• 王臨

【碧剣】Snow-Scape1【王臨】

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
シリーズ(新規)
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/02/16 22:00
完成日
2017/02/26 20:22

みんなの思い出

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オープニング


 二人っきりの演習場に、土煙が一つ、上がる。疾走するシュリに対して、ロシュは弓を構えた。
 疾駆する姿を視界に収めて、呟いた。
 ――シュリ・エルキンズ。
 貴族の子弟であるロシュにとって、騎士科で学ぶ事以外にも身に修めるべきものは多い。ロシュは十全にそれらを熟してきた。それ故に、その実力は、武技も座学双面で高い水準で修められている。

 無能では、いられないのだ。今の――これからの、貴族とは。能力と成果を、示さなくてはいけない。

 疾走しつづけるシュリへと矢を向ける。情けを掛けるつもりは、微塵もない。『シュリは、こと武技に於いてはロシュよりも強いことを、この数年で痛感し続けているから』だ。
 尋常に、と言う口で馬を揃え鎧と得物を誂えたことを、シュリはどう思うだろうか。
 一射目を放つが、避けられた。シュリは目が良い。半藏と対峙して、生き残れる程度には。だからこれは、ただの確認にすぎない。馬を外周沿いに走らせながら、二射目。今度は盾で阻まれた。ダメージは軽微。
「……っ!」
 その時だ。シュリが、何かを地面に叩きつけた。同時に、朦々たる白煙が上がる。
 ――煙幕。
 外套は、これを持っていることを隠すためか。誰かの入れ知恵か、と直感した。射撃は無駄と知り、下馬して、接近を待つ――までもない。来た。
「…………ァァッ!!」
 気勢は、二つ同時。間合いの外からのなぎ払いを、シュリは身を低くしたまま突撃。斬撃は、盾で受けられた。下段に碧剣を構えながらの踏み込み。距離を外そうとすればするだけ、シュリも迫った。至近での斬撃の応酬。背筋が凍るほどの碧剣を受けながらのカウンターの一閃は、速度を味方に付けたシュリを捉えられない。なぎ払いに繋げて、ブレイク。間合いを取り直しながら――ロシュは堅牢さを重視した為に防御と火力で押し切るしかない、と悟る。

 ―・―

「…………」
 しばらくの間、シュリは、何も、言えなかった。転倒して空を見上げるロシュの首元に碧剣を突きつけたまま、残心。剣は、引かなかった。引いてはいけないと、ハンター達に気付かされたから。
「……僕の、勝ちだ。ロシュ・フェイランド」
 強張った舌を動かして、なんとかそう告げる。
 シュリ以上に呼吸を荒らげているロシュは、剣と、シュリの顔を睨み返しながら――ふいに、その表情を緩めた。
「“俺”は、貴族だぞ」
「……でも、“同輩”だ」
 かつてのロシュの言葉への、意趣返しのつもりで、そう応じると、ロシュの表情が、笑みに転じていき。
「――降参だ」
 そう、言った。



「…………ということがありまして」
「ほー」
 シュリ・エルキンズの会話相手が、何事かを書き留めていく。
 狭くも寒い、シュリの自室でのことである。会話の相手は、チョビ髭を生やし、仕立てのよいスーツに身を包んだパルム、イェスパー。久方ぶりの訪問はやはり深夜に、突然行われた。
「ところで最近、身体の調子がオカシクなったり、とかは無かったか!」
「……いえ、特に……」
「フーーム」
 ぽりぽり、と羽根ペンでキノコの傘――イェスパー曰く、髪型、らしい――を掻くと、イェスパーはくるり、とシュリを仰ぎ見た。
「そういえば」
「はい?」
「最近、歪虚の目撃情報がある地域があるようでな!」
「…………はぁ」
「人的被害は無いそうなんじゃが、山が不自然に荒れている、という狩人の証言があって、山狩りをしたそうでな! それによると……」

 ――嫌な予感がしてきて、シュリは頭を抑えたのだった。



「仕事に行くから、休みが欲しい、だと?」
「……うん」
 ロシュの視線に、シュリは申し訳なさが募り、俯いた。
 一つには、その理由。今回の一件は、学校の課外活動である“歪虚対策会議”とは全く別件の、『アルバイト』の一環である、ということ。
 二つには、この、言葉遣いだ。“あの一戦”以来、ロシュは厳にシュリの言葉遣いから遠慮を無くせと正すようになった。結果として、ロシュ以外の子弟たちからは白い目で見られるようになっていることを、ロシュは知っているのだろうか。
「何をするのだ?」
「……その、歪虚退治……」
「ふむ……」
 言葉と同時にちら、と向けられた視線に萎縮していると、「“私”も行く」、とのたもうた。
「はぁ……」
 シュリはしばらくその意味を理解できなかった、が。ロシュは全く同じ表情のまま、繰り返す。
「私も行く」
「…………え?」
「出発は何時だ?」
「えと、あ、明朝、だけど……」
「承知した。……今からでは、準備の時間も心もとない、か。シュリ。対策会議には君から待機中の指示をだしておくように」
「………………は、はい」
「では」
 足早に演習場を去っていくロシュの背を、黙って見送るしかなかった、が。

 ひょこり、と。その背を這い登る影があった。スーツ姿のパルム、イェスパーである。
「アイツが、ロシュ・フェイランドか!」
「あ、そう、だけど……一人参加者が増えても、大丈夫なの?」
「……うーむ。不正規な参加になるからな。参加自体は問題無いにしても、この場合は、割り勘だな!」
「…………ぐ、ぅ…………」
 痛恨の表情となるシュリだが、今更、参加は不可能とはいえず、呻くしか、無かった。
 そんな少年の肩にたどり着いたイェスパーは、うむ、と意味もなく一つ頷いた直後――つと、小首を傾げた。

「…………フェイランド。どこかで、聞いたような…………?」



 調査地は、グラムヘイズ王国北西部の、とある寒村から東へ進んだ森である。
 秋から冬を迎えてすぐの鳥獣は肉質が良いとされているが、冬にも狩猟の需要は無いでもない。山の変化を確認する意味と、あわよくば小動物でも見つかれば、冬の暇つぶしにもなる、と山に入った狩人は、意外なものを目にした。

 雪の積もった森の中に連なる、数多の足あとを。

 如何せん数が多すぎるため、単一のものとして判別できるものの、鳥獣のものであることは間違いないように思われた。だが、しかし。
 それにしては、その種類が、おかしい。熊のような大型のそれの隣を、野兎の足あとが跳ね回っている。
 ぞぞりぞぞりと連なって進むその足あとは、獣達の行進にほかならないが、そんなこと、あり得ない。獣達が仲良く手を取り合って歩くなど。
 幸い、村方向には向かってはいないが、由々しき事態には違いない。折しも、王国北西部では羊型歪虚たちの不審な動きも多いと聞こえている。
 獣を追跡することには長けていた男ではあったが――この状況では、歪虚の関与が疑われ、ああ、そうに違いない、と尻尾を撒いて逃げ帰ったのであった。

 男はこの時、動転していたのだろう。足あとを辿るべきであったかは別としても――少なくとも、目印の一つくらいは、残すべきだったのだ。


 しんしんと降る雪が、その足あとを覆い隠していくことを、予見さえ出来ていれば。
 後に来るハンター達の苦労を、減ずることができたかもしれないのに。

リプレイ本文


 その村には、凍える冬により鬱滞した気配が滲んでいた。
「へえ、ありがとよ」
 狩人の男性に対して礼を言ったのはアニス・テスタロッサ(ka0141)。目撃位置についての情報提供に対する礼だ。
「ついでだが、この季節に森の中で、動物以外で採れる食い物あるか?」
「一応、松がある」
「ほー……」
「しかし、動物が一斉に逃げ出す、とはな」
 奇妙なことがあったものだと、ヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139)。
「何かが起ったことは違いねぇが……」
 男は横目に狩人に問うが、返答は、首を振る仕草。心当たりは無い、とのことらしい。ならば、と冬山の注意事項について確認しておくことにする。


 聞き込み役以外の面々は、出立準備に勤しんでいる。
「ふぅ」
 ジュード・エアハート(ka0410)は集めてきた物資をシュリやロシュと共に広場に運び込むと、一息ついた。雪風を凌ぐ資材に食料に火種となると、結構な量だ。
「そういえば、シュリくんとロシュくん、通信機はあるかな?」
「あ、はい。一応、二種類とも」
「おお、良いね!」
 爺やが準備した、とはいえず押し黙るロシュはさておいて――支度が整い次第、出発となった。



 柏木 千春(ka3061)が荷を括り付けたトナカイは、真新しい雪道をのしのしと歩く。
「……良かった」
 少女の安堵の声は、どこか弾むような軽さがある。持ち歩ける物資の量にも差が出るだけでなく、覚醒を温存したい現状では体力も温存したい。
 ジュードが“おねだり”をするも、狩人は固辞したため、ハンターとロシュ、それからシュリだけでの道中である。
「無数の獣による足跡……かぁ。獣の姿をした歪虚によるものなのか、それとも歪虚が操っている獣によるものなのか……」
「ただの獣の可能性も無くは無いが……まぁ、望み薄か」
 マーゴット(ka5022)の思案げな声に、ヴォルフガングは皮肉げに応じた。
「……歪虚だとしたら、一体どうして、こんなことになっているんでしょう?」
「現状、取り立てて異常は見られないが……」
 シュリの疑問に、答えを返せる段階ではないのだろう。隣に立つ神城・錬(ka3822)は、油断なく周囲を伺いながら、そう言った。彼の手元の地図は、同行できない代わりに狩人がハンター達に託したものである。ひとまずは『足跡』を目標に、進む。


 指示された『足跡』の位置から200メートル程手前の場所に、樹々が拓けた場所があった。倒木の影響もないと判断し、一同はそこを拠点に定めた。
「日があるうちに均しておこう。敵と遭遇して時間が無くなっちゃ締まらねえ」
「……そうですね。重たい荷もありますし」
 ヴォルフガングの提案に、千春。そう広くはないため、簡単に雪を均すだけであれば覚醒していなくても然程重労働ではなく、時間もかからなかった。
「シュリ、お前……」
「……は、はい?」
 神城は、そのとき、はっきりと見てしまった。シュリが荷を軽くしようと整理している荷物の中に、大量のカップラーメンが収まっているさまを。
「……いや、なんでもない」
 錬は、優しい男である。嫌な予感はしていたが、それが的中したからといって、それを指摘しない程度には……。



 簡素ながら、目印を含めて拠点化を終えると、すぐさま一同は調査に移った。
 効率のために二班に別れる、という提案に、シュリとロシュは特に反対は示さなかった。シュリと別動になると聞いても、ロシュはそれを受け入れたことは、ある意味で予想外ではあったが――兎角、狩人の情報にあった位置をひとくさり調べた後、二手に別れた。ジュードがペイント弾を高所に打ち込むと、白銀世界のなかに、陳腐な化学的合成着色料の花が咲く。
「綺麗だったのに、何か悪いことしてる気分……」
「……いえ、私はいい案だと思います、よ……?」
 見栄えの悪さに呻くジュードに、千春は優しく、そう言った。



 探索開始後も、残念ながら足跡そのものや樹々への接触の痕跡などは中々見つからない。
 広範な領域を足で調査することになることは想定の範囲内だったため、不満は――。
「……雪の森とか、捜索するにゃ最悪の条件だな……」
 無論、在る。
「そうですね……雪が振り続けていないのは幸いでしたけど」
 紫煙を吐息に浮かべたアニスに、同道するシュリは苦笑する他ない。こちら側はアニス、シュリ、錬とマーゴットの4名だ。
「お坊ちゃん達、吹雪いてきたら下手に動くなよ。はぐれたら死ぬぞ」
 アニスは言いつつ、目を細める。想定以上に、残留する証拠の気配がない。
「大型の獣や大量の獣が通ったのなら、獣道とかには……なってない、かな……?」
 マーゴットは各所を踏み歩きながら、雪道そのものの硬さや高低を探っている。同時に、雪そのものの変化や汚れも気にかけてはいるが、足跡の目撃事態から日が経っているせいか、成果は乏しい。
 もう少し先に進まないと、と判断して、視線を転じた。その先では、シュリが樹肌を見て回っている。
 ――あれから暫く見ない内に成長したんだね。
 実力も、心構えも、大きく変わっている少年。かつて懊悩していた彼に、思わず、こう聞いていた。
「……そういえば、『答え』は出た?」
 少年は、問いかけられたことに少し驚いたようだが、すぐに理解らしく、照れくさそうに微笑んだ。
「はい。色々な方に、助けていただいて」
 その笑みは、なぜだろう。マーゴットにとって少しばかり、痛みを伴うものだった。
 答えを、得た。そうやって真っ向から笑える少年が――眩しくて。

「……そっちはどうだ?」
「さて、な」
 アニスが錬へと視線を転じると――その足元に、跳ねる影。寒冷地に適性があるらしい柴犬が、主の周りで雪山を味わうように飛び跳ねていた。
 平和的に過ぎる光景だが、怪しい気配は無い、ということだろう。ノイズ感知用に持ち込んだ短伝話も反応無し。
「――足で探すしかねぇな」
 嘆息したアニスは、レーザーナイフで近くの木の幹に切れ目を入れると、歩き出した。方向をどうするか、と逡巡したところへ、
「風上へと向かおう。コイツが何か拾うかもしれない」
 錬が足元の犬を指して言うと、特に否定意見はなく、一同は風上へと向けて歩きだす。その先には、峻厳たる雪山が、あった。



 捜索開始から、暫し。
「結構歩いたねー」
「そうですね……ロシュさんは、まだ大丈夫ですか?」
「問題ない。訓練は受けている」
 倒木に腰掛けたジュードに千春が続き、ロシュへと言葉を投げると、渋い顔での返事が帰った。
 残る班と連絡が取れなくなって久しい。それだけ互いに動き回っている、ということでもあるのだが――こちら側では一つ、収穫があった。
 ジュードが腰掛けている倒木。その上面に、細かな傷が付いているのを千春が見つけたのだ。
「アニスの得物なら焦げ目が付くはずだよね……?」
「そのはずだ」
 ヴォルフガングは双眼鏡を使い周囲を見渡している。現状、怪しい影はない。
「何か鋭いもので擦った後みたいだけど……」
「それにしては、傷の付き方が、変ですね」
 線条痕は複数ついており、おおよそ平行だ。だが、その始点と終点の位置が、動物の爪牙とするには些かズレが大きい。
「……少なくとも、普通の獣では無い、ということ……」
 思考する千春に、双眼鏡をおろしたヴォルフガングが小さく首を振る。
「目撃された足跡の規模の割にはあまり“汚染”の気配もねぇが……こんなことあり得るのか?」
「歪虚とはいえ、動き回っていたら、その限りではないな」
 応じたロシュの口調は、怪訝げですらある。多量の歪虚を示唆する痕跡との不一致が意味することは、何なのだろうか。
「ばらばらに移動してるってこと?」
「この痕跡を見る限りでは、その可能性はある」
 そこで、ヴォルフガングが片手を上げた。薄っすらと影が伸びてきた周囲を指す。
「そろそろ日が落ちる。野営の準備もあるしな、一度戻ろう」



 同時期に戻っていた二班の面々は、野営の準備を急ぎ足でこなしながら、情報交換をする。
「……そっちでも、同じものを見た、か」
 煙草を咥え、雪を風避けにするために寄せていきながら、アニス。
「こっちでは血痕も見かけました。遺体は残ってませんでしたが……追跡していくうちに、血痕が消えちゃって」
「犬の追跡も、効果は今ひとつ、だな。匂いが不快なのか――恐怖かは、解らんが」
 マーゴットに続き、錬が渋い顔で応じた。犬の怯えは、ある意味では指標になるのだが、探索に於いては効率を削ぐ。
「あー、それでかなぁ……ごめんね、ルチオ」
 ジュードは足元の柴犬、申し訳なさそうにひと鳴きするルチオの背を、軽く撫でた。




 夜が深まる中、煌々と、竈の火が、揺れる。雪と倒木を使って風除けがなければ、凍死も免れないほどの極寒の中、ジュードは懐からボトルを取り出した。
「どう? 一口でも飲んでおくと身体が温まるよ」
「……頂こう」
 この時間の夜警を担当しているのは、ロシュとジュード。そして、今はこの場を離れている、千春の三名だ。
「ね、ロシュくん。今回の件、君は依頼を受けたわけじゃないよね?」
「シュリか?」
「君がハンターに登録してないことくらい、解るよ」
「……」
 不満げに、差し出されたブランデーを呷ったロシュに、続ける。
「御家族は良い顔しなさそうだけど……それでも何かを探したかった?」
 ――自分に無いもの、足りないものとか。
「……だとしたら、何だ」
「……んー」
 視線をあわせもしないロシュの頬が微かに上気したのは、酒気の強さによるものでは、ないのだろう。
 これ以上の追求は、大人気ないかな、と思っていたころ、周囲の夜警をしていた千春が戻ってきた。
「おかえり、千春ちゃん」
「さすがに、寒いですね……」
 設置された『竈』に近寄る。千春はそこで、湯と、ワイン、ミルクを温めていた。自然と暖も取れる点でも良手であるし、何より、『火の灯りが漏れない』。
 戻ってきた千春の代わりに、ジュードは立ち上がり、支度を始める。
 一方で千春は、温めたミルクを手に、凍えた身体を温めようとしている。そして、ほう、と息を吐いた。
 そして――できるだけ、不意をつく形で。
 こう、言った。

「歪虚対策会議を作ったのは、ロシュさん自身の意思ですか?」

 ひたり、と。ロシュの顏が強張った。弾かれるように千春を見る表情の中で――彼女の意図を探る、凍えた目の色が、印象的だった。
 その口元が、動く。

「誰の差し金だ?」
「…………?」
「――ちっ」
 紡がれた言葉に、思わず、怪訝げな気配が漏れてしまった。その事に気づいたか、ロシュは舌打ちして腕を組むと、目を瞑った。
 明確な拒絶の姿勢に晒された千春は、それ以上の言葉を告げず、ロシュの言葉の意味を、考えることとなった。



 “何事もなく”朝になり、すぐさま二手に分かれた。
「……敵襲でもあれば良かったんだが」
 ヴォルフガングは剛気にもそう言うが――半ば、本気なのだろう。襲われもすれば、踏み込んだ調査になったかもしれない。
 その点で言えば、夜警も、夜営も完璧に過ぎたのだろうかと考えて、首を振った。
「……ただの獣じゃあない、とも言える、か」
「――」
 返った沈黙に、男は「やれやれ」と首を振った。振り返れば、千春とロシュの間に、軋んだ空気が横たわっている。
 間に立つジュードが、曖昧な苦笑と共に、小首を傾げている様に、昨晩”何か”あったらしい、と知るが――さて。ヴォルフガングは頭を掻きながら、先導に回ることにする。
「……敵が現れるまでにしておけよ」
 そう、言い置いて、歩き出した。

 ――動きがあったのは、その直後のことだった。

 ルシオの様子がおかしいことに気づいたジュードが、即座に覚醒。直感視を用いた瞬後に、ある一点に、気付く。白一色の視界の中――何かが、揺れた。
「……居るね」
「――獣、でしょうか」
「それにしては、カタチが変だけど……」
 気配に気づいた千春が続くと、ヴォルフガングは静かに双眼鏡を取り出す、が。
「気づかれた……っ!」
 その視線の先で、奇っ怪なシルエットの獣は即座に踵を返した。



 幸い、然程距離が離れていなかった事が幸いした。届いた通信にマーゴットは弾かれたように周囲を見渡す。
「……見張られている?」
「ちっ」
 そこで、アニスは気がついた。スキルを用意していなかった。探索が一手、遅れる。
「しくったな……待て。あまり探す仕草は見せねぇ方がいい」
 アニスは忸怩たる思いを抱きながら、逃走の報せがあったため、短く言う。
 一同は探索を続けているように装いながら、白塗りの世界に目を凝らし――最初に気づいたのは、直感に秀でた錬だった。
「…………あそこ、か?」
「あ……」
 次いで、マーゴットに、アニス、シュリが続いた。
「……鹿、ですか?」
「身体の各所に棘……いえ、茨、でしょうか……? 鱗も、ありそうです」
 雪上を探るフリをしながら、シュリ。 
「目玉もヤケにおおいな。逃げ足が速いのも頷けるが……」
 遠目に観察するしかないが、赤い眼光が、少なくとも5つ。双眸以外にも、首や胴体にも、それがある。異様な姿に皮肉を吐いたアニスに、囁くように、錬が言う。
「……動向をみたいところだが」
「追っても逃げられるでしょうしね」
 錬の意見に、マーゴットは同意した。逃げない可能性に賭けるよりは、この場で観察を徹底したい。
「――追うのは向こうに任せるか」
 仕掛けるには、間合いが足りない点もある。探索を続ける間、“獣”は十分な距離を置いて、ただただハンター達を見張り続けていた。



 夕刻になる前に、一同は拠点で合流した。そのまま、撤退準備に移る。
「走り疲れたよ……」
「収穫は……?」
 すっかりやつれてしまったジュードを見て、遠慮がちに発されたマーゴットの問いに、「大して無いな」と、ヴォルフガングは苛立たしげに首を振った。
「だが、推測は出来る。あの“獣”たちの動きには、明確に目的があった。俺達を見張る。下手打つ前に、逃げる――とな」
「『頭』がいる、と考えるべきか」
 ヴォルフガングの推測に、錬が頷いた。
「鹿型のヤツは、山の方角へと消えたが……」
 煙草を咥えたアニスは遠く、雪山を眺めるように、言う。
「私達が追っていた獣は、頻繁に方向を変えてましたけど……」
「だよなぁ……頭があるなら、そうする筈だ」
 千春の返事に、アニスは苛立たしげに首筋をなでた。
「獣らしい獣も居なかったし、獣道も無かったのも気になるところ……だけど」
 マーゴットの呟きは、深々と積もる雪に呑まれて、消える。
 しばし、沈黙が落ちた。そこに。

「……大量の獣が消えた。目撃された獣は明らかに歪虚に転じている」
 ロシュの呟きが、響いた。答えのない問いが――簡潔に、結ばれる。

「目的は、なんだ?」



 to be continued...

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MVP一覧

  • 空を引き裂く射手
    ジュード・エアハートka0410
  • 光あれ
    柏木 千春ka3061

重体一覧

参加者一覧

  • Stray DOG
    ヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139
    人間(紅)|28才|男性|闘狩人
  • 赤黒の雷鳴
    アニス・テスタロッサ(ka0141
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • 空を引き裂く射手
    ジュード・エアハート(ka0410
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 光あれ
    柏木 千春(ka3061
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 良き羅針盤
    神城・錬(ka3822
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 元凶の白い悪魔
    マーゴット(ka5022
    人間(蒼)|18才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 教えてシュリくん(質問卓)
ジュード・エアハート(ka0410
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2017/02/13 21:18:52
アイコン 相談卓
ジュード・エアハート(ka0410
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2017/02/16 21:31:41
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/02/13 01:10:26