ゲスト
(ka0000)
漢とカレーと大宴会
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2014/10/17 22:00
- 完成日
- 2014/10/20 06:25
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
夜煌会も終了した辺境の地。
様々な想い出が産まれた豊穣と浄化の祭りも無事終える事ができたのだが――ここで思い返して欲しい。
珍しくあの馬鹿が不在だった事に。
「ぶわっはっはっ! まさか今年から大事な役目ができたとはな!
しかも、その大役がこのワシに任されるとは思わなかったぞ! なあ、給仕」
「給仕じゃありません、執事です」
地下城『ヴェドル』ではヨアキム(kz0011)が高笑いしていた。
ヨアキムが夜煌会で暴れでもすれば辺境の全部族に迷惑がかかると想定した執事のキュジィ。ヨアキムが馬鹿なのを良い事に耳元で囁いた。
それは――。
『今年から炎番だけではなく、馬番というのが出来たそうなんです。これは辺境部族の族長でもなかなか任されない大役なのですが……今年はヨアキム様を任命すると連絡がありました』
キュジィの言った馬番など、存在しない。
しかしヨアキムは馬番が名誉な役と考え、張り切って行動開始。まったく関係ないオイマト族の馬小屋の傍らで一人立ち番をして夜を明かしていたのだ。
キュジィの機転で辺境ドワーフの名が地に落ちる事もなく、また煽てられた馬鹿もそこそこ満足しているようなので一安心。みんなハッピー、ハッピッピーッなのだ。
「ところで、給仕。
そろそろワシは討って出ようと思うんだ」
「は? 何がですか?」
聞き返すキュジィ。
大抵、ヨアキムが突然行動を開始すればロクな事が起こらない。
事実、今回もヨアキムは武器倉庫として使っている部屋の前でニヤニヤと笑みを浮かべている。何かを企んで……否、勘違いの上で行動してしまった証拠だ。
「コイツを見ろっ!」
「ああ!?」
ヨアキムが開いた扉の向こうには、箱に入れられた香辛料があった。
クミン。カルダモン。ターメリック。コリアンダーにチリペッパー。
クリムゾンレッドで自生はしているものの、量を集めれば資金も相応にかかる香辛料たちだ。
「あの、ヨアキム様。これはどうされたんですか?」
「あん? 決まっているだろう。リアルブルーの兵器『カレー』を俺達の手で再現するんだ。カレーさえあれば、歪虚なんて一発で轟沈。かす傷程度なんだけど、と捨て台詞吐いて港へ帰還させる事も可能だ」
ヨアキムの言葉で、キュジィは先日の出来事を思い出す。
ドワーフとハンターが飲み会を開いた際、カレーを武器と勘違い。その後音沙汰がないので放置していたが、大切な軍資金を使って香辛料を注文していたらしい。
馬鹿のくせに、無駄なところだけは手回しが良すぎて困る。
「あ、あのー。ヨアキム様。カレーは武器ではなく、リアルブルーの料理……」
「見てやがれ、歪虚!
ワシと帝国とカレーの力があれば、歪虚に負ける理由は一つもねぇ! うおおお! 燃えてきたぜぇ! 今のワシなら雑魔程度、鎖骨だけで倒せる! たぶん!」
既にカレーを調べていたキュジィは、カレーが料理だと知っている。
だが、興奮状態のヨアキムは人の話に耳を傾ける気配がない。
このまま行けば、きっとヴェドルがスパイス臭で満たされてしまう。掃除させられるキュジィとしては最悪の事態を回避したいところ。何とかカレーが武器じゃないと教えなければ――。
(……あ、ハンターなら正しいカレーを作れるのかもしれません。
でも、ヨアキム様に正しいカレーを教えると言えば拗ねるでしょうから、ハンターと夜煌会の打ち上げって事にすれば……)
様々な想い出が産まれた豊穣と浄化の祭りも無事終える事ができたのだが――ここで思い返して欲しい。
珍しくあの馬鹿が不在だった事に。
「ぶわっはっはっ! まさか今年から大事な役目ができたとはな!
しかも、その大役がこのワシに任されるとは思わなかったぞ! なあ、給仕」
「給仕じゃありません、執事です」
地下城『ヴェドル』ではヨアキム(kz0011)が高笑いしていた。
ヨアキムが夜煌会で暴れでもすれば辺境の全部族に迷惑がかかると想定した執事のキュジィ。ヨアキムが馬鹿なのを良い事に耳元で囁いた。
それは――。
『今年から炎番だけではなく、馬番というのが出来たそうなんです。これは辺境部族の族長でもなかなか任されない大役なのですが……今年はヨアキム様を任命すると連絡がありました』
キュジィの言った馬番など、存在しない。
しかしヨアキムは馬番が名誉な役と考え、張り切って行動開始。まったく関係ないオイマト族の馬小屋の傍らで一人立ち番をして夜を明かしていたのだ。
キュジィの機転で辺境ドワーフの名が地に落ちる事もなく、また煽てられた馬鹿もそこそこ満足しているようなので一安心。みんなハッピー、ハッピッピーッなのだ。
「ところで、給仕。
そろそろワシは討って出ようと思うんだ」
「は? 何がですか?」
聞き返すキュジィ。
大抵、ヨアキムが突然行動を開始すればロクな事が起こらない。
事実、今回もヨアキムは武器倉庫として使っている部屋の前でニヤニヤと笑みを浮かべている。何かを企んで……否、勘違いの上で行動してしまった証拠だ。
「コイツを見ろっ!」
「ああ!?」
ヨアキムが開いた扉の向こうには、箱に入れられた香辛料があった。
クミン。カルダモン。ターメリック。コリアンダーにチリペッパー。
クリムゾンレッドで自生はしているものの、量を集めれば資金も相応にかかる香辛料たちだ。
「あの、ヨアキム様。これはどうされたんですか?」
「あん? 決まっているだろう。リアルブルーの兵器『カレー』を俺達の手で再現するんだ。カレーさえあれば、歪虚なんて一発で轟沈。かす傷程度なんだけど、と捨て台詞吐いて港へ帰還させる事も可能だ」
ヨアキムの言葉で、キュジィは先日の出来事を思い出す。
ドワーフとハンターが飲み会を開いた際、カレーを武器と勘違い。その後音沙汰がないので放置していたが、大切な軍資金を使って香辛料を注文していたらしい。
馬鹿のくせに、無駄なところだけは手回しが良すぎて困る。
「あ、あのー。ヨアキム様。カレーは武器ではなく、リアルブルーの料理……」
「見てやがれ、歪虚!
ワシと帝国とカレーの力があれば、歪虚に負ける理由は一つもねぇ! うおおお! 燃えてきたぜぇ! 今のワシなら雑魔程度、鎖骨だけで倒せる! たぶん!」
既にカレーを調べていたキュジィは、カレーが料理だと知っている。
だが、興奮状態のヨアキムは人の話に耳を傾ける気配がない。
このまま行けば、きっとヴェドルがスパイス臭で満たされてしまう。掃除させられるキュジィとしては最悪の事態を回避したいところ。何とかカレーが武器じゃないと教えなければ――。
(……あ、ハンターなら正しいカレーを作れるのかもしれません。
でも、ヨアキム様に正しいカレーを教えると言えば拗ねるでしょうから、ハンターと夜煌会の打ち上げって事にすれば……)
リプレイ本文
地下城『ヴェドル』の大広間に、ヨアキム(kz0011)の笑い声が木霊する。
「ぶわっはっはっ!
久しぶりじゃねぇか、ハンターと飲むのは!
これも夜煌会で馬番を勤めたご褒美って奴だな」
「あ、そうですね。きっとご褒美ですね」
ご機嫌のヨアキムの横で、執事のキュジィがいつもの笑顔で微笑んでいる。
祭り会場からヨアキムを叩き出す為にキュジィがついた適当なウソは、今でもヨアキムの中では真実となっている。馬鹿の王を御するには思いの他簡単なようだ。
「ふん、ドワーフの王とやらも……ナリだけ見たら酔っ払いのジジイじゃな」
初めて目にしたヨアキムの姿を見たユニ=アウロラ(ka3329)は、思わず本心を口にした。
リアルブルーのカレーなる料理が食せると聞いてここへ足を運んだのだが……。
「ほう。ワシを捕まえて酔っ払いのジジイだと?」
「エルフの美しさを見るのが良いのじゃ。亜麻色の顔に青玉の瞳、白磁のような肌。まるで芸術品じゃろう?」
ユニは、髪を掻き上げる。
簡単に挑発に乗ったヨアキムは、ユニを見つめながら立ち上がろうとする。
「うおおお! タダ飯は、まだか!」
ユニとヨアキムの間に割り込むよう、ジルボ(ka1732)は叫び声を上げる。
今、目の前に食べ物が並べられれば三秒と経たずに平らげる自信がある。
「慌てるな。今、ハンターの連中も厨房に入って料理を……」
「さっさとカレーを持ってこいっ!」
「カレー?」
ここで首を傾げるヨアキム。
実は勘違いによりカレーを『リアルブルーの兵器』だと思い込んでいるのだ。
その為、対歪虚兵器としてカレーの開発に着手しようと企んでいた。
それを知ったキュジィはハンターへ集めた香辛料を使い切る勢いでカレーを作るよう依頼したのだ。
「何を言ってやがる。カレーっつーのは、リアルブルーの兵器だろ」
「は? カレーってぇのはリアルブルーの……」
「ままま、いいじゃないですか。とりあえずお酒の準備もできましたので、皆さんお召し上がり下さい」
ジルボの口を塞ぎながら割り込むキュジィ。
(ダメですよ。勘違いで馬鹿騒ぎするのはいつもの事ですが、いじけると後が面倒ですから)
キュジィは、馬鹿のヨアキムをそれなりに気遣っていたのだ。
ドワーフ王と呼ばれて豪快な一面もあるが、いじける事もある。それを立ち直らせるのはキュジィの役目なのだが、なかなか面倒な作業なのだ。できるのであれば、『それとなく』カレーが食べ物だと教え込みたい。
「酒か。よーし、前哨戦として飲もうじゃねぇか!」
テーブルにはエールの注がれたジョッキが幾つか並べられている。
深く考える事が苦手なヨアキムは、早々にテーブルへと向かった。
(ですから、ジルボさんも……あれ?)
小声でジルボへ話し掛けようとするキュジィ。
しかし、ジルボの姿はいつの間にか消え失せている。
何処へ行ったのかと見回してみれば――。
「タダ酒、乾杯っ! ひやっほー!」
タダ酒と見て高速移動したジルボ。
テーブルへ駆け寄って早々にエールを腹の中へ納めていく。
それを皮切りに周囲のドワーフ達もハイペースで飲み始める。
「ドワーフ王もハンターも飲み始めたようじゃな。
まったく、美しさを保ちながら飲む事はできんのか……」
我先にとアルコールを摂取する者達を前に、ユニは思わずため息をついた。
●
「カレーは食文化の一翼を担う者。妙な思い込みをされては心外の極みですね」
日下 菜摘(ka0881)は、厨房で用意されたスパイスを粉末状にすり潰している。
その傍らには刻まれた肉と野菜、そして小麦粉。
日下は、リアルブルーの和風カレーを作ろうとしていた。
「なるほど。シンプルなカレーを目指そうという訳か」
日下の様子を窺っていた雪ノ下正太郎(ka0539)は、ぽつりと呟いた。
正太郎もまた正当派カレーを準備していた。
カレーにジャガイモは入れつつも、余計な脂を気にして豚肉の使用は回避。
牛もしくは羊の肉を準備して、その料理スキルを遺憾無く発揮してカレーを作り出していく。
「ええ。ドワーフの面々に強い印象を与える為、少し辛めに味付けをしています。肉や野菜も大振りにカット。野趣溢れるものに仕上げるつもりです」
正当派カレーを追求する二人。
――しかし、いつの世にも想定から外れる者は存在する。
「うははははっ! カレーが食べたいか!
ならば、ご覧に入れようじゃないか、この――天才にして悪っ!
大悪漢、ジョナサン・キャラウェイのクッキング・スキル!」
厨房で高らかに悪を掲げるのは、ジョナサン・キャラウェイ(ka1084)だ。
「ふふ、聞いた事がある。『日本の食通は、カレーにチョコレートを使う』と。
ならば、天才たる私が挑戦せねばなるまい。チョコレートを用いたカレーとやらを……。
給仕、アレを持て!」
「ははっ! ……あ、それと私は執事です」
何故かジョナサンに促されてキュジィが持参したのは、チョコレート。
それも一つや二つではなく、山のように積み重なっている。
「これを野菜と肉が煮込まれた鍋に……」
ジョナサンは、寸胴で煮込まれた鍋に次々とチョコレートを放り込んでいく。
よく見れば野菜も皮が剥かれて折らず、丸々投入されている。
チョコレートが溶け、次第に鍋は焦げ茶色の物体へと変貌する。
「待てっ! ゲテモノ料理は許さないぞ!」
厨房にチョコレートの甘い香りが漂い始めた頃、正太郎がジョナサンを止めに入る。
だが、ジョナサンも退く気配はない。
「これをヨアキムが気に入るかもしれないだろう?
そもそも、カレーはリアルブルーでも多種多様の変化を遂げているんだ。正太郎が作っているカレーだって、元を辿ればイギリスを経由してインドから日本へ伝わった物。その視点から考察すれば、正当なカレーってなんだい?
「くっ、ならば先にこちらのカレーを食べさせて正当性を理解してもらう。
日下さん、手伝ってもらえるか?」
「分かりました。私もあんなカレーを認める訳にはいきません」
こうして、厨房では善と悪に別れてのカレー戦争が勃発した。
●
一方、別の場所では仲良くカレー作りに勤しむ者達もいた。
「僕は、カレーってあまり食べてないんだ。
前に頂いた時はいつだったっけ……」
「ほら、ぶつぶつ言ってないで野菜を切って」
ルーエル・ゼクシディア(ka2473)とレイン・レーネリル(ka2887)は、手分けをしながらカレーの下ごしらえをしていた。
ルーエルは、料理があまり得意ではない。
その事はルーエン自身も認めている。
その為、姉と慕うレインの指導を受けながら、順調にカレーを作っている。
「はーい。
そういえば、前にカレーを食べた時はレインお姉さんが作ってくれたんだっけ?」
「そうだっけ?
でも、一緒に料理を作るなんて、いつ以来かな」
レインの脳裏に二人の思い出が浮かぶ。
まだ幼かった頃、鍋を前に試行錯誤していた。
他愛のない会話も、心地よい風にのように感じられる。
「……姉さん、レインお姉さん」
急にルーエルに名前を呼ばれて現実に引き戻されるレイン。
見ればスパイスを手に鍋の前で困惑しているようだ。
「え? あ、ごめん。なに?」
「レッドペッパーはどのぐらい入れれば良いのかな?」
「そうね。ルーエル君は甘党だから少し控えめで。
私は辛党だからもっと入れても大丈夫」
このぐらいかな、と半信半疑でレッドペッパーを鍋に投入するルーエル。
その姿が幼き日の姿と被り、レインは自然と優しい笑みを浮かべていた。
仲が良すぎて眩しいぐらいのレインとルーエン。
そこから少し離れた場所で、紗耶香(ka3356)に呼ばれたキュジィが首を傾げていた。
「あのー、何故私はこんな事をさせられているのでしょう?」
キュジィは厨房で白いもちもちとした生地をこね続けている。
「いつもうちらが作りに来る事は無理やから、あんたらが自分で美味いカレーを作れるようにならんとあかんやろ。せやから、うちがあんたに教えてやってんねん」
今日はハンターが特別にカレーを作ってくれるが、毎日来る訳にもいかない。
ヨアキムがカレーを要望するならば、ドワーフ達が自分達でカレーを作れるようにならないければならない。そこで紗耶香はキュジィにカレーの作り方を教えようと考えたのだ。
「この辺りで採れる食材やったら、『ナン』で食べるのがええやろな。
豆カレーやマトンカレーで食べれば最高やで。タンドリーもドワーフなら自分達で作れるやろ」
「いやいやいや。それ以前に私は……」
「あ、そっか。給仕やもんな。コックちゃうかったわ」
「給仕じゃありません。執事のキュジィです」
給仕を否定しながらも、その手はせっせとナンをこね続けている。
「どっちでもええわ。
うちはベジタブルカレーの具に火を通さなあかん。そっちのナンはタンドリーで焼いてや」
「え? 焼くって……」
「もう、しゃあないなぁ」
紗耶香は、キュジィのこねていた生地を適当に伸ばすと移動型タンドリーの内面にぺたりと貼り付けた。中の熱気に煽られ、生地はじっくりと焼かれ始める。
「ほら、こんな感じや」
「おおー、素晴らしいです!」
「じゃあ、あと30枚ぐらい焼いてもらおか。あ、焼き上がったらギィを塗るのを忘れたらあかんで」
「え!?」
紗耶香にコキ使われる事が確定したキュジィ。
今から淡々とナンを焼き続ける作業が待ち受けていた。
●
「はーい。できたよー」
大広間へ早くも柊崎 風音(ka1074)がカレーを運び込んできた。
え? ヨアキム達が乾杯してから10分も経過していないのですが……。
「大切なのは時間じゃないよ。ボクの愛情が籠もったカレーを召し上がれ!」
ヨアキムの前にどーんっと置かれた皿。
そこには大盛りライスの上に茶色のルーが乗せられている。
よーーーく見れば、小さいながらもタマネギや人参も入っている。小指の爪よりも小さい欠片だが。
「へぇ、これがカレーねぇ。確かに兵器には見えないね」
ウイスキーを片手にジオラ・L・スパーダ(ka2635)が覗き込む。
エルフのジオラにとってカレーという食べ物は珍しい。何より衝撃なのは、ハンター達が厨房に消えて10分もしないうちにカレーを持ってきたという事実だ。
「あんた、これをどうやって作ったんだ?」
「んー、リアルブルーのトップシークレットなんだよ♪」
笑みを浮かべてジオラの問いかけを誤魔化す風音。
実は、風音はレトルトカレーを持参していたのだ。その為、更に盛られたライスに温めたレトルトカレーを掛けただけ。その間、僅か五分。
「じゃあ、喰ってみるぞ」
つい先程カレーは食べる物と学んだヨアキム。
意を決してスプーンによそったライスをルーに付けて口へ運ぶ。
初めて食す、それも昨日までは兵器と考えていた代物だ。無自覚にヨアキムの腕が震え始める。
「くっ、このワシがカレーにビビっているだと!?
やはり、カレーって奴にはワシをビビらせる何かがあるのか?」
「あそ。じゃあ、先にいただきまーすっ!」
横からスプーンを手にしたアルディシャカ(ka2968)が皿に盛られたカレーを掻っ攫う。
「ああっ! ワシのカレー!」
間抜けな声で所有権を主張するヨアキムだったが、カレーは皿へ戻る事無くアルディシャカの口へ運ばれる。
「うーん、もっと辛い物かと思ったけどそうでもないなぁ。
カレーってこういう物……」
――スパーーンっ!
カレーの感想を言い掛けたアルディシャカの後頭部を、ジオラのハリセンが強襲。
甲高い音が大広間に鳴り響き、アルディシャカは前のめりとなる。
「人の横からカレーを奪うなんて……」
はしたない、と口にしようとしたジオラだったが、アルディシャカの行動が他のハンターに火を付けた事に気付いた。
「うおおおお! 早くも来たか、俺のタダ飯!」
「ああっ! またしてもワシのカレー!」
今度はタダ飯を待ち続けていたジルボがカレーを強襲。
スプーンに盛られたカレーが再びヨアキムの皿から奪われていく。
「えぐっえぐっ……うめぇ……うめぇよぅ。何日ぶりの固形物だ……雨水じゃねぇ……ちゃんと味のする食い物だ……」
感動のあまり涙を流すジルボ。
この日の為に腹を空かせてタダ飯喰らう体調を整えてきたらしいが、一体何日間飯を食ってこなかったんだ。
だが、このままではジオラが食べる分も食べられてしまう。
なにせ、風音が用意したカレーは一人前しかないのだから。
「くっ、アルディシャカをツッコんでいる場合じゃない。
全カレー制覇の為にはここで一口でも……」
「てめぇら、これはワシのカレーだぞ! 邪魔するんじゃねぇ!」
一皿のカレーを数人で奪い合う醜い争いが勃発した。
「うっ、出遅れてしまったのじゃ。
ドワーフに負ける訳にはいかんのじゃ。次のカレーを、早う!」
「ええ? そんな事言ったってなぁ」
ユニの問いかけに風音は、困惑する他なかった。
●
厨房では、カレー作りは着々へと進んでいた。
「シナモン、クミン、クローブ、ブラックペッパー、レッドペッパー、カルダモンにベイリーフ、ナツメグ……と。あ、後は愛情も忘れずに、と」
リアム・グッドフェロー(ka2480)は、風味を逃がさないようにすり潰したスパイスを調合していた。
以前、友人と一緒に食べたカレーを忘れられなかったリアム。
この手でその味を再現できるように最善を尽くしているようだ。
「……これで魔法の粉のできあがりだよ。
あとは、ターメリックとドライジンジャーも準備しないと」
魔法の粉、つまりガラムマサラが遂に完成。
スパイスから調合する事は骨が折れる作業だが、決して怠る事ができない作業。リアムは心を砕きながらスパイスの準備を進めていく。
「ほう、見事なスパイスですね」
リアムがスパイスを準備している姿を見かけて、上泉 澪(ka0518)が近づいてきた。
まるでスパイスの販売所と化していたリアムの厨房。上泉でなくても興味を持って当然だ。
「私にもこのスパイスを分けていただけないでしょうか。
肉と魚にスパイスを塗して焼いてみたいのです」
「肉と魚かぁ。肉の臭みを消すのが狙いなら、ブラックペッパーやタイムかな。もし豚肉ならセージでも良いと思う。もし、魚にも同じスパイスを使うならジンジャーを使っても良いよ」
上泉の申し出に、リアムは気前よくスパイスを分け与える。
元々ヨアキムが勝手に発注したスパイスだが、みんなで美味しく料理するのならケチるべきではない。調理も戦闘も、助け合いながらハンターとドワーフが手を取り合っていくべきなのだ。
「ありがとうございます。
もし、私に手伝える事があれば言って下さい」
「あ、それじゃ甘えちゃおうかな。
肉を切った後でバスマティライスを準備して欲しいんだ」
ハンター達は、協力してカレーを作り続ける。
目指す完成品は異なれど、ドワーフにカレーを伝えようとする気持ちは同じなようだ。
●
風音のカレーが登場した後、大広間にはなかなかカレーが運ばれて来なかった。
そりゃ、レトルトカレーを作っていた人とスパイスの調合から始めている人ではカレーを作る時間が違う。レトルトカレーがあまりにも早く出来すぎてしまったのだ。
「ん~っ、そういえばいろいろな人に聞いたんだけど、王様ゲームって王様が罰ゲームするゲームじゃないんだって」
「な、なんだってぇ!?」
夢路 まよい(ka1328)の言葉に衝撃を受けるヨアキム。
先日、コンパを武闘会と勘違いして開催。まよいに『コンパに付き物の王様ゲームをやろう。王様が罰ゲームを受けるゲームだ』と称して散々ヨアキムが罰ゲームを受けた訳だが、どうもそれはまよいの勘違いだったようだ。
「失敗、失敗。てへっ♪」
「むぅ。リアルブルーの文化が誤ってクリムゾンレッドを伝えられる事もあるんだな。ワシも気を付けないとやべぇな」
「ところで知ってた?
壁ドンっていうのが女子に流行しているらしいんだよ。あ、壁ドンってぇのは夜道を歩いていると目の前に見えない壁が出来て前に進めなくなっちゃう妖怪の事だよ」
「なんじゃと!? つーことは、リアルブルーには妖怪とやらが女子に持てるって事だな! すげぇ、雑魔みたいな奴がリアルブルーで流行すんのか!」
まよいとヨアキムの勘違いコンビが、新たなるトラブルの引き金を準備しているように見受けられる。
その様子を見ていたGacrux(ka2726)が傍らで呆気に取られていた。
「は?
リアルブルーの連中も狂気の奴らに追われていたんだから、雑魔が流行って訳じゃないと思うぞ」
「ん? そうなのか?
そうかもしれねぇな。ぶわっはっはっ!」
ヨアキムはGacruxの指摘を受けて笑い飛ばしている。
過ちを指摘しても深く考えず、今もエールを注がれた新たなるジョッキに口を付けている。要するに、過ちを過ちとして捉えていないのだ。
(コイツ……本当はヤバい奴なんじゃ……)
Gacruxが、心の中で呟く。
ヨアキムを前にそう思える者は正常だ。
そして、その認識はとても正しい。
「お、お前ぇ。本を読んでいるのか。すげぇな」
「はぁ……」
「ワシなんか、本を開くと眠くなっちまうからな。あ、でも向こうの部屋にあった本は良かったぞ。二、三冊重ねるとちょうど良い高さで……」
「それ……枕ですよね……」
「んん? そうとも言うな。ぶわっはっはっ!」
再びヨアキムの豪快な笑い声が木霊する。
Gacruxは、自分の体に疲労が溜まっていく事を感じていた。
●
そして――ハンター達が作ったカレーが大広間へ運び込まれる。
正太郎、日下の正当派和風カレー。
ルーエル、レインの愛情が込められたカレー。
紗耶香とキュジィが作ったインド風カレー。
上泉が作ったスパイスグリルと、所狭しに並んでいる。
「今日は野菜を中心にしたベジタブルカレーだよ!」
リアムがヨアキムの前にカレーが盛られた皿を置く。
カレー独特の仄かな香りが、ヨアキムの鼻腔に触れる。
「おお!? これがあの香辛料の山から出来たってぇのか?」
「そうだよ。カレーは本来、こういうものなんだ」
リアムからスプーンを受け取ったヨアキムは恐る恐るカレーを掬い、そっと口の中へ運ぶ。
次の瞬間、ヨアキムの体に電気が走ったかのように振るえ始める。
「おお!? なんだこりゃ、口の中が痺れたぞ。
まさか、これがカレーって奴の本気か?」
「ああ、初心者には少し香辛料が多かったよう……」
「そうそう。香辛料を多く入れたカレーはある意味『兵器』かもしれないね」
リアムの解説を遮るように、まよいが口を挟む。
その言葉にヨアキムは超反応。目を輝かせてまよいに顔を向ける。
「てぇ事は、歪虚にこいつを喰わせれば大ダメージって事だな!」
「うーん。そうなような……そうじゃないような……」
曖昧の返答をするまよい。
しかし、前向きな馬鹿にはそれを勝手に肯定として捉える。
「おお! すっげー! カレーすっげー!」
「なら、僕のカレーはどうだ?」
ヨアキムの前に置かれたカレー。
放たれる強烈なチョコレート臭。
そう、ジョナサンが製作したチョコレートカレーだ。
「くっ、何て甘ったるい臭いだ。こいつぁ、やべぇ! ワシには分かる!」
ヨアキムはスプーンに乗せたチョコレートの塊を、口の中に放り込む。
「……こいつは……効くぜ……」
次の瞬間、ヨアキムは意識が遠のく感覚に襲われる。
辛いと思えば、次は意識が遠のく程甘いカレー。
ジョナサンのカレーは、言うなれば化学兵器に近いのかもしれない。
――カレー。なんて恐ろしい子。
「気に入っていただけて何よりだ」
ジョナサンは怪しい微笑みを浮かべていた。
●
さて。
ヨアキム以外にも数名のドワーフがカレーを食べる為に参戦しているのだが、ドワーフ達の間でもカレーは好評のようだ。
「本物を知らないが故に、真実に辿り着いてしまう――往々にして有り得る話だ。
ならば、見せてやるしかねぇ。歪虚を打ち破る唯一の暗黒カレーを、な!」
「おお! パンの中にカレーって奴が入ってるぞ!」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が生み出したのは、漆黒のカレーを楕円型の揚げパンに封じ込めた特製カレーパン。
初めてカレーを食したドワーフ達にとっては全てが衝撃。
まさにデスドクロの狙い通りだ。
「熱っ! このカレーって、奴は黒い上に滅茶苦茶熱いぞ!」
「ふふふ。灼熱の炎塊が胃袋へと到達し、全身に闘気を漲らせるこの一品を武器と言わずして何と言うのか。
さぁ、この武器を存分に喰らい、そして明日への活力とするがいい!」
何故かドワーフ達にカレーを武器として認識してしまう発言を繰り返すデスドクロ。
それでも食べてエネルギーとする考え方は決して間違っていない。
「えーと……こんな感じの物も作ってみたんだけど……他の人の方が美味しいかも……」
自信なさげにドワーフの前へ皿を出すのは、神杜 静(ka1383)。
皿の上には一つのパン。デスドクロと同じようにカレーパンを作ったのだが、こちらは揚げたものではなく焼いて作られている。
敢えて焼いて作る事で、初めてカレーを食べるドワーフ達にも食べやすさを配慮した結果なのだろう。
「おお、こっちのパンも美味いぞ! これなら毎日でも食べられそうだ」
神杜のパンもドワーフには好評。
普段から食べ慣れたパンにカレーを入れるという発想だけに、ドワーフも親しみ易さを感じたようだ。料理スキルを遺憾無く発揮して食べやすさを追求した結果だろう。
「あ、ありがとうございます!」
神杜は感謝の言葉を述べて、頭を垂れた。
「辛いカレーが苦手な方は、こちらをどうぞ」
不知火 陽炎(ka0460)が準備してきたのは、お子様向けの甘口カレー。
それも、お子様ライスを彷彿とさせる盛り付けだ。小さな丸山のライスに国旗が鎮座。リンゴやメロンのデザートを添えながら、ハンバーグやナポリタン、オムレツ等の子供が目を輝かせる内容だ。
「これはすげぇ。見た事もない食べ物が満載だぞ!」
「カレーもそんなに甘くないし、これならうちのガキどもにも行けるぞ!」
不知火のカレーは味もさる事ながら、夢を与えるような料理をドワーフに提供した事は大きい。きっと、彼らがカレーの素晴らしさを他のドワーフにも話してくれるはずだ。
「これは実に素晴らしい。
様々なカレーが並ぶ中、美味しいお酒を堪能できるのは格別ですね」
桐壱(ka1503)は、ドワーフが用意した酒を味わいながらハンター達のカレーを食べている。
ハンター達が用意するカレー達はどれも多彩。
その上、カレーと名前が付いているのに味はまったく異なる。
カレーというリアルブルーの料理に奥深さを感じずにはいられない。
「ドワーフさんと一緒にお酒が飲めるのも良いですね♪」
「お? エルフの割に話が分かるじゃねぇか!
よーし、飲み比べと行こうぜ!」
その後、桐壱はドワーフと一緒に飲み比べへ突入。
カレーを楽しみながら、ドワーフ達を大いに盛り上げた。
●
「いやー、カレー喰って酒飲んで金貰えるとか……もう最高!
おっさん、今日は飲めるだけ飲んじゃうよ?」
既にエールビールを満喫する鵤(ka3319)は、ほろ酔い加減だ。
カレーと一緒に食べるパンやナン、パスタやうどんを用意してカレーを楽しむよう準備していた鵤。だが、宴会が始まると同時に鵤はジョッキを片手にハンターやドワーフと乾杯しまくりだ。
「辛口カレーだったら酒が進むぜ。酒と合わせて食ってみな」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が持ってきたのは、ノアーラ・クンタウカレー。
別名『ドワーフカレー』とレイオスが名付けたカレーだ。
ドワーフが好んで飲んでいたエールで肉を煮込み、カレーへ投入。さらにトッピングにソーセージを乗せて肉をたっぷり使っている。ツマミとしてもご飯としても味わえるお得なカレーだ。
「いいねぇ! ビールにソーセージっていやぁ、テッパンじゃねぇか!」
「ほー、こいつにエールが入っているってぇのか!? 信じられねぇ!」
鵤がトッピングのソーセージを食べる横で、ドワーフはカレーを食べ始める。
エールを使っている事もあり、評判は上々。ドワーフ達が奪うように食べ始めている。「珍しさなら、こっちも負けてない。こいつは水を使わずに作っているんだ」
藤堂研司(ka0569)が持ってきたカレーは、一見普通のカレーだ。
しかし、このカレーはタマネギを大量に刻んで火にかけている。タマネギが液状になるまで煮込んだ為、水をまったく使っていない。そこへ果物をすり下ろして甘味を加え、スパイスを加えればシンプルなカレーのでき上がりだ。
「本当に水を使ってないのか? 信じられねぇ!」
地下で活動しているドワーフも水の貴重さは熟知している。
他のハンターから製法を聞いていたドワーフ達は、水を使わないカレーの登場に驚きを隠せない。
次々と現れるカレーを前に、ドワーフ達は衝撃を隠せない様子だ。
●
「なるほど、カレーうどんか。
あとでまとめたレシピを渡せば、ここでも日常的に食べられるかもしれないな」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は、自らがまとめたレシピを見返しながらカレーうどんを堪能していた。
ただ食べさせるだけでなく、必要な香辛料やその配合。さらには製作方法をまとめれば、ここのドワーフ達は好きな時にカレーを作る事ができる。
それだけじゃない。
ドワーフに限らず、クリムゾンレッドの他地域でも材料さえ揃えばカレーを作る事ができる。
「そうだね。麺を作るのはちょっと手間かもしれないけど、ここのドワーフ達なら大丈夫だよ」
天竜寺 詩(ka0396)が作ったカレーうどんは、正当派和風カレーうどんだ。
麺を練って足で踏み、腰を出す。
出汁を取って作っておいたカレーと合わせてうどんを入れる。
最後に刻んだネギと油揚げを加えて作っている。相応に手間がかかっているが、その手間を惜しむ価値のある逸品だ。
「さぁ、食べてみてよ!」
天竜寺は、うどんの入った丼をヨアキムへ差し出した。
それに対してヨアキムはやや困惑している。
「こ、これも辛かったり、甘かったりするんじゃねぇのか?」
「大丈夫。魚の出汁をメインにしているから、香辛料の辛さを恐れなくても問題ない。
製作過程を取材していたボクが証言する」
ビビるヨアキムに対して、ヒースは答えた。
レシピを作る過程でハンターが作った各カレーを取材している。天竜寺のカレーうどんは香辛料を使用しているものの、それ程絡みを強調していない。初めて食べる者でも問題はないはずだ。
「ほ、本当か……。
おお、本当だ! 辛くない! 辛くないぞ!」
箸が使えないヨアキムは、フォークでうどんを掬いながらうどんを食べ始める。
まさにブラックホールのようにカレーを平らげるヨアキム。
徐々に腹が膨れ始める……。
●
「さーて、ついにあたしのカレーが登場だよ!」
ロザーリア・アレッサンドリ(ka0996)がヨアキムの前に置いたカレー。
ジンジャーやターメリックのカレーに代表されるスパイスに加え、メイスやローレル、山椒、パプリカ等の薬効があるとされるスパイスをたっぷり使った薬膳カレーだ。
言われれば確かに香りが少し違う気がする。
「あたしのカレーを食べれば、疫病とかにゃぜーんぜん罹らないよ」
「なにぃ!? つまり、このカレーを食えばワシは絶対無敵の肉体を手に入れるって訳だな?」
ロザーリアのカレーを前に驚嘆するヨアキム。
そもそもお前、病気に罹った事なんてないだろ……。
「そらそうよ。薬膳だよ、薬膳。体に良い物がいーっぱい入っているんだから。
カレーは最強の肉体を手に入れる事ができる兵器って訳だ」
既にドワーフと飲み比べを仕掛けて数人酔いつぶしているロザーリア。
軽くほろ酔い加減なのか、カレーが兵器だと強調してしまう。
次の瞬間、ヨアキムは意を決して皿を手にした。
「給仕、ワシはカレーという食べる兵器を取り込んで、スーパードワーフへと生まれ変わるぞ!」
「いや、私は執事です……って、ヨアキム様!?」
ロザーリアのカレーをアツアツのまま一気に平らげるヨアキム。
カレーは飲み物ですと言わんばかりに体内へ流し込む。
皿が空になった後、ヨアキムはゆっくりと立ち上がる。
「おお、これがカレーのパワーか……体の中から何かが溢れ出ている気がするぞ」
食べ終わったヨアキムは、何故か重々しいオーラを纏っている……気がする。
あくまでもカレーを食っただけなので、何かが変わった気がしているのはヨアキムだけです。
「ああ、やっぱりカレーを兵器と思い込んじゃってる……」
キュジィはがっくり項垂れる。
香辛料の方はハンター達が使い切ってくれたおかげで問題はクリアとなった。
ヨアキム以外のドワーフもカレーは食べ物だと理解してくれた。
しかし、馬鹿の王様は何処まで行っても馬鹿の王様だった。
「じゃあ、早速その効果って奴を試してやるよ」
「殴り続けて喜ぶのなら、一撃で意識を刈り取ってやるぜ」
アルディシャカとレイオスがヨアキムを止めるべく立ち上がる。
最初からヨアキムと殴り合うつもりだったのだから、好都合。
ドワーフ王のパワーを見せてもらうつもりだ。
「来やがれ、ハンター!
スーパードワーフとなったワシの力を堪能しやがれ!」
殴りかかるヨアキム。
しかし、所詮は馬鹿の思い込み。
薬膳カレーで劇的な変化が訪れるはずもなく――。
「……んん!? ぎぼぢいいーーー!!!」
大広間にヨアキムが歓喜の声が木霊した。
「ぶわっはっはっ!
久しぶりじゃねぇか、ハンターと飲むのは!
これも夜煌会で馬番を勤めたご褒美って奴だな」
「あ、そうですね。きっとご褒美ですね」
ご機嫌のヨアキムの横で、執事のキュジィがいつもの笑顔で微笑んでいる。
祭り会場からヨアキムを叩き出す為にキュジィがついた適当なウソは、今でもヨアキムの中では真実となっている。馬鹿の王を御するには思いの他簡単なようだ。
「ふん、ドワーフの王とやらも……ナリだけ見たら酔っ払いのジジイじゃな」
初めて目にしたヨアキムの姿を見たユニ=アウロラ(ka3329)は、思わず本心を口にした。
リアルブルーのカレーなる料理が食せると聞いてここへ足を運んだのだが……。
「ほう。ワシを捕まえて酔っ払いのジジイだと?」
「エルフの美しさを見るのが良いのじゃ。亜麻色の顔に青玉の瞳、白磁のような肌。まるで芸術品じゃろう?」
ユニは、髪を掻き上げる。
簡単に挑発に乗ったヨアキムは、ユニを見つめながら立ち上がろうとする。
「うおおお! タダ飯は、まだか!」
ユニとヨアキムの間に割り込むよう、ジルボ(ka1732)は叫び声を上げる。
今、目の前に食べ物が並べられれば三秒と経たずに平らげる自信がある。
「慌てるな。今、ハンターの連中も厨房に入って料理を……」
「さっさとカレーを持ってこいっ!」
「カレー?」
ここで首を傾げるヨアキム。
実は勘違いによりカレーを『リアルブルーの兵器』だと思い込んでいるのだ。
その為、対歪虚兵器としてカレーの開発に着手しようと企んでいた。
それを知ったキュジィはハンターへ集めた香辛料を使い切る勢いでカレーを作るよう依頼したのだ。
「何を言ってやがる。カレーっつーのは、リアルブルーの兵器だろ」
「は? カレーってぇのはリアルブルーの……」
「ままま、いいじゃないですか。とりあえずお酒の準備もできましたので、皆さんお召し上がり下さい」
ジルボの口を塞ぎながら割り込むキュジィ。
(ダメですよ。勘違いで馬鹿騒ぎするのはいつもの事ですが、いじけると後が面倒ですから)
キュジィは、馬鹿のヨアキムをそれなりに気遣っていたのだ。
ドワーフ王と呼ばれて豪快な一面もあるが、いじける事もある。それを立ち直らせるのはキュジィの役目なのだが、なかなか面倒な作業なのだ。できるのであれば、『それとなく』カレーが食べ物だと教え込みたい。
「酒か。よーし、前哨戦として飲もうじゃねぇか!」
テーブルにはエールの注がれたジョッキが幾つか並べられている。
深く考える事が苦手なヨアキムは、早々にテーブルへと向かった。
(ですから、ジルボさんも……あれ?)
小声でジルボへ話し掛けようとするキュジィ。
しかし、ジルボの姿はいつの間にか消え失せている。
何処へ行ったのかと見回してみれば――。
「タダ酒、乾杯っ! ひやっほー!」
タダ酒と見て高速移動したジルボ。
テーブルへ駆け寄って早々にエールを腹の中へ納めていく。
それを皮切りに周囲のドワーフ達もハイペースで飲み始める。
「ドワーフ王もハンターも飲み始めたようじゃな。
まったく、美しさを保ちながら飲む事はできんのか……」
我先にとアルコールを摂取する者達を前に、ユニは思わずため息をついた。
●
「カレーは食文化の一翼を担う者。妙な思い込みをされては心外の極みですね」
日下 菜摘(ka0881)は、厨房で用意されたスパイスを粉末状にすり潰している。
その傍らには刻まれた肉と野菜、そして小麦粉。
日下は、リアルブルーの和風カレーを作ろうとしていた。
「なるほど。シンプルなカレーを目指そうという訳か」
日下の様子を窺っていた雪ノ下正太郎(ka0539)は、ぽつりと呟いた。
正太郎もまた正当派カレーを準備していた。
カレーにジャガイモは入れつつも、余計な脂を気にして豚肉の使用は回避。
牛もしくは羊の肉を準備して、その料理スキルを遺憾無く発揮してカレーを作り出していく。
「ええ。ドワーフの面々に強い印象を与える為、少し辛めに味付けをしています。肉や野菜も大振りにカット。野趣溢れるものに仕上げるつもりです」
正当派カレーを追求する二人。
――しかし、いつの世にも想定から外れる者は存在する。
「うははははっ! カレーが食べたいか!
ならば、ご覧に入れようじゃないか、この――天才にして悪っ!
大悪漢、ジョナサン・キャラウェイのクッキング・スキル!」
厨房で高らかに悪を掲げるのは、ジョナサン・キャラウェイ(ka1084)だ。
「ふふ、聞いた事がある。『日本の食通は、カレーにチョコレートを使う』と。
ならば、天才たる私が挑戦せねばなるまい。チョコレートを用いたカレーとやらを……。
給仕、アレを持て!」
「ははっ! ……あ、それと私は執事です」
何故かジョナサンに促されてキュジィが持参したのは、チョコレート。
それも一つや二つではなく、山のように積み重なっている。
「これを野菜と肉が煮込まれた鍋に……」
ジョナサンは、寸胴で煮込まれた鍋に次々とチョコレートを放り込んでいく。
よく見れば野菜も皮が剥かれて折らず、丸々投入されている。
チョコレートが溶け、次第に鍋は焦げ茶色の物体へと変貌する。
「待てっ! ゲテモノ料理は許さないぞ!」
厨房にチョコレートの甘い香りが漂い始めた頃、正太郎がジョナサンを止めに入る。
だが、ジョナサンも退く気配はない。
「これをヨアキムが気に入るかもしれないだろう?
そもそも、カレーはリアルブルーでも多種多様の変化を遂げているんだ。正太郎が作っているカレーだって、元を辿ればイギリスを経由してインドから日本へ伝わった物。その視点から考察すれば、正当なカレーってなんだい?
「くっ、ならば先にこちらのカレーを食べさせて正当性を理解してもらう。
日下さん、手伝ってもらえるか?」
「分かりました。私もあんなカレーを認める訳にはいきません」
こうして、厨房では善と悪に別れてのカレー戦争が勃発した。
●
一方、別の場所では仲良くカレー作りに勤しむ者達もいた。
「僕は、カレーってあまり食べてないんだ。
前に頂いた時はいつだったっけ……」
「ほら、ぶつぶつ言ってないで野菜を切って」
ルーエル・ゼクシディア(ka2473)とレイン・レーネリル(ka2887)は、手分けをしながらカレーの下ごしらえをしていた。
ルーエルは、料理があまり得意ではない。
その事はルーエン自身も認めている。
その為、姉と慕うレインの指導を受けながら、順調にカレーを作っている。
「はーい。
そういえば、前にカレーを食べた時はレインお姉さんが作ってくれたんだっけ?」
「そうだっけ?
でも、一緒に料理を作るなんて、いつ以来かな」
レインの脳裏に二人の思い出が浮かぶ。
まだ幼かった頃、鍋を前に試行錯誤していた。
他愛のない会話も、心地よい風にのように感じられる。
「……姉さん、レインお姉さん」
急にルーエルに名前を呼ばれて現実に引き戻されるレイン。
見ればスパイスを手に鍋の前で困惑しているようだ。
「え? あ、ごめん。なに?」
「レッドペッパーはどのぐらい入れれば良いのかな?」
「そうね。ルーエル君は甘党だから少し控えめで。
私は辛党だからもっと入れても大丈夫」
このぐらいかな、と半信半疑でレッドペッパーを鍋に投入するルーエル。
その姿が幼き日の姿と被り、レインは自然と優しい笑みを浮かべていた。
仲が良すぎて眩しいぐらいのレインとルーエン。
そこから少し離れた場所で、紗耶香(ka3356)に呼ばれたキュジィが首を傾げていた。
「あのー、何故私はこんな事をさせられているのでしょう?」
キュジィは厨房で白いもちもちとした生地をこね続けている。
「いつもうちらが作りに来る事は無理やから、あんたらが自分で美味いカレーを作れるようにならんとあかんやろ。せやから、うちがあんたに教えてやってんねん」
今日はハンターが特別にカレーを作ってくれるが、毎日来る訳にもいかない。
ヨアキムがカレーを要望するならば、ドワーフ達が自分達でカレーを作れるようにならないければならない。そこで紗耶香はキュジィにカレーの作り方を教えようと考えたのだ。
「この辺りで採れる食材やったら、『ナン』で食べるのがええやろな。
豆カレーやマトンカレーで食べれば最高やで。タンドリーもドワーフなら自分達で作れるやろ」
「いやいやいや。それ以前に私は……」
「あ、そっか。給仕やもんな。コックちゃうかったわ」
「給仕じゃありません。執事のキュジィです」
給仕を否定しながらも、その手はせっせとナンをこね続けている。
「どっちでもええわ。
うちはベジタブルカレーの具に火を通さなあかん。そっちのナンはタンドリーで焼いてや」
「え? 焼くって……」
「もう、しゃあないなぁ」
紗耶香は、キュジィのこねていた生地を適当に伸ばすと移動型タンドリーの内面にぺたりと貼り付けた。中の熱気に煽られ、生地はじっくりと焼かれ始める。
「ほら、こんな感じや」
「おおー、素晴らしいです!」
「じゃあ、あと30枚ぐらい焼いてもらおか。あ、焼き上がったらギィを塗るのを忘れたらあかんで」
「え!?」
紗耶香にコキ使われる事が確定したキュジィ。
今から淡々とナンを焼き続ける作業が待ち受けていた。
●
「はーい。できたよー」
大広間へ早くも柊崎 風音(ka1074)がカレーを運び込んできた。
え? ヨアキム達が乾杯してから10分も経過していないのですが……。
「大切なのは時間じゃないよ。ボクの愛情が籠もったカレーを召し上がれ!」
ヨアキムの前にどーんっと置かれた皿。
そこには大盛りライスの上に茶色のルーが乗せられている。
よーーーく見れば、小さいながらもタマネギや人参も入っている。小指の爪よりも小さい欠片だが。
「へぇ、これがカレーねぇ。確かに兵器には見えないね」
ウイスキーを片手にジオラ・L・スパーダ(ka2635)が覗き込む。
エルフのジオラにとってカレーという食べ物は珍しい。何より衝撃なのは、ハンター達が厨房に消えて10分もしないうちにカレーを持ってきたという事実だ。
「あんた、これをどうやって作ったんだ?」
「んー、リアルブルーのトップシークレットなんだよ♪」
笑みを浮かべてジオラの問いかけを誤魔化す風音。
実は、風音はレトルトカレーを持参していたのだ。その為、更に盛られたライスに温めたレトルトカレーを掛けただけ。その間、僅か五分。
「じゃあ、喰ってみるぞ」
つい先程カレーは食べる物と学んだヨアキム。
意を決してスプーンによそったライスをルーに付けて口へ運ぶ。
初めて食す、それも昨日までは兵器と考えていた代物だ。無自覚にヨアキムの腕が震え始める。
「くっ、このワシがカレーにビビっているだと!?
やはり、カレーって奴にはワシをビビらせる何かがあるのか?」
「あそ。じゃあ、先にいただきまーすっ!」
横からスプーンを手にしたアルディシャカ(ka2968)が皿に盛られたカレーを掻っ攫う。
「ああっ! ワシのカレー!」
間抜けな声で所有権を主張するヨアキムだったが、カレーは皿へ戻る事無くアルディシャカの口へ運ばれる。
「うーん、もっと辛い物かと思ったけどそうでもないなぁ。
カレーってこういう物……」
――スパーーンっ!
カレーの感想を言い掛けたアルディシャカの後頭部を、ジオラのハリセンが強襲。
甲高い音が大広間に鳴り響き、アルディシャカは前のめりとなる。
「人の横からカレーを奪うなんて……」
はしたない、と口にしようとしたジオラだったが、アルディシャカの行動が他のハンターに火を付けた事に気付いた。
「うおおおお! 早くも来たか、俺のタダ飯!」
「ああっ! またしてもワシのカレー!」
今度はタダ飯を待ち続けていたジルボがカレーを強襲。
スプーンに盛られたカレーが再びヨアキムの皿から奪われていく。
「えぐっえぐっ……うめぇ……うめぇよぅ。何日ぶりの固形物だ……雨水じゃねぇ……ちゃんと味のする食い物だ……」
感動のあまり涙を流すジルボ。
この日の為に腹を空かせてタダ飯喰らう体調を整えてきたらしいが、一体何日間飯を食ってこなかったんだ。
だが、このままではジオラが食べる分も食べられてしまう。
なにせ、風音が用意したカレーは一人前しかないのだから。
「くっ、アルディシャカをツッコんでいる場合じゃない。
全カレー制覇の為にはここで一口でも……」
「てめぇら、これはワシのカレーだぞ! 邪魔するんじゃねぇ!」
一皿のカレーを数人で奪い合う醜い争いが勃発した。
「うっ、出遅れてしまったのじゃ。
ドワーフに負ける訳にはいかんのじゃ。次のカレーを、早う!」
「ええ? そんな事言ったってなぁ」
ユニの問いかけに風音は、困惑する他なかった。
●
厨房では、カレー作りは着々へと進んでいた。
「シナモン、クミン、クローブ、ブラックペッパー、レッドペッパー、カルダモンにベイリーフ、ナツメグ……と。あ、後は愛情も忘れずに、と」
リアム・グッドフェロー(ka2480)は、風味を逃がさないようにすり潰したスパイスを調合していた。
以前、友人と一緒に食べたカレーを忘れられなかったリアム。
この手でその味を再現できるように最善を尽くしているようだ。
「……これで魔法の粉のできあがりだよ。
あとは、ターメリックとドライジンジャーも準備しないと」
魔法の粉、つまりガラムマサラが遂に完成。
スパイスから調合する事は骨が折れる作業だが、決して怠る事ができない作業。リアムは心を砕きながらスパイスの準備を進めていく。
「ほう、見事なスパイスですね」
リアムがスパイスを準備している姿を見かけて、上泉 澪(ka0518)が近づいてきた。
まるでスパイスの販売所と化していたリアムの厨房。上泉でなくても興味を持って当然だ。
「私にもこのスパイスを分けていただけないでしょうか。
肉と魚にスパイスを塗して焼いてみたいのです」
「肉と魚かぁ。肉の臭みを消すのが狙いなら、ブラックペッパーやタイムかな。もし豚肉ならセージでも良いと思う。もし、魚にも同じスパイスを使うならジンジャーを使っても良いよ」
上泉の申し出に、リアムは気前よくスパイスを分け与える。
元々ヨアキムが勝手に発注したスパイスだが、みんなで美味しく料理するのならケチるべきではない。調理も戦闘も、助け合いながらハンターとドワーフが手を取り合っていくべきなのだ。
「ありがとうございます。
もし、私に手伝える事があれば言って下さい」
「あ、それじゃ甘えちゃおうかな。
肉を切った後でバスマティライスを準備して欲しいんだ」
ハンター達は、協力してカレーを作り続ける。
目指す完成品は異なれど、ドワーフにカレーを伝えようとする気持ちは同じなようだ。
●
風音のカレーが登場した後、大広間にはなかなかカレーが運ばれて来なかった。
そりゃ、レトルトカレーを作っていた人とスパイスの調合から始めている人ではカレーを作る時間が違う。レトルトカレーがあまりにも早く出来すぎてしまったのだ。
「ん~っ、そういえばいろいろな人に聞いたんだけど、王様ゲームって王様が罰ゲームするゲームじゃないんだって」
「な、なんだってぇ!?」
夢路 まよい(ka1328)の言葉に衝撃を受けるヨアキム。
先日、コンパを武闘会と勘違いして開催。まよいに『コンパに付き物の王様ゲームをやろう。王様が罰ゲームを受けるゲームだ』と称して散々ヨアキムが罰ゲームを受けた訳だが、どうもそれはまよいの勘違いだったようだ。
「失敗、失敗。てへっ♪」
「むぅ。リアルブルーの文化が誤ってクリムゾンレッドを伝えられる事もあるんだな。ワシも気を付けないとやべぇな」
「ところで知ってた?
壁ドンっていうのが女子に流行しているらしいんだよ。あ、壁ドンってぇのは夜道を歩いていると目の前に見えない壁が出来て前に進めなくなっちゃう妖怪の事だよ」
「なんじゃと!? つーことは、リアルブルーには妖怪とやらが女子に持てるって事だな! すげぇ、雑魔みたいな奴がリアルブルーで流行すんのか!」
まよいとヨアキムの勘違いコンビが、新たなるトラブルの引き金を準備しているように見受けられる。
その様子を見ていたGacrux(ka2726)が傍らで呆気に取られていた。
「は?
リアルブルーの連中も狂気の奴らに追われていたんだから、雑魔が流行って訳じゃないと思うぞ」
「ん? そうなのか?
そうかもしれねぇな。ぶわっはっはっ!」
ヨアキムはGacruxの指摘を受けて笑い飛ばしている。
過ちを指摘しても深く考えず、今もエールを注がれた新たなるジョッキに口を付けている。要するに、過ちを過ちとして捉えていないのだ。
(コイツ……本当はヤバい奴なんじゃ……)
Gacruxが、心の中で呟く。
ヨアキムを前にそう思える者は正常だ。
そして、その認識はとても正しい。
「お、お前ぇ。本を読んでいるのか。すげぇな」
「はぁ……」
「ワシなんか、本を開くと眠くなっちまうからな。あ、でも向こうの部屋にあった本は良かったぞ。二、三冊重ねるとちょうど良い高さで……」
「それ……枕ですよね……」
「んん? そうとも言うな。ぶわっはっはっ!」
再びヨアキムの豪快な笑い声が木霊する。
Gacruxは、自分の体に疲労が溜まっていく事を感じていた。
●
そして――ハンター達が作ったカレーが大広間へ運び込まれる。
正太郎、日下の正当派和風カレー。
ルーエル、レインの愛情が込められたカレー。
紗耶香とキュジィが作ったインド風カレー。
上泉が作ったスパイスグリルと、所狭しに並んでいる。
「今日は野菜を中心にしたベジタブルカレーだよ!」
リアムがヨアキムの前にカレーが盛られた皿を置く。
カレー独特の仄かな香りが、ヨアキムの鼻腔に触れる。
「おお!? これがあの香辛料の山から出来たってぇのか?」
「そうだよ。カレーは本来、こういうものなんだ」
リアムからスプーンを受け取ったヨアキムは恐る恐るカレーを掬い、そっと口の中へ運ぶ。
次の瞬間、ヨアキムの体に電気が走ったかのように振るえ始める。
「おお!? なんだこりゃ、口の中が痺れたぞ。
まさか、これがカレーって奴の本気か?」
「ああ、初心者には少し香辛料が多かったよう……」
「そうそう。香辛料を多く入れたカレーはある意味『兵器』かもしれないね」
リアムの解説を遮るように、まよいが口を挟む。
その言葉にヨアキムは超反応。目を輝かせてまよいに顔を向ける。
「てぇ事は、歪虚にこいつを喰わせれば大ダメージって事だな!」
「うーん。そうなような……そうじゃないような……」
曖昧の返答をするまよい。
しかし、前向きな馬鹿にはそれを勝手に肯定として捉える。
「おお! すっげー! カレーすっげー!」
「なら、僕のカレーはどうだ?」
ヨアキムの前に置かれたカレー。
放たれる強烈なチョコレート臭。
そう、ジョナサンが製作したチョコレートカレーだ。
「くっ、何て甘ったるい臭いだ。こいつぁ、やべぇ! ワシには分かる!」
ヨアキムはスプーンに乗せたチョコレートの塊を、口の中に放り込む。
「……こいつは……効くぜ……」
次の瞬間、ヨアキムは意識が遠のく感覚に襲われる。
辛いと思えば、次は意識が遠のく程甘いカレー。
ジョナサンのカレーは、言うなれば化学兵器に近いのかもしれない。
――カレー。なんて恐ろしい子。
「気に入っていただけて何よりだ」
ジョナサンは怪しい微笑みを浮かべていた。
●
さて。
ヨアキム以外にも数名のドワーフがカレーを食べる為に参戦しているのだが、ドワーフ達の間でもカレーは好評のようだ。
「本物を知らないが故に、真実に辿り着いてしまう――往々にして有り得る話だ。
ならば、見せてやるしかねぇ。歪虚を打ち破る唯一の暗黒カレーを、な!」
「おお! パンの中にカレーって奴が入ってるぞ!」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が生み出したのは、漆黒のカレーを楕円型の揚げパンに封じ込めた特製カレーパン。
初めてカレーを食したドワーフ達にとっては全てが衝撃。
まさにデスドクロの狙い通りだ。
「熱っ! このカレーって、奴は黒い上に滅茶苦茶熱いぞ!」
「ふふふ。灼熱の炎塊が胃袋へと到達し、全身に闘気を漲らせるこの一品を武器と言わずして何と言うのか。
さぁ、この武器を存分に喰らい、そして明日への活力とするがいい!」
何故かドワーフ達にカレーを武器として認識してしまう発言を繰り返すデスドクロ。
それでも食べてエネルギーとする考え方は決して間違っていない。
「えーと……こんな感じの物も作ってみたんだけど……他の人の方が美味しいかも……」
自信なさげにドワーフの前へ皿を出すのは、神杜 静(ka1383)。
皿の上には一つのパン。デスドクロと同じようにカレーパンを作ったのだが、こちらは揚げたものではなく焼いて作られている。
敢えて焼いて作る事で、初めてカレーを食べるドワーフ達にも食べやすさを配慮した結果なのだろう。
「おお、こっちのパンも美味いぞ! これなら毎日でも食べられそうだ」
神杜のパンもドワーフには好評。
普段から食べ慣れたパンにカレーを入れるという発想だけに、ドワーフも親しみ易さを感じたようだ。料理スキルを遺憾無く発揮して食べやすさを追求した結果だろう。
「あ、ありがとうございます!」
神杜は感謝の言葉を述べて、頭を垂れた。
「辛いカレーが苦手な方は、こちらをどうぞ」
不知火 陽炎(ka0460)が準備してきたのは、お子様向けの甘口カレー。
それも、お子様ライスを彷彿とさせる盛り付けだ。小さな丸山のライスに国旗が鎮座。リンゴやメロンのデザートを添えながら、ハンバーグやナポリタン、オムレツ等の子供が目を輝かせる内容だ。
「これはすげぇ。見た事もない食べ物が満載だぞ!」
「カレーもそんなに甘くないし、これならうちのガキどもにも行けるぞ!」
不知火のカレーは味もさる事ながら、夢を与えるような料理をドワーフに提供した事は大きい。きっと、彼らがカレーの素晴らしさを他のドワーフにも話してくれるはずだ。
「これは実に素晴らしい。
様々なカレーが並ぶ中、美味しいお酒を堪能できるのは格別ですね」
桐壱(ka1503)は、ドワーフが用意した酒を味わいながらハンター達のカレーを食べている。
ハンター達が用意するカレー達はどれも多彩。
その上、カレーと名前が付いているのに味はまったく異なる。
カレーというリアルブルーの料理に奥深さを感じずにはいられない。
「ドワーフさんと一緒にお酒が飲めるのも良いですね♪」
「お? エルフの割に話が分かるじゃねぇか!
よーし、飲み比べと行こうぜ!」
その後、桐壱はドワーフと一緒に飲み比べへ突入。
カレーを楽しみながら、ドワーフ達を大いに盛り上げた。
●
「いやー、カレー喰って酒飲んで金貰えるとか……もう最高!
おっさん、今日は飲めるだけ飲んじゃうよ?」
既にエールビールを満喫する鵤(ka3319)は、ほろ酔い加減だ。
カレーと一緒に食べるパンやナン、パスタやうどんを用意してカレーを楽しむよう準備していた鵤。だが、宴会が始まると同時に鵤はジョッキを片手にハンターやドワーフと乾杯しまくりだ。
「辛口カレーだったら酒が進むぜ。酒と合わせて食ってみな」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が持ってきたのは、ノアーラ・クンタウカレー。
別名『ドワーフカレー』とレイオスが名付けたカレーだ。
ドワーフが好んで飲んでいたエールで肉を煮込み、カレーへ投入。さらにトッピングにソーセージを乗せて肉をたっぷり使っている。ツマミとしてもご飯としても味わえるお得なカレーだ。
「いいねぇ! ビールにソーセージっていやぁ、テッパンじゃねぇか!」
「ほー、こいつにエールが入っているってぇのか!? 信じられねぇ!」
鵤がトッピングのソーセージを食べる横で、ドワーフはカレーを食べ始める。
エールを使っている事もあり、評判は上々。ドワーフ達が奪うように食べ始めている。「珍しさなら、こっちも負けてない。こいつは水を使わずに作っているんだ」
藤堂研司(ka0569)が持ってきたカレーは、一見普通のカレーだ。
しかし、このカレーはタマネギを大量に刻んで火にかけている。タマネギが液状になるまで煮込んだ為、水をまったく使っていない。そこへ果物をすり下ろして甘味を加え、スパイスを加えればシンプルなカレーのでき上がりだ。
「本当に水を使ってないのか? 信じられねぇ!」
地下で活動しているドワーフも水の貴重さは熟知している。
他のハンターから製法を聞いていたドワーフ達は、水を使わないカレーの登場に驚きを隠せない。
次々と現れるカレーを前に、ドワーフ達は衝撃を隠せない様子だ。
●
「なるほど、カレーうどんか。
あとでまとめたレシピを渡せば、ここでも日常的に食べられるかもしれないな」
ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は、自らがまとめたレシピを見返しながらカレーうどんを堪能していた。
ただ食べさせるだけでなく、必要な香辛料やその配合。さらには製作方法をまとめれば、ここのドワーフ達は好きな時にカレーを作る事ができる。
それだけじゃない。
ドワーフに限らず、クリムゾンレッドの他地域でも材料さえ揃えばカレーを作る事ができる。
「そうだね。麺を作るのはちょっと手間かもしれないけど、ここのドワーフ達なら大丈夫だよ」
天竜寺 詩(ka0396)が作ったカレーうどんは、正当派和風カレーうどんだ。
麺を練って足で踏み、腰を出す。
出汁を取って作っておいたカレーと合わせてうどんを入れる。
最後に刻んだネギと油揚げを加えて作っている。相応に手間がかかっているが、その手間を惜しむ価値のある逸品だ。
「さぁ、食べてみてよ!」
天竜寺は、うどんの入った丼をヨアキムへ差し出した。
それに対してヨアキムはやや困惑している。
「こ、これも辛かったり、甘かったりするんじゃねぇのか?」
「大丈夫。魚の出汁をメインにしているから、香辛料の辛さを恐れなくても問題ない。
製作過程を取材していたボクが証言する」
ビビるヨアキムに対して、ヒースは答えた。
レシピを作る過程でハンターが作った各カレーを取材している。天竜寺のカレーうどんは香辛料を使用しているものの、それ程絡みを強調していない。初めて食べる者でも問題はないはずだ。
「ほ、本当か……。
おお、本当だ! 辛くない! 辛くないぞ!」
箸が使えないヨアキムは、フォークでうどんを掬いながらうどんを食べ始める。
まさにブラックホールのようにカレーを平らげるヨアキム。
徐々に腹が膨れ始める……。
●
「さーて、ついにあたしのカレーが登場だよ!」
ロザーリア・アレッサンドリ(ka0996)がヨアキムの前に置いたカレー。
ジンジャーやターメリックのカレーに代表されるスパイスに加え、メイスやローレル、山椒、パプリカ等の薬効があるとされるスパイスをたっぷり使った薬膳カレーだ。
言われれば確かに香りが少し違う気がする。
「あたしのカレーを食べれば、疫病とかにゃぜーんぜん罹らないよ」
「なにぃ!? つまり、このカレーを食えばワシは絶対無敵の肉体を手に入れるって訳だな?」
ロザーリアのカレーを前に驚嘆するヨアキム。
そもそもお前、病気に罹った事なんてないだろ……。
「そらそうよ。薬膳だよ、薬膳。体に良い物がいーっぱい入っているんだから。
カレーは最強の肉体を手に入れる事ができる兵器って訳だ」
既にドワーフと飲み比べを仕掛けて数人酔いつぶしているロザーリア。
軽くほろ酔い加減なのか、カレーが兵器だと強調してしまう。
次の瞬間、ヨアキムは意を決して皿を手にした。
「給仕、ワシはカレーという食べる兵器を取り込んで、スーパードワーフへと生まれ変わるぞ!」
「いや、私は執事です……って、ヨアキム様!?」
ロザーリアのカレーをアツアツのまま一気に平らげるヨアキム。
カレーは飲み物ですと言わんばかりに体内へ流し込む。
皿が空になった後、ヨアキムはゆっくりと立ち上がる。
「おお、これがカレーのパワーか……体の中から何かが溢れ出ている気がするぞ」
食べ終わったヨアキムは、何故か重々しいオーラを纏っている……気がする。
あくまでもカレーを食っただけなので、何かが変わった気がしているのはヨアキムだけです。
「ああ、やっぱりカレーを兵器と思い込んじゃってる……」
キュジィはがっくり項垂れる。
香辛料の方はハンター達が使い切ってくれたおかげで問題はクリアとなった。
ヨアキム以外のドワーフもカレーは食べ物だと理解してくれた。
しかし、馬鹿の王様は何処まで行っても馬鹿の王様だった。
「じゃあ、早速その効果って奴を試してやるよ」
「殴り続けて喜ぶのなら、一撃で意識を刈り取ってやるぜ」
アルディシャカとレイオスがヨアキムを止めるべく立ち上がる。
最初からヨアキムと殴り合うつもりだったのだから、好都合。
ドワーフ王のパワーを見せてもらうつもりだ。
「来やがれ、ハンター!
スーパードワーフとなったワシの力を堪能しやがれ!」
殴りかかるヨアキム。
しかし、所詮は馬鹿の思い込み。
薬膳カレーで劇的な変化が訪れるはずもなく――。
「……んん!? ぎぼぢいいーーー!!!」
大広間にヨアキムが歓喜の声が木霊した。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/17 01:21:42 |