ゲスト
(ka0000)
【血盟】救世主と呼ばれた男
マスター:朝臣あむ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~3人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/02/21 19:00
- 完成日
- 2017/03/04 00:42
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●救世主となりて
東方本土の東側に位置する島に1人の男が召喚された。
彼は救世主になるべく召喚された異世界人で、島民はすぐさま彼を黒龍に会わせることを提案した。
この時、東方は大規模な歪虚の侵攻を受けていた。男はその闘いに参加するべく覚醒者となる事を望まれたのだ。
「貴方が望んで来た訳ではないのに、わたくしたちは貴方に闘って欲しいと願うのです。なんと浅ましく愚かな願いなのか……」
島民を束ねる四十八家門の1つ、宗野家の当主の娘は愁い気に目を伏せて呟くと、自らとその周囲の想いを恥じるように息を吐いた。
その仕草に男の肩が竦められる。
「ミーは構いませんよ。救世主なんて胸ワクなワードです。それに日本文化に憧れてましたし、刀も振れるなんて悪い話ではないです」
「ですが、覚醒者になればあなたは確実に前戦へ――」
「ノープロブレム。ミーが覚醒者になったら救世主になれるのですよね? なら救世主は世界を救うまで死なないのです! これはファンタジー世界の常識ですよ?」
「ふぁんたじー? あの……それはどういう……」
戸惑う娘に「HAHAHA」と笑って男は踵を返した。
この後、男は覚醒者となって娘の前に戻ってくる。そして男の長い長い闘いが幕を上げたのだった。
●英雄となりて
「ふははは、まさに鬼神の様な闘いぶりよ! 正に我が宗野の救世主。我等が東方の守り神だわい!」
男が戦闘に参加してからも大規模な闘いは終わる様子を見せなかった。
戦場と島を行き来する日々が続き、男はいつしか東方の民の間でも名の知られた英雄となった。
先陣を切って敵の中へ切り込む姿は鬼の如し。振るう刃のキレは雷の如し。いつしか男は『刀鬼』と呼ばれ、彼が刃を振るう戦場では戦死者が格段に減るとまで言われるようになった。
「グローム……先程、鬼の頭領が貴方を探していましたよ」
宴の席を抜け出した刀鬼を見付けたのは宗野家当主の娘「雛」だ。
彼女は木の上で昼寝をしようと寝転ぶ刀鬼を見上げて目を細めて微笑むが、その目から愁いが消える事はない。
「ミーの今の名前は刀鬼ですよ」
「それは名ではありません。通称名と言いますか、通り名のようなもので……貴方の名はグロームです。皆、貴方を救世主や英雄と好きに呼んで、貴方の名まで奪って……わたくしは決してその様な名では呼びませんから」
「ユーは頑固ですね。眉間にディープな皺を刻んで。そんな事では決まったと言う縁談もダメになってしまいますよ」
「え、縁談は……断りますから!」
「ホワイ?」
心底驚いた。そう目を見開く刀鬼に雛の頬が少し膨れる。けれどそれを隠すように背を向けると彼女は空を見上げて息を吐いた。
「……三日後には辺境近くにまで赴くと聞きました。彼の地は此度の戦闘の最前戦。多くの者が命を落として帰る事もままならない場所とも聞きます。そのような場所に貴方が行く事をわたくしは」
「んんー、ミーは戻ってきますよ?」
いつの間に傍に来たのだろう。
顔を覗き込むように背後に立った男を見上げて雛の目から涙がこぼれた。それを目にして「ああ」と察した。
「ユーはミーにラブなんですね?」
「はい?」
「なるほどー、それは想定外でした♪」
「あ、あの! らぶ、とはいったい……」
「ノンノン、野暮なことは言いっこなしです。そしてそう言う事なら尚のこと、ミーは今回の戦場に行かないとダメですね!」
何故。そう見上げる目に、刀鬼は悪戯っぽくウインクして笑った。
「武勲をあげればユーと結婚できマース♪」
●敗北、そして
木々の間を駆け抜け、次々と敵を斬り伏せる。
いったい何体の歪虚を倒しただろうか。斬っても斬っても溢れ出る敵の無尽蔵さに苛立ちばかりが募ってくる。
全身は擦り切れ、汗が止め処なく流れてくる。多くの仲間を失い、戦場に立つ命は残り僅かにまで減ってしまった。
「刀鬼! 此処はもう駄目じゃ! お主だけでも早う退くんじゃ!」
「いや、まだです。ユーたち鬼が退くのが先ですッ!」
叫んで宗野の家紋が記された刀に雷撃を纏わせる。そうして飛び出した彼の背を見て、巨大な太刀を持つ鬼が仲間を誘導して動き始めた。
刀鬼が振るう刀は宗野家当主の物だ。
彼と共に島から来た兵の殆どは死んだ。雛の父上――宗野家の当主も然り。当主は死の間際、この刀と雛を刀鬼に託した。
本来であればこれを持ち帰る事が彼の為すべき事だろう。けれど彼は戦場を離れなかった。
「せめて、せめて今いるモノだけでも……っ」
ここまで悲惨な戦場はなかった。
ここまで多くの仲間が死ぬ戦場はなかった。
だから少しでも多くの命を救いたくて、ただ護りたくて、自分の無力を忘れたくて走った。走って、走って、走り続けて、そして刀鬼は狐型の歪虚に取り囲まれた。
「……The ENDですか……」
「いや、まだだ!」
腕を下ろしたその耳に聞こえた声。目を上げた先に居た見覚えのない装束を纏う者たちに刀鬼の目が細められる。
「良くここまで持ち堪えた! 後は私たちに任せると良い!」
行くぞ! そう叫んで突っ込んでくるのは辺境の民だ。
どうやら辺境部族が救援を寄越しているという噂は本当だったらしい。けれどもう遅い。刀鬼の仲間はもう――
東方本土の東側に位置する島に1人の男が召喚された。
彼は救世主になるべく召喚された異世界人で、島民はすぐさま彼を黒龍に会わせることを提案した。
この時、東方は大規模な歪虚の侵攻を受けていた。男はその闘いに参加するべく覚醒者となる事を望まれたのだ。
「貴方が望んで来た訳ではないのに、わたくしたちは貴方に闘って欲しいと願うのです。なんと浅ましく愚かな願いなのか……」
島民を束ねる四十八家門の1つ、宗野家の当主の娘は愁い気に目を伏せて呟くと、自らとその周囲の想いを恥じるように息を吐いた。
その仕草に男の肩が竦められる。
「ミーは構いませんよ。救世主なんて胸ワクなワードです。それに日本文化に憧れてましたし、刀も振れるなんて悪い話ではないです」
「ですが、覚醒者になればあなたは確実に前戦へ――」
「ノープロブレム。ミーが覚醒者になったら救世主になれるのですよね? なら救世主は世界を救うまで死なないのです! これはファンタジー世界の常識ですよ?」
「ふぁんたじー? あの……それはどういう……」
戸惑う娘に「HAHAHA」と笑って男は踵を返した。
この後、男は覚醒者となって娘の前に戻ってくる。そして男の長い長い闘いが幕を上げたのだった。
●英雄となりて
「ふははは、まさに鬼神の様な闘いぶりよ! 正に我が宗野の救世主。我等が東方の守り神だわい!」
男が戦闘に参加してからも大規模な闘いは終わる様子を見せなかった。
戦場と島を行き来する日々が続き、男はいつしか東方の民の間でも名の知られた英雄となった。
先陣を切って敵の中へ切り込む姿は鬼の如し。振るう刃のキレは雷の如し。いつしか男は『刀鬼』と呼ばれ、彼が刃を振るう戦場では戦死者が格段に減るとまで言われるようになった。
「グローム……先程、鬼の頭領が貴方を探していましたよ」
宴の席を抜け出した刀鬼を見付けたのは宗野家当主の娘「雛」だ。
彼女は木の上で昼寝をしようと寝転ぶ刀鬼を見上げて目を細めて微笑むが、その目から愁いが消える事はない。
「ミーの今の名前は刀鬼ですよ」
「それは名ではありません。通称名と言いますか、通り名のようなもので……貴方の名はグロームです。皆、貴方を救世主や英雄と好きに呼んで、貴方の名まで奪って……わたくしは決してその様な名では呼びませんから」
「ユーは頑固ですね。眉間にディープな皺を刻んで。そんな事では決まったと言う縁談もダメになってしまいますよ」
「え、縁談は……断りますから!」
「ホワイ?」
心底驚いた。そう目を見開く刀鬼に雛の頬が少し膨れる。けれどそれを隠すように背を向けると彼女は空を見上げて息を吐いた。
「……三日後には辺境近くにまで赴くと聞きました。彼の地は此度の戦闘の最前戦。多くの者が命を落として帰る事もままならない場所とも聞きます。そのような場所に貴方が行く事をわたくしは」
「んんー、ミーは戻ってきますよ?」
いつの間に傍に来たのだろう。
顔を覗き込むように背後に立った男を見上げて雛の目から涙がこぼれた。それを目にして「ああ」と察した。
「ユーはミーにラブなんですね?」
「はい?」
「なるほどー、それは想定外でした♪」
「あ、あの! らぶ、とはいったい……」
「ノンノン、野暮なことは言いっこなしです。そしてそう言う事なら尚のこと、ミーは今回の戦場に行かないとダメですね!」
何故。そう見上げる目に、刀鬼は悪戯っぽくウインクして笑った。
「武勲をあげればユーと結婚できマース♪」
●敗北、そして
木々の間を駆け抜け、次々と敵を斬り伏せる。
いったい何体の歪虚を倒しただろうか。斬っても斬っても溢れ出る敵の無尽蔵さに苛立ちばかりが募ってくる。
全身は擦り切れ、汗が止め処なく流れてくる。多くの仲間を失い、戦場に立つ命は残り僅かにまで減ってしまった。
「刀鬼! 此処はもう駄目じゃ! お主だけでも早う退くんじゃ!」
「いや、まだです。ユーたち鬼が退くのが先ですッ!」
叫んで宗野の家紋が記された刀に雷撃を纏わせる。そうして飛び出した彼の背を見て、巨大な太刀を持つ鬼が仲間を誘導して動き始めた。
刀鬼が振るう刀は宗野家当主の物だ。
彼と共に島から来た兵の殆どは死んだ。雛の父上――宗野家の当主も然り。当主は死の間際、この刀と雛を刀鬼に託した。
本来であればこれを持ち帰る事が彼の為すべき事だろう。けれど彼は戦場を離れなかった。
「せめて、せめて今いるモノだけでも……っ」
ここまで悲惨な戦場はなかった。
ここまで多くの仲間が死ぬ戦場はなかった。
だから少しでも多くの命を救いたくて、ただ護りたくて、自分の無力を忘れたくて走った。走って、走って、走り続けて、そして刀鬼は狐型の歪虚に取り囲まれた。
「……The ENDですか……」
「いや、まだだ!」
腕を下ろしたその耳に聞こえた声。目を上げた先に居た見覚えのない装束を纏う者たちに刀鬼の目が細められる。
「良くここまで持ち堪えた! 後は私たちに任せると良い!」
行くぞ! そう叫んで突っ込んでくるのは辺境の民だ。
どうやら辺境部族が救援を寄越しているという噂は本当だったらしい。けれどもう遅い。刀鬼の仲間はもう――
リプレイ本文
「なんだよ、これ? ここ、どこ?」
唐突に鼻を突いた血の臭い。周囲に感じる歪虚の気配にラミア・マクトゥーム(ka1720)は狐に摘ままれた気持ちで辺りを見回すと、見覚えのある姿を見付けて駆け寄った。
「え、あれ……私、神霊樹のお手伝いしてた、はずで……」
「姉さん!」
「ラミア……?」
駆け寄る姿にラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457)の目が見開かれる。
確かに彼女達は神霊樹の手伝いをしていた。そして何かの記録に触れた直後、意識が揺らいだ。
「お? 隊長殿にラミアの嬢ちゃんじゃねえか。あんたらも来てたんだな」
互いの無事を確認する2人に再び聞き覚えのある声が届く。
胡散臭い出で立ちの男――ジャンク(ka4072)は、軽く手を上げと、近付きながら声を潜ませてくる。
「この惨状は嫌でも昔を思い出すぜ……ここは戦場だ。それも飛び切りヤバい、な」
戦場。と言う響きに2人の顔が見合わせられる。それを軽く目視して、ジャンクは周囲の音に耳を澄ませた。
遠くに足音らしきものがする。人か、獣か、それとも他の何かか。いずれにせよこの状況を打開するには何か行動を起こす他ないだろう。
「……行きましょう」
何があるかわからない。そんな場所へ向かうという姉にラミアの口が開く。
けれどそれを制止するように駆け出した姉を見た時、ラミアもまた音の聞こえる方へと駆け出していた。
●合流
周りを囲う負の気配。唐突に訪れた戦場に、セルゲン(ka6612)は戸惑うように辺りを見回していた。
「どうしてこんな所に……」
呆けたのか。そんな思いすら湧き上がる空間だが夢でない事は確かだ。
彼は傍らに見付けたジャック・エルギン(ka1522)と言う存在に気付くと静かに問うた。
「ここは夢だと、思うか?」
「いや、この傷の痛み。夢じゃねえ」
ジャックの全身に刻まれた傷。これはこの地へ飛ばされる前に受けたものだ。その痛みがあるという事はここは現実。
「こんな時に役立たずか……」
握り締めた拳にでさえ痛みが走る。
たぶん彼はこの先に待ち受ける戦いで戦果を挙げる事は出来ないだろう。それを悟って首を振る彼に痛まし気な視線を向けた時だ。
「hurry up!」
森の奥から叫ぶような声が聞こえた。
「今の声は……!」
「行ってくる。あんたにはいざと言う時の脱出準備を頼む」
わかった。そう頷く彼を視界にセルゲンは駆け出した。そうして視界に飛び込んで来た光景は――。
「最後まで戦う人。最期まで戦おうとした人を。私は見捨てない。私は諦めない。私が、必ず……!」
複数の妖弧に囲まれながら、葉桐 舞矢(ka4741)が見慣れない男を背に太刀を構えて叫ぶ。
和風装束の男は軽く見積もっても満身創痍。そんな彼の傍らには幻影のキーボードを叩き続けるマリエル(ka0116)と、舞矢同様に男を護るように立つユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の姿もある。
「……酷い有り様ね」
そう口にするユーリに男の足が動く。
まだ立てる。そう証言するように刀を杖にして立ち上がった男をマリエルが制止した。
「まだダメです! 擬似接続開始。対象コードは『イドゥン』を選択。アクセス! イミテーション・ゴールデンアップル!」
現れた金色のリンゴの幻影は、彼女が描くヒーリングスフィアの姿だ。
リンゴから溢れる光は癒しとなって男の傷を治してゆく。けれど男はその術を拒むように手を振り上げた。
「No Thanks、です……」
「そういう訳にはいきません!」
癒し手としてここで退く訳にはいかない。
睨むように見据える彼女に男の瞳が揺れる。そして何かを紡ごうとした時、新たな援軍が彼らの元に到達した。
「まったく、お人好しがすぎるよ、姉さん!」
助けないと。そう先に発して飛び出したラウィーヤにラミアがぼやく。それでも戦闘する気満々の様子には姉の気持ちを尊重する姿が見えた。
「とにもかくにも相手の動きを止めて穴を開けるっきゃねえ」
ジャンクは素早く状況を確認するとアサルトライフルを構えた。
敵の数は見える限りで8体だが、これだけ深い森だ。もっと多くの歪虚が潜む可能性も考慮した方が良い。
「おい、若造! ここはてめえの死に場所じゃねえ。死んだお仲間が『生きろ』っつってんだよ。その想いに応えやがれ!」
治療を拒むのは男の中に生への諦めがあるからに他ならない。
「……ミーは、守れなかった……ミーはライアー、です……」
「Liar?」
嘘つき。そう零す男に舞矢が反応した。
どうも先程からこの男の話し方に違和感を覚える。それは舞矢だけでなく、ユーリやマリエルも同じだ。
舞矢は湧き上がる苛立ちを押し込めると前に出た。
響く銃声はジャンクのものだ。彼は舞矢が斬り込む先の敵とは別の敵の足止めを狙って銃撃を放っている。そして舞矢はそれを承知で敵陣の中央へ斬り込んだ。
飛躍する妖弧は予測済み。
更に踏み込んで刃を縦に突き入れ、勢いを半減させる事なく斬り上げる。すると重い感触が手に響いてきた。
「ここで仕留めるわ!」
踏み込む足に更に力を込めてトドメを見舞うと、それを待っていたかのようにセルゲンが踏み込んだ。
「道が出来たわ。今の内に」
ユーリの声にマリエルが頷いて男の脇を抱える。
「……行きましょう」
彼には大きな喪失感がある。場所から察するに失ったものは当然……。
「私にも今は大切な人がいます。もし私が失われても生きて欲しい、と思える人が」
囁くように呟く小さな声に男の目が落ちた。
彼女は言う。
自分は記憶がないのだと。それでも生きて欲しいと願う人がいると。
そして思いを繋ぎたいのなら、無駄にしたくないのなら、生きるしかないのだと。
「……ユーは、強いデスね……」
溜息交じりに零れた声は素直な感想だ。
嫌味も何もない素直な言葉にマリエルは素直に「ありがとうございます」と零す。そうして彼を伴って戦場を後にしようとしたのだが、不意に男の足が止まった。
「……紫電の……刀鬼……さん……?」
聞こえた声はラウィーヤのものだ。
彼女はハッとしたように口を閉ざすと、慌てたように視線を外して敵に向き直った。
ただ重なってしまったのだ。戦場で対峙した時の姿、いつか共に戦った少年を見守る姿、それが彼に。
そしてそれは先程違和感を覚えた者達も同じだ。
ユーリは彼の持つ武器を注視したし、舞矢は言い得ぬ苛立ちを覚えていた。それでも黙っていたのは確信も何もないから。
けれど今の言葉で「そう感じているのは自分だけではない」とわかってしまった。それは次に発せられた言葉で確信に近い何かを得てしまう。
「刀鬼、デスか……」
乾いた笑いのような声にマリエルが心配そうに覗き込む。
「……残念ですが、ミーは……もう……刀鬼では、ありません……」
悲愴と悲痛、その双方が入り混じる顔は喪失などと言う生易しいものではない。
守れなかった事実。生き残ってしまった事実。助けられる事実。全てが屈辱だったのだろう。
「……森の先にジャックがいる。彼に脱出の準備を頼んでいるからそこを目指せ!」
セルゲンの声に時間が動き出す。
「行って。大丈夫……絶対に死なせたりしない」
即座に役割を振り分けて指示を飛ばすユーリにマリエルは頷く。そして彼を伴って森へと向かう中、敵の遠吠えに近い叫び声を聞いた。
多くの命を奪い、今も尚求め続ける妖弧の声を――。
●生きる為に
「数が増えた?!」
ラミアの声にジャンクの照準が変わる。
森の奥に入った事で悪くなった視界を補うために直感視を使って周囲を探る。そうして耳も澄ませると近くで葉の擦れる音がした。
「そこか!」
放った弾が木の陰から飛び出そうとしていた妖弧の足を撃ち抜く。これに敵の姿がよろけた。
「迅速な対応ありがとうございます」
飛び出したユーリはジャンクの援護を受けながら他にも潜む歪虚を抜けてゆく。
そして彼が射抜いた歪虚の間合いに辿り着くと、自身に蒼白雷を纏わせ、獲物を狩る意思と殺意を込めて不破心刃を放った。
「次――」
振り返った彼女の目にマテリアルを燃やして敵の注意を惹くラウィーヤの姿が見えた。
「姉さん!? なんでそんな無茶っ!!」
聴覚を研ぎ澄ましていたラミアは逸早く異変に気付いた。だから間に合ったのだろう。
負傷した男を護るように立ち塞がったラウィーヤと歪虚の間に滑り込んで連撃を繰り出す。そうして僅かな隙間を作るとセルゲンが踏み込んで来た。
逃げようと大地を蹴った妖弧を護るように飛び出してきた別の妖弧。それを目で確認して更に踏み出す。
そしてすれ違いざまに斬撃を加えようとしたその身に拳を叩き込んだ。
鈍い、めり込むような音が響き、妖弧の体が地面に崩れ落ちる。そして残る1体を前に、舞矢が斬り込んでゆく。
「そろそろPartyもタケナワってヤツ?」
知らず口角を上げて囁いた舞矢に妖弧が雄叫びを上げる。そして必死の形相で飛び出すと、彼女の剣檄を避けるように身を逸らし、その先に在る腕を喰らいに掛かった。
本来であればここで怯みを見せても仕方がなかっただろう。けれど舞矢は冷静だった。
避けられた一撃を素直に受け入れ、逆にそれを利用しに掛かったのだ。
「この際、出し惜しみなんて何の意味ないでしょ!」
左腕全体に響く衝撃に片目を眇め、差し入れた刃で妖弧の胴を貫く。それでも動きを止めない相手が最後の足掻きにと怪しい光を放ってきた。
「――」
「っ、刀を引いて!」
声に、慌てて刃を引き抜く。と、その直後。
ユーリの突き入れた拳が、妖弧の狐火を掃って存在そのものを叩き落した。
「これで終わりね……」
負の気配が完全に消えた訳ではない。
たぶん騒ぎが今以上に大きくなれば他の存在も引き寄せていただろう。けれど今はこの好機を逃す手はない。
「ジャックがいるのは、直ぐそこだ。急ぐぞ」
セルゲンはそう零し、戦闘中剥き出しになっていた牙をしまうと、男の姿に視線を飛ばし歩き始めた。
●心折れた男
「全員無事か? 東方の連中は……」
戦場から脱出する為の馬を全員分用意していたジャックは、皆に連れられた男を見て痛まし気に眉を寄せた。
「とりあえず、水飲んで一息入れてくれ。アンタにも……助かって良かった」
男の姿、表情、そして皆の雰囲気から他の連中が如何なったのかは想像に容易い。
ジャックは男に水を差し出すと、受け取るのを待って続けた。
「……キツいだろうが、今は生きて帰ることを考えようぜ。仲間の家族に詫びるでも良い、大事な女の顔が見たいでも良い。生き残ったヤツが、やらなきゃならねえこともあるんだ」
落胆にせよ自責にせよ、行き過ぎれば良くない。
だからこそ声を掛けたのだが、男は水を開ける事もせずにただ黙って下を見ていた。その姿にセルゲンが呟く。
「……仲間の事は、残念だが……それでも、あの酷い戦場でよく生きていてくれた。ジャックの言う様に、あんたの帰りを待つ人はいないか? こう訊かれて、思い浮かぶ顔は? ……今はその人の為に帰ることだけ考えるんだ」
帰りを待つ人。その言葉に浮かぶ顔はある。
けれどどんな顔をして戻れば良い。彼女の仲間を、父親を護ることも出来なかった救世主もどきが、何故戻れるというのか。
「……もし、戻る時があれば、それは……」
完全たる護る力を手に入れた時だけ。
そう口中で呟く男を見詰めていたラミアは、姉の方をチラリと見ると何か言いたげに口を開きかけて閉ざした。たぶん、語りたいのは姉の方だ。そう判断しての事だ。
元からお人好しな部分のある姉だが、今回はいつも以上に必死だった。それこそ自分の知らないところで何かあったと感じさせる程には。
だからどうしても話をして欲しくて、ただ祈って手を握り締める。そしてその想いが届いたのだろうか。不意にラウィーヤが口を開いた。
「あの……私、ラウィーヤ・マクトゥームと申します。お名前、伺っても……?」
珍しく積極的に話しかける彼女にジャンクが驚いたように眉を上げる。
けれど余計な事を挟まずにまずは彼女の問いに男が答えるかを待った。そうして僅かな間の後に音が返ってくる。
「……グローム」
「グローム……あの。宗野、という名前、ご存知ですか……?」
ピクリ。男の肩が揺れた。
何故その名前を出すのか。何故知っているのか。彼らは辺境部族の救援ではないのか。色々な思考が流れ込み、彼の目に微かな警戒が灯る。
それを見て取って、慌てたように被りを振った彼女をフォローするようにジャンクが進み出た。
彼はグロームの水を開けると、飲むように促していう。
「敵意を向ける相手が違うんじゃねえか? てめえの気持ちがわかる、なんてこたぁいわねえよ。だがな、生きるべきだってえのはわかる。てめえだけでも生き延びろ。それが仲間の遺志を継ぐことにならあ」
「仲間の遺志……ミーは、それすら……ない……」
「その刀は遺志ではないの? 随分と立派な物だと思うけど……」
そう言いながらユーリは記憶にある紫電の刀鬼が持つ刀を思い出す。
彼が持つ機械刀はあまりに巨大で身の丈を軽く越えていた。だが今持っている剣は普通の物に見えるが。
「あれ……?」
何かの折に見た事がある気がする。それは彼の持つ機械刀ではなく、何か別の……。
「あーあ、随分と戦意喪失しちゃってまあ。『普段の』ノーテンキが見る影も無いわ。別に感謝しろとか思ってないし? この先をどう生きろなんて言う気もないし? ここでずーっと立ち止まるも、道を踏み外すも、あんたの自由なわけだから」
ただ、まあ。と言葉を切って舞矢は男の顔を覗き込んだ。
たぶん今の彼に何を言っても届かないだろう。そしてその言葉は未来に繋がる事もない。
それでも、
「『今のあんた』に言っておかなきゃいけないことがある。私は折れない――あんたの分とか、死んだ人の分とか、そこまで頑張れるかはわかんないけど……でも。あんたが諦めたその夢は、私たちが、未来に連れていくから」
正面からそう言い放った舞矢にグロームが何か言おうとした瞬間、彼女達の視界が揺らいだ。
何かに引っ張られるような感覚と、突如早送りのように流れ出す景色。
「……もしかして、戻るのですか?」
マリエルは最後までグロームを支えた手を下げて息を呑む。そして彼の姿が辺境部族と共に森の奥へ消えると、ハンター達は更なる深い森の中の記憶を垣間見た。
深い深い森の中。
何かに突き動かされる様に歩き続けあるグロームが見覚えのある存在と対峙している。
それは最強の力を得た剣豪ナイトハルトと不変の剣妃オルクスだ。
彼は剣豪の強さに憧れ、ついには剣妃に力を求める。
そうして手に入れたのは護るのとは真逆の力。けれどこの時まで彼は確実に抱いていた。
護る為の力を――と。
唐突に鼻を突いた血の臭い。周囲に感じる歪虚の気配にラミア・マクトゥーム(ka1720)は狐に摘ままれた気持ちで辺りを見回すと、見覚えのある姿を見付けて駆け寄った。
「え、あれ……私、神霊樹のお手伝いしてた、はずで……」
「姉さん!」
「ラミア……?」
駆け寄る姿にラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457)の目が見開かれる。
確かに彼女達は神霊樹の手伝いをしていた。そして何かの記録に触れた直後、意識が揺らいだ。
「お? 隊長殿にラミアの嬢ちゃんじゃねえか。あんたらも来てたんだな」
互いの無事を確認する2人に再び聞き覚えのある声が届く。
胡散臭い出で立ちの男――ジャンク(ka4072)は、軽く手を上げと、近付きながら声を潜ませてくる。
「この惨状は嫌でも昔を思い出すぜ……ここは戦場だ。それも飛び切りヤバい、な」
戦場。と言う響きに2人の顔が見合わせられる。それを軽く目視して、ジャンクは周囲の音に耳を澄ませた。
遠くに足音らしきものがする。人か、獣か、それとも他の何かか。いずれにせよこの状況を打開するには何か行動を起こす他ないだろう。
「……行きましょう」
何があるかわからない。そんな場所へ向かうという姉にラミアの口が開く。
けれどそれを制止するように駆け出した姉を見た時、ラミアもまた音の聞こえる方へと駆け出していた。
●合流
周りを囲う負の気配。唐突に訪れた戦場に、セルゲン(ka6612)は戸惑うように辺りを見回していた。
「どうしてこんな所に……」
呆けたのか。そんな思いすら湧き上がる空間だが夢でない事は確かだ。
彼は傍らに見付けたジャック・エルギン(ka1522)と言う存在に気付くと静かに問うた。
「ここは夢だと、思うか?」
「いや、この傷の痛み。夢じゃねえ」
ジャックの全身に刻まれた傷。これはこの地へ飛ばされる前に受けたものだ。その痛みがあるという事はここは現実。
「こんな時に役立たずか……」
握り締めた拳にでさえ痛みが走る。
たぶん彼はこの先に待ち受ける戦いで戦果を挙げる事は出来ないだろう。それを悟って首を振る彼に痛まし気な視線を向けた時だ。
「hurry up!」
森の奥から叫ぶような声が聞こえた。
「今の声は……!」
「行ってくる。あんたにはいざと言う時の脱出準備を頼む」
わかった。そう頷く彼を視界にセルゲンは駆け出した。そうして視界に飛び込んで来た光景は――。
「最後まで戦う人。最期まで戦おうとした人を。私は見捨てない。私は諦めない。私が、必ず……!」
複数の妖弧に囲まれながら、葉桐 舞矢(ka4741)が見慣れない男を背に太刀を構えて叫ぶ。
和風装束の男は軽く見積もっても満身創痍。そんな彼の傍らには幻影のキーボードを叩き続けるマリエル(ka0116)と、舞矢同様に男を護るように立つユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の姿もある。
「……酷い有り様ね」
そう口にするユーリに男の足が動く。
まだ立てる。そう証言するように刀を杖にして立ち上がった男をマリエルが制止した。
「まだダメです! 擬似接続開始。対象コードは『イドゥン』を選択。アクセス! イミテーション・ゴールデンアップル!」
現れた金色のリンゴの幻影は、彼女が描くヒーリングスフィアの姿だ。
リンゴから溢れる光は癒しとなって男の傷を治してゆく。けれど男はその術を拒むように手を振り上げた。
「No Thanks、です……」
「そういう訳にはいきません!」
癒し手としてここで退く訳にはいかない。
睨むように見据える彼女に男の瞳が揺れる。そして何かを紡ごうとした時、新たな援軍が彼らの元に到達した。
「まったく、お人好しがすぎるよ、姉さん!」
助けないと。そう先に発して飛び出したラウィーヤにラミアがぼやく。それでも戦闘する気満々の様子には姉の気持ちを尊重する姿が見えた。
「とにもかくにも相手の動きを止めて穴を開けるっきゃねえ」
ジャンクは素早く状況を確認するとアサルトライフルを構えた。
敵の数は見える限りで8体だが、これだけ深い森だ。もっと多くの歪虚が潜む可能性も考慮した方が良い。
「おい、若造! ここはてめえの死に場所じゃねえ。死んだお仲間が『生きろ』っつってんだよ。その想いに応えやがれ!」
治療を拒むのは男の中に生への諦めがあるからに他ならない。
「……ミーは、守れなかった……ミーはライアー、です……」
「Liar?」
嘘つき。そう零す男に舞矢が反応した。
どうも先程からこの男の話し方に違和感を覚える。それは舞矢だけでなく、ユーリやマリエルも同じだ。
舞矢は湧き上がる苛立ちを押し込めると前に出た。
響く銃声はジャンクのものだ。彼は舞矢が斬り込む先の敵とは別の敵の足止めを狙って銃撃を放っている。そして舞矢はそれを承知で敵陣の中央へ斬り込んだ。
飛躍する妖弧は予測済み。
更に踏み込んで刃を縦に突き入れ、勢いを半減させる事なく斬り上げる。すると重い感触が手に響いてきた。
「ここで仕留めるわ!」
踏み込む足に更に力を込めてトドメを見舞うと、それを待っていたかのようにセルゲンが踏み込んだ。
「道が出来たわ。今の内に」
ユーリの声にマリエルが頷いて男の脇を抱える。
「……行きましょう」
彼には大きな喪失感がある。場所から察するに失ったものは当然……。
「私にも今は大切な人がいます。もし私が失われても生きて欲しい、と思える人が」
囁くように呟く小さな声に男の目が落ちた。
彼女は言う。
自分は記憶がないのだと。それでも生きて欲しいと願う人がいると。
そして思いを繋ぎたいのなら、無駄にしたくないのなら、生きるしかないのだと。
「……ユーは、強いデスね……」
溜息交じりに零れた声は素直な感想だ。
嫌味も何もない素直な言葉にマリエルは素直に「ありがとうございます」と零す。そうして彼を伴って戦場を後にしようとしたのだが、不意に男の足が止まった。
「……紫電の……刀鬼……さん……?」
聞こえた声はラウィーヤのものだ。
彼女はハッとしたように口を閉ざすと、慌てたように視線を外して敵に向き直った。
ただ重なってしまったのだ。戦場で対峙した時の姿、いつか共に戦った少年を見守る姿、それが彼に。
そしてそれは先程違和感を覚えた者達も同じだ。
ユーリは彼の持つ武器を注視したし、舞矢は言い得ぬ苛立ちを覚えていた。それでも黙っていたのは確信も何もないから。
けれど今の言葉で「そう感じているのは自分だけではない」とわかってしまった。それは次に発せられた言葉で確信に近い何かを得てしまう。
「刀鬼、デスか……」
乾いた笑いのような声にマリエルが心配そうに覗き込む。
「……残念ですが、ミーは……もう……刀鬼では、ありません……」
悲愴と悲痛、その双方が入り混じる顔は喪失などと言う生易しいものではない。
守れなかった事実。生き残ってしまった事実。助けられる事実。全てが屈辱だったのだろう。
「……森の先にジャックがいる。彼に脱出の準備を頼んでいるからそこを目指せ!」
セルゲンの声に時間が動き出す。
「行って。大丈夫……絶対に死なせたりしない」
即座に役割を振り分けて指示を飛ばすユーリにマリエルは頷く。そして彼を伴って森へと向かう中、敵の遠吠えに近い叫び声を聞いた。
多くの命を奪い、今も尚求め続ける妖弧の声を――。
●生きる為に
「数が増えた?!」
ラミアの声にジャンクの照準が変わる。
森の奥に入った事で悪くなった視界を補うために直感視を使って周囲を探る。そうして耳も澄ませると近くで葉の擦れる音がした。
「そこか!」
放った弾が木の陰から飛び出そうとしていた妖弧の足を撃ち抜く。これに敵の姿がよろけた。
「迅速な対応ありがとうございます」
飛び出したユーリはジャンクの援護を受けながら他にも潜む歪虚を抜けてゆく。
そして彼が射抜いた歪虚の間合いに辿り着くと、自身に蒼白雷を纏わせ、獲物を狩る意思と殺意を込めて不破心刃を放った。
「次――」
振り返った彼女の目にマテリアルを燃やして敵の注意を惹くラウィーヤの姿が見えた。
「姉さん!? なんでそんな無茶っ!!」
聴覚を研ぎ澄ましていたラミアは逸早く異変に気付いた。だから間に合ったのだろう。
負傷した男を護るように立ち塞がったラウィーヤと歪虚の間に滑り込んで連撃を繰り出す。そうして僅かな隙間を作るとセルゲンが踏み込んで来た。
逃げようと大地を蹴った妖弧を護るように飛び出してきた別の妖弧。それを目で確認して更に踏み出す。
そしてすれ違いざまに斬撃を加えようとしたその身に拳を叩き込んだ。
鈍い、めり込むような音が響き、妖弧の体が地面に崩れ落ちる。そして残る1体を前に、舞矢が斬り込んでゆく。
「そろそろPartyもタケナワってヤツ?」
知らず口角を上げて囁いた舞矢に妖弧が雄叫びを上げる。そして必死の形相で飛び出すと、彼女の剣檄を避けるように身を逸らし、その先に在る腕を喰らいに掛かった。
本来であればここで怯みを見せても仕方がなかっただろう。けれど舞矢は冷静だった。
避けられた一撃を素直に受け入れ、逆にそれを利用しに掛かったのだ。
「この際、出し惜しみなんて何の意味ないでしょ!」
左腕全体に響く衝撃に片目を眇め、差し入れた刃で妖弧の胴を貫く。それでも動きを止めない相手が最後の足掻きにと怪しい光を放ってきた。
「――」
「っ、刀を引いて!」
声に、慌てて刃を引き抜く。と、その直後。
ユーリの突き入れた拳が、妖弧の狐火を掃って存在そのものを叩き落した。
「これで終わりね……」
負の気配が完全に消えた訳ではない。
たぶん騒ぎが今以上に大きくなれば他の存在も引き寄せていただろう。けれど今はこの好機を逃す手はない。
「ジャックがいるのは、直ぐそこだ。急ぐぞ」
セルゲンはそう零し、戦闘中剥き出しになっていた牙をしまうと、男の姿に視線を飛ばし歩き始めた。
●心折れた男
「全員無事か? 東方の連中は……」
戦場から脱出する為の馬を全員分用意していたジャックは、皆に連れられた男を見て痛まし気に眉を寄せた。
「とりあえず、水飲んで一息入れてくれ。アンタにも……助かって良かった」
男の姿、表情、そして皆の雰囲気から他の連中が如何なったのかは想像に容易い。
ジャックは男に水を差し出すと、受け取るのを待って続けた。
「……キツいだろうが、今は生きて帰ることを考えようぜ。仲間の家族に詫びるでも良い、大事な女の顔が見たいでも良い。生き残ったヤツが、やらなきゃならねえこともあるんだ」
落胆にせよ自責にせよ、行き過ぎれば良くない。
だからこそ声を掛けたのだが、男は水を開ける事もせずにただ黙って下を見ていた。その姿にセルゲンが呟く。
「……仲間の事は、残念だが……それでも、あの酷い戦場でよく生きていてくれた。ジャックの言う様に、あんたの帰りを待つ人はいないか? こう訊かれて、思い浮かぶ顔は? ……今はその人の為に帰ることだけ考えるんだ」
帰りを待つ人。その言葉に浮かぶ顔はある。
けれどどんな顔をして戻れば良い。彼女の仲間を、父親を護ることも出来なかった救世主もどきが、何故戻れるというのか。
「……もし、戻る時があれば、それは……」
完全たる護る力を手に入れた時だけ。
そう口中で呟く男を見詰めていたラミアは、姉の方をチラリと見ると何か言いたげに口を開きかけて閉ざした。たぶん、語りたいのは姉の方だ。そう判断しての事だ。
元からお人好しな部分のある姉だが、今回はいつも以上に必死だった。それこそ自分の知らないところで何かあったと感じさせる程には。
だからどうしても話をして欲しくて、ただ祈って手を握り締める。そしてその想いが届いたのだろうか。不意にラウィーヤが口を開いた。
「あの……私、ラウィーヤ・マクトゥームと申します。お名前、伺っても……?」
珍しく積極的に話しかける彼女にジャンクが驚いたように眉を上げる。
けれど余計な事を挟まずにまずは彼女の問いに男が答えるかを待った。そうして僅かな間の後に音が返ってくる。
「……グローム」
「グローム……あの。宗野、という名前、ご存知ですか……?」
ピクリ。男の肩が揺れた。
何故その名前を出すのか。何故知っているのか。彼らは辺境部族の救援ではないのか。色々な思考が流れ込み、彼の目に微かな警戒が灯る。
それを見て取って、慌てたように被りを振った彼女をフォローするようにジャンクが進み出た。
彼はグロームの水を開けると、飲むように促していう。
「敵意を向ける相手が違うんじゃねえか? てめえの気持ちがわかる、なんてこたぁいわねえよ。だがな、生きるべきだってえのはわかる。てめえだけでも生き延びろ。それが仲間の遺志を継ぐことにならあ」
「仲間の遺志……ミーは、それすら……ない……」
「その刀は遺志ではないの? 随分と立派な物だと思うけど……」
そう言いながらユーリは記憶にある紫電の刀鬼が持つ刀を思い出す。
彼が持つ機械刀はあまりに巨大で身の丈を軽く越えていた。だが今持っている剣は普通の物に見えるが。
「あれ……?」
何かの折に見た事がある気がする。それは彼の持つ機械刀ではなく、何か別の……。
「あーあ、随分と戦意喪失しちゃってまあ。『普段の』ノーテンキが見る影も無いわ。別に感謝しろとか思ってないし? この先をどう生きろなんて言う気もないし? ここでずーっと立ち止まるも、道を踏み外すも、あんたの自由なわけだから」
ただ、まあ。と言葉を切って舞矢は男の顔を覗き込んだ。
たぶん今の彼に何を言っても届かないだろう。そしてその言葉は未来に繋がる事もない。
それでも、
「『今のあんた』に言っておかなきゃいけないことがある。私は折れない――あんたの分とか、死んだ人の分とか、そこまで頑張れるかはわかんないけど……でも。あんたが諦めたその夢は、私たちが、未来に連れていくから」
正面からそう言い放った舞矢にグロームが何か言おうとした瞬間、彼女達の視界が揺らいだ。
何かに引っ張られるような感覚と、突如早送りのように流れ出す景色。
「……もしかして、戻るのですか?」
マリエルは最後までグロームを支えた手を下げて息を呑む。そして彼の姿が辺境部族と共に森の奥へ消えると、ハンター達は更なる深い森の中の記憶を垣間見た。
深い深い森の中。
何かに突き動かされる様に歩き続けあるグロームが見覚えのある存在と対峙している。
それは最強の力を得た剣豪ナイトハルトと不変の剣妃オルクスだ。
彼は剣豪の強さに憧れ、ついには剣妃に力を求める。
そうして手に入れたのは護るのとは真逆の力。けれどこの時まで彼は確実に抱いていた。
護る為の力を――と。
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相談卓 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/02/20 02:02:17 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/02/17 08:28:07 |