ゲスト
(ka0000)
【界冥】緑の光に手を伸ばす――侵入
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/03/11 22:00
- 完成日
- 2017/03/17 01:01
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ひたすら巨大で分厚い特殊鋼の扉がわずかに開いた。
科学者達が必死の表情で体を押し込み外に出て、後ろを振り返らず酸欠寸前の顔で出口へ走る。
扉と比べると小さな手が、内側から扉に手をかける。
既に完全に固定されている。
最新型CAMであっても、マニピュレーターが壊れるだけのはずだった。
鋼の塊が歪む。
まるで融けかけバターだ。
緑光を纏う8メートルの巨人が、空いた隙間から顔を出し左右を見た。
「ひっ」
視線を感じて全身の毛が逆立つ。
あれは、駄目だ。
100メートル以上離れているのに呼吸が苦しい。
三叉路を左に曲がる。
爆発しそうになる心臓を酷使し、汗だか涙だか胃液だか分からない物を垂れ流して出口に続く大部屋……CAMが中隊規模で配置可能な部屋にたどり着いた。
そこに並んでいるのは古びた戦車3両だった。
装甲は厚く、砲塔は力強く、しかし数十年前の技術で作られているためとうの昔に第一線から退いている。
『各個射撃を許可する』
『了解。あの緑の悪魔に弾ぁ食らわせてやります』
『同じ105ミリでもCAMの豆鉄砲とは違うんだ。戦車舐めんなよVOID野郎』
戦意旺盛な彼等は車内で目まぐるしく操作している。
なにしろ完全手動操縦だ。
VOIDベアトリクスにより電子機器が狂うなら、全て人の手で動かせば良い。
そんな乱暴な結論に至った軍の一部が、近代化改修の逆を行った戦車を送り込んだのだ。
『来るぞ』
ようやく戦友の仇をとれるという歓喜が、鍛え抜かれた体と機体に禍々しい存在感を与える。
通路の奥から届く緑の光が強まり、禍々しくも奇妙な美しさを持つ機体が飛び出した。
『撃』
極限の集中が人生最高の射撃を実現させる。
3発が同時に、ベアトリクスの両肩と腹に当たる軌道で放たれた。
繰り返しになるが個人として最高の射撃であり、軍人として最良に近い射撃でもあり、実戦でこれ以上を望むのは単なる馬鹿とすらいえる。
『畜』
ベアトリクスが陽気なステップを踏んで、砲弾と砲弾の間をするりと抜けた。
速度があまりにも速すぎ、こちらに向かって来るのが短距離瞬間移動の繰り返しか見えない。
彼等が覚醒者なら、当てるのが無理でもベアトリクスを視認し続け回避や防御することは可能だったはずだ。
しかし、彼等は覚醒者では無いのだ。
『しょ』
戦車がベアトリクスに踏みつぶされるコンマ2秒前。
作戦失敗を伝える信号が有線で送られる。
多数のミサイルが研究所の入り口へ命中。
ベアトリクスは爆風と破片からは逃れたものの、施設内に閉じ込められた。
●手を伸ばす
彼は死に切れていなかった。
臓器の過半数を失い血も相応に流れているのに、激痛と精神力がこの世にしがみつかせている。
爆撃直後にしか見えない部屋の中、ベアトリクスが出現するまでスパコンがあった場所をじっと見つめる。
かつてなく死に近づいたせいでこれまで見えなかったものがよく見える。
あの少女がもたらした優しく愉快な光とは正反対の、一見静寂に満ちその実悪意に充ち満ちた暗い気配だ。
光がもたらした浄化の力は既に消え、気配はゆっくりと濃さを増しつつある。
「ケッ」
だがそんなものはどうでもいい。
あの少女達が強くなるか数を増やせばいつかは届く。
問題は、暗い気配に使われている緑のアレだ。
腹の穴に手を突き入れ、血と白衣の破片にまみれたボイスレコーダーを起動させた。
「本体はソフトウェア……霊、か?」
記憶が消えていく。
思考の速度は亀の歩みのよう。
己が何を言っているのかすら分からない。
思い出す。
スパコンが内側から打ち砕かれる直前、解析中のデータかから浮かび上がった情報を必死に脳裏で再生する。
「信号は、攻撃。奴は、対話を攻撃に置き換え、ら」
迫り上がる血が喉を塞ぐ。
視界が消える。
常に溢れていた言葉と数字が頭の中から消える。
未知に挑み続けてきた男が、途上で黄泉路に旅立った。
●闇への進入
「1分後に転移がはじまりま~す」
「ブリーフィング用の資料はどこだ!」
転移装置のまわりで騒ぎが起こっている。
今回は事前情報無しの戦闘依頼かとため息をつこうとしたとき、小さなパルムが協力してフリップを掲げた。
多分ベアトリクス。
けどなんかパワーが小さい。
ちょっとずつ大きくなってるからきをつけて。
「……」
まあ、相手が分からないよりはずっとましだ。
何故か出口が防がれている建物に送り込まれるのは分かっているし。
「転移行きま~す」
何の前触れも無く視界が切り替わる。
無音の闇の中、機体の駆動音がコンクリ壁に反響していた。
科学者達が必死の表情で体を押し込み外に出て、後ろを振り返らず酸欠寸前の顔で出口へ走る。
扉と比べると小さな手が、内側から扉に手をかける。
既に完全に固定されている。
最新型CAMであっても、マニピュレーターが壊れるだけのはずだった。
鋼の塊が歪む。
まるで融けかけバターだ。
緑光を纏う8メートルの巨人が、空いた隙間から顔を出し左右を見た。
「ひっ」
視線を感じて全身の毛が逆立つ。
あれは、駄目だ。
100メートル以上離れているのに呼吸が苦しい。
三叉路を左に曲がる。
爆発しそうになる心臓を酷使し、汗だか涙だか胃液だか分からない物を垂れ流して出口に続く大部屋……CAMが中隊規模で配置可能な部屋にたどり着いた。
そこに並んでいるのは古びた戦車3両だった。
装甲は厚く、砲塔は力強く、しかし数十年前の技術で作られているためとうの昔に第一線から退いている。
『各個射撃を許可する』
『了解。あの緑の悪魔に弾ぁ食らわせてやります』
『同じ105ミリでもCAMの豆鉄砲とは違うんだ。戦車舐めんなよVOID野郎』
戦意旺盛な彼等は車内で目まぐるしく操作している。
なにしろ完全手動操縦だ。
VOIDベアトリクスにより電子機器が狂うなら、全て人の手で動かせば良い。
そんな乱暴な結論に至った軍の一部が、近代化改修の逆を行った戦車を送り込んだのだ。
『来るぞ』
ようやく戦友の仇をとれるという歓喜が、鍛え抜かれた体と機体に禍々しい存在感を与える。
通路の奥から届く緑の光が強まり、禍々しくも奇妙な美しさを持つ機体が飛び出した。
『撃』
極限の集中が人生最高の射撃を実現させる。
3発が同時に、ベアトリクスの両肩と腹に当たる軌道で放たれた。
繰り返しになるが個人として最高の射撃であり、軍人として最良に近い射撃でもあり、実戦でこれ以上を望むのは単なる馬鹿とすらいえる。
『畜』
ベアトリクスが陽気なステップを踏んで、砲弾と砲弾の間をするりと抜けた。
速度があまりにも速すぎ、こちらに向かって来るのが短距離瞬間移動の繰り返しか見えない。
彼等が覚醒者なら、当てるのが無理でもベアトリクスを視認し続け回避や防御することは可能だったはずだ。
しかし、彼等は覚醒者では無いのだ。
『しょ』
戦車がベアトリクスに踏みつぶされるコンマ2秒前。
作戦失敗を伝える信号が有線で送られる。
多数のミサイルが研究所の入り口へ命中。
ベアトリクスは爆風と破片からは逃れたものの、施設内に閉じ込められた。
●手を伸ばす
彼は死に切れていなかった。
臓器の過半数を失い血も相応に流れているのに、激痛と精神力がこの世にしがみつかせている。
爆撃直後にしか見えない部屋の中、ベアトリクスが出現するまでスパコンがあった場所をじっと見つめる。
かつてなく死に近づいたせいでこれまで見えなかったものがよく見える。
あの少女がもたらした優しく愉快な光とは正反対の、一見静寂に満ちその実悪意に充ち満ちた暗い気配だ。
光がもたらした浄化の力は既に消え、気配はゆっくりと濃さを増しつつある。
「ケッ」
だがそんなものはどうでもいい。
あの少女達が強くなるか数を増やせばいつかは届く。
問題は、暗い気配に使われている緑のアレだ。
腹の穴に手を突き入れ、血と白衣の破片にまみれたボイスレコーダーを起動させた。
「本体はソフトウェア……霊、か?」
記憶が消えていく。
思考の速度は亀の歩みのよう。
己が何を言っているのかすら分からない。
思い出す。
スパコンが内側から打ち砕かれる直前、解析中のデータかから浮かび上がった情報を必死に脳裏で再生する。
「信号は、攻撃。奴は、対話を攻撃に置き換え、ら」
迫り上がる血が喉を塞ぐ。
視界が消える。
常に溢れていた言葉と数字が頭の中から消える。
未知に挑み続けてきた男が、途上で黄泉路に旅立った。
●闇への進入
「1分後に転移がはじまりま~す」
「ブリーフィング用の資料はどこだ!」
転移装置のまわりで騒ぎが起こっている。
今回は事前情報無しの戦闘依頼かとため息をつこうとしたとき、小さなパルムが協力してフリップを掲げた。
多分ベアトリクス。
けどなんかパワーが小さい。
ちょっとずつ大きくなってるからきをつけて。
「……」
まあ、相手が分からないよりはずっとましだ。
何故か出口が防がれている建物に送り込まれるのは分かっているし。
「転移行きま~す」
何の前触れも無く視界が切り替わる。
無音の闇の中、機体の駆動音がコンクリ壁に反響していた。
リプレイ本文
●無明の闇
奇妙な空疎ささえ感じる空間を、2体の巨人が警戒を緩めず慎重に進んでいた。
『援護はする。無茶はするなよ』
高性能の外部のスピーカーからアルバ・ソル(ka4189)の声が発せられ、分厚いコンクリに反響して遠くまで伝わる。
もう1機のR7エクスシアが静かにうなずき三叉路へ。
右へ伸びる通路に機体正面を向けながらいつでも銃を撃てるように構えた。
「敵影無し」
セレスティア(ka2691)が標準装備の外部スピーカーを通じてアルバに合図。
アルバ機がセレスティア機の真横に移動し銃を構え、敵が現れたら即攻撃出来る態勢を整えた。
「います」
通路奥の右側には壊れた扉があり、左側には更に奥へ続く通路がある。
覚醒者の視力でようやく捉えることができる弱い光が、左奥の通路から微かに漏れていた。
「おーい、先に調べて来ていいかー?」
紅のイェジドがエクスシアを見上げ、その背のボルディア・コンフラムス(ka0796)が問いかけてきた。
幻獣はCAMに比べるとかなり速い。
しかもこの【ヴァーミリオン】は回避術も心得ており、普通なら最高の偵察要員になるはずだった。
セレスティア機から浮遊する盾が離れ、同時に無色透明な結界が広がり負のマテリアルを退ける。
シールドに火花が散る。
胸を押され仰向けに倒れそうになる機体を、セレスティアが巧みな操作で立て直しつつCAMブレードを振り上げる。
つんつん。
突然現れた緑の触手が物珍しそうに触れて、振動する刃に先端を切り取られていた。
一瞬後に脳内の情報処理がようやく終わる。ハンター達は壁と天上の間に張り付いたVOIDを視認することに成功した。
「いつ向かうかの判断はお任せする。セティと僕は」
魔銃の先から弾ではなく地属性の力を放出。
右脇の何もない空間に小さな壁を出現させる。
「ここでベアトリクスを防ぐ」
緑の巨人の姿が消え、壁が爆散して空気が揺れる。
いつの間にか、ベアトリクスが触手を伸ばした状態で小首を傾げていた。
アルバは銃を構えたまま次の術を使う。
VOIDとは異なる緑風がふわりと舞って、セレスティア機の動きが目に見えて鋭くなった。
セレスティア機は左右上下から伸びてくる緑触手をフットワークで躱す。
ベアトリクスによる両足揃えての蹴り……触手で支えられた踏みつけ攻撃の回避には失敗。直撃する寸前でシールドを滑り込ませて装甲越しに衝撃を受ける。
それは戦車を潰した一撃だ。だが今回は衝撃と圧力を8割以上受け流され、セレスティア機にもたらされた被害は軽微であった。
「まずは、動きを止めないと!」
手数で圧倒されてもセレスティアは怯まない。
至近距離での戦いは絶好の好機と捉え、己の声に祈りの力を込め浄化の力を発つ。
緑の光が瞬く。
触手を後光の如く伸ばす巨人が戸惑うように動きを止める。
前触れの殺意も予備操作も無く、膨大な量のレーザーがベアトリクスからセレスティア機に降り注ぐ。
「っ」
認識の狂いを自覚して頭を振る。
自機のイニシャライズフィールドが全力稼働している表示が視界の隅に見えた。
シールド操作。
レーザー着弾。
ユニット用全身鎧が熱と負の力を帯び、機体の各部に不具合が続出する。
「ここだ! 喰らえ!!」
エクスシア2機が同時にマテリアルライフルを起動。
呆れるほど素早くベアトリクスが反応し、ほぼ一瞬で20メートル以上距離をとる。
その行動をアルバは読んでいた。
予測した通りの位置のVOIDへ、2条の光が通路と水平に伸びる。
ベアトリクスは狼狽えた様子で両手を振って、倒れるように本体は伏せ、触手も横に伸ばして躱してみせた。
アルバもセレスティアも落胆はせず着実に作戦を進める。
2機はじれったくなるほど低速に、しかしベアトリクスに突破される隙は見せずに距離を数メートル詰めた。
たった数メートルでも効果は絶大だ。
巨体に相応しい武器を持つCAMが、背後に空いた空間に入って攻撃に参加できる。
「んじゃまぁ、一つダンスのお相手願おうか? フロイライン」
魔導型デュミナス【Freikugel】が発砲。銃弾が前衛2機の間を抜けて緑光の巨人を目指す。
「崑崙の時以来だが」
ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529)の目に、ベアトリクスが屈んで弾を回避するのが見えた。
以前戦った時より狙いの狂いが小さい。
まず間違いなく、状態異常を撒き散らす力が落ちている。
「手動操作でも足りないか」
ゼクスがつぶやく。
己の手足と【Freikugel】が正しく動いている実感がある。
第2、第3の弾を放って、徐々にベアトリクスに近づいているのがはっきりと分かる。
だが全く足りない。
「もうセンサーがやられているのか?」
装甲に穴を開けて肉眼で戦うべきかという考えが、ちらりと脳裏に浮かんだ。
「行け!」
僚機と共に、残弾の限られた非実体弾で攻撃。
アルバの声に反応したベアトリクスは易々と回避する。
その声も非実体弾も実のところ牽制だった。
ベアトリクスが気をとられた隙に、紅のイェジドとスラスターを吹かせた魔導型デュミナス【GLACIALIS】が、ハンター前衛とベアトリクスの脇を一気に駆け抜けた。
(正体不明の敵、か)
能力の詳細が不明。何よりベアトリクス自体が全く不明だ。
分かり易く滅びを求める歪虚とは到底思えない。
何者なのか。何をしたいのか。最終的に何を望むのか。
それを知る事ができれば戦い以外の道も開けるかもしれないのに手がかりすらない。
(だが現状彼女が危険なのもまた事実だ。確実に排除する)
アルバ機が白兵の間合いに踏み込み、小さくとも鋭い刃を緑の巨人に振り下ろした。
レーザーの豪雨が今度はアルバ機を向く。
セレスティア機ほどの防御能力がないため、大型近接武器を受けに回しても装甲へのダメージが急速に増えていく。
「貴女は、何なんですか! 何がしたいのです!」
セレスティアが仕掛けた。
後ろに展開した味方にベアトリクスによる突破の阻止を任せ、自身はCAMブレード1本を両手に構え真っ直ぐ進む。
VOIDはアルバ機を翻弄しながら悠悠と振り返り、死角から滑り込んだ浮遊シールドに右頬を張り倒され姿勢を崩した。
そこに容赦のない斬撃。
ブレードを一閃するたびに触手が切断されて宙を舞う。
そのたびにベアトリクスが痛みに悶え、助けを求めるような仕草と一緒にこれまで以上のレーザーがセレスティアを狙う。
「貴女はっ」
普通のVOIDの方がまともに意思表示できている。
あれらは世界を滅ぼすことを明確に目指している。
だがベアトリクスは全く違う。
甚大な被害と流血をもたらしているのに罪悪感も喜びも感じず、誰も見えないものを見てただ踊っている。
答えなさい。
明確な意思を以て振るわれる刃が、緑光の巨人の太股を大きく切り裂いた。
●深淵に繋がるもの
ボルディアが苦痛に満ちた表情を浮かべている。
一歩進むたびに常人なら自殺を考えるレベルの激痛に襲われているから、ではない。
「あぁド畜生が! この傷さえなけりゃあよお……」
無防備なVOIDの背中がすぐそこにあるのに斧を振れない。
これは、痛みなど全く気にならない程大きなストレスだった。
イェジドの俊足によりベアトリクスとの距離が広がっていく。
ベアトリクスは気づいているが、足の傷が邪魔をしているらしくボルディアを追ってこない。
とはいえ味方機の動きはベアトリクスと相見えた直後から鈍く、ベアトリクス負傷のチャンスをあまり活かせていない。
「生身ならそれほど効かねぇのになあ」
直接的な攻撃力はないが強烈な狂気をまき散らす負の力と、エクスシアのイニシャライズフィールドがフィールドやや不利でせめぎあっている。
これがなければベアトリクスがまだ無傷だった可能性すらあった。
イェジドの気配が、本人と主にしか分からない程度に変わる。
ボルディアは紅の毛を強く握って衝撃に備え、【ヴァーミリオン】は速度を緩めず90度進路変更して壊れた部屋に突入した。
「いい顔で逝きやがって」
にやりと笑ってイェジドから降り、見開かれたままの老人の目を閉じさせる。
不自然な形で固まっている指を開かせてボイスレコーダーを回収。
イェジドに目配せ。こんな状況で稼働している……歪虚化したか歪虚に操られた疑いが濃い機械を壊すよう命じ、ボルディア自身は回収可能なものを目で探す。
「なんだこりゃ」
大きな板が壁にかかっている。
目を凝らし見ると、異様に凝った作りの鍵にも見えた。
イェジドはいきなり動きを止めた。
弾かれるように動き、入り口から主を守る位置へ立つ。
わずかに遅れて入り口に激震。
【GLACIALIS】が緑のレーザーを浴びつつ着地をし、既に壊れた入り口から半身を乗り込ませた。
『スパコンも潰す気?』
主の仲間の声と気配を感じイェジドが警戒を解いた。
「でーたを回収する時間はねぇだろ。ヴァン、その辺は特に念入りに潰しとけ」
こくりとうなずきイェジドが作業に戻る。爪状の武器を振るって筐体の一部を念入りに潰す。
部屋に漂う暗い空気が、ほんのわずかではあるが薄れた気がした。
フィルメリア・クリスティア(ka3380)はベアトリクスの追撃に備えようとして、視界の隅に昏すぎるものを見つけてしまった。
『なっ』
思わず声に出てしまった。
ベアトリクスという巨人の形をした死が近くにいるせいだろうか。
量はわずかでもマイナスに振り切れた気配が、目に見えなくても明確に感じられた。
鍵の回収を行っているボルディアは気づいていないようだ。
危険を承知で【GLACIALIS】から降り、細身の魔導符剣を抜き浄化の力を発動させた。
ばちり。
何もなかったはずの場所で正負のマテリアルがぶつかり合う。
フィルメリアは無言で再発動。
微かではあるが浄化の力が流入量を上回り、無理に開かれた亀裂がゆっくりと薄れて本来あるべき世界に戻っていく。
「助かった」
気づいたボルディアが額の汗をぬぐう。
フィルメリアにも答える余裕は全く無く、限界まで急いで【GLACIALIS】に乗り込みベアトリクスに振り返る。
レーザーを浴びてしまいいくつか不具合が出ているがまだ許容範囲だ。
外部からのエネルギーが止まった緑光を、HMD越しに睨み据え引き金を引いた。
「今のどこから来やがった」
ボルディアが必要な破壊を終え、鍵、ボイスレコーダー、重要と書かれた書類のいくつかを回収し終えてイェジドに乗る。
書類はどれも酷い悪筆の殴り書きで、何が書かれているか半分も読み取れない。
「さてらいと? 経由? 糞、後だ後。ヴァイス、とりあえず金庫に向かうぞ」
緑の暴力が荒れ狂う戦場を、紅のイェジドが主と共に駆け抜けた。
●果てしなく遠い距離
「mercenarioが稼いだ時間が6分で残り後1分半。アルファスの機体と合わせればぎりぎり15分保つってところかしら。それまで生き延びられたらだけど」
R7エクスシア【mercenario】の機関銃が唸る。
2桁の弾がベアトリクスに迫り、しかし1発も当たることなく通路の奥へと飛んでいく。
「困ったわね」
全く困っていない口調でマリィア・バルデス(ka5848)がつぶやいて、片手を器用に使って軍用PDAにレポートを入力。
隙を見て過去分を表示させてみると、記憶との差異が無いレポートが大量に表示された。
「メモリが狂っている訳ではない。なら問題はセンサーかCPUかしら」
ベアトリクスの進路を塞ぐ前衛の10メートル後方。
触手は届かなくても緑のレーザー(魔法属性)が飛んでくる位置で、【mercenario】が適切な射撃を行っているがほぼ当たらない。
VOIDの回避能力が高いのに加えて、機体が軽度の状態異常に陥っているのだろう。
魔弾を意味する名を持つ機体がCAM用のライフルのトリガーを引く。
銃口の先にVOIDはいない。
けれどVOIDの進路と弾丸の進路が重なり、触手と触手の隙間を通って脇腹にめり込んだ。
「捉えるのはそこに居る『現在』じゃない……。その先の『未来』だ。残念ながらなかなか捉えられないがね」
軽く笑って操縦にゼクスが操作に集中する。
マリィア機のイニシャライズフィールドのおかげで、連合宙軍が散々悩まされてきた状態異常の影響はあまり受けていない。
これで命中確率が0ではなくなり勝ち目が出たのは事実ではあるのだが、敵の回避能力は相変わらず高く、ゼクス達の銃弾はほとんど当たらない。
己の機体を駆使してVOIDの動きを予測。
少しでも悪影響を避けるため全手動で機体を操り予測進路上に弾を送り込む。
2発目、3発目と躱されて、4発目でようやく触手の中程に弾がめり込んだ。
「跳弾は……さすがに難しいね」
射撃にも操縦にも自信はある。命中率に目をつむれば当てるだけなら可能。
しかし、平均的なCAMより防御の厚いベアトリクスに有効打を与えるのは、さすがに無理だ。
せめてスキルの支援が欲しい。
R7エクスシア【リインフォース】から、凶悪な密度を持つ非実体の弾丸が放たれる。
ベアトリクスが回避のため脚に力を込めると、股の亀裂が音を立てて大きくなり躱し損ねた。
ずるり。
触手が内部で蠢き股の傷を埋める。
ベアトリクスの足が固い床を蹴る。着弾地点がずれて弾は分厚い装甲に受け止められた。
「多少の余裕はあるか」
【リインフォース】のコクピットに夕凪 沙良(ka5139)の声が響く。
覚醒に伴い真紅に変じた瞳に緑の巨人が映り込んでいる。
「さて、どんな理由でここにいるかなんて聞いたところでどうせ答えてもらえないんでしょう?」
標準装備の外部スピーカーに灯を入れる。
意識して己の感度を高め、戦友や親しい人からマテリアルを受け取るときの状況に近づける。
「しょうがないので話したくなるまで殴る事にします。話したくなったらイメージだけでもリンクしてくれていいんですよ」
弾切れのマテリアルライフルから斬機刀に持ち替える。
沙良のマテリアルが研ぎ澄まされ、白刃を紫電が彩った。
ベアトリクスの視線が斬機刀に向く。
本体が無防備に手を伸ばし、強烈な魔法属性レーザーが発射された。
「そこ」
HMDから異常を見つけ出す。
両足のペダルと左右の操縦桿だけで【リインフォース】の四肢を操り直撃は避け、センサー状の幻では無く実体のベアトリクスに白刃の切っ先を突きつけた。
「ベアトリクス!」
呼びかける。
自身の感度を上げることで少しでも意思疎通の可能性を上げようとしたことが、今回は仇になった。
軽く伸び上がるような、機嫌のよい無邪気な少女の如き仕草で、かつてベアトリクスがもたらした信号が量を増して沙良に届く。
非人間的かつ非人道的な刺激に沙良の意識が半ば途絶え、けれど積み重ねた修練が手足を動かし止めの触手を斬って捨てた。
「騙した……つもりはないようですね」
ベアトリクスの気配が遠ざかる。
無意識に武装を切り替えCAM用拳銃で追撃。1発は本体に当てるが射程外に逃げられてしまった。
体内のマテリアルが危険な影響の消去に使われ、沙良の体に力が入らない。
「好奇心から出る行動が攻撃になっている。そういう加工をされた?」
ベアトリクスの背後にいる何かが、ベアトリクスを弄んでいるようにも感じられた。
『体調不良なら一旦後退を。命を駆けるタイミングじゃないわ』
【mercenario】が途切れること無く弾幕を張っていた。
相変わらずVOIDの状態異常の影響を受けている。
弾が当たることは滅多になく、反撃のレーザーで装甲を焼かれ、しかし僚機には決して当てずベアトリクスの前進を妨げる。
たん、と軽い音を立てて実体弾が当たり、そこから浸透したマテリアルがVOIDの動きを大いに邪魔をした。
「やれやれ……今回はお嬢さん方の引き立て役だな」
【Freikugel】の機関銃が吼える。
当たればベアトリクスですら無傷では済まない銃弾が、ベアトリクスの脇の何もないはずの空間へ。
緑の光が揺れ、当たっていないはずのベアトリクスに火花が散った。
「まだまだ踊ってもらうよ。足がもつれるまでね」
HMD越しに冷たい瞳でみつめる。
なんとか情報も集まった。今なら試行回数さえ増やせば当たることは当たる。
豊富な実体弾を活かすことで、ゼクスはベアトリクス相手に少しずつダメージを与えていった。
●緑の光へ迫る
セレスティアの祈りの場が、初めてベアトリクスを退け廊下の隅に押し込めた。
「これで最後だ。後は頼む」
R7エクスシアが床に突けた手からマテリアルが流れ。
場を乗り越えようとしたVOIDの足下に現れ派手に躓かせた。
『ずっと疑問だった』
3つの光点がベアトリクスの右腕、胴中央、左脚を襲う。
完全に同期しているため回避は極めて困難だ。足への光はぎりぎりで躱されが残る2つは装甲を抜き内部を焼く。
『圧倒的な超広域能力。地球から月まで認識圏。通信を媒介に感染する狂気』
ベアトリクスの意識が【Libra】三昧耶形内部のアルファス(ka3312)に集中する。
センサーが狂いHMD越しに偽りデータが送りつけられる。
だがアルファスは無事だ。
本来の力を発揮できず、既に大きく傷ついたVOIDには、アルファス本人の認識を狂わせる力が残っていない。
『狂気の根源……邪神が赤龍さえ歪虚化させた謎の侵食力。そして』
困惑が四肢と触手に表れ、数が少なくなった分速度を増した触手がレーザーと一緒にアルファス機を狙う。
「最後まで聞きなさい。あなたのことよ」
【GLACIALIS】が狂気に呑まれることなくベアトリクスの逃げ道を塞ぐ。
フィルメリアはコクピットで魔導符剣を抜き、最後のカートリッジを使って周囲の異常を浄化して見せる。
肩が触れあう距離にあった【mercenario】が本来の動きを取り戻す。
大量の弾丸を豪雨の如く浴びせることで、有効弾は少なくてもベアトリクスの注意を引きつけ回避や逃亡の動きを阻害する。
『この施設の兵器暴走にハードウェアの歪虚化痕跡が無かった。つまり前回はベアトリクス、又は彼女の信号がスパコンや通信を通しウィルスのように狂気を感染させた』
以上の考察により、今までより事実に近い推測が導かれる。
『彼女はデータ的な生命体。コンピューターウイルスでもあり、おそらく』
汚染または加工された精霊である。
クリムゾンウェストの人間が知れば頭を抱える結論は、口には出さず胸にしまっておいた。
アルファスの言葉と共に放たれる光点がベアトリクスの四肢を削る。
触手が手足の代わりを果たそうとしても数が足りない。
光点を避けた結果バランスを崩し、激しい音を立ててコンクリの壁に衝突した。
『再転移まで残り1分』
マリィアの声から感情が消えている。
『外の部隊集結が遅れているわ』
研究所外で大出力で行き交う電波が、彼女のトランシーバーに微かに届いていた。
最後の予備弾を機関銃2機と近接ガトリング砲に装填。レーザーが最も当たり易い距離で足を止めて弾幕を張る。
緑の光が強くなる。
目に映る光景と引き金越しに伝わる感触がずれ、限界まで稼働するイニシャライズフィールドが両者を再び一致させた。
「残り40秒」
視界が緑に染まる。
HMDに無数のエラーが表示され、特にセンサー周りは全滅に近い。
装甲の損傷も深刻だ。
触手による打撃も連続し耳がおかしくなりそうだ。
「まさかモールス信号なんて言わないわよね?」
苦笑する。
今攻撃の手を緩めれば、微かな対話の可能性と引き替えに、無防備な地にベアトリクスを放つことになる。
故に引き金から指を離すのは不可能だ。
揺れが一際激しく、マリィアが機体ごと180度反転。
火器をぶつけて暴発させるのだけは辛うじて避けたが、コンクリの床に激突した。
「相変わらず、奇妙かつ素早い動き方を……」
触手を使った投げ技であった。
ベアトリクスは頭と胴の一部だけの本体を触手で運ぶ。
重さが半減しているため異様に軽快で速度も強烈だった。
「けれど、追いきれない訳じゃない」
蒼い塗装のデュミナスが斜め上から飛びかかる。
CAMブレードがVOIDの胸部装甲を貫きコンクリへめり込み、そのまま火花を散らしてベアトリクスごと滑る。
「多少の無茶は承知で覚悟の上、此処で墜とす」
【GLACIALIS】の損傷が危険域へ。
ベアトリクスは内部の機構が砕けて端から消滅していく。
悲鳴というにはあまりに異様な波が発生。
強靱な心身を誇るハンター達にうめき声をあげさせた。
「この、音。あなたの声という訳?」
毛細血管が破れて視界の半分が赤く染まっている。
フィルメリアはブレードが壊れるぎりぎりまで押し込みブレーキをかけ、ベアトリクスを踏みつけたまま堅い壁に衝突。
触手で逃げられる前にVOIDの胴を蹴りつけ僚機の近くへ跳ばす。
音が局限まで高まり、消える。
ベアトリクスの胴と頭も最初からなかったかのようにHMDから消えていた。
「どんなに隠れようとしても無駄ですよ」
破れた装甲の隙間から沙良が凝視。
たった2本の触手で立ち上がったVOID目がけ建御雷を構え、余力を残さずそのまま直進する。
緑の光が薄れる。
闇に紛れて視認が極めて困難に。
が、沙良の紅瞳は決して獲物を逃さない。
残った装甲ごと右肩を切断。そこから伸びる触手は何も掴めずコンクリと装甲に挟まれ潰れた。
「今は」
乱れる感覚と認識を思考で修正しマテリアルに所定の動きをさせる。
三鈷剣を模した光の刃が【Libra】三昧耶形の周囲に現れ、瞬時に加速しベアトリクスの頭部と喉元に突き立つ。
狂気と暴力の迫力が急激に低下する。
無傷な触手も端から光に変わり拡散する。
『残り、6秒』
触手の崩壊が4センチ残して停止。
ベアトリクスの喉元からゆっくり肉が増え始める。
銃声が連続する。
実体弾が頭部を凹ませ、光の点が胸部装甲を砕き、しかしベアトリクスはまだ生きている。
『ッ』
【mercenario】が倒れたまま発砲。
頭蓋に直撃し中身と弾の残骸がコンクリ壁へ激突。
弾の残骸だけを残し、汚れた肉汁も装甲の欠片も一切痕跡を残さず消え、唐突に視界が切り替わった。
「ひゅわっ!?」
転送前に見た顔が驚いている。
職員が魔導短伝話を使って聖導士と医者と技術者を呼び寄せている。
闘争の気配は完全に消えていた。
アルファスはHMDを外して大きく息を吐く。
汚染の少ない空気がとても美味い。体の奥から癒されていくようだ。
「そもそも彼女は『何を起点に日本に具現化』した?」
論理の――電脳の魔術師である機導師らしく、己の全能力を使い情報を検証していく。
「残存物質は前回汚染を受け浄化されたスパコン。そんな物を起点にできる存在は何だ?」
最高の格を持つ歪虚が脳裏に浮かぶ。
彼の思考はそこで止まらない。神とも呼ばれる存在が何をどこまで出来るかを深く考察する。
「どこにでもベアトリクスを転送させられるなら、まだ両世界が生き残っているのがおかしい。なら……」
転送のための媒体がどこかにあるはずだ。
さすがにインターネットはないだろう。もしそうなら既に地球は陥落している。
「これで全部だ。読めない? 読める奴連れてこい。」
ボルディアが若手の職員を捕まえて何やら無茶を言っている。
複数のパルムが資料を横からのぞき込み、ヘッドフォンをボイスレコーダーに繋いで聞いている。
どうやら、言語や単語の情報を更新をしているようだった。
「慌てて書き残したようにしか見えねぇから、重要な情報か警告だと思うんだがな。確かおーびっ? さてらいと……」
静止衛星に存在する特定の通信衛星を経由したエネルギー供給。
情報更新途中だからろうか。
実際の発音と翻訳された言葉が、アルファスの耳に同時に届く。
「確か他に……」
私の手の打てる範囲の媒体は全て潰した。後は衛星を、頼んだ。
フィルメリアが深い息を吐き天を仰ぐ。
「最期まで状況を伝える為に尽力してくれた事に感謝します。その行動に応え、報いてみせます」
頭を1度だけ振って意識を切り替える。
ハンター達は、即座の作戦立案および可能な限り早期の作戦発動をソサエティに要求した。
●地球。衛星軌道上
ベアトリクスと同一の信号が、途切れ途切れに届いていた。
奇妙な空疎ささえ感じる空間を、2体の巨人が警戒を緩めず慎重に進んでいた。
『援護はする。無茶はするなよ』
高性能の外部のスピーカーからアルバ・ソル(ka4189)の声が発せられ、分厚いコンクリに反響して遠くまで伝わる。
もう1機のR7エクスシアが静かにうなずき三叉路へ。
右へ伸びる通路に機体正面を向けながらいつでも銃を撃てるように構えた。
「敵影無し」
セレスティア(ka2691)が標準装備の外部スピーカーを通じてアルバに合図。
アルバ機がセレスティア機の真横に移動し銃を構え、敵が現れたら即攻撃出来る態勢を整えた。
「います」
通路奥の右側には壊れた扉があり、左側には更に奥へ続く通路がある。
覚醒者の視力でようやく捉えることができる弱い光が、左奥の通路から微かに漏れていた。
「おーい、先に調べて来ていいかー?」
紅のイェジドがエクスシアを見上げ、その背のボルディア・コンフラムス(ka0796)が問いかけてきた。
幻獣はCAMに比べるとかなり速い。
しかもこの【ヴァーミリオン】は回避術も心得ており、普通なら最高の偵察要員になるはずだった。
セレスティア機から浮遊する盾が離れ、同時に無色透明な結界が広がり負のマテリアルを退ける。
シールドに火花が散る。
胸を押され仰向けに倒れそうになる機体を、セレスティアが巧みな操作で立て直しつつCAMブレードを振り上げる。
つんつん。
突然現れた緑の触手が物珍しそうに触れて、振動する刃に先端を切り取られていた。
一瞬後に脳内の情報処理がようやく終わる。ハンター達は壁と天上の間に張り付いたVOIDを視認することに成功した。
「いつ向かうかの判断はお任せする。セティと僕は」
魔銃の先から弾ではなく地属性の力を放出。
右脇の何もない空間に小さな壁を出現させる。
「ここでベアトリクスを防ぐ」
緑の巨人の姿が消え、壁が爆散して空気が揺れる。
いつの間にか、ベアトリクスが触手を伸ばした状態で小首を傾げていた。
アルバは銃を構えたまま次の術を使う。
VOIDとは異なる緑風がふわりと舞って、セレスティア機の動きが目に見えて鋭くなった。
セレスティア機は左右上下から伸びてくる緑触手をフットワークで躱す。
ベアトリクスによる両足揃えての蹴り……触手で支えられた踏みつけ攻撃の回避には失敗。直撃する寸前でシールドを滑り込ませて装甲越しに衝撃を受ける。
それは戦車を潰した一撃だ。だが今回は衝撃と圧力を8割以上受け流され、セレスティア機にもたらされた被害は軽微であった。
「まずは、動きを止めないと!」
手数で圧倒されてもセレスティアは怯まない。
至近距離での戦いは絶好の好機と捉え、己の声に祈りの力を込め浄化の力を発つ。
緑の光が瞬く。
触手を後光の如く伸ばす巨人が戸惑うように動きを止める。
前触れの殺意も予備操作も無く、膨大な量のレーザーがベアトリクスからセレスティア機に降り注ぐ。
「っ」
認識の狂いを自覚して頭を振る。
自機のイニシャライズフィールドが全力稼働している表示が視界の隅に見えた。
シールド操作。
レーザー着弾。
ユニット用全身鎧が熱と負の力を帯び、機体の各部に不具合が続出する。
「ここだ! 喰らえ!!」
エクスシア2機が同時にマテリアルライフルを起動。
呆れるほど素早くベアトリクスが反応し、ほぼ一瞬で20メートル以上距離をとる。
その行動をアルバは読んでいた。
予測した通りの位置のVOIDへ、2条の光が通路と水平に伸びる。
ベアトリクスは狼狽えた様子で両手を振って、倒れるように本体は伏せ、触手も横に伸ばして躱してみせた。
アルバもセレスティアも落胆はせず着実に作戦を進める。
2機はじれったくなるほど低速に、しかしベアトリクスに突破される隙は見せずに距離を数メートル詰めた。
たった数メートルでも効果は絶大だ。
巨体に相応しい武器を持つCAMが、背後に空いた空間に入って攻撃に参加できる。
「んじゃまぁ、一つダンスのお相手願おうか? フロイライン」
魔導型デュミナス【Freikugel】が発砲。銃弾が前衛2機の間を抜けて緑光の巨人を目指す。
「崑崙の時以来だが」
ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529)の目に、ベアトリクスが屈んで弾を回避するのが見えた。
以前戦った時より狙いの狂いが小さい。
まず間違いなく、状態異常を撒き散らす力が落ちている。
「手動操作でも足りないか」
ゼクスがつぶやく。
己の手足と【Freikugel】が正しく動いている実感がある。
第2、第3の弾を放って、徐々にベアトリクスに近づいているのがはっきりと分かる。
だが全く足りない。
「もうセンサーがやられているのか?」
装甲に穴を開けて肉眼で戦うべきかという考えが、ちらりと脳裏に浮かんだ。
「行け!」
僚機と共に、残弾の限られた非実体弾で攻撃。
アルバの声に反応したベアトリクスは易々と回避する。
その声も非実体弾も実のところ牽制だった。
ベアトリクスが気をとられた隙に、紅のイェジドとスラスターを吹かせた魔導型デュミナス【GLACIALIS】が、ハンター前衛とベアトリクスの脇を一気に駆け抜けた。
(正体不明の敵、か)
能力の詳細が不明。何よりベアトリクス自体が全く不明だ。
分かり易く滅びを求める歪虚とは到底思えない。
何者なのか。何をしたいのか。最終的に何を望むのか。
それを知る事ができれば戦い以外の道も開けるかもしれないのに手がかりすらない。
(だが現状彼女が危険なのもまた事実だ。確実に排除する)
アルバ機が白兵の間合いに踏み込み、小さくとも鋭い刃を緑の巨人に振り下ろした。
レーザーの豪雨が今度はアルバ機を向く。
セレスティア機ほどの防御能力がないため、大型近接武器を受けに回しても装甲へのダメージが急速に増えていく。
「貴女は、何なんですか! 何がしたいのです!」
セレスティアが仕掛けた。
後ろに展開した味方にベアトリクスによる突破の阻止を任せ、自身はCAMブレード1本を両手に構え真っ直ぐ進む。
VOIDはアルバ機を翻弄しながら悠悠と振り返り、死角から滑り込んだ浮遊シールドに右頬を張り倒され姿勢を崩した。
そこに容赦のない斬撃。
ブレードを一閃するたびに触手が切断されて宙を舞う。
そのたびにベアトリクスが痛みに悶え、助けを求めるような仕草と一緒にこれまで以上のレーザーがセレスティアを狙う。
「貴女はっ」
普通のVOIDの方がまともに意思表示できている。
あれらは世界を滅ぼすことを明確に目指している。
だがベアトリクスは全く違う。
甚大な被害と流血をもたらしているのに罪悪感も喜びも感じず、誰も見えないものを見てただ踊っている。
答えなさい。
明確な意思を以て振るわれる刃が、緑光の巨人の太股を大きく切り裂いた。
●深淵に繋がるもの
ボルディアが苦痛に満ちた表情を浮かべている。
一歩進むたびに常人なら自殺を考えるレベルの激痛に襲われているから、ではない。
「あぁド畜生が! この傷さえなけりゃあよお……」
無防備なVOIDの背中がすぐそこにあるのに斧を振れない。
これは、痛みなど全く気にならない程大きなストレスだった。
イェジドの俊足によりベアトリクスとの距離が広がっていく。
ベアトリクスは気づいているが、足の傷が邪魔をしているらしくボルディアを追ってこない。
とはいえ味方機の動きはベアトリクスと相見えた直後から鈍く、ベアトリクス負傷のチャンスをあまり活かせていない。
「生身ならそれほど効かねぇのになあ」
直接的な攻撃力はないが強烈な狂気をまき散らす負の力と、エクスシアのイニシャライズフィールドがフィールドやや不利でせめぎあっている。
これがなければベアトリクスがまだ無傷だった可能性すらあった。
イェジドの気配が、本人と主にしか分からない程度に変わる。
ボルディアは紅の毛を強く握って衝撃に備え、【ヴァーミリオン】は速度を緩めず90度進路変更して壊れた部屋に突入した。
「いい顔で逝きやがって」
にやりと笑ってイェジドから降り、見開かれたままの老人の目を閉じさせる。
不自然な形で固まっている指を開かせてボイスレコーダーを回収。
イェジドに目配せ。こんな状況で稼働している……歪虚化したか歪虚に操られた疑いが濃い機械を壊すよう命じ、ボルディア自身は回収可能なものを目で探す。
「なんだこりゃ」
大きな板が壁にかかっている。
目を凝らし見ると、異様に凝った作りの鍵にも見えた。
イェジドはいきなり動きを止めた。
弾かれるように動き、入り口から主を守る位置へ立つ。
わずかに遅れて入り口に激震。
【GLACIALIS】が緑のレーザーを浴びつつ着地をし、既に壊れた入り口から半身を乗り込ませた。
『スパコンも潰す気?』
主の仲間の声と気配を感じイェジドが警戒を解いた。
「でーたを回収する時間はねぇだろ。ヴァン、その辺は特に念入りに潰しとけ」
こくりとうなずきイェジドが作業に戻る。爪状の武器を振るって筐体の一部を念入りに潰す。
部屋に漂う暗い空気が、ほんのわずかではあるが薄れた気がした。
フィルメリア・クリスティア(ka3380)はベアトリクスの追撃に備えようとして、視界の隅に昏すぎるものを見つけてしまった。
『なっ』
思わず声に出てしまった。
ベアトリクスという巨人の形をした死が近くにいるせいだろうか。
量はわずかでもマイナスに振り切れた気配が、目に見えなくても明確に感じられた。
鍵の回収を行っているボルディアは気づいていないようだ。
危険を承知で【GLACIALIS】から降り、細身の魔導符剣を抜き浄化の力を発動させた。
ばちり。
何もなかったはずの場所で正負のマテリアルがぶつかり合う。
フィルメリアは無言で再発動。
微かではあるが浄化の力が流入量を上回り、無理に開かれた亀裂がゆっくりと薄れて本来あるべき世界に戻っていく。
「助かった」
気づいたボルディアが額の汗をぬぐう。
フィルメリアにも答える余裕は全く無く、限界まで急いで【GLACIALIS】に乗り込みベアトリクスに振り返る。
レーザーを浴びてしまいいくつか不具合が出ているがまだ許容範囲だ。
外部からのエネルギーが止まった緑光を、HMD越しに睨み据え引き金を引いた。
「今のどこから来やがった」
ボルディアが必要な破壊を終え、鍵、ボイスレコーダー、重要と書かれた書類のいくつかを回収し終えてイェジドに乗る。
書類はどれも酷い悪筆の殴り書きで、何が書かれているか半分も読み取れない。
「さてらいと? 経由? 糞、後だ後。ヴァイス、とりあえず金庫に向かうぞ」
緑の暴力が荒れ狂う戦場を、紅のイェジドが主と共に駆け抜けた。
●果てしなく遠い距離
「mercenarioが稼いだ時間が6分で残り後1分半。アルファスの機体と合わせればぎりぎり15分保つってところかしら。それまで生き延びられたらだけど」
R7エクスシア【mercenario】の機関銃が唸る。
2桁の弾がベアトリクスに迫り、しかし1発も当たることなく通路の奥へと飛んでいく。
「困ったわね」
全く困っていない口調でマリィア・バルデス(ka5848)がつぶやいて、片手を器用に使って軍用PDAにレポートを入力。
隙を見て過去分を表示させてみると、記憶との差異が無いレポートが大量に表示された。
「メモリが狂っている訳ではない。なら問題はセンサーかCPUかしら」
ベアトリクスの進路を塞ぐ前衛の10メートル後方。
触手は届かなくても緑のレーザー(魔法属性)が飛んでくる位置で、【mercenario】が適切な射撃を行っているがほぼ当たらない。
VOIDの回避能力が高いのに加えて、機体が軽度の状態異常に陥っているのだろう。
魔弾を意味する名を持つ機体がCAM用のライフルのトリガーを引く。
銃口の先にVOIDはいない。
けれどVOIDの進路と弾丸の進路が重なり、触手と触手の隙間を通って脇腹にめり込んだ。
「捉えるのはそこに居る『現在』じゃない……。その先の『未来』だ。残念ながらなかなか捉えられないがね」
軽く笑って操縦にゼクスが操作に集中する。
マリィア機のイニシャライズフィールドのおかげで、連合宙軍が散々悩まされてきた状態異常の影響はあまり受けていない。
これで命中確率が0ではなくなり勝ち目が出たのは事実ではあるのだが、敵の回避能力は相変わらず高く、ゼクス達の銃弾はほとんど当たらない。
己の機体を駆使してVOIDの動きを予測。
少しでも悪影響を避けるため全手動で機体を操り予測進路上に弾を送り込む。
2発目、3発目と躱されて、4発目でようやく触手の中程に弾がめり込んだ。
「跳弾は……さすがに難しいね」
射撃にも操縦にも自信はある。命中率に目をつむれば当てるだけなら可能。
しかし、平均的なCAMより防御の厚いベアトリクスに有効打を与えるのは、さすがに無理だ。
せめてスキルの支援が欲しい。
R7エクスシア【リインフォース】から、凶悪な密度を持つ非実体の弾丸が放たれる。
ベアトリクスが回避のため脚に力を込めると、股の亀裂が音を立てて大きくなり躱し損ねた。
ずるり。
触手が内部で蠢き股の傷を埋める。
ベアトリクスの足が固い床を蹴る。着弾地点がずれて弾は分厚い装甲に受け止められた。
「多少の余裕はあるか」
【リインフォース】のコクピットに夕凪 沙良(ka5139)の声が響く。
覚醒に伴い真紅に変じた瞳に緑の巨人が映り込んでいる。
「さて、どんな理由でここにいるかなんて聞いたところでどうせ答えてもらえないんでしょう?」
標準装備の外部スピーカーに灯を入れる。
意識して己の感度を高め、戦友や親しい人からマテリアルを受け取るときの状況に近づける。
「しょうがないので話したくなるまで殴る事にします。話したくなったらイメージだけでもリンクしてくれていいんですよ」
弾切れのマテリアルライフルから斬機刀に持ち替える。
沙良のマテリアルが研ぎ澄まされ、白刃を紫電が彩った。
ベアトリクスの視線が斬機刀に向く。
本体が無防備に手を伸ばし、強烈な魔法属性レーザーが発射された。
「そこ」
HMDから異常を見つけ出す。
両足のペダルと左右の操縦桿だけで【リインフォース】の四肢を操り直撃は避け、センサー状の幻では無く実体のベアトリクスに白刃の切っ先を突きつけた。
「ベアトリクス!」
呼びかける。
自身の感度を上げることで少しでも意思疎通の可能性を上げようとしたことが、今回は仇になった。
軽く伸び上がるような、機嫌のよい無邪気な少女の如き仕草で、かつてベアトリクスがもたらした信号が量を増して沙良に届く。
非人間的かつ非人道的な刺激に沙良の意識が半ば途絶え、けれど積み重ねた修練が手足を動かし止めの触手を斬って捨てた。
「騙した……つもりはないようですね」
ベアトリクスの気配が遠ざかる。
無意識に武装を切り替えCAM用拳銃で追撃。1発は本体に当てるが射程外に逃げられてしまった。
体内のマテリアルが危険な影響の消去に使われ、沙良の体に力が入らない。
「好奇心から出る行動が攻撃になっている。そういう加工をされた?」
ベアトリクスの背後にいる何かが、ベアトリクスを弄んでいるようにも感じられた。
『体調不良なら一旦後退を。命を駆けるタイミングじゃないわ』
【mercenario】が途切れること無く弾幕を張っていた。
相変わらずVOIDの状態異常の影響を受けている。
弾が当たることは滅多になく、反撃のレーザーで装甲を焼かれ、しかし僚機には決して当てずベアトリクスの前進を妨げる。
たん、と軽い音を立てて実体弾が当たり、そこから浸透したマテリアルがVOIDの動きを大いに邪魔をした。
「やれやれ……今回はお嬢さん方の引き立て役だな」
【Freikugel】の機関銃が吼える。
当たればベアトリクスですら無傷では済まない銃弾が、ベアトリクスの脇の何もないはずの空間へ。
緑の光が揺れ、当たっていないはずのベアトリクスに火花が散った。
「まだまだ踊ってもらうよ。足がもつれるまでね」
HMD越しに冷たい瞳でみつめる。
なんとか情報も集まった。今なら試行回数さえ増やせば当たることは当たる。
豊富な実体弾を活かすことで、ゼクスはベアトリクス相手に少しずつダメージを与えていった。
●緑の光へ迫る
セレスティアの祈りの場が、初めてベアトリクスを退け廊下の隅に押し込めた。
「これで最後だ。後は頼む」
R7エクスシアが床に突けた手からマテリアルが流れ。
場を乗り越えようとしたVOIDの足下に現れ派手に躓かせた。
『ずっと疑問だった』
3つの光点がベアトリクスの右腕、胴中央、左脚を襲う。
完全に同期しているため回避は極めて困難だ。足への光はぎりぎりで躱されが残る2つは装甲を抜き内部を焼く。
『圧倒的な超広域能力。地球から月まで認識圏。通信を媒介に感染する狂気』
ベアトリクスの意識が【Libra】三昧耶形内部のアルファス(ka3312)に集中する。
センサーが狂いHMD越しに偽りデータが送りつけられる。
だがアルファスは無事だ。
本来の力を発揮できず、既に大きく傷ついたVOIDには、アルファス本人の認識を狂わせる力が残っていない。
『狂気の根源……邪神が赤龍さえ歪虚化させた謎の侵食力。そして』
困惑が四肢と触手に表れ、数が少なくなった分速度を増した触手がレーザーと一緒にアルファス機を狙う。
「最後まで聞きなさい。あなたのことよ」
【GLACIALIS】が狂気に呑まれることなくベアトリクスの逃げ道を塞ぐ。
フィルメリアはコクピットで魔導符剣を抜き、最後のカートリッジを使って周囲の異常を浄化して見せる。
肩が触れあう距離にあった【mercenario】が本来の動きを取り戻す。
大量の弾丸を豪雨の如く浴びせることで、有効弾は少なくてもベアトリクスの注意を引きつけ回避や逃亡の動きを阻害する。
『この施設の兵器暴走にハードウェアの歪虚化痕跡が無かった。つまり前回はベアトリクス、又は彼女の信号がスパコンや通信を通しウィルスのように狂気を感染させた』
以上の考察により、今までより事実に近い推測が導かれる。
『彼女はデータ的な生命体。コンピューターウイルスでもあり、おそらく』
汚染または加工された精霊である。
クリムゾンウェストの人間が知れば頭を抱える結論は、口には出さず胸にしまっておいた。
アルファスの言葉と共に放たれる光点がベアトリクスの四肢を削る。
触手が手足の代わりを果たそうとしても数が足りない。
光点を避けた結果バランスを崩し、激しい音を立ててコンクリの壁に衝突した。
『再転移まで残り1分』
マリィアの声から感情が消えている。
『外の部隊集結が遅れているわ』
研究所外で大出力で行き交う電波が、彼女のトランシーバーに微かに届いていた。
最後の予備弾を機関銃2機と近接ガトリング砲に装填。レーザーが最も当たり易い距離で足を止めて弾幕を張る。
緑の光が強くなる。
目に映る光景と引き金越しに伝わる感触がずれ、限界まで稼働するイニシャライズフィールドが両者を再び一致させた。
「残り40秒」
視界が緑に染まる。
HMDに無数のエラーが表示され、特にセンサー周りは全滅に近い。
装甲の損傷も深刻だ。
触手による打撃も連続し耳がおかしくなりそうだ。
「まさかモールス信号なんて言わないわよね?」
苦笑する。
今攻撃の手を緩めれば、微かな対話の可能性と引き替えに、無防備な地にベアトリクスを放つことになる。
故に引き金から指を離すのは不可能だ。
揺れが一際激しく、マリィアが機体ごと180度反転。
火器をぶつけて暴発させるのだけは辛うじて避けたが、コンクリの床に激突した。
「相変わらず、奇妙かつ素早い動き方を……」
触手を使った投げ技であった。
ベアトリクスは頭と胴の一部だけの本体を触手で運ぶ。
重さが半減しているため異様に軽快で速度も強烈だった。
「けれど、追いきれない訳じゃない」
蒼い塗装のデュミナスが斜め上から飛びかかる。
CAMブレードがVOIDの胸部装甲を貫きコンクリへめり込み、そのまま火花を散らしてベアトリクスごと滑る。
「多少の無茶は承知で覚悟の上、此処で墜とす」
【GLACIALIS】の損傷が危険域へ。
ベアトリクスは内部の機構が砕けて端から消滅していく。
悲鳴というにはあまりに異様な波が発生。
強靱な心身を誇るハンター達にうめき声をあげさせた。
「この、音。あなたの声という訳?」
毛細血管が破れて視界の半分が赤く染まっている。
フィルメリアはブレードが壊れるぎりぎりまで押し込みブレーキをかけ、ベアトリクスを踏みつけたまま堅い壁に衝突。
触手で逃げられる前にVOIDの胴を蹴りつけ僚機の近くへ跳ばす。
音が局限まで高まり、消える。
ベアトリクスの胴と頭も最初からなかったかのようにHMDから消えていた。
「どんなに隠れようとしても無駄ですよ」
破れた装甲の隙間から沙良が凝視。
たった2本の触手で立ち上がったVOID目がけ建御雷を構え、余力を残さずそのまま直進する。
緑の光が薄れる。
闇に紛れて視認が極めて困難に。
が、沙良の紅瞳は決して獲物を逃さない。
残った装甲ごと右肩を切断。そこから伸びる触手は何も掴めずコンクリと装甲に挟まれ潰れた。
「今は」
乱れる感覚と認識を思考で修正しマテリアルに所定の動きをさせる。
三鈷剣を模した光の刃が【Libra】三昧耶形の周囲に現れ、瞬時に加速しベアトリクスの頭部と喉元に突き立つ。
狂気と暴力の迫力が急激に低下する。
無傷な触手も端から光に変わり拡散する。
『残り、6秒』
触手の崩壊が4センチ残して停止。
ベアトリクスの喉元からゆっくり肉が増え始める。
銃声が連続する。
実体弾が頭部を凹ませ、光の点が胸部装甲を砕き、しかしベアトリクスはまだ生きている。
『ッ』
【mercenario】が倒れたまま発砲。
頭蓋に直撃し中身と弾の残骸がコンクリ壁へ激突。
弾の残骸だけを残し、汚れた肉汁も装甲の欠片も一切痕跡を残さず消え、唐突に視界が切り替わった。
「ひゅわっ!?」
転送前に見た顔が驚いている。
職員が魔導短伝話を使って聖導士と医者と技術者を呼び寄せている。
闘争の気配は完全に消えていた。
アルファスはHMDを外して大きく息を吐く。
汚染の少ない空気がとても美味い。体の奥から癒されていくようだ。
「そもそも彼女は『何を起点に日本に具現化』した?」
論理の――電脳の魔術師である機導師らしく、己の全能力を使い情報を検証していく。
「残存物質は前回汚染を受け浄化されたスパコン。そんな物を起点にできる存在は何だ?」
最高の格を持つ歪虚が脳裏に浮かぶ。
彼の思考はそこで止まらない。神とも呼ばれる存在が何をどこまで出来るかを深く考察する。
「どこにでもベアトリクスを転送させられるなら、まだ両世界が生き残っているのがおかしい。なら……」
転送のための媒体がどこかにあるはずだ。
さすがにインターネットはないだろう。もしそうなら既に地球は陥落している。
「これで全部だ。読めない? 読める奴連れてこい。」
ボルディアが若手の職員を捕まえて何やら無茶を言っている。
複数のパルムが資料を横からのぞき込み、ヘッドフォンをボイスレコーダーに繋いで聞いている。
どうやら、言語や単語の情報を更新をしているようだった。
「慌てて書き残したようにしか見えねぇから、重要な情報か警告だと思うんだがな。確かおーびっ? さてらいと……」
静止衛星に存在する特定の通信衛星を経由したエネルギー供給。
情報更新途中だからろうか。
実際の発音と翻訳された言葉が、アルファスの耳に同時に届く。
「確か他に……」
私の手の打てる範囲の媒体は全て潰した。後は衛星を、頼んだ。
フィルメリアが深い息を吐き天を仰ぐ。
「最期まで状況を伝える為に尽力してくれた事に感謝します。その行動に応え、報いてみせます」
頭を1度だけ振って意識を切り替える。
ハンター達は、即座の作戦立案および可能な限り早期の作戦発動をソサエティに要求した。
●地球。衛星軌道上
ベアトリクスと同一の信号が、途切れ途切れに届いていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
タイムリミットは15分(相談) フィルメリア・クリスティア(ka3380) 人間(リアルブルー)|25才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2017/03/11 20:54:06 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/07 08:26:30 |