の如く敵陣を切り裂き、目にも留まらぬ速射で先頭の羊を打ち倒した。

 狭所と呼ぶにはあまりに広い、兵舎と兵舎に挟まれた空間が彼らのアラモ砦であった。
 5人のハンターを前面に押し出しつつ、その後ろに盾の壁を築く兵たち。後ろの木の柵を破壊して脱出口を啓開するのには1分隊しか避けなかった。守るべきエリアの広さに対して、彼らの兵力は余りに少なかった。
 気づいた先頭の羊たちが、まるで飢えた狼の様に四つ足で彼らに迫る。乱れ飛ぶザクロの光線3条。それをものともせずに接敵した羊たちの牙をめいとクランが盾で受け止め。その隙間を抜けようとした羊たちを、「どっせ~い!」とメイムがぶぅんと振り回したハンマーと、カッ! と自身から閃光を発したサクラの『セイクリッドフラッシュ』とが薙ぎ払う。
 だが、敵は倒れない。角や身体の一部を失い、四肢をだらりとぶら下げながらも、その牙だけを剥き出しにして盾の壁へとぶつかる羊(?)たち。先着した羊を倒し切る前に続々と敵が増え続け……その数の利がハンターたちの動きを制限し、攻撃がその身を捉え始めた。
「クッ……こいつら、血を啜ってやがるぞ!」
 自身の腕に噛み付いた羊の頭部を宝剣の柄で強打して引き剥がしながら、忌々し気にクランが吐き捨てる。周囲の傷ついた味方に放たれるめいとサクラの癒しの光──だが、当然、その間は2人分攻撃の手数が減る。後方、兵たちの中では一人ノエラが奮戦していたが、既に「この羊、可愛くないです」と涙目だ。
「大丈夫ですか! 総員、5人態勢。蹴散らせぇ!」
 そこへ、遊撃戦力として陣地内を遊弋していたユナイテルとジャスパー、ルイらの分隊が敵前衛集団側方から突っ込んだ。ただ一人騎乗したユナイテルが愛馬に拍車を掛け、右へ左へ宝剣を振り、薙ぎ払いながら敵中を駆け抜け。その後を盾と槍衾を組んだ歩兵たちが蹂躙する。
 その横撃により、先に兵舎に到達していた敵の先頭集団は崩れた。だが、倒したと思った敵の一部が跳び起きて兵らの首へと噛みつき、混乱する中、敵の第二陣が到達し、今度は遊撃隊が崩れ始めた。
「15人だよ! 15人で敵の1匹に対応するんだよ!」
「15人!?」
「敵を分断して盾持ちで囲め。その背中は他の盾持ちが守るんだ。攻撃は盾の後ろからだ」
 遊撃隊の生き残りが新たに防衛線へと加わり。メイムの指示をジャスパーが噛み砕き、兵たちにそう指示が飛ぶ。
「まるで亡者の様な有様です……」
 敵の攻撃を剣の腹に滑らせて、体勢の崩れた所を切り返しながら。ユナイテルがメイムやジャスパーたちに言う。
「進言します。これ以上は抗戦できません。撤収すべきです」
「それについては同意見だけど……」
 こちらは怪我人は刻一刻と数を増やし。逆に敵は新手が増えている。啓開作業はその人手の少なさから遅々として進まず…… あ。作業している連中に、兵舎の左右から回り込んだ羊たちが襲い掛かった。
 退路が失われる──! 兵たちが恐慌に陥りかけたその時。激しい戦いの場には場違いとも思える静かな鎮魂歌が響き渡り…… 作業中の兵らを襲っていた羊たちが身じろぎしてその動きを止める。
 直後、鳴り響いた銃声が、次々と動きを止めた羊たちの頭部を撃ち貫いていく。何事か、と目を丸くする兵たちの視線の先──柵の外に、駆けつけて来た味方の姿が映った。
「負傷者をこっちに連れて来い。治療と回復はこちらが受け持つ!」
 その増援、クルスは馬から飛び降りると、柵の中の味方に向かって叫んだ。湧き上がる歓声。その意気が敵を押し返す。運ばれて来た負傷兵らに柵越しに回復の光を飛ばすクルス。同じく先行して来たケイがその傍らの柵を上へとするする上った。
「なんという素敵な眺め……! 確かに暫くは酒の肴には困らなそうね」
 溢れかえる多勢の敵と、それを受け止める小勢の味方と。その光景に呆れた様に口笛を吹いた後。柵の上で器用にバランスを取りながら魔導小銃を構えたケイは、高所から味方越しに敵へと銃撃を開始した。
 盾を打ち落とされた味方の兵に止めを刺そうとした敵の角を狙って撃ち弾き。直後、その頭部を狙い澄まして引き金を引き、撃ち貫く。だが、それでも死なずに兵たちにタコ殴りにされるその羊を照星越しに見やって「また随分とタフなのね」と呟いて。弾倉を弾いて新たに取って置きの『重撃弾』──高威力の改造弾が入った弾倉を装填し、改めて銃を構え直し。口元に笑みを浮かべたまま、再び柵の上から支援の銃撃を再開する……
 そこへ遅れて到達する救援の一個小隊。彼らはすぐに柵の破壊に取り掛かり、脱出口を切り開き始める。
 頷き合うハンターたち。メイムの『ラウンドスウィング』が、サクラの『セイクリッドフラッシュ』が再び最前列周辺の羊たちを吹き飛ばし。ざくろが放つ『デルタレイ』と『拡散ヒートレイ』の光条が敵中を切り裂き、扇状に敵を薙ぎ払う。
「今だ! 全員、後退!」
 馬上で剣を振り、撤収を促すユナイテル。兵たちは新たに開かれた脱出口から外に出た。「負傷者たちを忘れるな!」と声を掛けつつ、追撃して来る迷える羊(?)たちに向かって光の杭を放つクルス。柵の上のケイは今の弾倉が空になるまで敵を仕留め続けると、最後に叩き込んだ弾倉で最後の制圧射撃を迫る敵の前面に浴びせかけた。そして、柵の上からひょいと無造作に飛び下りると、そのままクルスの馬の背に跨った。
 驚き、走り出す馬。「あ、こら」と叫ぶクルスを馬上に引き上げ、殿として去るユナイテル。
 そんな彼らが離脱した後、羊たちが柵から出て来て── 最後にその内の1匹が、馬上のケイが放った『遠射』によって撃たれて倒れた。


 CAS(近接航空支援)なんて贅沢は言わない。こんな時こそ砲撃支援が欲しい── 
 そんなメイムの想いが届いたのか。どこか近場の戦場に向かう途中であったCAM部隊が、ハンターたちの交信に気付いてその通信に割り込んだ。
「おい、オープン回線で騒いでいるのはお前たちか? こちらは○○所属、○○CAM小隊」
「……なんという僥倖! こちらは前衛陣地α攻略部隊。圧倒的に優勢な敵集団と遭遇し、退却中」
「前衛陣地を出た敵に追撃されている。CAM等大型兵器による支援を要請する」
 ハンターたちから詳細を知らされたCAM隊は状況をハルトフォートに報告、指示を乞い…… 正式に許可を受けるとスラスターを噴かして前衛陣地の前面へと着地する。
 その支援の下、再度、歩兵による攻撃が行われ、前衛陣地は奪取された。
 CAMの火力により破壊された陣地の建物を見て「建て直しか……」とげんなりするジャスパーとルイ。潰れた兵舎を前にミケとトラを救出できたノエラだけがにこにこと笑っている。

「ぬいぐるみ。ぬいぐるみかぁ」
「まあ、いいじゃないですか」
 うーんと唸るざくろとそれを慰めるサクラ。
 めいは小さく頷いた。
 ともあれ、皆、無事に生きて帰って来た──それこそが、彼女の戦果だった。

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参加者一覧

  • Sanctuary
    羊谷 めい(ka0669
    人間(蒼)|15才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 交渉人
    J・D(ka3351
    エルフ|26才|男性|猟撃士
  • いつも心に盾を
    ユナイテル・キングスコート(ka3458
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • 王国騎士団非常勤救護班
    クルス(ka3922
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 憤怒王FRIENDS
    ケイ(ka4032
    エルフ|22才|女性|猟撃士
  • むなしい愛の夢を見る
    松瀬 柚子(ka4625
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 望む未来の為に
    クラン・クィールス(ka6605
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/01/21 00:44:08
アイコン 作戦相談卓
松瀬 柚子(ka4625
人間(リアルブルー)|18才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/01/24 04:36:03