【アルカナ】 王たる者

マスター:桐咲鈴華

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/02/23 19:00
完成日
2017/03/03 06:47

みんなの思い出

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オープニング



 余は王である。
 世を統べ、民を導く存在。我が征く道は王道に他ならず、我が踏み記した道こそが王道となる。
 幼童の頃より王であれと教育され、余もまたそれを疑う事なく教授した。

 多くの価値観を擁する"人"を導く指導者は、人の世には不可欠である。
 人の思想は千差万別であるが故に、それらを束ねて律する存在なくては、思想は欲望となり、人は獣となる。
 人の意思を一つに集約する"代表者"が、人間には必要なのだ。

 故に余は思考に研鑽を重ねた。人を統べるには人の欲を知り、人の恐怖を知り、人の理を知る。
 それが人の世を安定させ、余も民も幸福であらんとする為の道と信じていたからだ。

 しかし覇道を歩むには、人の世はあまりにも平和過ぎた。
 平和な世は人の心に余裕を作り、溢れ出た余裕は欲望へと変わる。
 怠惰に耽り、欺瞞の渦巻く人の世において、王に人を導く役割など求められる筈もない。求められるのは、民の欲の為の偶像、お飾りの代表者でしかなかった。

 世が王を欲していないというのならば、余は何の為に多くを学んで来た?
 結局の所、余は世界に弾かれた、王のなり損ないに過ぎなかったというのか。 

 それとも

 その欲望の具現こそが、今の人の世には必要だと言うのだろうか。




「聞かせて貰おうかタロッキ、貴様の理由を」
「…………」

 エフィーリア・タロッキ(kz0077)は戦慄していた。自分はいつも通り自室で、アルカナに関する書類の整理と、その足取りを掴む為の報告書に目を通していた所だった。
 しかし、突如としてかけられた声に視線をやれば、見慣れた自室に不釣合いな人物が立ち、自分を睥睨している。
 巨大な角と硬質の肌を持つそれは、人の形はしているが人ではない。歪虚……『アルカナ』の一柱、『The Emperor』だった。
 どうやってこのタロッキの里にまで入り込んで来たのか、どういう意図があって自分に話しかけて来ているのか、突然の事態に頭が回らないエフィーリアを尻目に、Emperorは続ける。

「あまりの威光の前に声も出ぬものとし、王の問いかけに黙する不敬は一度は不問としよう。質問に答える権利をやったと言うのだ、王に意見を述べる機会に恵まれた事を光栄に思うべきだとは考えぬのか?」
「……理由、とは……どういう事です……?」

 Emperorの発する圧力は、一般人に毛が生えた程度戦闘力しか持たないエフィーリアを竦ませるには十分だ。
 しかしエフィーリアは、その威圧感に屈する事なく疑問を投げかける。彼がここに現れた意図も、何故質問をされてるかの意図も掴めないエフィーリアは、先ずは状況を確認する為にEmperorに疑念をぶつける。
 その態度にEmperorはやや不満を顕にするが、腕を組んでその問に答える。

「わからぬと言うのならば分かり易く問おう。貴様が余ら『アルカナ』と対峙する理由を述べよ、と問うておるのだ」
「……理由など。決まっています。相容れられる訳がないからです。人の未来を憂うのは勝手ですが……それを一方的に奪おうとする貴方がたを受け入れる事は出来ないからです」
 エフィーリアは気丈に答える。『アルカナ』はかつて人の世界を救おうとして、その志半ばに斃れた英雄たち、"ファンタズマ"の成れの果てだ。彼らは人の未来には絶望しかないと説き、未来で大きな悲しみが訪れる前に全滅してしまう事こそが人の幸福だと主張する。
 当然、そんな思想に同意できる筈もない。エフィーリアは己の変わらぬ信念を、目の前のアルカナに突きつける。だが、Emperorはその言葉に怒りはせず、淡々と言葉を返す。

「ならば貴様は、人の未来には幸福があると考えるのだな。ならば聞こう。その幸福は”一体誰のもの”だ?」
「誰の……ですって?」
「我々は道半ばに果てた人間であり、かつては未来を見る事の叶わぬ亡者だった。我々だけでなく、人の世には多くの犠牲が溢れ続けている。そういった者共が辿り着けぬ、犠牲の先にある幸福は、果たして”幸福”と呼べるのか?」

 Emperorは続ける。

「”人間”とは犠牲なくしては幸福を掴めぬ獣の名だ。動物は他の肉を喰らって生きるが、人間は他の”思い”を喰らって生きる。万人に等しい幸福など夢物語、掲げ目指す幸福など、多くの犠牲を美化したものに過ぎぬ、矛盾を重ねた危うい張子でしかなかろう」
「……それ、は……」

 エフィーリアには言葉を返せなかった。目の前の彼もまた、人の世を憂いでいるのだろう。
 人の世には多くの犠牲がある、それは事実だ。その上で目指す先に、そうまでして目指す先に、求めるものがあるのか? 彼はそう説いている。

「猶予をやろう。7日間だ。貴様が問いを見つけるでもよい、答えを持つ者を見つけるでもよい。精々、余の納得のゆく回答をもて。東の居城にて待とうではないか。無論、王への謁見なれば、手土産も忘れるでないぞ」

 Emperorはそう言うと、この部屋に突如として現れたように、同じく突如として姿を消す。

「…………」

 エフィーリアは、散らばった報告書に手もつけずに立ち尽くしていた。

リプレイ本文

●独白

 余は王である。

 人の世を幸福なものへと導く為に生まれた者。
 統率者なくして人はなし、代表者なくして文明はなし。
 人が人である為に、導く者が世界には必要だった。

 しかし余裕に溢れた世界には、種の意向を統合する意味は薄かった。
 平和に慣れた人間はそれを当然の事と認識する。幸福は保証されて然るものと認識し、生以上の幸福を求めている。
 他者を排斥し、競争し、批判し、差別し、他者より幸福であれという考えはいつしか他者の不幸を願い、優越感の味に溺れてゆく。

 なんと醜い生き物か。無駄の溢れた世界には統治者は寧ろ、人間にとって邪魔者でしかなかったのだ。

 故に余は贅に耽った。人の世に欲望が渦巻いているのであれば、王たる余がその心の在り方を知らねばならぬと考えたからだ。

 だがどうだ。贅に堕ちたが故に享受出来る事は堕落のみだ。
 人は幸福に慣れ、感謝を忘れ、より大きな欲望へと手を伸ばす。際限なく、求め続ける。


 今でこそ世は戦乱で溢れ、生きる為に生きている。
 だが、平和になればまた人は必ず同じ事を繰り返す。
 不平不満を口にし、より幸福な者を差別し、不幸な者を侮蔑する。

 数多くの犠牲の痛みも、喪った同胞の悲しみも、
 時が経てば忘れてしまう。訪れた平和は、再び人間同士の軋轢を生み出すだろう。


 民よ。そうまでして求める平和とはなんだ?


 犠牲の先に求める平穏は、本当に貴様ら人類にとって『幸福』なのか?



●謁見『皇帝』

 辺境の廃城、朽ち果てた玉座に静かに鎮座する歪虚、『皇帝(The Emperor)』は肘掛けに腕をかけながら待っている。
 彼の見据える先、王座に通じる正面の扉がゆっくりと開けられ、日差しと共にハンター達が現れるのを見て、『皇帝』は不遜な笑みと共に切り出す。
「余の城へようこそ、ハンター共、謁見を許そうではないか」
 ハンター達は、同行してきたエフィーリア・タロッキと共に、『皇帝』の前に並び立つ。ハンターの中には見知った顔も複数名存在し、『皇帝』は満足げに笑む。
「さて、貴様らは聞き及んでいるだろうが、此度我が拝謁の義を賜らせたのは他でもない。貴様らの持ち寄った答えを、余に聞かせてみよ」
 『皇帝』は座し、腕を組んでハンター達を睥睨している。
「や、この前以来だね」
「また会えると思ってなかったのな」
 過去『皇帝』と渡り合った人物である十色 エニア(ka0370)や黒の夢(ka0187)は今一度の邂逅に昂揚する。
「ご無沙汰しております」
 淡々とした所作で会釈をするマッシュ・アクラシス(ka0771)も、かつて『皇帝』と切り結んだ過去を持つ人物だ。彼らが此度対話に赴いて来た事に対し、『皇帝』も期待した様子で口角を上げる。
「久しぶり……『皇帝』さん……今回は、私が……給仕するね」
 先ず『皇帝』に接触したのは、シェリル・マイヤーズ(ka0509)だった。ドレスで着飾った彼女は手に自前の茶葉と、ティーポットを携えている。
「貴様は以前の。良かろう、余の給仕を命じよう」
「うん……頑張る」
 シェリルの淹れた茶は、白い花のアーチを象る一級の紅茶だった。『皇帝』は一口含むと、優雅な香りを楽しむようにティーカップを揺らした。
「良い茶だ、気に入ったぞ。暫くは傍に控え、飲み物を注ぐがいい」
 満足した『皇帝』の様子に、シェリルはほっと一息つく。
「さて、それでは聞かせて貰おうかハンター共よ。先ずは誰からだ?」
「では、僭越ながら私めから」
 一歩踏み出して申し出てきたのは、フィルメリア・クリスティア(ka3380)だ。ドレスによって身なりを整え、高貴な所作で『皇帝』の前に立つ。
「先ずは拝謁と対話の機会を賜る事に、感謝を述べさせて頂きます」
 恭しく礼をすると共に、自身の持ち寄った手土産である東方の酒類と饅頭を献上する。物珍しげにそれらを眺める『皇帝』に対し、フィルメリアは女性らしい、たおやかな振る舞いで丁寧に酒をお酌する。その態度に『皇帝』は感心した様子だ。
「良い、礼節を弁えた女は嫌いではない。貴様もまた貴族に連なる者か?」
「お褒めに預かり、光栄の極みです。嘗ては然く家に名を連ねておりましたが、現在は一ハンターに過ぎぬ身なれば」
 上品ながら、嫌味を感じさせない振る舞いに『皇帝』は満足げに注がれた酒を煽る。
「では問おうか。貴様の意見を聞かせてみせよ」
 次の酒を注ぎ終わると、フィルメリアはそっと控え、『皇帝』に相対する形で向き直る。
「私が戦う理由は至って単純かつ明快なものです。突き詰めて言えば『己の為』、この一言に尽きるのです」
「ほう?」
「私は、己が大切だと思う事、尊く思える存在を護りたいのです。己が思想が感じる美しきを守る事こそが私にとっての幸福であり、その結果として誰かを幸福に導けるならば、喜ばしい事だと考えます」
「ふむ。自らの思想を守る為と説くか。ならば他者もまた思想を持ち、違える考えを持つ事も理解していよう。斯様な者はどうする?」
「ええ、人の幸福の在り方はそれぞれでしょう。故に袂を分かち、犠牲が生まれる事も自然の成り行きでありましょう」
 その答えにやや眉をひそめる『皇帝』だが、フィルメリアの言葉は続く。
「自らの思想の為に誰かを犠牲にするのであれば、悪と断じられる事も受け入れられます。ですが、例え相反する思想だとしても、叶うのならば受け継ぎ、後世へと伝えたいとも考えております」
「ほう」
「犠牲を亡き者とするのではなく、自らの中に組み込み、次へと繋ぐ。その先に、より良い未来が作れるのだと信じています。己の幸福の為に、可能な限りの他者の幸福を願う。その為に戦い、守る事を諦めない。それが私なりの答えです」
 フィルメリアは『己の為』と言ったが、その考えの中には慈愛、そして他愛が見てとれる。自らの価値観の範疇で尊いと思ったものを汲み取り、繋いでいく事こそが『己の幸福』と説く。他者の幸せもまた自分の幸せと思っていなければ、この言葉は出ないだろう。それに対して『皇帝』は答える。
「己が理想の為、その理想が尊きが為、か。成程。人の中には尊いと思えるものがあると信じておるのだな」
「はい。それこそが私の戦う理由なれば」
「相反する考えの排斥も厭わぬが、それもまた亡き事にせぬ思想は見事なものだ、よかろう。貴様の答えを認めようではないか」
 『皇帝』はフィルメリアの考えを認め、その言葉にフィルメリアは頭を下げつつ、後ろへと下がるのだった。
「それじゃあ、次は私が行かせて貰いますね」
 フィルメリアと入れ替わるように出てきたのはリューリ・ハルマ(ka0502)だった。リューリは銘酒「詩天盛」と、手ずから用意したクラッカー、クリームチーズのディップ、クリームチーズの醤油漬けだ。
「東方に行くことが多かったから、王様には珍しいかなと思って用意しました」
 リューリの手土産を手に取り、口に含む。
「ふむ、悪くない。貴様らが東へと赴いていた事は知っていたが、東方の文明も侮れぬものよ」
 特に醤油漬けの、まろやかな口当たりと醤油の辛味が酒を進ませる。銘酒を煽り、上機嫌になった『皇帝』は、リューリの話に耳を傾ける。
「私の戦う理由は。っと、口調がいつも通りになるけどごめんね」
「良い、特に許そう。此度は心の内より発された声でなければ意味はないからな」
「よかった。それじゃあ結論からになるけれど、私も「自分の為」になるのかな」
「ふむ」
「家族や、友達。親友の笑顔が見たいから、怪我をしてほしくないから、私は前に出て戦うんだ。敵からの脅威を事前に防いでおけば、怪我もしないし、笑顔も守れる。なら、私が幸せ!」
「真理ではあるな、外敵を打ち倒せば害意を被る事はない。だがそれならば、排除した敵の事は与り知らぬと言う事か?」
 『皇帝』の問いに、リューリは少し迷うように答える。
「最近は、話を聞きたい、と思うことはあるかな。けれど、聞きたいことがあるだけなのに、戦うしかない事もあるんだよね。例えば……何で歪虚になったのか、とか。ただ、原因を聞いて、何か出来るとは限らないから……やっぱり自己満足だし、自分が納得したいから、かな」
「左様か」
 『皇帝』は酒を飲み干し、一拍置いた後に答える。
「人が戦うのは欲望の為だ。貴様の願いもまた、飾らぬ言葉で言い換えれば"欲望"であろう。大切な者の為、他を排斥する。護るとは聞こえの良い言葉だが、相対する思想を『打ち倒す』事に変わりはないだろう」
 リューリの答えの核心部分を、言葉という衣服を剥ぎ取るような率直な意見で指摘する『皇帝』。リューリは言葉に詰まる。
「言葉を聞けば解る。貴様の思想には迷いも不純もないが、だからこそ付け入る余地が無い。実直なだけでは救えぬ思想もあるものよ。残念だが世界は、貴様の純真さに報いれる程に綺麗なものではない」
 『皇帝』は、リューリの真っ直ぐな思想を認めこそしたが、求める答えは得られずといった様子だった。リューリはやや悲しそうな表情で、今一度問い返す。
「王様は……居たのかな、相談できる人とか、大切な人とか」
「……さあな。少なくとも、貴様と同じ考えを抱けぬ程には公正で在らざるを得ないのが王という存在よ」
 『皇帝』は「下がれ」とリューリとの対話を終わらせる。
「では次だ。そこの女、聞かせるがいい」
「あ、は、はい」
 『皇帝』に呼び込まれたのは柄永 和沙(ka6481)だ。歪虚である『皇帝』の前に出ていく事に躊躇しつつ、ぎこちない所作で近づいていく。
「初めまして、柄永です。ええっと、手土産として、あたしがいた世界の話をお持ちしました、少しでも興味を持って貰えたらと思って」
「ふむ、話してみよ」
 『皇帝』に促され、和沙はぎこちなく話し始める。
「あたしがいた世界では、『学校』と呼ばれるものがあって、そこで勉学に励んでます。あたしはそこまで頭がいい訳じゃないけど、楽しいよ」
 和沙の話を、『皇帝』は黙って聞いている。
「学校の後は、バイトっていって、ちょっとしたお仕事をしてる。貰ったお金で、洋服やゲームを買ったり、両親に贈り物を買ったり……」
 和沙の話は、ごくごくありふれたリアルブルーの学生模様だ。さして特筆すべきものもない、一般的な話。リアルブルーの者からしてみれば、別段珍しいエピソードでもない。だが、そんな話を聞いている『皇帝』は、どこか遠い所を見つめるように目を細めていた。
「って、あんまし面白くないお話しちゃってる気がする……」
「構わぬ、余興程度には良い。本題に入るがいい」
「と、戦う理由……だっけ」
 和沙は呼吸を整え、話し始める。
「こっちの世界に来るまでは、さっき言ったように普通の生活しかしてなかったから……戦いっていうのがどういうものなのか、よく解らなかったんだ。だから、今でも敵を目の前にすると怖い。皇帝さんも、少しだけ怖い」
 和沙の言葉は、現代人そのものの言葉だった。戦いという非日常を恐れる気持ち、日常に透過した人生だったからこその戸惑いが現れている。
「でも、そんなあたしにもこっちの世界で恋人ができて、この人と一緒なら頑張れるかもって思えて来たんだ。今は守られてばっかだけどいつかは頼られるようになりたい。だから……」
 和沙はそこで一度言葉を切って、もう一度話し始める。
「人ってきっと、大切な愛する人の為だったり……誰かを支える為に、戦うんだと思います」
 聞き終わった『皇帝』は、ふぅ、と息を吐き出す。それは落胆の嘆息のようにも見えるが、同時に、やるせなさを含んだような空気を感じられる所作だった。
「いかに日常に染まっていたかが見てとれる。当然よな、戦いとは無縁の者に、未来の有り様については想像もいくまいか」
 『皇帝』は一拍置いたのちに、和沙へと言い放つ。
「女よ、愛する者の為に邁進する。其れも人の真理であることは疑いようもなかろう。だが、余の求むる答えはそこにはない。気概は認めるが、未来への情景が見えておらぬ。暫し、下がるがよい」
「そっか……」
 和沙は言われるがままに下がる。和沙が下がりきる前に、入れ替わりに出てくる者がいた。テオバルト・グリム(ka1824)だ。
「よう皇帝さん、そろそろ酒が切れてきたろ? 赤ワインにつまみの鰻の蒲焼きを持ってきたぜ!」
 テオバルトは『皇帝』に、デュニクスの赤ワインと、鰻の蒲焼きを献上する。香ばしい焼き加減の蒲焼きは、酒のあてには最適だった。
「ふむ、次は貴様か。今の話に思う所でもあったか?」
「まあちょっとな。それで何だっけ。何故戦うのか、だったかな。そりゃ、戦うことで守れる事があるからさ。俺にとっては『笑顔』かな」
「笑顔ときたか」
「ああ、特に俺の好きな人はさ、凄く可愛いんだよ。くるくる変わる表情がどれも魅力的だけど、笑った顔が一番好きだな。でも、怖がりなくせに、皆頑張ってるから、って、無理するんだよ」
 テオバルトが自信満々に言っている背後で、先程下がった和沙が顔を覆っている。耳まで真っ赤になった様子を遠くから見つけた『皇帝』が全てを察した。
「ふん。だが其れだけでは今を生きるに過ぎんだろう」
「おっと、話が飛んだ。えーとな、来ておいてなんだけど、俺は王様のように難しい事は考えられないんだ。この腕が届く範囲で。守れる限りのものを護りたい。そうやって皆が小さい幸せを守っていけば、未来ってやつもほんの少し明るくなるんじゃないかなって思うよ」
「皆だと?」
 テオバルトが何気なく言った言葉に、『皇帝』は眉をひそめる。
「ああ、皆さ。誰か一人じゃない、一人一人で未来を創っていくのさ」
「ならば、大勢が命を落とす今の現状をなんとする? 斃れた者もまた、未来を創る礎と諦めてゆくのか?」
「いいや、これはあくまで俺個人の考えなんだけど、犠牲があったからこそ、幸せは大事にするべきだと思うよ」
 『皇帝』の問いに、テオバルトは一拍置いた後に答える。
「だってそうじゃないと、その人が頑張った甲斐がないじゃないか。悲いから、って、目を背けられるより……斃れた人も、自分の大事なものが輝いてた方が嬉しいと思うんだ」
「……なるほど」
 『皇帝』は、テオバルトの真っ直ぐな言葉に、素直に感嘆の念を述べた。
「よくぞ言った人よ。確かに余は、『犠牲』という、道半ばの断絶を無意味と考えた。だが、貴様はそうではない、『犠牲』を犠牲で終わらせる事なく、意味を持たせよと言うのだな」
「そんな大層なもんでもないけどな。まあ評価してくれんのは嬉しいな!」
 『皇帝』の賞賛の言葉に、テオバルトはにかっと笑む。
「見事なり、貴様もまた余が耳を傾けるに値する人物と認めよう」
 テオバルトは『皇帝』のその言葉に満足気に笑むと、次のハンターと交代するように下がっていった。
「それでは、次は私めが」
 入れ替わるように『皇帝』の前に出てきたのは、静刃=II(ka2921)。カソックに身を包んだ彼女は、『皇帝』の前に出る。
「私の戦う理由、それは今、生きてある者の為。愛する者の為。まだ見ぬ愛する事ができるかもしれない人の為です」
「聞かせてみよ」
 『皇帝』が促すまま、静刃は言葉を紡ぐ。
「私達人は、繋がっています。過去から現在へ、現在から未来へ、バトンを渡すように、命を繋いでいるのです。ここに在った自分がいた。その証を先へと繋いでいるのだと考えます」
「ふむ」
「それは、自らに今の幸せを求める為。先人の意思を、無かった事にしない為の思想です」
「未来へと繋ぐ命……か。先も聞いたな。ならば、貴様もまた死者の思想に殉ずると言いたいのか?」
 『皇帝』は問い掛け返す。
「いいえ、戦いとは今生きている者が、自分の為に行う事です。誰かの為、自分の思想の為、想いは色々とありましょう」
 静刃は、自らの眼鏡に触れながら『皇帝』に向き直る。
「私は、散った命を無意味なものと断じる訳にはいきません。それ故に戦うのです」
「今生きている者、か。なるほどな。では、"死者代表"として今一度問おうではないか。それは本当に『犠牲者の側面を考えた』言葉であるか」
 静刃はひたり、と一瞬、動きを止める。
「貴様の言い分は、生者は死した者に意味を持たせる為に戦う者、と言ったか。だが、その死者が後悔していたとすればどうする? 果たせぬ無念を感じていたならば、どうする?」
「……貴方は後悔しているのですか、『皇帝』」
「疑念があるのは事実だ、迷いがなければ貴様ら民衆の言葉に耳を傾けたりはしまい。余は王として、民を導く存在として生き、死してなおその責務を背負う者。なればこそこの場を設けたのだ」
「民を導く……破滅へ、ですか? 後悔をするのは勝手ですが、それを今、必死に生きていこうとしている人達に押し付けるのは、八つ当たりではないでしょうか。死してなお、干渉するということですか?」
 どんな理由があれ、『アルカナ』が不特定多数の人類に害をなす存在であることは疑いようもない。静刃は、その有り様を糾弾した。
「貴様は『生者が死者に意味を押し付けている』事に気づいてはおらぬのだな。犠牲者に意味を持たせようとしながら、死人に口無しと主張していよう。片側の側面からの主張など響かぬわ」
 『皇帝』はすっぱりと言い切る。静刃は命を繋いでいくと主張したが、同時に死者は干渉するものではないとも言った。あくまで生者の立ち位置からの主張が、『皇帝』にとっては意味のないものであったらしい。
「下がれ、乖離した思想に興味はない。今一度己を見つめ直し、出直すが良い」
「……」
 静刃は歯噛みしながらも、ひとまず引き下がる事にした。続いて出てきたのは、マッシュ・アクラシス(ka0771)だ。
「それでは次は私めが。さしあたり、手土産がこちらでございます」
 マッシュはワイン「ズューデ」を『皇帝』に差し出す。『皇帝』はそれを盃に満たし、一杯煽ってみると、顔を顰める。
「……安酒だな、これを余への献上とするか?」
「味は大したものではありませんが」
 露骨に不機嫌になった『皇帝』に、されど物怖じせず言葉を告げる。
「このワイン、貴方がたとの争いで血に濡れ、嘆きの染みた大地から、生きる為に人間が作り出した、私の郷里の品です。私はこれが、中々に嫌いではありません」
 マッシュは挑戦とも取れる皮肉を臆面もなく口に出す。言うなればこれは、『お前達の存在は悲しみを生みだすしかない』と突きつけているようなものだ。そんなマッシュの不遜な態度に、『皇帝』は
「……はっはっは! これは愉快だ、よもやそのような趣向を凝らしてこようとは夢にも思わなかったぞ!」
「お気に召して頂けたようで」
 むしろ、その挑戦ともとれる不敵な態度に大声をあげて笑いだした。丁度良い刺激と、彼はこみ上げてくるものを抑える事なく笑い出す。
「本題でしたね。私個人が刃を向ける理由は、貴方が嘗て私に感じた感想の通りですよ」
「はっ、だろうな。貴様の瞳に宿る炎は簡単には消えはしまい」
 マッシュは魔剣の柄をかけた手でなぞるように握りしめる。どうすれば容易くその首を差し出してくれるものかと、内から湧き上がる敵意をあえて隠そうともせず『皇帝』に接した。
「……と、ほぼ私の都合ではありますが、私でない誰かはそうとは限りません」
「ふん、話してみよ」
「……私のような碌でなしばかりではないから、皆それぞれの為に増え、作り、営み、国を建て、王が立つのでしょう。今、貴方が飲んだワインのように、剣を携えずとも、嘆き以外のものを芽吹かせる事が出来るのが、人間の強さです」
 自身の内に湧き上がるものとは別に、マッシュは冷静に分析をする。
「私は所謂、抜身の剣。剣はただ剣として、無手なる誰かの望み行くままに振るわれれば良いのです。その過程で私の望みが叶うならば、渡りに船というものです」
「……ふ、中々に面白い答えだ」
 『皇帝』はマッシュの戦う理由について聞き、そしてその信念を評する。
「が、自らの感情を刃としつつも、戦う理由を他人に預けるというのならば、余の求める答えとは程遠い。下がるが良い」
「そうですか、それは残念です。どちらにせよ、やる事は変わりありませんが」
 マッシュは認められなかった事をさして気にした様子もなく、後背へと下がってゆく。続いて現れたのは黒の夢だ。
「久しぶりなのな、王様♪ 我輩の献上するものは、再びこの身体である……ご不満であろうか……?」
 『自分の身体を差し出す』と言う発言に、流石に恥ずかしいのか、もじもじと身体を捩りながら『皇帝』に熱い視線を送る黒の夢。『皇帝』はそれに対し、特に不満を漏らす事なく口角を上げる。
「苦しゅうないわ、近う寄れ。再び余の寵愛を受ける事を許そうではないか」
「うふふ……それじゃあ、お邪魔するのな♪」
 黒の夢は『皇帝』の広げた腕の中へと収まるように身体を寄せる。大胆な所作に『皇帝』は満足気だが、扇状的すぎるその仕草にハンターの何名かは妙な気分になってしまっている。
「さて、このまま悦を感じさせてやるのも王の甲斐性ではあるが、生憎と今は対談の時よ。献上品は悪くないが、此度はそれだけでは済まさぬぞ?」
「わかってるのな、んと、戦う理由だったのな?」
 『皇帝』の腕の中で、黒の夢はうーん、と考える。
「強いて言うなら……『救う為』なのな」
「救う、だと?」
 今まで聞いたどの理由にも該当しない回答に、『皇帝』は目を丸くする。
「汝らとはちょっと意味合いが違うかもだけど……歪虚だって、感情の有無や存在する理由はあるとしても……一度死んで、死にながらも尚生きるのは、本当に幸せなのかなぁ、って……皇帝サマは、歪虚になって、しあわせ?」
「……」
 アルカナである『皇帝』は、方向性こそ歪んでいても、”人の幸福”を想って人の駆逐を選んだ存在だ。そんな彼が逆に『幸福か』と問われる事は今までになく、予想外の問いかけに二の句が継げなくなっている。
「汝の歪虚としての立場は、我々という存在が居てこそ。居なければきっと、汝は人々に恐れられるだけの、本当の暴君になってしまう」
 黒の夢は、こうして『皇帝』との対話で、彼に歩み寄ろうとしていた。人に恐れられる歪虚でなく、この場で『王』として、自分たちとの対話で人としてのあり方を取り戻させようとしていた。

「だからね、我輩――『貴方』を救いに来たのな」
「……ふ、ハハハハハ!」

 『皇帝』は笑い声をあげる。それは侮蔑や嘲笑といった意味を含んだものではなく……ただ、純粋に、人のような笑い声であった。
「これはたまげた、よもやこの余を救う為と出たか! これは愉快にも程がある、歪虚であり、アルカナである余を救うなどと! 貴様は何だ、救世主にでもなるつもりか?」
「大層な事じゃないよ。ただ、我輩には『敵』が存在しないだけである。愛は、全てを赦すのな」
 『皇帝』はひとしきり笑い終えた後、黒の夢の頭を乱暴に撫でる。
「気に入ったぞ、貴様の考えもまた認めようではないか。このまま此処で話を聞く栄誉を与える、光栄に思うがいい」
「うふふ……それは何よりなのな♪」
 黒の夢はごろごろと猫なで声で『皇帝』に擦り寄る。『皇帝』はそのまま、次の対話を促し、一人のハンターが足を踏み出した。
「……ぇと、次わたし、でいいかな?」
 応えたのはエニアだ。『皇帝』と、アルカナと初めて相対したハンターであり、過去のアルカナの事変に数多く関わってきたハンターの一人だ。
「わたしがする手土産は、踊りだね。自分から誰かに見せたりしないから……特別だよ」
 そう言ってエニアは、鮮やかなステップを刻み、舞を踊り始める。音楽こそないが、その動作の一つ一つが緩やかながら情熱的で、さながら”目で聴く”夜想曲とも言える、静かで艶やかな舞を披露した。
「芸達者な事よ、良い余興だ」
「そう言って貰えて光栄だよ」
 エニアは前回も、メイドとして『皇帝』に奉仕していた。エニアの根底には、誰かを悦ばせる事が根付いているのかもしれない。
「さて、それでは聞こうか。貴様は何故戦う」
「戦う理由……ね、わたしはわたしの護りたいものの為に戦う。それだけだよ」
 エニアはシンプルな、されど率直な理由を口にする。迷いのない言葉に、『皇帝』は小さく頷いた。
「手の届く範囲にいる友達は、不用意に死んでほしくないの。自分が強ければ、きっと誰も死なないで済むって……そう思うの。どんなに立派な大義を掲げても、これだけは変わらないと思う」
「……成程な」
 『皇帝』は、そんなエニアの問いに、今までない声色で返す。そして一拍置いた後に、エニアに向けてこう返した。
「怯えているというわけか。また喪う事に」
「……」
 自分の思っている核心を言い当てられ、エニアは面食らう。そんなエニアを尻目に、『皇帝』は続ける。
「確かな信念ではあろう。迷いのない言葉だ。だが、その底にあるものは恐怖か、あるいは逃避か……クク、これまた愉快な事よな」
「……『皇帝』?」
 『皇帝』はエニアを品定めするように見、そして、何かを見透かしたような視線と共に言葉を返す。
「”エニア”よ。貴様に興味が沸いた。貴様の行く未来が……『我々と同じでない』よう、精々足掻くがよい」
「……それって、どういう」
「何、似ていると思ってな。余らと、貴様。爆弾を抱えてる所に、共通点を覚えたまでよ」
「……わたしは……」
 エニアには記憶がない。過去の情景も、歪んだ愛の形しか知らない。自らの在り方に、これから訪れる恐怖に、絶望に晒される事に、耐えられるのか。『皇帝』は、そうエニアに問いかけた。
 己に投げかけられた言葉を考えつつ、エニアは列に戻る。そんな友人の様子を気にかけながらも、次を促され、傍に控えていたシェリルが応えた。
「……それじゃあ、次は私が」
「貴様か、良いぞ、述べてみよ」
 『皇帝』が促すと、シェリルは傍らにそっとティーポットを置き、『皇帝』の前に歩み出た。
「私は……ちょっと前まで、貴方達と……同じこと、考えてた。セカイっていう……大きな絶望の前に、小さすぎる……私。悲劇を無くす為に、全部殺して……壊して……そんな死の先を、見たことがあるの……」
 『皇帝』は、「自分たちと同じ」と考えを述べたシェリルに関心を惹かれ、彼女の次の言葉を待つ。
「……それで、気づけた。私は、大きなセカイなんかじゃく……友達や、家族……好きな人……そんな、小さなセカイを……護りたかったんだ、って……」
「傍らの大事なものを守るためということか。だが、それが未来へどう繋がっていく?」
 『皇帝』は先程までにも、傍らの誰かを守るための理由を聞いてきている。それには付随する、先を見据える言葉を待っているような言葉だった。
「……貴方は……ヒトリだったの?」
「何?」
「……想い、想われる幸せ。ヒトの事……心で感じた事は、ある? 王様は、何でも揃っていたんだと思う……けれど、貴方の姿は……寂しく見えるよ」
「……」
 『皇帝』は押し黙る。先程リューリが問いかけた事に大しても曖昧な返事をしていた様子を眺めていたシェリルは、そこはかとなく彼の様子から察知する。

「……そっか。自分の幸せが、わからなかったんだね」
「……」

 シェリルの指摘に、『皇帝』は言葉を返せない。彼は、民を導き、幸福にする事を考えるばかりで、自らの事を鑑みた事は一度たりとて無かったのだ。シェリルはそれに気づいたのだった。
「……私達は、糸。歪虚も、ヒトも……交わる事はないけど……紡ぐ事は出来る……。憂いも、哀しみも、全部合わせて……もう一度、夢を見ても……いいと思う。今度は、貴方自身の幸福を、願って……」
「……余の幸福、か」
 『皇帝』は深く考え込む。そうしてシェリルは、最後に言葉を紡ぐ。
「……託した糸は、きっと繋がるから……一緒に、視たい。未来の、輝きを……」
 その言葉を最後に、シェリルは言葉を切る。『皇帝』の様子に、何かを伝える事が出来たと確信し、また傍らに控えるように戻ったのだった。
「さて、『皇帝』。最後は、私の話を聞いて貰おうか」
 10人のハンターの最後に出てきたのは、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)だ。彼女は一振りの刀を、『皇帝』へと差し出した。
「異界の技術で作られこの世界の錬金術で鍛えられた刀。亜人の王を討ち取り、憤怒、暴食、二体の歪虚王の身を、私と共に切り裂いた業物だ。献上というのならば……”私自身”といえるようなものを、とな」
 『皇帝』はその刀を受け取る。が、首を横に振り、その刀をアルトへと返す。
「……いいや、これは返すとしよう。貴様の言葉を、聞かせてみよ」
 その行為に目を丸くするアルトだったが、彼なりに心境の変化が在ったと見て、自らの携えた話を切り出す。
「……戦う理由か、ただ、私がそうしたいからだ」
「自分自身の為、という事か」
 『皇帝』の相槌に、アルトは言葉を続ける。
「人は確かに、貴方の言うような部分もあるだろう。だが、決してそれだけではない。親は子に無償の愛を注ぎ、恋人や友の為に命を賭け、目の前で躓いた人へ手を差し伸べる……例え未来に絶望しかないとしても、そんな優しさ強さで、乗り越えていけると信じている」
 アルトの力強い言葉に、『皇帝』は聞き入る。
「未来とは、その時を生きる、ひとつひとつの命の選択の結果であり、その集合だ。それはたった一人の頂点が決めるのではなく、生きとし生けるものが己で選び取るものだ。王とは、その為に選ばれた存在だろう。決して、ただ一人で決めるものではない」
 アルトは信じている。人の持つ可能性を、優しさという強さを。それ故に、彼女は揺らがない視線で『皇帝』へと言葉を投げかけた。
「それを妨げるというならば、例え王……いや、神であろうと斬って捨てる。

私は茨の王、アルト・ヴァレンティーニ。人の可能性が未来を紡ぐ事を望む者。これが私の戦う理由だ」

「……成程な」

 『皇帝』は深く頷いた。アルトの信念、信ずる道、その力強い主張と、それに伴う実力を看破した。彼女の持つ思想、そしてそれを実現するに足る意思、強さ。それを直に感じ取ったのだった。

 そうして『皇帝』は、ハンターに守られるように立っていたエフィーリアに視線を投げる。
「どうだ、タロッキの。答えは……見つかったか?」
「……ええ」
 エフィーリアは、皆の言葉を聞き、そして決意の篭った視線を『皇帝』へと投げ返す。そして、力強く歩み出た彼女は、『皇帝』へと言い放つ。
「もう、私は迷いません。一人一人が世界を繋ぎ、失った命を失ったままにしない為に。先へ、未来へと繋ぎ……”貴方達”の理念も、決して無駄なものではなかったとする為に

『アルカナ』、私は貴方達を討滅します」

 その言葉に、『皇帝』は満足げに微笑む。そうして、彼は玉座より立ち上がった。
「余に触れる事を許そう、タロッキ。来るが良い」

 威風堂々たるその姿の威圧感に、もはやエフィーリアは気圧される事はない。踏み出したエフィーリアは、その手を『皇帝』へと翳した。

「4番目の使徒……真なる姿をここに―――『アテュ・コンシェンス』!」



●行間

 彼は孤高だった。
 『王』には、全てがあった。
 財力も、力も、才能も。権力も、地位も、何もかもを持っていた。

 王たる彼は、完璧だった。人の頂点に立つに足る、優れた力を持っていた。
 だからこそ、彼は疑うことはなかった、自分なら、全ての人間を救い、よりよい世界へ導けると信じていた。

 だが、彼は、それ故に。
 自らの幸福の形を知らなかった。

 民を導く為に費やした人生の中に、『私』など一欠片とてなかった。

 彼は統率者として、裁定者として、権力者として、”全て”を見ていた。
 だからこそ、彼は

 人の”個”としての在り方。

 ”幸福の形”を、知ることはできなかったのだった。


 故に願った、二度目の生で。

 彼は、全てを平等に幸福にする為に、平等な不幸を与える事を、選択するのだった。



●『王』と『人』

 その情景は、この場に居た全ての者が見ていたのだった。
 次の瞬間、ハンター達は弾けるように飛び出した。『皇帝』もまた剣を抜き、それに応戦する。
 エニアの放つ吹雪、和沙の放つ投擲剣が『皇帝』を捉え、『皇帝』が大振りに薙いだ剣はシェリルがステップを踏んで回避し、返す刀で斬撃を繰り出す。
 『重き言葉』による攻撃は、黒の夢の魔力妨害がかき消し、懐に踏み込んだリューリ、テオバルドが、拳と剣で連撃を叩き込む。
 『皇帝』は自らを強化し、衝撃波すら発する剣戟で攻撃する。だが、鋭く剣を構えた静刃の踏み込みが衝撃波を切り裂き、生命力を自らの刃に伝え、文字通り我が身を『剣』と貸したマッシュの一閃に、『皇帝』の持つ大剣は真っ二つに両断される。

 『皇帝』は、ハンター達との戦いは静かだった。ただ、淡々とその暴威を振るう『皇帝』の動きは、戦うというより、責務を全うする。そのような事務的な動作がみてとれた。
 そんな動きでは、ハンター達に手傷を負わせこそすれ、決定的な一打を与える事など叶う筈もない。剣の失った無防備なところに、アルトとフィルメリアが踏み込んでくる。
「……滑稽な話だ。真なる道化は他でもない余自身だったというわけだ」
 アルトの目にも止まらぬ斬撃の嵐、フィルメリアの魔力の収束した処刑刀の一閃が、『皇帝』に決定的な一撃を与えた。

 よろよろとふらつく『皇帝』は、今一度玉座に身を預ける。
 そして、その身体が徐々に光の粒子へと変わり、消えていく。
「……古の王よ、やはり貴殿は悩んでいたのだろう。民の為に研鑽を積んでいた貴方だからこそ、歪虚の本能を抑え、本当にそうなのかと疑問を抱いたのではないのか」
「……ああ、そうだ。余は、真なる幸福の形を知りたかった。人は、一人だ。小さき幸福の積み重ね、その集合が、幸福なる未来。漸く、辿り着いた」

 そんな体に触れた小さな温もりに、彼は傍らを見る。常に控えていたシェリルが、彼の頬に触れていたのだった。
「……温かい、な」
「……うん。ひとって、温かいんだよ……」
 シェリルの言葉を、噛み締めるように感じる『皇帝』。次第に、その体が崩れ、霧散してゆく。


「……」
 消えていく寸前、黒の夢は彼に深くキスをする。その瞳に涙を浮かべながら、慈しむように抱擁する。
「……愛、か。これが、愛、か。……最期に、お前のお陰で……見る事の無かった夢を、見る事が出来た。礼を言おう」
「……だいすきよ、王様。ゆっくり……お休み」


「王、か。そうだな。ではこう言おう、諸君。

……大義であった。努、その在り方を損なわぬよう。其れが余の、最期の王命である」


 その言葉を最期に残し、人ではなく王であった彼は、民に見送られるのであった。

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  • 黒竜との冥契
    黒の夢ka0187
  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニアka0370
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズka0509
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109

重体一覧

参加者一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢(ka0187
    エルフ|26才|女性|魔術師
  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 献身的な旦那さま
    テオバルト・グリム(ka1824
    人間(紅)|20才|男性|疾影士
  • 運命に抗う女教皇
    静刃=II(ka2921
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティア(ka3380
    人間(蒼)|25才|女性|機導師
  • 《大切》な者を支える為に
    和沙・E・グリム(ka6481
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン エフィーリア・タロッキへの質問
フィルメリア・クリスティア(ka3380
人間(リアルブルー)|25才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2017/02/19 03:47:06
アイコン それぞれの理由を掲げて(相談
フィルメリア・クリスティア(ka3380
人間(リアルブルー)|25才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2017/02/19 23:34:33
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/02/18 22:53:29