ゲスト
(ka0000)
【王臨】聖導士学校――西から吹く羊嵐
マスター:馬車猪
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/03/28 19:00
- 完成日
- 2017/04/02 22:12
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
巨大な羊が連続で揺れた。
覚醒者が放った矢が皮と肉を貫き反対側から矢尻が突き出る。
着弾のたび、一拍遅れて大量の血が噴き出し白い毛を汚した。
「閣下、スキル残数0です……はい、攻撃を続行します」
魔導短伝話片手に覚醒者部隊の指揮官が新たな命令を下す。
常人なら動けない厚さの全身鎧3名を前へ、そろそろ息が上がってきた弓使いの側に行かせて護衛にする。
先程と比べると力も精度も弱くなった矢が、しかし数だけは変わらず羊型歪虚に命中する。
ただし弾着時の角度が浅い。皮で弾かれた矢も半数近くあった。
「北東に羊型歪虚2……3を発見しました。直ちに軽装兵に足止めを命じ」
『駄目だ』
領主の声が冷たく響く。
『我が領の人命と水源に危険が及ばないなら放置しろ。以上だ』
傲慢な内面が滲み出た、反論を許さない命令だった。
熟練覚醒者は了解の返答を行う。
通信を止め、軽く息を吐いてから前に出る。
大型のロングソードで切って、切って、太い骨ごと首を刈り取り今度は大きな溜息をつく。
「……悪い方ではないんだがな」
東隣の貧乏領や1度崩壊した領とは違って、ここは税は重いが手厚く守られている。
少なくとも明日の飯と命の心配はしなくて済むのだ。文句を言うのは贅沢すぎる。そう、自分に言い聞かせていた。
「隊長、アレ、放っておいていいんすか?」
古くさい鎧の若い覚醒者が歪虚を指さす。
文字通り鼻息粗く、羊の歪虚が東を目指している。
隊長はその指を下げさせ小声にするよう身振りで示した。
「奴等は血が頭に上っている。刺激しなければ東隣に抜けるはずだ」
「で、でも、被害が出ちゃうんじゃ」
部下は未だ視野も狭く、しかし眩しいほどの正義感を持っていた。
隊長は意識して厳しい表情をつくることで、同意したい気持を表に出さないようにする。
「我々の任務は領内の安全確保だ。任務外で傷を負ったら治療も受けられないぞ」
せめて自分の出身地は守ろうと心に誓い、小休止の後領内巡回を再開するよう指示を出す。
(そういえば、あの司祭もこいつと同年齢か。久々に手紙でも出しておくか。教会にこのとが伝わる……かもしれん)
彼等は歪虚に背を向け、自分の仕事に戻っていった。
●助けを求めて
「司祭様、お手紙です」
「ありがとうございます」
助祭から安い紙の封書を受け取る。イコニアは差出人の名を見て懐かしそうに目を細めた。
北へ遠征した際にヒールをかけたり剣で守られたりした仲で、今も不定期に連絡をとりあっている相手だ。
時間と机の上を確認する。
10分程度であれば時間がとれそうだ。
彼女はペーパーナイフを使って中身を取り出し、ざっと目を通した瞬間顔色を変えた。
昨日上役から送られてきた報告書を棚から出し、白紙の紙に歪虚の目撃情報を書き込んでいく。
この時点では特に変わった要素は見つけられない。
ただ、その中で羊に似た要素の歪虚をピックアップしていくと、西から東へ移動中であることがはっきりと分かった。
ノックの音。
伝話越しでなくイコニア達がいる事務室のドアを叩く音だ。
「司祭様! 西に出かけていた猫ちゃ……猫が逃げ帰ってきました。歪虚が現れたのかもしれません!」
「はい、承知しました」
これはまずい。
内心冷や汗を流しながら、イコニアはすぐにハンターズソサエティに依頼を出すよう手配を始めるのだった。
●助けを求められて
ぴこん。
パルムによる効果音が聞こえた直後、ハンターオフィスに新しい3Dディスプレイが現れる。
求む。クルセイダー養成校の臨時教師。と表示された後に次々に新たな情報が追加されていく。
西から歪虚の群れが侵入中。
羊型。
2足歩行で外見だけはコミカル、だった。
目が血走ってて怖い。
ノリが後のない暴れ牛。
迷子っぽい。
ハルトフォート砦の西でも目撃情報あり?
自然に近いパルム、いわゆる野良パルムが集めてきた情報も無加工のまま記載されているようだ。
つまりどういうことだとオフィス職員に質問が集中するが、職員達も救援要請が来たことしか分かっていない。
歪虚が長駆して王国軍の背後を突こうとして、迷った末に東の方まで行ってしまった、などという馬鹿馬鹿しい真実にはまだ誰も気づけていない。
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、開拓、猫の相手など、それ以外の担当者も募集中です。
復興中の土地の中心にぽつんと立つ校舎が映し出され、依頼の内容が繰り返された。
●立ち往生
「すみませーん。そこから通行禁止でーす」
大型馬車が足止めされている。
荷台には厳重に梱包された医薬品と機材とついでに医者の卵達。
王都から散々揺られてきたのですっかり参っていた。
「いつまでかかるか分かりますか」
運転席から、13ほどにしか見えない聖堂戦士が顔を出してたずねる。
「残念ながら。おっと、荷台にあるのはお薬に……ひょっとしてお医者様ですか? 兵士の治療していただけるなら前払いでいけますけど」
「上司に聞いてみます」
「是非お願いします。最近歪虚の襲撃が多くて。っと失礼。巡回中の隊が戻って来たみたいで。こりゃ派手にやられたなー」
聖堂戦士は軽く肩をすくめて御者台から降りる。
(市価の7割かよ。俺の母校舐められてんのか? けど腹ぁ立つが歪虚相手に傷ついた奴に何もしないって訳にもな。面倒くせぇ)
魔導短伝話で連絡してから休憩するよう医者の卵に伝え、自分の分のヒールを使うため兵士の後を追った。
●羊の姿をした嵐
もう後がない。
追い詰められた歪虚がひたすら前に進む。
最も小さなものでも3メートル、大きなものでは6メートルもある巨体が行軍する。
ただし進路が無茶苦茶だ。
本人達は真っ直ぐ進んでいるで実際には蛇行している。
ときどき人里に近づいたものが撃破されているのに、そのことにも全く気づけていない。
巨体に相応しい頑丈さと腕力を持ち腐れにしたまま、彼等は地平線に校舎が見える場所まで辿り着いた。
追い詰められ、焦り支配された彼等の頭では、とっくの昔に作戦が失敗していることに気づけなかった。
覚醒者が放った矢が皮と肉を貫き反対側から矢尻が突き出る。
着弾のたび、一拍遅れて大量の血が噴き出し白い毛を汚した。
「閣下、スキル残数0です……はい、攻撃を続行します」
魔導短伝話片手に覚醒者部隊の指揮官が新たな命令を下す。
常人なら動けない厚さの全身鎧3名を前へ、そろそろ息が上がってきた弓使いの側に行かせて護衛にする。
先程と比べると力も精度も弱くなった矢が、しかし数だけは変わらず羊型歪虚に命中する。
ただし弾着時の角度が浅い。皮で弾かれた矢も半数近くあった。
「北東に羊型歪虚2……3を発見しました。直ちに軽装兵に足止めを命じ」
『駄目だ』
領主の声が冷たく響く。
『我が領の人命と水源に危険が及ばないなら放置しろ。以上だ』
傲慢な内面が滲み出た、反論を許さない命令だった。
熟練覚醒者は了解の返答を行う。
通信を止め、軽く息を吐いてから前に出る。
大型のロングソードで切って、切って、太い骨ごと首を刈り取り今度は大きな溜息をつく。
「……悪い方ではないんだがな」
東隣の貧乏領や1度崩壊した領とは違って、ここは税は重いが手厚く守られている。
少なくとも明日の飯と命の心配はしなくて済むのだ。文句を言うのは贅沢すぎる。そう、自分に言い聞かせていた。
「隊長、アレ、放っておいていいんすか?」
古くさい鎧の若い覚醒者が歪虚を指さす。
文字通り鼻息粗く、羊の歪虚が東を目指している。
隊長はその指を下げさせ小声にするよう身振りで示した。
「奴等は血が頭に上っている。刺激しなければ東隣に抜けるはずだ」
「で、でも、被害が出ちゃうんじゃ」
部下は未だ視野も狭く、しかし眩しいほどの正義感を持っていた。
隊長は意識して厳しい表情をつくることで、同意したい気持を表に出さないようにする。
「我々の任務は領内の安全確保だ。任務外で傷を負ったら治療も受けられないぞ」
せめて自分の出身地は守ろうと心に誓い、小休止の後領内巡回を再開するよう指示を出す。
(そういえば、あの司祭もこいつと同年齢か。久々に手紙でも出しておくか。教会にこのとが伝わる……かもしれん)
彼等は歪虚に背を向け、自分の仕事に戻っていった。
●助けを求めて
「司祭様、お手紙です」
「ありがとうございます」
助祭から安い紙の封書を受け取る。イコニアは差出人の名を見て懐かしそうに目を細めた。
北へ遠征した際にヒールをかけたり剣で守られたりした仲で、今も不定期に連絡をとりあっている相手だ。
時間と机の上を確認する。
10分程度であれば時間がとれそうだ。
彼女はペーパーナイフを使って中身を取り出し、ざっと目を通した瞬間顔色を変えた。
昨日上役から送られてきた報告書を棚から出し、白紙の紙に歪虚の目撃情報を書き込んでいく。
この時点では特に変わった要素は見つけられない。
ただ、その中で羊に似た要素の歪虚をピックアップしていくと、西から東へ移動中であることがはっきりと分かった。
ノックの音。
伝話越しでなくイコニア達がいる事務室のドアを叩く音だ。
「司祭様! 西に出かけていた猫ちゃ……猫が逃げ帰ってきました。歪虚が現れたのかもしれません!」
「はい、承知しました」
これはまずい。
内心冷や汗を流しながら、イコニアはすぐにハンターズソサエティに依頼を出すよう手配を始めるのだった。
●助けを求められて
ぴこん。
パルムによる効果音が聞こえた直後、ハンターオフィスに新しい3Dディスプレイが現れる。
求む。クルセイダー養成校の臨時教師。と表示された後に次々に新たな情報が追加されていく。
西から歪虚の群れが侵入中。
羊型。
2足歩行で外見だけはコミカル、だった。
目が血走ってて怖い。
ノリが後のない暴れ牛。
迷子っぽい。
ハルトフォート砦の西でも目撃情報あり?
自然に近いパルム、いわゆる野良パルムが集めてきた情報も無加工のまま記載されているようだ。
つまりどういうことだとオフィス職員に質問が集中するが、職員達も救援要請が来たことしか分かっていない。
歪虚が長駆して王国軍の背後を突こうとして、迷った末に東の方まで行ってしまった、などという馬鹿馬鹿しい真実にはまだ誰も気づけていない。
求む。クルセイダー養成校の臨時教師
付近の歪虚討伐、開拓、猫の相手など、それ以外の担当者も募集中です。
復興中の土地の中心にぽつんと立つ校舎が映し出され、依頼の内容が繰り返された。
●立ち往生
「すみませーん。そこから通行禁止でーす」
大型馬車が足止めされている。
荷台には厳重に梱包された医薬品と機材とついでに医者の卵達。
王都から散々揺られてきたのですっかり参っていた。
「いつまでかかるか分かりますか」
運転席から、13ほどにしか見えない聖堂戦士が顔を出してたずねる。
「残念ながら。おっと、荷台にあるのはお薬に……ひょっとしてお医者様ですか? 兵士の治療していただけるなら前払いでいけますけど」
「上司に聞いてみます」
「是非お願いします。最近歪虚の襲撃が多くて。っと失礼。巡回中の隊が戻って来たみたいで。こりゃ派手にやられたなー」
聖堂戦士は軽く肩をすくめて御者台から降りる。
(市価の7割かよ。俺の母校舐められてんのか? けど腹ぁ立つが歪虚相手に傷ついた奴に何もしないって訳にもな。面倒くせぇ)
魔導短伝話で連絡してから休憩するよう医者の卵に伝え、自分の分のヒールを使うため兵士の後を追った。
●羊の姿をした嵐
もう後がない。
追い詰められた歪虚がひたすら前に進む。
最も小さなものでも3メートル、大きなものでは6メートルもある巨体が行軍する。
ただし進路が無茶苦茶だ。
本人達は真っ直ぐ進んでいるで実際には蛇行している。
ときどき人里に近づいたものが撃破されているのに、そのことにも全く気づけていない。
巨体に相応しい頑丈さと腕力を持ち腐れにしたまま、彼等は地平線に校舎が見える場所まで辿り着いた。
追い詰められ、焦り支配された彼等の頭では、とっくの昔に作戦が失敗していることに気づけなかった。
リプレイ本文
●ぼくらの出撃準備
「慌てるな。訓練通りに動け!」
「僕の兜どこっ」
校舎が騒がしい。
アサルトライフルを抱えて走って来る下級生。
車載機銃用予備弾薬を運んで来る上級生。
自分にあったサイズの鎧を見つけられず右往左往する子供もいた。
「のんびりとしている猶予はなさそうですね」
久々に生徒の様子を見たかったのだが、この状況では戦場で面倒を見ることになりそうだ。
慌てる生徒達とは異なり、エステル(ka5826)はいつでも戦闘可能な装備と心構えを整えていた。
「よーし、集まったな」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が手を打ち合わせると、少しだけ乱れた2列横隊ができあがる。
「あー、聞いての通り王国を2度も滅茶苦茶にしやがった羊共がここに向かってンだが……一つ聞くぞ」
自然体なのに、教官よりも怖くて強い瞳が生徒達を見る。
「お前等はどうする?」
殺気ですらない気迫に押されてしまう。
なんとか耐えた数名が、腹に力を込めて一斉に叫ぶ。
「戦いまっ」
拳骨の音が3連で響いた。
ひぅっ、と涙を堪える男子が3名、必死に正解を探そうとする女子が数名。
ボルディアは平然とした顔で生徒一同を見回し、特に怯えた様子の、ただし目に気力がある生徒に声をかけた。
「言え」
「はぃっ、逃げます」
「どこにだ」
「不利なら友軍に向かいますっ。有利なら銃が届くぎりぎりの距離まで逃げて、すごく不利なら誰もいない場所まで引きつけてから逃げまひゅっ」
ボルディアが獰猛な笑みを浮かべる。
子供の柔らかな毛を掴むようにして頭を撫でた。
「合格だ。教官達や俺等が散々教えてきたのは、敵を倒す方法じゃなく生き延びる方法だ。頭で分かっているだけじゃ全然足りねぇ。危険で余裕のない状況で出来て一人前ってこと、忘れんなよ」
出来の良い10名ほどを2両の車両に詰め込んで、ハンター達は2手に分かれて出撃した。
●学校防衛戦
「えーと、戦馬は任せても走ってくれるけど、バイクは違うじゃん?」
「ばいくより維持費がかかってしまいます」
「えーと、そっかなー。でも、戦馬は状況を判断して避けながら敵に近づいてくれるじゃん?」
戦馬に乗った宵待 サクラ(ka5561)と魔導トラックに荷台に座った地方貴族四女が、専門家でないと分からない水準の話を続けていた。
「確かにそうですが予算を考えると」
言葉遣いも仕草もお嬢様にしか見えないのに、中身はもう聖導士のようだ。
「でも、近づいて斬るのを重視するなら、スピードのあるバイクじゃなくて……」
絶妙のタイミングでの咳払い。
荷台にいる生徒からの視線がロニ・カルディス(ka0551)に向かう。
「サクラ、生徒が歪虚に気づいていない」
「あれ?」
サクラが瞬きをする。
話している間も周囲の気配を油断無く探り、前方百数十メートルの丘の影に強めの気配を捉えていた。
しかし生徒達は全く気づけておらず、今慌てて安全装置を解除している有様だった。
先頭に立つボルディアが馬を駆けさせる。
丘の影から巨大な……全高は5メートル強、肩幅があるので感覚的には8メートル近くにも見える巨大羊が飛び出してくる。
羊歪虚が拳を大きく振りかぶる。当たれば魔導トラックが潰れる威力を込め振り下ろす。
深紅の巨大斧が膨れ上がる。
ボルディアは滑るように半歩横にずれて拳を躱す。
躱す動作から斧を旋回させる動きに繋げ、特大羊とその背後の大型羊ごと刃をめり込ませた。
「という訳で十一郎、走るのは任したよ。みんなも無理せずがんばってね」
長大な太刀を鞘から綺麗に抜く。
サクラの戦馬は等速で加速しながら戦場の端を進み、北側から人類を包囲するつもりの小羊達の前に立ちふさがった。
「やあっ」
狙い澄ませた刃が羊の右股を深く抉る。
体液が大地を汚す。血走った目がサクラを映す。
これが普通の歪虚なら弱い割にマテリアルだけはある生徒を狙ったかもしれないが、頭に血が上りきった羊はサクラに気をとられて無防備な脇を生徒に晒してしまう。
銃声が連続。
厚い皮にいくつもの穴が開き、内部に潜り込んだ鉛玉が肉にめり込み骨と内臓を傷つけた。
「前に出るな。そこは敵の間合いだ」
ロニは強く言ってトラックを停止させる。
覚醒者対歪虚の戦いでは、アサルトライフルの射程は30メートル強しかない。
歪虚が移動に専念したなら10秒で詰められる距離だ。
サクラが2倍速再生じみた速度で2連撃。
銃創まみれの羊に止めを刺して消滅させた。
「十分な戦果ではあるが」
未だ未熟な聖導士5人でサクラ1.5人分程度のダメージを与えている。しかも無傷でだ。
だが全く安心できない。
ボルディアが2体潰して残り7体。この場にいるハンターより多く、魔導トラックと生徒が白兵戦に巻き込まれる可能性がかなりあった。
「毎度毎度、何かしらトラブルばかりではあるな……。まぁ、それに対処できるように教えているのだが」
弾倉を入れ替える音と、荷台の上で足の位置を調節する音が重なって聞こえる。
これなら万一羊にとりつかれても、防ぐか躱すかしてしばらく耐えることができそうだ。
「ソナ、そちらは任す。背後は気にするな」
ロニが駿馬を駆けさせる。
サクラは2体目を切り捨てるが、二足歩行羊に数的優位を活かされ突破されてしまう。
「させぬ」
腹にどしりと響く声が羊の群れへ届く。
一挙手一投足が乱れて動きが雑になる。
トラックが下がりながらの銃撃が、9割近く当たって羊の巨体を削った。
「撤退の判断は運転手に任せる」
魔術具が光を帯び。害悪を許さぬ波となってロニの周囲で荒れ狂う。
巨大な体力と耐久力をもたらすはずの巨体がこの場合は不利に働いた。
光の波が歪虚の巨体を削りに削り、細身の羊が骨まで削られ残骸と化す。
ロニは大型の盾を軽々と構えて高速移動。
巨体の重さが乗った蹴りを受けて耐え、魔術具から伸ばした光刃で以て足ごと下半身を切り裂いた。
「負の気配が濃いか」
歪虚の注意がそれた瞬間周囲を確認する。
敵の増援はないが、正の気配が薄く負のマテリアルの気配ばかりが感じられた。
巨体を誇る歪虚の群れ。
それに立ち向かう、聖剣を携えたエルフの少女。
吟遊詩人なら工夫をこらして英雄譚か悲劇に仕立てるだろう題材だ。
直径40センチの、羊歪虚と比べると玩具にすら見えてしまう盾で以てソナ(ka1352)が巨大な拳と打ち合っていた。
全て受けても無傷とはいかず、服の下の肌には内出血の色が浮かび上がる。
軽く手綱を引く。
ゴースロン種が歪虚群の隙間をするりとすり抜け、魔導トラックへの進路を遮る場所に到着した。
羊が、逆上した猛牛の如き雄叫びをあげ突進する。
70メートルほど走り、ソナまで数メートルの距離になると息が切れたのか速度も衰え攻撃する余裕がなくなる。
「イコニアさんに妬まれちゃうかも」
マテリアルを貯め、攻撃的な性質を持たせ、歪虚多数を射程に入れてから解き放つ。
羊の皮が波打ち一部が千切れ、内側から腐った血にも似た体液が飛び出て羊自身と同属を汚す。
毛細血管が千切れて白目が赤く染まり、限界まで伸ばされた手がソナに届き、盾で完全に受け止められた。
ソナが指示を出すより速く馬が後退。
倍以上の移動力を活かして再度突き放す。
後は繰り返しだ。
たまに追いつかれても盾で防いでいる間に光で焼いて、ボルディアが横から乱入したときにはどれも立っているのがやっとの状態だった。
あっさり蹴散らした後、ボルディアはトラックの荷台を見て頬をかく。
生徒が喜んでいるのはいい。実際よく頑張った。
しかし自信が付きすぎているようなのは絶対に良くない。
今回、ハンター全員が危険を引き受け生徒の安全を確保した訳だし。
「まずいか、こりゃ?」
このタイミングで説教しても効く気がしない。
教育の難しさを肌で実感中のボルディアであった。
●街道と複数の面倒ごと
『こちら聖堂戦士団。歪虚の襲撃を受け防戦中っ。戦闘力を持たない方は近づかないでくだっ、うわぁっ!?』
どーん、という轟音を伴い、砂煙と一緒に木箱が宙に舞った。
『舐めやがって畜生が!』
大容量ポーションを無理矢理飲み下す音。
『ぶち殺してや』
「お久しぶりです」
エステルの声が届く。
大型ハンマーを振り上げたままの少年が、器用にバックステップして歪虚の振り下ろしを躱した。
『あー、今のは』
盾で巧みに防ぎつつ自分の魔導短伝話をちらちら見る聖堂戦士(13)。
わたくしのことを忘れていますねと内心考えながら、エステルはあくまで冷静に相手を誘導する。
「そういうときは何事もなかったように話せばよいのですよ。歪虚と負傷者は?」
『敵は3メートル級が1。一番小さい1匹は撃破しました。負傷者、歪虚の近くにはいません』
「こちらの情報によると敵は最低で3体。4メートル超えも1体いるはずです。パニックにならないように旨く説明してくださいね」
『了解、しましたっ』
がつんがつんとメイスと蹄がぶつかり合う。
現地の兵らしき男達が短弓で援護しようとして、もう1体の羊に接近され慌てて逃げる。
「後は兵士の方々と協力しておくのも今後の隣領との友好ためには役立つかもしれませんね。ただ、無様なところを見せたら逆に侮られることになります。頑張ってください」
『要求きつくないッスか!?』
既に涙声だった。
エステルのアデプトスタッフが羊歪虚の側頭部に命中。
歪虚が反応するより早く、杖の先端部に埋め込まれた宝石が光り。
高密度に圧縮した法力が直線上に放たれ、羊頭の反対側に大きな穴を開けて頭蓋の中身を吹き飛ばした。
「きつくはないと思いますよ。助祭は平より期待されていますから」
エステルはにこりと笑って次の歪虚に向かう。
見た目も気配も典型的な黒大公ベリアル配下だ。ただ、予想よりかなり頭が鈍い。あのときこうだったなら勝っていたかもしれない。
「指揮系統も、崩壊している?」
歪虚は傲慢であっても馬鹿ではない。
王国に、不利なものが迫っている気がした。
「どこもかしこも羊だらけ……忙しいですね」
体格に勝る羊が蹄で鳳城 錬介(ka6053)を押し潰そうとしてくる。
錬介が不敵に笑う。
肉食獣など比較にならないほど凶悪な牙が、日の光を浴び白く輝いた。
全身を覆う鎧の下で腕の筋が盛り上がる。
微量のマテリアルが雷に似た文様をつくり、他の大部分が力に変換されて6メートル級歪虚を下から押し上げた。
『フザ、フザケルナァ!』
二足羊型歪虚が喚く。
涎が垂れて皮と地面を汚し、飛び散る飛沫が盾まで届く。
「ですが、来たものは仕方ありません」
片手で盾を支えた状態で魔導兵器を引き抜く。
一見ただのロングソード、実際は持ち手に力を要求する魔剣の類だ。
『人間如キガッ』
「丁重にぶちのめ……もてなすとしましょうか」
羊の脇に切っ先を突き入れる。
衝突の瞬間にはマテリアルによる刀身が形成され、皮、筋、骨を断って臓腑まで貫いた。
それを淡々と繰り返す。
歪虚も力を振り絞り腕を振るうが、雑な打撃では錬介に届かず命中力優先の蹄パンチでは盾と鎧の防御を抜けない。
「折角来たんですから、簡単には帰しませんよ」
羊が、恐怖による狂乱の悲鳴をあげた。
背骨近くまで抉られても気づけず、錬介を押し退ける形で東へ向かう。
「っと」
錬介が手綱を引く。
直後に羊の背で火球が弾け、馬の鼻先でまでが炎の地獄に覆われた。
悲鳴が続く。
徐々に弱く、しかし地面を蹴る足音は大きく、血涙を流しながらとにかく東へ。
「助太刀する!」
なんだかぼろぼろの兵士達が羊に襲いかかって、あっさりと跳ね飛ばされ地面で呻いた。
巻き込む可能性があるので範囲攻撃術は使えない。
エルバッハ・リオン(ka2434)は内心の落胆を顔には出さないように気を付け、十分な精神集中の後に風刃を呼び出した。
練度が学校の生徒達以下かもしれない兵の間を通り、無防備な羊の背中を深く大きく切り裂く。
『ヒィ、フヘァッ?』
エステルとは距離があり、錬介が追うには兵士が邪魔で、兵士には止めを刺せる力がない。
エルバッハは小さな溜息をこっそりとついてから風刃を再生成。
心臓、肺、後頭部の順に当てて存在する力を削り取り、倒れることも許さず羊をこの世から消滅させた。
「要請に応えて参りました。皆さん、戦勝おめでとうございます」
貴婦人としての微笑みを幼さの残る顔に浮かべ、エルバッハは兵士達を丸め込むことにした。
エステルと錬介が高度な癒しの術で重傷者を担当。
エルバッハは医療課程生徒の隊長を確認した後、医薬品を確保しとられないようにする。
兵士が落ち着く頃には、ハンターも生徒も医薬品も学校に去っていた。
●学校の日常
筆をとってから2時間後。
5回の書き直しを経て報告書が完成する。
花丸で飾られた自作報告書を手に、錬介は疲れ切った息を吐いて教室を見回した。
「え、これ違ったの?」
「3年前の書式集貸してー」
分厚い辞書。
見本とした貸し出された正規の報告書の束。
添削されて差し戻された生徒作の報告書。
それらを参考にしながら、生徒達が今回の戦闘の報告書に苦闘していた。
「一度鍛えて貰いたいとは言ったけど」
想像していたのと違う気がする。
一部我流な自分が間違っているのだろうか。
「覚醒者は生き延びれば出世し易いです。学校で事務仕事を仕込まないと引退まで身につける暇がないかも、らしいです」
一番後ろの席で書き物中のエルバッハが答えた。
報告書にも見えるが紙は羊皮紙で字は達筆。時候の挨拶有りでしかも面倒な言い回しが駆使された、全く見慣れぬ文章だった。
どこ宛てかと詳しく見てみると、今回戦闘した土地の貴族とその他宛てのようだ。
面倒が形になる前に潰すための工夫であり、そのために必要な手間も膨大だ。
他者の面子を潰す気がなく潰してもいないことを、自分たちの面子を潰さない形で伝える。言うは易く行うは難しの典型なのだ。
「これは、さすがに」
教室の後ろの壁でソナが黄昏れている。
視線を向けているのは医療課程での聞き取り調査結果と進路指導用資料。具体的には各種医療関係職の収入予測だ。
「収入がこれだけ違うと」
医療課程で同レベルの技術と経験を身につけた場合、聖導士と非覚醒者の予想収入の差が非常に大きい。
ヒールが使えるかどうかで労働力としての価値が違う。だがここまで待遇に差がありすぎると学校内で対立が起きかねない。
医療課程の生徒は皆理想に燃えている。多くの人の助けになることと、その結果としての富と名声も望んでいる。
だから難しい。同じ努力をしても期待できる成果が違い過ぎるのだ。
「これも教育の……でも……」
万人に通用する正解が存在しない難問だ。
医療課程の立役者の1人として、ソナは解決法を模索していた。
「慌てるな。訓練通りに動け!」
「僕の兜どこっ」
校舎が騒がしい。
アサルトライフルを抱えて走って来る下級生。
車載機銃用予備弾薬を運んで来る上級生。
自分にあったサイズの鎧を見つけられず右往左往する子供もいた。
「のんびりとしている猶予はなさそうですね」
久々に生徒の様子を見たかったのだが、この状況では戦場で面倒を見ることになりそうだ。
慌てる生徒達とは異なり、エステル(ka5826)はいつでも戦闘可能な装備と心構えを整えていた。
「よーし、集まったな」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が手を打ち合わせると、少しだけ乱れた2列横隊ができあがる。
「あー、聞いての通り王国を2度も滅茶苦茶にしやがった羊共がここに向かってンだが……一つ聞くぞ」
自然体なのに、教官よりも怖くて強い瞳が生徒達を見る。
「お前等はどうする?」
殺気ですらない気迫に押されてしまう。
なんとか耐えた数名が、腹に力を込めて一斉に叫ぶ。
「戦いまっ」
拳骨の音が3連で響いた。
ひぅっ、と涙を堪える男子が3名、必死に正解を探そうとする女子が数名。
ボルディアは平然とした顔で生徒一同を見回し、特に怯えた様子の、ただし目に気力がある生徒に声をかけた。
「言え」
「はぃっ、逃げます」
「どこにだ」
「不利なら友軍に向かいますっ。有利なら銃が届くぎりぎりの距離まで逃げて、すごく不利なら誰もいない場所まで引きつけてから逃げまひゅっ」
ボルディアが獰猛な笑みを浮かべる。
子供の柔らかな毛を掴むようにして頭を撫でた。
「合格だ。教官達や俺等が散々教えてきたのは、敵を倒す方法じゃなく生き延びる方法だ。頭で分かっているだけじゃ全然足りねぇ。危険で余裕のない状況で出来て一人前ってこと、忘れんなよ」
出来の良い10名ほどを2両の車両に詰め込んで、ハンター達は2手に分かれて出撃した。
●学校防衛戦
「えーと、戦馬は任せても走ってくれるけど、バイクは違うじゃん?」
「ばいくより維持費がかかってしまいます」
「えーと、そっかなー。でも、戦馬は状況を判断して避けながら敵に近づいてくれるじゃん?」
戦馬に乗った宵待 サクラ(ka5561)と魔導トラックに荷台に座った地方貴族四女が、専門家でないと分からない水準の話を続けていた。
「確かにそうですが予算を考えると」
言葉遣いも仕草もお嬢様にしか見えないのに、中身はもう聖導士のようだ。
「でも、近づいて斬るのを重視するなら、スピードのあるバイクじゃなくて……」
絶妙のタイミングでの咳払い。
荷台にいる生徒からの視線がロニ・カルディス(ka0551)に向かう。
「サクラ、生徒が歪虚に気づいていない」
「あれ?」
サクラが瞬きをする。
話している間も周囲の気配を油断無く探り、前方百数十メートルの丘の影に強めの気配を捉えていた。
しかし生徒達は全く気づけておらず、今慌てて安全装置を解除している有様だった。
先頭に立つボルディアが馬を駆けさせる。
丘の影から巨大な……全高は5メートル強、肩幅があるので感覚的には8メートル近くにも見える巨大羊が飛び出してくる。
羊歪虚が拳を大きく振りかぶる。当たれば魔導トラックが潰れる威力を込め振り下ろす。
深紅の巨大斧が膨れ上がる。
ボルディアは滑るように半歩横にずれて拳を躱す。
躱す動作から斧を旋回させる動きに繋げ、特大羊とその背後の大型羊ごと刃をめり込ませた。
「という訳で十一郎、走るのは任したよ。みんなも無理せずがんばってね」
長大な太刀を鞘から綺麗に抜く。
サクラの戦馬は等速で加速しながら戦場の端を進み、北側から人類を包囲するつもりの小羊達の前に立ちふさがった。
「やあっ」
狙い澄ませた刃が羊の右股を深く抉る。
体液が大地を汚す。血走った目がサクラを映す。
これが普通の歪虚なら弱い割にマテリアルだけはある生徒を狙ったかもしれないが、頭に血が上りきった羊はサクラに気をとられて無防備な脇を生徒に晒してしまう。
銃声が連続。
厚い皮にいくつもの穴が開き、内部に潜り込んだ鉛玉が肉にめり込み骨と内臓を傷つけた。
「前に出るな。そこは敵の間合いだ」
ロニは強く言ってトラックを停止させる。
覚醒者対歪虚の戦いでは、アサルトライフルの射程は30メートル強しかない。
歪虚が移動に専念したなら10秒で詰められる距離だ。
サクラが2倍速再生じみた速度で2連撃。
銃創まみれの羊に止めを刺して消滅させた。
「十分な戦果ではあるが」
未だ未熟な聖導士5人でサクラ1.5人分程度のダメージを与えている。しかも無傷でだ。
だが全く安心できない。
ボルディアが2体潰して残り7体。この場にいるハンターより多く、魔導トラックと生徒が白兵戦に巻き込まれる可能性がかなりあった。
「毎度毎度、何かしらトラブルばかりではあるな……。まぁ、それに対処できるように教えているのだが」
弾倉を入れ替える音と、荷台の上で足の位置を調節する音が重なって聞こえる。
これなら万一羊にとりつかれても、防ぐか躱すかしてしばらく耐えることができそうだ。
「ソナ、そちらは任す。背後は気にするな」
ロニが駿馬を駆けさせる。
サクラは2体目を切り捨てるが、二足歩行羊に数的優位を活かされ突破されてしまう。
「させぬ」
腹にどしりと響く声が羊の群れへ届く。
一挙手一投足が乱れて動きが雑になる。
トラックが下がりながらの銃撃が、9割近く当たって羊の巨体を削った。
「撤退の判断は運転手に任せる」
魔術具が光を帯び。害悪を許さぬ波となってロニの周囲で荒れ狂う。
巨大な体力と耐久力をもたらすはずの巨体がこの場合は不利に働いた。
光の波が歪虚の巨体を削りに削り、細身の羊が骨まで削られ残骸と化す。
ロニは大型の盾を軽々と構えて高速移動。
巨体の重さが乗った蹴りを受けて耐え、魔術具から伸ばした光刃で以て足ごと下半身を切り裂いた。
「負の気配が濃いか」
歪虚の注意がそれた瞬間周囲を確認する。
敵の増援はないが、正の気配が薄く負のマテリアルの気配ばかりが感じられた。
巨体を誇る歪虚の群れ。
それに立ち向かう、聖剣を携えたエルフの少女。
吟遊詩人なら工夫をこらして英雄譚か悲劇に仕立てるだろう題材だ。
直径40センチの、羊歪虚と比べると玩具にすら見えてしまう盾で以てソナ(ka1352)が巨大な拳と打ち合っていた。
全て受けても無傷とはいかず、服の下の肌には内出血の色が浮かび上がる。
軽く手綱を引く。
ゴースロン種が歪虚群の隙間をするりとすり抜け、魔導トラックへの進路を遮る場所に到着した。
羊が、逆上した猛牛の如き雄叫びをあげ突進する。
70メートルほど走り、ソナまで数メートルの距離になると息が切れたのか速度も衰え攻撃する余裕がなくなる。
「イコニアさんに妬まれちゃうかも」
マテリアルを貯め、攻撃的な性質を持たせ、歪虚多数を射程に入れてから解き放つ。
羊の皮が波打ち一部が千切れ、内側から腐った血にも似た体液が飛び出て羊自身と同属を汚す。
毛細血管が千切れて白目が赤く染まり、限界まで伸ばされた手がソナに届き、盾で完全に受け止められた。
ソナが指示を出すより速く馬が後退。
倍以上の移動力を活かして再度突き放す。
後は繰り返しだ。
たまに追いつかれても盾で防いでいる間に光で焼いて、ボルディアが横から乱入したときにはどれも立っているのがやっとの状態だった。
あっさり蹴散らした後、ボルディアはトラックの荷台を見て頬をかく。
生徒が喜んでいるのはいい。実際よく頑張った。
しかし自信が付きすぎているようなのは絶対に良くない。
今回、ハンター全員が危険を引き受け生徒の安全を確保した訳だし。
「まずいか、こりゃ?」
このタイミングで説教しても効く気がしない。
教育の難しさを肌で実感中のボルディアであった。
●街道と複数の面倒ごと
『こちら聖堂戦士団。歪虚の襲撃を受け防戦中っ。戦闘力を持たない方は近づかないでくだっ、うわぁっ!?』
どーん、という轟音を伴い、砂煙と一緒に木箱が宙に舞った。
『舐めやがって畜生が!』
大容量ポーションを無理矢理飲み下す音。
『ぶち殺してや』
「お久しぶりです」
エステルの声が届く。
大型ハンマーを振り上げたままの少年が、器用にバックステップして歪虚の振り下ろしを躱した。
『あー、今のは』
盾で巧みに防ぎつつ自分の魔導短伝話をちらちら見る聖堂戦士(13)。
わたくしのことを忘れていますねと内心考えながら、エステルはあくまで冷静に相手を誘導する。
「そういうときは何事もなかったように話せばよいのですよ。歪虚と負傷者は?」
『敵は3メートル級が1。一番小さい1匹は撃破しました。負傷者、歪虚の近くにはいません』
「こちらの情報によると敵は最低で3体。4メートル超えも1体いるはずです。パニックにならないように旨く説明してくださいね」
『了解、しましたっ』
がつんがつんとメイスと蹄がぶつかり合う。
現地の兵らしき男達が短弓で援護しようとして、もう1体の羊に接近され慌てて逃げる。
「後は兵士の方々と協力しておくのも今後の隣領との友好ためには役立つかもしれませんね。ただ、無様なところを見せたら逆に侮られることになります。頑張ってください」
『要求きつくないッスか!?』
既に涙声だった。
エステルのアデプトスタッフが羊歪虚の側頭部に命中。
歪虚が反応するより早く、杖の先端部に埋め込まれた宝石が光り。
高密度に圧縮した法力が直線上に放たれ、羊頭の反対側に大きな穴を開けて頭蓋の中身を吹き飛ばした。
「きつくはないと思いますよ。助祭は平より期待されていますから」
エステルはにこりと笑って次の歪虚に向かう。
見た目も気配も典型的な黒大公ベリアル配下だ。ただ、予想よりかなり頭が鈍い。あのときこうだったなら勝っていたかもしれない。
「指揮系統も、崩壊している?」
歪虚は傲慢であっても馬鹿ではない。
王国に、不利なものが迫っている気がした。
「どこもかしこも羊だらけ……忙しいですね」
体格に勝る羊が蹄で鳳城 錬介(ka6053)を押し潰そうとしてくる。
錬介が不敵に笑う。
肉食獣など比較にならないほど凶悪な牙が、日の光を浴び白く輝いた。
全身を覆う鎧の下で腕の筋が盛り上がる。
微量のマテリアルが雷に似た文様をつくり、他の大部分が力に変換されて6メートル級歪虚を下から押し上げた。
『フザ、フザケルナァ!』
二足羊型歪虚が喚く。
涎が垂れて皮と地面を汚し、飛び散る飛沫が盾まで届く。
「ですが、来たものは仕方ありません」
片手で盾を支えた状態で魔導兵器を引き抜く。
一見ただのロングソード、実際は持ち手に力を要求する魔剣の類だ。
『人間如キガッ』
「丁重にぶちのめ……もてなすとしましょうか」
羊の脇に切っ先を突き入れる。
衝突の瞬間にはマテリアルによる刀身が形成され、皮、筋、骨を断って臓腑まで貫いた。
それを淡々と繰り返す。
歪虚も力を振り絞り腕を振るうが、雑な打撃では錬介に届かず命中力優先の蹄パンチでは盾と鎧の防御を抜けない。
「折角来たんですから、簡単には帰しませんよ」
羊が、恐怖による狂乱の悲鳴をあげた。
背骨近くまで抉られても気づけず、錬介を押し退ける形で東へ向かう。
「っと」
錬介が手綱を引く。
直後に羊の背で火球が弾け、馬の鼻先でまでが炎の地獄に覆われた。
悲鳴が続く。
徐々に弱く、しかし地面を蹴る足音は大きく、血涙を流しながらとにかく東へ。
「助太刀する!」
なんだかぼろぼろの兵士達が羊に襲いかかって、あっさりと跳ね飛ばされ地面で呻いた。
巻き込む可能性があるので範囲攻撃術は使えない。
エルバッハ・リオン(ka2434)は内心の落胆を顔には出さないように気を付け、十分な精神集中の後に風刃を呼び出した。
練度が学校の生徒達以下かもしれない兵の間を通り、無防備な羊の背中を深く大きく切り裂く。
『ヒィ、フヘァッ?』
エステルとは距離があり、錬介が追うには兵士が邪魔で、兵士には止めを刺せる力がない。
エルバッハは小さな溜息をこっそりとついてから風刃を再生成。
心臓、肺、後頭部の順に当てて存在する力を削り取り、倒れることも許さず羊をこの世から消滅させた。
「要請に応えて参りました。皆さん、戦勝おめでとうございます」
貴婦人としての微笑みを幼さの残る顔に浮かべ、エルバッハは兵士達を丸め込むことにした。
エステルと錬介が高度な癒しの術で重傷者を担当。
エルバッハは医療課程生徒の隊長を確認した後、医薬品を確保しとられないようにする。
兵士が落ち着く頃には、ハンターも生徒も医薬品も学校に去っていた。
●学校の日常
筆をとってから2時間後。
5回の書き直しを経て報告書が完成する。
花丸で飾られた自作報告書を手に、錬介は疲れ切った息を吐いて教室を見回した。
「え、これ違ったの?」
「3年前の書式集貸してー」
分厚い辞書。
見本とした貸し出された正規の報告書の束。
添削されて差し戻された生徒作の報告書。
それらを参考にしながら、生徒達が今回の戦闘の報告書に苦闘していた。
「一度鍛えて貰いたいとは言ったけど」
想像していたのと違う気がする。
一部我流な自分が間違っているのだろうか。
「覚醒者は生き延びれば出世し易いです。学校で事務仕事を仕込まないと引退まで身につける暇がないかも、らしいです」
一番後ろの席で書き物中のエルバッハが答えた。
報告書にも見えるが紙は羊皮紙で字は達筆。時候の挨拶有りでしかも面倒な言い回しが駆使された、全く見慣れぬ文章だった。
どこ宛てかと詳しく見てみると、今回戦闘した土地の貴族とその他宛てのようだ。
面倒が形になる前に潰すための工夫であり、そのために必要な手間も膨大だ。
他者の面子を潰す気がなく潰してもいないことを、自分たちの面子を潰さない形で伝える。言うは易く行うは難しの典型なのだ。
「これは、さすがに」
教室の後ろの壁でソナが黄昏れている。
視線を向けているのは医療課程での聞き取り調査結果と進路指導用資料。具体的には各種医療関係職の収入予測だ。
「収入がこれだけ違うと」
医療課程で同レベルの技術と経験を身につけた場合、聖導士と非覚醒者の予想収入の差が非常に大きい。
ヒールが使えるかどうかで労働力としての価値が違う。だがここまで待遇に差がありすぎると学校内で対立が起きかねない。
医療課程の生徒は皆理想に燃えている。多くの人の助けになることと、その結果としての富と名声も望んでいる。
だから難しい。同じ努力をしても期待できる成果が違い過ぎるのだ。
「これも教育の……でも……」
万人に通用する正解が存在しない難問だ。
医療課程の立役者の1人として、ソナは解決法を模索していた。
依頼結果
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相談卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2017/03/28 16:04:29 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/27 15:46:00 |