• 初心

【初心】暗渠に棲むもの

マスター:みみずく

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
LV1~LV20
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/01/29 07:30
完成日
2017/02/06 23:10

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 乾いた摩擦音がして、ライターの明かりが灯る。地上からの光も心許なくなってきた。
「ライターなんて持って。不良って、先生に怒られるんだからね」
 小柄な少年が、先頭で炎をかざす少年の袖を掴んで神経質な視線を向ける。
「不良って、お前。明かりがなきゃどうすんだよ。暗闇で物が見えんのか」
 二人の後ろで距離を取る少年は、そばかすの浮いた頬を歪めて、
「優等生のニコにとっちゃ、アレックスだって不良なんだよ。とか言って、ただお化けが怖いだけだったりして」
 と、生白い首筋を指でなぞった。
 ニコと呼ばれた少年は一瞬棒立ちになり、忽ち顔を赤らめると、
「僕はお化けなんて怖くない!」
 金切り声で叫んでアレックスの袖を離し、大仰に腕を振って石造りの階段を降りていく。長い年月放っておかれた地下空間には、壁にも階段にも苔が生え、時折滑って足元が危うい。
「揶揄うのも大概にしろよ、デニス。ニコはまだ子供なんだから」
 鳶色の髪を苛立たしげにグシャグシャとかき混ぜて、アレックスが後を追う。
「アレックスだって一級上なだけじゃないか!」
 闇の中から今にも泣きそうな声が響いた。
「ったく、上で待ってりゃいいのに」
 ため息とともに、先を急いだ。
 揺らめくオレンジの光が、石を積んだ古い壁を照らす。彼らがこの場所を見つけたのは、ほんの偶然だった。初めは、近所の川を辿るだけの、ささやかで短い冒険。それがやがて、町を抜け、人通りのない寺院跡へ。崩れかけた台座の下に、地下に繋がる階段を見つけ、下りてみようということになった。おもての寺院は風雪に晒され、いつ崩れてもおかしくない有様だが、地下へと続く階段は歪みもなく、多少苔生していることを除けば、立派な作りである。頬を撫でる冷たい風に混じって、細く水の流れる音がした。もうすっかり地上の入り口は遠くなり、頭上に四角く切り取られるばかりである。階段を下りきって地面に立つと、階段の脇から頭上は筒状に石で固められ、足元には小川ほどの溝が作られて、滔々と水が流れている。
「暗渠だ」
 アレックスが呟いた。
「暗渠って、なに」
 袖をニコが引く。
「そんなこともしらないのか」
 デニスが横槍を入れる。キッと振り向くニコの顔を正面に戻して、
「こうやって地下に封じられた水路のことだよ」
 アレックスが付け加える。
 水の流れに、ライターを近づけた。水の清濁までは分からないが、少なくとも排水溝のような嫌な臭いはない。微かな空気の流れは、地下道がどこかに通じている証だ。
「おい、この石、今少し動いたぞ!」
 手探りに進んでいたデニスが興奮した声を上げた。
「秘密の財宝なんかがあったりして」
 そう言うと、手元の石を思い切り奥へ押し込めた。途端に、
「痛ッ」
 叫んで蹲る。
「デニス!」
 アレックスが駆け寄って、足元を照らした。脹脛をおおった指の間から、みるみる血が溢れてくる。壁を照らすと、突き出た槍の先端が、血を滴らせ、物騒な光を放っていた。
「結構切ったな。破傷風にでもなったら厄介だ。一度戻るぞ」
 肩を貸すアレックスを軽くいなして、
「こんなの、大したことねぇよ。なめときゃなおるって」
 足を引きずりながら、闇の中へ歩を進めた。
「待てよ、デニス! まったく、足元、気をつけろよ、ニコ」
 へたり込んだニコを気遣って、アレックスが手を差し伸べる。
「アレックス!」
 ニコが背後を指さし、鋭く叫んだ。
 振り向く。
 薄暗闇の中、粘性の皮膚が石の床を撫でている。その体は、燐光を放っているかのように白く、巨体を器用に折り曲げ、溝に掛けた四本の脚は爬虫類のよう、水かきの先、爪は鋭く尖っている。鼻の長い造形はワニのようであり、つるりとした体表はイルカを思わせた。
 確かにこちらを向いているのに、それはのろのろと背後を向き、鼻をひくつかさせて床に散った血を舐めた。
「デニス! 逃げろ!」
 大きな口が開き、棘上の歯の奥からもう一つ、人のような口が飛び出した。
 デニスが驚いて飛び退る。異形の歯は正確に、出血した右足を狙った。
「下がってろ!」
 飛び出したアレックスが、大きく開いた口の中にポケットから出した爆竹を投げ込む。
 激しい音と、閃光、倒れ伏したデニスを引きずって水際から離れ、壁にかかっていた松明に火をともした。 
 瞬間、轟音と共に地面が揺れ、地上の光が、みるみる狭まってやがて消えた。
 ニコの悲鳴が木霊する。
「くそっ! 罠か」
 水をかき分ける、小さな音がした。爆竹で一時昏倒しているが、そう長くはもたない。
「ニコ、よく聞け」
 ガタガタと歯を鳴らすニコの肩をつかんだ。デニスはぐったりとして動かない。青白く乾いた顔は、傷や襲撃によるショックによるものとは考えにくい。もしかしたら、あの槍の先に、何かの毒物が仕込まれていたのかもしれない。
「お前は、デニスを背負って逃げろ」
 時間がない。アレックスは手早くシャツを脱ぐと、両袖を破り、片側で止血し、片側を包帯代わりにして傷口をおおった。残ったシャツを床の血に浸し、肩にかけてボタンを留める。
「何してるの。早く逃げよう」
 ニコの声が崩れて、鼻声になる。
「あいつはまだ死んでない。囮がいるんだ」
 壁の松明を、引き抜くとニコに渡した。
「風の吹く方へ逃げろ、出口は必ずあるはずだ」
 立ち上がる。唸り声が響いた。間違いない、匂いに反応している。水の中から、再び巨体が姿を現した。
「こいつは目が見えない。ハンターにそう伝えてくれ、いいな、ニコ!」
 早い足音が、遠ざかっていく。強く肩をつかんだアレックスの手の感触だけが、いつまでも残った。

「それで? クソガキども後始末が俺たちってわけか」
 煙草の煙を勢いよく吐き出すと、エウゲン・ミュラーは行儀悪く円卓に肘をついた。彼はベテランのハンターだが、気性が荒いのと顔が怖いのが玉に瑕である。
「ミュラーさん、ここ、禁煙です」
 受付嬢が素気無く言って、ミュラーの手元から吸いかけの煙草を奪った。室内には、お互いに何を言っているのか理解不能になるほどの音量で、ニコの泣き声が響き渡っている。この依頼に居合わせたのが、よりにもよって強面の彼だったことが災いした。根気よく聞きこんだ結果、寺院跡の地下で化け物に遭遇したことまでは分かったが、その先が分からない。
「あのな、ガキ、なんだか分かんねぇけど、化け物に遭って、入り口が閉まって、ほんでお前どっから逃げてきたんだよ。つか、その寺院ってどこなわけ」
「だから、早くしないと、アレックスが」
 そう言うと、再び大きな声で泣き始めた。
「あぁ! もう、うるっせぇな! 泣いてねぇで、さっさと場所を吐けっつってんだよ!」
「ミュラーさん、逆効果です!」
 受付嬢の悲鳴が響き渡る。
「どなたか! お子さんの相手が得意な方はいらっしゃいませんか! ミュラーさん! 子供相手にムキにならないでください!」

リプレイ本文

 大きく開いた口だなと、宵待 サクラ(ka5561)は泣き叫ぶ子供の見事に上を向いた口を眺めて考えた。目的地を知るのは、もはや彼しかいないのだ。さて、どう落ち着かせるか。
「泣いてちゃ分かんないよ、落ちつけ~」
 言葉をかけるものの、一向に泣きやむ気配はない。
「深呼吸して落ち着いて、ね?」
 キーラ・ハスピーナ(ka6427)も膝立ちになって宥めるものの、自身の泣き声で耳にも入らない様子だった。
 どうしよう。傍らのサクラを見やった瞬間、
「え、ちょ、ちょっ!」
 なんとサクラがむんずとニコを脇に抱え、止める間もなくずんずんと洗面所に強制連行するではないか。
「落ち着け~、落ち着け~」
 そのまま呪文のように呟きながら洗面台にニコを下すと、問答無用で勢いよく水をかけ、顔を洗う。初めは泣き出そうとしていたニコだが、口を開けると冷たい水が容赦なくかけられる。半ば呆然としたところで、ガシガシとタオルで顔を拭かれ、
「よし! 泣き虫の顔じゃなくなったね!」
 と、ぽかんと空いた口に飴玉を放り込んだ。やっと訪れた静寂に、
「ナイス、力業」
 キーラは小さくぐっとこぶしを握り締めた。
「場所さえわかれば、私たちがアレックスくんを助けてあげるから」
 目線を合わせて、ゆっくりとした口調で語りかける。
「ほんとう?」
 サクラも、ニコの隣に座り込み、
「大丈夫、私達もこのおじさんも強いからさ。ニコくんが私達をそこに連れて行ってくれたらすぐにアレックスくんを助けてあげるよ。ほら、案内できる?」
 ニコが、泣きはらした目に期待の光を宿らせて、サクラとキーラを見つめ返す。陰りのない二人の表情に、やがてはっきりと頷いた。

「おっ、泣き止んでら。すげぇな、お嬢ちゃんたち」
 オフィスの談話室に改めて姿を現したニコに、キリエ(ka5695)が快活な口調で話しかける。身の丈180cmを超える大男、その上べらんめぇ口調で声まででかいときている。身体を硬直させるニコにキーラが、
「大丈夫、このお兄ちゃん、こう見えて子供好きなんだってさ」
 と笑いかける。キリエは決まり悪そうに、バンダナを指でカリカリとひっかいた。子供、という言葉に反応したものの、ここで言い返しては却って良くないと思いなおしたのか、表情を改め、
「アレックスが危ないんだ。道は案内する。お願い、アレックスを助けて!」
 と全員に向き合った。レム・フィバート(ka6552)が、勢いよく身を乗り出し、
「ニコくんは若干気が動転してるのかなーっ? へっへっへーレムさんに任せなさいってー!」
 と、ニコの肩を叩き、
「どこだったか教えてくれるかなっ! 急げば間に合うってね! 怪我しても治せる人もいるしよゆーよゆー! だから、さ。教えて待ってて欲しいのだっ! 連れて帰ってくるからさ、出迎えれるようにねっ! 帰ってきた時に笑顔で安心させるのが、君に出来る一番良い事だと思うな」
 と屈んでニコッと笑った。
 アーク・フォーサイス(ka6568)は黙って頷いている。口下手な自分が説得するよりはいいだろうと、旧知の仲であるレムに言葉を託しているのだ。
 メフィス(ka6674)はそっと小さな手を取り、
「大丈夫、どうか私達に託してください、全身全霊を持って助けますから」
 と声をかけるが、ニコは首を縦に振らない。
「いやだ。あの場所は、地図にも載ってないし、地下への入り口は塞がれてる。僕が逃げてきた場所は、簡単には見つからないよ」
 真っ赤に充血した目でまっすぐ見つめるニコに、
「分かった。その代わり、一人では行動しないって約束してほしい。できるか」
 アークがあっさりと採択を下し、出発の運びとなった。

 幌で覆われた荷馬車は上下に激しく揺れながら、一路、アレックスが待つ遺跡後に向かう。ミュラーがニコを抱えて手綱を握り、キリエは戦馬を駆って追走している。町を抜けると人通りは途端に減り、よく似た景色ばかりになってきた。目まぐるしく変化する視界の中で、ニコは道を辿るのに必死な様子である。やがて、馬車は三差路に差し掛かった。道を示す声が、途端にやむ。ミュラーは馬を止めると、
「憶えてんじゃなかったのかぁ」
 と、間延びした声を上げた。必死に髪を掻きむしるニコの様子にサクラは、
「ニコくん、ちょっと靴借りるね。太郎、次郎、この子がどこから来たか追えそう? 追ってくれる?」
 と、ニコの靴をひょいと掠めて、連れてきていた柴犬の鼻先に翳した。犬たちの名前は、家に来た順に、太郎、次郎、と続いている。彼らは最古参の柴犬である。
 太郎と次郎は、元気よく返事をすると、鼻をひくつかせ、道を辿る。左の道を選んだ。
「こっちだね。この先の道は、分かるかな」
 力強く頷くニコに、サクラはにっこりと笑みを返した。

 ニコが逃げてきたという川の入り口は、藪の中に隠れるようにひっそりと流れていた。背の低い草木をかき分けて進むと、子供一人がやっと通れるほどの隙間しかない鉄の格子が嵌めてある。
「どれ、ちょいとぶっ壊すか」
 ミュラーは筋力を充填させると、枠ごと格子を外した。
「まぁ、あとで直しゃ、文句ねぇだろ」
 そのまま、ずんずんと先へ進む。サクラとレムはハンディライト、キーラ、メフィス、アークはランタンを灯し、暗闇に入る。
「おおぃ! アレックス! 助けに来たぞぉ! いるなら返事しろぉ!」
 先頭に立ったキリエが呼びかける。振動が、全員の鼓膜を直撃した。
「これだけ声が大きいと、隅から隅まで聞こえそうですねぇ」
 メフィスが耳を抑えながら笑いかける。
「そうか? よし、おーい! アレックス!」
 再び呼びかけるキリエに、
「返事ができる状態ならいいんだけど」
 アークが厳しい表情で明かりを翳す。その時、奥から何かの弾ける音が聞こえた。
「爆竹だ!」
 飛び出そうとするニコを、サクラが押さえつけた。
「この音、アレックスの爆竹だよ!」
 アークとレムが顔を見合わせる。
「これは、急いだほうがよさそうですな」
 レムが足を速める。
 進んでいくと、冷たい空気に、焦げるような異臭が混じり始めた。微かに火の爆ぜる音がする。
「何か、奥で燃やしているのか」
 天井の高い地下空間にたどり着くと、キーラがシャインをかけた光の矢を放つ。壁に突きささった矢が、明るい光を放った。
「ここで、囮班と救出班に分かれよう」
 アークの提案で、キーラ、サクラ、レムが奥に続く道へ進む。ニコを抱えたミュラーがその後に続いた。
「さて、そろそろいいですかね」
 メフィスは太刀を抜くと、掌を一直線に斬りつけた。みるみる溢れた血液を、手を払って勢いよく足元にばら撒く。溝渠の中にまで、飛沫は及んだ。
「そうだね」
 アークも腕を切りつける。ダークスーツの腕に、じわりと染みてくる。手で傷を覆うと、刀身に塗りつけた。
 キリエはデニスが最初に負傷したのであろう槍の先を矯めつ眇めつしながら、
「こりゃあ、なんかの罠なんじゃねぇか?」
 と呟いた。古びた様子の壁に対して、槍の先は刃こぼれ一つない。
「おちおち壁に手も付けねぇな」
 返事をしようと、メフィスが壁を向いた瞬間、小さく水を掻く音がした。振り向く。鞘に手をかけた。ランタンが床に落ちる。
「ぐぅ!」
 脹脛に激痛が走る。食いつかれた!
「メフィス!」
 アークが抜刀し、斬りかかる。刀にまつわりついた血の臭いに引かれ、歪虚が口を開ける。
 足が外れた。メフィスが受け身をとって床に転がる。低い体勢から右足に重心をかけるが、途端に苦痛に顔を歪める。軸足を負傷している。この状態で斬撃を放つのは難しい。
 キリエがソウルトーチを発動させて、槍術を仕掛ける。敵の注意を分散させ、方向判断力を攪乱させる狙いだ。しかし、ぬらぬらと滑る皮膚のせいで、うまく当たらない。
「このままでは無理か」
 吐息と共に藍色の蝶と花が舞う。覚醒の際に見える幻影だ。鬼斬丸に、花弁がまつわる。赤茶けた長い髪、鋭い瞳、藍に変化する。覚醒と同時にマテリアルヒーリングを施した。暖かな光に包まれる。完全に癒えてはいない。しかし、戦うには十分だ。
 着流しの裾が僅かに揺れた。鯉口を切る。切っ先が閃いた。次の瞬間、雑魔の首筋を斬り抜ける。血しぶきがあがった。
「挨拶代わりですよ。ほんのね」
 雑魔の巨体が水中に沈む。水がみるみる赤く変化していく。
 その時、壁の矢が光を失った。キーラが次の術式を使ったのだろう。辺りは再び、ランタンの頼りない明かりに照らされる。水中を槍で突いていたキリエが、ランタンを水際に寄せた。
「おい、いねえぞ」
 奥から、ニコの高い悲鳴が聞こえた。

 どんづまりともいうべきその部屋は、溝渠というよりも、誰かの私室のような印象だった。異様なのは、部屋の中に水路を引き入れていることであり、更には、まるで何かを飼育するかのように、水路に檻が設けられていることだ。檻は、内側から破壊されたように、歪んで引き倒されている。床には、指の跡を残しながら描かれた、大きな魔方陣。堆く積まれた本は恐らく魔導書の類で、それもいわゆる正規のものではない。咳き込みながら足を踏み入れたミュラーの足に触ったのは、ひびの入った頭蓋骨だった。
 火花が散る。激しく燃える炎の中で、鳶色の髪の少年が、ぐったりと横たわっていた。子供なりの機転で、歪虚を遠ざけるため、周囲に火を放ったのだろう。
「まずはこの火をなんとかしなきゃな」
 ミュラーが上着を脱ぎ、水に浸けて勢いよくかぶせ、火を消していく。キーラがアレックスを抱き上げ、床に下ろした。跪いて精霊に祈りをささげる。柔らかな光が、アレックスの全身を包んだ。閉じた目が痙攣し、やがて、ゆっくりと開く。
「だれ……天使?」
 瞬きして、キーラを見つめる。輝くような金の髪、青く澄んだ瞳のキーラを、天からの使者と勘違いしたようだ。
「良かった。大丈夫?」
 髪を揺らして微笑みかけるキーラを数秒間見つめた後、勘違いを悟って赤くなる。
「アレックス!」
 頭を起こしたアレックスに、ニコがしがみつく。
「ハンターを、呼んできてくれたんだな。ありがとう。助かった」
 反動で手を床につきながら、アレックスが答える。上にはなにも着てないが、見たところ深刻な怪我もない。
「さてと、それじゃあ、今度は雑魔退治と参りますか!」
 レムが立ち上がった時である。
 水を叩く、小さな音。
 振り向く。側溝の淵に前足をかけて、長い顔が姿を現す。高い声で鳴きながら、頭を振った。首筋から出血している。全体の印象は、アルビノの鰐、しかし、眼窩の奥に光はなく、表皮はぬめりを帯びて光り、その姿は異形と呼ぶにふさわしい。
 口を盛んに開け、体をくねらせる。這いずりながらも何かを探し、甘えるように甲高く鳴く。顔が、正面を向いた。ニコが悲鳴を上げる。
「おっとぉ」
 拳を構えるレム、トランシーバーが、アークの声を受信した。
「どうした!」
 送話のスイッチを押しながら、間合いを測る。
「雑魔が出た。奥の部屋」
「わかった」
 通信が切れる。異形を見据えた。身体は覚醒状態に入っている。しかし、まずはニコとアレックスを安全な場所に移動させなければならない。
「えーっと、これってまさかの都市伝説? ってミュラーさんニコくん任せたっ」
 サクラが太刀「宗三左文字」を抜きさって駆けだした。瞬脚を使って敵の正面に移動し、刃先でフェイントをかけつつ、ノーモーションで攻撃する。浴びせられた太刀の衝撃に、人型の口が飛び出した。しかし、晴れ着の長い袖に噛みついたため、腕には届かない。そのまま歪虚は袖を捕らえたまま、床にサクラを叩きつけた。
 キーラはニコとアレックスにプロテクションをかけると、ミュラーに二人を任せ、部屋の奥へといざなう。
 破魔弓「神籬」で剛力矢を放つと、援護に回った。
 次に、レムがダッシュをかけ、最短距離から鉄拳を見舞う。レムの覚醒は精神において最も大きく変化する。天真爛漫な表情はなりを潜め、戦う本能が前面に現れる。鉄拳「紫微星」を握りしめ、反撃の余地もないほど、拳の雨を降らせる。牙に拳が傷つくことも厭わない。マテリアルを体内で錬成させる。
 無言のうちに、顎を下から打ち砕いた。
「今度はこっちに出やがったか」
 キリエが現れ、槍撃を繰り出した。アークも後に続き、霞の構えから、素早い動きで斬撃を繰り出す。金の目が獰猛に輝いている。瞳孔は縦に長く裂け、狩りを楽しむ肉食獣のようだ。太刀筋は舞うように華麗、刀を振るうたびに、血の花を咲かせる。血の臭いを纏った刀に、人型の口が食いつく。開いた棘状の口に向かって、キリエが槍を一突きする。
 奥から悲鳴を上げて飛び出した人型の口を、アークが一閃、斬り落とした。歪虚は声なき叫びをあげて絶命し、沈黙が訪れる。戦いは終わった。

 傷を負ったアーク、レムをヒールで治療し、キーラが立ち上がる。
「メフィスは? 足、少し引きずってるみたいだけど」
 その言葉に、メフィスは苦笑して、
「大丈夫ですよ。あとは、放っておいても治りますし」
 と、手をひらひらと振った。
「しっかし、ここは一体何なんだ」
 キリエが埃をかぶった本を広げて、不思議そうな顔をする。
「誰も近づかないように、ちょーっとしらべたほうがいいのかな?」
 レムは問題の松明に火を灯してみたくて仕方ない。全員の承諾を得て、恐る恐る火をつけた。地下の空間が、一斉に明るくなる。壁が大きく軋みながら動いていく。壁が開き、神殿にまつられた像が現れる。隠された神とその姿を覗き込んだ一同は、息をのんだ。目の潰れた長い顔、鋭い爪、白く輝く水晶の体、それはまるで、
「あの、歪虚……」
 キーラが呟く。
「歪虚信仰」
「いや、わからん。もしかしたら、悪魔信仰といった方が適当かもしれん。昔はな、悪魔を呼び出せば、どんな願いもかなえてくれる、そんなことを信じるやつもいたのさ」
 誰かが、生贄を捧げるために、あの異形の怪物を飼っていたとしたら。
「皮肉なもんだが、ひょっとすると、あの骸骨は、そいつのものなのかもしれないな」
 生き血を吸って歪虚化したのか、強大になった雑魔はあるとき、檻を破って飼い主さえも食い殺した。
「あいつは、長い間待っていたのかもしれないな。自分に餌をくれる、飼い主を」
 明々と灯る光の中、誰も信じることのなくなった像が、静かに時を止めている。階段上の天井には、四角く切り取られた空があった。
 メフィスは、支えあいながら一歩一歩階段を上っていく子供たちを眺めた。何事にもならずに済んだ、それでよかったのだ、と。見つめるメフィスの袖を、手を繋ぐようにして、ニコが掴む。
「大丈夫、もう怖くないよ」
 あんなに大泣きしていたのに、女性と見るや途端にかっこつける。ニコのずれた騎士道精神に、ぷっと噴き出す。
 地上が近づいてきた。

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参加者一覧

  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 豪儀なる槍撃
    キリエ(ka5695
    鬼|27才|男性|闘狩人
  • 柔らかなる慈光
    キーラ・ハスピーナ(ka6427
    人間(紅)|14才|女性|聖導士
  • キャスケット姐さん
    レム・フィバート(ka6552
    人間(紅)|17才|女性|格闘士
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士
  • 閃光の覇者
    メフィス(ka6674
    人間(紅)|18才|女性|舞刀士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/01/25 22:13:40
アイコン 相談卓
キーラ・ハスピーナ(ka6427
人間(クリムゾンウェスト)|14才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2017/01/28 09:49:01