ゲスト
(ka0000)
クリスとマリー 狭まりゆく道筋
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/03/18 22:00
- 完成日
- 2017/03/27 19:09
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
落馬して吐血した者がいる──
大慌てで診療所に駆け込んできた若い官憲の一人に呼ばれて、老齢の医師は医療鞄を引っ掴むと、押っ取り刀で駆けだした。
案内されたのは駐在所──その玄関先のソファに、その患者だか怪我人だかよく分からぬ男は横たえられていた。馬から落ちて吐血したとの話だったが、一見したところ元気な様子で…… むしろ、どこかイライラした様子で診察が終わるのを待っていた。
「顔面に挫傷と出血の跡。口腔内に裂傷もあるね。これは落馬の時にできた傷かな? 吐血したとの話だが、胃の腑や肺臓に異常はないかね?」
「吐血は芝居だ。さっきから何度もそう言っている!」
ついにイライラが我慢の限界に達したという風に、『虎刈りの男』が癇癪を起こす。医師は目を丸くして、若い官憲に尋ねた。
「……何者なんです、彼は? 罪人ですか?」
「いや、彼の同行者の話によれば、なんでも『狂人』だという話なんですけど……」
若き官憲の答えも、何だか要領を得ない。
別の中年の官憲に文句を言っていた『虎刈りの男』が、『狂人』という単語を聞きつけ、若い官憲に罵声を浴びせた。
「だから俺は『狂人』なんかじゃない! 逃散民取締官だ! 俺は職務を遂行していただけなのに、無法にも『あいつら』に囚われたんだ! 『あいつら』は侯爵様への直訴を企む大罪人だぞ!? 何をしている、すぐに捕らろ!」
どうしてこのようなことに──
もう幾度目になるか分からない言葉を零しながら、貴族の娘クリスティーヌは大きく溜息を吐いた。
若き侍女マリーと共に王国巡礼の旅に出て。その途中、ひょんなことから大貴族ダフィールド侯爵家の四男ルーサーを彼の『実家』に送り届けることとなり。誘拐騒ぎや何だかんだの騒動を経てようやく至った侯爵領──新たに侯爵家へ割譲された旧スフィルト子爵領にて、重税に耐え切れず逃げ出したとある家族連れと道連れになり、彼らを取り締まりに来た山賊紛いの『髭面の男』と『落ち着き払った男』の2チームを返り討ちにして捕らえてしまった。
そして、彼らを連れて訪れた村で暴動騒ぎに巻き込まれ。行き掛かり上、村長と村人たちの仲介をした結果、いつの間にか村人たちの代表を連れて侯爵家に上訴に向かうことになり。訪れたこの宿場町にて、『髭面の男』改め『虎刈りの男』となった男が官憲の駐在所に病と偽って駆けこんでしまったというわけだ。
「まさかあの『虎刈り』のおっちゃんがここまで機転の利くタイプだったなんて……!」
マリーの言葉に苦笑しつつ……問題は、これからどうするか、ですね、とクリスは同行する村人たちやハンターたちに告げた。
あんな小悪党じみた男でも、逃散民の『摘発』を正式に侯爵家から『委託』された取締官である。逃散民ではないのに『摘発』されかけ、反撃したクリスらに非はないが、逃散民取締官の『正当な業務』を妨害し、その身柄を拘束した事は、この侯爵領においては間違いなく罪となる。しかも、『侯爵家への上訴』を目論む村人たちまで一緒なのだから、これはもう大罪人と言われても申し開きのしようもない。
だが、幸いなことに。事前に『虎刈りの男は治療が必要な狂人』と伝えていたお陰で、官憲の人たちは今のところ、彼の言う事にいちいちまともに取り合ってはいない。だが、それも、彼が『狂人』などでないと分かれば、その態度を変えざるを得ないだろう。官憲は法に仕える者である。たとえ逃散民取締官が山賊紛いの存在であったとしても、それが合法的な存在であれば、それを『害した』自分たちを捕らえないわけにはいかない。
「それは困る。まだ我々は侯爵への上訴を果たしていない。それでは死んでも死に切れない」
村人たちのリーダーが、睨みつけるような形相で告げた。──彼らはこんな所で捕まるわけにはいかなかった。何としても、自分たちの……旧スフィルト子爵領の民たちの窮状を、侯爵に直訴せねばならぬ。例えそれで死罪になるとも……例え、どのような手段を用いようとも。
「あの男を放置して、今の内にここから逃げ出すと言うのは?」
「……一つの手段ではあります。が、私たちが何も言わずにここからいなくなったとあれば、ここの官憲の人たちも『虎刈り』さんの主張を認めてすぐに追手を掛けるでしょう」
「では、この駐在所を制圧してあの男にこれ以上しゃべるのを止めさせるというのは……」
「そんな事をしたら、それこそ問答無用で犯罪者です。すぐに官憲たちと野次馬たちとで十重二重……侯爵家に行くどころかここから出られもしませんよ?」
それでも構わない。ここに立て籠もることで、我々の主張が侯爵の耳に届くと言うのであれば──
半ば以上、本気と言った表情で告げる村人たちを、彼らの村長が「止めないか!」と窘めた。
苛立ちと共に村長を睨み返す村人たち── 子爵領時代、村長は村でも指折りの人格者として知られていたが、侯爵領に編入される際し、少しでもマシな状況を受け入れる為に自ら侯爵家の統治を受け入れた。村長には村長なりの『正義』があったわけではあるが、それが故に村人たちからは恨まれている。
「何かいい手はないのか。何か……!」
焦燥に苛立ちを露わにしつつ、爪を噛む村人たち。その言葉に顔を俯かせるルーサーを、マリーが気遣わし気に見やった。──ルーサー少年が侯爵家の身内であることは、村人たちには伏せられている。
こうなれば、いっそ…… と彼らがやけっぱちな覚悟を決めかけた時。この場に残ったもう一人の逃散民取締官──『落ち着き払った男』リーアが「止めておけ」と呟いた。
「こんな所で立て籠もり騒動を起こしたところで、旧子爵領の窮状は侯爵の耳には届かんよ。お前たちをその様な窮状に追い込んだ当人こそ、侯爵自身に他ならないのだからな」
なんだと!? と息巻く村人たちに涼し気な顔のままで、リーア。いつの間にか彼は一人だった。捕らえていた彼の部下8人の姿は見えなくなっていた。
「……悪いが、部下たちだけは逃がしておいた。この様な所で死ぬわけにはいかんのでな」
奴らを捕らえろ。報いを受けさせろ── そう主張し続ける『虎刈りの男』に、辟易したような表情で官憲たちは顔を見合わせた。
「そうは言っても……我らはこの街の官憲に過ぎぬ。お主の言う事が本当であったとしても、縄張りが──管轄が違う」
困ったように中年の官憲が告げると、ならばその担当者を呼べ、と虎刈りは言った。
「……逃散民取締官の管轄って、確かシモン様だったよな?」
「ソード様でしたら、確か、『演習』の為に隣町に滞在なさっていたはずですが……」
とりあえず何でもいい、と中年の官憲は言った。
「ソード様をここへお呼びしろ。判断はあの若造にしてもらう」
大慌てで診療所に駆け込んできた若い官憲の一人に呼ばれて、老齢の医師は医療鞄を引っ掴むと、押っ取り刀で駆けだした。
案内されたのは駐在所──その玄関先のソファに、その患者だか怪我人だかよく分からぬ男は横たえられていた。馬から落ちて吐血したとの話だったが、一見したところ元気な様子で…… むしろ、どこかイライラした様子で診察が終わるのを待っていた。
「顔面に挫傷と出血の跡。口腔内に裂傷もあるね。これは落馬の時にできた傷かな? 吐血したとの話だが、胃の腑や肺臓に異常はないかね?」
「吐血は芝居だ。さっきから何度もそう言っている!」
ついにイライラが我慢の限界に達したという風に、『虎刈りの男』が癇癪を起こす。医師は目を丸くして、若い官憲に尋ねた。
「……何者なんです、彼は? 罪人ですか?」
「いや、彼の同行者の話によれば、なんでも『狂人』だという話なんですけど……」
若き官憲の答えも、何だか要領を得ない。
別の中年の官憲に文句を言っていた『虎刈りの男』が、『狂人』という単語を聞きつけ、若い官憲に罵声を浴びせた。
「だから俺は『狂人』なんかじゃない! 逃散民取締官だ! 俺は職務を遂行していただけなのに、無法にも『あいつら』に囚われたんだ! 『あいつら』は侯爵様への直訴を企む大罪人だぞ!? 何をしている、すぐに捕らろ!」
どうしてこのようなことに──
もう幾度目になるか分からない言葉を零しながら、貴族の娘クリスティーヌは大きく溜息を吐いた。
若き侍女マリーと共に王国巡礼の旅に出て。その途中、ひょんなことから大貴族ダフィールド侯爵家の四男ルーサーを彼の『実家』に送り届けることとなり。誘拐騒ぎや何だかんだの騒動を経てようやく至った侯爵領──新たに侯爵家へ割譲された旧スフィルト子爵領にて、重税に耐え切れず逃げ出したとある家族連れと道連れになり、彼らを取り締まりに来た山賊紛いの『髭面の男』と『落ち着き払った男』の2チームを返り討ちにして捕らえてしまった。
そして、彼らを連れて訪れた村で暴動騒ぎに巻き込まれ。行き掛かり上、村長と村人たちの仲介をした結果、いつの間にか村人たちの代表を連れて侯爵家に上訴に向かうことになり。訪れたこの宿場町にて、『髭面の男』改め『虎刈りの男』となった男が官憲の駐在所に病と偽って駆けこんでしまったというわけだ。
「まさかあの『虎刈り』のおっちゃんがここまで機転の利くタイプだったなんて……!」
マリーの言葉に苦笑しつつ……問題は、これからどうするか、ですね、とクリスは同行する村人たちやハンターたちに告げた。
あんな小悪党じみた男でも、逃散民の『摘発』を正式に侯爵家から『委託』された取締官である。逃散民ではないのに『摘発』されかけ、反撃したクリスらに非はないが、逃散民取締官の『正当な業務』を妨害し、その身柄を拘束した事は、この侯爵領においては間違いなく罪となる。しかも、『侯爵家への上訴』を目論む村人たちまで一緒なのだから、これはもう大罪人と言われても申し開きのしようもない。
だが、幸いなことに。事前に『虎刈りの男は治療が必要な狂人』と伝えていたお陰で、官憲の人たちは今のところ、彼の言う事にいちいちまともに取り合ってはいない。だが、それも、彼が『狂人』などでないと分かれば、その態度を変えざるを得ないだろう。官憲は法に仕える者である。たとえ逃散民取締官が山賊紛いの存在であったとしても、それが合法的な存在であれば、それを『害した』自分たちを捕らえないわけにはいかない。
「それは困る。まだ我々は侯爵への上訴を果たしていない。それでは死んでも死に切れない」
村人たちのリーダーが、睨みつけるような形相で告げた。──彼らはこんな所で捕まるわけにはいかなかった。何としても、自分たちの……旧スフィルト子爵領の民たちの窮状を、侯爵に直訴せねばならぬ。例えそれで死罪になるとも……例え、どのような手段を用いようとも。
「あの男を放置して、今の内にここから逃げ出すと言うのは?」
「……一つの手段ではあります。が、私たちが何も言わずにここからいなくなったとあれば、ここの官憲の人たちも『虎刈り』さんの主張を認めてすぐに追手を掛けるでしょう」
「では、この駐在所を制圧してあの男にこれ以上しゃべるのを止めさせるというのは……」
「そんな事をしたら、それこそ問答無用で犯罪者です。すぐに官憲たちと野次馬たちとで十重二重……侯爵家に行くどころかここから出られもしませんよ?」
それでも構わない。ここに立て籠もることで、我々の主張が侯爵の耳に届くと言うのであれば──
半ば以上、本気と言った表情で告げる村人たちを、彼らの村長が「止めないか!」と窘めた。
苛立ちと共に村長を睨み返す村人たち── 子爵領時代、村長は村でも指折りの人格者として知られていたが、侯爵領に編入される際し、少しでもマシな状況を受け入れる為に自ら侯爵家の統治を受け入れた。村長には村長なりの『正義』があったわけではあるが、それが故に村人たちからは恨まれている。
「何かいい手はないのか。何か……!」
焦燥に苛立ちを露わにしつつ、爪を噛む村人たち。その言葉に顔を俯かせるルーサーを、マリーが気遣わし気に見やった。──ルーサー少年が侯爵家の身内であることは、村人たちには伏せられている。
こうなれば、いっそ…… と彼らがやけっぱちな覚悟を決めかけた時。この場に残ったもう一人の逃散民取締官──『落ち着き払った男』リーアが「止めておけ」と呟いた。
「こんな所で立て籠もり騒動を起こしたところで、旧子爵領の窮状は侯爵の耳には届かんよ。お前たちをその様な窮状に追い込んだ当人こそ、侯爵自身に他ならないのだからな」
なんだと!? と息巻く村人たちに涼し気な顔のままで、リーア。いつの間にか彼は一人だった。捕らえていた彼の部下8人の姿は見えなくなっていた。
「……悪いが、部下たちだけは逃がしておいた。この様な所で死ぬわけにはいかんのでな」
奴らを捕らえろ。報いを受けさせろ── そう主張し続ける『虎刈りの男』に、辟易したような表情で官憲たちは顔を見合わせた。
「そうは言っても……我らはこの街の官憲に過ぎぬ。お主の言う事が本当であったとしても、縄張りが──管轄が違う」
困ったように中年の官憲が告げると、ならばその担当者を呼べ、と虎刈りは言った。
「……逃散民取締官の管轄って、確かシモン様だったよな?」
「ソード様でしたら、確か、『演習』の為に隣町に滞在なさっていたはずですが……」
とりあえず何でもいい、と中年の官憲は言った。
「ソード様をここへお呼びしろ。判断はあの若造にしてもらう」
リプレイ本文
どうして神は彼らにここまで過酷な試練をお与えになるのだろうか──
駐在所に運び込まれていく『虎刈りの男』を見やりながら。聖導士、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)は祈りを捧げつつ、気づかわしげな視線を傍らの村人たちへと向けた。
「もう駄目だ。俺たちは大逆の徒として処刑される……!」
「逃げるか……? いや、いっそ、あの駐在所を制圧して、立て籠もって俺たちの主張を……」
蒼白な顔面に脂汗を垂らしながら、小声で泡を飛ばし合う村人たち。
そこへ、虎刈りの男を運び終えた中年の官憲が、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいて来た。ピタリと口を閉じ、せわしなく目を交わし合い。どうする……? 武器を奪うか……? と彼らが暴発しかけたまさに直前── 『落ち着き払った男』ことリーアが「やめておけ」と息を吐いた。
「こんな所で騒動を起こしたところで、旧子爵領の窮状は侯爵の耳には届かんよ」
機先を制せられた村人たちがその身体を硬直させる。その間にアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は冷静な声音で彼らの耳に諭す言葉を滑り込ませた。
「軽挙妄動はくれぐれも謹んでください。立て籠もりなどした日には、自分たちで捕まる口実を与えるようなもの」
「しかし……!」
「○○の書、第○章──」
「……っ!」
アデリシアが語ったのは、エクラ教の聖典の一節だった。迫害を受けながらも信仰を捨てなかった聖者の章── アデリシアが信仰するのは多神教の戦神だが、あまりにも有名なその一節は知識というより常識として承知していた。
「耐えることもまた戦いです。使命があるというのなら、ここで死ぬのはあまりにも下策というものでしょう」
「こんな事はこの先もまだまだ続くと思う。でも、一度でも諦めてしまったら、そこで終わってしまいますよ?」
アデリシアに続き、真摯な表情で訴えかけるルーエル。二人の説得に、村人たちは歯噛みしつつもどうにか焦りを抑え込む……
(流石は聖導士。お二人とも、お見事です)
チマっ娘聖導士(回復が得意です。説法は苦手です)、サクラ・エルフリード(ka2598)が感心した面持ちで二人を見上げ。同じ聖職者である(はず)の友人はどうしているかとそちらを見やり……
「……あの(ピー!)野郎、舐めた真似しやがって……!」
そのシレークス(ka0752)は、奥歯をギリギリと噛み鳴らしながら、自分の策を逆手に取った『虎刈りの男』を尋常じゃない怒りの形相で睨み続けていた。そして、「どう折檻してくれようか……」と、上向けた両手の指をフルアニメでワキワキと(バキバキと?)戦慄かせ続けている。
中年の官憲がやって来た。シレークスが内面の嵐など億尾にも出さず、実にスムーズに己の面貌を聖職者的営業スマイルへと切り替えた。
「……ご心配でしょう。今、医者を呼びました。部屋を用意しましたのでそちらでお待ちになられては」
チラとクリスに目配せして。コクリとその了承を得て、ありがとうございます、とシレークスが完璧な聖職者的所作で応じた。
ゾロゾロと重い足取りで続く一行──その最後尾で、ヴァイス(ka0364)はリーアに小声で語り掛けた。
「……一応、礼を言っとくぜ」
「何の話だ?」
「止めてくれただろう? 村人たちを」
とぼけるリーアに肩を竦め。前を行く村人たちの背に視線を戻すヴァイス。いよいよ彼らも限界だな、と彼は小さく息を零した。
「新領と旧領とであまりにも違う待遇の差を見せつけられたところに、あの虎刈りの騒ぎで足止めを受けたからな。無理もない」
「……また我慢してもらうことになりました。彼らのストレスを考えると、見てる側としても辛いです」
嘆くルーエルの傍らで。「しかし、よく耐えてくれました」とアデリシアが村人たちを称賛するような口調で告げた。
「言葉を尽くして分かっていただけなければ、物理的なお話で大人しくしていただくしかありませんでしたから」
「……物理的?」
「ええ。鞭で地面をビシバシと」
絶句するルーエルとヴァイス。当然といった表情のシレークス。
(せ、聖職者とは……)
わりかし真剣に、サクラは両腕組んで考え込んだ。
●
「これはまた厄介……というか、奇妙な状況になりましたね」
駆けつけた医師の診察を受ける虎刈りの男を案内された応接室からチラと見やって── 『騎士』ユナイテル・キングスコート(ka3458)は呟くと、優美な所作でティーカップを口へと運んだ。
これから何がどう動くのか──状況はまったくの不透明。先が見えないまま立ち往生というのが自分たちが置かれた現状だ。誰が敵で誰が味方か、何もかも漠然としていて掴めないこの状況──まるで薄靄の山中に放り込まれた迷い人。この先に道は続いているのか。それは『正しい』道なのか…… その先にいるのは鬼か蛇か。或いは崖下の奈落の底か……
「面倒なことです。もっとも、この道中で面倒じゃなかったことなんて一回もありはしませんでしたが」
「こちらはただ、普通に旅がしたいだけなのですけどね…… 巡礼の旅のはずが、まさにどうしてこうなった、というところです」
苦笑するアデリシアとサクラに同様に苦笑で応えながら。ルーエルが真剣な面持ちで皆に向き直る。
「起こってしまった事は仕方がないです。次の手段を考えないと」
ルーエルの言葉に首肯するユナイテル。余裕がない村人たちが声に焦りを滲ませる。
「何かいい手はないのか。何か……!」
ふり絞るように問う村人たち。何かを考え込むようにジッと俯いていたルーサーが意を決したように顔を上げ……
「あの……っ!」
呼び掛けかけた瞬間、その頭にポンと大きな手の平が乗せられた。タイミングを外されて、その手の主、ヴァイスをきょとんと上目遣いで見上げるルーサー。ヴァイスはその手をグリグリと動かして少年の髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「……今はだめだ。今はまだ……」
そうしてヴァイスの目配せに、頷くアデリシアとシレークス。立ち上がったアデリシアは今後の方針について話し合おうと村人たちを中央に集め。その間にシレークスもサクラと共に部屋の隅へと移動して、「切り札を切らねばなりませんか……」と心ならずも頷き合って、クリスとマリー、ルーサーを自分の所へ呼び寄せる。
「何でしょうか……?」
「……あの(ピーーーッ!!!!)野郎のせいで、こちらも切り札を切らざるを得なくなりやがりました。その許可を二人に取っておこうかと」
許可? と小首を傾げるマリーの傍らで、キュッと唇をかみしめるクリス。
シレークスは無言でルーサーの方を見やった。彼の元にはルーエルとサクラの二人がついて……真剣な表情で、切り出していた。
「どうやらキミの家名を使うことになりそうなんだ……」
ルーエルの言葉にルーサーはハッとした。それは即ち、自分の出自を──自分が村人たちに苦難を強いているダフィールド家の人間であるということを彼らの前で明かすという事を意味していた。
「うん。ここで家名を明かすことで、今後、あの時の誘拐騒ぎの様にキミが狙われる可能性もある。村の人たちだって快く思わない人が多いだろう。でも、全員で侯爵家に行きつく為にはキミの協力が必要だ」
「本来であれば、最後まで隠しておきたかったところでしたが、あの虎刈り…… ……ルーサー? 大丈夫ですか?」
サクラが心配そうにルーサーの顔を覗き込んだ。少年は両手で己の肩を抱き……震えていた。
今はだめだ。今はまだ── そう声を掛けたヴァイスがなぜそう言って自分を止めたのか、ルーサーはようやく分かった。
アレは──自分の家名を明かすという事は、やけっぱちやその場の勢いでやってはいけないことだったのだ。その後の展望も覚悟もなくやってしまった決断は、いつか大きな壁にぶつかった時に後悔しか生まない。それでは壁を乗り越えられない。
「ルーサー」
サクラは両手で少年の肩を抱いた。そして、震えを抑えるようにギュッと抱き締めた。
「決断は、ルーサー。キミ自身にしてほしい。ただ一つだけ約束できる。僕は……僕らは必ず、君を守るよ。絶対に」
ルーエルの言葉に頷きながら、ルーサーは考えた。彼には迷いがあった。実の父がしていることの正邪を。だが、正邪を問うても意味を成さぬととあるハンターに教わった。ならば、自分は自分の見たもの、感じたものを父に問おう。その為に家名を明かす必要があるというのなら……
「わかりました」
ルーサーは力強く頷いた。
「やってください」
震えは収まりはしなかったけど。
「大丈夫です。今回、家名を明かすのはあの官憲たちに対してだけです」
励ます様にサクラが言ってくれて、ようやく微笑を浮かべられた。
「バカをしたな」
心中に生じた不安を見透かすように。だが、フッと息を吐いて、ヴァイスが優しい笑みを浮かべる。
「だが、男らしかったぜ。覚悟を決めて、事態を収めようとした──辛くとも、村人たちの困窮と怒りをしっかりとその目と心に焼き付けて」
「で、具体的にはどうするのです?」
そんな彼らを見やりながら。クリスの問いに、シレークスが悪い笑みを浮かべて答えた。
「まあ、見ていやがるです。……あの野郎は、自分で自分の墓穴を拵えやがったのです」
●
「身体に異常がないならば、出来れば早めに『病院』に連れて行きたいのですが…… 何か悪いことをしたわけでもないですし、足止めを食らう理由はないと思うのですが」
官憲に交渉するサクラを見やって、虎刈りの男はほくそ笑んでいた。
(もうそれは通じないぜ。お前たちの悪事は全て暴露した)
男は、サクラたちが焦っているように見えた。なんせ彼の言う事は嘘ではないのだから、信憑性は抜群だ。
しかし、こちらを見やるシレークスの表情は……嗤っていた。
(なんだ……?)
不安になる虎刈りの男。シレークスは表情を営業スマイルに切り替えると、そのまま官憲を連れて部屋の奥へと消えていく……
「認めましょう。あの男は狂人などではありません」
「ええっ!?」
シレークスの告白に、官憲の二人は驚愕した。正直なところを言えば、彼らは虎刈り男の言う事を話半分で聞いていた。証拠があるわけでもないからだ。
だが、シレークスはあっさりと虚偽を認めた。となれば、あの男が言っていたことは全て真実だったということになるが──
「お待ちください。あの男が言ったことは事実ですが、事実の全てではないのです」
「……と、言うと?」
「私たちが連れているこの少年…… ダフィールド侯爵家の四男、ルーサー様にあらせられます」
「えええっ!?」
「で、あの男はこのルーサー様に剣を向けた大罪人なのです」
「えええええっ!!!???」
シレークスは神妙な面持ちで、必要な事実を淡々と順序立てて説明した。その信憑性は抜群だ。なんせ嘘ではないのだから。
「……と、いうわけです。わたくしの言葉が嘘か真か。判断はお任せします」
判断できるかっ! と内心でツッコミを入れて、中年の官憲が慌てて若い官憲に指示を飛ばす。
「とっ、とにかくどっちでもいい。シモン様かソード様をとにかくここへ連れて来い!」
「さて、これでどう転がりますか……」
シレークスたちの様子を応接室から見やりながら。アデリシアはさて、とテーブルを挟んで『落ち着き払った男』リーアと向き合った。
「そろそろ本格的に、貴方のことを教えていただいても良いと思うんですがね?」
カップとソーサーを置き、ユナイテルも立ち上がる。その左手はさりげなく剣の柄の上に置かれていた。
「単刀直入に聞きます。貴方は何者ですか? もはやただの逃散民取締官だと言われても信じられません」
確かに、と内心、頷いたのはヴァイスだった。先の暴動騒ぎの際の鍵抜けに、今回の部下たちの逃走──その手際は、賊であれ、取締官であれ、普通ならあり得ない。特殊な訓練を受けた、ある種の諜報員系の……
ただ、前に観察した時から何となく…… 約束は守る人物であるようにルーエルには思われた。逃げ出さずに残ったのも、僕らの行動を邪魔する気はないってことだと思うけど……
「想像力を逞しくして推測しても良いのですが、時間が勿体ないですからね。素性は? 目的は? 貴方だけここに残った理由は? あの虎刈りの男とはどういう関係ですか?」
「真相はどうあれ、これからも同道すると言うつもりなら腹を割ってもらう。それが筋というものでしょう? 話さないというなら構いませんが……その場合はここに簀巻きにして置いていきます」
答えを迫るアデリシアとユナイテル。だが、この期に及んでもリーアの態度は変わらなかった。即ち、落ち着き払った表情で紅茶を飲んでいた。
「簀巻きか。簀巻きは困るな」
「なら……っ!」
ユナイテルが右手の柄に手を掛け、『鯉口を切って』見せた。
「……貴方は昨夜、目的の半分は達したと言いました。それは何のことですか? そして、一番大切な事──貴方は、私たちの敵ですか? 味方ですか? その返答によっては、貴方を斬らねばなりません」
ユナイテルは半ば本気だった。大事な人々を守る為なら、騎士として躊躇いはなかった。だが……
「騎士が、武器を持たぬ者を斬る、と? らしくもない」
その『半ば』を見切られて、ユナイテルは言葉を詰まらせた。
「……必要があるならば」
と凄むも、右手はそれ以上、動かない。
「私もできることなら、お互い紳士的にいきたい、と思っています。が、応えないのであればあの男のように置いていくしかありません。そのようなことしたくはありませんが…… 実際に、貴方の部下は逃げてますしね」
脅し役のユナイテルに対して、宥め役のアデリシア。ともあれ、それ以上の譲歩はない。答えないならリーアとはこれまでだ。
リーアは天井を見上げると、大きく溜息を吐いた。そして、答えられる範囲で答えた。
「……目的はこの侯爵領を見て回る事。昨晩の言葉はそのままの意味。残った理由は目的に同じ。『虎刈り』とは何の関係もない。あの場で出会ったのも偶然だ。お陰でやり様は学ばせてもらったが」
……素性は? と彼らが問うた。言えない、とリーアが答えた。
「君らも知らない方がいい。ただ一つ言える事は…… 俺らは君らの敵ではない」
●
やがて、日も傾き初め── 駐在所の外が騒がしくなった。
大勢の、人馬の気配。官憲たちの言っていたシモン様だかソード様だかの一隊か?
「どうやら来たみたいだね。お互い、争いだけは避けたいところだけど……」
「……さて、まともな人であるといいのですけども」
整列するよう官憲に求められて、応じながら、ルーエルとサクラ。
最も派手な制服を着た若い男が馬から降りて── ルーサーの顔を見るなり、は? とその目を瞬かせた。
「お前…… ルーサーか? 何だってこんな所にいる?」
駐在所に運び込まれていく『虎刈りの男』を見やりながら。聖導士、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)は祈りを捧げつつ、気づかわしげな視線を傍らの村人たちへと向けた。
「もう駄目だ。俺たちは大逆の徒として処刑される……!」
「逃げるか……? いや、いっそ、あの駐在所を制圧して、立て籠もって俺たちの主張を……」
蒼白な顔面に脂汗を垂らしながら、小声で泡を飛ばし合う村人たち。
そこへ、虎刈りの男を運び終えた中年の官憲が、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいて来た。ピタリと口を閉じ、せわしなく目を交わし合い。どうする……? 武器を奪うか……? と彼らが暴発しかけたまさに直前── 『落ち着き払った男』ことリーアが「やめておけ」と息を吐いた。
「こんな所で騒動を起こしたところで、旧子爵領の窮状は侯爵の耳には届かんよ」
機先を制せられた村人たちがその身体を硬直させる。その間にアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は冷静な声音で彼らの耳に諭す言葉を滑り込ませた。
「軽挙妄動はくれぐれも謹んでください。立て籠もりなどした日には、自分たちで捕まる口実を与えるようなもの」
「しかし……!」
「○○の書、第○章──」
「……っ!」
アデリシアが語ったのは、エクラ教の聖典の一節だった。迫害を受けながらも信仰を捨てなかった聖者の章── アデリシアが信仰するのは多神教の戦神だが、あまりにも有名なその一節は知識というより常識として承知していた。
「耐えることもまた戦いです。使命があるというのなら、ここで死ぬのはあまりにも下策というものでしょう」
「こんな事はこの先もまだまだ続くと思う。でも、一度でも諦めてしまったら、そこで終わってしまいますよ?」
アデリシアに続き、真摯な表情で訴えかけるルーエル。二人の説得に、村人たちは歯噛みしつつもどうにか焦りを抑え込む……
(流石は聖導士。お二人とも、お見事です)
チマっ娘聖導士(回復が得意です。説法は苦手です)、サクラ・エルフリード(ka2598)が感心した面持ちで二人を見上げ。同じ聖職者である(はず)の友人はどうしているかとそちらを見やり……
「……あの(ピー!)野郎、舐めた真似しやがって……!」
そのシレークス(ka0752)は、奥歯をギリギリと噛み鳴らしながら、自分の策を逆手に取った『虎刈りの男』を尋常じゃない怒りの形相で睨み続けていた。そして、「どう折檻してくれようか……」と、上向けた両手の指をフルアニメでワキワキと(バキバキと?)戦慄かせ続けている。
中年の官憲がやって来た。シレークスが内面の嵐など億尾にも出さず、実にスムーズに己の面貌を聖職者的営業スマイルへと切り替えた。
「……ご心配でしょう。今、医者を呼びました。部屋を用意しましたのでそちらでお待ちになられては」
チラとクリスに目配せして。コクリとその了承を得て、ありがとうございます、とシレークスが完璧な聖職者的所作で応じた。
ゾロゾロと重い足取りで続く一行──その最後尾で、ヴァイス(ka0364)はリーアに小声で語り掛けた。
「……一応、礼を言っとくぜ」
「何の話だ?」
「止めてくれただろう? 村人たちを」
とぼけるリーアに肩を竦め。前を行く村人たちの背に視線を戻すヴァイス。いよいよ彼らも限界だな、と彼は小さく息を零した。
「新領と旧領とであまりにも違う待遇の差を見せつけられたところに、あの虎刈りの騒ぎで足止めを受けたからな。無理もない」
「……また我慢してもらうことになりました。彼らのストレスを考えると、見てる側としても辛いです」
嘆くルーエルの傍らで。「しかし、よく耐えてくれました」とアデリシアが村人たちを称賛するような口調で告げた。
「言葉を尽くして分かっていただけなければ、物理的なお話で大人しくしていただくしかありませんでしたから」
「……物理的?」
「ええ。鞭で地面をビシバシと」
絶句するルーエルとヴァイス。当然といった表情のシレークス。
(せ、聖職者とは……)
わりかし真剣に、サクラは両腕組んで考え込んだ。
●
「これはまた厄介……というか、奇妙な状況になりましたね」
駆けつけた医師の診察を受ける虎刈りの男を案内された応接室からチラと見やって── 『騎士』ユナイテル・キングスコート(ka3458)は呟くと、優美な所作でティーカップを口へと運んだ。
これから何がどう動くのか──状況はまったくの不透明。先が見えないまま立ち往生というのが自分たちが置かれた現状だ。誰が敵で誰が味方か、何もかも漠然としていて掴めないこの状況──まるで薄靄の山中に放り込まれた迷い人。この先に道は続いているのか。それは『正しい』道なのか…… その先にいるのは鬼か蛇か。或いは崖下の奈落の底か……
「面倒なことです。もっとも、この道中で面倒じゃなかったことなんて一回もありはしませんでしたが」
「こちらはただ、普通に旅がしたいだけなのですけどね…… 巡礼の旅のはずが、まさにどうしてこうなった、というところです」
苦笑するアデリシアとサクラに同様に苦笑で応えながら。ルーエルが真剣な面持ちで皆に向き直る。
「起こってしまった事は仕方がないです。次の手段を考えないと」
ルーエルの言葉に首肯するユナイテル。余裕がない村人たちが声に焦りを滲ませる。
「何かいい手はないのか。何か……!」
ふり絞るように問う村人たち。何かを考え込むようにジッと俯いていたルーサーが意を決したように顔を上げ……
「あの……っ!」
呼び掛けかけた瞬間、その頭にポンと大きな手の平が乗せられた。タイミングを外されて、その手の主、ヴァイスをきょとんと上目遣いで見上げるルーサー。ヴァイスはその手をグリグリと動かして少年の髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「……今はだめだ。今はまだ……」
そうしてヴァイスの目配せに、頷くアデリシアとシレークス。立ち上がったアデリシアは今後の方針について話し合おうと村人たちを中央に集め。その間にシレークスもサクラと共に部屋の隅へと移動して、「切り札を切らねばなりませんか……」と心ならずも頷き合って、クリスとマリー、ルーサーを自分の所へ呼び寄せる。
「何でしょうか……?」
「……あの(ピーーーッ!!!!)野郎のせいで、こちらも切り札を切らざるを得なくなりやがりました。その許可を二人に取っておこうかと」
許可? と小首を傾げるマリーの傍らで、キュッと唇をかみしめるクリス。
シレークスは無言でルーサーの方を見やった。彼の元にはルーエルとサクラの二人がついて……真剣な表情で、切り出していた。
「どうやらキミの家名を使うことになりそうなんだ……」
ルーエルの言葉にルーサーはハッとした。それは即ち、自分の出自を──自分が村人たちに苦難を強いているダフィールド家の人間であるということを彼らの前で明かすという事を意味していた。
「うん。ここで家名を明かすことで、今後、あの時の誘拐騒ぎの様にキミが狙われる可能性もある。村の人たちだって快く思わない人が多いだろう。でも、全員で侯爵家に行きつく為にはキミの協力が必要だ」
「本来であれば、最後まで隠しておきたかったところでしたが、あの虎刈り…… ……ルーサー? 大丈夫ですか?」
サクラが心配そうにルーサーの顔を覗き込んだ。少年は両手で己の肩を抱き……震えていた。
今はだめだ。今はまだ── そう声を掛けたヴァイスがなぜそう言って自分を止めたのか、ルーサーはようやく分かった。
アレは──自分の家名を明かすという事は、やけっぱちやその場の勢いでやってはいけないことだったのだ。その後の展望も覚悟もなくやってしまった決断は、いつか大きな壁にぶつかった時に後悔しか生まない。それでは壁を乗り越えられない。
「ルーサー」
サクラは両手で少年の肩を抱いた。そして、震えを抑えるようにギュッと抱き締めた。
「決断は、ルーサー。キミ自身にしてほしい。ただ一つだけ約束できる。僕は……僕らは必ず、君を守るよ。絶対に」
ルーエルの言葉に頷きながら、ルーサーは考えた。彼には迷いがあった。実の父がしていることの正邪を。だが、正邪を問うても意味を成さぬととあるハンターに教わった。ならば、自分は自分の見たもの、感じたものを父に問おう。その為に家名を明かす必要があるというのなら……
「わかりました」
ルーサーは力強く頷いた。
「やってください」
震えは収まりはしなかったけど。
「大丈夫です。今回、家名を明かすのはあの官憲たちに対してだけです」
励ます様にサクラが言ってくれて、ようやく微笑を浮かべられた。
「バカをしたな」
心中に生じた不安を見透かすように。だが、フッと息を吐いて、ヴァイスが優しい笑みを浮かべる。
「だが、男らしかったぜ。覚悟を決めて、事態を収めようとした──辛くとも、村人たちの困窮と怒りをしっかりとその目と心に焼き付けて」
「で、具体的にはどうするのです?」
そんな彼らを見やりながら。クリスの問いに、シレークスが悪い笑みを浮かべて答えた。
「まあ、見ていやがるです。……あの野郎は、自分で自分の墓穴を拵えやがったのです」
●
「身体に異常がないならば、出来れば早めに『病院』に連れて行きたいのですが…… 何か悪いことをしたわけでもないですし、足止めを食らう理由はないと思うのですが」
官憲に交渉するサクラを見やって、虎刈りの男はほくそ笑んでいた。
(もうそれは通じないぜ。お前たちの悪事は全て暴露した)
男は、サクラたちが焦っているように見えた。なんせ彼の言う事は嘘ではないのだから、信憑性は抜群だ。
しかし、こちらを見やるシレークスの表情は……嗤っていた。
(なんだ……?)
不安になる虎刈りの男。シレークスは表情を営業スマイルに切り替えると、そのまま官憲を連れて部屋の奥へと消えていく……
「認めましょう。あの男は狂人などではありません」
「ええっ!?」
シレークスの告白に、官憲の二人は驚愕した。正直なところを言えば、彼らは虎刈り男の言う事を話半分で聞いていた。証拠があるわけでもないからだ。
だが、シレークスはあっさりと虚偽を認めた。となれば、あの男が言っていたことは全て真実だったということになるが──
「お待ちください。あの男が言ったことは事実ですが、事実の全てではないのです」
「……と、言うと?」
「私たちが連れているこの少年…… ダフィールド侯爵家の四男、ルーサー様にあらせられます」
「えええっ!?」
「で、あの男はこのルーサー様に剣を向けた大罪人なのです」
「えええええっ!!!???」
シレークスは神妙な面持ちで、必要な事実を淡々と順序立てて説明した。その信憑性は抜群だ。なんせ嘘ではないのだから。
「……と、いうわけです。わたくしの言葉が嘘か真か。判断はお任せします」
判断できるかっ! と内心でツッコミを入れて、中年の官憲が慌てて若い官憲に指示を飛ばす。
「とっ、とにかくどっちでもいい。シモン様かソード様をとにかくここへ連れて来い!」
「さて、これでどう転がりますか……」
シレークスたちの様子を応接室から見やりながら。アデリシアはさて、とテーブルを挟んで『落ち着き払った男』リーアと向き合った。
「そろそろ本格的に、貴方のことを教えていただいても良いと思うんですがね?」
カップとソーサーを置き、ユナイテルも立ち上がる。その左手はさりげなく剣の柄の上に置かれていた。
「単刀直入に聞きます。貴方は何者ですか? もはやただの逃散民取締官だと言われても信じられません」
確かに、と内心、頷いたのはヴァイスだった。先の暴動騒ぎの際の鍵抜けに、今回の部下たちの逃走──その手際は、賊であれ、取締官であれ、普通ならあり得ない。特殊な訓練を受けた、ある種の諜報員系の……
ただ、前に観察した時から何となく…… 約束は守る人物であるようにルーエルには思われた。逃げ出さずに残ったのも、僕らの行動を邪魔する気はないってことだと思うけど……
「想像力を逞しくして推測しても良いのですが、時間が勿体ないですからね。素性は? 目的は? 貴方だけここに残った理由は? あの虎刈りの男とはどういう関係ですか?」
「真相はどうあれ、これからも同道すると言うつもりなら腹を割ってもらう。それが筋というものでしょう? 話さないというなら構いませんが……その場合はここに簀巻きにして置いていきます」
答えを迫るアデリシアとユナイテル。だが、この期に及んでもリーアの態度は変わらなかった。即ち、落ち着き払った表情で紅茶を飲んでいた。
「簀巻きか。簀巻きは困るな」
「なら……っ!」
ユナイテルが右手の柄に手を掛け、『鯉口を切って』見せた。
「……貴方は昨夜、目的の半分は達したと言いました。それは何のことですか? そして、一番大切な事──貴方は、私たちの敵ですか? 味方ですか? その返答によっては、貴方を斬らねばなりません」
ユナイテルは半ば本気だった。大事な人々を守る為なら、騎士として躊躇いはなかった。だが……
「騎士が、武器を持たぬ者を斬る、と? らしくもない」
その『半ば』を見切られて、ユナイテルは言葉を詰まらせた。
「……必要があるならば」
と凄むも、右手はそれ以上、動かない。
「私もできることなら、お互い紳士的にいきたい、と思っています。が、応えないのであればあの男のように置いていくしかありません。そのようなことしたくはありませんが…… 実際に、貴方の部下は逃げてますしね」
脅し役のユナイテルに対して、宥め役のアデリシア。ともあれ、それ以上の譲歩はない。答えないならリーアとはこれまでだ。
リーアは天井を見上げると、大きく溜息を吐いた。そして、答えられる範囲で答えた。
「……目的はこの侯爵領を見て回る事。昨晩の言葉はそのままの意味。残った理由は目的に同じ。『虎刈り』とは何の関係もない。あの場で出会ったのも偶然だ。お陰でやり様は学ばせてもらったが」
……素性は? と彼らが問うた。言えない、とリーアが答えた。
「君らも知らない方がいい。ただ一つ言える事は…… 俺らは君らの敵ではない」
●
やがて、日も傾き初め── 駐在所の外が騒がしくなった。
大勢の、人馬の気配。官憲たちの言っていたシモン様だかソード様だかの一隊か?
「どうやら来たみたいだね。お互い、争いだけは避けたいところだけど……」
「……さて、まともな人であるといいのですけども」
整列するよう官憲に求められて、応じながら、ルーエルとサクラ。
最も派手な制服を着た若い男が馬から降りて── ルーサーの顔を見るなり、は? とその目を瞬かせた。
「お前…… ルーサーか? 何だってこんな所にいる?」
依頼結果
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相談卓 シレークス(ka0752) ドワーフ|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/03/17 22:53:00 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/14 20:55:27 |