ゲスト
(ka0000)
【碧剣】The watershed
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/01/24 19:00
- 完成日
- 2017/02/01 07:57
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「……参った、なぁ」
夜の帳が落ちて、どれだけの時間が経っただろうか。
凍えるほどの冷気が、自室の中に横たわっている。シュリ・エルキンズ(kz0195)は毛布をたぐり寄せながら、ロウソクの灯りの中――仄明るく光を返す、愛剣を眺めている。
碧剣。銘も知らぬこの剣を、気鋭の鍛冶師は“魔剣”と呼んだ。ただし、“未完の魔剣”だと。
シュリにとっては、かつて騎士だった父が振るった、形見の剣だ。思い入れは、深い。
シュリが騎士を目指したのは、父のように誰かを護るためだった。務めのために晩年以外はほとんど家には居なかった。数少ない機会のなかで、遠い戦場に向かう父に、なんのために闘うのかを聞いたことがあった。
お前たちのためだよ、と、シュリの頭に手を置いた父は言った。
それから。 背が伸びたな、シュリ、と、心から嬉しそうに、笑ったのだった。
――父さんが居ないあいだ、リリィのことを護ってくれよ。
父は決まってそう言って、家を出ていった。そのことが、シュリの原点だった。
学生生活だけをしている間は、とにかく吸収することに必死だった。
戦場に立つようになってから。この剣のことで、助けてもらうようになってから、同じ問いにぶつかることが、増えてきた。
なんのために剣を振るうのかを、問われ続けた。
その答え、今も、昔も、変わらないままだ。
護りたい。それは、妹に限らず、自分自身の手が届く限りの誰か。だからこそ、父と同じ、騎士を目指した。
……けれど。どこかで、想いが、軋んでいることが解る。
声が、聞こえるのだ。頭の中で、響き続けているのだ。
『聞こえているんだろう、シュリ・エルキンズ!』
断末魔が、焼き付いて、離れない。
護りたい、という願いは、護ることができなかったとき、呪いに変わった。
護るために必要なもの。その茫漠さに、目が回る。
それらを端的に結べば――『力が、欲しい』と、なる。
一つ一つ、こなしていくしか無いことは、分かっている。だからこそ、もどかしいのだ。
「…………」
強さ。そんな、不確かなものに、振り回されていることを、この上なく自覚しながら――手を、握り締める。手に馴染んだ碧剣の硬い手応えを感じながら、胸中で、言葉にした。
――僕は、彼に……ロシュ・フェイランドに、勝てるだろうか。
●
先日の『半藏』討伐により、『歪虚対策会議』は多額の報奨金を得た。
「……えええ……」
にしても、だ。
眼前で、一演習場を占領して訓練に励む学生たちを見て、思わず感嘆の声が、零れた。
歪虚対策会議にあてがわれた土地は、一課外活動としては慮外の広さを誇る。装備品の類を置く倉庫は勿論のこと、刻令ゴーレム『Gnome』に、専用の厩まで揃えている。小市民のシュリには想像もできなかった。
覚醒者はそれぞれの得物を持ち、非覚醒者は銃を持つ。重装甲に調整したGnomeを盾にしつつ、拠点を構築し、陣をなして銃撃を放つ。
シュリが入り込む隙間がないくらい、徹底した後方火力に主軸を置いた戦術訓練だった。
「来たか、シュリ・エルキンズ」
「……ロシュ」
馬上から訓練の様子を眺めていたロシュ・フェイランドが満足げに頬をほころばせながら、近づいてきた。シュリは平民の出だ。対して、ロシュは尊き生まれであり――つまるところ、身分違いは甚だしいのだが、ロシュはなぜか、シュリから敬われるのを厭う傾向にある。
だからこそ、シュリは――周囲の学生たちに疎まれるのは承知の上で――そう呼んでいるのだが、流されるままにこういう付き合いをしている。
最近は極力ロシュを避けるように自主練に励んでいたので、実際のところ、会話をするのは久しぶりの事だった。
その理由は――。
「ところで、シュリ」
「は、はい?」
「金の使い道は決めたのか?」
「……ぅ」
これだ。
半藏討伐の報奨金は、ロシュを通じて、対策会議の面々に――特にあの日戦場に立った面々にも分配された。シュリも、そのオコボレに預かった。シュリにとっては目がくらむほどの大金だったこと以外は、有難いことこの上ない、のだが――。
それからというもの、用途を幾度となく聞いてくるロシュの意図が読めなくて、なんとなく、逃げ回っているのであった。
「――いえ、まだ、です」
「ふん……」
そう言うと、決まって不機嫌そうに鼻を鳴らすロシュが、不可解で、怖かったから。
「訓練は順調だな。十分な装備に、十分な教練。戦術――」
ロシュは不機嫌そうなまま、横目でこちらを見下ろした。
「その点、君は暇そうだな、シュリ・エルキンズ」
「…………ええ、まあ」
ぽり、と頬を掻いた。
「あの訓練に、僕の居場所は無いもので……」
強いて言えば、弾除けか、あるいは的か。どちらにしたって、幸せなものではない。
「……」
「……」
ふいに、沈黙が落ち込んできた。息を詰めるシュリに、ロシュは、こう言った。
「なら、一つ、仕合うか」
「…………へ?」
それは、至極、唐突な。
「一週間後に、此処で。条件は追って報せる」
宣戦布告、だった。
「……参った、なぁ」
夜の帳が落ちて、どれだけの時間が経っただろうか。
凍えるほどの冷気が、自室の中に横たわっている。シュリ・エルキンズ(kz0195)は毛布をたぐり寄せながら、ロウソクの灯りの中――仄明るく光を返す、愛剣を眺めている。
碧剣。銘も知らぬこの剣を、気鋭の鍛冶師は“魔剣”と呼んだ。ただし、“未完の魔剣”だと。
シュリにとっては、かつて騎士だった父が振るった、形見の剣だ。思い入れは、深い。
シュリが騎士を目指したのは、父のように誰かを護るためだった。務めのために晩年以外はほとんど家には居なかった。数少ない機会のなかで、遠い戦場に向かう父に、なんのために闘うのかを聞いたことがあった。
お前たちのためだよ、と、シュリの頭に手を置いた父は言った。
それから。 背が伸びたな、シュリ、と、心から嬉しそうに、笑ったのだった。
――父さんが居ないあいだ、リリィのことを護ってくれよ。
父は決まってそう言って、家を出ていった。そのことが、シュリの原点だった。
学生生活だけをしている間は、とにかく吸収することに必死だった。
戦場に立つようになってから。この剣のことで、助けてもらうようになってから、同じ問いにぶつかることが、増えてきた。
なんのために剣を振るうのかを、問われ続けた。
その答え、今も、昔も、変わらないままだ。
護りたい。それは、妹に限らず、自分自身の手が届く限りの誰か。だからこそ、父と同じ、騎士を目指した。
……けれど。どこかで、想いが、軋んでいることが解る。
声が、聞こえるのだ。頭の中で、響き続けているのだ。
『聞こえているんだろう、シュリ・エルキンズ!』
断末魔が、焼き付いて、離れない。
護りたい、という願いは、護ることができなかったとき、呪いに変わった。
護るために必要なもの。その茫漠さに、目が回る。
それらを端的に結べば――『力が、欲しい』と、なる。
一つ一つ、こなしていくしか無いことは、分かっている。だからこそ、もどかしいのだ。
「…………」
強さ。そんな、不確かなものに、振り回されていることを、この上なく自覚しながら――手を、握り締める。手に馴染んだ碧剣の硬い手応えを感じながら、胸中で、言葉にした。
――僕は、彼に……ロシュ・フェイランドに、勝てるだろうか。
●
先日の『半藏』討伐により、『歪虚対策会議』は多額の報奨金を得た。
「……えええ……」
にしても、だ。
眼前で、一演習場を占領して訓練に励む学生たちを見て、思わず感嘆の声が、零れた。
歪虚対策会議にあてがわれた土地は、一課外活動としては慮外の広さを誇る。装備品の類を置く倉庫は勿論のこと、刻令ゴーレム『Gnome』に、専用の厩まで揃えている。小市民のシュリには想像もできなかった。
覚醒者はそれぞれの得物を持ち、非覚醒者は銃を持つ。重装甲に調整したGnomeを盾にしつつ、拠点を構築し、陣をなして銃撃を放つ。
シュリが入り込む隙間がないくらい、徹底した後方火力に主軸を置いた戦術訓練だった。
「来たか、シュリ・エルキンズ」
「……ロシュ」
馬上から訓練の様子を眺めていたロシュ・フェイランドが満足げに頬をほころばせながら、近づいてきた。シュリは平民の出だ。対して、ロシュは尊き生まれであり――つまるところ、身分違いは甚だしいのだが、ロシュはなぜか、シュリから敬われるのを厭う傾向にある。
だからこそ、シュリは――周囲の学生たちに疎まれるのは承知の上で――そう呼んでいるのだが、流されるままにこういう付き合いをしている。
最近は極力ロシュを避けるように自主練に励んでいたので、実際のところ、会話をするのは久しぶりの事だった。
その理由は――。
「ところで、シュリ」
「は、はい?」
「金の使い道は決めたのか?」
「……ぅ」
これだ。
半藏討伐の報奨金は、ロシュを通じて、対策会議の面々に――特にあの日戦場に立った面々にも分配された。シュリも、そのオコボレに預かった。シュリにとっては目がくらむほどの大金だったこと以外は、有難いことこの上ない、のだが――。
それからというもの、用途を幾度となく聞いてくるロシュの意図が読めなくて、なんとなく、逃げ回っているのであった。
「――いえ、まだ、です」
「ふん……」
そう言うと、決まって不機嫌そうに鼻を鳴らすロシュが、不可解で、怖かったから。
「訓練は順調だな。十分な装備に、十分な教練。戦術――」
ロシュは不機嫌そうなまま、横目でこちらを見下ろした。
「その点、君は暇そうだな、シュリ・エルキンズ」
「…………ええ、まあ」
ぽり、と頬を掻いた。
「あの訓練に、僕の居場所は無いもので……」
強いて言えば、弾除けか、あるいは的か。どちらにしたって、幸せなものではない。
「……」
「……」
ふいに、沈黙が落ち込んできた。息を詰めるシュリに、ロシュは、こう言った。
「なら、一つ、仕合うか」
「…………へ?」
それは、至極、唐突な。
「一週間後に、此処で。条件は追って報せる」
宣戦布告、だった。
リプレイ本文
●
肌をさすほどの寒日であった。吐息は白み、四肢が凝る。透き通る空の青さが、少しばかり憎らしいほどだ。
「よ、よろしく……お、お願い……しま……す?」
シュリの声にはかすかな震えと、戸惑い。待ち合わせ場所に姿を表した何某かは十中八九、ハンターであるだろう。身の丈は小柄なシュリよりもなお小さい。一部の肌も見えぬ金属鎧は魔獣をあしらった凶々しいもの。
「最強の剣って、どんな剣だと思いますか?」
少女の声で、彼女は言った。
シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)。熟練の猟撃士の声は冬の風に似た冷たさをもって響いた。
●
「他の方もするでしょうが、一応は」
そう言って、手元の得物を掲げた。そこには、大ぶりな弓と矢が――。
「……」
言いかけて停止したシルヴィアに、シュリは小首を傾げて続きを待った。
「……ど、どうしたんですか?」
「いえ」
その手には、弓と、矢が――無かった。
「(対弓戦闘とする予定でしたが)実戦形式で、という形でよいですか?」
胸中の動揺は、その人生で培った無表情と磨き上げた口調で塗りつぶして、そう言った。
「はい!」
シュリとしても願ったり叶ったりである。練達の狙撃手の訓練がうけられるのであれば、是非もない。
●
不幸な事故の予感しかしない。
せめてもの予防策として備品の無線機を渡しておくことにした。泣き言が聞こえたら、引き金に添えた指をとどめられるように。
「――当たらないように剣の間合いまで近づいて下さい」
『はい!』
「……行きます」
ああ。始まってしまった。
●
距離は200。広い間合いは、ロシュの弓を意識した。
遠方から疾駆する少年は、真っ直ぐにシルヴィアを射抜いている。眼前に盾を構えて、死角を減らす。まだ間合いからは遠いことを了解しているのだろう。一直線に向かってくる。
そう、間合いには遠い。話すには、良い頃合いだ。
「私は生きるために銃を握りました」
無線はつながっている。不思議な感覚だ。無線の先で確かに彼は聞いている。動揺が、足にでている。
「あまつさえ、明日の食事のために人を殺めて生きてきました」
銃を、ひたりと構えた。想起するのは、どこかの戦場。食い詰め者が軍人になった先のこと。
「そんな私ですが、誰かを守ろうなんて思う時がありました。今もあります」
残り100。速度は緩まない。その姿は、随分と大きくなっている。
昔はこのくらいの距離で撃てたなどと思い出す。その日々が、随分と遠く感じられた。
「まあ、結局人間一人の力なんてそれはそれは弱いもので、守れることの方が少ないし、取りこぼし多いですが……拾えるものもあります」
有効射程まで、あと少し。構えたまま――。
「全てを守るのは無理ですので」
撃った。少年は小さい身体を更に丸め、沈み込むようにして回避。
「各々が各々の大切なものをいくつか決めて守るくらいが丁度いいんです」
軽い動作を視界と照星に捉えつつ、後方に跳ねて間合いを外しさらに銃撃を浴びせる。今度は中った。シュリは弾かれそうになる盾を確りと固めつつ、シルヴィアを頑然と見据え、疾走を再開。
「漠然と強さを求めるより、貴方の目標は何処にあって何をして何を守って生きているのかを考えて下さい」
「……、は、い!」
声は、今度こそ無線を通さずに響いた。余裕の無さは――まあ、銃口を向けられている以上宜なるかな。当然、連射した。ロシュは決して使うことはないであろう制圧射撃。予想外の掃射に、シュリの足が止まる。
後退する足を止め、すぐに再装填、シュリの額に照準を合わせる。
動きが、とまった。剣を振るには遠く、引き金を引けば終わる距離。荒く吐く息が、大気に白く刻まれた。
――シュリは、それ以上、踏み込まなかった。
「ロシュ・フェイランドさんでしたか。彼の気持ちが分かる気がします。自分が認めた相手が……」
「……気持ち、ですか?」
怪訝げな声に、シルヴィアは小さく吐息を零す。
「いや、なんでもありません」
銃口を下ろした。手違いの結果として銃撃を浴びせまくったのに、シュリは極めて満足げ。熟練の連射を体感したことを、素直に喜んでいるようにすら見える。
少女は、仕事は終わりだ、と示すように片手をあげた。
ああ。
なんて――平和なんだろう。
慨嘆とも、感嘆ともつかぬ吐息を押し殺しながら、告げる。
「……盾と片手剣は堅実ですが決め手に少々欠けます。届かない時はいっそ盾を捨ててみてはいかがですか?」
「決め手……」
「まあ、火力は変わりませんけどね」
冗談じみた言葉を冷たく言いつつ、少女は別れの挨拶を示した。
「最強の剣でも持ち手が未熟なら未完成ですよ、精々頑張ってください」
●
「ぶっは……!」
奇声があがる中、依頼を受けたハンターは手を掲げ、陽気に告げた。
「やっ、久しぶり!」
ジュード・エアハート(ka0410)。艶やかな黒髪を風に流しながらジュードは笑みを浮かべた。少しばかり、大きくなったように感じる。少年が潜り抜けた戦線を知ったからだろうか。
あるいは、その行く末を、予感したからだろうか。
だから、ジュードは笑みを崩すこと無く、軽く手を振った。
「俺と特訓だよー!」
●
遠方にジュードを見据えて、シュリは息を整えた。
――下手な所は、見せられない。
相手がジュードであること。加えて、シルヴィアに教えを請けた後だ。
本気で挑ませて貰えることを、有難いと感じる。
『体力が尽きる前にジュードを止めろ』
そういう“ルール”だ。
それは、シュリの体力が尽きるまで撃ち続けるという宣言にほかならない。
本当に――有難い。
「行きます!」
●
疾走する少年が間合いに入った。それを迎え撃つのは、極限の集中。にぃ、と釣り上がった頬のまま、引き絞った弦を放つ。
轟々たる咆哮が響いた。衝撃に大気が弾ける中、忽ち遠くなる矢とその先に在るシュリを見つめる。
掛け値なしの、全力の一射。
「―――ッ!」
「えっ……」
直撃した。否、正確には盾で真っ向から受け止めんとしたようだ。シュリは衝撃に目を見張りながらも、すぐに駆け出す。盾を狙った一撃だったが、確りと握り、離しはしなかった。
ジュードは、シュリの無謀を愉快に感じながらも、手は止まらない。同じ一撃を放った。今度は回避。余裕のある回避は、闘狩人にしては、疾い。回避に重きを置いていると知れる動きだった。
愛馬ソネットの腹を蹴る。足の速さと間合い。ロシュのアドバンテージを再現するためだ。全速力で駆け続けるシュリの姿が忽ち小さくなる。
●
夥しい射撃を、避け続ける。手心のない掃射は、紛れもない強者の一撃だった。
かつての記憶が記憶のだけに、今のジュードの姿は意外でもあり――ただただ、嬉しかった。
「ボロボロだね、シュリ君!」
「はいっ!」
声が届く。それは、縮まった間合いを意味していた。防御を固めたシュリは、馬上のジュードに向かって足を止めずに疾駆。
剣を振らんと構えたシュリの目が、驚愕に見開かれた。
ジュードが、弓を捨てたのだ。予想外の動きに、反応が遅れる。
「減点!」
それを見逃すジュードでは無かった。振り払った手から、“何か”が伸びる。灰白色のそれは、シュリの右手を打擲し、直後に絡み付く。
「っ、これ……っ」
「合わせたね、でも!」
剣を狙った一撃を、それと気づいて躱したのは妙手だ。だが高位の猟撃士であるジュードとでは、筋力は拮抗する。
「……シュリ君、どうする?」
「こうします!」
シュリはこの時、こう考えた。
ジュードを“止めたら”勝ち。
だから――拮抗を推力に飛び込んだ。馬上のジュードの元へと、真っ直ぐに。
「……そうなるよ、ね!」
自らの元に飛び込んできたシュリの剣が、馬上のジュードを逆袈裟に切り上げ――同時。
「――ッ!
ジュードは上体を大きく引いて、馬上で反対側へと倒れ込むようにしながら――その脚が、奔った。
翻る白いドレス。そしてそこから走る艶やかな肌。最後に飛び込んできたブーツが、シュリの意識を刈り取った。
●
――序盤の無茶は……。
ジュードは目を覚ましても倒れ込んだままのシュリを見て、そんな事を思う。敗着は間違いなくあそこ。だが、シュリが敢えて受けた理由を思えば、少しばかり面映い。
頭もとに座り込んでシュリの猫毛を撫でくりまわしたジュードは、笑みと共に、言葉を落とす。
「シュリ君、ロシュ君に勝ちなよ」
「……っ」
すぐさま、シュリは起き上がった。その目は驚きに見開かれている。葛藤のど真ん中を射抜かれての、素直な驚愕。
「それが、君にとって大切な一歩。強くなった一つの証さ。それがあればまた強くなれるから――」
護れなかった時の悔悟はジュードだって経験してきたものだった。だから、解ることもある。
「俺も、強くなったと思ってたんだよね。でも……守れなくて、落ち込んだこと、あったよ」
失うことを恐れて、その機会すらも畏れそうになった。
「でも、守りたいものがゼロになったわけじゃないって気づいた。だから俺はまだ銃を握る、弓をひくし……目を、逸らさない」
だから、勝ちなよ、と繰り返して。
「手を伸ばして」
「は、はい……?」
戸惑いと共に伸ばされたシュリの手に、影が落ちる。それから、軽い音。それらを背に、ジュードは微笑んだ。
「求めよ、さらば与えられんってね」
ちょっとした“ご褒美”と共に小さく、胸中で祈りを捧げた。
――諦めずに、手を伸ばし続けてね。
本来の碧剣を手にした時、君が君でいられるように。
その先行きは、不吉の気配が漂う。
だからこそ。祈りにも似た願いを、呟いたのであった。
●
マッシュ・アクラシス(ka0771)の武威を端的に語るのは難しい。苛烈ではないが、容赦もない。繊細緻密ではあるが、余裕は残る。それは凡庸を自覚するシュリにとって、一つの理想でもあった。
だから。
『まあ、先日はお疲れ様だったようですね』
そう言ってもらえた時、偉大なる先達が気にかけていたと知れ、嬉しかった。
●
「――ァア!」
予想を超えたシュリの健闘に、マッシュはバイザー越しに小さく目を見開いた。
騎馬にて距離を取りながら射撃するマッシュに対し、シュリはひたすらに走った。剣すら持たず、鞘に納めての大疾走。しかし、マッシュが驚いたのは、そこではない。
シュリは能く避けた。一般的な闘狩人のそれとは大きく異なる回避力で、兎角避ける。
――ああ。
それは、強烈な既視感となる。シュリの煩悶と思索、考え抜いた末の選択は、あまりにも馴染みが深い。奇しくも゛過日”、彼自身がその立ち回りを選んだのだから。
「いやはや、よくも、まぁ」
これは、愉快だ。ロシュを想定した装備をしてきたからこそ、この武装との相性も解る。
悪くない。その選択は。
だからこそ、マッシュは。
大人げなく、徹底して距離を外した。
馬の脚だ。欲を出さなければスキルの都合で足を止める必要もないため、距離を詰められる道理もない。誤算があったとしたら、シュリが矢の威力を恐れなかったことだろう。
一立ち回りのあとで、話を聞いて納得した。慮外の矢の威力と馬の組み合わせを既にその身で味わったという。
その威力たるやマッシュをして苦笑するほどであったから、回避に重きを置く方針になったことはある種必然だったのだろう。
●
続く、互いに徒歩での戦闘は拮抗していた。シュリの得物である碧剣は、確かに業物だとその身で知る。シュリの立ち回りは慎重だ。誘いには乗らず、無謀は侵さず、堅実――かつ年の割に老練な剣で攻める。
そのうえで、シュリはスキルを使わなかった。
立ち回り含めて真剣に考えていることはすでに解っていたので、手を抜いているのではなく、使いどころを見極めようとしているのだと知れ――あえては触れずに、丁寧に返り討ちにした。
●
「……私は余りこの訓練に意味を感じられませんね」
薙ぎ払いをまともにくらい吹き飛んだシュリを見下ろしながらの呟きである。
「そ、そうですか?」
「 そもそも戦闘とは、目標を得るための手段に過ぎません。目的では、無い」
「……お、おっしゃる通りです」
状況が固まっている戦闘”演習”は、ことシュリのようなタイプには意味がない、と今は断言できた。だからこそシュリは恥じ入り、俯いている。
そんなシュリを見て、マッシュはもう一つ確信を抱いてもいる。歪虚対策会議において、シュリとロシュの実力は頭二つほど抜けている。
――だからこそ、持ち掛けた方にとっては、意味があるのでしょうかね。
だとしたら、シュリも……ひょっとしたらロシュですらも、難儀なものだ。
そのうえで、苦労人には少しばかり大人として対応してもいい、とすら思った。
「シュリさん、如何でしょうか」
ゆえに、問いは、端的に。
「守るモノもなく、自分にとっても意味を見いだせない戦いは、虚しいものでしょうか?」
「……い、え」
問いの意味が悟れないほど、愚鈍でもないのだろう。少年自身の悩みが”別”にあることを突かれ、かつ自覚的であるからこそ、答えは鈍る。
「ただ……悩んでしまいます。これで、いいのかって」
「……」
マッシュの見立てでは、順当にいけばシュリは勝利するだろう。戦術的相性はこと”今回に限れば”さほど重要ではない。だが、シュリの返答には違う”含み”があった。
――いやはや。
だからこそ、問題の根深さも解ろうものだ。シュリは確かに葛藤している。おそらく、自分以外のハンターの言葉によって。
シュリが求めるものと、ロシュが求めるものは、決定的に食い違っている。否、いた、というべきか。
誰かは知らないが、ハンターが差した水は、新たな葛藤の種になる劇薬だったのだろう。
「どんなものであれ、皆それぞれに、意味を見出しているものです」
「はい……」
応じるシュリに、それ以上をマッシュは語らない。この答えは、自分で見つけるべきものだ、と。少なくともマッシュはそう思う。それに、大人げなくボコボコにした分の言葉は掛けた。
だからこそ、付け足すのならば。
「ああ、我々の言葉そのままに答えを出そうとしない方がいいですよ」
こういう言葉になる。
「何しろめいめい、違う事を言うかもしれませんから」
「い、いえ」
果たして。苦笑に似た色の乗った言葉に、シュリ少年は馬鹿正直に首を振って、こう結んだのだった。
「勉強になってます……すごく……」
●
シュリは緊張していた。
女性と、こんな、二人っきりで――否、振り返れば、女性とは゛二戦”ほど二人っきりで交戦したばかりではあるが、これは違う。
「ん?」
待ち合わせ場所で合流したヴィルマ・ネーベル(ka2549)の穏やかな表情に、大人だなぁ、なんて場違いな感想を抱く。
「あ、あの」
「む?」
「怪我は大丈夫、ですか?」
「ありがとのう。この通り、無事じゃ」
頬を掻いたヴィルマの姿は――どこか遠くを見ているようにも見え――やはり、シュリの目には大人に見えるのだった。
●
昼食時を越えた店内では、穏やかな時間が流れている。二人の飲み物が届くのを待つ間、居住まいをただしているシュリをヴィルマはじっと見つめた。こんな依頼を出すシュリの心算はわからないでもない。そうでなくても、シュリのこれまでをヴィルマは見てきたのだ。
「そなたを見ておるとのぅ、死に急いでいた頃の我を思い出すのじゃよ」
「え?」
最初に抱いたのは、戸惑い。だが、瞬後に思い至ったのは、半藏との一戦。
「歪虚を倒し尽くせば、みんなを幸せにできると思っておった頃の自分をのぅ……」
「……」
シュリは知っている。憎悪に囚われていたヴィルマも、前髪で隠れている顔の傷の痛々しさも。
語られた願いの大きさは、盲目の証だとも解った。
「……我の場合は幸せの中に、自分は含まれておらんかった」
そのうえで、ヴィルマは重なると言ったのだ。込められた意味に、シュリは言葉を継げなくなる。
「例えそのまま死のうと、より多くの歪虚を巻き込んで死ねるならとそんな調子じゃった」
手元の紅茶を見るヴィルマの瞳は、まるで自らの娘を想う母親のように、優しい。
「……ぁ」
その瞳の色に覚えがあって、シュリの心が揺れた。
「一緒に戦う仲間の気持ちや、我に護られる者の気持ちなど、全く考えておらんかったのを後で思い知ったのじゃが。『 一人で背負うな、死に急ぐな馬鹿、そんな風に護られても嬉しくない生きろ』……と、怒られたよ」
口真似は、ヴィルマの口調とは異なった。ゆえにそれが彼女が本当に言われた言葉で、今も大事に抱える言葉なのだと解る。
「生きたくは、なかったんですか?」
「うむ、まぁ、その時まではなぁ」
問いに、ヴィルマは面映ゆそうに微笑んだ。
「大切な仲間や……恋人ができてのぅ。強くなりたいと思う気持ちは強くなったが、不思議と焦りはなくなったのじゃて。この仲間達となら、強くなれる補い合えるとな」
「……それは」
それは、すごいことだ。だって。
「僕は、焦ってばかりです」
対して、シュリは自身が情けなくて――だから、止められなかった。
「僕は、助けられなくて。声が、離れないんです。頭から」
――そこにいるんだろう、シュリ・エルキンズ!
「彼らを守れなかったのは、僕がっ」
「我も護れぬ事はあった。自身の非力を嘆いたよ。現在進行形でも悔やんでおる。じゃが、のぅ」
「……」
シュリが、その心情を、あるがままに吐露したのは初めてのことだった。だからこそ、剥き出しになった心が、酷く、痛む。
「そなたは一人で背負い込みすぎじゃ」
シュリの心情が手に取るように分かるが故に。ヴィルマは心を鬼にして、告げる。この阿呆たれと尻を蹴るのが、かつてその道を歩んだ先達としての義務であり――そのさらに彼方にいてきたモノたちへの、手向けだ。
「地道な努力が身になっているか、心配になるのも分かる。だが、どんな些細な事でさえ、身になるのじゃ。我が歪虚相手ならせんでもいいと、苦手に思っていた対人模擬戦闘でさえも、得るものも大きかった」
シュリとしては、頷くしかないのだろう。狂ってまでは居ないシュリにとって、正論はその身を刺す毒だ。説教している母親のような気持ちになってきて、ヴィルマは、ほう、と努めて息を吐く。
田舎から出て貴族やそれに類する子息らに囲まれて――孤立して。真剣に過ぎ、そして、不器用に過ぎた。指摘する友人も居ない一方で、ハンターが居て、彼の憧憬の先には騎士たる父が居た。
――仲間と呼ぶべきものが居なかったのじゃろうなぁ。
「ロシュはロシュなりに、そなたを気にかけておるのじゃろうな」
「そう、ですか?」
だから、こんなことも解らない。今度こそ、笑いがこぼれた。
これは、ともすれば好機だろう。
「迷いも決意も遠慮なくぶつけてこい。 勝ち負けなどどちらでもいいのじゃ。何か掴めたらそれがそなたの勝利じゃよ」
「……」
畏れるように、シュリは口を開く。
「……僕は、勝ってもいいんでしょうか」
「馬鹿たれ!」
「――っ」
突然の大喝に、シュリは目を見開いて――漸く、”顔を上げた”。飛び込んできたのは、茶目っ気を含んだ、ヴィルマの蒼い双眸。
「……ぁ」
「”すべて”、ぶつけるのじゃ。手抜きだけは、お主の往く道とは真逆のことじゃよ?」
「は、はい!」
シュリは呆気にとられた表情のまま、何度も、何度も、頷いたのだった。
●
自失。そう、自失だった。柏木 千春(ka3061)は、茫と立つシュリを見て、これまでにどのような言葉をかけられたのだろう、と少し気になった。
――その直向きさが、少しばかりうらやましい。
声を掛けることを戸惑うほどだった。
「……シュリさん」
それでも、責任感が背を押した。
●
小さいが閑静な公園にたどり着く。中心にある水場は避けて、建物を背負い風を避けられる位置にある木製のベンチに座った。吐息が白むのを眺めながら――千春が、口を開く。
「護りたいと願ったものを、護れないって、とても……怖いですよね」
「……はい」
悄然と応じたシュリは、くしゃくしゃと自らの髪を掻き乱し、首筋を掴んだ。
「怖い、です。もう護れないんじゃないか……護れるのか、解らなくて」
“足りなかった”焦りは、飢えや渇きに似ていて――それゆえに心身問わず強い誰かに対して憧憬を抱いてしまう。斯く在れば、あるいはと。
だから。
「私も、ですよ」
千春が、真剣な顔でそう言ったとき本当に驚いた。冷静かつ勇敢に難敵に立ち向かう千春の言葉とは、思えなくて。
――それでも、千春が語った言葉は、心に染みていった。
かつての依頼で、と語られた喪失の痛みは、シュリのそれと相似していた。失った相手は詳しくは聞けなかったけれど、取り返しのつかない過ちと苦しみは、本当によく似ていた。
「……私も、いつも不安なんです。いつだって何かが足りなくて、手の届くものすら護れると明言することもできない。必死、なんです」
ここにきて、背負い過ぎだと言ったヴィルマの気持ちが解る。
けれど――それを、千春に言うのは憚れた。
同じだ。シュリも、千春も。“それ”を、背負いたいのだ。どうしようもなく、背負わずにはいられないのだ。
だから。
「だから虚勢を張って、焦る気持ちを誤魔化して、足りない私が、護るべきを護るためにはどうすればいいかを考えて」
「……」
同意もできなかった。シュリの葛藤が千春の口を借りて流れ出しているようなそれは、夢幻のような光景に過ぎて。
「きっと、周りからの評価は関係なくて……ただ、自分が理想とする姿が遠くて、果てしなくて。遠すぎて――能力とか、才能とか、足りてない気がして……」
●
心の裡を、打ち明けた。
自制が強すぎるきらいのある“柏木千春”が、それが、シュリの糧になるかは解らなくても、告げた。
理由は簡単。
相似を意識していたのは、千春の方だ。
悩みが似ていると解ろうものだ。
だから、これから告げる言葉は、答えじゃない。気づきのような、細やかなもの。
「でも、思うんです。足りないからこそ、前に進めるんじゃないかな、って」
「失わなければ、前に進めなかった……?」
「失ったからこそ……私たちは、そう在ろうとしています。目指すところが遠いところにあるものだから」
だから、それは、悪いことじゃない。
●
気づけば、シュリは、澎湃と涙を流していた。
痛い。苦しい。
今回、言葉を交わしたハンターたちは誰しもが強かった。でも、最初から強かったわけじゃない。あれだけ言葉をもらったのに、そんなことに、今更気が付いた。そんな人達に、ただただ憧憬を抱くなんて――なんて自分は無様なんだろう。なんて、優しい人たちだったのだろう。
嗚咽を堪えるシュリをよそに、言葉は続く。
「私は、シュリさんのこと、とても尊敬しているんです。頑張っているとか、そういうことじゃなくて……何かを護りたいと願う意思と、直向きな姿勢が、本当にすごいなって」
千春の手が、蹲ったシュリの背に触れた。近くて遠い距離で、千春は告げる。
「だから、シュリさんも。もどかしいと思うかもしれないけれど……今の自分を、認めてあげてほしいんです」
シュリの胸中は、渾然とした感情で張り裂けそうになっていた。
だって、その言葉は、あまりにも痛い。
「今の貴方の想いは、ちゃんと未来の貴方へと繋がっていて。それは、先に進むための……『力』を手に入れるための、覚悟の芽……今はまだ小さな芽でも、少しずつ育てていけばいいと思うんです」
それは、シュリを肯定するための、言葉だ。
けれど、それは。
耐えきれずに、シュリは静かに、泣いた。
●
「……すみませんでした」
「いいえ」
千春はずっと隣に座っていた。告げるべきは告げたからと、静かに。
顔を上げたシュリは泣きはらした目で、千春を見た。
「……?」
問うように首をかしげると、シュリは大きく息を吸い。
まっすぐに、こう言った。
「……貴女自身のことも、認めてあげてください。たとえその強さが虚構でも、虚勢でも」
ああ。
「僕も、千春さんのこと、尊敬しています。だから……」
本当に、似ている、と。千春は苦笑した。
自分のことは棚に上げて、他人の事なら素直に認められるところまで。
「ありがとうございます」
だから、千春は微笑みながら、そう応じた。
●
日中にもなれば、少しばかり陽光の気配も滲んでくるのだろう。八原 篝(ka3104)は一人、王都の街路を歩んでいる。陽気に惹かれてか、道行く人の多いこと。
「……もう」
道行く人と比べれば、篝は小柄な部類に入る。残念なことに待ち合わせをしている人も小柄。このあたり、と思ったものの、見回しても人の壁に遮られてしまい奮わない。不満が滲み出した、その時のことだった。
「篝さーん!」
往来を貫く声に、驚くよりも先に、苦笑してしまう。人々の視線が、声の主の方へと集まる――それも気にすることなく、人混みの向こうから“少年”が姿を現した。
「お久しぶりです!」
――最後に会ったのが、一昨年の十月。一年と少しが経った。
「ほんとに、久しぶり」
その間に起ったことは、全てじゃないなりに理解しているつもりだ。だから、だろうか。一年前とくらべて、立ち居振る舞いが、変じているようにも見えた。
「色々、あったみたいね」
「……はい」
言葉に苦笑を返すシュリに、篝は元来た道を指した。
「とりあえず、移動しましょう」
小首を傾げるシュリに、篝は小さく溜息をついて、声を落としてこう告げた。
「あなたが大声で呼ぶから、人目を集めて仕方ないの」
「す、すみません!」
●
では、というシュリの案内についていくと、落ち着いた雰囲気の喫茶店にたどり着いた。
すぐに話題は、対ロシュの戦術についてになる。
「馬が邪魔、ね」
「はい。脚の速さだけは本当に……」
いやに実感の籠もった言葉に、どこかで相当絞られたのか、と予想できた。
「馬具を壊すことで無力化できないかしら?」
「……いえ、彼は乗馬は長けているので、それだけだと難しいかもしれないです」
頭の中でロシュの立ち回りを想像しながら、篝はシュリの剣を眺めた。壁に立て置かれた碧色の剣。
「接近戦でも、武器のリーチの差はあるんじゃない?」
「そこは軽装を活かしたいなぁ、なんて……」
幾つか、頭の中で×を付ける。「反撃狙いは難しく……ロシュのカウンターには要注意」と呟くと、どうにも、シュリの勝ち目が乏しいように見えて仕方がない。
――ロシュは、本気で勝ちに来てるのね。
だからこそ、そんな事を思った。歩兵で、バランス型の剣盾使いのシュリに対して、徹底的に有利を得ようとしている現状が、そもそもおかしいのだ。
「シュリ。あなたもあなたよ。どうしてこんな条件で勝負を引き受けたの?」
「え?」
「脚も違う。装備も違う。戦場もロシュに有利。こんなので尋常、なんて甚だおかしいわ。交渉する余地もなかったの?」
「…………考えもしてませんでした」
地の利が向こうにあることは、シュリも認めているところなのだろう。言葉とは裏腹に、シュリの態度には“遠慮”が見えた。あるいはそれは――我慢、とでもいうべきもので。
「あのね」
半ば呆れつつ、篝は言った。
「貴族だからとか面倒な事考えているんでしょうけど、そんな事忘れてしまいなさい」
「……その、田舎ものでして……」
平民の出には厳しい、というシュリの理由や本音は、リアルブルー人の篝には想像することしかできない。ただ、普段の生活まで透けて見えようもので……なるほど。顔を突き合わせれば報告書以上に解るものもある。
「言っておくけど」
久しぶりとはいえ、付き合いは、長い。端的に言わないと気づかないことは、良く知っていた。
だから。
「多分、ロシュはあなたと対等な友達……いえ、戦友になりたいのよ」
言った。
反応は、激烈極まるもので。
「はぁぁぁぁぁ?!」
「静かに。店内よ?」
膝を打ち付け兼ねない勢いで立ち上がりかけたシュリが、篝の言葉で慌てて座る。
「……っ、いや、ありえませんよ。対等とか……友達とか……」
「……いいわ。一応、言っとくけど」
反駁するシュリに、今度こそ、完全に呆れが勝った。
「あなたは「お金」の話だから構えてしまうんでしょうけど、ロシュが報奨金の使い道ばかりを訊いてくるのは、あなた達が勝ち取った大切な成果だからじゃないかしら」
「それが……」
「ねえ、報奨金を分け与えるのは、あなたが思う貴族のやり方なの?」
「……」
ぐうの音も出なくなったシュリは、顔を手で覆っている。煩悶か、葛藤かは分からないが、打てば響くのは――まぁ、及第点か。
勝負とは、違う話になってしまったけれど……でも、こちらのほうが、多分、大事なことだった、とシュリの顔を見て、思う。
だから。篝は吐息を一つこぼして、苦笑を浮かべた。許しのポーズまでしてあげないと、多分、分からないから。
「お金、あるんでしょう? 装備を整えてらっしゃい」
「……はい」
そのまま立ち上がったシュリは、「頑張ってきます……」と憔悴したまま告げて、支払いをすると足早に店外へと駆け出していった。去り際、窓の外から精一杯のお辞儀を残して。
「全く……」
支払いをしたことは気を使い過ぎだし――置いていかれたことは、少しばかり、腹の虫が収まらない。
「ちゃんと戦わなかったら承知しないわよ」
それでも、淡い笑みと共に、紅茶を味わうことにする。勝っても負けても、悪い結果にはならないだろう、と。そう思えたから。
●
シュリ・エルキンズとロシュ・フェイランドの一騎打ち。
その内容は、別の機会に詳述するとして――結果だけ、簡潔に記したい。
シュリは形勢不利の中、懸命に戦い。
勝利を、おさめた、と。
肌をさすほどの寒日であった。吐息は白み、四肢が凝る。透き通る空の青さが、少しばかり憎らしいほどだ。
「よ、よろしく……お、お願い……しま……す?」
シュリの声にはかすかな震えと、戸惑い。待ち合わせ場所に姿を表した何某かは十中八九、ハンターであるだろう。身の丈は小柄なシュリよりもなお小さい。一部の肌も見えぬ金属鎧は魔獣をあしらった凶々しいもの。
「最強の剣って、どんな剣だと思いますか?」
少女の声で、彼女は言った。
シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)。熟練の猟撃士の声は冬の風に似た冷たさをもって響いた。
●
「他の方もするでしょうが、一応は」
そう言って、手元の得物を掲げた。そこには、大ぶりな弓と矢が――。
「……」
言いかけて停止したシルヴィアに、シュリは小首を傾げて続きを待った。
「……ど、どうしたんですか?」
「いえ」
その手には、弓と、矢が――無かった。
「(対弓戦闘とする予定でしたが)実戦形式で、という形でよいですか?」
胸中の動揺は、その人生で培った無表情と磨き上げた口調で塗りつぶして、そう言った。
「はい!」
シュリとしても願ったり叶ったりである。練達の狙撃手の訓練がうけられるのであれば、是非もない。
●
不幸な事故の予感しかしない。
せめてもの予防策として備品の無線機を渡しておくことにした。泣き言が聞こえたら、引き金に添えた指をとどめられるように。
「――当たらないように剣の間合いまで近づいて下さい」
『はい!』
「……行きます」
ああ。始まってしまった。
●
距離は200。広い間合いは、ロシュの弓を意識した。
遠方から疾駆する少年は、真っ直ぐにシルヴィアを射抜いている。眼前に盾を構えて、死角を減らす。まだ間合いからは遠いことを了解しているのだろう。一直線に向かってくる。
そう、間合いには遠い。話すには、良い頃合いだ。
「私は生きるために銃を握りました」
無線はつながっている。不思議な感覚だ。無線の先で確かに彼は聞いている。動揺が、足にでている。
「あまつさえ、明日の食事のために人を殺めて生きてきました」
銃を、ひたりと構えた。想起するのは、どこかの戦場。食い詰め者が軍人になった先のこと。
「そんな私ですが、誰かを守ろうなんて思う時がありました。今もあります」
残り100。速度は緩まない。その姿は、随分と大きくなっている。
昔はこのくらいの距離で撃てたなどと思い出す。その日々が、随分と遠く感じられた。
「まあ、結局人間一人の力なんてそれはそれは弱いもので、守れることの方が少ないし、取りこぼし多いですが……拾えるものもあります」
有効射程まで、あと少し。構えたまま――。
「全てを守るのは無理ですので」
撃った。少年は小さい身体を更に丸め、沈み込むようにして回避。
「各々が各々の大切なものをいくつか決めて守るくらいが丁度いいんです」
軽い動作を視界と照星に捉えつつ、後方に跳ねて間合いを外しさらに銃撃を浴びせる。今度は中った。シュリは弾かれそうになる盾を確りと固めつつ、シルヴィアを頑然と見据え、疾走を再開。
「漠然と強さを求めるより、貴方の目標は何処にあって何をして何を守って生きているのかを考えて下さい」
「……、は、い!」
声は、今度こそ無線を通さずに響いた。余裕の無さは――まあ、銃口を向けられている以上宜なるかな。当然、連射した。ロシュは決して使うことはないであろう制圧射撃。予想外の掃射に、シュリの足が止まる。
後退する足を止め、すぐに再装填、シュリの額に照準を合わせる。
動きが、とまった。剣を振るには遠く、引き金を引けば終わる距離。荒く吐く息が、大気に白く刻まれた。
――シュリは、それ以上、踏み込まなかった。
「ロシュ・フェイランドさんでしたか。彼の気持ちが分かる気がします。自分が認めた相手が……」
「……気持ち、ですか?」
怪訝げな声に、シルヴィアは小さく吐息を零す。
「いや、なんでもありません」
銃口を下ろした。手違いの結果として銃撃を浴びせまくったのに、シュリは極めて満足げ。熟練の連射を体感したことを、素直に喜んでいるようにすら見える。
少女は、仕事は終わりだ、と示すように片手をあげた。
ああ。
なんて――平和なんだろう。
慨嘆とも、感嘆ともつかぬ吐息を押し殺しながら、告げる。
「……盾と片手剣は堅実ですが決め手に少々欠けます。届かない時はいっそ盾を捨ててみてはいかがですか?」
「決め手……」
「まあ、火力は変わりませんけどね」
冗談じみた言葉を冷たく言いつつ、少女は別れの挨拶を示した。
「最強の剣でも持ち手が未熟なら未完成ですよ、精々頑張ってください」
●
「ぶっは……!」
奇声があがる中、依頼を受けたハンターは手を掲げ、陽気に告げた。
「やっ、久しぶり!」
ジュード・エアハート(ka0410)。艶やかな黒髪を風に流しながらジュードは笑みを浮かべた。少しばかり、大きくなったように感じる。少年が潜り抜けた戦線を知ったからだろうか。
あるいは、その行く末を、予感したからだろうか。
だから、ジュードは笑みを崩すこと無く、軽く手を振った。
「俺と特訓だよー!」
●
遠方にジュードを見据えて、シュリは息を整えた。
――下手な所は、見せられない。
相手がジュードであること。加えて、シルヴィアに教えを請けた後だ。
本気で挑ませて貰えることを、有難いと感じる。
『体力が尽きる前にジュードを止めろ』
そういう“ルール”だ。
それは、シュリの体力が尽きるまで撃ち続けるという宣言にほかならない。
本当に――有難い。
「行きます!」
●
疾走する少年が間合いに入った。それを迎え撃つのは、極限の集中。にぃ、と釣り上がった頬のまま、引き絞った弦を放つ。
轟々たる咆哮が響いた。衝撃に大気が弾ける中、忽ち遠くなる矢とその先に在るシュリを見つめる。
掛け値なしの、全力の一射。
「―――ッ!」
「えっ……」
直撃した。否、正確には盾で真っ向から受け止めんとしたようだ。シュリは衝撃に目を見張りながらも、すぐに駆け出す。盾を狙った一撃だったが、確りと握り、離しはしなかった。
ジュードは、シュリの無謀を愉快に感じながらも、手は止まらない。同じ一撃を放った。今度は回避。余裕のある回避は、闘狩人にしては、疾い。回避に重きを置いていると知れる動きだった。
愛馬ソネットの腹を蹴る。足の速さと間合い。ロシュのアドバンテージを再現するためだ。全速力で駆け続けるシュリの姿が忽ち小さくなる。
●
夥しい射撃を、避け続ける。手心のない掃射は、紛れもない強者の一撃だった。
かつての記憶が記憶のだけに、今のジュードの姿は意外でもあり――ただただ、嬉しかった。
「ボロボロだね、シュリ君!」
「はいっ!」
声が届く。それは、縮まった間合いを意味していた。防御を固めたシュリは、馬上のジュードに向かって足を止めずに疾駆。
剣を振らんと構えたシュリの目が、驚愕に見開かれた。
ジュードが、弓を捨てたのだ。予想外の動きに、反応が遅れる。
「減点!」
それを見逃すジュードでは無かった。振り払った手から、“何か”が伸びる。灰白色のそれは、シュリの右手を打擲し、直後に絡み付く。
「っ、これ……っ」
「合わせたね、でも!」
剣を狙った一撃を、それと気づいて躱したのは妙手だ。だが高位の猟撃士であるジュードとでは、筋力は拮抗する。
「……シュリ君、どうする?」
「こうします!」
シュリはこの時、こう考えた。
ジュードを“止めたら”勝ち。
だから――拮抗を推力に飛び込んだ。馬上のジュードの元へと、真っ直ぐに。
「……そうなるよ、ね!」
自らの元に飛び込んできたシュリの剣が、馬上のジュードを逆袈裟に切り上げ――同時。
「――ッ!
ジュードは上体を大きく引いて、馬上で反対側へと倒れ込むようにしながら――その脚が、奔った。
翻る白いドレス。そしてそこから走る艶やかな肌。最後に飛び込んできたブーツが、シュリの意識を刈り取った。
●
――序盤の無茶は……。
ジュードは目を覚ましても倒れ込んだままのシュリを見て、そんな事を思う。敗着は間違いなくあそこ。だが、シュリが敢えて受けた理由を思えば、少しばかり面映い。
頭もとに座り込んでシュリの猫毛を撫でくりまわしたジュードは、笑みと共に、言葉を落とす。
「シュリ君、ロシュ君に勝ちなよ」
「……っ」
すぐさま、シュリは起き上がった。その目は驚きに見開かれている。葛藤のど真ん中を射抜かれての、素直な驚愕。
「それが、君にとって大切な一歩。強くなった一つの証さ。それがあればまた強くなれるから――」
護れなかった時の悔悟はジュードだって経験してきたものだった。だから、解ることもある。
「俺も、強くなったと思ってたんだよね。でも……守れなくて、落ち込んだこと、あったよ」
失うことを恐れて、その機会すらも畏れそうになった。
「でも、守りたいものがゼロになったわけじゃないって気づいた。だから俺はまだ銃を握る、弓をひくし……目を、逸らさない」
だから、勝ちなよ、と繰り返して。
「手を伸ばして」
「は、はい……?」
戸惑いと共に伸ばされたシュリの手に、影が落ちる。それから、軽い音。それらを背に、ジュードは微笑んだ。
「求めよ、さらば与えられんってね」
ちょっとした“ご褒美”と共に小さく、胸中で祈りを捧げた。
――諦めずに、手を伸ばし続けてね。
本来の碧剣を手にした時、君が君でいられるように。
その先行きは、不吉の気配が漂う。
だからこそ。祈りにも似た願いを、呟いたのであった。
●
マッシュ・アクラシス(ka0771)の武威を端的に語るのは難しい。苛烈ではないが、容赦もない。繊細緻密ではあるが、余裕は残る。それは凡庸を自覚するシュリにとって、一つの理想でもあった。
だから。
『まあ、先日はお疲れ様だったようですね』
そう言ってもらえた時、偉大なる先達が気にかけていたと知れ、嬉しかった。
●
「――ァア!」
予想を超えたシュリの健闘に、マッシュはバイザー越しに小さく目を見開いた。
騎馬にて距離を取りながら射撃するマッシュに対し、シュリはひたすらに走った。剣すら持たず、鞘に納めての大疾走。しかし、マッシュが驚いたのは、そこではない。
シュリは能く避けた。一般的な闘狩人のそれとは大きく異なる回避力で、兎角避ける。
――ああ。
それは、強烈な既視感となる。シュリの煩悶と思索、考え抜いた末の選択は、あまりにも馴染みが深い。奇しくも゛過日”、彼自身がその立ち回りを選んだのだから。
「いやはや、よくも、まぁ」
これは、愉快だ。ロシュを想定した装備をしてきたからこそ、この武装との相性も解る。
悪くない。その選択は。
だからこそ、マッシュは。
大人げなく、徹底して距離を外した。
馬の脚だ。欲を出さなければスキルの都合で足を止める必要もないため、距離を詰められる道理もない。誤算があったとしたら、シュリが矢の威力を恐れなかったことだろう。
一立ち回りのあとで、話を聞いて納得した。慮外の矢の威力と馬の組み合わせを既にその身で味わったという。
その威力たるやマッシュをして苦笑するほどであったから、回避に重きを置く方針になったことはある種必然だったのだろう。
●
続く、互いに徒歩での戦闘は拮抗していた。シュリの得物である碧剣は、確かに業物だとその身で知る。シュリの立ち回りは慎重だ。誘いには乗らず、無謀は侵さず、堅実――かつ年の割に老練な剣で攻める。
そのうえで、シュリはスキルを使わなかった。
立ち回り含めて真剣に考えていることはすでに解っていたので、手を抜いているのではなく、使いどころを見極めようとしているのだと知れ――あえては触れずに、丁寧に返り討ちにした。
●
「……私は余りこの訓練に意味を感じられませんね」
薙ぎ払いをまともにくらい吹き飛んだシュリを見下ろしながらの呟きである。
「そ、そうですか?」
「 そもそも戦闘とは、目標を得るための手段に過ぎません。目的では、無い」
「……お、おっしゃる通りです」
状況が固まっている戦闘”演習”は、ことシュリのようなタイプには意味がない、と今は断言できた。だからこそシュリは恥じ入り、俯いている。
そんなシュリを見て、マッシュはもう一つ確信を抱いてもいる。歪虚対策会議において、シュリとロシュの実力は頭二つほど抜けている。
――だからこそ、持ち掛けた方にとっては、意味があるのでしょうかね。
だとしたら、シュリも……ひょっとしたらロシュですらも、難儀なものだ。
そのうえで、苦労人には少しばかり大人として対応してもいい、とすら思った。
「シュリさん、如何でしょうか」
ゆえに、問いは、端的に。
「守るモノもなく、自分にとっても意味を見いだせない戦いは、虚しいものでしょうか?」
「……い、え」
問いの意味が悟れないほど、愚鈍でもないのだろう。少年自身の悩みが”別”にあることを突かれ、かつ自覚的であるからこそ、答えは鈍る。
「ただ……悩んでしまいます。これで、いいのかって」
「……」
マッシュの見立てでは、順当にいけばシュリは勝利するだろう。戦術的相性はこと”今回に限れば”さほど重要ではない。だが、シュリの返答には違う”含み”があった。
――いやはや。
だからこそ、問題の根深さも解ろうものだ。シュリは確かに葛藤している。おそらく、自分以外のハンターの言葉によって。
シュリが求めるものと、ロシュが求めるものは、決定的に食い違っている。否、いた、というべきか。
誰かは知らないが、ハンターが差した水は、新たな葛藤の種になる劇薬だったのだろう。
「どんなものであれ、皆それぞれに、意味を見出しているものです」
「はい……」
応じるシュリに、それ以上をマッシュは語らない。この答えは、自分で見つけるべきものだ、と。少なくともマッシュはそう思う。それに、大人げなくボコボコにした分の言葉は掛けた。
だからこそ、付け足すのならば。
「ああ、我々の言葉そのままに答えを出そうとしない方がいいですよ」
こういう言葉になる。
「何しろめいめい、違う事を言うかもしれませんから」
「い、いえ」
果たして。苦笑に似た色の乗った言葉に、シュリ少年は馬鹿正直に首を振って、こう結んだのだった。
「勉強になってます……すごく……」
●
シュリは緊張していた。
女性と、こんな、二人っきりで――否、振り返れば、女性とは゛二戦”ほど二人っきりで交戦したばかりではあるが、これは違う。
「ん?」
待ち合わせ場所で合流したヴィルマ・ネーベル(ka2549)の穏やかな表情に、大人だなぁ、なんて場違いな感想を抱く。
「あ、あの」
「む?」
「怪我は大丈夫、ですか?」
「ありがとのう。この通り、無事じゃ」
頬を掻いたヴィルマの姿は――どこか遠くを見ているようにも見え――やはり、シュリの目には大人に見えるのだった。
●
昼食時を越えた店内では、穏やかな時間が流れている。二人の飲み物が届くのを待つ間、居住まいをただしているシュリをヴィルマはじっと見つめた。こんな依頼を出すシュリの心算はわからないでもない。そうでなくても、シュリのこれまでをヴィルマは見てきたのだ。
「そなたを見ておるとのぅ、死に急いでいた頃の我を思い出すのじゃよ」
「え?」
最初に抱いたのは、戸惑い。だが、瞬後に思い至ったのは、半藏との一戦。
「歪虚を倒し尽くせば、みんなを幸せにできると思っておった頃の自分をのぅ……」
「……」
シュリは知っている。憎悪に囚われていたヴィルマも、前髪で隠れている顔の傷の痛々しさも。
語られた願いの大きさは、盲目の証だとも解った。
「……我の場合は幸せの中に、自分は含まれておらんかった」
そのうえで、ヴィルマは重なると言ったのだ。込められた意味に、シュリは言葉を継げなくなる。
「例えそのまま死のうと、より多くの歪虚を巻き込んで死ねるならとそんな調子じゃった」
手元の紅茶を見るヴィルマの瞳は、まるで自らの娘を想う母親のように、優しい。
「……ぁ」
その瞳の色に覚えがあって、シュリの心が揺れた。
「一緒に戦う仲間の気持ちや、我に護られる者の気持ちなど、全く考えておらんかったのを後で思い知ったのじゃが。『 一人で背負うな、死に急ぐな馬鹿、そんな風に護られても嬉しくない生きろ』……と、怒られたよ」
口真似は、ヴィルマの口調とは異なった。ゆえにそれが彼女が本当に言われた言葉で、今も大事に抱える言葉なのだと解る。
「生きたくは、なかったんですか?」
「うむ、まぁ、その時まではなぁ」
問いに、ヴィルマは面映ゆそうに微笑んだ。
「大切な仲間や……恋人ができてのぅ。強くなりたいと思う気持ちは強くなったが、不思議と焦りはなくなったのじゃて。この仲間達となら、強くなれる補い合えるとな」
「……それは」
それは、すごいことだ。だって。
「僕は、焦ってばかりです」
対して、シュリは自身が情けなくて――だから、止められなかった。
「僕は、助けられなくて。声が、離れないんです。頭から」
――そこにいるんだろう、シュリ・エルキンズ!
「彼らを守れなかったのは、僕がっ」
「我も護れぬ事はあった。自身の非力を嘆いたよ。現在進行形でも悔やんでおる。じゃが、のぅ」
「……」
シュリが、その心情を、あるがままに吐露したのは初めてのことだった。だからこそ、剥き出しになった心が、酷く、痛む。
「そなたは一人で背負い込みすぎじゃ」
シュリの心情が手に取るように分かるが故に。ヴィルマは心を鬼にして、告げる。この阿呆たれと尻を蹴るのが、かつてその道を歩んだ先達としての義務であり――そのさらに彼方にいてきたモノたちへの、手向けだ。
「地道な努力が身になっているか、心配になるのも分かる。だが、どんな些細な事でさえ、身になるのじゃ。我が歪虚相手ならせんでもいいと、苦手に思っていた対人模擬戦闘でさえも、得るものも大きかった」
シュリとしては、頷くしかないのだろう。狂ってまでは居ないシュリにとって、正論はその身を刺す毒だ。説教している母親のような気持ちになってきて、ヴィルマは、ほう、と努めて息を吐く。
田舎から出て貴族やそれに類する子息らに囲まれて――孤立して。真剣に過ぎ、そして、不器用に過ぎた。指摘する友人も居ない一方で、ハンターが居て、彼の憧憬の先には騎士たる父が居た。
――仲間と呼ぶべきものが居なかったのじゃろうなぁ。
「ロシュはロシュなりに、そなたを気にかけておるのじゃろうな」
「そう、ですか?」
だから、こんなことも解らない。今度こそ、笑いがこぼれた。
これは、ともすれば好機だろう。
「迷いも決意も遠慮なくぶつけてこい。 勝ち負けなどどちらでもいいのじゃ。何か掴めたらそれがそなたの勝利じゃよ」
「……」
畏れるように、シュリは口を開く。
「……僕は、勝ってもいいんでしょうか」
「馬鹿たれ!」
「――っ」
突然の大喝に、シュリは目を見開いて――漸く、”顔を上げた”。飛び込んできたのは、茶目っ気を含んだ、ヴィルマの蒼い双眸。
「……ぁ」
「”すべて”、ぶつけるのじゃ。手抜きだけは、お主の往く道とは真逆のことじゃよ?」
「は、はい!」
シュリは呆気にとられた表情のまま、何度も、何度も、頷いたのだった。
●
自失。そう、自失だった。柏木 千春(ka3061)は、茫と立つシュリを見て、これまでにどのような言葉をかけられたのだろう、と少し気になった。
――その直向きさが、少しばかりうらやましい。
声を掛けることを戸惑うほどだった。
「……シュリさん」
それでも、責任感が背を押した。
●
小さいが閑静な公園にたどり着く。中心にある水場は避けて、建物を背負い風を避けられる位置にある木製のベンチに座った。吐息が白むのを眺めながら――千春が、口を開く。
「護りたいと願ったものを、護れないって、とても……怖いですよね」
「……はい」
悄然と応じたシュリは、くしゃくしゃと自らの髪を掻き乱し、首筋を掴んだ。
「怖い、です。もう護れないんじゃないか……護れるのか、解らなくて」
“足りなかった”焦りは、飢えや渇きに似ていて――それゆえに心身問わず強い誰かに対して憧憬を抱いてしまう。斯く在れば、あるいはと。
だから。
「私も、ですよ」
千春が、真剣な顔でそう言ったとき本当に驚いた。冷静かつ勇敢に難敵に立ち向かう千春の言葉とは、思えなくて。
――それでも、千春が語った言葉は、心に染みていった。
かつての依頼で、と語られた喪失の痛みは、シュリのそれと相似していた。失った相手は詳しくは聞けなかったけれど、取り返しのつかない過ちと苦しみは、本当によく似ていた。
「……私も、いつも不安なんです。いつだって何かが足りなくて、手の届くものすら護れると明言することもできない。必死、なんです」
ここにきて、背負い過ぎだと言ったヴィルマの気持ちが解る。
けれど――それを、千春に言うのは憚れた。
同じだ。シュリも、千春も。“それ”を、背負いたいのだ。どうしようもなく、背負わずにはいられないのだ。
だから。
「だから虚勢を張って、焦る気持ちを誤魔化して、足りない私が、護るべきを護るためにはどうすればいいかを考えて」
「……」
同意もできなかった。シュリの葛藤が千春の口を借りて流れ出しているようなそれは、夢幻のような光景に過ぎて。
「きっと、周りからの評価は関係なくて……ただ、自分が理想とする姿が遠くて、果てしなくて。遠すぎて――能力とか、才能とか、足りてない気がして……」
●
心の裡を、打ち明けた。
自制が強すぎるきらいのある“柏木千春”が、それが、シュリの糧になるかは解らなくても、告げた。
理由は簡単。
相似を意識していたのは、千春の方だ。
悩みが似ていると解ろうものだ。
だから、これから告げる言葉は、答えじゃない。気づきのような、細やかなもの。
「でも、思うんです。足りないからこそ、前に進めるんじゃないかな、って」
「失わなければ、前に進めなかった……?」
「失ったからこそ……私たちは、そう在ろうとしています。目指すところが遠いところにあるものだから」
だから、それは、悪いことじゃない。
●
気づけば、シュリは、澎湃と涙を流していた。
痛い。苦しい。
今回、言葉を交わしたハンターたちは誰しもが強かった。でも、最初から強かったわけじゃない。あれだけ言葉をもらったのに、そんなことに、今更気が付いた。そんな人達に、ただただ憧憬を抱くなんて――なんて自分は無様なんだろう。なんて、優しい人たちだったのだろう。
嗚咽を堪えるシュリをよそに、言葉は続く。
「私は、シュリさんのこと、とても尊敬しているんです。頑張っているとか、そういうことじゃなくて……何かを護りたいと願う意思と、直向きな姿勢が、本当にすごいなって」
千春の手が、蹲ったシュリの背に触れた。近くて遠い距離で、千春は告げる。
「だから、シュリさんも。もどかしいと思うかもしれないけれど……今の自分を、認めてあげてほしいんです」
シュリの胸中は、渾然とした感情で張り裂けそうになっていた。
だって、その言葉は、あまりにも痛い。
「今の貴方の想いは、ちゃんと未来の貴方へと繋がっていて。それは、先に進むための……『力』を手に入れるための、覚悟の芽……今はまだ小さな芽でも、少しずつ育てていけばいいと思うんです」
それは、シュリを肯定するための、言葉だ。
けれど、それは。
耐えきれずに、シュリは静かに、泣いた。
●
「……すみませんでした」
「いいえ」
千春はずっと隣に座っていた。告げるべきは告げたからと、静かに。
顔を上げたシュリは泣きはらした目で、千春を見た。
「……?」
問うように首をかしげると、シュリは大きく息を吸い。
まっすぐに、こう言った。
「……貴女自身のことも、認めてあげてください。たとえその強さが虚構でも、虚勢でも」
ああ。
「僕も、千春さんのこと、尊敬しています。だから……」
本当に、似ている、と。千春は苦笑した。
自分のことは棚に上げて、他人の事なら素直に認められるところまで。
「ありがとうございます」
だから、千春は微笑みながら、そう応じた。
●
日中にもなれば、少しばかり陽光の気配も滲んでくるのだろう。八原 篝(ka3104)は一人、王都の街路を歩んでいる。陽気に惹かれてか、道行く人の多いこと。
「……もう」
道行く人と比べれば、篝は小柄な部類に入る。残念なことに待ち合わせをしている人も小柄。このあたり、と思ったものの、見回しても人の壁に遮られてしまい奮わない。不満が滲み出した、その時のことだった。
「篝さーん!」
往来を貫く声に、驚くよりも先に、苦笑してしまう。人々の視線が、声の主の方へと集まる――それも気にすることなく、人混みの向こうから“少年”が姿を現した。
「お久しぶりです!」
――最後に会ったのが、一昨年の十月。一年と少しが経った。
「ほんとに、久しぶり」
その間に起ったことは、全てじゃないなりに理解しているつもりだ。だから、だろうか。一年前とくらべて、立ち居振る舞いが、変じているようにも見えた。
「色々、あったみたいね」
「……はい」
言葉に苦笑を返すシュリに、篝は元来た道を指した。
「とりあえず、移動しましょう」
小首を傾げるシュリに、篝は小さく溜息をついて、声を落としてこう告げた。
「あなたが大声で呼ぶから、人目を集めて仕方ないの」
「す、すみません!」
●
では、というシュリの案内についていくと、落ち着いた雰囲気の喫茶店にたどり着いた。
すぐに話題は、対ロシュの戦術についてになる。
「馬が邪魔、ね」
「はい。脚の速さだけは本当に……」
いやに実感の籠もった言葉に、どこかで相当絞られたのか、と予想できた。
「馬具を壊すことで無力化できないかしら?」
「……いえ、彼は乗馬は長けているので、それだけだと難しいかもしれないです」
頭の中でロシュの立ち回りを想像しながら、篝はシュリの剣を眺めた。壁に立て置かれた碧色の剣。
「接近戦でも、武器のリーチの差はあるんじゃない?」
「そこは軽装を活かしたいなぁ、なんて……」
幾つか、頭の中で×を付ける。「反撃狙いは難しく……ロシュのカウンターには要注意」と呟くと、どうにも、シュリの勝ち目が乏しいように見えて仕方がない。
――ロシュは、本気で勝ちに来てるのね。
だからこそ、そんな事を思った。歩兵で、バランス型の剣盾使いのシュリに対して、徹底的に有利を得ようとしている現状が、そもそもおかしいのだ。
「シュリ。あなたもあなたよ。どうしてこんな条件で勝負を引き受けたの?」
「え?」
「脚も違う。装備も違う。戦場もロシュに有利。こんなので尋常、なんて甚だおかしいわ。交渉する余地もなかったの?」
「…………考えもしてませんでした」
地の利が向こうにあることは、シュリも認めているところなのだろう。言葉とは裏腹に、シュリの態度には“遠慮”が見えた。あるいはそれは――我慢、とでもいうべきもので。
「あのね」
半ば呆れつつ、篝は言った。
「貴族だからとか面倒な事考えているんでしょうけど、そんな事忘れてしまいなさい」
「……その、田舎ものでして……」
平民の出には厳しい、というシュリの理由や本音は、リアルブルー人の篝には想像することしかできない。ただ、普段の生活まで透けて見えようもので……なるほど。顔を突き合わせれば報告書以上に解るものもある。
「言っておくけど」
久しぶりとはいえ、付き合いは、長い。端的に言わないと気づかないことは、良く知っていた。
だから。
「多分、ロシュはあなたと対等な友達……いえ、戦友になりたいのよ」
言った。
反応は、激烈極まるもので。
「はぁぁぁぁぁ?!」
「静かに。店内よ?」
膝を打ち付け兼ねない勢いで立ち上がりかけたシュリが、篝の言葉で慌てて座る。
「……っ、いや、ありえませんよ。対等とか……友達とか……」
「……いいわ。一応、言っとくけど」
反駁するシュリに、今度こそ、完全に呆れが勝った。
「あなたは「お金」の話だから構えてしまうんでしょうけど、ロシュが報奨金の使い道ばかりを訊いてくるのは、あなた達が勝ち取った大切な成果だからじゃないかしら」
「それが……」
「ねえ、報奨金を分け与えるのは、あなたが思う貴族のやり方なの?」
「……」
ぐうの音も出なくなったシュリは、顔を手で覆っている。煩悶か、葛藤かは分からないが、打てば響くのは――まぁ、及第点か。
勝負とは、違う話になってしまったけれど……でも、こちらのほうが、多分、大事なことだった、とシュリの顔を見て、思う。
だから。篝は吐息を一つこぼして、苦笑を浮かべた。許しのポーズまでしてあげないと、多分、分からないから。
「お金、あるんでしょう? 装備を整えてらっしゃい」
「……はい」
そのまま立ち上がったシュリは、「頑張ってきます……」と憔悴したまま告げて、支払いをすると足早に店外へと駆け出していった。去り際、窓の外から精一杯のお辞儀を残して。
「全く……」
支払いをしたことは気を使い過ぎだし――置いていかれたことは、少しばかり、腹の虫が収まらない。
「ちゃんと戦わなかったら承知しないわよ」
それでも、淡い笑みと共に、紅茶を味わうことにする。勝っても負けても、悪い結果にはならないだろう、と。そう思えたから。
●
シュリ・エルキンズとロシュ・フェイランドの一騎打ち。
その内容は、別の機会に詳述するとして――結果だけ、簡潔に記したい。
シュリは形勢不利の中、懸命に戦い。
勝利を、おさめた、と。
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お仕事の前に ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2017/01/23 00:49:35 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/01/21 09:30:06 |