マーグミュル島奪還作戦

マスター:赤山優牙

シナリオ形態
イベント
難易度
やや難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/03/09 19:00
完成日
2017/03/17 00:57

みんなの思い出

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オープニング


 刻令術式外輪船フライングシスティーナ号が随伴艦隊と共に、マーグミュル島の軍港へと近づく。
 ランドル船長は随伴艦の1隻に乗り込んでいた。
 艦首付近に立ち、辺りを警戒している。見張りは本来、彼の仕事ではない。
「……嫌な予感がするな」
 胸の中に襲いかかってくるプレッシャーにも似た感覚。
 振り払うように島へと視線を向けた。
「あと少しだ。マーグミュル島を奪還し、王国海軍の復活と出来るはず」
 振り返れば、歪虚との戦いは、ランドル船長にとって、負け戦ばかりだった。
 圧倒的な戦力差に対し、王国海軍は必死の抵抗をみせた。だが、その甲斐実らず、王国西部の制海権が奪われた。
 多くの船と戦友が海の底へと沈んだ。
「……ん? なんだ、ありゃ?」
 ふと、軍港から“何か”が近づいている事にランドル船長は偶然にも気がついた。
 一瞬、海中を漂う鯨かと思ったが、目を凝らせば、すぐに正体が分かった。
「畜生! どんだけ、出鱈目だ! 最大戦速だ!」
 ランドル船長はありったけの声を出して叫んだ。


 同じ頃、甲板上に急造で設けられた戦闘指揮所にはアルテミス小隊の隊員らと共に、ソルラ・クート(kz0096)と『軍師騎士』ノセヤが詰めていた。
「これより、マーグミュル島奪還作戦を開始する。各員の奮闘を期待します」
 ソルラがマイクに向かって堂々と宣言した。
 先の調査でマーグミュル島の戦力が少ないと判断した為である。
「軍港を占拠しているのは、エドワンド・サッチという堕落者なの?」
 そっと、ノセヤだけに聞こえるようにソルラが尋ねた。
「その可能性があるという事です。元々は、マーグミュル伯の相談役だったそうですが……噂によると、見栄とプライド高い人物だったそうです」
「仕えるべき主を裏切って、堕落者と化しているのなら、許せない事です」
 ノセヤの答えにソルラは厳しい口調で言った。
 軍港一つを落とされた程度で、王国海軍が揺るいだ訳ではないだろう。
 しかし、拠点を失った事は少なからず、影響があったはずだ。
「それにしても、敵の戦力が想定よりも少ないというのは、どういう事かしら」
「戦力を隠しているのは間違いないでしょう。あるいは、既に退避させたか」
「もし、戦力を隠していても、こっちも対策は立ててあるのは、さすがと言うべきね」
 軍港から上陸した際に、敵が隠していた戦力を出して来る――というのが、ソルラとノセヤが共通の考えだった。
 水際での攻防戦が激しくなるのは予想済みだ。
 その間に、別働隊が島の北側に広がる砂浜から上陸。先の調査で判明した、屋敷への抜け穴を通って、直接、敵の本陣を強襲。屋敷に居ると思われるエドワンド・サッチを討伐するのだ。
「指揮系統を破壊すれば、後は残党を掃討するだけです」
「イスルダ島からの反撃に備えないとね」
 目と鼻の先という程、イスルダ島には近くないが、王国本土と比べれば距離は短い。
 早急に軍港を復旧、再要塞化して敵襲に備える必要があるはずだ。
「……その事ですが、ソルラ先輩」
 ノセヤが言いかけた時だった。
 突然の轟音が辺り一帯に響き渡ったのは。


 ランドル船長の乗る中型の外輪船が、突如海上に現れた同サイズの歪虚船に船体を貫かれていた。
 真っ二つという訳ではないが、沈むのは時間の問題だろう。なぜ、こんな状況になったか分からないが、航跡を見れば、ランドル船長の船がフライングシスティーナ号を庇ったのは事実のようだ。
「ソルラの嬢ちゃん、敵は海の中だ!」
 通信機から聞こえてくるのは、ランドル船長の怒号だった。
 スイッチを入れたままなのだろうか、激しい戦闘音も聞こえてくる。
「奇襲!? ランドル船長、すぐに退避して下さい!」
「救援は不要! 他にもいるはずだ! 警戒しろ!」
 海中から現れた歪虚船から人型の藻雑魔が、ランドル船長の船へと押し寄せる。
 それでも、ランドル船長以下、水兵達は退避しようとせずに、武器を持ち、反撃を開始した。
「その船は沈みます! 退避を!」
 呼びかけるソルラとは別にノセヤが別の通信機を掴んだ。
「各艦、水中からの襲撃に備えよ! 上陸作戦は継続!」
 一気に緊迫する指揮所。
 誘い込まれたのは明らかだ。既に艦隊の一部は軍港へと入っているので、身動きが取れない。
 対して、敵は海中を移動できるようだ。衝突により喫水線下に穴が開けられれば、船はひとたまりもない。
「ランドル船長、退避して下さい!」
 ソルラの悲痛な声は続いていた。
「『戦場では何が起こるか分からない』……ソルラの嬢ちゃんに、そう教えたのは俺だったな」
「そんな事は今はいいですから!」
「いいか、よく聞け。俺達の勝利は、歪虚を倒す事じゃねぇ」
 通信機から遠くなったのだろうか、ランドル船長の声が途切れ途切れに聞こえる。
「繋いでいく事だ。明日明後日、一年先十年先、五十年先百年先。ソルラの嬢ちゃんは、それを忘れるな!」
 指揮所から双眼鏡でランドル船長を見る。
 既に藻雑魔に囲まれている。生き残った船員共々、武器を振るっていた。
「逃げて下さい、ランドル船長! 奥様に申し訳ないです!」
「あぁ……それは心配いらねぇ。家内はな……半年前に、逝っちまってるから、な」
「えっ……」
 台詞が出てこなかった。
 その言葉はソルラにとって衝撃だった。知らなかったのだろう。
「“我らに勝利を”」
 その言葉と共に通信機が破壊されたのか、ノイズ音しか聞こえなくなった。
 ソルラは双眼鏡と通信機を握り締める。
「……そんな……ランドル船長……」
 涙を堪え、歯を食いしばる。
 このままで終わらせる訳にはいかない。今すぐにでも駆け出したい衝動を抑え、ソルラは別の通信機を手に取った。
 自分の戦場は、“此処”なのだから。

リプレイ本文

●軍港燃ゆ
 上陸したハンター達とアルテミス小隊員達は荷揚げ物資を整理する暇もなく、各々、武器を手に取った。
 大き目の建物の影から、わらわらと人の形を模した藻雑魔が姿を現したからだ。
 その1団に向かって、ダークブルー色のCAM――烈風――から、轟音と共にカノン砲が火を吹いた。
「……任された任務は、きちんと果たす事としよう」
 榊 兵庫(ka0010)の視界の隅に母艦であるフライングシスティーナ号がチラリと姿が見える。
 そちらの方にも襲撃があったという話は同行しているアルテミス小隊の隊員らから、上陸に向かったハンター達にも伝えられた。
 通信機から聞こえてきたランドル船長の最後の言葉と共に……。
「橋頭堡を築く事を第一目的とする」
 軍港への上陸戦は全体の作戦の要である。
 下水の影、あるいは水道橋からも、あらゆる場所から湧いてくる藻雑魔の群れに向かって、マテリアルの光が貫いていく。
「さて、ウィザードに搭乗しての実戦は初めてですが、無様な姿は見せられないですね」
 エルバッハ・リオン(ka2434)が魔術師を彷彿とさせる機体――ウィザード――の中で、静かに気合を入れる。
 魔術機構を内蔵した大砲が、試作レーダーに映し出された雑魔を表示。マテリアルの魔法陣がモニター内に表示された。
「敵味方の距離は……」
 視線を向けずに左手でパネルを叩いて操作する。
 敵の方が圧倒的に数が多いのだ。孤立すればCAMとはいえ、危険な事に変わりはない。
 アルテミス小隊員が即席の橋頭堡を築く間を守るように央崎 枢(ka5153)が乗るウォルフ・ライエが最前線に進む。
 コックピット内に吊るした古ぼけたコインにそっと触れた。
「God bless us……Go!」
 フライングシスティーナ号に残っている姉の顔が一瞬浮かんだ。
 次の瞬間、モニター内を埋め尽くす藻雑魔に対し、CAM用の長大な曲刀が振るわれた。
 それだけで四散する雑魔。直後、警戒音が響く。
 離れた距離から雑魔らが攻撃してくるのだ。高速で放たれる水のような何かが機体にダメージを与える。
「それなら!」
 機体の左腕を向けると、格納していたマシンガンの銃口が現れた。
 軽快な発砲音を響かせて反撃を試みる。
 追撃するように後方からの援護射撃。バラキエルから放たれたツインカノンの砲撃は、最前線で戦う仲間の援護となっていた。
「これが本物の戦場……怖いけど……僕は此処にいるんだ、やるしかない!」
 操縦席内で獅子堂 灯(ka6710)が覚悟を決める。
 これほどの激戦地帯は初めてかもしれないという動揺を、生唾と共に胸の奥底へ飲み込む。
 ロックオンを知らせる機械音が響く。
「撃ちます! 当たって!!」
 その援護射撃を受け、南護 炎(ka6651)が乗るCAM――FLAME OF MIND――が目立つように機体を滑らせる。
「ランドル船長の想いを無駄にしたいのか? 俺達にできる事は、前に進む事だけだろ!!」
 派手に動けばその分目立つ。
 そうなると必然的に敵の攻撃を引き付ける事にもなるが、無防備という訳でも無かった。
 スキルトレースで舞刀士としての動きを再現。藻雑魔の攻撃をCAM刀で受け流す。
「ジャックのアニキも、榊さんも居るんだ。負けられるか」
 機体を操作させて刀を振るっていく、CAM。
 軍港の一角に上陸したハンター達とアルテミス小隊員は、敵の本拠地に向かう勢いだが、藻雑魔が行く手を幾重にも塞ぐ。
 どうしても、突破させたくない様子だ。
 その理由は明らかだ。ここで時間を稼ぎ、その間にフライングシスティーナ号を沈めるつもりなのだろう。
 母船を失えば、広大な海に浮かぶ孤島であり、逃げ場はない。
「おーっ! なんか、変な雑魔がいるっ!」
 事態の深刻さを感じさせない元気な声でレム・フィバート(ka6552)が叫ぶ。
「アレを今回はいっぱい倒して、よーどーすればいいわけですなっ♪ アーくん、遅れないでね!」
「分かってるよ。レムこそ、前に出過ぎて囲まれるな」
 アーク・フォーサイス(ka6568)がCAMから呼び掛けた。
 先行するレムと彼女に同行するイェジドの後ろ姿をモニターで捉えながら、射線が重ならないようにCAM用ライフルの銃口を藻雑魔へと向ける。
「撃つッ!」
 ライフルの魔術機構が作動とすると共に、マテリアルの光が一直線に放たれる。
 直線上焼き払った隙間を見逃さず、レムやアルテミス小隊員が入る。その中に、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)と相棒であるイェジド――イレーネ――の姿もあった。
「私は傭兵だから自身が生き残る事こそが勝ちだが、軍属ならば国の勝利のために命を賭す、か」
 船長からの言葉を聞き、アルトはそう呟いた。
 救いに行きたい所が本音だが、船長自身が“勝利”を望んだのなら、一人の人として戦士として、その気概に応えるのみだ。
 美しい純白の毛並みのイレーネがクイッと顔を向けた。
「全力で蹂躙し尽くすぞ。私達ならば可能なはずだ!」
 彼女自身は強い言葉を使うのは好きではない。
 だが、この場であればこそ、アルトが呼び掛けるのは相応しいかもしれない。
「この程度の雑魔では、私達を止められないと思い知らせてやろう!」
 愛刀を掲げると剣先が太陽の光をキラリと反射した。
 イレーネの咆哮と共に、軍港での戦いは佳境を迎えようとしていた。

●奇襲に至る路
「……軍師騎士ノセヤ、か……。暫く見ない内に、彼も出世したものだな」
 感慨深けに、久延毘 大二郎(ka1771)が、差し棒で壁の強度を確認しながら――お供のイナバ君が不安そうに棒の先を見つめている中――抜け道を行く。
 思えば、2年か3年前だろうか、ノセヤと出会ったのは【黒祀】の時だった。
「あの時の私の見立ては、やはり正しかったか」
 大物になるかと感じていたが、今や、刻令術式外輪船フライングシスティーナ号で重要な役目を彼は果たしている。
 今回の作戦も、あの痩せた騎士が関わっているという。その依頼に自分が再び関わるのだ。感慨深くなるものだ。
「なんだ、あの騎士。意外と有名人なんだな」
 まぁ、俺様の足元にも及ばないだろうけどなと続けながら、大二郎の後ろ――ハンター達の最後尾を歩くのは、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)だった。
 彼の目立つ黄金の鎧が、ガチャガチャと音を立てる。潜入には向かない鎧だが、一番後ろなので問題はないようだった。
「不意を突かれねぇ様に用心しねーとな」
 もう一つ、見栄とプライド高い彼がわざわざ最後尾を行くのは背後からのバックアタックを警戒しての事だ。
 最悪、一人でも何とかなるなら、仲間達を先に行かせる覚悟ではある。
「面倒な所に隠れているな。敵は策略にも長けているという訳か、面白い」
 不動シオン(ka5395)が口元を緩める。マーグミュル島を支配していると思われるエドワンド・サッチは軍港から離れた屋敷を本拠地にしているという。
 抜け道の存在が明らかにならなければ、軍港から攻め寄せるしか方法はなく、骨が折れたはずだ。
「敵が出ないのは幸いな事だがな」
 突然の襲撃に対して拳銃を構えているが、今の所、襲撃の気配は無い。
 その代わり、狭い道が続いており、進むのには難儀する場所もあった。
「足元が危ないから、簡易的な照明を取り付けたわ」
 パッと洞窟内が明るくなった。マリィア・バルデス(ka5848)が取り付けたのだ。
 足元が半分崩れており、掛けてある木片も脆いようで、危険と感じた彼女の機転だった。
「最後の人は照明の回収をお願いするわ」
 そう呼び掛けた。マリィアからは最後尾を行くジャックの姿は見えないが、「お、おう」と返事が聞こえる。
「もう少しでしょうか?」
「そうみたいだな」
 Uisca Amhran(ka0754)とジルボ(ka1732)が、洞窟の先を覗き込んだ。
 元々はマーグミュル伯の屋敷から続く秘密の抜け道である。屋敷から距離を取る為に長く作った可能性はあるが、ハンター達もかなり進んでいる。
 Uiscaに同行しているユグディラが怖々としながら、彼女のすぐ脇をついて歩いていた。
「ランドル船長……」
 悲しい表情を浮かべてUiscaは呟く。
 出発前にランドル船長から、いくつか話を聞いていたのだが、抜け道に入る直前、アルテミス艦隊から船長が乗った船が歪虚船の奇襲にあったと連絡が入った。
 あの船長の事だ。船と共にする覚悟がある……そんな予感がする。
 照れたように息子の事を話してくれた髭もじゃの顔が一瞬浮かんだ。
「さっさと片付けようぜ」
 励ますように言ったジルボの言葉に米本 剛(ka0320)も頷いた。
「……すべき事を為して、この島の奪還に全力を尽くしましょう」
 細かい事や戦術的な動きは分からない。
 それでも、やるべき事はハッキリしている。
「自分は我等の隊長殿に力を貸すのみ。これは自分の確固たる決意です」
 アルテミス艦隊はマーグミュル島を奪還する。
 大事な役目を託された以上、持てる力を出し切るのに、他に何の理由が必要だろうか。
 その時、先頭を進むアイビス・グラス(ka2477)が手を挙げた。
 それを見て、仲間のハンターらはピタっと動きを止める。この辺り、全員が歴戦のハンターというべき所か。
「着いたみたい」
 小さな声で発したその言葉に、一行はお互いを見合わせて、頷いた。
 なおも、アイビスは息さえも止まっているのかという程、潜めた状態で隠し扉を確認する。それが幸を期したようだった。
「罠の類もない……窓に何人か居るけど、あれがそうね」
 隙間から差し込んでくる光の先は屋敷の一室だった。
 部屋の窓に堕落者共と思われる人影が並んでいる。位置的には軍港の方向だろうか。敵は全然気がついておらず、これは、絶好のチャンスである。
 振り返ったアイビスは拳を固く握って、面々をみつめながら頷いた。
(“我らに勝利を”……これが、私達に託された願いよ。ここで果たさて貰うわよ!)

●迎撃開始
 エクスシア――キルケーの操縦席で央崎 遥華(ka5644)が美しい宝石のような緑色の瞳に涙を浮かべていた。
 陽気に笑う髭もじゃ顔のランドル船長の姿を思い返す。
 見捨てたくない……生きていて欲しい……いつものように、笑って欲しい……色々な想いが込み上げて来る。
 その時、遥華を呼び掛けるかのようにコインの音が聴こえた――気がした。彼女は我に返ると、正面のモニターをキッと睨む。
「……キルケー、いくよ!」
 悲しみの感情をマテリアルを通じて感じたのか、静かな、それでも、確かな駆動音を鳴らし、機体が一歩、甲板を進む。
 ここまでアルテミス艦隊と共に行動をしてきたのだ。ここに来て、フライングシスティーナ号を沈める訳にはいかない。
 だから、遥華は呼び掛けた。アルテミス艦隊に初めて同行した時と同じ言葉を。
「“もしも”は今は使わない。私達は。アルテミスは――必ず勝つ、間違いなく成功する!」
 甲板から直下、海上に降り立つと、フライングシスティーナ号の直掩に就く遥華。
 敵が迫っているのをヒシヒシを感じる。
 フライングシスティーナ号の甲板には、もう一機、エクスシア――炎帝が待機していた。
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)が傷だらけでいう事を聞かない身体に苛立ちを覚える。別の依頼で大怪我を負った彼女は震える手でパネルを叩く。
「クソが……カッコつけすぎなんだよ」
 モニターに表示されているのは、沈み始めたランドル船長の船。
 船体の真横を歪虚船が乗り上げるように貫いていた。歪虚船の内部から人の形をした藻雑魔が無数に湧き出している。
 それをランドル船長以下生き残った水兵達が迎え討っていた。
「例え重体でも、機体を甲板に固定して砲台にする位なら……なんとかなる」
 幸いな事に甲板は広いので、CAMが1機程度固定してあっても邪魔にはならない。
 固定武装を持たないフライングシスティーナ号の即席の大砲という訳だ。
「それにしても久しぶりに弓を触ったな……」
 ステラ・レッドキャップ(ka5434)がタツノオトシゴをモチーフにした独特の形状の弓を手にしていた。
 組み込まれた魔導機械により、番えた矢が保護され、水中にも適応できる異色な弓だ。
「衝角を狙い撃ちできれば良いんだろうけど」
 海中の中に他の歪虚船は居るはずだ。
 状況を見るに、衝角で突っ込んでくるはずだ。その出鼻を挫ければと思うが、甲板上からは未だ、敵船の姿は見えない。
 視線の先にジャック・エルギン(ka1522)がイェジド――フォーコ――の背に乗っているのが見えた。
「2方向から射撃できれば回避させ難いはずだからな」
 彼はそんな事を呟きながら、フライングシスティーナ号を振り返る。
 【蒼乱】の時は、水中での活動の助けに人魚達が力を貸してくれたが、今回、それはない。
 海中では全て自力という事だ。
「んじゃ、ちょっくら潜ってくんぜ」
 錨をモチーフとしたペンダントを軽く指で弾いた。
(フォーコ、お前の脚力なら俺の脚より泳げるはずだ。頼むぜ)
 そう呼び掛けると相棒と共に海の中へと潜る。
 目標は歪虚船。歪虚船の船内へ切り込みを挑むつもりなのだ。
 既に海中には、時音 ざくろ(ka1250)が乗るCAM――魔動冒険機『アルカディア』――も展開していた。
「蒼き海から歪虚の穢れを払う為、アルカディア、ここに参上!」
 今回の戦闘用に装甲強化した愛機は海中から迫る歪虚船を索敵する。
 軍港内なので、水深の深くない。なにより、吃水線下を狙うならば、海面近くに現れるはずだ。
「ランドル船長さん達の犠牲を無駄にしない為にも、フライングシスティーナ号は絶対護る!」
 ざくろにとって、フライングシスティーナ号は縁深い船である。
 あの船の動力源の一つとなっているマテリアル鉱石は、彼と彼の仲間が死線を越えて手にしたのだ。ここで海の藻屑とさせる訳にはいかない。
 水中にはもう一機、エクスシアが敵船の姿を探し求めていた。
「どこかに必ず居るはずだ」
 八島 陽(ka1442)がモニターを注視していた。
 最初の奇襲からフライングシスティーナ号を庇ったランドル船長は船から退去しなかった。
 その意図は、その敵を釘付けにする事だろう。再び海の中に潜らせないようにと。
「左右の船腹への突撃を警戒すべきかな」
 敵が衝角で突撃を図るなら、目標が広い側舷だろうと陽は予測した。
 それがもっとも効率的だからだ。仲間や艦隊からの連絡を受け、索敵範囲を確認していく。突撃中の歪虚船が居れば優先しなければならない。
 探索は水上からでも行われていた。
「せ、せんちょぉぉぉ! そんな、カッコいい散り方、羨まし過ぎるんだよ!」
 リュミア・ルクス(ka5783)が魔導型デュミナス カンナさんのコックピットで叫んだ。
 もっとも、面識がある訳ではないのだが……。
 仲間にウォーターウォークの魔法を掛けてから自分の機体にも付与すると海面へと降り立った。
「れっつごー! カンナさん!」
 湾内というのが幸いしたかもしれない。波は高くないので、海面で走る事も出来た。
 彼女の目標はランドル船長の船に取り付いている歪虚船だ。アクティブスラスター全開で疾走する。
 同じように海上を疾走するGustavがドリルを突き出していた。
「逃がしませんですわ!」
 海中に逃げられる前に喰らいつくつもりで八劒 颯(ka1804)は機体を疾走させる。
 ガタンと波を越えて大きく揺れるが支障がないなら気にしない。
「やはり、ホバークラフトのような水上用の装備が欲しくなりますね」
 ノセヤは何か考えているようだが、今、無いのであれば仕方ない。
 いっその事、水中や水上での活動に有利な機体を作った方が早いかもしれないが。
 ハンター達がそれぞれの役目を果たす為に、各々行動している中、ラジェンドラ(ka6353)の秋月はCAM用のマテリアルライフルを構え、上半身を水上に出していた。
「やりやがったな……大将……くそっ、俺はまた……」
 力強く拳を握る。軍港の調査の時、敵船の姿が見えない理由は、海中に潜んでいたのだろう。
 潜水する船自体の歴史は意外と古い。この世界でもそうした試みはあったはずだ。だが、ランドル船長も『軍師騎士』ノセヤも敵の意図を看破する事は出来なかった。
 もし、誰かが気がついたら、この様な事態にはならなかったのだろうか。
「俺がやらないといけない事は、これ以上、被害を出さない事か」
 悔やんでいても始まらない。ラジェンドラは母船の護衛を優先しつつ、ショットアンカーの具合を確認する。
 水中でも使用できる多目的装置だ。手遅れかもしれないが、ランドル船長の船に打込み、牽引できないかと思って事だ。
 その時、モニターに警戒音が響く。敵船を発見したのだ。

●軍港の激戦
 ハンター達のCAMは確かに有効だった。
 戦力として申し分ない。だが、不足があるとすれば、それはアルテミス小隊員と肩を並べて戦える存在が少ないという事だったかもしれない。
 結果、路地での戦いはアルテミス小隊員に任せる事が多くなる。大部分は覚醒者ではない彼らにとって、雑魔といえども油断できない相手なのは確かなはずだ。
「その建造物に潜んでいる!」
 枢が半壊している倉庫を、倉庫ごとCAM刀で粉砕した。
 隙間から藻雑魔が出現するのを、アルテミス小隊員らが槍衾で貫く。
「奥から来ている、退け!」
 強引に倉庫の残骸へと機体を進める枢。小隊員達が慌てて下がる。休む間もない戦いに、彼らの疲労が目立ってきている。
 奥の路地から湧き出るように藻雑魔が幾体も現れた。モニターからは警戒音が鳴りっぱなしだ。
 軍港には建物が乱立している。崩れているのもあるが、どちらかというと残っている建物が多い。
 これはマーグミュル島が歪虚の支配下に置かれた時の状況によるものという。
 即ち、内部からの裏切りにより大規模な戦いにならず、建物が残ったのだ。
「敵も間抜けではないという事ですね」
 エルバッハがスキルトレースでCAMから魔法を撃ちながら呟いた。
 大勢で押しかけても、返ってハンター達のCAMに対抗するのが困難と感じたのだろう。
 路地や隙間といったサイズが大きいCAMが入れない所から藻雑魔が現れるようになった。狡猾な個体は建物の中から窓ガラスを破って攻撃を仕掛けてくる。
「弾幕を維持し、攻勢を保つ」
 兵庫がひたすら射撃を繰り返す。今から細かい作戦の変更は足をすくわれる可能性がある。
 それならば、当初の予定通り、ハンター達の大火力で持って押し通すのみだ。幸いな事に軍港機能を損なわない程度に攻撃は許可されている。
 ハンター達とアルテミス小隊員は軍港の主要な道路の一つを抑えていた。これを起点に路地一つ一つを虱潰していけばいい訳であり、消耗戦を耐えきれば、勝ちだ。
「このまま前に出る!」
「俺も行くぜ」
 枢と兵庫の機体が通りの先へと向かって進撃を開始した。上陸戦は敵本拠地に向かっている別働隊の動きを支援する為でもある。敵の目を引かなければ意味がないからだ。偽りだとしても、本拠地へと向かう動きは残しておかなければならない。
 本拠地へと向かって進む二人に対し、再び、藻雑魔らがどこからともなく湧いてきた。どうしても、本拠地には向かわせたくないらしい。
 こちらが攻勢に出れば、向こうはそれを無視する事はできない。
「出てきましたね」
 待っていましたとばかり、マテリアルの光線がウィザードより撃ち出された。

 上陸地点から内陸部に向かって戦線は伸びてきている。先頭の3機のCAMが通りを進んでいるのもあるあらだ。
 一見押している状況ではあるのだが……他に敵はいないかと周囲を警戒した灯は、突如として鳴ったモニターに身体をビクつかせた。
「後ろから来てる!?」
 以前はコンテナだっただろう木箱の上で、援護射撃に専念していたバラキエルの向きを器用に変える。
 自分達が上陸したはずだった岸壁から藻雑魔が逆上陸してくるのだ。バシャバシャと濡れた海水音が不気味に聞こえる。
 その数は数体というレベルではない。密かに回り込んできたのだろう。
 小隊員の中には退路を断たれたという空気が一瞬流れた。
 フライングシスティーナ号へ帰還する際は上陸した地点で回収される予定になっているからだ。
 そこへ、炎の怒号が響き渡る。
「これはランドル船長の弔い合戦だ! 派手に弔うぜ!!」
 庇うようにバラキエルと新手の雑魔との間に機体を割り込ませた。
 マテリアルを集中させ、CAMとは思えない軽快な動きで刀を振り続ける。
 逆上陸はいよいよ力押しが苦しくなってきた敵の策だろう。ならばここを耐えきれば戦況は傾くはず。攻撃の出し惜しみはしない。
 海に浮かぶ母船と随伴艦隊の戦いも熾烈を極めているのが一望できる。
「ランドル船長見ているか! 遺された俺達はちゃんと前に進んでいるぜ!!」
 涙を堪えながら叫んだ炎の言葉が船長に届く事はない。
 それでも、その声はアルテミス小隊員を奮起させた。今は退路の心配をしている場合ではないと。
「南護さん!」
 灯が機体を向きを変え終わり、姿勢を安定させると全ての銃口を海から這い上がってくる雑魔へと向ける。
 斉射で炎を囲もうとする雑魔を粉砕していると、傍の配管口からも藻雑魔がにょろりと姿を現そうとしていた。それを機体の腕だけ動かし、射撃で応戦する。
「どんどん来い!」
 炎が岸壁まで藻雑魔を追い詰めると海へと藻雑魔を蹴落としていく。
 手のような藻が壁縁につくが、登らせまいとその手藻を次々に切り落とした。
 だが、二人のワンサイドゲームという訳でもない。藻雑魔も執拗な反撃が繰り返してくる。先程からアラームは鳴りっぱなしだ。
「他のとこの奴らは、上手くやってるかな」
 視界の中に別のハンター達の姿が目に入った。

「引き連れてから来たか。レム!」
「撃っていいよー! そしたら、また、殴り飛ばしていくだけだね♪」
 アークの機体から放たれたマテリアルの光が雑魔を焼き、レムのすぐそばを駆け抜けた。
 グッと握った拳を叩き込むレム。吹き飛ばされた藻雑魔が宙で射撃を受けて砕け散る。レムが連れてきたイェジドが撃った幻獣砲だ。
 伸びている戦線の真ん中位に位置しながら二人は奮戦を続けていた。
 CAMに乗っていないレムが細い路地へと攻め込み、強烈な拳を叩き込んだ後、通りへと引き出してくるのだ。
「アーくん! 今度は大量だよ!」
 路地でタイミングを見計らっていたのか、大量の藻雑魔が動き出す。
 舌をちょんと出しながら、からかうようにレムは逃げるように走った。
「引き連れ過ぎだ」
「えへ☆」
 雑魔に刀を振り下ろし強烈な一撃を叩き込むアークの機体。
 後に続くようにレムが連れてきたイェジドが首を振って獣剣で雑魔を切り刻む。
「遠距離攻撃はしてこないと思ったのにー!」
 悔しそうにレムが地団駄を踏む。
 離れた所から攻撃してくる藻雑魔は居た。だが、それよりも離れた距離から攻撃してくる個体も居たのだ。
 幸いな事に直撃する事は無かったが、邪魔な事この上ない。おまけに建物の間や影から撃ってくるのもいて厄介だ。
「纏まって此方に向かってくれれば、下手に潰して行くよりかは、効率も良かったのにな」
「ほんとだよっ」
「ん? 俺の方が討伐数が多い……か?」
 モニターに表示された数値を見てアークがそんな事を言った。
「アー君はCAMに乗ってるからだよ! それなら、イェジドと合わせたら私の方が上だよ!」
「変な所で意地を張るな」
「まぁ、アー君相手には良いハンデかな。それじゃ、何体倒せるか、勝負だね!」
 今までも殺る気満々だったレムのテンションが最高潮に達する。
 雑魔の群れへと突っ込んでいく幼馴染にアークは苦笑を浮かべた。こういう長い戦いの時は、レムのテンションが頼もしく見える。

 CAMが入れない細い路地で、前線を支えていたのはアルトだった。
 連れてきた幻獣ですら入る事が難しい細い道だが、器用に愛刀を振り続ける。ほぼ、縦の動きしかできないが、それでも彼女ほどの戦士であれば問題にならない。
「イレーネ!」
 相棒の名を呼ぶと、路地先に鼻先が見えた。
 刹那、咆哮をあげる。ただの咆哮ではない。マテリアルを含んだその叫びは、周囲の敵を威圧するのだ。
 動きが鈍くなった所を、アルトが目に止まらぬ速さで刀を振るって駆け抜ける。彼女が通った後は、何者も残らず雑魔が殲滅されていく。
「堕落者一人でも来たら儲け物だが、さて……」
 藻雑魔がこれだけ居るのだ。指揮している存在が居たとしても不思議ではない。
 もっとも、アルトの奮迅ぶりを見たら、逆に出てこないのではないかとも同行しているアルテミス小隊員は思ったかもしれない。それほどの力量差をアルトはみせていた。
 一つの路地を駆け抜けると次の路地と一本一本制圧していく。アルトが居なければ路地での戦いはもっと苦戦していたかもしれない。
「出てこないなら、引き籠もりの堕落者どもを焦らせるだけだ」
 呼吸を整えて再び愛刀を構えるアルト。
 それに呼応するようにイレーネが再び咆哮を挙げた。

●奇襲
 隠し扉をアイビスが静かに開けた。
 音も無く、慎重に他のハンターも出られたのは、扉を開ける時に上手くいったからだろうか。
 奇襲の開始は猟撃士達が放った一斉射撃からだった。
「しっかり手入れしたからな」
 マテリアルを込めて放ったジルボの一撃は、堕落者数名の動きを弾幕で止める。
 突然の事に、事態をまだ把握しきれていないようだ。
「ここまで来ると思わず、手薄にしたわね……それとも、ただのつまらないプライドかしら」
 余裕の表情でマリィアも左右の手にそれぞれ構えた拳銃の銃口を堕落者に向けた。
 堕落者は影を思わす様な黒い服を着ているが、その中に一人だけ、豪華な装飾に飾られた服を着ている者が居る。
「悪趣味ね」
 迷いなくマリィアは標的を、その堕落者に向けた。
 ぷくっと膨れ上がった腹は見た所、俊敏そうには見えないが……。
「この島の支配者に相応しい、貴様らの実力を篤と見せてもらうぞ!」
 シオンが刀と拳銃を手にしたまま、距離を詰める為、走り出した。
 奇襲は相手側が体勢を立て直すまでだ。この隙を見逃す訳にはいかない。
 走り出したのは、ジャックも同様だった。一人、豪華な服を着ている堕落者をエドワンドだと推測しての事だ。
「見栄とプライドの高ぇクソ野郎ねぇ……ハッ、結構な事じゃねぇか!」
 それらが無い奴よりかは遥かにマシというものだ。もっとも、それを貫き通せる覚悟があればの話だが。
 エドワンドはオロオロしている。逃げようか戦おうか迷っているようだ。
「てめぇはどうかね! エドワンドさんよ!」
「む、迎え撃て!」
 慌てながら、配下の堕落者に命令するエドワンド。
 数名の堕落者が立ち塞がるが、ハンター達のやる事は変わらない。
「自分が入らせて貰います」
 堕落者とエドワンドを分断するかのように、剛が巨体を活かして突撃する。
 左腕に装着した魔導鋼鉄甲「鋼ノ腕」をぶん回す――形容するなら、鬼神のようである。
 一瞬でも躊躇ったのか、堕落者の動きが遅れた。それを見過ごす事なく、距離を詰めたアイビスが拳を繰り出す。
「今は、やれる事をやるだけ……けど、裏切った代償は受けて貰うよ」
 敵の一人はそれをまともに受けた。
 堕落者は元人間である。歪虚との契約によって彼らは堕落者となるのだ。何かしら理由があるにせよ、人類を裏切った事に変わりはない。
「エドワンドさんは必ず倒し、ランドル船長さん達の遺志を、私たちが継ぎますっ!」
 Uiscaは杖を掲げ、祈りと共に発した光の波動がエドワンドを含めて、堕落者も巻き込んで広がる。
 それは強烈な衝撃なはずなのに、エドワンドは苦にした様子は見られなかった。
「魔法が効きにくい?」
 あるいは衝撃や打撃が効きにくいのか。
 そこへ、無数の風の刃がエドワンドを切り裂いた。
「……蒼き海の底に沈みし、雲を呼ぶ風よ。蛇の剣と成り、斬れ。風刃――天叢雲剣」
 大二郎が唱えた魔法だった。
 その刃は、確実にエドワンドを切り裂いていく。純粋な威力という点でいえば、Uiscaの魔法の方が上だっただろう。だが、与えたダメージは大二郎の魔法の方が大きいようだ。
「さて、サッチ氏。その身体で喰らう私の魔法はどうだ……『痛い』かね?」
「おのれ、人間の分際で」
 自身が“元人間”だったからこその言葉なのか、悔し紛れに言ったエドワンドは腕を大二郎へと向けた。
 あいつを殺せという意味だったかもしれない。堕落者の幾人が動き出した。

●激戦なる海
「フライングシスティーナ号の両舷、それぞれにいるぜ」
 甲板上で弓を構えてステラは呼び掛けた。
 どちらも海面ギリギリの所まで浮上し、真っ直ぐフライングシスティーナ号へと向かって来る。
 おまけに移動しながら藻雑魔を放っているのだ。奇襲は失敗したから強襲へと切り替えたのだろう。無数の雑魔に対し、ステラはマテリアルを込めた矢を“大空”へと向けて放つ。
 次の瞬間、マテリアルの矢の雨が海面を叩いた。
「弾幕を張るので手一杯だ。でかい船は任せるぜ」
「任せろ」
 苦痛に顔をしかめながら、ボルディアは機体を操作する。
 炎帝が構えているライフルから紫色の光線が放たれた。
「船長よぉ! テメェと息子と奥さんは、俺が必ず纏めて一緒の墓にぶち込んでやる!」
 視界の中に写る沈みかけた船に向かって叫んだ。
「……だから、安心しろよ」
 その声はランドル船長には届かないだろう。
 だが、それでも言わずにはいられなかった。彼が守ろうとしたこの船は絶対に守りきると誓う。
「これは、白兵戦もあり得るか」
 矢を素早く番えながらステラは海上を埋め尽くす勢いの藻雑魔を見つめた。
 頭の中でナイフの位置を確認する。使うことがなければ良いのだが。
 藻雑魔を海面上で吹き飛ばしながら、ジャックが相棒と共に歪虚船へと迫る。
(チンタラやってる時間はねえ。中心部を全力で叩く!)
 以前、亡霊船の歪虚と戦った際は、コアの存在があった。
 この歪虚船も同様と賭けたみたのだ。また、もし、コアが無くとも、ダメージを与える事ができればそれでもいいはずだ。
(これで、どうだ!)
 船体に対してマテリアルを込めた一撃を叩き込む。
 ぐさりと硬い感触と共に、剣が深々と食い込んだ。水の中で船体が腐食していたのか、ボロりと一角が崩れる。
 直後、開いた穴から藻雑魔がジャックを海中深くに引きずり込もうとするが、フォーコがジャックの肩口を咥えて強引に引っ張った。
「中は雑魔だらけだ!」
「敵の足を止められるか?」
 弓から拳銃に持ち替えたステラが甲板の上から、ジャックに問い掛けた。
 彼は頷くと、フライングシスティーナ号に登ろうとする藻雑魔を薙落としていく。
「歪虚船はオレが止めるぜ」
 正しく固定砲台としてボルディアが甲板上で弾幕を張っていた。
 機体のジェネレーターも、ライフルのカートリッジも、全てのマテリアルを使い切る勢いだ。

 反対側でも歪虚船に対して二機のCAMが迎撃を継続していた。
 モニターに現れた歪虚船に対し、ざくろは機導術を放つ。
「輝け3つの瞳、アルカディアビーム!」
 マテリアルの輝きがCAMを光らせ、刹那、伸びる光筋が海中で軌跡を残しながら、歪虚船を直撃。
 どの程度、効いているか不明だが、まったく通じないという訳ではないはずだ。
「縦方向に貫ければいいけど」
 陽もマテリアルライフルを放って歪虚船を攻撃する。
 出現した藻雑魔共が、光線の中で消滅していった。
 このままではやられてしまうと思ったのだろうか、歪虚船が強引に突破を図る動きを見せた。
「やらせはしない!」
「行かせるか!」
 ざくとと陽の言葉が重なる。
 突撃してくる歪虚船に対し、二機が並ぶとそれぞれが武器を構えた。
「衝角を狙う!」
 巨大なCAM用のライフルの銃口からマテリアルの刃を形成する陽。
 真っ直ぐに伸びてくる衝角を下から切り上げるように斬りつけたと同時に、ざくろの駆る機体から機導術の光剣が辺りを照らす。
「海裂く光! 一刀両断! アルカディアソード!!」
 振り落とした一撃が陽の刃と交叉するように、衝角を切り落とした。
 これで突撃の能力が大幅に落ちたはずだ。歪虚船は動きを止める。突撃しても意味がないと判断したのだろうか……。
「海中から発射!?」
「狙いは……フライングシスティーナ号か!」
 歪虚船から負のマテリアルの塊が射出されたのだ。それは海面を突き破って空高く飛翔する。
 二人は驚いたが止める術はない。今出来るのは、少しでも早く、この歪虚船を撃沈するだけだ。

「知っていますよ。歪虚船の砲撃が来ると」
 最終防衛ラインで藻雑魔に対しガトリングガンで応戦していた遥華は、海中の歪虚船から射出された負マテ塊を冷静に見つめていた。
 ハンター達やCAMでも、スキルやマテリアルライフルを海中の中からでも撃てる。という事は、歪虚も負のマテリアルを撃ってくると予想していたのだ。
 高く空中に上がった負マテ塊がフライングシスティーナ号目掛けて落下してくる。
「直撃させませんから」
 大型の刀を突き出しながら、スタスターを全開。
 水飛沫を残しながら、風に包まれた機体が宙を駆けた。刀先が負マテ塊へと突き刺さり、そのまま粉砕する。
「何度撃ってきても同じ事です!」
 目まぐるしく遥華の機体がフライングシスティーナ号の周囲を動き回り、歪虚船が苦し紛れに放ってくる攻撃を叩き落とす。
 表示されているモニターに、一瞬、ランドル船長の船が映った。
「ランドル船長!」
 無駄と知りつつも遥華は叫ばずにはいられなかった。
 圧倒的な藻雑魔に包囲されつつも奮戦を続けていたランドル船長と水兵達だったが、藻に揉まれるように波を被ったからだ。
 それで最後まで浮いていた甲板も沈み――モニター上から姿が消える。
 遥華はもう一度、船長の名を叫んだ。

 機棍を振り回し、海面に現れた歪虚船の船尾を叩き壊しまくるリュミア。
「文字通り、海の藻屑にしてあげるんだよ!」
 派手に暴れて目立っているが、狙い通りである。
 それは、颯の動きを援護する為だ。
 アーマードリル独特の機械音を響かせて、Gustavが一直線に歪虚船の横っ腹目掛けて突貫する。その存在に気がつき、藻雑魔を出現させて塞ごうとする所へリュミアの機体が強引に割り込んだ。
「いっけぇぇぇ!」
 リュミアの叫びが戦場に響く。
 ランドル船長の船へと乗り込んでいたはずの藻雑魔からも、負のマテリアルの何かが射出される。
 それらを弾きながら、Gustavは突っ込んだ。
「接近戦は、はやてにおまかせですの!
 突き出したドリルの先端から音を立てて歪虚船の船体に轟音と共に大穴を開けると、直後、ジェネレーターと接続。
 余力で回転を続けるドリルから、青白いマテリアルの光線が放たれた。
「この手のでかい敵は、内側から崩していくのが定石というものです」
 船相手に接近戦を選択したのは、この意図があるからこそだ。
 強烈な攻撃に歪虚船が揺らめく。危険と感じたのか、Gustavを追い出そうと藻雑魔が群がってきた。
 だが、紫色のマテリアル光線が船諸共雑魔を貫通していった。
「こういう事も出来るという事だ」
 ラジェンドラの秋月が上半身のみ海上に出していた。状況に応じて海中と海面を行ったり来たりしているのだ。
 『イースクラW』を槍モードに変更すると、残っている藻雑魔を駆逐していく。
「そっちを頼んだ」
 次の標的に対して機導術を放つ為にマテリアルを練りながら、ラジェンドラは颯とリュミアの二人へ告げる。
 既にランドル船長が乗っていた船は沈んでしまっている。波間には水兵や藻雑魔が漂っていた。
「「任せて」」
 ですのと、なんですと違う語尾が彼の耳に入った。
 歪虚船は脅威だが、取り付いてしまえば、後はひたすらダメージを与えてしまえば良い。逃げられないように、リュミアの機転で歪虚船にショットアンカーが打ち込まれているから、尚更だ。
「大将……まだ、海の底に沈むなよ」
 海に浮かぶものをモニターで一つ一つ確認しながら、生き残っている雑魔に対し、機導術を放った。

 秋月が魅せる機導術の光が戦場で輝いているのを、ランドル船長は薄れいく意識の中で確かに見届けていた。

●堕落者討伐
 奇襲を受けた形であるエドワンドや堕落者らはハンター達に押されながらも逆襲する。
 ある者は武器で、ある者は魔法で。だが、ハンター達も最初の勢いを衰えないでいた。
「さて、助手君。盾役は任せたよ」
 大二郎は同行しているユキウサギのイナバ君がしっかりと盾を構えていた。
 堕落者の怒号に思わず大二郎を振り返る。
「……ああ、何、心配するな。無論、私の方からも支援はする」
 その言葉を信じてまるで盾の中に隠れるように構えるイナバ君であった。
 イナバ君の目的は、堕落者が大二郎に近づかないようにする事であり、しっかりとその役目を果たしている。
「このまま押し切れそうだな」
 ジルボが堕落者の頭部を狙い撃ちし、戦場全体を改めて確認した。
 次の標的を、先程から魔法を使ってくる堕落者へと向ける。
「米本! 援護するぜ」
「かたじけない!」
 堕落者からの攻撃を剛は文字通り、身体を張って止めていた。
「こんなでかいだけの自分を、打ち倒せないのならば……所謂その実力は『御察し』なのですかね?」
 もちろん、挑発するのも忘れない。
 いくら攻撃しても十分なダメージを与えられないのだが、その様に挑発され、ヤケになるのは『傲慢』故なのだろうか。
 剛と同様に取り巻きを相手にしていたジャックは、彼の前に立った堕落者を文字通り粉砕すると、ついにエドワンドと対峙する。
「魅せ付けてやるよ、一流の闘いってのをなァ!」
「貴様如きが一流などぉぉ!」
 ジャックの言葉に、カッと汚らしい口を開くエドワンド。
 負のマテリアルの塊が放たれた。だが、ジャックは避ける様子は見せず、盾を構える。
「その汚い目でしっかり見やがれ、これが矜持――プライド――って奴だ!」
 黄金の盾の表層が、マテリアルの光で法術刻印を刻み、薔薇吹雪が散った。
 エドワンドが放った負マテ塊はその守りを破れず、霧散していく。
「がら空きだぞ」
 大技だったのか隙が生じたエドワンドにシオンが刀を振りかぶりながら迫る。
 爆炎のような閃光と共に煌めいたその一撃は確かに、エドワンドへ直撃したはずだった。
「これは……」
 妙な手応えに怪訝な顔をするシオン。
 入れ替わるようにアイビスも拳を繰り出す。
「なに、これ?」
「フン。貴様らのひ弱な攻撃が、通じるとでも思ったか!」
 まだ奥の手を残していたのかエドワンドは全周囲に向かって負のマテリアルを放った。
 先程の塊ではない。この場を威圧するような重々しい感じだ。
「貴様ら全員、高貴な私の前で自害して果てろ!」
「皆さん、【強制】が来ます。意識を集中させて下さい」
 Uiscaが警戒の声を上げたと同時に、傲慢の能力である【強制】が場一面に広がった。
 対象者を意のままに操る強力な能力ではあるのだが――。
「無意味な事ね」
 拳銃にマテリアルを込めながらマリィアが言い捨てる。
 彼女の言う通り【強制】に屈したハンターは誰も居なかった。
「攻撃が効きにくいというなら、これならどうかしら」
 放った弾丸は氷のような冷たさを纏っていた。
「そんなもの、当たらなければ」
「この距離でこの的、外すわけないでしょう」
 直撃を受けたエドワンドの動きが緩慢となる。
「お、おのれぇぇ!」
「攻撃が効きにくいなら、何度も攻撃を当たればいいだけの事だよ」
 大二郎が氷の矢の魔法を放った。
 衝撃によるダメージはさほど通っていないだろう。だが、動きを阻害する事は出来るはずだ。
「ここがアンタの屠殺場だ」
 取り巻きの堕落者を倒しきったジルボがアサルトライフルの銃口をエドワンドへと向ける。
 もはや、勝負は決したと言っても過言ではないだろう。エドワンドの焦った表情がそれを物語っていた。
 Uiscaが何度目かの光の波動の魔法を唱えながら正面に立った。同行していたユグディラが彼女を盾に――ではなく、背後を守るように、ちょんと立った。
「トルンさんの無念の一撃を受けなさいっ」
 掲げた杖から、再び魔法を行使する。
 相手が衝撃の攻撃に対し耐性があったとしても、ダメージを蓄積させていけばいいだけの事。
「その名はっ! 馬鹿な、何故、その名を!?」
「例え死んでも、誰かが遺志を継ぐ……それが、人と歪虚の最大の違いであり、強さですっ!」
「確かに殺したはずなのに、なぜ知っている! まさか……貴様らが突然現れたのは!」
 何かに勘付いたエドワンド。思い当たる節があるのだろう。
 光の波動による衝撃を再び受けた。元々、衝撃には耐性があるのだが、高威力の攻撃を立て続けられると苦しい。
 よろめいて崩れるように膝を床につくエドワンド。
「こ、こんな所で消え去ってたまるか。こんな所でぇぇ」
 その台詞は断末魔のようで。
 最後の一撃を入れるかのように、Uiscaが今一度、杖を掲げた。
「エドワンドさんに、トルンさんのご家族からの伝言があります――『あの世で詫びて来やがれ』です!」
 悲鳴と共にエドワンドが崩れ去っていく。
 最後には豪華な服も、装飾品も何も残さず、人を裏切ったこの堕落者は塵となって消えていった。
「やりましたな」
 剛がホッと一息をついた。
 最後まで押し切れたのは奇襲のおかげだろう。
「よし、それじゃ、狼煙でもあげるか」
 ジャックはそういうと燃える物がないか室内を見渡す。
 本拠地の制圧が終わった際には合図を上げるようにと出発直前に指示されていたからだ。
「皆さん、気をつけて。堕落者は上位の歪虚の導きがなくては発生しません」
 なおも警戒の声を上げたのはUiscaだった。堕落者は歪虚との契約によって誕生するからだ。
 そして、黒幕の手掛かりがあればと豪華な机と椅子の辺りを確認する。
「特に変わったものはなさそうね」
「こっちも見当たらないな」
 マリィアとシオンの二人も部屋の中を調べるが、贅沢な調度品があるだけで、これといってめぼしいのは見つからない。
「念の為、屋敷の中を虱潰ししてくる」
 ギュっと拳を握り直してアイビスが扉へと向かう。
 ジルボがその後を続いた。
「それじゃ、俺も同行するかな」
 仲間の背中を見送りながら、大二郎が眼鏡のフレームに手を伸ばしながら思い耽った。
(……歪虚に支配された土地ごとに、堕落者が居たとしたら……)
 歪虚が人間の勢力域を支配していくというのは、ある意味、その戦力を増やしながら拡大する事も出来るという事なのだろうか……。

●激戦終えて
 アルテミス艦隊に奇襲を仕掛けてきた歪虚船3隻は、藻雑魔諸共、海へと消え去った。
 襲撃が終わってしまえば、静かな海へと戻るものだ。
「終わった、ぜ……」
 開いた傷口を押さえながら、ボルディアは呟いた。
 モニターには周囲の状況が映し出されている。敵影無し。そして、ランドル船長が乗っていた船の姿も見えない。
 しかし、沈んだと思われる場所には仲間の機体と共に木片が浮かんでいるのを確認出来た。
「カッコつけすぎなんだよ。最後まで、よ……」
 通信機を介して、聞こえてくる会話にボルディアは満足そうな表情を浮かべてたまま、重体で無理した身体が主張するままに意識を沈めた。
「やっぱり、銃がいいよな」
 ステラが愛用の拳銃を手にしながら、やはり、通信機から聞こえてくる会話を聞いている。
 ふと視線をマーグミュル島へと向けると、本拠地と思われる屋敷から、制圧を知らせる狼煙が上がっていた。
 意味がある訳ではないが、本拠地へとステラは銃口を向ける。
「さすがに、海の中は寒かったぜ」
 苦笑を浮かべながらジャックが相棒と共にフライングシスティーナ号の甲板に上がって来た。
 焚き火が用意された場所へ向かう所で、フォーコが豪快に身震いして水気を飛ばす。
「うぉ!? フォーコ待て!」
 火が消えないようにジャックが慌てて飛びついて抑える。
「オレもびしょ濡れだ」
 銃を構えたままのステラも濡れきっていた。
 水も滴る良い女――ではなく、男なのだが――は濡れた拳銃を改めて確認した。どの道、今日はメンテナンスが必要だろうし。

 ざくろの機体もフライングシスティーナ号へと戻って来た。
 甲板上で待機していた刻令ゴーレムをノセヤが操作して、クレーンで吊り上げているのだ。
 既に一足先に陽の機体も甲板に引き上げられ、今はフライングシスティーナ号専属のユニットスタッフが被弾状況を確認していた。
「無事に守れたようだ」
 陽の言葉にざくろは頷く。
 フライングシスティーナ号は無傷だ。当然、航行に全く支障はない。
「魔動冒険機『アルカディア』帰艦するよ!」
 ざくろがコックピットから上半身を出しながら叫ぶ。
 格好良い台詞だが、クレーンで吊られている光景は少し滑稽でもある。
「ざくろさん、甲板に降り立つまではコックピットから顔を出ないで下さい」
 ノセヤが注意するしたが時すでに遅し。
 大きな波を越えたようでグラリと船が揺れ――もう少しで降り立つ所の愛機からざくろは落ちる。
「大丈夫か?」
 運良く物資が積み上げられている所に落ちたざくろを心配する陽。
 すぐにざくろが顔を上げたが……。
「危なかった……って、な、なんで、し、下着!?」
 真っ黒な女子物の下着を手にしながらざくろが叫ぶ。
 その脇を、エロディラが駆け抜けて行ったが、さすがにこの状況で追いかける事は出来なかった。
「あぁー! ざくろさん! なんで、私の下着を手にしているのです!?」
 間が悪い事に駆けつけたソルラが現れた。
 仕方の無い事だ。ざくろはそういう星の下に生まれた男なのだから。
「エロディラが居たんです!」
 なので、せめて大声で弁解するざくろだった。

「これで、まだまだ浮かんでいられるんだよ!」
 どどーんとドヤ顔でリュミアが仲間にウォーターウォークをかけ直していた。
 スキル回数はまだ残っているので、問題はない。
「はやては、誰か浮いていないか探してくるのですわ」
 魔導アーマーが海の上を進みだした。
 ランドル船長の船から投げ出された水兵も居るかもしれないからだ。颯はゆっくりと確認するように波間を行く。
「それなら、あたしも探すなんだよ!」
 CAMを置きっぱなしで海面を走りだすリュミア。
「誰か居ませんかー? 居たら『ぎゃおー!』って返事してなんだよ」
「見つけたら呼んで欲しいですわ。ちゃんと荷台を用意してきてありますの」
 二人の救助活動が行われている中、その近くで二機のCAMに支えられるように木片が浮いていた。
 木片は、ランドル船長の乗っていた船の残骸だった。

●繋いだ明日へ
 敵本拠地制圧とフライングシスティーナ号防衛の知らせはアルテミス小隊員から上陸しているハンター達にも伝えられた。
 無限湧きかと思うほどの数が居た藻雑魔も出現数が激減しており、もはや、問題にはならないだろう。
「“我らに勝利を”か……」
 岸壁に腰を掛けたアルトがイレーネの体を撫でながら呟いた。
 奪還作戦は成功した。フライングシスティーナ号も無事である。結果的にみれば、王国海軍の快勝と言えるだろう。結果的に見れば、だが……。
「ソルラ……」
 艦隊を指揮している騎士の名を呼んだ。振り返れば長い付き合いでもある。
 今は港に浮かぶフライングシスティーナ号に乗っているはずだ。
 国を、民を背負っている以上、彼女もまた、軍属である。ソルラもいつか、ランドル船長と同じような道を辿る日が来るのだろうか。
 そんな予感めいた事を思い浮かべている所へ、二機のCAMが戻ってくる。
「一先ず、周囲に敵影はないみたいだ」
「私も確認して来ましたが、大丈夫のようです」
 兵庫とエルバッハの二人だった。
 軍港内を回って残党を狩りつつ、安全を確認していたのだ。
 マーグミュル島全域を制圧するにはもう暫く時間がかかるかもしれないが、軍港内と本拠地を抑えていれば、残りは掃討だけだ。
 心配されていた汚染もそれほど酷くはないのも分かった。
「任務は果たした。後は迎えが来るのを待つだけだ」
 それでもすぐに動き出せるようにスタンバっている所のあたり、兵庫の心構えという事か。
 本拠地制圧も海上での戦いも、どちらも激戦だった様子だと小隊員から話があった。迎えがいつになるかは見当つかないが、すぐに来るという事はないだろう。
「なんとか無様な姿は見させなかったようです」
 CAMに搭乗しての実戦が初だったエルバッハは、ホッと一息ついていた。
 いくつか教訓もあった戦いだったかもしれない。それらは次回から活かせるはずだ。
 枢は軍港内の様子をモニターを通して見ていた。
 コックピット内で揺らいでいるコインに気が付き、静かに指先を触れる。
「戦い抜いたよ、姉さん」
 機体にはダメージが蓄積している。警告を知らせるアラームを今更ながらに止めた。
 問題があるほどの損傷ではなく、作動に支障はない。
 パネルを操作し、コックピットを開いた。爽やかな潮風が枢を包む。
「……」
 その潮風に深呼吸をする枢だった。
 静かに勝利の余韻に浸っている者も居る一方、賑やかな者も居る。
「ふふーん! 私の勝ち!」
「それは、イェジドと合わせれば、そうなる」
 レムがアークに対して、無駄に勝ち誇っていた。
 天に向かって陽気に拳を突き出すレムは無邪気な笑顔を見せていたが、騒ぎ過ぎたのが悪かったのか、岸壁から落ちそうになる。
「危ないっ」
「えへへ」
 バランスをなんとか取り戻し、堂々とピースを向けた。
 その光景にアルテミス小隊員らの顔に笑みが浮かぶ。その中に、灯と炎の姿もあった。
 CAMから降り立ち、湾内の光景を灯は手をかざして見る。
「……戦いは続いていくんだね。明日も明後日も、ずっと先まで」
「歪虚が居る限り、な」
 それが、戦場で生き残った者の宿命なのか、あるいは、想いを託された者の運命なのか。
 太陽が西の空へと傾きつつある。波は静かな音を立てていた。
「今日は綺麗な夕日かな」
 雲一つない西の空を眺め、灯は炎に声を掛ける。
 炎は静かに頷いた。
「あぁ、きっと、綺麗な夕日だ」
 最後の最後まで戦い切った一人の戦士が遺した輝きのように。


 アルテミス艦隊はマーグミュル島を守備する歪虚勢力の奇襲を退けつつ、上陸作戦を決行。
 同時に奇襲攻撃を仕掛けてきた歪虚艦隊を殲滅し、フライングシスティーナ号を守りきった。
 また、敵本拠地にて、堕落者エドワンド・サッチを打ち倒し、マーグミュル島の奪還に成功したのだった。


 おしまい。


●戦士逝く
「……死に目に、美女とは、俺らしくて良い……事だ……」
 口元を緩めながらランドル船長がそんな言葉を口にした。
 言ってる傍から、血で咽る位なら、言わなきゃいいのに、それでも、軽口を言いたいのがこの男なのだろう。
「ランドル船長……」
 頭元で膝をついて船長の手を遥華はしっかりと握っていた。
 その反対側にはラジェンドラが複雑な表情だった。
 ハンター達は奮戦した。だが、ランドル船長を救い出す事は出来なかった。唯一の救いがあるとすれば、波間に沈みかけた瀕死の船長を見つけ出した事だろうか。
「悪いな。二人っきりにならんで」
「いや、これでいいぜ、ラジェンドラの兄ちゃんよ」
「……見えるか?」
 島の本拠地の方角をラジェンドラは指差した。
「あぁ……」
「フライングシスティーナ号も無事ですよ!」
 遥華が船長の意識を繋ぎ止めるように言う。
 視線だけを動かし、ランドルは旗艦の無事を確認した。
「……俺は、負け続きだったが、どうやら、最後の最後で……勝ち逃げだ。ありがとよ」
「大将……最後に伝えたい事はあるか?」
 ラジェンドラの問い掛けにランドルは静かに目を閉じた。
「希望と未来を……繋いで…く…れ……」
 一人の戦士が想いを託し、逝った。
 その顔は、髭もじゃのその顔は、いつもの笑顔だった――。

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    央崎 遥華ka5644
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデスka5848
  • “我らに勝利を”
    ラジェンドラka6353

重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レップウ
    烈風(ka0010unit004
    ユニット|CAM
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    米本 剛(ka0320
    人間(蒼)|30才|男性|聖導士
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    トルヴィ・クァス・レスターニャ
    トルヴィ・クァス・レスターニャ(ka0754unit002
    ユニット|幻獣
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    エンテイ
    炎帝(ka0796unit003
    ユニット|CAM
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    マジカルボウケンキアルカディア
    魔動冒険機『アルカディア』(ka1250unit002
    ユニット|CAM
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 真実を見通す瞳
    八島 陽(ka1442
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    シュネルギア
    シュネルギア(ka1442unit003
    ユニット|CAM
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    フォーコ
    フォーコ(ka1522unit001
    ユニット|幻獣
  • ライフ・ゴーズ・オン
    ジルボ(ka1732
    人間(紅)|16才|男性|猟撃士
  • 飽くなき探求者
    久延毘 大二郎(ka1771
    人間(蒼)|22才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ―――クン
    イナバ君(ka1771unit005
    ユニット|幻獣
  • びりびり電撃どりる!
    八劒 颯(ka1804
    人間(蒼)|15才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    グスタフ
    Gustav(ka1804unit002
    ユニット|魔導アーマー
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • 戦いを選ぶ閃緑
    アイビス・グラス(ka2477
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イレーネ(ka3109unit001
    ユニット|幻獣
  • 祓魔執行
    央崎 枢(ka5153
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ウォルフ・ライエ
    ウォルフ・ライエ(ka5153unit002
    ユニット|CAM
  • 飢力
    不動 シオン(ka5395
    人間(蒼)|27才|女性|闘狩人
  • Rot Jaeger
    ステラ・レッドキャップ(ka5434
    人間(紅)|14才|男性|猟撃士
  • 雷影の術士
    央崎 遥華(ka5644
    人間(蒼)|21才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    キルケー
    キルケー(ka5644unit001
    ユニット|CAM
  • ドラゴンハート(本体)
    リュミア・ルクス(ka5783
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン

    カンナさん(ka5783unit001
    ユニット|CAM
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • “我らに勝利を”
    ラジェンドラ(ka6353
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    アキツキ
    秋月(ka6353unit001
    ユニット|CAM
  • キャスケット姐さん
    レム・フィバート(ka6552
    人間(紅)|17才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    イアメル
    イアメル(ka6552unit002
    ユニット|幻獣
  • 決意は刃と共に
    アーク・フォーサイス(ka6568
    人間(紅)|17才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    ハバキリ
    羽々斬(ka6568unit001
    ユニット|CAM
  • 覚悟の漢
    南護 炎(ka6651
    人間(蒼)|18才|男性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    フレイム オブ マインド
    FLAME OF MIND(ka6651unit001
    ユニット|CAM
  • 時に清楚な夜のお嬢
    獅子堂 灯(ka6710
    人間(蒼)|16才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    バラキエル
    バラキエル (ka6710unit001
    ユニット|CAM

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン フライングシスティーナ号防衛
ジャック・エルギン(ka1522
人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2017/03/09 11:15:56
アイコン 敵本拠地
ジルボ(ka1732
人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2017/03/09 15:00:46
アイコン 質問卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2017/03/08 07:50:54
アイコン 相談卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2017/03/08 21:02:02
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/03/08 10:08:01