ゲスト
(ka0000)
聖導士学校――迫る羊。転がる猫
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/03/08 19:00
- 完成日
- 2017/03/11 20:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
にゃーん!
猫の爪が小鳥の首に振り下ろされた。
鳥が体をひねってぎりぎりで回避。
数度横回転した後、地面に激突する直前で態勢を立て直した。
にゃーん!
来るなら来て見ろと、高級キャットフード換算3食分の薬草を背に威嚇する。
今日のところはここまでにしておいてやる、と一瞥くれて北西の人里へ向かう白い鳥。
ここ数ヶ月、飽きること無く繰り返されてきた光景であった。
●今日の授業
「この事例は極端な例ではない」
教室の中に、怯えにも似た気配が教室内に生じた。
黒板に貼られているのは、恐慌状態に陥り多数の死傷者を出した部隊の記録だ。
ただ事実のみを記したそれの存在感は凄まじく、覚醒者とはいえ9~12歳でしかない子供達には刺激が強すぎた。
「強靱な精神があれば防げる、と考えているなら考えを改めろ。この事例で最も問題なのはメンタルケアの失敗であり」
にゃー。
申し訳なさと哀れっぽさが絶妙にブレンドされた鳴き声が、窓の外から聞こえた。
あ、と猫餌やり当番の生徒が慌てた顔になり。
教師が懐中時計を取り出し、予想より半時間過ぎた時間に気づいてマズイと一言つぶやいた。
「講義の続きは昼食後に行う。級長」
「起立。礼」
「ありがとございました!」
「……行った?」
「行ったね」
生徒達が顔を見合わせてほっと息を吐く。
緊張が解けたせいか、きゅーきゅー、ころころと腹が鳴り出す。
窓の外の鳴き声も、種類と音量が増えている。
「食事当番の子は急いで。違う、猫のもだけど私達の食事も」
「またこんな時間っ。午後の講義までに食事つくって食べ終えるなんて無茶だよぉ」
「泣き言言わない! ほら、片付けは当番以外の子がするっ」
男女問わず、貴族の出だろうが貧民の出だろうが関係無く。
全寮制クルセイダー養成校の生徒達は、授業と日常に全員一丸となって取り込んでいた。
そうしなければ、留年確実なのだから。
●校長室
生徒が22名。
教師が5名。
戦闘指導教官兼守備兵が8名。
校長には司教位を持つ実力者。
魔導トラック2両を初めとする武器弾薬、および本格的な植物園が実習のために用意されている。
贅沢にも程がある、と非難されることもある学校だ。
しかし内実を知った者は黙って首を振るか恐怖に怯えることになる。
「まだ余裕があるな」
数ヶ月前まで文盲だった少女に、王立学校(リアルブルー基準の大学以上に相当)で学ぶ内容も教え込むよう指示書を作成。
「この子は前線向きか」
実家では飼い殺しにされていた、少なくともその頃は気弱でひ弱だった少年に、熟練兵でも逃げ出しかねない訓練メニューを作成。
これほど過酷なら脱落者も多そうに見えるが、この司教が校長になってからは死者も再起不能者も出ていない。
潰れる限界を見切って鍛えるのは大得意なのだ。
「司教様」
執務室にノックの音が響く。
生徒より数歳年上の、妙に強い気配があった。
「イコニア司祭か」
校長の声は丁寧だった。
年齢でも実績でも覚醒者としての格でも司教の方が上だ。
ただし派閥の中では彼女も幹部。
しかも中央から派遣されたお目付役な訳で、雑に扱うことは不可能だった。
「5分後にこちらから出向く」
「失礼します」
最後まで言わせず少女司祭が入ってくる。
どこから見ても不作法な行動であり、校長は年長者として一言窘めようとして……イコニアの青筋に気づいて言葉に詰まる。
「司教様」
にっこり。
何故か、子供の頃母親に怒られたことを思い出してしまう。
「お隣の領主に直接挨拶してくださいって、私、去年に散々言いましたよね?」
「う……む。なかなか時間がとれなくてな。例年通り挨拶状を送ったので問題ないかなと」
イコニアの笑みが深くなる。
懐からコピー用紙を……非常に下手な字で書かれた、校長の直筆挨拶状を複数取りだし、怒りで震える手で執務机の上に広げた。
「貴族が面子を潰されたら敵対したくなくても敵対するしかないんです! 直接会って主張が平行線でいいのに、なんで挑発しちゃうんですか!」
「いやしかし」
「しかしじゃありません! 貴族の出の先生もいるのですから分からないなら相談してください。それともなんですか? 分からないことも分からなかったと言うおつもりですか」
司教の額に薄らと汗が浮かぶ。
数十年前に死に別れた母のことをまた思い出してしまい、つい、素直にうんとうなずいてしまった。
「しきょうさまぁ」
緑の瞳が潤んで涙がぽろぽろ零れた。
お目付役ということになってはいるが、実際の仕事は校長のサポートと万一の際の尻拭いだ。
近隣諸侯との関係修復の手間を考えると気が遠くなる。
他の土地での仕事もあるので、正直処理能力が限界に近い。
「わたし、今年に入ってから休みがないんですよぅ」
休みと書いて歪虚相手の遠征と読む。
この派閥ではよくあることだった。
「う、うむ。ハンターを呼んで仕事をしてもらうというのはどうかの? ほれ、教師としても教官としても評判が良かったし、うむ」
イコニアが泣き止むまで、かなり時間がかかった。
●隣領僻地
「隊長! 住民の避難が完了しました」
「そんな、まだ荷物を持ち出せていなっ」
すり切れた服を着た農夫が、貴族が雇った兵士に担ぎ上げられ運ばれていく。
「矢を射かけながら後退する。追ってこないならそのまま放置だ。急げ!」
覚醒者の指示に従い兵士達が動き出す。
そこそこ狙いが正確な矢が大きな弧を描き、両手を振り回す二足歩行羊にいくつも突き刺さる。
『メェ~~~!』
血走った目がこちらに向く。
歪虚の筋肉がさらに膨れあがり、頑丈なはずの柵が砕けて飛び散った。
「クソ、何匹いるんだ」
今月に入ってこれで2匹目だ。
昨年末から数えればそろそろ2桁になる。
負傷し傷が治りきっていない部下も多く、万全なら勝てる相手も見逃すしかない現状だ。
「領主様が聖堂教会と揉めていなければ良かったんだがな……」
馬を駆って、村人を乗せた馬車を追う。
もともと古びていた村が、羊型歪虚の暴虐により崩れていっていた。
●依頼票
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、開拓、猫の相手など、それ以外の担当者も募集中です
猫の爪が小鳥の首に振り下ろされた。
鳥が体をひねってぎりぎりで回避。
数度横回転した後、地面に激突する直前で態勢を立て直した。
にゃーん!
来るなら来て見ろと、高級キャットフード換算3食分の薬草を背に威嚇する。
今日のところはここまでにしておいてやる、と一瞥くれて北西の人里へ向かう白い鳥。
ここ数ヶ月、飽きること無く繰り返されてきた光景であった。
●今日の授業
「この事例は極端な例ではない」
教室の中に、怯えにも似た気配が教室内に生じた。
黒板に貼られているのは、恐慌状態に陥り多数の死傷者を出した部隊の記録だ。
ただ事実のみを記したそれの存在感は凄まじく、覚醒者とはいえ9~12歳でしかない子供達には刺激が強すぎた。
「強靱な精神があれば防げる、と考えているなら考えを改めろ。この事例で最も問題なのはメンタルケアの失敗であり」
にゃー。
申し訳なさと哀れっぽさが絶妙にブレンドされた鳴き声が、窓の外から聞こえた。
あ、と猫餌やり当番の生徒が慌てた顔になり。
教師が懐中時計を取り出し、予想より半時間過ぎた時間に気づいてマズイと一言つぶやいた。
「講義の続きは昼食後に行う。級長」
「起立。礼」
「ありがとございました!」
「……行った?」
「行ったね」
生徒達が顔を見合わせてほっと息を吐く。
緊張が解けたせいか、きゅーきゅー、ころころと腹が鳴り出す。
窓の外の鳴き声も、種類と音量が増えている。
「食事当番の子は急いで。違う、猫のもだけど私達の食事も」
「またこんな時間っ。午後の講義までに食事つくって食べ終えるなんて無茶だよぉ」
「泣き言言わない! ほら、片付けは当番以外の子がするっ」
男女問わず、貴族の出だろうが貧民の出だろうが関係無く。
全寮制クルセイダー養成校の生徒達は、授業と日常に全員一丸となって取り込んでいた。
そうしなければ、留年確実なのだから。
●校長室
生徒が22名。
教師が5名。
戦闘指導教官兼守備兵が8名。
校長には司教位を持つ実力者。
魔導トラック2両を初めとする武器弾薬、および本格的な植物園が実習のために用意されている。
贅沢にも程がある、と非難されることもある学校だ。
しかし内実を知った者は黙って首を振るか恐怖に怯えることになる。
「まだ余裕があるな」
数ヶ月前まで文盲だった少女に、王立学校(リアルブルー基準の大学以上に相当)で学ぶ内容も教え込むよう指示書を作成。
「この子は前線向きか」
実家では飼い殺しにされていた、少なくともその頃は気弱でひ弱だった少年に、熟練兵でも逃げ出しかねない訓練メニューを作成。
これほど過酷なら脱落者も多そうに見えるが、この司教が校長になってからは死者も再起不能者も出ていない。
潰れる限界を見切って鍛えるのは大得意なのだ。
「司教様」
執務室にノックの音が響く。
生徒より数歳年上の、妙に強い気配があった。
「イコニア司祭か」
校長の声は丁寧だった。
年齢でも実績でも覚醒者としての格でも司教の方が上だ。
ただし派閥の中では彼女も幹部。
しかも中央から派遣されたお目付役な訳で、雑に扱うことは不可能だった。
「5分後にこちらから出向く」
「失礼します」
最後まで言わせず少女司祭が入ってくる。
どこから見ても不作法な行動であり、校長は年長者として一言窘めようとして……イコニアの青筋に気づいて言葉に詰まる。
「司教様」
にっこり。
何故か、子供の頃母親に怒られたことを思い出してしまう。
「お隣の領主に直接挨拶してくださいって、私、去年に散々言いましたよね?」
「う……む。なかなか時間がとれなくてな。例年通り挨拶状を送ったので問題ないかなと」
イコニアの笑みが深くなる。
懐からコピー用紙を……非常に下手な字で書かれた、校長の直筆挨拶状を複数取りだし、怒りで震える手で執務机の上に広げた。
「貴族が面子を潰されたら敵対したくなくても敵対するしかないんです! 直接会って主張が平行線でいいのに、なんで挑発しちゃうんですか!」
「いやしかし」
「しかしじゃありません! 貴族の出の先生もいるのですから分からないなら相談してください。それともなんですか? 分からないことも分からなかったと言うおつもりですか」
司教の額に薄らと汗が浮かぶ。
数十年前に死に別れた母のことをまた思い出してしまい、つい、素直にうんとうなずいてしまった。
「しきょうさまぁ」
緑の瞳が潤んで涙がぽろぽろ零れた。
お目付役ということになってはいるが、実際の仕事は校長のサポートと万一の際の尻拭いだ。
近隣諸侯との関係修復の手間を考えると気が遠くなる。
他の土地での仕事もあるので、正直処理能力が限界に近い。
「わたし、今年に入ってから休みがないんですよぅ」
休みと書いて歪虚相手の遠征と読む。
この派閥ではよくあることだった。
「う、うむ。ハンターを呼んで仕事をしてもらうというのはどうかの? ほれ、教師としても教官としても評判が良かったし、うむ」
イコニアが泣き止むまで、かなり時間がかかった。
●隣領僻地
「隊長! 住民の避難が完了しました」
「そんな、まだ荷物を持ち出せていなっ」
すり切れた服を着た農夫が、貴族が雇った兵士に担ぎ上げられ運ばれていく。
「矢を射かけながら後退する。追ってこないならそのまま放置だ。急げ!」
覚醒者の指示に従い兵士達が動き出す。
そこそこ狙いが正確な矢が大きな弧を描き、両手を振り回す二足歩行羊にいくつも突き刺さる。
『メェ~~~!』
血走った目がこちらに向く。
歪虚の筋肉がさらに膨れあがり、頑丈なはずの柵が砕けて飛び散った。
「クソ、何匹いるんだ」
今月に入ってこれで2匹目だ。
昨年末から数えればそろそろ2桁になる。
負傷し傷が治りきっていない部下も多く、万全なら勝てる相手も見逃すしかない現状だ。
「領主様が聖堂教会と揉めていなければ良かったんだがな……」
馬を駆って、村人を乗せた馬車を追う。
もともと古びていた村が、羊型歪虚の暴虐により崩れていっていた。
●依頼票
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、開拓、猫の相手など、それ以外の担当者も募集中です
リプレイ本文
●クーデター
「どうぞ」
校長が執務室にハンターを招き入れる。
先頭はディーナ・フェルミ(ka5843)。
優しげな娘さんにしか見えない、司教が待ち望んだ聖導士(高位で伸び代があってイコニアのような戦下手ではない)である。
「学園長さん、お話伺いましたの! 全部を一気に解決する方法がありますの」
えやっ。
明るい笑みを浮かべて大型メイスを思い切り振る。
ぐふぅ、と歳の割には分厚い腹筋越しに内蔵を揺らされ意識が薄れた。
「えー、校長の体調不良を確認」
「嫌ですねぇこの忙しいときに。後はよろしくお願いしますね」
医者と看護師が司教をソファーに寝かせて分厚いマスクを身につけさせる。
2人はとっくにディーナに抱き込まれていた。
「あちらの体面を保つためにも学園長さんは本当に寝込まないとまずいの」
備え付けの魔導短話を使って馬車の手配を始める。
「細作ぐらい放つのがフツウの貴族なの。寝込んで行けない申し訳ない、まで込みであちらの体面を保つセットなの。イコニアさんと隣領への積み重なった勉強料として寝込んでくださいなの」
朦朧としているはずの司教の瞳がぎらりと光る。
脳内幹部候補リストにディーナが載った瞬間であった。
なお、実際に候補になるにはハンター廃業が必要になる。司教の希望が叶うことはおそらくない。
「イコニアさん。責任者の使者ではなく、責任者の代理として隣領に向かって頂けますね?」
エルバッハ・リオン(ka2434)が贈り物を含む物資の手配をしながら、提案では無く確認の口調でイコニアへ伝える。
「それは……」
校長をちらり。
よりにもよってこのタイミングで疲れが表面化したようで、うつらうつらとし始めている。
「関係改善の一環として援軍の選択肢に入れるべきです」
エルバッハが断言。
予算に余裕がないのでそれしか選択肢がないともいう。
イコニアもそれが分かっているので、少し迷いはしたが結局うなずいた。
「ご無沙汰しております。遅くても4月からは初めたいですし、新宿舎や医療課程の新設や生徒の受け入れは進んでるでしょうか」
司教に毛布をかけてソナ(ka1352)が振り向く。
「それがねぇ。希望者が増えすぎて準備に困ってるのよ」
話し好きのおばさん風の看護の専門家が困った顔になる。ちなみに貴族階層出身だ。
「ではジョン君も?」
「助手として使える子をつけて王都へ行かせたわ。市場で買えば済むものだけじゃないから」
「使い方次第で毒薬ですものね」
前会った時から半年ほど過ぎているのに、ソナはとても馴染んでいる。
「今更の話になってしまいますけど、ここに学校を構えてから4年程経つのですよね? そんなにいざこざが起こるような事があったのですか?」
年齢はともかく立場は新人教師である医師と看護婦から、イコニアに疑問の視線が向けられた。
「えっとですね」
何故か校長の筆跡で羊皮紙に書き込みながら、イコニアが少しだけ目を逸らす。
「ここって、ホロウレイドの後始末が遅れた地域なんです。生き残りの諸侯と教会がそれぞれ別に復興を進めたので」
すれ違いと感情的反発が積み重なりご覧の有様になった。
そう説明して蜜蝋で封をする。
「本来なら私の上かその上の世代が司教様の補佐をするのですが」
ほぼホロウレイドで全滅した。
人工密度の高い部屋に沈黙が満ちる。ソナは、隣領への事前連絡をエルバッハとその手伝いをさせられている助祭を見て、ふわりと柔らかに微笑んだ。
「マティちゃんも気苦労が絶えないわね」
学校を卒業したばかりなのにいきなり幹部付助祭としてOJT中の少女が、営業スマイルを引きつらせていた。
●変わらない貴族
地方貴族としては贅を尽くした歓迎の宴。着飾った領主と司祭が並んだ上座での会話である。
「前途有望な司祭殿に来て頂き感謝に堪えません。これからも良い関係を築いていきたいですな」
反応が遅いぞガキめ。これ以上舐めた真似をするなら中央に貴様等の非を訴えるし実力行使も視野にいれるぞ。
「ありがとうございます。貴族と教会は王家を支える両輪。この地方を共に守っていきましょう」
自衛もろくに出来ない三下貴族が粋がってんじゃねーよ。聖堂戦士団を回復させたこっちとテメェが同格のつもりか。
綺麗な仕草と言葉が交わされても、誠意も善意も一切存在しない。
「月雪 涼花。司祭の護衛を請け負ったハンターです」
「これはどうも。領主の弟で執事長です」
月雪 涼花(ka6591)と特徴のない男が握手を交わした。
上座から見えない場所に移動し、補修の跡が隠せないソファーに座って向かい合う。
「話が弾んでいますね」
涼花が首から上の筋肉を制御する。
柔らかで控えめな、しかし決して隙を見せない上品な微笑みを作って男を牽制した。
「ええ、お陰様で最悪の事態だけは避けられそうです」
男の側は安堵の感情を素直に表に出している。
薄めに入れられた紅茶をメイドから受け取り、大きな息を吐いた。
「のんびり話している暇はないと思いますが」
連城 壮介(ka4765)が単なる事実を指摘する。
領主の館に来るまでの道のりで、避難のため無人となった村がいくつか遠くに見えた。
今回の出発地である小さな学校を思い出す。
「演習への協力という名目で生徒達を受け入れて欲しい。他所から干渉して欲しくは無いと思いますが、王国の未来を育てると思ってどうか許してください」
敵が1~2匹だけなら壮介が歪虚を斬ってお仕舞いなのだけど、現在広い範囲に現れているので壮介だけでは人手不足だ。ハンターだけでも足りないかもしれない。
1ヶ月領内を動き回れるならなんとかなる気もするが、他の仕事もあるし何より領主が嫌がるだろう。
「学生と聞けば不安と思われるかもしれませんが、熟練の教官や我々ハンターが付き添いし、討伐は必ず行います」
涼花が言葉を添える。
敢えて謝罪のニュアンスを加え、相手にメリットを与えることで生徒の経験と歪虚排除という利をとる作戦だった。
「あくまで一般論ですが」
男が実質的に隣領を代表して返答する。
歪虚討伐の途中で隣領に踏み込んでも咎める気は無い。
もちろんあまり派手にされるとこちらから抗議せざるを得ないのでその点は気を付けて欲しい。
事前連絡や馬車も含めた貴族の面子を立てる工夫もあったので、相手の態度に敵対的な部分はほぼ無かった。
「関係改善のため、そちらからの歪虚退治への援軍を申し出てもらうのは?」
そうでないと学校側が不法侵入扱いされる危険がある。
エルバッハがその意図で尋ねると、男は感情は害さず困惑の表情になる。
「そこは信頼して頂くしか……。領主の人格ではなく損得勘定を信頼していただければ」
羊型歪虚排除後に復興するにも金がいるし、学校へ罪をなすりつけるのにも金いる。
故にこの男の意見には説得力があるはずなのに、エルバッハ達は何故か信用しきれない。
イコニアと領主が、伝統的で陰険なやりとりを通じて非交戦状態であることを確認していた。
●獰猛な羊
大気が揺れて地面に浅いクレーターが生じた。
二足歩行する羊の巨体がぐらりと揺れる。
「魔導トラックからの降車は取りやめです。雑魔の接近に注意しながら学校へ向かってください」
涼花の言葉は穏やかなのに人を従わせる力があった。
今回初めて指揮下に入った生徒達が、反論はもちろん戸惑うことも無く従い歪虚から離れて行く。
ハンターの随伴無しでの行動になるが問題ないはずだ。
このあたりには雑魔最底辺でる、雑魚スケルトンしか出ない。今暴れている羊型を除けばだが。
「隣領との衝突は回避、生徒に経験を積ませるのは成功。非常に良い結果ではありますが」
体内の気を循環させ拳に大きな流れが来るように。
金色のトンファーを鋭く振って、そこから流れ一部を二足歩行羊に向け解き放つ。
羊の眉間に直撃。
強靱な毛がない場所でおそらく急所の1つだ。しかしあまり効いた様子は無く血走った目を涼花に向けた。
「歪虚の強さは予想外です」
「結構効いていますよ」
ちょん、ちょん、と一見ゆっくり見える速度で壮介が突いた。
白い毛を切り固い皮膚を裂き、呆れるほど分厚い筋肉に切り傷をつけてからバックステップ。
羊が怒りで狂う。
ひょっとしたら10倍以上の重さを持つかもしれない巨体が強烈な速度で迫った。
壮介は、防ぎも躱しもせず真正面から受け止めた。
ただし刃は手放さず、衝突時の隙をついて喉元に切っ先を滑らせ振り抜いた。
血が溢れて上半身が真っ赤に染まる。
「痛みを感じないくらい頭に血が上っているだけです」
「今援護しまっ、あぁっ!」
イコニアを置き去りにしてディーナが馬を走らせる。
残念ながらメイスの衝撃は毛でほぼ吸収されたけれども、守りの堅さは壮介以上で有り時間を稼ぐことには成功する。
再度の爆発。
筋肉の鎧がひび割れ血が漏れて、毛が焼ける悪臭が畑の側で広がった。
エルバッハが眉をしかめる。
敵は正面にしか動かないので、敵味方識別能力のないファイアーボールでも非常に狙い易い。
というより力は強くても行動が単純すぎる。
ここまで距離が近づくと難しいが、もし同種の羊がいるなら後退しながら戦えば無傷で勝てそうだ。
人間の倍はある拳を軽々と避け、壮介は呼気を整え高速の斬撃を連続で繰り出す。
二足歩行羊の右股、左脇にぱっくりと亀裂が刻まれ。
大量に噴き出した血が毛を汚す。
歪虚の上半身を包む形で炎の華が咲く。
壮介が止めを刺すまでも無く、羊の全身が薄れて消えていった。
●授業
歪虚と赤字で書かれたタスキをかけて、フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)が演習場を駆けていた。
「そっちだ!」
「北の丘を抑えて下さいっ」
年少組がフィーナを追い回す。
既に開始から10分以上経過しているが、まだ1度も撃破判定が出ていなかった。
「にゅぁっ」
いつの間にか現れた壁にぶつかり、一応最精鋭の少女が涙目で立ち止まってしまう。
フィーナが振り返り放った氷の矢が、革鎧で守られた胸にぶつかり砕けた。
「重体、戦闘不能。戦死まで4分」
戦闘教官が小さな旗をあげる。
重体を意味する色で、無事な生徒が安全な場所まで連れていかないと参加者全員の評価が下がる。
「いま運っ」
ぺちん、ぺちんと今度は光の矢が当たる。
フィーナは今最低限の装備しかしていないので実際のダメージは0に等しい。
生徒達のメンタルと成績へのダメージは非常に大きくなりそうだった。
「で」
1時間後。
一風呂浴びたフィーナと子供達が教室の中に集まっていた。
「他のクラス、知らないとどうなるか、分かった?」
「フィーナ臨時教師の発言を補足する。先程の演習だが、双方同水準の指揮官であれば君達が被害無く勝っていた。以上だ」
後はよろしく、と目礼して傭兵が退室する。
「聖導士としての力だけじゃ、足りない。他クラスを知ること、装備で能力を上げるのも、大事……」
非覚醒時なので思うように動かない手を動かし、大きな字で「自分を高めるのに必要なこと」と黒板に書いた。
「今日は魔術師について。魔導書を使う。15ページ目を、開いて?」
フィーナの意見の正しさを体に叩き込まれた彼等は、素直に、そして必死に授業を受けていた。
●南東
全高6~7メートルの巨大スケルトンが、小さな丘の陰に入っていった。
クラン・クィールス(ka6605)は望遠鏡を目から離す。
伏せた姿勢のまま後ろに下がり、無人の小屋の屋上から飛び降りた。
駆け寄って来た馬に飛び乗り北東を目指す。
緑豊かで土も肥えているように見える。
しかし近づいて観察すると、果樹は実をつけず畑には食えない草が密集して生えているのに気づく。
「気にするな。奴とは戦わない」
南東を警戒して足取りが乱れている馬をなだめる。
あれほど大きな歪虚に勝つには、ハンター数名と緻密な作戦か、あるいはCAMや魔導アーマーが必要だ。
「またか」
馬を駆けさせたまま両手で大鎌を構える。
不自然に揺れる草むらとの距離があっという間に0に近づき。
速度を載せた前のめりの一閃を揺れの中心にお見舞いした。
固いものを砕いた感触が手のひらに伝わる。
無視して馬を走らせる。
すると、大型スケルトンが悔しげな様子で草むらから顔を出した。肋骨の半数が砕かれている。
今度は反転しようとした馬に、クランは学校を目指すよう強く指示する。
あれなら1対1でも確実に勝てるが時間がかかる。
勝負が付く前に別の歪虚が現れたら命が危ない。
「ちっ」
赤黒いオーラで覆われた左腕が微かにうずく。
負の感情を雑魔にぶつけろと何かが無音でささやいてくる。
「深追いはなし、だ」
勇気と無謀の違いを彼はよく知っていた。
しばらく走らせた後、地平線に学校校舎が見えたところで馬から降りて休憩させる。
小さいまま腐りかけている柑橘類が、手入れされてない木で揺れている。
「歪虚がいなければ最高の農地か」
魔導カメラで周囲を撮影した上で果物を回収し、報告を行うため学校に向かった。
●西からの獣臭
「お時間、大丈夫ですかぁ?」
猫小屋へ食事を運ぶ子供達に、氷雨 柊(ka6302)が声をかけた。
「ご飯は休息して、自分のエネルギーを摂取する時間ですからー……お忙しいならご飯を食べに行って、猫さんのお世話は任せてくださいねぇ」
少年が顔を赤くして頭を下げて礼を言おうとする。
が、ありがとうの声よりもお腹の音の方が大きく、頭から湯気があがってしまう。
「はい。しっかり食べて午後も頑張ってくださいね」
馬鹿にせず、正面から見て、褒めてくれる。
綺麗なエルフのおねーさんへの初恋(失恋確率10割)が始まった。
なお、彼で5人目である。
柊が慣れた所作で着物にたすき掛けをして、入りますよと一声かけてから猫小屋の扉を開けた。
待ちかねたぜ、という気配の鳴き声が広めの部屋の中で反響する。
「こら、小さい子のをとったら駄目ですよ~」
ここは弱肉強食の野生では無く、聖導士候補の情操教育のための施設、という名目で運営費が出ている。
なので柊は、強い猫も弱い猫も適度に構って全員に十分な量の食事をとらせた。
複数種の櫛を見つけたので、食事後おねむな猫の毛をすいていく。
にゃー……。
機嫌良く立っていた尻尾からも力が抜け。
全身脱力して柊の手に己を委ねた。
「今日は西に行かないの?」
今すいているのは、 昨日と一昨日、西へ遠出して獲物をとっていた黒白のブチ猫だ。
いつもは日に1回しか寄りつかないのに、今日は北の薬草園の匂いを付けて来てこれで2回目だ。
にゃー。
柊の膝に小さな頭を押しつける。
嫌々と、まるで幼子のような怯えた仕草を繰り返している。
「何かいたの?」
猫に人の言葉は分からない。
暖かな気配に縋るように、柊から離れようとしなかった。
「どうぞ」
校長が執務室にハンターを招き入れる。
先頭はディーナ・フェルミ(ka5843)。
優しげな娘さんにしか見えない、司教が待ち望んだ聖導士(高位で伸び代があってイコニアのような戦下手ではない)である。
「学園長さん、お話伺いましたの! 全部を一気に解決する方法がありますの」
えやっ。
明るい笑みを浮かべて大型メイスを思い切り振る。
ぐふぅ、と歳の割には分厚い腹筋越しに内蔵を揺らされ意識が薄れた。
「えー、校長の体調不良を確認」
「嫌ですねぇこの忙しいときに。後はよろしくお願いしますね」
医者と看護師が司教をソファーに寝かせて分厚いマスクを身につけさせる。
2人はとっくにディーナに抱き込まれていた。
「あちらの体面を保つためにも学園長さんは本当に寝込まないとまずいの」
備え付けの魔導短話を使って馬車の手配を始める。
「細作ぐらい放つのがフツウの貴族なの。寝込んで行けない申し訳ない、まで込みであちらの体面を保つセットなの。イコニアさんと隣領への積み重なった勉強料として寝込んでくださいなの」
朦朧としているはずの司教の瞳がぎらりと光る。
脳内幹部候補リストにディーナが載った瞬間であった。
なお、実際に候補になるにはハンター廃業が必要になる。司教の希望が叶うことはおそらくない。
「イコニアさん。責任者の使者ではなく、責任者の代理として隣領に向かって頂けますね?」
エルバッハ・リオン(ka2434)が贈り物を含む物資の手配をしながら、提案では無く確認の口調でイコニアへ伝える。
「それは……」
校長をちらり。
よりにもよってこのタイミングで疲れが表面化したようで、うつらうつらとし始めている。
「関係改善の一環として援軍の選択肢に入れるべきです」
エルバッハが断言。
予算に余裕がないのでそれしか選択肢がないともいう。
イコニアもそれが分かっているので、少し迷いはしたが結局うなずいた。
「ご無沙汰しております。遅くても4月からは初めたいですし、新宿舎や医療課程の新設や生徒の受け入れは進んでるでしょうか」
司教に毛布をかけてソナ(ka1352)が振り向く。
「それがねぇ。希望者が増えすぎて準備に困ってるのよ」
話し好きのおばさん風の看護の専門家が困った顔になる。ちなみに貴族階層出身だ。
「ではジョン君も?」
「助手として使える子をつけて王都へ行かせたわ。市場で買えば済むものだけじゃないから」
「使い方次第で毒薬ですものね」
前会った時から半年ほど過ぎているのに、ソナはとても馴染んでいる。
「今更の話になってしまいますけど、ここに学校を構えてから4年程経つのですよね? そんなにいざこざが起こるような事があったのですか?」
年齢はともかく立場は新人教師である医師と看護婦から、イコニアに疑問の視線が向けられた。
「えっとですね」
何故か校長の筆跡で羊皮紙に書き込みながら、イコニアが少しだけ目を逸らす。
「ここって、ホロウレイドの後始末が遅れた地域なんです。生き残りの諸侯と教会がそれぞれ別に復興を進めたので」
すれ違いと感情的反発が積み重なりご覧の有様になった。
そう説明して蜜蝋で封をする。
「本来なら私の上かその上の世代が司教様の補佐をするのですが」
ほぼホロウレイドで全滅した。
人工密度の高い部屋に沈黙が満ちる。ソナは、隣領への事前連絡をエルバッハとその手伝いをさせられている助祭を見て、ふわりと柔らかに微笑んだ。
「マティちゃんも気苦労が絶えないわね」
学校を卒業したばかりなのにいきなり幹部付助祭としてOJT中の少女が、営業スマイルを引きつらせていた。
●変わらない貴族
地方貴族としては贅を尽くした歓迎の宴。着飾った領主と司祭が並んだ上座での会話である。
「前途有望な司祭殿に来て頂き感謝に堪えません。これからも良い関係を築いていきたいですな」
反応が遅いぞガキめ。これ以上舐めた真似をするなら中央に貴様等の非を訴えるし実力行使も視野にいれるぞ。
「ありがとうございます。貴族と教会は王家を支える両輪。この地方を共に守っていきましょう」
自衛もろくに出来ない三下貴族が粋がってんじゃねーよ。聖堂戦士団を回復させたこっちとテメェが同格のつもりか。
綺麗な仕草と言葉が交わされても、誠意も善意も一切存在しない。
「月雪 涼花。司祭の護衛を請け負ったハンターです」
「これはどうも。領主の弟で執事長です」
月雪 涼花(ka6591)と特徴のない男が握手を交わした。
上座から見えない場所に移動し、補修の跡が隠せないソファーに座って向かい合う。
「話が弾んでいますね」
涼花が首から上の筋肉を制御する。
柔らかで控えめな、しかし決して隙を見せない上品な微笑みを作って男を牽制した。
「ええ、お陰様で最悪の事態だけは避けられそうです」
男の側は安堵の感情を素直に表に出している。
薄めに入れられた紅茶をメイドから受け取り、大きな息を吐いた。
「のんびり話している暇はないと思いますが」
連城 壮介(ka4765)が単なる事実を指摘する。
領主の館に来るまでの道のりで、避難のため無人となった村がいくつか遠くに見えた。
今回の出発地である小さな学校を思い出す。
「演習への協力という名目で生徒達を受け入れて欲しい。他所から干渉して欲しくは無いと思いますが、王国の未来を育てると思ってどうか許してください」
敵が1~2匹だけなら壮介が歪虚を斬ってお仕舞いなのだけど、現在広い範囲に現れているので壮介だけでは人手不足だ。ハンターだけでも足りないかもしれない。
1ヶ月領内を動き回れるならなんとかなる気もするが、他の仕事もあるし何より領主が嫌がるだろう。
「学生と聞けば不安と思われるかもしれませんが、熟練の教官や我々ハンターが付き添いし、討伐は必ず行います」
涼花が言葉を添える。
敢えて謝罪のニュアンスを加え、相手にメリットを与えることで生徒の経験と歪虚排除という利をとる作戦だった。
「あくまで一般論ですが」
男が実質的に隣領を代表して返答する。
歪虚討伐の途中で隣領に踏み込んでも咎める気は無い。
もちろんあまり派手にされるとこちらから抗議せざるを得ないのでその点は気を付けて欲しい。
事前連絡や馬車も含めた貴族の面子を立てる工夫もあったので、相手の態度に敵対的な部分はほぼ無かった。
「関係改善のため、そちらからの歪虚退治への援軍を申し出てもらうのは?」
そうでないと学校側が不法侵入扱いされる危険がある。
エルバッハがその意図で尋ねると、男は感情は害さず困惑の表情になる。
「そこは信頼して頂くしか……。領主の人格ではなく損得勘定を信頼していただければ」
羊型歪虚排除後に復興するにも金がいるし、学校へ罪をなすりつけるのにも金いる。
故にこの男の意見には説得力があるはずなのに、エルバッハ達は何故か信用しきれない。
イコニアと領主が、伝統的で陰険なやりとりを通じて非交戦状態であることを確認していた。
●獰猛な羊
大気が揺れて地面に浅いクレーターが生じた。
二足歩行する羊の巨体がぐらりと揺れる。
「魔導トラックからの降車は取りやめです。雑魔の接近に注意しながら学校へ向かってください」
涼花の言葉は穏やかなのに人を従わせる力があった。
今回初めて指揮下に入った生徒達が、反論はもちろん戸惑うことも無く従い歪虚から離れて行く。
ハンターの随伴無しでの行動になるが問題ないはずだ。
このあたりには雑魔最底辺でる、雑魚スケルトンしか出ない。今暴れている羊型を除けばだが。
「隣領との衝突は回避、生徒に経験を積ませるのは成功。非常に良い結果ではありますが」
体内の気を循環させ拳に大きな流れが来るように。
金色のトンファーを鋭く振って、そこから流れ一部を二足歩行羊に向け解き放つ。
羊の眉間に直撃。
強靱な毛がない場所でおそらく急所の1つだ。しかしあまり効いた様子は無く血走った目を涼花に向けた。
「歪虚の強さは予想外です」
「結構効いていますよ」
ちょん、ちょん、と一見ゆっくり見える速度で壮介が突いた。
白い毛を切り固い皮膚を裂き、呆れるほど分厚い筋肉に切り傷をつけてからバックステップ。
羊が怒りで狂う。
ひょっとしたら10倍以上の重さを持つかもしれない巨体が強烈な速度で迫った。
壮介は、防ぎも躱しもせず真正面から受け止めた。
ただし刃は手放さず、衝突時の隙をついて喉元に切っ先を滑らせ振り抜いた。
血が溢れて上半身が真っ赤に染まる。
「痛みを感じないくらい頭に血が上っているだけです」
「今援護しまっ、あぁっ!」
イコニアを置き去りにしてディーナが馬を走らせる。
残念ながらメイスの衝撃は毛でほぼ吸収されたけれども、守りの堅さは壮介以上で有り時間を稼ぐことには成功する。
再度の爆発。
筋肉の鎧がひび割れ血が漏れて、毛が焼ける悪臭が畑の側で広がった。
エルバッハが眉をしかめる。
敵は正面にしか動かないので、敵味方識別能力のないファイアーボールでも非常に狙い易い。
というより力は強くても行動が単純すぎる。
ここまで距離が近づくと難しいが、もし同種の羊がいるなら後退しながら戦えば無傷で勝てそうだ。
人間の倍はある拳を軽々と避け、壮介は呼気を整え高速の斬撃を連続で繰り出す。
二足歩行羊の右股、左脇にぱっくりと亀裂が刻まれ。
大量に噴き出した血が毛を汚す。
歪虚の上半身を包む形で炎の華が咲く。
壮介が止めを刺すまでも無く、羊の全身が薄れて消えていった。
●授業
歪虚と赤字で書かれたタスキをかけて、フィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)が演習場を駆けていた。
「そっちだ!」
「北の丘を抑えて下さいっ」
年少組がフィーナを追い回す。
既に開始から10分以上経過しているが、まだ1度も撃破判定が出ていなかった。
「にゅぁっ」
いつの間にか現れた壁にぶつかり、一応最精鋭の少女が涙目で立ち止まってしまう。
フィーナが振り返り放った氷の矢が、革鎧で守られた胸にぶつかり砕けた。
「重体、戦闘不能。戦死まで4分」
戦闘教官が小さな旗をあげる。
重体を意味する色で、無事な生徒が安全な場所まで連れていかないと参加者全員の評価が下がる。
「いま運っ」
ぺちん、ぺちんと今度は光の矢が当たる。
フィーナは今最低限の装備しかしていないので実際のダメージは0に等しい。
生徒達のメンタルと成績へのダメージは非常に大きくなりそうだった。
「で」
1時間後。
一風呂浴びたフィーナと子供達が教室の中に集まっていた。
「他のクラス、知らないとどうなるか、分かった?」
「フィーナ臨時教師の発言を補足する。先程の演習だが、双方同水準の指揮官であれば君達が被害無く勝っていた。以上だ」
後はよろしく、と目礼して傭兵が退室する。
「聖導士としての力だけじゃ、足りない。他クラスを知ること、装備で能力を上げるのも、大事……」
非覚醒時なので思うように動かない手を動かし、大きな字で「自分を高めるのに必要なこと」と黒板に書いた。
「今日は魔術師について。魔導書を使う。15ページ目を、開いて?」
フィーナの意見の正しさを体に叩き込まれた彼等は、素直に、そして必死に授業を受けていた。
●南東
全高6~7メートルの巨大スケルトンが、小さな丘の陰に入っていった。
クラン・クィールス(ka6605)は望遠鏡を目から離す。
伏せた姿勢のまま後ろに下がり、無人の小屋の屋上から飛び降りた。
駆け寄って来た馬に飛び乗り北東を目指す。
緑豊かで土も肥えているように見える。
しかし近づいて観察すると、果樹は実をつけず畑には食えない草が密集して生えているのに気づく。
「気にするな。奴とは戦わない」
南東を警戒して足取りが乱れている馬をなだめる。
あれほど大きな歪虚に勝つには、ハンター数名と緻密な作戦か、あるいはCAMや魔導アーマーが必要だ。
「またか」
馬を駆けさせたまま両手で大鎌を構える。
不自然に揺れる草むらとの距離があっという間に0に近づき。
速度を載せた前のめりの一閃を揺れの中心にお見舞いした。
固いものを砕いた感触が手のひらに伝わる。
無視して馬を走らせる。
すると、大型スケルトンが悔しげな様子で草むらから顔を出した。肋骨の半数が砕かれている。
今度は反転しようとした馬に、クランは学校を目指すよう強く指示する。
あれなら1対1でも確実に勝てるが時間がかかる。
勝負が付く前に別の歪虚が現れたら命が危ない。
「ちっ」
赤黒いオーラで覆われた左腕が微かにうずく。
負の感情を雑魔にぶつけろと何かが無音でささやいてくる。
「深追いはなし、だ」
勇気と無謀の違いを彼はよく知っていた。
しばらく走らせた後、地平線に学校校舎が見えたところで馬から降りて休憩させる。
小さいまま腐りかけている柑橘類が、手入れされてない木で揺れている。
「歪虚がいなければ最高の農地か」
魔導カメラで周囲を撮影した上で果物を回収し、報告を行うため学校に向かった。
●西からの獣臭
「お時間、大丈夫ですかぁ?」
猫小屋へ食事を運ぶ子供達に、氷雨 柊(ka6302)が声をかけた。
「ご飯は休息して、自分のエネルギーを摂取する時間ですからー……お忙しいならご飯を食べに行って、猫さんのお世話は任せてくださいねぇ」
少年が顔を赤くして頭を下げて礼を言おうとする。
が、ありがとうの声よりもお腹の音の方が大きく、頭から湯気があがってしまう。
「はい。しっかり食べて午後も頑張ってくださいね」
馬鹿にせず、正面から見て、褒めてくれる。
綺麗なエルフのおねーさんへの初恋(失恋確率10割)が始まった。
なお、彼で5人目である。
柊が慣れた所作で着物にたすき掛けをして、入りますよと一声かけてから猫小屋の扉を開けた。
待ちかねたぜ、という気配の鳴き声が広めの部屋の中で反響する。
「こら、小さい子のをとったら駄目ですよ~」
ここは弱肉強食の野生では無く、聖導士候補の情操教育のための施設、という名目で運営費が出ている。
なので柊は、強い猫も弱い猫も適度に構って全員に十分な量の食事をとらせた。
複数種の櫛を見つけたので、食事後おねむな猫の毛をすいていく。
にゃー……。
機嫌良く立っていた尻尾からも力が抜け。
全身脱力して柊の手に己を委ねた。
「今日は西に行かないの?」
今すいているのは、 昨日と一昨日、西へ遠出して獲物をとっていた黒白のブチ猫だ。
いつもは日に1回しか寄りつかないのに、今日は北の薬草園の匂いを付けて来てこれで2回目だ。
にゃー。
柊の膝に小さな頭を押しつける。
嫌々と、まるで幼子のような怯えた仕草を繰り返している。
「何かいたの?」
猫に人の言葉は分からない。
暖かな気配に縋るように、柊から離れようとしなかった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/03 16:46:25 |
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学校と羊猫の相談 ディーナ・フェルミ(ka5843) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2017/03/08 02:22:40 |