ゲスト
(ka0000)
【陶曲】Luce tenera
マスター:瑞木雫

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~3人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/03/31 19:00
- 完成日
- 2018/02/16 03:15
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
シルヴェスト・ロマーノ(kz0197)。
彼は、先祖代々続く海軍一族の末裔にして長男。若くして大佐にまで昇りつめた青年である。
華やかで端正な容姿である事も相俟って、微笑み一つで、ポルトワールの御令嬢方からは“優しい”印象を抱かれているような人物だが……。
実際の彼は優しさの前に厳格さがあり、そして生真面目な軍人気質だった。
昨今の歪虚絡みの事件の多発により、不安がる国民の声もあって、持ち場の任務地での調査は勿論、独自で各任務地の責任者と情報共有。更に評議会・陸軍・ハンターオフィスとも協力関係を結んだが……。
そこまで行っている彼でさえ、現状は未だ――“不安の正体”を掴めてはいなかった。
「……一体、同盟で何が起こっているんだ」
――……ドクン……――。
まるで前兆のような不気味さが、彼に胸騒ぎを覚えさせる……。
◇
王国や帝国への海の玄関口として機能する、同盟最大の港湾都市「ポルトワール」。
この都市の表の顔は『風光明媚な街』として知られており、同盟最大規模にして最強の呼び声が高い海軍によって支えられている。
その一方で裏の顔として知られているのが、“ダウンタウン”であった。
ダウンタウンはあまり治安が良いところではない。
お尋ね者から盗賊まで……様々な訳有な者達を多く抱え、“海軍と住人”あるいは“住人と住人”の喧嘩だって多発するどころか、詐欺やスリは日常茶飯事。良くも悪くも、いつだって何かしらの小さな事件で溢れているような、ある意味賑やかなところなのである。
しかし、“人形が追いかけてくる”。
なんてのは、なかなかそうそう滅多にある事じゃない。
「畜生……ッ! 追い掛けてくんじゃねぇ、よっ!!」
男は小さな我が子をしっかり抱えたまま狭い道を潜り抜け、乱雑に積み上げられていた木箱を蹴り上げた。
すると木箱は勢いよく散らばって、道を塞ぐ。
その隙に逃げ切ろうという寸法だ。
しかし人形は軽々と障害物を乗り越えていく。
振り返った男は、顔面蒼白となった。
「うそだろ……!?」
思考はパニックに陥り、体力も限界だった。
無慈悲にも迫りくる人形を見つめながら、男は絶望した。
(くそ……こんな最期って………)
それでもせめて我が子を守ろうと強く抱きしめ、腕の中に隠そうとする。
そして目を瞑り、その“瞬間”を覚悟したが――
男は死を免れていた。
痛みもなく、しかしすぐ傍で、何かが殴り飛ばされた音がした。
男は目を開くと、そこには鮮血色の眸が鋭く光っている褐色肌の男が立っている。人形はもう、動かない。
「よぉ。すっかり父親だな? ビアッジョ」
「げっ、狂犬……!?」
男――ビアッジョにとって、彼は畏怖する存在だった。
通称、ダウンタウンの狂犬・ジャンルカ・アルベローニ(kz0164)。
ダウンタウンの安寧の為、あちこちを転々としながら重犯罪が起こらぬよう牽制している人物だ。
過去、“やばい取引”に肩入れした事がある元詐欺師のビアッジョにとっては、出来れば顔を拝みたくない相手でもある。
「ジャン兄ちゃん!!!」
対して、ビアッジョの息子・サロはジャンルカに懐いていた。
「サロ。怖くなかったか?」
「うん! 全然!!」
ジャンルカにそう返すサロを見て、ビアッジョはがくっとする。
(うそつけ……震えてたくせに!)
でも良かった、とビアッジョは安堵した。
「……借りができちまったな。ジャン」
「こんなの借りに入んねぇよ。だがこのところ、同盟は物騒だからなぁ。出歩く時は気ぃつけるんだぜ?」
ジャンルカがにこっと微笑みを浮かべると、ビアッジョは苦笑いを返す。
「やっぱ兄ちゃんは強ぇなぁ。俺も、いつか強いハンターになれるかなぁ!」
「なれるぜ、きっと。最高にクールなハンターにな」
そして夢を見る少年(サロ)の眸を見たジャンルカは、笑顔を零した。
それがちょうど、1時間前のことだった。
◇
「いやぁさー。俺も今日は別件があったし、こういう予定とか全然無かったんだけど、この少年がドンッ! ってぶつかってきたからさぁ。もう、おかしくって楽しくって! ただでさえ機嫌良いのに、抑えきれなくなっちゃってさァ!!」
サングラスを掛けた派手な装いの男が、少年を人質に取りながら高笑いする。
その様子を地面に這いつくばり、助けたくても眺めるしかなかった父親は――
「サ……ロ………ッ」
涙をしとどに溢れさせ、震えながら、手を伸ばした。
「お父さん……!」
サロが謎の男にぶつかってしまったのは、やんちゃ故よく注意もせず走り回るせいだった。
しかし悪気があった訳ではない。
サロは素直に謝った。
だがこの男に乱暴に捕らえられ、助けようとしたビアッジョは両足を切断された。
勿論周囲に居た人々は悲鳴をあげた。
ここはダウンタウンとポルトワールの境界に近い場所。
住民達は逃げ、離れた場所から緊迫した状況を見守り続けている。
覚醒者達も駆け付けていたが、人質の少年の喉にナイフを突き立てられている為、手も足も出なかった。
それは調査の為、ダウンタウンに居たシルヴェストも同様。
そして今に至るのである。
「……相変わらずの外道だな、ジョイオーソ。だがこれだけの騒ぎにしたんだ。同盟軍の応援の到着に、時間は掛からないぞ」
シルヴェストはジョイオーソを脅した。しかし、
「そうだねぇ。5分以内には来るだろうねぇ。でもこの少年をブチ殺して逃走するには、十分な時間だよ大佐ちゃん? 万が一ヘマしても、俺にだって“仲間”が居るし」
「……。何が望みだ」
「んー。それなんだよねぇ。今日の目的は達成しちゃったんだよなぁ。じゃあ、面白いものを見せてよ。たとえば、そこにいるアンタ――“ダウンタウンの狂犬”って言うんだよなぁ? 噂で知ってるぜ。ダウンタウンには番犬が居るって。アンタがこの少年の父親のトドメを刺せよ。そしたら少年を解放してやってもいいけど?」
「テメェ……ッ!」
「ジャン、落ち着け!!」
ジャンルカに纏う炎はより一層吹き荒れた。シルヴェストに制止されながら、敵の隙を虎視眈々と窺っていた。
しかしその時、ジャンルカの足にビアッジョがしがみついた。
「頼む…ジャン…俺を…」
「なっ…!」
――ジャンルカの顔色が、青くなった。
「何言ってやがる! 本当にサロを解放するかも分かんねぇんだぞ!」
「頼む…サロが…解放されるなら…俺は…」
「…っ」
足を切断されたビアッジョは、冷静を欠けていた。
しがみつき、強く揺さぶり、離れなかった。
そして唱え続けた。
「頼む…頼む…」
ずっと闇の世界で生きていた彼にとって…
唯一の“光”が、息子だった。
「さあどうする、お前達! 俺が待てるのは30秒だけだぜ」
ジョイオーソは愉快そうに叫んだ。
彼の思惑通り、誰もが、迂闊に手を出せるような状況ではなかった。
――彼に気付かれていない、“あなた”達以外は。
彼は、先祖代々続く海軍一族の末裔にして長男。若くして大佐にまで昇りつめた青年である。
華やかで端正な容姿である事も相俟って、微笑み一つで、ポルトワールの御令嬢方からは“優しい”印象を抱かれているような人物だが……。
実際の彼は優しさの前に厳格さがあり、そして生真面目な軍人気質だった。
昨今の歪虚絡みの事件の多発により、不安がる国民の声もあって、持ち場の任務地での調査は勿論、独自で各任務地の責任者と情報共有。更に評議会・陸軍・ハンターオフィスとも協力関係を結んだが……。
そこまで行っている彼でさえ、現状は未だ――“不安の正体”を掴めてはいなかった。
「……一体、同盟で何が起こっているんだ」
――……ドクン……――。
まるで前兆のような不気味さが、彼に胸騒ぎを覚えさせる……。
◇
王国や帝国への海の玄関口として機能する、同盟最大の港湾都市「ポルトワール」。
この都市の表の顔は『風光明媚な街』として知られており、同盟最大規模にして最強の呼び声が高い海軍によって支えられている。
その一方で裏の顔として知られているのが、“ダウンタウン”であった。
ダウンタウンはあまり治安が良いところではない。
お尋ね者から盗賊まで……様々な訳有な者達を多く抱え、“海軍と住人”あるいは“住人と住人”の喧嘩だって多発するどころか、詐欺やスリは日常茶飯事。良くも悪くも、いつだって何かしらの小さな事件で溢れているような、ある意味賑やかなところなのである。
しかし、“人形が追いかけてくる”。
なんてのは、なかなかそうそう滅多にある事じゃない。
「畜生……ッ! 追い掛けてくんじゃねぇ、よっ!!」
男は小さな我が子をしっかり抱えたまま狭い道を潜り抜け、乱雑に積み上げられていた木箱を蹴り上げた。
すると木箱は勢いよく散らばって、道を塞ぐ。
その隙に逃げ切ろうという寸法だ。
しかし人形は軽々と障害物を乗り越えていく。
振り返った男は、顔面蒼白となった。
「うそだろ……!?」
思考はパニックに陥り、体力も限界だった。
無慈悲にも迫りくる人形を見つめながら、男は絶望した。
(くそ……こんな最期って………)
それでもせめて我が子を守ろうと強く抱きしめ、腕の中に隠そうとする。
そして目を瞑り、その“瞬間”を覚悟したが――
男は死を免れていた。
痛みもなく、しかしすぐ傍で、何かが殴り飛ばされた音がした。
男は目を開くと、そこには鮮血色の眸が鋭く光っている褐色肌の男が立っている。人形はもう、動かない。
「よぉ。すっかり父親だな? ビアッジョ」
「げっ、狂犬……!?」
男――ビアッジョにとって、彼は畏怖する存在だった。
通称、ダウンタウンの狂犬・ジャンルカ・アルベローニ(kz0164)。
ダウンタウンの安寧の為、あちこちを転々としながら重犯罪が起こらぬよう牽制している人物だ。
過去、“やばい取引”に肩入れした事がある元詐欺師のビアッジョにとっては、出来れば顔を拝みたくない相手でもある。
「ジャン兄ちゃん!!!」
対して、ビアッジョの息子・サロはジャンルカに懐いていた。
「サロ。怖くなかったか?」
「うん! 全然!!」
ジャンルカにそう返すサロを見て、ビアッジョはがくっとする。
(うそつけ……震えてたくせに!)
でも良かった、とビアッジョは安堵した。
「……借りができちまったな。ジャン」
「こんなの借りに入んねぇよ。だがこのところ、同盟は物騒だからなぁ。出歩く時は気ぃつけるんだぜ?」
ジャンルカがにこっと微笑みを浮かべると、ビアッジョは苦笑いを返す。
「やっぱ兄ちゃんは強ぇなぁ。俺も、いつか強いハンターになれるかなぁ!」
「なれるぜ、きっと。最高にクールなハンターにな」
そして夢を見る少年(サロ)の眸を見たジャンルカは、笑顔を零した。
それがちょうど、1時間前のことだった。
◇
「いやぁさー。俺も今日は別件があったし、こういう予定とか全然無かったんだけど、この少年がドンッ! ってぶつかってきたからさぁ。もう、おかしくって楽しくって! ただでさえ機嫌良いのに、抑えきれなくなっちゃってさァ!!」
サングラスを掛けた派手な装いの男が、少年を人質に取りながら高笑いする。
その様子を地面に這いつくばり、助けたくても眺めるしかなかった父親は――
「サ……ロ………ッ」
涙をしとどに溢れさせ、震えながら、手を伸ばした。
「お父さん……!」
サロが謎の男にぶつかってしまったのは、やんちゃ故よく注意もせず走り回るせいだった。
しかし悪気があった訳ではない。
サロは素直に謝った。
だがこの男に乱暴に捕らえられ、助けようとしたビアッジョは両足を切断された。
勿論周囲に居た人々は悲鳴をあげた。
ここはダウンタウンとポルトワールの境界に近い場所。
住民達は逃げ、離れた場所から緊迫した状況を見守り続けている。
覚醒者達も駆け付けていたが、人質の少年の喉にナイフを突き立てられている為、手も足も出なかった。
それは調査の為、ダウンタウンに居たシルヴェストも同様。
そして今に至るのである。
「……相変わらずの外道だな、ジョイオーソ。だがこれだけの騒ぎにしたんだ。同盟軍の応援の到着に、時間は掛からないぞ」
シルヴェストはジョイオーソを脅した。しかし、
「そうだねぇ。5分以内には来るだろうねぇ。でもこの少年をブチ殺して逃走するには、十分な時間だよ大佐ちゃん? 万が一ヘマしても、俺にだって“仲間”が居るし」
「……。何が望みだ」
「んー。それなんだよねぇ。今日の目的は達成しちゃったんだよなぁ。じゃあ、面白いものを見せてよ。たとえば、そこにいるアンタ――“ダウンタウンの狂犬”って言うんだよなぁ? 噂で知ってるぜ。ダウンタウンには番犬が居るって。アンタがこの少年の父親のトドメを刺せよ。そしたら少年を解放してやってもいいけど?」
「テメェ……ッ!」
「ジャン、落ち着け!!」
ジャンルカに纏う炎はより一層吹き荒れた。シルヴェストに制止されながら、敵の隙を虎視眈々と窺っていた。
しかしその時、ジャンルカの足にビアッジョがしがみついた。
「頼む…ジャン…俺を…」
「なっ…!」
――ジャンルカの顔色が、青くなった。
「何言ってやがる! 本当にサロを解放するかも分かんねぇんだぞ!」
「頼む…サロが…解放されるなら…俺は…」
「…っ」
足を切断されたビアッジョは、冷静を欠けていた。
しがみつき、強く揺さぶり、離れなかった。
そして唱え続けた。
「頼む…頼む…」
ずっと闇の世界で生きていた彼にとって…
唯一の“光”が、息子だった。
「さあどうする、お前達! 俺が待てるのは30秒だけだぜ」
ジョイオーソは愉快そうに叫んだ。
彼の思惑通り、誰もが、迂闊に手を出せるような状況ではなかった。
――彼に気付かれていない、“あなた”達以外は。
リプレイ本文
●
敵はまだ気付いていない。
シルヴィア・オーウェン(ka6372)は僅かに視線を向ける。
斜向かいの建物の屋上から構える銃口、背後に味方の気配。正面、目視は叶わないが、恐らく2人。
誰、だろうかとさえ探れば、恐らく敵にも気付かれる。
シルヴィアが背後に回した手で綴った、「人形」の文字。
風に靡いた桃色の髪が花の花弁を思わせる鮮烈な緋に染まった瞬間、リリア・ノヴィドール(ka3056)の姿は対峙する数名の覚醒者の内に紛れ、その気配が朧気になる。
気配を消し、後方から屋根の上で構える藤堂研司(ka0569)へ、そして路地の影に身を潜めたテオバルト・グリム(ka1824)にそれを伝える。
僅かに浮かんだ緊張の気配はすぐに消え、闇の中に煌めいた緑の瞳は、静かに周囲の様子を確かめる様に動いた。
通りがかりに、居合わせたコントラルト(ka4753)はさりげなくリリアの引いた隙を埋める様に移動し、静かに合図を待った。
表の気配を扉を隔てて探るエリオ・アスコリ(ka5928)は努めて冷静に、居合わせたハンターの行動を推測する。
恐らく奇襲が起こる。
そこへ飛び込む機を逃さずに。
気流を操る機械を備えたレガースで固めた足を擡げ、扉に据えてその瞬間を待つ。
「聞きたいことがあります」
シルヴィアの青い双眸が淡い光を湛える。
通る声に一瞬ざわめいた周囲は、しかし、すぐに水を打つように静まった。
ジョイオーソ、敵と正面から向き合う様に歩み出ると、ほっそりとした四肢に絡む様に炎に似た幻影が揺らぐ。
その光に惹き付けられたように、敵は剣呑な目を向ける。
動きはそれだけで、鈍色の刃はサロの首を離さない。
「仲間とは何者ですか。……それと」
敵は口角を釣り上げて、可笑しそうにステッキを翻す。答える気は無いと言う態度で、厭らしく笑いながらシルヴィアに続きを促した。
「周囲を襲う――人形――をけしかけているのは何者ですか」
●
静かな人々の中、シルヴィアの声は良く響いた。
敵の背後、やや逸れて上方。隣の屋上で、大口径の魔導砲を構える藤堂も、そのキーワードが発せられた瞬間に引鉄を引く。
敵の腕に捕らわれた子供、子供を。
落ち着けと自分に言い聞かせるように歯を噛み締めて、短い軍属の中で叩き込まれたことを思い出す。
初撃が全てだ、心を乱すな。
「……精密射撃機械になりきれ」
素焼きの赤い瓦に青い土が吹き上がる。
青い土が黒に白にと色を変える幻影を背負い、藤堂は敵の腕に据える照準をそのやや前方へずらす。
「跳ね踊れ!」
照準器を睨む様に射出された弾丸は、藤堂のマテリアルに操られ、道の煉瓦を砕き翻る。
鋭い角度で敵の背後の扉へ、その蝶番を砕くと背後から肩を削ぐように掠めた。
華やいだ装いの上着が焦げて剥き出しになる爛れた皮膚が、砕けるようにひび割れて剥がれ落ち、中の洞を覗かせた。
その汚い腕をぶち破れ。藤堂の指はトリガーを離さない。
攻撃に首だけで藤堂を仰ぎ見た敵は帽子の影で目許を隠しながらも笑っていた。
傷を負った腕でサロを押さえて揺らし、挑発的にナイフを翻した。
ほんの一瞬、シルヴィアから藤堂に視線が移った瞬間、背後の影から蝙蝠を模す黒い得物が投じられると、それにマテリアルを繋いだテオバルトが炎の幻影を纏って飛び出し、正面の集団から、真っ直ぐに向かってきた戦輪には、リリアが瞬きの間すら無く人の間を擦り抜けて迫る。
「ごめんなさいね。下衆にかける情けは持ってないのよ」
ヒメユリの花の色で敵を見据え、リリアはサロに手を伸ばした。
渡すまいと抱える腕にテオバルトが刀を向ける。
それならばとナイフを立てれば、その切っ先が少年の肌を傷付ける前に、コントラルトの握った銃身に阻まれる。
レースアップのブーツの足元がふわりとマテリアルの残滓を揺らめかせ、赤い双眸が敵を睨む。
翻ったテオバルトの操る刀身、扱いづらい程に重厚で強靱な刃が、ジョイオーソの腕に迫る。
コントラルトがサロとリリアを庇う様に踏み込んで、風の加護厚き銀の拳銃を構えた。ジョイオーソのナイフの動きに合わせて張り巡らせた障壁が3歩、彼を後退させる。
派手な音を立てて蝶番の砕かれた扉からは木片がぱらぱらと零れている。
ジョイオーソが視界から外した瞬間、エリオに蹴り倒されたその扉が、集まっていた彼とハンター達を扇ぐように地面へ1度跳ね上がってから、重く横たわった。
砂埃を巻き上げた微風に耳を戦がせ、警戒に立てた尾の幻影を揺らし、エリオは敵に拳を叩き付けた。
「サロ……!」
エリオの拳に敵の身体が曲がる瞬間、テオバルトがその腕からサロの腕を捕まえた。
それを引けば、捉える力は既に弱く、青緑の直線的な残像を横目に、敵の腕から解放されるサロの小柄な身体を、今度こそは抱え、この襲撃から逃そうとリリアが手を一杯に伸ばした。
リリアの腕に渡ったサロを取り戻そうと伸ばされたジョイオーソへ、弾丸が注ぐ。
ダウンタウンの子を護って見せろ。藤堂が祈るように放つ弾丸が敵の腕を遮った。
二人の背を庇い、コントラルトがマテリアルの障壁を形成し、エリオが更に接近を阻む様に鋭い拳を打ち込む。
「まったくどこにでもクズっていうのはいるのね」
エリオの攻撃に咳き込んで、尻餅をつきながら両腕を上げて見せたジョイオーソをコントラルトが見下ろす。
遠ざかった足音、リリアとサロは十分な距離を取れただろうか。エリオも同様に構えたままで警戒を続けている。
纏う白い炎の幻影を一際燃え立たせ、テオバルトは切っ先を敵に向ける。
「……子供を泣かせやがって。この屑どうしてくれよう」
牽制の刀を向けたままで。顰める顔が頬をひくりと震わせた。
●
リリアと、戦う装いでは無いというコントラルトはサロの傍で警戒を続け、テオバルトとエリオは前に出て得物を向けている。
藤堂が追撃の弾丸を振らせると、ひゃあ、と素っ頓狂な声を上げて転がりながらそれを躱した。
エリオは正面を睨みながらも視線を僅かに横へ。
「……この街で、人形型歪虚が大量発生してる事件は知っている」
その歪虚が近くに潜んでいる可能性もある。
いないよ、と含みのある引き笑いで損傷して捩れた腕を振りながらジョイオーソが答えた。
ここには、今のところ。
大凡そんな意味だろうと、シルヴィアが剣を構えて前に出た。
「……まだ、質問に答えてもらっていませんが」
その人形を嗾けているのは何者ですか。
淡く光る双眸は敵を見据えて逃がさない。
「そいつを教えてやる気は無いなぁ――あー、それに」
お互い、仲間が到着する頃だろう?
腕を使わず立ち上がったジョイオーソを、藤堂の弾丸が更に追い詰める。
目の前で子供が襲われた。藤堂にとって、それは許せる事では無い。
「随分、ご機嫌だったなぁ……あぁ!?……何した? 吐けよ、30秒しか待てねぇぞ?」
唸る様な低い声。
マテリアルの込められた弾丸は違わず、今までサロを抱えていた腕を狙う。
続けざまに貫かれた腕が罅を広げ、藤堂へ向けて翳した手が砕けると五指が全てそれぞれの方向へ転がっていき、その一つ一つが何かを探す様に蠢いた。やがてそれらは、ぱりん、と軽い音を立てて砕けるように塵となって消えた。
腕の破片を散らかしながら、ジョイオーソは道を見回すと、帽子を目深に被り直して後退。
くるりと踵を返して走り出した。
「待ちなさい!」
「あたしも追うわ……出来ることなら、お仲間の方も撮っておきたいのよ」
大きく取り回すシルヴィアの剣を躱し、走り出したその姿を、すぐにエリオが追いかけ、リリアもカメラを掴んでそれに続いた。
ジョイオーソを撮る度に印画された後ろ姿の写真が何枚も、風に流されながら地面に舞い落ちた。
逃走を見てテオバルトは刀を収めると、険しく顰めた表情を緩めてサロの方へと向かう。
脅かさないようにゆっくりと近付いて、視線を合わせるように屈んで円らな瞳を見詰めた。
「頑張ったな」
大きな手が、ぽんとサロの小さな頭に乗せられた。深傷を負った父親と、兄ちゃんと呼び慕うジャンルカに付き添われ、頬に残る涙の跡を擦っている。
稚い目がテオバルトを見詰め返してゆっくりと瞬いた。
助けてくれたお兄ちゃん。そう言いかけた高い声を遮って吃逆が1つ。
屋根から下りてきた藤堂も、2人の傍にいるサロを見て、静かに歩いて近付いた。
「よく頑張った……偉いぜ、サロ君!」
サロの目が潤み、安堵感にぽとりと零れた涙がまた頬を濡らした。
彼等の様子を見ていたコントラルトは、サロを彼等に任せて周囲を軽く見回し、足にマテリアルを込めると屋根の高さまで飛び上がる。
「……仲間、ね……」
その存在は気掛かりだ。
潜んでいるのなら、見付けなければ。
逃げていったジョイオーソの姿も、それを追うエリオとリリアの姿も既に遠い。
マテリアルを込めて感覚を研ぎ澄ませて見ても、やはり鮮やかな素焼きの屋根が連なるばかりだった。
もう少し、探ってみた方が良いだろうか。
隣の屋根に飛び移り、更に遠くへと目を細めた。
●
片手で看板を引き倒し、積まれた空き瓶を転がしながらジョイオーソは逃げていく。
エリオはそれを飛び越えたり躱しながら、徐々に距離を詰めていった。
飛んできた空き缶を避け、道を塞いだ荷車の引き手を潜って、サロや仲間達との距離は随分と離れていた。
リリアもカメラを手に遅れること無く続き、ジョイオーソが動く度にシャッターを切る。
あと少しだと手を伸ばしたエリオの視界を覆ったのは、華やかなドレスの女性とシルクハットの男性が手を取り合って、躍る文字は有名な歌劇のタイトルと、数日先の日付。
フライヤーを払い退けると、けたたましい笑い声が辺りに響いた。
「何の音だ……」
「敵ね、どこにいるの」
エリオが足を止め、リリアも背を合わせる様にカメラを提げて戦輪を構える。
音は頭上から。
可憐なビスクドールが何体も舞い踊るように降ってきた。
片手で切ったシャッターはその姿を僅かにぶれさせたが、その人形達の異質さは明らかに写されていた。
左右2本ずつの腕、前後に顔を貼り合わせた頭、異様に長い胴や、短いそれ。緻密な作りは、まるで一瞬その違和感さえ忘れさせた。
2人を見上げる人形達は、光りの加減で微笑んでいるように見えるが、それぞれの手には小さからぬ得物が握られていた。
「少し遊びすぎですよぉ、ジョイオーソ」
人形達の中、すっと立ち上がった一際美しい作りの歪虚。
洒落たパラソルを翳して、べたりと貼り付く様な声色。
ジョイオーソの回りに集まった人形達が、また煩く笑う様な音を響かせた。
「ごめんごめん――クラーラさん!」
リリアはクラーラ、そう呼ばれた歪虚にレンズを向けた。
仲間というのは彼のことだ、白磁の指を揺らし、陽気に振る舞っているが背筋に冷や汗が伝って足が竦むほどの重苦しさを感じる。
負のマテリアルの淀んだ気配が地面を這うように2人の足元まで広がってくる。
打ち砕かれた腕の焦げた袖をひらひらと揺らしながら、玩具取られちゃった、と子供のように笑うジョイオーソが、眼球をぎょろと動かして、その内の覗えない瞳で2人を見た。
クラーラが腕の1つを擡げて、その手をくるりと回すように翻すと、人形達が一斉に飛び掛かる。
それを回避して攻撃に転じた時、2体の歪虚も、人形達もその姿を消していた。
リリアは足元に落ちていた写真を拾い、握り締める。
こちらを揶揄う様にレンズを見詰めて嗤う歪虚が写っていた。
遠くに見えたその攻防にコントラルトは唇を引き結んで屋根から下りる。
何か見えたのかと尋ねてくる覚醒者。サロとその父親の処置を終えて手が空いたらしい。
敵を逃がしてしまった。追っていればと思わない訳では無いが、恐らく敵わなかっただろう。
「……警戒を続けるわ、サロ君達のこと頼むわね」
それからすぐにシルヴェスト他、同盟軍が到着した。
散らかされた街を片付けに数人の手が回され、エリオとリリアが報告に呼ばれた。
リリアは写真を提出する。
ジョイオーソ、クラーラと彼の人形達が写っているそれを見て、シルヴェストは暫し黙り込んだ。
短い沈黙の後、すぐにハンター達へ視線を戻す。
短く礼を告げて状況を尋ねた。
上から、影から見た状況、殆ど明かされなかった敵の攻撃手段、サロ奪還までの戦略。
追っていった2人には、逃走までの様子を、街を片付けて戻ってきた隊員の証言を交えながら。
「ジョイオーソ……複数の高位歪虚との繋がりが有ると聞く。今回はクラーラ・クラーレに与していたようだな」
恐らくクラーラの人形の一部を指揮していたのだろう。
鋭い青い目を隊員達に向け、指示を出していく。
エリオはその姿を少し下がって見詰め、緑の双眸を細めた。
士官学校の時から知っている大佐。その姿は変わらず眩しい。
迷って休学しているけれど、街を守りたい気持ちはあの頃から変わっていない。
振り返る街に陽光が煌めいている。絶対に護ると誓うように拳を硬く握り締めた。
(代筆:佐倉眸)
敵はまだ気付いていない。
シルヴィア・オーウェン(ka6372)は僅かに視線を向ける。
斜向かいの建物の屋上から構える銃口、背後に味方の気配。正面、目視は叶わないが、恐らく2人。
誰、だろうかとさえ探れば、恐らく敵にも気付かれる。
シルヴィアが背後に回した手で綴った、「人形」の文字。
風に靡いた桃色の髪が花の花弁を思わせる鮮烈な緋に染まった瞬間、リリア・ノヴィドール(ka3056)の姿は対峙する数名の覚醒者の内に紛れ、その気配が朧気になる。
気配を消し、後方から屋根の上で構える藤堂研司(ka0569)へ、そして路地の影に身を潜めたテオバルト・グリム(ka1824)にそれを伝える。
僅かに浮かんだ緊張の気配はすぐに消え、闇の中に煌めいた緑の瞳は、静かに周囲の様子を確かめる様に動いた。
通りがかりに、居合わせたコントラルト(ka4753)はさりげなくリリアの引いた隙を埋める様に移動し、静かに合図を待った。
表の気配を扉を隔てて探るエリオ・アスコリ(ka5928)は努めて冷静に、居合わせたハンターの行動を推測する。
恐らく奇襲が起こる。
そこへ飛び込む機を逃さずに。
気流を操る機械を備えたレガースで固めた足を擡げ、扉に据えてその瞬間を待つ。
「聞きたいことがあります」
シルヴィアの青い双眸が淡い光を湛える。
通る声に一瞬ざわめいた周囲は、しかし、すぐに水を打つように静まった。
ジョイオーソ、敵と正面から向き合う様に歩み出ると、ほっそりとした四肢に絡む様に炎に似た幻影が揺らぐ。
その光に惹き付けられたように、敵は剣呑な目を向ける。
動きはそれだけで、鈍色の刃はサロの首を離さない。
「仲間とは何者ですか。……それと」
敵は口角を釣り上げて、可笑しそうにステッキを翻す。答える気は無いと言う態度で、厭らしく笑いながらシルヴィアに続きを促した。
「周囲を襲う――人形――をけしかけているのは何者ですか」
●
静かな人々の中、シルヴィアの声は良く響いた。
敵の背後、やや逸れて上方。隣の屋上で、大口径の魔導砲を構える藤堂も、そのキーワードが発せられた瞬間に引鉄を引く。
敵の腕に捕らわれた子供、子供を。
落ち着けと自分に言い聞かせるように歯を噛み締めて、短い軍属の中で叩き込まれたことを思い出す。
初撃が全てだ、心を乱すな。
「……精密射撃機械になりきれ」
素焼きの赤い瓦に青い土が吹き上がる。
青い土が黒に白にと色を変える幻影を背負い、藤堂は敵の腕に据える照準をそのやや前方へずらす。
「跳ね踊れ!」
照準器を睨む様に射出された弾丸は、藤堂のマテリアルに操られ、道の煉瓦を砕き翻る。
鋭い角度で敵の背後の扉へ、その蝶番を砕くと背後から肩を削ぐように掠めた。
華やいだ装いの上着が焦げて剥き出しになる爛れた皮膚が、砕けるようにひび割れて剥がれ落ち、中の洞を覗かせた。
その汚い腕をぶち破れ。藤堂の指はトリガーを離さない。
攻撃に首だけで藤堂を仰ぎ見た敵は帽子の影で目許を隠しながらも笑っていた。
傷を負った腕でサロを押さえて揺らし、挑発的にナイフを翻した。
ほんの一瞬、シルヴィアから藤堂に視線が移った瞬間、背後の影から蝙蝠を模す黒い得物が投じられると、それにマテリアルを繋いだテオバルトが炎の幻影を纏って飛び出し、正面の集団から、真っ直ぐに向かってきた戦輪には、リリアが瞬きの間すら無く人の間を擦り抜けて迫る。
「ごめんなさいね。下衆にかける情けは持ってないのよ」
ヒメユリの花の色で敵を見据え、リリアはサロに手を伸ばした。
渡すまいと抱える腕にテオバルトが刀を向ける。
それならばとナイフを立てれば、その切っ先が少年の肌を傷付ける前に、コントラルトの握った銃身に阻まれる。
レースアップのブーツの足元がふわりとマテリアルの残滓を揺らめかせ、赤い双眸が敵を睨む。
翻ったテオバルトの操る刀身、扱いづらい程に重厚で強靱な刃が、ジョイオーソの腕に迫る。
コントラルトがサロとリリアを庇う様に踏み込んで、風の加護厚き銀の拳銃を構えた。ジョイオーソのナイフの動きに合わせて張り巡らせた障壁が3歩、彼を後退させる。
派手な音を立てて蝶番の砕かれた扉からは木片がぱらぱらと零れている。
ジョイオーソが視界から外した瞬間、エリオに蹴り倒されたその扉が、集まっていた彼とハンター達を扇ぐように地面へ1度跳ね上がってから、重く横たわった。
砂埃を巻き上げた微風に耳を戦がせ、警戒に立てた尾の幻影を揺らし、エリオは敵に拳を叩き付けた。
「サロ……!」
エリオの拳に敵の身体が曲がる瞬間、テオバルトがその腕からサロの腕を捕まえた。
それを引けば、捉える力は既に弱く、青緑の直線的な残像を横目に、敵の腕から解放されるサロの小柄な身体を、今度こそは抱え、この襲撃から逃そうとリリアが手を一杯に伸ばした。
リリアの腕に渡ったサロを取り戻そうと伸ばされたジョイオーソへ、弾丸が注ぐ。
ダウンタウンの子を護って見せろ。藤堂が祈るように放つ弾丸が敵の腕を遮った。
二人の背を庇い、コントラルトがマテリアルの障壁を形成し、エリオが更に接近を阻む様に鋭い拳を打ち込む。
「まったくどこにでもクズっていうのはいるのね」
エリオの攻撃に咳き込んで、尻餅をつきながら両腕を上げて見せたジョイオーソをコントラルトが見下ろす。
遠ざかった足音、リリアとサロは十分な距離を取れただろうか。エリオも同様に構えたままで警戒を続けている。
纏う白い炎の幻影を一際燃え立たせ、テオバルトは切っ先を敵に向ける。
「……子供を泣かせやがって。この屑どうしてくれよう」
牽制の刀を向けたままで。顰める顔が頬をひくりと震わせた。
●
リリアと、戦う装いでは無いというコントラルトはサロの傍で警戒を続け、テオバルトとエリオは前に出て得物を向けている。
藤堂が追撃の弾丸を振らせると、ひゃあ、と素っ頓狂な声を上げて転がりながらそれを躱した。
エリオは正面を睨みながらも視線を僅かに横へ。
「……この街で、人形型歪虚が大量発生してる事件は知っている」
その歪虚が近くに潜んでいる可能性もある。
いないよ、と含みのある引き笑いで損傷して捩れた腕を振りながらジョイオーソが答えた。
ここには、今のところ。
大凡そんな意味だろうと、シルヴィアが剣を構えて前に出た。
「……まだ、質問に答えてもらっていませんが」
その人形を嗾けているのは何者ですか。
淡く光る双眸は敵を見据えて逃がさない。
「そいつを教えてやる気は無いなぁ――あー、それに」
お互い、仲間が到着する頃だろう?
腕を使わず立ち上がったジョイオーソを、藤堂の弾丸が更に追い詰める。
目の前で子供が襲われた。藤堂にとって、それは許せる事では無い。
「随分、ご機嫌だったなぁ……あぁ!?……何した? 吐けよ、30秒しか待てねぇぞ?」
唸る様な低い声。
マテリアルの込められた弾丸は違わず、今までサロを抱えていた腕を狙う。
続けざまに貫かれた腕が罅を広げ、藤堂へ向けて翳した手が砕けると五指が全てそれぞれの方向へ転がっていき、その一つ一つが何かを探す様に蠢いた。やがてそれらは、ぱりん、と軽い音を立てて砕けるように塵となって消えた。
腕の破片を散らかしながら、ジョイオーソは道を見回すと、帽子を目深に被り直して後退。
くるりと踵を返して走り出した。
「待ちなさい!」
「あたしも追うわ……出来ることなら、お仲間の方も撮っておきたいのよ」
大きく取り回すシルヴィアの剣を躱し、走り出したその姿を、すぐにエリオが追いかけ、リリアもカメラを掴んでそれに続いた。
ジョイオーソを撮る度に印画された後ろ姿の写真が何枚も、風に流されながら地面に舞い落ちた。
逃走を見てテオバルトは刀を収めると、険しく顰めた表情を緩めてサロの方へと向かう。
脅かさないようにゆっくりと近付いて、視線を合わせるように屈んで円らな瞳を見詰めた。
「頑張ったな」
大きな手が、ぽんとサロの小さな頭に乗せられた。深傷を負った父親と、兄ちゃんと呼び慕うジャンルカに付き添われ、頬に残る涙の跡を擦っている。
稚い目がテオバルトを見詰め返してゆっくりと瞬いた。
助けてくれたお兄ちゃん。そう言いかけた高い声を遮って吃逆が1つ。
屋根から下りてきた藤堂も、2人の傍にいるサロを見て、静かに歩いて近付いた。
「よく頑張った……偉いぜ、サロ君!」
サロの目が潤み、安堵感にぽとりと零れた涙がまた頬を濡らした。
彼等の様子を見ていたコントラルトは、サロを彼等に任せて周囲を軽く見回し、足にマテリアルを込めると屋根の高さまで飛び上がる。
「……仲間、ね……」
その存在は気掛かりだ。
潜んでいるのなら、見付けなければ。
逃げていったジョイオーソの姿も、それを追うエリオとリリアの姿も既に遠い。
マテリアルを込めて感覚を研ぎ澄ませて見ても、やはり鮮やかな素焼きの屋根が連なるばかりだった。
もう少し、探ってみた方が良いだろうか。
隣の屋根に飛び移り、更に遠くへと目を細めた。
●
片手で看板を引き倒し、積まれた空き瓶を転がしながらジョイオーソは逃げていく。
エリオはそれを飛び越えたり躱しながら、徐々に距離を詰めていった。
飛んできた空き缶を避け、道を塞いだ荷車の引き手を潜って、サロや仲間達との距離は随分と離れていた。
リリアもカメラを手に遅れること無く続き、ジョイオーソが動く度にシャッターを切る。
あと少しだと手を伸ばしたエリオの視界を覆ったのは、華やかなドレスの女性とシルクハットの男性が手を取り合って、躍る文字は有名な歌劇のタイトルと、数日先の日付。
フライヤーを払い退けると、けたたましい笑い声が辺りに響いた。
「何の音だ……」
「敵ね、どこにいるの」
エリオが足を止め、リリアも背を合わせる様にカメラを提げて戦輪を構える。
音は頭上から。
可憐なビスクドールが何体も舞い踊るように降ってきた。
片手で切ったシャッターはその姿を僅かにぶれさせたが、その人形達の異質さは明らかに写されていた。
左右2本ずつの腕、前後に顔を貼り合わせた頭、異様に長い胴や、短いそれ。緻密な作りは、まるで一瞬その違和感さえ忘れさせた。
2人を見上げる人形達は、光りの加減で微笑んでいるように見えるが、それぞれの手には小さからぬ得物が握られていた。
「少し遊びすぎですよぉ、ジョイオーソ」
人形達の中、すっと立ち上がった一際美しい作りの歪虚。
洒落たパラソルを翳して、べたりと貼り付く様な声色。
ジョイオーソの回りに集まった人形達が、また煩く笑う様な音を響かせた。
「ごめんごめん――クラーラさん!」
リリアはクラーラ、そう呼ばれた歪虚にレンズを向けた。
仲間というのは彼のことだ、白磁の指を揺らし、陽気に振る舞っているが背筋に冷や汗が伝って足が竦むほどの重苦しさを感じる。
負のマテリアルの淀んだ気配が地面を這うように2人の足元まで広がってくる。
打ち砕かれた腕の焦げた袖をひらひらと揺らしながら、玩具取られちゃった、と子供のように笑うジョイオーソが、眼球をぎょろと動かして、その内の覗えない瞳で2人を見た。
クラーラが腕の1つを擡げて、その手をくるりと回すように翻すと、人形達が一斉に飛び掛かる。
それを回避して攻撃に転じた時、2体の歪虚も、人形達もその姿を消していた。
リリアは足元に落ちていた写真を拾い、握り締める。
こちらを揶揄う様にレンズを見詰めて嗤う歪虚が写っていた。
遠くに見えたその攻防にコントラルトは唇を引き結んで屋根から下りる。
何か見えたのかと尋ねてくる覚醒者。サロとその父親の処置を終えて手が空いたらしい。
敵を逃がしてしまった。追っていればと思わない訳では無いが、恐らく敵わなかっただろう。
「……警戒を続けるわ、サロ君達のこと頼むわね」
それからすぐにシルヴェスト他、同盟軍が到着した。
散らかされた街を片付けに数人の手が回され、エリオとリリアが報告に呼ばれた。
リリアは写真を提出する。
ジョイオーソ、クラーラと彼の人形達が写っているそれを見て、シルヴェストは暫し黙り込んだ。
短い沈黙の後、すぐにハンター達へ視線を戻す。
短く礼を告げて状況を尋ねた。
上から、影から見た状況、殆ど明かされなかった敵の攻撃手段、サロ奪還までの戦略。
追っていった2人には、逃走までの様子を、街を片付けて戻ってきた隊員の証言を交えながら。
「ジョイオーソ……複数の高位歪虚との繋がりが有ると聞く。今回はクラーラ・クラーレに与していたようだな」
恐らくクラーラの人形の一部を指揮していたのだろう。
鋭い青い目を隊員達に向け、指示を出していく。
エリオはその姿を少し下がって見詰め、緑の双眸を細めた。
士官学校の時から知っている大佐。その姿は変わらず眩しい。
迷って休学しているけれど、街を守りたい気持ちはあの頃から変わっていない。
振り返る街に陽光が煌めいている。絶対に護ると誓うように拳を硬く握り締めた。
(代筆:佐倉眸)
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/03/26 16:38:19 |
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質問卓 エリオ・アスコリ(ka5928) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2017/03/31 17:35:56 |
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相談卓 エリオ・アスコリ(ka5928) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2017/03/31 18:32:37 |