【王国始動】暁の街道

マスター:冬野泉水

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/06/17 22:00
完成日
2014/06/24 23:23

みんなの思い出

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オープニング

 「皆さま、我がグラズヘイム王国へようこそ」
 グラズヘイム王国、王都イルダーナはその王城。
 謁見の間に集められたハンターたちは、正面、二つ並べられた椅子のうち右の椅子の前に立った少女に目を向けた。
 落ち着いた、けれど幼さの残る声。椅子に腰を下ろした少女、もとい王女は胸に手を当て、
「はじめまして、私はシスティーナ・グラハムと申します。よろしくお願いしますね。さて、今回皆さまをお呼び立てしたのは他でもありません……」
 やや目を伏せた王女が、次の瞬間、意を決したように言い放った。
「皆さまに、王国を楽しんでいただきたかったからですっ」
 …………。王女なりに精一杯らしい大音声が、虚しく絨毯に吸い込まれた。
「あれ? 言葉が通じなかったのかな……えっと、オリエンテーションですっ」
 唖然としてハンターたちが見上げるその先で、王女はふにゃっと破顔して続ける。
「皆さまの中にはリアルブルーから転移してこられた方もいるでしょう。クリムゾンウェストの人でもハンターになったばかりの方が多いと思います。そんな皆さまに王国をもっと知ってほしい。そう思ったのです」
 だんだん熱を帯びてくる王女の言葉。
 マイペースというか視野狭窄というか、この周りがついてきてない空気で平然とできるのはある意味まさしく貴族だった。
「見知らぬ地へやって来て不安な方もいると思います。歪虚と戦う、いえ目にするのも初めての方もいると思います。そんな皆さまの支えに私はなりたい! もしかしたら王国には皆さま――特にリアルブルーの方々に疑いの目を向ける人がいるかもしれない、けれどっ」
 王女が息つく間すら惜しむように、言った。
「私は、あなたを歓迎します」
 大国だからこその保守気質。それはそれで何かと面倒があるのだろう、とハンターはぼんやり考えた。
「改めて」
 グラズヘイム王国へようこそ。
 王女のか細く透き通った声が、ハンターたちの耳朶を打った。

 ○

 王女……、と頬に手を当ててため息をついたのは聖堂戦士団長であるヴィオラ・フルブライトであった。
「あの、わたくし、何か変な事を言いましたでしょうか……」
「いえ、変なことは仰っていませんでした。ただ、」
「はひっ、す、すみません……!」
「いえ、王女。どうか謝らないで下さい。私の方が困ってしまいます」
「ご、ごめんなさ……あぅ……」
 しゅんとしている少女を見ると、どうにも説教の勢いが削がれる。ちらりと重鎮セドリック・マクファーソンを見ると、彼もまた刻まれ始めた深い皺を撫でるように王女を見つめていた。
 ――ただ、なんというか、王女の威厳というものが皆無である。
 もっとも、それでこそシスティーナ王女という存在として機能しているのだろう、とヴィオラは無理やり自分を納得させて謁見室を辞去した。
 清楚である。草原に咲く小花のような可憐さもある。決して愚王の素質があるわけではない。
 故に、システィーナ王女は今のグラズヘイム王国を持て余してしまうのだろう――それが、大司教である側近のセドリックと、彼女を見守り続けるヴィオラの共通認識でもあった。


 王都イルダーナ第一街区。王城を出たヴィオラが向かう先は第二街区にある聖ヴェレニウス大聖堂の関係者に与えられた宿舎である。
 ハンター達を出迎え、王女と謁見させるという大仕事を終え、宿舎で一度休憩しようとしたヴィオラを呼び止めたのは、白金の甲冑をまとった聖堂戦士団の団員であった。
「団長、大変です! 暁の街道で雑魔が……!」
「あそこは、西砦――ハルトフォートへの補給部隊が向かっているのではありませんか?」
「報告によると、第一陣は無事通過したそうですが、第二陣が現在交戦中とのことです。それに……」
「それに? ……構いません、続けて下さい」
 第一声が大きすぎたのか、通行人がチラチラとこちらを見ているのを団員は気にしているようだ。それでなくとも、著名の聖女騎士であるヴィオラは目立つ。
 もごもごとしている団員はヴィオラに急かされて、ほとんど泣きそうな声で言った。
「雑魔にまぎれて、ユグディラが……荷物を強奪している、とのことです」
「気をしっかりとお持ちなさい。あなたは王城へ。大司教様にこの事を伝え、臨時の応援部隊を呼んできて下さい」
「団長は……」
「私は即席の部隊を組み、先に暁の街道へ向かいます」
「団長が自らですか……!」
「時間がありません。急ぎなさい」
 凛とした声で団員に喝を入れ、くるりと身を翻したヴィオラは大きな歩幅で歩き出した。ここで駆け出しては、第一街区の住民の不安を煽りかねない。
「どうやら楽しめそうな状況ではなさそうですね……」
 王女の願いとは正反対の展開だが、致し方ない。
 聖堂戦士団の戦士達は、王国の守りを除けばそれほど数は多くない。ましてや王国軍の補給部隊を援護するために合流しているのは、まだ入団して日も浅い者ばかりだ。
 おそらく、彼らにとってこれが初陣になることだろう。
「貴方達、これから少し、私に時間をくださいますか?」
 ちょうど王城から第一街区へ観光の目を移そうとしていたハンター達は、先ほど謁見室で見かけた女性が近づいてくるのをぽかんとして見つめていた。
「各々、武器は持っていますね? いきなりで申し訳ありませんが、早速、力を貸して下さい」
 とにかくこの人は『偉い人』だ――と認識している彼らにとって、ヴィオラの申し出を断る理由は、何一つ持ち合わせていなかった。

 ○

 暁の街道とは、王都から西砦へ向かう道の一つであり、比較的穏やかな道のりであることから補給ルートとして設定されることもある。
 名前を冠せられたのは、王都から数キロ部分の、荒れた畑が続く部分である。
 夕暮れになると、開けた視界に真っ赤な太陽が沈む姿を望めることから、この名が付けられたと伝えられている。
 ちょうど時間は昼下がりを過ぎた頃だ。
 夜を越さずに西砦へ向かうには、あまり時間もない。
 その使命感と、初めての実戦であることが、聖堂戦士団の若者達を大きく焦らせる原因となった。
 決して雑魔やユグディラは苦戦する相手ではない。
 だが、ヴィオラが到着する半時の間に、彼らは陣形を大きく崩し、補給部隊を背に絶体絶命の状況を迎えていた。
 ただ、敬愛する団長と、ハンター達の助けを待ちながら――。

リプレイ本文

 薄橙色の陽光で、仄かに燃ゆる街道。
 一見すれば景勝地ともなりうるこの寂しげな道は、今は混沌に満ちていた。
「うわあああああああっ!!」
 剣を振り回す兵士は、銀縁の鮮やかな白銀の鎧を纏っていた。鮮やかな光沢を放つのは、彼らが実戦を経験していない何よりの証でもある。
「諦めるな! エクラの加護を信じろ!」
「『座して待て。さすれば御光が道を示す』って教えにあるだろ……大人しく死ねばエクラの光が楽園へ連れて行ってくれるんだ……」
「それは慌てず冷静にしていろって意味だろ! 変に解釈するなよ!」
「喧嘩するな!! 仲間が来るまでふんばれ!」
 涙目の少年兵や怒鳴り続ける青年兵、まとめきれずに半分怒り、半分絶望する小隊長。
 白銀の剣が宙を舞う。陽を反射しながら地面に突き刺さったそれは、雑魔に最後の独りの武器が弾かれたことを意味する。
 もう駄目だ……せめてエクラの御光に祈る時間が欲しい。
 そう新兵たちが死を覚悟した瞬間だった。

“――――――――ッ!!!”

 雑魔が拉げた声を上げて数メートル吹っ飛んだ。二転、三転と跳ねるように転げまわり、砂埃を巻き起こして動きを止める。
 ぴくりとも動かない雑魔の死骸を驚きの眼で見つめる兵士たちの前に、その人は立っていた。
「だ……」
 言葉が続かない新兵を掌で制し、その人は飛びかかる雑魔を再び一突きで吹き飛ばす。穢れを知らない海を想起させる緩やかな髪、白銀に碧と金が映えるたった一人に着用が認められた聖鎧、金の蔦の這う聖槍。
 これだけの見れば、新兵でも誰か確信できる。
 そして、彼女は一人で来たわけではない。
「体制を立て直します。あなた方は、各々の仕事をなさってください」
 凛とした声で言った聖堂戦士団長ヴィオラ・フルブライトを、ハンター達が追い越していく。

 ●

「遅くなって悪ィな。手ェ貸しにきたぜ」
 腰を抜かした戦士を足元に見下ろし、カムロ(ka0160)肩をコキ、と鳴らした。
 元々戦闘員ではあるが、雑魔との実戦は随分と久しい。
 気楽に構える相手でもない。
「あっちはあたしがやる。あんたはそっち!」
 弓を引く彼女は、早くも雑魔の足元を居抜き、動きを止めていた。
「ふ、いきなりのご指名とは波乱万丈な冒険になりそうだぜ!」
 彼女の隣では紫月海斗(ka0788)が声高に言い、カウボーイハットのつばをくい、と引き上げる。
「ヴィオラ嬢! 俺達が連中を何とかしている間に補給部隊の坊や達の指揮を頼むぜ! 慣れてるだろう?」
「勿論です。彼らの安全は私がこの身代えても守り抜きましょう」
「ハッハァー!! 流石戦士団長様だ! 頼りになるぜ!」
 それでこそ、自分たちも敵に集中できるというものだ。
 音を切るように笑って見せた海斗は、ピシャリと鞭をしならせた。
 ハンター達は事前に示し合わせたとおり、補給部隊を背にして、前線の雑魔と、脇に逸れて補給部隊が確保しきれなかった荷物を漁るユグディラの二方向から迎撃する形をとった。
「雑魔かぁ……間近で見ても良い気はしないね」
 呟いた星垂(ka1344)と盾を構えて最前線へと向かうアクセル・ランパード(ka0448)、強く拳を握り雑魔と相対するコルネ(ka0207)は討伐に、手癖の悪いユグディラの捕獲にはカムロ、海斗、そしてアティエイル(ka0002)が向かう体制となった。
 補給部隊の元にはヴィオラもそうだが、回復の手段を持つ者として、ユージーン・L・ローランド(ka1810)とセシル・ブランフォード(ka2054)が一旦待機する形だ。
「申し訳ありませんが、そちらはお任せ致します」
 眉を寄せたユージーンに、アクセルは振り返って首を振る。
「こちらこそ、お任せしてすみません。その代わり、前線はこちらが持たせてみせます!!」
 心強い、とユージーンは柔和な笑みを浮かべ、補給部隊を見て穏やかに言った。
「ハンターズソサエティから助太刀に参りました。負傷の酷い方はいらっしゃいませんか?」
 補給部隊員のほぼ半数近くは目に見えて負傷している状態だが、彼らを背に戦うヴィオラに回復の余裕があるかは微妙なところだ。
 団長とハンターを見比べた兵士が、恐る恐る手を挙げる。一人、また一人と助けを乞う兵士が現れた。
「もう大丈夫よ。力を合わせてこの危機を乗り越えましょう。私達も貴方達を頼りにしてるわ」
 まざまざと見せつけられた雑魔に自信を無くした兵士をセシルは応急手当をしながら優しく鼓舞する。
 はやる気持ちはセシルも同じが、こうして犠牲なく到着出来たことは何よりの僥倖だろう。
 亡き姉との約束を胸に刻み、セシルは必死に添え木をして布を当て、包帯を巻く。
「……それでは、僕は向こうの援護に行きます。お願いできますか?」
「大丈夫よ。ヴィオラさんもいるし、行って」
「では」
 兵士の回復が粗方終わる頃に、ユージーンは前線を援護するために場を離れた。ユグディラの相手をする三人はそれほど消耗しているようには見えないため、最も危険な前線を選んだのだろう。
「すみませんが、もう少し補助をお願いしますね」
 槍を振るうヴィオラの声が降ってくる。一度後退してきた団長を丁寧に回復した後、セシルは暁を映した鎧姿を見送った。


 前線は一進一退の状況ら、ハンター達が徐々に押し返し始めていた。
 ユージーンの回復を得た彼らは再び活力を取り戻し、一気に雑魔へ畳み掛ける。
「私もキャラバンにいる身……補給隊を襲撃するという事態は見逃せませんわ?」
 補給部隊から比較的近い場所では、コルネが腕一本で雑魔と渡り合っていた。すぅ、と息を吸い、体を巡る活力を戦力へ変える。周りに集まる雑魔を睨みつけ、地面を蹴って最も近い獣の懐へ飛び込んだ。
「お邪魔しますわね?」
 完全に急所の目前、小さく微笑んだコルネは全身の力をその一点に叩き込んだ。吹っ飛んだ獣が砕けながら転がっていく。
 刹那、背中に鈍痛が走ってコルネは身を捩って距離を取った。背後の獣は俊敏な動きで彼女に迫る。
「コルネさんっ!」
 突っ込んできたのは、この状況を具に見守っていたセシルだ。地面を鳴らし、コルネと獣の間に割って入った彼女は、剣を振るって激しい打撃を獣の顔に打ち込んだ。拉げた獣の身体が地面に埋まるように抑えこまれる。
 冷徹な表情を隠しもしないセシルは、凍えた光を蒼眼に湛えながら、コルネが彼女の肩を揺らすまでその場を動かなかった。
 まるで先ほどの、穏やかな少女ではないかのように――。


 雑魔の数が多い最前線では、アクセルが自身に攻撃を集中させていた。
 それほど大きな衝撃を受けてはいないが、やはり前線ともなれば負う痛みが大幅に増す。
「く……っ。皆さん、俺には気にせず、雑魔を早く!」
 ぐいぐいと抑えこんで雑魔を補給部隊から引き離すことに成功した今、最早行うは討伐のみだ。
「よしっ。ボクも行くよ。精霊さん……ボクに力を貸して!」
 アクセルの援護を受けて、星垂が小さな体を丸めるようにして地面を蹴った。盾に向かって突っ込む獣の背部を取り、模造刀で背中を叩き潰す。
 星垂の動きに気づいて向きを変えた雑魔だったが、動き出す前に盾で弾いたのはアクセルだった。
「今です!」
 盾で相手の顔面を押さえ込んだアクセルは、傷だらけの体も厭わずに星垂に叫ぶ。その声が届く頃には、既に星垂は飛び上がり、獣の頭上にいた。
「いくよ! ちぇすとー」
 可愛らしい子供の声とは裏腹に、強烈な一撃が獣の頭蓋を割る。その場に崩れ落ちた獣を足で転がして、星垂は金髪の聖導士に手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですよ。『彼』が、後ろを守ってくれましたから」
 そう言って、アクセルは視線を少し動かす。彼の脇からひょこっと顔を覗かせた星垂に、少し離れた位置のユージーンはフッと微笑んだ。
「愛用の武器が手入中ですし、このくらい役に立ちませんとね」
 アクセルの背後から、彼が傷を負う度に回復を続けていたユージーンは、朗らかに言った。

 ●

 変わって、ユグディラである。
 ずんぐりした体型のちょっと可愛くない猫のような風貌の妖猫は、必死に捨てられた荷物の中身を漁っていた。
「ユグディラ、何故……荷物を?」
 アティエイルは謎の生物の動きに首を傾げながらも、その姿は既に臨戦態勢と言って良い。
 ユグディラ達の周辺には雑魔はほとんど確認できない。前線が集めていることもあるのだろうが、ここだけ世界が違うかのようだ。
「ま。やりますかね」
 いたいけな動物に見えるユグディラを捕縛するのはいかんせん気がひけるが、仕事は仕事だ。カムロは自分を宥めるように呟き、弓を構える。
 とはいえ、彼女たちは決して今まで状況を静観していたわけではない。

“お嬢さん方、俺達は雑魔組への援護とユグディラへの対応だ。一つビシッと決めようじゃないか!”

 という海斗の言葉どおり、彼女たちはこれまでも補給物資の近くに立ち、前線の仲間から逃れた雑魔を討ち取っているのだ。
 そのため、幾分疲労も溜まりつつある。
「前線は片付きそうだし、俺達もちゃっちゃとユグディラを退治だな!」
 終始調子の落ちない海斗は鞭を軽やかに回す。
「お待たせしましたわ。私もお手伝いしますわね?」
 持ち分の雑魔を片付けたコルネも加わり、彼らの妖猫退治が始まった。


「さぁ、喧騒なる者に静寂を。……【セイド】」
 一呼吸置き、再び腕を伸ばしたアティエイルの周りに黒炎の蝶が舞い始める。僅かに残った雑魔がこちらに気づき、唸り声を上げて走ってきた。
「無粋なことを……」
 短慮は身を滅ぼすだけだ。
 指を滑らせるアティエイルの周りに、光の矢が現れる。仄かな光を湛えるそれは、彼女の意思に従い雑魔へ引き寄せられるように飛び、その身を貫いていく。
 悲鳴を上げた獣が身を捩る前に、既に肉薄していたコルネの拳がその脇腹を捉えた。
「……ふぅ。これで一段落ですわね? 後はそこの猫……かしら?」
 間近で戦闘しているにも関わらず、ユグディラ達は意に介していないようだった。そうまでして欲しいものが、あの物資の中にあるとは思えないのだが。
「ま、とりあえず、だ! 捕まえれば分かる!」
 もっともなこと言いながら、海斗がユグディラに近づき鞭を鳴らす。ようやく何かの接近を感じたのか、猫達は体を震わせて構えたが、時既に遅しである。
 鞭の音に驚き、ばたばたと逃げようとしたユグディラだったが、その先にはカムロが腕組みをして立っていた。
「逃がさないよ。いくらそんなナリでも、な」
“キュゥ……!”
 敗北を悟ったのか、ハンター達と距離のある妖猫達が一斉に蜘蛛の子を散らすように凄まじい速さで四方に散り始めたのだ。
「な……っ、待ちなさい!」
 コルネが叫んで一匹の尻尾を掴んだが、ぶんぶんと振り回して弾かれてしまう。手を押さえている間に、妖猫はどんどん姿が小さくなっていった。
 だが、逃げ遅れたカムロの前のユグディラは、敢え無くアティエイルのロープに捕まってしまったようだ。
 鎮座する妖猫の姿は、イタズラがバレた子供のそれと同じだ。
「動物であれ、縄張りを侵せば凶暴になる……。人の荷を奪えば殺されてしまうことも、考えなかったのか…」 
 静かに問うアティエイルにユグディラは首を振るだけだ。
 人語を解する幻獣の一種である妖猫だが、どうやらこちらの言葉で話すことはできないらしい。
 何を言っても無駄そうだったが、ここで海斗が別の行動に出た。
「よーし! 荷物はやれねぇが、お前にはこれをやろう!」
 海斗がユグディラの前に出したのは、いつから持っていたのか、干し肉である。非常食といって差し支えないものだが、ユグディラはピコンッと耳を立てた。
「更に! 見逃してやるから物資を返してくれないか?」
 そしたら、お前は俺のフレンドだ!
 熱く語る男に共感したのか、または不審に思ったのか、妖猫は小さく細い声を上げた。
 すると、茂みから現れたのは、先ほどの逃げたユグディラだ。その後ろから、別の妖猫が奪った荷物を引きずってきた。
 フレンドだと思ったのかどうかは別として、ユグディラの言葉を訳するとこうだろう。
“望みのものは返してやったから、もう良いだろう?”
 ブチ、と嫌な音がした。
「……っ!?」
 ロープを持っていたアティエイルが反動でよろける。ぶれた視界の端で、自力でロープを引き千切ったユグディラが一目散に仲間の元へ駆け寄っていくのが見える。
 最後の仲間を回収した妖猫達は、ハンターが追いかける前に深い茂みの中に飛び込んでいった。
 残された補給物資を確認したアティエイルは、茂みに消えていった彼らを思い、小さく呟いた。
 人やユグディラ、そして歪虚にすら、掟がある。
 分かり合うことは難しいことも知っている。
 だが――、
 
「これからも、貴方達に精霊のご加護がありますように」

 ●

 雑魔の残党が片付く頃、聖堂教会から派遣された増援が到着した。
 補給部隊は本来の任務に戻るため、彼らと共に出発していった。自信なき者は辞退せよというヴィオラの言葉に誰も頼らなかったのは、流石エクラ教の洗礼を受け選ばれた戦士達というところだろう。
「これから大なり小なり、このようなことが増えてくると思います。あなた方の力を借りることも、きっと多くなるでしょう」
 戦士達を見送り、今回の礼を、とヴィオラは頭を下げた。その顔に苦渋が滲むのは、自分達だけでは抑えきれない歪虚の勢力の強大さ故か。
「フルブライト様の頼みです。それに、一ハンター、一エクラ教信者として、協力は惜しみません」
 深々と敬意を表するアクセルは、まさに敬虔な信教者の姿だ。
「なァに。これが、ハンターってやつなんだろ?」
 煙を吐いたカムロが不敵に笑って見せる。自分は宗教だとか、そういうものに興味はないが、見慣れぬ土地、見知らぬ人々ばかりの世界で生きていく、と考えると、改めて感慨深いものがあるのも間違いない。
「セシルさん、大丈夫?」
「え、あ……え、ええっ」
 別れの挨拶を各々済ませる中で、星垂は一人立ち尽くすセシルに声をかけた。びくっとした彼女の蒼眼が、やがて穏やかな光を取り戻す。
 ……『また』、やってしまった。
 人知れず未熟さに恥じ入る彼女の視線の先で、ヴィオラが姿勢を正して立っている。
 暮れる日差しに照らされた聖堂戦士団長の凛とした背中に、憧憬すら覚えてしまうほどだ。
「暁の街道が最も美しい姿になるのは何時か知っていますか?」
 そう、唐突にヴィオラが尋ねた。
「今がまさに、そんな時間なのですよ」
 気がつけば、薄橙色の光は真っ赤に燃え、街道全体を暖かく包み込むように照らしていた。足元すら赤く見えるその光は、どこか神聖ささえ窺える。
 身に纏った鎧が赤く染まる中、ヴィオラは穏やかに微笑んだ。

「あなた方に、エクラの御光が、大いなる加護をもたらしますように――」

End.

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参加者一覧

  • ふたりで歩む旅路
    アティエイル(ka0002
    エルフ|23才|女性|魔術師
  • 木漏れ日の約束
    カムロ(ka0160
    人間(蒼)|26才|女性|猟撃士
  • キャラバンの美人秘書
    コルネ(ka0207
    エルフ|23才|女性|霊闘士
  • 救世の貴公子
    アクセル・ランパード(ka0448
    人間(紅)|18才|男性|聖導士
  • 自爆王
    紫月・海斗(ka0788
    人間(蒼)|30才|男性|機導師
  • 静かな闘志
    星垂(ka1344
    エルフ|12才|女性|霊闘士
  • はるかな理想を抱いて
    ユージーン・L・ローランド(ka1810
    人間(紅)|17才|男性|聖導士

  • セシル・ブランフォード(ka2054
    人間(紅)|19才|女性|闘狩人

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/06/12 17:41:26
アイコン 相談卓
アクセル・ランパード(ka0448
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2014/06/17 01:44:10