ゲスト
(ka0000)
美味い『もちだるま』を作ろう
マスター:奈華里
- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
- 500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/02/03 19:00
- 完成日
- 2017/02/17 01:01
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「ねぇねぇ、リブねえちゃん。ゆきだるまって何?」
彼女の服の裾を引っ張って、まだ幼い少年が問う。
「うーんと、そうね。雪で作るお人形みたいなものかな」
「じゃあ、ゆきって何?」
「ええっとそれは…ふわふわして冷たい空から降ってくるもの、かな」
彼女の名前はリブ、ガラス職人の父を持つ少女だ。とは言ってもこの教会ではお姉さんと言っていい。
なぜ彼女が教会にいるのかと言えば年下の子供達の世話係をする為だった。
いつもは父の店番をしている彼女であるが、休みの日には教会にやって来ては皆と過ごすのを楽しみにしている。というのもきっかけは野良猫を追った事により始まるのであるが、それはもう前の事。
ここにその野良猫――リブが『船長』と名をつけた猫が住み着いている事もあるから、この訪問も今や習慣となっているようだ。
ちなみにこの教会に来ている子供達の事情は様々。親を亡くした子から昼間出稼ぎに出ていて家にいるのが寂しいからとここへきている子まで。分け隔てなく接してくれるシスターがいる事からここらでは割と評判がよく、子供達も安心して遊べるところとして自然と集まってくる場所となっている。
「へえ…ゆきってすごいねー。私も見てみたい」
リブの隣りに座っていた別の子が想像に胸を膨らませる。
「あれ、もしかしてみた事ないの?」
そこでそう尋ねると小さくこくりと頷きが返されて…他の子にも尋ねてみると案外絵でしか知らない者も多い。
「寒くなっても雪が降る程じゃあない場所だものね…」
シスターが言う。リブは父の仕事の関係で雪の深い場所にも同行した経験があり知っていたが、ここらでは珍しいもののようだ。この近くでは毎年冷え込む事はあっても雪にはならないらしい。
「うーー、それ見てみたいよぉ」
一人の男の子がブスッとした顔でぐずり始める。
「そんなの仕方ないだろっ。見れないもんは見れないってっ、俺は見た事あるけど~」
すると別の子が彼を宥める様に言葉して、しかし最後のそれがいけなかった。
「なにぉ~そんなのズルいじゃないか! 自分だけ知ってるなんてふこーへーだ! あぁ、もうみたいみたいみたい~」
じたばたと座ったまま足をばたつかせて一人の少年が駄々をこねる。それが今回の引き金となった。
いつもは穏やかな筈の教会が雪だるまを見た事がある派とない派に別れててんやわんや。
「あらあらどうしましょう」
それにはシスターも困惑気味。リブに至ってはまさかこんなことになるなんてとあわあわするばかり。
(うーん、雪って言っても降らせる事なんてできないし…)
父に頼んでひとまずガラスで雪だるまを作って貰おうかとも考えたが、それでは父の負担が多くなってしまう。
「ちょっとみんな落ち着いて~」
その間もシスター達がそれぞれに声をかけて回るが、なかなかに手強そうだ。
「ナォーオ」
とそこでリブの傍にやって来たのは他ならぬ船長だった。
彼女が困った時、自然と何かを教える様にやってくる船長…今日彼が彼女に指示したのはとある本である。
「これは……」
表紙には雪だるまとは少し違うが、二段につまれた真っ白い食べ物。
その上にはオレンジより小さい柑橘系の果実が乗っている。
「そうだ、これで作れば!」
少しは雪だるまっぽく見えるかもしれない。リブはそう思い、皆に切り出す。
「皆、聞いて! 本物は無理だけど、これで雪だるま作ってみよーよ?」
本を取り上げて子供達に見せる。すると場はぱたりと静かになって…次に来たのは元気な声。
「やるーー!」
「おれが一番デカいの作る―」
「私だって負けないもんっ!」
物が何なのかまだ判らない筈の子供達であったが、楽しい事には乗っかれとばかりに満場一致。
シスターらもこうなってはやるかないと覚悟を決めて…。
「ご近所さんにも声をかけて手伝って頂きましょう」
教会だけの資金では難しそうだと悟ると逸早く一人がそう提案する。
「折角ですしイベントとしてするのもいいかもしれませんね。こういうのは人が多い方が良いでしょう」
もう一人もその気になってこのゆきだるま作りを催しにしてはと意見を述べる。
「だったらハンターさん達にも声をかけたいです。その…いいですか?」
以前から世話になっているリブだ。何かと力のある者がいれば役にも立とう。
そう言う訳で、半ば突発的に『雪だるま』ならぬ『もちだるま』作りが決定する事となるのだった。
彼女の服の裾を引っ張って、まだ幼い少年が問う。
「うーんと、そうね。雪で作るお人形みたいなものかな」
「じゃあ、ゆきって何?」
「ええっとそれは…ふわふわして冷たい空から降ってくるもの、かな」
彼女の名前はリブ、ガラス職人の父を持つ少女だ。とは言ってもこの教会ではお姉さんと言っていい。
なぜ彼女が教会にいるのかと言えば年下の子供達の世話係をする為だった。
いつもは父の店番をしている彼女であるが、休みの日には教会にやって来ては皆と過ごすのを楽しみにしている。というのもきっかけは野良猫を追った事により始まるのであるが、それはもう前の事。
ここにその野良猫――リブが『船長』と名をつけた猫が住み着いている事もあるから、この訪問も今や習慣となっているようだ。
ちなみにこの教会に来ている子供達の事情は様々。親を亡くした子から昼間出稼ぎに出ていて家にいるのが寂しいからとここへきている子まで。分け隔てなく接してくれるシスターがいる事からここらでは割と評判がよく、子供達も安心して遊べるところとして自然と集まってくる場所となっている。
「へえ…ゆきってすごいねー。私も見てみたい」
リブの隣りに座っていた別の子が想像に胸を膨らませる。
「あれ、もしかしてみた事ないの?」
そこでそう尋ねると小さくこくりと頷きが返されて…他の子にも尋ねてみると案外絵でしか知らない者も多い。
「寒くなっても雪が降る程じゃあない場所だものね…」
シスターが言う。リブは父の仕事の関係で雪の深い場所にも同行した経験があり知っていたが、ここらでは珍しいもののようだ。この近くでは毎年冷え込む事はあっても雪にはならないらしい。
「うーー、それ見てみたいよぉ」
一人の男の子がブスッとした顔でぐずり始める。
「そんなの仕方ないだろっ。見れないもんは見れないってっ、俺は見た事あるけど~」
すると別の子が彼を宥める様に言葉して、しかし最後のそれがいけなかった。
「なにぉ~そんなのズルいじゃないか! 自分だけ知ってるなんてふこーへーだ! あぁ、もうみたいみたいみたい~」
じたばたと座ったまま足をばたつかせて一人の少年が駄々をこねる。それが今回の引き金となった。
いつもは穏やかな筈の教会が雪だるまを見た事がある派とない派に別れててんやわんや。
「あらあらどうしましょう」
それにはシスターも困惑気味。リブに至ってはまさかこんなことになるなんてとあわあわするばかり。
(うーん、雪って言っても降らせる事なんてできないし…)
父に頼んでひとまずガラスで雪だるまを作って貰おうかとも考えたが、それでは父の負担が多くなってしまう。
「ちょっとみんな落ち着いて~」
その間もシスター達がそれぞれに声をかけて回るが、なかなかに手強そうだ。
「ナォーオ」
とそこでリブの傍にやって来たのは他ならぬ船長だった。
彼女が困った時、自然と何かを教える様にやってくる船長…今日彼が彼女に指示したのはとある本である。
「これは……」
表紙には雪だるまとは少し違うが、二段につまれた真っ白い食べ物。
その上にはオレンジより小さい柑橘系の果実が乗っている。
「そうだ、これで作れば!」
少しは雪だるまっぽく見えるかもしれない。リブはそう思い、皆に切り出す。
「皆、聞いて! 本物は無理だけど、これで雪だるま作ってみよーよ?」
本を取り上げて子供達に見せる。すると場はぱたりと静かになって…次に来たのは元気な声。
「やるーー!」
「おれが一番デカいの作る―」
「私だって負けないもんっ!」
物が何なのかまだ判らない筈の子供達であったが、楽しい事には乗っかれとばかりに満場一致。
シスターらもこうなってはやるかないと覚悟を決めて…。
「ご近所さんにも声をかけて手伝って頂きましょう」
教会だけの資金では難しそうだと悟ると逸早く一人がそう提案する。
「折角ですしイベントとしてするのもいいかもしれませんね。こういうのは人が多い方が良いでしょう」
もう一人もその気になってこのゆきだるま作りを催しにしてはと意見を述べる。
「だったらハンターさん達にも声をかけたいです。その…いいですか?」
以前から世話になっているリブだ。何かと力のある者がいれば役にも立とう。
そう言う訳で、半ば突発的に『雪だるま』ならぬ『もちだるま』作りが決定する事となるのだった。
リプレイ本文
●DIY
餅搗きと言えば杵と臼は欠かせない。
それはリアルブルー出身者で餅を知っている者ならば大体は周知の事だろう。
しかし、ここはクリムゾンウエストであり、蒼の世界が好きな人或いは料理人でもなければあの『餅』がどうやってできているのかと言うのは知らない方が多いかもしれない。リブもその一人だった。船長の導きともいえる咄嗟の閃きで始まったこの催しではあるが、実際のところ何処をどうすればいいか判らない。
そこで役に立ったのはリアルブルーのハンターである。
「うちに任してね♪ 見様見真似やけど、こういうのはわりと得意な方よ?」
実家が和菓子屋だという琴吹 琉那(ka6082)がおっとりながらも名乗りを上げる。
「そうそう、あたしも昔あっちで作った事あった気もするしまかせなって」
とこれは天竜寺 舞(ka0377)だ。彼女は飲食店ではないものの伝統芸能を伝えていく家系の出身だ。
当然正月の作法に加えてお得意様に持っていく菓子などにも精通していたのだろう、餅に関してもある程度の知識を持っているようである。
「えと、まずは何をすれば…」
リブが二人に尋ねる。
「まずはもち米の下ごしらえからだな。とりあえず少しだけ試しにやってみようか?」
舞の指示に従って、シスターらもメモ帳にペンを走らせながら作業工程を細かく書き写す。
その間に外では子供達の相手をしつつ、ハンターらの日曜大工の始まり始まり。
息が些か白いが晴天の下、力自慢のハンターは道具調達に奔走するのかと思えば答えは否。
ないならば作ってしまえばいいじゃないとばかりに頑丈そうな丸太を仕入れて道具制作に入る。
「おおっとどいたどいた~。ちょっと離れてくれないと危ないんだよぉ」
丸太を豪快に担いで無雲(ka6677)が教会の裏の少し広い場所に運んできたばかりの丸太を置く。
「ッ……駄目だ、ぞ。ほら、ぶら下がるな」
その後ろではもう一人、無雲の連れ合い、つまりは夫であるセルゲン(ka6612)が運んできた丸太にぶら下がろうとする子供を注意する。けれど、やんちゃなお子様はそう簡単に聞き入れてはくれなくて、後ろに前にぐいぐい持っていかれてバランスを取るのが大変そうだ。
「あはは、セルゲン大人気だねぇ~。ボク達の姿みても全く動じないなんて嬉しい限りだけど♪」
けらけらと彼女が笑う。二人は鬼族なのだが、子供達にはそんな姿の違いなど全く気にならないらしい。
力持ちの凄い人という認識であり、丸太に飛びつきぶら下がっても尚倒れない二人は恰好の遊び相手だ。
「ねぇねぇ、二本同時でも持ち上げられるの?」
一本であっても全く歯が立たない小さな少年が羨まし気に尋ねる。
「…ま、まあ、いけると思うが」
「ホント、じゃあやって―!」
それに静かに答えたセルゲンだったが、それを聞いた周りは興奮の嵐。
「二本の次は三本ねー」
とひっきりなしに声がかかり、無口の彼としては困惑するばかり。そこで無雲が間に入って、
「よーし、じゃあやったげるけど一回だけだよ。でないと作業進まないからねぇ」
「えー、でもぉ」
「もちだるま作りに大切な事なんだよぉ。それに道具作るのも楽しいかもだよぉ?」
視線を子供達に合わせてそう言い、彼女がにこりと笑う。
「う~、わかったぁ…」
そこで妥協してくれて、今度は笑顔をセルゲンへ。
思いの外子供の扱いがうまい無雲に目を丸くする彼。
(精神年齢が近いから…とか言ったらきっと怒るだろうな)
そう思いつもその答えをうちに留めて、早速リクエストに応えてみせる。
『おおっーー!』
その怪力具合に子供達から驚きの声。
その一方では先に届いた丸太を前に精神を集中している者がいた。
彼の名は仁川 リア(ka3483)――自称・旅する木工職人である。
「えーと、君は何を?」
丸太を前にただ黙っている彼を見てヴィリー・シュトラウス(ka6706)が尋ねる。
「フフッ、よく聞いてくれたね…これは今、臼のイメージを頭の中で固めているんだ。そして、定まったら一気にやる…これが僕のやり方だから」
「?」
その答えを聞いてもどうにもピンとこず、首を傾げるヴィリー。
「あまり気にしないくていいよ。僕もよく判ってないから…」
道具を借りつつ、何から作るべきかと悩んでいた鳳凰院ひりょ(ka3744)が言う。
「お、おまたせしましたー! 杵と臼、とりあえず一組は確保できましたよ~」
とそこへやってきたのは星野 ハナ(ka5852)だ。
女性だというのに、一人で一組の杵と臼を抱えてこちらへとやってくる。
「んっ、見えた! 見えたよ、僕は!!」
「へ?」
それと同時に動き出したのはリアだった。
自分の前に置いていた魔導鋸槍『ドレ―ウング』を掴むと同時にマテリアルが反応し、刃が高速回転を始めたかと思うと目の前の丸太をあらゆる角度から削り取っていく。そしてついには、
「出来た――ッ! どうだね、諸君」
被っていた帽子をクイッと上げて、彼は自慢げに問う。
『おっ、おおーー…』
彼が彫り上げたモノ、それは確かに臼だった。ハナが持ってきた臼にそっくりで出来栄えも完璧だ。
しかし…。
「おにーちゃん、屑だらけ―!」
「きくずお化けだぁ―!」
ただひたすらに彫刻(?)に励んでいたものだから、その屑を払う余裕もなかったらしい。
「あっ、ちょ…これは…仕方ないだろう」
帽子で表情を隠しつつ、さり気に木屑を払い落とす。
「恰好はともかく凄いな…」
ヴィリーが素直に称賛する。
「ってもしかして、さっきのって…」
(精神統一と言っていたけど、臼自体の形が判らなくて困っていただけじゃあ…?)
ひりょの脳裏にそんな推理が浮かんだ。しかし、ここは言わぬがはなだろう。
「よし、じゃあこの後は僕に任せてくれるかな。これ、やすりがけが必要だと思うし」
ヴィリーがリアに了解を取る。
「ああ、宜しく頼むよ。僕はまだまだ作らないとだし」
リアもそう言うと、次の丸太の用意に入る。
「って事は俺は杵の方だね。みんな、そこに並んで。どの位のサイズにしたらいいか、調べたいんだ」
ひりょが言う。彼は子供達のサイズに合った杵を作るようで……。
「ボクも手伝うよ」
そこへ一通りの木材を運び終えた無雲とセルゲンが加わるのだった。
●もち
餅搗き用の餅とは一般的にどうやってできるのか。
簡単に説明するとこうだ。まずはさっきもあった下拵え。
もち米を水に一晩付けておくところから始まる。そしてこの時、道具となる杵と臼にも水を張っておくといいんだとか。当日は米の蒸し始め一時間前に水切りをしておき、道具を準備。お湯を大量に沸かしておく事もこの後の工程では大事な作業。蒸し器でもち米を蒸す時は超強火で大体一時間。これが食べた時美味しい硬さだそうだ。
今回は数が必要なため、蒸篭を重ねてズラしつつ餅搗きに持っていく算段だろう。
「味は何が美味しいのかしら? ってかどんな味なのかしら?」
餅を味わった事がないシスターはかくりと首を傾げる。
「一般的にはきなことか餡子を添えて餡餅とかやろか」
流那が実家を思い出しながら言う。
「善哉や揚げ餅、安部川何てものありじゃないかな?」
食べ比べで考えていた品を舞が提案する。
「あべ、がわ…? ぜん、ざい??」
「ああ、そうやね。判らんよね…安部川っていうはうちが言うた黄粉をたっぷり付けた餅の事や。んで善哉は」
「餡子をもっと液体にしてそこにお餅を入れたもんだね。ごめんごめん、つい」
世界が違う事を忘れて語ったしまった舞がぺろりと小さく舌を出す。
「ねえ、おねぇちゃん。このお餅、色ついてるけど、これはどうやってつくるの?」
本にある赤い餅を見つけて少女が問う。
「ああ、それは桜エビを入れてて…こっちのはよもぎで」
「コレ、作りたい。色付きでもちだるまのほっぺにするの~」
五歳を迎えたばかりの少女が可愛く主張する。
「ふふっ、ええねぇ」
「だな。じゃあやるか」
流那と舞が顔を見合わせて言う。
(ふむふむ、色々なお餅を作るようなの~…でもでも、小量なお餅なら道具なんていらないの~)
そんな彼女らの知らぬ所でこの催しを聞きつけて教会前にやって来ていた銀髪の少女が心中で密かに呟く。
(この催し、面白そうなの~。それにこれはいい実験のチャンスなの~♪)
彼女の名はディーナ・フェルミ(ka5843)。余談であるが、辺境育ちの彼女の子供の頃の遊びは食材探しであり、季節ごとに食べられる動植物の生息地から調理法までを心得ている強者さん。普通の食べ物についても一般人よりも多くの知識を持ち合わせているらしい。
「フフッ、当日が楽し…にゃ~さんなの~~!?」
そう言いかけて目に留まったのはぼさふわな猫ちゃん。そう勿論これは船長であるが、その姿にずきゅんとやられて、突進を仕掛ける彼女はもはやただの猫好きで…彼女が手伝いに来たハンターだと気付く者は誰一人としていなかった。
冬晴れの空は澄み切っていて心地がいい。空気の冷たさもどこか清々しくも感じる。
そんな日にもちだるま会は開催となった。朝から協力に名乗りを上げて頂いた家の台所では教わった通りにもち米がつけられ、現在第一陣が蒸しの作業に入っている。会場となる広場には興味津々と言った顔で近所の店や家から家族連れがぽつぽつ集まり始め、餅つきなるものがどんなものか楽しみにしている者も多いようだ。
そんな中には勿論ハンターも存在する。久し振りの二人っきりのデートらしく、片方は何処かぎこちない。
「へえ、もちだるまだってね。大変だよな、大量の餅使うんだろうし」
子供達お手製の看板の文字を辛うじて読み解きながら波風 白露(ka1025)が言う。
「そ、そうだな。巨大ってついてる位だから相当搗くんじゃないか?」
とこれは相方の鬼塚 雷蔵(ka3963)。小料理屋を経営する彼であるから餅のあれこれは心得ているらしい。一升で十人分としても、用意されている道具の量から考えてここではかなりの量が出来る事が予想される。
「餅か…餅なんて子供の時くらいなぁ」
二人共蒼の世界の出だから馴染みのある料理か。懐かし気に白露が語る。
(ああ、すっかり見ないうちに大人になってら…)
語る目元に僅かに見える憂いの色――その色には幼さよりも落ち着きが感じられる。
(い、いつか、必ずお嫁さんにするっ!)
ぐっとそう心の中で拳を作って決意して、彼は彼女の肩に手を伸ばす。
が、緊張が先行して肩に手を伸ばす手が始終彼女との間を行ったり来たり…。
ここぞという時ににやりきれない彼である。
(まあ、時間はあるだろう。そう、まだチャンスはあるんだ)
不思議げに見つめる白露に気付かずに彼はハッとして、なんでもないと先へと促す。
その時自然と背中に手が触れて…これもちゃんとしたエスコートになるのであるが、気付かない。
「さぁさ、まずはとにもかくにも餅搗きですよー♪ 初めての方もいると思うのでステージに注目ですぅ♪」
余興の一環として客寄せパンダ宜しく、客寄せメイドに徹したハナが周囲を煽る。
彼女は冬だというのに、超ミニ丈の着物にエプロン姿で張り切っている。
(次から次へと出来るお餅をどんどん捌かなきゃいけませんからねー、これ位しませんとっ)
教会のボランティアでの催しであるが、まぁそれはそれとして。
見せる事には特に抵抗のない彼女だ。ついでに彼氏も出来れば万々歳である。
「さぁ、じゃあ始めるよ」
蒸し立てのもち米をもって上がって、手水役の舞がお湯で温め準備いていた臼に入れる。
そして、まずはもち米を臼の中で潰して潰して…それが終わればいよいよ見せ場だ。
「そーれ、ぺったん。ぺったん」
『ぺったん♪ ぺったん♪』
「もいっちょ、おまけに」
『ぺったん、ぺったん♪』
本来であれば違う掛け声であるが、子供達が楽しめる様に試作の折、リブが考えたのがこれなのだ。
ハナが付き、舞がそれをひっくり返す。その変わったパフォーマンスに初見さんからは歓声が上がる。
「ペースを上げてみましょうか?」
「だね。この後の競争のお手本にもなるし」
そこで二人はリズムを上げて、はいさっほいさっと手早く餅を搗き上げていく。
「なんだか、パンを捏ねてるみたいだな」
「でも、あそこまでの粘り気はでないよねぇ…」
巧みな掛け声とその技術でみるみる姿を変えてゆく餅。
米粒が全体と一体化し、あっという間に滑らかな姿へと変貌していく。
「ははっ、これは見事だね」
それを前にヴィリーは手にしていた魔導カメラでパシャリと一枚。
折角の記念だ。子供達の姿を写す為に持ってきたものだが、彼にとっても初めて見る餅搗きを写真に留めておく。
「さあ、皆ならんでや~まずは一口。無料なんよ~」
流那が搗き上がった餅を粉の振った板に上げて、後は食べやすい大きさに千切って丸めての大試食会を開始する。
「あら、おいしい」
「モチモチしているのに、すっきりね」
まだ温かな搗き立て餅は町の奥様方にも好評だった。
味付けしなくてももち米の甘みが口に広がり、難なく食べられる。
「餅つき競争の後には食べ比べ販売なども行うからよろしくなっ」
舞もちゃっかり宣伝も加えて、まずの掴みは上々だろう。
「フッフッフッ、私の出番なの~」
そんな中で『競争』の言葉に目を光らせたのは何を隠そうあの猫好き少女のディーナであった。
●搗きvs早食い
巨大もちだるまを作るには餅が沢山必要である。
そして、早食い競争にもまた餅が必要である。
という事で、始まったのは餅搗き&早食い競争となる。
残念ながらハンターでの参加はディーナ一人であったので、急遽組まれたのはどちらが早いか対決。
食べる速度と搗く速度での無謀とも思える対決になったが、これがまた会場を十分沸かせる結果となる。
「おねーちゃん、頑張ってねー」
「負けるな、リブねえちゃんっ」
「シスターさん達も頑張って―」
搗く側にはハンターのディーナとリブとシスターが数名。
ディーナの意向でなんと一人で搗きと返しを行うという。
「本当に大丈夫ですか?」
リブが心配げに言う。ちなみに残りの面子は何をするのかと言えば、餅丸め担当。
ディーナから搗き上がってきた餅を丸めて、早食いの選手の許へと運んでいくのが役目だ。
「大丈夫なの~っていうか、一度やってみたかったの~」
随分おっとりとした様子の彼女に観客は疑惑の目を向ける。それは無理もない事だった。
ハンターだとは言え見た目は小柄で可憐な少女だ。さっきまで船長を探しとてとてしていたのだから仕方がない。
一方早食いにエントリーしたのは以下の二名。
「僕が作った道具から作られる餅という食品…それをたらふく食す。これぞ至福の極み」
何かよく判らない恰好の付け方をしつつ、リアが今か今かとその時を待つ。
「ボクだって負けないよっ。それに餅を食べるにはちょっとしたコツがあるんだから」
そう言い、にこりと笑うのは無雲だ。「絶対勝つから見ててよねぇ」とセルゲンに言い残して、舞台に上がって行ったのでセルゲンとしては応援はするものの内心は気が気ではない。
(あぁ…まさか、餅をのどに詰まらせたりはしないだろうか…)
表情には出さないが、餅と言えば粘着力が強く早食いするとなれば詰らないとも限らない。
コツというのがどういうものかは知らないが、用心に越した事はない。
(どうか、何もありませんように…)
こっそりとそう何かにお願いして、彼は妻を見守る。
「皆は真似しちゃだめですよーって事でまずは搗き班開始して下さいっ!」
ハナの一声で餅搗きは始まった。一回目の搗きで搗き上がった餅を二人に割り振り、次の餅がつき上がるまでに食べ切れたら早食い班の勝ち。無理だったら搗きの勝ちとなるが、早食い勝負は終わらない。どちらかがギブアップするまで続けての複合試合となる。
「じゃあ、やるのぉ~」
ディーナが臼の中の餅に拳を振り下ろす。その身体は俄かに光を帯びていて…。
『ええーーーーっ!!』
会場の皆は彼女の言う『実験』とやらを目撃する。
振り上げられた拳はまだ米粒の形態を残したもち米に向かって凄い早さと威力で振り下ろされては戻りを繰り返す。その光景は某格闘漫画のあれやら妖怪ねこの百裂なんたらに近いかもしれない。
「あちちちちぃ~からのあたたたたぁ~なのぉ」
とにかく目にも止まらぬ速さで打撃を加えて、時に餅をひっくり返してはまたそれを繰り返す。
「す、すごい、です…」
リブが呟く。
「すっげー、ねえちゃん、やれやれー!」
「かっちょいいぞー」
傍で見ていた男の子達はその様子に瞳を輝かせ、応援にも熱が入る。
「あの、出来ましたなのぉ~」
清々しい笑顔で仕上がった餅は始めの捏ねをすっ飛ばしているから些かいびつではあるが、それなりの形になっているから不思議だ。
「あっ、はい。有難う御座います」
リブ達がそれを受け取って、テキパキと餅に仕上げていく。
「は、速い…」
その速さに額から汗が流れたのはリアだ。自分もスキルを使う気ではあったが、あれに対抗できるだろうか。
いや、出来る出来ないの問題ではない。やるしかないのだ。ゴゴゴッと背後に闘気を燃え上がらせながら餅を待つ。そして、目の前に餅がやって来た時、それを一気に解放して、
「これぞハンターの特権! いただきまーす!」
使ったスキルはアクセルオーバー…全身にマテリアルを纏い、肉体を加速させる技である。
そのスピードを生かして彼は目の前に積まれた出来立ての餅を瞬速で口へと運んでいく。
だが、考えてみて欲しい。確かに動きは早くなるだろうが、胃袋は? 咀嚼力はどうなのかと。
「ははっ、あの人凄いねぇ。でもボクはマイペースで活かして貰うよぉ」
横目にそんなリアの姿を捉えながらも、無雲は冷静に餅をにょーんと伸ばして細くしてそのままパクリと、どちらかと言えば呑み込む態勢。咀嚼しないから満腹中枢への伝達も少ないし、何よりつるっといけるメリットがある。
(でも、この食べ方って勿体ないんだよねぇ…後からはちゃんと噛んで食べよう)
勝ちにこだわった食べ方では美味しさは二の次になってしまう。
どれだけ食べる気かは知らないが、それでも彼女は至って順調だ。
そんな折、リアには限界が近付いていて…。
(だ、駄目だ…これは思いの外きつい。重い…)
餅の高速食べ等経験がある者は少ない。しかもスキルのままに口に突っ込むのは無謀としか言いようがない。
頑張ったリアであるが、胃袋は事のほか正直であり、彼の口にはもう一欠片さえ入らない。
「ひ、ひふ」
詰った口でギブアップを宣言し、次の餅が搗き上がる前に彼はその場に身を沈める。
後は…無雲とディーナの一騎打ちだった。
「あちょちょちょちょちょーなの~」
どこかの功夫使いのような声を上げて彼女が餅を叩く。
「うん、これ美味しいねぇ」
と無雲も負けじと普通よりは断然早いペースで餅を口へと運ぶ。
会場の誰もが二人を応援する中、二人の決着をつけたのは――。
「なぁーお」
「あっ、あの時のお猫様なの♪」
通りすがった船長の鳴き声にディーナが手を止める。
そしてキョロキョロしている間に約五人前の餅を平らげた無雲が皿を持ち上げて…わぁーと会場全体から称賛の声。小柄ではないものの、女性である彼女が男性を打倒したばかりかあっさりと両者に勝って見せたのだ。彼女の前で見守っていたセルゲンもほっとする。
「あははっ、ありがとねぇ~♪ 本当に勝てるとは思わなかったよぉ♪」
誇らし気に手を挙げて皆に応える無雲。今日限定の餅食べ放題券を頂いてご満悦で舞台を降りる。
「どうだい! 見直したかい?」
とびきりの笑顔で無雲が言う。
「ああ、さすがだ。しかし、少し冷や冷やもしたがな」
あれだけの餅を食べて、のどに詰まらなかったのは奇跡に近いと彼は思う。
「ごめんごめんっ。でも折角貰ったこの券も使わないと…少し休んでまた食べるよぉ?」
「ははは」
子供の様にはしゃぐ妻に微笑む彼。そう言えば妻の誕生日は今月だった筈だ。
(少し、提案してみるか…)
彼はその事を思い出し、近くにいた琉那に声をかけてある餅を依頼するのだった。
●もちだるまの誤算
お昼を過ぎてからはもちだるま制作と試食食べ比べ会の二つが行われる。
教会の子供達に加えて、近所の子供達も集まってそこかしこでもちだるま用の餅搗きが始まっている。
「よし、いいか? しっかり持って思いっきり振り下ろすんだよ」
ひりょが作ったお手製の杵は子供が持ちやすいようにグリップをつけてある。こうする事ですっぽ抜けは防止できるし、力の伝達もスムーズにいくと考えた様だ。案の定、小さな手にも馴染みやすいのか、持ち上げた時こそふらつくものの振り下ろしはしっかりしたものだ。
「ぺったんぺったん。なんかすごいねぇ」
まだ歩き始めてそれ程経ってないであろう少年がひりょに杵を支えて貰いながら楽しげに言う。
「そうだね。もち米を搗くだけであんなに美味しくなるんだから不思議なものだよね」
それに応える為膝をつき視線を合わして彼も答える。
「えー、オマエばっかずるいぞっ! 今度はおれの番―」
そう言うのはもう少し年のいった男の子。やんちゃそうでこの子は支えがいらなそうだ。
「まあまあ仲良く。美味しくなれって念じながらやるといいんだったってよ」
幼少時代にこんな経験が出来ていたなら今とはもっと違っていただろうか。たらればを言っても仕方がないから、今日のこの経験をしっかりと胸に刻んでおこうと思う。
「ひりょのにーちゃん。みてみて、きれいでしょー?」
いつの間にか名前を憶えてくれた少女が紅色に染まった餅を大事そうに握ったまま見せてくれる。
「これは?」
「桜エビというものを練り込んでいるんだって、シスターが言っていたよ」
とこれはヴィリー。彼も子供達に囲まれながら餅搗きに励んでいる。
「へえ、いいね。これ」
「でしょでしょ。後からあげるおぅ」
おしゃまな少女がそう言って頬を赤らめるとぱたぱたと駆け出す。
「ふふ、好かれてるね」
「そっちこそ」
杵臼制作に関わった者同士、子供達と居た時間も長い。今や友達の様に接してくれるのが嬉しい限りだ。
「ねぇねぇ、今度はわたしがひっくり返すのー」
くいくいっと服の裾をひっぱり主張する少女にヴィリーが手伝いに入る。
そんな楽し気なやり取りがあちこちにある中、ただひたすらに黙々と餅を搗いている男もいる。
明王院 蔵人(ka5737)だ。強面と言う訳ではないのだが寡黙で大男である彼は子供達の近くにいては怖がられるかもと思ったのかもしれない。シスターの手を借りながら餅の量産に努める。
「食べ物を使って遊ぶのはいい事とは言えぬものの、その気持ちわからぬではないしな。協力しよう」
そう言って手伝いに入ったのが朝方の事。既に何人分の餅を搗いているか判らない。
「やり通しでは大変ですわ。少し休憩なさって下さいな」
そうシスターから声がかかって、荷物置き場と化したテントの中で差し出されたお茶で一服。
視線の先には元気のいい子供達が搗き上がった餅をヴィリーが用意したらしい大きな台へに乗せてゆく。そこで一つに纏めて、雪だるまの胴体宜しく大きくしていくらしい。だが、子供達の手ではそれを一纏めにする力がない。それは残念ながらひりょやヴィリーも同じだった。例えハンターであっても力の差はあるものだ。
「本当にこれを一つにするのか?」
弟や妹の子守に慣れている白露が子供達に連れられてもちだるまの元に引っ張って行かれたのを追いかけつつ、雷蔵が呟く。
「するのー。だから手伝ってよー」
「雷蔵、手伝う」
「あー、はいはい。するけど、しかしこれはなかなか…」
次から次へと運ばれてくる餅だ。ひと固まりが一キロ以上あり纏め上げるには重労働となろう。
「あーと、そこの旦那も手貸してくれんだろ?」
そこで目に留まった蔵人を手招きして、子供達も彼の発見に大喜び。
「くまさんが来てくれたなら百人力だよー」
「お願いしますっ」
勝手にくまとあだ名までつけられて、それでも頼みとあらば断われない。
板の前に集まった餅をかき集めてそれぞれが一つになる様に練りつつ捏ねてゆく。
「わー、うまくまとまっきたよー」
その手際は思いの外よく、ただ積んでいた個々の餅が一個の餅へと変貌していく。
「おお、美味いもんだな」
その作業には流石の雷蔵も太鼓判。もちだるまの土台が出来ると今度は頭へ。流石に大人サイズとはいかないまでも餅を融合させていく事によって身長100cm程度になりそうなもちだるまの胴が出来てくる。ただ、この企画には穴があった。
そう、餅はすぐには固まらない。いくら寒くても一昼夜は寝かせておきたい所だ。そして寝かせば寝かす程、形が重力により球ではなくなっていく恐れがある。
「うーむ、どうしたものか?」
ここに来て気付いたの難題に蔵人他皆が首を捻る。
「あの…だったらボウルに入れて固めておけば」
『それだ!』
重ねて詰めて固定しておけば形は保てる。リブの提案に乗っかる一同。
仕上がったもちだるまは後日、教会に展示して食べる事として…今は。
「これでよければ今見れるぞ」
がっくり来ている子供達に差し出したのは小さな餅で作った雪うさぎ。
雪だるまだけではと思い、予め考えていたらしい。
「わーい、うさぎさんっv」
女の子達が食紅で描かれた目と耳のついたそれに大喜びする。
「みなさーん! 食べ比べ用のお餅も出来ましたよ――!!」
そこで声がかかって、今回のお待ちかね。大試食食べ比べ会の開始であった。
●記念
磯部に、安部川、餡子にずんだ――味付けのチョイスもさる事ながら、餅も白餅だけではない。
キビにヨモギにエビと色とりどりで食べ飽きない。善哉と雑煮は別ブースで買い足す形となっており、気に入れば搗き立ての餅を購入して持って帰る事も可能だ。
「はぁ~、やっぱりこの味が落ち着く」
白い息を吐きながら幸せな表情で白露が善哉を啜る。
「そうか? 磯部も美味しいだろ」
そう言うのはさっきのそれでへばった雷蔵だ。
ガッツリ食事という訳にはいかないが、甘くないしょうゆとノリの香ばしい味わいに舌鼓を打つ。
「あ、雷蔵海苔ついてる…」
そんな彼の口元に少しばかりの海苔の欠片を見つけて、いつもの年下の子の世話をする癖で手に取りぺろりと。
その行為に雷蔵は固まらざる負えない。
(い、いいい、今…今のって…)
別にそこまでガキでもないが、不意打ち過ぎるその行為は声も出せず何とか堪える彼。
「どうかした?」
そして全く無自覚の彼女のなんと罪作りな事か。
しかもその後の食べかけにも気にもせず手を伸ばそうとするからたまったものではない。
「もう一個買ってくるから…それで勘弁してくれないか」
視線を合わせられぬままに雷蔵がお願いする。
「そう。なら宜しくね」
それに首を傾げて、それでも喜ぶ彼女にやられて…これはもう重症だ。
一方、もう一つのカップルはといえば、
「んっ、これってチョコ!?」
口に広がるビターミルクな味わいに目を丸くする。何故なら販売スペースではチョコ餅は並んでいないのだ。
「お誕生日おめでとうやねっ。旦那さんからの特別注文で作ったんよ」
そんな驚きを見せる彼女に琉那が一言。隣りのセルゲンは照れを隠す様に少し視線を外す。
「有難う、セルゲン。有難う…ええ~と」
「流那や」
「流那! 今日は優勝も出来たし、嬉しい事づくめだよっ♪」
と今日とびきりの笑みを見せて言葉する。
「ええんよ。子供達にも分けて貰ったしね」
「そうそう、みんな喜んでたよっ」
通りすがりの舞がこちらに気付いて、言葉を付け加える。
「…ならばよかった」
それを聞き、セルゲンが静かに微笑む。
ここのみならず会場全体にはおいしいの言葉が飛び交い、雪だるまの事等何処へやら。
スタッフも来場者もお餅で笑顔を作って…大盛況のうちにその日の企画は終りを迎える事となる。
「みんな、ハンターさん達にお礼を」
『有難う御座いましたっ』
太陽が沈むその前に何とか片付けを終えて、集まった子供達が一斉にぺこりと頭を下げる。
「ちょっと待って。折角だからもう一枚撮ろうか」
そこでヴィリーがそう提案して、準備から参加したハンターと子供達とシスターで記念写真。
数日後、連絡を受けて教会を訪れると、仕上がったらしいもちだるまが祭壇前に鎮座していて、
「フフッ、これは可愛いね」
それはとても愛嬌のある顔だった。ボウルを外して後、固まった本体にチョコクッキーで作った目と、あらかじめ作っておいたエビ餅の鼻と口と頬紅、そしてボタンをつけたらしい。帽子は誰かのものなのかニット帽が被されている。
「どうだい、雪だるまっぽくできてるだろ?」
最後まで気になって仕上げにも立ち合っていたらしい舞が彼に尋ねる。
「ああ、いいね。とても素敵だと思うよ」
それにそう答えると子供達がガッツポーズ!
雪を見た事がなくとも立派に出来たのが嬉しいらしい。そこで今日はもちだるまと子供達でキメの一枚。
この写真は双方にとっていい思い出になりそうだ。
「また遊びに来てよねっ」
「ね、おにいちゃん」
「おねーちゃんも大好きなの」
「待ってるからなー」
子供達にそう告げられながら二人は教会を後にする。
その後も続々と完成を見に来る人がやってきて…。
そんな人間らを船長は少し鬱陶し気に、ゆるゆると尻尾を揺らしながら眺めているのだった。
餅搗きと言えば杵と臼は欠かせない。
それはリアルブルー出身者で餅を知っている者ならば大体は周知の事だろう。
しかし、ここはクリムゾンウエストであり、蒼の世界が好きな人或いは料理人でもなければあの『餅』がどうやってできているのかと言うのは知らない方が多いかもしれない。リブもその一人だった。船長の導きともいえる咄嗟の閃きで始まったこの催しではあるが、実際のところ何処をどうすればいいか判らない。
そこで役に立ったのはリアルブルーのハンターである。
「うちに任してね♪ 見様見真似やけど、こういうのはわりと得意な方よ?」
実家が和菓子屋だという琴吹 琉那(ka6082)がおっとりながらも名乗りを上げる。
「そうそう、あたしも昔あっちで作った事あった気もするしまかせなって」
とこれは天竜寺 舞(ka0377)だ。彼女は飲食店ではないものの伝統芸能を伝えていく家系の出身だ。
当然正月の作法に加えてお得意様に持っていく菓子などにも精通していたのだろう、餅に関してもある程度の知識を持っているようである。
「えと、まずは何をすれば…」
リブが二人に尋ねる。
「まずはもち米の下ごしらえからだな。とりあえず少しだけ試しにやってみようか?」
舞の指示に従って、シスターらもメモ帳にペンを走らせながら作業工程を細かく書き写す。
その間に外では子供達の相手をしつつ、ハンターらの日曜大工の始まり始まり。
息が些か白いが晴天の下、力自慢のハンターは道具調達に奔走するのかと思えば答えは否。
ないならば作ってしまえばいいじゃないとばかりに頑丈そうな丸太を仕入れて道具制作に入る。
「おおっとどいたどいた~。ちょっと離れてくれないと危ないんだよぉ」
丸太を豪快に担いで無雲(ka6677)が教会の裏の少し広い場所に運んできたばかりの丸太を置く。
「ッ……駄目だ、ぞ。ほら、ぶら下がるな」
その後ろではもう一人、無雲の連れ合い、つまりは夫であるセルゲン(ka6612)が運んできた丸太にぶら下がろうとする子供を注意する。けれど、やんちゃなお子様はそう簡単に聞き入れてはくれなくて、後ろに前にぐいぐい持っていかれてバランスを取るのが大変そうだ。
「あはは、セルゲン大人気だねぇ~。ボク達の姿みても全く動じないなんて嬉しい限りだけど♪」
けらけらと彼女が笑う。二人は鬼族なのだが、子供達にはそんな姿の違いなど全く気にならないらしい。
力持ちの凄い人という認識であり、丸太に飛びつきぶら下がっても尚倒れない二人は恰好の遊び相手だ。
「ねぇねぇ、二本同時でも持ち上げられるの?」
一本であっても全く歯が立たない小さな少年が羨まし気に尋ねる。
「…ま、まあ、いけると思うが」
「ホント、じゃあやって―!」
それに静かに答えたセルゲンだったが、それを聞いた周りは興奮の嵐。
「二本の次は三本ねー」
とひっきりなしに声がかかり、無口の彼としては困惑するばかり。そこで無雲が間に入って、
「よーし、じゃあやったげるけど一回だけだよ。でないと作業進まないからねぇ」
「えー、でもぉ」
「もちだるま作りに大切な事なんだよぉ。それに道具作るのも楽しいかもだよぉ?」
視線を子供達に合わせてそう言い、彼女がにこりと笑う。
「う~、わかったぁ…」
そこで妥協してくれて、今度は笑顔をセルゲンへ。
思いの外子供の扱いがうまい無雲に目を丸くする彼。
(精神年齢が近いから…とか言ったらきっと怒るだろうな)
そう思いつもその答えをうちに留めて、早速リクエストに応えてみせる。
『おおっーー!』
その怪力具合に子供達から驚きの声。
その一方では先に届いた丸太を前に精神を集中している者がいた。
彼の名は仁川 リア(ka3483)――自称・旅する木工職人である。
「えーと、君は何を?」
丸太を前にただ黙っている彼を見てヴィリー・シュトラウス(ka6706)が尋ねる。
「フフッ、よく聞いてくれたね…これは今、臼のイメージを頭の中で固めているんだ。そして、定まったら一気にやる…これが僕のやり方だから」
「?」
その答えを聞いてもどうにもピンとこず、首を傾げるヴィリー。
「あまり気にしないくていいよ。僕もよく判ってないから…」
道具を借りつつ、何から作るべきかと悩んでいた鳳凰院ひりょ(ka3744)が言う。
「お、おまたせしましたー! 杵と臼、とりあえず一組は確保できましたよ~」
とそこへやってきたのは星野 ハナ(ka5852)だ。
女性だというのに、一人で一組の杵と臼を抱えてこちらへとやってくる。
「んっ、見えた! 見えたよ、僕は!!」
「へ?」
それと同時に動き出したのはリアだった。
自分の前に置いていた魔導鋸槍『ドレ―ウング』を掴むと同時にマテリアルが反応し、刃が高速回転を始めたかと思うと目の前の丸太をあらゆる角度から削り取っていく。そしてついには、
「出来た――ッ! どうだね、諸君」
被っていた帽子をクイッと上げて、彼は自慢げに問う。
『おっ、おおーー…』
彼が彫り上げたモノ、それは確かに臼だった。ハナが持ってきた臼にそっくりで出来栄えも完璧だ。
しかし…。
「おにーちゃん、屑だらけ―!」
「きくずお化けだぁ―!」
ただひたすらに彫刻(?)に励んでいたものだから、その屑を払う余裕もなかったらしい。
「あっ、ちょ…これは…仕方ないだろう」
帽子で表情を隠しつつ、さり気に木屑を払い落とす。
「恰好はともかく凄いな…」
ヴィリーが素直に称賛する。
「ってもしかして、さっきのって…」
(精神統一と言っていたけど、臼自体の形が判らなくて困っていただけじゃあ…?)
ひりょの脳裏にそんな推理が浮かんだ。しかし、ここは言わぬがはなだろう。
「よし、じゃあこの後は僕に任せてくれるかな。これ、やすりがけが必要だと思うし」
ヴィリーがリアに了解を取る。
「ああ、宜しく頼むよ。僕はまだまだ作らないとだし」
リアもそう言うと、次の丸太の用意に入る。
「って事は俺は杵の方だね。みんな、そこに並んで。どの位のサイズにしたらいいか、調べたいんだ」
ひりょが言う。彼は子供達のサイズに合った杵を作るようで……。
「ボクも手伝うよ」
そこへ一通りの木材を運び終えた無雲とセルゲンが加わるのだった。
●もち
餅搗き用の餅とは一般的にどうやってできるのか。
簡単に説明するとこうだ。まずはさっきもあった下拵え。
もち米を水に一晩付けておくところから始まる。そしてこの時、道具となる杵と臼にも水を張っておくといいんだとか。当日は米の蒸し始め一時間前に水切りをしておき、道具を準備。お湯を大量に沸かしておく事もこの後の工程では大事な作業。蒸し器でもち米を蒸す時は超強火で大体一時間。これが食べた時美味しい硬さだそうだ。
今回は数が必要なため、蒸篭を重ねてズラしつつ餅搗きに持っていく算段だろう。
「味は何が美味しいのかしら? ってかどんな味なのかしら?」
餅を味わった事がないシスターはかくりと首を傾げる。
「一般的にはきなことか餡子を添えて餡餅とかやろか」
流那が実家を思い出しながら言う。
「善哉や揚げ餅、安部川何てものありじゃないかな?」
食べ比べで考えていた品を舞が提案する。
「あべ、がわ…? ぜん、ざい??」
「ああ、そうやね。判らんよね…安部川っていうはうちが言うた黄粉をたっぷり付けた餅の事や。んで善哉は」
「餡子をもっと液体にしてそこにお餅を入れたもんだね。ごめんごめん、つい」
世界が違う事を忘れて語ったしまった舞がぺろりと小さく舌を出す。
「ねえ、おねぇちゃん。このお餅、色ついてるけど、これはどうやってつくるの?」
本にある赤い餅を見つけて少女が問う。
「ああ、それは桜エビを入れてて…こっちのはよもぎで」
「コレ、作りたい。色付きでもちだるまのほっぺにするの~」
五歳を迎えたばかりの少女が可愛く主張する。
「ふふっ、ええねぇ」
「だな。じゃあやるか」
流那と舞が顔を見合わせて言う。
(ふむふむ、色々なお餅を作るようなの~…でもでも、小量なお餅なら道具なんていらないの~)
そんな彼女らの知らぬ所でこの催しを聞きつけて教会前にやって来ていた銀髪の少女が心中で密かに呟く。
(この催し、面白そうなの~。それにこれはいい実験のチャンスなの~♪)
彼女の名はディーナ・フェルミ(ka5843)。余談であるが、辺境育ちの彼女の子供の頃の遊びは食材探しであり、季節ごとに食べられる動植物の生息地から調理法までを心得ている強者さん。普通の食べ物についても一般人よりも多くの知識を持ち合わせているらしい。
「フフッ、当日が楽し…にゃ~さんなの~~!?」
そう言いかけて目に留まったのはぼさふわな猫ちゃん。そう勿論これは船長であるが、その姿にずきゅんとやられて、突進を仕掛ける彼女はもはやただの猫好きで…彼女が手伝いに来たハンターだと気付く者は誰一人としていなかった。
冬晴れの空は澄み切っていて心地がいい。空気の冷たさもどこか清々しくも感じる。
そんな日にもちだるま会は開催となった。朝から協力に名乗りを上げて頂いた家の台所では教わった通りにもち米がつけられ、現在第一陣が蒸しの作業に入っている。会場となる広場には興味津々と言った顔で近所の店や家から家族連れがぽつぽつ集まり始め、餅つきなるものがどんなものか楽しみにしている者も多いようだ。
そんな中には勿論ハンターも存在する。久し振りの二人っきりのデートらしく、片方は何処かぎこちない。
「へえ、もちだるまだってね。大変だよな、大量の餅使うんだろうし」
子供達お手製の看板の文字を辛うじて読み解きながら波風 白露(ka1025)が言う。
「そ、そうだな。巨大ってついてる位だから相当搗くんじゃないか?」
とこれは相方の鬼塚 雷蔵(ka3963)。小料理屋を経営する彼であるから餅のあれこれは心得ているらしい。一升で十人分としても、用意されている道具の量から考えてここではかなりの量が出来る事が予想される。
「餅か…餅なんて子供の時くらいなぁ」
二人共蒼の世界の出だから馴染みのある料理か。懐かし気に白露が語る。
(ああ、すっかり見ないうちに大人になってら…)
語る目元に僅かに見える憂いの色――その色には幼さよりも落ち着きが感じられる。
(い、いつか、必ずお嫁さんにするっ!)
ぐっとそう心の中で拳を作って決意して、彼は彼女の肩に手を伸ばす。
が、緊張が先行して肩に手を伸ばす手が始終彼女との間を行ったり来たり…。
ここぞという時ににやりきれない彼である。
(まあ、時間はあるだろう。そう、まだチャンスはあるんだ)
不思議げに見つめる白露に気付かずに彼はハッとして、なんでもないと先へと促す。
その時自然と背中に手が触れて…これもちゃんとしたエスコートになるのであるが、気付かない。
「さぁさ、まずはとにもかくにも餅搗きですよー♪ 初めての方もいると思うのでステージに注目ですぅ♪」
余興の一環として客寄せパンダ宜しく、客寄せメイドに徹したハナが周囲を煽る。
彼女は冬だというのに、超ミニ丈の着物にエプロン姿で張り切っている。
(次から次へと出来るお餅をどんどん捌かなきゃいけませんからねー、これ位しませんとっ)
教会のボランティアでの催しであるが、まぁそれはそれとして。
見せる事には特に抵抗のない彼女だ。ついでに彼氏も出来れば万々歳である。
「さぁ、じゃあ始めるよ」
蒸し立てのもち米をもって上がって、手水役の舞がお湯で温め準備いていた臼に入れる。
そして、まずはもち米を臼の中で潰して潰して…それが終わればいよいよ見せ場だ。
「そーれ、ぺったん。ぺったん」
『ぺったん♪ ぺったん♪』
「もいっちょ、おまけに」
『ぺったん、ぺったん♪』
本来であれば違う掛け声であるが、子供達が楽しめる様に試作の折、リブが考えたのがこれなのだ。
ハナが付き、舞がそれをひっくり返す。その変わったパフォーマンスに初見さんからは歓声が上がる。
「ペースを上げてみましょうか?」
「だね。この後の競争のお手本にもなるし」
そこで二人はリズムを上げて、はいさっほいさっと手早く餅を搗き上げていく。
「なんだか、パンを捏ねてるみたいだな」
「でも、あそこまでの粘り気はでないよねぇ…」
巧みな掛け声とその技術でみるみる姿を変えてゆく餅。
米粒が全体と一体化し、あっという間に滑らかな姿へと変貌していく。
「ははっ、これは見事だね」
それを前にヴィリーは手にしていた魔導カメラでパシャリと一枚。
折角の記念だ。子供達の姿を写す為に持ってきたものだが、彼にとっても初めて見る餅搗きを写真に留めておく。
「さあ、皆ならんでや~まずは一口。無料なんよ~」
流那が搗き上がった餅を粉の振った板に上げて、後は食べやすい大きさに千切って丸めての大試食会を開始する。
「あら、おいしい」
「モチモチしているのに、すっきりね」
まだ温かな搗き立て餅は町の奥様方にも好評だった。
味付けしなくてももち米の甘みが口に広がり、難なく食べられる。
「餅つき競争の後には食べ比べ販売なども行うからよろしくなっ」
舞もちゃっかり宣伝も加えて、まずの掴みは上々だろう。
「フッフッフッ、私の出番なの~」
そんな中で『競争』の言葉に目を光らせたのは何を隠そうあの猫好き少女のディーナであった。
●搗きvs早食い
巨大もちだるまを作るには餅が沢山必要である。
そして、早食い競争にもまた餅が必要である。
という事で、始まったのは餅搗き&早食い競争となる。
残念ながらハンターでの参加はディーナ一人であったので、急遽組まれたのはどちらが早いか対決。
食べる速度と搗く速度での無謀とも思える対決になったが、これがまた会場を十分沸かせる結果となる。
「おねーちゃん、頑張ってねー」
「負けるな、リブねえちゃんっ」
「シスターさん達も頑張って―」
搗く側にはハンターのディーナとリブとシスターが数名。
ディーナの意向でなんと一人で搗きと返しを行うという。
「本当に大丈夫ですか?」
リブが心配げに言う。ちなみに残りの面子は何をするのかと言えば、餅丸め担当。
ディーナから搗き上がってきた餅を丸めて、早食いの選手の許へと運んでいくのが役目だ。
「大丈夫なの~っていうか、一度やってみたかったの~」
随分おっとりとした様子の彼女に観客は疑惑の目を向ける。それは無理もない事だった。
ハンターだとは言え見た目は小柄で可憐な少女だ。さっきまで船長を探しとてとてしていたのだから仕方がない。
一方早食いにエントリーしたのは以下の二名。
「僕が作った道具から作られる餅という食品…それをたらふく食す。これぞ至福の極み」
何かよく判らない恰好の付け方をしつつ、リアが今か今かとその時を待つ。
「ボクだって負けないよっ。それに餅を食べるにはちょっとしたコツがあるんだから」
そう言い、にこりと笑うのは無雲だ。「絶対勝つから見ててよねぇ」とセルゲンに言い残して、舞台に上がって行ったのでセルゲンとしては応援はするものの内心は気が気ではない。
(あぁ…まさか、餅をのどに詰まらせたりはしないだろうか…)
表情には出さないが、餅と言えば粘着力が強く早食いするとなれば詰らないとも限らない。
コツというのがどういうものかは知らないが、用心に越した事はない。
(どうか、何もありませんように…)
こっそりとそう何かにお願いして、彼は妻を見守る。
「皆は真似しちゃだめですよーって事でまずは搗き班開始して下さいっ!」
ハナの一声で餅搗きは始まった。一回目の搗きで搗き上がった餅を二人に割り振り、次の餅がつき上がるまでに食べ切れたら早食い班の勝ち。無理だったら搗きの勝ちとなるが、早食い勝負は終わらない。どちらかがギブアップするまで続けての複合試合となる。
「じゃあ、やるのぉ~」
ディーナが臼の中の餅に拳を振り下ろす。その身体は俄かに光を帯びていて…。
『ええーーーーっ!!』
会場の皆は彼女の言う『実験』とやらを目撃する。
振り上げられた拳はまだ米粒の形態を残したもち米に向かって凄い早さと威力で振り下ろされては戻りを繰り返す。その光景は某格闘漫画のあれやら妖怪ねこの百裂なんたらに近いかもしれない。
「あちちちちぃ~からのあたたたたぁ~なのぉ」
とにかく目にも止まらぬ速さで打撃を加えて、時に餅をひっくり返してはまたそれを繰り返す。
「す、すごい、です…」
リブが呟く。
「すっげー、ねえちゃん、やれやれー!」
「かっちょいいぞー」
傍で見ていた男の子達はその様子に瞳を輝かせ、応援にも熱が入る。
「あの、出来ましたなのぉ~」
清々しい笑顔で仕上がった餅は始めの捏ねをすっ飛ばしているから些かいびつではあるが、それなりの形になっているから不思議だ。
「あっ、はい。有難う御座います」
リブ達がそれを受け取って、テキパキと餅に仕上げていく。
「は、速い…」
その速さに額から汗が流れたのはリアだ。自分もスキルを使う気ではあったが、あれに対抗できるだろうか。
いや、出来る出来ないの問題ではない。やるしかないのだ。ゴゴゴッと背後に闘気を燃え上がらせながら餅を待つ。そして、目の前に餅がやって来た時、それを一気に解放して、
「これぞハンターの特権! いただきまーす!」
使ったスキルはアクセルオーバー…全身にマテリアルを纏い、肉体を加速させる技である。
そのスピードを生かして彼は目の前に積まれた出来立ての餅を瞬速で口へと運んでいく。
だが、考えてみて欲しい。確かに動きは早くなるだろうが、胃袋は? 咀嚼力はどうなのかと。
「ははっ、あの人凄いねぇ。でもボクはマイペースで活かして貰うよぉ」
横目にそんなリアの姿を捉えながらも、無雲は冷静に餅をにょーんと伸ばして細くしてそのままパクリと、どちらかと言えば呑み込む態勢。咀嚼しないから満腹中枢への伝達も少ないし、何よりつるっといけるメリットがある。
(でも、この食べ方って勿体ないんだよねぇ…後からはちゃんと噛んで食べよう)
勝ちにこだわった食べ方では美味しさは二の次になってしまう。
どれだけ食べる気かは知らないが、それでも彼女は至って順調だ。
そんな折、リアには限界が近付いていて…。
(だ、駄目だ…これは思いの外きつい。重い…)
餅の高速食べ等経験がある者は少ない。しかもスキルのままに口に突っ込むのは無謀としか言いようがない。
頑張ったリアであるが、胃袋は事のほか正直であり、彼の口にはもう一欠片さえ入らない。
「ひ、ひふ」
詰った口でギブアップを宣言し、次の餅が搗き上がる前に彼はその場に身を沈める。
後は…無雲とディーナの一騎打ちだった。
「あちょちょちょちょちょーなの~」
どこかの功夫使いのような声を上げて彼女が餅を叩く。
「うん、これ美味しいねぇ」
と無雲も負けじと普通よりは断然早いペースで餅を口へと運ぶ。
会場の誰もが二人を応援する中、二人の決着をつけたのは――。
「なぁーお」
「あっ、あの時のお猫様なの♪」
通りすがった船長の鳴き声にディーナが手を止める。
そしてキョロキョロしている間に約五人前の餅を平らげた無雲が皿を持ち上げて…わぁーと会場全体から称賛の声。小柄ではないものの、女性である彼女が男性を打倒したばかりかあっさりと両者に勝って見せたのだ。彼女の前で見守っていたセルゲンもほっとする。
「あははっ、ありがとねぇ~♪ 本当に勝てるとは思わなかったよぉ♪」
誇らし気に手を挙げて皆に応える無雲。今日限定の餅食べ放題券を頂いてご満悦で舞台を降りる。
「どうだい! 見直したかい?」
とびきりの笑顔で無雲が言う。
「ああ、さすがだ。しかし、少し冷や冷やもしたがな」
あれだけの餅を食べて、のどに詰まらなかったのは奇跡に近いと彼は思う。
「ごめんごめんっ。でも折角貰ったこの券も使わないと…少し休んでまた食べるよぉ?」
「ははは」
子供の様にはしゃぐ妻に微笑む彼。そう言えば妻の誕生日は今月だった筈だ。
(少し、提案してみるか…)
彼はその事を思い出し、近くにいた琉那に声をかけてある餅を依頼するのだった。
●もちだるまの誤算
お昼を過ぎてからはもちだるま制作と試食食べ比べ会の二つが行われる。
教会の子供達に加えて、近所の子供達も集まってそこかしこでもちだるま用の餅搗きが始まっている。
「よし、いいか? しっかり持って思いっきり振り下ろすんだよ」
ひりょが作ったお手製の杵は子供が持ちやすいようにグリップをつけてある。こうする事ですっぽ抜けは防止できるし、力の伝達もスムーズにいくと考えた様だ。案の定、小さな手にも馴染みやすいのか、持ち上げた時こそふらつくものの振り下ろしはしっかりしたものだ。
「ぺったんぺったん。なんかすごいねぇ」
まだ歩き始めてそれ程経ってないであろう少年がひりょに杵を支えて貰いながら楽しげに言う。
「そうだね。もち米を搗くだけであんなに美味しくなるんだから不思議なものだよね」
それに応える為膝をつき視線を合わして彼も答える。
「えー、オマエばっかずるいぞっ! 今度はおれの番―」
そう言うのはもう少し年のいった男の子。やんちゃそうでこの子は支えがいらなそうだ。
「まあまあ仲良く。美味しくなれって念じながらやるといいんだったってよ」
幼少時代にこんな経験が出来ていたなら今とはもっと違っていただろうか。たらればを言っても仕方がないから、今日のこの経験をしっかりと胸に刻んでおこうと思う。
「ひりょのにーちゃん。みてみて、きれいでしょー?」
いつの間にか名前を憶えてくれた少女が紅色に染まった餅を大事そうに握ったまま見せてくれる。
「これは?」
「桜エビというものを練り込んでいるんだって、シスターが言っていたよ」
とこれはヴィリー。彼も子供達に囲まれながら餅搗きに励んでいる。
「へえ、いいね。これ」
「でしょでしょ。後からあげるおぅ」
おしゃまな少女がそう言って頬を赤らめるとぱたぱたと駆け出す。
「ふふ、好かれてるね」
「そっちこそ」
杵臼制作に関わった者同士、子供達と居た時間も長い。今や友達の様に接してくれるのが嬉しい限りだ。
「ねぇねぇ、今度はわたしがひっくり返すのー」
くいくいっと服の裾をひっぱり主張する少女にヴィリーが手伝いに入る。
そんな楽し気なやり取りがあちこちにある中、ただひたすらに黙々と餅を搗いている男もいる。
明王院 蔵人(ka5737)だ。強面と言う訳ではないのだが寡黙で大男である彼は子供達の近くにいては怖がられるかもと思ったのかもしれない。シスターの手を借りながら餅の量産に努める。
「食べ物を使って遊ぶのはいい事とは言えぬものの、その気持ちわからぬではないしな。協力しよう」
そう言って手伝いに入ったのが朝方の事。既に何人分の餅を搗いているか判らない。
「やり通しでは大変ですわ。少し休憩なさって下さいな」
そうシスターから声がかかって、荷物置き場と化したテントの中で差し出されたお茶で一服。
視線の先には元気のいい子供達が搗き上がった餅をヴィリーが用意したらしい大きな台へに乗せてゆく。そこで一つに纏めて、雪だるまの胴体宜しく大きくしていくらしい。だが、子供達の手ではそれを一纏めにする力がない。それは残念ながらひりょやヴィリーも同じだった。例えハンターであっても力の差はあるものだ。
「本当にこれを一つにするのか?」
弟や妹の子守に慣れている白露が子供達に連れられてもちだるまの元に引っ張って行かれたのを追いかけつつ、雷蔵が呟く。
「するのー。だから手伝ってよー」
「雷蔵、手伝う」
「あー、はいはい。するけど、しかしこれはなかなか…」
次から次へと運ばれてくる餅だ。ひと固まりが一キロ以上あり纏め上げるには重労働となろう。
「あーと、そこの旦那も手貸してくれんだろ?」
そこで目に留まった蔵人を手招きして、子供達も彼の発見に大喜び。
「くまさんが来てくれたなら百人力だよー」
「お願いしますっ」
勝手にくまとあだ名までつけられて、それでも頼みとあらば断われない。
板の前に集まった餅をかき集めてそれぞれが一つになる様に練りつつ捏ねてゆく。
「わー、うまくまとまっきたよー」
その手際は思いの外よく、ただ積んでいた個々の餅が一個の餅へと変貌していく。
「おお、美味いもんだな」
その作業には流石の雷蔵も太鼓判。もちだるまの土台が出来ると今度は頭へ。流石に大人サイズとはいかないまでも餅を融合させていく事によって身長100cm程度になりそうなもちだるまの胴が出来てくる。ただ、この企画には穴があった。
そう、餅はすぐには固まらない。いくら寒くても一昼夜は寝かせておきたい所だ。そして寝かせば寝かす程、形が重力により球ではなくなっていく恐れがある。
「うーむ、どうしたものか?」
ここに来て気付いたの難題に蔵人他皆が首を捻る。
「あの…だったらボウルに入れて固めておけば」
『それだ!』
重ねて詰めて固定しておけば形は保てる。リブの提案に乗っかる一同。
仕上がったもちだるまは後日、教会に展示して食べる事として…今は。
「これでよければ今見れるぞ」
がっくり来ている子供達に差し出したのは小さな餅で作った雪うさぎ。
雪だるまだけではと思い、予め考えていたらしい。
「わーい、うさぎさんっv」
女の子達が食紅で描かれた目と耳のついたそれに大喜びする。
「みなさーん! 食べ比べ用のお餅も出来ましたよ――!!」
そこで声がかかって、今回のお待ちかね。大試食食べ比べ会の開始であった。
●記念
磯部に、安部川、餡子にずんだ――味付けのチョイスもさる事ながら、餅も白餅だけではない。
キビにヨモギにエビと色とりどりで食べ飽きない。善哉と雑煮は別ブースで買い足す形となっており、気に入れば搗き立ての餅を購入して持って帰る事も可能だ。
「はぁ~、やっぱりこの味が落ち着く」
白い息を吐きながら幸せな表情で白露が善哉を啜る。
「そうか? 磯部も美味しいだろ」
そう言うのはさっきのそれでへばった雷蔵だ。
ガッツリ食事という訳にはいかないが、甘くないしょうゆとノリの香ばしい味わいに舌鼓を打つ。
「あ、雷蔵海苔ついてる…」
そんな彼の口元に少しばかりの海苔の欠片を見つけて、いつもの年下の子の世話をする癖で手に取りぺろりと。
その行為に雷蔵は固まらざる負えない。
(い、いいい、今…今のって…)
別にそこまでガキでもないが、不意打ち過ぎるその行為は声も出せず何とか堪える彼。
「どうかした?」
そして全く無自覚の彼女のなんと罪作りな事か。
しかもその後の食べかけにも気にもせず手を伸ばそうとするからたまったものではない。
「もう一個買ってくるから…それで勘弁してくれないか」
視線を合わせられぬままに雷蔵がお願いする。
「そう。なら宜しくね」
それに首を傾げて、それでも喜ぶ彼女にやられて…これはもう重症だ。
一方、もう一つのカップルはといえば、
「んっ、これってチョコ!?」
口に広がるビターミルクな味わいに目を丸くする。何故なら販売スペースではチョコ餅は並んでいないのだ。
「お誕生日おめでとうやねっ。旦那さんからの特別注文で作ったんよ」
そんな驚きを見せる彼女に琉那が一言。隣りのセルゲンは照れを隠す様に少し視線を外す。
「有難う、セルゲン。有難う…ええ~と」
「流那や」
「流那! 今日は優勝も出来たし、嬉しい事づくめだよっ♪」
と今日とびきりの笑みを見せて言葉する。
「ええんよ。子供達にも分けて貰ったしね」
「そうそう、みんな喜んでたよっ」
通りすがりの舞がこちらに気付いて、言葉を付け加える。
「…ならばよかった」
それを聞き、セルゲンが静かに微笑む。
ここのみならず会場全体にはおいしいの言葉が飛び交い、雪だるまの事等何処へやら。
スタッフも来場者もお餅で笑顔を作って…大盛況のうちにその日の企画は終りを迎える事となる。
「みんな、ハンターさん達にお礼を」
『有難う御座いましたっ』
太陽が沈むその前に何とか片付けを終えて、集まった子供達が一斉にぺこりと頭を下げる。
「ちょっと待って。折角だからもう一枚撮ろうか」
そこでヴィリーがそう提案して、準備から参加したハンターと子供達とシスターで記念写真。
数日後、連絡を受けて教会を訪れると、仕上がったらしいもちだるまが祭壇前に鎮座していて、
「フフッ、これは可愛いね」
それはとても愛嬌のある顔だった。ボウルを外して後、固まった本体にチョコクッキーで作った目と、あらかじめ作っておいたエビ餅の鼻と口と頬紅、そしてボタンをつけたらしい。帽子は誰かのものなのかニット帽が被されている。
「どうだい、雪だるまっぽくできてるだろ?」
最後まで気になって仕上げにも立ち合っていたらしい舞が彼に尋ねる。
「ああ、いいね。とても素敵だと思うよ」
それにそう答えると子供達がガッツポーズ!
雪を見た事がなくとも立派に出来たのが嬉しいらしい。そこで今日はもちだるまと子供達でキメの一枚。
この写真は双方にとっていい思い出になりそうだ。
「また遊びに来てよねっ」
「ね、おにいちゃん」
「おねーちゃんも大好きなの」
「待ってるからなー」
子供達にそう告げられながら二人は教会を後にする。
その後も続々と完成を見に来る人がやってきて…。
そんな人間らを船長は少し鬱陶し気に、ゆるゆると尻尾を揺らしながら眺めているのだった。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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『もちだるま』を作ろう! ひりょ・ムーンリーフ(ka3744) 人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/01/31 23:45:36 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/01/31 23:15:04 |