路地裏工房コンフォートとブローチ

マスター:佐倉眸

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/02/08 09:00
完成日
2017/02/16 20:46

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 冷たい水で顔を洗う、梳かした髪を天辺できつく括って、ぱんと頬を叩いて気合を入れる。
 目を覚ました小さな弟が泣き出す前に負ぶって、背負い紐は確りと結んで。
「いつまでも泣いてちゃ、ご飯食べられないからね」
 店主を亡くした店の前。住み込みの職人、モニカはドアに貼り付けた喪中を報せる紙を一息に剥がした。

 古くからの客や、修理の依頼を持ち込む客がちらほらと、店主が残した蓄えも合わせれば、2人の糧にすぐに困ることは無い。
 工房の再開を喜んだ商店街からの応援も、店主の生前から続いている。
 古い指輪の石止めを直した礼にと一抱え程の干し肉を分けて貰ったこともあった。
 柔らかくなるまで煮込んだスープは店主も気に入っていたが、干し肉はまだ半分も残っている。
 今夜もスープを作ろう。そんなことを考えながら、モニカは工房の道具を磨く。
 この工房を開いたのは店主の義理の父親だったという。
 彼亡き後、店の片付けのために老いた体を押して住み込んでいたらしいが、モニカが依頼を受けている内に、すっかりその気も無くなったらしく、道具の管理や店の彼是を任されていた。
 それは住み着いてしまったモニカへの諦念か、或いは技術を買った信頼か。
 どっちだったろう。店主の複雑そうな表情を思い出しては微笑みながら、埃の入った目を押さえて眦を拭った。


 からん、とドアに吊したベルが鳴る。
 店のガラス戸を開けて所在なく佇むのは、白いコートを来た上品そうな妙齢の女性。
 カウンターから顔を覗かせたモニカに安堵したように近付くと、天鵞絨のトレイに割れたブローチを乗せた。

 直りませんかと女性は尋ねる。
 ブローチは打ち抜きで量産したプレートにメッキを施し、質の良いとは言い難い石を置いた簡単な作りの物。
 プレートの裏には地名と日付の刻印が有り、パズルのようになったそれを組み合わせれば星を頂くツリーの形になった。
 祭の土産だろうか。
 しかし、見れば石にも傷が付いて、割れ方も酷い。以前、馬車に踏まれたカメオを見たことがあるが、プレートだけならそれよりも酷い状態だろう。
 難しいなあと、モニカは顔を隠すように女性から目を逸らし、溜息を吐く。
 プレートを継ぐ同じ合金とメッキの調達は無理だろうし、傷も深い上磨けば割れてしまいそうな石はどう扱ったものだろう。
「無理とは言いませんけど、時間掛かりますよ。……何か意外ですね。こういうものって縁遠いでしょ?」
 結った髪を飾っているのも、ストールに刺しているのも、カウンター越しにも美しさと煌めきの覗える宝石。
 土産物の安価なブローチに拘りそうには見えないと早口に尋ねた。
「好きな人……から、頂いた物なの」

 好きな人、とは、女性の家の庭師の息子だという。
 同じ年に生まれ、幼い頃から親しくしており、学校へ通っていない彼に読み書きを教えたのは彼女だった。
 互いに恋心を抱きながらも、立場の違いに阻まれて諦めていた。
 そんなある冬に休暇を取った彼が買ってきたのがそのブローチだった。
――とても綺麗な祭だったから、お嬢様も連れ出して差し上げたかった――
 戯けたようにそう言って、見上げる程のツリーや、温かなグリューワインの話しを広げた。
 折角だからと、その日一日付けていたブローチだが、それ以降は宝石箱にしまっていたはずだった。

「でもね、壊されてしまった」
 破片を1つ摘まんで彼女は目を伏せる。
 宝石箱を曝いた婚約者に誰からの贈り物だと詰られ、そのまま口論になると、止めに入った彼の目の前で砕かれ、踏みつけられて。
 投げ捨てられた石は、庭に転がっていたのを彼が拾ってきてくれた。
 まだ持っていて下さったんですね。そう、嬉しそうに笑って。
「……彼、来週にフマーレに行ってしまうの。だから、その時これを着けて見送りに行きたいのよ」


 フマーレまでの簡単な護衛依頼で集められたハンター達を、荷物を抱えた青年と、年頃の変わらない鋭い目つきの貴族らしい風貌の若い男、同じく貴族らしいが穏やかな顔つきで恰幅の良い壮年の男が待っていた。
 馬車の支度を進める青年を睨む様に、若い男は肩を聳やかす。
 こんな護衛までと、ハンター達を見回して鼻で笑う。
 壮年の男がそれを窘め、青年は気にする素振りも無く支度を続けている。
 最後の荷を積み終えて塵避けの帆布を被せると、青年がハンター達にお待たせしましたと声を掛けた。

 出発。馬車が進み始めると、ヴァリオスを発つ街道へ続く道を古い商店街から一台の馬車が疾走してきた。馭者が1人、荷台は空で助手席にしがみつく様に妙齢の女性が乗っている。
 馬車に揺られてふらつきながら下りた女性は、壮年の男に支えられながら青年の馬車に近付いた。
 手綱を握る青年の手を掴むと、じっとその目を見詰めた。
「――フマーレ、とても素敵なところなんですって。どうか、気を付けて。いってらしゃい……」

 細い指が解かれ、馬車が街道を進んでいく。
 一度振り返った青年は、彼女の胸に燦めいたブローチを見付け、懐かしそうに微笑んだ。

リプレイ本文


 依頼に集合すると、カリアナ・ノート(ka3733)は先に来ていた依頼人と2人の男性に頭を下げた。
「今回はよろしくお願いするわね、おにーさん……おじさんと、そっちのおにーさんも」
 依頼人と同じ年頃の青年は腕を組み値踏みする様な目でカリアナを見下ろすと、鼻で笑って顔を背けた。
 嫌味を言われそうだと身構えたが、あからさまな態度で依頼人と、彼の護衛のハンター達を見下してくる。
 反面、駆けつけてきた女性は、依頼人を見送ると、ハンター達へも気を付けてと深く頭を垂れた。
「青春じゃのー」
 女性の姿が遠ざかると、ミグ・ロマイヤー(ka0665)は静かに目を伏せ、長く生きてきた年月を思いながら微かに微笑む。
 一度振り返って、それ以上は何も言わず、けれどこんな愁嘆場を見せられては、とバイクのハンドルを握り直し、居住まいを正す。
 是が非でも生きて送り届けねばならんな。エンジンの振動を感じながら長い道のりの先を見据えた。
 荷台に乗れぬかと後ろに続いたチマキマル(ka4372)だが、彼の細い腰も乗りそうに無い程の積荷に諦めて、骨ほどに痩せた長身を揺らすように歩いて行く。
 シルヴィア・オーウェン(ka6372)が依頼人の傍に馬を寄せ、その面持ちを伺うと、彼は寂しげに微笑んで平気だと言う様に首を横に振った。簡単に女性とその婚約者と彼自身について説明すると、婚約者は唯の庭師すら許せないようでと冗談めかして笑った。
「なんていうか。男の嫉妬って醜いわねえ」
 それを聞いていた葛葉 莢(ka5713)が溜息交じりに呟いた。
 依頼人はゆっくりと手綱を操って、彼女が触れた手を見詰める。
 彼女の胸を飾っていたブローチは、昔贈った土産の品で、身に着けてくれたことがとても嬉しい。
「……全力を尽くしましょう」
 依頼人の言葉に長い沈黙の後、シルヴィアが澄んだ声で告げた。
 素敵な思い出を、再び壊されぬよう守るのが今日の私たちの役目だと。
 徒歩の速度に合わせてゴースロンを進ませる星野 ハナ(ka5852)は出立の頃に婚約者を一瞥し、感じ悪いと呟いたきり黙っていた。真剣な面持ちで、何か考え込む様に押し黙っている。
 物憂げに伏すブラウンの瞳が、不意にかっと見開かれた。
「…………しなくては……お手伝いくらいしなくてはぁ!」
 あの人のこと、お話ししませんか。と、そんな言葉で依頼人に微笑みかけて。
 依頼人のいざというときの手伝いのため、名前に家名、果ては些末な噂話まで聞き出そうと試みる。
 気押された依頼人が言われるがまま答える内に、街並みは遠く見送りの3人の姿も見えなくなった。

 それから暫く走り、まだ道の明るく開けている間にミグはハンター達に声を掛ける。
 地図を元に打ち合わせたが、この先のカーブはゴブリンが見かけられた事が多いらしい。
「ケンちゃんシバちゃん、何か見つけたらすぐに吠えて下さいねぇ」
 先行する星野は連れた愛犬に声を掛け、馬の傍らに従える。馬上から遠い茂みを覗う様に偵察し、振り返る集団とはすぐに駆けつけられる距離を保つ。
 シルヴィアは駆るゴースロンを馬車の脇へ寄せて速度を合わせ、葛葉もバイクで馬車に並ぶ。
 チマキマルは後ろを相変わらず。積荷へ静かにその長躯の影を落としている。
 大型の魔導計算機を携行するミグはやや後方へ、その重さにも傾かず、振り回されずに耐えるバイクで駆る。
 そのバイクを一瞥する。
 右目を覆う眼帯からちらつく様に赤い炎の光りが零れ、紅蓮に燃え上がると眩いそれは相貌を照らして吹き上がる。ミグに応じる様にエンジンが滑らかな音で回転し、敵襲から庇い易い距離を取って馬車に続いた。
「おにーさん」
 カリアナが運転席の傍へ歩み寄り、依頼人に声を掛けた。
 先を眺めて穏やかな表情で馬車を進ませているが、出立した頃の不安げな影は消えていない。
 こういう時は励ますのがいいって、お姉ちゃんが言ってたわね。そう思い付くと、首を捻って掛ける言葉を考える。
「あ、あの。あのね。不慣れな土地で、一人で生活するのって大変だし、お仕事も大変だろうけどね……」
 励まそうと言葉を連ねるが、依頼人は虚を突かれた様に瞬き暫し考えてから、ありがとう、と、微笑んだ。
 反って気遣われたような声にカリアナは、俯き気味に得物をぎゅっと抱え直した。
 彼等の情を察するにはまだ少し幼いのかも知れないと唇を噛む。
 依頼人が懐かしいと言ったのは精輝節の物だと、葛葉が依頼人の傍へバイクを回す。昨年の精輝節には思い出がある。
 話し掛ければ、やはり大きなツリーは例年の如く飾られていて、とても煌びやかで寒いながらに高揚したと依頼人は笑った。昨年の物は知らないと言う依頼人に思い付くまま話し、それが途切れると少し頬を赤らめた。
「……っていっても。私はお祭りらしいこととかしてないのよねえ。精々彼女に告白したくらい?」
 告白、と依頼人が瞬いた。葛葉の幸せそうな表情と声を見ればそれが受け容れられた事は容易に察せられ、依頼人も釣られて笑う。
 悪党を自称する葛葉とは正反対の正義の味方の可愛い子。その横顔を思い浮かべると、つい頬が緩む。
 暫くは安全に進めそうだと話しに加わったミグも交えて写真を披露した。


 きっと敵からは女性の一人旅に見えるだろうから、先にこちらを襲うかも知れない。これだけ距離もある、地面を広く見渡す高さもあるから、彼等より先に罠も見付けられるだろう。
 星野は口角を上げ、想像にふふと笑う声を零した。
 「……クレバー過ぎて自分が怖いですぅ」
 悦に入った声は、誰にも聞こえていないようだった。
 1人と1頭、そして2匹ではしゃいでいる様に見えて、周囲への警戒は忘れない。
 茂みに散らかった吹き溜まりの枯れ葉、砂を散らかした獣の足跡。耳を澄ますと微かに鳴き声を感じる。

 ミグのトランシーバーに星野から連絡が入った。
 星野の策にも掛からず、影に潜む気配が有る。
「……もうそんなところまで来ていたか。喋りながらじゃと、早いの」
 トランシーバーにマテリアルを繋ぐと、星野の連絡は葛葉にも届く。
 ハンター達に緊張が走る。
「構えて参りましょう」
 シルヴィアが皇帝の言葉を刻んだ剣を抜く。馬上で空を切って刃が閃く。
 静かな青い双眸で、敵の接近に竦む依頼人を励ます様に見詰め、先へ向き直るとその瞳は揺らめく様に淡い光を帯びて輝く。
 バイクを止めた葛葉も機械式の脚甲を帯びた脚を地面に下ろす。刻まれたパターンが陽光に陰影を落とし、葛葉のマテリアルに呼応して蒼く光る。
 深紅の稲妻の形を成したマテリアルの閃光が四肢に絡み、構える脚にその光が集まっていく。
「続き、後で聞いてよね」
 かわいい恋人のことはまだ自慢したいから。馬車を背に庇いながら告げ、依頼人の返事に軽く口角を上げた。
 チマキマルがローブの袖を払う様に杖を掲げる。
 浮かび上がる幻影は光を透かさぬ濃密な黒、飾られた金や骨が僅かに揺らぐ。
「贄を捧げよ……」
 フードを深く被ると、重い声がそう告げた。
「傍にいるわ、大丈夫よ」
 依頼人に声を掛けてカリアナが大鎌を構える。
 頭上高く銀の刃を燦めかせ、敵を探る視線を茂みへ向けた。
 来たかの、とミグが呟く。星野が符を構えているが、隠れた相手に狙いを定めきれずにいるらしい。
 森を迂回する集団が馬車へ向かっていると通信が届く。
 その気配を感じながら、大型の計算機、抱えるよりも大きく立てれば自身の丈の倍近い程の金属の箱、その中に隙間無く収めた、繋がれた魔導計算機を、影へ向けて据え直した。

 飛び出してきたのは数匹のゴブリン、その数を把握するよりも先に後方はチマキマルが、横はカリアナとミグが得物を向け、雷撃で足止めし焼き払う。
「ここは通さないわよ!」
「すぐに追います。先に」
 礫を抜けた敵を葛葉とシルヴィアが抑える。
 不意に飛び出す敵と戦闘の音に竦んだ馬を宥めて徐に馬車が前進した。
 馬車を背に飛び掛かろうとするゴブリンへ葛葉が撓らせた脚を叩き付ける。
「おらおらおらー! 悪党一派のお通りよっ」
 深紅の稲妻が音を立てそうな程眩く脚を取り巻いて、脚甲に取り付けられたマフラーから蒼い炎が零れ、回転するエンジンの気流に乗って棚引いた。
 シルヴィアは振り下ろされた棍棒を刀身でいなし、馬車が進めたことを横目に知ると、手綱を引いて馬を繰り脇を締めて低く構える剣の切っ先を敵へ向けた。
 機を推し量る様に息を吐き、横腹を蹴って走らせるとその勢いを乗せて貫く。
 回りが静かになると2人は振り返り、然程離れていない馬車をすぐに追った。

 2人が馬車に合流する。依頼人が無傷の2人にほっとした顔を見せると、葛葉は大したことないと歯を見せて笑い、シルヴィアも問題ないと静かに頷いた。
 掛かる気配が無いと星野からの声が届き、再度の襲撃の報せに馬車を囲むハンター達が得物を取った。
「――敵はブッコロですよぉ」
 連絡を終えたトランシーバーを片手に呟き、手綱を引くと星野は馬車へと引き返す。馬を急かせば、馬車へと飛び出してくるゴブリンの背はすぐ届きそうなほど近い。
 見える範囲には片手ほど、気配がそれだけでは無いからまだ数匹隠れているのかも知れない。
 統率されている訳では無いらしいが、群にでも突っ込んだのだろうかと見回した。
 馬車前に飛び出したゴブリンを挟んだ対岸のハンター達はそれぞれ得物を構えている。
 カリアナが大鎌を掲げ空気を刈る様に取り回す。
 宝玉の流線が鮮やかに靡いて、刃に白く光りが写る。
 マテリアルを込めて投じられた氷の矢が馬車へ迫ったゴブリンを貫き、足を止めたところへ葛葉が蹴り飛ばす。
 チマキマルとシルヴィアも近付くゴブリンを足止めし、馬車へ至らせぬ様に撃破する。
 逃げようとするものが現れ、茂みへと後退っていく中で手近な石を取って振りかぶった1匹をマテリアルの光りが貫く。
 魔導計算機を介して形作られたマテリアルの砲身を負うミグが、狙い定める様に腕を伸ばしている。
 光りに灼かれたゴブリンが斃れると、次はと問う様に左の青い目を細めた。
 指に挟む符を構えた星野が掛ける犬を留まらせ、まだ動く敵を見下ろす。
 符を撓らせて揃えた指を向け、放たれた5枚の符。呪文を綴ったそれが馬車の前に残るゴブリンを取り囲み、その内側に灼き尽くすまで光りを満たす。
 それで終いかと、ミグは眩むほどの光りが収まった辺りを眺め、もう1つ近付く気配を探る。
 星野も符を構え直して木々の合間を覗いた。
 遅れた援軍は馬車の後方からの様だ。

 飾る骨が笑う様に揺れる。
 チマキマルがゆらりと杖を向けた先、牙を剥いたゴブリンが馬車を狙う。
 彼に興味は無いがと、身を竦めている依頼人を肩越しに一瞥するも、ヤドリギの杖の先は敵を逸らさずに狙う。
 彼を狙うあの敵は、果たして、私の贄だろう。
「私の炎に焼べる魂……」
 低い声が唸る様に言う。そしてまた異なった声が、贄だ、焼べよと言葉を重ねた。
 棍棒を振りかぶったゴブリンに杖を軽く扱って火球を投じる。
「お前は私に下る者か?」
 その攻撃の至る間際、細く掠れた声で問うが、ゴブリンの鳴き声はそれに答えず炎の中へ消えてく。
「魂を焼べる者か」
 低い声でそう告げて、眼前の敵を燃やし尽くした炎が跡形も無く消える様を見下ろしている。
「……まだ残っていたのね!」
 茂みから飛び出してきた1匹へ、カリアナが大鎌を振るい、投じた石が至る前に水の礫を叩き付けた。
 それを敵の気配が無くなると、ハンター達は元の配置に戻り、暫く傍で警戒していた星野も犬を連れて先行し、偵察に戻る。
 驚いたと依頼人がハンター達に声を掛けた。
 いつものことだと葛葉が無傷の手をひらりと揺らしてみせる。
 もっとおっかないのと戦う事も多いとミグもからりと笑った。
 しかし、先の道が安全に越したことは無い、ゆっくりバイクを進ませながら思う。
「……フマーレ、と言ったの」
 向かう先の話しを向ければ依頼人は頷いて耳を傾けた。


 合流して暫く進み、馬車を止めたフマーレの入り口。
 運転席を下りて背を伸ばす依頼人の肩に、星野がぽんと手を掛けた。
「貴方の噂がヴァリオスに届くほど腕のいい職人さんになるよう期待してますぅ。新生活頑張って下さいねぇ」
 激励の言葉に依頼人は確りと頷き、勿論だと拳を固めて誓う様に答えた。
「おにーさんなら大丈夫だわ。なんとなくそう思うの」
 カリアナも青い瞳を真っ直ぐに向けて真摯に告げる。
 気持ちは通じたのだろう依頼人が、視線を合わせる様に屈んで頭を撫でた。
「な、撫でないでよ。私、お子様じゃないわ!」
 レディよ、と頬を膨らませて。怒る振りをしてみせるが、見上げた依頼人の表情は長旅の疲れを浮かべているにも関わらず幾分も明るく晴れやかだった。
「偶には連絡でもくれてやりなさいよ。それくらいならなんとでもなるでしょ」
 葛葉が掛けた言葉に依頼人は暫し黙る。
「……あんたは寂しくないの?」
 嘗て耐えきれなかったその寂寥を知っている。
 思い出すと震える唇を噛んで、依頼人を見ると抑えた声が寂しいと答えた。
 彼女の言った様に、と示す様に星野へ視線を向けると、困った様に頬を掻いた。
 腕の良い職人になったら書きます。まだ遠いけれど、いつか書きますと静かに告げた。

 解散するよりも先に場を離れたシルヴィアは、人通りの疎らな通りの路肩、馬を引いて歩きながら一度だけ振り返って溜息を零した。
 彼等の、彼の今後や、あの女性と婚約者の今後、上手くやっていけるのか、どう生きていくのか。
 去来する思いに耽り、ふと自分の手を見詰めた。
 人を助ける生活は自ら望んだもの、得物を取って戦場を駆けることも。
 しかし、と、女性の横顔を思い出す。シルヴィアとも年頃の近く瑞々しいその面差しと、依頼人を見詰めた瞳。
 自分もいつか、一途に思う様な出逢いを、淡い憧れに零した溜息を振り切る様に、歩を急かした。

依頼結果

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重体一覧

参加者一覧

  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • 真白き抱擁
    カリアナ・ノート(ka3733
    人間(紅)|10才|女性|魔術師
  • 迷いの先の決意
    チマキマル(ka4372
    人間(紅)|35才|男性|魔術師
  • 悪党の美学
    五光 莢(ka5713
    人間(蒼)|18才|女性|格闘士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 瑠璃の慧眼
    シルヴィア・オーウェン(ka6372
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談。
カリアナ・ノート(ka3733
人間(クリムゾンウェスト)|10才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/02/08 00:20:12
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/02/07 03:07:36