• 黒祀

【黒祀】されば人、かくも小さき者なり

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2014/10/17 07:30
完成日
2014/10/23 16:54

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 夜闇が包む草原に、少女が二人居た。彼方を眺めながら、片割れが口を開く。
「楽しみだね!」
「いえ、とても不愉快だわ」
「……なんで?」
「フラベル。貴女が愉しそうだからよ」
「にひっ! クラベル、それ、ほんとにっ?」
「嘘よ」
 少女達の姿は、鏡写しのように似ていた。ただ、その声色だけが大きく異なる。夫々に沈まぬ太陽と、光を返さぬ新月を想起させる声音。
「面倒くさい仕事だなと思っただけ」
「そうかな。大事なことだよ?」
「どうでもいいことだわ」
 クラベルと呼ばれた少女は憂鬱な息を吐き、言う。
「誰も彼も皆、勝手に踊り狂っていればいい。貴女も」
「にひっ」
 フラベルと呼ばれた少女は晴れやかに笑い、言う。
「うん、踊ってくるねっ! 一杯一杯殺して、褒めてもらうんだぁ」



 5年前の災禍は、誰の心にも恐怖を植えつけていた。疎開する者、城壁を築く者、武器を蓄える者。それが奏功した事は幸いだが、あまりにも早かった。中世のように城壁で囲まれた田舎の町に、住む場所を歪虚に追われた村人が流れ込んでくる。
 後背を守っていたのはリベルタース地方ロブレー家の所領を守る騎士の1人、リリー・ディラック。白い鎧は彼女の一括りにされた美しい金の髪に良く似合っていたが、汚れの無い外装は彼女の経験の浅さを如実に物語っていた。彼女と供周りを収めて重い鉄扉が閉じられようとする向こう、夕暮れの地平線には羊の姿をした歪虚が何十もひしめいていた。門が閉じられると、続々と町を守っていた兵士達がリリーの元に参集する。そこには長く彼女と行動を共にしてきたヘクターや、臨時に雇ったハンター達の姿もあった。
「リリー様、御無事でなによりです」
「ヘクター!」
 同世代で馴染みのヘクターの顔を見て気が緩みそうになるのを、リリーはすんでのところで踏みとどまる。馴染みでない領民達も見ている手前、まだ騎士としての顔を崩すわけにはいかない。
「ヘクター兵士長、町民の避難の様子はどうか?」
「はっ。万事滞りありません。デリックとレナードが兵士100人を率い護衛に当たっております」
「そうか。ご苦労」
 2人は先代から付き合いのあるベテランで、リリーが武術を学んだ師でもある。イスルダ島で戦死した父から領地の守りを託され早5年。彼ら父の部下に支えられながら、再度の歪虚侵攻に備えていた。避難の際の手順を整えたのもその一つ。町内に大きな混乱はない。この町に残っているのは軍需品を扱う商人や技術者達と、逃げてきた村民ばかり。預かった所領を守れなかった事は悔やみきれないが、人こそが財産だ。村も町も人さえ居れば再建できる。リリーは絶え間ない重圧を感じながらも、築き上げた城壁を見上げて安堵を覚えていた。
 そんな緊張と弛緩の隙間、最後通牒を突きつけるように使者は戻った。
「伝令!! リリー様、リリー様はどちらに!?」
 切羽詰った声に周囲がざわつく。
「私はここだ!」
 主を見つけた兵士は転げ落ちるように馬を下りると、リリーの前で膝をついた。その身体には、無数の傷がついている。
「申し上げます。デリック様とレナード様が引率していた避難民の一団が壊滅しました」
 リリーは足元が崩れ落ちるような錯覚を覚えた。「続けろ。何が起こった?」と言葉を出せたのが奇跡に近い。
「先頭の集団は北の街道20kmの地点で歪虚の小集団に襲撃されました。避難民を守るため迎撃に出ましたが、5分持たずに味方は総崩れ。デリック様、レナード様は両名討死」
 周囲に動揺が広がる。伝令の兵士は時折つっかえながらも言葉を続けた。
「敵は……見たことのない、まるで少女のような歪虚でした。それが現れるやいなや、たった一人で兵士達を……。私はこの事を伝える為に一人で………」
 仲間を見捨てた悔恨、絶大な恐怖、助かった安堵。兵士は溢れる感情を御しきれず、泣きながらうずくまった。
「……この者を休ませてやれ」
「はっ」
 兵士達が伝令の兵士を支え上げ、宿舎へと連れて戻っていく。周囲は無言だった。ヘクターは隣に立ち、で心配そうにリリーを見ている 
「リリー様」「リリー様」
 周囲から声が聞こえる。助けを縋る声だった。この場において、逃げ延びた彼らを助けることができるのは、彼女しかいない。
 リリーは黙して天を仰いだ。篭城は難しい。食料の備蓄は多くは無い。早晩飢える事になる。救援の知らせが届いているか定かでない上に、近隣では似たような歪虚の事件が頻発している。援軍の見込みはない。そもそも援軍があったとして、100人の兵士を屠った歪虚相手に勝ち目はないだろう。逃げるしかないが、西は敵の勢力に近いため論外。南にも援軍はなし。可能性があるとすれば東。東の街道の先の街には、確か比較的大きな騎士団の部隊が常駐していたはず。行くべきはそこしかなかった。リリーは自身を落ち着かせるために、大きく息を吸い、吐いた。
「残存する各隊と全ての町民村民に知らせよ。明朝、日の出と共に東の門を開け打って出る」
「あんなにたくさん歪虚が居るのにですか……?」
 兵士の1人が不安そうに聞いてくる。
「そうだ。そこ以外に活路はない」
 ヘクターも同様の考えらしく、拳を握り締め俯いたままだ。
「若い男は全て武器を持て。老人と子供、足の動かぬ者は全て荷馬車へ乗せよ。女も健康なものは徒歩で逃げさせよ。我々王国軍が必ず安全な町へ送り届ける。皆、落ち着いて準備をせよ。以上だ。取り掛かれ。後の手配は……」
 リリーはヘクターに視線を向ける。自分より二つ年上の彼は、もう既に落ち着きを取り戻していた。
「ヘクターに任せる」
「はっ」
 ヘクターは覚醒者でも貴族でもない。私は超然とあらねばならない。それが特権を甘受した者の義務だ。ヘクターは小さく礼をするとすぐさま準備の指示を出す。リリーはそれを見届け、1人背筋を伸ばしたまま砦の貴賓室へ向かった。

 夕暮れ前で部屋の中はまだ灯りがついておらず、争いの匂いの届かないここは異世界のようであった。リリーは兜を脱ぐ。不快な汗の冷たさを、今更自覚する。誰も居ないという安堵で、手の震えが止まらなくなる。それを誤魔化すように手を強く組んだ。
「天にまします我らの父よ。願わくは御名をあがめさせたまえ、御国をきたらせたまえ。御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」
 聖句を唱える。何度も繰り返し、何度も祈り、幾たびか心の平穏をもたらした言葉を。
「我らに罪を犯すものを我らが許すごとく我らの罪をも許したまえ。我らを試みにあわせず、悪より救い出だしたまえ。国と力と栄えとは……」
 繰り返してきたはずの言葉が浮かばない。
「神よ……われらを………」
 少女は強く祈った。父を失った前日のように。それが無為な行いだと心の奥底で理解していた。
「……父上!」
 それでも祈りの言葉以外に、彼女は縋るものを知らなかった。

リプレイ本文

■突撃ス

 夜が、明けようとしていた。明け方の風は肌寒いが、怯えを紛らわすには丁度良い寒さであった。居並ぶ兵士達には緊張の色が濃い。リリーの表情も兜の陰に隠れて見えなかった。しかし外から何も見えないのは士気にも関わる。レオフォルド・バンディケッド(ka2431)はリリーの乗る馬の首をそっとなでながら、彼女の顔を見上げた。
「気を張りすぎていませんか、リリー様」
「そう畏まらなくて良い。騎士としての格は私とレオでそう変わらない。普通に呼んでくれ」
「わかりました。その…リリー…さん」
 リリーは笑った。年相応の少女の笑みだった。笑みはすぐに、暗鬱として表情に塗り替えられる。
「すまない。貴方達をこんな事に巻き込んでしまって」
「それは…」
 彼女の責任ではない。だが彼女は命令する立場だ。否定も出来ずにレオは返答に窮する。
「良いのです。僕やレオは傭兵ですから、覚悟の上です」
「無茶にも程があるのは確かだがな」
 ジョージ・ユニクス(ka0442)とナガレ・コールマン(ka0622)がそれぞれに境界線を引いていく。優しさというには不器用だが、立場を明確にすることでわかることもある。
「無茶だろうが何だろうが、上の命令には従う。あんたは気にせず命令すれば良い。後は勝手にやるさ」
 ハンター達の行動指針は全て伝えてある。直接指揮しないで良い分だけ、リリーの負担は減っているはずだった。
「そうだね。それよりも、君は自分の兵士の心配をするべきだ」
 横から口を挟んだのはネイハム・乾風(ka2961)だ。ライフルの分解整備を終えて、既に臨戦態勢だ。
「神は勇気を勝手に与えてくれるかもしれないけれども、助けてくれないよ。彼らを助けるのは彼らの騎士である君自身だ、その腕と、彼らを導く号令だ」
「……覚えておこう」
 リリーは馬に促し、先頭へと歩みを進める。そこにアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が進み出た。
「リリーさん、一つ提案があるのですが良いですか?」
「進言を許す」
「ありがとうございます。脱出ルートに関することなのですが……」
 彼女の進言は脱出の際に敵集団の脇を抜けるという案だった。中央突破に比べ片方の側面を防御する必要がなく、挟撃の心配もない。ルートは少し外れることになるが、長い距離進むことを考えれば誤差程度だ。話を聞いたリリーは判断がつかず、隣に立つヘクターを見た。
「ヘクター、どう思う?」
「避けたほうがよろしいかと。馬車が走れないことはありませんが、踏み固めてない分凹凸が多く、脱輪の恐れもあります。一台でも馬車が脱輪した場合、立て直すことは不可能です」
 人を満載した馬車がそうなれば、地獄絵図だろう。現場の人間が却下した以上は、リリーにもアルトにも反論はなかった。態勢は決まった。門を開けば後には引けない。誰もが黙って門を見つめる中、シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)はその視線の先に出た。何事かと驚く人々が落ち着くのを待ち、シルヴィアはよく通る声で話し始めた。
「皆さんにはこれから戦って頂きます。中には命を落とす人も居るかもしれません。敵を恐れる気持ちも分かります。ですが友を、愛する人を、誇りを守るため、共に戦って下さい。勝利はありませんが、敗北もあり得ません」
 この言葉によって恐怖は緩和されることはなかった。ただ、悲壮な決意が見て取れる。それが良かったのか悪かったのか、この時は判断がつかなかった。
「では、行きましょう」
 シルヴィアはリリーを促した。高く掲げられたリリーの槍の穂先が、太陽の光を強く照り返す。
「門を開けよ!!」
 リリーの命令で門番達が閂を外し、人の背よりも高い門を開いた。敵との距離は50mもない。歪虚達は事態を良く把握できず、十分な迎撃態勢は取れていなかった。
「続けーっ!」
「おおーっ!!」
 先陣を切って兵士達が飛び出し、レオ・レイフェン=ランパード(ka0536)もその集団に続く。彼らは一丸となって一斉に歪虚の群れの中央に突撃した。進み出た兵士達は敵を射程に捕らえると、ヘクターの指揮で一斉にその場に膝を付き、ボウガンを構えた。
「放て!」
 ヘクターの号令一下、ボウガン部隊が敵の前列に矢を浴びせかける。さしもの歪虚も倍以上の数の矢は捌けない。連続して放たれる矢が歪虚の目を奪う中、一匹の羊が矢を受ける前に黒い霧に変わった。怒声に消えた背後、銃を構えていたのはネイハムであった。
「やっぱり動く敵は撃ち甲斐があるね」
 豹変した黒い気配を纏わせながら、ネイハムは次々に羊を狙い撃つ。その隣でナガレとシルヴィアも間断なく射撃を繰り返す。この距離で混戦の中、シルヴィアとネイハムは羊達の足を狙い、一部を確実に足止めしていた。
 だが、全ての流れを止めるには至らない。羊達は壮健な体躯で射撃に怯むこともなく、こちらに進軍してくる。先頭の一体をナガレが仕留めるも、恐怖を感じない一団の足は止まらない。
「押し返せ!」
 レオがクレイモアを掲げて真っ先に突撃する。兵士達も槍を持ちそれに続く。数では勝る人類側と質に勝る歪虚。序盤は数が優位を決した。いかに強靭な肉体を持っていても、対応には限度がある。このとき、私兵団は元より民兵も良く連携して動いた。レイフェンが事前に言い含めていた事が大きい。恐れこそ心に残っていたが、他に遅れまいと槍を突き出していく。
「そうだ。僕らは1人じゃない」
 レイフェンは共に進み出る兵士を守りながら、知らず口の端に笑みを浮かべた。奇跡を起こすのではない、最善を尽くすのだ。レイフェンの放った銃弾は至近距離から羊の頭を砕く。
「さあ、死神が通るぞ。道を空けろよ、羊ども」
 レイフェンは盾で羊を殴り返し、再び戦場へと突入していった。戦場は混沌となる。それでも人数は少なく、敵が統率された動きをすれば一瞬にして壊滅しかねない。
 ジング(ka0342)はその外周を迂回する羊を片っ端から攻撃した。自身を囮にして周回する以上、致命傷を与えるには不足したが、攻撃を逸らすことが出来た。そして、血路が前方に開ける。ジングは開いた道が塞がれないように、銃撃を加えながら道の側を駆け抜ける。
「今の内に走れ!」
 ジングに先導され、馬車と人が一斉に走り出す。押し返した戦場が、いつまでも安定するわけではない。
「勝てない敵まで無理して相手するな。お前らはしっかり馬車を守れ!」
 ナガレの声が戦場に響く。戦場は優勢で推移、するかに見えた。

■決着

 最初の激突で友軍に損害は軽微。しかしそれは長くは続かなかった。序盤こそ勢いは良かったものの、徐々に足並みは乱れていく。負傷した民兵達を下げたのが災いした。数で押せ、固まって戦えと教えることで優勢を得たが、その後の展開に対応できるほどの組織力はなく、一度崩れ始めると歯止めが効かない。
 個々のハンター達は良く戦い、自分の能力を十全に発揮していた。しかしそれだけでしかなかった。個々の最善は全体の最善ではない。同じ役割であれば連携も出来たが、違う役割では十分に連携する準備がなされていなかった。守る戦いか、攻める戦いか。統一の取れないハンターは瞬間瞬間で仲間と判断をたがえてしまう。大規模戦闘の経験が少ないが故に起こる小さな齟齬が積み重なり、それは大きな歪となって人類軍を蝕んだ。
 そして、決定的な瞬間を迎える。
「ヘクター!!」
 リリーの声でレイフェンもそちらに意識を向ける。ヘクターが囲まれていた。突出したわけではない。下がることができないのだ。
 レイフェンはその場から急いで支援射撃をするが、一匹片付けるのが精一杯。ヘクターは槍を左右に切り替えして奮戦するも、三方向から同時に迫る槍を捌ききれなかった。胸を貫いた槍に振り回され、ヘクターはそのまま落馬した。落馬した彼に歪虚達が見向きもしない。絶命しているのは遠目にも明らかだった。
「ヘクター! ヘクター!」
 リリーの悲痛な叫びが戦場で虚しく響く。ボウガンでの支援は残っているが、前衛を務める味方の被害は時間を追うごとに増していった。
 1人、また1人と前衛の兵士達が倒れていく。最初こそ彼らを守るように戦っていたハンター達だが、ハンターと言えど攻撃を受けてただではすまない。勿論その間にも敵は数を減らしていた。しかし到来する援軍によって補充され、敵の前線の兵士は減ることがない。
「大型が動いたぞ!」
 遊撃として動いていたジングが大声で警戒を促す。羊達の群れが割れ、その中央を大型の羊が進み出てきた。最も近いアルトが槍を上段で構え、間合いにはいったと同時に鋭い突きを見舞う。大型は鎌を掬いあげるように振るい、その一撃をいなした。
「ここから前には進ませない!」
 アルトは更に近づかせないように何度も強烈な突きをが、全て弾かれてしまう。大型は徐々に距離を詰め、周囲を羊達で固めていく。ジョージとレオはその取り巻きの羊をグラディウスで切り払い、クレイモアで押し返し、あっという間に大型へと肉薄した。先手、レオが間合いに踏み込み、その足の太腿目掛けて剣を振り下ろした。血がはじけるが大型は意に介さない。肉に阻まれて刃が通らなかったのだ。
「なんてやつ…!」
 大型は更に刃を振るおうとするレオをもう片方の足で思い切り蹴飛ばした。レオは両手でそれを受けるが威力は殺しきれず、たまらず後方へ吹き飛ばされる。ジョージはその隙に大型の背後へ回り、グラディウスを振り下ろした。これも肉に阻まれ効果が薄い。それでも振り回される鎌をかわし、なんとか大型の歩みを止める。
「そのままそいつを引きつけてください」
 シルヴィアの放った銃弾が胸に当たる。銃弾はなんとか手ごたえがあった。しかし敵もさるもの。動きが鈍った様子は無い。
「集中攻撃をかけます。皆さん、援護を!」
 シルヴィアの声に答えて、ハンターの攻撃が大型へと集中した。銃弾を全身に受け、大型は苦悶の声をあげる。
 大型は決して倒せないほど敵ではなかった。だが、戦線を崩壊させるには十分な要素になった。結果としてその後大型を倒す事は出来たが、要となるハンター達の手を離れたことで戦線は崩壊していた。とは言え大型を排除しなければ、ハンターへの損害が増え更に悪い事になっていただろう。ギリギリの選択だった。
 大型を漸く撃破した頃には、民間人を乗せた馬車の後続が襲われていた。更に悪い事に、他の大型が遠方に姿を現していた。
「潮時だな」
 ネイハムがぽつりと呟く。隣に居てそれを聞いたナガレは舌打ちした。この性格の人間が快楽よりも安全を重視し始めた。もうお仕舞いだ。
「ここまでか」
 アルトは槍で周囲の敵を押し返しながら、周囲を見渡した。下がるなら誰から下げるべきか。そして気付く。大型の対処に手が回ってる間に、リリーが陣形において突出していたことに。多数の歪虚に囲まれているというのに、彼女は引こうとはしていなかった。
「リリーさん、下がってください。ここはもう限界です!」
「まだだ! まだ逃げ遅れた人が残っている! この道を閉じるわけにはいかない!」
「だからって前に出すぎだ!」
 レオも彼女を守ろうと前進するが、とても連携を維持できる距離まで進めない。アルトも同様だ。しかしそのラインを守らなければ、撤退路が閉じてしまうのも事実だった。それしか方法が無い。
 兵士達が悲壮な覚悟で彼女に付き従い、そして余りにも多くの血が流される。供周りは1人また1人と力尽き、ついにリリーへとその刃は向けられた。リリーの乗る馬の脇腹に、歪虚の持つ槍が突き刺さる。横転する馬から投げ出され、リリーは地面へと叩きつけられた。
「リリーさん!」
 ようやく側まで辿りついたアルト達だったが、敵が厚く彼女を助けに迎えない。落馬したリリーに羊型歪虚が群がっていた。武器を取り落とした彼女に戦う術は無く、彼女は身体を丸めて襲い来る悪意の塊に震えていた。次の瞬間、無慈悲に槍が振り下ろされる。鎧を砕く音、肉が裂ける音、そして少女の断末魔が響いた。
「お前達ぃ!!」
 銃撃の支援を受けレオとアルトが道を開き、ジョージが彼女を拾い上げて馬に乗せた。ジョージは何度も呼びかけているが、血が流れるばかりで返事が無い。身体は無意識に自己治癒にマテリアルを消費しているが、間に合いそうな傷ではない。レイフェンが傷ついたレオを庇いながら下がってくる。支援射撃をしていたナガレは、苦い顔で戦場を俯瞰した。
「撤退だ。この場を放棄する」
「そんな…まだ民間人が残ってるんですよ!」
 反論するシルヴィアをナガレは睨みつける。
「バカ野郎! 周りを良く見ろ。どこに戦える人間が残ってる!?」
 前衛に出ていたジョージもレオも大型との戦闘で傷ついて下がった。ジングは随分前に大怪我をして護衛に回っている。アルトも乱戦の中踏みとどまっているが、もう持たない。動けるのはハンターの半数と民兵が半分。とても戦線維持など出来なかった。
「撤退だ…。僕らは十分戦ったよ」
 レイフェンが悔しそうに呟く。それでようやく、シルヴィアは納得した。最後の要であるハンターが遂に撤退し、前線は消滅する。後方のいくらかの兵士と、城を出たばかりの民間人の多くが犠牲になった。それでも、引き返して彼らを守る力は、彼らには残されていなかった。

■葬列

 ナガレやレイフェンの判断は正しかった。リリーが落馬したあの時、既に分水領を越えていたのだ。幸い逃げに逃げた彼らを歪虚は追って来ることはなく、それ以上被害が増えることなかった。どうして追撃されないのかはわからない。後付の推論は可能だが、誰もそんなことをする気力はなかった。生きている事を喜ぶ事もできず、重い足で隣の街を目指している。ガタゴトと馬車の揺れる音、馬のひづめの音が虚しく響く。太陽が真上に差し掛かる頃、馬車の中に入っていたアルトが顔を出した。悲痛な顔が、すべての結果を物語っていた。
「リリーさんが死んだわ」
「…………」
 レオは何も言葉に出来ず、拳を握り締めた。ヘクターが戦死してからの彼女は、明らかに様子がおかしかった。重責に押しつぶされて、周囲が見えなくなり、最後は無謀な戦いばかりしていた。騎士の衣装をまとって剣を振るっても、彼女は大規模な戦闘を経験していない1人の少女。鎧の影に隠れたその焦りに、誰も気づけなかった。
 彼女は貴族の務め、騎士の務めを果たした。彼女がそれで幸せだったかどうかはわからない。その事が若い2人の騎士、ジョージとレオに重くのしかかった。


 騎士リリーの戦死。私兵は隊長のヘクター含みほぼ全滅。民兵の部隊は半数が犠牲になった。しかしハンター達の決死の奮戦もあり、当初予定された被害は下回る。民間人は7割生存。一歩間違えれば皆殺しもありえたのだ。これは十分な数字だった。

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MVP一覧


  • レイフェン=ランパードka0536

重体一覧

参加者一覧

  • 凶獣の狙撃手
    シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338
    人間(蒼)|14才|女性|猟撃士
  • 漆黒の刃
    ジング(ka0342
    人間(紅)|24才|男性|機導師
  • カコとミライの狭間
    ジョージ・ユニクス(ka0442
    人間(紅)|13才|男性|闘狩人

  • レイフェン=ランパード(ka0536
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人

  • ナガレ・コールマン(ka0622
    人間(蒼)|27才|男性|機導師
  • 未来の騎士団長
    レオフォルド・バンディケッド(ka2431
    人間(紅)|16才|男性|闘狩人
  • 白狼鬼
    ネイハム・乾風(ka2961
    人間(紅)|28才|男性|猟撃士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
レイフェン=ランパード(ka0536
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2014/10/16 22:57:21
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/10/12 23:01:01