ゲスト
(ka0000)
廃工場のファンタズマ
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/10/23 07:30
- 完成日
- 2014/11/02 01:14
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
蒸気工場都市「フマーレ」に、とある怪談話があった。
――月明かりの綺麗な夜、とある廃工場に幽霊が出る。
噂によれば、この工場では過酷な労働環境に耐えきれず命を落とす者が居たそうで、そういった者たちの怨念が出現しているのだと。
「……っていう話なんだけれども」
月明かりに横顔を照らされながら、一人の少年がそんな怪談話を仲間たちへと語り聞かせていた。彼の傍にはほかに3人の少年たち。4人はフマーレの労働者家庭に生まれた仲の良い友人であった。
「なんだ、よくある怪談話じゃないか」
小太りの少年がふふんと鼻を鳴らしながら答える。彼らはこの夜、噂の真相を確かめに件の廃工場を訪れていた。親の目を盗んで夜中に外に出かける事は容易では無かったが、好奇心の強い年代の少年たちにとってはそのスリルや背徳感もまた胸を掻き立てるもので、こうして肝試しに訪れる事にも躊躇いはなかった。
「どうせ、単純にいろんな廃材があって危ないから近づくなって大人たちが考えた作り話だろ」
ひょろりとした長身の少年はそう言って夜霧で曇ったメガネを拭く。
「や、やっぱりやめようよ……」
4人の中では一番幼い少年は、少し肩を震わせながら絞り出すように言った。
「でも、お前だってこうして来たじゃないか」
怪談話を語って聞かせたリーダー格の少年が答える。年少の子に限らず、他の少年たちだって怖く無いと言えばウソである。しかしそれよりも好奇心が勝っているだけ。それだけのことだった。
「よし、じゃあ行くぞ」
そう腕を振って歩き出したリーダーの少年の後に続いて、少年たちは廃工場へと足を踏み入れていった。
廃工場の中は当然明かりは無く、中は暗闇に包まれている。窓や穴の開いた天井・壁から差し込む月明かりだけがぼうっと部分部分を照らし出した。
少年たちは持っていたランタンに火を灯すとその頼りない光を元に散策を開始する。この工場は日用品を作っていたのだろう、様々な工具や蒸気機械がごろごろと犇めいていた。鉄を熱して柔らかくするのであろう大きな釜が立ち並んでいたり、曲げて形を整えるのであろう加工台。形の整った製品を磨き上げる台など。作った製品を並べて置く背の高い棚や、プレス機のような大型の蒸気機械。作りかけの製品らしきものなども散らばっており、廃業し閉鎖された時の状況がありのままに広まっていた。
リーダーの少年が足元に転がっていた工具をけっ飛ばす。カランカランと金属質な音を響かせ、工具は暗闇の奥へと転がって行った。
「おーい、幽霊の野郎! 居るんだったら出てきやがれ!」
小太りの少年が大声で叫んぶ。しかし、それでも反響の後に残るのは、外の草木を揺らす風の音だけであった。
「何も反応が無いな」
「やっぱり、ウワサはウワサだったって事か……つまらないな」
メガネの少年がぽつりと呟く。
「だったら、もう帰ろうよ……」
その呟きに賛同するように、年少の子は震える声で意見した。しかしその言葉は聞き遂げられる事は無く、彼自身も一人だけ帰るわけにもいかず、廃工場の探索は続けられて行く。
不意に、ぞくりと冷たい感覚が少年たちの背中を襲う。それは背中を撫でられるような感覚のソレではなく、確かに冷たい何かが背中を通ったような、そんな感覚であった。
「な、何かそこに居ないか……?」
小太りの少年が蒸気機械の影をそっと指さす。皆が慌ててその方向を振り向く……が特に何もない。
「おかしいな……なんか、黒い霧みたいなのが居たような気がしたんだけど」
そう思って自身のランタンを別の方向に向けた瞬間、彼は目の前に炎に照らされ光る何かを目にする。が、それが何かを皆に伝えられる事は無く、彼の視線は不意に低く冷たい床の上を転がったのであった。
廃工場に少年達の叫びが響く。その叫び声の中で赤く輝く液体を首から吹き散らしながら、小太りの少年はその場に崩れ落ちてしまった。
「だからボクは帰ろうって言ったんだよ……もうイヤだ!」
不安と恐怖が爆発したのか、意を決したように年少の子がその場を駆け出す。
「お、おい!」
メガネの少年が発したその制止の声は聴き遂げられる事は無く、彼の背中は暗い闇の中へと消え去って行ってしまった。
「や、やばいって、僕たちも逃げないと!」
目の前で友達が倒れたというのにやや平静を保って居られたのはそもそも死という感覚に疎い幼さゆえであっただろうか、メガネの少年は必至の形相でリーダーの少年を諭す。
「あ、ああ、そうだな」
リーダーの少年も我を取り戻したように頷くとランタンを握る手に力を込め出口を目指して駆け出した。鍋を、フォークを蹴飛ばしながら、ただ必死に出口を目指す2人。しかし、その先の天井から差し込む月明かりの中に、彼らは先ほどは暗がりで見る事が出来なかった「死」を目の当たりにする事になる。
思わず漏れた2度目の叫び。いや、叫びにすらなっていない声。それはもはやどちらが上げたのかも分からない。彼らの目の前には何かで縦に真っ二つに切り裂かれた年少の子の「死」が転がっていたのだ。
「ちくしょう、キミがここに来ようって言ったからだ! だからこんな事に!」
メガネの少年はただその惨状から目を反らすように、リーダーの胸ぐらへと掴み掛った。しかし、その行動が彼にとっては文字通り致命的となった事に気づくことは無い。その様子をリーダーの少年だけは見てしまった。メガネの少年の背後から、忍び寄るというには素早い速度で迫りくる黒い「霧」。そしてその「モヤ」の一端が差し込む月明かりに触れた時……まるで飛び散っていた破片が集まるように霧が収縮し、巨大な鎌のような腕へと変わって行くのを。
それを目にした一瞬の後、胸ぐらを掴む手からふっと力が抜け、どさりと音を立ててメガネの少年は床へと崩れ落ちた。震える視線で足元を見ると、そこには年少の子と対象的に、体を上下に2分されたメガネの少年の姿があった。
「その後の事は覚えていないそうです。ただ、無我夢中で逃げて来たそうで……その事件があってから息子は口も利かなくなってしまい、毎日布団を頭からかぶって震える日々なのです」
オフィスの応接室で、リーダーの少年の母を名乗る女性はそう語ると静かに視線を落とした。
受付嬢のルミ・ヘヴンズドアは母親の証言を纏めると小さな溜息をつく。
「うぅん……情報が少ないですね。これじゃあいったい何者だったのかも分からないですよ……」
「しかし、息子はそれ以上何も見ていないと……」
「ああ、ごめんなさいっ。責めてるわけじゃないんですよ?」
ルミは慌てて母親をなだめる。
「とりあえずありったけの情報を書いて、依頼として張り出しますね。大丈夫、ハンターさん達なら何とかしてくれますよ……たぶん☆」
そうして、依頼主による少年の証言と共に廃工場の幽霊退治の依頼がオフィスへと張り出されたのであった。
――月明かりの綺麗な夜、とある廃工場に幽霊が出る。
噂によれば、この工場では過酷な労働環境に耐えきれず命を落とす者が居たそうで、そういった者たちの怨念が出現しているのだと。
「……っていう話なんだけれども」
月明かりに横顔を照らされながら、一人の少年がそんな怪談話を仲間たちへと語り聞かせていた。彼の傍にはほかに3人の少年たち。4人はフマーレの労働者家庭に生まれた仲の良い友人であった。
「なんだ、よくある怪談話じゃないか」
小太りの少年がふふんと鼻を鳴らしながら答える。彼らはこの夜、噂の真相を確かめに件の廃工場を訪れていた。親の目を盗んで夜中に外に出かける事は容易では無かったが、好奇心の強い年代の少年たちにとってはそのスリルや背徳感もまた胸を掻き立てるもので、こうして肝試しに訪れる事にも躊躇いはなかった。
「どうせ、単純にいろんな廃材があって危ないから近づくなって大人たちが考えた作り話だろ」
ひょろりとした長身の少年はそう言って夜霧で曇ったメガネを拭く。
「や、やっぱりやめようよ……」
4人の中では一番幼い少年は、少し肩を震わせながら絞り出すように言った。
「でも、お前だってこうして来たじゃないか」
怪談話を語って聞かせたリーダー格の少年が答える。年少の子に限らず、他の少年たちだって怖く無いと言えばウソである。しかしそれよりも好奇心が勝っているだけ。それだけのことだった。
「よし、じゃあ行くぞ」
そう腕を振って歩き出したリーダーの少年の後に続いて、少年たちは廃工場へと足を踏み入れていった。
廃工場の中は当然明かりは無く、中は暗闇に包まれている。窓や穴の開いた天井・壁から差し込む月明かりだけがぼうっと部分部分を照らし出した。
少年たちは持っていたランタンに火を灯すとその頼りない光を元に散策を開始する。この工場は日用品を作っていたのだろう、様々な工具や蒸気機械がごろごろと犇めいていた。鉄を熱して柔らかくするのであろう大きな釜が立ち並んでいたり、曲げて形を整えるのであろう加工台。形の整った製品を磨き上げる台など。作った製品を並べて置く背の高い棚や、プレス機のような大型の蒸気機械。作りかけの製品らしきものなども散らばっており、廃業し閉鎖された時の状況がありのままに広まっていた。
リーダーの少年が足元に転がっていた工具をけっ飛ばす。カランカランと金属質な音を響かせ、工具は暗闇の奥へと転がって行った。
「おーい、幽霊の野郎! 居るんだったら出てきやがれ!」
小太りの少年が大声で叫んぶ。しかし、それでも反響の後に残るのは、外の草木を揺らす風の音だけであった。
「何も反応が無いな」
「やっぱり、ウワサはウワサだったって事か……つまらないな」
メガネの少年がぽつりと呟く。
「だったら、もう帰ろうよ……」
その呟きに賛同するように、年少の子は震える声で意見した。しかしその言葉は聞き遂げられる事は無く、彼自身も一人だけ帰るわけにもいかず、廃工場の探索は続けられて行く。
不意に、ぞくりと冷たい感覚が少年たちの背中を襲う。それは背中を撫でられるような感覚のソレではなく、確かに冷たい何かが背中を通ったような、そんな感覚であった。
「な、何かそこに居ないか……?」
小太りの少年が蒸気機械の影をそっと指さす。皆が慌ててその方向を振り向く……が特に何もない。
「おかしいな……なんか、黒い霧みたいなのが居たような気がしたんだけど」
そう思って自身のランタンを別の方向に向けた瞬間、彼は目の前に炎に照らされ光る何かを目にする。が、それが何かを皆に伝えられる事は無く、彼の視線は不意に低く冷たい床の上を転がったのであった。
廃工場に少年達の叫びが響く。その叫び声の中で赤く輝く液体を首から吹き散らしながら、小太りの少年はその場に崩れ落ちてしまった。
「だからボクは帰ろうって言ったんだよ……もうイヤだ!」
不安と恐怖が爆発したのか、意を決したように年少の子がその場を駆け出す。
「お、おい!」
メガネの少年が発したその制止の声は聴き遂げられる事は無く、彼の背中は暗い闇の中へと消え去って行ってしまった。
「や、やばいって、僕たちも逃げないと!」
目の前で友達が倒れたというのにやや平静を保って居られたのはそもそも死という感覚に疎い幼さゆえであっただろうか、メガネの少年は必至の形相でリーダーの少年を諭す。
「あ、ああ、そうだな」
リーダーの少年も我を取り戻したように頷くとランタンを握る手に力を込め出口を目指して駆け出した。鍋を、フォークを蹴飛ばしながら、ただ必死に出口を目指す2人。しかし、その先の天井から差し込む月明かりの中に、彼らは先ほどは暗がりで見る事が出来なかった「死」を目の当たりにする事になる。
思わず漏れた2度目の叫び。いや、叫びにすらなっていない声。それはもはやどちらが上げたのかも分からない。彼らの目の前には何かで縦に真っ二つに切り裂かれた年少の子の「死」が転がっていたのだ。
「ちくしょう、キミがここに来ようって言ったからだ! だからこんな事に!」
メガネの少年はただその惨状から目を反らすように、リーダーの胸ぐらへと掴み掛った。しかし、その行動が彼にとっては文字通り致命的となった事に気づくことは無い。その様子をリーダーの少年だけは見てしまった。メガネの少年の背後から、忍び寄るというには素早い速度で迫りくる黒い「霧」。そしてその「モヤ」の一端が差し込む月明かりに触れた時……まるで飛び散っていた破片が集まるように霧が収縮し、巨大な鎌のような腕へと変わって行くのを。
それを目にした一瞬の後、胸ぐらを掴む手からふっと力が抜け、どさりと音を立ててメガネの少年は床へと崩れ落ちた。震える視線で足元を見ると、そこには年少の子と対象的に、体を上下に2分されたメガネの少年の姿があった。
「その後の事は覚えていないそうです。ただ、無我夢中で逃げて来たそうで……その事件があってから息子は口も利かなくなってしまい、毎日布団を頭からかぶって震える日々なのです」
オフィスの応接室で、リーダーの少年の母を名乗る女性はそう語ると静かに視線を落とした。
受付嬢のルミ・ヘヴンズドアは母親の証言を纏めると小さな溜息をつく。
「うぅん……情報が少ないですね。これじゃあいったい何者だったのかも分からないですよ……」
「しかし、息子はそれ以上何も見ていないと……」
「ああ、ごめんなさいっ。責めてるわけじゃないんですよ?」
ルミは慌てて母親をなだめる。
「とりあえずありったけの情報を書いて、依頼として張り出しますね。大丈夫、ハンターさん達なら何とかしてくれますよ……たぶん☆」
そうして、依頼主による少年の証言と共に廃工場の幽霊退治の依頼がオフィスへと張り出されたのであった。
リプレイ本文
●幽霊を追って
蒸気工業都市「フマーレ」。自由都市同盟の西側に位置し、工場とその労働者達の住居が立ち並ぶ名の通りの工業都市である。機械化が進む工場では生活必需品を中心に工芸品、数は多くは無いが魔導技術を利用した乗り物などの製作を行っている。
今回の事件はそんな工業都市の一角で起こった。廃工場での惨殺事件。依頼を受けた白神 霧華(ka0915)とソフィア・シャリフ(ka2274)の両名は、まだ日が高い中、件の工場へと足を踏み入れる。
「廃棄されて、どれだけの時が経ったのでしょう……?」
あたりを見渡しながら霧華はそう口にした。薄暗い場内は土ぼこりに塗れ、それなりの年季を感じさせる様子である。トタンの壁や屋根は腐食で劣化し穴が開き放題であり、そこから差し込む日光が宙を漂う埃を照らしながら場内へ不自由が無い程度の光を送り込んでいた。
「ゆーれー……んー、オレも耳にして確かめに行くことはあるッスけど、オレが行くときに限って何も見つからないんスよね」
残念そうな口ぶりで言いながらソフィアは傍に転がっていたスプーンのようなものを拾い上げまじまじと眺める。いかにも量産品らしいシンプルなデザインのそれは錆びと埃で白く曇っていた。
「正体が幽霊にしろ何にしろ、真実は見つけ出さなければなりません。現に犠牲者は出ているのですから」
そう悲痛な様子で答えた霧華の視線の先には、おそらく先の事件の犠牲者のものだろう。真新しい赤い染みが土ぼこりを洗い流すように広がっていた。
「慎重に調べましょう。同時に多少『掃除』もしておきたい所ですね」
工場の床には廃棄された時のままなのだろうか、作られた日用品の残骸がいたるところに散らばっている。
「じゃあ、オレも掃除しながら工場の中を歩いてみるッス。形も覚えておきたいッスし」
今のところ気配は無いが、いつどこに件の幽霊が潜んでいるか分からない。調査は慎重に行われていった。
その頃、フマーレの都市部では噂の真相を確かめようと関係者を探して4人ハンター達が歩き回っていた。そのうちの一人、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は事件の関連情報を得るために同盟陸軍の派出所を訪れていた。応接室のような所で待たされていると、暫くして黒い軍服に身を包んだ恰幅の良い男性がやって来て愛想を振りまきながら対面へと座った。
「やぁ、よく来てくれました。私が先日の廃工場での事件を担当している者です。何でも依頼を受けて調べられているのだとか」
「はい。何でもいいのです。手がかりになるようなものを頂けないかと思いまして」
そうユーリが尋ねると男は腕を組みながら低い声で唸る。男は言うべきが、言わぬべきか、明らかに迷っているような様子であったが、男は辺りに人気が無いことを確認すると、ユーリに顔を寄せヒソヒソと語りかけた。
「アレは犯『人』なんてもんじゃありません、文字通りの化け物です」
「知っているのですか……?」
そう問うと男は頷く。
「ここ最近、我々の元に入ってきている任務なのですがね……そいつは月の綺麗な夜に現れ、霧のような身体を持ち、背後から近づいてその持つ刃でスパッと人を両断してしまうそうです」
「霧のような身体なのに、刃物を扱うのですか?」
「それがまた厄介なところで」
そう言って男はわしわしと頭を掻く。
「どうも、証言がいろいろあるのですよ。霧しか見ていないという者も居れば、醜い化け物を見たという者まで」
「その、目撃証言のあった場所は?」
「霧を見たのは廃墟の捜索を行っていた者で、化け物を見たのは工場団地の見回りをしておった者ですわ」
「なるほど……」
ユーリは口元に手を当てて思考を巡らせる。二種類の目撃証言、別の存在なのか、それとも……
「しかし……何故、機密事項に? もし公表して頂ければハンター達も力を貸してくれたことでしょう」
ユーリがそう言うと、男はバツが悪そうに目を逸らすと一言だけ答えた。
「我々陸軍はどう頑張っても海軍に見劣りする存在です。ですから、この事件はなんとしても陸軍で解決しろと。陸軍ここにありと見せてみろと。そういう事です」
それだけ言うと、男は「どうかよろしくお願いします」と頭を下げた。
日は既に沈み、空には月が昇っている。今宵は満月――噂の幽霊が出るにはうってつけであろう。昼の調査を終えて仮眠を取ったハンター達は万全な体調で廃工場へと向かっていた。
「昼に労働組合へ出向いてみたが、空振りだった。流石に噂の正体まではな……だが、場内の地図は手に入れられたぜ」
そう言いながら龍崎・カズマ(ka0178)は一枚の見取り図を取り出す。工場内の区画の区切りや出入り口を記した白地図であった。
「俺様の調査によれば、この噂の出所は親達の作り話では無いそうだ。まあそうだとは思ってたんだがな。親がガキに聞かせるにはあまりに生々しすぎる」
依頼人の家を訪れたと言うジャック・J・グリーヴ(ka1305)はそう告げるとユーリがそっと口を挟む。
「その事なのですが……」
彼女は陸軍で聞いた話を皆に伝えると、ソフィアは小さな憤りを露にした。
「要するにお偉いさんの威厳のために少年達が犠牲になった……そう言うことッスか?」
「もちろん、それもあるだろうけどな。中には余計に市民を不安がらせたくない、と言う事もあったろうと思うぜ。世の中には真実を語る事だけが救いだとは限らない」
ティーア・ズィルバーン(ka0122)はそう言うと、愛刀の柄を力強く握り締めた。
「ちなみに、街に広まった噂の根源はホームレスどもらしい。寒さを凌げる場所を探していた所、あの工場を見つけ……後は想像通り。自分達もやましい所があるから、届け出るにも届け出られなかったっつぅ話だ」
「どいつもこいつも似たもの同士ってわけか」
胸糞悪そうに答え、カズマは唾を吐き捨てた。
「おっと……そうこうしている内に見えてきたぜ」
ジャックが視線を向けたその先。曇りなき満月を背にするようにして、その廃工場はハンター達を待ち構えているのだった。
●廃工場のファンタズマ
「おぅおぅ……いかにもなにか出そうな雰囲気だな」
周囲をライトで照らしながらティーアはぽつりと漏らした。夜の廃工場は昼とは打って変わり、漆黒の闇に包まれていた。それでも足を比較的スムーズに運べるのは、霧華達が昼間に散らばる床の小物を片付けておいたおかげだろう。
「少しでも光源を確保できればと、天井を可能な限り壊しておきました。途中、足が抜けて落ちそうになってしまいましたが……」
そう霧華の言う天井には腐食して穴が開いたのとはまた違う、明らかに人工的に空けられた穴がぽつらぽつらと開いている。その穴から差し込む月明かりはスポットライトのように、光の筋となって工場内へと降り注いでいた。
どのくらい歩いただろう。広く暗い場内ではまともに働かない視覚の代わりに、埃っぽい匂いと6人の足音がイヤに印象深く耳に残った。
そんな静寂の中で不意にガタリという物音が場内に響く。
「何だ!?」
カズマが慌てて音のした方向へライトを向ける。そこにはランタンを取り落とし倒れる霧華の姿。
「き、霧華、大丈夫ッスか!?」
慌ててソフィアが駆け寄ると、霧華は「大丈夫です」と手を振ってその身を起こした。
「今、何か光るものを目の前に見て……咄嗟に」
そう言う霧華の頬にうっすらとカミソリで引っかいたような赤い筋が伝う。
「全く……ホラーは好きですが、出てくる敵って理不尽に強いので複雑――」
そう悪態を吐きながら霧華が転がったランタンを拾おうとした時、彼女は鋭く光る影を光の先に捉えていた。
「くっ、うぅぅぅ……ッ!」
不意に上がる苦悶の声。気づいた時にはもう遅かった。
「霧華!」
慌てて霧華に覆いかぶさるようにして身構えるソフィア。霧華が手で押さえる太ももからドクドクと止め処ない赤い液体があふれ出ていた。
「そこか……ッ!」
ティーアがライトの灯りの先に捉えた黒いモヤのような存在に一太刀を振るう。しかし、確かに捉えたその一閃は、文字通り雲を切るようにするりとモヤを通り抜けてしまう。黒いモヤはさぁっと風に乗るように工場のガラクタを潜り抜けて奥へと引いてゆく。
「待て!」
カズマとジャックが追おうとするものの、闇にまぎれる黒いモヤを完全に補足し続ける事はできず再びの静寂があたりを包んだ。
「すみません……油断しました」
霧華は自らのマテリアルで傷を癒しながら、震える声で立ち上がった。しかし、傷は深い。戦える状態に戻るまで、少し時間を有するだろう。
「光を受けたら実体化する……まるでファンタジーッスね」
「仮にそうだとしてもこのままでは一方的です。敵は攻撃におびえる事無く身構えているだけで良いのですから……」
「なら、俺様達も身構えていればいいじゃねぇか」
ユーリの提起にジャックがさも簡単だろうと言うように口を挟む。
「要するに、光が当たる所に引きずり出しゃ良いんだろ?」
そう言いながら、ジャックは先にある天井の大きな穴の下を指差す。そこは文字通りスポットライトのように、燦々と月の光が降り注いでいた。ジャックはそのスポットライトの下に飛び込むと、両手を振り上げて叫ぶ。
「どうした化け物! 女子供切ったくれーで満足かよ、あぁ!?」
危険な策ではあるが闇雲に走り回るよりも現実的である事も確か。スポットライトの下で踊るジャックを前に、ハンター達は息を潜めてその様子を伺っていた。
モヤはすぐに現れた。工場機械の合間を縫うように、ただひたすらに光を浴びる獲物を狙って。
ジャックは自らの守りを固め、敵の襲撃に身構えた。一気に近づいたモヤは飛び上がるように宙に浮き、ジャックの上空からスポットライトの下へと潜って行く。輝く月の光を受け、そのモヤが収束し、次第に姿を成した。その姿は一言で言えば醜悪。ズル剥けの筋繊維剥き出しの身体に巨大な鎌のような腕先を持ち、獲物を探知するのであろう巨大な目と耳が印象的な、文字通りの化け物の姿であった。
化け物は息を吐くような細い声を上げるとその腕先の鎌を振り上げる。
「そうはさせません……!」
同時に霧華とソフィアが光源を化け物へと集める。急に大量の光を視界に受け手元が狂ったのか、その一撃はジャックの首を掠めるようにして空を切った。
「ひゅぅ……間一髪って――」
が、それでは終わらなかった。続けざまに振り上げられたもう一方の刃が閃く。二撃目を予想していなかったジャックは咄嗟に盾を構えようとするも、その隙間を縫って刃は深くジャックの胸につき立てられた。
「ジャック!」
カズマが地を蹴り、一気に化け物との距離を詰める。実体化している化け物にナイフを振るうも、その身をよじって化け物は避ける。が、おかげでジャックとの距離が離れた。その隙にティーアがジャックを回収。意識はあるが瀕死の状態だ。
「ジャック様が作ってくださったその隙……逃しません!」
二人に遅れて飛び込んだユーリの太刀が月光に煌く。振り下ろされた渾身の一撃は化け物の醜い頭部へと吸い込まれ、断末魔を上げる間もなくその命を切り取った。
「……攻撃さえ出来れば、たいした敵じゃねぇか」
ビクリと月明かりの下で痙攣する化け物の亡骸を見ながら呟くティーア。
「何にしてもコレで一件落着……ッスかね?」
そう言いながらほっと胸をなでおろすソフィア。が、霧華はどこか腑に落ちない様子で辺りを見渡した。本当にこれで終わりなのだろうか……そう嫌な予感がしていた彼女は気づいてしまうのだ。ソフィアの背後に忍び寄る、黒いモヤの存在を。
「ソフィアさん、後ろです!」
その声に咄嗟に後ろを振り向くソフィア。その時丁度、振り向いた彼女の持つランタンの灯りに照らされて輝く刃が実体化していた。
「くうっ!」
咄嗟にショートソードでその一撃を受ける。が、反動で吹き飛ばされ背中を工業用機械に強く打ち付けてしまう。全身に伝う激痛。だが、吹き飛ばされたおかげで運よく二撃目からは逃れることができた。
「一体じゃ無いだと……!」
ジャックの応急処置を終えたティーアが地を駆ける。霧華の照らす灯りから逃げようとする化け物を追ってその刀を振り下ろすもその急所は逃し、それでも引き遅れた腕を捕らえ、その刃を腕ごと叩き切った。
「全く、厄介な幽霊野郎だ」
辺りを注意深く見渡しながらカズマは短剣を握りなおす。
「だが、これじゃさっきと状況は変わんねぇな……今度は俺が囮になろう」
「ですが、ジャック様のように……」
「何、避けりゃ良いんだ、避けりゃ」
そう言いながらティーアは月明かりの下へと踊りでる。天井を見上げると、光が降り注ぐ穴からは星空と共にちょうど丸い月が見えていた。曇りの無い月はこの惨劇などお構い無しにただただ美しく輝いていた。
「なるほど……こういうのも悪いもんじゃねぇな」
そう独り言を呟きながら、ティーアは眼前の敵を捉える。黒いモヤがティーアの元へ向かって駆ける。己の成すことは分かっている。全霊を持って避ける、それだけだ。
モヤが月光に触れる。まるでヴェールがはがされるように、その煌く刃が現れる。それは大きく振りかぶられ、ティーアを目掛けて振り下ろされ――
「……ッ!」
強く地面を蹴り、その一撃をかわす。が、吸い込まれるように横に薙いだその刃が、急所こそ外したもののティーアの肩を深く抉った。続けざまに下される2撃目。
「そうはさせん……!」
咄嗟に投げたカズマのチャクラムが未形成のモヤを捉えた。そのままモヤは光を受け、刃が実体化する。が、その一点にチャクラムを取り込んだまま形成された腕部は内部からその刃を受ける事となり派手な血しぶきと共に乾いた悲鳴が辺りを覆う。
「今ッス……!」
悲鳴をあげ、仰け反った化け物にソフィアが背後から飛び掛るようにナイフを突き立てる。そのままの勢いでスポットライトを浴びる地面に叩きつけ、押さえつけた。
「ユーリ!」
ソフィアの掛け声と共に振り下ろされるユーリの太刀。が、化け物がもがいた拍子で首を狙った刃はするりと空を切る。
「そんな……!?」
が、それと同時に一発の銃声が場内に響いた。その銃弾は化け物の眉間を確かに穿ち、息を搾り出すような断末魔と共に化け物は力なく地に伏せる。
その額に開いた風穴の先で、ジャックは力なくその硝煙立ち上るリボルバーを握る腕を地面へと投げ出した。
「後はてめぇがてめぇの心に打克つだけだ……気張れよクソガキ」
そういい残すと、眠るように意識を失うのだった。
その後、気を失ったジャックを庇いながら捜索は続けられたが、他に化け物は見つけられず事件はひとまずの解決を見せた。
それ以降、廃工場に住む幽霊の話は次第に消えて無くなっていったと言う。
蒸気工業都市「フマーレ」。自由都市同盟の西側に位置し、工場とその労働者達の住居が立ち並ぶ名の通りの工業都市である。機械化が進む工場では生活必需品を中心に工芸品、数は多くは無いが魔導技術を利用した乗り物などの製作を行っている。
今回の事件はそんな工業都市の一角で起こった。廃工場での惨殺事件。依頼を受けた白神 霧華(ka0915)とソフィア・シャリフ(ka2274)の両名は、まだ日が高い中、件の工場へと足を踏み入れる。
「廃棄されて、どれだけの時が経ったのでしょう……?」
あたりを見渡しながら霧華はそう口にした。薄暗い場内は土ぼこりに塗れ、それなりの年季を感じさせる様子である。トタンの壁や屋根は腐食で劣化し穴が開き放題であり、そこから差し込む日光が宙を漂う埃を照らしながら場内へ不自由が無い程度の光を送り込んでいた。
「ゆーれー……んー、オレも耳にして確かめに行くことはあるッスけど、オレが行くときに限って何も見つからないんスよね」
残念そうな口ぶりで言いながらソフィアは傍に転がっていたスプーンのようなものを拾い上げまじまじと眺める。いかにも量産品らしいシンプルなデザインのそれは錆びと埃で白く曇っていた。
「正体が幽霊にしろ何にしろ、真実は見つけ出さなければなりません。現に犠牲者は出ているのですから」
そう悲痛な様子で答えた霧華の視線の先には、おそらく先の事件の犠牲者のものだろう。真新しい赤い染みが土ぼこりを洗い流すように広がっていた。
「慎重に調べましょう。同時に多少『掃除』もしておきたい所ですね」
工場の床には廃棄された時のままなのだろうか、作られた日用品の残骸がいたるところに散らばっている。
「じゃあ、オレも掃除しながら工場の中を歩いてみるッス。形も覚えておきたいッスし」
今のところ気配は無いが、いつどこに件の幽霊が潜んでいるか分からない。調査は慎重に行われていった。
その頃、フマーレの都市部では噂の真相を確かめようと関係者を探して4人ハンター達が歩き回っていた。そのうちの一人、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は事件の関連情報を得るために同盟陸軍の派出所を訪れていた。応接室のような所で待たされていると、暫くして黒い軍服に身を包んだ恰幅の良い男性がやって来て愛想を振りまきながら対面へと座った。
「やぁ、よく来てくれました。私が先日の廃工場での事件を担当している者です。何でも依頼を受けて調べられているのだとか」
「はい。何でもいいのです。手がかりになるようなものを頂けないかと思いまして」
そうユーリが尋ねると男は腕を組みながら低い声で唸る。男は言うべきが、言わぬべきか、明らかに迷っているような様子であったが、男は辺りに人気が無いことを確認すると、ユーリに顔を寄せヒソヒソと語りかけた。
「アレは犯『人』なんてもんじゃありません、文字通りの化け物です」
「知っているのですか……?」
そう問うと男は頷く。
「ここ最近、我々の元に入ってきている任務なのですがね……そいつは月の綺麗な夜に現れ、霧のような身体を持ち、背後から近づいてその持つ刃でスパッと人を両断してしまうそうです」
「霧のような身体なのに、刃物を扱うのですか?」
「それがまた厄介なところで」
そう言って男はわしわしと頭を掻く。
「どうも、証言がいろいろあるのですよ。霧しか見ていないという者も居れば、醜い化け物を見たという者まで」
「その、目撃証言のあった場所は?」
「霧を見たのは廃墟の捜索を行っていた者で、化け物を見たのは工場団地の見回りをしておった者ですわ」
「なるほど……」
ユーリは口元に手を当てて思考を巡らせる。二種類の目撃証言、別の存在なのか、それとも……
「しかし……何故、機密事項に? もし公表して頂ければハンター達も力を貸してくれたことでしょう」
ユーリがそう言うと、男はバツが悪そうに目を逸らすと一言だけ答えた。
「我々陸軍はどう頑張っても海軍に見劣りする存在です。ですから、この事件はなんとしても陸軍で解決しろと。陸軍ここにありと見せてみろと。そういう事です」
それだけ言うと、男は「どうかよろしくお願いします」と頭を下げた。
日は既に沈み、空には月が昇っている。今宵は満月――噂の幽霊が出るにはうってつけであろう。昼の調査を終えて仮眠を取ったハンター達は万全な体調で廃工場へと向かっていた。
「昼に労働組合へ出向いてみたが、空振りだった。流石に噂の正体まではな……だが、場内の地図は手に入れられたぜ」
そう言いながら龍崎・カズマ(ka0178)は一枚の見取り図を取り出す。工場内の区画の区切りや出入り口を記した白地図であった。
「俺様の調査によれば、この噂の出所は親達の作り話では無いそうだ。まあそうだとは思ってたんだがな。親がガキに聞かせるにはあまりに生々しすぎる」
依頼人の家を訪れたと言うジャック・J・グリーヴ(ka1305)はそう告げるとユーリがそっと口を挟む。
「その事なのですが……」
彼女は陸軍で聞いた話を皆に伝えると、ソフィアは小さな憤りを露にした。
「要するにお偉いさんの威厳のために少年達が犠牲になった……そう言うことッスか?」
「もちろん、それもあるだろうけどな。中には余計に市民を不安がらせたくない、と言う事もあったろうと思うぜ。世の中には真実を語る事だけが救いだとは限らない」
ティーア・ズィルバーン(ka0122)はそう言うと、愛刀の柄を力強く握り締めた。
「ちなみに、街に広まった噂の根源はホームレスどもらしい。寒さを凌げる場所を探していた所、あの工場を見つけ……後は想像通り。自分達もやましい所があるから、届け出るにも届け出られなかったっつぅ話だ」
「どいつもこいつも似たもの同士ってわけか」
胸糞悪そうに答え、カズマは唾を吐き捨てた。
「おっと……そうこうしている内に見えてきたぜ」
ジャックが視線を向けたその先。曇りなき満月を背にするようにして、その廃工場はハンター達を待ち構えているのだった。
●廃工場のファンタズマ
「おぅおぅ……いかにもなにか出そうな雰囲気だな」
周囲をライトで照らしながらティーアはぽつりと漏らした。夜の廃工場は昼とは打って変わり、漆黒の闇に包まれていた。それでも足を比較的スムーズに運べるのは、霧華達が昼間に散らばる床の小物を片付けておいたおかげだろう。
「少しでも光源を確保できればと、天井を可能な限り壊しておきました。途中、足が抜けて落ちそうになってしまいましたが……」
そう霧華の言う天井には腐食して穴が開いたのとはまた違う、明らかに人工的に空けられた穴がぽつらぽつらと開いている。その穴から差し込む月明かりはスポットライトのように、光の筋となって工場内へと降り注いでいた。
どのくらい歩いただろう。広く暗い場内ではまともに働かない視覚の代わりに、埃っぽい匂いと6人の足音がイヤに印象深く耳に残った。
そんな静寂の中で不意にガタリという物音が場内に響く。
「何だ!?」
カズマが慌てて音のした方向へライトを向ける。そこにはランタンを取り落とし倒れる霧華の姿。
「き、霧華、大丈夫ッスか!?」
慌ててソフィアが駆け寄ると、霧華は「大丈夫です」と手を振ってその身を起こした。
「今、何か光るものを目の前に見て……咄嗟に」
そう言う霧華の頬にうっすらとカミソリで引っかいたような赤い筋が伝う。
「全く……ホラーは好きですが、出てくる敵って理不尽に強いので複雑――」
そう悪態を吐きながら霧華が転がったランタンを拾おうとした時、彼女は鋭く光る影を光の先に捉えていた。
「くっ、うぅぅぅ……ッ!」
不意に上がる苦悶の声。気づいた時にはもう遅かった。
「霧華!」
慌てて霧華に覆いかぶさるようにして身構えるソフィア。霧華が手で押さえる太ももからドクドクと止め処ない赤い液体があふれ出ていた。
「そこか……ッ!」
ティーアがライトの灯りの先に捉えた黒いモヤのような存在に一太刀を振るう。しかし、確かに捉えたその一閃は、文字通り雲を切るようにするりとモヤを通り抜けてしまう。黒いモヤはさぁっと風に乗るように工場のガラクタを潜り抜けて奥へと引いてゆく。
「待て!」
カズマとジャックが追おうとするものの、闇にまぎれる黒いモヤを完全に補足し続ける事はできず再びの静寂があたりを包んだ。
「すみません……油断しました」
霧華は自らのマテリアルで傷を癒しながら、震える声で立ち上がった。しかし、傷は深い。戦える状態に戻るまで、少し時間を有するだろう。
「光を受けたら実体化する……まるでファンタジーッスね」
「仮にそうだとしてもこのままでは一方的です。敵は攻撃におびえる事無く身構えているだけで良いのですから……」
「なら、俺様達も身構えていればいいじゃねぇか」
ユーリの提起にジャックがさも簡単だろうと言うように口を挟む。
「要するに、光が当たる所に引きずり出しゃ良いんだろ?」
そう言いながら、ジャックは先にある天井の大きな穴の下を指差す。そこは文字通りスポットライトのように、燦々と月の光が降り注いでいた。ジャックはそのスポットライトの下に飛び込むと、両手を振り上げて叫ぶ。
「どうした化け物! 女子供切ったくれーで満足かよ、あぁ!?」
危険な策ではあるが闇雲に走り回るよりも現実的である事も確か。スポットライトの下で踊るジャックを前に、ハンター達は息を潜めてその様子を伺っていた。
モヤはすぐに現れた。工場機械の合間を縫うように、ただひたすらに光を浴びる獲物を狙って。
ジャックは自らの守りを固め、敵の襲撃に身構えた。一気に近づいたモヤは飛び上がるように宙に浮き、ジャックの上空からスポットライトの下へと潜って行く。輝く月の光を受け、そのモヤが収束し、次第に姿を成した。その姿は一言で言えば醜悪。ズル剥けの筋繊維剥き出しの身体に巨大な鎌のような腕先を持ち、獲物を探知するのであろう巨大な目と耳が印象的な、文字通りの化け物の姿であった。
化け物は息を吐くような細い声を上げるとその腕先の鎌を振り上げる。
「そうはさせません……!」
同時に霧華とソフィアが光源を化け物へと集める。急に大量の光を視界に受け手元が狂ったのか、その一撃はジャックの首を掠めるようにして空を切った。
「ひゅぅ……間一髪って――」
が、それでは終わらなかった。続けざまに振り上げられたもう一方の刃が閃く。二撃目を予想していなかったジャックは咄嗟に盾を構えようとするも、その隙間を縫って刃は深くジャックの胸につき立てられた。
「ジャック!」
カズマが地を蹴り、一気に化け物との距離を詰める。実体化している化け物にナイフを振るうも、その身をよじって化け物は避ける。が、おかげでジャックとの距離が離れた。その隙にティーアがジャックを回収。意識はあるが瀕死の状態だ。
「ジャック様が作ってくださったその隙……逃しません!」
二人に遅れて飛び込んだユーリの太刀が月光に煌く。振り下ろされた渾身の一撃は化け物の醜い頭部へと吸い込まれ、断末魔を上げる間もなくその命を切り取った。
「……攻撃さえ出来れば、たいした敵じゃねぇか」
ビクリと月明かりの下で痙攣する化け物の亡骸を見ながら呟くティーア。
「何にしてもコレで一件落着……ッスかね?」
そう言いながらほっと胸をなでおろすソフィア。が、霧華はどこか腑に落ちない様子で辺りを見渡した。本当にこれで終わりなのだろうか……そう嫌な予感がしていた彼女は気づいてしまうのだ。ソフィアの背後に忍び寄る、黒いモヤの存在を。
「ソフィアさん、後ろです!」
その声に咄嗟に後ろを振り向くソフィア。その時丁度、振り向いた彼女の持つランタンの灯りに照らされて輝く刃が実体化していた。
「くうっ!」
咄嗟にショートソードでその一撃を受ける。が、反動で吹き飛ばされ背中を工業用機械に強く打ち付けてしまう。全身に伝う激痛。だが、吹き飛ばされたおかげで運よく二撃目からは逃れることができた。
「一体じゃ無いだと……!」
ジャックの応急処置を終えたティーアが地を駆ける。霧華の照らす灯りから逃げようとする化け物を追ってその刀を振り下ろすもその急所は逃し、それでも引き遅れた腕を捕らえ、その刃を腕ごと叩き切った。
「全く、厄介な幽霊野郎だ」
辺りを注意深く見渡しながらカズマは短剣を握りなおす。
「だが、これじゃさっきと状況は変わんねぇな……今度は俺が囮になろう」
「ですが、ジャック様のように……」
「何、避けりゃ良いんだ、避けりゃ」
そう言いながらティーアは月明かりの下へと踊りでる。天井を見上げると、光が降り注ぐ穴からは星空と共にちょうど丸い月が見えていた。曇りの無い月はこの惨劇などお構い無しにただただ美しく輝いていた。
「なるほど……こういうのも悪いもんじゃねぇな」
そう独り言を呟きながら、ティーアは眼前の敵を捉える。黒いモヤがティーアの元へ向かって駆ける。己の成すことは分かっている。全霊を持って避ける、それだけだ。
モヤが月光に触れる。まるでヴェールがはがされるように、その煌く刃が現れる。それは大きく振りかぶられ、ティーアを目掛けて振り下ろされ――
「……ッ!」
強く地面を蹴り、その一撃をかわす。が、吸い込まれるように横に薙いだその刃が、急所こそ外したもののティーアの肩を深く抉った。続けざまに下される2撃目。
「そうはさせん……!」
咄嗟に投げたカズマのチャクラムが未形成のモヤを捉えた。そのままモヤは光を受け、刃が実体化する。が、その一点にチャクラムを取り込んだまま形成された腕部は内部からその刃を受ける事となり派手な血しぶきと共に乾いた悲鳴が辺りを覆う。
「今ッス……!」
悲鳴をあげ、仰け反った化け物にソフィアが背後から飛び掛るようにナイフを突き立てる。そのままの勢いでスポットライトを浴びる地面に叩きつけ、押さえつけた。
「ユーリ!」
ソフィアの掛け声と共に振り下ろされるユーリの太刀。が、化け物がもがいた拍子で首を狙った刃はするりと空を切る。
「そんな……!?」
が、それと同時に一発の銃声が場内に響いた。その銃弾は化け物の眉間を確かに穿ち、息を搾り出すような断末魔と共に化け物は力なく地に伏せる。
その額に開いた風穴の先で、ジャックは力なくその硝煙立ち上るリボルバーを握る腕を地面へと投げ出した。
「後はてめぇがてめぇの心に打克つだけだ……気張れよクソガキ」
そういい残すと、眠るように意識を失うのだった。
その後、気を失ったジャックを庇いながら捜索は続けられたが、他に化け物は見つけられず事件はひとまずの解決を見せた。
それ以降、廃工場に住む幽霊の話は次第に消えて無くなっていったと言う。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/10/20 00:08:10 |
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依頼相談テーブル ティーア・ズィルバーン(ka0122) 人間(リアルブルー)|22才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2014/10/22 23:39:58 |