ゲスト
(ka0000)
名もなき道に、ささぐ花
マスター:赤羽 青羽

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/04/02 07:30
- 完成日
- 2017/04/10 23:11
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
花の香りが鼻孔をくすぐった。
「はい、月之戸(つきのと)さまにプレゼント!」
穏やかな春の陽が、部屋の中まで注いでいた日だったと思う。
「私に……? どこで取って来たのだろうか?」
「ここに来る途中でね、咲き始めのすごく綺麗な道があったんです。本当に美しかったから、月之戸さまにも見せてあげたくて。リゼリオでもお仕事ばっかりでゆっくりしてないんでしょ?」
「桜の枝は、折ると樹が病気になることがあるんだが……」
「えっ、そうなんだ!? ごめんなさい。どうしよう」
手を伸ばす。
頭の形に添わせるように、真っ直ぐな黒髪に触れる。
「……次から気を付ければ良い。気持ちは嬉しかったよ」
「はい、帰りは一緒に見ましょう。月之戸さま」
薄桃色の花弁がはらりと散った。
●
霞みがかった空の下、淡い色の梢が揺れている。風がほのかな香りを運ぶ。
今日がちょうど満開だろう。
見事な桜の並木道だった。
両側から溢れ、零れ落ちる枝の下を、ハンターを乗せた馬車はゆっくりと進む。
たまたま乗り合わせたメンバーに緊急の任務を抱えている者はいない。
それならば、と、リゼリオへ向かう移動馬車を操る御者が、速度を落としたのだった。
気の抜けない仕事が続くハンターたちだ。たまにはこういうのも悪くないだろう。
美しい薄桃色の天蓋を見上げていると、突然馬車が止まった。
馬車の前に人影があった。
「急に止めてすまない。ここを通る者に警告を行っているのだ」
声を聞いて、初めてその姿が青年だと分かる。
それほど整った容姿をしていた。
青みがかったつややかな黒髪を頭の天辺でひとつに束ね、尾のように流している。
右耳の上からは白い角が半円を描いて伸びていた。色素の薄い銀の瞳は容易に表情を読ませない。
夜色の着物を身に纏い、腰には太刀が一振り、血色の鞘に収まっている。
鬼の武人、そして彼もまたハンターだった。
事情を聴かれ、青年は止まった馬車の縁に腰かけ話し始める。
「同業者の馬車だったとはな。私は月之戸(つきのと)。ここで1年前、同郷の少女が襲われたんだ」
桜の花弁が、降り始めた雪のように舞っている。
「助からなかった。見つかった時には、騎馬と共にとっくにな。刀と髪飾りが無くなっていたから物取りの線も一瞬考えたが……そこの桜の樹だ」
細い指が差す先には、深々と引き裂かれた桜の幹が、無残な傷跡を晒していた。
傷の形状からして爪痕だろうか。
それにしては傷が大きすぎるように見える。
幹の太さの三分の一ほどまでが抉り取られていた。
「獣だとしたら、あり得ないほどの体躯だ。複数の目撃情報から、私は歪虚に侵された獣だとみている。何人か商人が襲われたが、『胸元で何かが光った』ことや『現れる前に金属の音がした』ことで気付き、危うく難を逃れている」
そいつが現れるのを待っている、と月之戸は言う。
ここはリゼリオに向かうには便利な道だったが、他のルートも複数ある。
現れた雑魔に比べて被害が広がっていないのは、そういった理由もあるのだろう。
「あのう……」
黙って聞いていた御者がおそるおそる、ハンターたちに声をかけた。
「どうなさった」
「何か……妙な金属音が聞こえたような気がしたんですが……」
気のせいですかねぇ。と乾いた笑いを浮かべる御者の言葉を最後まで聞かず、月之戸は馬車から飛び降りた。
馬車の前方で白刃がきらりと、梢から漏れた光に輝く。
「ようやく会えたな」
声音が変わっていた。
白刃を直接素肌に当てたような、ひやりとする響きだ。
花影から現れたのは巨大な獣だった。
元の生物の原型は留めていないようだが、強いて言えば虎に骨格が似ている。
盛り上がり、黒光りした背は、並大抵の攻撃は弾いてしまいそうだ。
巨体ながら足音を殺している。が、歩くたびに『しゃん』という音が響く。
獣は右足をやや引きずるようにして道の中央に立ち止まった。
目の前に立ちふさがった青年を、普通の状態であれば睨みつけていることだろう。
常に動き回る瞳孔が、既にこの世のものではないと物語っている。
獣に続きコボルドらしき姿が現れるのを真っ直ぐみつめながら、月之戸は背中に向けて口を開いた。
「御者殿、ここは危険だ。馬車を安全な場所まで下げてくれ。……同業のかたがた。助力頂けないだろうか。私もハンター。相応の礼は心得ている」
●
「急な任務なんて、本当に大変なお仕事なんですね」
「すまない、今度こそ帰ろうと思っていたのだが」
馬を引く少女を、リゼリオの町外れで見送る。
頬を膨らませた横顔にひたすら頭を下げる。
「母上……当主には、夏までには必ず顔を出すと伝えてくれ」
「それはもちろん良いですけど……」
そこで私はようやく、懐の包みを思い出す。
布を解いて手で包むようにして、小さな掌に乗せた。
息をのむ音が聞こえる。
「つ、月之戸さま、これ……桜の簪(かんざし)……? こんなに素敵な物、頂けません! 月之戸さまのお給料、無くなっちゃう」
どれだけ薄給だと思われているのだろう。
苦笑いしながら、頭の上で結った少女の黒髪につけてやる。
「私は忘れっぽいからね。これを見て、来年は必ずと約束しよう」
淡い色の花と金属の薄板が、少女の頭の動きに合わせて、しゃん、と鳴る。
「……嬉しいです。大切にしますね」
「ああ。それよりも、一人で大丈夫だろうか。梗介に話を通してもいいんだが」
「平気ですよ。私も一族のひとり。いつまでも子ども扱いしないで下さいね」
少女は自らの腰につけた刀の柄に手を乗せ、頬を桜色に染めながらはにかんだ。
胸騒ぎを覚えるのは私の心配しすぎなのだろう。
手を振りながら遠ざかるその姿を、見えなくなるまで見送った。
「はい、月之戸(つきのと)さまにプレゼント!」
穏やかな春の陽が、部屋の中まで注いでいた日だったと思う。
「私に……? どこで取って来たのだろうか?」
「ここに来る途中でね、咲き始めのすごく綺麗な道があったんです。本当に美しかったから、月之戸さまにも見せてあげたくて。リゼリオでもお仕事ばっかりでゆっくりしてないんでしょ?」
「桜の枝は、折ると樹が病気になることがあるんだが……」
「えっ、そうなんだ!? ごめんなさい。どうしよう」
手を伸ばす。
頭の形に添わせるように、真っ直ぐな黒髪に触れる。
「……次から気を付ければ良い。気持ちは嬉しかったよ」
「はい、帰りは一緒に見ましょう。月之戸さま」
薄桃色の花弁がはらりと散った。
●
霞みがかった空の下、淡い色の梢が揺れている。風がほのかな香りを運ぶ。
今日がちょうど満開だろう。
見事な桜の並木道だった。
両側から溢れ、零れ落ちる枝の下を、ハンターを乗せた馬車はゆっくりと進む。
たまたま乗り合わせたメンバーに緊急の任務を抱えている者はいない。
それならば、と、リゼリオへ向かう移動馬車を操る御者が、速度を落としたのだった。
気の抜けない仕事が続くハンターたちだ。たまにはこういうのも悪くないだろう。
美しい薄桃色の天蓋を見上げていると、突然馬車が止まった。
馬車の前に人影があった。
「急に止めてすまない。ここを通る者に警告を行っているのだ」
声を聞いて、初めてその姿が青年だと分かる。
それほど整った容姿をしていた。
青みがかったつややかな黒髪を頭の天辺でひとつに束ね、尾のように流している。
右耳の上からは白い角が半円を描いて伸びていた。色素の薄い銀の瞳は容易に表情を読ませない。
夜色の着物を身に纏い、腰には太刀が一振り、血色の鞘に収まっている。
鬼の武人、そして彼もまたハンターだった。
事情を聴かれ、青年は止まった馬車の縁に腰かけ話し始める。
「同業者の馬車だったとはな。私は月之戸(つきのと)。ここで1年前、同郷の少女が襲われたんだ」
桜の花弁が、降り始めた雪のように舞っている。
「助からなかった。見つかった時には、騎馬と共にとっくにな。刀と髪飾りが無くなっていたから物取りの線も一瞬考えたが……そこの桜の樹だ」
細い指が差す先には、深々と引き裂かれた桜の幹が、無残な傷跡を晒していた。
傷の形状からして爪痕だろうか。
それにしては傷が大きすぎるように見える。
幹の太さの三分の一ほどまでが抉り取られていた。
「獣だとしたら、あり得ないほどの体躯だ。複数の目撃情報から、私は歪虚に侵された獣だとみている。何人か商人が襲われたが、『胸元で何かが光った』ことや『現れる前に金属の音がした』ことで気付き、危うく難を逃れている」
そいつが現れるのを待っている、と月之戸は言う。
ここはリゼリオに向かうには便利な道だったが、他のルートも複数ある。
現れた雑魔に比べて被害が広がっていないのは、そういった理由もあるのだろう。
「あのう……」
黙って聞いていた御者がおそるおそる、ハンターたちに声をかけた。
「どうなさった」
「何か……妙な金属音が聞こえたような気がしたんですが……」
気のせいですかねぇ。と乾いた笑いを浮かべる御者の言葉を最後まで聞かず、月之戸は馬車から飛び降りた。
馬車の前方で白刃がきらりと、梢から漏れた光に輝く。
「ようやく会えたな」
声音が変わっていた。
白刃を直接素肌に当てたような、ひやりとする響きだ。
花影から現れたのは巨大な獣だった。
元の生物の原型は留めていないようだが、強いて言えば虎に骨格が似ている。
盛り上がり、黒光りした背は、並大抵の攻撃は弾いてしまいそうだ。
巨体ながら足音を殺している。が、歩くたびに『しゃん』という音が響く。
獣は右足をやや引きずるようにして道の中央に立ち止まった。
目の前に立ちふさがった青年を、普通の状態であれば睨みつけていることだろう。
常に動き回る瞳孔が、既にこの世のものではないと物語っている。
獣に続きコボルドらしき姿が現れるのを真っ直ぐみつめながら、月之戸は背中に向けて口を開いた。
「御者殿、ここは危険だ。馬車を安全な場所まで下げてくれ。……同業のかたがた。助力頂けないだろうか。私もハンター。相応の礼は心得ている」
●
「急な任務なんて、本当に大変なお仕事なんですね」
「すまない、今度こそ帰ろうと思っていたのだが」
馬を引く少女を、リゼリオの町外れで見送る。
頬を膨らませた横顔にひたすら頭を下げる。
「母上……当主には、夏までには必ず顔を出すと伝えてくれ」
「それはもちろん良いですけど……」
そこで私はようやく、懐の包みを思い出す。
布を解いて手で包むようにして、小さな掌に乗せた。
息をのむ音が聞こえる。
「つ、月之戸さま、これ……桜の簪(かんざし)……? こんなに素敵な物、頂けません! 月之戸さまのお給料、無くなっちゃう」
どれだけ薄給だと思われているのだろう。
苦笑いしながら、頭の上で結った少女の黒髪につけてやる。
「私は忘れっぽいからね。これを見て、来年は必ずと約束しよう」
淡い色の花と金属の薄板が、少女の頭の動きに合わせて、しゃん、と鳴る。
「……嬉しいです。大切にしますね」
「ああ。それよりも、一人で大丈夫だろうか。梗介に話を通してもいいんだが」
「平気ですよ。私も一族のひとり。いつまでも子ども扱いしないで下さいね」
少女は自らの腰につけた刀の柄に手を乗せ、頬を桜色に染めながらはにかんだ。
胸騒ぎを覚えるのは私の心配しすぎなのだろう。
手を振りながら遠ざかるその姿を、見えなくなるまで見送った。
リプレイ本文
●山へ
コボルドの形をした雑魔が、真紅の光に射抜かれる。
塵となり飛散する亡骸の横を、黒いブーツの底が駆け上がる。
坂道の脇の森から現れる敵を、徹刺(とおし)でいなし、ヴァイス(ka0364)は周囲を鋭い眼光で窺った。
『これ以上この景色を傷つけたくありません。雑魔を山側へ誘導しましょう』
提案したひとり、夜桜 奏音(ka5754)が走りながら、目を伏せるようにして後ろを見る。
鬼の青年の姿を認めて安堵する。
「なにやら因縁めいたものがあるようですが、無理は禁物ですよ」
構わず突っ込もうとした月之戸を止めていなければ、今ごろ桜の樹も彼自身も無事では済まなかっただろう。
冷静に聞き入れてくれた事にほっとしつつ、また無茶をするのではないかとも心配していた。
幸いにして、心配された張本人も自らの気質に対する自覚はあったようだ。
(落ち着け……)
月之戸は心の中で言い聞かせる。
彼らの言い分はもっともで、頭に血を上らせたまま勝てる相手ではない。
そして、いざという時は――
思考は突然背中を張られて中断する。
「よゥ、月之戸」
面食らってよろけた月之戸の隣に、長身の影が並ぶ。
「俺ァ万歳丸(ka5665)。未来の大英雄様よ」
不敵な笑みを見上げ、勢いに呑まれたように月之戸は頷く。
「よ、よろしく頼む」
「俺の同郷の奴ら『も』皆、戦って散ったんだ」
さらりと告げられた事実に、月之戸は息をのんで万歳丸の顔を見返した。
「……助力、感謝する。どうか貴方がたは怪我などされぬよう」
走りながら最大限の感謝の念を込めて伝えた。
そんな月之戸の後ろ姿を、ディーナ・フェルミ(ka5843)はどこか不安げに見ていた。
最後尾のユキヤ・S・ディールス(ka0382)はそっと後ろを確認する。
元となった生物すら見当がつかない巨大な雑魔――『獣の雑魔』は大きさほどに足が速くない。
右脚を引きずっているからだろう。今追いつかれる心配は無さそうだ。
先頭を行くヴァイスの前に鬱蒼とした森が現れる。坂の勾配も一段と厳しくなりそうだ。
素早く左右に視線を巡らせ、後ろの仲間に声をかけた。
「――そこにしよう」
左脇に現れた野原に飛び込む。
六人のハンターたちは、それぞれの得物を手に獣の雑魔に向き直った。
●簪
そこは森と崖に挟まれた、小さな野原だった。若草が地面を覆っている。周りに比べれば平坦な地形だ。
先程の道からは崖上に位置するため、目線の高さに桜並木の梢が見える。
崖の手前には、若い桜が数本並んで静かに花をつけていた。
穏やかな春の空気の中、禍々しさを漂わせる黒い獣はその異形の体躯を際立たせた。
艶やかに黒光りした背を丸め、低く唸り、にじり寄るように人の胴ほどの太さがある四肢を運ぶ。
刃物を思わせる太い爪と牙が、黒い体の中で白く光っていた。
対するハンター達の精神力も尋常の物ではない。
巨躯の相手に怯むこともなく、間合いを測り、距離を詰めていく。
獣が右足を踏み出すと同時に、『しゃん』という音がかすかに響いた。
ユキヤのジャッジメントがその足を止め、奏音の五色光符陣が獣の雑魔の左胸を光で焼く。
遠距離から繰り出される攻撃を嫌がり、強引に接近しようとする獣の前に、万歳丸と月之戸が立ちはだかった。
獣の巨大な爪の斬撃は体を逸らし、後ろに下がる足取りに躱される。
なおも振り上げられる獣の右腕を、ヴァイスの徹刺が貫く。マテリアルで強化された真紅の光の後には、抉り取られた黒い塵が煙のように舞った。
生じた隙に、接近したディーナが獣の左胸を殴りつける。食いつこうとした牙は、彼女の持つ盾に止められた。
連携は、少しずつ、着実に獣に傷を負わせ、体力を奪っていく。
獣の一挙手一投足を見極めるように動いていたヴァイスが口を開いた。
「あの、右胸に刺さってる物。これだけ激しい戦闘でも抜ける気配が無いな」
時折、毛皮の間に見える金色の輝きに、ほとんどのハンターたちが気付いていた。
獣にもう一撃入れ、下がってきたディーナが答える。
「多分、簪(かんざし)が刺さってるの。それが鳴ってると思うの」
接近した際に、鋭敏視覚と彫金の知識で当たりをつけたようだ。
奏音が新たな符を引き抜きながら、獣の右胸を注視する。
「もし、月之戸が言っていた髪飾りがそれなら、右胸付近は攻撃しにくいですね」
「……簪」
やり取りを聞き、月之戸が反芻するように呟いた。
ゆらりと顔を上げ、獣の胸元を見上げる。耳が、場に不釣り合いな、涼やかな音を捉える。
どうして、今まで目にも耳にも入らなかったのだろう。
次の動きに、真っ先に気付いたのはヴァイスだった。
「避けろ!」
獣が前脚に重心を移し、反動をつけるように尾を揺らめかせるのが目に入った。
爪も牙も当たらず、苛立った様子で獣は前足を支点に体を反転させ、二本の長い尾で周囲を薙ぎ払う。
距離がある奏音とユキヤは後ろに飛び退いた。
万歳丸は咄嗟に屈んで尾をやり過ごし――ぼうっとしている一名に気付く。
ヴァイスも万歳丸も、いざとなれば間に入る心積もりだったが、回避の脚が止まったのはあまりにも唐突すぎた。
「月之戸!」
はっと銀の瞳に光が戻る。
体に吸い込まれるかと思われた黒い尾は、出現した光の壁に阻まれる。
すんでの所で、ディーナのホーリーヴェールが攻撃を止めたのだ。
残る一本の尾が、ディーナの盾を強く打ち据える。
鈍い金属音が鳴った。
衝撃を受け流しきれずによろめくディーナに、弧を描くようにして太い尾が引き戻される。
黒い影を遮って、二条の光がひらめいた。
地に落ちた一本の尾がうごめきながら塵と化す。
無言でディーナの元に駆け寄った月之戸が、一本目の尾を断ち切り、二本目の尾の軌道を刃で逸らしていた。
苦悶の声をあげた獣は、強引に体を反転させる。
そして次の瞬間、一番手近な月之戸の体を横殴りに吹き飛ばした。
●坂道の戦い
声が聞こえた気がして崖上を見上げた。
上では仲間が巨大な雑魔と戦っているはずだ。
簪を挿した頭を振り、視線を戦場に戻す。
新たに一体のコボルドが茂みから現れた。
刀の柄に手をかけ踏み込み、一太刀で仕留める。白刃を軽く払い、コボルドだったものの塵を落とした。
先刻ハンターたちが駆け上がった坂道で、リン・フュラー(ka5869)は刀を振るっていた。
山から降りてくるコボルドの動きは不規則だ。それぞれ獣の雑魔の元に駆け付けようとしているのだろう。
森から開けた斜面へ断続的に現れては、リンたちの姿を見て襲ってくる。
駆け寄り、太刀で攻撃を受け流し、斬る。
馬車や桜を傷つけられないよう、こちらから積極的に打って出ようとリンは決めていた。
(込み入った事情を聞くつもりはありません。私は、月之戸さんが決着をつけるためのお手伝いをするだけです)
想いを胸に、大太刀を構える。
単純作業と傾斜した道が、リンの体力を少しずつ削っていく。
それでも、一人ではない事が心強い。
「ヘイ! きみたち! ここアブナイですからジャマしないでクダサーイ!」
リンより下の斜面で、槍を構え、高らかに宣言する少女らしき姿がある。
怪しい口調だが、気合は十分だ。
サンディ(ka6803)がクラッシュブロウで振り抜いた切っ先が、新たに現れた一体を貫いた。
「ジャマをするならカワイソウだけどブットばしマース!」
馬車で話を聞いた時から、サンディは月之戸の危うさを感じ取っていた。
敵討ちは時として視野を狭めてしまう。
(ワタシに出来るコトはヒトツだけデース。コボルドさんをイッポも! カレに! とおさないコトネー!)
新たに現れた四体のコボルドを、剣心一如で精神を統一したリンが、縦横無尽に斬りつけていく。
死角からリンを狙っていた一体を、サンディがノックバックで弾き飛ばし、クラッシュブロウで仕留める。
上で行われているであろう戦いの行方を気に掛けながら、二人は目の前の敵に武器を振るい続ける。
●馬車
アバルト・ジンツァー(ka0895)が冷気を込めた銃弾により、コボルドは凍り付いたように足を止めた。
間髪入れず、光線がコボルドを貫く。アレクシス・ラッセル(ka6748)の機導砲だ。
「ドッカーン! とネ。オジさん、ヘーキ?」
「ええ、私も馬も無事です」
巨大な雑魔の出現に動揺していた御者だったが、二人の戦いぶりに幾らか落ち着きを取り戻したようだ。
リンとサンディの戦いでコボルドの大半は食い止められていたが、それでも時々、迷い込んだ個体が並木道に出てくる。
アバルトとアレクシスは、馬車の近くでその迎撃を行っていた。
広々とした道だが、樹の幹が両脇から近付く存在を隠している。
さらには舞い散る桜の花弁が、動く物を見つけ難くさせていた。
遠くに現れた二体のコボルドに、アバルトがライフルを照準する。
その時突然、馬車の後方で発砲音が響いた。御者が飛び上がって荷台を振り返る。
「……ここは任せろ」
短い言葉に頷き返し、アレクシスは馬車の後ろに走る。
アバルトはライフルを構え、花弁の中から鋭敏視覚で標的を捉える。
Fenrir Stosszahn(フェンリル シュトースツァーン)で動きを止めてから、高加速射撃で撃ち抜く。
狙撃手に求められる物のひとつは、どんな時でもいつも通りに狙いをつけられる冷静さだ。
「……氷狼の牙、その身で味わうが良い」
アバルトは静かに告げ、無駄のない動きで狙いをつけると、トリガーを引いた。
荷台の縁に寄りかかるように半身を起こし、拳銃の引き金を引く。いつもなら何でもない反動が骨に響く。
腕を持ち上げ、もう一発。
二体のコボルドの足元に、銃弾が跳ねる。
後方から近付く姿を見つけたのは、前の任務で重傷を負い、馬車の荷台に留まっていた連城 壮介(ka4765)だ。
(当たらなくても、牽制くらいには……)
銃口の先で、光がコボルドを塵に変えた。
「ダイジョブ? 壮介」
馬車の後ろから、アレクシスが荷台に上がってくる。
「……この怪我が無ければ、皆の手伝いが出来たのですが」
悔しさを滲ませる壮介に、アレクシスは人懐っこい笑顔を向けた。
「Don't worry! キニシナイで、壮介。おうまさんの車、助かったヨ」
壮介はその表情を見上げ、アレクシスの腕から血が滴っているのに気付く。
戦い前、この青年が獣に向かうメンバーに攻性強化と防性強化をかけていたのを思い出す。自身の事は二の次だったのだろう。
壮介は鞄からポーションを差し出す。
「これを使って下さい。応急手当程度ですが」
きょとんとポーションの瓶を見てから、アレクシスは元の笑顔で礼を言った。
●花
葉桜の下。
あの子の姿を見つけた時、ようやく目が覚めた。
当主の座を蹴って、何の決着もつけないまま里を出た報いが来たのだと。
ただ傷つけたくないという気持ちだけでは、何の意味も成さないのだという事を。
思い知るには、何もかも手遅れだった。
目を開けば、淡い空に桜が枝を伸ばしている。
顔の横で若草が揺れていた。
意識が飛んだのは、一瞬の事だったようだ。
呻きながら上半身を起こした月之戸に、駆け寄ったディーナがフルリカバリーをかける。
奏音が近くに落ちていた太刀を拾い上げた。
「しっかりして下さい。そんな風では、自ら死ににいくようなものですよ」
「……仇討ちだからな。命に代えたとしても本望だ。その前に死ぬわけにはいかないが」
「そう考えるんじゃないかと思ってたの」
礼を言って立ち上がろうとする月之戸を、押し留めたのはディーナだった。
「この道で一年警告を続けるほどの相手が、ただの同郷のはずないの」
月之戸は目を泳がせてから頷く。
ぽつりと呟くように答える。
「……何も言わずとも、必要な時は必ず傍にいてくれる子だったよ。私は、一番肝心な時にいてやれなかったが」
「それでも、自分を殺した相手と刺し違えて殺されるなんて、その子もきっと望んでないの」
真摯な光を帯びた紫の瞳が、真っ直ぐに鬼の青年を見据える。
やりきれない様子で月之戸は瞳を伏せた。
「彼女の闘いが、この一年、ここを通る人を守ったの。貴方が死んだら彼女が泣くの。守ってくださいなの、貴方自身も、彼女の想いも」
獣の内にありながら小さく光り、微かに鳴っていた物がある。
物に意思は無くとも、彼女ならこれ以上の犠牲など決して望まないだろう。
そう、月之戸はここにいる誰よりもよく知っている。
「……死んででも、とは私の身勝手だな。まだ守れる約束があるなら……今度こそ破るわけにいかない」
ディーナが大きく頷く。
奏音は知らず知らずのうちに握りしめていた太刀の柄を、月之戸に差し伸べた。
●奪還
「覇、亜亜亜亜亜ッ……!」
月之戸を吹き飛ばした隙をつき、万歳丸が天地開闢で獣の尾を掴む。
そのまま投げ飛ばそうと回転をかけたところで、手にかかる重みが不意に消失した。
獣の体が地面近くを飛び、派手な音と共に森の茂みに突っ込む。
勢い余ってたたらを踏んだ万歳丸の手の間から、千切れた尾が塵と化して零れ落ちた。
ユキヤが駆け寄り、万歳丸にヒールをかける。
尾を握った手の平が、真っ赤に染まっているのを見つけたからだ。
「背面の硬質化した部分が、刃のようになっていたんでしょう」
「化け物だな。……来るぞ」
獣が消えた茂みから目を逸らさず、ヴァイスが警告する。
直後、森の暗がりから巨大な黒い塊が飛び込んでくる。
左右に散った三人の中央を飛び越し、着地後の反動を用いてバネのように再び襲い掛かろうとした獣の足が、突然地に引き留められる。
戻ってきた奏音の地縛符が、獣の足を泥状に絡め取っていた。
その隙を逃さず、九想乱麻の構えを取った万歳丸を、金色の焔のような『氣』が取り巻く。
胸に『光るもの』を壊さぬよう――
真拳「无二打」を獣の左胸に打ち込む。
がくりと獣の前脚が崩れ落ちた。
すぐさま万歳丸は、意識を失った獣の右胸を探る。
これが刺さっている限り、全力で攻撃を撃ち込めない。
黒い毛を掻き分け金色の光を見つける。が、塞がった肉からそれを抜くのは、予想以上に難儀な事だった。
深く埋め込まれていて、握る部分が見つからない。
獣の瞼が動く。
ようやく簪を掴んだ万歳丸に、右前脚が鎌のように掲げられる。その脚に分銅のついたワイヤーが巻き付く。
別方面から援護するヴァイスが放った物だ。
振りほどこうとする獣の腕力に、ブーツの底が地を滑る。
危うくワイヤーごと引き倒されそうになったヴァイスの魔導機械に、横から手が添えられた。
「月之戸!」
鬼の青年は答えの代わりに、渾身の力で獣の右脚を止める。
味方の援護を受け、万歳丸が獣の胸を蹴りつけるようにして簪を引き抜いた。
「……死中に活、か」
ワイヤーを解いた二人の元に飛び退った万歳丸が、右手を開く。
細やかな細工がされた、桜の意匠の簪が乗っている。
「間違いない……私が渡したものだ」
「アンタの連れのモンだったか」
「そう呼べれば良かったのだが」
ふと、月之戸の口調から悔恨の響きが薄らいでいるのに、万歳丸は気付いた。
受け取った簪を仕舞う代わりに、月之戸は自らの髪にさす。
太刀を抜いて万歳丸の隣に並ぶ。
「立派な女だな。死ンでもなお、……護ったンだからよ」
その言葉に、月之戸は口の端を僅かに緩ませた。
「ああ。私もそう思っていた所だ」
ユキヤが止めた獣の右脚を、ヴァイスが強い意志と共に貫き通す。
もう加減の必要は無い。
残る符を使って、奏音が五色光符陣を右胸に打ち込む。
顔の横で炸裂したその術に視界を奪われ、獣の両腕が闇雲に振り回される。
前に踏み出した月之戸と万歳丸を、ディーナのホーリーヴェールが守る。
先刻、苦心して簪を抜いた傷跡に、万歳丸が「无二打」を叩き込んだ。
すぐさま飛び退き、太刀の軌道を確保する。
獣の雑魔が地に崩れ落ちるより早く、その喉笛を白刃が切り裂く。
大量の塵が舞い上がる。
風に揺れる明瞭な鈴の音がハンター達の耳に届いた。
●傷跡
月之戸の騎馬を連れ、馬車は再び桜の下を走りだした。
「これを。戦闘後に右脚付近で見つけました」
奏音が布で包んだ物を月之戸に渡す。
「刀の切っ先みたいだな。これがずっと食い込んでいたんだろう」
ヴァイスの言葉に、月之戸も頷いた。
断定はできないが彼女の物である可能性は高い。
「済まなかった。本当に……感謝してもしきれない」
ハンターたちに、鬼の青年は何度目かの礼を述べる。
先程纏っていた人を寄せ付けない雰囲気とのギャップに、驚いた者も苦笑する者もいただろう。
「何か吹っ切れた様子だが、故人に囚われていては、おぬしの為にもならぬからな」
アバルトの言葉に、サンディも頷いた。
月之戸は姿勢を正す。
「忘れる事はできません。ですが……」
銀の瞳がディーナと万歳丸を探す。
「答えの糸口を戴きました」
(ダイジョブそう、ダネ)
アレクシスが安心したように笑う。
「あの樹……」
呟いたリンの視線に、ユキヤの助けを借りて壮介が体を起こす。
ゆっくりと走る馬車の外を、一年前に傷を負った桜の幹が流れていく。
(犠牲になった方の心が少しでも安らかになりますよう――)
薄桃の花弁が、静かに舞っていた。
コボルドの形をした雑魔が、真紅の光に射抜かれる。
塵となり飛散する亡骸の横を、黒いブーツの底が駆け上がる。
坂道の脇の森から現れる敵を、徹刺(とおし)でいなし、ヴァイス(ka0364)は周囲を鋭い眼光で窺った。
『これ以上この景色を傷つけたくありません。雑魔を山側へ誘導しましょう』
提案したひとり、夜桜 奏音(ka5754)が走りながら、目を伏せるようにして後ろを見る。
鬼の青年の姿を認めて安堵する。
「なにやら因縁めいたものがあるようですが、無理は禁物ですよ」
構わず突っ込もうとした月之戸を止めていなければ、今ごろ桜の樹も彼自身も無事では済まなかっただろう。
冷静に聞き入れてくれた事にほっとしつつ、また無茶をするのではないかとも心配していた。
幸いにして、心配された張本人も自らの気質に対する自覚はあったようだ。
(落ち着け……)
月之戸は心の中で言い聞かせる。
彼らの言い分はもっともで、頭に血を上らせたまま勝てる相手ではない。
そして、いざという時は――
思考は突然背中を張られて中断する。
「よゥ、月之戸」
面食らってよろけた月之戸の隣に、長身の影が並ぶ。
「俺ァ万歳丸(ka5665)。未来の大英雄様よ」
不敵な笑みを見上げ、勢いに呑まれたように月之戸は頷く。
「よ、よろしく頼む」
「俺の同郷の奴ら『も』皆、戦って散ったんだ」
さらりと告げられた事実に、月之戸は息をのんで万歳丸の顔を見返した。
「……助力、感謝する。どうか貴方がたは怪我などされぬよう」
走りながら最大限の感謝の念を込めて伝えた。
そんな月之戸の後ろ姿を、ディーナ・フェルミ(ka5843)はどこか不安げに見ていた。
最後尾のユキヤ・S・ディールス(ka0382)はそっと後ろを確認する。
元となった生物すら見当がつかない巨大な雑魔――『獣の雑魔』は大きさほどに足が速くない。
右脚を引きずっているからだろう。今追いつかれる心配は無さそうだ。
先頭を行くヴァイスの前に鬱蒼とした森が現れる。坂の勾配も一段と厳しくなりそうだ。
素早く左右に視線を巡らせ、後ろの仲間に声をかけた。
「――そこにしよう」
左脇に現れた野原に飛び込む。
六人のハンターたちは、それぞれの得物を手に獣の雑魔に向き直った。
●簪
そこは森と崖に挟まれた、小さな野原だった。若草が地面を覆っている。周りに比べれば平坦な地形だ。
先程の道からは崖上に位置するため、目線の高さに桜並木の梢が見える。
崖の手前には、若い桜が数本並んで静かに花をつけていた。
穏やかな春の空気の中、禍々しさを漂わせる黒い獣はその異形の体躯を際立たせた。
艶やかに黒光りした背を丸め、低く唸り、にじり寄るように人の胴ほどの太さがある四肢を運ぶ。
刃物を思わせる太い爪と牙が、黒い体の中で白く光っていた。
対するハンター達の精神力も尋常の物ではない。
巨躯の相手に怯むこともなく、間合いを測り、距離を詰めていく。
獣が右足を踏み出すと同時に、『しゃん』という音がかすかに響いた。
ユキヤのジャッジメントがその足を止め、奏音の五色光符陣が獣の雑魔の左胸を光で焼く。
遠距離から繰り出される攻撃を嫌がり、強引に接近しようとする獣の前に、万歳丸と月之戸が立ちはだかった。
獣の巨大な爪の斬撃は体を逸らし、後ろに下がる足取りに躱される。
なおも振り上げられる獣の右腕を、ヴァイスの徹刺が貫く。マテリアルで強化された真紅の光の後には、抉り取られた黒い塵が煙のように舞った。
生じた隙に、接近したディーナが獣の左胸を殴りつける。食いつこうとした牙は、彼女の持つ盾に止められた。
連携は、少しずつ、着実に獣に傷を負わせ、体力を奪っていく。
獣の一挙手一投足を見極めるように動いていたヴァイスが口を開いた。
「あの、右胸に刺さってる物。これだけ激しい戦闘でも抜ける気配が無いな」
時折、毛皮の間に見える金色の輝きに、ほとんどのハンターたちが気付いていた。
獣にもう一撃入れ、下がってきたディーナが答える。
「多分、簪(かんざし)が刺さってるの。それが鳴ってると思うの」
接近した際に、鋭敏視覚と彫金の知識で当たりをつけたようだ。
奏音が新たな符を引き抜きながら、獣の右胸を注視する。
「もし、月之戸が言っていた髪飾りがそれなら、右胸付近は攻撃しにくいですね」
「……簪」
やり取りを聞き、月之戸が反芻するように呟いた。
ゆらりと顔を上げ、獣の胸元を見上げる。耳が、場に不釣り合いな、涼やかな音を捉える。
どうして、今まで目にも耳にも入らなかったのだろう。
次の動きに、真っ先に気付いたのはヴァイスだった。
「避けろ!」
獣が前脚に重心を移し、反動をつけるように尾を揺らめかせるのが目に入った。
爪も牙も当たらず、苛立った様子で獣は前足を支点に体を反転させ、二本の長い尾で周囲を薙ぎ払う。
距離がある奏音とユキヤは後ろに飛び退いた。
万歳丸は咄嗟に屈んで尾をやり過ごし――ぼうっとしている一名に気付く。
ヴァイスも万歳丸も、いざとなれば間に入る心積もりだったが、回避の脚が止まったのはあまりにも唐突すぎた。
「月之戸!」
はっと銀の瞳に光が戻る。
体に吸い込まれるかと思われた黒い尾は、出現した光の壁に阻まれる。
すんでの所で、ディーナのホーリーヴェールが攻撃を止めたのだ。
残る一本の尾が、ディーナの盾を強く打ち据える。
鈍い金属音が鳴った。
衝撃を受け流しきれずによろめくディーナに、弧を描くようにして太い尾が引き戻される。
黒い影を遮って、二条の光がひらめいた。
地に落ちた一本の尾がうごめきながら塵と化す。
無言でディーナの元に駆け寄った月之戸が、一本目の尾を断ち切り、二本目の尾の軌道を刃で逸らしていた。
苦悶の声をあげた獣は、強引に体を反転させる。
そして次の瞬間、一番手近な月之戸の体を横殴りに吹き飛ばした。
●坂道の戦い
声が聞こえた気がして崖上を見上げた。
上では仲間が巨大な雑魔と戦っているはずだ。
簪を挿した頭を振り、視線を戦場に戻す。
新たに一体のコボルドが茂みから現れた。
刀の柄に手をかけ踏み込み、一太刀で仕留める。白刃を軽く払い、コボルドだったものの塵を落とした。
先刻ハンターたちが駆け上がった坂道で、リン・フュラー(ka5869)は刀を振るっていた。
山から降りてくるコボルドの動きは不規則だ。それぞれ獣の雑魔の元に駆け付けようとしているのだろう。
森から開けた斜面へ断続的に現れては、リンたちの姿を見て襲ってくる。
駆け寄り、太刀で攻撃を受け流し、斬る。
馬車や桜を傷つけられないよう、こちらから積極的に打って出ようとリンは決めていた。
(込み入った事情を聞くつもりはありません。私は、月之戸さんが決着をつけるためのお手伝いをするだけです)
想いを胸に、大太刀を構える。
単純作業と傾斜した道が、リンの体力を少しずつ削っていく。
それでも、一人ではない事が心強い。
「ヘイ! きみたち! ここアブナイですからジャマしないでクダサーイ!」
リンより下の斜面で、槍を構え、高らかに宣言する少女らしき姿がある。
怪しい口調だが、気合は十分だ。
サンディ(ka6803)がクラッシュブロウで振り抜いた切っ先が、新たに現れた一体を貫いた。
「ジャマをするならカワイソウだけどブットばしマース!」
馬車で話を聞いた時から、サンディは月之戸の危うさを感じ取っていた。
敵討ちは時として視野を狭めてしまう。
(ワタシに出来るコトはヒトツだけデース。コボルドさんをイッポも! カレに! とおさないコトネー!)
新たに現れた四体のコボルドを、剣心一如で精神を統一したリンが、縦横無尽に斬りつけていく。
死角からリンを狙っていた一体を、サンディがノックバックで弾き飛ばし、クラッシュブロウで仕留める。
上で行われているであろう戦いの行方を気に掛けながら、二人は目の前の敵に武器を振るい続ける。
●馬車
アバルト・ジンツァー(ka0895)が冷気を込めた銃弾により、コボルドは凍り付いたように足を止めた。
間髪入れず、光線がコボルドを貫く。アレクシス・ラッセル(ka6748)の機導砲だ。
「ドッカーン! とネ。オジさん、ヘーキ?」
「ええ、私も馬も無事です」
巨大な雑魔の出現に動揺していた御者だったが、二人の戦いぶりに幾らか落ち着きを取り戻したようだ。
リンとサンディの戦いでコボルドの大半は食い止められていたが、それでも時々、迷い込んだ個体が並木道に出てくる。
アバルトとアレクシスは、馬車の近くでその迎撃を行っていた。
広々とした道だが、樹の幹が両脇から近付く存在を隠している。
さらには舞い散る桜の花弁が、動く物を見つけ難くさせていた。
遠くに現れた二体のコボルドに、アバルトがライフルを照準する。
その時突然、馬車の後方で発砲音が響いた。御者が飛び上がって荷台を振り返る。
「……ここは任せろ」
短い言葉に頷き返し、アレクシスは馬車の後ろに走る。
アバルトはライフルを構え、花弁の中から鋭敏視覚で標的を捉える。
Fenrir Stosszahn(フェンリル シュトースツァーン)で動きを止めてから、高加速射撃で撃ち抜く。
狙撃手に求められる物のひとつは、どんな時でもいつも通りに狙いをつけられる冷静さだ。
「……氷狼の牙、その身で味わうが良い」
アバルトは静かに告げ、無駄のない動きで狙いをつけると、トリガーを引いた。
荷台の縁に寄りかかるように半身を起こし、拳銃の引き金を引く。いつもなら何でもない反動が骨に響く。
腕を持ち上げ、もう一発。
二体のコボルドの足元に、銃弾が跳ねる。
後方から近付く姿を見つけたのは、前の任務で重傷を負い、馬車の荷台に留まっていた連城 壮介(ka4765)だ。
(当たらなくても、牽制くらいには……)
銃口の先で、光がコボルドを塵に変えた。
「ダイジョブ? 壮介」
馬車の後ろから、アレクシスが荷台に上がってくる。
「……この怪我が無ければ、皆の手伝いが出来たのですが」
悔しさを滲ませる壮介に、アレクシスは人懐っこい笑顔を向けた。
「Don't worry! キニシナイで、壮介。おうまさんの車、助かったヨ」
壮介はその表情を見上げ、アレクシスの腕から血が滴っているのに気付く。
戦い前、この青年が獣に向かうメンバーに攻性強化と防性強化をかけていたのを思い出す。自身の事は二の次だったのだろう。
壮介は鞄からポーションを差し出す。
「これを使って下さい。応急手当程度ですが」
きょとんとポーションの瓶を見てから、アレクシスは元の笑顔で礼を言った。
●花
葉桜の下。
あの子の姿を見つけた時、ようやく目が覚めた。
当主の座を蹴って、何の決着もつけないまま里を出た報いが来たのだと。
ただ傷つけたくないという気持ちだけでは、何の意味も成さないのだという事を。
思い知るには、何もかも手遅れだった。
目を開けば、淡い空に桜が枝を伸ばしている。
顔の横で若草が揺れていた。
意識が飛んだのは、一瞬の事だったようだ。
呻きながら上半身を起こした月之戸に、駆け寄ったディーナがフルリカバリーをかける。
奏音が近くに落ちていた太刀を拾い上げた。
「しっかりして下さい。そんな風では、自ら死ににいくようなものですよ」
「……仇討ちだからな。命に代えたとしても本望だ。その前に死ぬわけにはいかないが」
「そう考えるんじゃないかと思ってたの」
礼を言って立ち上がろうとする月之戸を、押し留めたのはディーナだった。
「この道で一年警告を続けるほどの相手が、ただの同郷のはずないの」
月之戸は目を泳がせてから頷く。
ぽつりと呟くように答える。
「……何も言わずとも、必要な時は必ず傍にいてくれる子だったよ。私は、一番肝心な時にいてやれなかったが」
「それでも、自分を殺した相手と刺し違えて殺されるなんて、その子もきっと望んでないの」
真摯な光を帯びた紫の瞳が、真っ直ぐに鬼の青年を見据える。
やりきれない様子で月之戸は瞳を伏せた。
「彼女の闘いが、この一年、ここを通る人を守ったの。貴方が死んだら彼女が泣くの。守ってくださいなの、貴方自身も、彼女の想いも」
獣の内にありながら小さく光り、微かに鳴っていた物がある。
物に意思は無くとも、彼女ならこれ以上の犠牲など決して望まないだろう。
そう、月之戸はここにいる誰よりもよく知っている。
「……死んででも、とは私の身勝手だな。まだ守れる約束があるなら……今度こそ破るわけにいかない」
ディーナが大きく頷く。
奏音は知らず知らずのうちに握りしめていた太刀の柄を、月之戸に差し伸べた。
●奪還
「覇、亜亜亜亜亜ッ……!」
月之戸を吹き飛ばした隙をつき、万歳丸が天地開闢で獣の尾を掴む。
そのまま投げ飛ばそうと回転をかけたところで、手にかかる重みが不意に消失した。
獣の体が地面近くを飛び、派手な音と共に森の茂みに突っ込む。
勢い余ってたたらを踏んだ万歳丸の手の間から、千切れた尾が塵と化して零れ落ちた。
ユキヤが駆け寄り、万歳丸にヒールをかける。
尾を握った手の平が、真っ赤に染まっているのを見つけたからだ。
「背面の硬質化した部分が、刃のようになっていたんでしょう」
「化け物だな。……来るぞ」
獣が消えた茂みから目を逸らさず、ヴァイスが警告する。
直後、森の暗がりから巨大な黒い塊が飛び込んでくる。
左右に散った三人の中央を飛び越し、着地後の反動を用いてバネのように再び襲い掛かろうとした獣の足が、突然地に引き留められる。
戻ってきた奏音の地縛符が、獣の足を泥状に絡め取っていた。
その隙を逃さず、九想乱麻の構えを取った万歳丸を、金色の焔のような『氣』が取り巻く。
胸に『光るもの』を壊さぬよう――
真拳「无二打」を獣の左胸に打ち込む。
がくりと獣の前脚が崩れ落ちた。
すぐさま万歳丸は、意識を失った獣の右胸を探る。
これが刺さっている限り、全力で攻撃を撃ち込めない。
黒い毛を掻き分け金色の光を見つける。が、塞がった肉からそれを抜くのは、予想以上に難儀な事だった。
深く埋め込まれていて、握る部分が見つからない。
獣の瞼が動く。
ようやく簪を掴んだ万歳丸に、右前脚が鎌のように掲げられる。その脚に分銅のついたワイヤーが巻き付く。
別方面から援護するヴァイスが放った物だ。
振りほどこうとする獣の腕力に、ブーツの底が地を滑る。
危うくワイヤーごと引き倒されそうになったヴァイスの魔導機械に、横から手が添えられた。
「月之戸!」
鬼の青年は答えの代わりに、渾身の力で獣の右脚を止める。
味方の援護を受け、万歳丸が獣の胸を蹴りつけるようにして簪を引き抜いた。
「……死中に活、か」
ワイヤーを解いた二人の元に飛び退った万歳丸が、右手を開く。
細やかな細工がされた、桜の意匠の簪が乗っている。
「間違いない……私が渡したものだ」
「アンタの連れのモンだったか」
「そう呼べれば良かったのだが」
ふと、月之戸の口調から悔恨の響きが薄らいでいるのに、万歳丸は気付いた。
受け取った簪を仕舞う代わりに、月之戸は自らの髪にさす。
太刀を抜いて万歳丸の隣に並ぶ。
「立派な女だな。死ンでもなお、……護ったンだからよ」
その言葉に、月之戸は口の端を僅かに緩ませた。
「ああ。私もそう思っていた所だ」
ユキヤが止めた獣の右脚を、ヴァイスが強い意志と共に貫き通す。
もう加減の必要は無い。
残る符を使って、奏音が五色光符陣を右胸に打ち込む。
顔の横で炸裂したその術に視界を奪われ、獣の両腕が闇雲に振り回される。
前に踏み出した月之戸と万歳丸を、ディーナのホーリーヴェールが守る。
先刻、苦心して簪を抜いた傷跡に、万歳丸が「无二打」を叩き込んだ。
すぐさま飛び退き、太刀の軌道を確保する。
獣の雑魔が地に崩れ落ちるより早く、その喉笛を白刃が切り裂く。
大量の塵が舞い上がる。
風に揺れる明瞭な鈴の音がハンター達の耳に届いた。
●傷跡
月之戸の騎馬を連れ、馬車は再び桜の下を走りだした。
「これを。戦闘後に右脚付近で見つけました」
奏音が布で包んだ物を月之戸に渡す。
「刀の切っ先みたいだな。これがずっと食い込んでいたんだろう」
ヴァイスの言葉に、月之戸も頷いた。
断定はできないが彼女の物である可能性は高い。
「済まなかった。本当に……感謝してもしきれない」
ハンターたちに、鬼の青年は何度目かの礼を述べる。
先程纏っていた人を寄せ付けない雰囲気とのギャップに、驚いた者も苦笑する者もいただろう。
「何か吹っ切れた様子だが、故人に囚われていては、おぬしの為にもならぬからな」
アバルトの言葉に、サンディも頷いた。
月之戸は姿勢を正す。
「忘れる事はできません。ですが……」
銀の瞳がディーナと万歳丸を探す。
「答えの糸口を戴きました」
(ダイジョブそう、ダネ)
アレクシスが安心したように笑う。
「あの樹……」
呟いたリンの視線に、ユキヤの助けを借りて壮介が体を起こす。
ゆっくりと走る馬車の外を、一年前に傷を負った桜の幹が流れていく。
(犠牲になった方の心が少しでも安らかになりますよう――)
薄桃の花弁が、静かに舞っていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/31 11:54:24 |
|
![]() |
桜の追憶・敵討ち編 ディーナ・フェルミ(ka5843) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2017/04/02 06:10:38 |