春を告げるやぎさんチーズ

マスター:奈華里

シナリオ形態
イベント
難易度
やや易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
少なめ
相談期間
5日
締切
2017/03/17 19:00
完成日
2017/03/28 16:47

このシナリオは3日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 時は三月…三月と言えば若人ならばホワイトデーの準備にヤキモキしているかもしれない。
 しかし、酪農に携わる者――とりわけ、あるチーズを作る者達にとってはそれ所ではない。
「あー、忙しい忙しい~。さぁさ、いい子だからじっとしててねー」
 そう山羊達に呼びかけて乳搾りの真っ最中。
 ベビーラッシュを終えて、一段落つきつつある親山羊達からミルクを分けて貰ってのチーズ作りはこの時期が最盛期。仔山羊がいるうちでないとミルクは出ないし、何より『春を告げるチーズ』と呼ばれるこのシェーブルチーズはこの地方ではなくてはならない存在でもある。
「おおい、こっち終わったぞー」
 夫婦と数人の仲間達で作業に追われる中、この牧場主である主人がまだ作業中の妻に声かける。
「わかったわ。こっちも後少しで終わるから…そうそう、そう言えば牧場の柵なんだけどね…」
 妻が視線を山羊に向けたまま言う。
 それが事の始まりだった。夫に向けた言葉は既にその場を去った彼には届かなくて…翌日事件は起こる。

「あぁ、なんてこった!」
 額から流れるのは動揺からくる汗…。
 彼の牧場では出来るだけ自然の状態を保つため、広い土地を有し放し飼いを主としていた。
 しかし、それでも限度はある。柵を設けて一定の範囲でそれを実行していたのであるが、忙しさもあって柵が壊れかけていた事に気付かなかったのだ。いや、正確に言えば妻は気付いていたのだが、こうなってはもう後の祭り。きっと釘が緩くなって板がずれていたのだろう。そこを見つけて山羊達は華麗に飛び越えて行ったと見える。
「昨日までは無事だったもの。まだ遠くには行っていない筈よ」
 妻が夫を励まし言う。
「そ、そうだな…早くしないと熊が目覚めてくるかもしれんし」
 夫も希望を捨てずに探そうと決意する。
 しかし、数が数だった。彼の牧場では百頭近くの山羊を放牧していたが、そのうちパッと見で半分近く行方不明であり、それを二人で探すのは無謀というものだ。加えて、更なる問題。それは一部残っている山羊達の世話とチーズへの加工作業を誰がするのかという問題である。
「どうしましょう…こんな事って」
 ことは一刻を争うかもしれないのに…そんな折、手伝いに来ていた酪農仲間から名案な一言。
「まぁ、だったらハンターに頼めばいいんじゃないか? 確か、困った時は助けてくれるって聞いたぜ?」
 一般的に歪虚と戦う彼等であるが、それだけでは無いのだという事を知っていた一人がそう提案する。
「……そうね。あまり報酬は出せないけれど手伝ってくれるかもしれない。それに林の奥や崖に行ってたら私達だけじゃ連れ戻せないもの」
 即座にそう判断して夫妻は山を下り、ハンターオフィスへと依頼を持ち掛ける。
「お金は少ないですが、その代わり出来立てのチーズなら召し上がって頂けます」
 そう付け加えて……。

リプレイ本文

●編成
 春晴れには少し届かないが、それでも今日はいい天気。
 脱走した山羊達も雨に濡れる事はないだろうが、それでも山には危険がいっぱいである。
 そこでハンター達はそれぞれの方法を携えて、本日山羊の一斉捜索へと乗り出す。
「任せて下さい! 私の占いは百発百中ですよぅ」
 占術と占いのコンボで色々なものの在処を探してきた事数知れず。
 絶対の自信を持った様子で星野 ハナ(ka5852)がタロットカードを取り出す。
「俺はこいつで空から見てみよう」
 そう言うのは烏を肩に乗せたセルゲン(ka6612)だ。
 彼自身は飛ぶ事は叶わなくとも霊闘士であればファミリアズアイというスキルがある。
 このスキルを活かす事で、上空から散らばった山羊達を見つける事ができるという訳だ。
「あはっ、流石セルゲンだねぇ。頼りになるよっ」
 今回同行している妻の無雲(ka6677)が開口一番、バシンッと彼の背を叩く。
「だったら地図が欲しい所だな。ザッピングも出来るし迷子防止にもなるだろうから」
 木乃伊取りが木乃伊になる事も考えて、南護 炎(ka6651)が牧場主からこの辺の地図を借り受ける。
「結構広いんだね…これじゃあ目撃情報とかって」
「あまり期待できそうにないわね」
 言いかけたサクヤ・フレイヤ(ka5356)の言葉にマリィア・バルデス(ka5848)が続ける。
「となると地道に行くしかないようですね」
 山に来た直後からの広さに圧倒されていたエルバッハ・リオン(ka2434)。
 死角も多いだろうから時間はそれなりにかかりそうだ。
「まぁ、これだけいたら何とかなるわよ。一人頭とりあえず五匹ってとこよね?」
 今いるハンターの人数を数えて夢路 まよい(ka1328)が言う。
「ごめんなさい。手伝う事は手伝うけど、私は牧場内でやらせてもらうわ」
 とケイ(ka4032)はここで捜索の頭数から外れる宣言。
 牧場からの依頼では捜索のほかに『手伝い』というものもしっかり組み込まれているからだ。
「判ったわ。という事は一人、二人…計九名で約五十頭。つまりは一人五~六頭という事ね」
 数を今一度確認して貰って皆に通達する。
「すみませんが、宜しくお願いします。そして、どうかお気をつけて。山は広いので」
 歩き慣れた者でも油断は禁物なのだ。初めて入るハンターらにはくれぐれも用心して欲しいと主人が釘を刺す。
「だったら遭難防止も兼ねて、二人一組で動くってのはどうだ? その方がきっと色々楽だぜ?」
 話を聞いて赤い頭巾のステラ・レッドキャップ(ka5434)が提案する。
「見つけた山羊の誘導もあるしな。いいと思うぜ」
 それに炎が賛同して、ならばと次々に動きが固まってゆく。
「じゃあ、行動が似ている者同士でペアを組みましょう。私はペットを使って誘導だけど…」
 マリィアが己が方法を提示して、同様の者を探す。
「大体の方面が判りました。こっちが多そうですよー」
 そこでハナの占い結果が出て、それぞれ情報を元に捜索範囲を決めていく。
「なら、俺は逆側に行こう。全てが同じ方向に行っているとは限らないからな」
 セルゲンが言う。
「なら、あたし達は一人多い分視界の悪い林の方へ行くよ」
 疾影士の行動力を活かしてサクヤが仲間と共に出てゆく。
(いやはや、捜索班はにぎやかですね…)
 そんな一行を少し離れた所で見ているそんな人物がいた。
 彼の名はGacrux(ka2726)……ここへは捜索よりも気分転換に来た人物である。
(あぁ、山羊のチーズですか。パンとワインで頂くと美味しそうですねぇ)
 ぼんやりとそんな事を思いながら、準備されていた木の板を抱える。
「あっ、あなたはこっちね。ごめんなさい、結構その板重くて…申し訳ないけど運んで貰えるかしら?」
 牧場主の奥さんが彼に言う。
「いえいえ、お気遣いなく。柵を直すんですよね。日曜大工の経験はないですが、善処します」
 彼はぼそりとそう言って板と道具箱を携え外へと向かう。
「べエェ~」
 そこで山羊と目が合った。横に細長い黒目に彼の姿が映る。
 少し気だるげな彼に山羊がもう一度挨拶するように一声かける。
(ああ…本当、ここは長閑ですねぇ。休憩があったら木陰で読書とかいいなぁ)
 至って平和なこの場所に、彼はしょっぱなから完全に癒されているのだった。

●崖
 さて、山羊を探すにはまず知っておかなければならない事がある。
 それは彼らの性格だ。温順で臆病だとされているが、かなり高所好きである。
 元々山育ちであり、彼らの習性であるから仕方がないのだが臆病なくせに危険な場所にも器用にのぼってしまうお茶目な部分があったりするから困りものだ。加えて、一般的に群れをなしているイメージが多いが牧場で飼っていた為か逃げ出した山羊達は自由気ままな行動をするかもしれないから厄介だ。
「きっと上に行ってると思うんだよな。だから崖の近くとか行ってみようぜ」
 悪戯な笑みを見せてステラがエルバッハと共に山を登る。
 そんな二人の作戦は実にシンプルなものだった。
 動物相手なら餌が有効と考えて、牧場主から聞いた山羊好みの餌を麻袋に持ってきている。
「あら、あそこにいるのって」
 聳える崖のその近くに数頭の山羊――如何やら、その崖の小さな足場を利用し上へと向かうつもりらしい。
「おいおい、あんなとこ上がっていったって餌はないだろうに」
 その様子に呆れ眼でステラが言う。
 そして、早速持参したトウモロコシを平坦で安全な場所でばら撒き様子を見る。
「うっし、少し待ってみるか」
 エルバッハことエルもそれに倣って罠をしかけ草影に身を隠す。
 暫くすると一匹がその匂いに気付いたようだった。崖を登るのをやめて餌の方へと進路を取る。
 それに続いて一匹、また一匹と…眼前にいた数匹はそれで問題なくやって来てくれて作戦は上々だ。
 安全な場所までやって来たのを見計らい、エルが静かにワンドを振る。
 勿論攻撃呪文ではなく、より安全を期す為の催眠魔法だ。
 だが、全てがそう簡単ではない。
「あー、あいつあんなとこまで…」
 岩肌の所々せり出している場所を見つけては好奇心旺盛な一匹が僅かな足場で上を目指す。
 餌の匂いがしている筈であるが、この一匹に至ってはそんな事は全くもって関係ないらしい。
 高みを目指す意志が強く、二人と餌には見向きもしない。
「どうしますか? 流石にあの子を眠らせるのは危険ですし」
 足場が狭い為、もしその場でしゃがもうものなら転落し兼ねない。
 ひとまず眠った山羊をロープで繋いでおきながら、二人は思案する。と言ってもやれる事は限られていて…。
「仕方ない。オレが登るぜ」
 予備の縄を携えてステラが決意する。
「大丈夫ですか?」
「まぁ、なんとかなるだろうぜ。身体も軽いし、万一の時は頼むけど」
 彼がそう言い崖に手をかける。幸い、山羊の目指す少し上には枯れ枝が伸びているから保険はかけられそうだ。
(心許ないけど、考えてる場合じゃないな)
 彼はそう思い、まずは枯れ枝を目指す。
 そうして、登り切ったら即座にロープをかけて、簡単ではあるが命綱の完成だ。
(あー…暇だから来てみたが、まさかこんな事をする羽目になるとはなぁ)
 慎重に足場と進路を確認しつつ彼が進む。彼が近付くにつれて気配を察知し山羊が振り向く。そして、
「ベエェ~」
 山羊が笑った気がした。必死で救助に来ている彼を余所に山羊は軽々と次の足場へと飛び移る。
「ちょっ、おいぃぃ!!」
 思わず声が出る彼であるが、山羊ははっきり言って何処吹く風だ。
 よっぽど度胸が据わっているのかその後も右に左にうまく二つに分かれた爪を使って更に上へと移動を試みる。
「……あいつ、オレを馬鹿にしてよな?」
 怒りが込み上げてくるのをぐっと堪えてステラが呟く。
「逃げないで下さい。私達は貴方を助けに来たんです!」
 下ではエルバッハがそう諭すが、果たして動物に彼女の言葉が届いているかどうか…。
 けれど、山羊の気持ちはどうあれここが危険な場所には変わりなかった。すでにある程度の高さまで登ってしまっている事から落ちれば怪我では済まされない。高所であるから彼等の間を常時風が吹き抜けていく。
(くっそ、一か八か跳ぶかな)
 ステラはそこで決意して、枯れ枝を引っ張り強度を確かめる。
 そして、枯れ枝よりさらに上に行かれる前にと距離を素早く詰めた後岩肌を蹴り飛び出す。
「べエッ!?」
 その様子に山羊は驚いて…しかし、ステラの方が早かった。山羊が逃げるより先に胴体をしっかり抱きしめる。
 ただ、勢いが付き過ぎていたからこの後は言わずものがな。
「うわぁぁ…とっ」
「ベエェェ」
 山羊と共に伸縮性のないロープでのバンジー体験。
 岩肌も近く普通の人間なら気絶ものであっただろう。
「だ、大丈夫ですか!」
 下でエルがステラに尋ねる。
「あ、うん。なんとか…」
 そう告げ息を吐く彼に対して、山羊は実に呑気に鳴いていた。

●うっかりさん
「……ぬかったわね」
「……ぬかりましたねぇ」
 ハナとマリィアはケイの柴犬の山羊追い作業を見つめながら呟く。
 彼女らはケイ同様見つけた山羊達を己のわんこ達で誘導し牧場に連れ戻そうと考えていた。
 しかしだ。彼女らの傍にいるのはどうしてこうなったのか垂れ耳が可愛いスコテッシュフォールドのスッチーとロボットクリーナー、加えてパルムのイプシロンとゼータの四名(?)である。
「ええ~と、なんでここにいるのかしら?」
 二人のパルムに頭を抱えながらマリィアが言う。
「確かにケンちゃんとシバちゃんをつれてきたはずだったのですけどぉ…」
 とこれはハナだ。猫はいいとして、どう間違ってお掃除ロボットを連れてきてしまったのだろうか。
「どうしましょうか?」
 ハナが苦笑いをしつつマリィアに問う。
 どちらかが犬を連れていれば形にはなったが、生憎二人共連れて来そこねている。
「一応、やれるだけやってみる?」
 マリィアも米神をひくつかせつつもパルム達に見本となるケイと柴犬の動きを見せる。
 だが、これにも些か難ありで…。
「ほうら、今こそ出番よ。牧羊犬のごとく山羊をまとめ上げてごらんなさい!」
 と張り切り指示を出すケイであるが、肝心の柴犬の方はそれを理解していない。
 遊んで貰えるのだと勘違いし、全力で牧草の上を駆けてゆく。
「え、ちょっと…何やってるのよ! そっちじゃっ…て、あぁもう。戻ってこーい!!」
 ケイが見られている事に気付いて、恥ずかし気に相棒を呼ぶ。
「……」
 その一部始終を見てマリィアがさらに眉をしかめる。
「と、とりあえず普通に探しに行きましょうか?」
 彼女が気を取り直してハナに言う。だがしかし、問題の相方はと言えば――。
「スッチー、乗っちゃ駄目ですよぉ~」
 お掃除ロボットの上に乗っかったスッチーに顔を綻ばせ気味だったり。
 足場は悪いがそれでもクリーナーは掃除に徹するし、スッチーは動くそれが面白いらしくその上で尻尾を揺らす。そんな姿が徐々に近付いてくると、柵を修繕していたGacruxもしばし和む。ちなみに彼のペットのドーベルマンはまだ出番ではないと知っているのか近くで昼寝を始めていたが、妙なものの登場に興味津々。主人であるGacruxは止めはしなかったから動くそれをゆっくりと追う。
 そうして、進路が下りに差し掛かった時事件は起きた。
 ブレーキが搭載されていないロボットクリーナーは下り坂によりスピードがぐんぐん上がっていって、
「あっ、ちょ…待ってぇぇぇ~~」
 スッチーを乗せたまま進むクリーナーをハナが必死で追う。
 その危機的状況にGacruxのドーベルマンが駆け出し、クリーナーを追い抜くと下で待機し止めに回るが、そんなにうまくは行かなくて更に下へ。するとそこには小川があって、更には水飲みに来ていた山羊達の姿――奇跡的な偶然の連鎖により逃げた山羊が見つかり万々歳だ。
「おっきなワンちゃんと、スッチーと掃除機のお手柄ですよぉ! マリィアさん、こっちに山羊がいますぅ!」
 遅れて到着したハナが上にいるマリィア達を呼ぶ。
 だがしかし、彼女にこの後更なる悲劇が起ころうとはまだ知る由もなかった。

 一方、セルゲンと無雲は新婚夫婦という事もあって和気藹々と捜索を進めている。
「えへへ、チーズ楽しみだなぁ♪」
 山羊のチーズとはどういうものか。想像を巡らせながら洞窟を進む。
「全く、もう少し集中して欲しいものだが…」
 そういうもこれが妻のいい所でもあるしと、肩に止まった烏と共にセルゲンは内部深くへと進んでいく。
 二人がここに至った訳、それは単純な理由からだ。セルゲンのファミリアズアイによってはぐれてしまったと思われる子山羊を発見した。そこでその影を追い辿りいたのがここなのだ。追跡の途中で山羊が二人に吃驚してしまい、現在この洞窟に至る。
「おかしいねぇ…そんな離れてなかったと思うんだけど」
 LEDライトで辺りを照らしながら無雲が言う。
「横道があったようにも思えないが、もしかして迷路にでもなっているのか?」
 セルゲンはそう言葉するも今までにそれらしい分かれ道には至っていない。
「子山羊ちゃーん。出ておいでよっ、怪しい者じゃないんだよぉ~」
 まるで子供を諭すように彼女の声が洞窟内に響き渡る。
「ぐごぉぉぉぉ」
 が、その瞬間聞こえた不気味な声にびくりと肩を揺らす彼女。
「おい、まさかこの声は…」
「熊、かな?」
 額に汗を流しながら彼女が言う。
 そこで忍び足で声の方へと進んでみれば、なんとそこには熊に近付く子山羊の姿があるではないか。
「ちょっ、野生の本能何処行った!?」
 熊に興味津々といった様子の子山羊に無雲が突っ込む。
「このままではあの熊が目を覚ますかもしれん。大きさからして、子熊だろうが早くこちらに連れ戻さねば」
 ポーカーフェイスのままセルゲンが策を練る。
 ただ、道も狭くなっている為、二人で向かうのは難しそうだ。
「あぁもう、ボクも餌持って来てれば」
 誘き出せたのになんて言ってみても状況は変わらない。慎重に身を屈めて子山羊に近付く。
「ン、メェ~」
 子山羊の鳴き声に熊の耳がぴくりと動く。
(あわぁ、今鳴かないでぇ)
 そう必死に祈るも山羊は知ったこっちゃない。
「メエェ~…メエェ~」
 お腹が減っているのか頻りに傍で鳴き始め、そのたびにぱたぱたと耳を動かす熊がいる。
(後少しなんだが…)
 固唾を飲んで見守るセルゲン。だが、
「グゴォォォォォォ!!」
「何っ!」
 耳元で大音量で聞こえた咆哮に思わず尻餅をつく。
「セルゲンってうわぁぁぁ!」
 それに振り返って二人は見た。二mを超えるだろう体長の親熊、先に起きて餌の調達にでも出ていたらしい。
「お、お呼びではないよねぇ…って事でお邪魔しましたぁぁぁ」
 無雲が子山羊を小脇に抱えて、親熊の背中の隙間を転がり抜けて出口の方へと駆け出す。
「な…俺は、どうしたら…」
 残されたセルゲンは鼻息荒い親熊と対峙して、しばしの沈黙。
 いつもは無口でクールな彼であるが、今の彼にその片鱗は感じ得ない。顔を真っ青にして相手の出方を窺う。
 そこではたと目に留まったのは親熊の毛だった。こんな状況ではあるが、よく見れば背中の方は割とフワフワして見える。
(冬毛なのか…)
 人は危機的状況に陥った時、感覚が麻痺してしまうのだろうか。
 彼は何を思ったか、そのフワフワの毛から目が離せない。そして、

 もふもふもふ~

 その毛は予想外に温かかった。
 獰猛な肉食獣の筈であるが、接してみれば意外と可愛くおとなしいのかもしれないとまで錯覚する。
「セ、セルゲン!?」
 子山羊を非難させて戻って来た無雲がその状況に目をぱちくりする。
「あ、いや、これは…」
「セルゲンのあほー」
「グガァァァァ!」
 親熊が果たして雌だったかどうかは定かではないが、無雲と親熊からのダブルパンチを受けて、洞窟奥の子熊の方へと吹っ飛ぶ。その衝撃で子熊が起きて、傷ついた彼を寝ぼけ眼でぺろぺろするのだった。

●コボルト
 山羊の捜索ではあったが、万一の事を考えて動いている面子もいる。
 それはまよいと炎、そしてサクヤだ。この班のみ人数調整もあり三人編成。
 先行してサクヤが山羊の姿を探しつつ、歪虚や雑魔をも警戒する。
「この辺は死角も多いし、もしいたら早く連れ戻してあげないとね」
 山の中腹にある林の中、木々を忍者のように飛び移り辺りの状況を確認する。
 するとこちらに来ていた山羊達は群れで行動していたらしく、木々の隙間から白い背中が所々見て取れる。
「いた! 周囲にも敵の気配は…ってあれは」
 目を凝らして見てみれば、山羊達を逃げないように繋いで誘導する人影。人といっても人間より随分小さい。
「ヒャッハー、コレハメッケモンダッタナ」
「ニンゲンチガウケド、ソレナリニクエソウダ」
 小さな体に醜い顔――それはコボルトだ。手には木の棒を携えている者もいる。
「これは早く知らせないと」
 それを知り彼女が急いで地を駆ける。
「それ、本当なの? 野良かしら?」
 まよいが報告を受けて首を傾げる。
「相手が雑魚とはいえ油断は禁物だ。早い事確保しないと」
 一方炎の方は事態の状況を重く見て、今にも走り出したそうだ。
「山羊達に危険が及んだら元も子もないし、あたしが囮になるよ。だから、そのうちに二人は山羊達を確保して」
 サクヤがスピードと隠密のスキルを活かして作戦を提案する。
「わかったわ。戦闘になったら山羊達が暴れてもいけないし、私はひとまずドリームメイズで出来るだけ眠らせてみるわね」
 まよいが言う。
「だったら俺は眠らなかったコボルトを叩く。その為に持ってきたのだしな」
 炎は腰に差したバスターソードに手をやって、準備万端のようだ。
 後は簡単だった。相手は雑魚中の雑魚のコボルト数匹。前後に山羊達を囲むようにして塒へと連れて行こうとしている所にサクヤが初手。
「そこの雑魚モンスター達、止まりなさい! その子達は返してもらうわよっ!」
 ビシィィと指差し彼女が言う。そんな彼女の後ろでは既にまよいが詠唱を開始していて。
「果てなき夢路に迷え…ドリームメイズ!」
 発動範囲の空間には青白いガスが広がり、しんがりのコボルトも含めて次々と夢の世界へ誘ってゆく。
 そこまで出来ればもうしめたものだ。
「クゾーッ」
「チグジョー」
 眠気と戦いつつ振り回す棒は全く的を得ない。
「こいつらはおまえらの食料じゃない! 俺らのご馳走だっ!」
 ざしゅっと肉を割く鈍い音。それと共にコボルト達は次々と殲滅されてゆく。
「お疲れ様だね」
 あっという間に救出を完了して、サクヤが声をかける。
「何のこれしき。この程度では準備運動にもならないが」
 体を鍛える事に重きを置いているらしく、やった後もブンブン剣を振り己を高める。
「フフフ、しかし『俺らのご馳走』ね。成程、あなたもかなりこの後のチーズ楽しみにしている感じかしら?」
 さっきふいに出た言葉ににこにこしながらまよいが言う。
「え…ああ、勿論だぜ。チーズは栄養価も高いし筋肉にもいいかもしれないからな」
 恥ずかしがりもせず、堂々と言い切る彼に暫し無言の二人。
「……さあ、次行くわよ」
 まよいが言う。
「だねってことで。さあ、みんなおうちに帰ろうね」
 そう言うのはサクヤだ。山羊達を労わりながら牧場へと進路を取る。
「よし、この調子でガンガン行こうぜ!」
 そんな二人の冷たい返しなど何のその。
 一体どこのRPGの作戦ですかというのはともかく、大量の山羊回収に成功する三人であった。

 その頃、あのがっかりなお二人は…。
「まぁ、なんていうか頑張ってくれたわよ、本当に…」
 パルムに辺りを探索させて、微力ながら山羊発見に尽力したマリィアが二人のパルム達を褒める。
「スッチー、また遊んでぇ~ってそっちは坂だから駄目だってー!!」
 そう言い慌てるのはハナだ。ロボットに乗ったスッチーに振り回されたあげく、それでも山羊を見つけたまでは良かったのだが、ここでも新たな不意打ちを食らって現在心身共にお疲れ中。
「う~、お気に入りのドレスなのにぃ…」
 連れ戻った山羊に自慢のボニーテールと服をハムハムされながら涙目に言う。
「随分気に入られたみたいね」
 そんな彼女をマリィアが励ますが、ハナの心境は複雑だ。
「フフッ、でもあなたに気があるおかげでとてもやりやすいわよ?」
 そう言うのはケイだ。ハナが山羊達をその場に留めてくれている間にバケツをおいて、乳搾りを済ませていく。
「私も手伝うわね」
 パルム達で追い込める山羊の数は限られていた為、早々に牧場側に回ってマリィアもハナの活躍でじっとしている山羊をターゲットに乳搾り。なかなかできる体験ではないからいい思い出になる事だろう。
「あうぅ…今回は散々ですよぉ」
 涙ながらにハナが呟く。
「本当ゴメンナサイ。でも、これは山羊の習性だから許してあげてね…」
「は、はい…」
 牧場の奥さんから聞かされた言葉に頷く彼女。
 彼女がどうやって山羊達を留めているのかと言えば答えは簡単。彼女の服に理由があった。彼女の着ているドレスは『メルキュール』――銀糸の刺繍が施された豪奢な服であり、光を受けると液体のようにさざめいてみえる。それが山羊達の目には美味しそうなものに見えたらしい。彼女を見つけると寄ってきて裾をはむはむ。髪も同様。一向に放してくれなくて、おかげで裾はべちゃべちゃなのだ。
(うぅ…好かれるなら、人間の殿方がいいのですよぉ~)
 涙目で彼女が呟く。
 そんなこんなでそれぞれの活躍により日暮れ前には散らばった山羊達は無事牧場へと戻って来たのであった。

●シェーブルの食卓
 山羊達を屋根のある舎に入れて、ハンター達はお待ちかねのお食事へと移る。
「フフッ、お礼は山羊チーズ一ホールで結構よ!」
 よっぽどチーズが好きなのか労働の対価としてケイがチーズを求める。
「一ホールといっても山羊チーズは掌に収まるサイズで作ってるんです。だからこれ位になってしまいますよ」
 とこれ奥さん。皆に判るように出来立てのものを持って来て早速切り分け、まずはそのままの味を提供する。
「ほう、これがシェーブルチーズか。ちょっと癖のある匂いがするぜ」
 熟成済みのそれを手に取り、炎が言う。
「それは仕方のない事なのよ。山羊は元々匂いが強いから…でも、ワインによく合うのよ」
 マリィアがそう言い、分けられた一つを口には運んで広がる匂いをも堪能する。
「確かにちょっと食べ辛いかも…」
 そういうのはサクヤだ。
 食べれない事はないが、カマンベール同様の白カビと山羊の風味は好き嫌いが分かれる所かもしれない。
「だったら、こっちはどうですかねえ? 今日俺が手伝ったものですが」
 Gacruxが出来立てのフレッシュシェーブルを差し出す。
「え、これ食べられるの?」
「大丈夫らしいですよ。山羊チーズは出来立てから熟成まで味の変化も楽しめると皆さんが言ってましたし」
「皆さん?……ってか誰?」
 自然に雑じっている彼であるが、編成時から外の作業に駆り出されていたから無理もない。「俺は手伝いに来ていたハンターです」と報告し、主に柵と加工を手伝っていた事を告げる。
「へえ、そうなんだ。で皆さんっていうのは?」
「加工場の方々の事です」
 作業の事を思い出しつつ、彼が言う。
 ちなみにここのシェーブルチーズは一度低温殺菌してから加工が始まる。
 殺菌した乳酸菌に固める為の凝乳酵素と白カビを加えて、じっくり待つ。固まってきたら商品サイズに形を作り水分を抜いていく。その後塩水につけて味付けして適度な硬さになればフレッシュは完成。その後熟成すればするほど、風味が強くなり出荷用には灰付けして、三~四週間したものを商品として出荷しているという。
「わっ、確かにこっちの方が食べやすいねえ」
 無雲が持参したワイン片手に満面の笑みを浮かべる。
「よかったら、他の皆も飲んでくれ」
 そう言ってもう一本のワインを開け提供するのはセルゲンだ。
 ついでに調理も手伝って、山羊チーズが初めてでも食べやすいよう熱を入れた料理を作り振舞う。
 ちなみにあの後、熊との格闘があった様だが滅多に触れれぬ熊の冬毛を堪能できたからか機嫌はよさそうだ。
「あり合わせしかありませんが、料理の方もどうぞ」
 労を労うように牧場の奥さんも腕によりを揮う。
 カプレーゼの様にトマトとオリーブオイルであえてみたり、バケットの上に乗せてジャムを添えてみたり。チーズフォンデュは上級者向けか。匂いが気にならないという者にはチーズインハンバーグも好評だ。
「美味い! これマジ美味い!!」
 思わず机を前に立ち上がり、十代らしさを垣間見せながら炎がハンバーグに食らいつく。
「うん、ポテトフライのチーズがけもいいわね。チェダーとミックスしてるのかしら?」
 そう言うのはマリィアだ。お酒のアテに丁度いいらしく、あっとう間に皿がカラになってしまう。
「デザートも用意してみましたよ」
 そこで運ばれてきたのがなかなかお目にかかれない一品。シェーブルチーズを使ったデザートだ。
 フレッシュなものを使って作られたレアチーズケーキはレモンソースが臭みを消していて絶品だ。
「うーん、来てよかったわ」
 ひとさじ掬って口に広がる濃厚なコクと適度な酸味を味わいまよいが言う。
「ですね♪ 幸せだよぉ~」
 顔を終始ほころばせながら、サクヤもそのデザートには満足げだ。
「沢山ありますから、どうぞ存分に味わって言って下さいね。おみやげもほらっ」
 熟成済みの塊をそれぞれ袋に包んだものが持ち帰り用に用意されているらしい。
「苦労した分はしっかり元をとりますよ!」
 ハナが手当たり次第に料理を頬張る。
「全くだぜ。まあ、美味いからいいけど」
 とこれはステラ。エルはその様子を眺めつつ、優雅にデザートを食している。

 そんな訳で大変ではあったが、皆無事で何より。
 春を告げるチーズは彼らの活躍により滞りなく、今年も各地の人々に届く事だろう。

依頼結果

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MVP一覧

  • Rot Jaeger
    ステラ・レッドキャップka5434

重体一覧

参加者一覧

  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 憤怒王FRIENDS
    ケイ(ka4032
    エルフ|22才|女性|猟撃士
  • 先輩疾影士
    サクヤ・フレイヤ(ka5356
    人間(紅)|20才|女性|疾影士
  • Rot Jaeger
    ステラ・レッドキャップ(ka5434
    人間(紅)|14才|男性|猟撃士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 半折れ角
    セルゲン(ka6612
    鬼|24才|男性|霊闘士
  • 覚悟の漢
    南護 炎(ka6651
    人間(蒼)|18才|男性|舞刀士
  • 明るい戦闘狂
    無雲(ka6677
    鬼|18才|女性|格闘士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/03/17 14:02:15