ゲスト
(ka0000)
【王臨】古の塔 ゴーレム、ゴーレム!
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 8~12人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/02/22 19:00
- 完成日
- 2017/02/28 21:49
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
我々は現時刻を以て、"古の塔"攻略戦を開始する。立ちふさがる全ての敵を排除し、古の塔を掌握せよ──!
王国騎士団長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの宣言が発せられたその日。
古都アークエルスの遺跡考古学者である2人の教授、サー・ロック・ド・サクソンとサー・ポロット・ド・フランクは。それぞれ助手たるトマソンとスティング、護衛についたハンターらと共に意気揚々と古の塔の探索に乗り出して…… 二時間後、通路の先から押し寄せてきた大量の水に呑まれて階下へと押し流されつつあった。
「ロック! 貴様、だから目についたスイッチというスイッチを押し捲るのを止めろと……!」
「なんだと、ポロット! 元はと言えば貴様が『遺跡考古学者たるもの、遺跡の地図は全て網羅しなければならぬ』と余計な所にまであばばばごぼぼぼ……!」
口角に泡飛ばして罵り合う教授二人と共に、達観したような表情で水に流されゆく助手二人。やがて彼らはその大量の水ごと階下の天井からポーンと投げ出され…… わ~、という悲鳴を遠く響かせながら、海の如き広大なプールの水面にぱしゃ~ん! と落下した。
「……まったく、下着までビチャビチャだ。ロックの考えなしのせいで酷い目に遭った」
「上階へ続く階段は既に見つけてあったというのに……これもポロットの無用な執着が原因だ」
ざぶざぶと浅瀬に上がりながら、目も合わせずに文句を言い合うポロットとロック。トマソンとスティングの二人はやれやれと肩を竦めながら、「お互い無茶な上司を持つと大変ですね」と目礼し合う。
彼らは水辺に火を焚いて即席のキャンプを『二つ』開くと、服が乾くまでの間、ついでに食事休憩を取り。助手にアイロン(焚火で温めた鉄ゴテ)まで掛けさせた探検服をパリッと着こなした後、互いに口も利かぬまま、つい先程落とされた上階へと戻った。
やがて、先刻も通過した三叉路へと辿り着く。
ひとつは右へと続く道。前に来た時に通った道で、その途中には上階へ続く階段も存在している。
もう一方は左へ向かう道。まだ未踏破のエリアへ続く道だ。
「……私は未知の通路を行く」
「つきあってられん。私はさっさと上階に上がる」
相変わらず2人は目も合わさぬまま、教授たちは左右に分かれていった。『教授2人』に雇われているハンターたちは、困惑したように助手たちを見た。
「……すみません。護衛の皆さんも二手に分かれてください」
左の道へ行くなら2aへ。右を選ぶなら2bへ(←嘘)
左の道を選んだポロットの一行は、遺跡内の未知の領域を地図に埋めつつ先へと進み、やがて、150×90フィートの広い部屋に突き当たった。
縦長の部屋には自分たちが入って来た南側中央の通路以外に出入り口のようなものはなく。部屋の中に何列にも並んだ木製の椅子と、部屋の北側20フィート部分が一段高くなった様からは、何かの舞台の様な趣を感じさせた。
「なんだ? 行き止まりか? 舞台? こんな迷宮の中で? まさか」
「先入観を持って物事を見てはいかんよ、スティング君。ともあれ、何かないか調査はしなければ」
そう言ってポロットが部屋の奥へと進むと、突然、『舞台』の両端奥に置かれた二つの『蓄音機』(?)から陽気な音楽が流れ始め──『舞台』の奥と両袖からたくさんの『人形』が列を成して登場し、まるで客をもてなすかのようにコミカルなダンスを踊り始めた。
「これは……糸吊り人形? いや、糸は無いようだけど……」
「これもゴーレムか。言うなればパペットゴーレムだな」
思いがけず始まった人形たちの舞踏会──警戒するハンターたちを他所に、無言で舞台に見入るポロット。その内、センターと思しき舞台の主役(パペットだが)が登場し、舞台の天井に吊るされた4つのスポットライトを一身に浴びながら一際華麗なダンスを踊り…… やがて、BGMのクライマックスと共にフィナーレを迎える。
「ブラボー!」
歓声(BGMに交じっていた)と花吹雪の中、一斉に『客席』に向かって礼をする人形たちへ、ポロットは熱烈な拍手を返した。
「では、スティング君にハンター諸君。我々も舞台に上がろうか」
「は?」
「分からんかね? 奥から人形たちが出てきたということは、ここは行き止まりではなく奥に部屋なり通路が続いているということだ。まだ未知の領域があるということじゃないか」
上司の言葉にやれやれと溜息を吐くと助手は客席から舞台の端へと足を掛けた。
瞬間、フィナーレの姿勢のまま固まっていた人形たちが、ぐりんとスティングへ頭を向け、意志のない瞳で睨め付けた。
蓄音機がドロドロと暗く重々しいパーカッションを奏で出し……やがて、軽快な剣舞の曲と共に、魔力剣を抜刀した人形たちが、ステップを踏みながら舞台から飛び出して来た。
一方、右の通路を選んだロックらの一行は、先程も通過した道を改めて進んでいた。
「或いは、我々が階下に落ちてる間に誰か別の者が先に上階へと上がってしまっているかもしれん」
「? 別に構わないではないですか。競争をしているわけでなし」
「ああ、愛すべき愚か者だな、君は。いいか、トマソン。遺跡考古学者たるもの、自ら最先端を征く者でなくてはならんよ。遺跡踏破者の栄誉は先鞭をつけた者にしか与えられのだ」
「はぁ。では、なぜ迷宮のあらゆる仕掛けを動作させるのです?」
「後に来るものが罠に掛からぬ為だよ。それは先駆者の義務だよ、君」
(だからポロット教授と二人して、『遺跡迷宮のお掃除屋』なんて揶揄された二つ名で呼ばれるんですよ、ロック教授……)
罠もなく、敵襲もなく、一度踏破したルートを会話をしながら行くロックとトマソン。
やがて、彼らは既存のルートで最難関だったこの階層の『迷宮部』へと到達した。そこは広大な一つの部屋を石壁のパーテーションで仕切った様な構成の迷路で、先程通った時にもここを抜けるには多大な労苦を伴ったものだった。
「だが、問題ない。我々は一度この迷宮を踏破した」
「しかし、正解のルートを記した地図はポロット教授が持ってます」
「問題ない。私のここ(と言って頭を指差す)に全ての道のりが入っている」
「マジですか」
揚々と迷路へ入り、迷うことなく進むロック教授。時々、先程は聞かなかった、何かが壁に激突するようなドカーン! という重い音が遠くの方から響いて来たが、不安そうな助手を他所に教授は記憶を頼りに道を往く。
「……このような通路に横道があったか?」
だが、奥へと進んだ所で、その足がピタリと止まった。先程と迷路の形が違う、と教授が呟く。
「やはりだ。先程通った時には、ここに壁などありはしなかった」
教授の言葉に戦慄するトマソン助手。ドーン…… ドーン……! という音が、次第にこちらへと近づいていた。
王国騎士団長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの宣言が発せられたその日。
古都アークエルスの遺跡考古学者である2人の教授、サー・ロック・ド・サクソンとサー・ポロット・ド・フランクは。それぞれ助手たるトマソンとスティング、護衛についたハンターらと共に意気揚々と古の塔の探索に乗り出して…… 二時間後、通路の先から押し寄せてきた大量の水に呑まれて階下へと押し流されつつあった。
「ロック! 貴様、だから目についたスイッチというスイッチを押し捲るのを止めろと……!」
「なんだと、ポロット! 元はと言えば貴様が『遺跡考古学者たるもの、遺跡の地図は全て網羅しなければならぬ』と余計な所にまであばばばごぼぼぼ……!」
口角に泡飛ばして罵り合う教授二人と共に、達観したような表情で水に流されゆく助手二人。やがて彼らはその大量の水ごと階下の天井からポーンと投げ出され…… わ~、という悲鳴を遠く響かせながら、海の如き広大なプールの水面にぱしゃ~ん! と落下した。
「……まったく、下着までビチャビチャだ。ロックの考えなしのせいで酷い目に遭った」
「上階へ続く階段は既に見つけてあったというのに……これもポロットの無用な執着が原因だ」
ざぶざぶと浅瀬に上がりながら、目も合わせずに文句を言い合うポロットとロック。トマソンとスティングの二人はやれやれと肩を竦めながら、「お互い無茶な上司を持つと大変ですね」と目礼し合う。
彼らは水辺に火を焚いて即席のキャンプを『二つ』開くと、服が乾くまでの間、ついでに食事休憩を取り。助手にアイロン(焚火で温めた鉄ゴテ)まで掛けさせた探検服をパリッと着こなした後、互いに口も利かぬまま、つい先程落とされた上階へと戻った。
やがて、先刻も通過した三叉路へと辿り着く。
ひとつは右へと続く道。前に来た時に通った道で、その途中には上階へ続く階段も存在している。
もう一方は左へ向かう道。まだ未踏破のエリアへ続く道だ。
「……私は未知の通路を行く」
「つきあってられん。私はさっさと上階に上がる」
相変わらず2人は目も合わさぬまま、教授たちは左右に分かれていった。『教授2人』に雇われているハンターたちは、困惑したように助手たちを見た。
「……すみません。護衛の皆さんも二手に分かれてください」
左の道へ行くなら2aへ。右を選ぶなら2bへ(←嘘)
左の道を選んだポロットの一行は、遺跡内の未知の領域を地図に埋めつつ先へと進み、やがて、150×90フィートの広い部屋に突き当たった。
縦長の部屋には自分たちが入って来た南側中央の通路以外に出入り口のようなものはなく。部屋の中に何列にも並んだ木製の椅子と、部屋の北側20フィート部分が一段高くなった様からは、何かの舞台の様な趣を感じさせた。
「なんだ? 行き止まりか? 舞台? こんな迷宮の中で? まさか」
「先入観を持って物事を見てはいかんよ、スティング君。ともあれ、何かないか調査はしなければ」
そう言ってポロットが部屋の奥へと進むと、突然、『舞台』の両端奥に置かれた二つの『蓄音機』(?)から陽気な音楽が流れ始め──『舞台』の奥と両袖からたくさんの『人形』が列を成して登場し、まるで客をもてなすかのようにコミカルなダンスを踊り始めた。
「これは……糸吊り人形? いや、糸は無いようだけど……」
「これもゴーレムか。言うなればパペットゴーレムだな」
思いがけず始まった人形たちの舞踏会──警戒するハンターたちを他所に、無言で舞台に見入るポロット。その内、センターと思しき舞台の主役(パペットだが)が登場し、舞台の天井に吊るされた4つのスポットライトを一身に浴びながら一際華麗なダンスを踊り…… やがて、BGMのクライマックスと共にフィナーレを迎える。
「ブラボー!」
歓声(BGMに交じっていた)と花吹雪の中、一斉に『客席』に向かって礼をする人形たちへ、ポロットは熱烈な拍手を返した。
「では、スティング君にハンター諸君。我々も舞台に上がろうか」
「は?」
「分からんかね? 奥から人形たちが出てきたということは、ここは行き止まりではなく奥に部屋なり通路が続いているということだ。まだ未知の領域があるということじゃないか」
上司の言葉にやれやれと溜息を吐くと助手は客席から舞台の端へと足を掛けた。
瞬間、フィナーレの姿勢のまま固まっていた人形たちが、ぐりんとスティングへ頭を向け、意志のない瞳で睨め付けた。
蓄音機がドロドロと暗く重々しいパーカッションを奏で出し……やがて、軽快な剣舞の曲と共に、魔力剣を抜刀した人形たちが、ステップを踏みながら舞台から飛び出して来た。
一方、右の通路を選んだロックらの一行は、先程も通過した道を改めて進んでいた。
「或いは、我々が階下に落ちてる間に誰か別の者が先に上階へと上がってしまっているかもしれん」
「? 別に構わないではないですか。競争をしているわけでなし」
「ああ、愛すべき愚か者だな、君は。いいか、トマソン。遺跡考古学者たるもの、自ら最先端を征く者でなくてはならんよ。遺跡踏破者の栄誉は先鞭をつけた者にしか与えられのだ」
「はぁ。では、なぜ迷宮のあらゆる仕掛けを動作させるのです?」
「後に来るものが罠に掛からぬ為だよ。それは先駆者の義務だよ、君」
(だからポロット教授と二人して、『遺跡迷宮のお掃除屋』なんて揶揄された二つ名で呼ばれるんですよ、ロック教授……)
罠もなく、敵襲もなく、一度踏破したルートを会話をしながら行くロックとトマソン。
やがて、彼らは既存のルートで最難関だったこの階層の『迷宮部』へと到達した。そこは広大な一つの部屋を石壁のパーテーションで仕切った様な構成の迷路で、先程通った時にもここを抜けるには多大な労苦を伴ったものだった。
「だが、問題ない。我々は一度この迷宮を踏破した」
「しかし、正解のルートを記した地図はポロット教授が持ってます」
「問題ない。私のここ(と言って頭を指差す)に全ての道のりが入っている」
「マジですか」
揚々と迷路へ入り、迷うことなく進むロック教授。時々、先程は聞かなかった、何かが壁に激突するようなドカーン! という重い音が遠くの方から響いて来たが、不安そうな助手を他所に教授は記憶を頼りに道を往く。
「……このような通路に横道があったか?」
だが、奥へと進んだ所で、その足がピタリと止まった。先程と迷路の形が違う、と教授が呟く。
「やはりだ。先程通った時には、ここに壁などありはしなかった」
教授の言葉に戦慄するトマソン助手。ドーン…… ドーン……! という音が、次第にこちらへと近づいていた。
リプレイ本文
「見ろ。かなり古い遺跡であるはずなのに、壁や床には傷や埃ひとつない!」
「塔の『管理人』が内部を『新装開店』させたというのは本当だったのか。いったいどういう仕組みになっているのか」
一行が初めて『古の塔』に入った時の事である。
子供の様に純粋に、興奮した様子で嬉々として内部を調査する教授たちを護衛しつつ、護衛のハンター、央崎 枢(ka5153)と葛音 水月(ka1895)もまた予想以上に広く高い天井を見上げながら、その広大さに感嘆の息を吐いていた。
「様々な仕掛けが作動する古代の塔かー。これは色々と調べてみたいな」
「せっかくこんな場所ですし、探検とか楽しめたらいいですねー」
そう言う水月が手にするは、全長2mを超える長大なパイルバンカー『フラクタリング』。それを軽く振り回せる程に塔の通路は広くあった。──これならば、初の実戦投入も全く問題はないだろう。水月は歩調を弾ませた。後はこれを思いっきりぶちかませるだけの相手がいればいいのだが……
「遺跡って狭そうなイメージがあったので拳銃しか持ってこなかったけど…… これならライフルでも問題なかったかなー」
人差し指を顎に当て、む~ん、と小首を傾げるアメリア・フォーサイス(ka4111)。その後ろでは、婚約者同士の八雲 奏(ka4074)と久延毘 大二郎(ka1771)が会話に花を咲かせている。
「こういうダンジョンを見ると、地球のゲームを思い出しますね。毘古ちゃんは遺跡調査以外にも、こういうゲームとかやりませんでした?」
「うーむ、私ゃあまりゲームやってなかったからなあ…… どちらかと言えば映画の方を思い出すかな。行動的な考古学者が主人公の奴でな、こういう罠だらけな遺跡を知恵と鞭で掻い潜っていくんだ」
「鞭、ですか? 私は長い棒が欲しくなります。長さ10フィートくらいの♪」
「? ま、確かにこんな状況なら鞭より長い棒の方が有用そうではあるが……」
そんな会話を聞きながら。クルス(ka3922)は一人、黙したまま盛大に息を吐き……
「ダンジョン…… ダンジョンなぁ…… まあなんていうか、苦手なんだよな……」
「苦手? やっぱり段差が弱点だからですか?」
「……段差??? いや、何がってこともねえんだけど……なんか。……迷うのが嫌いだからか……?」
そんなクルスの嫌気が現実となったわけではないが。その後、上層に上がった一行は、水洗便所の如き水流に通路を押し流され、洗濯機の如き渦に巻き込まれて階下のプールへ落とされた。
「喧嘩してケンカしてまた喧嘩して…… 休みなくとは、よくも飽きないことで」
「喧嘩するほど仲が良い……のかなぁ。戦力分散すると護衛も大変なんですけどねー」
まるで子供の様に(←まさにこれ)喧嘩をする教授を見やりながら、何かを諦めたように呟く東條 奏多(ka6425)とアメリア。
「すみません…… ホント、うちの教授たちがご迷惑を」
助手のスティングとトマソンの2人が、教授たちに代わってハンターたちに頭を下げた。物思いに浸るような表情で佇んでいたアリア・セリウス(ka6424)が、何もない空間を猫の様に見上げたまま、淡々とそれに答える。
「気にしないで。凄く災難だけど、これも縁」
分かれども、縁は廻り、また結び繋がる── 彼女がそう言い終わる前に、分かれ道で喧嘩していた教授2人が別行動を決めた。
奏多は助手たちの肩をポンと叩いて、励ました。
「あんな関係でも縁っちゃあ縁だ。遠慮もなく本気でぶつかれるなんて、それはそれで貴重な関係なんだぜ?」
かくして一行は二手に分かれた。
一方は『劇場』へ、一方は『迷宮』へ……
●
「この嫌ーな感じの音……どこからでしょう……?」
右通路の先の『迷宮』──
ドーン、ドーン…… と響く、何か重いものが床に乗る様な音と振動を鼓膜と足の裏で感じながら、水月は『壁歩き』で音がする側の壁へと取り付き、上った。
迷宮を構成する石壁にはなぜか上部に隙間があり、僅かではあるがそこから壁の向こうを見渡せた。
壁の向こう側には、更に幾つもの壁がまるでパーテーションの様に何枚も並んでいた。……音の主の姿は見えない。……いや。時折、壁の上に何か槍の穂先の様なものが揺れながら動いている。……そして、時折、ガコン、と『取り外された』石壁が何かによって掲げ上げられ、別の場所に運ばれて行って、また填められるような様子も窺えた。
「壁を運んでいるらしきモノが2体。槍らしきものを持つモノが2体、計4体がこの近くをうろついてますねー。……見える範囲に限れば、ですけど」
水月の報告に、枢とアメリアが壁を叩いてその厚みを確認した。なるほど、ここの迷路を構成する壁は、遺跡の他の部分に比べて随分と薄いらしい。それでも、人の拳より厚い壁ではあるが。人ならざる身であれば運ぶことも可能だろう。
「なるほど、ゴーレムだね。彼らが壁を移動させて、道が刻々と変化して…… こちらの動ける範囲は制限されて、『キング』までのルートは迷路の如く── なんだか……チェスに似てるね。ふふ、面白くなってきたな♪」
どこかのんびりとした風情で温和な笑みを浮かべながら、ヴィリー・シュトラウス(ka6706)がどこかウキウキし始めた調子で言った。
「……中継器も無しじゃ電波は届かないか。とりあえず、作業用の方は襲って来ない……よね? 出くわしちゃった場合はひとまずそちらは無視して、槍持ちの方から排除しよう」
左の通路を行った別班に連絡を取ろうとしてそれを果たせず、嘆息と共に無線機を下ろしながらメイム(ka2290)が皆に提案する。
(依頼人によって難易度って変わるよなぁ)
無線が通じぬと聞いて、リュー・グランフェスト(ka2419)は内心で息を吐いた。もし、あの時、喧嘩別れをしていなければ、連携しての待ち伏せ、挟撃等が出来ていたかもしれないのに。
やがて、迷路を進んだ一行は、壁一枚を隔てて『槍』のゴーレムと遭遇する。
端に寄り、吐息まで絞って動きを止めてそれをやり過ごそうとする一行── 通り過ぎかけていたズシン、ズシンという重い足音が不意に壁の向こうでピタリと止まり…… 直後、彼我を隔てる石壁が轟音と共に破砕される。
「見つかった……っ!」
湧き起る粉塵と飛び散る破片──! 巨大な得物とパワーとで石壁を破壊した『敵』が薄煙の中からゆっくりとこちらへ姿を現す。
その時には既にリューとアメリアの2人が、それぞれ助手と教授の2人を抱えて後方へと走り出していた。
「困った相手だろうが何だろうが、依頼人に怪我をさせたとあっちゃ名折れだからな」
リューの脳裏に浮かぶ、王国騎士だった父の顔── その遺志を継ぐ者として、戦えぬ者たちの安全確保は最大限の義務である。
だが、そのリューに抱えられたロック教授の方は、どこか呑気な口調で、だが、真剣に。アメリアに抱えられたトマソン助手を見やって抗議の声を上げた。
「む。助手の分際で何だねキミは。抱えられるなら私もそっちが良い。代わりたまえ」
「あんた、ちょっと黙ってろぉ!」
十分に距離を取ってから、リューとアメリアは(半ば放り投げるように)2人を下ろして、振り返る。
粉塵が薄れ、『敵』の姿が露わになった。──敵は鋼鉄製の巨大なゴーレムだった。人型の上半身、その両腕に巨大な盾と騎兵槍を『生やし』、下半身は四つ足の獣──馬型をした『ケンタウロス』──!
「ヴィリーさん、依頼人さんたちに攻撃が届かないよう、気を付けてあげて!」
「分かった」
「あとリューさん。何してるの連携するよ早く戻って!」
「人使いが荒ぇ!」
教授たちを直掩すべく後方へと下がるヴィリーとすれ違い、メイムに呼ばれて息つく間もなく前衛へと駆け戻っていくウィリー。
「すこーし離れていてくださいねー。あと、何か変な違和感とかあればすぐに教えてください」
アメリアは周囲に敵がいないことを確認すると、教授らにそう告げつつ空いた両手に魔導拳銃を引き抜き、通路の先の目標、その関節部を狙って正面から射撃を浴びせた。
それに対して、ゴーレムは盾で応じた。マテリアルの風の力を纏って放たれた弾丸が、その表面を砕いて、しかし、弾かれ、逸らされる。
「んー、前面からじゃ抜けないかー。正面装甲硬いなー」
呆れた様に呟くアメリア。水月はブワッと全身の肌を粟立たせた。その瞳が爛と輝く。──フラクタリングの初陣に、相応しい相手が出た。
「あの盾を拘束するよ。連携、よろしく。行って、ロニ!」
ゴーレムから離れた位置に立ち、メイムは己のマテリアルをロシアンブルーのロニへと纏わせ、ゴーレムへと突進させた。強化した素早い動きで床を飛び跳ね回らせつつ、ガンガンと盾へと飛び掛らせる。
その間に、前衛の枢と水月、休む間もなくメイムの傍らを駆け抜けたリューとがゴーレムへ向けて突っ込んでいった。左──敵の槍側を枢、中央を水月が。そして、盾側をリューが走って距離を詰め。後衛に位置するヴィリーが聖剣を聖杖の様に振り、それを支援するべくまずは枢に、続けてリューに、と『プロテクション』を行使する。
アメリアは銃を持って伸ばした両手をツイと少し左右へ開くと、突撃していく前衛3人を避けて支援射撃を実施した。立て続けに放たれた銃弾は、床を、天井を、左右の壁を『跳弾』し、ゴーレムの盾を掻い潜って次々と命中。その装甲を凹ませ、穿つ。
「この地形だと全方位から跳弾を狙えますね。少しずつ削るとしますか──ッ!?」
アメリアが言い終わるより先に、ゴーレムが反撃に出た。前衛3人が近づくのを待たず、自らも加速を始めるケンタウロス。槍と盾を構えて守りを固め、ただ無造作に前へと駆ける。攻撃方法は至ってシンプル──己が質量と速度を武器に、立ち塞がる全てを己が巨体で弾き飛ばして馬蹄に掛ける──!
「まずい──ッ!」
枢は舌打ちした。迷路は長い長い一本道──後衛にいる友人・ヴィリーや、何より教授や助手たちの所まで、敵の突撃を遮る物は何もない。
慌てて跳び避ける猫のロニ。枢もまた槍の穂先を潜り抜けると、ゴーレムの意識を自分に向けるべく斜め前方から攻め込んだ。淡い輝きを放つ琥珀色の片手半剣を両手に構え、迫る巨体の圧にも怯まずその刀身を打ち付ける。甲高い金属音。飛び散る火花──枢の一撃にその馬体を削られながら、しかし、ケンタウロスの突進は止まらない。
「っ!」
真正面にその突進を受けた水月は瞬間的に攻撃を諦めると咄嗟に『アクセルオーバー』を使用して肉体を加速。残像を曳きながら、その身を地面へ投げ出し、なんと駆け続ける馬脚を縫ってその巨体の下を掻い潜る(良い子は真似しちゃいけません)
すれ違いざま地に足滑らせ、急いで踵を返す枢。アメリアは無人の野を進むが如く迫る敵へ銃を向けたが……
(脚関節を『コールドショット』で『凍結』させて動きを鈍らせ……あ、ダメ)
瞬間、アメリアは迷わず両手の銃を手放すと、踵を返して教授と助手の後ろ襟首捕まえ、そのまま強引に引きずりながら(というか2人を棚引かさんばかりの勢いで)「曲がり角までダぁ~ッシュ!」した。
そんな彼らへの途上。教授と助手とが安全地帯に逃げるまでの間を稼ぐべく。リューは急遽その場に足を止めると盾を構えながら腰を落とし……地面に根が生えたが如く敵の突進を待ち受ける。
両者が長い廊下にて激突する。甲高い金属音と共に盾を支える腕と肩がミシリと軋み……床を滑る功夫シューズから焦げ臭いにおいが鼻につく。
一瞬、ケンタウロスの突進速度を緩めつつ。しかし、その質量を支えきれず、鎧に纏ったマテリアル光ごと吹き飛ばされるリューの身体。アメリアが教授たちごと通路の横道へと転がり込んだ直後、間髪入れずに駆け抜けていく敵の馬蹄。それはそのまま留まることなく、突き当りの石壁を突き破ってようやく停止した。
「ありがとう。君のお陰でどうにか曲がり角に退避できた」
「……それはどーも」
後衛の位置まで転がって来た(ままの)リューに教授が礼を言い。自らが負った怪我を後回しにして駆け寄って来たヴィリーがその傍らに膝をついてリューに癒しの光を差し伸べ。その傍らを、敵を追って駆けて来た枢が駆け抜けていく。
崩れた瓦礫を押しのけるようにして、ゆっくりとこちらへ向き直ろうとするケンタウロス。その尻へ、床を蹴って飛び掛った枢が背後から斬りかかった。ギィン! と甲高い音と共に火花が飛び散り、一文字に切れ目が入る。
よし、と枢は呟いた。──突進は早いが旋回は鈍い。この隙はチャンスとなる。幸いなことに、敵の突撃動作は比較的読み易い。攻撃モーションを把握し、パターンを読む。可能な限り動き回って敵の突撃を誘発し、動きが止まったところへ攻撃を叩き込む……!
「その表情……攻略法を見つけたようだね」
追いついて来た友人、ヴィリーに枢はああ、と頷いた。
「よっし、タイミングは覚えたー」
起き上がり、のんびりとした調子で追いついて来た水月もまた。
「では、まずは『ナイト』を倒してしまいましょう」
進む前衛に声を掛け。こちらへと向き直った敵を見やってヴィリーが言う。
「その後は『ルーク』を排除し、チェックメイトを狙うとしましょう」
●
「なっ、人形が!? スティング、下がってください!」
左の通路の先。パペットたちが舞い踊った劇場──
助手のスティングが『舞台』に足を掛けた瞬間、戦闘態勢を取ったパペットたちに驚き、目を見開きながら── ユナイテル・キングスコート(ka3458)は慌ててそう叫びつつ、前へと飛び出し。伸ばした手で助手の後ろ襟首を掴むや否や、己が身と入れ替えるように、己の胸に引き込み、身を挺してそれを庇った。
音楽に合わせ、舞台を蹴って一斉に飛び掛って来るパペットたち── 助手に覆い被さり、そちらへ背を向けつつ、ユナイテルは視界の片隅でその動きを把握して、背中の鎧の最も厚い部分でその刃を受け止めようとする。
だが、敵はその直前で刃をずらし、鎧のより薄い部分を狙ってその刃を滑らせた。甲高い金属音── 助手を味方の方へと突き飛ばし、慌てて敵に正対するユナイテル。鎧の表面を滑って来た刃が彼女のヘルムの面頬、その隙間にスルリと潜り込み。慌ててスウェイしたユナイテルの頬から抜けた刃先へ血が渡る。
更に一歩退いて、ようやくシャランと抜剣するユナイテル。パペットたちも深追いをせず、ドロドロという静かなBGMと共に刃先を並べてこちらを牽制している。
「危険な相手です。決して前に出ないように」
頬から流れた血を拭おうと手を伸ばし、面頬に阻まれてそれを果たせず。そんなに慌てさせられたかと苦笑しながら、ユナイテルは教授に言った。
「敵は幾何解な動きでこちらを翻弄してきます。くれぐれも私から離れないように。まさかゴーレム相手に知識欲の充溢は求めないとは思いますが……」
「勿論だ。餅は餅屋。承知している」
ポロットの言葉にホッとしつつ、改めて敵へと向き直る。
ジャンッ! という音と共に、敵が一歩前に出た。その動きはコピーしたかのようにまるで同一。音楽に合わせてユラユラ刃先を揺らしながら、完全にシンクロした動きでゆっくりとラインを押し上げて来る。
曲が転調した。瞬間、まるで同じ動きでパペットたちが上段から斬りかかって来た。
術の準備に入った大二郎へ斬りかかってきたパペットたちには、その眼前に奏が立ちはだかった。全長3mを超える(まさに10フィートだ)、赤く明滅する昏い漆黒の獄炎剣をユラリと構え、立ち昇る陽炎越し(←注:演出)越しにパペットたちを見据えてクスクス笑う。
「あれも一種の神楽みたいなものでしょうか…… となれば巫女として私も負けていられませんね」
「……確かに、奏のそれとは趣が違うが、舞いである点は同じか」
奏と大二郎の言葉に、同じく奏多と共に前衛に立ったアリアも口元に笑みを作った。──確かに。これから始まるは剣の舞踏会。たとえ相手が人形であっても、その美しき調べも、踊り手が持つ刃の輝きも変わらない。
「だが、人形が取る模倣の振り付けなど、本物の人間には及ぶまい。よし、奏。その事を彼らにきっちりと分からせて来るといい」
大二郎の言葉に、奏は「、はい」と艶やかな笑みを浮かべた。瞬間、リズミカルな前奏を経て剣舞の曲が響き渡る。パペットたちはそれまでの画一的な動きから、完璧に連携をした怒涛の波状攻撃を仕掛けてきた。クッと奥歯を噛み締めながら、守るべき助手たちを背に盾を掲げて凌ぐユナイテル。その傍ら、アリアと共に前線を構築しながら、奏多は振り返らずに背後を呼んだ。
「教授!」
「なんだ?!」
「迷宮の大掃除、俺たちも手伝わせてもらう。アリア!」
「はい」
「思う存分に舞え。踊るお前の背中は俺が守る」
言い終えた瞬間に、大二郎が己の術を──反撃の初撃を眼前の敵へと放った。『掌圧「怪力乱神:手力男」』──この広い『劇場』の一角を完全に掌握する程の効果範囲を包む様に、マテリアルで構成された巨大な掌の幻影が現れ…… その空間の何もかもを握り潰さんとばかりに力が籠められ。直後、その圧力に呼応するかのように中央に重力波が発生。収束し、圧力がその場を包む。
効果範囲内に存在する、パペットたちの動きが止まった。音楽に合わせて剣舞を継続しようと努めつつ。しかし、重力波により強制された圧力に、圧壊を防ぐのが精一杯でその移動を阻害されている。
「今だ、奏」
「はい」
返事と共に般若の面を下ろし。揺らぐ空気と獄炎剣を手に奏が舞った。長大なその刀身。長い攻撃範囲から敵の反撃を気にすることもなく、防御を捨てた攻めの構えで前面の敵を薙ぎ払う。その様はまさに焔の舞。愛する者の敵全てを焼き尽くす炎の剣。火の粉の舞う闇の舞台に、照らされた般若の面と、ダンッと力強く踏み込む音が浮かび、響く。
同時にアリアも前に出る。神楽刀と西洋十字剣、2渡りの刀身を重ね擦るように己のマテリアルを刃に纏わせ。直後、両手に持った二刀でもって、正面、動きの止まった敵を切り払う。その舞い踊る姿はまさに月の妖精。蒼と紅、二つの月を二つの月を揮うが如く、清光纏いてステップを踏む。
大二郎と奏多の二人は、それぞれパートナーの舞に見とれた。
アリアが振り返り、剣を持つ手を差し伸べる。
「さあ、カナタ。想い奏でるように、踊りましょう?」
お誘いとあらば、と苦笑しながら、奏多は脚にマテリアルを集中させた。そして、リズムに乗り、ステップを踏みつつ、円を描く様に舞うアリアとは対照的な、その直線的なキレのある動きでもって彼女に追随しながら、動けなくなった敵を次々とすれ違いざまに切り捨てていく。
「まず3体!」
初撃において、ハンターたちはまずそれだけの数のパペットたちを撃破した。
だが、残った12体が、前衛に立つ4人に向けて完全に同時に襲い掛かった。いかな凄腕のハンターたちと言えども、俊敏性に優れたパペット3体に同時に襲い掛かられてはその攻撃を完全に防ぐことはできなかった。
「乱戦か……」
以降の掌圧の使用を諦め、その手に紅き勾玉を浮かび上がらせる大二郎。そして、その勾玉を火弾として奏と切り結ぶパペットの1体へと叩きつけた。戦線全体を見回して、守りを捨てた彼女が最も傷を受けていた。
「踊りましょう、って……俺は踊りも苦手なんだよ……っ!」
その大二郎と共に後衛に位置したクルスが、その奏に向けて『ホーリーヴェール』の光を飛ばした。聖なる光の防御壁が、敵の剣が奏に落ちかかった瞬間、光と共に砕けて弾き返し、その威力を減衰させる。
クルスは続けて『ヒーリングスフィア』を用いてパーティのほぼ全員を回復させた。効果範囲に満ちた柔らかな光が、皆の身体に刻まれた傷をたちまち癒していく。
「だから、『舞台にあがる』ったって、主役になるつもりはねえからな!」
「奇遇ですね。私もです」
クルスの言葉に、前衛のユナイテルが反応した。3方からの攻撃を剣で受け、盾で受け、鎧の表面で受け逸らし、ついでに盾でぶん殴ってバランスを崩しつつ、反対側の一に剣の切っ先を突き入れる。
「へぇ、お前もか。……意外だな」
「ええ。手習いに社交ダンスは嗜みましたが、こういうテンポの速い曲はどうも……」
「……」
仲間を見つけて若干、嬉しそうにしていたクルスが、裏切られたような顔をする。ユナイテルは微笑を浮かべて言葉を続けた。
「まあ、『剣舞』であればそちらは些か自信が。それはクルスさんも同じでしょう?」
戦いは続く。
大二郎は、奏と戦う前面のパペット数体へ向けて、『氷嵐「怪力乱神:一目連』を放った。大二郎の背後に巨大な一つ目の幻影が現れ……それがバチリと閉じると同時に、効果範囲にマテリアルによる氷の嵐が巻き起こる。
その攻撃により身体の各所を凍結させられ、動きの止まった敵に対して、奏が大剣を振るってそれを砕いた。
(これで奏も一息つけるか……?)
再び氷嵐で敵の攻撃を封じながら、心配そうに奏を見つめる大二郎。防御を捨てて舞い続けた奏の身体には無数の切り傷が浮かび、火の粉と汗に交じって血の粒が宙に舞い、床面に小さな斑を描き始めていた。
同様に舞うアリアと奏多も辛い。円を描く様にステップを踏みながら、敵の数を減らす為、最も消耗している敵へ向けて両刀を振り下ろしていくアリア。蓄音機から流れる音に耳を澄まし、敵の攻防のリズムを身体で覚えて、隙を探す。
そのアリアと位置を入れ替わるようにしながら、奏多もまたメロディを覚え、口ずさみながら拍子の強弱を見極める。──ダンスが得意な奴がパートナーなのだ。出来ないとは口が裂けても言うわけには……
だが、曲の旋律はそのままに、テンポがまた一段上がる。更に激しさを増すパペットたちの攻撃剣舞。彼我の戦うその様は、まるで氷上の円舞のようだ。
「演目に合わせて、舞台も華やかになりますね。ふふ……」
般若の面の奥で、くぐもった声で笑う奏。シンバルの音と共に、パペットたちが一斉に魔法の風を巻き起こす。床に落ちていた紙吹雪が一斉に巻き上がり、ハンターたちへと叩きつけられ──同時に、マントに風孕ませたパペットたちが加速し、一斉に隊列の只中へと飛び込んでくる。詠唱中の大二郎を身をもって庇う奏。ユナイテルは教授たちの眼前に落ちてきたパペットに対して背後から組み付くと、「ぐ……! こッンの……喰らえぇぇ!!」と掬い上げ、頭から首にかけて思いっきり床へと叩きつけた。ぐしゃりという嫌な音と共に、頸部が砕け曲がるパペット。それでも起き上がろうとする敵の剣を持つ手を脚甲の裏で押さえ、思いっきり剣を突き立てる。
「大丈夫か!?」
聖杖を手にパペットをぶん殴りながら駆けつけて来たクルスに、奏多が無言で舞台の奥──剣舞曲を流し続ける蓄音機へ指を差す。
(あの曲がパペットゴーレムたちを統率している。これ以上踊れぬとは口が裂けても言えないが、あの音楽だけは止めるべきだ……!)
奏多の言わんとすることを理解して、大二郎は頷いた。
「蓄音機を停止させる。不可能なら破壊を試みる」
部屋の端から舞台への接近を試みる大二郎。当たり前と言うように奏がその直掩につき、クルスもまた支援に向かう。
残る3人は教授たちを守りつつ、前進する彼らの支援に入った。
奏が先頭に立って部屋奥の舞台に足を掛ける。
直後、パァンッ! というマテリアルの破裂音と共に、舞台袖の装置から紙吹雪が宙へと舞った。同時に、舞台の天井に備え付けられた4つのスポットライトが一斉にハンターたちの視界を灼く。
一行は、まるでスタングレネードでも喰らったように一瞬、その場に身を竦ませた。直後、アリアや奏多、ユナイテルと戦っていたパペットたちが一斉に踵を返し、舞台に上がろうとして硬直した3人の背後から襲い掛かり──
「光よ!」
刹那、クルスが発した『セイクリッドフラッシュ』が、閃光が飛び掛って来たパペットたちを薙ぎ払った。更に、目の見えぬまま自分を中心に『ヒーリングスフィア』。奏と大二郎が受けた傷を癒し、他の3人が駆けつけて来るまで戦線を維持する。
「貴重な遺跡なので損傷は抑えるとしても……これくらいは破壊しても良いですよね……!」
奏は剣の腹で倒れた椅子を掬い上げると、考古学者の大二郎に謝りながら、次々とそれを投擲して天井のライトを破壊した。大二郎もまた火弾を放って舞台奥の蓄音機を狙い打つ。
──音楽の高音部分が止まる。パペットたちの連携に齟齬が生じた。
さらにもう一つの蓄音機を破壊して、低音部も沈黙し。どこか戸惑ったように動きを止めたパペットたちに対して、ユナイテルが思いっきり宝剣を横に『薙ぎ払う』──
誰かが明日の為、この塔に眠るものを
私が夢の為、この先も鍔音と靴音鳴らし
災厄という無明の闇、斬り祓う者と示し、求める
明日という光の為に
剣戟の音のみ響く沈黙の舞台に、朗々とアリアが謳い上げ──
変わらぬ美しさのまま、戦う皆へと呼びかけた。
「過去の追想曲を怖れる道理なし。風に舞い、刃で奏でて、足音で刻みましょう。鼓動に宿った、誇りと夢を宿しながら」
●
ゴーレム『ケンタウロス』の行動パターンが読めたとしても、だからと言って奴の突撃が避けやすくなったかと言えば必ずしもそうではなかった。
原因は、主にこの迷路という地形にあった。敵の突進攻撃に対して、石壁だらけのこの地形は回避行動を困難にしていた。
「突進、来ます!」
後衛、ヴィリーの警告の声に、メイムはビクリと顔を上げた。
ドドド……という低い突進音。間に存在する壁など紙の様にぶち破りつつ、敵はメイムとロニをその突撃に巻き込んだ。
迫り来る馬蹄を見上げ、身を竦めて目を瞑り……幸運にも無傷でやり過ごしたロニがきょとんと眼を開ける。
メイムは己がペット程の幸運には恵まれなかった。突撃して来る本体こそ外れたものの、通り過ぎる際に盾がその身を殴打し、ぶべっ!? という悲鳴と共に床へと打ち倒されるメイム。だが……
(……ラッキー。盾で済んだわ。槍で貫かれるよりは遥かにマシよね!)
メイムはムクリと身を起こすと、片方の鼻の穴を親指で抑えてフンッ、と溜まった血を交互に抜いた。
「よっし。リジェネレーション、もう一丁!」
そうして自己回復しながらすっくと立ちあがり、きょとんと戸惑ったままのロニに声かけ、再び壁に激突して動きを止めたゴーレムの方へと向けて走り出す。
「はははっ、おーにさんこーちら♪ なーんて」
水月は、突進を終え、旋回に移ろうとするゴーレムに肉薄すると、その側面は背面をうろちょろと回り込みながら児戯行動を行った。その挑発に乗ったわけではなかろうが──一般的なゴーレムには感情は存在しない──もっとも殴り易い位置にいたその水月へ向けて、ゴーレムが槍を振り下ろす。
全身にマテリアルを纏った水月は軽やかなステップでその一撃を紙一重で──しかし、文字通りかすりもせずに躱して踏み込むと、何気ない、しかし、目にも留まらぬ早業で、手にしたフラクタリングの『射出口』をコンッ、と軽く押し当てた。
「~♪」
心底楽しそうに瞳を輝かせながら、武具の持ち手に備えられた安全装置を外して引き金を引き絞る水月。瞬間、武具内に収められていたパイル──尖杭が超高速で撃ち出され、ケンタウロスの装甲を容易く穿ってその本体に杭と同直径の破孔を開け。その衝撃にケンタウロスの巨体がグラリと揺れる。
「僕の自慢の一撃── 威力の程はどーですかっ!」
射出口より突き出されたパイルをジャコンと戻しながら、無邪気に感想を求める水月。だが、ゴーレムはよろめき掛けながらもその場に踏み止まり。それを見た水月が「タフー」と感嘆しつつ、まだ終わらぬ戦いに歓喜の笑みを浮かべる。
「いける……!」
その光景を見てグッと拳を握るヴィリー。転がり出る様な姿勢で銃を拾い、そのまま膝射姿勢を取ったアメリアは、しかし、発砲する前にその気配に振り返り……
警告の叫びが発せられた直後、通路の奥、石壁を持った作業用ゴーレムによって、ロック教授とトマソン助手とが奥の安全地帯から追い立てられてきた。
まるでブルドーザーのようにポイッと2人を『表通り』(鉄火場的な意味で)へと放り出し、その場に壁を建てようとする作業用ゴーレム。
(まずいっ、あそこの通路を塞がれたら……!)
教授と助手を逃がしておくべき横道──ケンタウロスの突撃を回避可能な『安全地帯』が失われる。
ヴィリーは友人の名を呼びながらクルリと聖剣を手の中で回転させると、とっさに手の平に生み出した光の杭──『ジャッジメント』を作業用の足元へと打ち込んだ。
カキーン! という甲高い音と共に、岩石製の脚部を魔法的に床へと縫われる作業用。その歩みを止められた作業用は、しかし、グイッ、グイッ、と力を込めてその戒めを引き千切り。ドシンと一歩進んで安全地帯を封鎖しようとする。
「カナメ!」
友人の叫びに、ケンタウロスに対して追撃を掛けようとしていた枢が状況に気付いた。枢は足を止めると振り返る間も惜しんでスローイングカードを作業用へ向かって投擲し……渡りをつけたマテリアルの糸を引っ張って距離を跳躍。石壁と作業用の持つ石壁との間の僅かな隙間へ滑り込んだ。
その予想外の侵入に、両手で石壁を保持したまま闖入者を見下ろす作業用── 攻撃手段もなく、とりあえず保持した石壁の縁でもって押し潰そうとした作業用に対し、枢は床面を転がり敵の反対側へと抜けると、その膝から肩へと駆け上がり、その頭部を片足で踏みながら魔剣の切っ先を下へと向けた。
「……腕さえ破壊すれば『作業の手が止まる』だろ?」
告げると、枢は作業用の肩口に向けてその切っ先を両手で思いっきり突き刺すと、両手で柄を保持したまま思いっきり勢いをつけて飛び下りた。ギシリ、と突き立った剣が歪み……枢の落下速度と質量とを加えられた魔剣の刃が、まるで包丁の様に岩を裂き、その肩部の半ばまでを断ち切る。
それらの攻撃と石壁の重量が、作業用の右腕を破壊した。ボロリと脱落する腕部、床に落ちて砕ける石壁── 残る左腕で振るわれる攻撃を枢が躱し。その背に教授と助手を庇いながら横道へと侵入したヴィリーが、「間に合った……!」とホッと息を吐きつつ、『安全地帯』を確立すべく友人の戦闘に参加していく……
「っ! 作業用か……!」
「リューさん! あなたはこっち!」
教授たちを助けるべく、ケンタウロスから作業用へと向かおうとしたリューは、しかし、後方から駆けつけて来たメイムに促されて共に並んでケンタウロスの方へと向かう。
「前に出るのか……!」
「援護、お願い!」
友人の言葉に頷き、リューは敵の槍側へと回った。その攻撃を引きつけながら、メイムが敵の背中側へと回り込むのを支援する。膝射姿勢のまま、両手にもった拳銃を作業用に撃ち捲っていたアメリアが、クルリと上半身だけ反転させてパンッ! と単発で弾を放った。
「冬場の稼働は凍結防止を忘れずに。お姉さんとの約束ですよ?」
彼女が放ったのは『レイターコールドショット』──マテリアルを纏わせた冷気攻撃だ。その一撃が、ケンタウロスの肩関節に命中して氷結を伝播し、その攻撃行動を阻害した。
その間に肉薄していくメイムとリュー。
メイムは『ワイルドラッシュ』を使用して、己の内に潜む野生の力を引き出した。
リューは『ソウルエッジ』を使用して、手にした刃に炎の如き紋章を付与して魔法剣とし、その切れ味を向上させた。
獣の咆哮の如き雄たけびを上げ、目にも留まらぬ速さで斧『レッドヒート』の連撃を繰り出した。リューもまた攻撃を受け流しながら、魔力を乗せた刃でその槍へと斬りつけた。両者の赤熱した刃が赤い軌跡を宙へと描き、鋼鉄製のゴーレムの破損個所を赤熱に染めつつ、耐久力を削り取っていく。
だが、それでもまだケンタウロスは止まらない。再び向き直ってハンターたちを正面に捉え、突撃の態勢を取り、身構える。
「退避!」
叫び、後ろへ跳躍するメイム。瞬間、斜め後方から放たれた光の杭がケンタウロスの足元を貫き、係留する。
振り返れば、作業用を倒して横道から出てきたヴィリーと枢。更にアメリアによる再度のコールドショット。移動も行動も阻害された敵へ水月が肉薄し、その日、3度目の杭打ちを敢行して鐘の音の如き金属音を戦場に三度鳴り響かせる。
その一撃により抉り取られた装甲の陰に露出する敵のサブコア── 『立体攻撃』により壁からその馬上へと跳び移った枢が魔剣でその核を砕き……動力源を破壊された『馬』の後肢が力を失い、崩れ落ちた。
「致命的なデッドウェイトね」
殆ど動けなくなった敵を見やって、メイムがポツリと呟いた。
ハンターたちの攻撃が集中され、ケンタウロスは沈黙した。その身が破壊されつくされるまで奮戦して──
●
連携を失った全てのパペットを破壊して── ポロット教授はようやく念願の『舞台』の上へと上がった。
「えー、何度も言いますが、私から絶対離れないように」
二人を守り、舞台の奥へと進んでいくユナイテル。舞台の奥にはパペットたちの待機所の他、通路が更に奥へと続いていた。
途中、落とし穴やら転がる丸岩やらをやり過ごし。クルスが「やっぱりダンジョンは苦手だ」と息を吐く。
やがて、通路を進んだユナイテルは、前方から聞こえてくる声に気付いて手信号で一行に停止を命じた。
近づいて来るのは、多数の足音と人の声── 「あれ? 何か聞こえる…… もしかして、この通路、左と繋がっている?」と呟くは聞き知ったメイムの声──
かくして、一行は合流を果たした。
迷宮のマップは完成し、残るは階段を上るだけとなった。
「あの場所が見た目通り劇場であるとするならば……一体何の目的で塔の中に作られた?」
考古学者・大二郎の言葉に、教授たちが顔を見合わす。
「舞台の目的なんぞ……客をもてなす以外に何があるのか」
「……『試練』なのに?」
ロックらの進んだ『右側』は迷宮に強敵といかにも試練らしい試練だったという。正直、意味がわからない。
「はて……最上階まで行って、この迷宮を『新装開店』した本人に訊くほかなかろうの。……もっとも、本人にも分かっているのか、そもそも理由があるのかは分からんが」
ポロットの言葉に、奏多が返した。
「これの作り手が何を伝え、残したかったのか──それを知り、明日への糧にするのが俺たちの仕事だ」
切り抜けさせてもらおう。真っ直ぐに── その言葉にハンターたちは頷いた。
「塔の『管理人』が内部を『新装開店』させたというのは本当だったのか。いったいどういう仕組みになっているのか」
一行が初めて『古の塔』に入った時の事である。
子供の様に純粋に、興奮した様子で嬉々として内部を調査する教授たちを護衛しつつ、護衛のハンター、央崎 枢(ka5153)と葛音 水月(ka1895)もまた予想以上に広く高い天井を見上げながら、その広大さに感嘆の息を吐いていた。
「様々な仕掛けが作動する古代の塔かー。これは色々と調べてみたいな」
「せっかくこんな場所ですし、探検とか楽しめたらいいですねー」
そう言う水月が手にするは、全長2mを超える長大なパイルバンカー『フラクタリング』。それを軽く振り回せる程に塔の通路は広くあった。──これならば、初の実戦投入も全く問題はないだろう。水月は歩調を弾ませた。後はこれを思いっきりぶちかませるだけの相手がいればいいのだが……
「遺跡って狭そうなイメージがあったので拳銃しか持ってこなかったけど…… これならライフルでも問題なかったかなー」
人差し指を顎に当て、む~ん、と小首を傾げるアメリア・フォーサイス(ka4111)。その後ろでは、婚約者同士の八雲 奏(ka4074)と久延毘 大二郎(ka1771)が会話に花を咲かせている。
「こういうダンジョンを見ると、地球のゲームを思い出しますね。毘古ちゃんは遺跡調査以外にも、こういうゲームとかやりませんでした?」
「うーむ、私ゃあまりゲームやってなかったからなあ…… どちらかと言えば映画の方を思い出すかな。行動的な考古学者が主人公の奴でな、こういう罠だらけな遺跡を知恵と鞭で掻い潜っていくんだ」
「鞭、ですか? 私は長い棒が欲しくなります。長さ10フィートくらいの♪」
「? ま、確かにこんな状況なら鞭より長い棒の方が有用そうではあるが……」
そんな会話を聞きながら。クルス(ka3922)は一人、黙したまま盛大に息を吐き……
「ダンジョン…… ダンジョンなぁ…… まあなんていうか、苦手なんだよな……」
「苦手? やっぱり段差が弱点だからですか?」
「……段差??? いや、何がってこともねえんだけど……なんか。……迷うのが嫌いだからか……?」
そんなクルスの嫌気が現実となったわけではないが。その後、上層に上がった一行は、水洗便所の如き水流に通路を押し流され、洗濯機の如き渦に巻き込まれて階下のプールへ落とされた。
「喧嘩してケンカしてまた喧嘩して…… 休みなくとは、よくも飽きないことで」
「喧嘩するほど仲が良い……のかなぁ。戦力分散すると護衛も大変なんですけどねー」
まるで子供の様に(←まさにこれ)喧嘩をする教授を見やりながら、何かを諦めたように呟く東條 奏多(ka6425)とアメリア。
「すみません…… ホント、うちの教授たちがご迷惑を」
助手のスティングとトマソンの2人が、教授たちに代わってハンターたちに頭を下げた。物思いに浸るような表情で佇んでいたアリア・セリウス(ka6424)が、何もない空間を猫の様に見上げたまま、淡々とそれに答える。
「気にしないで。凄く災難だけど、これも縁」
分かれども、縁は廻り、また結び繋がる── 彼女がそう言い終わる前に、分かれ道で喧嘩していた教授2人が別行動を決めた。
奏多は助手たちの肩をポンと叩いて、励ました。
「あんな関係でも縁っちゃあ縁だ。遠慮もなく本気でぶつかれるなんて、それはそれで貴重な関係なんだぜ?」
かくして一行は二手に分かれた。
一方は『劇場』へ、一方は『迷宮』へ……
●
「この嫌ーな感じの音……どこからでしょう……?」
右通路の先の『迷宮』──
ドーン、ドーン…… と響く、何か重いものが床に乗る様な音と振動を鼓膜と足の裏で感じながら、水月は『壁歩き』で音がする側の壁へと取り付き、上った。
迷宮を構成する石壁にはなぜか上部に隙間があり、僅かではあるがそこから壁の向こうを見渡せた。
壁の向こう側には、更に幾つもの壁がまるでパーテーションの様に何枚も並んでいた。……音の主の姿は見えない。……いや。時折、壁の上に何か槍の穂先の様なものが揺れながら動いている。……そして、時折、ガコン、と『取り外された』石壁が何かによって掲げ上げられ、別の場所に運ばれて行って、また填められるような様子も窺えた。
「壁を運んでいるらしきモノが2体。槍らしきものを持つモノが2体、計4体がこの近くをうろついてますねー。……見える範囲に限れば、ですけど」
水月の報告に、枢とアメリアが壁を叩いてその厚みを確認した。なるほど、ここの迷路を構成する壁は、遺跡の他の部分に比べて随分と薄いらしい。それでも、人の拳より厚い壁ではあるが。人ならざる身であれば運ぶことも可能だろう。
「なるほど、ゴーレムだね。彼らが壁を移動させて、道が刻々と変化して…… こちらの動ける範囲は制限されて、『キング』までのルートは迷路の如く── なんだか……チェスに似てるね。ふふ、面白くなってきたな♪」
どこかのんびりとした風情で温和な笑みを浮かべながら、ヴィリー・シュトラウス(ka6706)がどこかウキウキし始めた調子で言った。
「……中継器も無しじゃ電波は届かないか。とりあえず、作業用の方は襲って来ない……よね? 出くわしちゃった場合はひとまずそちらは無視して、槍持ちの方から排除しよう」
左の通路を行った別班に連絡を取ろうとしてそれを果たせず、嘆息と共に無線機を下ろしながらメイム(ka2290)が皆に提案する。
(依頼人によって難易度って変わるよなぁ)
無線が通じぬと聞いて、リュー・グランフェスト(ka2419)は内心で息を吐いた。もし、あの時、喧嘩別れをしていなければ、連携しての待ち伏せ、挟撃等が出来ていたかもしれないのに。
やがて、迷路を進んだ一行は、壁一枚を隔てて『槍』のゴーレムと遭遇する。
端に寄り、吐息まで絞って動きを止めてそれをやり過ごそうとする一行── 通り過ぎかけていたズシン、ズシンという重い足音が不意に壁の向こうでピタリと止まり…… 直後、彼我を隔てる石壁が轟音と共に破砕される。
「見つかった……っ!」
湧き起る粉塵と飛び散る破片──! 巨大な得物とパワーとで石壁を破壊した『敵』が薄煙の中からゆっくりとこちらへ姿を現す。
その時には既にリューとアメリアの2人が、それぞれ助手と教授の2人を抱えて後方へと走り出していた。
「困った相手だろうが何だろうが、依頼人に怪我をさせたとあっちゃ名折れだからな」
リューの脳裏に浮かぶ、王国騎士だった父の顔── その遺志を継ぐ者として、戦えぬ者たちの安全確保は最大限の義務である。
だが、そのリューに抱えられたロック教授の方は、どこか呑気な口調で、だが、真剣に。アメリアに抱えられたトマソン助手を見やって抗議の声を上げた。
「む。助手の分際で何だねキミは。抱えられるなら私もそっちが良い。代わりたまえ」
「あんた、ちょっと黙ってろぉ!」
十分に距離を取ってから、リューとアメリアは(半ば放り投げるように)2人を下ろして、振り返る。
粉塵が薄れ、『敵』の姿が露わになった。──敵は鋼鉄製の巨大なゴーレムだった。人型の上半身、その両腕に巨大な盾と騎兵槍を『生やし』、下半身は四つ足の獣──馬型をした『ケンタウロス』──!
「ヴィリーさん、依頼人さんたちに攻撃が届かないよう、気を付けてあげて!」
「分かった」
「あとリューさん。何してるの連携するよ早く戻って!」
「人使いが荒ぇ!」
教授たちを直掩すべく後方へと下がるヴィリーとすれ違い、メイムに呼ばれて息つく間もなく前衛へと駆け戻っていくウィリー。
「すこーし離れていてくださいねー。あと、何か変な違和感とかあればすぐに教えてください」
アメリアは周囲に敵がいないことを確認すると、教授らにそう告げつつ空いた両手に魔導拳銃を引き抜き、通路の先の目標、その関節部を狙って正面から射撃を浴びせた。
それに対して、ゴーレムは盾で応じた。マテリアルの風の力を纏って放たれた弾丸が、その表面を砕いて、しかし、弾かれ、逸らされる。
「んー、前面からじゃ抜けないかー。正面装甲硬いなー」
呆れた様に呟くアメリア。水月はブワッと全身の肌を粟立たせた。その瞳が爛と輝く。──フラクタリングの初陣に、相応しい相手が出た。
「あの盾を拘束するよ。連携、よろしく。行って、ロニ!」
ゴーレムから離れた位置に立ち、メイムは己のマテリアルをロシアンブルーのロニへと纏わせ、ゴーレムへと突進させた。強化した素早い動きで床を飛び跳ね回らせつつ、ガンガンと盾へと飛び掛らせる。
その間に、前衛の枢と水月、休む間もなくメイムの傍らを駆け抜けたリューとがゴーレムへ向けて突っ込んでいった。左──敵の槍側を枢、中央を水月が。そして、盾側をリューが走って距離を詰め。後衛に位置するヴィリーが聖剣を聖杖の様に振り、それを支援するべくまずは枢に、続けてリューに、と『プロテクション』を行使する。
アメリアは銃を持って伸ばした両手をツイと少し左右へ開くと、突撃していく前衛3人を避けて支援射撃を実施した。立て続けに放たれた銃弾は、床を、天井を、左右の壁を『跳弾』し、ゴーレムの盾を掻い潜って次々と命中。その装甲を凹ませ、穿つ。
「この地形だと全方位から跳弾を狙えますね。少しずつ削るとしますか──ッ!?」
アメリアが言い終わるより先に、ゴーレムが反撃に出た。前衛3人が近づくのを待たず、自らも加速を始めるケンタウロス。槍と盾を構えて守りを固め、ただ無造作に前へと駆ける。攻撃方法は至ってシンプル──己が質量と速度を武器に、立ち塞がる全てを己が巨体で弾き飛ばして馬蹄に掛ける──!
「まずい──ッ!」
枢は舌打ちした。迷路は長い長い一本道──後衛にいる友人・ヴィリーや、何より教授や助手たちの所まで、敵の突撃を遮る物は何もない。
慌てて跳び避ける猫のロニ。枢もまた槍の穂先を潜り抜けると、ゴーレムの意識を自分に向けるべく斜め前方から攻め込んだ。淡い輝きを放つ琥珀色の片手半剣を両手に構え、迫る巨体の圧にも怯まずその刀身を打ち付ける。甲高い金属音。飛び散る火花──枢の一撃にその馬体を削られながら、しかし、ケンタウロスの突進は止まらない。
「っ!」
真正面にその突進を受けた水月は瞬間的に攻撃を諦めると咄嗟に『アクセルオーバー』を使用して肉体を加速。残像を曳きながら、その身を地面へ投げ出し、なんと駆け続ける馬脚を縫ってその巨体の下を掻い潜る(良い子は真似しちゃいけません)
すれ違いざま地に足滑らせ、急いで踵を返す枢。アメリアは無人の野を進むが如く迫る敵へ銃を向けたが……
(脚関節を『コールドショット』で『凍結』させて動きを鈍らせ……あ、ダメ)
瞬間、アメリアは迷わず両手の銃を手放すと、踵を返して教授と助手の後ろ襟首捕まえ、そのまま強引に引きずりながら(というか2人を棚引かさんばかりの勢いで)「曲がり角までダぁ~ッシュ!」した。
そんな彼らへの途上。教授と助手とが安全地帯に逃げるまでの間を稼ぐべく。リューは急遽その場に足を止めると盾を構えながら腰を落とし……地面に根が生えたが如く敵の突進を待ち受ける。
両者が長い廊下にて激突する。甲高い金属音と共に盾を支える腕と肩がミシリと軋み……床を滑る功夫シューズから焦げ臭いにおいが鼻につく。
一瞬、ケンタウロスの突進速度を緩めつつ。しかし、その質量を支えきれず、鎧に纏ったマテリアル光ごと吹き飛ばされるリューの身体。アメリアが教授たちごと通路の横道へと転がり込んだ直後、間髪入れずに駆け抜けていく敵の馬蹄。それはそのまま留まることなく、突き当りの石壁を突き破ってようやく停止した。
「ありがとう。君のお陰でどうにか曲がり角に退避できた」
「……それはどーも」
後衛の位置まで転がって来た(ままの)リューに教授が礼を言い。自らが負った怪我を後回しにして駆け寄って来たヴィリーがその傍らに膝をついてリューに癒しの光を差し伸べ。その傍らを、敵を追って駆けて来た枢が駆け抜けていく。
崩れた瓦礫を押しのけるようにして、ゆっくりとこちらへ向き直ろうとするケンタウロス。その尻へ、床を蹴って飛び掛った枢が背後から斬りかかった。ギィン! と甲高い音と共に火花が飛び散り、一文字に切れ目が入る。
よし、と枢は呟いた。──突進は早いが旋回は鈍い。この隙はチャンスとなる。幸いなことに、敵の突撃動作は比較的読み易い。攻撃モーションを把握し、パターンを読む。可能な限り動き回って敵の突撃を誘発し、動きが止まったところへ攻撃を叩き込む……!
「その表情……攻略法を見つけたようだね」
追いついて来た友人、ヴィリーに枢はああ、と頷いた。
「よっし、タイミングは覚えたー」
起き上がり、のんびりとした調子で追いついて来た水月もまた。
「では、まずは『ナイト』を倒してしまいましょう」
進む前衛に声を掛け。こちらへと向き直った敵を見やってヴィリーが言う。
「その後は『ルーク』を排除し、チェックメイトを狙うとしましょう」
●
「なっ、人形が!? スティング、下がってください!」
左の通路の先。パペットたちが舞い踊った劇場──
助手のスティングが『舞台』に足を掛けた瞬間、戦闘態勢を取ったパペットたちに驚き、目を見開きながら── ユナイテル・キングスコート(ka3458)は慌ててそう叫びつつ、前へと飛び出し。伸ばした手で助手の後ろ襟首を掴むや否や、己が身と入れ替えるように、己の胸に引き込み、身を挺してそれを庇った。
音楽に合わせ、舞台を蹴って一斉に飛び掛って来るパペットたち── 助手に覆い被さり、そちらへ背を向けつつ、ユナイテルは視界の片隅でその動きを把握して、背中の鎧の最も厚い部分でその刃を受け止めようとする。
だが、敵はその直前で刃をずらし、鎧のより薄い部分を狙ってその刃を滑らせた。甲高い金属音── 助手を味方の方へと突き飛ばし、慌てて敵に正対するユナイテル。鎧の表面を滑って来た刃が彼女のヘルムの面頬、その隙間にスルリと潜り込み。慌ててスウェイしたユナイテルの頬から抜けた刃先へ血が渡る。
更に一歩退いて、ようやくシャランと抜剣するユナイテル。パペットたちも深追いをせず、ドロドロという静かなBGMと共に刃先を並べてこちらを牽制している。
「危険な相手です。決して前に出ないように」
頬から流れた血を拭おうと手を伸ばし、面頬に阻まれてそれを果たせず。そんなに慌てさせられたかと苦笑しながら、ユナイテルは教授に言った。
「敵は幾何解な動きでこちらを翻弄してきます。くれぐれも私から離れないように。まさかゴーレム相手に知識欲の充溢は求めないとは思いますが……」
「勿論だ。餅は餅屋。承知している」
ポロットの言葉にホッとしつつ、改めて敵へと向き直る。
ジャンッ! という音と共に、敵が一歩前に出た。その動きはコピーしたかのようにまるで同一。音楽に合わせてユラユラ刃先を揺らしながら、完全にシンクロした動きでゆっくりとラインを押し上げて来る。
曲が転調した。瞬間、まるで同じ動きでパペットたちが上段から斬りかかって来た。
術の準備に入った大二郎へ斬りかかってきたパペットたちには、その眼前に奏が立ちはだかった。全長3mを超える(まさに10フィートだ)、赤く明滅する昏い漆黒の獄炎剣をユラリと構え、立ち昇る陽炎越し(←注:演出)越しにパペットたちを見据えてクスクス笑う。
「あれも一種の神楽みたいなものでしょうか…… となれば巫女として私も負けていられませんね」
「……確かに、奏のそれとは趣が違うが、舞いである点は同じか」
奏と大二郎の言葉に、同じく奏多と共に前衛に立ったアリアも口元に笑みを作った。──確かに。これから始まるは剣の舞踏会。たとえ相手が人形であっても、その美しき調べも、踊り手が持つ刃の輝きも変わらない。
「だが、人形が取る模倣の振り付けなど、本物の人間には及ぶまい。よし、奏。その事を彼らにきっちりと分からせて来るといい」
大二郎の言葉に、奏は「、はい」と艶やかな笑みを浮かべた。瞬間、リズミカルな前奏を経て剣舞の曲が響き渡る。パペットたちはそれまでの画一的な動きから、完璧に連携をした怒涛の波状攻撃を仕掛けてきた。クッと奥歯を噛み締めながら、守るべき助手たちを背に盾を掲げて凌ぐユナイテル。その傍ら、アリアと共に前線を構築しながら、奏多は振り返らずに背後を呼んだ。
「教授!」
「なんだ?!」
「迷宮の大掃除、俺たちも手伝わせてもらう。アリア!」
「はい」
「思う存分に舞え。踊るお前の背中は俺が守る」
言い終えた瞬間に、大二郎が己の術を──反撃の初撃を眼前の敵へと放った。『掌圧「怪力乱神:手力男」』──この広い『劇場』の一角を完全に掌握する程の効果範囲を包む様に、マテリアルで構成された巨大な掌の幻影が現れ…… その空間の何もかもを握り潰さんとばかりに力が籠められ。直後、その圧力に呼応するかのように中央に重力波が発生。収束し、圧力がその場を包む。
効果範囲内に存在する、パペットたちの動きが止まった。音楽に合わせて剣舞を継続しようと努めつつ。しかし、重力波により強制された圧力に、圧壊を防ぐのが精一杯でその移動を阻害されている。
「今だ、奏」
「はい」
返事と共に般若の面を下ろし。揺らぐ空気と獄炎剣を手に奏が舞った。長大なその刀身。長い攻撃範囲から敵の反撃を気にすることもなく、防御を捨てた攻めの構えで前面の敵を薙ぎ払う。その様はまさに焔の舞。愛する者の敵全てを焼き尽くす炎の剣。火の粉の舞う闇の舞台に、照らされた般若の面と、ダンッと力強く踏み込む音が浮かび、響く。
同時にアリアも前に出る。神楽刀と西洋十字剣、2渡りの刀身を重ね擦るように己のマテリアルを刃に纏わせ。直後、両手に持った二刀でもって、正面、動きの止まった敵を切り払う。その舞い踊る姿はまさに月の妖精。蒼と紅、二つの月を二つの月を揮うが如く、清光纏いてステップを踏む。
大二郎と奏多の二人は、それぞれパートナーの舞に見とれた。
アリアが振り返り、剣を持つ手を差し伸べる。
「さあ、カナタ。想い奏でるように、踊りましょう?」
お誘いとあらば、と苦笑しながら、奏多は脚にマテリアルを集中させた。そして、リズムに乗り、ステップを踏みつつ、円を描く様に舞うアリアとは対照的な、その直線的なキレのある動きでもって彼女に追随しながら、動けなくなった敵を次々とすれ違いざまに切り捨てていく。
「まず3体!」
初撃において、ハンターたちはまずそれだけの数のパペットたちを撃破した。
だが、残った12体が、前衛に立つ4人に向けて完全に同時に襲い掛かった。いかな凄腕のハンターたちと言えども、俊敏性に優れたパペット3体に同時に襲い掛かられてはその攻撃を完全に防ぐことはできなかった。
「乱戦か……」
以降の掌圧の使用を諦め、その手に紅き勾玉を浮かび上がらせる大二郎。そして、その勾玉を火弾として奏と切り結ぶパペットの1体へと叩きつけた。戦線全体を見回して、守りを捨てた彼女が最も傷を受けていた。
「踊りましょう、って……俺は踊りも苦手なんだよ……っ!」
その大二郎と共に後衛に位置したクルスが、その奏に向けて『ホーリーヴェール』の光を飛ばした。聖なる光の防御壁が、敵の剣が奏に落ちかかった瞬間、光と共に砕けて弾き返し、その威力を減衰させる。
クルスは続けて『ヒーリングスフィア』を用いてパーティのほぼ全員を回復させた。効果範囲に満ちた柔らかな光が、皆の身体に刻まれた傷をたちまち癒していく。
「だから、『舞台にあがる』ったって、主役になるつもりはねえからな!」
「奇遇ですね。私もです」
クルスの言葉に、前衛のユナイテルが反応した。3方からの攻撃を剣で受け、盾で受け、鎧の表面で受け逸らし、ついでに盾でぶん殴ってバランスを崩しつつ、反対側の一に剣の切っ先を突き入れる。
「へぇ、お前もか。……意外だな」
「ええ。手習いに社交ダンスは嗜みましたが、こういうテンポの速い曲はどうも……」
「……」
仲間を見つけて若干、嬉しそうにしていたクルスが、裏切られたような顔をする。ユナイテルは微笑を浮かべて言葉を続けた。
「まあ、『剣舞』であればそちらは些か自信が。それはクルスさんも同じでしょう?」
戦いは続く。
大二郎は、奏と戦う前面のパペット数体へ向けて、『氷嵐「怪力乱神:一目連』を放った。大二郎の背後に巨大な一つ目の幻影が現れ……それがバチリと閉じると同時に、効果範囲にマテリアルによる氷の嵐が巻き起こる。
その攻撃により身体の各所を凍結させられ、動きの止まった敵に対して、奏が大剣を振るってそれを砕いた。
(これで奏も一息つけるか……?)
再び氷嵐で敵の攻撃を封じながら、心配そうに奏を見つめる大二郎。防御を捨てて舞い続けた奏の身体には無数の切り傷が浮かび、火の粉と汗に交じって血の粒が宙に舞い、床面に小さな斑を描き始めていた。
同様に舞うアリアと奏多も辛い。円を描く様にステップを踏みながら、敵の数を減らす為、最も消耗している敵へ向けて両刀を振り下ろしていくアリア。蓄音機から流れる音に耳を澄まし、敵の攻防のリズムを身体で覚えて、隙を探す。
そのアリアと位置を入れ替わるようにしながら、奏多もまたメロディを覚え、口ずさみながら拍子の強弱を見極める。──ダンスが得意な奴がパートナーなのだ。出来ないとは口が裂けても言うわけには……
だが、曲の旋律はそのままに、テンポがまた一段上がる。更に激しさを増すパペットたちの攻撃剣舞。彼我の戦うその様は、まるで氷上の円舞のようだ。
「演目に合わせて、舞台も華やかになりますね。ふふ……」
般若の面の奥で、くぐもった声で笑う奏。シンバルの音と共に、パペットたちが一斉に魔法の風を巻き起こす。床に落ちていた紙吹雪が一斉に巻き上がり、ハンターたちへと叩きつけられ──同時に、マントに風孕ませたパペットたちが加速し、一斉に隊列の只中へと飛び込んでくる。詠唱中の大二郎を身をもって庇う奏。ユナイテルは教授たちの眼前に落ちてきたパペットに対して背後から組み付くと、「ぐ……! こッンの……喰らえぇぇ!!」と掬い上げ、頭から首にかけて思いっきり床へと叩きつけた。ぐしゃりという嫌な音と共に、頸部が砕け曲がるパペット。それでも起き上がろうとする敵の剣を持つ手を脚甲の裏で押さえ、思いっきり剣を突き立てる。
「大丈夫か!?」
聖杖を手にパペットをぶん殴りながら駆けつけて来たクルスに、奏多が無言で舞台の奥──剣舞曲を流し続ける蓄音機へ指を差す。
(あの曲がパペットゴーレムたちを統率している。これ以上踊れぬとは口が裂けても言えないが、あの音楽だけは止めるべきだ……!)
奏多の言わんとすることを理解して、大二郎は頷いた。
「蓄音機を停止させる。不可能なら破壊を試みる」
部屋の端から舞台への接近を試みる大二郎。当たり前と言うように奏がその直掩につき、クルスもまた支援に向かう。
残る3人は教授たちを守りつつ、前進する彼らの支援に入った。
奏が先頭に立って部屋奥の舞台に足を掛ける。
直後、パァンッ! というマテリアルの破裂音と共に、舞台袖の装置から紙吹雪が宙へと舞った。同時に、舞台の天井に備え付けられた4つのスポットライトが一斉にハンターたちの視界を灼く。
一行は、まるでスタングレネードでも喰らったように一瞬、その場に身を竦ませた。直後、アリアや奏多、ユナイテルと戦っていたパペットたちが一斉に踵を返し、舞台に上がろうとして硬直した3人の背後から襲い掛かり──
「光よ!」
刹那、クルスが発した『セイクリッドフラッシュ』が、閃光が飛び掛って来たパペットたちを薙ぎ払った。更に、目の見えぬまま自分を中心に『ヒーリングスフィア』。奏と大二郎が受けた傷を癒し、他の3人が駆けつけて来るまで戦線を維持する。
「貴重な遺跡なので損傷は抑えるとしても……これくらいは破壊しても良いですよね……!」
奏は剣の腹で倒れた椅子を掬い上げると、考古学者の大二郎に謝りながら、次々とそれを投擲して天井のライトを破壊した。大二郎もまた火弾を放って舞台奥の蓄音機を狙い打つ。
──音楽の高音部分が止まる。パペットたちの連携に齟齬が生じた。
さらにもう一つの蓄音機を破壊して、低音部も沈黙し。どこか戸惑ったように動きを止めたパペットたちに対して、ユナイテルが思いっきり宝剣を横に『薙ぎ払う』──
誰かが明日の為、この塔に眠るものを
私が夢の為、この先も鍔音と靴音鳴らし
災厄という無明の闇、斬り祓う者と示し、求める
明日という光の為に
剣戟の音のみ響く沈黙の舞台に、朗々とアリアが謳い上げ──
変わらぬ美しさのまま、戦う皆へと呼びかけた。
「過去の追想曲を怖れる道理なし。風に舞い、刃で奏でて、足音で刻みましょう。鼓動に宿った、誇りと夢を宿しながら」
●
ゴーレム『ケンタウロス』の行動パターンが読めたとしても、だからと言って奴の突撃が避けやすくなったかと言えば必ずしもそうではなかった。
原因は、主にこの迷路という地形にあった。敵の突進攻撃に対して、石壁だらけのこの地形は回避行動を困難にしていた。
「突進、来ます!」
後衛、ヴィリーの警告の声に、メイムはビクリと顔を上げた。
ドドド……という低い突進音。間に存在する壁など紙の様にぶち破りつつ、敵はメイムとロニをその突撃に巻き込んだ。
迫り来る馬蹄を見上げ、身を竦めて目を瞑り……幸運にも無傷でやり過ごしたロニがきょとんと眼を開ける。
メイムは己がペット程の幸運には恵まれなかった。突撃して来る本体こそ外れたものの、通り過ぎる際に盾がその身を殴打し、ぶべっ!? という悲鳴と共に床へと打ち倒されるメイム。だが……
(……ラッキー。盾で済んだわ。槍で貫かれるよりは遥かにマシよね!)
メイムはムクリと身を起こすと、片方の鼻の穴を親指で抑えてフンッ、と溜まった血を交互に抜いた。
「よっし。リジェネレーション、もう一丁!」
そうして自己回復しながらすっくと立ちあがり、きょとんと戸惑ったままのロニに声かけ、再び壁に激突して動きを止めたゴーレムの方へと向けて走り出す。
「はははっ、おーにさんこーちら♪ なーんて」
水月は、突進を終え、旋回に移ろうとするゴーレムに肉薄すると、その側面は背面をうろちょろと回り込みながら児戯行動を行った。その挑発に乗ったわけではなかろうが──一般的なゴーレムには感情は存在しない──もっとも殴り易い位置にいたその水月へ向けて、ゴーレムが槍を振り下ろす。
全身にマテリアルを纏った水月は軽やかなステップでその一撃を紙一重で──しかし、文字通りかすりもせずに躱して踏み込むと、何気ない、しかし、目にも留まらぬ早業で、手にしたフラクタリングの『射出口』をコンッ、と軽く押し当てた。
「~♪」
心底楽しそうに瞳を輝かせながら、武具の持ち手に備えられた安全装置を外して引き金を引き絞る水月。瞬間、武具内に収められていたパイル──尖杭が超高速で撃ち出され、ケンタウロスの装甲を容易く穿ってその本体に杭と同直径の破孔を開け。その衝撃にケンタウロスの巨体がグラリと揺れる。
「僕の自慢の一撃── 威力の程はどーですかっ!」
射出口より突き出されたパイルをジャコンと戻しながら、無邪気に感想を求める水月。だが、ゴーレムはよろめき掛けながらもその場に踏み止まり。それを見た水月が「タフー」と感嘆しつつ、まだ終わらぬ戦いに歓喜の笑みを浮かべる。
「いける……!」
その光景を見てグッと拳を握るヴィリー。転がり出る様な姿勢で銃を拾い、そのまま膝射姿勢を取ったアメリアは、しかし、発砲する前にその気配に振り返り……
警告の叫びが発せられた直後、通路の奥、石壁を持った作業用ゴーレムによって、ロック教授とトマソン助手とが奥の安全地帯から追い立てられてきた。
まるでブルドーザーのようにポイッと2人を『表通り』(鉄火場的な意味で)へと放り出し、その場に壁を建てようとする作業用ゴーレム。
(まずいっ、あそこの通路を塞がれたら……!)
教授と助手を逃がしておくべき横道──ケンタウロスの突撃を回避可能な『安全地帯』が失われる。
ヴィリーは友人の名を呼びながらクルリと聖剣を手の中で回転させると、とっさに手の平に生み出した光の杭──『ジャッジメント』を作業用の足元へと打ち込んだ。
カキーン! という甲高い音と共に、岩石製の脚部を魔法的に床へと縫われる作業用。その歩みを止められた作業用は、しかし、グイッ、グイッ、と力を込めてその戒めを引き千切り。ドシンと一歩進んで安全地帯を封鎖しようとする。
「カナメ!」
友人の叫びに、ケンタウロスに対して追撃を掛けようとしていた枢が状況に気付いた。枢は足を止めると振り返る間も惜しんでスローイングカードを作業用へ向かって投擲し……渡りをつけたマテリアルの糸を引っ張って距離を跳躍。石壁と作業用の持つ石壁との間の僅かな隙間へ滑り込んだ。
その予想外の侵入に、両手で石壁を保持したまま闖入者を見下ろす作業用── 攻撃手段もなく、とりあえず保持した石壁の縁でもって押し潰そうとした作業用に対し、枢は床面を転がり敵の反対側へと抜けると、その膝から肩へと駆け上がり、その頭部を片足で踏みながら魔剣の切っ先を下へと向けた。
「……腕さえ破壊すれば『作業の手が止まる』だろ?」
告げると、枢は作業用の肩口に向けてその切っ先を両手で思いっきり突き刺すと、両手で柄を保持したまま思いっきり勢いをつけて飛び下りた。ギシリ、と突き立った剣が歪み……枢の落下速度と質量とを加えられた魔剣の刃が、まるで包丁の様に岩を裂き、その肩部の半ばまでを断ち切る。
それらの攻撃と石壁の重量が、作業用の右腕を破壊した。ボロリと脱落する腕部、床に落ちて砕ける石壁── 残る左腕で振るわれる攻撃を枢が躱し。その背に教授と助手を庇いながら横道へと侵入したヴィリーが、「間に合った……!」とホッと息を吐きつつ、『安全地帯』を確立すべく友人の戦闘に参加していく……
「っ! 作業用か……!」
「リューさん! あなたはこっち!」
教授たちを助けるべく、ケンタウロスから作業用へと向かおうとしたリューは、しかし、後方から駆けつけて来たメイムに促されて共に並んでケンタウロスの方へと向かう。
「前に出るのか……!」
「援護、お願い!」
友人の言葉に頷き、リューは敵の槍側へと回った。その攻撃を引きつけながら、メイムが敵の背中側へと回り込むのを支援する。膝射姿勢のまま、両手にもった拳銃を作業用に撃ち捲っていたアメリアが、クルリと上半身だけ反転させてパンッ! と単発で弾を放った。
「冬場の稼働は凍結防止を忘れずに。お姉さんとの約束ですよ?」
彼女が放ったのは『レイターコールドショット』──マテリアルを纏わせた冷気攻撃だ。その一撃が、ケンタウロスの肩関節に命中して氷結を伝播し、その攻撃行動を阻害した。
その間に肉薄していくメイムとリュー。
メイムは『ワイルドラッシュ』を使用して、己の内に潜む野生の力を引き出した。
リューは『ソウルエッジ』を使用して、手にした刃に炎の如き紋章を付与して魔法剣とし、その切れ味を向上させた。
獣の咆哮の如き雄たけびを上げ、目にも留まらぬ速さで斧『レッドヒート』の連撃を繰り出した。リューもまた攻撃を受け流しながら、魔力を乗せた刃でその槍へと斬りつけた。両者の赤熱した刃が赤い軌跡を宙へと描き、鋼鉄製のゴーレムの破損個所を赤熱に染めつつ、耐久力を削り取っていく。
だが、それでもまだケンタウロスは止まらない。再び向き直ってハンターたちを正面に捉え、突撃の態勢を取り、身構える。
「退避!」
叫び、後ろへ跳躍するメイム。瞬間、斜め後方から放たれた光の杭がケンタウロスの足元を貫き、係留する。
振り返れば、作業用を倒して横道から出てきたヴィリーと枢。更にアメリアによる再度のコールドショット。移動も行動も阻害された敵へ水月が肉薄し、その日、3度目の杭打ちを敢行して鐘の音の如き金属音を戦場に三度鳴り響かせる。
その一撃により抉り取られた装甲の陰に露出する敵のサブコア── 『立体攻撃』により壁からその馬上へと跳び移った枢が魔剣でその核を砕き……動力源を破壊された『馬』の後肢が力を失い、崩れ落ちた。
「致命的なデッドウェイトね」
殆ど動けなくなった敵を見やって、メイムがポツリと呟いた。
ハンターたちの攻撃が集中され、ケンタウロスは沈黙した。その身が破壊されつくされるまで奮戦して──
●
連携を失った全てのパペットを破壊して── ポロット教授はようやく念願の『舞台』の上へと上がった。
「えー、何度も言いますが、私から絶対離れないように」
二人を守り、舞台の奥へと進んでいくユナイテル。舞台の奥にはパペットたちの待機所の他、通路が更に奥へと続いていた。
途中、落とし穴やら転がる丸岩やらをやり過ごし。クルスが「やっぱりダンジョンは苦手だ」と息を吐く。
やがて、通路を進んだユナイテルは、前方から聞こえてくる声に気付いて手信号で一行に停止を命じた。
近づいて来るのは、多数の足音と人の声── 「あれ? 何か聞こえる…… もしかして、この通路、左と繋がっている?」と呟くは聞き知ったメイムの声──
かくして、一行は合流を果たした。
迷宮のマップは完成し、残るは階段を上るだけとなった。
「あの場所が見た目通り劇場であるとするならば……一体何の目的で塔の中に作られた?」
考古学者・大二郎の言葉に、教授たちが顔を見合わす。
「舞台の目的なんぞ……客をもてなす以外に何があるのか」
「……『試練』なのに?」
ロックらの進んだ『右側』は迷宮に強敵といかにも試練らしい試練だったという。正直、意味がわからない。
「はて……最上階まで行って、この迷宮を『新装開店』した本人に訊くほかなかろうの。……もっとも、本人にも分かっているのか、そもそも理由があるのかは分からんが」
ポロットの言葉に、奏多が返した。
「これの作り手が何を伝え、残したかったのか──それを知り、明日への糧にするのが俺たちの仕事だ」
切り抜けさせてもらおう。真っ直ぐに── その言葉にハンターたちは頷いた。
依頼結果
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相談卓 久延毘 大二郎(ka1771) 人間(リアルブルー)|22才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/02/22 18:55:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/02/19 04:03:35 |