ゲスト
(ka0000)
【AP】賭博小屋慰メの卯月夢
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/04/08 07:30
- 完成日
- 2017/04/17 23:47
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
荒んだ城下町の外れに若い女が壺を振る賭場があるという。
妖艶な紅玉を吊す黒檀の簪一つで髪を纏め、袖を抜いた肩に鯉が昇る。
仄暗い部屋に駒札を張る小気味良い音が響き、
「勝負」
その女の声に場を囲む男達は息を止めて、開かれる賽の目を見詰めた。
博徒に任侠、火消しに岡っ引き、果てはそこそこの店の商人まで時折顔を見せては、勝ったり負けたりして帰っていく。
今宵も大いに盛り上がった。
壺振りの背に負ぶわれた赤子、夜明に泣き出す、日の出の日乃と呼ばれている。
日乃が藻掻くように小さな手足を動かして、その身体から想像も付かぬ大声で泣き出すと、常連達はお開きだなあと腰を上げて去っていく。
人の捌けた賭博小屋で賽を弄ぶ壺振り、萌香の傍に場の片付けを終えた駒攫いがどかりと腰を下ろした。
「奴さん、起きたってよ」
「へぇ……」
「飼うのかい」
「まさかぁ」
萌香はからからと笑う。
遡ること3日、賭場の常連が道中に拾ったと刀傷を負った男を担いできた。
泥にまみれて傷は深く、高い熱を出して意識は無かった。
寝かせておいてやれと、強い酒を吹いた傷を縫う。
死んでしまうなら、それまでだ。
「旦那が拾ってきたから置いて遣っただけ。起きたなら出てってもらうさ」
「お足になりそうな物、抱えてたじゃねぇの」
「だからだよ」
厄介事は勘弁だと萌香はまた笑った。
身体を動かせるようになったその男が日銭を求めてこの界隈に棲み着いたのと時を同じく、妙な噂が流れ始めた。
幽霊が出たらしい。
●
その町から山一つ越えると、別の国のように華やかで賑やかな栄えた街並みが広がる。
国中から信仰を集めた社の門前町、目抜き通りに旅籠が並び、飲み屋から土産物屋と連なって、本物と見紛うような紅葉に桜、四季折々の練り切りを出す甘味処は都からのお忍びの客まで来るという。
この町を支える社には立ち入りを禁じられた宝物庫がある。
一月ほど前のある日、その宝物庫が曝かれて、火を付けられた。
収められていた種々の品が奪われ、或いは燃やされた。
盗みと火付けの罪で捕らわれたのは1人の浪人、だが、彼は盗んだ品を隠しており、どんな拷問に掛けても知らぬ存ぜぬを貫いた。
そしてある夜、牢屋から忽然とその姿を消してしまった。
責めを負わされた牢屋番は、浪人を捜して走り回っていた。
●
幽霊騒ぎで持ちきりの賭場に牢屋番が尋ねてきた。
まさか山を越えてはいまいと、出された酒を煽り、泥に汚れた脚絆を解いて、投げるように駒を張る。
「へぇ、お役人さんも大変ですね、ささ、一献」
にやにやと笑いながら賭場の男は酒を勧め、牢屋番から搾り取ろうと煽る。
しかし、この牢屋番は、酒にも勝負にもなかなかに強く、夜の更けるほどに彼の札は増えていった。
「……俺もねぇ、あんな男は追いたくねえんだよ。浪人だって聞いているが、昔は取り立てられて首級を幾つも上げたとか、剣だけじゃねえ、組み技にも強いだとか。そんでもねぇ、お上もお怒りで打ち首を仕切りたいから生け捕りだなんて、面倒なことを言いやがってなぁ……不意打ちでやっちまわねぇと、こっちが伸されちまう」
酔いが回るにつれて、饒舌になった牢屋番が管を巻くように喋り続け、結局、夜明まで丁半に興じていた。
次の夜。
賭場が保護した男の話を聞くと、牢屋番は顔を見たいと言って上がり込んだ。
痩せた頬ににやついた半開きの口から黄色い歯の覗く、品のない垂れ目に眉を切った傷跡。
「知らんな」
牢屋番の言葉に男はひひと笑って頭を掻く。
「あっしも、知らねぇな。ああ、酒が飲みてぇや」
不意に騒がしくなった表、どうやらまた幽霊が出たらしい。
幽霊に追われた男が賭場近くまで逃げてきた。
何事だと牢屋番が戸を開ける。
「こ、ここ、こいつだぁぁ」
幽霊を、ざんばら頭に血と泥に汚れた小袖、透けた身体に膝下の消えた足、胡乱な眼窩に青い火を浮かべる窶れたその面差しを指差して、牢屋番は言い放った。
そして、集まった男達の中から適当に腕を掴むと、
「あんた手練れだろう、手伝ってくれ」
有無を言わさず幽霊の前に引きずり出した。
荒んだ城下町の外れに若い女が壺を振る賭場があるという。
妖艶な紅玉を吊す黒檀の簪一つで髪を纏め、袖を抜いた肩に鯉が昇る。
仄暗い部屋に駒札を張る小気味良い音が響き、
「勝負」
その女の声に場を囲む男達は息を止めて、開かれる賽の目を見詰めた。
博徒に任侠、火消しに岡っ引き、果てはそこそこの店の商人まで時折顔を見せては、勝ったり負けたりして帰っていく。
今宵も大いに盛り上がった。
壺振りの背に負ぶわれた赤子、夜明に泣き出す、日の出の日乃と呼ばれている。
日乃が藻掻くように小さな手足を動かして、その身体から想像も付かぬ大声で泣き出すと、常連達はお開きだなあと腰を上げて去っていく。
人の捌けた賭博小屋で賽を弄ぶ壺振り、萌香の傍に場の片付けを終えた駒攫いがどかりと腰を下ろした。
「奴さん、起きたってよ」
「へぇ……」
「飼うのかい」
「まさかぁ」
萌香はからからと笑う。
遡ること3日、賭場の常連が道中に拾ったと刀傷を負った男を担いできた。
泥にまみれて傷は深く、高い熱を出して意識は無かった。
寝かせておいてやれと、強い酒を吹いた傷を縫う。
死んでしまうなら、それまでだ。
「旦那が拾ってきたから置いて遣っただけ。起きたなら出てってもらうさ」
「お足になりそうな物、抱えてたじゃねぇの」
「だからだよ」
厄介事は勘弁だと萌香はまた笑った。
身体を動かせるようになったその男が日銭を求めてこの界隈に棲み着いたのと時を同じく、妙な噂が流れ始めた。
幽霊が出たらしい。
●
その町から山一つ越えると、別の国のように華やかで賑やかな栄えた街並みが広がる。
国中から信仰を集めた社の門前町、目抜き通りに旅籠が並び、飲み屋から土産物屋と連なって、本物と見紛うような紅葉に桜、四季折々の練り切りを出す甘味処は都からのお忍びの客まで来るという。
この町を支える社には立ち入りを禁じられた宝物庫がある。
一月ほど前のある日、その宝物庫が曝かれて、火を付けられた。
収められていた種々の品が奪われ、或いは燃やされた。
盗みと火付けの罪で捕らわれたのは1人の浪人、だが、彼は盗んだ品を隠しており、どんな拷問に掛けても知らぬ存ぜぬを貫いた。
そしてある夜、牢屋から忽然とその姿を消してしまった。
責めを負わされた牢屋番は、浪人を捜して走り回っていた。
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幽霊騒ぎで持ちきりの賭場に牢屋番が尋ねてきた。
まさか山を越えてはいまいと、出された酒を煽り、泥に汚れた脚絆を解いて、投げるように駒を張る。
「へぇ、お役人さんも大変ですね、ささ、一献」
にやにやと笑いながら賭場の男は酒を勧め、牢屋番から搾り取ろうと煽る。
しかし、この牢屋番は、酒にも勝負にもなかなかに強く、夜の更けるほどに彼の札は増えていった。
「……俺もねぇ、あんな男は追いたくねえんだよ。浪人だって聞いているが、昔は取り立てられて首級を幾つも上げたとか、剣だけじゃねえ、組み技にも強いだとか。そんでもねぇ、お上もお怒りで打ち首を仕切りたいから生け捕りだなんて、面倒なことを言いやがってなぁ……不意打ちでやっちまわねぇと、こっちが伸されちまう」
酔いが回るにつれて、饒舌になった牢屋番が管を巻くように喋り続け、結局、夜明まで丁半に興じていた。
次の夜。
賭場が保護した男の話を聞くと、牢屋番は顔を見たいと言って上がり込んだ。
痩せた頬ににやついた半開きの口から黄色い歯の覗く、品のない垂れ目に眉を切った傷跡。
「知らんな」
牢屋番の言葉に男はひひと笑って頭を掻く。
「あっしも、知らねぇな。ああ、酒が飲みてぇや」
不意に騒がしくなった表、どうやらまた幽霊が出たらしい。
幽霊に追われた男が賭場近くまで逃げてきた。
何事だと牢屋番が戸を開ける。
「こ、ここ、こいつだぁぁ」
幽霊を、ざんばら頭に血と泥に汚れた小袖、透けた身体に膝下の消えた足、胡乱な眼窩に青い火を浮かべる窶れたその面差しを指差して、牢屋番は言い放った。
そして、集まった男達の中から適当に腕を掴むと、
「あんた手練れだろう、手伝ってくれ」
有無を言わさず幽霊の前に引きずり出した。
リプレイ本文
●
古い知人、金子を都合した縁で長らく親しくしている男がいた。
彼が盗みを問われたらしい。そう聞いた時、金目(ka6190)は、はてと首を傾げた。
彼はそんな奴だったろうか。
「それは、まあ……どうだっていいか」
兎にも角にも、彼を助けて遣らなければ。そう駆られ、心当たりを辿った果てに山を越えてこのうらびれた城下町を目指した。
手入れを済ませた刀を日の差さない深い獣道が開け、嘗ては整えられていたであろう山道へ出る。崩れ掛かった敷石や、伸び放題の雑草を踏み進んでいけば、町が見える手前に人影を見付けた。
「――やあ」
柿渋の背負子に、太い杖を薬師が振り返る。
「あんたも、その先か?」
古巣と名乗った薬師、エアルドフリス(ka1856)がしゃくって山道を示すと、その先にぽつんと侘しい灯りが灯っていた。
同行を申し出た金目は古巣の面差しの既視感に首を捻るが、思い出せずに黙り込む。
古巣も同じ様子だが、金目の身なりや人相に善人だろうと当たりを付けて共に町へ向かうことにした。
「……不景気な街だねぇ……」
閑散とした通り、木戸の締めきった無人の長屋。
商売に寄った身としては有り難くないと溜息を吐く。
知らぬ人、しかし、どこかで見たような懐かしさと慕わしさを互いに感じ、なんと無しに気も合ったようで、古巣と金目は連れだって町を行く。
古巣の商売になりそうな家や、若い娘を置いている見世もなく、金目の探し人の手掛かりもなく、2人はまたなんと無しに、賑わう方へ、夜中でも軒の篝火を焚いた賭場へ向かった。
危ないことはお止しよと団子屋の女将は眉を顰めた。
最近雇った看板娘が夜な夜な辻に出ていると聞けば、それも、夜の治安が良いとは言えない町のことだ、引き留める腕に力が籠もる。
「私の占いはよく当たるから、大丈夫ですぅ」
筮竹を捌いて星野 ハナ(ka5852)は女将を見詰めた。
「女将さんも、今夜は良い夜になりそうですよぉ」
では、いってまいりますねぇ。するりとその手を抜け出して、星野は暗い道を歩いていく。
昼間に団子と茶を給仕しながら聞いた幽霊の噂。
今は紬に道行、茶人帽を乗せた易者の装いながら、本来は京の陰陽師。
そんな噂を聞いてしまえばいつまで経っても京に帰れない。
盆に隠して溜息を吐いたが、日が落ちればこれも京の安寧のためと辻に立つ。
「そこの旦那。験担ぎに占いでも一つ。……お代は勉強させて貰うよ?」
通りすがりの酔っ払いが辻占いの易者と話している。
昼は山に入って湧き水を汲み、苦い山菜で糊口を凌ぎ、細い月の昇った頃に町に下りてきたディーナ・フェルミ(ka5843)の錫杖が微かな音を立てた。
話しはどうやら、昨今の幽霊の噂話のようだ。
托鉢へ喜捨をした人々も話していたが、どうやら想像以上に深刻らしい。
夜に溶ける藍の小袖、廃れ崩れた小屋の影に身を潜める。
「なんとっ……こんな平和そうな町に幽霊なんて……」
深編笠から零れる声は愛らしい。装いとの違和感に人々が驚くのはいつものことだ。
この町も。寂れていても、僧が佇めば手を合わせ、その声を聞けば飛び跳ねて驚く。そんな素直な住人ばかりが住んでいる。
「……なるほど、……なかなか強力な幽霊なの」
酔っ払いの話しは取り留めない。易者もその幽霊について聞き出そうとしているが、なかなかに要領を得ない。
「これはしばらく滞在して調伏せねばなの……泥納坊、修行中とはいえ放って置けないの」
大袈裟な言い回しを省いても、この町が脅かされていることに変わりは無い。
酔っ払いは去っていったが易者は何やら考え込んでいる様子だ。
張った張ったと賑やかな声。
たんと静かに、鵤(ka3319)は揃えて重ねた駒を置き、歯を覗かせて口角を釣り上げた。
くいっと酒を呷って場を眺める。縦横に置かれた駒の数が揃う。
幾つもの目がぎらぎらと見詰める中、細い指が壺を開けた。
「よぉし、いい感じじゃないのぉ」
駒攫いが回りから手早く駒を集めて、鵤の前に付ける。
倍に増えた駒をにまりと見下ろした時戸が開く音を聞いた、客が増えたらしい。
人捜しの2人連れ。
壺振りは既に賽を伏せてしまったから、加わるなら次の勝負からだろうか。
増えた駒を添えて張ると、その数に両隣の男達がぎょっと目を剥く。
片方からは強いなと冷やかすような声が掛かり、負けの込んでいるもう片方は肖りたいねと手を伸ばしてきた。
駒の音に紛れた物音に顔を向けると、隣の小屋に客が来ていると潜めた声が教える。
鵤の高く積まれた駒の天辺から勝手に一つ掠めて、彼の張った乏しい駒に重ねながら。
いつ頃からだったと指折り数え。半死半生の所を助けられた男が、そこに棲み着いたと言う。
浮浪者だが、妙な値打ち物をいくつも持っていて、それはこの辺の質屋が換金出来ない程の代物だと。
「へぇ……」
駒を一つ見逃すには十分なネタだと鵤は顎を撫でて頷いた。
浅葱で簡素な菱を描いた白の袷の上に着込む枇杷茶の羽織り。その裾が風にぱたぱたと鳴る。
そんな出で立ちは町では珍しく、道でも問うたものなら、賭場の方へと嗾された。
他に行く当てもなく向かっていくとその隣の小屋に役人がいた。
数人の野次馬が眺めており、彼は役人ではなく囚人を逃がした牢屋番だと声を潜めて笑っていた。
賭場はそっちだと誰かが言うが、榊 兵庫(ka0010)はその小屋の方が気に掛かった。
賭場の方からも小屋を気に掛ける気配が伝わって来る。
●
騒がしい足音が聞こえた。振り向けば何者かが追われている。
追っ手は人成らざる何かのようで、その身は透けて足がない。
「……事情は分からぬが、亡者にいつまでもこの世に居て貰うのは理に反するからな」
彼是と喚いて、榊の腕を掴んだ牢屋番の手を払う。
心得の有る自分が居合わせたのも何かの縁だろうと、野次馬の囲む中幽霊と対峙した。
「……榊流、榊兵庫。いざ参る!」
名乗りを上げて鞘を払う。薄く濃く、肌に古い傷跡が浮き上がる。得物の鞘を払うと破邪の術を纏わせた刃を、鳴くように風を切って突き付ける。
恨みに満ちた声を吠えるように響かせ、幽霊は近くの枯れ木を片手で引き抜きそれに応じた。
振り向けた軌跡に土が散り、野次馬達が目を瞑る。穂先でその根を受け留めればさくりと深く刺さり、枯れ木は二つに裂けた。
片方を放り捨てた幽霊は鋭利に削げた枯れ木の切っ先を榊へ差し向け首を狙って薙ぎ払う。
これに応じて、長い柄でいなすも圧され、後退すると野次馬に背を圧されて輪の中心へ押し戻される。
一撃を受け留めた腕がまだ震えていた。
次の攻撃へ転じる直前に、思わぬ側から咆哮を聞いた。
「退魔士の流れを汲む榊流の一員として、退く訳にはいかないな」
咄嗟に声の方へ穂先を向けるが、屈む幽霊の頭上を掠め、下方から振り上げられた枯れ木の幹が頬を打った。
いけ、やれ、と何かを囲った男達の騒がしい声。
輪の中では誰かが戦っているようだが、声だけではどちらを応援しているか知れない。
何事だとその騒がしさに勝負をお開きにして集まってきた賭場の面々が野次馬に加わる。
流れるままに人集りの前に出てきた金目は思わず息を飲んだ。
「……あ、……っ」
彼だ。探していた知人。名前が喉に詰まって出てこないが。酷く窶れて、嘗ての、親しかった頃の穏やかな顔つきは失せているが、それでも、何故だろうか、確かに彼だと分かった。
「……何故……」
彼はここに、こんな姿になってまで。
「ん? 何だね金目」
金目に続いて前に出てきた古巣はその様子に、幽霊が探し人だと知る。
しかし、あの様子では。
相手も槍を手に善戦しているが、片腕がぶらりと重荷のように垂れ下がって、頭からも血を流している。
「何にせよ、幽霊とやらを倒さにゃなるまいねぇ」
今は彼に加勢しよう。古巣は左手に杖の中程を握って輪の中へと進んだ。
刹那、雨音が響く。古巣の袷がしっとりと濡れた様な重さで腕に絡み、青みがかった瞳が幽霊を見据えた。
対峙する瞬間鯉口を切り杖に仕込む刀を抜いた。
「俺は侍じゃあない。前に立つのは避けたいね」
水を向けられたように鵤は肩を竦めた。
「おっさんも、避けたいねぇ……」
それより気になることが有る。そう、すぐ側の小屋を見た。
場を榊と古巣に譲って野次馬に紛れた牢屋番、街の住人とは異なる彼の気配にすっと傍へ寄っていき、目的を問う。怯懦と興奮に、牢屋番はつらつらと話し始めた。
「あいや待たれよ、怨霊相手ならそれがしも助太刀いたすの」
「あぁ、恨みを呑んで怨霊になりかかってるねぇ……お役人さま、ちょいとこちらへ」
しゃん、と錫杖の清廉な音。深編笠から零れる少女の声。
訳知り顔で頷く、符を構えた茶人帽の娘。
突如現れた2人を通すように野次馬達は道を開けた。
呼ばれた牢屋番は、話しすぎたと言いながら、そそくさと人集りを抜けていく。
呻き声を上げ、榊がふらつくと、追い打ちを掛けるように幹が背を打つ。
古巣が咄嗟に、鎖せと仕込みの霊刀の切っ先を向け、幽霊の周囲を凍て付かせ、氷の針で動きを阻むが、それを枯れ木で払い退け、幽霊は榊の手から槍を奪った。
槍が向けられる前に構えを変え、自身の纏った雨の中から氷の蛇を呼び寄せて、その手を狙うが片手に残した枯れ木に砕かれる。
投じられた枯れ木を躱すと、両手で構え直した槍の切っ先が向く。
気押されるほどの強さを感じるが、こちらを向く虚の眼が、呻く口が酷く苦しげに見えた。
「何を訴えてるんだね?」
問えば、奪われたばかりの槍に頬を裂かれた。
割り入ったように鵤の鞘が槍の刃に噛んでいるが、尚、灼ける程の痛みを感じた。
「奴さん、相当強いみたいだねぇ」
囚人は手練れだったと牢屋番が言っていた。
薄紫の光りを纏う鵤が、抜いた刀を向けるが、離脱を考える間合いでは届かずに躱され、踏み込めば槍に捕まると容易に察せられて二の足を踏む。
膠着した互いの間を錫杖の長い柄が裂いた。
「それがしの名は泥納坊、修行中の身なれど法力には多少の覚えあり……いざ参るの」
先に反応した幽霊がそちらへ穂先を向け、貫かんと突き出すが、一瞬にして広がる光りに間合いを誤り、野次馬の中から悲鳴と逃げ出す足音が聞こえた。
槍を引くその瞬間に、鵤の刀が脇を突き、古巣の放つ氷が見えぬ足を留まらせた。
「泥納坊の法力を信じて欲しいの」
榊へと駆け寄って振り下ろす錫杖の澄んだ音が傷を癒やす。
鞘の割れた音と鵤の舌打ち、氷の砕けた音。
急いて泥名坊が振り向ける錫杖が槍の刃に断たれる。
立ち上がった榊は幽霊の手にある槍を見て、幽霊を睨んだ。丸腰で近付くと、流石に諫める声が上がる。
「……別段血に飢えているわけではない。――心底、残念だよ」
得物を奪い使いこなすほどの手練れ、生身であればより楽しい立合となっただろう。
拾うのは投じられた枯れ木。使われていた間に樹皮が剥がれて細く、先が削がれ尖り木刀代わりになる程度には刀の形をしている。
榊の構えに合わせる様に古巣は氷で幽霊を捉え、鵤も不足に備えて構えを保つ。
枯れ木の切っ先は己の槍に脇腹を貫かれながらも、枯れ木の刀は違わず幽霊の胸の中心を捉えた。
動きを止めた幽霊に金目が近づく。
胸に枯れ木を挿したまま彷徨うように腕を伸ばし、両手で胸ぐらを掴んだ。
手放された槍は思い音を立てて地面に落ちる。
幽霊が何かを言おうと口を動かす。
金目は、手を伸ばし、彼の目の上に添えた。瞼を伏せる様に虚の目を覆う。
「知っています。……可哀想に。あなたではないことを、僕は知っている」
知っている。静かな声でそう繰り返す内に幽霊は表情を取り戻し、やがて座り込み天を仰いだ。
●
牢屋番と星野はその結末を見る前に小屋へ向かっていた。
星野が占いの結果を語る。
酔っ払いから聞きだした幽霊の噂、その件に吉と出た方角を向いて、その物陰で見付けた虚無僧の泥納坊と駆けつけたこと。
そして、彼を恨み深き幽霊たらしめた存在は。
星野が符を構えると、牢屋番が出てきたばかりの小屋の戸を開ける。
果たして、小屋の中には男が、見るからに曰くのありそうな短剣や銅の鏡をごそごそと、行李から背負子に詰め替えていた。
「何してるんですかぁ?」
「……随分騒がしいもんだから、お暇しようってね、へへ……」
「風虎招来急急如律令、この男を取り押さえな!」
星野に問われ、牢屋番の存在に気付かずに応えた男が振り向く前に、札に呼ばれた式が男を捕らえた。
男を縛り上げた牢屋番が、彼の行李を検めると、盗まれた品の粗方が見付かった。
残りは売られたか捨てられたか、追々吐かせれば良いと男の首根っこを掴み揺らす。
占いでは幽霊は男を恨んでいるという。彼の罪を擦り付けられて捕まったとあっては浮かばれないと、吉野は溜息を吐いた。
幽霊との対峙を終え、様子を覗きに来た鵤は、捕えられた男の様子に、やはりなと笑ってその場を離れる。
男の件で手一杯だろうが、ただの牢屋番だろうが、余り相対したい相手では無い。
「随分と執念深い奴に当たっちまったもんだねぇ」
ご愁傷様。笑いながら小屋の前を去り、己の仕事へと戻っていく。
知り合いらしい金目が幽霊から山中で不意打ちに遭いその男に殺された事や、その際にその男こそ盗みの犯人だと気付いたと聞いた。
何か願いはあるのかと問えば、目を閉じた幽霊は黙って首を横に揺らし、何かを伝える様に手を動かした。
金目が頷くと、それきり幽霊は動かなくなった。
斬られた錫杖を握って、泥納坊もそれを見届ける。錫杖を降ろすと、手を合わせ経を唱えた。
静かな表情をしているが纏う淀みは消えておらず、瞼から透けるように眼窩の炎が揺らめいている。
成仏させてやるかと、榊が槍を振るう。空気を纏い舞うように翳すそれは光りを纏って幽霊の身を貫いた。
泥納坊の治療を受けて、傷の心配は無いと榊も去り、星野も心配を掛ける前にと団子屋へ。
反故を撒いて繋いだ錫杖を手に泥納坊も托鉢へ戻る。
彼等を見送り古巣と金目も町を経つことにした。ふと振り返った金目に古巣が尋ねると、既に見えなくなった賭場の方を見遣って、いい手をしていたと呟く。
そういえば一勝負もせずに去ってしまったと笑う。
幽霊からの言伝に従って、彼の家を訪ねると、埃を被った文机の上に友人へ宛てた手紙と、友人が彼の名を忘れるほど長く旅に出ていた先で摘んだ押し花が遺されていた。
古い知人、金子を都合した縁で長らく親しくしている男がいた。
彼が盗みを問われたらしい。そう聞いた時、金目(ka6190)は、はてと首を傾げた。
彼はそんな奴だったろうか。
「それは、まあ……どうだっていいか」
兎にも角にも、彼を助けて遣らなければ。そう駆られ、心当たりを辿った果てに山を越えてこのうらびれた城下町を目指した。
手入れを済ませた刀を日の差さない深い獣道が開け、嘗ては整えられていたであろう山道へ出る。崩れ掛かった敷石や、伸び放題の雑草を踏み進んでいけば、町が見える手前に人影を見付けた。
「――やあ」
柿渋の背負子に、太い杖を薬師が振り返る。
「あんたも、その先か?」
古巣と名乗った薬師、エアルドフリス(ka1856)がしゃくって山道を示すと、その先にぽつんと侘しい灯りが灯っていた。
同行を申し出た金目は古巣の面差しの既視感に首を捻るが、思い出せずに黙り込む。
古巣も同じ様子だが、金目の身なりや人相に善人だろうと当たりを付けて共に町へ向かうことにした。
「……不景気な街だねぇ……」
閑散とした通り、木戸の締めきった無人の長屋。
商売に寄った身としては有り難くないと溜息を吐く。
知らぬ人、しかし、どこかで見たような懐かしさと慕わしさを互いに感じ、なんと無しに気も合ったようで、古巣と金目は連れだって町を行く。
古巣の商売になりそうな家や、若い娘を置いている見世もなく、金目の探し人の手掛かりもなく、2人はまたなんと無しに、賑わう方へ、夜中でも軒の篝火を焚いた賭場へ向かった。
危ないことはお止しよと団子屋の女将は眉を顰めた。
最近雇った看板娘が夜な夜な辻に出ていると聞けば、それも、夜の治安が良いとは言えない町のことだ、引き留める腕に力が籠もる。
「私の占いはよく当たるから、大丈夫ですぅ」
筮竹を捌いて星野 ハナ(ka5852)は女将を見詰めた。
「女将さんも、今夜は良い夜になりそうですよぉ」
では、いってまいりますねぇ。するりとその手を抜け出して、星野は暗い道を歩いていく。
昼間に団子と茶を給仕しながら聞いた幽霊の噂。
今は紬に道行、茶人帽を乗せた易者の装いながら、本来は京の陰陽師。
そんな噂を聞いてしまえばいつまで経っても京に帰れない。
盆に隠して溜息を吐いたが、日が落ちればこれも京の安寧のためと辻に立つ。
「そこの旦那。験担ぎに占いでも一つ。……お代は勉強させて貰うよ?」
通りすがりの酔っ払いが辻占いの易者と話している。
昼は山に入って湧き水を汲み、苦い山菜で糊口を凌ぎ、細い月の昇った頃に町に下りてきたディーナ・フェルミ(ka5843)の錫杖が微かな音を立てた。
話しはどうやら、昨今の幽霊の噂話のようだ。
托鉢へ喜捨をした人々も話していたが、どうやら想像以上に深刻らしい。
夜に溶ける藍の小袖、廃れ崩れた小屋の影に身を潜める。
「なんとっ……こんな平和そうな町に幽霊なんて……」
深編笠から零れる声は愛らしい。装いとの違和感に人々が驚くのはいつものことだ。
この町も。寂れていても、僧が佇めば手を合わせ、その声を聞けば飛び跳ねて驚く。そんな素直な住人ばかりが住んでいる。
「……なるほど、……なかなか強力な幽霊なの」
酔っ払いの話しは取り留めない。易者もその幽霊について聞き出そうとしているが、なかなかに要領を得ない。
「これはしばらく滞在して調伏せねばなの……泥納坊、修行中とはいえ放って置けないの」
大袈裟な言い回しを省いても、この町が脅かされていることに変わりは無い。
酔っ払いは去っていったが易者は何やら考え込んでいる様子だ。
張った張ったと賑やかな声。
たんと静かに、鵤(ka3319)は揃えて重ねた駒を置き、歯を覗かせて口角を釣り上げた。
くいっと酒を呷って場を眺める。縦横に置かれた駒の数が揃う。
幾つもの目がぎらぎらと見詰める中、細い指が壺を開けた。
「よぉし、いい感じじゃないのぉ」
駒攫いが回りから手早く駒を集めて、鵤の前に付ける。
倍に増えた駒をにまりと見下ろした時戸が開く音を聞いた、客が増えたらしい。
人捜しの2人連れ。
壺振りは既に賽を伏せてしまったから、加わるなら次の勝負からだろうか。
増えた駒を添えて張ると、その数に両隣の男達がぎょっと目を剥く。
片方からは強いなと冷やかすような声が掛かり、負けの込んでいるもう片方は肖りたいねと手を伸ばしてきた。
駒の音に紛れた物音に顔を向けると、隣の小屋に客が来ていると潜めた声が教える。
鵤の高く積まれた駒の天辺から勝手に一つ掠めて、彼の張った乏しい駒に重ねながら。
いつ頃からだったと指折り数え。半死半生の所を助けられた男が、そこに棲み着いたと言う。
浮浪者だが、妙な値打ち物をいくつも持っていて、それはこの辺の質屋が換金出来ない程の代物だと。
「へぇ……」
駒を一つ見逃すには十分なネタだと鵤は顎を撫でて頷いた。
浅葱で簡素な菱を描いた白の袷の上に着込む枇杷茶の羽織り。その裾が風にぱたぱたと鳴る。
そんな出で立ちは町では珍しく、道でも問うたものなら、賭場の方へと嗾された。
他に行く当てもなく向かっていくとその隣の小屋に役人がいた。
数人の野次馬が眺めており、彼は役人ではなく囚人を逃がした牢屋番だと声を潜めて笑っていた。
賭場はそっちだと誰かが言うが、榊 兵庫(ka0010)はその小屋の方が気に掛かった。
賭場の方からも小屋を気に掛ける気配が伝わって来る。
●
騒がしい足音が聞こえた。振り向けば何者かが追われている。
追っ手は人成らざる何かのようで、その身は透けて足がない。
「……事情は分からぬが、亡者にいつまでもこの世に居て貰うのは理に反するからな」
彼是と喚いて、榊の腕を掴んだ牢屋番の手を払う。
心得の有る自分が居合わせたのも何かの縁だろうと、野次馬の囲む中幽霊と対峙した。
「……榊流、榊兵庫。いざ参る!」
名乗りを上げて鞘を払う。薄く濃く、肌に古い傷跡が浮き上がる。得物の鞘を払うと破邪の術を纏わせた刃を、鳴くように風を切って突き付ける。
恨みに満ちた声を吠えるように響かせ、幽霊は近くの枯れ木を片手で引き抜きそれに応じた。
振り向けた軌跡に土が散り、野次馬達が目を瞑る。穂先でその根を受け留めればさくりと深く刺さり、枯れ木は二つに裂けた。
片方を放り捨てた幽霊は鋭利に削げた枯れ木の切っ先を榊へ差し向け首を狙って薙ぎ払う。
これに応じて、長い柄でいなすも圧され、後退すると野次馬に背を圧されて輪の中心へ押し戻される。
一撃を受け留めた腕がまだ震えていた。
次の攻撃へ転じる直前に、思わぬ側から咆哮を聞いた。
「退魔士の流れを汲む榊流の一員として、退く訳にはいかないな」
咄嗟に声の方へ穂先を向けるが、屈む幽霊の頭上を掠め、下方から振り上げられた枯れ木の幹が頬を打った。
いけ、やれ、と何かを囲った男達の騒がしい声。
輪の中では誰かが戦っているようだが、声だけではどちらを応援しているか知れない。
何事だとその騒がしさに勝負をお開きにして集まってきた賭場の面々が野次馬に加わる。
流れるままに人集りの前に出てきた金目は思わず息を飲んだ。
「……あ、……っ」
彼だ。探していた知人。名前が喉に詰まって出てこないが。酷く窶れて、嘗ての、親しかった頃の穏やかな顔つきは失せているが、それでも、何故だろうか、確かに彼だと分かった。
「……何故……」
彼はここに、こんな姿になってまで。
「ん? 何だね金目」
金目に続いて前に出てきた古巣はその様子に、幽霊が探し人だと知る。
しかし、あの様子では。
相手も槍を手に善戦しているが、片腕がぶらりと重荷のように垂れ下がって、頭からも血を流している。
「何にせよ、幽霊とやらを倒さにゃなるまいねぇ」
今は彼に加勢しよう。古巣は左手に杖の中程を握って輪の中へと進んだ。
刹那、雨音が響く。古巣の袷がしっとりと濡れた様な重さで腕に絡み、青みがかった瞳が幽霊を見据えた。
対峙する瞬間鯉口を切り杖に仕込む刀を抜いた。
「俺は侍じゃあない。前に立つのは避けたいね」
水を向けられたように鵤は肩を竦めた。
「おっさんも、避けたいねぇ……」
それより気になることが有る。そう、すぐ側の小屋を見た。
場を榊と古巣に譲って野次馬に紛れた牢屋番、街の住人とは異なる彼の気配にすっと傍へ寄っていき、目的を問う。怯懦と興奮に、牢屋番はつらつらと話し始めた。
「あいや待たれよ、怨霊相手ならそれがしも助太刀いたすの」
「あぁ、恨みを呑んで怨霊になりかかってるねぇ……お役人さま、ちょいとこちらへ」
しゃん、と錫杖の清廉な音。深編笠から零れる少女の声。
訳知り顔で頷く、符を構えた茶人帽の娘。
突如現れた2人を通すように野次馬達は道を開けた。
呼ばれた牢屋番は、話しすぎたと言いながら、そそくさと人集りを抜けていく。
呻き声を上げ、榊がふらつくと、追い打ちを掛けるように幹が背を打つ。
古巣が咄嗟に、鎖せと仕込みの霊刀の切っ先を向け、幽霊の周囲を凍て付かせ、氷の針で動きを阻むが、それを枯れ木で払い退け、幽霊は榊の手から槍を奪った。
槍が向けられる前に構えを変え、自身の纏った雨の中から氷の蛇を呼び寄せて、その手を狙うが片手に残した枯れ木に砕かれる。
投じられた枯れ木を躱すと、両手で構え直した槍の切っ先が向く。
気押されるほどの強さを感じるが、こちらを向く虚の眼が、呻く口が酷く苦しげに見えた。
「何を訴えてるんだね?」
問えば、奪われたばかりの槍に頬を裂かれた。
割り入ったように鵤の鞘が槍の刃に噛んでいるが、尚、灼ける程の痛みを感じた。
「奴さん、相当強いみたいだねぇ」
囚人は手練れだったと牢屋番が言っていた。
薄紫の光りを纏う鵤が、抜いた刀を向けるが、離脱を考える間合いでは届かずに躱され、踏み込めば槍に捕まると容易に察せられて二の足を踏む。
膠着した互いの間を錫杖の長い柄が裂いた。
「それがしの名は泥納坊、修行中の身なれど法力には多少の覚えあり……いざ参るの」
先に反応した幽霊がそちらへ穂先を向け、貫かんと突き出すが、一瞬にして広がる光りに間合いを誤り、野次馬の中から悲鳴と逃げ出す足音が聞こえた。
槍を引くその瞬間に、鵤の刀が脇を突き、古巣の放つ氷が見えぬ足を留まらせた。
「泥納坊の法力を信じて欲しいの」
榊へと駆け寄って振り下ろす錫杖の澄んだ音が傷を癒やす。
鞘の割れた音と鵤の舌打ち、氷の砕けた音。
急いて泥名坊が振り向ける錫杖が槍の刃に断たれる。
立ち上がった榊は幽霊の手にある槍を見て、幽霊を睨んだ。丸腰で近付くと、流石に諫める声が上がる。
「……別段血に飢えているわけではない。――心底、残念だよ」
得物を奪い使いこなすほどの手練れ、生身であればより楽しい立合となっただろう。
拾うのは投じられた枯れ木。使われていた間に樹皮が剥がれて細く、先が削がれ尖り木刀代わりになる程度には刀の形をしている。
榊の構えに合わせる様に古巣は氷で幽霊を捉え、鵤も不足に備えて構えを保つ。
枯れ木の切っ先は己の槍に脇腹を貫かれながらも、枯れ木の刀は違わず幽霊の胸の中心を捉えた。
動きを止めた幽霊に金目が近づく。
胸に枯れ木を挿したまま彷徨うように腕を伸ばし、両手で胸ぐらを掴んだ。
手放された槍は思い音を立てて地面に落ちる。
幽霊が何かを言おうと口を動かす。
金目は、手を伸ばし、彼の目の上に添えた。瞼を伏せる様に虚の目を覆う。
「知っています。……可哀想に。あなたではないことを、僕は知っている」
知っている。静かな声でそう繰り返す内に幽霊は表情を取り戻し、やがて座り込み天を仰いだ。
●
牢屋番と星野はその結末を見る前に小屋へ向かっていた。
星野が占いの結果を語る。
酔っ払いから聞きだした幽霊の噂、その件に吉と出た方角を向いて、その物陰で見付けた虚無僧の泥納坊と駆けつけたこと。
そして、彼を恨み深き幽霊たらしめた存在は。
星野が符を構えると、牢屋番が出てきたばかりの小屋の戸を開ける。
果たして、小屋の中には男が、見るからに曰くのありそうな短剣や銅の鏡をごそごそと、行李から背負子に詰め替えていた。
「何してるんですかぁ?」
「……随分騒がしいもんだから、お暇しようってね、へへ……」
「風虎招来急急如律令、この男を取り押さえな!」
星野に問われ、牢屋番の存在に気付かずに応えた男が振り向く前に、札に呼ばれた式が男を捕らえた。
男を縛り上げた牢屋番が、彼の行李を検めると、盗まれた品の粗方が見付かった。
残りは売られたか捨てられたか、追々吐かせれば良いと男の首根っこを掴み揺らす。
占いでは幽霊は男を恨んでいるという。彼の罪を擦り付けられて捕まったとあっては浮かばれないと、吉野は溜息を吐いた。
幽霊との対峙を終え、様子を覗きに来た鵤は、捕えられた男の様子に、やはりなと笑ってその場を離れる。
男の件で手一杯だろうが、ただの牢屋番だろうが、余り相対したい相手では無い。
「随分と執念深い奴に当たっちまったもんだねぇ」
ご愁傷様。笑いながら小屋の前を去り、己の仕事へと戻っていく。
知り合いらしい金目が幽霊から山中で不意打ちに遭いその男に殺された事や、その際にその男こそ盗みの犯人だと気付いたと聞いた。
何か願いはあるのかと問えば、目を閉じた幽霊は黙って首を横に揺らし、何かを伝える様に手を動かした。
金目が頷くと、それきり幽霊は動かなくなった。
斬られた錫杖を握って、泥納坊もそれを見届ける。錫杖を降ろすと、手を合わせ経を唱えた。
静かな表情をしているが纏う淀みは消えておらず、瞼から透けるように眼窩の炎が揺らめいている。
成仏させてやるかと、榊が槍を振るう。空気を纏い舞うように翳すそれは光りを纏って幽霊の身を貫いた。
泥納坊の治療を受けて、傷の心配は無いと榊も去り、星野も心配を掛ける前にと団子屋へ。
反故を撒いて繋いだ錫杖を手に泥納坊も托鉢へ戻る。
彼等を見送り古巣と金目も町を経つことにした。ふと振り返った金目に古巣が尋ねると、既に見えなくなった賭場の方を見遣って、いい手をしていたと呟く。
そういえば一勝負もせずに去ってしまったと笑う。
幽霊からの言伝に従って、彼の家を訪ねると、埃を被った文机の上に友人へ宛てた手紙と、友人が彼の名を忘れるほど長く旅に出ていた先で摘んだ押し花が遺されていた。
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相談卓 榊 兵庫(ka0010) 人間(リアルブルー)|26才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2017/04/07 14:51:37 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/04/06 14:22:58 |