桜のかわりに光る灰?

マスター:紺堂 カヤ

シナリオ形態
イベント
難易度
やや易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/04/06 22:00
完成日
2017/04/13 17:57

みんなの思い出

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オープニング

 寒い、寒いと言ってはいても、いつの間にか日差しが柔らかく暖かくなってきた。
 モンド邸の広大な庭の草木にも、花の蕾がちらほらと見える。心も体も浮き立つ季節、春の到来だ。

 その季節の浮き立ちに素直に乗せられて、モンド家の一人娘・ダイヤはずいぶんとうきうきしていた。
 だが、その様子が不気味なものに見えてしまっているのは、モンド家で働くメイドたちである。
 と、いうのも。
 今年、ダイヤお嬢様にとって一大イベントであるはずのバレンタインが彼女の思惑とは外れた展開となった。端的に言えば、「チョコレートを渡せなかった」のである。で、あるから当然、ホワイトデーにも何もなく。さぞかし落ち込んでいるだろうと思ったのだが……。
「えーっと、テーブルの数はこれでいいわね……、ビニールプールはまだ寒いかな……」
 何やら熱心にノートに書き込んでいるダイヤは実に楽しそうだ。近頃、頻繁に屋敷のシェフと打ち合わせをしているとも聞く。
「お嬢さま……、一体何をしてらっしゃるんです?」
 メイドのひとりが尋ねると、ダイヤはパッと顔を上げ、にっこりした。
「そろそろ、あなたたちにも協力をお願いしようと思っていたところよ」
「協力、ですか?」
「そう。あのね、お花見パーティをしようと思ってるの。お屋敷の、お庭で」
 ダイヤはそう言いながら、熱心に書きつけをしていたノートを開いて見せた。そこには、どのくらいの規模でどのくらいの招待客を呼ぶか、料理や飲み物はどうするか、などといったプランが綿密になされていた。
「うわあ……、これ、全部、お嬢さまがおひとりでなさったんですか?」
「だいたいはね。料理はやっぱり私じゃわからないからシェフと何度も相談したし、予算についてはお父様の許可をもらったわ。庭のどの範囲ならパーティに使ってもいいか、というのは庭師に確認して……」
 すらすらと述べていくダイヤに、メイドたちは目を丸くした。いつの間にこんなに段取りよく物事を進められるようになったのだろう。
「……お父様のお仕事を手伝おうとして、失敗してしまったことがあったでしょう? あれ以来、私、いっぱい勉強したのよ。だから、そろそろ実践してみようと思って。屋敷内でのプライベートなパーティなら、失敗してもなんとかなるでしょう? いい練習になると思うの」
 落ち着いた笑顔でそう語るダイヤは、もうただのおてんば娘ではないようだった。
「お嬢さま……、ご立派になられて……」
 年かさのメイドがつい涙ぐむ。
「ちょっとぉ、泣かないでよ! もちろんただ練習のためにパーティを開くんじゃないわよ。ほら、バレンタインのとき、私、皆に物凄いおもてなしを受けたじゃない? だから今度はお返しに私がおもてなししたいの。ホワイトデーは終わっちゃったけど」
「そうですよ、ホワイトデー!」
 ハッとして、メイドがダイヤに詰め寄った。
「お嬢さま、いいんですか!? クロスさんからは何かありました!?」
「ちょ、ちょっと! 苦しい! 何もないわよ、あるわけないでしょ、今年はバレンタインにチョコあげれてないんだから」
 クロスというのは、ダイヤの傍仕えをつとめる青年である。年若いのに冷静かつ使用人であるのに無礼、というキャラクターで、彼とダイヤとの掛け合いはモンド家の名物になりつつあった。
「あんたたちが心配してくれてるのはわかってるけど、いいの。気にしないで」
「でもお」
「チョコレートのこともそうだけど、これまでのあれこれでわかったの。クロスに型どおりのアピールは無駄なのよ。だったら、やり方を変えることにするわ。私だってちゃんと、一人前に仕事ができるようになるってところを、まず見せることにするの」
 メイドたちは、ダイヤがクロスのことを諦めたわけではないとわかって安堵すると同時に、頼もしくなったダイヤが今までの何倍も輝いて見えて胸をときめかせた。これは絶対に、クロスもパーティに引っ張り出さねばならない、とメイドたちは一瞬のうちに目配せし、無言で結束を固める。そんな密約が目の前で交わされたとは知らず、ダイヤはにこにこと続けた。
「だから、あなたたちも、お客様のおもてなし、協力してちょうだい」
「はい! もちろんですっ!」
「……ですが、お嬢さま」
 メイドのひとりが口元を押さえて真顔になった。
「モンド邸のお庭には、桜の木がございませんが……?」
 あっ、と一様に絶句するメイドたちの前で、ダイヤはひとりニヤニヤと笑った。
「そう、ないのよね、桜の木。だから、こうするの」
 そう言ってダイヤが取り出して見せたのは、ピンク色で、しかもキラキラしている砂のようなものだった。
「まさかお嬢さま、これを……」
「ええ。まくのよ。盛大にね!」
 心から楽しそうな悪戯っぽい声は、やはりダイヤそのもので、本質は変わっていないのだと思わせる瞬間であった。

リプレイ本文

 穏やかな陽気の、まさにお花見日和。
 天候に恵まれたことに、まず、ダイヤはホッと安堵の息をついた。
「雨であった時の対策は一応、していたけれど、晴れて良かったわ、本当に」
 芝生広場に並べられたテーブルやリクライニングチェアをチェックしてまわり、ダイヤは厨房にゴーサインを出す。パーティの開始に合わせて、これからどんどん料理やお菓子が運び込まれることになっている。ダイヤはわくわくと胸を躍らせた。楽しみなだけではなく、緊張感もある。なんせ、今日のパーティの主催者はダイヤなのだ。
「大丈夫。時間をかけて準備してきたんだもの」
 ダイヤはそっと呟いて自分を励ました。本当は「彼」にこの言葉を言って欲しかったな、などと頭の端で少し、考えながら。



 ぞくぞくと料理が運び込まれるのと同時に、パーティの参加者が次々と案内されてきた。ひとりひとり案内して芝生広場へ通しているのは、クロスだ。ダイヤは内心で首を傾げる。今日のパーティの手伝いは、メイドたちにしか頼んでいないのだが。不思議には思ったが、クロスに声をかけるよりも客人に挨拶するのが先だ。ダイヤは元気よく飛び跳ねてきた、一番乗りの客人に顔を向けた。
「ダイヤさん、本日はお花見パーティーに御招待頂き誠にありがとうございまーす」
 にこにこと笑い、小宮・千秋 ( ka6272 )がぺこりとお辞儀をした。
「千秋さん! こちらこそ、ありがとう。お越しいただけて嬉しいわ! 今日は楽しんで行ってくださいね」
 ダイヤも笑顔で丁寧にお辞儀を返した。最初の客人が顔見知りであったことにいささかホッとする。少し緊張がほぐれて、あとから入ってくる初対面の客人ともにこやかに挨拶することができた。
 そろそろ全員が揃うだろうか、という頃になって、手を大きく振り、現れたのは。
「ダイヤー!」
「鈴さん!」
 大伴 鈴太郎 ( ka6016 ) だ。
「よぉ、ダイヤ! 花見だって? オレも食いモン用意してきたぜ!」
 鈴太郎は炭酸飲料とポテチを差し出したが、ダイヤの背後に並ぶテーブルの上の料理を見てたじろいだ。
「って、何かオシャレな感じ!? うぅ……で、でも一応コレ……前に食った時、ケッコー気に入ってたみてぇだからさ……」
「ありがとう、鈴さん!」
 ダイヤはぱあっと顔を輝かせて、炭酸飲料とポテチを受け取る。
「これ、大好きなの! 覚えててくれたのね、鈴さん! 嬉しい!!」
「良かったね、りんちゃん。喜んでくれて」
 ホッと胸を撫で下ろした鈴太郎の隣で、志鷹 都 ( ka1140 )が微笑んだ。うん、とひとつ頷いてから、鈴太郎は都をダイヤに紹介する。
「ダイヤ、紹介するぜ、ミヤチャンだ」
「初めまして、ダイヤさん。志鷹 都と申します」
 都は柔らかな挨拶をしながら、ダイヤに白い花のブーケを差し出した。
「うわあ、綺麗! ありがとうございます。ダイヤ・モンドです! 今日は楽しんで行ってください!」
 ダイヤはポテチを受け取ったときと同じ輝いた笑顔でブーケを受け取った。早速、テーブルに飾るようにとメイドにうきうきと言いつけているダイヤを見て、都とダイヤが仲良くなってくれたらいい、と考えていた鈴太郎も嬉しくなる。嬉しくなりつつも、気になることがあった。そして、鈴太郎が気にしていることと同じことを、招待客は皆、考えていた。
「桜はないんだぁ……」
 その皆の考えを代表したように呟いたのは、骸香 ( ka6223 )だった。
 ダイヤは招待客全員から見える位置に立ってお辞儀をすると、改めて歓迎の挨拶をしたあとで「ダイヤ式お花見」の説明を始めた。
「お花見パーティと銘打っておきながら、桜の花がなくてごめんなさい。騙された気持ちになっている方がいたら本当に申し訳ないんですけど……、桜の花の代わりに、この「光る灰」をまいて、枯木に花を咲かそうと思っています!」
 ダイヤはキラキラと細かな桜色の粉をそっと手のひらにすくった。



 ダイヤが見せた「光る灰」は「グリッター」と呼ばれる、紙ふぶきを細かく細かくしたような代物だった。風によく舞い、光を受けてキラキラと光る。
「あんまり一気にたくさんまくと、食べ物に影響が出てしまいますから、何名かずつ順番にやりましょう」
 料理への配慮は一応考えていたらしいダイヤは、主催者然として場を取り仕切った。まずはイルム=ローレ・エーレ ( ka5113 )とミオレスカ ( ka3496 )がまくこととなった。
「ダイヤ君は一緒にやらないのかい?」
 イルムが尋ねると、ダイヤはぐっと我慢するように息を飲みこんで言った。
「わ、私はおもてなしする方ですから」
 ふむ、とイルムは感心したように頷いて、光る灰の器を受け取る。
「風向きに注意しましょう」
 ミオレスカがそう言って立ち位置を調整し、イルムとタイミングを合わせ、丸裸の枝に向かって思い切り、光る灰をまいた。
 ふわっと舞い上がった光る灰は。
「わあああっ!」
 周囲が思わず歓声をあげてしまうほどキラキラと美しく空に舞い、視界で枝に重なって輝きを咲かせた。
「キレイねー! あ、イルムさーん!」
 丸裸の枝が花に似た色をまとっていくのに見惚れつつ、エステル・クレティエ ( ka3783 )がイルムに手を振る。イルムは華麗に光る灰をまきながら笑顔でそれにこたえた。エステルの隣では、ラウィーヤ・マクトゥーム ( ka0457 )が白紙の本にペンを走らせていた。キラキラと光の粒が空中に舞う様子に時おり目を上げ、微笑む。
「……素敵な、催しですね」
「本当ね。のんびりできそう。ケーキやムース、いただきましょう。フルーツが多いのがあると嬉しいな……」
 エステルは、ラウィーヤにも美味しいものを運んでやろう、とくつろいだ様子で、ケーキなどの並ぶテーブルへ足を向けた。テーブルの上は、美味しそうで色とりどりの料理やお菓子で、光る灰に負けず劣らず華やかだ。
 そんな、ひときわ華やかな甘味コーナーには。
 ケーキや大福などの甘いものを順繰りに口に運んで制覇していく千歳 梓 ( ka6311 )の姿があった。甘いものに目のない彼は、光る灰も顔負けなほど目を輝かせて舌鼓を打っていた。共にパーティに参加したギャリー・ハッシュベルト ( ka6749 )は、目当てであった桜の花がないことに拍子抜けしていたが、梓の目の輝きを見て気を取り直した。
「美味いもん食えりゃなんでもいいか!」
 ローストビーフやサラダを楽しんでから、甘味ばかりを食べ尽くしていく梓に声をかける。
「どれが美味かったんだ?」
「どれも美味い。特にこのタルトは絶品だな。何処で仕入れているのだろうか」
「なんでも、全部ここのお屋敷お抱えのシェフが作ってるそうだぞ」
「そうなのか。ダイヤ殿には感謝だな……」
梓は目を見張って驚き、再び甘味に没頭した。ギャリーは梓の皿から絶品だと言っていたタルトを拝借した。最初は拍子抜けしていたが、この光景も悪くない、と思い始める。
「意外とどうして乙なもんだ。これも中々悪くねえな」
 ダイヤに感心して頷き、時おり、自分の肩や頭に積もる光る灰を払う。対照的に、梓は降り積もる光る灰を払おうともせず、体中を輝かせていた。
「おいおい……」
その様子に苦笑しながらも、ギャリーは記念にしておこうとシャッターを切った。



 同じころ。
 鞍馬 真 ( ka5819 )は、モンド家のメイドたちに話を聞いていた。話の内容は「最近のダイヤについて」だ。
「お嬢さまは随分、勉強熱心になられましたよ」
「そうそう。お屋敷の図書室からたくさん本を持ち出して。クロスさんへのアピールよりもそっちが忙しいみたいですね」
 口々に報告するメイドたちの言葉ひとつひとつに、真は頷いた。
「そうか。心がけが変わったんだな」
「まあ、お転婆なところはまだまだ相変わらずですけどねえ」
 メイドたちはくすくす笑う。彼女たちの視線の先では、ダイヤが鈴太郎や都、千秋たちに光る灰の器を渡していた。まく量を増やしても食べ物には影響がなさそうだと判断したらしい。鈴太郎と都が「いち、にの、さん!」と盛大にまき散らしたため、人の身体に降り積もる量が急に増えだした。
「お嬢さまのことを話したければ、私たちよりも」
「クロスさんにした方が、いいと思いますよぉ」
 メイドたちは、パーティ会場の隅に控えているクロスを悪戯っぽい視線で示しながら真にそう言った。真も苦笑しながら頷いて、クロスの方へ足を向ける。と、鈴太郎が駆けてきた。
「なあなあ、ダイヤとクロスってどうなってんのかな?」
「それを今から訊きに行こうと思っているところだ」
「そっか、じゃあ真に任せるな! 気になるけどさ~、オレそーゆーの苦手だからさ」
 ダイヤたちを応援したいが器用には立ち回れない、と自覚している鈴太郎だ。あからさまにホッとして、光る灰をまきに戻って行った。任せる、と言われてもな、とは思いつつも、真はクロスに近付く。クロスは真に気が付いて、丁寧なお辞儀をした。
「お久しぶりでございます」
「うん、久しぶりだな。ダイヤ嬢が元気そうで良かった」
「ええ。そうですね。お転婆ぶりは、以前より多少は落ち着いてこられたようですがね」
「そうだな。最近随分、頑張っているようだと聞いたが」
「ええ。ようやく、大人に近付く自覚が出て来たようです」
「……それだけ、かな?」
 冷静に受け答えを続けるクロスに、真は一歩踏み込んでみることにした。ダイヤが頑張っている理由のひとつに、間違いなく、クロスの存在がある。クロスにそれが伝わっているのかどうか、確かめたかったのだ。
「ダイヤ嬢は、誰かに認めてほしくて頑張っているように見えるが」
「……そう、でしょうか」
 さりげなさをよそおって、クロスが目を伏せた。これは、ちゃんとわかっているな、と真は内心で苦笑する。そこへ、ひとしきり灰まきを楽しんだイルムがジュースのグラスを持って加わった。
「いやあ、実に楽しいねっ。どうだい? ダイヤ君主催のパーティーは。これだけの子達を笑顔にできるなんてなかなかできないんじゃないかな」
「確かに」
 イルムのセリフに、真も同意した。
 ダイヤは、主催者だから、と灰をまくのをひかえていたが、鈴太郎や都に強く誘われ、自分もまく側にまわっていた。
「ええいっ!」
 ひとつかみ、バサリ、とまくと。
 エステルやラウィーヤ、千秋と談笑しながら料理を楽しんでいたミオレスカの背中に、光る灰が盛大に降りかかる。
「きゃーっ!! ごめんなさい!!」
 急いでミオレスカに駆け寄り、背中にかかったキラキラを払うが、塗り広げるだけのようになってしまう。
「いえいえ、お気になさらず。あ、これ、美味しいですよ、ダイヤさん。一口いかがです?」
「あ、じゃあいただきます」
 ミオレスカとダイヤのコミカルなやりとりに、鈴太郎と都がケタケタ笑って腹を抱えていた。千秋は「わたしもそれを食べてみましょうー」とダイヤと同じものを頬張るし、エステルとラウィーヤもおかしそうに笑って、どんどん笑いが盛り上がっていく。
「見てごらんよ。ダイヤ君の表情。活き活きとして魅力的だとは思わないかい?」
 イルムは、真と並んでその光景を眺めながら、クロスに問いかける。同じくダイヤたちを眺めていたクロスのまなざしは、あたたかく優しげだった。
「ええ。本当に。……お嬢さまは、素晴らしい方です。それは私も、いえ、私が一番、わかっています」
 ふたりに聞かれていることを忘れているように、クロスが呟いた。その言葉に、イルムと真は思わず顔を見合わせ、笑みをこぼした。そして、ダイヤを見つめ続けるクロスのそばを、そっと離れた。



 桜色に光る灰は、木々にきらめき、風にただよい、パーティ会場全体をますます春らしく麗らかに演出していた。
 そんな、柔らかな空気の中。クロスのもとを辞した真の隣に、骸香がケラッと笑ってやってきた。
「盛り上がってますねえ」
 始まってすぐは豪奢なパーティに落ち着かないふうな骸香だったが、恋人である真が参加していることがわかったことと、会場がどんどん打ち解けた空気になってきたことで安心したようだった。
「ああ、楽しい会だ」
 真は頷いて、骸香が持っていた皿の上からサンドイッチを取り上げる。一番の盛り上がりを見せているダイヤの周辺では、音楽が流れ始めていた。ラステルがフルートを奏でているのだ。その心地よい音色に酔いしれつつ、骸香はそっと呟いた。
「落ち着くは真さんの横」
 その言葉が真に届いたかどうかは、ふたりだけが知ることだ。



 エステルの奏でる音楽は、ラウィーヤのリクエストにより、西方でよく知られている恋の歌だった。穏やかなテンポに合わせて、千秋が手拍子をしている。手拍子をするために慌てて頬張った団子によって、顔が可愛らしく膨れていた。
 ラウィーヤのハミングも重なって、音楽は穏やかながらも華やかな響きを帯びた。誰からともなく、自由にステップを踏んで、ダンスが始まる。都も、ダイヤの近くで食べたり踊ったりしながら、ふと、過去の自分を思い出していた。春陽に煌く花吹雪が、思い出を浮かび上がらせたのだろう。
「ダイヤさんの恋、実るといいな」
 そっと呟くと、ダイヤが、えっ、と声を詰まらせて顔を赤くした。
「だって、ほら」
 都がそっと目配せをした先には、ダイヤにあたたかい視線を送るクロスがいた。
「はわああああ……、熱視線じゃねーか!」
 うろたえたのは、なぜか、鈴太郎。
「りんちゃんが照れてどうするの?」
 都が笑うと、そのおかげで気がまぎれたらしいダイヤもくすくすと笑った。
 そんな彼女たちの会話に微笑みつつ、書きとめてゆくのがラウィーヤだ。心の中の応援を、物語という形にしていく。
「ラウィーヤさん本の調子はどうです?」
 演奏を終えたエステルにひょい、と覗き込まれて、ラウィーヤは微笑んだ。春の一日の物語は、結びに近付いている。



 テーブルの上の料理も甘味もほとんどなくなり、参加者が皆お腹いっぱいになってきたころ。パーティは自然と、終わりの気配を帯びてきた。
「おら、洗って来いよ。まったく……」
食べきって満足するまで、自分の上に何が降り積もっているか一度も気にすることのなかった梓を見かねたギャリーが、ビニールプールへと引っ張っていく。
 皆も順番に手足を洗い、鈴太郎などはシャワーを借りる相談をしている中、ミオレスカはキラキラと桜色になった全身を嬉しそうに眺めていた。
「ミオレスカさんも、シャワー、使いますか?」
 ダイヤが声をかけると、ミオレスカは笑顔で首を横に振った。
「縁起物として、そのまま残して帰ります。きっとご利益があると思います。いい一年になりそうです」
「そう思っていただけたなら良かった」
 ダイヤは心から嬉しそうに頷いた。
「是非、季節の名物イベントにしてください」
「はい、またパーティしますね! そうしたらまた、来てくださいね!」
 名残惜しそうにまた、を繰り返すダイヤに手を振って、ミオレスカはふと、自分で発した「帰る」という言葉を反芻した。そろそろちゃんとした住居を決めた方が良いかもしれない、と考える。
 身支度もおおかた済んだところで、ダイヤは招待客全員の前で挨拶をした。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました! 楽しんでもらえたなら、良いんですけど……」
 少しだけ心配そうにはにかんだダイヤに、イルムが拍手を贈る。続いてギャリーが、梓が、と拍手は広がって、大喝采となった。ダイヤは頬を紅潮させ、深々とお辞儀をする。
「皆さん、よかったらまた、是非、遊びに来てくださいね!」
 そう笑顔で締めくくるダイヤを、クロスはやはり遠巻きに見守っていた。人見知りで、友だちのいなかった昔のことが、嘘のようだ、と。そう。幼いころのダイヤは体が弱く、滅多に外へ出られなかった。それが原因で、体が丈夫になってからも、人とのかかわり方に戸惑い、なかなか友だちを作ることが出来なかったのだ。こうして、たくさんの人の前で話すことができるようになったのは、ダイヤ自身の努力ももちろんだが、彼女に関わってくれているハンターの面々のおかげだ、とクロスは思っていた。本日の参加者全員に、クロスは無言で頭を下げる。
 お開きになったパーティ会場を、招待客があとにした。
「昔話のようでしたねー。楽しかったですよー」
 と千秋が去り、
「美味しい甘味だった。また是非食べたいものだ」
 と真剣な顔で梓が言って、ギャリーと連れ立って去っていく。
またね、と手を振って骸香と真が出てゆき、骸香にダイヤが手を振りかえしていると、ラウィーヤがそっと、彼女の前に進み出た。
「えっと……、これ……、よかったら……。報告書の……真似事、ですけど」
 おずおずと差し出すのは、パーティの間ずっと記していた本だった。今日一日の様子が、丁寧な筆致で綴られている。ダイヤは目を丸くする。
「いただいて、いいんですか!?」
「ラウィーヤさん、とっても頑張って書いてたから、受け取ってあげて」
 隣でエステルも大きく頷く。
「ありがとうございます! すごく、嬉しいです!!」
 ダイヤは本を受け取って、ぎゅっと胸に抱きしめた。なにせ、初めて自分で主催したパーティの記録だ。きっと一生、手放すことはできないだろう。
 そんなダイヤの様子を見て、こっそり、自分の意識も確かめているのは、鈴太郎だった。
(そっか……今日の花見は全部ダイヤが仕切ったンかすげぇな……オレも負けてらンねぇや!)
 友の成長は、大きな刺激になる。ぐ、と拳を固める鈴太郎の思いは、周囲にバレバレだったようで、都とイルムは微笑ましそうに忍び笑いをもらした。
「な、なんだよふたりともー! ダイヤー! またなー! えーっと……、えーっと……」
 最後に何か言おうとしている鈴太郎に、ダイヤは首を傾げる。えーっと、を五回ほど繰り返したあと。
「ダイヤ! クロスと仲良くな!!!」
 そう叫んで、走り去っていった。鈴太郎なりの、精一杯の、応援であったようだ。
「えっ、えっ、鈴さん!? それってどういうことー!?」
 慌てて鈴太郎の後を追おうと駆け出したダイヤはしかし。
「きゃっ」
 慌てすぎて、芝生の上にずてっ、と転んでしまった。
「ダイヤ君、大丈夫……」
 手を貸そうとしたイルムは、途中で言葉を止めて身を引いた。クロスが、やってきたからだ。
「……まったく、仕方のない方ですね、お嬢さまは」
 仏頂面で差し出されたクロスの手を、ダイヤはつかんで立ち上がった。クロスの隣に立つのは、随分久しぶりであるように感じられた。
「あっはは……。やっぱりダメね、私ってば……」
 うつむき気味にして力なく笑うダイヤに、クロスはひとつ、大きくため息をついてから。
「ダメじゃありませんよ」
 はっきりと、言った。
「えっ」
「お嬢さまは、ダメな方ではありません。……もちろん、まだまだな点はたくさんございますが。今日のパーティ、大成功だったではありませんか」
 クロスの言葉に、ダイヤは目を見張った。そして、今日一番の、輝いた笑顔を見せた。
「うん……、うん! ありがとう、クロス!!」
 ダイヤの喜びに満ちた声が、まだ光る灰の余韻を残す会場に響いた。
 すっかり料理のなくなったテーブルの上には、都がプレゼントしてくれた白いブーケが、まるで何かの約束のように、優しく咲いていた。

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MVP一覧

  • ともしびは共に
    ラウィーヤ・マクトゥームka0457

重体一覧

参加者一覧

  • ともしびは共に
    ラウィーヤ・マクトゥーム(ka0457
    人間(紅)|23才|女性|闘狩人
  • 母のように
    都(ka1140
    人間(紅)|24才|女性|聖導士
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレ(ka5113
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 友よいつまでも
    大伴 鈴太郎(ka6016
    人間(蒼)|22才|女性|格闘士
  • 孤独なる蹴撃手
    骸香(ka6223
    鬼|21才|女性|疾影士
  • 一肌脱ぐわんこ
    小宮・千秋(ka6272
    ドワーフ|6才|男性|格闘士
  • 甘党のおっさん
    千歳 梓(ka6311
    人間(蒼)|39才|男性|闘狩人

  • ギャリー・ハッシュベルト(ka6749
    人間(蒼)|48才|男性|聖導士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/04/06 20:31:52