ゲスト
(ka0000)
【陶曲】大漁ボートレース
マスター:篠崎砂美

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/03/22 22:00
- 完成日
- 2017/03/29 23:45
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「よーし、頑張って優勝しちゃうぞ♪」
ヴァリオス近郊の海岸は、大勢の人でごった返していました。
今日は、ここでボートレースが開催されているのです。
手こぎ式の小型ボートで、一人、あるいは数人が乗ってゴールを目指します。まあ、ハンターがスキルを使えばダントツ有利ですし、ルールがあってないような物になってしまいます。もともと一般人も参加するレースですので、この大会においては覚醒は禁止されています。
参加者は、色々と装飾した手作りボートを持参しての参加ですので、とても華やかです。ほとんどボートに見えないような物もあれば、ペットや幻獣と一緒に参加している者もいます。まあ、推力は漕ぎ手のオール捌きだけですから、ペットや音頭を取る者がいくらいても、逆に重りにしかならないわけですが、そのへんはお祭りですから。
観客たちも結構自由で、屋台を出したり、高い所からよく見ようとCAMなどを持ち出してきている者もいます。
そんな楽しいお祭りだったのですが、ちょっと雲行きが怪しくなってきました。
ポルトワールの方向から、何か巨大な魚の群れが近づいてきているのです。
「なんだか、騒がしいわねえ。もしかして、あれの影響かしら?」
水着姿でジュースの屋台を出していたミチーノ・インフォルが、微かに眉を顰めました。
「カジキマグロ!?」
確認に行った者からの連絡を聞いて、レース大会を協賛している役員がキョトンとしました。
なんでそんな物が、こちらへむかっているのでしようか。普通ありえません。
とはいえ、1メートルを超すカジキマグロに体当たりされたら、ボートではたまったものではありません。このままでは、大会が滅茶苦茶になってしまいます。
「ちょうどいい、ここにはハンターたちもたくさんいる、なんとかしてもらおう」
「それはいい」
素早く対応をまとめると、役員たちは手隙のハンターたちにカジキマグロの排除を依頼しました。
「任せてください。マグロなんか、このミサイルで一発です!」
「それはだめー」
自信満々でCAMに乗ったハンターが言いましたが、慌てて役員が止めました。
ボートレースの最中ですので、ミサイルなどの大火力兵器を海にぶっ放されたりしたら、大きな波が起こってレースに影響が出てしまいます。
「でも、海に入るのはねえ……」
さすがに防水加工をしていないCAMでは海に入ったら大変ですし、幻獣たちも泳げない者はまともに戦えません。ここは、水中戦装備や水に入らない装備が必要そうです。
「ところで、なんでカジキマグロが……」
謎です。
「それなんですが、変な物を見たという報告が……」
偵察に出た者からの報告を聞いた者が、役員に言いました。
「なんだね、それは」
「それが、一番後方にひときわ大きなカジキがいて、その背中に人のような物が乗っかっていたと」
「それはないだろうが」
人魚ではあるまいにと、役員が一蹴しました。だいたい、人魚であっても、カジキマグロに乗っているなんて話は聞いたことがありません。
「はあ。別の報告では、人形のような物がくっついていたとか、刺さっていたとか。よく分かりません」
それも変な話です。多分、何かの見間違いでしょう。
「とにかく、時間がない、すぐに排除してもらおう」
役員は、ボートを用意すると、ハンターたちに改めて声をかけました。
ヴァリオス近郊の海岸は、大勢の人でごった返していました。
今日は、ここでボートレースが開催されているのです。
手こぎ式の小型ボートで、一人、あるいは数人が乗ってゴールを目指します。まあ、ハンターがスキルを使えばダントツ有利ですし、ルールがあってないような物になってしまいます。もともと一般人も参加するレースですので、この大会においては覚醒は禁止されています。
参加者は、色々と装飾した手作りボートを持参しての参加ですので、とても華やかです。ほとんどボートに見えないような物もあれば、ペットや幻獣と一緒に参加している者もいます。まあ、推力は漕ぎ手のオール捌きだけですから、ペットや音頭を取る者がいくらいても、逆に重りにしかならないわけですが、そのへんはお祭りですから。
観客たちも結構自由で、屋台を出したり、高い所からよく見ようとCAMなどを持ち出してきている者もいます。
そんな楽しいお祭りだったのですが、ちょっと雲行きが怪しくなってきました。
ポルトワールの方向から、何か巨大な魚の群れが近づいてきているのです。
「なんだか、騒がしいわねえ。もしかして、あれの影響かしら?」
水着姿でジュースの屋台を出していたミチーノ・インフォルが、微かに眉を顰めました。
「カジキマグロ!?」
確認に行った者からの連絡を聞いて、レース大会を協賛している役員がキョトンとしました。
なんでそんな物が、こちらへむかっているのでしようか。普通ありえません。
とはいえ、1メートルを超すカジキマグロに体当たりされたら、ボートではたまったものではありません。このままでは、大会が滅茶苦茶になってしまいます。
「ちょうどいい、ここにはハンターたちもたくさんいる、なんとかしてもらおう」
「それはいい」
素早く対応をまとめると、役員たちは手隙のハンターたちにカジキマグロの排除を依頼しました。
「任せてください。マグロなんか、このミサイルで一発です!」
「それはだめー」
自信満々でCAMに乗ったハンターが言いましたが、慌てて役員が止めました。
ボートレースの最中ですので、ミサイルなどの大火力兵器を海にぶっ放されたりしたら、大きな波が起こってレースに影響が出てしまいます。
「でも、海に入るのはねえ……」
さすがに防水加工をしていないCAMでは海に入ったら大変ですし、幻獣たちも泳げない者はまともに戦えません。ここは、水中戦装備や水に入らない装備が必要そうです。
「ところで、なんでカジキマグロが……」
謎です。
「それなんですが、変な物を見たという報告が……」
偵察に出た者からの報告を聞いた者が、役員に言いました。
「なんだね、それは」
「それが、一番後方にひときわ大きなカジキがいて、その背中に人のような物が乗っかっていたと」
「それはないだろうが」
人魚ではあるまいにと、役員が一蹴しました。だいたい、人魚であっても、カジキマグロに乗っているなんて話は聞いたことがありません。
「はあ。別の報告では、人形のような物がくっついていたとか、刺さっていたとか。よく分かりません」
それも変な話です。多分、何かの見間違いでしょう。
「とにかく、時間がない、すぐに排除してもらおう」
役員は、ボートを用意すると、ハンターたちに改めて声をかけました。
リプレイ本文
●レース
ヴァリオスの近くにある海岸には、たくさんの人が集まっていました。
海上には、様々な意匠を凝らしたボートが幾艘も集まっています。すべて手漕ぎのボートですが、形だけ帆船を模した物や、噂の海軍の大型艦の形を想像してデコレートした物まであります。
もっとも、ガチで優勝を目指している者たちは、スピードの出る細い形のカヤックであったり、アウトリガーつきのボートを用意して参加しているわけですが。それもまた、見所の一つとなっています。
レース自体は、観客が長く楽しめるようにと、海岸線に沿って二キロメートルの距離をいかに速く進めるかを競う形となっていました。予選として、いくつかのグループに分けられ、あまり間をおかず何度もレースが繰り広げられ、観客たちを楽しませてくれます。さすがは海や船と馴染みの深い同盟のイベントです。賑やかな海のお祭りとなっていました。
海岸線には魔導トラックを改造したワゴン販売の出店があちこちに連なり、観客たちの胃袋をこれでもかと満たしてくれています。
人に慣れさせるためか、幻獣を連れて観戦に来ている者たちも散見されます。
中には、レースなんてそっちのけで、ビーチで遊んでいる者たちもいました。
人々の熱気がそうさせたのか、今日は夏のような陽気です。早々と水着姿を披露している元気な若者たちもたくさんいました。
もっとも、さすがに海に入って泳ぐほどの猛者はほとんどいません。もともとボートレースをしているのですから、泳がれては邪魔になってしまいます。
砂浜から海に入って少し行くと、すぐにガクンと水深が深くなります。ボートレースに適した海岸が選ばれていますので、人よりも船に適した地形です。遠浅だと勘違いすると、CAMでも簡単に沈んでしまいます。
もともと宇宙用の兵器であるCAMは、水中での活動は不可能ではないものの、とても適しているとは言えません。そのままでは、宇宙や地上のような軽快な動きはできません。
もともと想定された主戦域ではありませんから、制約だらけとなっても当然です。単に水に入れるのと、そこで戦闘が可能なぐらい自由に動けるというのは、まったく違う話だと言うことです。
まして、コックピットの気密だけで事足りる宇宙や地上とは違って、間接部などからどんどん海水が内部に侵入してきます。一応シールドはされているとは言え、完璧ではありません。そのため、海水に浸かったCAMは、後でかなり面倒なメンテナンスが必要となります。真水と海水はまったくの別物です。オープンコックピットの量産型魔導アーマーなどは、通常仕様での水中活動などは論外のことでしょう。
実は、こちらの方が重大な問題であったりします。内部機構の腐食は、いつ重大なトラブルを発生させるか分からないのですから。重要な部分は、完全洗浄する必要があるわけです。
それ以外にも、水中に対応した武装への換装や、制御プログラムの書き換えが必要となります。宇宙での戦闘時にプログラムの変更が行われましたが、海中でも同様の手間が必要となるわけです。それを怠れば、システムに深刻な影響を受ける可能性があります。
過去の大規模戦闘時のように、水中戦仕様に換装したり、海涙石を持った人魚たちの助けを借りたりすれば問題はありません。けれども、それら専用装備は、特別な作戦行動以外では、個人では入手困難となっています。いずれにしても、事前に入念な準備をしていない限り、CAMなどで水中に入るのはリスクが高すぎると言えるでしょう。
それはさておき、空は青く晴れて、波は穏やか。絶好のレース日和です。誰もが、最初はそう思っていたのですが……。
「なんだか、ちょっと様子が変です?」
浜辺からレースを見ていたエルバッハ・リオン(ka2434)が、使っていた双眼鏡から目を離してつぶやきました。なんだか、周囲がざわついているように感じます。もちろん、観客たちは声援を送ったりしていて賑やかなのですが、それとは違うざわめきを感じたのでした。
エルバッハ・リオンは、何か事故が起きた時などのために、監視員として海岸で待機しているのです。異変には敏感でいなければなりません。
さっそく何か起きたのでしょうか。
御主人の様子に、近くで砂の中に鼻先を突っ込んで遊んでいたイェジドのガルムも、なんだろうという顔をして鼻をクンクンと鳴らしました。ブルンと身体を一振りすると、全身を被う黒いふさふさの毛や真紅の胸毛から、砂が周囲へ飛び散ります。
「ああっ、こらあ」
飛んできた砂をビキニアーマーから払い落とすと、エルバッハ・リオンが改めて周囲を見回してみました。
レースの方は、順調に予選各組が熱戦を繰り広げているようです。五艘ほどのグループで、ガチに競り合ったり、派手に転覆や沈没してパフォーマンスを繰り広げています。デザイン賞のような物もあるようですから、スピードトップで通過するだけが勝利ではありません。
それぞれの船の評価や、不正を監視するためにコースのあちこちに係員が配置されているわけですが、その人たちがあわただしく駆け回っていました。レースに夢中の観客たちはあまり気にしていませんが、エルバッハ・リオンには何かが起きていると直感できました。
「何かありましたか?」
転覆した船の参加者が怪我でもしたのかと、エルバッハ・リオンが係員の一人を呼び止めて訊ねました。泳ぎには自信がありますし、溺れた人の救助なら自分たちの出番です。
「警備のハンターの方ですか? よかった、探していたんです。ちょっとまずいことになっていまして……」
そう言うと、係員が状況を説明してくれました。
なんでも、大きな魚の群れが、この会場にむかってきていると言うのです。
「形からしてカジキのようなのですが……」
「カジキですかあ!?」
なんでそんな物がと、エルバッハ・リオンがキョトンとしました。
「魚の群れがレースの邪魔をするようであれば、追い払えばいいのではないのでしょうか」
「簡単に言いますが、相手はカジキですよ」
係員が心底困ったような顔をしました。カジキは、カジキマグロとして食材ともなりますが、意外と獰猛で、四メートルほどの身体で水中を時速一〇〇キロものスピードで突進してきます。特に、上顎が剣状にのびた吻(ふん)は、レースに参加しているボートなど、簡単に串刺しにしてしまいます。正に、生きた魚雷です。ソードフィッシュと言う別名は、伊達ではありません。なめてかかっていい魚ではないのでした。
それでも、数匹でしたら、追い払うのも難しくはないでしょう。けれども、それが数十匹も、まとまって海面近くを飛び跳ねながら、ポルトワールの方向からヴァリオス港の方へむかってきていると言うのです。しかも、そのうちの一匹には、奇怪な少女が乗っていると言うではありませんか。
その異様な光景は、早くから目撃され、進路上にあるボートレースの会場に逸早く連絡が来たのでした。
「分かりました。手が空いている他のハンターの方にも事情を説明して協力してもらってください。行きましょう、ガルム」
係員に言付けると、エルバッハ・リオンはガルムに飛び乗って海へとむかいました。その胸元に真紅の薔薇の文様が浮かびあがり、六方向へと茨の蔓状の文様がのびていきます。二つは両頬へと上り、残りはむきだしになった四肢を螺旋状に駆け巡り、覚醒の兆しが全身をつつみ込みました。
「滄海へ!」
一瞬、エルバッハ・リオンとガルムの全身を淡い光がつつんだかと思うと、そのままガルムが海へと走り込んでいきました。ところが、水飛沫一つ上がりません。まるで地上と何ら変わりがないかのように、ガルムが水の上を走り抜けていきます。ウォーターウォークです。これならば、海の上でも、地上と変わりなく戦うことができます。
しばらく進むと、海面から飛びあがる大きな魚影が見えてきました。
カジキの群れです。
まるで狂乱の舞を踊るかのように、多数のカジキが水中からジャンプして、その巨体に太陽の光を反射させて輝きます。
「とりあえず、冷凍マグロにしてしまいましょう」
空中で踊るカジキたちにむかって、エルバッハ・リオンがブリザードを放ちました。空中に真っ白い氷の妖花が鞠のように花咲き、躍り上がっていたカジキたちを巻き込みました。一瞬にして氷の花が大気に解けて風となって散ると、凍りついたカジキたちが海面に落ちてきて、激しい水飛沫を上げました。
突然の攻撃を受けて、カジキたちの様相が一変しました。一群はエルバッハ・リオンたちを避けてバラバラに動きだし、一群はまっこうからむかって来ます。
ガルムが、水面を波立てるような咆哮をあげ、突進してくるカジキたちを直前で回避しました。直後に、エルバッハ・リオンたちがいた場所を切り裂く銛のように、水飛沫を切り裂いて、水面すれすれをカジキたちが通りすぎていきます。
大きな波を回り込むようにして回避したガルムが、華麗なステップを踏んで反転しました。勢いよく振り回されたエルバッハ・リオンの銀の髪が大きく広がって輝きます。
そこへ、最初に逃げたカジキたちが、態勢を立てなおして戻ってきました。先ほどのカジキたちも、反転して別方向から再度攻撃してこようとしています。この場にいては、挟み撃ちです。
「ガルム!」
エルバッハ・リオンの声と共に、ガルムが一方のカジキたちの方へむかって駆け出しました。三角波を突き破って、カジキが水面の上すれすれを飛んできます。
それへむかって、エルバッハ・リオンがウインドスラッシュを放ちました。まともに食らったカジキが、上下真っ二つに切り裂かれます。続いて迫ってくるカジキたちを、ガルムが三角波をスティールステップの足場にして、空中高くへ飛びあがってすり抜けました。
けれども、頂点から落下を始めたガルムにむかって、後続のカジキがジャンプして正面から襲いかかってきました。戦いの咆哮をあげるガルムに、エルバッハ・リオンがしっかりとしがみつきます。
両者が交錯する瞬間、突き出されたカジキの吻にガルムが噛みつきました。そのまま前転して、まるで背負い投げのようにカジキを水面へと叩きつけます。吻を噛み砕かれたカジキが、激しい水飛沫を上げてぷっかりと水面に浮かびあがります。降り注ぐ海水を全身に浴びながら、エルバッハ・リオンが急いでウォーターウォークをかけなおします。
そのときでした。
海中からひときわ巨大なカジキが姿を現すと、エルバッハ・リオンたちを掠めるようにして、凄い勢いで横を通りすぎていったのです。けれども、そのカジキが異形であったのは、吻の部分に人がいたからです。まるで、人魚か、あるいはカジキに突き刺されでもしたかのように、真白い肌をした少女がそこにいました。ボンネットを被り、広がったスカートでカジキの頭部をすっぽりとつつみ込んだ真白い少女の陶器人形。正に、ありえない光景でした。
そして、すれ違う刹那、人形の生気のない青いガラスの瞳が、ぎょろりと動いて確かにエルバッハ・リオンを睨みました。
「何、今のは……!? 歪虚!?」
大きな水飛沫を上げて再び海中に姿を消した陶器人形とカジキを振り返ってエルバッハ・リオンが叫びました。背筋を、ぞくりと冷たい物が走ります。
降り注ぐ水飛沫が、ウォーターウォークの効果に弾かれて、小さな火花のように全身で弾け飛びます。
通りすぎていった歪虚は、その先で見つけたらしいボートを目指していきました。周囲には、何匹かのカジキが随行します。どうやら、歪虚はボートを狙っているようです。その他の物には目もくれません。
「追うわよ、ガルム!」
すぐさま歪虚の後を追おうとしたエルバッハ・リオンでしたが、その行く手にカジキたちが立ちはだかりました。
●カジキ
「みなさー~ん、頑張ってですぅ♪ ハルちゃんも、頑張ってますぅ~♪」
熱いレースを繰り広げている参加者たちにむかって、星野 ハナ(ka5852)が懸命に呼びかけていました。
こういう大きなイベントの場は、星野ハナにとって絶好の彼氏探しのチャンスなのです。ここは、全力で頑張らなければなりません。
チューブトップの上にパネルをあしらったフレアバンドゥビキニは、派手だけどちょっと大人っぽいボタニカルフラワー柄です。これで、筋肉質な身体もかわゆくごまかせるはずです。多分……。
「水着で悩殺。恋の季節の始まりなのですぅ」
星野ハナとしては、このナイスパディを見せつけて、いい男をゲットする気満々です。
選択肢としては、レースに参加して、健康美をアピールするという方法もあったのですが、ムキムキのヨットウーマンでは、その手の趣味の殿方しか釣れそうにありません。
それに、選手よりも観客の方が殿方は数多いはずです。そうすると、遠く海の上にいては、この魅力的な容姿を武器にナンパができないではありませんか。
とはいえ、あまり安売りしてもいけません。水着の上からはパーカーを羽織って、ちょっと出し惜しみします。チラリズムがいいのです。きっと男心をそそるはずです。そのはずです! そそって!!
ちょっと必死な星野ハナの側では、ユグディラのグデちゃんが、やれやれという感じでビーチチェアーの上にごろんと寝転がっていました。
「あのう、すみませんが……」
さっそく、男の人から声をかけられました。作戦大成功です。
「あらら、何か用ですかぁ♪」
ちょっと科を作って、星野ハナが答えました。
「ハンターの方ですよね」
なぜ分かったのでしょう。ああ、きっとグデちゃんのせいでしょう。幻獣と一緒なら、普通はハンターだと思われます。
「実はお願いしたいことがあるのですが……」
大会の係員は、そう言って星野ハナに現状の危機を訴えました。
「カジキ……? マグロ……?」
まあ、正確には、カジキはマグロではないのですが、刺身にしてしまえば似たような物です。ですが、そのマグロという言葉に、グデちゃんがピキーンと反応しました。
「マグロですかあ、じゅるりぃ~」
思わず、星野ハナもグデちゃんと顔を見合わせて、ニッコリとよだれを啜ります。
「お任せくださあい! マグロは、この私が、きっちりかっちりと三枚におろして、美味しくみんなにお分けいたしますぅ」
ドンと胸を叩いて、星野ハナが係員に約束しました。胸のパネルがその勢いでゆれて、ちょっとパッドの位置がずれました。直さなきゃ。よいしょ、よいしょ。
「ああ、助かります。すぐにボートを手配しますので」
係員に案内されて、星野ハナはボートに乗り込みました。そのまま、海へと漕ぎ出でます。
もともとレースに参加しようかと迷っていたぐらいです、カジキの群れにむかってまっしぐらです。
ちょうど、エルバッハ・リオンを突破してきたカジキたちが、正面からむかってきます。
あぶないにゃと思ったグデちゃんが、猫の幻夢術でカジキたちを攪乱しました。突然の霧につつまれて混乱したカジキたちが、バシャバシャと水面で跳ねて右往左往します。
「私の魅力発揮のためですぅ。落ちなさい食材ぃ!!」
すかさず、星野ハナが、取り出した五色の呪符を宙に広げました。同時に彼女の周囲がゆらぎ、風とは無関係にふわりとその長い髪が広がりました。星野ハナの蒼い輝きを放ち始めた瞳に見つめられると、まるで見えない壁に貼られたかのように空中にならんでいた赤青黄白黒の五枚の呪符が、それぞれの光となってカジキたちの方へと飛んでいきました。狙った場所の近くに等間隔に色とりどりの光の柱が立つと、それを結ぶように光が走り、鮮やかな五芒星が海の上に浮かびあがりました。次の瞬間、激しい閃光が結界の中を焼き尽くしました。
「あっ、美味しそう……」
焼きカジキとなって海上に浮かんだカジキから、香ばしい香りが漂ってきます。
このまま海に沈ませてはなるものかと、グデちゃんがロープを結んだ矢を放って、プカプカと浮いているカジキを回収していきました。
「ちょうどタタキという感じでしょうかあ。美味しそうですぅ」
両手で持ったナイフをすりあわせてキャキーンシャキーンと言わせながら、星野ハナが目を輝かせました。幸運にも、ボートの中に舫い綱となるロープとナイフが置いてあったのです。これで、すぐに活き締めか三枚おろしにできます。
「うふぅ、大漁ですぅ」
ボートに倒したカジキたちをなんとか引き上げ、星野ハナは御満悦でした。さあ、後は、このカジキたちをちゃんと料理して、男性の胃袋からゲットするのです。
もはや、ナンパでの勝利を確信した星野ハナでしたが、そこへ、カジキたちの第二陣が迫ってきました。その中心には、何やらビスクドールのような、ここには場違いな存在が見えます。
「なんですかぁ、あれは!?」
星野ハナが叫びました。
どこから取り出したのか、ピグマリオの歪虚が二本の剣を両手に持って大きく広げます。そして、次の瞬間、唇の端に亀裂が入ったかと思うと、まるで頭その物が裂けるようにして大きく開き、ケタケタという生き物ではない笑い声をあげ始めました。怖いです。
「あれは歪虚……。ハッ! 大観衆の前で歪虚を倒して捌いて料理したらいいお嫁さんアピールですぅ! 行きますよぅ、グデちゃん!」
星野ハナが、ちょっと邪な妄想に囚われます。けれども、これは、あぶないにゃマックスです。とっさに、グデちゃんが猫の幻夢術を放ちましたが、歪虚は大きくジャンプして霧を避けてしまいました。慌てて、グデちゃんが星野ハナの後ろに隠れて身体を丸くします。
「風よ、雷(いかづち)よ!」
間髪入れずに、星野ハナが三枚の呪符を宙に投げました。
「いっけぇ!!」
星野ハナが歪虚を指さすと同時に、呪符が雷光に変化して敵を貫きました。
「やったですかぁ!?」
禁句です。
突然海中から飛び出してきたカジキが、直前で歪虚の盾となりました。入れ替わるようにして、歪虚が水中に姿を隠します。
「どこにいったですかぁ」
慌てて星野ハナが周囲を見回しました。そのときです。念のためにと、ボートの底に貼っておいた降魔結界の陰陽府が赤く輝きました。
大きな水飛沫を上げて、星野ハナたちのボートの真正面から歪虚が飛び出してきました。歓喜の音をたてて、ボートめがけて突っ込んできます。
これは避けられないと、星野ハナが倒したカジキを盾代わりに持ちあげました。はたして、これで防げるのでしょうか。
そのときです。銃声と共に、短い槍のような物が歪虚を掠めました。それを躱わすために身をよじったため、歪虚が星野ハナたちのボートの横から海中に飛び込みます。危機一髪です。
「危なかったぁ。いったん、陸に戻るわよぉ。荷揚げよぉ」
こんな所で、せっかく獲ったカジキをダメにされてはたまりません。星野ハナは、急いで陸へと逃げていきました。
●ピグマリオ
「また外した!? 遠すぎたのかな」
最新型のR7エクスシア、エクスシア・TTTのコックピットの中で、ウーナ(ka1439)が悔しそうに言いました。
新型CAMの慣熟訓練のついでにレースを見に来ていたわけですが、運良くというか運悪くというか、騒動に巻き込まれたようです。
幸いにしてCAMの攻撃力があれば、ただの魚であるカジキなど恐るるに足りません。
とはいえ、海岸からスピアガンや頭部機銃で狙い撃ちにしていたのですが、思いの外あたりません。予想以上にカジキが高速で移動するのと、海岸からだと水中の敵には弾道に偏差が発生して微妙にずれるのです。だいたいに、水中の敵は、地上からでは正確な位置が特定できません。
空中に飛びあがったカジキであれば格好の的だったりもしますが、さすがに射程ギリギリだと威嚇にはなっても直撃は難しくなります。
それに気づいてか、あるいは、歪虚の指示でか、カジキたちは海岸から距離をとって、迂回するようにレースに参加するボートたちの方へとむかおうとしています。
『危険だよ。巨大な魚の群れが近づいてきてるよ。みんな避難して!』
ソニックフォン・ブラスターで周囲に注意を呼びかけつつ、ウーナが射撃を続けました。
響き渡る銃声に、さすがにレースをしていた選手や観客たちも騒ぎだします。
できれば、レースに影響が出ないように、穏便にカジキたちを事前排除してもらいたかった大会役員たちでしたが、ウーナがおおっぴらに避難を呼びかけたのでは仕方ありません。急いで、避難誘導を始めました。もっとも、最初からそうするべきではありました。まさか本当に歪虚がカジキたちを煽っていたとは、思っていなかったのです。
それにしても、この歪虚はどこからやってきたのでしょうか。なんとも不可思議です。方角としては、ポルトワールの方からですが、あちらで何か起きているのでしょうか。
「もっと近づかないと、埒があかないよ」
そう言うと、ウーナはTTTでザブザブと海中に入っていきました。
「さっき見たのは、カジキに人だか人形だかがくっついてたけど、なんか変なの……。雑魔? 歪虚? どっちにしても、あいつさえやっつけちゃえば、魚なんか逃げてっちゃうよね。魔導トラックや幻獣なんかと違って、CAMなら、水の中でもへっちゃらなはずだし」
問題ないと考えて、ウーナはどんどん進んでいきました。TTTは地上での運用も考慮されているはずですから、海の中でも平気なはずです。多分……。
そんなウーナとは対象的に、観客の中にいた機導師たちの間からは悲鳴があがっていました。
「あのCAM、防水処理してないんじゃないのか? 稼働部の塩の洗浄、誰がするんだあ!?」
「なんて無茶を……」
そんなざわめきなど聞こえていませんから、ウーナはどんどん進んでいきました。とはいえ、海底は砂地や凹凸の激しい岩場なので、もの凄く不安定です。また、現仕様のCAMに浮力はほとんどありませんから、今のままではただ沈むだけです。それでも、なんとか全身が水中に入りました。これで、カメラとレーダーを使えるはずです。ところが、自身の舞い上げた海底の泥によって視界はかなり悪いものとなっています。さらに、レーダー波も照射レベルやレンジ、演算式などの水中補正をかけていないので、予想に反してほとんど役に立ちません。結局、濁った水の中での目視戦闘というかなりまずい状況になってしまいました。
ゴン!
コックピットに、機体に何かがぶつかる音が微かに響きます。
カジキが体当たり攻撃してきているのです。
ですが、さすがにCAMはびくともしません。木製のボートであれば沈没もするでしょうが、分厚いCAMの装甲板がカジキの体当たり程度で破壊されるわけもありませんでした。
「無駄だよね。ここは、落ち着いて、確実に追い払おう」
カジキの攻撃は無視して、ウーナはスピアガンでカジキを攻撃していきました。水中でのカジキの機動力は、目を見張るものがあります。逆に、水の抵抗で、TTTの動きは地上と比べてかなり緩慢です。とても、簡単には命中させることができません。センサーと連動させられれば、まだなんとかなるのですが……。
とはいえ、ウーナとしては、カジキに命中しなくとも、あまり気にしてはいませんでした。
歪虚らしき物に追いたてられて攻撃してきているものの、カジキは単なる魚です。無意味に殺すことはありません。こちらの攻撃で追い払ってしまえば、それですむことです。
そのはずだったのですが、一向に攻撃が止まることはありませんでした。やはり、カジキたちを追いたてている歪虚をなんとかしないと、根本的な解決にはならないようです。
ドン!
カジキたちの体当たりが、突然強さを増しました。どうやら、歪虚の指示で、一斉に頭部にむかってぶつかってきているようです。
「えっ!?」
突然機体が傾きだして、ウーナが焦りました。
カジキの体当たりは、機体を破壊するためのものではなく、バランスを崩すための物だったようです。装甲の隙間に吻を差し込むようにして、カジキたちが一気にTTTを押しました。オートバランサーによる復元力を超えて、TTTが転倒します。
「まずいよ!」
そのまま倒れるだけかと思ったのですが、なぜか機体が落ちていく感覚があります。浅瀬を超えて、水深が急に深くなる場所へ、意図的に落とされたようです。泥が舞いあがり、視界が閉ざされます。
「戻らないと……」
ウーナが、アクティブスラスターを点火しました。とたんに、機体が激しく横滑りして、さらなる深みへと落ちていきました。
どうやら、水の抵抗で、まっすぐ進めずに岩塊にぶつかってしまったようです。
「周囲が見えないと……」
ここはスラスターの推力でジャンプして、脱出するしかありません。段差を落ちたため、歩行で海岸に辿り着くことは難しそうです。とにかく、海岸の方向が分からないと、むやみに動くことができません。また岩壁にぶつかったりして、機体が損傷したら大変です。ウーナは、じっとして水中が澄んでくるのを待つことにしました。
ところが、敵がそれを許すはずもありません。装甲の隙間に取り憑いて、より深みに落とそうと押してきます。このままでは、浮上できなくなるかもしれません。
なんとか手足を動かしてカジキを追い払おうとしましたが、逆に間接部の隙間などに吻が折れて挟まる形となって、思うように動けなくなってしまいました。あるいは、歪虚が何か動きを阻害する攻撃を仕掛けてきているのでしょうか。とにかく、状況がよく分かりません。
たかがカジキ相手と、CAMを過信して海に入ったのが命取りとなってしまいました。
「せめて周囲の状況が分かれば」
ウーナは、必死にヴィジョンアイの調整をしました。
「わあっ!?」
目を懲らしてのぞき込んだメインモニタに、突然歪虚の顔のアップが映りました。さすがに、心臓に悪い現れ方です。
さらに悪いことには、何か叩く音と共に、モニタにノイズが走ります。歪虚が、剣でヴィジョンアイを破壊しようとしているのです。このまま、カメラを壊されてしまったら、正に万事休すです。
「でも、手の届く所に来てくれて助かったよ」
最後のチャンスとばかりに、ウーナがTTTの左手をなんとか頭部の横へと動かしました。間髪入れず、ショットアンカーを撃ちます。
リールのついた杭の直撃を食らった歪虚が、粉々に砕け散りました。命中さえすれば、この程度の歪虚など一撃です。けれども、敵もただでは倒れず、カメラを道連れにしていきました。最悪です。
はたして、このまま海の藻屑となってしまうのでしょうか。
そのときです。機体が何かに引っぱられました。まだ、カジキが攻撃してきているのでしょうか。いや、それとは違うようです。左腕が、何者かによって引っぱられています。
「もしかして、ショットアンカーが、何かに引っ掛かってくれた?」
歪虚を破壊しただけに思えたショットアンカーでしたが、どこかの岩か何かに引っ掛かったようです。でも、なぜ、引っぱられたのでしょう。
今は深くは考えず、ウーナはリールを巻きあげていきました。TTTの機体が、ゆっくりと移動していきます。やがて、段差を這い上がり、ずるずると海岸へと移動していきました。コンコンと、リズミカルに装甲を叩く音がします。さすがに、これはカジキではありません。
意を決して、ウーナはコックピットを開きました。
青い空が見えます。
なんとかコックピットから這い出すと、そこは、カジキ祭りの会場でした。
「お帰りなさーい。さあ、あなたも、食べて食べて」
そう言って、星野ハナが、カジキの刺身をお皿に山盛りにしてさし出します。
やっつけたカジキを星野ハナが料理して、ボートレース会場は、カジキを食べよう大会の会場に様変わりしていたのでした。
突然海底から飛び出してきたショットアンカーの先端を反射的に銜え取ったガルムが、エルバッハ・リオンの指示で、海岸の大きな岩に引っ掛けたおかげで、TTTは戻ってこられたのでした。功労者のガルムは、御褒美に山盛りのカジキの肉をもらって食べている最中です。
結局、ボートレース大会は中断となってしまいましたが、幸いにも人的被害はありませんでした。これも、ハンターたちの活躍のおかげです。歪虚が退治されて、残りのカジキたちはどこかへ逃げていってしまったようです。
それにしても、いったいあの歪虚は何だったのでしょうか。どこかで、何か事件が起こっているのでしょうか。
ともあれ、今はカジキを食べることとしましょう。その後で、またレース再開です。
「さあ、まだお替わりのほしいイケメンのお兄様、私の許へいらっしゃいですぅ!」
カジキの料理に使った血のついた包丁を振り上げて星野ハナが叫びました。
ヴァリオスの近くにある海岸には、たくさんの人が集まっていました。
海上には、様々な意匠を凝らしたボートが幾艘も集まっています。すべて手漕ぎのボートですが、形だけ帆船を模した物や、噂の海軍の大型艦の形を想像してデコレートした物まであります。
もっとも、ガチで優勝を目指している者たちは、スピードの出る細い形のカヤックであったり、アウトリガーつきのボートを用意して参加しているわけですが。それもまた、見所の一つとなっています。
レース自体は、観客が長く楽しめるようにと、海岸線に沿って二キロメートルの距離をいかに速く進めるかを競う形となっていました。予選として、いくつかのグループに分けられ、あまり間をおかず何度もレースが繰り広げられ、観客たちを楽しませてくれます。さすがは海や船と馴染みの深い同盟のイベントです。賑やかな海のお祭りとなっていました。
海岸線には魔導トラックを改造したワゴン販売の出店があちこちに連なり、観客たちの胃袋をこれでもかと満たしてくれています。
人に慣れさせるためか、幻獣を連れて観戦に来ている者たちも散見されます。
中には、レースなんてそっちのけで、ビーチで遊んでいる者たちもいました。
人々の熱気がそうさせたのか、今日は夏のような陽気です。早々と水着姿を披露している元気な若者たちもたくさんいました。
もっとも、さすがに海に入って泳ぐほどの猛者はほとんどいません。もともとボートレースをしているのですから、泳がれては邪魔になってしまいます。
砂浜から海に入って少し行くと、すぐにガクンと水深が深くなります。ボートレースに適した海岸が選ばれていますので、人よりも船に適した地形です。遠浅だと勘違いすると、CAMでも簡単に沈んでしまいます。
もともと宇宙用の兵器であるCAMは、水中での活動は不可能ではないものの、とても適しているとは言えません。そのままでは、宇宙や地上のような軽快な動きはできません。
もともと想定された主戦域ではありませんから、制約だらけとなっても当然です。単に水に入れるのと、そこで戦闘が可能なぐらい自由に動けるというのは、まったく違う話だと言うことです。
まして、コックピットの気密だけで事足りる宇宙や地上とは違って、間接部などからどんどん海水が内部に侵入してきます。一応シールドはされているとは言え、完璧ではありません。そのため、海水に浸かったCAMは、後でかなり面倒なメンテナンスが必要となります。真水と海水はまったくの別物です。オープンコックピットの量産型魔導アーマーなどは、通常仕様での水中活動などは論外のことでしょう。
実は、こちらの方が重大な問題であったりします。内部機構の腐食は、いつ重大なトラブルを発生させるか分からないのですから。重要な部分は、完全洗浄する必要があるわけです。
それ以外にも、水中に対応した武装への換装や、制御プログラムの書き換えが必要となります。宇宙での戦闘時にプログラムの変更が行われましたが、海中でも同様の手間が必要となるわけです。それを怠れば、システムに深刻な影響を受ける可能性があります。
過去の大規模戦闘時のように、水中戦仕様に換装したり、海涙石を持った人魚たちの助けを借りたりすれば問題はありません。けれども、それら専用装備は、特別な作戦行動以外では、個人では入手困難となっています。いずれにしても、事前に入念な準備をしていない限り、CAMなどで水中に入るのはリスクが高すぎると言えるでしょう。
それはさておき、空は青く晴れて、波は穏やか。絶好のレース日和です。誰もが、最初はそう思っていたのですが……。
「なんだか、ちょっと様子が変です?」
浜辺からレースを見ていたエルバッハ・リオン(ka2434)が、使っていた双眼鏡から目を離してつぶやきました。なんだか、周囲がざわついているように感じます。もちろん、観客たちは声援を送ったりしていて賑やかなのですが、それとは違うざわめきを感じたのでした。
エルバッハ・リオンは、何か事故が起きた時などのために、監視員として海岸で待機しているのです。異変には敏感でいなければなりません。
さっそく何か起きたのでしょうか。
御主人の様子に、近くで砂の中に鼻先を突っ込んで遊んでいたイェジドのガルムも、なんだろうという顔をして鼻をクンクンと鳴らしました。ブルンと身体を一振りすると、全身を被う黒いふさふさの毛や真紅の胸毛から、砂が周囲へ飛び散ります。
「ああっ、こらあ」
飛んできた砂をビキニアーマーから払い落とすと、エルバッハ・リオンが改めて周囲を見回してみました。
レースの方は、順調に予選各組が熱戦を繰り広げているようです。五艘ほどのグループで、ガチに競り合ったり、派手に転覆や沈没してパフォーマンスを繰り広げています。デザイン賞のような物もあるようですから、スピードトップで通過するだけが勝利ではありません。
それぞれの船の評価や、不正を監視するためにコースのあちこちに係員が配置されているわけですが、その人たちがあわただしく駆け回っていました。レースに夢中の観客たちはあまり気にしていませんが、エルバッハ・リオンには何かが起きていると直感できました。
「何かありましたか?」
転覆した船の参加者が怪我でもしたのかと、エルバッハ・リオンが係員の一人を呼び止めて訊ねました。泳ぎには自信がありますし、溺れた人の救助なら自分たちの出番です。
「警備のハンターの方ですか? よかった、探していたんです。ちょっとまずいことになっていまして……」
そう言うと、係員が状況を説明してくれました。
なんでも、大きな魚の群れが、この会場にむかってきていると言うのです。
「形からしてカジキのようなのですが……」
「カジキですかあ!?」
なんでそんな物がと、エルバッハ・リオンがキョトンとしました。
「魚の群れがレースの邪魔をするようであれば、追い払えばいいのではないのでしょうか」
「簡単に言いますが、相手はカジキですよ」
係員が心底困ったような顔をしました。カジキは、カジキマグロとして食材ともなりますが、意外と獰猛で、四メートルほどの身体で水中を時速一〇〇キロものスピードで突進してきます。特に、上顎が剣状にのびた吻(ふん)は、レースに参加しているボートなど、簡単に串刺しにしてしまいます。正に、生きた魚雷です。ソードフィッシュと言う別名は、伊達ではありません。なめてかかっていい魚ではないのでした。
それでも、数匹でしたら、追い払うのも難しくはないでしょう。けれども、それが数十匹も、まとまって海面近くを飛び跳ねながら、ポルトワールの方向からヴァリオス港の方へむかってきていると言うのです。しかも、そのうちの一匹には、奇怪な少女が乗っていると言うではありませんか。
その異様な光景は、早くから目撃され、進路上にあるボートレースの会場に逸早く連絡が来たのでした。
「分かりました。手が空いている他のハンターの方にも事情を説明して協力してもらってください。行きましょう、ガルム」
係員に言付けると、エルバッハ・リオンはガルムに飛び乗って海へとむかいました。その胸元に真紅の薔薇の文様が浮かびあがり、六方向へと茨の蔓状の文様がのびていきます。二つは両頬へと上り、残りはむきだしになった四肢を螺旋状に駆け巡り、覚醒の兆しが全身をつつみ込みました。
「滄海へ!」
一瞬、エルバッハ・リオンとガルムの全身を淡い光がつつんだかと思うと、そのままガルムが海へと走り込んでいきました。ところが、水飛沫一つ上がりません。まるで地上と何ら変わりがないかのように、ガルムが水の上を走り抜けていきます。ウォーターウォークです。これならば、海の上でも、地上と変わりなく戦うことができます。
しばらく進むと、海面から飛びあがる大きな魚影が見えてきました。
カジキの群れです。
まるで狂乱の舞を踊るかのように、多数のカジキが水中からジャンプして、その巨体に太陽の光を反射させて輝きます。
「とりあえず、冷凍マグロにしてしまいましょう」
空中で踊るカジキたちにむかって、エルバッハ・リオンがブリザードを放ちました。空中に真っ白い氷の妖花が鞠のように花咲き、躍り上がっていたカジキたちを巻き込みました。一瞬にして氷の花が大気に解けて風となって散ると、凍りついたカジキたちが海面に落ちてきて、激しい水飛沫を上げました。
突然の攻撃を受けて、カジキたちの様相が一変しました。一群はエルバッハ・リオンたちを避けてバラバラに動きだし、一群はまっこうからむかって来ます。
ガルムが、水面を波立てるような咆哮をあげ、突進してくるカジキたちを直前で回避しました。直後に、エルバッハ・リオンたちがいた場所を切り裂く銛のように、水飛沫を切り裂いて、水面すれすれをカジキたちが通りすぎていきます。
大きな波を回り込むようにして回避したガルムが、華麗なステップを踏んで反転しました。勢いよく振り回されたエルバッハ・リオンの銀の髪が大きく広がって輝きます。
そこへ、最初に逃げたカジキたちが、態勢を立てなおして戻ってきました。先ほどのカジキたちも、反転して別方向から再度攻撃してこようとしています。この場にいては、挟み撃ちです。
「ガルム!」
エルバッハ・リオンの声と共に、ガルムが一方のカジキたちの方へむかって駆け出しました。三角波を突き破って、カジキが水面の上すれすれを飛んできます。
それへむかって、エルバッハ・リオンがウインドスラッシュを放ちました。まともに食らったカジキが、上下真っ二つに切り裂かれます。続いて迫ってくるカジキたちを、ガルムが三角波をスティールステップの足場にして、空中高くへ飛びあがってすり抜けました。
けれども、頂点から落下を始めたガルムにむかって、後続のカジキがジャンプして正面から襲いかかってきました。戦いの咆哮をあげるガルムに、エルバッハ・リオンがしっかりとしがみつきます。
両者が交錯する瞬間、突き出されたカジキの吻にガルムが噛みつきました。そのまま前転して、まるで背負い投げのようにカジキを水面へと叩きつけます。吻を噛み砕かれたカジキが、激しい水飛沫を上げてぷっかりと水面に浮かびあがります。降り注ぐ海水を全身に浴びながら、エルバッハ・リオンが急いでウォーターウォークをかけなおします。
そのときでした。
海中からひときわ巨大なカジキが姿を現すと、エルバッハ・リオンたちを掠めるようにして、凄い勢いで横を通りすぎていったのです。けれども、そのカジキが異形であったのは、吻の部分に人がいたからです。まるで、人魚か、あるいはカジキに突き刺されでもしたかのように、真白い肌をした少女がそこにいました。ボンネットを被り、広がったスカートでカジキの頭部をすっぽりとつつみ込んだ真白い少女の陶器人形。正に、ありえない光景でした。
そして、すれ違う刹那、人形の生気のない青いガラスの瞳が、ぎょろりと動いて確かにエルバッハ・リオンを睨みました。
「何、今のは……!? 歪虚!?」
大きな水飛沫を上げて再び海中に姿を消した陶器人形とカジキを振り返ってエルバッハ・リオンが叫びました。背筋を、ぞくりと冷たい物が走ります。
降り注ぐ水飛沫が、ウォーターウォークの効果に弾かれて、小さな火花のように全身で弾け飛びます。
通りすぎていった歪虚は、その先で見つけたらしいボートを目指していきました。周囲には、何匹かのカジキが随行します。どうやら、歪虚はボートを狙っているようです。その他の物には目もくれません。
「追うわよ、ガルム!」
すぐさま歪虚の後を追おうとしたエルバッハ・リオンでしたが、その行く手にカジキたちが立ちはだかりました。
●カジキ
「みなさー~ん、頑張ってですぅ♪ ハルちゃんも、頑張ってますぅ~♪」
熱いレースを繰り広げている参加者たちにむかって、星野 ハナ(ka5852)が懸命に呼びかけていました。
こういう大きなイベントの場は、星野ハナにとって絶好の彼氏探しのチャンスなのです。ここは、全力で頑張らなければなりません。
チューブトップの上にパネルをあしらったフレアバンドゥビキニは、派手だけどちょっと大人っぽいボタニカルフラワー柄です。これで、筋肉質な身体もかわゆくごまかせるはずです。多分……。
「水着で悩殺。恋の季節の始まりなのですぅ」
星野ハナとしては、このナイスパディを見せつけて、いい男をゲットする気満々です。
選択肢としては、レースに参加して、健康美をアピールするという方法もあったのですが、ムキムキのヨットウーマンでは、その手の趣味の殿方しか釣れそうにありません。
それに、選手よりも観客の方が殿方は数多いはずです。そうすると、遠く海の上にいては、この魅力的な容姿を武器にナンパができないではありませんか。
とはいえ、あまり安売りしてもいけません。水着の上からはパーカーを羽織って、ちょっと出し惜しみします。チラリズムがいいのです。きっと男心をそそるはずです。そのはずです! そそって!!
ちょっと必死な星野ハナの側では、ユグディラのグデちゃんが、やれやれという感じでビーチチェアーの上にごろんと寝転がっていました。
「あのう、すみませんが……」
さっそく、男の人から声をかけられました。作戦大成功です。
「あらら、何か用ですかぁ♪」
ちょっと科を作って、星野ハナが答えました。
「ハンターの方ですよね」
なぜ分かったのでしょう。ああ、きっとグデちゃんのせいでしょう。幻獣と一緒なら、普通はハンターだと思われます。
「実はお願いしたいことがあるのですが……」
大会の係員は、そう言って星野ハナに現状の危機を訴えました。
「カジキ……? マグロ……?」
まあ、正確には、カジキはマグロではないのですが、刺身にしてしまえば似たような物です。ですが、そのマグロという言葉に、グデちゃんがピキーンと反応しました。
「マグロですかあ、じゅるりぃ~」
思わず、星野ハナもグデちゃんと顔を見合わせて、ニッコリとよだれを啜ります。
「お任せくださあい! マグロは、この私が、きっちりかっちりと三枚におろして、美味しくみんなにお分けいたしますぅ」
ドンと胸を叩いて、星野ハナが係員に約束しました。胸のパネルがその勢いでゆれて、ちょっとパッドの位置がずれました。直さなきゃ。よいしょ、よいしょ。
「ああ、助かります。すぐにボートを手配しますので」
係員に案内されて、星野ハナはボートに乗り込みました。そのまま、海へと漕ぎ出でます。
もともとレースに参加しようかと迷っていたぐらいです、カジキの群れにむかってまっしぐらです。
ちょうど、エルバッハ・リオンを突破してきたカジキたちが、正面からむかってきます。
あぶないにゃと思ったグデちゃんが、猫の幻夢術でカジキたちを攪乱しました。突然の霧につつまれて混乱したカジキたちが、バシャバシャと水面で跳ねて右往左往します。
「私の魅力発揮のためですぅ。落ちなさい食材ぃ!!」
すかさず、星野ハナが、取り出した五色の呪符を宙に広げました。同時に彼女の周囲がゆらぎ、風とは無関係にふわりとその長い髪が広がりました。星野ハナの蒼い輝きを放ち始めた瞳に見つめられると、まるで見えない壁に貼られたかのように空中にならんでいた赤青黄白黒の五枚の呪符が、それぞれの光となってカジキたちの方へと飛んでいきました。狙った場所の近くに等間隔に色とりどりの光の柱が立つと、それを結ぶように光が走り、鮮やかな五芒星が海の上に浮かびあがりました。次の瞬間、激しい閃光が結界の中を焼き尽くしました。
「あっ、美味しそう……」
焼きカジキとなって海上に浮かんだカジキから、香ばしい香りが漂ってきます。
このまま海に沈ませてはなるものかと、グデちゃんがロープを結んだ矢を放って、プカプカと浮いているカジキを回収していきました。
「ちょうどタタキという感じでしょうかあ。美味しそうですぅ」
両手で持ったナイフをすりあわせてキャキーンシャキーンと言わせながら、星野ハナが目を輝かせました。幸運にも、ボートの中に舫い綱となるロープとナイフが置いてあったのです。これで、すぐに活き締めか三枚おろしにできます。
「うふぅ、大漁ですぅ」
ボートに倒したカジキたちをなんとか引き上げ、星野ハナは御満悦でした。さあ、後は、このカジキたちをちゃんと料理して、男性の胃袋からゲットするのです。
もはや、ナンパでの勝利を確信した星野ハナでしたが、そこへ、カジキたちの第二陣が迫ってきました。その中心には、何やらビスクドールのような、ここには場違いな存在が見えます。
「なんですかぁ、あれは!?」
星野ハナが叫びました。
どこから取り出したのか、ピグマリオの歪虚が二本の剣を両手に持って大きく広げます。そして、次の瞬間、唇の端に亀裂が入ったかと思うと、まるで頭その物が裂けるようにして大きく開き、ケタケタという生き物ではない笑い声をあげ始めました。怖いです。
「あれは歪虚……。ハッ! 大観衆の前で歪虚を倒して捌いて料理したらいいお嫁さんアピールですぅ! 行きますよぅ、グデちゃん!」
星野ハナが、ちょっと邪な妄想に囚われます。けれども、これは、あぶないにゃマックスです。とっさに、グデちゃんが猫の幻夢術を放ちましたが、歪虚は大きくジャンプして霧を避けてしまいました。慌てて、グデちゃんが星野ハナの後ろに隠れて身体を丸くします。
「風よ、雷(いかづち)よ!」
間髪入れずに、星野ハナが三枚の呪符を宙に投げました。
「いっけぇ!!」
星野ハナが歪虚を指さすと同時に、呪符が雷光に変化して敵を貫きました。
「やったですかぁ!?」
禁句です。
突然海中から飛び出してきたカジキが、直前で歪虚の盾となりました。入れ替わるようにして、歪虚が水中に姿を隠します。
「どこにいったですかぁ」
慌てて星野ハナが周囲を見回しました。そのときです。念のためにと、ボートの底に貼っておいた降魔結界の陰陽府が赤く輝きました。
大きな水飛沫を上げて、星野ハナたちのボートの真正面から歪虚が飛び出してきました。歓喜の音をたてて、ボートめがけて突っ込んできます。
これは避けられないと、星野ハナが倒したカジキを盾代わりに持ちあげました。はたして、これで防げるのでしょうか。
そのときです。銃声と共に、短い槍のような物が歪虚を掠めました。それを躱わすために身をよじったため、歪虚が星野ハナたちのボートの横から海中に飛び込みます。危機一髪です。
「危なかったぁ。いったん、陸に戻るわよぉ。荷揚げよぉ」
こんな所で、せっかく獲ったカジキをダメにされてはたまりません。星野ハナは、急いで陸へと逃げていきました。
●ピグマリオ
「また外した!? 遠すぎたのかな」
最新型のR7エクスシア、エクスシア・TTTのコックピットの中で、ウーナ(ka1439)が悔しそうに言いました。
新型CAMの慣熟訓練のついでにレースを見に来ていたわけですが、運良くというか運悪くというか、騒動に巻き込まれたようです。
幸いにしてCAMの攻撃力があれば、ただの魚であるカジキなど恐るるに足りません。
とはいえ、海岸からスピアガンや頭部機銃で狙い撃ちにしていたのですが、思いの外あたりません。予想以上にカジキが高速で移動するのと、海岸からだと水中の敵には弾道に偏差が発生して微妙にずれるのです。だいたいに、水中の敵は、地上からでは正確な位置が特定できません。
空中に飛びあがったカジキであれば格好の的だったりもしますが、さすがに射程ギリギリだと威嚇にはなっても直撃は難しくなります。
それに気づいてか、あるいは、歪虚の指示でか、カジキたちは海岸から距離をとって、迂回するようにレースに参加するボートたちの方へとむかおうとしています。
『危険だよ。巨大な魚の群れが近づいてきてるよ。みんな避難して!』
ソニックフォン・ブラスターで周囲に注意を呼びかけつつ、ウーナが射撃を続けました。
響き渡る銃声に、さすがにレースをしていた選手や観客たちも騒ぎだします。
できれば、レースに影響が出ないように、穏便にカジキたちを事前排除してもらいたかった大会役員たちでしたが、ウーナがおおっぴらに避難を呼びかけたのでは仕方ありません。急いで、避難誘導を始めました。もっとも、最初からそうするべきではありました。まさか本当に歪虚がカジキたちを煽っていたとは、思っていなかったのです。
それにしても、この歪虚はどこからやってきたのでしょうか。なんとも不可思議です。方角としては、ポルトワールの方からですが、あちらで何か起きているのでしょうか。
「もっと近づかないと、埒があかないよ」
そう言うと、ウーナはTTTでザブザブと海中に入っていきました。
「さっき見たのは、カジキに人だか人形だかがくっついてたけど、なんか変なの……。雑魔? 歪虚? どっちにしても、あいつさえやっつけちゃえば、魚なんか逃げてっちゃうよね。魔導トラックや幻獣なんかと違って、CAMなら、水の中でもへっちゃらなはずだし」
問題ないと考えて、ウーナはどんどん進んでいきました。TTTは地上での運用も考慮されているはずですから、海の中でも平気なはずです。多分……。
そんなウーナとは対象的に、観客の中にいた機導師たちの間からは悲鳴があがっていました。
「あのCAM、防水処理してないんじゃないのか? 稼働部の塩の洗浄、誰がするんだあ!?」
「なんて無茶を……」
そんなざわめきなど聞こえていませんから、ウーナはどんどん進んでいきました。とはいえ、海底は砂地や凹凸の激しい岩場なので、もの凄く不安定です。また、現仕様のCAMに浮力はほとんどありませんから、今のままではただ沈むだけです。それでも、なんとか全身が水中に入りました。これで、カメラとレーダーを使えるはずです。ところが、自身の舞い上げた海底の泥によって視界はかなり悪いものとなっています。さらに、レーダー波も照射レベルやレンジ、演算式などの水中補正をかけていないので、予想に反してほとんど役に立ちません。結局、濁った水の中での目視戦闘というかなりまずい状況になってしまいました。
ゴン!
コックピットに、機体に何かがぶつかる音が微かに響きます。
カジキが体当たり攻撃してきているのです。
ですが、さすがにCAMはびくともしません。木製のボートであれば沈没もするでしょうが、分厚いCAMの装甲板がカジキの体当たり程度で破壊されるわけもありませんでした。
「無駄だよね。ここは、落ち着いて、確実に追い払おう」
カジキの攻撃は無視して、ウーナはスピアガンでカジキを攻撃していきました。水中でのカジキの機動力は、目を見張るものがあります。逆に、水の抵抗で、TTTの動きは地上と比べてかなり緩慢です。とても、簡単には命中させることができません。センサーと連動させられれば、まだなんとかなるのですが……。
とはいえ、ウーナとしては、カジキに命中しなくとも、あまり気にしてはいませんでした。
歪虚らしき物に追いたてられて攻撃してきているものの、カジキは単なる魚です。無意味に殺すことはありません。こちらの攻撃で追い払ってしまえば、それですむことです。
そのはずだったのですが、一向に攻撃が止まることはありませんでした。やはり、カジキたちを追いたてている歪虚をなんとかしないと、根本的な解決にはならないようです。
ドン!
カジキたちの体当たりが、突然強さを増しました。どうやら、歪虚の指示で、一斉に頭部にむかってぶつかってきているようです。
「えっ!?」
突然機体が傾きだして、ウーナが焦りました。
カジキの体当たりは、機体を破壊するためのものではなく、バランスを崩すための物だったようです。装甲の隙間に吻を差し込むようにして、カジキたちが一気にTTTを押しました。オートバランサーによる復元力を超えて、TTTが転倒します。
「まずいよ!」
そのまま倒れるだけかと思ったのですが、なぜか機体が落ちていく感覚があります。浅瀬を超えて、水深が急に深くなる場所へ、意図的に落とされたようです。泥が舞いあがり、視界が閉ざされます。
「戻らないと……」
ウーナが、アクティブスラスターを点火しました。とたんに、機体が激しく横滑りして、さらなる深みへと落ちていきました。
どうやら、水の抵抗で、まっすぐ進めずに岩塊にぶつかってしまったようです。
「周囲が見えないと……」
ここはスラスターの推力でジャンプして、脱出するしかありません。段差を落ちたため、歩行で海岸に辿り着くことは難しそうです。とにかく、海岸の方向が分からないと、むやみに動くことができません。また岩壁にぶつかったりして、機体が損傷したら大変です。ウーナは、じっとして水中が澄んでくるのを待つことにしました。
ところが、敵がそれを許すはずもありません。装甲の隙間に取り憑いて、より深みに落とそうと押してきます。このままでは、浮上できなくなるかもしれません。
なんとか手足を動かしてカジキを追い払おうとしましたが、逆に間接部の隙間などに吻が折れて挟まる形となって、思うように動けなくなってしまいました。あるいは、歪虚が何か動きを阻害する攻撃を仕掛けてきているのでしょうか。とにかく、状況がよく分かりません。
たかがカジキ相手と、CAMを過信して海に入ったのが命取りとなってしまいました。
「せめて周囲の状況が分かれば」
ウーナは、必死にヴィジョンアイの調整をしました。
「わあっ!?」
目を懲らしてのぞき込んだメインモニタに、突然歪虚の顔のアップが映りました。さすがに、心臓に悪い現れ方です。
さらに悪いことには、何か叩く音と共に、モニタにノイズが走ります。歪虚が、剣でヴィジョンアイを破壊しようとしているのです。このまま、カメラを壊されてしまったら、正に万事休すです。
「でも、手の届く所に来てくれて助かったよ」
最後のチャンスとばかりに、ウーナがTTTの左手をなんとか頭部の横へと動かしました。間髪入れず、ショットアンカーを撃ちます。
リールのついた杭の直撃を食らった歪虚が、粉々に砕け散りました。命中さえすれば、この程度の歪虚など一撃です。けれども、敵もただでは倒れず、カメラを道連れにしていきました。最悪です。
はたして、このまま海の藻屑となってしまうのでしょうか。
そのときです。機体が何かに引っぱられました。まだ、カジキが攻撃してきているのでしょうか。いや、それとは違うようです。左腕が、何者かによって引っぱられています。
「もしかして、ショットアンカーが、何かに引っ掛かってくれた?」
歪虚を破壊しただけに思えたショットアンカーでしたが、どこかの岩か何かに引っ掛かったようです。でも、なぜ、引っぱられたのでしょう。
今は深くは考えず、ウーナはリールを巻きあげていきました。TTTの機体が、ゆっくりと移動していきます。やがて、段差を這い上がり、ずるずると海岸へと移動していきました。コンコンと、リズミカルに装甲を叩く音がします。さすがに、これはカジキではありません。
意を決して、ウーナはコックピットを開きました。
青い空が見えます。
なんとかコックピットから這い出すと、そこは、カジキ祭りの会場でした。
「お帰りなさーい。さあ、あなたも、食べて食べて」
そう言って、星野ハナが、カジキの刺身をお皿に山盛りにしてさし出します。
やっつけたカジキを星野ハナが料理して、ボートレース会場は、カジキを食べよう大会の会場に様変わりしていたのでした。
突然海底から飛び出してきたショットアンカーの先端を反射的に銜え取ったガルムが、エルバッハ・リオンの指示で、海岸の大きな岩に引っ掛けたおかげで、TTTは戻ってこられたのでした。功労者のガルムは、御褒美に山盛りのカジキの肉をもらって食べている最中です。
結局、ボートレース大会は中断となってしまいましたが、幸いにも人的被害はありませんでした。これも、ハンターたちの活躍のおかげです。歪虚が退治されて、残りのカジキたちはどこかへ逃げていってしまったようです。
それにしても、いったいあの歪虚は何だったのでしょうか。どこかで、何か事件が起こっているのでしょうか。
ともあれ、今はカジキを食べることとしましょう。その後で、またレース再開です。
「さあ、まだお替わりのほしいイケメンのお兄様、私の許へいらっしゃいですぅ!」
カジキの料理に使った血のついた包丁を振り上げて星野ハナが叫びました。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/19 15:09:51 |
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![]() |
レースか食い気か、それが問題だ 星野 ハナ(ka5852) 人間(リアルブルー)|24才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2017/03/19 15:11:28 |