• 陶曲

【陶曲】『家族』の捜索依頼

マスター:龍河流

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
寸志
相談期間
4日
締切
2017/04/02 19:00
完成日
2017/04/18 04:17

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●暗底の渓谷
 天頂に差した太陽すらも渓谷の底を照らす事はない。
 それほどに深く底の知れぬ大地の傷跡の周辺は、まるで谷の闇が辺りの生を吸い尽くしたかのように無機質な世界が広がっていた。
 命と思しきものなど何一つ目にする事の出来ない、殺伐とした世界。
 しかし、現在。
 そこには大地の裂け目へと近付く男の姿があった。
 カッツオ・ヴォイ――かつて殺人脚本家と呼ばれた人物だ。
 規則正しい歩調と、首元にフリルを飾った黒のスーツ姿は、まるでこれから舞台に上がろうとする役者のように美麗。
 しかし黒のシルクハットを目深に被った顔は不気味な仮面に覆われており、彼が目指すのは舞台などではなく眼前に広がる渓谷の『底』。
 もしも見る者があれば声を上げる間もなかったであろう程に、彼は一瞬の躊躇いもなく谷へと身を投げた。
 仮面の下の表情は伺い知れない。
 声を上げる事もない。
 無音と闇が支配する渓谷の奥底に、僅かに砂塵を舞い上げただけで着地してみせると、光すら届かぬ完全なる無視界を迷うことなく歩き始める。
 そうしてしばらくの後に辿り着いた闇の虚空の、ただ一点を見つめて語りかける。
「ごきげんよう」
 無音の世界に響く美しい声。
 返す言葉はなく、それを彼自身も知りながら、尚。
「そろそろお目覚めになられてはいかがですかな? このままでは貴方一人が忘れられてしまいますよ」
 静寂。
 無。
 それでも彼は。
「おそらく貴方も楽しめると思うのですが、ね」
 尚も呟きかけるが、闇は一切の反応を示さない。 
 あえて滲ませた微かな感情にすら返されない手応えに、声の主は何年かぶりに付くため息とともに踵を返した。

 声の主が去り、再び谷の奥底に静寂と無が訪れる。
 
 ――……ドクン……――。

 地の奥底で何かが蠢き始めた。


●蒸気工業都市フマーレ
「こっちだ! もっと人を回せ! 何としても食い止めるぞ!! これ以上、焼かれてたまるか!!」
「馬鹿やろう! ここはもう駄目だ!! 撤退するんだよ!」
「馬鹿はお前だ! アレを見ろ!」
 防火服に身を包んだ男が指差した先には、複数の巨大な球体を有する建造物群。
「アレに引火でもしてみろ、この区画が一瞬で焦土と化すぞ!!」
 それは都市部へとエネルギーを供給する施設群であった。
「くそっ! 人だ! 人を回せ!! 消火用具――いや、ハンターだ! オフィスに行って居るだけかき集めてこい!!」
「なんとしてでもここで食い止めるぞ!! 今この場所が、この町の最終防火線だと思え!!」
 各所で不規則に上がる爆発と炎を前に、消防士たちの決死の消火活動は続けられている。


 ここだけではなく、同盟の各所で起きた事件の大半が、ひとまず落ち着きを見せ始めた頃になって。


●冒険都市リゼリオ
 怒涛の混乱を乗り切ったはずのハンターオフィスで、係員達が額にしわを寄せていた。
「これ、なんで地元で対応してないの?」
「人手が足りないから、ここで募集してくれって」
「わざわざかい」
「皆さん、何言うんですかっ! ペットも家族ですよ!!!!」
 一人が大声を上げたので、オフィス内の注目を浴びることになったこの依頼は、主にフマーレとポルトワールからだった。

 都市の一部が大火災に見舞われたフマーレと、海からの歪虚の大規模侵攻があったポルトワールでは、あちらこちらで建物が焼失、倒壊し、その跡地での行方不明者捜索が行われていたという。他にも、避難の際にはぐれた家族を捜す活動や、自宅に戻れなくなった人達の避難先斡旋などがあった。
 それらがひと段落して、本格的に復興作業に入ろうかという最中に届いたのが、この『ペット捜索』の依頼である。
 行方不明『者』なら、都市の采配で捜索の人手が出て、同盟軍も陸海問わずにあちらこちらから応援が来て、念入りな捜索が行われた。一部はハンターオフィスにも依頼として出ていたはずだ。
 しかし、個人が飼っていたペットとなると、復興にも忙しい都市は手が回らない。飼い主が個人で捜すにも限界がある。
 そのうちに、ハンターオフィスに頼めないかと相談が舞い込み始め、その数の多さにリゼリオのハンターオフィスでも依頼を掲示することとなった。

『行方不明の家族を探してください』


リプレイ本文

●フマーレ
 くしゅんっ
 最初にくしゃみをしたのは、さて誰の連れてきた犬だったか、それとも猫だったか。
「そのうち観光しようと思ってたフマーレがこんなことにぃ……みなさん大丈夫だったんでしょぉかぁ……」
 自身も鼻をこすりつつ、星野 ハナ ( ka5852 )が依頼の主目的になる地域を見渡した。
 辺りは、彼女達が予想もしていなかったほどに、焦げ臭い。
 大規模な火事があっても鎮火しているし、頼まれたペット達の捜索には連れてきた犬達の嗅覚がきっと役立つはず!
 そう考えて、ハナはダックスフンドのダッキーを、メリーベル ( ka4352 )も愛犬のミルテを同行していたが、どちらも困惑しきりで飼い主を見上げている。
「まあ、たいして経ってないしな……」
 大火の際、十三魔のナナ・ナインと戦闘を繰り広げたセルゲン ( ka6612 )も、同類なら行動しやすい場所が分かろうと連れてきた虎猫のシマが移動用の鞄から顔を出さず。もう一羽の烏など、先から上空を旋回して、呼んでも降りてこない。
 人でさえ、顔をしかめるような火災後の臭いだ。動物達が、警戒や困惑を表しても不思議はない。
 だが、しかし。
「お猫さまが呼んでるの~っ、万難廃して行かねばなのっ!!」
 オフィスで貰った捜索対象の資料一覧を握りしめ、ディーナ・フェルミ ( ka5843 )が突然叫んだ。あまりの惨状にしばし呆然とした自分を叱るように、両頬を叩いて気合を入れている。
「それじゃ、あたしはお犬様かな。あー、爬虫類って、誰が担当?」
 今回の相棒たる動物は連れていないが、飼っているから哺乳類と鳥類なら対応出来ると、猫主眼のディーナに合わせて犬の捜索を申し出た柄永 和沙 ( ka6481 )が、やや右方向に視線を向けつつ、一応は全員に尋ねた。
 フマーレのペット捜索に入ったハンターは総勢五名。和紗の視線の先には、その中で唯一の男性であるセルゲンがいた。
「あぁ、爬虫類は苦手なのか」
 セルゲンはその態度の意味が、最初は分かっていなかった。
 しかし、察したメリーベルが和紗に『犬探しに励め』と言うのを見て、自分が頼られているのは了解したのだろう。確かに捜してくれと上がっていた爬虫類は、八十センチほどの大型蜥蜴だ。街中でなかなか見るものではない。
「分かった」
 短く、自分が捕まえると意思表示したセルゲンに、和紗とハナが心底有難そうな視線を向けたが……
「リアルブルーのトカゲさんは、まだ食べたことがないです~」
 もちろん食べないが、ぜひとも見てみたい。
 外見に似つかぬディーナの大胆発言に、ハナと和紗が『うわぁ』という顔を隠さない中、一人冷静に地図を区割りしていたメリーベルがそれをひらりと皆に示した。
「蜥蜴は一匹、鳥は二羽、残りは犬猫だからまずはこんな区割りでどうかな」
 五つに分けられた捜索範囲を確かめて、ハンター達はそれぞれの担当地域に足を向けた。
 連れて来られた動物達も、大抵はその後について移動を始めている。抱えられての移動を選択したのは、猫ばかりだ。


●ポルトワール
 強い風が吹くと、砂埃が舞い上がる。
「速やかに取り掛かりましょうか」
 年長者だからと言うより、前職の関係で捜索の手配にも慣れているマリィア・バルデス ( ka5848 )が、愛犬のαとγの背を叩きながら、他のハンター達を振り返った。
 場所はハンターオフィス前。
 捜索する動物の一覧表を貰い、心配して駆け付けていた飼い主達に幾つか頼みごとをして、地図で捜索する範囲を確かめたところだ。人数に合わせて、大まかに担当区域も決めたはずだが……
「どうする? しばらく待ってみる?」
「あ、いえ、わたくしも探しに行きます!」
 扉の向こう、舞い上げられた砂塵を透かして、人待ち顔のエステル・ソル ( ka3983 )が肩を落とした。一緒に来るはずの友人が見当たらず、どこではぐれたかと心配しているのだが……宵待 サクラ ( ka5561 )に尋ねられると、慌てて首を振った。
 ここで遅れては他の皆に迷惑だと、連れてきたペルシャ猫のスノウを抱えて、気合を入れ直す。スノウはといえば、ファリス ( ka2853 )やマリィア、サクラの連れてきた犬達を眺めやって、鼻の頭にしわを寄せていた。
「スノウさんが猫さん一人で、疲れるといけないの。ファリス達は向こうに行くの」
 柴犬のヨハンナのリードを引いて、ファリスが早速歩きだした。
「蛇がおいやでしたら、呼んでください」
 男一人だから、そのくらいは頑張りますと言い置いて、葛音 水月 ( ka1895 )が借り出した犬猫の愛用品を提げて出掛けて行く。そのすぐ後ろの歩き出していたサンディ ( ka6803 )は、葛音の言葉に一瞬足を止めかけたが、
「ダーイジョウブです! 蛇だって、キアイでのりきりマース」
 自分の背丈より少し短めの槍を持ち上げるようにして、気合の声を上げている。
「そうそう、頑張ろうね」
 街中だからと柴犬二頭にしっかりリードを付けて、サクラも早足で自分の担当区域に向かって行った。遅れないように、エステルもスノウと荷物を抱えて小走りに出掛けて行く。
 結果として最後になったマリィアは、オフィスの入口近くで心配しきりの飼い主達に会釈して、迷いのない足取りで目的地に歩き出した。
 皆の向かう先には、まだ崩れた時のままに手付かずなのだろう、瓦礫の山がある。
 そこから舞い上がる砂塵は、時にすぐ先も見通せない有様だ。


●捜索 ~フマーレ
 飼われていた動物を探すなら、まずは用意したいものがある。
 やはり餌は慣れた物がいいだろうし、運ぶ時の鞄や家で使っていた籠に毛布などがあれば、見付けた時に警戒心が薄れるかもしれない。
 そうしたことは皆が考えて、手を尽くして飼い主から借り出してきた。それはセルゲンも例外ではない。色々借りた物を抱えて、ついでに烏を肩に乗せていた。
「さってと、この辺りは……なんだ、これ」
 担当地域は、割と高級住宅街だったらしい。成程、あちこち焼失した建物も見えるが、ここに来るまでの道程より庭が広い家が多い。そのせいで無事だった家もあるようだが、火事に混乱したペットが逃げたら、どこに行ったか分からなくなるのも不思議ではなかった。
 ついでに。
「いいか、シマ。ここらの猫はお上品な連中だ。見付けても、うっかりちょっかい出すなよ」
 探す猫や犬の血統が立派そうなものばかり。これはお上品な部屋飼いなる連中かもしれないと、連れてきた虎猫シマに注意を促している。うっかり喧嘩でもしたら、相手に怪我をさせかねないからだ。今のところ、犬も猫も見えてはいないが。
 まずは隠れているなら出て来るようにと、往来の邪魔にならない場所に餌を色々置いてみるところから。セルゲンは細かい作業を厭わず、熱心に住宅街を練り歩いている。

 捜索地域が広いので、分担制になったのは仕方がない。その中では、特に目標としたい仔猫の多い地域を勝ち得たメリーベルは、工房が立ち並んでいた区域に入り込んでいた。この辺りは火災の他、歪虚が暴れたところにも近いようで、乱雑に様々な物品が散らかっている。
 これは、機械の知識もある自分が片付けにも役立てそうだと、依頼はされていないところにも気を回していた彼女は、相棒のミルテが立ち止まったので視線をそちらに向けた。
「どうした? 少しは匂いが追えそうか?」
 建材以外にも工房の様々な品物が燃えた跡地では、メリーベルが期待したほどに仔猫達の匂いを探れてはいない。それでも地面を嗅ぎまわるミルテの姿に、彼女も元いた世界の家族を思って、色々とほだされるものがあったのだが、
「待て、ミルテ、待てだ。追い掛けたら、もっと逃げてしまうからな」
 匂いを追えたか、偶然か。はっきりしないが、ミルテが鼻を向けた先の崩れた壁から飛び出した猫がいた。本能的に追い掛けようとするミルテを宥めて、壊れかけた家の屋根に上がって、こちらを威嚇している猫をメリーベルはどうしたものかと見上げた。
 足元では、ミルテがそわそわと猫とメリーベルを見比べている。

 焼け落ちた家屋の多い住宅地の中に、ぽかりと空いた小さな公園にゴースロンのゴンを引いて来たハナは、無事に若葉を茂らせている木の一本の下で立ち止まった。足元ではダックスフンドのダッキーがちょこんと座り、ゴンに積まれた荷物の上ではフクロウに見える幻獣のもふ郎が目を閉じたままで身じろぎもしない。
「もふ郎ったら、駄目ですよぉ。ちゃんと働かないと、おやつはなしですぅ!」
 忙しくゴンから荷物を下ろしながら、ハナが取り出したものは随分と色々ある。毛布や籠、犬猫の餌は他のハンター達も大分持ち歩いているが、彼女の荷物はそれだけではない。
「ここは反応がいいですからねぇ。って、それはダッキーの毛布じゃありませんってばぁ」
 一人ながら賑やかに、ハナが広げた物は籠や箱、それに敷く毛布に鳥かごが五つ。いずれも逃げた犬猫や鳥の飼い主から借りてきたもので、鳥籠の一つはダッキーも余裕で入れそうな大きさがある。
 占術を使用して、ペット達が集まりそうな場所を捜しつつ、特に他のハンターとは異なるペットに集中したハナは、主に鳥担当だ。籠を提げたからとあちらが見付けてくれるとは限らないが、単に餌を撒くよりは効果があるのではないかとハナは真面目である。
 勢いあまって、公園中にパン屑を撒いていたが、そこはまあ……いいことにしたらしい。

 とある公園にパン屑が撒き散らかされた頃。
「さあ、次なのっ! えぇと、十八か所目……のはずなの~」
 鼻の頭とおでこ、更に両手を煤で黒くして、ディーナが這うような体勢からぴょこんと立ち上がった。彼女の脇には、山を為す荷物が置かれているが、こちらは綺麗なものだ。
 荷物の幾らかは、飼い主に借りてきた毛布や籠で、それ以外は彼女が用意した餌や水、特にまたたびである。これをあちこちからかき集めた、猫が入り込みたくなるような小さい箱と借りてきた籠に仕掛けて、あちらこちらに置きまくっている。
「さぁて、お魚もあるの~。お猫さまはどんどん集まるといいの~」
 自分は汚れてもいいが、箱の中は清潔で乾燥していて、居心地よく。汚れた両手で、どう器用にしてのけたか、本人記憶によると十八個目の箱を仕掛けたディーナは、早足で次の目的地に向かおうとして……
「今、何か見えたの? そんな気がするの……?」
 明らかにお猫さまではないが、なにかしらの動物なら誰かの家族かもと、何が見えたかよく分からないままに、ディーナは瓦礫が寄せられた道端に近付いていって……
 バチンと顔を叩かれた。

 なんとはなしに連れて来なかったけれど、皆の様子を見るに自宅の犬などを連れてきても良かったかも。
 そんなことを考えつつ、犬や猫が入り込みそうな瓦礫の下や、彼らの自宅跡地を見回っていたはずの和紗は、現在困り果てていた。
「ここにもいた……この体格で、虎縞の雄だから、あんたはフーくんでしょ」
 道端の、人の通行の邪魔にはならないところに置かれた木箱に頭を突っ込んで、すっかり腰が抜けたような様子のぽっちゃり猫を発見したのだ。いや、そのこと自体はめでたいのである。なにしろ、捜していた猫の一匹なのだから。
 問題は。
「一度戻って、預けてこないと、ダメかな」
 思わず口にしたことが、途切れ途切れになる程度に、和紗は大変な状態にあることだ。
 両手に提げた籠に二匹ずつ、肩にへばりついたのも二匹、更に足元に大柄のフー君と合計七匹。彼女が歩き回る先で、またたびに酔っ払っていた猫の総数である。野良も混じっているかもしれないが、ともかくもこんな大量の猫連れでこれ以上うろうろするのは無理だろう。
「おかしいなー、この辺りはあたしの担当よね」
 誰がまたたびを撒いて歩いてるんだと不思議がりつつ、和紗がフー君をなんとか籠を提げた両手の先で抱えて歩きだした時。
 目の前を、巨大な何かが通り過ぎていった。


●捜索 ~ポルトワール
 被害が大きな地域に隣接しているが、軍関連施設のある区画は普段から一般人の立ち入りが制限されていたのと、歪虚襲撃の当日はこちらに多数の陶器人形が押し寄せたこともあり、迷いペットの捜索どころか問い合わせもほとんど行われていないという。
 しかし、現在は落ち着いているようだし、復興を速める人心の安定にはこういう草の根の活動も重要と、軍人口調で流暢に主張したマリィアの申し入れは、二十分ほどで許可が出た。ついで行かれたのが、
「同盟軍も、動物好きが多いんじゃないの」
「まあ、元からこの辺りが縄張りのもいたしね。瓦礫除去中にうろうろされると困るから、一応まとめてあったんだけど、それらしいのがいたら連れてって」
 元からこの区画に住みついていたり、先日の騒ぎで迷いこんできた動物を集めてある一角だった。怪我をしているのもいるが、案外丁寧に手当てされ、世話も行き届いているようだ。単に飼い主を捜す暇がなかったのだろう。
 他に、まだ何匹かあちこちにいるので、必要があれば案内すると言われて、マリィアは一度断り掛けたが、
「施設内を勝手に歩かれると、迷惑かしら?」
 頷かれて、非番の動物好き軍人と同行するのを了承した。

 きっとスノウさんが入りたがるところなら、猫さんも隠れたいに違いない。犬さんもいるかもしれない。
 そう考えて、最初はスノウにリボンのリードを付け、捜している犬や猫の名前を呼びつつ歩いていたエステルは、現在しっかりとスノウを抱きかかえていた。
 確かにスノウは優秀で、猫が好きな隙間を幾つも見付けてくれたのだが、そこに隠れていた猫が驚いて逃げだしてしまうことも二回ほど続いたのだ。エステルはそうっとやらねばと思っていても、スノウにも同様の慎重さを求めるのはちょっと難しかったらしい。
 それで、現在の彼女は干し肉をリトルファイアの炎にかざしつつ、ちょっと離れた茂みの影でこちらを窺っているふわもこの存在が警戒を解くのを待っていた。
 ふわもこ尻尾の持ち主は、珍しいペットの一二を争う、すらりとした狐である。

 元は何かの倉庫だったらしい瓦礫の山の下、妙に弱った鳴き声がするのに気付いて、サンディは奮戦していた。誰か応援を呼ぼうにも、生憎とトランシーバーは持っていない。走って知らせるにも、どこに誰がいるのか、あまりはっきりしていないし、その間に何かあったら悔やんでも悔やみきれない。
 それで、サンディは闘心昂揚での力技に頼ることにした。
「ダイジョーブ、わたし、女の子だけど、力は男の子くらいアリマース!」
 心身の性別が異なって、普段は意識の外に追いやっている事柄を本当に珍しく自分で口にして、サンディは声がする場所を覆っている倒れた壁に手を掛けた。
「カゾクのためデース! ガンバレますーヨっ」
 えいやっと全身の力を込めて、よろよろと壁を持ち上げたら、その下からふらつきながらも犬が一匹這い出てきた。
 その首に、年代物の首輪があるのを見て、サンディは少し寂しそうな顔になったが……すぐに気を取り直して、水と餌が入った鞄をすり傷だらけの手で取り上げた。

 主に犬の名前を呼んで捜したら、次の一周は猫の名前。飼い動物は、飼い主が自分を読んでいたイントネーションを覚えているはずだからと、ちゃんとそこまで確かめてきたサクラだったが、未だ一匹も確保出来ていなかった。
 姿は見掛けるのだけれど、目指す相手ではないのか、単に見知らぬ相手を警戒するのか、近付くことが出来ていないのだ。一緒に連れてきた愛犬の十八郎と十九郎の二頭も、匂いを辿っては逃げられて、なんとなく思案顔である。
「知らない人に呼ばれても、警戒するよね。まあ、ここにご飯を置いてと。おなかがいっぱいになったら、少しは名前に反応してくれるかもしれないし」
 今見た猫は捜索依頼が出ていた猫だろうかと、記憶と一覧を見比べながら、サクラは気にしない様子でどんどん歩いていく。しばらくすると、餌を置いたあたりになにかしらの気配がして……
「もうちょっとしたら、少し寄ってみるからね」
 餌を食べ始めた猫を物陰から見守りつつ、サクラと愛犬達も一休みしている。

 この運河の向こう側は軍の施設で、こちらより被害が大きそう。心配だけれど、運河の幅を考えると、多分こちらの動物が向こうに逃げていることはあまりなさそう。
 依頼人達に『家族』を送り届けねばと、皆と同様の使命感に満ちたファリスは、自分が担当している区画をとことこと、愛犬のヨハンナと一緒に鳥以外の動物を探し歩いていた。自宅の辺りを中心に、ヨハンナに匂いを辿ってもらったりするが、なかなか簡単には見付からない。
 と思っていたら、猫がものすごい声を上げているのが耳に届いた。野良か飼い猫か分からないが、ともかくも姿を見ようと声を頼りに、
「お邪魔しまーす」
 塀が半ば崩れた庭に入り込み、膝立ちでそうっと様子を窺った。
 すると。
「ヨハンナ、しーっ、しーってば」
 猫は特徴的な模様から、この家の飼い猫だと分かる。もう一匹も、確か一覧表にいたはずだけれど……
「すみませーん」
 幾らハンターでも、ファリスとヨハンナだけで猫と、ファリスの身長と同じ長さの蛇を捕まえるのは、無理という気しかしない。

 首尾よくインコを一羽と犬と猫を一匹ずつ、見付けた端から向こうから寄ってきてくれて、これは幸先がいいと葛音は思っていた。しかし、それからしばらくは何とも出会わず、見付けた一羽と二匹を先にハンターオフィスに預かってもらおうと届けに行ったら、そこにはすごい連絡が入っていた。
 そして、最初に自分で言った手前、これは自分の担当案件であろうと葛音は気合を入れている。
「いやあ……長さしか聞いてなかったのは、間違いでしたね」
 彼の視線の先、猫と睨みあう蛇は長さが一メートル半くらい、太さがなんだかとてつもない。細身とはいえ、葛音の二の腕くらいの太さとは聞いていなかった。これに臆しない猫は、まったく尊敬に値するだろう。
 そう益体もない事を考えてから、隠の徒で気配を消した葛音は蛇の後ろから近付いて、その首を押さえこんだ。
 後は、他の人達に猫を保護してもらおうと、蛇の身体は足で押さえようとしたら、なぜか。
「いたっ、ちょっ、なんで攻撃するんですかっ」
 勝負事を邪魔してくれたなと言わんばかりの、これまたどでかい猫に、鋭い猫パンチを見舞われている。猫に飛びついたファリスやサンディ、籠を抱えたエステル達が、懸命に猫を抱えたり、傷薬だと騒ぎだした。
 それより先に、蛇を入れる袋が欲しいと、葛音は切実に思っている。


●家族と野良と
 十数匹の犬や猫、それからインコと文鳥、カラスなどの鳥に、狐と蛇。
 頼まれた動物の大半が揃って、しかしまだ明らかに猫が一匹足りないと、ハンター達がどこを探そうかと相談していたら、依頼人の一人が仔猫を抱えて見付けたと報告に来た。
 そうすると、多分頼まれた動物はだいたい見付けたはずと、ポルトワールのオフィスでは依頼を受けた六人以外にもほっとした雰囲気が流れた。
「でも、この子は野良だと思うんだよね」
 人の手から餌を取らず、触らせもしない猫を、サクラが指した。先程から、サンディがせっせと世話を焼いているが、威嚇するばかりだ。他の猫とは喧嘩する様子もないので、気性が荒いというより、人嫌いなのだろう。
「この子とあっちの子も、軍施設の地域猫だったみたいね。なんだか、皆して適当な名前で呼んでたし」
「地域猫って、ナンですカ?」
「あぁ、野良ですが、地域の人達と上手に付き合ってお世話を受けている猫と言えばいいんでしょうか。一つの家に縛られない生き方をする猫の呼び方です」
 マリィアが、一応連れて来てみたが、実際は軍施設の区画でこれからも生活できそうと指した猫の呼び名にサンディが首を傾げ、葛音から説明されてなんとなく理解はしたらしい。
「そういう猫は、どこで寝ているんでしょう? おうちがないのは、可哀想です」
 ファリスも心配そうに、寝る場所や世話してくれる人がいるのかと気に掛けている。色々あって、人も自分の生活で手一杯になったら、野良猫のことなど構う人はないのではないか。そう思うと、やはりこうした依頼を受ける動物好きだから、気になって仕方ないのだろう。
 マリィアは、軍施設の猫なら戻しても平気だろうと気にした様子はないが、サクラやサンディは心配で仕方がないらしい。今にも自分が連れ帰ると言いだしそうなのを見て取り、やっと慣れてきた狐のもつれた毛をブラッシングしていたエステルが、そうっと口を挟んだ。
「野良さんの生き方は、尊重してあげた方がよいと思うのです。それに、慣れないところに連れて行かれる方が野良さん達も大変です」
 人と暮らしたい野良さんがいれば別だけれど、人の側も見慣れた野良がいないと心配するかもしれない。怪我でもしていれば別だけれど。
 そう言われては、率先して連れ帰るとは言い難い。
「……ソレなら、地域猫さんが可愛がってもらえるヨーニ、うんとキレイにしてアゲマース!」
「そうだね、君達が顔を出さないと心配する人がいるかもしれないし」
 小さい怪我でもあったら、治るまでお世話してあげますと言いたげなサンディとサクラを中心に、犬や小鳥も含めて、ブラッシングや砂埃の拭き取りが熱心に行われたが、例外が一匹。
 流石に巨大蛇だけは、袋詰めの上に箱詰めされて、飼い主が来るまでそっとしまわれていた。

 フマーレのハンターオフィスの一角では、犬猫を中心としたもふもふランドが形成されていた。見付けてきた動物を引き渡す前に、皆で汚れを落としてやろうという名目で愛でているのだ。
「困ったな、そんなに懐かれても、何も出ないぞ」
 セルゲンの膝には、長毛種の猫がふんぞり返っていた。彼がブラシを手にしているのは、お猫さまにブラッシングを要求されたかららしい。
 大柄で、鬼のセルゲンにはあまり似合わない光景だが、お猫さまの望みとあれば仕方がない。と言うことで、よく見れば嬉しそうなセルゲンの様子は、皆知らないことにしている。
 そうでなくても、大抵は連れてきた犬や猫、鳥を愛でるのに、いずれも忙しいのである。猫の大部分が、またたびでふにゃりとしているのは、おおむねディーナのせいだ。和紗が苦労した猫の運搬は、ハナが途中で行き合わなかったら、どこかでてろんとした猫の山が出来ていたかもしれない。
「こんなに酔っ払ってて、大丈夫なの?」
「しばらくしたら、元気になりますよ~。この隙に、綺麗にしてあげましょうねぇ」
 隙とは何かと和紗は思うのだが、確かに猫がよく知らない人に身体を拭かれるなど嫌がるかもしれない。よって、猫をもふりがてらにタオルでふきふき。
「あら、私もやってあげようか」
 メリーベルが自分もと申し出て、犬達を示された途端に、分かりにくく『えー』と言いたげな顔になった。仕方がないので、メリーベルと和紗、ハナの三人で、犬猫を等分に分けて拭いてやることにする。
 ここにはもう一人、ディーナがいるのだが……
「うわぁ、この尻尾はお料理し甲斐がありそうです~」
 自分の顔を尻尾で叩き、直後に道を横切って和紗を驚かせた巨大蜥蜴を抱えて、観察に余念がなかった。本気で料理しようと思っていないはずだか、彼女の動物分類は愛玩用の他に可食不可食で分けられているらしい。
 蜥蜴はディーナの膝の上からお猫さま達を眺めては、
「めっ、ですよ!」
 彼女に、飼い主さんに渡すまでは絶対離しませんからねと、抱え直されていた。
 お猫さまと犬達は、おかげでのんびりとお世話されている。

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重体一覧

参加者一覧

  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • 新航路開発寄与者
    ファリス(ka2853
    人間(紅)|13才|女性|魔術師
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 戦鍛冶
    メリーベル(ka4352
    人間(蒼)|17才|女性|機導師
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 笑顔を守る小鳥
    雲雀(ka6084
    エルフ|10才|女性|霊闘士
  • 《大切》な者を支える為に
    和沙・E・グリム(ka6481
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 半折れ角
    セルゲン(ka6612
    鬼|24才|男性|霊闘士

  • サンディ(ka6803
    人間(紅)|14才|男性|霊闘士

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/04/02 11:26:06
アイコン 相談?雑談?
和沙・E・グリム(ka6481
人間(リアルブルー)|18才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/04/02 15:30:00