ゲスト
(ka0000)
【空の研究】セレモニー・ブルースカイ
マスター:紺堂 カヤ
オープニング
空の研究者、アメリア・マティーナは、長年の目標であった「空の研究所」を設立させた。
私設研究所ではあるがグラズヘイム王国の許可を得た公認の施設であり、研究所の存在意義もはっきりとしている。すなわち。
「空に関する魔法を、王国のために研究・運用すること」
アメリアは、そうつぶやきながら紙にペンを走らせた。彼女は今、スピーチ原稿を作っている。
「……書くのはよいのですがねーえ。これを自分で語らねばならないと思うと、少なからず気が重いですねーえ」
いつも深く深くかぶっているローブのフードの下で、アメリアは苦笑する。必要とあらばどんなことだってこなすアメリアだが、だからといってどんなことも喜ばしく臨めるわけではない。スピーチもそのひとつだ。いくらそのスピーチが、晴れやかな席で発表するものだとはいえ、苦手意識がなくなるわけでもなかった。
「まあ、仕方のないことですけれどね」
アメリアはもう一介の放浪魔術師ではない。「空の研究所」の所長だ。今後ますます、こういった機会は増えていくであろうし、研究以外のことに頭を悩まされることになるのだろう。それについては、充分覚悟をしていた。三日後の開設記念セレモニーで読み上げるスピーチは、アメリアが表舞台に出る第一歩であった。
王国はこれから、まだまだ試練に見舞われるはずだ。中枢の事情までは知ることのかなわないアメリアであっても、その予感くらいは察知している。ほんの微力であったとしても、力になりたい。
「こんにちはー! お邪魔するわよー!」
大きな声が研究所に響いた。アメリアがペンを置いて振り向くと、一人の小柄な女性が立っていた。いっそ橙色にも近いような明るい茶色のロングヘアに、大きなルビーのイヤリングが印象的な溌剌とした美女だった。
「ああ、リナ。お久しぶりですねーえ」
「元気そうね、アメリア。本当に久しぶりだわ。もうどのくらいになるかしら、五年? 六年?」
「そんなところでしょうねーえ。突然お呼びたてして、申し訳ありませんねーえ」
「いいのよお。アメリアの晴れ舞台となれば、そりゃあどこからだって駆けつけるわよ」
カラカラと笑う、リナと呼ばれたこの女性は、アメリアの友人である。唯一の昔なじみ、と言っても過言ではないかもしれない。リナはデザイナー兼仕立て屋で、自分のブランドのブティックを経営している。アメリアがいつも着ているローブも、実はこのリナが作ったものだ。アメリアが王国各地を放浪していたため、顔を合わせる機会は決して多くないのだが、決してアメリアのことを忘れず何年ぶりであっても親しく接してくれる。
「でも、あたしまで呼び寄せるだなんて、セレモニーは大丈夫なの? ほかの招待客は誰?」
「一応、ここに名簿があるのですがねーえ」
アメリアがデスクから一枚の書類を取り上げて見せた。招待客には、王国各地の町村の首長が多い。これまでの魔法の研究で協力してもらった町村だ。リナがふむふむ、と覗き込む。
「あれ? 例のお偉いさんは来ないわけ?」
「お偉いさん……、ああ、ルッツバード氏のことですか。ええ、どうやら出席はかなわないようです。代理で秘書を行かせる、とのお手紙をいただきましたよ」
カリム・ルッツバードは、グラズヘイム王国の貴族である。「空の研究所」の設立にあたり、全面的な資金協力と後援活動を申し出てくれた。
「ふうん……。普通さあ、開設記念セレモニーくらい出席しない? そんなに忙しいわけ?」
「人前に出るのがお好きではないそうですよ。私と似たもの同士かもしれませんねーえ」
「へーえ。まあ、それはいいにしても……、ちょっと人数少なすぎない? ひい、ふう、みい……、せいぜい15人そこそこってところじゃないの。50人規模、とは言わないけど、せめて20人以上はいないと」
「いけませんかねえ」
「来た人ががっかりするわよ。『空の研究所は、たったこれだけしか招待客を集められないのか、その程度のものか』って思われる可能性だってあるわ」
人気ブランドの経営者は伊達ではない。研究所とはいえ、集客力があるのかないのか、はこれからの動きやすさ、研究の進めやすさにもかかわってこよう。
「なるほど。確かにそうですねーえ」
アメリアはもっともだ、とうなずいた。
「ハンターオフィスに連絡してみましょうかねーえ。この研究所の設立には、たくさんのハンターの皆さんに、たくさんお世話になりましたし」
言いながら、アメリアはふと研究所の窓から空を見た。そろそろ、日も暮れる。どんな時間でも、どんな模様であっても、空とは愛でるにふさわしいものだ。
「ああ、空を青く磨き上げる魔法でも、披露しましょうかねーえ」
黒いフードの下の蒼い目が、柔らかく細められた。
私設研究所ではあるがグラズヘイム王国の許可を得た公認の施設であり、研究所の存在意義もはっきりとしている。すなわち。
「空に関する魔法を、王国のために研究・運用すること」
アメリアは、そうつぶやきながら紙にペンを走らせた。彼女は今、スピーチ原稿を作っている。
「……書くのはよいのですがねーえ。これを自分で語らねばならないと思うと、少なからず気が重いですねーえ」
いつも深く深くかぶっているローブのフードの下で、アメリアは苦笑する。必要とあらばどんなことだってこなすアメリアだが、だからといってどんなことも喜ばしく臨めるわけではない。スピーチもそのひとつだ。いくらそのスピーチが、晴れやかな席で発表するものだとはいえ、苦手意識がなくなるわけでもなかった。
「まあ、仕方のないことですけれどね」
アメリアはもう一介の放浪魔術師ではない。「空の研究所」の所長だ。今後ますます、こういった機会は増えていくであろうし、研究以外のことに頭を悩まされることになるのだろう。それについては、充分覚悟をしていた。三日後の開設記念セレモニーで読み上げるスピーチは、アメリアが表舞台に出る第一歩であった。
王国はこれから、まだまだ試練に見舞われるはずだ。中枢の事情までは知ることのかなわないアメリアであっても、その予感くらいは察知している。ほんの微力であったとしても、力になりたい。
「こんにちはー! お邪魔するわよー!」
大きな声が研究所に響いた。アメリアがペンを置いて振り向くと、一人の小柄な女性が立っていた。いっそ橙色にも近いような明るい茶色のロングヘアに、大きなルビーのイヤリングが印象的な溌剌とした美女だった。
「ああ、リナ。お久しぶりですねーえ」
「元気そうね、アメリア。本当に久しぶりだわ。もうどのくらいになるかしら、五年? 六年?」
「そんなところでしょうねーえ。突然お呼びたてして、申し訳ありませんねーえ」
「いいのよお。アメリアの晴れ舞台となれば、そりゃあどこからだって駆けつけるわよ」
カラカラと笑う、リナと呼ばれたこの女性は、アメリアの友人である。唯一の昔なじみ、と言っても過言ではないかもしれない。リナはデザイナー兼仕立て屋で、自分のブランドのブティックを経営している。アメリアがいつも着ているローブも、実はこのリナが作ったものだ。アメリアが王国各地を放浪していたため、顔を合わせる機会は決して多くないのだが、決してアメリアのことを忘れず何年ぶりであっても親しく接してくれる。
「でも、あたしまで呼び寄せるだなんて、セレモニーは大丈夫なの? ほかの招待客は誰?」
「一応、ここに名簿があるのですがねーえ」
アメリアがデスクから一枚の書類を取り上げて見せた。招待客には、王国各地の町村の首長が多い。これまでの魔法の研究で協力してもらった町村だ。リナがふむふむ、と覗き込む。
「あれ? 例のお偉いさんは来ないわけ?」
「お偉いさん……、ああ、ルッツバード氏のことですか。ええ、どうやら出席はかなわないようです。代理で秘書を行かせる、とのお手紙をいただきましたよ」
カリム・ルッツバードは、グラズヘイム王国の貴族である。「空の研究所」の設立にあたり、全面的な資金協力と後援活動を申し出てくれた。
「ふうん……。普通さあ、開設記念セレモニーくらい出席しない? そんなに忙しいわけ?」
「人前に出るのがお好きではないそうですよ。私と似たもの同士かもしれませんねーえ」
「へーえ。まあ、それはいいにしても……、ちょっと人数少なすぎない? ひい、ふう、みい……、せいぜい15人そこそこってところじゃないの。50人規模、とは言わないけど、せめて20人以上はいないと」
「いけませんかねえ」
「来た人ががっかりするわよ。『空の研究所は、たったこれだけしか招待客を集められないのか、その程度のものか』って思われる可能性だってあるわ」
人気ブランドの経営者は伊達ではない。研究所とはいえ、集客力があるのかないのか、はこれからの動きやすさ、研究の進めやすさにもかかわってこよう。
「なるほど。確かにそうですねーえ」
アメリアはもっともだ、とうなずいた。
「ハンターオフィスに連絡してみましょうかねーえ。この研究所の設立には、たくさんのハンターの皆さんに、たくさんお世話になりましたし」
言いながら、アメリアはふと研究所の窓から空を見た。そろそろ、日も暮れる。どんな時間でも、どんな模様であっても、空とは愛でるにふさわしいものだ。
「ああ、空を青く磨き上げる魔法でも、披露しましょうかねーえ」
黒いフードの下の蒼い目が、柔らかく細められた。
リプレイ本文
空の研究所、の名にふさわしく、開所記念セレモニーは清々しい屋外での開催であった。美味しそうな料理を山ほど乗せたテーブルの、白いクロスが風に優雅にはためく。あちらこちらに設置されたレモンイエローのパラソルの下では、すでに来賓客が談笑をしていた。
「おおっ、なかなか立派な会場じゃないか!」
ジルボ(ka1732)がぐるりと会場を見回して感心した。マルカ・アニチキン(ka2542)もジルボの隣に並んで、こくこくと頷く。そんなふたりに、給仕係らしい少年が声をかけてきた。
「ハンターの方々でございますね? どうぞ、左手奥にございます建物へお立ち寄りください。所長がご挨拶されたいとのことです」
促されたとおり、ふたりが建物の中へ入ると、小ざっぱりした応接室にはすでに砂唐 汐(ka5742)、レナード=クーク(ka6613)、ジュード・エアハート(ka0410)とエアルドフリス(ka1856)が揃っていた。
「お、エアたちもう来てたのか」
ジルボが片手を上げて挨拶すると、雪をモチーフにした可愛らしいドレスを着こなしたジュードが、エアルドフリスの隣でひらひら手を振った。
「魔法研究所の開設、とっても嬉しい事やんね! こないに素敵なセレモニーに参加出来て、僕もわくわくするなぁ」
レナードがにこにこと言うと、ジルボたちが入って来た扉が再び開き、マチルダ・スカルラッティ(ka4172)と小宮・千秋(ka6272)が入ってきた。
「こんにちは、アメリアさん、お招きありがとう」
「ほいほーい、マティーナさん、この度は誠におめでとうございまーす! あれ? マティーナさんはまだですか?」
千秋が首を傾げると、ちょうどそのタイミングで、応接室の奥の扉が開いた。
「ああ、皆さん、お待たせしましたねーえ」
いつもの黒いローブ姿のアメリアが入って来た。その後ろから、雨を告げる鳥(ka6258)もやって来て、マチルダが目を丸くした。
「レインさん、もう来てたんですか?」
「アメリア・マティーナにパンフレットの作成を提案した。これまでの空の魔法を紹介するためのものだ」
「ええ、良い案だと思いましてねーえ、作成を手伝っていただいていたのですよーお」
鳥はハンターたちに出来上がったらしいパンフレットを配った。おお、とレナードが目を輝かせる。
「空の魔法に関する研究、一体どないな研究を重ねてきたんやろかと興味があったやんね! これならわかりやすいなあ!」
「下調べはしてきましたが……、はやり……。単品でこれ、とは言えないでもよくよく考えてみたら天候を間接的にいじったり結構やばい事をやっているような」
汐も、真剣なまなざしでパンフレットに目を通していく。
「あの、アメリアさん、これ、よろしければセレモニーのお料理に加えてくださいっ」
マルカが持参した花籠パイを差し出す。それを皮切りに、皆、口々にアメリアに祝辞を贈った。極め付けは。
「ちょっと遅くなったかな? 開設おめでとう、会場を彩る花に俺からの気持ちも加えてくれ」
大きな花束をかかえて現れた、ザレム・アズール(ka0878)であった。
セレモニー開始の五分前に、ハンターたちは全員屋外へと出た。来賓客はもうほとんど揃っているようで、給仕係の少年たちが乾杯用のグラスを配っていた。ハンターたちも、自分の好みの飲み物が入ったグラスを選んで受け取る。
「あなたたちが噂のハンターさんたちね! 今日は来てくれてありがとう! あたしはリナ。アメリアの古い友人よ」
明るい笑顔の女性・リナが声をかけてきた。簡易ステージの近くに立つアメリアを見やりながら、感心したようにハンターたちに言う。
「あなたたちが来てくれたのが、アメリアは本当に嬉しかったみたいね。あんなにテンションが高いアメリアは初めて見たわ」
そのセリフに全員が思った。
どう見てもいつもと同じだ、と。
「……テンションが」
「高い……?」
その思いを代表して、ジルボとマチルダが首を傾げた。
「あ、始まるわね」
簡易ステージの上に、アメリアが立った。いつも通り、フードを目深にかぶったままで顔はほとんど見えない。わずかにのぞく口元は、穏やかに微笑んでいた。
「皆さま。本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。空の研究所・所長に就任いたしました、アメリア・マティーナでございます。一日、どうぞ楽しんでくださいねーえ。まずは、乾杯をさせていただきましょう。乾杯の音頭を、トリイ・シールズ殿にお願いしたいと思います」
さすがに少々かしこまった口調で、アメリアが最初の挨拶を述べると、アメリアの隣に細身の青年が立った。人懐っこい笑みを浮かべ、柔らかそうな茶色の髪をさらさらと風になびかせている。
「ただいまご紹介にあずかりました、トリイ・シールズでございます。本日は、我が主人カリム・ルッツバードの名代として参上いたしました。空の研究所の開設、誠におめでとうございます。僭越ながら、乾杯の音頭を取らせていただきます。それでは皆さま、グラスをご用意ください。……では。空の研究所の新しい門出を祝って、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!!!」」」
あちこちで、グラスを合わせる澄んだ音が響いた。ハンターたちやリナも、満面の笑みで乾杯をかわす。
あたたかい料理がどんどん運ばれてきて、会場は一気に賑やかな話し声で満ち溢れた。
「お、黄昏の魔法で世話になった人たちがいるな。挨拶してくるか」
ジルボがそう言って動き出すと、ジュードも来賓の中に見知った顔を見つけた。
「ねえねえ、エアさん。夏にお祭りでお世話になった村長さんがいるよ。挨拶に行こうよ」
「ああ、そうだな」
星の光を増してその下で蝶を舞わせる、という幻想的な魔法を使用した祭りに参加したことがあるのだ。ジュードとエアルドフリスが揃って挨拶に行くと、村長も彼らのことをよく覚えていたらしく、すぐに笑顔を向けた。
「あのときには本当にありがとうございました。あちらにおみえの方々も参加してくださってましたよね」
村長は他のハンターたちの方を見て微笑む。
「実に素晴らしいお祭りでした。是非また拝見したいものです」
エアルドフリスが丁寧に礼を述べると、村長は実に嬉しそうに頷いた。
「是非また遊びにいらしてください。可愛らしい踊り子さんは大評判でしたし」
「わーい、また行きたいな!」
ジュードがくるりと回って見せながら微笑んだ。
「蝶の魔術ってどんなのですか? 物凄く気になるやんね!」
レナードが興味津々に話に加わると、村長はさらに嬉しそうにお祭りの説明を始めた。
「うーん、絶品だ。肉もいいものを使っているし、何よりこのソースがいいな。隠し味はなんだろうな……、香ばしさがあるからナッツ類だな……」
様々な料理を口に運んでは味の探究にいそしんでいるのはザレムだ。その間も来賓客たちに挨拶するなど、振る舞いには隙がない。マチルダとマルカが、虹の橋の魔法の際に顔を合わせた来賓客と挨拶しているのを見ると、さらりとそこへ加わって思い出話に花を咲かせた。
「ふうん。アメリアったら結構しっかり知り合い増やしてるんじゃあないの」
リナがハンターたちの様子を見て満足そうに頷く。彼女はかなりイケるくちらしく、すでに何杯ものシャンパンを飲みほしてけろりとしていた。
「リナさんは、いつからの知り合いなの? アメリアさんははじめは姿を見せなくて怪しい人だと思ってたよ。昔からそんな感じだった?」
「その話、俺にも是非聞かせてほしいな」
マチルダがリナに問いかけ、ザレムも頷きながら顔を向けた。ジルボとマルカもリナの周囲に集まってくる。
「怪しい、かあ。まあ確かにねえ」
リナは面白そうにけらけら笑ってから、懐かしむように目を細めた。
「そうねー、怪しいってほどじゃないけど、姿を見せないのは昔からだわね。今みたいにフードかぶって、とかそういうんじゃなくて、部屋から出てこない、って方の姿を見せない、だけど」
「ひきこもり、ってやつですか? あ、いや、失礼」
ザレムがつい言ってしまってから慌てて訂正すると、リナは気を悪くするどころか上機嫌になって、そうそう、と笑った。
「まさしくひきこもりよー! おっそろしく頭のいい子で、地元でも有名だったんだけど、まあ、なんつーか、コミュニケーション能力がイマイチでね。……でもあるときから、ふらっと外へ出てくるようになったの。それからは、空ばかり見てた。あの空を見つめる視線は本当にまっすぐで、澄んでいて、使命感に溢れていて……、あたしはその姿を見て、自分も夢の為に頑張ろうって思ったの」
「夢、ですか?」
マルカが小首をかしげる。リナは大きく頷いた。
「そ。自分でデザインした服を売る、って夢! 見事にかなえてみせたわよ! アメリアも夢をかなえたし、これからふたりとも次のステップへ行かなきゃ」
「リナ姐さんの協力があれば、アメリアも心強そうだな。変な奴らに目をつけられたりしてたし」
ジルボがそう言って笑うと、リナの目が見開かれた。
「変な奴ら? なにそれ」
アメリアはというと、乾杯の直後から、あちらこちらへ挨拶をかわして忙しそうにしていた。その間、常に油断なく、しかしさりげなくアメリアの周囲を警戒していたのは、マルカであった。決してアメリアに悟られることのないよう、遠くから。汐はそれとは反対に、できるだけアメリアのほど近くで、来賓客に挨拶をしつつ怪しい人物がいないかどうかを気にしていた。
挨拶がひと段落し、アメリアがようやく一息ついたところへ、千秋が料理を乗せた皿を持ってやってきた。
「マティーナさんもお召し上がりくださいー。とっても美味しいですよー」
料理をたっぷり頬張りながらの千秋の「美味しい」には説得力があった。
「ああ、ありがとうございます。いただきましょうかねーえ。汐さんも、どうぞ召し上がってくださいねーえ」
アメリアがすぐ近くに立っていた汐にも料理を勧めた。
「ありがとうございます。……先ほどのパンフレットを拝見しましたが。戦にも改良すれば使えそうなモノが結構目立ちますね」
「そうですねーえ。そのあたりはまあ、使い方次第、といったところですかねーえ」
「ほむほむー。戦艦の雲でしたかー、あれなんかもそうですかねー? オーロラも?」
千秋が口をはさんで例を挙げると、アメリアはのんびりと頷いた。
「まあそうですねーえ。どれも千秋さんに随分と協力していただいていましたねーえ」
「良い思い出ですー」
「……無粋ではありますが文字通り国の為に研究する未来も覚悟の上でなのでしょうね」
汐の問いかけに、アメリアは口元で微笑んで、気楽そうな声をすっと落ち着かせた。
「ええ。覚悟がありますよーお」
そこへ、ジルボが何やら顔をしかめながらアメリアに近付いてくる。
「アメリア、悪い」
「どうしました?」
「リナ姐さんに余計なこと言っちまったかもしれねえ。怪しい奴らに狙われてたこと、言ってなかったんだな?」
「ああ……、そういえば」
ジルボがちらりとリナの方へ目線を送った。リナは相変わらずシャンパンをどんどん飲み、ジュードとファッションの話に花を咲かせているところだった。
「星の光と蝶のドレス! いいわねえ、それ作りたいわ!」
「でしょ! 虹やオーロラもモチーフにできないかなーって」
「それ、スカーフがいいわね。アクセサリーのセットでもいいな……!」
「商品だけでなく、研究所の制服も作成できないであろうか」
そこへ、鳥が話に加わっていく。アメリアはその様子を見て微笑んだ。
「心配には及びませんよーお。別に隠していたわけではありませんからねーえ。あとできちんと、私からも話しましょう」
汐はそれを聞きながら、別の人物の方へ視線をやった。怪しいと言えば実はこの人も怪しいのだが、と。
汐が見ていたのは、カリム・ルッツバードの秘書、トリイ・シールズであった。パラソルの下で会場の様子を眺め、穏やかに笑っている。
「いやあ、楽しいパーティです」
おおげさでなく、ごく自然にそう笑うトリイに、エアルドフリスが相槌を打つ。
「そうですね。しかし、もっと大きなパーティにもたくさん出席されているのでしょう。物足りなくはありませんか?」
「いやいや。主人であるルッツバード氏に似たのか、私もあまり派手なことが好きではなくて」
トリイは恥ずかしそうに笑う。
「なるほど。では、こういった研究所の支援活動はこっそり行っているわけでしょうか」
「こっそり。なるほど、そういう言い方もありますねえ」
トリイはにこにこしながら頷いた。どうにも捉えどころがない。
「あなたもどこか研究所に?」
「いえ、そういうわけではありません。一学徒として興味が沸いただけですよ。いや、俺の研究対象は薬ですが」
「はーあ、凄いですねえ」
トリイがにっこりと目を輝かせて相槌を打つので、エアルドフリスはつい自分の専門分野について話を広げてしまいそうになった。これはなかなかの人物だぞ、と思っていると。くいくい、と袖を引かれた。
「ああ、すみません、失礼します」
「いえ。お話できて楽しかったです」
最後までにこやかに手を振るトリイの前を辞し、袖を引かれるままパラソルの下を出たエアルドフリスは、袖を引いた犯人であるジュードに笑いかけた。
「すまない、エスコートをさぼってしまったな」
「もー、また剣呑なこと考えてるでしょ?」
頬を膨らませたジュードは、エアルドフリスの口にローストビーフを差し出した。
鳥と制服の話でも盛り上がったらしいリナは、「じゃあ所長から正式に注文を受けなくっちゃ」と言いながらアメリアのもとへやってきた。
気が付けば、アメリアのもとにはほとんどのハンターたちが集まっていた。レナードがパンフレットを片手にいろいろと質問をし、そのたびに思い出話がどんどん出てくる。周囲で来賓客も興味深そうに聞いているようだった。その話が、ふと途切れたとき。鳥が静かに口を開いた。
「私は問う。アメリア・マティーナは昔から空の魔法を希求していたのだろうか。僅かながらでも自然摂理を変じる魔法。私も好奇が尽きないが、きっかけとなった空の魔法があるのだろうか」
その問いに、アメリアは微笑んだ。アメリアの「昔」には誰もが興味を持っていたらしく、いくつもの期待の視線がアメリアに注がれた。
「ああ、そうですねーえ。皆さんにもそういうことは話したことがありませんでしたねーえ。では、折角ですから、ここにいらっしゃる全員に、聞いていただきましょう」
「全員?」
「はい。僭越ながら、スピーチをさせていただきます」
アメリアは、ゆっくりとお辞儀をして、乾杯の音頭を取ったステージへと上がった。
「皆さま。本日はお楽しみいただけたでしょうかねーえ。この「空の研究所」の開設をこうしてたくさんの方に祝っていただけたこと、この上ない喜びでございます。空に関する魔法を、王国のために研究・運用すること。それが、この研究所の使命。使命を果たすべく、尽力して参ります。
私が、空の研究を志したのは、まだ少女の頃。きっかけ、というほどの大層なものはありません。毎日引きこもって本を読み、魔法の勉強をしていた私が、ふと窓からさす光に誘われて見上げた空が、素晴らしく美しかったこと。……それだけなのです。本当に、それだけのことに、心を奪われたのですよーお……」
アメリアは、そこで言葉を切った。大きく、空を仰ぐ。空には薄く、雲がかかっていた。
「雲が、ありますねーえ。私はこの空もとても好きですが……、今日は」
アメリアが、両手を広げて空へと高く伸ばした。手のひらに、何か文様が描いてあるのに、ハンターたちだけが気が付いた。
「空よ、我らが瞳で汝を称えん!
空よ、我らに蒼き祝福を!!」
アメリアが、高らかに唱えた、次の瞬間。
「わああああ!!」
歓声が、上がった。
薄く空を覆っていた雲がさあっと晴れ、蒼く、青く、澄んだ空が、セレモニー会場の上に広がったのだった。
鳴り止まない拍手が、その青い空へ昇っていった。
「アメリアの気持ちのように、広く高い空だ」
ザレムが、美しい青空を見上げてぽつりと呟いた。同じく空を見上げ続けているハンターたちは、無言でそれに同意する。
「見事なサプライズだったな。魔法、何かするなら手伝いたいと思ってたんだが」
ジルボが少し悔しそうに言うと、鳥も頷いた。
「今日は皆さんにも、お客さまでいていただこうと思っていましたからねーえ」
来賓客の見送りを終えたアメリアが、戻ってきて言った。
「アメリアさん、今日、セレモニーに参加して色々知る事が出来て、ほんまに良かったです。もしまた、新しい研究を思いついたら、僕もお手伝いしに行きます! やんね!」
「私も。またお手伝いさせてね」
レナードがにこにこと言い、マチルダも申し出た。ここにいる全員が、同じ思いだった。アメリアは嬉しそうに頷いた。
「是非、よろしくお願いしますねーえ」
そして。
アメリアはゆっくりと、フードに手をかけた。
皆が、思わず息を飲む。
フードをはらい、金髪を豊かに流した白皙のアメリアは、ハンターたちに初めて素顔をさらした。
彼女の両目は、青空と同じ、澄んだ青い色をしていた。
「おおっ、なかなか立派な会場じゃないか!」
ジルボ(ka1732)がぐるりと会場を見回して感心した。マルカ・アニチキン(ka2542)もジルボの隣に並んで、こくこくと頷く。そんなふたりに、給仕係らしい少年が声をかけてきた。
「ハンターの方々でございますね? どうぞ、左手奥にございます建物へお立ち寄りください。所長がご挨拶されたいとのことです」
促されたとおり、ふたりが建物の中へ入ると、小ざっぱりした応接室にはすでに砂唐 汐(ka5742)、レナード=クーク(ka6613)、ジュード・エアハート(ka0410)とエアルドフリス(ka1856)が揃っていた。
「お、エアたちもう来てたのか」
ジルボが片手を上げて挨拶すると、雪をモチーフにした可愛らしいドレスを着こなしたジュードが、エアルドフリスの隣でひらひら手を振った。
「魔法研究所の開設、とっても嬉しい事やんね! こないに素敵なセレモニーに参加出来て、僕もわくわくするなぁ」
レナードがにこにこと言うと、ジルボたちが入って来た扉が再び開き、マチルダ・スカルラッティ(ka4172)と小宮・千秋(ka6272)が入ってきた。
「こんにちは、アメリアさん、お招きありがとう」
「ほいほーい、マティーナさん、この度は誠におめでとうございまーす! あれ? マティーナさんはまだですか?」
千秋が首を傾げると、ちょうどそのタイミングで、応接室の奥の扉が開いた。
「ああ、皆さん、お待たせしましたねーえ」
いつもの黒いローブ姿のアメリアが入って来た。その後ろから、雨を告げる鳥(ka6258)もやって来て、マチルダが目を丸くした。
「レインさん、もう来てたんですか?」
「アメリア・マティーナにパンフレットの作成を提案した。これまでの空の魔法を紹介するためのものだ」
「ええ、良い案だと思いましてねーえ、作成を手伝っていただいていたのですよーお」
鳥はハンターたちに出来上がったらしいパンフレットを配った。おお、とレナードが目を輝かせる。
「空の魔法に関する研究、一体どないな研究を重ねてきたんやろかと興味があったやんね! これならわかりやすいなあ!」
「下調べはしてきましたが……、はやり……。単品でこれ、とは言えないでもよくよく考えてみたら天候を間接的にいじったり結構やばい事をやっているような」
汐も、真剣なまなざしでパンフレットに目を通していく。
「あの、アメリアさん、これ、よろしければセレモニーのお料理に加えてくださいっ」
マルカが持参した花籠パイを差し出す。それを皮切りに、皆、口々にアメリアに祝辞を贈った。極め付けは。
「ちょっと遅くなったかな? 開設おめでとう、会場を彩る花に俺からの気持ちも加えてくれ」
大きな花束をかかえて現れた、ザレム・アズール(ka0878)であった。
セレモニー開始の五分前に、ハンターたちは全員屋外へと出た。来賓客はもうほとんど揃っているようで、給仕係の少年たちが乾杯用のグラスを配っていた。ハンターたちも、自分の好みの飲み物が入ったグラスを選んで受け取る。
「あなたたちが噂のハンターさんたちね! 今日は来てくれてありがとう! あたしはリナ。アメリアの古い友人よ」
明るい笑顔の女性・リナが声をかけてきた。簡易ステージの近くに立つアメリアを見やりながら、感心したようにハンターたちに言う。
「あなたたちが来てくれたのが、アメリアは本当に嬉しかったみたいね。あんなにテンションが高いアメリアは初めて見たわ」
そのセリフに全員が思った。
どう見てもいつもと同じだ、と。
「……テンションが」
「高い……?」
その思いを代表して、ジルボとマチルダが首を傾げた。
「あ、始まるわね」
簡易ステージの上に、アメリアが立った。いつも通り、フードを目深にかぶったままで顔はほとんど見えない。わずかにのぞく口元は、穏やかに微笑んでいた。
「皆さま。本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。空の研究所・所長に就任いたしました、アメリア・マティーナでございます。一日、どうぞ楽しんでくださいねーえ。まずは、乾杯をさせていただきましょう。乾杯の音頭を、トリイ・シールズ殿にお願いしたいと思います」
さすがに少々かしこまった口調で、アメリアが最初の挨拶を述べると、アメリアの隣に細身の青年が立った。人懐っこい笑みを浮かべ、柔らかそうな茶色の髪をさらさらと風になびかせている。
「ただいまご紹介にあずかりました、トリイ・シールズでございます。本日は、我が主人カリム・ルッツバードの名代として参上いたしました。空の研究所の開設、誠におめでとうございます。僭越ながら、乾杯の音頭を取らせていただきます。それでは皆さま、グラスをご用意ください。……では。空の研究所の新しい門出を祝って、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!!!」」」
あちこちで、グラスを合わせる澄んだ音が響いた。ハンターたちやリナも、満面の笑みで乾杯をかわす。
あたたかい料理がどんどん運ばれてきて、会場は一気に賑やかな話し声で満ち溢れた。
「お、黄昏の魔法で世話になった人たちがいるな。挨拶してくるか」
ジルボがそう言って動き出すと、ジュードも来賓の中に見知った顔を見つけた。
「ねえねえ、エアさん。夏にお祭りでお世話になった村長さんがいるよ。挨拶に行こうよ」
「ああ、そうだな」
星の光を増してその下で蝶を舞わせる、という幻想的な魔法を使用した祭りに参加したことがあるのだ。ジュードとエアルドフリスが揃って挨拶に行くと、村長も彼らのことをよく覚えていたらしく、すぐに笑顔を向けた。
「あのときには本当にありがとうございました。あちらにおみえの方々も参加してくださってましたよね」
村長は他のハンターたちの方を見て微笑む。
「実に素晴らしいお祭りでした。是非また拝見したいものです」
エアルドフリスが丁寧に礼を述べると、村長は実に嬉しそうに頷いた。
「是非また遊びにいらしてください。可愛らしい踊り子さんは大評判でしたし」
「わーい、また行きたいな!」
ジュードがくるりと回って見せながら微笑んだ。
「蝶の魔術ってどんなのですか? 物凄く気になるやんね!」
レナードが興味津々に話に加わると、村長はさらに嬉しそうにお祭りの説明を始めた。
「うーん、絶品だ。肉もいいものを使っているし、何よりこのソースがいいな。隠し味はなんだろうな……、香ばしさがあるからナッツ類だな……」
様々な料理を口に運んでは味の探究にいそしんでいるのはザレムだ。その間も来賓客たちに挨拶するなど、振る舞いには隙がない。マチルダとマルカが、虹の橋の魔法の際に顔を合わせた来賓客と挨拶しているのを見ると、さらりとそこへ加わって思い出話に花を咲かせた。
「ふうん。アメリアったら結構しっかり知り合い増やしてるんじゃあないの」
リナがハンターたちの様子を見て満足そうに頷く。彼女はかなりイケるくちらしく、すでに何杯ものシャンパンを飲みほしてけろりとしていた。
「リナさんは、いつからの知り合いなの? アメリアさんははじめは姿を見せなくて怪しい人だと思ってたよ。昔からそんな感じだった?」
「その話、俺にも是非聞かせてほしいな」
マチルダがリナに問いかけ、ザレムも頷きながら顔を向けた。ジルボとマルカもリナの周囲に集まってくる。
「怪しい、かあ。まあ確かにねえ」
リナは面白そうにけらけら笑ってから、懐かしむように目を細めた。
「そうねー、怪しいってほどじゃないけど、姿を見せないのは昔からだわね。今みたいにフードかぶって、とかそういうんじゃなくて、部屋から出てこない、って方の姿を見せない、だけど」
「ひきこもり、ってやつですか? あ、いや、失礼」
ザレムがつい言ってしまってから慌てて訂正すると、リナは気を悪くするどころか上機嫌になって、そうそう、と笑った。
「まさしくひきこもりよー! おっそろしく頭のいい子で、地元でも有名だったんだけど、まあ、なんつーか、コミュニケーション能力がイマイチでね。……でもあるときから、ふらっと外へ出てくるようになったの。それからは、空ばかり見てた。あの空を見つめる視線は本当にまっすぐで、澄んでいて、使命感に溢れていて……、あたしはその姿を見て、自分も夢の為に頑張ろうって思ったの」
「夢、ですか?」
マルカが小首をかしげる。リナは大きく頷いた。
「そ。自分でデザインした服を売る、って夢! 見事にかなえてみせたわよ! アメリアも夢をかなえたし、これからふたりとも次のステップへ行かなきゃ」
「リナ姐さんの協力があれば、アメリアも心強そうだな。変な奴らに目をつけられたりしてたし」
ジルボがそう言って笑うと、リナの目が見開かれた。
「変な奴ら? なにそれ」
アメリアはというと、乾杯の直後から、あちらこちらへ挨拶をかわして忙しそうにしていた。その間、常に油断なく、しかしさりげなくアメリアの周囲を警戒していたのは、マルカであった。決してアメリアに悟られることのないよう、遠くから。汐はそれとは反対に、できるだけアメリアのほど近くで、来賓客に挨拶をしつつ怪しい人物がいないかどうかを気にしていた。
挨拶がひと段落し、アメリアがようやく一息ついたところへ、千秋が料理を乗せた皿を持ってやってきた。
「マティーナさんもお召し上がりくださいー。とっても美味しいですよー」
料理をたっぷり頬張りながらの千秋の「美味しい」には説得力があった。
「ああ、ありがとうございます。いただきましょうかねーえ。汐さんも、どうぞ召し上がってくださいねーえ」
アメリアがすぐ近くに立っていた汐にも料理を勧めた。
「ありがとうございます。……先ほどのパンフレットを拝見しましたが。戦にも改良すれば使えそうなモノが結構目立ちますね」
「そうですねーえ。そのあたりはまあ、使い方次第、といったところですかねーえ」
「ほむほむー。戦艦の雲でしたかー、あれなんかもそうですかねー? オーロラも?」
千秋が口をはさんで例を挙げると、アメリアはのんびりと頷いた。
「まあそうですねーえ。どれも千秋さんに随分と協力していただいていましたねーえ」
「良い思い出ですー」
「……無粋ではありますが文字通り国の為に研究する未来も覚悟の上でなのでしょうね」
汐の問いかけに、アメリアは口元で微笑んで、気楽そうな声をすっと落ち着かせた。
「ええ。覚悟がありますよーお」
そこへ、ジルボが何やら顔をしかめながらアメリアに近付いてくる。
「アメリア、悪い」
「どうしました?」
「リナ姐さんに余計なこと言っちまったかもしれねえ。怪しい奴らに狙われてたこと、言ってなかったんだな?」
「ああ……、そういえば」
ジルボがちらりとリナの方へ目線を送った。リナは相変わらずシャンパンをどんどん飲み、ジュードとファッションの話に花を咲かせているところだった。
「星の光と蝶のドレス! いいわねえ、それ作りたいわ!」
「でしょ! 虹やオーロラもモチーフにできないかなーって」
「それ、スカーフがいいわね。アクセサリーのセットでもいいな……!」
「商品だけでなく、研究所の制服も作成できないであろうか」
そこへ、鳥が話に加わっていく。アメリアはその様子を見て微笑んだ。
「心配には及びませんよーお。別に隠していたわけではありませんからねーえ。あとできちんと、私からも話しましょう」
汐はそれを聞きながら、別の人物の方へ視線をやった。怪しいと言えば実はこの人も怪しいのだが、と。
汐が見ていたのは、カリム・ルッツバードの秘書、トリイ・シールズであった。パラソルの下で会場の様子を眺め、穏やかに笑っている。
「いやあ、楽しいパーティです」
おおげさでなく、ごく自然にそう笑うトリイに、エアルドフリスが相槌を打つ。
「そうですね。しかし、もっと大きなパーティにもたくさん出席されているのでしょう。物足りなくはありませんか?」
「いやいや。主人であるルッツバード氏に似たのか、私もあまり派手なことが好きではなくて」
トリイは恥ずかしそうに笑う。
「なるほど。では、こういった研究所の支援活動はこっそり行っているわけでしょうか」
「こっそり。なるほど、そういう言い方もありますねえ」
トリイはにこにこしながら頷いた。どうにも捉えどころがない。
「あなたもどこか研究所に?」
「いえ、そういうわけではありません。一学徒として興味が沸いただけですよ。いや、俺の研究対象は薬ですが」
「はーあ、凄いですねえ」
トリイがにっこりと目を輝かせて相槌を打つので、エアルドフリスはつい自分の専門分野について話を広げてしまいそうになった。これはなかなかの人物だぞ、と思っていると。くいくい、と袖を引かれた。
「ああ、すみません、失礼します」
「いえ。お話できて楽しかったです」
最後までにこやかに手を振るトリイの前を辞し、袖を引かれるままパラソルの下を出たエアルドフリスは、袖を引いた犯人であるジュードに笑いかけた。
「すまない、エスコートをさぼってしまったな」
「もー、また剣呑なこと考えてるでしょ?」
頬を膨らませたジュードは、エアルドフリスの口にローストビーフを差し出した。
鳥と制服の話でも盛り上がったらしいリナは、「じゃあ所長から正式に注文を受けなくっちゃ」と言いながらアメリアのもとへやってきた。
気が付けば、アメリアのもとにはほとんどのハンターたちが集まっていた。レナードがパンフレットを片手にいろいろと質問をし、そのたびに思い出話がどんどん出てくる。周囲で来賓客も興味深そうに聞いているようだった。その話が、ふと途切れたとき。鳥が静かに口を開いた。
「私は問う。アメリア・マティーナは昔から空の魔法を希求していたのだろうか。僅かながらでも自然摂理を変じる魔法。私も好奇が尽きないが、きっかけとなった空の魔法があるのだろうか」
その問いに、アメリアは微笑んだ。アメリアの「昔」には誰もが興味を持っていたらしく、いくつもの期待の視線がアメリアに注がれた。
「ああ、そうですねーえ。皆さんにもそういうことは話したことがありませんでしたねーえ。では、折角ですから、ここにいらっしゃる全員に、聞いていただきましょう」
「全員?」
「はい。僭越ながら、スピーチをさせていただきます」
アメリアは、ゆっくりとお辞儀をして、乾杯の音頭を取ったステージへと上がった。
「皆さま。本日はお楽しみいただけたでしょうかねーえ。この「空の研究所」の開設をこうしてたくさんの方に祝っていただけたこと、この上ない喜びでございます。空に関する魔法を、王国のために研究・運用すること。それが、この研究所の使命。使命を果たすべく、尽力して参ります。
私が、空の研究を志したのは、まだ少女の頃。きっかけ、というほどの大層なものはありません。毎日引きこもって本を読み、魔法の勉強をしていた私が、ふと窓からさす光に誘われて見上げた空が、素晴らしく美しかったこと。……それだけなのです。本当に、それだけのことに、心を奪われたのですよーお……」
アメリアは、そこで言葉を切った。大きく、空を仰ぐ。空には薄く、雲がかかっていた。
「雲が、ありますねーえ。私はこの空もとても好きですが……、今日は」
アメリアが、両手を広げて空へと高く伸ばした。手のひらに、何か文様が描いてあるのに、ハンターたちだけが気が付いた。
「空よ、我らが瞳で汝を称えん!
空よ、我らに蒼き祝福を!!」
アメリアが、高らかに唱えた、次の瞬間。
「わああああ!!」
歓声が、上がった。
薄く空を覆っていた雲がさあっと晴れ、蒼く、青く、澄んだ空が、セレモニー会場の上に広がったのだった。
鳴り止まない拍手が、その青い空へ昇っていった。
「アメリアの気持ちのように、広く高い空だ」
ザレムが、美しい青空を見上げてぽつりと呟いた。同じく空を見上げ続けているハンターたちは、無言でそれに同意する。
「見事なサプライズだったな。魔法、何かするなら手伝いたいと思ってたんだが」
ジルボが少し悔しそうに言うと、鳥も頷いた。
「今日は皆さんにも、お客さまでいていただこうと思っていましたからねーえ」
来賓客の見送りを終えたアメリアが、戻ってきて言った。
「アメリアさん、今日、セレモニーに参加して色々知る事が出来て、ほんまに良かったです。もしまた、新しい研究を思いついたら、僕もお手伝いしに行きます! やんね!」
「私も。またお手伝いさせてね」
レナードがにこにこと言い、マチルダも申し出た。ここにいる全員が、同じ思いだった。アメリアは嬉しそうに頷いた。
「是非、よろしくお願いしますねーえ」
そして。
アメリアはゆっくりと、フードに手をかけた。
皆が、思わず息を飲む。
フードをはらい、金髪を豊かに流した白皙のアメリアは、ハンターたちに初めて素顔をさらした。
彼女の両目は、青空と同じ、澄んだ青い色をしていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
開設記念セレモニー ジルボ(ka1732) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2017/01/26 23:22:50 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/01/26 19:28:00 |