ゲスト
(ka0000)
【黒祀】生贄羊は狂喜と共に蹂躙す
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2014/10/15 22:00
- 完成日
- 2014/10/24 00:34
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
夜闇が包む草原に、少女が二人居た。彼方を眺めながら、片割れが口を開く。
「楽しみだね!」
「いえ、とても不愉快だわ」
「……なんで?」
「フラベル。貴女が愉しそうだからよ」
「にひっ! クラベル、それ、ほんとにっ?」
「嘘よ」
少女達の姿は、鏡写しのように似ていた。ただ、その声色だけが大きく異なる。夫々に沈まぬ太陽と、光を返さぬ新月を想起させる声音。
「面倒くさい仕事だなと思っただけ」
「そうかな。大事なことだよ?」
「どうでもいいことだわ」
クラベルと呼ばれた少女は憂鬱な息を吐き、言う。
「誰も彼も皆、勝手に踊り狂っていればいい。貴女も」
「にひっ」
フラベルと呼ばれた少女は晴れやかに笑い、言う。
「うん、踊ってくるねっ! 一杯一杯殺して、褒めてもらうんだぁ」
●
その鉱山にはまだ、名前は無い。ハルトフォートへの鉱石の供給が漸く始まったばかりの、開発途中の鉱山であった。鉱夫と、彼らの護衛の騎士達を除いては、必需品を運び、鉱石を運び出す商人以外は特に人の動きもない。今後、より供給が見込めた場合には本腰を入れて開拓が進み――おそらく人が集まり、街になるだろう。
その日は、やけに静かな朝だった。
――彼らが、来るまでは。
●
かつて、ヘクス・シャルシェレット(kz0015)がハルトフォートを訪れた時のことだ。彼はフォーリ・イノサンティの屋敷を抵当に入れるためにやってきたのだが、ラーズスヴァンの元にも足を運んだ。
その時頼んだ事というのが――銃の量産であった。より正確には、『発注』である。
ハルトフォートは王国最大の砦ではあるが、その内部には装備の生産施設を多数擁している。加えて、同都市には銃の製造に関しては技術的な蓄積があった。ラーズスヴァン自身が銃や砲をこよ無く愛するドワーフである事も影響している。
平時に増して、職人達の血気が増え、都市全体に熱気が篭っていた。
――そうでなくても、ハルトフォートは騒がしい。
充溢する熱を含んだ、溶鉱炉のような都市。高密度な社会の構図。
それが、ハルトフォートであった。
●
その熱を打ち破る程の怒声が響いた。
「ええい、クソァッ!」
石床が震える程の咆哮だった。この砦の長、ラーズスヴァンの声である。部下の報告を受けての怒声、であった。歴戦のドワーフは軋むほどに歯を食い縛り、沸騰する憤怒を抑える。
「――また死兵かよ、クソ、気に入らねェ」
「どうなさいますか」
気遣わしげに部下の騎士が言うと、ラーズスヴァンは鼻を鳴らす。
「決まってンだろ。ハンターを出せ。騎士はもう、纏まった数を出せねェ」
「はっ!」
騎士に段取りを任せながら、ラーズスヴァンは重い息を吐いた。
「……散発的に過ぎる。雑魔がただ騒いでるだけにしては規模が大きい――いや、『多』すぎる」
頑丈な木机。何も置かれてはいないそこに視線を落としながら呟く。届いた情報を吟味し、整理しているのだろう。暫しの後。深く、息を吐いた。
「……解らん。情報が足りねェな。ただ」
予感があった。黒々とした暴虐の影だ。
自然、想起される影があった、が。
「――少なくとも『アイツ』は、そんなに阿呆ではなかった」
●
ハンター達は元々、王国西部で急激に増えた歪虚騒ぎへの対応のために集められていた。騎士や聖堂戦士団だけでは手が足りなくなり、ハルトフォートに最低限の騎士を配せなくなることを厭うての事だった。
唐突に召集されたハンター達に対して、ラーズスヴァンは口早に告げる。
「時間が無ェ。だから、手短に言う」
簡素な地図を足台に乗ったラーズスヴァンは肉の腸詰めを連想させる指で差した。
「この砦に鉱石を供給している鉱山群がある。そン中で、最近手を出し始めた鉱山が歪虚の襲撃を受けた」
砦から北西にあたる山々の山腹に対して、指を滑らせる。歪虚達の進軍ルートを示しているのだろう。
「マテリアル鉱石の採掘場だ。今後、大規模な需要が想定されていたから、護衛の騎士、従騎士達も居た。鉱夫だってヤワじゃねェ。抵抗はしている筈だが、長くは保たねェだろう。急ぎ、救出に向かって欲しい」
ハンター達の中から、挙手が上がった。ラーズスヴァンは視線のみで促す。
「保たない……とのことですが、敵の戦力については?」
「目立った個体は居ねェが、百に届く、だそうだ。騎士は十名。鉱夫は五十人近く居るが……」
「……」
「勿論。帰ってもいいぜ。だが、出来る事はやらにゃァならん。だが、散発し多発する歪虚被害で手が足りねェンだ」
言って、ドワーフは足台から降りると、深く腰を折り、頭を下げた。
「俺達だけでは、騎士も鉱夫も救えん」
沈黙が落ちた。その中で、ただ、男の声だけが深く響く。
「この砦を、落とすわけには行かんからだ。敵の動きはどうも臭う。それが此処を狙うモノだった時、守兵は必ず必要だ。その時の敵の規模が、この鉱山よりも少ないとは思えねェ。無様を晒すが、この敵は潰さねばならん。小を切り捨てずに、大を生かすにはこれしかねェ」
そうして、ラーズスヴァンは最後に頼む、と言い添えた。
●
陽の光が届かぬ暗い鉱山の中、マテリアル鉱石が仄明るい光を放っていた。
「情けない声だけど。此処まで響くと……」
女従騎士は湧き上がった感情と共に、言葉を飲み込んだ。
――あの歪虚は、人を喰う。
助けられなかった鉱夫が食われて消えた。
視線を転じる。眼前には高く積み上げられた硬材や木材からなるバリケード。その奥には、羊達が破壊しようと足掻く門がある。襲撃に、防衛は不可能と踏んだ騎士は報せを送ると同時、鉱夫の殆どを引き連れて鉱山へと逃げ込んだ。そうして重厚な門を閉じ、鉱夫達の手を借りてバリケードを張った。
「君たちは、頃合いを見て逃げるんだ」
傍らで、男性騎士が告げる。門が軋む音を聞く限り、開戦は時間の問題だったからだ。
絶体絶命のこの状況で逃げろ、というのには、訳がある。
この鉱山には、非常時用の出口が設けられていた。『いざ』という時の出口、換気のためのものが、森の向こうへと拓けている。騎士達が注意をひく間に、鉱夫達を逃がす手はずだった。
「逃げるかよ」
鉱夫を代表して、一人の男がそう言った。手にはピッケル。見れば、誰しもが似たような様相で。
「うちの娘みてェな歳の騎士がいるンだぜ。なぁ?」
「男やもめにな」「騎士団は頭がおかしい」「これを見越してたンじゃねェか?」「いやいや」「せっかくだから結婚しよう」「俺も」「じゃあ俺もだ」「死ね」「幸せは俺が独占するから。悲しみこそ分け合おうぜ。俺以外で」
――忘れていたな。
男性騎士は苦笑と共に、女従騎士を見た。
「前にも言ったが」
戦場には、冗句が欠かせない。
「ご覧のとおり、女性騎士は前線で人気が出る」
「……全然、嬉しくないですからっ」
いつの間にか、彼女の震えも消えていた。
その時だ。
軋みが一際強くなり――門が、破れた。
夜闇が包む草原に、少女が二人居た。彼方を眺めながら、片割れが口を開く。
「楽しみだね!」
「いえ、とても不愉快だわ」
「……なんで?」
「フラベル。貴女が愉しそうだからよ」
「にひっ! クラベル、それ、ほんとにっ?」
「嘘よ」
少女達の姿は、鏡写しのように似ていた。ただ、その声色だけが大きく異なる。夫々に沈まぬ太陽と、光を返さぬ新月を想起させる声音。
「面倒くさい仕事だなと思っただけ」
「そうかな。大事なことだよ?」
「どうでもいいことだわ」
クラベルと呼ばれた少女は憂鬱な息を吐き、言う。
「誰も彼も皆、勝手に踊り狂っていればいい。貴女も」
「にひっ」
フラベルと呼ばれた少女は晴れやかに笑い、言う。
「うん、踊ってくるねっ! 一杯一杯殺して、褒めてもらうんだぁ」
●
その鉱山にはまだ、名前は無い。ハルトフォートへの鉱石の供給が漸く始まったばかりの、開発途中の鉱山であった。鉱夫と、彼らの護衛の騎士達を除いては、必需品を運び、鉱石を運び出す商人以外は特に人の動きもない。今後、より供給が見込めた場合には本腰を入れて開拓が進み――おそらく人が集まり、街になるだろう。
その日は、やけに静かな朝だった。
――彼らが、来るまでは。
●
かつて、ヘクス・シャルシェレット(kz0015)がハルトフォートを訪れた時のことだ。彼はフォーリ・イノサンティの屋敷を抵当に入れるためにやってきたのだが、ラーズスヴァンの元にも足を運んだ。
その時頼んだ事というのが――銃の量産であった。より正確には、『発注』である。
ハルトフォートは王国最大の砦ではあるが、その内部には装備の生産施設を多数擁している。加えて、同都市には銃の製造に関しては技術的な蓄積があった。ラーズスヴァン自身が銃や砲をこよ無く愛するドワーフである事も影響している。
平時に増して、職人達の血気が増え、都市全体に熱気が篭っていた。
――そうでなくても、ハルトフォートは騒がしい。
充溢する熱を含んだ、溶鉱炉のような都市。高密度な社会の構図。
それが、ハルトフォートであった。
●
その熱を打ち破る程の怒声が響いた。
「ええい、クソァッ!」
石床が震える程の咆哮だった。この砦の長、ラーズスヴァンの声である。部下の報告を受けての怒声、であった。歴戦のドワーフは軋むほどに歯を食い縛り、沸騰する憤怒を抑える。
「――また死兵かよ、クソ、気に入らねェ」
「どうなさいますか」
気遣わしげに部下の騎士が言うと、ラーズスヴァンは鼻を鳴らす。
「決まってンだろ。ハンターを出せ。騎士はもう、纏まった数を出せねェ」
「はっ!」
騎士に段取りを任せながら、ラーズスヴァンは重い息を吐いた。
「……散発的に過ぎる。雑魔がただ騒いでるだけにしては規模が大きい――いや、『多』すぎる」
頑丈な木机。何も置かれてはいないそこに視線を落としながら呟く。届いた情報を吟味し、整理しているのだろう。暫しの後。深く、息を吐いた。
「……解らん。情報が足りねェな。ただ」
予感があった。黒々とした暴虐の影だ。
自然、想起される影があった、が。
「――少なくとも『アイツ』は、そんなに阿呆ではなかった」
●
ハンター達は元々、王国西部で急激に増えた歪虚騒ぎへの対応のために集められていた。騎士や聖堂戦士団だけでは手が足りなくなり、ハルトフォートに最低限の騎士を配せなくなることを厭うての事だった。
唐突に召集されたハンター達に対して、ラーズスヴァンは口早に告げる。
「時間が無ェ。だから、手短に言う」
簡素な地図を足台に乗ったラーズスヴァンは肉の腸詰めを連想させる指で差した。
「この砦に鉱石を供給している鉱山群がある。そン中で、最近手を出し始めた鉱山が歪虚の襲撃を受けた」
砦から北西にあたる山々の山腹に対して、指を滑らせる。歪虚達の進軍ルートを示しているのだろう。
「マテリアル鉱石の採掘場だ。今後、大規模な需要が想定されていたから、護衛の騎士、従騎士達も居た。鉱夫だってヤワじゃねェ。抵抗はしている筈だが、長くは保たねェだろう。急ぎ、救出に向かって欲しい」
ハンター達の中から、挙手が上がった。ラーズスヴァンは視線のみで促す。
「保たない……とのことですが、敵の戦力については?」
「目立った個体は居ねェが、百に届く、だそうだ。騎士は十名。鉱夫は五十人近く居るが……」
「……」
「勿論。帰ってもいいぜ。だが、出来る事はやらにゃァならん。だが、散発し多発する歪虚被害で手が足りねェンだ」
言って、ドワーフは足台から降りると、深く腰を折り、頭を下げた。
「俺達だけでは、騎士も鉱夫も救えん」
沈黙が落ちた。その中で、ただ、男の声だけが深く響く。
「この砦を、落とすわけには行かんからだ。敵の動きはどうも臭う。それが此処を狙うモノだった時、守兵は必ず必要だ。その時の敵の規模が、この鉱山よりも少ないとは思えねェ。無様を晒すが、この敵は潰さねばならん。小を切り捨てずに、大を生かすにはこれしかねェ」
そうして、ラーズスヴァンは最後に頼む、と言い添えた。
●
陽の光が届かぬ暗い鉱山の中、マテリアル鉱石が仄明るい光を放っていた。
「情けない声だけど。此処まで響くと……」
女従騎士は湧き上がった感情と共に、言葉を飲み込んだ。
――あの歪虚は、人を喰う。
助けられなかった鉱夫が食われて消えた。
視線を転じる。眼前には高く積み上げられた硬材や木材からなるバリケード。その奥には、羊達が破壊しようと足掻く門がある。襲撃に、防衛は不可能と踏んだ騎士は報せを送ると同時、鉱夫の殆どを引き連れて鉱山へと逃げ込んだ。そうして重厚な門を閉じ、鉱夫達の手を借りてバリケードを張った。
「君たちは、頃合いを見て逃げるんだ」
傍らで、男性騎士が告げる。門が軋む音を聞く限り、開戦は時間の問題だったからだ。
絶体絶命のこの状況で逃げろ、というのには、訳がある。
この鉱山には、非常時用の出口が設けられていた。『いざ』という時の出口、換気のためのものが、森の向こうへと拓けている。騎士達が注意をひく間に、鉱夫達を逃がす手はずだった。
「逃げるかよ」
鉱夫を代表して、一人の男がそう言った。手にはピッケル。見れば、誰しもが似たような様相で。
「うちの娘みてェな歳の騎士がいるンだぜ。なぁ?」
「男やもめにな」「騎士団は頭がおかしい」「これを見越してたンじゃねェか?」「いやいや」「せっかくだから結婚しよう」「俺も」「じゃあ俺もだ」「死ね」「幸せは俺が独占するから。悲しみこそ分け合おうぜ。俺以外で」
――忘れていたな。
男性騎士は苦笑と共に、女従騎士を見た。
「前にも言ったが」
戦場には、冗句が欠かせない。
「ご覧のとおり、女性騎士は前線で人気が出る」
「……全然、嬉しくないですからっ」
いつの間にか、彼女の震えも消えていた。
その時だ。
軋みが一際強くなり――門が、破れた。
リプレイ本文
●
幾重にも重なる声が波濤の如く鉱山を叩いていた。反響し、異口同音の共鳴に世界そのものが震えているかのような大合奏。
その意志は明白だった。
――殺セ。
その背を取るように、あるいは森の中を進む至るハンター達に気づく様子もない。
「羊さんが百匹も居るなんて……いったいどこから湧いてきたのかしら?」
天川 麗美(ka1355)は遠吠えに紛れるように呟いた。
「この数で統率されていないのが不幸中の幸いか」
街道から羊達を見据えながら、ヴァイス(ka0364)。ハンター達は一様に息を潜めながら距離を詰めていた。
「どう、でしょうか」
マーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)が、言葉を継いだ。かつての邂逅を、想起しながら。
「以前戦った時は頭となる赤羊が居りましたが……頭無しでも動くようになったことは、注意すべきかと。……統制がとれていないことは、不幸中の幸いですが」
少女の言葉に、静寂が落ち――はらり、と。風が流れた。鉱山の傾斜を滑り落ち、森の方へと。
●
森の中。羊達の視線を厭うて大きく回りこむ形でハンター達が進んでいた。先行するのは椿姫・T・ノーチェ(ka1225)。向かい風に少女の黒髪が流れ、跳ねた。
木々の隙間から、日差しと羊達の遠吠え――殺戮への希求が寄り添うように落ちてきた。
「何故、この場所を敵は狙ったんでしょうか」
椿姫は呟きながら羊達と罠の有無を確認しながら進み、時折ダーツを木の幹に突き刺した。避難の際の目印のためのものだ。
ユキヤ・S・ディールス(ka0382)やジュード・エアハート(ka0410)といった面々が続く中、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)はむしろ悠然と歩んでいた。
「ハルトフォートの鉱山て言やぁ金の匂いがする激アツの所じゃねぇか」
――些か世俗に塗れている所はあるが、正真正銘の貴族だ。
鉱山から吹き降ろす風が運ぶ獣臭に、男は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「家畜風情に荒らされちゃあたまったもんじゃねぇ」
「そう、ですね」
前を見つめる少女が、そう言った。ロスヴィータ・ヴェルナー(ka2149)。柔らかな造りの顔が、今は微かに強張っていた。
「助けたい、です」
真摯な呟きには、少女の心中が滲んでいた。
ジャック達より前方では、櫻井 悠貴(ka0872)とリーリア・バックフィード(ka0873)が辺りを見渡している。
「……ヴァルナさんは?」
「居りませんね」
救助班だった筈のヴァルナ=ユリゴス(ka2654)の姿が無かった。交誼もあり、依頼でも同行した仲であったからその不在が目についた。
つと。
音が、響いた。
「始まったね」
小さく視線を送ったレベッカ・アマデーオ(ka1963)が、言った。
剣戟と、気勢。
それに応じる歓喜の咆哮だった。
●
「喧しい羊共だな……狼宜しく、俺の大剣が喰らい尽くしてやらぁ!」
エヴァンス・カルヴィ(ka0639)の声に続くように、鬨の声。中でもヴァイスの声は一際大きく響いた。最前を行き、獰猛に喰らい付くヴァイスに羊達の視線は集う。羊達はいずれも急襲に驚愕していた。
右翼側はアクセル・ランパード(ka0448)が率いる【FAITH】が居たため、他の前衛の多くは中央から左翼で横一線に並ぶように一直線に駆け上がった。
「剣機の次は羊っての!?」
レム・K・モメンタム(ka0149)。短い赤毛を揺らし歯を剥いて笑っていた。華奢な身体には不似合いな欲深い笑み。
「まぁいいわ。とっととコイツラを殲滅して生存者を救助して勲立ててやるわよ!」
レムの言葉と同時、前衛達が一斉にその刃を振るう。強襲から放たれた一閃は容易にその急所を抉る。
「数だけは多い、か」
風切る音とともに洋槍を回した榊 兵庫(ka0010)は周囲を素早く確認した。
―――ッ!
羊達の怒声で、僅かにその身体が揺れた。
「立ち回りには留意が必要だな」
槍の遠間を生かして間合いを開き、言う。
「頻発する歪虚の出現……王国に一体何が起きているのでしょう?」
さて。ヴァルナは此処にいた。振り切った二振りの長剣に血色が舞う。軍容というにはあまりに拙く、自然発生的な歪虚にしては異様な現状に疑問が零れた。そのまま、真っ向から鉱山の入り口を目指して突き進む少女はさらに一歩を踏み込んだ。
右翼には【FAITH】の面々と麗美が居た。
「相当な数の雑魔だな! これはいよいよ持って急がねばなるまい!」
大はしゃぎしているディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)。小柄な身体で大地を踏みしめて、子犬のように吠えた。
「さあ皆の者! 大王たるボクに続けー!」
長剣を打ち付けるようにして振るうとメェと哀れっぽい声を挙げて羊は転倒。
「どうだ!」
「片っ端からぶった切ってやるから、そこを動くんじゃねぇぞ! てめぇ等ァ!」
ドヤ顔を見舞うディアドラに続いて、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が往く。両手でクレイモアを大上段に構えると手近な羊を磨り潰すかのように斬り伏せた。
「火力を集中しましょう。各個撃……」
アクセルは苦笑をしながら、言葉を投げた。
「任せたまえー!」「任せろ!」
即座の言葉に、青年の苦笑が深まる。
「いえ、合わせますから、大丈夫です」
アクセルは転倒した羊に近づくと、流水のように静かな所作でその息の根を止めた。
「中々楽しげですね……ソフィアさんは大丈夫ですか?」
「やー……コレは嫌な予感しかしないッスね!」
防護の法術を味方に施しながら、ユージーン・L・ローランド(ka1810)が笑顔とともにそう言うと、黒髪を揺らすドワーフ、ソフィア・シャリフ(ka2274)は爽やかに言い切った。
【FAITH】の前衛が押し広げた空間。その後方では、麗美が魔導銃を構え周囲を見渡していた。
「この辺が一番見通しが効きそうだと思ったんだけど……」
眼前には犇めく羊と、【FAITH】の面々の背中。右手には居住区が見えるが、その入口は。
「羊が、入り込んでるわね」
左翼。
「まったく雁首揃えてメエメエと戦闘員かよってんだッ!」
続いて、青い装甲服――の幻影を纏った鳴神 真吾(ka2626)が羊達に応じるように咆哮。杖の先に顕現していた刃が消えると同時。メエェェ、とさらに声が返った。
「どんなつもりかなんて後だ、今はここからテメエらをたたき出してやる!」
メェェェ。
「……返事、してるんじゃないかな」
「あ?」
「や、なんでもないよ」
真吾の後方で、銃撃を重ねるヴァンシュトール・H・R(ka0169)は思いつきを口にした。青年はそのまま銃撃で羊の足元を射抜き、ハンター達の前衛に至ろうとする足を縫い止める。
「――」
そして、戦場には似つかわしくない歌声が、響いた。
前衛が臨むそのやや前方に、淀んだ雲。メトロノーム・ソングライト(ka1267)が紡いだ歌に続き顕現した魔術だ。十メートル四方にも及ぶ黒雲は、羊達が密集している現状では良手。少なくない数の羊が膝折るようにして、安眠し始める。
メトロノームの魔術は、二つの結果を産んだ。一つは、羊達の動きが滞った事。
「ちょーっと数が多いみたいだけど、このジュウベエちゃんが来たからには、もはや心配ご無用!」
もう一つが、射線が通るようになったこと。
陽気な気勢はJyu=Bee(ka1681)のもの。銃声が木霊した。機敏なエルフではあるが、前衛に先手を取らせるために今、発砲した。突撃銃から放たれた弾丸は、遠間からでも違わず羊を貫き、血の華を咲かせる。
「きっちり、キッカリ、蹴散らしてあげるわ!!
――その声に、応じた訳ではないだろうが。
羊達もまた動いた。前に進める羊は前衛のハンターに殺到。射線が通る羊の多くが、マテリアルの矢を放った。
暴威が、真っ向から前衛達を飲み込んだ。
●
交戦が始まって間もなくして、救助班の面々は非常口に辿り着いた。
「鍵が掛かっていますね」
先に到着していた椿姫が真新しい鉄扉を揺すり、ノックをするが、反応はない。
「逃げ込んだ方々は入り口に近い位置にいるのかもしれない、ということですか」
それは、取りも直さず。
「彼らも、闘っているということですね」
追いついたリーリアが、頷いた。その行為の意志に強く撃たれたかのように、眼差しに力が篭もる。
「でも、不安が無い訳がありません」
悠貴が心配げに言葉を零す中、レベッカは素早く門扉の造りを確認すると、
「鍵を壊してもいいけど……っと、あったあった」
簡素な造りの取手を見つけた。念のため外部に音が鳴りそうなものが無いことを確認すると、さして悩まずに、レベッカはそれを引いた。
「今、何か鳴りましたか?」
「聞こえなかったなぁ」
小首を傾げるユキヤに、ジュードは笑みと共に言う。木霊する戦場の音に紛れたか、音源が遠いのかはわからないが、合図の気配は感じなかった。
「壊れてたりしてね」
飄々と嘯くジュードに、ユキヤは苦笑。
「出来たての鉱山よ? 作るならちゃんとした仕事しなさいよねッ!」
レベッカが取手を苛立たしげに取手を引く。引く。引いた。引きまくった。
――大丈夫でしょうか。
ユキヤが、その耐久性に不安を抱き始めた頃。通気口の向こうに気配が滲んだ。
「おっ」
ジュードが嬉しげに言うと同時、重い音を響かせて鍵が開いた。
鉄扉を開いて顔を出したのは、茶褐色の肌のドワーフ。
「おおっ!」
眼を見開くその姿は返り血で汚れていたが、壮健そのもの。歯を剥いて笑みを浮かべると短い首をぐるりと元来た方に巡らせ。
「野郎ども!」
声を張った。鉱山内部の壁を叩き、音が反響する。
「別嬪が! こぞっt」
「静かに……っ!」
呆れ顔のレベッカが口を塞ぐと再び眼を見開いて首をすくめた。愛嬌ある姿にジュードはくすりと笑みを零す。
「や、助けに来たよ」
和やかな言葉に、ドワーフは親指を突き上げ、忙しげに踵を返した。
●
もとより槍の間合いであった兵庫を除き、前衛達は瞬く間に距離を詰められた。そこに、光の矢が連なる。
右翼でも同様だった。【FAITH】のディアドラなどは包囲攻撃を避けるよう意識をしていたが。
「これは無理だな!」
いっそ快活に笑って光の矢に呑まれた。
不幸中の幸いか、羊達のそれは精度が低く、同士討ちも多発しているが、それでも多勢に無勢。その中で真っ向切った消耗戦を挑まねばならない事は必至。
だが。
「オォ……ッ!」
ヴァイスは更に気迫を込めると、身を低くして踏み込んだ。体ごとぶつかるようにして手にした剣を羊に突き立てると、羊を盾にするようにして遮蔽を取る。彼に限らず、ハンター達は誰一人として、退かなかった。
だが、直ぐには攻撃を為せぬものも居た。
「ち……ッ!」
真吾だ。不運にも被弾が重なり血と、苦悶が零れる。回避を不得手としている事が響く。
「今、治療を」
直ぐに寄ってきたマーニが癒しの法術を施した。
「すまねえ、助かる!」
「いえ……」
――大丈夫、でしょうか。
礼を言う鳴神に、マーニは戦況を伺った。左翼には癒し手は少ない。いざとなれば、居住区側に回った【FAITH】の面々に助けを求める事も視野にいれながら。
●
「あたしは此処で見張ってるわ。君達は中に。何かあったら連絡するから」
と、レベッカが外で哨戒にあたる中、駆け足のドワーフに続いて一同は鉱山内部に足を踏み入れた。非常口に近しい洞内には、増援を知った鉱夫たちがその姿を確認しに来ているようだった。
「助けに来ました! 皆さん、大丈夫ですか!」
抑えきれずに悠貴が叫ぶ。洞内に少女の言葉が反響する中、案内するドワーフは駆け足のまま、苦々しく告げる。
「俺達は無事だが、騎士の怪我が重い」
その時初めて、鉱夫たちがこちらへと姿を見せている理由が解った。
「アイツら意地張って無理しやがる」
彼らは、道を作っていたのだった。
●
【FAITH】の治療の手は――敵の数を思えば十分ではないが、厚い。結果的に、ディアドラもボルディアも深手を負うことなく、居住区の入り口までたどり着く事ができた。
「皆さん、中へ!」
アクセルの号令に、ボルディアを残して居住施設に転がり込む。ボルディアも駆け込もうとはしたのだが、途端に入り口に殺到しようとする羊型歪虚を見て足が止まった。
脳裏をよぎったのは、ディアドラと自身の被弾量の差。
――俺のほうが、適任か。
自らにそう任じ、ボルディアは声を張った。
「俺が残る。ディアドラ、お前は先に行け!」
「ご苦労!」
ディアドラは振り返りもせずに内部へと足早に突入していった。
「……」
「うはー」
何とか内部に転がり込んだソフィアは荒い息を吐く。後ろ髪を掴まれた時などは死を覚悟したが、ユージーンの助けで危機を逃れる事ができた。ユージーンは屋内を見渡しながら、言う。
「怪我はないですか?」
「大丈夫ッス……」
一度屋内に入ると、戦場に満ちていた怒声が薄まった。多数の人間を擁するだけの施設だけあって、内部は雑多だった。
「こちらです!」
アクセルが素早く誘導の声を張ると、ユージーン達は直ぐに、その背に追いつく。
剣を構えながら進むアクセルの表情は固かった。
「やはり、逃げ遅れた人が居るみたいです。急ぎましょう」
その目には悼みの色があった。先刻までアクセルが眺めていた場所を見て、ユージーンも短く黙祷をすると、先を急いだ。ソフィアが小さく息を飲む声が聞こえたが、今は急ぐ事を先決した。視界が開けた。どうやら食堂のようだ。普段は木製の机と椅子が所狭しと並べられているのだろう。今は、机は奥へと追いやられていた。恐らく、厨房へと続く道なのだろう。
「……バリケードにしようとしていたんスね」
「ええ」
視線の先には4体の羊達がいた。ディアドラは注意を引くためか既に突貫中。
ユージーンは現状を見渡しながら、先ほどの『彼』は、あるいはこのバリケードを作る事に専心していたのかもしれない、と思った。感情を飲み下しながら、歩を進める。
「奥に避難者が居るかもしれません。アクセルさん。早急に斃しましょう」
「ええ……ボルディアさんの援護も必要ですし」
自らの言葉にアクセルの想起したのはこの鉱山の存在意義。
――ここが落ちたら、ハルトフォートの守りだけでなく、王国の軍備にも影響が出ます。
最善を尽くす事に躊躇する由など、彼にはありはしなかった。
「算数なんてわかんねーっすけど。目の前の人を助けるにはどうすればいいのかは分かるッス! 行くッス!」
それは、ソフィアにしても同じで。少女は短剣を手に、駆けた。
●
洞窟内。鉱夫たちが道を開けた先には、羊達の波濤の如き猛撃を押しとどめる騎士達がいた。
バリケードは健在だが鉱夫達に禍が及ばぬように動いた結果か。戦闘の痕も凄まじく、長期戦の経過が知れた。羊達の暴威が騎士達の身に傷を残していた。
ハンター達は一斉に駆けていた。駆け足のロスヴィータは騎士達を見渡しながら、叫ぶ。
「どなたか、この場の責任者は!」
「私だ!」
壮年の騎士が応じた。ロスヴィータは応急処置用の道具を取り出しながら、口早に言う。
「助けに、来ました。広場では仲間たちが交戦中です」
「やはり、か。感謝する。私はレイズ。貴女は?」
「ロ、ロスヴィータです。あの、負傷状況は――」
「バリケードの端に回している。傷が深いのは」
その時。一人の騎士が崩れ落ちた。その至近に居た鉱夫達があわ立てて抱きとめる。そうして更に二人が、荒い息を立てて膝をつくのが見えた。
「傷が重い方を後方へ下げます。誰か!」
「私達が変わりに!」
ユキヤが短く指揮を飛ばすと、周囲の鉱夫たちが一斉に倒れた騎士達を運び出し、リーリアの声が響いた。
「戦場の花は咲き続けなければなりません!」
リーリアが言って剣を構えるのと同時、ジャックと悠貴が前進。悠貴が攻性強化をリーリアに施す中、ジャックは最前線に身を挟み込んだ。そうして、ジャックは盾を構え、腰を深く落とした。
「ここで退いたら貴族が廃んだよ……だから何があろうと此処を退くつもりはねぇ!」
ジャックは羊の斬撃を容易く受け止めながら、歯を剥いて嗤った。
「倒れた方以外は、」
ロスヴィータは再度問うた、が。
「まだ、戦える」
短い返答に、残った騎士も頷いた。
「彼らはまだ若い。助けてやってくれ」
「……はい!」
何とかそれだけを言って、少女は走った。解っていた。前線に残った騎士だって傷は浅くない事も。彼らまで抜けると前線の穴が大きくなり過ぎるから、残っている事も。
「……っ、これ以上、奪わせない!」
悔しさと悲しさが綯い交ぜになり、激情が少女の胸中を灼いていた。
●
「手が空いている鉱夫の皆は避難を。さあ、急いで!」
ジュードの声に負傷者を運ぶ鉱夫以外が走りだすと、止血の為に大腿部を布で強く縛っていた椿姫が声を張った。
「安全なルートにダーツを残しています! 通る際にはダーツを抜いて進んで下さい!」
「おお、それは楽でいいね……レベッカ、外の状況は?」
『歪虚の姿は無いわよ。避難するならどーぞ』
ジュードは鉱夫たちを誘導しながら短伝話で外の状況を確認すると、鉱夫たちに対して笑いかける。
「外では綺麗なおねーさんが待ってるから、気をつけて逃げてね」
『聞こえてるわよ!』
「ふふ、知ってるよ……っと」
つと、思い至った事があり、尋ねることにした。
「そういえば、奴ら、マテリアル鉱石には何か反応してた?」
「いや、そんな様子は……無かった、よな?」「ああ」「俺達を殺す事しか頭にねェ感じ」
「……そっか。ごめん、邪魔したね」
改めて見送ると、小さく息を吐いた。
――マテリアルが狙い、というわけでもないのかな。
●
【FAITH】の面々が居住区に入り込んだ、直後のことだった。
「わわ……ッ!」
麗美は口調を作る事も忘れて、悲鳴をあげていた。【FAITH】の圧力が抜けた結果、羊達の注視が麗美に流れたのだ。敵の注意を引く事も、その場合は左翼へと移動する事も想定していた。ただ、その数が麗美の許容量を超えていた。自然、逃げるその足が早くなる。
麗美の逃走は、羊達の一団を引きずる大立ち回りとなった。
「た、助け……ッ」
救いを求める声を、聞いた訳でもないだろうが。
――。
再び、歌声が響く。メトロノームの歌声だ。少女が紡ぐと何処か碧く透き通った印象を与えた。眠りを運ぶ暗雲が麗美の後方の羊達を包むと、そのうちの多くがはたはたと斃れ伏した。
動く者は他にも居た。エヴァンスだ。
「麗美! コッチだ……ッ!」
メトロノームが魔術を紡ぐより早く疾走していたエヴァンスが、麗美と入れ違うように敵集団に切り込んで行く。ソフィアが要救助者の発見を、ロスヴィータが鉱夫と騎士達との合流を夫々に知らせていた。報せに耳をそばだてていたエヴァンスは、趨勢を素早く見極めて動いていた。
「死ぬかと思ったじゃ……、ゴホン、思いました」
漸く落ち着いたか、口調を戻して麗美は一息を吐いた。そうして、魔導銃を鳴らす。
「もふもふだからって……容赦はしないわよ」
「……麗美?」
麗美の両眼には、昏い殺意が宿っていた。
左翼側。Jyu=Beeが放った銃声が響く。一射一殺。違わず命中した羊の頭部が爆ぜる。
「狙い撃つ!」
Jyu=Bee。侍こそがクールと謳っているそうだが、馬上で射撃するその様は堂に入っていた。言動の端々に著作権の香りが漂うのはご愛嬌。
「見事だ!」
そう言いながら、Jyu=Beeの火力を背に兵庫が疾走した。放たれた刺突が羊の頚部を穿つ。気管を破り、食道を貫き、頚椎を破壊。
―――ッ!
応酬とばかりに降り注ぐ光の矢。それを、兵庫は槍の柄、あるいは身体で受け止めた。
「……軽くとも、こうも募ると厄介だな」
兵庫に、追撃を与えようと前進する羊も居た。
だが、その間合いに至る前に、横合いから銃撃が響く。
「ホントはあっちに撃ちたい所、なんだけど」
ヴァンシュトール。遠目には鉱山の入り口がある。そこの歪虚の足を止めたい所だが、戦線を押し上げきれない現状ではどう足掻いてもそこには届きそうもなかった。
――今は、出来るかぎり数を減らすしかないね。
銃撃に続いて、影が二つ。レムと、マーニの治療で宣戦に復帰できた真吾だ。
二人はヴァンシュトールの銃撃で動きが止まった羊の近づくと、両側から切り伏せた。レムは深く息を吸い。
「片っ端からジンギスカン鍋にしてくれるわ!」
言った。
「応! ……って、レム、お前なんでそれを知ってンだよ?」
「え?」
応じた真吾の声に、レムは暫し回想し――小首を傾げた。
「美味しいじゃない?」
「……そっか。そういう感じか」
二人の攻撃が当たれば確実に一匹を屠れる事もあり、レム、そして真吾は自然と連携を取り、多勢に抗う。
●
守りに徹するジャックは堅牢そのものであり、リーリアや悠貴が手不足な所を転々として援護をしてはいたが、状況は硬直していた。
そして、それすらもジャックが斃れてしまえば瓦解し終わるという綱渡り。
――状況が変わりはじめたのは、治療に回っていたユキヤと椿姫、鉱夫の避難を見届けたジュードが前線に合流してからの事だった。
「避難は概ね完了したよ。椿姫さんのダーツのおかげでそんなに手間も掛からなかった。彼らなら図太そうだし、上手く逃げてくれるんじゃないかなあ……」
――レベッカも、見てくれてるしね。
銃を構えながら、ジュードはくすりと笑った。レイズの横顔に差した熱を、見て取ったからだ。
「ロスヴィータ殿は?」
「後で合流されます。復帰できそうな二人の治療を十分に行ってから、と。私は先にこちらの援護に」
レイズの問いに、ユキヤは傷が深い者から順にヒールを施しながら答える。そうして彼は、小さく微笑みを浮かべながら、続けた。
「まだ、余力はありますよ」
ユキヤ――そしてロスヴィータも癒し手として十全の備えをしていた。
だからこそ、男の声は優しく。そしてそれ故に、確かな力を備えていた。
転換を背負うに足る、十分な力を。
●
「漸く、ですか」
マーニは重く、深い息を吐いた。前線の瓦解が見えかけていた、ちょうど、その時の事だった。
動勢を見極めようとしていたマーニには、それがよく見えた。
転機は、二箇所同時に訪れた。勿論、偶然ではない。夫々の連絡役が密に機を合わせていた。
居住区からは【FAITH】。鉱山内からは、騎士達とハンター達が一斉に戦線を押し上げた。隘路から一斉に溢れたハンター達に、羊達の対応が散る。
「状況は流動します! 機は今。一息に押し切りましょう!」
羊達の彼方から、リーリアの気勢が響くと、波濤の如く声が上がった。
人間の、魂の咆哮だ。
「逃げるンなら今の内だぜェ、家畜共ォ!」
鉱山から前に出る一団。その最前を往くジャックの傷は、ユキヤとロスヴィータの手で快癒している。なればこそ、地を踏みしめるジャックの足に淀みは無い。
無いのだが。
「ど、どこにいくんですか!」
進路方向がリーリアから離れる方へといくジャックに、悠貴が声を掛けるが。
「オォォ……ッ!」
可及的に女性から離れようとするあたり、彼の前途が偲ばれるところであった。
それまで前線を押し上げるに至らなかった強襲班も、羊達の後衛火力が途切れると同時、攻勢に出た。
「チャーンス!!」
伸びやかな声は、馬上のJyu=Beeから。
「ヴァイス! 行けるか!」
「応……ッ!」
Jyu=Beeの銃撃に続いて声を上げたエヴァンスに、ヴァイスが応じた。
それまで羊の身体を盾にしていたヴァイスのほうが傷が浅い。それを見て、ヴァイスが先行。エヴァンス、レム、ヴァルナ、兵庫が続く。
「今度こそ、打ち払い――救い出します!」
ヴァルナはヴァイスが切り払った羊の脇を抜けると、二振りの長剣を手に最先を往った。
――先ほどは押し返されましたが……今なら!
少女は兎角前進。攻撃に専念し、ただ、眼前の敵を切り払いながら進む。
特攻に、羊達は斬撃を返した。折り重なる斬撃は。
「よ、と」
「……」
ヴァンシュトールの銃撃と、メトロノームの歌声で、阻まれた。前者は足を止め、後者は羊そのものを焼いた。鉱山側、【FAITH】達居住区側からはゆるやかに包囲が形成され、広場に居た者達も先行するヴァルナを起点にするように両翼を支えるように広がり始めた。
「逃がしませんよ……!」
麗美などは追い回された恨みを晴らすように、銃撃を重ねている。浮足立った羊達を銃弾が穿つ様を、マーニは見た。
敵の質は、知れていた。だからこそ。
「……なんとか、なりましたか」
マーニは重く、息を吐いた。
――終局が、見えていたからだ。
●
そこからは大きな被害もないままに、掃討戦が終わった。包囲された羊達は、それでも最後の一匹になるまで得物を振り、抗い続けた。
「無為に死んだだけ、か……気に食わんな」
大地に槍を突き立て、視線を巡らせる兵庫に、エヴァンスが頷いた。
「知性がない雑魔だった――ってだけなら良いんだが、状況が、な」
「どうにも、匂う、が」
ヴァイスはこびり付いた疲労を払うように息を吐いた。この戦場で、騎士の次に――あるいは、それと同じくらいに消耗が激しかったのが、強襲班の前衛であった。
だから。
「とにかく、疲れた」
「……だなぁ」
「ああ……」
敵の真意よりも、今はその身を覆う疲労こそが、すべてだった。
「無事、救えましたね……」
「羊なのに何だか怖いし可愛く無かった……」
疲労はある。傷も痛む、が。リーリアの声は、それらをむしろ誇るように紡がれた。対して、悠貴の声音にはどちらかというと落胆のほうが強いようだったが。
そこに。
「あら、リーリアさん、悠貴さんこちらにいらっしゃったんですね」
ヴァルナが、現れた。
「「……」」
別行動になっていたことなど一切気にしていないような様子に、さしもの二人も絶句せざるを得なかった。
歪虚の遺体は、そのすべてが消えていった。破壊された扉や、戦闘で荒れた広場。ハンター達の傷だけが、ここが戦場であったことを標しているばかり。
「……これだけの敵なのに指揮官がいないのは不自然に過ぎます」
メトロノームは、その残り香を前に、透明な声色で言った。
「彼らは、一体何の為に戦ったのでしょう」
羊達の騒乱の意味が、見えなかった。羊達は鉱石を奪わず、施設を壊さず、非効率的に人間を狙い続けるばかり。
「――狙いは、無かったのかもね」
少女の呟きに、周囲を探索していたJyu=Beeが応じた。
「これだけ探しても、何も無かった……なら、此処を襲った事自体が目的だったのかも」
快活に笑い飛ばすJyu=Beeだったが、その目はどこか、不敵な色があった。次の動きを見据えるような、そんな色が。
「動乱の気配ねー……」
Jyu=Beeと同じく周囲の探索を終えたレムは、大剣を背に笑った。傷だらけなのに、どこかたくましい笑み。
「武勇を勝ち取るには良い時代だわ、ホント」
「……死ぬかと思ったけどな」
快活に笑うレムを他所に、真吾は這々の体であった。前衛の中でも最も傷が深かった者の一人である。途中から銃撃主体に切り替えていたが、治療の手がなければ、と思うとぞっとする。
――もっと強くならねえと、な。
真吾は小さく独語した。
●
「我々の大勝利だな!」
「犠牲者は出ました、けどね」
諸手を挙げて喝采をあげるディアドラに、ユージーンは苦笑。そうして小さく黙祷を捧げる。アクセルもそれに続くと、暫しの後、口を開いた。
「鉱石も鉱山も守れましたし……人的被害も、抑える事ができました。上出来、かと」
護るべきは果たせた、と。自らの手応えをそう言葉にした。今度こそユージーンは笑みを返す。
「そうですね――終ったらドワーフさんたちと穢れ払いの酒盛りでもしましょうか」
「宴会っスか!」
「お。じゃぁ俺も参加で」
ソフィアの喝采に、疲労困憊のボルディアも片手を挙げる。
そこに。
「立てるか、ボルディア!」
「……おう」
言葉と共に差し出された小さな手は、ディアドラのもの。ボルディアは手を借りながら、短く笑った。
「てめぇ、置いて行きやがって」
「……大王たるボクの采配があたったな?」
「――そうかい、そうかい」
昏い笑みを浮かべて、ボルディアは拳を握りしめた。
●
「戦闘は終わったというのに――尽力、痛み入る」
「いえ、お気にならさらず、ですよ」
騎士レイズは、戦闘が終わったにもかかわらず治療を施すユキヤに深く、礼をした。無理を通した騎士達が、居残りで治療を受けている最中である。合流から決着までがユキヤの想定より短時間で済んだ為、治療の余力があった。
「申し訳ないが――」
「ええ、こちらはお任せ下さい」
レイズは再び礼を示すと、その場を後にした。動ける騎士は、次の仕事に移っていたのだった。
――遺留品の確認と、遺体の回収だ。
ロスヴィータも、そこに居た。
鉱夫たちは避難していたため、騎士達の手伝いをしていた。遺留品と言ってもそう多くはない。広場は羊達との戦闘の痕で荒みきっており、遺体も残っていない。だから、少女は遺留品の整理を任せられた。
「……」
ロスヴィータは彼らの自室――とも言えないスペースから荷を集め、纏めていく。
眼前には名前があり、思い出があり、いつか帰るべき場所があった者達の遺した品々。
冷えきった荷が、終わってしまった現実を突きつけていた。
はたり、と。小さな滴が、少女の膝を濡らした。
――犠牲は、ハンター達の奮戦により、襲撃の規模を思えば小さく抑えることができた。
それでも喪われた生命を思い、涙する者が居た。
歴史書に記される事はなくとも、尊くも儚い事実が、その日、王国の地に刻まれる事になった。
幾重にも重なる声が波濤の如く鉱山を叩いていた。反響し、異口同音の共鳴に世界そのものが震えているかのような大合奏。
その意志は明白だった。
――殺セ。
その背を取るように、あるいは森の中を進む至るハンター達に気づく様子もない。
「羊さんが百匹も居るなんて……いったいどこから湧いてきたのかしら?」
天川 麗美(ka1355)は遠吠えに紛れるように呟いた。
「この数で統率されていないのが不幸中の幸いか」
街道から羊達を見据えながら、ヴァイス(ka0364)。ハンター達は一様に息を潜めながら距離を詰めていた。
「どう、でしょうか」
マーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)が、言葉を継いだ。かつての邂逅を、想起しながら。
「以前戦った時は頭となる赤羊が居りましたが……頭無しでも動くようになったことは、注意すべきかと。……統制がとれていないことは、不幸中の幸いですが」
少女の言葉に、静寂が落ち――はらり、と。風が流れた。鉱山の傾斜を滑り落ち、森の方へと。
●
森の中。羊達の視線を厭うて大きく回りこむ形でハンター達が進んでいた。先行するのは椿姫・T・ノーチェ(ka1225)。向かい風に少女の黒髪が流れ、跳ねた。
木々の隙間から、日差しと羊達の遠吠え――殺戮への希求が寄り添うように落ちてきた。
「何故、この場所を敵は狙ったんでしょうか」
椿姫は呟きながら羊達と罠の有無を確認しながら進み、時折ダーツを木の幹に突き刺した。避難の際の目印のためのものだ。
ユキヤ・S・ディールス(ka0382)やジュード・エアハート(ka0410)といった面々が続く中、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)はむしろ悠然と歩んでいた。
「ハルトフォートの鉱山て言やぁ金の匂いがする激アツの所じゃねぇか」
――些か世俗に塗れている所はあるが、正真正銘の貴族だ。
鉱山から吹き降ろす風が運ぶ獣臭に、男は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「家畜風情に荒らされちゃあたまったもんじゃねぇ」
「そう、ですね」
前を見つめる少女が、そう言った。ロスヴィータ・ヴェルナー(ka2149)。柔らかな造りの顔が、今は微かに強張っていた。
「助けたい、です」
真摯な呟きには、少女の心中が滲んでいた。
ジャック達より前方では、櫻井 悠貴(ka0872)とリーリア・バックフィード(ka0873)が辺りを見渡している。
「……ヴァルナさんは?」
「居りませんね」
救助班だった筈のヴァルナ=ユリゴス(ka2654)の姿が無かった。交誼もあり、依頼でも同行した仲であったからその不在が目についた。
つと。
音が、響いた。
「始まったね」
小さく視線を送ったレベッカ・アマデーオ(ka1963)が、言った。
剣戟と、気勢。
それに応じる歓喜の咆哮だった。
●
「喧しい羊共だな……狼宜しく、俺の大剣が喰らい尽くしてやらぁ!」
エヴァンス・カルヴィ(ka0639)の声に続くように、鬨の声。中でもヴァイスの声は一際大きく響いた。最前を行き、獰猛に喰らい付くヴァイスに羊達の視線は集う。羊達はいずれも急襲に驚愕していた。
右翼側はアクセル・ランパード(ka0448)が率いる【FAITH】が居たため、他の前衛の多くは中央から左翼で横一線に並ぶように一直線に駆け上がった。
「剣機の次は羊っての!?」
レム・K・モメンタム(ka0149)。短い赤毛を揺らし歯を剥いて笑っていた。華奢な身体には不似合いな欲深い笑み。
「まぁいいわ。とっととコイツラを殲滅して生存者を救助して勲立ててやるわよ!」
レムの言葉と同時、前衛達が一斉にその刃を振るう。強襲から放たれた一閃は容易にその急所を抉る。
「数だけは多い、か」
風切る音とともに洋槍を回した榊 兵庫(ka0010)は周囲を素早く確認した。
―――ッ!
羊達の怒声で、僅かにその身体が揺れた。
「立ち回りには留意が必要だな」
槍の遠間を生かして間合いを開き、言う。
「頻発する歪虚の出現……王国に一体何が起きているのでしょう?」
さて。ヴァルナは此処にいた。振り切った二振りの長剣に血色が舞う。軍容というにはあまりに拙く、自然発生的な歪虚にしては異様な現状に疑問が零れた。そのまま、真っ向から鉱山の入り口を目指して突き進む少女はさらに一歩を踏み込んだ。
右翼には【FAITH】の面々と麗美が居た。
「相当な数の雑魔だな! これはいよいよ持って急がねばなるまい!」
大はしゃぎしているディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)。小柄な身体で大地を踏みしめて、子犬のように吠えた。
「さあ皆の者! 大王たるボクに続けー!」
長剣を打ち付けるようにして振るうとメェと哀れっぽい声を挙げて羊は転倒。
「どうだ!」
「片っ端からぶった切ってやるから、そこを動くんじゃねぇぞ! てめぇ等ァ!」
ドヤ顔を見舞うディアドラに続いて、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が往く。両手でクレイモアを大上段に構えると手近な羊を磨り潰すかのように斬り伏せた。
「火力を集中しましょう。各個撃……」
アクセルは苦笑をしながら、言葉を投げた。
「任せたまえー!」「任せろ!」
即座の言葉に、青年の苦笑が深まる。
「いえ、合わせますから、大丈夫です」
アクセルは転倒した羊に近づくと、流水のように静かな所作でその息の根を止めた。
「中々楽しげですね……ソフィアさんは大丈夫ですか?」
「やー……コレは嫌な予感しかしないッスね!」
防護の法術を味方に施しながら、ユージーン・L・ローランド(ka1810)が笑顔とともにそう言うと、黒髪を揺らすドワーフ、ソフィア・シャリフ(ka2274)は爽やかに言い切った。
【FAITH】の前衛が押し広げた空間。その後方では、麗美が魔導銃を構え周囲を見渡していた。
「この辺が一番見通しが効きそうだと思ったんだけど……」
眼前には犇めく羊と、【FAITH】の面々の背中。右手には居住区が見えるが、その入口は。
「羊が、入り込んでるわね」
左翼。
「まったく雁首揃えてメエメエと戦闘員かよってんだッ!」
続いて、青い装甲服――の幻影を纏った鳴神 真吾(ka2626)が羊達に応じるように咆哮。杖の先に顕現していた刃が消えると同時。メエェェ、とさらに声が返った。
「どんなつもりかなんて後だ、今はここからテメエらをたたき出してやる!」
メェェェ。
「……返事、してるんじゃないかな」
「あ?」
「や、なんでもないよ」
真吾の後方で、銃撃を重ねるヴァンシュトール・H・R(ka0169)は思いつきを口にした。青年はそのまま銃撃で羊の足元を射抜き、ハンター達の前衛に至ろうとする足を縫い止める。
「――」
そして、戦場には似つかわしくない歌声が、響いた。
前衛が臨むそのやや前方に、淀んだ雲。メトロノーム・ソングライト(ka1267)が紡いだ歌に続き顕現した魔術だ。十メートル四方にも及ぶ黒雲は、羊達が密集している現状では良手。少なくない数の羊が膝折るようにして、安眠し始める。
メトロノームの魔術は、二つの結果を産んだ。一つは、羊達の動きが滞った事。
「ちょーっと数が多いみたいだけど、このジュウベエちゃんが来たからには、もはや心配ご無用!」
もう一つが、射線が通るようになったこと。
陽気な気勢はJyu=Bee(ka1681)のもの。銃声が木霊した。機敏なエルフではあるが、前衛に先手を取らせるために今、発砲した。突撃銃から放たれた弾丸は、遠間からでも違わず羊を貫き、血の華を咲かせる。
「きっちり、キッカリ、蹴散らしてあげるわ!!
――その声に、応じた訳ではないだろうが。
羊達もまた動いた。前に進める羊は前衛のハンターに殺到。射線が通る羊の多くが、マテリアルの矢を放った。
暴威が、真っ向から前衛達を飲み込んだ。
●
交戦が始まって間もなくして、救助班の面々は非常口に辿り着いた。
「鍵が掛かっていますね」
先に到着していた椿姫が真新しい鉄扉を揺すり、ノックをするが、反応はない。
「逃げ込んだ方々は入り口に近い位置にいるのかもしれない、ということですか」
それは、取りも直さず。
「彼らも、闘っているということですね」
追いついたリーリアが、頷いた。その行為の意志に強く撃たれたかのように、眼差しに力が篭もる。
「でも、不安が無い訳がありません」
悠貴が心配げに言葉を零す中、レベッカは素早く門扉の造りを確認すると、
「鍵を壊してもいいけど……っと、あったあった」
簡素な造りの取手を見つけた。念のため外部に音が鳴りそうなものが無いことを確認すると、さして悩まずに、レベッカはそれを引いた。
「今、何か鳴りましたか?」
「聞こえなかったなぁ」
小首を傾げるユキヤに、ジュードは笑みと共に言う。木霊する戦場の音に紛れたか、音源が遠いのかはわからないが、合図の気配は感じなかった。
「壊れてたりしてね」
飄々と嘯くジュードに、ユキヤは苦笑。
「出来たての鉱山よ? 作るならちゃんとした仕事しなさいよねッ!」
レベッカが取手を苛立たしげに取手を引く。引く。引いた。引きまくった。
――大丈夫でしょうか。
ユキヤが、その耐久性に不安を抱き始めた頃。通気口の向こうに気配が滲んだ。
「おっ」
ジュードが嬉しげに言うと同時、重い音を響かせて鍵が開いた。
鉄扉を開いて顔を出したのは、茶褐色の肌のドワーフ。
「おおっ!」
眼を見開くその姿は返り血で汚れていたが、壮健そのもの。歯を剥いて笑みを浮かべると短い首をぐるりと元来た方に巡らせ。
「野郎ども!」
声を張った。鉱山内部の壁を叩き、音が反響する。
「別嬪が! こぞっt」
「静かに……っ!」
呆れ顔のレベッカが口を塞ぐと再び眼を見開いて首をすくめた。愛嬌ある姿にジュードはくすりと笑みを零す。
「や、助けに来たよ」
和やかな言葉に、ドワーフは親指を突き上げ、忙しげに踵を返した。
●
もとより槍の間合いであった兵庫を除き、前衛達は瞬く間に距離を詰められた。そこに、光の矢が連なる。
右翼でも同様だった。【FAITH】のディアドラなどは包囲攻撃を避けるよう意識をしていたが。
「これは無理だな!」
いっそ快活に笑って光の矢に呑まれた。
不幸中の幸いか、羊達のそれは精度が低く、同士討ちも多発しているが、それでも多勢に無勢。その中で真っ向切った消耗戦を挑まねばならない事は必至。
だが。
「オォ……ッ!」
ヴァイスは更に気迫を込めると、身を低くして踏み込んだ。体ごとぶつかるようにして手にした剣を羊に突き立てると、羊を盾にするようにして遮蔽を取る。彼に限らず、ハンター達は誰一人として、退かなかった。
だが、直ぐには攻撃を為せぬものも居た。
「ち……ッ!」
真吾だ。不運にも被弾が重なり血と、苦悶が零れる。回避を不得手としている事が響く。
「今、治療を」
直ぐに寄ってきたマーニが癒しの法術を施した。
「すまねえ、助かる!」
「いえ……」
――大丈夫、でしょうか。
礼を言う鳴神に、マーニは戦況を伺った。左翼には癒し手は少ない。いざとなれば、居住区側に回った【FAITH】の面々に助けを求める事も視野にいれながら。
●
「あたしは此処で見張ってるわ。君達は中に。何かあったら連絡するから」
と、レベッカが外で哨戒にあたる中、駆け足のドワーフに続いて一同は鉱山内部に足を踏み入れた。非常口に近しい洞内には、増援を知った鉱夫たちがその姿を確認しに来ているようだった。
「助けに来ました! 皆さん、大丈夫ですか!」
抑えきれずに悠貴が叫ぶ。洞内に少女の言葉が反響する中、案内するドワーフは駆け足のまま、苦々しく告げる。
「俺達は無事だが、騎士の怪我が重い」
その時初めて、鉱夫たちがこちらへと姿を見せている理由が解った。
「アイツら意地張って無理しやがる」
彼らは、道を作っていたのだった。
●
【FAITH】の治療の手は――敵の数を思えば十分ではないが、厚い。結果的に、ディアドラもボルディアも深手を負うことなく、居住区の入り口までたどり着く事ができた。
「皆さん、中へ!」
アクセルの号令に、ボルディアを残して居住施設に転がり込む。ボルディアも駆け込もうとはしたのだが、途端に入り口に殺到しようとする羊型歪虚を見て足が止まった。
脳裏をよぎったのは、ディアドラと自身の被弾量の差。
――俺のほうが、適任か。
自らにそう任じ、ボルディアは声を張った。
「俺が残る。ディアドラ、お前は先に行け!」
「ご苦労!」
ディアドラは振り返りもせずに内部へと足早に突入していった。
「……」
「うはー」
何とか内部に転がり込んだソフィアは荒い息を吐く。後ろ髪を掴まれた時などは死を覚悟したが、ユージーンの助けで危機を逃れる事ができた。ユージーンは屋内を見渡しながら、言う。
「怪我はないですか?」
「大丈夫ッス……」
一度屋内に入ると、戦場に満ちていた怒声が薄まった。多数の人間を擁するだけの施設だけあって、内部は雑多だった。
「こちらです!」
アクセルが素早く誘導の声を張ると、ユージーン達は直ぐに、その背に追いつく。
剣を構えながら進むアクセルの表情は固かった。
「やはり、逃げ遅れた人が居るみたいです。急ぎましょう」
その目には悼みの色があった。先刻までアクセルが眺めていた場所を見て、ユージーンも短く黙祷をすると、先を急いだ。ソフィアが小さく息を飲む声が聞こえたが、今は急ぐ事を先決した。視界が開けた。どうやら食堂のようだ。普段は木製の机と椅子が所狭しと並べられているのだろう。今は、机は奥へと追いやられていた。恐らく、厨房へと続く道なのだろう。
「……バリケードにしようとしていたんスね」
「ええ」
視線の先には4体の羊達がいた。ディアドラは注意を引くためか既に突貫中。
ユージーンは現状を見渡しながら、先ほどの『彼』は、あるいはこのバリケードを作る事に専心していたのかもしれない、と思った。感情を飲み下しながら、歩を進める。
「奥に避難者が居るかもしれません。アクセルさん。早急に斃しましょう」
「ええ……ボルディアさんの援護も必要ですし」
自らの言葉にアクセルの想起したのはこの鉱山の存在意義。
――ここが落ちたら、ハルトフォートの守りだけでなく、王国の軍備にも影響が出ます。
最善を尽くす事に躊躇する由など、彼にはありはしなかった。
「算数なんてわかんねーっすけど。目の前の人を助けるにはどうすればいいのかは分かるッス! 行くッス!」
それは、ソフィアにしても同じで。少女は短剣を手に、駆けた。
●
洞窟内。鉱夫たちが道を開けた先には、羊達の波濤の如き猛撃を押しとどめる騎士達がいた。
バリケードは健在だが鉱夫達に禍が及ばぬように動いた結果か。戦闘の痕も凄まじく、長期戦の経過が知れた。羊達の暴威が騎士達の身に傷を残していた。
ハンター達は一斉に駆けていた。駆け足のロスヴィータは騎士達を見渡しながら、叫ぶ。
「どなたか、この場の責任者は!」
「私だ!」
壮年の騎士が応じた。ロスヴィータは応急処置用の道具を取り出しながら、口早に言う。
「助けに、来ました。広場では仲間たちが交戦中です」
「やはり、か。感謝する。私はレイズ。貴女は?」
「ロ、ロスヴィータです。あの、負傷状況は――」
「バリケードの端に回している。傷が深いのは」
その時。一人の騎士が崩れ落ちた。その至近に居た鉱夫達があわ立てて抱きとめる。そうして更に二人が、荒い息を立てて膝をつくのが見えた。
「傷が重い方を後方へ下げます。誰か!」
「私達が変わりに!」
ユキヤが短く指揮を飛ばすと、周囲の鉱夫たちが一斉に倒れた騎士達を運び出し、リーリアの声が響いた。
「戦場の花は咲き続けなければなりません!」
リーリアが言って剣を構えるのと同時、ジャックと悠貴が前進。悠貴が攻性強化をリーリアに施す中、ジャックは最前線に身を挟み込んだ。そうして、ジャックは盾を構え、腰を深く落とした。
「ここで退いたら貴族が廃んだよ……だから何があろうと此処を退くつもりはねぇ!」
ジャックは羊の斬撃を容易く受け止めながら、歯を剥いて嗤った。
「倒れた方以外は、」
ロスヴィータは再度問うた、が。
「まだ、戦える」
短い返答に、残った騎士も頷いた。
「彼らはまだ若い。助けてやってくれ」
「……はい!」
何とかそれだけを言って、少女は走った。解っていた。前線に残った騎士だって傷は浅くない事も。彼らまで抜けると前線の穴が大きくなり過ぎるから、残っている事も。
「……っ、これ以上、奪わせない!」
悔しさと悲しさが綯い交ぜになり、激情が少女の胸中を灼いていた。
●
「手が空いている鉱夫の皆は避難を。さあ、急いで!」
ジュードの声に負傷者を運ぶ鉱夫以外が走りだすと、止血の為に大腿部を布で強く縛っていた椿姫が声を張った。
「安全なルートにダーツを残しています! 通る際にはダーツを抜いて進んで下さい!」
「おお、それは楽でいいね……レベッカ、外の状況は?」
『歪虚の姿は無いわよ。避難するならどーぞ』
ジュードは鉱夫たちを誘導しながら短伝話で外の状況を確認すると、鉱夫たちに対して笑いかける。
「外では綺麗なおねーさんが待ってるから、気をつけて逃げてね」
『聞こえてるわよ!』
「ふふ、知ってるよ……っと」
つと、思い至った事があり、尋ねることにした。
「そういえば、奴ら、マテリアル鉱石には何か反応してた?」
「いや、そんな様子は……無かった、よな?」「ああ」「俺達を殺す事しか頭にねェ感じ」
「……そっか。ごめん、邪魔したね」
改めて見送ると、小さく息を吐いた。
――マテリアルが狙い、というわけでもないのかな。
●
【FAITH】の面々が居住区に入り込んだ、直後のことだった。
「わわ……ッ!」
麗美は口調を作る事も忘れて、悲鳴をあげていた。【FAITH】の圧力が抜けた結果、羊達の注視が麗美に流れたのだ。敵の注意を引く事も、その場合は左翼へと移動する事も想定していた。ただ、その数が麗美の許容量を超えていた。自然、逃げるその足が早くなる。
麗美の逃走は、羊達の一団を引きずる大立ち回りとなった。
「た、助け……ッ」
救いを求める声を、聞いた訳でもないだろうが。
――。
再び、歌声が響く。メトロノームの歌声だ。少女が紡ぐと何処か碧く透き通った印象を与えた。眠りを運ぶ暗雲が麗美の後方の羊達を包むと、そのうちの多くがはたはたと斃れ伏した。
動く者は他にも居た。エヴァンスだ。
「麗美! コッチだ……ッ!」
メトロノームが魔術を紡ぐより早く疾走していたエヴァンスが、麗美と入れ違うように敵集団に切り込んで行く。ソフィアが要救助者の発見を、ロスヴィータが鉱夫と騎士達との合流を夫々に知らせていた。報せに耳をそばだてていたエヴァンスは、趨勢を素早く見極めて動いていた。
「死ぬかと思ったじゃ……、ゴホン、思いました」
漸く落ち着いたか、口調を戻して麗美は一息を吐いた。そうして、魔導銃を鳴らす。
「もふもふだからって……容赦はしないわよ」
「……麗美?」
麗美の両眼には、昏い殺意が宿っていた。
左翼側。Jyu=Beeが放った銃声が響く。一射一殺。違わず命中した羊の頭部が爆ぜる。
「狙い撃つ!」
Jyu=Bee。侍こそがクールと謳っているそうだが、馬上で射撃するその様は堂に入っていた。言動の端々に著作権の香りが漂うのはご愛嬌。
「見事だ!」
そう言いながら、Jyu=Beeの火力を背に兵庫が疾走した。放たれた刺突が羊の頚部を穿つ。気管を破り、食道を貫き、頚椎を破壊。
―――ッ!
応酬とばかりに降り注ぐ光の矢。それを、兵庫は槍の柄、あるいは身体で受け止めた。
「……軽くとも、こうも募ると厄介だな」
兵庫に、追撃を与えようと前進する羊も居た。
だが、その間合いに至る前に、横合いから銃撃が響く。
「ホントはあっちに撃ちたい所、なんだけど」
ヴァンシュトール。遠目には鉱山の入り口がある。そこの歪虚の足を止めたい所だが、戦線を押し上げきれない現状ではどう足掻いてもそこには届きそうもなかった。
――今は、出来るかぎり数を減らすしかないね。
銃撃に続いて、影が二つ。レムと、マーニの治療で宣戦に復帰できた真吾だ。
二人はヴァンシュトールの銃撃で動きが止まった羊の近づくと、両側から切り伏せた。レムは深く息を吸い。
「片っ端からジンギスカン鍋にしてくれるわ!」
言った。
「応! ……って、レム、お前なんでそれを知ってンだよ?」
「え?」
応じた真吾の声に、レムは暫し回想し――小首を傾げた。
「美味しいじゃない?」
「……そっか。そういう感じか」
二人の攻撃が当たれば確実に一匹を屠れる事もあり、レム、そして真吾は自然と連携を取り、多勢に抗う。
●
守りに徹するジャックは堅牢そのものであり、リーリアや悠貴が手不足な所を転々として援護をしてはいたが、状況は硬直していた。
そして、それすらもジャックが斃れてしまえば瓦解し終わるという綱渡り。
――状況が変わりはじめたのは、治療に回っていたユキヤと椿姫、鉱夫の避難を見届けたジュードが前線に合流してからの事だった。
「避難は概ね完了したよ。椿姫さんのダーツのおかげでそんなに手間も掛からなかった。彼らなら図太そうだし、上手く逃げてくれるんじゃないかなあ……」
――レベッカも、見てくれてるしね。
銃を構えながら、ジュードはくすりと笑った。レイズの横顔に差した熱を、見て取ったからだ。
「ロスヴィータ殿は?」
「後で合流されます。復帰できそうな二人の治療を十分に行ってから、と。私は先にこちらの援護に」
レイズの問いに、ユキヤは傷が深い者から順にヒールを施しながら答える。そうして彼は、小さく微笑みを浮かべながら、続けた。
「まだ、余力はありますよ」
ユキヤ――そしてロスヴィータも癒し手として十全の備えをしていた。
だからこそ、男の声は優しく。そしてそれ故に、確かな力を備えていた。
転換を背負うに足る、十分な力を。
●
「漸く、ですか」
マーニは重く、深い息を吐いた。前線の瓦解が見えかけていた、ちょうど、その時の事だった。
動勢を見極めようとしていたマーニには、それがよく見えた。
転機は、二箇所同時に訪れた。勿論、偶然ではない。夫々の連絡役が密に機を合わせていた。
居住区からは【FAITH】。鉱山内からは、騎士達とハンター達が一斉に戦線を押し上げた。隘路から一斉に溢れたハンター達に、羊達の対応が散る。
「状況は流動します! 機は今。一息に押し切りましょう!」
羊達の彼方から、リーリアの気勢が響くと、波濤の如く声が上がった。
人間の、魂の咆哮だ。
「逃げるンなら今の内だぜェ、家畜共ォ!」
鉱山から前に出る一団。その最前を往くジャックの傷は、ユキヤとロスヴィータの手で快癒している。なればこそ、地を踏みしめるジャックの足に淀みは無い。
無いのだが。
「ど、どこにいくんですか!」
進路方向がリーリアから離れる方へといくジャックに、悠貴が声を掛けるが。
「オォォ……ッ!」
可及的に女性から離れようとするあたり、彼の前途が偲ばれるところであった。
それまで前線を押し上げるに至らなかった強襲班も、羊達の後衛火力が途切れると同時、攻勢に出た。
「チャーンス!!」
伸びやかな声は、馬上のJyu=Beeから。
「ヴァイス! 行けるか!」
「応……ッ!」
Jyu=Beeの銃撃に続いて声を上げたエヴァンスに、ヴァイスが応じた。
それまで羊の身体を盾にしていたヴァイスのほうが傷が浅い。それを見て、ヴァイスが先行。エヴァンス、レム、ヴァルナ、兵庫が続く。
「今度こそ、打ち払い――救い出します!」
ヴァルナはヴァイスが切り払った羊の脇を抜けると、二振りの長剣を手に最先を往った。
――先ほどは押し返されましたが……今なら!
少女は兎角前進。攻撃に専念し、ただ、眼前の敵を切り払いながら進む。
特攻に、羊達は斬撃を返した。折り重なる斬撃は。
「よ、と」
「……」
ヴァンシュトールの銃撃と、メトロノームの歌声で、阻まれた。前者は足を止め、後者は羊そのものを焼いた。鉱山側、【FAITH】達居住区側からはゆるやかに包囲が形成され、広場に居た者達も先行するヴァルナを起点にするように両翼を支えるように広がり始めた。
「逃がしませんよ……!」
麗美などは追い回された恨みを晴らすように、銃撃を重ねている。浮足立った羊達を銃弾が穿つ様を、マーニは見た。
敵の質は、知れていた。だからこそ。
「……なんとか、なりましたか」
マーニは重く、息を吐いた。
――終局が、見えていたからだ。
●
そこからは大きな被害もないままに、掃討戦が終わった。包囲された羊達は、それでも最後の一匹になるまで得物を振り、抗い続けた。
「無為に死んだだけ、か……気に食わんな」
大地に槍を突き立て、視線を巡らせる兵庫に、エヴァンスが頷いた。
「知性がない雑魔だった――ってだけなら良いんだが、状況が、な」
「どうにも、匂う、が」
ヴァイスはこびり付いた疲労を払うように息を吐いた。この戦場で、騎士の次に――あるいは、それと同じくらいに消耗が激しかったのが、強襲班の前衛であった。
だから。
「とにかく、疲れた」
「……だなぁ」
「ああ……」
敵の真意よりも、今はその身を覆う疲労こそが、すべてだった。
「無事、救えましたね……」
「羊なのに何だか怖いし可愛く無かった……」
疲労はある。傷も痛む、が。リーリアの声は、それらをむしろ誇るように紡がれた。対して、悠貴の声音にはどちらかというと落胆のほうが強いようだったが。
そこに。
「あら、リーリアさん、悠貴さんこちらにいらっしゃったんですね」
ヴァルナが、現れた。
「「……」」
別行動になっていたことなど一切気にしていないような様子に、さしもの二人も絶句せざるを得なかった。
歪虚の遺体は、そのすべてが消えていった。破壊された扉や、戦闘で荒れた広場。ハンター達の傷だけが、ここが戦場であったことを標しているばかり。
「……これだけの敵なのに指揮官がいないのは不自然に過ぎます」
メトロノームは、その残り香を前に、透明な声色で言った。
「彼らは、一体何の為に戦ったのでしょう」
羊達の騒乱の意味が、見えなかった。羊達は鉱石を奪わず、施設を壊さず、非効率的に人間を狙い続けるばかり。
「――狙いは、無かったのかもね」
少女の呟きに、周囲を探索していたJyu=Beeが応じた。
「これだけ探しても、何も無かった……なら、此処を襲った事自体が目的だったのかも」
快活に笑い飛ばすJyu=Beeだったが、その目はどこか、不敵な色があった。次の動きを見据えるような、そんな色が。
「動乱の気配ねー……」
Jyu=Beeと同じく周囲の探索を終えたレムは、大剣を背に笑った。傷だらけなのに、どこかたくましい笑み。
「武勇を勝ち取るには良い時代だわ、ホント」
「……死ぬかと思ったけどな」
快活に笑うレムを他所に、真吾は這々の体であった。前衛の中でも最も傷が深かった者の一人である。途中から銃撃主体に切り替えていたが、治療の手がなければ、と思うとぞっとする。
――もっと強くならねえと、な。
真吾は小さく独語した。
●
「我々の大勝利だな!」
「犠牲者は出ました、けどね」
諸手を挙げて喝采をあげるディアドラに、ユージーンは苦笑。そうして小さく黙祷を捧げる。アクセルもそれに続くと、暫しの後、口を開いた。
「鉱石も鉱山も守れましたし……人的被害も、抑える事ができました。上出来、かと」
護るべきは果たせた、と。自らの手応えをそう言葉にした。今度こそユージーンは笑みを返す。
「そうですね――終ったらドワーフさんたちと穢れ払いの酒盛りでもしましょうか」
「宴会っスか!」
「お。じゃぁ俺も参加で」
ソフィアの喝采に、疲労困憊のボルディアも片手を挙げる。
そこに。
「立てるか、ボルディア!」
「……おう」
言葉と共に差し出された小さな手は、ディアドラのもの。ボルディアは手を借りながら、短く笑った。
「てめぇ、置いて行きやがって」
「……大王たるボクの采配があたったな?」
「――そうかい、そうかい」
昏い笑みを浮かべて、ボルディアは拳を握りしめた。
●
「戦闘は終わったというのに――尽力、痛み入る」
「いえ、お気にならさらず、ですよ」
騎士レイズは、戦闘が終わったにもかかわらず治療を施すユキヤに深く、礼をした。無理を通した騎士達が、居残りで治療を受けている最中である。合流から決着までがユキヤの想定より短時間で済んだ為、治療の余力があった。
「申し訳ないが――」
「ええ、こちらはお任せ下さい」
レイズは再び礼を示すと、その場を後にした。動ける騎士は、次の仕事に移っていたのだった。
――遺留品の確認と、遺体の回収だ。
ロスヴィータも、そこに居た。
鉱夫たちは避難していたため、騎士達の手伝いをしていた。遺留品と言ってもそう多くはない。広場は羊達との戦闘の痕で荒みきっており、遺体も残っていない。だから、少女は遺留品の整理を任せられた。
「……」
ロスヴィータは彼らの自室――とも言えないスペースから荷を集め、纏めていく。
眼前には名前があり、思い出があり、いつか帰るべき場所があった者達の遺した品々。
冷えきった荷が、終わってしまった現実を突きつけていた。
はたり、と。小さな滴が、少女の膝を濡らした。
――犠牲は、ハンター達の奮戦により、襲撃の規模を思えば小さく抑えることができた。
それでも喪われた生命を思い、涙する者が居た。
歴史書に記される事はなくとも、尊くも儚い事実が、その日、王国の地に刻まれる事になった。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 16人 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/12 21:36:13 |
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相談卓 リーリア・バックフィード(ka0873) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2014/10/15 13:59:37 |