ゲスト
(ka0000)
嘘つきの境界線
マスター:音無奏

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/03/19 19:00
- 完成日
- 2017/11/20 17:43
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
―――行かないで、行ったら戻ってこれない気がするの。
―――ちゃんと戻ってくる、助けを呼びに行ってくるから、ここで隠れてるんだ。
ちゃんと戻ってくるって言ったのに。
私を一人にしたりしないって言ったのに。
助けが来なかった事よりも、自分が助からない事よりも、あなたがたどり着けなかったと悟ってしまった絶望の方が遥かに心を蝕んだ。
ちゃんと戻ってくるって言ったのに! 嘘つき!
…………。
シャリール地方には幾つか荒廃した地域が存在する。
それは300年以上前、帝国がまだ成立していなくて、歪虚が南下を仕掛けてきた頃の名残だ。
シャリール地方は当時から存在していたが、その生活は厳しく、途轍もなく綱渡りなものだったらしい。
山岳と峡谷の狭間に人里が存在し、過酷な地形故に人手が行き渡らない。主な食料源は牧畜で、しかし歪虚が活発となるとそれも命がけになる。
少しでも強力な歪虚が湧くと、それだけで集落が一つ消える。北部辺境領が成立してからは随分と楽になったようだが、だからといって犠牲の歴史がなくなる訳でもない。
生活が一息ついた頃に、生き残った住民たちは見つかるだけの遺骨を拾い集め、慰霊堂を作った。
収納出来なかった人はかなりいると思う。その時手が届く範囲は、それほど広くなかったのだ。
+
「慰霊堂に発生した歪虚を討伐して欲しい、……そうだな、心の強い奴が望ましい」
そうハンター達に切り出したのは、見た目が15歳ほどの、自称25歳の男だった。
おかっぱに切りそろえた金の髪、世界を見放したような冷ややかな視線は銀の色で、片手に杖をついている。
シャルル・シュルヴィーヴル、同盟領北西部に存在するシャリール地方の領主近衛。それを証明するように、提示された紋章はシャリール地方を象徴する雪の結晶に似た銀の歯車だった。
「我がシャリール地方には慰霊堂が幾つかある、遥か昔にあった歪虚南下の名残なんだが、毎週近隣の教会に勤める神父が訪れ、祈りを捧げる事になっている」
慰霊堂は一階が聖堂になっていて、実際に墓所となっているのは地下部分だ。納骨壇が壁一面に広がり、中央の慰霊碑には命を落としたと思わしき人々の名前が刻まれていたが、その記録はかなりあやふやで、遺体があって身元も確かなものに至っては数えるほどしか存在しない。
「墓所から女の泣き声が聞こえるって神父が駆け込んで来たのが先日の話だ、たまたま当直外だったので私が直接行って確認した」
危険だという心配はない、シャルルは覚醒者だし、元々傭兵の出らしい。
墓所には確かにすすり泣く声が響いていた、それも普通の泣き声ではなく、やけに精神を揺さぶる、精神汚染にも似た慟哭だ。
「地下の墓所が歪虚に乗っ取られていた、スケルトンだらけで軽い亡霊軍団みたいになってたが、最奥に一体だけ少女のヒトガタがいた……多分、あれが本体だな」
多数のスケルトンを見た時点で深入りは無用と悟り、シャルルは情報だけ集めて撤退してきた。
スケルトンは脆く、銃で撃って二発もあれば砕く事が出来るらしい。だが攻撃は鋭く、放置するには不安がある。
そしてスケルトンは時間経過ごとに増える、シャルルが幾つか減らしたが、ハンター達が出向く頃には元通りになっているだろう。
「少女の方は……バンシーか? 精神を揺さぶる慟哭と、地面から腕のような影を伸ばして触れてくる。この腕の効果は触られるまでわからない、体力奪取と動きを止める二種類だけ確認した」
慟哭は耳栓では止まらないだろう、とシャルルは言う、聴覚からどうこうではなく、頭に直接悲嘆の感情をぶちこまれる感じらしい。
彼女の悲嘆は自分の事じゃない、そんな事はわかっている。それでも尚大切な人に置いて行かれて、そのまま終幕を迎える絶望は息が詰まる。
言うかどうか迷う素振りを見せて、きっと伝えておくべきなのだろうと、シャルルはため息混じりに言葉を続けた。
「嘘つき、って言っていた。なんで行ってしまったのって、まぁ……当時の状況を考えれば大体想像はつくが」
少し強力な歪虚が発生しただけで集落が一つ消える過酷な時代、中央まで逃げ込めば助かるかもしれないが、山岳部という過酷な地形ではそれも命がけになる。
女子供では歪虚を撒いて山を超えられない、男でも賭けになるだろう、でも何もしなければどの道助かる道はない、ならば助けを呼ぶ事に望みをかけるしか―――。
あの叫びから察するに、きっと二人の結末は共に暗黒に飲まれるようなものだった。
「凄く多い訳ではなかったが、300年前では稀にあるような事だった」
今では歪虚も北部に押し込まれ、転送門によってハンター達が迅速に駆けつけてくれるようになっている。
この事を伝えるのはハンター達に心の準備をさせるためだ、予備知識があれば動揺も少なくなるだろう。
「その……一つ聞きたいんだが」
「なんだ」
死体が動いたのか? とハンター達は尋ねた。どの道消滅させるにしても、その意味合いは随分と違う。
「いや、違う。遺体は残らず火葬されている、だから、あのヒトガタは遺体そのものではない、あくまで“遺体から生まれた歪虚”だ」
それは少女が召喚するスケルトンにも言えるという。
「……だからな、遺体の無念が歪虚化したからって、その歪虚が本人だとは限らない。
何しろ本人は“既に死んでいる”、歪虚になったとして、その口から喋る事が本人の意志かなんて永遠の空論だ」
考え方はきっと色々あるのだろう、シャルルに対して非友好的な目線もあるかもしれない、だがそれを真っ向から跳ね返して、シャルルは締めの言葉を口にした。
「考え方は好きにしろ、だが墓所は眠りの地であるべきだ、それを果たして欲しい」
―――ちゃんと戻ってくる、助けを呼びに行ってくるから、ここで隠れてるんだ。
ちゃんと戻ってくるって言ったのに。
私を一人にしたりしないって言ったのに。
助けが来なかった事よりも、自分が助からない事よりも、あなたがたどり着けなかったと悟ってしまった絶望の方が遥かに心を蝕んだ。
ちゃんと戻ってくるって言ったのに! 嘘つき!
…………。
シャリール地方には幾つか荒廃した地域が存在する。
それは300年以上前、帝国がまだ成立していなくて、歪虚が南下を仕掛けてきた頃の名残だ。
シャリール地方は当時から存在していたが、その生活は厳しく、途轍もなく綱渡りなものだったらしい。
山岳と峡谷の狭間に人里が存在し、過酷な地形故に人手が行き渡らない。主な食料源は牧畜で、しかし歪虚が活発となるとそれも命がけになる。
少しでも強力な歪虚が湧くと、それだけで集落が一つ消える。北部辺境領が成立してからは随分と楽になったようだが、だからといって犠牲の歴史がなくなる訳でもない。
生活が一息ついた頃に、生き残った住民たちは見つかるだけの遺骨を拾い集め、慰霊堂を作った。
収納出来なかった人はかなりいると思う。その時手が届く範囲は、それほど広くなかったのだ。
+
「慰霊堂に発生した歪虚を討伐して欲しい、……そうだな、心の強い奴が望ましい」
そうハンター達に切り出したのは、見た目が15歳ほどの、自称25歳の男だった。
おかっぱに切りそろえた金の髪、世界を見放したような冷ややかな視線は銀の色で、片手に杖をついている。
シャルル・シュルヴィーヴル、同盟領北西部に存在するシャリール地方の領主近衛。それを証明するように、提示された紋章はシャリール地方を象徴する雪の結晶に似た銀の歯車だった。
「我がシャリール地方には慰霊堂が幾つかある、遥か昔にあった歪虚南下の名残なんだが、毎週近隣の教会に勤める神父が訪れ、祈りを捧げる事になっている」
慰霊堂は一階が聖堂になっていて、実際に墓所となっているのは地下部分だ。納骨壇が壁一面に広がり、中央の慰霊碑には命を落としたと思わしき人々の名前が刻まれていたが、その記録はかなりあやふやで、遺体があって身元も確かなものに至っては数えるほどしか存在しない。
「墓所から女の泣き声が聞こえるって神父が駆け込んで来たのが先日の話だ、たまたま当直外だったので私が直接行って確認した」
危険だという心配はない、シャルルは覚醒者だし、元々傭兵の出らしい。
墓所には確かにすすり泣く声が響いていた、それも普通の泣き声ではなく、やけに精神を揺さぶる、精神汚染にも似た慟哭だ。
「地下の墓所が歪虚に乗っ取られていた、スケルトンだらけで軽い亡霊軍団みたいになってたが、最奥に一体だけ少女のヒトガタがいた……多分、あれが本体だな」
多数のスケルトンを見た時点で深入りは無用と悟り、シャルルは情報だけ集めて撤退してきた。
スケルトンは脆く、銃で撃って二発もあれば砕く事が出来るらしい。だが攻撃は鋭く、放置するには不安がある。
そしてスケルトンは時間経過ごとに増える、シャルルが幾つか減らしたが、ハンター達が出向く頃には元通りになっているだろう。
「少女の方は……バンシーか? 精神を揺さぶる慟哭と、地面から腕のような影を伸ばして触れてくる。この腕の効果は触られるまでわからない、体力奪取と動きを止める二種類だけ確認した」
慟哭は耳栓では止まらないだろう、とシャルルは言う、聴覚からどうこうではなく、頭に直接悲嘆の感情をぶちこまれる感じらしい。
彼女の悲嘆は自分の事じゃない、そんな事はわかっている。それでも尚大切な人に置いて行かれて、そのまま終幕を迎える絶望は息が詰まる。
言うかどうか迷う素振りを見せて、きっと伝えておくべきなのだろうと、シャルルはため息混じりに言葉を続けた。
「嘘つき、って言っていた。なんで行ってしまったのって、まぁ……当時の状況を考えれば大体想像はつくが」
少し強力な歪虚が発生しただけで集落が一つ消える過酷な時代、中央まで逃げ込めば助かるかもしれないが、山岳部という過酷な地形ではそれも命がけになる。
女子供では歪虚を撒いて山を超えられない、男でも賭けになるだろう、でも何もしなければどの道助かる道はない、ならば助けを呼ぶ事に望みをかけるしか―――。
あの叫びから察するに、きっと二人の結末は共に暗黒に飲まれるようなものだった。
「凄く多い訳ではなかったが、300年前では稀にあるような事だった」
今では歪虚も北部に押し込まれ、転送門によってハンター達が迅速に駆けつけてくれるようになっている。
この事を伝えるのはハンター達に心の準備をさせるためだ、予備知識があれば動揺も少なくなるだろう。
「その……一つ聞きたいんだが」
「なんだ」
死体が動いたのか? とハンター達は尋ねた。どの道消滅させるにしても、その意味合いは随分と違う。
「いや、違う。遺体は残らず火葬されている、だから、あのヒトガタは遺体そのものではない、あくまで“遺体から生まれた歪虚”だ」
それは少女が召喚するスケルトンにも言えるという。
「……だからな、遺体の無念が歪虚化したからって、その歪虚が本人だとは限らない。
何しろ本人は“既に死んでいる”、歪虚になったとして、その口から喋る事が本人の意志かなんて永遠の空論だ」
考え方はきっと色々あるのだろう、シャルルに対して非友好的な目線もあるかもしれない、だがそれを真っ向から跳ね返して、シャルルは締めの言葉を口にした。
「考え方は好きにしろ、だが墓所は眠りの地であるべきだ、それを果たして欲しい」
リプレイ本文
ハンター達が、地下へ向かう階段の前に立つ。
階段が途切れたところに、大きな両開きの扉。灯りは備え付けの魔導灯があると聞いたが、墓所という性質からかそれほど明るくもないと聞いていた。
ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457)がランタンを灯して腰にかける。見える限りは明るくなったが、それ以外の闇は深くなった気がした。
気の重さに息を吐く、振り返って後ろを確認し、仲間たちから大丈夫だという頷きを受ける。心を決めて扉を押し開け、墓地へと踏み入った。
扉は重く、開ける時に軋む音がする。知人の手前やる気をなくす訳にもいかないが、陰鬱な気配だと沢城 葵(ka3114)は隠す事もなく思った。
扉が開ききった後、静寂に潜むようにして少女の嗚咽が聞こえてくる。苛立ちのように眉をひそめ、イシャラナ・コルビュジエ(ka1846)は弓を携えて墓所へと踏み入った。
立ち止まり、愚図るかのような嗚咽はどうしても許しがたい、何もせずに果てることが良しとされるはずもないのに、失敗したからって、それが結果論で責められていいはずもないと思う。
……無論、イシャラナとて“アレ”が本人でない事はわかっている。
ただ、立ち向かおうとした決意はイシャラナにとって重んじていいもので、それに対する憤りだけは禁じ得ない。
ラウィーヤと並んで、エイル・メヌエット(ka2807)は一行の前に立った。
壁には一面の壇扉、揺らぐ灯りに照らされ、幾つも立ち並ぶ墓標をエイルは静かな面持ちで見つめる。
泣き声を前にしてもエイルに動揺はない、失われたものに対する空虚にも似た寂しさがあって、泣きはらした後のように、空っぽになった心と、それを受け入れる静けさに満ちている。
こういう事は何度もあった、だから心構えは出来てしまっている。
(……墓所は、眠りの地)
シャルルが口にした事には心から同意する事が出来た。これはエイルにとってただの討伐ではなく、けじめにも似た弔いだった。
墓所に踏み入った時点で、スケルトンは無機質な動きで向かってきていた。
軽くて乾いた音が響く、肉を失った骨が小刻みに触れ合って、不吉なスケルトンの蠢きを奏でている。
この場所は喪失に満ちているとアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は感想を抱いた。死はきっと悲しい事で、でも哀しみを感じ取れないアルヴィンにとってはそれを喪失だと喩えるしかない。一線を超えたら悲しみすら擦り切れるのだと思うけれど、それを口にする気にはなれなかった。
「……押し付けるのは自由ダト思うケドネ」
生きろと押し付けるのは自由なのだ、でもそこに貴方がいない事が途轍もなく重い。
飲み干さざるをえない運命はあって、それはきっと声が枯れ、頭が焼ける程に苦しい。
ラウィーヤの手に炎に似た光が灯る、それは体内を巡ると、体を炎のようなオーラで包み込んだ。
光はアンデッドの注意を引きつける力を持つ、幾つも虚ろな眼窩が自分の方を向くのを見て、それでいいのだとラウィーヤは彼らと、そして奥の歪虚に向き合って構えた。
胸を張れるのかと言われたら否だ、こうして彼らの前に立っているけれど、死した彼らに責められるのなら、きっと自分は何も言い返せない。
守りたい人達の姿がよぎる、何故置いていったと―――彼らの声で脳内に響く。
そんな幻想を見てしまうのも、偏に自分が同じ事をしてしまうと確信しているからだ。
自分もきっと嘘をついてでも行こうとしてしまう。
本当は確信なんてないけれど、それでも必ず戻ると言ってしまうだろう。
「――向かうなら、私に」
構えは一瞬だけ、動き始めたハンター達はすぐにその距離を詰めた。
レオナ(ka6158)の手から呪符が浮かび、火の色を灯す。囁きかけるように言霊を紡ぐと、符が飛んでいって炎と化した。
葵のアースバレットが向かってきた一体を吹き飛ばす、骨盤を破壊された骨は自重に負けて崩壊し、後続がそれを気にした様子もなく踏み越えてくる。
アンデッドはこういうものだが、葵は相容れない不気味さにうわぁと声を漏らす。
弓を構え、イシャラナは静かな心で矢を番える。
――わかっているわ。あなた達の時代には、こうして歪虚を倒してくれるハンターなんていなかったのでしょうね。
絶えず連撃する手に迷いはない、時代と事情を鑑みても甘ったれだとは思っていたけど、そもそも彼らが死んだのは歪虚が原因で、この騒ぎですら歪虚によるものだった。
「私を、見てください」
攻撃力が高いはずのスケルトンに対し、ラウィーヤは臆する事なく、積極的に攻撃を引き受けようとする。
幾ら防御の構えとは言え完全に無傷でいられる訳がない、血が噴き出し、傷を刻んでいこうとも、ラウィーヤは強い意志のままに歪虚を見据えようとしていた。
意味があるかどうかなんてわからない、伝わるかどうかなんて知らない、それでもラウィーヤは自分の意志を通すために、こうせざるを得なかった。
「私の姿は、絶望なんかじゃない……!」
嘘つきになるかもしれない、それでもちゃんと約束の通り、約束した人の元に帰ろうとはしていたのだ。
ラウィーヤは少女が想った少年ではないけれど、ここにいて、同じ想いを抱いたからラウィーヤがそれを伝えたい。
生きるために抗ったのだと、少女に証明したかった。
スケルトンが払われ、ハンターと歪虚の間の道が開く。
途端、放たれた悲嘆の叫びがハンター達の体を突き抜けた。
『――――!!』
断末魔のような、絶望の感情が叩き込まれる。
共感するしないに関わらずハンター達の動きが止まり、その間に復活したスケルトンが武器を振り上げていた。
「……ッ」
苦しい感情の中、ラウィーヤは誰かの名前を思い浮かべる、痛いのは大切だからだと、改めて思い知らされた。
なんでわかってくれないのと、そう思うのはきっと身勝手なのだろう。
押し付けなのは重々承知で、悲しませる事は本意ではなかった、ただ。
「守りたかったから、一人で行こうとしたの……!!」
ラウィーヤの叫びに振り下ろされるのは、攻撃力だけは凄まじく高いスケルトンの刃だった。
「――――」
守らないと、縛られた体でもそれだけは思う。
体を割り込ませようとして、防御、って後から思い出す。
一秒だけのスローモーション、周囲の声は全く聞こえなかったが、一つだけ、妹の叫びだけは明確に体へと響き渡った。
思考を取り戻した時、ラウィーヤは致命的だったはずの攻撃を弾いていた、
「なめんなッ……!」
強引に行動を取り戻して、葵が詠唱を再開させた。
痛い、肉体の傷ではなくかきむしられた心が痛む、自分のものではないけれど、重さは確かに感じていた。
だが痛みを感じても葵は屈する事をよしとしなかった、痛みを堪えて行動する強さがないと、男性の体で女性の心を見せ続ける事はできなかった。
痛いのはわかる、怖さもあっただろう、でもそれに臆したら、欲しいものは手に入れられないというのが葵の理念だ。
「置いてかれたなら、追いかけるくらいの気概見せなさいよねぇ……!」
思いに是非はない、きっとただ通したいだけの我があるのだと、アルヴィンは思う。
想い合ってるのにすれ違う事がある、それに対して感想も結論も出さずに、アルヴィンは別の事を口にした。
「僕ハ……キミの事、結構イイって思うヨ」
なんか語弊がある言い方だな、って思いつつも、特に気にせずそのままにした。
少し押し返されたけど、道は大分片付いたと思う、そろそろいいだろうと、後ろに向けていた注意を歪虚の方に向けた。
「――話の時間にシヨウ?」
宣言と同時に、アルヴィンの唇が歌を口ずさんだ。
安らぎとはどんなものだっただろうか、想像が混じってしまうけれど、思い出しながら穏やかなメロディーを口にする。
穏やかなレクイエムが響き、悲嘆の叫びが少し弱まった気がした。機を逃さず、戦いの跡を踏み越えて、ハンターたちは最奥の開けた場所に出る。
新しく生み出されるスケルトンはレオナが符で打ち払った、邪魔しないで欲しいと思う。無駄かもしれないけど、慰めでしかないかもしれないけど、彼女に相対したいと思ったのだ。
ラウィーヤが歪虚へと目を向ける。レクイエムに抑えつけられながらも呪詛を呟く姿は、堪えきれない痛みが溢れ出しているようにも見えた。
――嘘つき。
心が痛む、まるで自分が責められているかのようで、言葉をなくしてしまう。
何か言いたげにイシャラナが口を開きかけたが、不機嫌そうにそっぽを向いた。近寄ればわかる、これに言葉をぶつけても意味はない。
本人でもない現象に言葉をぶつけるほど、イシャラナは物好きでも酔狂でもないのだ。
暫し耳を傾けて、レオナはいたわしげに息をついた。慟哭は良くも悪くも彼女一人のものだ、最初に懸念していた、想いの集合体という事はなかった。
墓標はこんなにも多いのに彼らは何も示す事はなく、でもそれこそ命が喪われた証明のように思えて、レオナは殊更に心を痛める。
淀んだ想いが集って歪虚化した訳じゃない、安堵出来るはずなのに、同時に死人は語りかけてくれない事を思い知らされた。
「貴女は――不運だったか、もしくは特別に想いが強かっただけなのね」
どうしようもなかったのだ。最初に止めようとした、後がない事はわかっていた、彼を信じたくて、駆けていく彼を引き止められなかった。
何故止められなかったんだろう、何故離れ離れになってしまったのか。
地底からの腕がレオナの足を掴む、じわりとした痛みが滲んだが、これこそが引き止めたかった行動の象徴だと理解してしまって、レオナは最後の悲嘆を口にした。
「任せて」
エイルに言われると、レオナは頷いて場所を譲った。
エイルの体を白い光が包む、一歩進む度に、輝きは波動となって闇と穢れを押し戻していく。
これは哀しみに満ちたお話、でも、思いから生まれた物語でもある。
「あのね――」
どう伝えればいいだろうか、命が失われた悲しい結末だったけど、それだけの話ではないのだ。
「あなたはきっと、とても愛されてた」
その事を思い出して欲しいと思って、エイルは言葉を告げた。
それが最初の尊い思い、少年は命を賭けるほどに少女を想っていた。
悲しみを拭うように手を伸ばす、貴女にこそ、この思いを一番に覚えていて欲しい。
「だからもう、眠って」
力を使い切る勢いで解放する。
それ以上の抵抗は、なかった気がした。
…………。
光が収まった後、残されたのは少し荒れた痕跡の残る、静かな墓所だった。
見渡す限り何もない、これ以上の歪虚が現れる様子もなく、急いで行動させるような何かもなかったから、暫くの間沈黙だけが満ちた。
「終わったわね」
切り替えが早かったのはやはりイシャラナか、さっさと弓を下ろし、一応ちゃんと見てくる、と来た道を戻っていく。
気性は激しいが、ドライなのは美点だろうと葵は思う。自分と言えば、悲嘆に共感するところはないが、それが歪虚に踏みにじられるのを見て何も思わないほど割り切りがいい訳でもないのだ。
自分は自分だと言い切れるけど、他人の弱さまで知らないとは言い切れない。
儘ならない現実が辛いと、そう言われたら葵もそれ以上は言えなくなる。
アルヴィンは首を傾げて、少しだけ微笑んだ。
思う事がないのではなく、かといって無関心でもなく、ただ全ての出来事を「それもよし」としていた。
怒り方も泣き方も忘れてしまったから、他人が持つその手の感情にはある種の感慨と尊ささえ覚える。自分はそういう意味で異質だから手を出すべきではないと思ったし、出来るならそのままでいて欲しいから、口を噤む事を選んだ。
恐らくは淡い憧憬、ああいう風になりたい訳ではないけど、この世から消えずに残って欲しいとは思う。
慰霊碑の前まで来て、エイルが刻まれた名前をなぞる、名前はいくつもあって、それのどれが今回の歪虚の元になったのかまではわからなかった。
シャルルや、神父に聞いてもきっとわからない、だってこれは数ある一つでしかなくて、取り立て特別でもない無名の悲劇でしかなかったからだ。
「……うん」
わかっていた、だから少しだけの心残りだけで済む。
荒れた場所を目につく限り整えて、最後に祈りを込めてエイル自身の浄化魔法を広げた。
「もういい?」
そう言ったイシャラナは荷物からブーケを出して、慰霊碑の前に置いた。
噛みしめるべき感傷はない、ただイシャラナにとって、死者とはそう扱われるべき相手だったというだけで、それを超える事も、それより損なわれる事もよしとはしなかった。
イシャラナの花を皮切りに、他のハンター達も次々と持ち込んだ花を添える。
「どうか、安らかに……」
レオナの言葉を最後に、ラウィーヤが最後に残った。
行き場をなくしていた腕をラウィーヤは強引に胸元へと引き戻す、終わった、と噛み締めて、精霊への祈りと共に、これで良かったのだと自分に言い聞かせるように告げた。
少女の前に行って、口にしなかった思いがある。それは戦いの時に、ラウィーヤ自身がその方がいいと決めたものだ。
歪虚を送る時、エイルの光は優しかった。悲しみを受け止めて、前に送り出す光だったから、彼女に任せるのがいいと、そう思ったのだ。
でも……。
「ごめんね……」
ずっと思っていたそれはやはり口から零れ落ちた。
置いていく私でごめん、そう思って口にしたけれど、エイルの光が思いを認めてくれたからか、謝罪は思ったより後ろ向きにはならなかった。
許される事ではない、自分が嘘つきで我儘な事も、痛いほど承知している。
でも今はそれ以上に強い思いを確認する事が出来ている。
今回の戦いに思いを届けてくれた家族がいた、それが。
――大好き、だから痛みを知っても、私の思いは変わらない。
階段が途切れたところに、大きな両開きの扉。灯りは備え付けの魔導灯があると聞いたが、墓所という性質からかそれほど明るくもないと聞いていた。
ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457)がランタンを灯して腰にかける。見える限りは明るくなったが、それ以外の闇は深くなった気がした。
気の重さに息を吐く、振り返って後ろを確認し、仲間たちから大丈夫だという頷きを受ける。心を決めて扉を押し開け、墓地へと踏み入った。
扉は重く、開ける時に軋む音がする。知人の手前やる気をなくす訳にもいかないが、陰鬱な気配だと沢城 葵(ka3114)は隠す事もなく思った。
扉が開ききった後、静寂に潜むようにして少女の嗚咽が聞こえてくる。苛立ちのように眉をひそめ、イシャラナ・コルビュジエ(ka1846)は弓を携えて墓所へと踏み入った。
立ち止まり、愚図るかのような嗚咽はどうしても許しがたい、何もせずに果てることが良しとされるはずもないのに、失敗したからって、それが結果論で責められていいはずもないと思う。
……無論、イシャラナとて“アレ”が本人でない事はわかっている。
ただ、立ち向かおうとした決意はイシャラナにとって重んじていいもので、それに対する憤りだけは禁じ得ない。
ラウィーヤと並んで、エイル・メヌエット(ka2807)は一行の前に立った。
壁には一面の壇扉、揺らぐ灯りに照らされ、幾つも立ち並ぶ墓標をエイルは静かな面持ちで見つめる。
泣き声を前にしてもエイルに動揺はない、失われたものに対する空虚にも似た寂しさがあって、泣きはらした後のように、空っぽになった心と、それを受け入れる静けさに満ちている。
こういう事は何度もあった、だから心構えは出来てしまっている。
(……墓所は、眠りの地)
シャルルが口にした事には心から同意する事が出来た。これはエイルにとってただの討伐ではなく、けじめにも似た弔いだった。
墓所に踏み入った時点で、スケルトンは無機質な動きで向かってきていた。
軽くて乾いた音が響く、肉を失った骨が小刻みに触れ合って、不吉なスケルトンの蠢きを奏でている。
この場所は喪失に満ちているとアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は感想を抱いた。死はきっと悲しい事で、でも哀しみを感じ取れないアルヴィンにとってはそれを喪失だと喩えるしかない。一線を超えたら悲しみすら擦り切れるのだと思うけれど、それを口にする気にはなれなかった。
「……押し付けるのは自由ダト思うケドネ」
生きろと押し付けるのは自由なのだ、でもそこに貴方がいない事が途轍もなく重い。
飲み干さざるをえない運命はあって、それはきっと声が枯れ、頭が焼ける程に苦しい。
ラウィーヤの手に炎に似た光が灯る、それは体内を巡ると、体を炎のようなオーラで包み込んだ。
光はアンデッドの注意を引きつける力を持つ、幾つも虚ろな眼窩が自分の方を向くのを見て、それでいいのだとラウィーヤは彼らと、そして奥の歪虚に向き合って構えた。
胸を張れるのかと言われたら否だ、こうして彼らの前に立っているけれど、死した彼らに責められるのなら、きっと自分は何も言い返せない。
守りたい人達の姿がよぎる、何故置いていったと―――彼らの声で脳内に響く。
そんな幻想を見てしまうのも、偏に自分が同じ事をしてしまうと確信しているからだ。
自分もきっと嘘をついてでも行こうとしてしまう。
本当は確信なんてないけれど、それでも必ず戻ると言ってしまうだろう。
「――向かうなら、私に」
構えは一瞬だけ、動き始めたハンター達はすぐにその距離を詰めた。
レオナ(ka6158)の手から呪符が浮かび、火の色を灯す。囁きかけるように言霊を紡ぐと、符が飛んでいって炎と化した。
葵のアースバレットが向かってきた一体を吹き飛ばす、骨盤を破壊された骨は自重に負けて崩壊し、後続がそれを気にした様子もなく踏み越えてくる。
アンデッドはこういうものだが、葵は相容れない不気味さにうわぁと声を漏らす。
弓を構え、イシャラナは静かな心で矢を番える。
――わかっているわ。あなた達の時代には、こうして歪虚を倒してくれるハンターなんていなかったのでしょうね。
絶えず連撃する手に迷いはない、時代と事情を鑑みても甘ったれだとは思っていたけど、そもそも彼らが死んだのは歪虚が原因で、この騒ぎですら歪虚によるものだった。
「私を、見てください」
攻撃力が高いはずのスケルトンに対し、ラウィーヤは臆する事なく、積極的に攻撃を引き受けようとする。
幾ら防御の構えとは言え完全に無傷でいられる訳がない、血が噴き出し、傷を刻んでいこうとも、ラウィーヤは強い意志のままに歪虚を見据えようとしていた。
意味があるかどうかなんてわからない、伝わるかどうかなんて知らない、それでもラウィーヤは自分の意志を通すために、こうせざるを得なかった。
「私の姿は、絶望なんかじゃない……!」
嘘つきになるかもしれない、それでもちゃんと約束の通り、約束した人の元に帰ろうとはしていたのだ。
ラウィーヤは少女が想った少年ではないけれど、ここにいて、同じ想いを抱いたからラウィーヤがそれを伝えたい。
生きるために抗ったのだと、少女に証明したかった。
スケルトンが払われ、ハンターと歪虚の間の道が開く。
途端、放たれた悲嘆の叫びがハンター達の体を突き抜けた。
『――――!!』
断末魔のような、絶望の感情が叩き込まれる。
共感するしないに関わらずハンター達の動きが止まり、その間に復活したスケルトンが武器を振り上げていた。
「……ッ」
苦しい感情の中、ラウィーヤは誰かの名前を思い浮かべる、痛いのは大切だからだと、改めて思い知らされた。
なんでわかってくれないのと、そう思うのはきっと身勝手なのだろう。
押し付けなのは重々承知で、悲しませる事は本意ではなかった、ただ。
「守りたかったから、一人で行こうとしたの……!!」
ラウィーヤの叫びに振り下ろされるのは、攻撃力だけは凄まじく高いスケルトンの刃だった。
「――――」
守らないと、縛られた体でもそれだけは思う。
体を割り込ませようとして、防御、って後から思い出す。
一秒だけのスローモーション、周囲の声は全く聞こえなかったが、一つだけ、妹の叫びだけは明確に体へと響き渡った。
思考を取り戻した時、ラウィーヤは致命的だったはずの攻撃を弾いていた、
「なめんなッ……!」
強引に行動を取り戻して、葵が詠唱を再開させた。
痛い、肉体の傷ではなくかきむしられた心が痛む、自分のものではないけれど、重さは確かに感じていた。
だが痛みを感じても葵は屈する事をよしとしなかった、痛みを堪えて行動する強さがないと、男性の体で女性の心を見せ続ける事はできなかった。
痛いのはわかる、怖さもあっただろう、でもそれに臆したら、欲しいものは手に入れられないというのが葵の理念だ。
「置いてかれたなら、追いかけるくらいの気概見せなさいよねぇ……!」
思いに是非はない、きっとただ通したいだけの我があるのだと、アルヴィンは思う。
想い合ってるのにすれ違う事がある、それに対して感想も結論も出さずに、アルヴィンは別の事を口にした。
「僕ハ……キミの事、結構イイって思うヨ」
なんか語弊がある言い方だな、って思いつつも、特に気にせずそのままにした。
少し押し返されたけど、道は大分片付いたと思う、そろそろいいだろうと、後ろに向けていた注意を歪虚の方に向けた。
「――話の時間にシヨウ?」
宣言と同時に、アルヴィンの唇が歌を口ずさんだ。
安らぎとはどんなものだっただろうか、想像が混じってしまうけれど、思い出しながら穏やかなメロディーを口にする。
穏やかなレクイエムが響き、悲嘆の叫びが少し弱まった気がした。機を逃さず、戦いの跡を踏み越えて、ハンターたちは最奥の開けた場所に出る。
新しく生み出されるスケルトンはレオナが符で打ち払った、邪魔しないで欲しいと思う。無駄かもしれないけど、慰めでしかないかもしれないけど、彼女に相対したいと思ったのだ。
ラウィーヤが歪虚へと目を向ける。レクイエムに抑えつけられながらも呪詛を呟く姿は、堪えきれない痛みが溢れ出しているようにも見えた。
――嘘つき。
心が痛む、まるで自分が責められているかのようで、言葉をなくしてしまう。
何か言いたげにイシャラナが口を開きかけたが、不機嫌そうにそっぽを向いた。近寄ればわかる、これに言葉をぶつけても意味はない。
本人でもない現象に言葉をぶつけるほど、イシャラナは物好きでも酔狂でもないのだ。
暫し耳を傾けて、レオナはいたわしげに息をついた。慟哭は良くも悪くも彼女一人のものだ、最初に懸念していた、想いの集合体という事はなかった。
墓標はこんなにも多いのに彼らは何も示す事はなく、でもそれこそ命が喪われた証明のように思えて、レオナは殊更に心を痛める。
淀んだ想いが集って歪虚化した訳じゃない、安堵出来るはずなのに、同時に死人は語りかけてくれない事を思い知らされた。
「貴女は――不運だったか、もしくは特別に想いが強かっただけなのね」
どうしようもなかったのだ。最初に止めようとした、後がない事はわかっていた、彼を信じたくて、駆けていく彼を引き止められなかった。
何故止められなかったんだろう、何故離れ離れになってしまったのか。
地底からの腕がレオナの足を掴む、じわりとした痛みが滲んだが、これこそが引き止めたかった行動の象徴だと理解してしまって、レオナは最後の悲嘆を口にした。
「任せて」
エイルに言われると、レオナは頷いて場所を譲った。
エイルの体を白い光が包む、一歩進む度に、輝きは波動となって闇と穢れを押し戻していく。
これは哀しみに満ちたお話、でも、思いから生まれた物語でもある。
「あのね――」
どう伝えればいいだろうか、命が失われた悲しい結末だったけど、それだけの話ではないのだ。
「あなたはきっと、とても愛されてた」
その事を思い出して欲しいと思って、エイルは言葉を告げた。
それが最初の尊い思い、少年は命を賭けるほどに少女を想っていた。
悲しみを拭うように手を伸ばす、貴女にこそ、この思いを一番に覚えていて欲しい。
「だからもう、眠って」
力を使い切る勢いで解放する。
それ以上の抵抗は、なかった気がした。
…………。
光が収まった後、残されたのは少し荒れた痕跡の残る、静かな墓所だった。
見渡す限り何もない、これ以上の歪虚が現れる様子もなく、急いで行動させるような何かもなかったから、暫くの間沈黙だけが満ちた。
「終わったわね」
切り替えが早かったのはやはりイシャラナか、さっさと弓を下ろし、一応ちゃんと見てくる、と来た道を戻っていく。
気性は激しいが、ドライなのは美点だろうと葵は思う。自分と言えば、悲嘆に共感するところはないが、それが歪虚に踏みにじられるのを見て何も思わないほど割り切りがいい訳でもないのだ。
自分は自分だと言い切れるけど、他人の弱さまで知らないとは言い切れない。
儘ならない現実が辛いと、そう言われたら葵もそれ以上は言えなくなる。
アルヴィンは首を傾げて、少しだけ微笑んだ。
思う事がないのではなく、かといって無関心でもなく、ただ全ての出来事を「それもよし」としていた。
怒り方も泣き方も忘れてしまったから、他人が持つその手の感情にはある種の感慨と尊ささえ覚える。自分はそういう意味で異質だから手を出すべきではないと思ったし、出来るならそのままでいて欲しいから、口を噤む事を選んだ。
恐らくは淡い憧憬、ああいう風になりたい訳ではないけど、この世から消えずに残って欲しいとは思う。
慰霊碑の前まで来て、エイルが刻まれた名前をなぞる、名前はいくつもあって、それのどれが今回の歪虚の元になったのかまではわからなかった。
シャルルや、神父に聞いてもきっとわからない、だってこれは数ある一つでしかなくて、取り立て特別でもない無名の悲劇でしかなかったからだ。
「……うん」
わかっていた、だから少しだけの心残りだけで済む。
荒れた場所を目につく限り整えて、最後に祈りを込めてエイル自身の浄化魔法を広げた。
「もういい?」
そう言ったイシャラナは荷物からブーケを出して、慰霊碑の前に置いた。
噛みしめるべき感傷はない、ただイシャラナにとって、死者とはそう扱われるべき相手だったというだけで、それを超える事も、それより損なわれる事もよしとはしなかった。
イシャラナの花を皮切りに、他のハンター達も次々と持ち込んだ花を添える。
「どうか、安らかに……」
レオナの言葉を最後に、ラウィーヤが最後に残った。
行き場をなくしていた腕をラウィーヤは強引に胸元へと引き戻す、終わった、と噛み締めて、精霊への祈りと共に、これで良かったのだと自分に言い聞かせるように告げた。
少女の前に行って、口にしなかった思いがある。それは戦いの時に、ラウィーヤ自身がその方がいいと決めたものだ。
歪虚を送る時、エイルの光は優しかった。悲しみを受け止めて、前に送り出す光だったから、彼女に任せるのがいいと、そう思ったのだ。
でも……。
「ごめんね……」
ずっと思っていたそれはやはり口から零れ落ちた。
置いていく私でごめん、そう思って口にしたけれど、エイルの光が思いを認めてくれたからか、謝罪は思ったより後ろ向きにはならなかった。
許される事ではない、自分が嘘つきで我儘な事も、痛いほど承知している。
でも今はそれ以上に強い思いを確認する事が出来ている。
今回の戦いに思いを届けてくれた家族がいた、それが。
――大好き、だから痛みを知っても、私の思いは変わらない。
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MVP一覧
- ともしびは共に
ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457)
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/03/19 16:46:20 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/16 01:40:13 |