ゲスト
(ka0000)
【陶曲】捻子の反乱、壱の陣
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/03/22 07:30
- 完成日
- 2017/03/27 21:55
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
フマーレの東の外れには、嘗てお化け屋敷と噂された廃工場を改装し、巨大な水車を動力に使う紡績工場がある。
阪井紡績有限会社、リアルブルーで大工場の跡取りだった阪井輔が青年時代にこちらへ渡り、数十年を経て設立した工場。
阪井と、彼に雇われた社員一号、エンリコ・アモーレ、そして、ある冬の日に工場の機械の隙間から保護された狐のブルーム。2人と1匹がかたかたと賑やかな機械に囲まれ、忙しない日々を過ごしている。
工場の多いフマーレの中でも、あまり大きく無いこの一角、人々は時に競い、時に協力しながら暮らし、彼等もその一員となって1年、2年、その商売は漸く軌道に乗り始めていた。
その日も、阪井は綿から引き延ばされて撚りを掛けられ、紡がれ続けていく糸が切れぬ様に見張り、エンリコは紡がれた糸を倉庫に運んで綿を掛け替え、ブルームは日当たりの良い床で丸くなり揺らす尻尾を綿埃に塗れさせながら昼寝に勤しんでいた。
おや、と阪井が機械を止める。
溜息を吐くと、ドライバーを手に隙間に手を伸ばした。
捻子が緩んでいるらしい。
「また不調ですか?」
エンリコが綿を抱えて声を掛けた。
「ああ……捻子だけだと思ったら、奥の歯車も曲がっているね。本体が歪んではいないから、手が空いたときにでも換えておこう」
今はこの台だけ糸を外しておけばいい。
「1度全部調べた方が良いかも知れないっすね、機械が壊れるって最近よく聞きますし……まあ、この辺、古い工場ばっかりですからね」
寿命だろう、と笑う。
しかし、ここで使っている物は稼働に合わせて組み立てたものだ。流石に寿命は無いだろうと、阪井は首を捻る。
捻子や歯車が緩む。錆だろうかと見てもそんな様子は無く、気付けばぽとりと落ちて、台が傾いている。
もしかしたら、それを打ち込んでいる木の土台や支柱が痛んでいるのかも知れない。
エンリコの言う通り、よく調べた方が良いだろう。
「――今夜から、一台ずつやっていこうか。まずはこれからだな」
阪井は、今止めた台を一瞥して作業に戻った。
●
通りに面して植えられた庭木の蕾が綻び甘い香りを零す朝、ブルームを肩に乗せて出勤したエンリコは庭でその足を止めた。
工場の鉄扉は開かれて、その傍らに阪井が立ち尽くしている。
肩から身体を伝い下りて、阪井の傍に走るブルームを追って声を掛けた。
「おはようございます、どうしたんすか?」
近付くと目に入る工場の中、倒れた機械と、散らかる部品。
昨晩掛けっぱなしにした真白い綿が、下敷きになって汚れている。
「……なん、すか。これ……」
昨晩機械の稼働を止め、2人で施錠を確かめてから帰ったはずだ。
「……困ったねえ」
深々と溜息を吐く阪井の声に、いつもの覇気は無い。眉間を抑えて俯き、肩を震わせて歯を噛んでいる。
ブルームが阪井の足に擦り寄って、励ます様に尻尾で叩く。くん、と小さな鳴き声にエンリコはその首根を掴んで阪井の肩に上らせた。
「片付けないと、何にも出来無いっすから。柱は重いし、釘も散らかっててブルームが踏むといけないんで、阪井さんはブルームと待ってて下さい……あの辺とか、倒れてるだけで、直せば多分動くと思うっすから」
エンリコが工場の中に向かう。阪井も否と首を横に揺らし、釘を拾うくらい手伝えると屈んだ。
踏み込んだ瞬間、ぞっと怖気が走る。
工場の木と綿の温かい匂いとは違う、生ぬるい錆の、湿気って不快な異臭を感じた。
何か、また野生動物でも迷い込んだのだろうかと見回す。
きぃん、と耳鳴りの様な音と頭痛に足がふらついてしゃがみ込んだ。
「――危ない、エンリコ君」
「……ひぃいい」
阪井の声に振り返ると、その直前までエンリコの首が有った辺りをぎらりと黒光りする捻子が飛んでいった。
捻子が床に落ちたかと安堵すると、その捻子に弾かれた様に歯車が跳んでエンリコの額を襲う。
「いてっ……うわ、ちょ、待って」
飛んでくる歯車を捻子を、釘を避けて躱して、エンリコは工場の外へと向かう。
弾かれてきた鋭い捻子の切っ先に目玉を突かれそうになる寸前、飛び上がって身を翻すブルーム尾がそれを叩き落とし、横から伸びてきた阪井の腕がエンリコの上着を掴んで工場の外へ引きずり出した。
尚襲ってくる部品を鉄扉を盾にしながら閉ざすと、2人は座り込んで空を仰いだ。
●
『工場で荒れている部品を止めて下さい。歪虚の可能性有り。注意』
依頼に応じて集まったハンター達が地理に明るく案内人を自称する受付嬢に連れられて阪井紡績に向かう。
道中の説明では、紡績機械に使っていた釘や歯車がぶつかり合いながら襲ってきたということのみ。
小さな部品を弾いて襲ってきたにしては、目とか首とか、急所を的確に狙われたと、震えながら話していた。
「……あの工場は、開くときのお掃除とか、動力源の水車を運んだりとか……仕入れに行って帰れなくなったエンリコさんを迎えに行ったりとか、ブルームさんを助けたりとか……何度もハンターさんを頼ってくれているんです。だから、今回も、きっと助けられるって、私、そう信じてるんです。ハンターさんは、すごい人達だから。強くて優しくて、格好いいんです!」
工場に到着した。
鉄扉を開けると、薄暗い工場の中には人影があった。
しかし、それは、人では無く。
暗い影を帯びた部品の、恐らく工場で使われていたであろう歯車や捻子を人型に寄せ集めた、固まり。
金属のぶつかり合う音を響かせて、ゆらりと動くと上肢のような部分を擡げ、部品を置き換えて五指を象る。
――おいで、おいで――
そう言って誘うかの様に、その手を揺らした。
フマーレの東の外れには、嘗てお化け屋敷と噂された廃工場を改装し、巨大な水車を動力に使う紡績工場がある。
阪井紡績有限会社、リアルブルーで大工場の跡取りだった阪井輔が青年時代にこちらへ渡り、数十年を経て設立した工場。
阪井と、彼に雇われた社員一号、エンリコ・アモーレ、そして、ある冬の日に工場の機械の隙間から保護された狐のブルーム。2人と1匹がかたかたと賑やかな機械に囲まれ、忙しない日々を過ごしている。
工場の多いフマーレの中でも、あまり大きく無いこの一角、人々は時に競い、時に協力しながら暮らし、彼等もその一員となって1年、2年、その商売は漸く軌道に乗り始めていた。
その日も、阪井は綿から引き延ばされて撚りを掛けられ、紡がれ続けていく糸が切れぬ様に見張り、エンリコは紡がれた糸を倉庫に運んで綿を掛け替え、ブルームは日当たりの良い床で丸くなり揺らす尻尾を綿埃に塗れさせながら昼寝に勤しんでいた。
おや、と阪井が機械を止める。
溜息を吐くと、ドライバーを手に隙間に手を伸ばした。
捻子が緩んでいるらしい。
「また不調ですか?」
エンリコが綿を抱えて声を掛けた。
「ああ……捻子だけだと思ったら、奥の歯車も曲がっているね。本体が歪んではいないから、手が空いたときにでも換えておこう」
今はこの台だけ糸を外しておけばいい。
「1度全部調べた方が良いかも知れないっすね、機械が壊れるって最近よく聞きますし……まあ、この辺、古い工場ばっかりですからね」
寿命だろう、と笑う。
しかし、ここで使っている物は稼働に合わせて組み立てたものだ。流石に寿命は無いだろうと、阪井は首を捻る。
捻子や歯車が緩む。錆だろうかと見てもそんな様子は無く、気付けばぽとりと落ちて、台が傾いている。
もしかしたら、それを打ち込んでいる木の土台や支柱が痛んでいるのかも知れない。
エンリコの言う通り、よく調べた方が良いだろう。
「――今夜から、一台ずつやっていこうか。まずはこれからだな」
阪井は、今止めた台を一瞥して作業に戻った。
●
通りに面して植えられた庭木の蕾が綻び甘い香りを零す朝、ブルームを肩に乗せて出勤したエンリコは庭でその足を止めた。
工場の鉄扉は開かれて、その傍らに阪井が立ち尽くしている。
肩から身体を伝い下りて、阪井の傍に走るブルームを追って声を掛けた。
「おはようございます、どうしたんすか?」
近付くと目に入る工場の中、倒れた機械と、散らかる部品。
昨晩掛けっぱなしにした真白い綿が、下敷きになって汚れている。
「……なん、すか。これ……」
昨晩機械の稼働を止め、2人で施錠を確かめてから帰ったはずだ。
「……困ったねえ」
深々と溜息を吐く阪井の声に、いつもの覇気は無い。眉間を抑えて俯き、肩を震わせて歯を噛んでいる。
ブルームが阪井の足に擦り寄って、励ます様に尻尾で叩く。くん、と小さな鳴き声にエンリコはその首根を掴んで阪井の肩に上らせた。
「片付けないと、何にも出来無いっすから。柱は重いし、釘も散らかっててブルームが踏むといけないんで、阪井さんはブルームと待ってて下さい……あの辺とか、倒れてるだけで、直せば多分動くと思うっすから」
エンリコが工場の中に向かう。阪井も否と首を横に揺らし、釘を拾うくらい手伝えると屈んだ。
踏み込んだ瞬間、ぞっと怖気が走る。
工場の木と綿の温かい匂いとは違う、生ぬるい錆の、湿気って不快な異臭を感じた。
何か、また野生動物でも迷い込んだのだろうかと見回す。
きぃん、と耳鳴りの様な音と頭痛に足がふらついてしゃがみ込んだ。
「――危ない、エンリコ君」
「……ひぃいい」
阪井の声に振り返ると、その直前までエンリコの首が有った辺りをぎらりと黒光りする捻子が飛んでいった。
捻子が床に落ちたかと安堵すると、その捻子に弾かれた様に歯車が跳んでエンリコの額を襲う。
「いてっ……うわ、ちょ、待って」
飛んでくる歯車を捻子を、釘を避けて躱して、エンリコは工場の外へと向かう。
弾かれてきた鋭い捻子の切っ先に目玉を突かれそうになる寸前、飛び上がって身を翻すブルーム尾がそれを叩き落とし、横から伸びてきた阪井の腕がエンリコの上着を掴んで工場の外へ引きずり出した。
尚襲ってくる部品を鉄扉を盾にしながら閉ざすと、2人は座り込んで空を仰いだ。
●
『工場で荒れている部品を止めて下さい。歪虚の可能性有り。注意』
依頼に応じて集まったハンター達が地理に明るく案内人を自称する受付嬢に連れられて阪井紡績に向かう。
道中の説明では、紡績機械に使っていた釘や歯車がぶつかり合いながら襲ってきたということのみ。
小さな部品を弾いて襲ってきたにしては、目とか首とか、急所を的確に狙われたと、震えながら話していた。
「……あの工場は、開くときのお掃除とか、動力源の水車を運んだりとか……仕入れに行って帰れなくなったエンリコさんを迎えに行ったりとか、ブルームさんを助けたりとか……何度もハンターさんを頼ってくれているんです。だから、今回も、きっと助けられるって、私、そう信じてるんです。ハンターさんは、すごい人達だから。強くて優しくて、格好いいんです!」
工場に到着した。
鉄扉を開けると、薄暗い工場の中には人影があった。
しかし、それは、人では無く。
暗い影を帯びた部品の、恐らく工場で使われていたであろう歯車や捻子を人型に寄せ集めた、固まり。
金属のぶつかり合う音を響かせて、ゆらりと動くと上肢のような部分を擡げ、部品を置き換えて五指を象る。
――おいで、おいで――
そう言って誘うかの様に、その手を揺らした。
リプレイ本文
●
慣れた町だと走る案内人に続く。広い通りを外れ、目的の工場のある地区へと急ぐ。
響き渡る金属音、蒸気の唸る音、高い煙突から棚引く煙を見上げてカリン(ka5456)は走りながら踊るように街並みを見渡した。
「とってもわくわくする場所なのですね!」
垣根を越えて細い路地へ、機械の声にも負けずに飛び交う職人達の声を背に、ハンター達は工場の庭へ走り込んだ。
伏せた赤い瞳を開く。マキナ・バベッジ(ka4302)の脳裏に蘇るのは嘗てこの町で起きた惨事。目の前に閉ざされた扉を見詰め唇を引き結んだ。
「必ずここで仕留めましょう」
逃がせば、被害が広がる。あの時のように。
頷き、アリア・セリウス(ka6424)が溜息を零した。
突然増えた依頼を思い出す。事が起こっているのはここだけでは無い。走って来た道を振り返る。
この町、フマーレに留まらない、同盟を広く巻き込んだ騒動が起こっているのかも知れない。
不安を押し殺すように得物を握り締めた。
あの中か。アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が工場を見て呟く。
被害に気を遣うのは面倒だと、肩を竦めて溜息を零す。
「なるべく壊さねえよう、やってみるさ」
アルトの懸念を感じ取ったように項垂れる阪井の向かいに屈んでジャック・エルギン(ka1522)が声を掛けた。
君たちの動きやすいようにと力無い笑みで応じる彼に、自身の実家も工房だと言ってからりと笑う。
「――機械だけに奇々怪々、ってな」
万歳丸(ka5665)の零した洒落にエンリコは首を傾げ、阪井はふっと肩を震わせた。
「いやなンでもねェ。……なンでもねェよ!」
大きな手で払うように、意図を説明し出す阪井を遮ると工場へ眼光の鋭い目を向けた。
工場に向かい佇むアリアは、閉ざされた扉の向こうに昨日まで有っただろう姿を思い瞼を伏せた。
紡績の工場だ。糸と同時に夢や未来、明日も紡いでいたのかもしれない。
ここにいれば様々な工場の音が堪えず聞こえてくる。そんな土地のお陰で、ロマンチックなことを思い浮かべたのだろう。喪いたくないと、得物を撫でる指を握り締めた。
「この工場の出入り口となり得る場所は聞いておきたいわね」
「阪井さん、少し良いですか?」
マキナが阪井を扉の前から距離を取らせ、出入り口、換気口や窓を含め、中の歪虚が外へ出そうな場所を尋ねる。
阪井は上から順に明かり取りの窓を指す。屋根に出るための大きな窓、狐の気に入りの日当たりの良い窓、最後に鉄扉を指した。
何れも閉ざすことが出来るが、鉄扉の他は硝子窓だ。
エンリコが頬に残った傷を擦る。きっと容易く割れるだろうと眉を寄せた。
「機械も部品も素敵ですが襲ってくるのは勘弁なのです」
カリンが鉄扉に手を掛ける。
得物を片手に取っ手を握り込み、身体を寄せて身幅に開く。
大人しくなってもらいましょう。
溌剌とした声を響かせる。風が銀の髪を揺らし吹き抜けていった。
●
折り重なって倒れる機械の骨組みに支柱、木製のそれらは折れてすらいないが、復旧に掛かる時間が想像出来ないほど散らかっている。
その中心に佇むように人型の影が揺れた。
捻子と釘を寄せ集めたそれは、ハンター達に向かって腕を伸ばした。
腕の先から弾けるように放たれた釘を刀身に弾いて炎が揺らめく。
その幻影に覆われたアルトの髪が、炎の色に染まり肩から滑り降りるように長く伸びて踊る。
同じ色に染めた双眸が敵を睨み、アルトを覆った鳥を模した炎の幻影は飛び去るように薄らいでいく。
峰に引っ掛かった捻子を払い落として、得物を換える。
「掃除が済むまで、引き付けておくか」
投じた紅い糸は真っ直ぐに2階の床に刺さる。
手摺りを掴んで身体を支えると、上方から歪虚の動きを観察する。
「手伝わせましょう。私は……」
アリアがロボットクリーナーを起動させる。足元の埃を吸い始めたそれは、床に倒れた木材に触れては曲がりながら掃き清めていく。
それを確認し敵へ向ける目が瞳孔を縦に細めた。龍を思わせる瞳が毅然と睨め付け、雪のような光りを纏う。
「風が想い載せ、音色紡ぎ舞うように、参りましょう」
アリアを取り巻く旋風のように光りが瞬き、燃え上がらせたマテリアルで歪虚を誘いながら床を蹴って前へ駆る。
得物を解き柄を握り締めたマキナの手の甲に歯車が浮かび上がり回る。
幾つも噛み合ったその中に現れる針は、時計が時を刻むように静かに動き始めた。
「僕も、援護に回りましょう」
牽制に一撃、後方への移動を図り放つ鞭の先で手摺りを捉える。
敵の動きの隙を覗いながら外す視線は、屋根に壁にと作られた窓へ向く。
薄い硝子越しに光りが注ぐ。開いているものは無さそうだ。
鉄扉に石を噛ませ、カリンは案内人へ枠に使われていたと思しき板を渡す。重さにふらつきながら受け取った依頼人はそれを運び出し、入り口の近くに積み重ねる。
次の板を渡すと、その扉からこちらへ来たがるように前足を振る狐が見えた。
「狐さんを離さないでくださいね!」
エンリコへそう言って、カリンは工場の中へ戻る。
「踏み潰される前に拾ってきたぜ。頼むわ」
灼けた金属を思わせる赤に染めた青い瞳。金色の髪の先も仄かにその色を帯び始めている。
敵側に盾を向けながら、ジャックは腕一杯に綿を抱えてきた。
材料の無事に安堵を見せながらそれを預けると、まだ残っていると工場の中央近くまで戻る。
入り口の回りが空く頃、万歳丸が両腕に数本ずつの柱を抱えて運んできた。
「こいつも頼むぜ」
無造作に下ろすと1本ずつ取り上げては、その木に金属部品が残っていないかを調べてからカリンへ手渡していく。
背後に聞こえた盾がその部品を弾く音に振り返る。
はじけ飛んだ小さな部品を目で追うと、壁に跳ねて歪虚の胴体へと取り込まれるのが見えた。
アリアに伸ばされていた腕、盾を殴ったそれは引き際に二股に裂け、一方は燃えるマテリアルに惹かれるままに再度アリアを、もう一方が、綿を抱えるジャックへと伸びる。
間に割り入るように降りたアルトは2本の腕の根をじっと見据えた。
攻撃を受けた反動も軽い。
アリアも盾で圧しながら接近を図るが、鞭のように象って細長く撓る腕がそれに阻まれる。
後方から狙うマキナも同様に阻まれ、予備動作もなく伸ばされた腕を躱すも、姿勢を立て直す前に追撃が迫った。
視界の中心を向かってくる鋭利な切っ先に息を飲みながら寸前で首を傾けて躱し、打たせた蟀谷に滲んだ血を拭いながら敵を見る。
釘の塊が模していた頭部が胴体に埋没する。裂いて増えた腕が太って、それぞれが元の大きさほどになる。
3本に増えた腕がハンター達へ殴り掛かるように撓った。
●
腹の辺りを守っているようだ。とアリアは告げる。
アルトとも頷き、そこに核のような物が有るのだろうと狙いを付ける。
戦える足場を作る最後の板を外へと出して、カリンは鉄扉を閉ざす。
その足元に顔を出した小さな芽の幻影は瞬く間に樹木へと育ち、巨大な時計を形作ると、噛み合った歯車が針を回して時を刻む。
マテリアルの昂ぶりに伏せる瞼を開くと、その双眸は萌える鮮やかな緑に変じていく。時の音と共に幻影が消える中、歪虚を見据え赤い小銃の銃口を向けた。
「この歪虚、フマーレの街に逃がしたらとってもまずい気がするのです……!」
核があって部品を操っているのなら。
操られている部品と同じ、捻子に歯車、釘や発条、その溢れるこのフマーレに解き放つのは危険だ。
確かに操られているのだろうと、万歳丸も籠手を着けた拳を構えて前に進みながら探る様に見据える。
依頼の切欠となった捻子の動き、今し方見た弾かれた部品が戻っていった様子、片付ける間攻撃を防ぎながら観察していたハンター達の言葉。
だが、見えないものは仕方ない。
背負うように現れた金色の麒麟の精霊、その幻影が身体に重なり、その巨躯の内へ沈むように消えた。
「その腹の底まで、ぶち抜いてやらァ……ッ!」
見えぬのならこじ開けるまで。拳を金の焔の幻影を帯びる拳を、床まで叩き落とすように歪虚へ向かって振り下ろした。
綿を届けて空いた手は強靱な鋼の金色の剣を握る。
マテリアルが火花の幻影を散らし、踏み込む勢いを乗せながら歪虚の身体を削ぐように構えて、飛び込むように斬り掛かる。
「ちょっくら弾き飛ばさせてもらう、ぜっ!」
裂け目を確実に引き剥がすように、編み込んだ鋼線のワイヤーが撓る。
「引き剥がしていきましょう……散らばる部品に、埋もれていませんか」
ワイヤーを振り切るように部品が零れた。それはすぐに歪虚に引き寄せられていく。
錆のない鉄の色。木に穿たれていた先端から胴は光沢が有り、打たれて空気に晒されていた頭は鈍色にくすんでいる、何の変哲もない釘。
床に転がったところを摘ままれたような動きで歪虚に向かって飛んでいく。これは違う。部品の動きにそう感じた。
「まだ足りないようだな」
中を覗くには、削り足りない。炎に染めた髪が揺らぐ。
炎の様に浮かび上がる残像を振り切るように駆って、身に引き付けた脇構えからの一閃。斬り飛ばされた腕1本分の部品がぱらりと床に転がった。
部品はすぐに歪虚の元に集まってきた。
後方まで転がってきた捻子を拾おうとしたカリンの指を弾くようにそれは元の場所へ戻っていく。
1度削いだだけでは足りないかと歪虚に銃を向けるが、細く長く変形させながらカリンへと歪虚の腕が迫る。
咄嗟に張った防壁で相殺された部品が散らかる。鉄扉を背に後退は出来ず、至った釘が腕を突いた。
傷の程度に問題は無いと、得物を握り直し零れたばかりの部品を見下ろす。
残りの2本の腕は近接している万歳丸とアリアに向かう。
万歳丸が盾に弾き、アリアも無駄のない動きでそれを躱した。
迫ったそれを捉えようと万歳丸が構えを変え、アリアの神楽刀が貫く動きに合わせて拳を突き出す。
端を切り離すように部品を切り離しては回収し、次に伸ばされた腕がジャックを狙った。
噛み合うように交差した釘の隙間歯車の影、寸前まで覗き込むように観察し盾に押さえる。
受け止める衝撃は、堪えられぬほどではない。
鬩ぎ合って零れた部品を見下ろすと、昨日まで動いていた機械の部品、折れたり曲がっていることもなく、錆すら浮いていない。
生きた部品が歪虚になるのはオカシイだろ。
中に核があるのか、或いは。腕を弾いて後退する。操っている者がいるのかと気配を探った。
腕を躱し素早い動きでその腕を断つ。開いた空間を詰めて、胴を薙ぐ。すぐに再生し向かってくる鋭利な先端を完全に見切ったように避けて次の構えを。
倒す手立てが得られるまで、アルトの攻撃の手は緩まない。
アルトの刃を横から叩こうと腕が作られ、大きく撓る。邪魔はさせないと言う様に跳ね飛んだ鞭がそれを捉え引き千切った。
腕を押さえながらその光景を見る。また足元に捻子を見付けた。
それはころりと転がってやがて動きを止めた。
見れば隅に残積んで残した板の影や、床の隙間にも幾つか転がっている。
敵は消耗しているようだ。
そして、やはり。
「――歪虚は」
カリンの声と同じくして、歪虚も自身の消耗を感じたのだろう。
ハンター達を攻撃していた腕が止まる。好機とばかりに切り落とされても腕を再生させることはなく、胴体と脚が厚みを増した。
「これは……」
マキナも足元に釘を見付けた。
「戻す力を失ったのか」
靴先で足元から蹴り退けてアルトも告げる。
ならば、削ぎ続けるだけだ。
歪虚が新たに伸ばす腕で天井を目指す。
アリアがマテリアルの燐光を纏わせた刀を閃かせ、静謐な斬撃で真二つに切り下ろす。
片側が放棄されたように床に散らかる間際、その裂け目にほんの僅かな黒い染みが見えた。
「こちらのようね」
残る半身は球体に近い形状を取り、床の部品を吸い上げる様に回収しながら更に上を目指している。
引き留めるようにマキナが鞭を打ち込み、カリンも銃口を向けて狙いを据える。
ジャックとアルトが大きく削ぐと、一瞬、塊は解けて沈黙したように見えた。
「……まだだ」
気配は消えていない。どこだと見回す。
歪虚を構成していた部品を観察していたアルトとマキナさえ、大量に散らかった部品の中から見つけ出すのは困難に思えた。
目を凝らし、互いの隙を埋める様に床を探る。
目端のほんの些細な動きも逃さぬように。
こん、と軽い音を立てて釘が跳ねた。
視線を誘われる。その瞬間に反対側の部品が一掴みほど集まって球体を成す。
「逃がさねェぞ固羅ァ……ッ!」
万歳丸が声を張って、広げた毛布を被せる様に投じた。
中に捉えた歪虚が暴れるの動きを手に感じる。
暴れるそれに大して布は脆く、裂ける音と繊維を舞わせて抜け出した歪虚が、更に一回り分の部品を回収して壁に弾む。追撃の刃に割られながらも窓にぶつかり、工場の外へと転がった。
●
座り込んでいた案内人が慌てて鉄扉を開け周辺の捜索に向かったが、逃げ出した歪虚を見付けることはなかった。
姿は見えたと声が上がる。
それは黒い捻子の形をしていたようだ。
手足もない小さな黒い捻子が忍び込んで、機械全ての金属部品を自身の身体と、或いは剣と盾としたのだろう。
拾い上げた銀色の捻子は摘まんでも、握っても動き出す様子は無い。
そのことに一先ず安堵しながらも、調査を行うと言って床に散らかった部品を回収し一足先にオフィスへ戻る案内人を見送り、ハンター達は工場の片付けを手伝うことにした。
「力仕事ならお手のモンだし、紡績の現場ってのも興味あるしな」
ジャックが阪井に声を掛けた。
助かるよと阪井が腰を浮かせる。
「僕にとっても縁のある場所ですからね……」
手を差し伸べたマキナが工場を振り返る。
あの時も世話になったと、手を借りながらしみじみと。
アルトが鉄扉を広く開けると床に光りが傾れるように明るく照らした。
「この工場に不釣り合いな部品が残っているかも知れないからね」
片付けようと、促す様に声を掛ける。
始めようとジャックも阪井を励ます様に。エンリコも漸く落ち付いたブルームを肩に乗せてハンター達に続いた。
庭へ運び出して、床に残った部品を全て取り除き、無くした捻子や歯車が戻ればすぐに組み立てられるように揃えて並べ、綿は倉庫に仕舞い込む。
がらんと寂しい工場の中。
建物を買い取ったばかりの頃を思い出すと阪井が呟く。
「今度、ちゃんと見学に来させてくださいね!」
再稼働を待つ板を、柱を眺めて。カリンは溌剌とそう言った。
是非と目尻の皺を濃くしながら、阪井は穏やかに頷いた。
慣れた町だと走る案内人に続く。広い通りを外れ、目的の工場のある地区へと急ぐ。
響き渡る金属音、蒸気の唸る音、高い煙突から棚引く煙を見上げてカリン(ka5456)は走りながら踊るように街並みを見渡した。
「とってもわくわくする場所なのですね!」
垣根を越えて細い路地へ、機械の声にも負けずに飛び交う職人達の声を背に、ハンター達は工場の庭へ走り込んだ。
伏せた赤い瞳を開く。マキナ・バベッジ(ka4302)の脳裏に蘇るのは嘗てこの町で起きた惨事。目の前に閉ざされた扉を見詰め唇を引き結んだ。
「必ずここで仕留めましょう」
逃がせば、被害が広がる。あの時のように。
頷き、アリア・セリウス(ka6424)が溜息を零した。
突然増えた依頼を思い出す。事が起こっているのはここだけでは無い。走って来た道を振り返る。
この町、フマーレに留まらない、同盟を広く巻き込んだ騒動が起こっているのかも知れない。
不安を押し殺すように得物を握り締めた。
あの中か。アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が工場を見て呟く。
被害に気を遣うのは面倒だと、肩を竦めて溜息を零す。
「なるべく壊さねえよう、やってみるさ」
アルトの懸念を感じ取ったように項垂れる阪井の向かいに屈んでジャック・エルギン(ka1522)が声を掛けた。
君たちの動きやすいようにと力無い笑みで応じる彼に、自身の実家も工房だと言ってからりと笑う。
「――機械だけに奇々怪々、ってな」
万歳丸(ka5665)の零した洒落にエンリコは首を傾げ、阪井はふっと肩を震わせた。
「いやなンでもねェ。……なンでもねェよ!」
大きな手で払うように、意図を説明し出す阪井を遮ると工場へ眼光の鋭い目を向けた。
工場に向かい佇むアリアは、閉ざされた扉の向こうに昨日まで有っただろう姿を思い瞼を伏せた。
紡績の工場だ。糸と同時に夢や未来、明日も紡いでいたのかもしれない。
ここにいれば様々な工場の音が堪えず聞こえてくる。そんな土地のお陰で、ロマンチックなことを思い浮かべたのだろう。喪いたくないと、得物を撫でる指を握り締めた。
「この工場の出入り口となり得る場所は聞いておきたいわね」
「阪井さん、少し良いですか?」
マキナが阪井を扉の前から距離を取らせ、出入り口、換気口や窓を含め、中の歪虚が外へ出そうな場所を尋ねる。
阪井は上から順に明かり取りの窓を指す。屋根に出るための大きな窓、狐の気に入りの日当たりの良い窓、最後に鉄扉を指した。
何れも閉ざすことが出来るが、鉄扉の他は硝子窓だ。
エンリコが頬に残った傷を擦る。きっと容易く割れるだろうと眉を寄せた。
「機械も部品も素敵ですが襲ってくるのは勘弁なのです」
カリンが鉄扉に手を掛ける。
得物を片手に取っ手を握り込み、身体を寄せて身幅に開く。
大人しくなってもらいましょう。
溌剌とした声を響かせる。風が銀の髪を揺らし吹き抜けていった。
●
折り重なって倒れる機械の骨組みに支柱、木製のそれらは折れてすらいないが、復旧に掛かる時間が想像出来ないほど散らかっている。
その中心に佇むように人型の影が揺れた。
捻子と釘を寄せ集めたそれは、ハンター達に向かって腕を伸ばした。
腕の先から弾けるように放たれた釘を刀身に弾いて炎が揺らめく。
その幻影に覆われたアルトの髪が、炎の色に染まり肩から滑り降りるように長く伸びて踊る。
同じ色に染めた双眸が敵を睨み、アルトを覆った鳥を模した炎の幻影は飛び去るように薄らいでいく。
峰に引っ掛かった捻子を払い落として、得物を換える。
「掃除が済むまで、引き付けておくか」
投じた紅い糸は真っ直ぐに2階の床に刺さる。
手摺りを掴んで身体を支えると、上方から歪虚の動きを観察する。
「手伝わせましょう。私は……」
アリアがロボットクリーナーを起動させる。足元の埃を吸い始めたそれは、床に倒れた木材に触れては曲がりながら掃き清めていく。
それを確認し敵へ向ける目が瞳孔を縦に細めた。龍を思わせる瞳が毅然と睨め付け、雪のような光りを纏う。
「風が想い載せ、音色紡ぎ舞うように、参りましょう」
アリアを取り巻く旋風のように光りが瞬き、燃え上がらせたマテリアルで歪虚を誘いながら床を蹴って前へ駆る。
得物を解き柄を握り締めたマキナの手の甲に歯車が浮かび上がり回る。
幾つも噛み合ったその中に現れる針は、時計が時を刻むように静かに動き始めた。
「僕も、援護に回りましょう」
牽制に一撃、後方への移動を図り放つ鞭の先で手摺りを捉える。
敵の動きの隙を覗いながら外す視線は、屋根に壁にと作られた窓へ向く。
薄い硝子越しに光りが注ぐ。開いているものは無さそうだ。
鉄扉に石を噛ませ、カリンは案内人へ枠に使われていたと思しき板を渡す。重さにふらつきながら受け取った依頼人はそれを運び出し、入り口の近くに積み重ねる。
次の板を渡すと、その扉からこちらへ来たがるように前足を振る狐が見えた。
「狐さんを離さないでくださいね!」
エンリコへそう言って、カリンは工場の中へ戻る。
「踏み潰される前に拾ってきたぜ。頼むわ」
灼けた金属を思わせる赤に染めた青い瞳。金色の髪の先も仄かにその色を帯び始めている。
敵側に盾を向けながら、ジャックは腕一杯に綿を抱えてきた。
材料の無事に安堵を見せながらそれを預けると、まだ残っていると工場の中央近くまで戻る。
入り口の回りが空く頃、万歳丸が両腕に数本ずつの柱を抱えて運んできた。
「こいつも頼むぜ」
無造作に下ろすと1本ずつ取り上げては、その木に金属部品が残っていないかを調べてからカリンへ手渡していく。
背後に聞こえた盾がその部品を弾く音に振り返る。
はじけ飛んだ小さな部品を目で追うと、壁に跳ねて歪虚の胴体へと取り込まれるのが見えた。
アリアに伸ばされていた腕、盾を殴ったそれは引き際に二股に裂け、一方は燃えるマテリアルに惹かれるままに再度アリアを、もう一方が、綿を抱えるジャックへと伸びる。
間に割り入るように降りたアルトは2本の腕の根をじっと見据えた。
攻撃を受けた反動も軽い。
アリアも盾で圧しながら接近を図るが、鞭のように象って細長く撓る腕がそれに阻まれる。
後方から狙うマキナも同様に阻まれ、予備動作もなく伸ばされた腕を躱すも、姿勢を立て直す前に追撃が迫った。
視界の中心を向かってくる鋭利な切っ先に息を飲みながら寸前で首を傾けて躱し、打たせた蟀谷に滲んだ血を拭いながら敵を見る。
釘の塊が模していた頭部が胴体に埋没する。裂いて増えた腕が太って、それぞれが元の大きさほどになる。
3本に増えた腕がハンター達へ殴り掛かるように撓った。
●
腹の辺りを守っているようだ。とアリアは告げる。
アルトとも頷き、そこに核のような物が有るのだろうと狙いを付ける。
戦える足場を作る最後の板を外へと出して、カリンは鉄扉を閉ざす。
その足元に顔を出した小さな芽の幻影は瞬く間に樹木へと育ち、巨大な時計を形作ると、噛み合った歯車が針を回して時を刻む。
マテリアルの昂ぶりに伏せる瞼を開くと、その双眸は萌える鮮やかな緑に変じていく。時の音と共に幻影が消える中、歪虚を見据え赤い小銃の銃口を向けた。
「この歪虚、フマーレの街に逃がしたらとってもまずい気がするのです……!」
核があって部品を操っているのなら。
操られている部品と同じ、捻子に歯車、釘や発条、その溢れるこのフマーレに解き放つのは危険だ。
確かに操られているのだろうと、万歳丸も籠手を着けた拳を構えて前に進みながら探る様に見据える。
依頼の切欠となった捻子の動き、今し方見た弾かれた部品が戻っていった様子、片付ける間攻撃を防ぎながら観察していたハンター達の言葉。
だが、見えないものは仕方ない。
背負うように現れた金色の麒麟の精霊、その幻影が身体に重なり、その巨躯の内へ沈むように消えた。
「その腹の底まで、ぶち抜いてやらァ……ッ!」
見えぬのならこじ開けるまで。拳を金の焔の幻影を帯びる拳を、床まで叩き落とすように歪虚へ向かって振り下ろした。
綿を届けて空いた手は強靱な鋼の金色の剣を握る。
マテリアルが火花の幻影を散らし、踏み込む勢いを乗せながら歪虚の身体を削ぐように構えて、飛び込むように斬り掛かる。
「ちょっくら弾き飛ばさせてもらう、ぜっ!」
裂け目を確実に引き剥がすように、編み込んだ鋼線のワイヤーが撓る。
「引き剥がしていきましょう……散らばる部品に、埋もれていませんか」
ワイヤーを振り切るように部品が零れた。それはすぐに歪虚に引き寄せられていく。
錆のない鉄の色。木に穿たれていた先端から胴は光沢が有り、打たれて空気に晒されていた頭は鈍色にくすんでいる、何の変哲もない釘。
床に転がったところを摘ままれたような動きで歪虚に向かって飛んでいく。これは違う。部品の動きにそう感じた。
「まだ足りないようだな」
中を覗くには、削り足りない。炎に染めた髪が揺らぐ。
炎の様に浮かび上がる残像を振り切るように駆って、身に引き付けた脇構えからの一閃。斬り飛ばされた腕1本分の部品がぱらりと床に転がった。
部品はすぐに歪虚の元に集まってきた。
後方まで転がってきた捻子を拾おうとしたカリンの指を弾くようにそれは元の場所へ戻っていく。
1度削いだだけでは足りないかと歪虚に銃を向けるが、細く長く変形させながらカリンへと歪虚の腕が迫る。
咄嗟に張った防壁で相殺された部品が散らかる。鉄扉を背に後退は出来ず、至った釘が腕を突いた。
傷の程度に問題は無いと、得物を握り直し零れたばかりの部品を見下ろす。
残りの2本の腕は近接している万歳丸とアリアに向かう。
万歳丸が盾に弾き、アリアも無駄のない動きでそれを躱した。
迫ったそれを捉えようと万歳丸が構えを変え、アリアの神楽刀が貫く動きに合わせて拳を突き出す。
端を切り離すように部品を切り離しては回収し、次に伸ばされた腕がジャックを狙った。
噛み合うように交差した釘の隙間歯車の影、寸前まで覗き込むように観察し盾に押さえる。
受け止める衝撃は、堪えられぬほどではない。
鬩ぎ合って零れた部品を見下ろすと、昨日まで動いていた機械の部品、折れたり曲がっていることもなく、錆すら浮いていない。
生きた部品が歪虚になるのはオカシイだろ。
中に核があるのか、或いは。腕を弾いて後退する。操っている者がいるのかと気配を探った。
腕を躱し素早い動きでその腕を断つ。開いた空間を詰めて、胴を薙ぐ。すぐに再生し向かってくる鋭利な先端を完全に見切ったように避けて次の構えを。
倒す手立てが得られるまで、アルトの攻撃の手は緩まない。
アルトの刃を横から叩こうと腕が作られ、大きく撓る。邪魔はさせないと言う様に跳ね飛んだ鞭がそれを捉え引き千切った。
腕を押さえながらその光景を見る。また足元に捻子を見付けた。
それはころりと転がってやがて動きを止めた。
見れば隅に残積んで残した板の影や、床の隙間にも幾つか転がっている。
敵は消耗しているようだ。
そして、やはり。
「――歪虚は」
カリンの声と同じくして、歪虚も自身の消耗を感じたのだろう。
ハンター達を攻撃していた腕が止まる。好機とばかりに切り落とされても腕を再生させることはなく、胴体と脚が厚みを増した。
「これは……」
マキナも足元に釘を見付けた。
「戻す力を失ったのか」
靴先で足元から蹴り退けてアルトも告げる。
ならば、削ぎ続けるだけだ。
歪虚が新たに伸ばす腕で天井を目指す。
アリアがマテリアルの燐光を纏わせた刀を閃かせ、静謐な斬撃で真二つに切り下ろす。
片側が放棄されたように床に散らかる間際、その裂け目にほんの僅かな黒い染みが見えた。
「こちらのようね」
残る半身は球体に近い形状を取り、床の部品を吸い上げる様に回収しながら更に上を目指している。
引き留めるようにマキナが鞭を打ち込み、カリンも銃口を向けて狙いを据える。
ジャックとアルトが大きく削ぐと、一瞬、塊は解けて沈黙したように見えた。
「……まだだ」
気配は消えていない。どこだと見回す。
歪虚を構成していた部品を観察していたアルトとマキナさえ、大量に散らかった部品の中から見つけ出すのは困難に思えた。
目を凝らし、互いの隙を埋める様に床を探る。
目端のほんの些細な動きも逃さぬように。
こん、と軽い音を立てて釘が跳ねた。
視線を誘われる。その瞬間に反対側の部品が一掴みほど集まって球体を成す。
「逃がさねェぞ固羅ァ……ッ!」
万歳丸が声を張って、広げた毛布を被せる様に投じた。
中に捉えた歪虚が暴れるの動きを手に感じる。
暴れるそれに大して布は脆く、裂ける音と繊維を舞わせて抜け出した歪虚が、更に一回り分の部品を回収して壁に弾む。追撃の刃に割られながらも窓にぶつかり、工場の外へと転がった。
●
座り込んでいた案内人が慌てて鉄扉を開け周辺の捜索に向かったが、逃げ出した歪虚を見付けることはなかった。
姿は見えたと声が上がる。
それは黒い捻子の形をしていたようだ。
手足もない小さな黒い捻子が忍び込んで、機械全ての金属部品を自身の身体と、或いは剣と盾としたのだろう。
拾い上げた銀色の捻子は摘まんでも、握っても動き出す様子は無い。
そのことに一先ず安堵しながらも、調査を行うと言って床に散らかった部品を回収し一足先にオフィスへ戻る案内人を見送り、ハンター達は工場の片付けを手伝うことにした。
「力仕事ならお手のモンだし、紡績の現場ってのも興味あるしな」
ジャックが阪井に声を掛けた。
助かるよと阪井が腰を浮かせる。
「僕にとっても縁のある場所ですからね……」
手を差し伸べたマキナが工場を振り返る。
あの時も世話になったと、手を借りながらしみじみと。
アルトが鉄扉を広く開けると床に光りが傾れるように明るく照らした。
「この工場に不釣り合いな部品が残っているかも知れないからね」
片付けようと、促す様に声を掛ける。
始めようとジャックも阪井を励ます様に。エンリコも漸く落ち付いたブルームを肩に乗せてハンター達に続いた。
庭へ運び出して、床に残った部品を全て取り除き、無くした捻子や歯車が戻ればすぐに組み立てられるように揃えて並べ、綿は倉庫に仕舞い込む。
がらんと寂しい工場の中。
建物を買い取ったばかりの頃を思い出すと阪井が呟く。
「今度、ちゃんと見学に来させてくださいね!」
再稼働を待つ板を、柱を眺めて。カリンは溌剌とそう言った。
是非と目尻の皺を濃くしながら、阪井は穏やかに頷いた。
依頼結果
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捻子制圧!【相談卓】 カリン(ka5456) エルフ|17才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2017/03/20 17:15:12 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/18 19:09:25 |