ゲスト
(ka0000)
【陶曲】業火の79
マスター:cr

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/03/23 19:00
- 完成日
- 2017/03/31 16:59
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
天頂に差した太陽すらも渓谷の底を照らす事はない。
それほどに深く底の知れぬ大地の傷跡の周辺は、まるで谷の闇が辺りの生を吸い尽くしたかのように無機質な世界が広がっていた。
命と思しきものなど何一つ目にする事の出来ない、殺伐とした世界。
しかし、現在。
そこには大地の裂け目へと近付く男の姿があった。
カッツオ・ヴォイ――かつて殺人脚本家と呼ばれた人物だ。
規則正しい歩調と、首元にフリルを飾った黒のスーツ姿は、まるでこれから舞台に上がろうとする役者のように美麗。
しかし黒のシルクハットを目深に被った顔は不気味な仮面に覆われており、彼が目指すのは舞台などではなく眼前に広がる渓谷の『底』。
もしも見る者があれば声を上げる間もなかったであろう程に、彼は一瞬の躊躇いもなく谷へと身を投げた。
仮面の下の表情は伺い知れない。
声を上げる事もない。
無音と闇が支配する渓谷の奥底に、僅かに砂塵を舞い上げただけで着地してみせると、光すら届かぬ完全なる無視界を迷うことなく歩き始める。
そうしてしばらくの後に辿り着いた闇の虚空の、ただ一点を見つめて語りかける。
「ごきげんよう」
無音の世界に響く美しい声。
返す言葉はなく、それを彼自身も知りながら、尚。
「そろそろお目覚めになられてはいかがですかな? このままでは貴方一人が忘れられてしまいますよ」
静寂。
無。
それでも彼は。
「おそらく貴方も楽しめると思うのですが、ね」
尚も呟きかけるが、闇は一切の反応を示さない。
あえて滲ませた微かな感情にすら返されない手応えに、声の主は何年かぶりに付くため息とともに踵を返した。
声の主が去り、再び谷の奥底に静寂と無が訪れる。
――……ドクン……――。
地の奥底で何かが蠢き始めた。
●
蒸気工業都市フマーレ。工場が建ち並ぶその一角に彼女は現れた。
「あっ? ……なんだありゃ」
下を行く者たちは屋根の上に立つ彼女の姿を見つける。それに気づいたのか、彼女は下にいる者達に向けて手を振ってくる。
そんな突拍子もない事態に野次馬達が次々と集まってくる。その中でも工場で働く者達は外で何を起こっているかを気にせず、仕事に集中している。
そんな時だった。少女は突然こう言って指を鳴らした。
「それじゃぁ、ショーターイム☆」
その瞬間、彼女の背後で。つまり彼女の足元にある工場で、耳をつんざく爆発音と共に火柱が上がった。
そこに居た少女の名はナナ・ナイン。災厄の十三魔の一人だった。
●
「は~い☆ みんな~! 今日は、ナナのコンサートに来てくれてあ・り・が・とっ☆ 今日もどんどんステージを盛り上げて~、みんなのこと、殺しちゃうぞっ☆」
足元で起こる地獄絵図を尻目に、ナナはそうはしゃぐ。火柱は彼女を照らす舞台装置のよう。
「なんだか今日はとってもいい感じ☆ いい感じだから、ハンターのみんなも殺しちゃうぞ☆」
工場から慌てて逃げ出してきた者達と野次馬達が合わさって大混乱になっているその場所に、ナナは何かを手にとって投げ込む。それはちょうどナナを縮小コピーしたような人形だった。しかしそれに気を向ける者も居ない。皆この場所から逃げ出すことに必死なのだ。
そしてその時だった。その人形が大爆発を起こし、一帯に居た者達をまとめて吹き飛ばした。
「わーい、みんな死んだー☆ たのしー☆」
そこにハンター達が集まってくる。最高のテンションで大はしゃぎするナナを果たしてハンター達は止められるのか。
天頂に差した太陽すらも渓谷の底を照らす事はない。
それほどに深く底の知れぬ大地の傷跡の周辺は、まるで谷の闇が辺りの生を吸い尽くしたかのように無機質な世界が広がっていた。
命と思しきものなど何一つ目にする事の出来ない、殺伐とした世界。
しかし、現在。
そこには大地の裂け目へと近付く男の姿があった。
カッツオ・ヴォイ――かつて殺人脚本家と呼ばれた人物だ。
規則正しい歩調と、首元にフリルを飾った黒のスーツ姿は、まるでこれから舞台に上がろうとする役者のように美麗。
しかし黒のシルクハットを目深に被った顔は不気味な仮面に覆われており、彼が目指すのは舞台などではなく眼前に広がる渓谷の『底』。
もしも見る者があれば声を上げる間もなかったであろう程に、彼は一瞬の躊躇いもなく谷へと身を投げた。
仮面の下の表情は伺い知れない。
声を上げる事もない。
無音と闇が支配する渓谷の奥底に、僅かに砂塵を舞い上げただけで着地してみせると、光すら届かぬ完全なる無視界を迷うことなく歩き始める。
そうしてしばらくの後に辿り着いた闇の虚空の、ただ一点を見つめて語りかける。
「ごきげんよう」
無音の世界に響く美しい声。
返す言葉はなく、それを彼自身も知りながら、尚。
「そろそろお目覚めになられてはいかがですかな? このままでは貴方一人が忘れられてしまいますよ」
静寂。
無。
それでも彼は。
「おそらく貴方も楽しめると思うのですが、ね」
尚も呟きかけるが、闇は一切の反応を示さない。
あえて滲ませた微かな感情にすら返されない手応えに、声の主は何年かぶりに付くため息とともに踵を返した。
声の主が去り、再び谷の奥底に静寂と無が訪れる。
――……ドクン……――。
地の奥底で何かが蠢き始めた。
●
蒸気工業都市フマーレ。工場が建ち並ぶその一角に彼女は現れた。
「あっ? ……なんだありゃ」
下を行く者たちは屋根の上に立つ彼女の姿を見つける。それに気づいたのか、彼女は下にいる者達に向けて手を振ってくる。
そんな突拍子もない事態に野次馬達が次々と集まってくる。その中でも工場で働く者達は外で何を起こっているかを気にせず、仕事に集中している。
そんな時だった。少女は突然こう言って指を鳴らした。
「それじゃぁ、ショーターイム☆」
その瞬間、彼女の背後で。つまり彼女の足元にある工場で、耳をつんざく爆発音と共に火柱が上がった。
そこに居た少女の名はナナ・ナイン。災厄の十三魔の一人だった。
●
「は~い☆ みんな~! 今日は、ナナのコンサートに来てくれてあ・り・が・とっ☆ 今日もどんどんステージを盛り上げて~、みんなのこと、殺しちゃうぞっ☆」
足元で起こる地獄絵図を尻目に、ナナはそうはしゃぐ。火柱は彼女を照らす舞台装置のよう。
「なんだか今日はとってもいい感じ☆ いい感じだから、ハンターのみんなも殺しちゃうぞ☆」
工場から慌てて逃げ出してきた者達と野次馬達が合わさって大混乱になっているその場所に、ナナは何かを手にとって投げ込む。それはちょうどナナを縮小コピーしたような人形だった。しかしそれに気を向ける者も居ない。皆この場所から逃げ出すことに必死なのだ。
そしてその時だった。その人形が大爆発を起こし、一帯に居た者達をまとめて吹き飛ばした。
「わーい、みんな死んだー☆ たのしー☆」
そこにハンター達が集まってくる。最高のテンションで大はしゃぎするナナを果たしてハンター達は止められるのか。
リプレイ本文
●
阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこのことだった。
「ナナ嬢との邂逅は何度めだったかねぇ。とまれ、どうにかせにゃなるまいな」
業火の中逃げ惑う人々の中でエアルドフリス(ka1856)はそうつぶやく。しかしいつものような飄々とした態度はここまで。次の瞬間あらん限りの声を上げてこう叫んだ。
「我々はハンターだ、あんた方全員を救出する! だから押し合わず指示に従ってくれ」
その頃アスワド・ララ(ka4239)は工場の壁を駆け上がっていた。身体を地面と水平になるまで倒し一気に屋根の上まで駆け上がる。そこで足元の様子を見る。エアルドの一声が伝わったのか、少しではあるが落ち着きを取り戻した人々もいるようだ。
その情報を伝えられたセルゲン(ka6612)は最新情報をメモした地図にちらりと目をやり、最も安全なルートを確認するとやおら彼は薙刀を振りかぶり、石壁にその切っ先が叩きつけた。分厚い石壁ではあるが鬼の筋力でもって行えば一撃で大きくヒビが入る。
それを確認してか、エアルドも先程とはうって変わって口内で小さく呪句の詠唱を開始する。それが唱え終えられると紫色の光球が突如現れ石壁が吸い込まれていく。重力の塊と化したそれは石壁を飲み込み終えると消え失せ、その後には礫になるまで砕けた壁だけがあった。
エアルドの呪文が石壁に大穴を開けていた頃、セルゲンの薙刀も同じ様に石壁に穴を穿つ。
「エビフライ美味しいって生きてるからこそ、だよね」
そんな事を言っていた墨城 緋景(ka5753)は石壁の穴と工場の両方が視界に収まる場所に陣取っていた。そこで大きな身振り手振りをしながらこう言った。
「あっちが空いてるからほら向かって向かってー」
あたかも交通整理をするかのごとく人の流れを動かす墨城。
フェイル・シャーデンフロイデ(ka4808)も人混みを避けながらそこにいる人々に避難経路を指示していた。といってもこの状況である。人混みを避けるのも並大抵のことではない。そこで彼が選んだ経路。それは石壁の側面を駈けずり回ることであった。
アスワドは屋根の上から人の流れと経路を探る。そして一点を見つけるとそこに向かって手榴弾を投げ込んだ。
「緑の煙に向かって避難して下さい!」
彼の言葉通り投げ込まれた手榴弾は爆発するのではなく、煙を吹き上げる。その色の付いた煙は人々に取ってはっきりとした目標になったようだ。ようやく流れができ始める。
しかし流れが出来るということは、ある者にとっても人々を一網打尽にする機会を得るということだ。屋根の上でニコニコ笑っている理不尽が形を取ったような存在。ナナはこの時も誰を殺そうか値踏みをしていた。
そこでアシェール(ka2983)は石壁伝いに走り抜けナナの目に映る場所に飛び出し、こう叫んだ。
「はーい! 観客やりまーす!」
その言葉はナナには聞こえていたのだろうか。
●
「止めてやるわ、絶対に……!」
その頃、ナナを見上げる位置にアイビス・グラス(ka2477)が居た。緊急連絡を受けて来てみればこの状況だ。一刻も早くナナの元に辿り着くため身構える。
「大至急と呼ばれましたけどこれは、大当たりかな?」
そこに葛音 水月(ka1895)がやって来た。
「シリアルキラーのたぐいか? こいつは? なんとかして止めないと」
続けてやって来たカイン・マッコール(ka5336)がそう言う。彼はナナと実際に戦ったことはない。初めてその眼で見て素直な感想を漏らす。
「あの女を倒せばこれ以上の犠牲は出ないんだ……行くしかない!」
さらに来た南護 炎(ka6651)もそう決意していた。
人が集まったのを確認した葛音は手裏剣を投げた。それは人々にも他の何にも当たらずに真っ直ぐ飛ぶ。これだけでは意味がない。しかし、その時葛音の身体も引っ張られる用に飛び出していた。
手裏剣にマテリアルを紐付け、それで引っ張られる用に高速移動、この技を使って先を急ぐ。
葛音を先頭にチームは人混みを縫うように前に進み、ナナの元へと辿り着く。早速攻撃を仕掛けようとする彼ら。がその時突如横から巨大な影が飛び出してきた。
「『客』を殺してェ理由はしらねェが、その根性が気に入らねェ!」
それは万歳丸(ka5665)であった。構えを取り先手必勝とばかりに突進して攻撃を浴びせようとする。
しかしその拳が突き出される前にワイヤーウィップが飛ぶ。放たれたそれはナナの手に絡みつきその動きを止めようとする。
「ライブは、こちらでお願いしますね-?」
それを放ったのは葛音だった。
そしてそこに万歳丸のほんの一瞬だけ遅らせた拳が突き出される。ただの一撃ではない。流れるように放たれる三連打。タイミングを合わせることで回避する余地を無くす。
「よそ見してたら叩き切るぞ!!」
さらにそれだけではない。背後から南護が突進しながら斬りかかる。息の合った攻撃は常人には交わすことなど決して不可能だ。
「うわっと☆」
だが、ナナはそれすらもかわしていた。驚異的な回避能力を持つ彼女でもギリギリでかわせたコンビネーション。その考えは間違っては居なかった。しかしほんの少し運が悪かった。
南護はそのまま斬り抜け、残心を取る。そんな彼が見たのは止まらず連撃を繰り出す万歳丸だった。
「今のは」
一撃目をかわしていたナナは身体を反らしたまま腹部に手刀を突き刺す。
「危な」
二撃目をかわすと片手を振り下ろす。その手は万歳丸の巨体を斬り裂く。
「かったよ~☆」
三撃目もかわしたナナは逆の手で万歳丸の肉を抉った。彼の三連撃はそのままナナの手によって反撃の三連打と化していた。
「あはは、死んじゃった☆」
「死んでねェよ」
だがそれだけの攻撃を受けて万歳丸は変わること無く闘志を燃やしていた。
「すごーい、とってもタフなんだね☆ それじゃ後でちゃんと殺してあげるね☆」
戦いは始まったばかりだ。
●
「ナナか……。チッ、嫌な時に嫌な場所で現れやがって」
ナナがハンターと交戦した頃、その光景をジャック・エルギン(ka1522)は忌々しげに見ていた。
そんな彼の元にナナによく似た人形たちが近づいてくる。剣を構え戦いに向かうジャック。しかしその心にはもやもやとした何かが残ったままだった。
その一瞬の迷いが災いしたのか、人形が軽く飛び跳ね突き出してきた貫手がジャックの腕に突き刺さっていた。まともに喰らい血が染み出す。
そこに突如紅い糸が走る。一瞬後に、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が飛び込んできた。驚異的な速度で来た彼女だが、その速度は更に増す。彼女の身体は炎の様に輝き駆け抜ける。文字通り眼も追いつかないその速度、見えるものは彼女の幻。それすらもその速さの前にかき消され花弁が舞い散るかの様だった。
そして彼女が駆け抜けた後そこには真っ二つに斬り捨てられた人形がただ残っていた。
ジャックは先日、ナナの過去の幻像を見た。彼女が歪虚へと化すまでの物語。それを知って産まれてしまった迷い。
だがそれはアルトの一刀と共に振り払われた。自分が生まれ育った同盟の人々を守る。もう迷いは無い。改めてその剣を握り直すジャック。
「随分と過激な舞台だねぇ。ボクたちが来たからには幕引きとさせてもらおうか」
一方イルム=ローレ・エーレ(ka5113)は建物の屋上に登っていた。避難する人々と逆方向に進むのなら、こうやって外から回るのが効率いい。そうやって高いところに来てみれば、足元で動き回る人形たちの姿がよく見える。
そこで彼女は跳んだ。宙を舞う彼女から尾を引くように花びらが散る。
そして人形たちの中心に降り立つと踊るようなステップと共にレイピアを幾度も振るう。突き出される度に花びらが舞い、人形たちは傷ついていった。
しかしそれだけで人形は止まらない。人形は痛みを感じない。すかさず反撃を繰り出す人形たち。
腕を狙って突き出された手刀をイルムはダンスを続けるような足さばきでかわしていく、かわしていく、そしてまたかわす。足を止めての斬り合いではない形で勝負を挑む。
「……さて、難敵のようだな。では、俺はあのいかれたのと戦う仲間の露払いをしようか」
その人形を遠くから見ている者が居た。アバルト・ジンツァー(ka0895)であった。彼がイルムと人形をスコープを通して見つめる。その手には無骨な形状のライフルが握られている。その照準を合わせ、そして集中する。
すると彼のマテリアルが弾倉の弾丸に送り込まれていく。十分に送り込んだところでさらに送り込み、マテリアルを濃縮し、そしてトリガーを引く。
冷気と化したマテリアルが白い跡を残しながら一瞬で走る。そしてその弾丸が人形を撃ち抜いた時、人形は凍りつきその動きを止めていた。
●
小型のナナ人形とハンター達が交戦し始めた頃、一回り大きなナナ人形が人々が避難し始めた通りへと飛び降りてきた。
「婆は頭が悪いでのう。難しいことはよう分からんき、目の前のお人形さんを殴るだけじゃて」
それを婆(ka6451)が待ち構える。見た目は小柄な老婆だが、彼女はその実鬼、それもかつては戦鬼として恐れられた存在である。その長い間に渡って磨かれた拳はただそれだけで武器となり必殺技足り得る。
「一体を2、3人で対応するのが当然の相手に対して真正面から挑むのは得策とは言えません」
婆が最短距離を真っ直ぐ突っ込む時、マルカ・アニチキン(ka2542)は対象的に遠く離れた位置からその様子を見ていた。つい先刻までおどおどと怯えていた彼女からはそれが消え代わりに闘志が際立つ。
彼女は呪文の詠唱を開始する。同時に己の身体のマテリアルが全身を駆け巡る感覚が伝わる。そのマテリアルを整えつつ、詠唱を完成させると氷の矢が生み出され、次の瞬間それが発射された。
しかし人形までの距離は氷の矢を届かせるためには遠すぎる。氷の矢は当たる手前で掻き消えるのが道理であった。
だがマルカが整えたマテリアルはその足りないはずの距離を埋め合わせ、氷の矢は人形を貫く。冷気は人形の足元から周り地面へと凍りつかせる。その事を確認するかしないかのうちに、婆の真っ直ぐ突き出された拳が人形の顔面に叩き込まれていた。
「どうせ斬るなら人サイズの方が……萌えるじゃないですかッ」
その頃別の中型人形の元へハンス・ラインフェルト(ka6750)が駆けていた。人々は少しは混乱しつつも列を作り避難している。一方の人形の方はその人々の列へと突っ込もうとしていた。彼は目の前の状況に集中する、その歩みは早くなり、合わせるかのように刀の鯉口を静かに切った。
「皆殺しにすると言ったな? その言葉、そっくりそのまま貴様に返してやる」
その姿をコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)はライフルのスコープ越しに覗いていた。人形がどこに向かおうとしているのか。彼女にはその先を見なくてもよくわかった。逃げる人々の列に突っ込み惨劇を引き起こそうとしている。
そこで彼女は照準を下げトリガーを引く。その銃弾は人形の足元に落ちる。狙い通りだった。恐怖という感情を持たぬ人形とはいえ銃弾が突き刺さった場所に足を踏み出すのはためらっていた。
動きを止めた人形にハンスが刀を抜き討つ。まずは先手の一刀を打ち込んだところで彼は刀を握り直し、再び人形と対峙した。
●
ナナの致命的なカウンターを受けきり、耐え抜いた万歳丸。そこで今度はカインが動いた。彼一人にナナの攻撃にさらされる役目を任せるわけには行かない。
彼は闘気という名のマテリアルを一気に燃え上がらせる。その距離でそれだけの生命の輝きを見せられれば無視するわけには行かなかった。
ナナが手を振り下ろす、と思った瞬間、突如その手は消え、逆に下から上へ、振り上げられた。対峙する相手の裏をかくフェイントを入れてから手刀、振り上げ、逆袈裟で振り下ろし、貫手を二発、一呼吸で繰り出される四連打。
それが当たる寸前、カインは甲冑の面頬をカチャリという小さな音と共に下げ、盾を掲げて受ける、受ける、受け止めきる。
痛烈な衝撃に腕は痺れる。盾は曲がっている。しかし確かに受けきってみせた。盾すら貫きかねない連撃を。
そしてそうやって引き寄せた所に飛び込んできたものが居た。エヴァンス・カルヴィ(ka0639)だった。彼はカインへ攻撃をし終えたその隙に、脚元を払い刈り取る様に刀を一気に振り回す。
「お前まさか、自分の存在を忘れ去られるのが嫌だから暴れてんのか?」
しかしその言葉にナナは答えない。振るわれた刃も少し跳んでかわすと
「みんなのこと殺したいんだけど、ちょーっと、待っててね☆」
次に再び、今度は天高く飛び上がった。回転しながら跳んだナナの体が空中で突如として二体に分かれた。いや、それは彼女が抱え同時に飛び上がっていた人形であった。
●
その頃、セルゲンは薙刀にマントをくくりつけていた。巨大な旗と化したそれを振り回し避難者達を誘導していく。
そんなセルゲンの元へと墨城が避難民を誘導していくその最中、彼は他の方向にも注意を払っていた。そして。
「ん……あっち……? あぁ!」
彼が見たのは文字通りひとっ飛びでこの戦場を横断するナナの姿だった。すぐさまトランシーバーで仲間たちに連絡をする。
エアルドはその連絡を聞くやいなや詠唱を開始する。口の中で呪文を紡ぎながら視線を動かす。そこに見えたのはこちらに紛れ込もうとしている人形。そちらに視線を送り呪文を完成させれば稲妻が一直線に走り、空中で人形を撃ち抜く。
撃ち抜かれた人形はその瞬間巨大な火球と化し爆発する。これに巻き込まれていれば……爆風が頬に当たる感触にエアルドは戦慄していた。そして彼は避難する人々の最後尾に回る。もしもの時己の身を盾と化せるように。
高所に位置していたアスワドは人形たちを見るとすかさず弓に矢をつがえる。思い切り引き絞られて放たれた矢が一直線に飛び、人形の身体を弾く。しかし彼はそれを確認することも無く次の矢をつがえる。敵の数は多い。
フェイルはトランシーバーで連絡を受け振り向く。そこに人形が居た。
「さっさと止まってくれないかい? 人を殺すだけの無為な人形共はさぁ……」
その言葉だけ残して彼は急加速する。一瞬の内に間合いを詰めると、そのまま止まらずレイピアで貫く。敵の体重の軽さを利用して一気に人々から距離を離す。
「観客が私達では不満ですか?」
そして宙を舞っているナナにアシェ-ルはそう話しかけた。そんな彼女に気づいていないのか、ナナは何も返さない。代わりに送られて来たのは人形だった。
それに対しアシェールは素早く呪文を唱える。するとみるみる内に彼女の鎧に土砂が纏われていく。大きく膨れ上がった彼女がさらに盾を構えると巨大な砦のようだった。
そこに人形が飛び込んできた。表情も変えず、ただアシェールにしがみつこうとする。そして次の瞬間だった。
眼を焦がす閃光。耳をつんざく轟音。それと共に人形は爆発した。アシェールは一瞬の内に火の玉の中に飲み込まれていた。
ややあって光が晴れていく。しかしそこにはあれだけの爆発をまともに受け止め、立っている彼女の姿があった。
フェイルが貫き一緒に駆ける形になった人形。それは次の瞬間同じように大爆発を起こしていた。
だが爆風が収まった時、そこには傷つきながらもしっかりと立っているフェイルの姿があった。
「間に合ったようだな」
ハンターですら一撃で吹き飛ばすそれからフェイルを守ったのは、エアルドが作り出した土壁だった。
そこに続けざまに飛び込んでくる人形。それをアシェールはその砦の様な鎧で押さえ込む。爆発の衝撃が容赦なく傷つけても、彼女は再び立ち上がった。そして恐らく興味を持っていないであろうナナにこう叫んだ。
「途中退席は、しませんからね!」
●
一方工場の逆サイドに音も無く降り立ったナナ。それを挟み込むように二人の女性が立っていた。星輝 Amhran(ka0724)とUisca Amhran(ka0754)の姉妹である。
いつものように変わらぬ笑顔のままのナナを、イスカは強い決意のこもった眼差しで見つめる。その意志の力がこの歪虚を追い詰めるための結界を作る。中に居るのはナナと姉妹のみ。そのことにナナ自身は気づいても居ない。
「一族の怨敵よ、天音の黒巫女が参る!」
そしてキララは駆ける。マテリアルの流れを産み出し、それに乗り一瞬で間合いを詰める。残像も残るほどの高速で飛び込み、太刀を掲げたその刹那彼女の姿は黒龍のそれへと変わった。龍が喰らい飲み込むかのごとく一瞬のうちの二連打を打ち込む。
「ざんねーん☆」
だが、ナナはそれをあっさりと回避する。そしてカウンターを食らわせようとしたときだった。
「あなたを絶対止めてやるわ……ッ!」
流星錘が風を切り、彼女の死角から飛んできた。ナナはとっさにそれをかわすが、反撃もそれで中断された。それはアイビスだった。彼女は離れた位置から本命の一撃を当てるための牽制を行っていた。そして牽制を放つ者はもう一人いた。
「同じ元『人形』として、幾らか同情するよ」
壁にショットアンカーが撃ち込まれ、ワイヤーを引き戻して十色 エニア(ka0370)が屋根の上に飛び乗る。そのまま水の弾丸を放つエニア。それをナナがクルクルと踊るようにかわしたときだった。
「もう一度聞くよ? 拍手の来ない今の舞台は、寂しくない?」
マテリアルを練り上げたエニア。その体から溢れ出すマテリアルの輝きはまるで羽のよう。そして冷気の嵐が一帯を覆う。もはや逃げ場はない。
いや、逃げ場はあった。上だった。高く高く飛び上がり、それをかわすナナ。
しかし、それも連携の一環だった。天高く飛ぶナナへと、黒い残像を残しながらキララが飛び込む。天を駆ける黒龍はナナを呑み込み、喰らおうとする。再び上下から振るわれる太刀。
ナナは体を奇妙に捻じ曲げながらそれをかわす。そして反撃の手刀を放つ。妖刀の力を体内に取り込み振るわれるそれは達人の一刀をも凌ぐ切れ味と速さを持つ。
だが、キララは避ける場所の無いはずのそれを避ける。避ける。空中で一瞬のうちに互いの斬撃が交錯するが、それは互いに相手を傷つけない。
「今日のナナちゃん、らしくないっ」
空中で舞い踊る様に戦う二人の落下点へイスカが駆け込んできていた。二人が着地した瞬間に一太刀を浴びせようと祈りを込める。すると彼女の持つ杖は輝きと共に聖剣の姿へと変わった。
そして二人は着地した。黒き太刀筋と共にその得物を振るうキララ。白き輝きと共に聖剣を振り下ろすイスカ。そしてその二人の心臓を抉るかのように手を突き出すナナ。
「速く……なってる?」
その時イスカは気づいた。彼女はナナと何度も対峙したことがある。だからこそわかった。元より速かった彼女の動きはさらに速くなっている。
キララも同じことを感じていた。しかし黒龍の加護と共に動く彼女にはその動きに対応できていた。それは過ちではなかった。
急所を狙う一撃を避けるキララ。だがその手は彼女の元へと届かない。
「……フェイント?!」
気づいたときには遅かった。ナナにとっても会心の一撃が彼女の急所を抉る。余りにも鋭い一撃に何もかもが間に合わなかった。
崩れ落ちる姉の姿に叫び声を上げそうになるイスカ。しかし、それよりも先に、笑顔と共に突き出された一撃が彼女の急所をも抉ろうとしていた。
その時イスカは歌った。白龍への祈りを表した歌は光の壁という形で顕現し、ナナの手とぶつかり合ってキラキラと散る。急所への一撃から身を護った彼女はすかさず反撃を試みるが、それより早くナナは飛び退いていた。
次なる牽制を放とうとしていたアイビスは、こちらに向かってくるナナから距離を取ろうと跳び急加速。しかしナナも空中で加速するとこちらへと迫ってくる。
「次はそっちだよ☆」
「相変わらず馬鹿げた『遊び』をするわね、ナナ……!」
恐らくこちらがしたのと同じ様に、自分に引き寄せられるように動いているのだと理解したアイビスは盾を掲げて構える。そこに振り下ろされる一撃。それはフェイント。そして今度こそ本命の攻撃が向かってくる。アイビスはそれを冷静に見極め体を傾けてかわす。
続けてくる横薙ぎの手刀。今度はそれを盾で受け止める。
「それ邪魔☆」
その時ナナの笑顔が見えた。それにアイビスが気がついた時、盾を持つ肩口に手が突き刺さっていた。さしものアイビスにも見極められぬ一撃だった。
そしてナナは手刀を振り上げる。アイビスは盾で抑えようとするが、痛恨の一撃が盾を掲げることを許さなかった。
朱に染まった視界の中でアイビスが最後に見たのはナナの変わらぬ笑顔だった。
●
アバルトがスコープ越しに見たものは、笑顔のまま凍りついた人形の姿だった。自分の弾丸は確かに動きを止めた。あとは……。
引き金を引き、同時にマテリアルを右手越しに弾丸に込める。その力で更に加速した弾丸が人形を撃ち抜くとややあってヒビが入り、そして砕けていった。
アルトは人形たちの間を駆け抜ける。鍔鳴りが何度も響き、刃身が煌めく。だが次の瞬間血が飛び散った。彼女の左右には人形たち。その手が二の腕に突き刺さっている。
しかし彼女はそのまま両腕に力を込め、そしてもう一度鍔が鳴った。それで彼女の両側にぶら下がっていた人形たちは腰から下が切り離され、その後で崩れていった。
イルムが舞い踊り終えた瞬間だった。人形の手が突き刺さる。滴り落ちる血の中で彼女は何かを感じた。レイピアを人形の腕の元へと差し込み、弾くように振るう。人形の腕が抜けると同時に血が吹き出し、体力が一気に奪われていく。そして弾き飛ばされた人形は表情を変えず空中に舞い、次の瞬間爆発した。
爆風に巻き込まれるイルム。だがその致命的な一撃から彼女を守る物があった。突如現れた土壁が爆風から彼女を守り、役目を果たすと消えていった。
その様子をマルカは見ていた。己の術で仲間と人々を守ることが出来たことに少なからぬ充実感を感じていた。
避難民達を背負う形で仁王立ちするジャック。そこに人形が飛んでくる。
「好きに、させっかよ!!」
ジャックは吼えた。そして鞭を振るった。しなる鞭は人形に絡みつき、振り回し、そして遥か彼方へ投げ飛ばした。
巻き起こる大爆発。火球は花火のように空中に開きそして消えた。その光がジャックの頬を照らしたことが、彼が人々を守りきったことを示していた。
●
婆の喉元に貫手が繰り出される。血しぶきが飛ぶ。その血を浴びながら、婆は人形の手を確かに掴んでいた。そのまま手首を捻り、人形の体を一回転させて頭から落とす。
「テロリストは死刑だ。貴様らとて例外ではない。綺麗さっぱり死ねると思うなよ?」
そこをコーネリアは狙っていた。彼女の周囲を突如粉雪が舞う。そしてそれが銃口に吸い込まれていったかと思うと、次の瞬間銃声と共に弾丸が放たれた。
弾丸が人形を貫くと、そこから冷気が吹き出し人形を凍らせていく。そのときにはもう次の弾丸はセットされていた。マテリアルにより加速された弾丸が放たれ人形を再び貫く。
だが、それだけ受けても人形は砕けなかった。いや、その状態で振り上げた手刀は婆の脚を切り裂いていた。
婆の長年の経験は、己が戦えるのがあと僅かなことを理解していた。だから最後の力を振るう。振り上げきった腕を掴むと背負うように投げる。
空中に舞う人形の体。そこに思い切り力を込めた拳が繰り出される。その一撃は人形の顔を砕き、その体を吹き飛ばす。そして吹き飛ばされた人形は空中で爆発四散した。
その光に照らされながら婆は意識を手放していた。
ハンスは人形と斬り結んでいた。何度も突き出される手刀を既の所でかわしつづけていた。だが、人形には体力が尽きることも精神が乱れることもない。少しずつ間合いを縮め、そしてとうとうその一撃はハンスの脚に刺さっていた。
人形はもとより笑っている。そのままハンスの命を奪うべく心臓目掛け貫手を繰り出す。もう間に合わない……。
だが、そこに光り輝く鳥が羽ばたいてきた。そしてそれは人形の手とハンスの間に飛び込み、手を受け止めた。
墨城の符、それが間に合っていた。符を鳥に変え攻撃を受け止める。それが勝負を決めた。
確信を得たハンスはさらに一刻加速する。そして。
「……疾ッ」
迷わず放たれた突きは確かに人形の体を貫き、その動きを止めた。
●
アイビスを血祭りにあげ、ナナは笑顔で今度は工場の下へと降りようとする。だがその前にカインが立ちはだかった。
「ナナのこと待っててくれたの? それじゃあ、先に殺しちゃうね☆」
言葉が終わるより前にナナの連撃が繰り出される。金属同士がぶつかる澄んだ音が一瞬の内に四回響く。しかしその音が響き終えた時、カインは傷一つ無くその場に立っていた。
「生憎ここはライブ会場じゃねえんだ、また別の機会作ってやるから今は引きな!」
そこにエヴァンスが飛び込み刀をまっすぐ振り下ろす。
南護は剣を横薙ぎにしつつ体を流し、退路を塞ぐ。
イスカは光の剣を逆袈裟に振り上げる。
さらに葛音のワイヤーとエニアの水弾が重ねられる。しかし。
「さすが未だ前線の歪虚といいますか……これでもですか!」
葛音が思わずそう叫ぶほどに、それだけの攻撃を重ねられてもナナはその全てをかわしていた。
「言ったでしょ? 今日のナナは、とっても調子いいの☆」
人と限りなく近い姿の歪虚はだが、確かに人ではなかった。それだけの攻撃を体を捻じ曲げながらかわしきったその姿は、ほんの僅かな違いが大きな差異に感じられ、吐き気を催すほどに奇怪に感じられた。そして。
「だからみんなのこと、殺しちゃうぞ☆」
一瞬の内にその手が刃となりカインの鎧の隙間から差し込まれていた。それは誰にも見きれなかった。急所を的確に貫いた一撃の前に、もはやカインは立っていることはできなかった。
カインの体が崩れ落ちた時、エヴァンスが見たのは己に迫るナナの姿だった。とっさにカウンターを狙い刀を構える。
「はーい、ざんねーん☆」
だがそれはフェイントだった。がら空きになった腹部に手刀を二発。鎧はもはや役に立たない。的確に急所をえぐり取り、それで彼の体は地面に沈んでいた。
次は南護に迫るナナ。しかし彼はその時、ナナではなく別の場所を見ていた。
「……避難誘導組はうまくいってるか……」
人々は確かに誘導され、ほぼ避難を終えていた。腕、胴、脚、胴。最初の一撃を受け流すのが南護に出来る精一杯だった。だが薄れ行く意識の中彼は己がなすべきことを確かに成し遂げたことを感じていた。
三人を倒し終えたナナは葛音に迫る。それをかわしながらワイヤーを繰り出し絡め取ろうとする葛音。
しかしナナの手刀はそれよりも早かった。防御が間に合わず、腹部に痛撃を喰らう。
人を殺める事に取り憑かれた歪虚に一切の迷いは無い。とどめの一撃が繰り出される。だが。
「もう☆ そんなに慌てなくてもいいのに☆」
万歳丸は己の体をそこに滑り込ませ、代わりにその一撃を受け止めていた。
「それじゃあ、特別にそっちから殺しちゃうね☆」
仁王立ちする万歳丸にナナはその手を突き出す。全てが急所へと差し込まれ、肉を切り裂き骨を砕く。ナナは彼の体から吹き出した返り血のシャワーを浴び恍惚の時を迎えていたのだろうか。だが。
「……ねえ、どうして死なないの?」
それだけの連撃を受けても万歳丸は未だ立っていた。いや、その闘志はさらに盛り上がっていた。そして。
「テメェに報いを喰らわすためだ! その性根、打ち直してやらァ!」
再びハンター達はタイミングを合わせ攻撃を重ねる。それをナナはかわそうとした。だが、いくら貫き斬り裂いても死なぬ万歳丸の姿が彼女の心をかき乱したのか。
「……痛い……ナナこんなの嫌い」
万歳丸の拳に頬を打たれ、ナナは不満を漏らす。しかし表情は変わらない。
「ナナ帰る……」
そして彼女は己の身を工場の下へと投げ出していった。
●
ナナが去った後、突然雨が振り始めた。それはこの時恵みの雨であった。火の勢いが収まっていく。
「さすがに、アンコールはしたくないですね」
傷つき倒れたハンター達の姿を見ながらアシェールはそう漏らす。しかし確かにハンター達は人々を守り抜いたのだ。
●
工場の下。ナナが着地した所にバイクが停まっていた。
「私は知っている。彼女がああなった理由を」
足音が響く。
「私は知っている。かつての彼女の絶望を。私は知っている。かつての彼女の羨望を。私は知っている」
影から一人の女性が姿を現す。
「私と彼女は、髪の毛一本程のほんの少しの差しか無いことを」
それはフィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)だった。
「だから私は止める。かつての彼女を、誰よりも理解できる者として」
フィーナの前に展開された宝珠が輝き光の矢を放つ。それを交わしナナは一気に迫りくる。
「繰り人形なんて、以前と同じ。自由じゃない。ナナ。貴女を、行かせない」
だが間合いを詰められながら彼女は動かない。代わりに宝珠から火球が生み出される。そして限界まで大きくなった時、それは放たれた。しかし。
「……今度こそ殺しちゃうね☆」
手はフィーナの体を貫いていた。主を失った火球は虚空に飛びそこで爆発した。
魔法陣が地面に描かれる。そこにナナがその身を投げ出すと、彼女の体は吸い込まれ消えていった。
後に残ったのはフィーナのみ。血溜まりに沈んだ彼女の体を雨はただ濡らしていた。
阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこのことだった。
「ナナ嬢との邂逅は何度めだったかねぇ。とまれ、どうにかせにゃなるまいな」
業火の中逃げ惑う人々の中でエアルドフリス(ka1856)はそうつぶやく。しかしいつものような飄々とした態度はここまで。次の瞬間あらん限りの声を上げてこう叫んだ。
「我々はハンターだ、あんた方全員を救出する! だから押し合わず指示に従ってくれ」
その頃アスワド・ララ(ka4239)は工場の壁を駆け上がっていた。身体を地面と水平になるまで倒し一気に屋根の上まで駆け上がる。そこで足元の様子を見る。エアルドの一声が伝わったのか、少しではあるが落ち着きを取り戻した人々もいるようだ。
その情報を伝えられたセルゲン(ka6612)は最新情報をメモした地図にちらりと目をやり、最も安全なルートを確認するとやおら彼は薙刀を振りかぶり、石壁にその切っ先が叩きつけた。分厚い石壁ではあるが鬼の筋力でもって行えば一撃で大きくヒビが入る。
それを確認してか、エアルドも先程とはうって変わって口内で小さく呪句の詠唱を開始する。それが唱え終えられると紫色の光球が突如現れ石壁が吸い込まれていく。重力の塊と化したそれは石壁を飲み込み終えると消え失せ、その後には礫になるまで砕けた壁だけがあった。
エアルドの呪文が石壁に大穴を開けていた頃、セルゲンの薙刀も同じ様に石壁に穴を穿つ。
「エビフライ美味しいって生きてるからこそ、だよね」
そんな事を言っていた墨城 緋景(ka5753)は石壁の穴と工場の両方が視界に収まる場所に陣取っていた。そこで大きな身振り手振りをしながらこう言った。
「あっちが空いてるからほら向かって向かってー」
あたかも交通整理をするかのごとく人の流れを動かす墨城。
フェイル・シャーデンフロイデ(ka4808)も人混みを避けながらそこにいる人々に避難経路を指示していた。といってもこの状況である。人混みを避けるのも並大抵のことではない。そこで彼が選んだ経路。それは石壁の側面を駈けずり回ることであった。
アスワドは屋根の上から人の流れと経路を探る。そして一点を見つけるとそこに向かって手榴弾を投げ込んだ。
「緑の煙に向かって避難して下さい!」
彼の言葉通り投げ込まれた手榴弾は爆発するのではなく、煙を吹き上げる。その色の付いた煙は人々に取ってはっきりとした目標になったようだ。ようやく流れができ始める。
しかし流れが出来るということは、ある者にとっても人々を一網打尽にする機会を得るということだ。屋根の上でニコニコ笑っている理不尽が形を取ったような存在。ナナはこの時も誰を殺そうか値踏みをしていた。
そこでアシェール(ka2983)は石壁伝いに走り抜けナナの目に映る場所に飛び出し、こう叫んだ。
「はーい! 観客やりまーす!」
その言葉はナナには聞こえていたのだろうか。
●
「止めてやるわ、絶対に……!」
その頃、ナナを見上げる位置にアイビス・グラス(ka2477)が居た。緊急連絡を受けて来てみればこの状況だ。一刻も早くナナの元に辿り着くため身構える。
「大至急と呼ばれましたけどこれは、大当たりかな?」
そこに葛音 水月(ka1895)がやって来た。
「シリアルキラーのたぐいか? こいつは? なんとかして止めないと」
続けてやって来たカイン・マッコール(ka5336)がそう言う。彼はナナと実際に戦ったことはない。初めてその眼で見て素直な感想を漏らす。
「あの女を倒せばこれ以上の犠牲は出ないんだ……行くしかない!」
さらに来た南護 炎(ka6651)もそう決意していた。
人が集まったのを確認した葛音は手裏剣を投げた。それは人々にも他の何にも当たらずに真っ直ぐ飛ぶ。これだけでは意味がない。しかし、その時葛音の身体も引っ張られる用に飛び出していた。
手裏剣にマテリアルを紐付け、それで引っ張られる用に高速移動、この技を使って先を急ぐ。
葛音を先頭にチームは人混みを縫うように前に進み、ナナの元へと辿り着く。早速攻撃を仕掛けようとする彼ら。がその時突如横から巨大な影が飛び出してきた。
「『客』を殺してェ理由はしらねェが、その根性が気に入らねェ!」
それは万歳丸(ka5665)であった。構えを取り先手必勝とばかりに突進して攻撃を浴びせようとする。
しかしその拳が突き出される前にワイヤーウィップが飛ぶ。放たれたそれはナナの手に絡みつきその動きを止めようとする。
「ライブは、こちらでお願いしますね-?」
それを放ったのは葛音だった。
そしてそこに万歳丸のほんの一瞬だけ遅らせた拳が突き出される。ただの一撃ではない。流れるように放たれる三連打。タイミングを合わせることで回避する余地を無くす。
「よそ見してたら叩き切るぞ!!」
さらにそれだけではない。背後から南護が突進しながら斬りかかる。息の合った攻撃は常人には交わすことなど決して不可能だ。
「うわっと☆」
だが、ナナはそれすらもかわしていた。驚異的な回避能力を持つ彼女でもギリギリでかわせたコンビネーション。その考えは間違っては居なかった。しかしほんの少し運が悪かった。
南護はそのまま斬り抜け、残心を取る。そんな彼が見たのは止まらず連撃を繰り出す万歳丸だった。
「今のは」
一撃目をかわしていたナナは身体を反らしたまま腹部に手刀を突き刺す。
「危な」
二撃目をかわすと片手を振り下ろす。その手は万歳丸の巨体を斬り裂く。
「かったよ~☆」
三撃目もかわしたナナは逆の手で万歳丸の肉を抉った。彼の三連撃はそのままナナの手によって反撃の三連打と化していた。
「あはは、死んじゃった☆」
「死んでねェよ」
だがそれだけの攻撃を受けて万歳丸は変わること無く闘志を燃やしていた。
「すごーい、とってもタフなんだね☆ それじゃ後でちゃんと殺してあげるね☆」
戦いは始まったばかりだ。
●
「ナナか……。チッ、嫌な時に嫌な場所で現れやがって」
ナナがハンターと交戦した頃、その光景をジャック・エルギン(ka1522)は忌々しげに見ていた。
そんな彼の元にナナによく似た人形たちが近づいてくる。剣を構え戦いに向かうジャック。しかしその心にはもやもやとした何かが残ったままだった。
その一瞬の迷いが災いしたのか、人形が軽く飛び跳ね突き出してきた貫手がジャックの腕に突き刺さっていた。まともに喰らい血が染み出す。
そこに突如紅い糸が走る。一瞬後に、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が飛び込んできた。驚異的な速度で来た彼女だが、その速度は更に増す。彼女の身体は炎の様に輝き駆け抜ける。文字通り眼も追いつかないその速度、見えるものは彼女の幻。それすらもその速さの前にかき消され花弁が舞い散るかの様だった。
そして彼女が駆け抜けた後そこには真っ二つに斬り捨てられた人形がただ残っていた。
ジャックは先日、ナナの過去の幻像を見た。彼女が歪虚へと化すまでの物語。それを知って産まれてしまった迷い。
だがそれはアルトの一刀と共に振り払われた。自分が生まれ育った同盟の人々を守る。もう迷いは無い。改めてその剣を握り直すジャック。
「随分と過激な舞台だねぇ。ボクたちが来たからには幕引きとさせてもらおうか」
一方イルム=ローレ・エーレ(ka5113)は建物の屋上に登っていた。避難する人々と逆方向に進むのなら、こうやって外から回るのが効率いい。そうやって高いところに来てみれば、足元で動き回る人形たちの姿がよく見える。
そこで彼女は跳んだ。宙を舞う彼女から尾を引くように花びらが散る。
そして人形たちの中心に降り立つと踊るようなステップと共にレイピアを幾度も振るう。突き出される度に花びらが舞い、人形たちは傷ついていった。
しかしそれだけで人形は止まらない。人形は痛みを感じない。すかさず反撃を繰り出す人形たち。
腕を狙って突き出された手刀をイルムはダンスを続けるような足さばきでかわしていく、かわしていく、そしてまたかわす。足を止めての斬り合いではない形で勝負を挑む。
「……さて、難敵のようだな。では、俺はあのいかれたのと戦う仲間の露払いをしようか」
その人形を遠くから見ている者が居た。アバルト・ジンツァー(ka0895)であった。彼がイルムと人形をスコープを通して見つめる。その手には無骨な形状のライフルが握られている。その照準を合わせ、そして集中する。
すると彼のマテリアルが弾倉の弾丸に送り込まれていく。十分に送り込んだところでさらに送り込み、マテリアルを濃縮し、そしてトリガーを引く。
冷気と化したマテリアルが白い跡を残しながら一瞬で走る。そしてその弾丸が人形を撃ち抜いた時、人形は凍りつきその動きを止めていた。
●
小型のナナ人形とハンター達が交戦し始めた頃、一回り大きなナナ人形が人々が避難し始めた通りへと飛び降りてきた。
「婆は頭が悪いでのう。難しいことはよう分からんき、目の前のお人形さんを殴るだけじゃて」
それを婆(ka6451)が待ち構える。見た目は小柄な老婆だが、彼女はその実鬼、それもかつては戦鬼として恐れられた存在である。その長い間に渡って磨かれた拳はただそれだけで武器となり必殺技足り得る。
「一体を2、3人で対応するのが当然の相手に対して真正面から挑むのは得策とは言えません」
婆が最短距離を真っ直ぐ突っ込む時、マルカ・アニチキン(ka2542)は対象的に遠く離れた位置からその様子を見ていた。つい先刻までおどおどと怯えていた彼女からはそれが消え代わりに闘志が際立つ。
彼女は呪文の詠唱を開始する。同時に己の身体のマテリアルが全身を駆け巡る感覚が伝わる。そのマテリアルを整えつつ、詠唱を完成させると氷の矢が生み出され、次の瞬間それが発射された。
しかし人形までの距離は氷の矢を届かせるためには遠すぎる。氷の矢は当たる手前で掻き消えるのが道理であった。
だがマルカが整えたマテリアルはその足りないはずの距離を埋め合わせ、氷の矢は人形を貫く。冷気は人形の足元から周り地面へと凍りつかせる。その事を確認するかしないかのうちに、婆の真っ直ぐ突き出された拳が人形の顔面に叩き込まれていた。
「どうせ斬るなら人サイズの方が……萌えるじゃないですかッ」
その頃別の中型人形の元へハンス・ラインフェルト(ka6750)が駆けていた。人々は少しは混乱しつつも列を作り避難している。一方の人形の方はその人々の列へと突っ込もうとしていた。彼は目の前の状況に集中する、その歩みは早くなり、合わせるかのように刀の鯉口を静かに切った。
「皆殺しにすると言ったな? その言葉、そっくりそのまま貴様に返してやる」
その姿をコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)はライフルのスコープ越しに覗いていた。人形がどこに向かおうとしているのか。彼女にはその先を見なくてもよくわかった。逃げる人々の列に突っ込み惨劇を引き起こそうとしている。
そこで彼女は照準を下げトリガーを引く。その銃弾は人形の足元に落ちる。狙い通りだった。恐怖という感情を持たぬ人形とはいえ銃弾が突き刺さった場所に足を踏み出すのはためらっていた。
動きを止めた人形にハンスが刀を抜き討つ。まずは先手の一刀を打ち込んだところで彼は刀を握り直し、再び人形と対峙した。
●
ナナの致命的なカウンターを受けきり、耐え抜いた万歳丸。そこで今度はカインが動いた。彼一人にナナの攻撃にさらされる役目を任せるわけには行かない。
彼は闘気という名のマテリアルを一気に燃え上がらせる。その距離でそれだけの生命の輝きを見せられれば無視するわけには行かなかった。
ナナが手を振り下ろす、と思った瞬間、突如その手は消え、逆に下から上へ、振り上げられた。対峙する相手の裏をかくフェイントを入れてから手刀、振り上げ、逆袈裟で振り下ろし、貫手を二発、一呼吸で繰り出される四連打。
それが当たる寸前、カインは甲冑の面頬をカチャリという小さな音と共に下げ、盾を掲げて受ける、受ける、受け止めきる。
痛烈な衝撃に腕は痺れる。盾は曲がっている。しかし確かに受けきってみせた。盾すら貫きかねない連撃を。
そしてそうやって引き寄せた所に飛び込んできたものが居た。エヴァンス・カルヴィ(ka0639)だった。彼はカインへ攻撃をし終えたその隙に、脚元を払い刈り取る様に刀を一気に振り回す。
「お前まさか、自分の存在を忘れ去られるのが嫌だから暴れてんのか?」
しかしその言葉にナナは答えない。振るわれた刃も少し跳んでかわすと
「みんなのこと殺したいんだけど、ちょーっと、待っててね☆」
次に再び、今度は天高く飛び上がった。回転しながら跳んだナナの体が空中で突如として二体に分かれた。いや、それは彼女が抱え同時に飛び上がっていた人形であった。
●
その頃、セルゲンは薙刀にマントをくくりつけていた。巨大な旗と化したそれを振り回し避難者達を誘導していく。
そんなセルゲンの元へと墨城が避難民を誘導していくその最中、彼は他の方向にも注意を払っていた。そして。
「ん……あっち……? あぁ!」
彼が見たのは文字通りひとっ飛びでこの戦場を横断するナナの姿だった。すぐさまトランシーバーで仲間たちに連絡をする。
エアルドはその連絡を聞くやいなや詠唱を開始する。口の中で呪文を紡ぎながら視線を動かす。そこに見えたのはこちらに紛れ込もうとしている人形。そちらに視線を送り呪文を完成させれば稲妻が一直線に走り、空中で人形を撃ち抜く。
撃ち抜かれた人形はその瞬間巨大な火球と化し爆発する。これに巻き込まれていれば……爆風が頬に当たる感触にエアルドは戦慄していた。そして彼は避難する人々の最後尾に回る。もしもの時己の身を盾と化せるように。
高所に位置していたアスワドは人形たちを見るとすかさず弓に矢をつがえる。思い切り引き絞られて放たれた矢が一直線に飛び、人形の身体を弾く。しかし彼はそれを確認することも無く次の矢をつがえる。敵の数は多い。
フェイルはトランシーバーで連絡を受け振り向く。そこに人形が居た。
「さっさと止まってくれないかい? 人を殺すだけの無為な人形共はさぁ……」
その言葉だけ残して彼は急加速する。一瞬の内に間合いを詰めると、そのまま止まらずレイピアで貫く。敵の体重の軽さを利用して一気に人々から距離を離す。
「観客が私達では不満ですか?」
そして宙を舞っているナナにアシェ-ルはそう話しかけた。そんな彼女に気づいていないのか、ナナは何も返さない。代わりに送られて来たのは人形だった。
それに対しアシェールは素早く呪文を唱える。するとみるみる内に彼女の鎧に土砂が纏われていく。大きく膨れ上がった彼女がさらに盾を構えると巨大な砦のようだった。
そこに人形が飛び込んできた。表情も変えず、ただアシェールにしがみつこうとする。そして次の瞬間だった。
眼を焦がす閃光。耳をつんざく轟音。それと共に人形は爆発した。アシェールは一瞬の内に火の玉の中に飲み込まれていた。
ややあって光が晴れていく。しかしそこにはあれだけの爆発をまともに受け止め、立っている彼女の姿があった。
フェイルが貫き一緒に駆ける形になった人形。それは次の瞬間同じように大爆発を起こしていた。
だが爆風が収まった時、そこには傷つきながらもしっかりと立っているフェイルの姿があった。
「間に合ったようだな」
ハンターですら一撃で吹き飛ばすそれからフェイルを守ったのは、エアルドが作り出した土壁だった。
そこに続けざまに飛び込んでくる人形。それをアシェールはその砦の様な鎧で押さえ込む。爆発の衝撃が容赦なく傷つけても、彼女は再び立ち上がった。そして恐らく興味を持っていないであろうナナにこう叫んだ。
「途中退席は、しませんからね!」
●
一方工場の逆サイドに音も無く降り立ったナナ。それを挟み込むように二人の女性が立っていた。星輝 Amhran(ka0724)とUisca Amhran(ka0754)の姉妹である。
いつものように変わらぬ笑顔のままのナナを、イスカは強い決意のこもった眼差しで見つめる。その意志の力がこの歪虚を追い詰めるための結界を作る。中に居るのはナナと姉妹のみ。そのことにナナ自身は気づいても居ない。
「一族の怨敵よ、天音の黒巫女が参る!」
そしてキララは駆ける。マテリアルの流れを産み出し、それに乗り一瞬で間合いを詰める。残像も残るほどの高速で飛び込み、太刀を掲げたその刹那彼女の姿は黒龍のそれへと変わった。龍が喰らい飲み込むかのごとく一瞬のうちの二連打を打ち込む。
「ざんねーん☆」
だが、ナナはそれをあっさりと回避する。そしてカウンターを食らわせようとしたときだった。
「あなたを絶対止めてやるわ……ッ!」
流星錘が風を切り、彼女の死角から飛んできた。ナナはとっさにそれをかわすが、反撃もそれで中断された。それはアイビスだった。彼女は離れた位置から本命の一撃を当てるための牽制を行っていた。そして牽制を放つ者はもう一人いた。
「同じ元『人形』として、幾らか同情するよ」
壁にショットアンカーが撃ち込まれ、ワイヤーを引き戻して十色 エニア(ka0370)が屋根の上に飛び乗る。そのまま水の弾丸を放つエニア。それをナナがクルクルと踊るようにかわしたときだった。
「もう一度聞くよ? 拍手の来ない今の舞台は、寂しくない?」
マテリアルを練り上げたエニア。その体から溢れ出すマテリアルの輝きはまるで羽のよう。そして冷気の嵐が一帯を覆う。もはや逃げ場はない。
いや、逃げ場はあった。上だった。高く高く飛び上がり、それをかわすナナ。
しかし、それも連携の一環だった。天高く飛ぶナナへと、黒い残像を残しながらキララが飛び込む。天を駆ける黒龍はナナを呑み込み、喰らおうとする。再び上下から振るわれる太刀。
ナナは体を奇妙に捻じ曲げながらそれをかわす。そして反撃の手刀を放つ。妖刀の力を体内に取り込み振るわれるそれは達人の一刀をも凌ぐ切れ味と速さを持つ。
だが、キララは避ける場所の無いはずのそれを避ける。避ける。空中で一瞬のうちに互いの斬撃が交錯するが、それは互いに相手を傷つけない。
「今日のナナちゃん、らしくないっ」
空中で舞い踊る様に戦う二人の落下点へイスカが駆け込んできていた。二人が着地した瞬間に一太刀を浴びせようと祈りを込める。すると彼女の持つ杖は輝きと共に聖剣の姿へと変わった。
そして二人は着地した。黒き太刀筋と共にその得物を振るうキララ。白き輝きと共に聖剣を振り下ろすイスカ。そしてその二人の心臓を抉るかのように手を突き出すナナ。
「速く……なってる?」
その時イスカは気づいた。彼女はナナと何度も対峙したことがある。だからこそわかった。元より速かった彼女の動きはさらに速くなっている。
キララも同じことを感じていた。しかし黒龍の加護と共に動く彼女にはその動きに対応できていた。それは過ちではなかった。
急所を狙う一撃を避けるキララ。だがその手は彼女の元へと届かない。
「……フェイント?!」
気づいたときには遅かった。ナナにとっても会心の一撃が彼女の急所を抉る。余りにも鋭い一撃に何もかもが間に合わなかった。
崩れ落ちる姉の姿に叫び声を上げそうになるイスカ。しかし、それよりも先に、笑顔と共に突き出された一撃が彼女の急所をも抉ろうとしていた。
その時イスカは歌った。白龍への祈りを表した歌は光の壁という形で顕現し、ナナの手とぶつかり合ってキラキラと散る。急所への一撃から身を護った彼女はすかさず反撃を試みるが、それより早くナナは飛び退いていた。
次なる牽制を放とうとしていたアイビスは、こちらに向かってくるナナから距離を取ろうと跳び急加速。しかしナナも空中で加速するとこちらへと迫ってくる。
「次はそっちだよ☆」
「相変わらず馬鹿げた『遊び』をするわね、ナナ……!」
恐らくこちらがしたのと同じ様に、自分に引き寄せられるように動いているのだと理解したアイビスは盾を掲げて構える。そこに振り下ろされる一撃。それはフェイント。そして今度こそ本命の攻撃が向かってくる。アイビスはそれを冷静に見極め体を傾けてかわす。
続けてくる横薙ぎの手刀。今度はそれを盾で受け止める。
「それ邪魔☆」
その時ナナの笑顔が見えた。それにアイビスが気がついた時、盾を持つ肩口に手が突き刺さっていた。さしものアイビスにも見極められぬ一撃だった。
そしてナナは手刀を振り上げる。アイビスは盾で抑えようとするが、痛恨の一撃が盾を掲げることを許さなかった。
朱に染まった視界の中でアイビスが最後に見たのはナナの変わらぬ笑顔だった。
●
アバルトがスコープ越しに見たものは、笑顔のまま凍りついた人形の姿だった。自分の弾丸は確かに動きを止めた。あとは……。
引き金を引き、同時にマテリアルを右手越しに弾丸に込める。その力で更に加速した弾丸が人形を撃ち抜くとややあってヒビが入り、そして砕けていった。
アルトは人形たちの間を駆け抜ける。鍔鳴りが何度も響き、刃身が煌めく。だが次の瞬間血が飛び散った。彼女の左右には人形たち。その手が二の腕に突き刺さっている。
しかし彼女はそのまま両腕に力を込め、そしてもう一度鍔が鳴った。それで彼女の両側にぶら下がっていた人形たちは腰から下が切り離され、その後で崩れていった。
イルムが舞い踊り終えた瞬間だった。人形の手が突き刺さる。滴り落ちる血の中で彼女は何かを感じた。レイピアを人形の腕の元へと差し込み、弾くように振るう。人形の腕が抜けると同時に血が吹き出し、体力が一気に奪われていく。そして弾き飛ばされた人形は表情を変えず空中に舞い、次の瞬間爆発した。
爆風に巻き込まれるイルム。だがその致命的な一撃から彼女を守る物があった。突如現れた土壁が爆風から彼女を守り、役目を果たすと消えていった。
その様子をマルカは見ていた。己の術で仲間と人々を守ることが出来たことに少なからぬ充実感を感じていた。
避難民達を背負う形で仁王立ちするジャック。そこに人形が飛んでくる。
「好きに、させっかよ!!」
ジャックは吼えた。そして鞭を振るった。しなる鞭は人形に絡みつき、振り回し、そして遥か彼方へ投げ飛ばした。
巻き起こる大爆発。火球は花火のように空中に開きそして消えた。その光がジャックの頬を照らしたことが、彼が人々を守りきったことを示していた。
●
婆の喉元に貫手が繰り出される。血しぶきが飛ぶ。その血を浴びながら、婆は人形の手を確かに掴んでいた。そのまま手首を捻り、人形の体を一回転させて頭から落とす。
「テロリストは死刑だ。貴様らとて例外ではない。綺麗さっぱり死ねると思うなよ?」
そこをコーネリアは狙っていた。彼女の周囲を突如粉雪が舞う。そしてそれが銃口に吸い込まれていったかと思うと、次の瞬間銃声と共に弾丸が放たれた。
弾丸が人形を貫くと、そこから冷気が吹き出し人形を凍らせていく。そのときにはもう次の弾丸はセットされていた。マテリアルにより加速された弾丸が放たれ人形を再び貫く。
だが、それだけ受けても人形は砕けなかった。いや、その状態で振り上げた手刀は婆の脚を切り裂いていた。
婆の長年の経験は、己が戦えるのがあと僅かなことを理解していた。だから最後の力を振るう。振り上げきった腕を掴むと背負うように投げる。
空中に舞う人形の体。そこに思い切り力を込めた拳が繰り出される。その一撃は人形の顔を砕き、その体を吹き飛ばす。そして吹き飛ばされた人形は空中で爆発四散した。
その光に照らされながら婆は意識を手放していた。
ハンスは人形と斬り結んでいた。何度も突き出される手刀を既の所でかわしつづけていた。だが、人形には体力が尽きることも精神が乱れることもない。少しずつ間合いを縮め、そしてとうとうその一撃はハンスの脚に刺さっていた。
人形はもとより笑っている。そのままハンスの命を奪うべく心臓目掛け貫手を繰り出す。もう間に合わない……。
だが、そこに光り輝く鳥が羽ばたいてきた。そしてそれは人形の手とハンスの間に飛び込み、手を受け止めた。
墨城の符、それが間に合っていた。符を鳥に変え攻撃を受け止める。それが勝負を決めた。
確信を得たハンスはさらに一刻加速する。そして。
「……疾ッ」
迷わず放たれた突きは確かに人形の体を貫き、その動きを止めた。
●
アイビスを血祭りにあげ、ナナは笑顔で今度は工場の下へと降りようとする。だがその前にカインが立ちはだかった。
「ナナのこと待っててくれたの? それじゃあ、先に殺しちゃうね☆」
言葉が終わるより前にナナの連撃が繰り出される。金属同士がぶつかる澄んだ音が一瞬の内に四回響く。しかしその音が響き終えた時、カインは傷一つ無くその場に立っていた。
「生憎ここはライブ会場じゃねえんだ、また別の機会作ってやるから今は引きな!」
そこにエヴァンスが飛び込み刀をまっすぐ振り下ろす。
南護は剣を横薙ぎにしつつ体を流し、退路を塞ぐ。
イスカは光の剣を逆袈裟に振り上げる。
さらに葛音のワイヤーとエニアの水弾が重ねられる。しかし。
「さすが未だ前線の歪虚といいますか……これでもですか!」
葛音が思わずそう叫ぶほどに、それだけの攻撃を重ねられてもナナはその全てをかわしていた。
「言ったでしょ? 今日のナナは、とっても調子いいの☆」
人と限りなく近い姿の歪虚はだが、確かに人ではなかった。それだけの攻撃を体を捻じ曲げながらかわしきったその姿は、ほんの僅かな違いが大きな差異に感じられ、吐き気を催すほどに奇怪に感じられた。そして。
「だからみんなのこと、殺しちゃうぞ☆」
一瞬の内にその手が刃となりカインの鎧の隙間から差し込まれていた。それは誰にも見きれなかった。急所を的確に貫いた一撃の前に、もはやカインは立っていることはできなかった。
カインの体が崩れ落ちた時、エヴァンスが見たのは己に迫るナナの姿だった。とっさにカウンターを狙い刀を構える。
「はーい、ざんねーん☆」
だがそれはフェイントだった。がら空きになった腹部に手刀を二発。鎧はもはや役に立たない。的確に急所をえぐり取り、それで彼の体は地面に沈んでいた。
次は南護に迫るナナ。しかし彼はその時、ナナではなく別の場所を見ていた。
「……避難誘導組はうまくいってるか……」
人々は確かに誘導され、ほぼ避難を終えていた。腕、胴、脚、胴。最初の一撃を受け流すのが南護に出来る精一杯だった。だが薄れ行く意識の中彼は己がなすべきことを確かに成し遂げたことを感じていた。
三人を倒し終えたナナは葛音に迫る。それをかわしながらワイヤーを繰り出し絡め取ろうとする葛音。
しかしナナの手刀はそれよりも早かった。防御が間に合わず、腹部に痛撃を喰らう。
人を殺める事に取り憑かれた歪虚に一切の迷いは無い。とどめの一撃が繰り出される。だが。
「もう☆ そんなに慌てなくてもいいのに☆」
万歳丸は己の体をそこに滑り込ませ、代わりにその一撃を受け止めていた。
「それじゃあ、特別にそっちから殺しちゃうね☆」
仁王立ちする万歳丸にナナはその手を突き出す。全てが急所へと差し込まれ、肉を切り裂き骨を砕く。ナナは彼の体から吹き出した返り血のシャワーを浴び恍惚の時を迎えていたのだろうか。だが。
「……ねえ、どうして死なないの?」
それだけの連撃を受けても万歳丸は未だ立っていた。いや、その闘志はさらに盛り上がっていた。そして。
「テメェに報いを喰らわすためだ! その性根、打ち直してやらァ!」
再びハンター達はタイミングを合わせ攻撃を重ねる。それをナナはかわそうとした。だが、いくら貫き斬り裂いても死なぬ万歳丸の姿が彼女の心をかき乱したのか。
「……痛い……ナナこんなの嫌い」
万歳丸の拳に頬を打たれ、ナナは不満を漏らす。しかし表情は変わらない。
「ナナ帰る……」
そして彼女は己の身を工場の下へと投げ出していった。
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ナナが去った後、突然雨が振り始めた。それはこの時恵みの雨であった。火の勢いが収まっていく。
「さすがに、アンコールはしたくないですね」
傷つき倒れたハンター達の姿を見ながらアシェールはそう漏らす。しかし確かにハンター達は人々を守り抜いたのだ。
●
工場の下。ナナが着地した所にバイクが停まっていた。
「私は知っている。彼女がああなった理由を」
足音が響く。
「私は知っている。かつての彼女の絶望を。私は知っている。かつての彼女の羨望を。私は知っている」
影から一人の女性が姿を現す。
「私と彼女は、髪の毛一本程のほんの少しの差しか無いことを」
それはフィーナ・マギ・ルミナス(ka6617)だった。
「だから私は止める。かつての彼女を、誰よりも理解できる者として」
フィーナの前に展開された宝珠が輝き光の矢を放つ。それを交わしナナは一気に迫りくる。
「繰り人形なんて、以前と同じ。自由じゃない。ナナ。貴女を、行かせない」
だが間合いを詰められながら彼女は動かない。代わりに宝珠から火球が生み出される。そして限界まで大きくなった時、それは放たれた。しかし。
「……今度こそ殺しちゃうね☆」
手はフィーナの体を貫いていた。主を失った火球は虚空に飛びそこで爆発した。
魔法陣が地面に描かれる。そこにナナがその身を投げ出すと、彼女の体は吸い込まれ消えていった。
後に残ったのはフィーナのみ。血溜まりに沈んだ彼女の体を雨はただ濡らしていた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/22 16:41:38 |
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【相談卓】 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
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モアに質問 万歳丸(ka5665) 鬼|17才|男性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2017/03/22 07:51:08 |