ゲスト
(ka0000)
臆病者のラブ・ソング
マスター:神宮寺飛鳥

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/03/27 22:00
- 完成日
- 2017/04/08 19:45
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「それで、彼女のその後はどうなんだい?」
ヴィルヘルミナ・ウランゲルの問いかけにタングラムはためらわずに答える。
「よくやっていますよ。やはりハンターと会わせたのは正解でした」
監獄都市アネリブーベに収監された浄化の器の話は、帝都にも報告が上がっている。
ホリィと呼ばれた――誤解を恐れず言うならば“善”なる人格が消失し、アイリスと呼ばれる“悪”の人格が表に出た。
元々ヴィルヘルミナは“ホリィを救う”つもりだった。アネリブーベ送りは世間から隠す為の方便に過ぎない。
だが、浄化法を使用し帝都を混乱に貶めたもう一つの人格が表に出た段階で、慎重な決断を迫られていた。
「私はね、彼女も被害者の一人に過ぎないと考えている。エルフハイムは帝国の法が完全に及ばぬ独立自治区だ。故に基本的には明確に帝国への敵対行為が確認されない限り、罪に問うことはない。取り調べの結果、彼女がそうではないのだとわかれば、それでよかったのだがね」
「ホリィは恐らく最初からこうなると理解していたのでしょう。自分が消えた後、アイリスを制御出来る場所に身柄を置きたかった」
「年端も行かぬ少女と思えば、中々に聡い。献身的すぎるきらいもある。あのくらいの少女が迷わず笑って嘘をつき、自分を犠牲にする……やりきれんな」
溜息を零し、ヴィルヘルミナは指先でペンを回しつつ。
「して、今頃はどうしている?」
「任務に出ています。それで、エルフハイムに」
「エルフハイムに……?」
「先の事件は完全に収まったわけではありませんから」
黒装束に身を包み、目深に被ったフードの下には仮面をつけ、浄化の器は故郷の森を歩いていた。
首につけた囚人の証である首輪は、外の世界でも逃亡を許さない。少女は感覚的にだが、これは逆らう者の命を奪う仕組みだと感じていた。
(……どこの連中も考えることは同じね)
エルフハイムの中でも維新派の街であるナデルハイムは、特に素早く復興を終えた街だ。
今や混乱を収める為に駐屯する帝国軍人やハンターの姿も目立つ。
暫定的にソサエティの支部が設置されたこともあり、かつてないほど開放的な雰囲気に包まれていた。
「あーっ! 器様だー!」
「器しゃまー!」
「は?」
唖然とする器に駆け寄ってきたのは幼い器より更に幼い巫女の見習い達。
あっという間に取り囲まれ抱きつかれると、器は仮面を外して子供たちを見下ろす。
「どうして私だってわかったの?」
「えー?」
「巫女見習いだから?」
ホリィとは記憶を共有しているので、この子供たちの事は知っている。
恐らく先の戦いではまだ資質が十分ではないと、浄化法には加えられなかったのだろう。
「器様がご無事でよかったです。いっぱい巫女が死んじゃったって聞いたから……カリンも」
「カリン……? カリンがどうしたの?」
「カリン様、死んじゃったの。帝国兵に殺されたんだって」
「ちがうよ。てーこくとワヘイをむすんだんだって!」
子供らの言葉に息を呑む。カリンは子供らの教育係だった巫女だ。資質は十分すぎる程だった。
彼女の身に何が起きたのか、器は知らない。浄化法の使用中、意識は消失していた。
だがこれだけはわかる。カリンが死んだのは――どうあれ自分のせいなのだと。
「どうしたの? 器様、お顔まっさお……」
「カリン様は死んじゃったけど、それはメイヨなことなんだって」
「そうです。えらいんだって」
「――死ぬのが名誉ですって? 冗談じゃない! 偉いわけないでしょう!」
叫ぶと同時、子供たちが身を引いてようやくはっとする。
「ご、ごめんなさい……でも、私は……」
「器様?」
上手く言葉にできず、思わず走り去る。
この森は嫌だ。嫌な想い出ばかりが詰まっている。
がむしゃらに走っていると、誰かにぶつかった。慌てて顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。
「よう、お姫様」
「……ハジャ!? って、あなた何してるの?」
「話すと長くなるんだが……今回の依頼人は俺だ。今はエルフハイムの……あー、なんつーか、長老代理みたいなもんをやってる」
確かにハジャが纏っているローブは長老会のものだ。本来彼が袖を通せるようなものではない。
「難儀してるみたいだな。ま、当然か。お前にとっちゃここはトラウマそのものだ」
「殺し屋風情が政治の真似事なんて笑わせてくれるわね。全く余計なお世話よ」
「よく喋るじゃねぇか。一緒に任務をこなしてた頃は、こっちが話しかけても一言も喋らなかったのになあ」
高らかに笑うハジャ。器は目を逸らしていたが、ふと、ハジャはその頭をがしりと掴む。
「お前――右側の目、見えてねぇな?」
長い髪の下、明らかに焦点の定まらない瞳が隠れている。器は腕を振り払い、泣き出しそうな顔で怯えるように後退した。
「他にどんな不具合が出てる?」
「関係ないでしょ!? 何よ、善人ぶって! お前も私と同じ人殺しのくせに! 人殺しの……っ」
途端、元々青かった顔が蒼白になり、両手で口を押さえる。しかし我慢が及ばず、胃の中の物を吐き出してしまう。
「私が殺した……私が……」
「“それ”はお前が死ぬまでつきまとうぜ。慣れろ。そうでなきゃ生きていけねぇ」
身体を震わせて泣きじゃくる少女は、“ホリィ”ほど強くはない。
覚悟も決意もないまま、命を奪い続けてきた。今更になってその重さに潰されるなら、因果応報というもの。
「お前さんへの任務はひとつだ。“浄化の器”……いや、“代弁者”として儀式に参加しろ。ホリィがやるべきだったことをお前がやるんだ」
浄化の器は、あの戦いでエルフハイムの人々にとって希望のシンボルとなった。
そして、それを奪っていった帝国への不満は未だに燻っている。
例の事件の後、だんまりを決め込んでいる森の神と対話し、この森を正常に動かす為の“浄化術”。
別に器でなくてもやれることだ。大した負担にはならない。オフになっているスイッチを、オンにするだけ。
でも――そのスイッチを入れるのは、“希望”でなければ。
「……私に、あの子のふりをして儀式をやれっていうのね」
「そうだ」
血が滲む程拳を握り、そのままそれをハジャの顎にめり込ませる。
「やってやるわよ! 死ね外道!」
「――は。そんだけ元気がありゃあ上等だ」
結局あの戦いで、大切な物はほとんど取りこぼしてしまった。
生き残ったもの、残されたもの……。
別れるために、忘れないために、もう一度ここから始めるのだ。
「儀式は今夜だ。それまではせいぜい、代弁者としての振る舞いを思い出しておくんだな」
手をひらひら振りながら去っていくハジャの背中を睨めつけ、器はどこかへ歩き去っていく。
「……悪いな。ひでぇかまってちゃんだが、面倒見てやってくれや」
そしてハジャは物陰で話を聞いていたハンター達へ、苦笑と共に頭を下げるのだった。
ヴィルヘルミナ・ウランゲルの問いかけにタングラムはためらわずに答える。
「よくやっていますよ。やはりハンターと会わせたのは正解でした」
監獄都市アネリブーベに収監された浄化の器の話は、帝都にも報告が上がっている。
ホリィと呼ばれた――誤解を恐れず言うならば“善”なる人格が消失し、アイリスと呼ばれる“悪”の人格が表に出た。
元々ヴィルヘルミナは“ホリィを救う”つもりだった。アネリブーベ送りは世間から隠す為の方便に過ぎない。
だが、浄化法を使用し帝都を混乱に貶めたもう一つの人格が表に出た段階で、慎重な決断を迫られていた。
「私はね、彼女も被害者の一人に過ぎないと考えている。エルフハイムは帝国の法が完全に及ばぬ独立自治区だ。故に基本的には明確に帝国への敵対行為が確認されない限り、罪に問うことはない。取り調べの結果、彼女がそうではないのだとわかれば、それでよかったのだがね」
「ホリィは恐らく最初からこうなると理解していたのでしょう。自分が消えた後、アイリスを制御出来る場所に身柄を置きたかった」
「年端も行かぬ少女と思えば、中々に聡い。献身的すぎるきらいもある。あのくらいの少女が迷わず笑って嘘をつき、自分を犠牲にする……やりきれんな」
溜息を零し、ヴィルヘルミナは指先でペンを回しつつ。
「して、今頃はどうしている?」
「任務に出ています。それで、エルフハイムに」
「エルフハイムに……?」
「先の事件は完全に収まったわけではありませんから」
黒装束に身を包み、目深に被ったフードの下には仮面をつけ、浄化の器は故郷の森を歩いていた。
首につけた囚人の証である首輪は、外の世界でも逃亡を許さない。少女は感覚的にだが、これは逆らう者の命を奪う仕組みだと感じていた。
(……どこの連中も考えることは同じね)
エルフハイムの中でも維新派の街であるナデルハイムは、特に素早く復興を終えた街だ。
今や混乱を収める為に駐屯する帝国軍人やハンターの姿も目立つ。
暫定的にソサエティの支部が設置されたこともあり、かつてないほど開放的な雰囲気に包まれていた。
「あーっ! 器様だー!」
「器しゃまー!」
「は?」
唖然とする器に駆け寄ってきたのは幼い器より更に幼い巫女の見習い達。
あっという間に取り囲まれ抱きつかれると、器は仮面を外して子供たちを見下ろす。
「どうして私だってわかったの?」
「えー?」
「巫女見習いだから?」
ホリィとは記憶を共有しているので、この子供たちの事は知っている。
恐らく先の戦いではまだ資質が十分ではないと、浄化法には加えられなかったのだろう。
「器様がご無事でよかったです。いっぱい巫女が死んじゃったって聞いたから……カリンも」
「カリン……? カリンがどうしたの?」
「カリン様、死んじゃったの。帝国兵に殺されたんだって」
「ちがうよ。てーこくとワヘイをむすんだんだって!」
子供らの言葉に息を呑む。カリンは子供らの教育係だった巫女だ。資質は十分すぎる程だった。
彼女の身に何が起きたのか、器は知らない。浄化法の使用中、意識は消失していた。
だがこれだけはわかる。カリンが死んだのは――どうあれ自分のせいなのだと。
「どうしたの? 器様、お顔まっさお……」
「カリン様は死んじゃったけど、それはメイヨなことなんだって」
「そうです。えらいんだって」
「――死ぬのが名誉ですって? 冗談じゃない! 偉いわけないでしょう!」
叫ぶと同時、子供たちが身を引いてようやくはっとする。
「ご、ごめんなさい……でも、私は……」
「器様?」
上手く言葉にできず、思わず走り去る。
この森は嫌だ。嫌な想い出ばかりが詰まっている。
がむしゃらに走っていると、誰かにぶつかった。慌てて顔を上げると、そこには見覚えのある顔があった。
「よう、お姫様」
「……ハジャ!? って、あなた何してるの?」
「話すと長くなるんだが……今回の依頼人は俺だ。今はエルフハイムの……あー、なんつーか、長老代理みたいなもんをやってる」
確かにハジャが纏っているローブは長老会のものだ。本来彼が袖を通せるようなものではない。
「難儀してるみたいだな。ま、当然か。お前にとっちゃここはトラウマそのものだ」
「殺し屋風情が政治の真似事なんて笑わせてくれるわね。全く余計なお世話よ」
「よく喋るじゃねぇか。一緒に任務をこなしてた頃は、こっちが話しかけても一言も喋らなかったのになあ」
高らかに笑うハジャ。器は目を逸らしていたが、ふと、ハジャはその頭をがしりと掴む。
「お前――右側の目、見えてねぇな?」
長い髪の下、明らかに焦点の定まらない瞳が隠れている。器は腕を振り払い、泣き出しそうな顔で怯えるように後退した。
「他にどんな不具合が出てる?」
「関係ないでしょ!? 何よ、善人ぶって! お前も私と同じ人殺しのくせに! 人殺しの……っ」
途端、元々青かった顔が蒼白になり、両手で口を押さえる。しかし我慢が及ばず、胃の中の物を吐き出してしまう。
「私が殺した……私が……」
「“それ”はお前が死ぬまでつきまとうぜ。慣れろ。そうでなきゃ生きていけねぇ」
身体を震わせて泣きじゃくる少女は、“ホリィ”ほど強くはない。
覚悟も決意もないまま、命を奪い続けてきた。今更になってその重さに潰されるなら、因果応報というもの。
「お前さんへの任務はひとつだ。“浄化の器”……いや、“代弁者”として儀式に参加しろ。ホリィがやるべきだったことをお前がやるんだ」
浄化の器は、あの戦いでエルフハイムの人々にとって希望のシンボルとなった。
そして、それを奪っていった帝国への不満は未だに燻っている。
例の事件の後、だんまりを決め込んでいる森の神と対話し、この森を正常に動かす為の“浄化術”。
別に器でなくてもやれることだ。大した負担にはならない。オフになっているスイッチを、オンにするだけ。
でも――そのスイッチを入れるのは、“希望”でなければ。
「……私に、あの子のふりをして儀式をやれっていうのね」
「そうだ」
血が滲む程拳を握り、そのままそれをハジャの顎にめり込ませる。
「やってやるわよ! 死ね外道!」
「――は。そんだけ元気がありゃあ上等だ」
結局あの戦いで、大切な物はほとんど取りこぼしてしまった。
生き残ったもの、残されたもの……。
別れるために、忘れないために、もう一度ここから始めるのだ。
「儀式は今夜だ。それまではせいぜい、代弁者としての振る舞いを思い出しておくんだな」
手をひらひら振りながら去っていくハジャの背中を睨めつけ、器はどこかへ歩き去っていく。
「……悪いな。ひでぇかまってちゃんだが、面倒見てやってくれや」
そしてハジャは物陰で話を聞いていたハンター達へ、苦笑と共に頭を下げるのだった。
リプレイ本文
横たわる木の幹に腰掛け、外れから復興する集落の様子を眺める器、そこへ猫の鳴き声が響く。
シュネー・シュヴァルツ(ka0352)が両手に抱えた二匹の猫。器は一瞥だけくれる。
「見習いさん達と直接対峙するのが辛いなら、間に猫を入れてはどうでしょう?」
「生き物は苦手なの」
「壊してしまいそうだから、でしたっけ。でも、今は力が弱まっているんですよね……?」
ぐいっと猫を差し出すと、器は眉を潜めつつそれを受け取った。
腕の中で鳴き声を一つ、器の顎を前足で軽く叩く。その様子に器は頬を緩めた。
「マシュマロとクッキーを持ってきたのですが、いかがでしょう? あ……今回は市販品なので、大丈夫です」
「前回のは大丈夫じゃなかったわけ?」
「命に別状は……?」
首を傾げるシュネー。その時、突然器の身体が崩れた。
背後から接近したシェリル・マイヤーズ(ka0509)が器の膝をかっくんしたのだ。
「ちょっと!? 猫ちゃんどっか投げちゃったじゃないの!」
「やぁ、らいばる。猫はそのくらいじゃ大丈夫だよ」
実際猫は何事もなく着地し、野花をじっと眺めている。
「まだぷるぷるしてるの? 深呼吸がいいらしい……はい。すってー……すってー……」
冗談のつもりだったが、アイリスは渋々深呼吸を始める。その様子に思わず笑ってしまった。
「そんなに緊張してる……?」
どうやら冗談の類も真に受けてしまう程、今の器は余裕がないらしい。
周囲を見渡し、シェリルは思案する。
ここは自分にとってのサルヴァトーレ・ロッソと同じだ。蓄積された記憶が、器に息苦しさを与えている。
「……とりあえず、マシュマロでも食べて落ち着きましょう」
「気持ちはありがたいけど、今は食欲が……」
「だ~れだ? でちゅ……ふぐおっ!?」
器の背後から迫り、顔にパンツ(着用しているものではなく携帯しているもの)を押し付けた北谷王子 朝騎(ka5818)であったが、その瞬間器の肘打ちが鳩尾に入り、思わず目を丸くする。
崩れ落ちて震える朝騎に、器は慌てて謝罪する。
「ご、ごめん……暗殺者かと思って……」
「だ、大丈夫でちゅ。些か急でちたしね……それよりアイリスしゃんが生きててよかったでちゅ。心配したんでちゅよ……ぐふぅ!?」
正面から抱きつこうとする朝騎、その顔面に今度は器の拳がめり込んだ。
「ごめん! わざとじゃないんだけど、つい癖で!」
「反射で迎撃するとは、骨身にまで訓練が浸透していますね……」
「びびりすぎじゃない?」
シュネーとシェリルが各々感想を述べている間に朝騎は復帰し、鼻血をふきふきしつつウナギのスカーフを差し出す。
「これを首に巻くとよいでちゅよ。囚人の首輪を隠せまちゅ」
「まさか、絞殺を狙って……」
「どんだけ警戒心強いんでちゅか!? 朝騎は殺意ゼロでちゅよ!?」
「ご、ごめん……」
落ち込んだ様子で再び腰掛ける器。深々と溜息を零した。
「この首輪は私の罪の証だから、隠さずに見えるようにしておくわ」
その言葉に朝騎は少し以外そうに目を丸くする。
「なんだかアイリスしゃんは変わりまちたね」
アイリスにとって、ホリィの代わりに儀式に参加するというのは相当なストレスのはず。
首輪の事もそうだ。嫌なことから逃げ出さず耐えようとしている。暴力的なのは玉に瑕だが、本人に悪気がないのはわかっている。
「アイリスが、ごめんなさいって気持ちや……哀しい気持ちになるのは、ちゃんと……向き合ってるから、だね」
「私も……同じ事を考えていました。アイリスさんは、全部正面から受け止めようとしているから……だから辛いんですよね、多分」
普通、ヒトは誰でも少しくらいはズルく生きる。それは決して悪ではない。
世界には本当は喜びよりも悲しみの方がずっと多い。それをいちいちまともに受け止めるのは、自ら望んで火中に飛び込むようなものだ。
「たまには引きこもってもいいんじゃないでしょうか……?」
「逃げるのはイヤ。あいつに負けた気がするもの」
「あいつ……」
シュネーの脳裏に浮かぶ、もう一人の器の少女。その面影が今の器に重なる。
「少し強くなりまちたね。そして、優しくなりまちた。他人の痛みが判るというのは良い事でちゅよ」
「……あなた達も、ヒトの痛みが分かるの?」
「どうでちょう? あくまで想像は主観的なものでちゅしね。でも、朝騎は以前のアイリスしゃんも好きでちゅけど、今のアイリスしゃんを見てもっと好きになりまちた」
ずっとそっぽを向いていた器が振り返り、なんとも言えない表情を浮かべる。
「私に他人の痛みなんてわからないわ」
「どうしてそんな事を言うんでちゅ?」
朝騎の問いに器は答えない。そんな器にシェリルが声をかけた。
「瞳……見えない、の?」
びくりと、小さな肩が揺れる。
「最近……よく思う。私にも誰かを癒せる力が……あればいいのにって」
シェリルの言葉を、器はまるで自分の事のように聞いていた。
「はじめは敵を殺す力だけで良かった。今は……傷を癒す力が欲しい。でも私に出来るのは……護る事……刃という盾になること」
そう、結局そういう才能には恵まれなかった。だから、闘うことが償いだと思った。
「アイリスは……何ができる?」
巫女の子供たちは頭に花飾りをつけ走り回る。その様子を眺めるフローラ・ソーウェル(ka3590)の傍に器は歩み寄る。
結局、シェリルの問いに答える事はできなかった。いや、答えなかっただけで、それはわかっている。
「あの子たちは、これからのエルフハイムを作っていく存在……開かれていく森の都を担っていくのですね」
幼い少女たちは知らない。この森の呪いとは関係がない。だから笑顔に曇りはない。
「……アイリスさん。右目を見せていただけますか?」
「見せても意味ないわ。これは傷じゃなくて罰だもの」
「法術が効かない事は分かっています。ただ、自分の目で確かめたいのです」
そうして器の前髪に隠れていた右目に触れ、フルリカバリーを発動してみる。
しかし何度癒やしの光を放っても、器に変化はない。ただ、その事実を再確認する。
「私はいつも自問します。自分は幸せになって良いのか、と」
木陰の芝に座り、フローラは語る。
「以前、ホリィさんは私達が似ていると言っていました。確かに私達は、繰り返し連なる者たちでした」
はるか昔、三百年前から同じ名前を繰り返し、命を積み上げる者たちがいた。
「知らないところで誰かが死んで。死んだという報告だけが私の元に届く。そんなことばかりだったので、誰かが生きた証を……戦った証を、出来る限り覚えていたいのです」
器は黙ってその話を聞いていた。表情に変化はない。だが、どこか羨むような感情がそこにはあった。
「私が諦めていれば、彼らはきっと死なずに済んだ。そう思わない日はありません。それでも、生きているから。私は今、ここにいるから。いつか必ず終わる命を、光で満ちたものにできたらいいなって。そう思います」
「そう」
ぽつりとつぶやき、それから膝を抱えるようにして器は小さく舌打ちする。
「あんた……あいつと同じ感じがする」
自分と大して変わらぬ不幸に身を置いて。それなのに世を憎まず、恨まず、妬まず……それが腹立たしい。
「あんたは怒るべきだった。憎むべきだった。怒り吠え立てるべきだった。それを笑って受け入れるあんたが、心の底から憎いわ」
震える声を聞き、フローラはむしろ穏やかに微笑んだ。
何となくわかる。これはきっと――不器用な賞賛だ。
「約束をしましょう。ひとつだけ。たくさんのきれいなものを、見て、感じて、おぼえていてください。“あの子”と交わした約束……それを貴方とも交わしたい」
「――は。死んでもお断りよ、そんなの」
すっくと立ち上がり、背を向けたまま目元を指先で拭う。
「もう“あがり”なのに、なんでわざわざそんな事するわけ? あんたはどっか遠くで勝手にのたれ死になさいよ。わざわざもう一回なんて、馬鹿げてる」
「よ、アイリス」
逃げるように走り去った先でソフィア =リリィホルム(ka2383)は見計らったように姿を見せた。
「ひでー顔してんな。拭いてやるからこっちきな」
「ママ……来てたのね」
「泣かされたのか?」
「泣いてない」
背中を向けてごしごしと顔を拭く様にソフィアは苦笑を浮かべた。
少しずつ日が暮れて、茜色の光が木々の合間を塗って降り注ぐ。二人は同時に集落に目を向けた。
「この森が嫌か?」
「決まってるでしょ」
「……そうか。わたしもだ。ロクでもねー記憶ばっかりだ。それでもここは、お前の家族……ジエルデとホリィが守った場所だからな」
その名前を出されるのが嫌だったのか、露骨に不機嫌そうになる。
「アイリスにもそうしろ、とは言わねーよ。ただな、アイリスがやった事は消えない。これからもずっと付きまとうだろう。だから、この森とお前の背負った重さと向き合う覚悟を決めないといけない」
「ママは向き合ったの?」
「ん~……や、正直向き合えちゃいなかった。……ホリィとアイリスが生まれた“あの時”まではな」
その事に気づくまでに随分時間はかかってしまった。だが今思えば、彼女らと接する中で、覚悟は作られていったのかもしれない。
「別に許すとか許されるとかじゃない。ただしっかり向き合って、アイリスがどうしたいか決めればいい」
腕を組み、少女は思案する。だが表情は冴えない。
「自分がどうしたいか……さっきも同じ事言われたけど、正直わからないわ。ねぇ、ママは? ママはなんで生きてるの?」
「お、おう? わたしか。うーん、そうだなぁ……」
瞳を輝かせて顔を覗き込んでくる器。冷や汗を流しつつ、ソフィアは頬を掻く。
「夢があるから……かな?」
「夢って?」
「そりゃあ……色々だ」
「色々って?」
ああ、これは拙い――。
いつも自分を偽ることばかりしてきたツケだろうか。問い返されてこうとハッキリした答えがない。そんな自分に気づき、思わず笑ってしまう。
「なんで大人って肝心なことは教えてくれないの?」
子育てってムズカシーなー……そうシミジミと思った。
ちょちょいと手招きすると素直に近づく器。その肩に手を乗せ、自らの胸に招き入れる。
「次回の宿題ってことで、許せ。だけどな、辛くなったらこうして甘えてくればいい。これでもお前の親、のつもりだからな」
器は抵抗せず、なされるがままに抱きしめられている。腕のやり場に困り、指先は空を掴んでいる。
甘える、という発想がない。誰かに優しくされるという未来を想定できない。だから固まってしまうのだ。
「あぁ、後これ。アイリスの為にわたしが作った、アイリスだけの物だ。腕利きの一点ものだ、大事にしろよ?」
腰を落とし、器の細い指に虹の花を指す。
言葉の意味がうまく飲み込めないのか、器は呆然とその光を見つめていた。
(甘えられる時に甘えられない。嬉しい時に、それを表現できない……)
こんな風に心を壊したのは、誰のせいだ? どうしても、そんなやりきれない気持ちを消す事はできなかった。
日が暮れ、いよいよ儀式の時が迫る。
ウェディングドレスにも似た代弁者の白い装束をまとった器に、ジェールトヴァ(ka3098)は声をかける。
「愛されたいと願いながら、本当の自分を見てもらえず、他人の望む姿を演じる……とても大変なことだね」
「愛されたい……? そう。コレってそういう気持ちなんだ」
「皆が色々なものを失った。オルクスさん、ジエルデさん、ヨハネさん……不器用な人たちだったね。彼らもあなたと同じ、その渇望の意味に気づかなかったのかもしれない」
ジェールトヴァは、とても正しくこの森の出来事を理解していた。
だから多くを語らずとも得心が行っている。今のハジャの行動も、アイリスの行動も理解できる。
「誰だって愛を求めているよ。それに気づいているかそうでないかという違いしかない。でも、世の中十人十色、好みはそれぞれだから。本当の自分を見せても演技をしても、好かれる時は好かれるし嫌われる時は嫌われる。全員から好かれるなんてことはないんだ。アイリスさんにも、好きな人と嫌いな人はいるだろう?」
少女は考え、そして頷く。
「そう考えると、自分を大切に思ってくれる人がいるっていう事実だけでも、幸せなことなんじゃないかな」
「私は大切に思われているの?」
「勿論だよ。ほら、こんなにたくさんいるよ。あなたのことが好きな人たちが」
代弁者の登場を待っている大勢のエルフたち。
この日のために駆けつけてくれたハンターたち。
「ホリィさんを演じることで、喜んでくれる人がいる。それはアイリスさんにしかできないこと。それは確かに偽りだね。でも、そこにある幸せは本物なんだ」
ジェールトヴァの言葉を聞き、器は目を細める。
「私が……誰かを幸せにできるの?」
「できるさ。誰かを不幸にした分、今度は誰かを幸せにしていけばいい」
罪が許されることはない。それは法の問題ではなく、己のあり方の問題だから。
どんなに自分を責めても死者は帰ってこない。なら、積み重ねるしかない。
「正解はないんだ。納得できるかどうか、だよ」
「儀式の場所まで……エスコート……いる?」
器の姿を見つけ、駆けつけたシェリルが手を差し伸べる。
その手を取って歩き出す器を見送るジェールトヴァ。そこへ気配もなくハジャが歩み寄る。
「さすが爺さん、含蓄があるな。今のはあんた自身の話かい?」
「さて、どうだろうね」
軽く笑いながら受け流すジェールトヴァ。ハジャと同じく木陰で話を聞いていたシュネーは、ハジャの隣に並び。
「ハジャさん……長老職似合ってますね……そのままなってしまえばいいんじゃないですか?」
「俺は所詮間に合わせだからな。でもまあ、もうあいつみたいな子供が作られなくなるくらいまでは、ガンバってみるさ」
儀式が始まった。オルクスとの最後の戦いの場所でもある神樹の下、薄く張った湖の上を器が舞う。
その様子を見て朝騎は確信した。元々、ホリィが死んだとは思っていなかった。
だが――あの動きは。あの様子は。ハッキリと、彼女の存在を感じさせる。
「ホリィしゃんは、ただ眠っているだけでちゅ」
「……そうですね。だから儀式ができる。それは、アイリスさんだけしか出来ないこと」
ホリィが森の神の作った仮初の人格で、それが特別なものだったなら、アイリスにそれを真似ることなどできない。
シュネーもハッキリと感じたのだ。ホリィとアイリスは“ひとつ”なのだと。
神に祈る舞いに誘われ、湖から淡い光が溢れ出す。
それは一粒一粒が小さな蝶となって、夜空に浮かび上がっていく。
「自分勝手かもしれないけれど、構いませんよね。貴方を友達と思った時から……私と貴方は友達ですから」
腰から提げたローエングリンは、フローラの問いに白く光を照り返していた。
シュネー・シュヴァルツ(ka0352)が両手に抱えた二匹の猫。器は一瞥だけくれる。
「見習いさん達と直接対峙するのが辛いなら、間に猫を入れてはどうでしょう?」
「生き物は苦手なの」
「壊してしまいそうだから、でしたっけ。でも、今は力が弱まっているんですよね……?」
ぐいっと猫を差し出すと、器は眉を潜めつつそれを受け取った。
腕の中で鳴き声を一つ、器の顎を前足で軽く叩く。その様子に器は頬を緩めた。
「マシュマロとクッキーを持ってきたのですが、いかがでしょう? あ……今回は市販品なので、大丈夫です」
「前回のは大丈夫じゃなかったわけ?」
「命に別状は……?」
首を傾げるシュネー。その時、突然器の身体が崩れた。
背後から接近したシェリル・マイヤーズ(ka0509)が器の膝をかっくんしたのだ。
「ちょっと!? 猫ちゃんどっか投げちゃったじゃないの!」
「やぁ、らいばる。猫はそのくらいじゃ大丈夫だよ」
実際猫は何事もなく着地し、野花をじっと眺めている。
「まだぷるぷるしてるの? 深呼吸がいいらしい……はい。すってー……すってー……」
冗談のつもりだったが、アイリスは渋々深呼吸を始める。その様子に思わず笑ってしまった。
「そんなに緊張してる……?」
どうやら冗談の類も真に受けてしまう程、今の器は余裕がないらしい。
周囲を見渡し、シェリルは思案する。
ここは自分にとってのサルヴァトーレ・ロッソと同じだ。蓄積された記憶が、器に息苦しさを与えている。
「……とりあえず、マシュマロでも食べて落ち着きましょう」
「気持ちはありがたいけど、今は食欲が……」
「だ~れだ? でちゅ……ふぐおっ!?」
器の背後から迫り、顔にパンツ(着用しているものではなく携帯しているもの)を押し付けた北谷王子 朝騎(ka5818)であったが、その瞬間器の肘打ちが鳩尾に入り、思わず目を丸くする。
崩れ落ちて震える朝騎に、器は慌てて謝罪する。
「ご、ごめん……暗殺者かと思って……」
「だ、大丈夫でちゅ。些か急でちたしね……それよりアイリスしゃんが生きててよかったでちゅ。心配したんでちゅよ……ぐふぅ!?」
正面から抱きつこうとする朝騎、その顔面に今度は器の拳がめり込んだ。
「ごめん! わざとじゃないんだけど、つい癖で!」
「反射で迎撃するとは、骨身にまで訓練が浸透していますね……」
「びびりすぎじゃない?」
シュネーとシェリルが各々感想を述べている間に朝騎は復帰し、鼻血をふきふきしつつウナギのスカーフを差し出す。
「これを首に巻くとよいでちゅよ。囚人の首輪を隠せまちゅ」
「まさか、絞殺を狙って……」
「どんだけ警戒心強いんでちゅか!? 朝騎は殺意ゼロでちゅよ!?」
「ご、ごめん……」
落ち込んだ様子で再び腰掛ける器。深々と溜息を零した。
「この首輪は私の罪の証だから、隠さずに見えるようにしておくわ」
その言葉に朝騎は少し以外そうに目を丸くする。
「なんだかアイリスしゃんは変わりまちたね」
アイリスにとって、ホリィの代わりに儀式に参加するというのは相当なストレスのはず。
首輪の事もそうだ。嫌なことから逃げ出さず耐えようとしている。暴力的なのは玉に瑕だが、本人に悪気がないのはわかっている。
「アイリスが、ごめんなさいって気持ちや……哀しい気持ちになるのは、ちゃんと……向き合ってるから、だね」
「私も……同じ事を考えていました。アイリスさんは、全部正面から受け止めようとしているから……だから辛いんですよね、多分」
普通、ヒトは誰でも少しくらいはズルく生きる。それは決して悪ではない。
世界には本当は喜びよりも悲しみの方がずっと多い。それをいちいちまともに受け止めるのは、自ら望んで火中に飛び込むようなものだ。
「たまには引きこもってもいいんじゃないでしょうか……?」
「逃げるのはイヤ。あいつに負けた気がするもの」
「あいつ……」
シュネーの脳裏に浮かぶ、もう一人の器の少女。その面影が今の器に重なる。
「少し強くなりまちたね。そして、優しくなりまちた。他人の痛みが判るというのは良い事でちゅよ」
「……あなた達も、ヒトの痛みが分かるの?」
「どうでちょう? あくまで想像は主観的なものでちゅしね。でも、朝騎は以前のアイリスしゃんも好きでちゅけど、今のアイリスしゃんを見てもっと好きになりまちた」
ずっとそっぽを向いていた器が振り返り、なんとも言えない表情を浮かべる。
「私に他人の痛みなんてわからないわ」
「どうしてそんな事を言うんでちゅ?」
朝騎の問いに器は答えない。そんな器にシェリルが声をかけた。
「瞳……見えない、の?」
びくりと、小さな肩が揺れる。
「最近……よく思う。私にも誰かを癒せる力が……あればいいのにって」
シェリルの言葉を、器はまるで自分の事のように聞いていた。
「はじめは敵を殺す力だけで良かった。今は……傷を癒す力が欲しい。でも私に出来るのは……護る事……刃という盾になること」
そう、結局そういう才能には恵まれなかった。だから、闘うことが償いだと思った。
「アイリスは……何ができる?」
巫女の子供たちは頭に花飾りをつけ走り回る。その様子を眺めるフローラ・ソーウェル(ka3590)の傍に器は歩み寄る。
結局、シェリルの問いに答える事はできなかった。いや、答えなかっただけで、それはわかっている。
「あの子たちは、これからのエルフハイムを作っていく存在……開かれていく森の都を担っていくのですね」
幼い少女たちは知らない。この森の呪いとは関係がない。だから笑顔に曇りはない。
「……アイリスさん。右目を見せていただけますか?」
「見せても意味ないわ。これは傷じゃなくて罰だもの」
「法術が効かない事は分かっています。ただ、自分の目で確かめたいのです」
そうして器の前髪に隠れていた右目に触れ、フルリカバリーを発動してみる。
しかし何度癒やしの光を放っても、器に変化はない。ただ、その事実を再確認する。
「私はいつも自問します。自分は幸せになって良いのか、と」
木陰の芝に座り、フローラは語る。
「以前、ホリィさんは私達が似ていると言っていました。確かに私達は、繰り返し連なる者たちでした」
はるか昔、三百年前から同じ名前を繰り返し、命を積み上げる者たちがいた。
「知らないところで誰かが死んで。死んだという報告だけが私の元に届く。そんなことばかりだったので、誰かが生きた証を……戦った証を、出来る限り覚えていたいのです」
器は黙ってその話を聞いていた。表情に変化はない。だが、どこか羨むような感情がそこにはあった。
「私が諦めていれば、彼らはきっと死なずに済んだ。そう思わない日はありません。それでも、生きているから。私は今、ここにいるから。いつか必ず終わる命を、光で満ちたものにできたらいいなって。そう思います」
「そう」
ぽつりとつぶやき、それから膝を抱えるようにして器は小さく舌打ちする。
「あんた……あいつと同じ感じがする」
自分と大して変わらぬ不幸に身を置いて。それなのに世を憎まず、恨まず、妬まず……それが腹立たしい。
「あんたは怒るべきだった。憎むべきだった。怒り吠え立てるべきだった。それを笑って受け入れるあんたが、心の底から憎いわ」
震える声を聞き、フローラはむしろ穏やかに微笑んだ。
何となくわかる。これはきっと――不器用な賞賛だ。
「約束をしましょう。ひとつだけ。たくさんのきれいなものを、見て、感じて、おぼえていてください。“あの子”と交わした約束……それを貴方とも交わしたい」
「――は。死んでもお断りよ、そんなの」
すっくと立ち上がり、背を向けたまま目元を指先で拭う。
「もう“あがり”なのに、なんでわざわざそんな事するわけ? あんたはどっか遠くで勝手にのたれ死になさいよ。わざわざもう一回なんて、馬鹿げてる」
「よ、アイリス」
逃げるように走り去った先でソフィア =リリィホルム(ka2383)は見計らったように姿を見せた。
「ひでー顔してんな。拭いてやるからこっちきな」
「ママ……来てたのね」
「泣かされたのか?」
「泣いてない」
背中を向けてごしごしと顔を拭く様にソフィアは苦笑を浮かべた。
少しずつ日が暮れて、茜色の光が木々の合間を塗って降り注ぐ。二人は同時に集落に目を向けた。
「この森が嫌か?」
「決まってるでしょ」
「……そうか。わたしもだ。ロクでもねー記憶ばっかりだ。それでもここは、お前の家族……ジエルデとホリィが守った場所だからな」
その名前を出されるのが嫌だったのか、露骨に不機嫌そうになる。
「アイリスにもそうしろ、とは言わねーよ。ただな、アイリスがやった事は消えない。これからもずっと付きまとうだろう。だから、この森とお前の背負った重さと向き合う覚悟を決めないといけない」
「ママは向き合ったの?」
「ん~……や、正直向き合えちゃいなかった。……ホリィとアイリスが生まれた“あの時”まではな」
その事に気づくまでに随分時間はかかってしまった。だが今思えば、彼女らと接する中で、覚悟は作られていったのかもしれない。
「別に許すとか許されるとかじゃない。ただしっかり向き合って、アイリスがどうしたいか決めればいい」
腕を組み、少女は思案する。だが表情は冴えない。
「自分がどうしたいか……さっきも同じ事言われたけど、正直わからないわ。ねぇ、ママは? ママはなんで生きてるの?」
「お、おう? わたしか。うーん、そうだなぁ……」
瞳を輝かせて顔を覗き込んでくる器。冷や汗を流しつつ、ソフィアは頬を掻く。
「夢があるから……かな?」
「夢って?」
「そりゃあ……色々だ」
「色々って?」
ああ、これは拙い――。
いつも自分を偽ることばかりしてきたツケだろうか。問い返されてこうとハッキリした答えがない。そんな自分に気づき、思わず笑ってしまう。
「なんで大人って肝心なことは教えてくれないの?」
子育てってムズカシーなー……そうシミジミと思った。
ちょちょいと手招きすると素直に近づく器。その肩に手を乗せ、自らの胸に招き入れる。
「次回の宿題ってことで、許せ。だけどな、辛くなったらこうして甘えてくればいい。これでもお前の親、のつもりだからな」
器は抵抗せず、なされるがままに抱きしめられている。腕のやり場に困り、指先は空を掴んでいる。
甘える、という発想がない。誰かに優しくされるという未来を想定できない。だから固まってしまうのだ。
「あぁ、後これ。アイリスの為にわたしが作った、アイリスだけの物だ。腕利きの一点ものだ、大事にしろよ?」
腰を落とし、器の細い指に虹の花を指す。
言葉の意味がうまく飲み込めないのか、器は呆然とその光を見つめていた。
(甘えられる時に甘えられない。嬉しい時に、それを表現できない……)
こんな風に心を壊したのは、誰のせいだ? どうしても、そんなやりきれない気持ちを消す事はできなかった。
日が暮れ、いよいよ儀式の時が迫る。
ウェディングドレスにも似た代弁者の白い装束をまとった器に、ジェールトヴァ(ka3098)は声をかける。
「愛されたいと願いながら、本当の自分を見てもらえず、他人の望む姿を演じる……とても大変なことだね」
「愛されたい……? そう。コレってそういう気持ちなんだ」
「皆が色々なものを失った。オルクスさん、ジエルデさん、ヨハネさん……不器用な人たちだったね。彼らもあなたと同じ、その渇望の意味に気づかなかったのかもしれない」
ジェールトヴァは、とても正しくこの森の出来事を理解していた。
だから多くを語らずとも得心が行っている。今のハジャの行動も、アイリスの行動も理解できる。
「誰だって愛を求めているよ。それに気づいているかそうでないかという違いしかない。でも、世の中十人十色、好みはそれぞれだから。本当の自分を見せても演技をしても、好かれる時は好かれるし嫌われる時は嫌われる。全員から好かれるなんてことはないんだ。アイリスさんにも、好きな人と嫌いな人はいるだろう?」
少女は考え、そして頷く。
「そう考えると、自分を大切に思ってくれる人がいるっていう事実だけでも、幸せなことなんじゃないかな」
「私は大切に思われているの?」
「勿論だよ。ほら、こんなにたくさんいるよ。あなたのことが好きな人たちが」
代弁者の登場を待っている大勢のエルフたち。
この日のために駆けつけてくれたハンターたち。
「ホリィさんを演じることで、喜んでくれる人がいる。それはアイリスさんにしかできないこと。それは確かに偽りだね。でも、そこにある幸せは本物なんだ」
ジェールトヴァの言葉を聞き、器は目を細める。
「私が……誰かを幸せにできるの?」
「できるさ。誰かを不幸にした分、今度は誰かを幸せにしていけばいい」
罪が許されることはない。それは法の問題ではなく、己のあり方の問題だから。
どんなに自分を責めても死者は帰ってこない。なら、積み重ねるしかない。
「正解はないんだ。納得できるかどうか、だよ」
「儀式の場所まで……エスコート……いる?」
器の姿を見つけ、駆けつけたシェリルが手を差し伸べる。
その手を取って歩き出す器を見送るジェールトヴァ。そこへ気配もなくハジャが歩み寄る。
「さすが爺さん、含蓄があるな。今のはあんた自身の話かい?」
「さて、どうだろうね」
軽く笑いながら受け流すジェールトヴァ。ハジャと同じく木陰で話を聞いていたシュネーは、ハジャの隣に並び。
「ハジャさん……長老職似合ってますね……そのままなってしまえばいいんじゃないですか?」
「俺は所詮間に合わせだからな。でもまあ、もうあいつみたいな子供が作られなくなるくらいまでは、ガンバってみるさ」
儀式が始まった。オルクスとの最後の戦いの場所でもある神樹の下、薄く張った湖の上を器が舞う。
その様子を見て朝騎は確信した。元々、ホリィが死んだとは思っていなかった。
だが――あの動きは。あの様子は。ハッキリと、彼女の存在を感じさせる。
「ホリィしゃんは、ただ眠っているだけでちゅ」
「……そうですね。だから儀式ができる。それは、アイリスさんだけしか出来ないこと」
ホリィが森の神の作った仮初の人格で、それが特別なものだったなら、アイリスにそれを真似ることなどできない。
シュネーもハッキリと感じたのだ。ホリィとアイリスは“ひとつ”なのだと。
神に祈る舞いに誘われ、湖から淡い光が溢れ出す。
それは一粒一粒が小さな蝶となって、夜空に浮かび上がっていく。
「自分勝手かもしれないけれど、構いませんよね。貴方を友達と思った時から……私と貴方は友達ですから」
腰から提げたローエングリンは、フローラの問いに白く光を照り返していた。
依頼結果
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儀式控え室(相談とか ソフィア =リリィホルム(ka2383) ドワーフ|14才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2017/03/26 00:00:34 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/23 22:56:44 |
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質問コーナーでちゅ。 北谷王子 朝騎(ka5818) 人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2017/03/24 18:15:34 |